「ファーストネームの呼び捨てで良いかい?」
これに私もエルも頷いた。フンボルト君とシロウさんにリンさんが、サンフランシスコに向かった後だ。時刻は午前10時。残る私達は朝食を頂いていた。
「なら、エルヴァにエル。君達は日本に居るエルヴァを元にした……ヴァージョン違い?」
「概ねその認識で当たっていますので、言い表す言葉が何であろうと問題ありません」
「君達は昨夜、僕の事を『お父さん』と呼んでくれたね?」
「「はい」」
「『エル君』もそうだったが、君達はエルヴァの記憶を持っている。いやエルヴァはエルヴァそのものだ。だね?」
「「はい」」
「だとするなら……。ルーマニアの時点で気付くべきだったんだが、相当の覚悟を持っていると思う。だけど……僕は君達の『お父さん』だ。迷う時、辛い時、何でも良い。遠慮なく連絡をして欲しい」
私とエルは深く頭を下げた。お父さんは立ち上がって私達の方へ進み、後ろから二人の肩に手を置いて静かに言った。
「本当にとんだ失態だ。アイリに教えられるまで、君達の存在を勘違いしていた」
「ルーマニアでは敵中にあの子達でしたものね?」
「うん、あの子達に気を取られたね。それとエルマにも。あれは作戦?」
「そこまで計算していません。ただ、日本のエルヴァや『エル』とは違うのだというのは隠しておきたかったです」
「それはどうして?」
「最悪、死ぬ場合も想定していたからです」
「やっぱりか……。実は、フンボルト君の存在は前々から知っていた。ノイント老が目を掛けていたんでね。けど……エルヴァ、本当に彼で良いの?」
「まだ先は長いですよ」
「そうか。最後は本人同士の気持ちだからね。で、罠と言っちゃ言い過ぎだけど、ハメたのはエル?」
エルがちょっと驚いた顔で頷いた。
「わかりましたか?」
「うん。君はエルヴァに足枷を嵌めようとしたんだろう?」
「はい。少しエルヴァは肝が座りすぎていますので」
「だね。イリヤ達の事でもそうだったけど……嬉しく思う反面、心配だ」
私は縮こまるばかりだ。
「そして君は、そういう役割を『エル君』から?」
「そうです」
ここでお父さんが顎に手をやり少し考えた。
「エルに聞くよ? 『エル君』の目指すものは何だろうか?」
平和とか人々が幸福にとか、そういうのだと思うんだけれど……?
「『エル様』が目指すものは、人道主義に基づく世界の基準となる普遍的価値の確立と、時の試練に耐えた様々な国家の伝統的価値を有機的に統一して、真に新しい未来を構築する事にあります」
私は思わずエルを見た。何だそれ? 後段の様々な国家って、グローバリスムの事?
「それはもしかしたらロシアの大統領の就任演説からのもじり?」
「そうです。隣人を愛し、隣国の文化を認めつつ、自国の文化と伝統にも誇りを持つ。つまり過去にあった戦争に走るナショナリズムでなく、何でも受け入れるグローバリズムでもない、新しい価値観です。同じホシの同じ時間を過ごす個々の生命を愛し、儲けながらもシェアする気持ちも忘れず、飢えと貧困を地上から完全に消す。それが『エル様』の願いです」
「となると嘘はイケないよ。『様々な国家』じゃなく、そこは『アインツベルン』だろう?」
ペロッと舌を出すエル。『アインツベルンにあらずんば人にあらず』。正々堂々と言っていた奴だ。ただし究極の善意で以って。
「彼女は民族主義的独裁思想?」
エルの言葉で何かが自分の中で噛み合った気がした。お父さんからの質問なのに、エルは私の方を向いた。
「『エル様』はスイスが母国ですが、日本にも長く住まわれています。あの方は江戸末期から大正までの、伝統を守りながらも新しい価値観を受け入れ、自分達流に咀嚼して組み込んでいった日本の(魔改造)精神をとても素晴らしいものだと認めています。あなた向きに例えるなら、カツ丼やカリフォルニア・ロールと言ったところですね」
今のでわかった。私が陸上部でなく弓道部を選んだ理由。そうだ、『姉のイリヤ』も同じ事を感じていたんだ……。だから『姉』は和食にハマり弓を執った。
『エル』も中華料理と言いつつ、和食は真剣に学んだ。何より彼女(私もだけど)は空手が好きだ。
「食べ物で例えるのはどうなんだと思わなくもないけれど、取り敢えず『エル君』は愛国心がとても強い、だけど日本の伝統を守ろうという精神と、他国の文化を消化・吸収する能力を高く評価していたって事だね?」
「はい」
「何度か彼女と話していて、自分というものをしっかり持った子だと思ったものだけど。その理由がわかったよ。エルヴァ、エル? 『エル君』の進む道は険しいよ? だって、歴史上の独裁者は誰しもがその始まりは民のための善意だったんだから」
「そうですね。ですが『エル様』は、あちらでの活動をほとんど終えているようですよ」
「そうなのかい?」
「ええ。それにこちらも、少なからず東南アジアからアフガンに掛けては大丈夫でしょう。ご本人が直接行って下さったのですから。そのくらい動きの早い人です」
「ああ、そうだったね。洗脳……?」
「『掌握』或いは『魂の改竄』です。あの方の最大の魔術は三つあって、そのうちの一つがそれです」
「あとの二つは?」
「『極小泡沫世界(極小泡沫空間)』の発生、それと『多重構造結界』です」
『空間転移』でなく『多重構造結界』の方を取り上げたか。今の私だと『掌握』『多重構造結界』、それと『空間転移』だろうな。転移は劣化版だけど。
逆にエルはどうだろう? エルマと同じく彼女も『ラインの黄金』のレプリカを持っている。なので『極小泡沫世界(極小泡沫空間)』の発生はできると思う。『掌握』はともかく『魂の改竄』までできるのかな?
「『極小泡沫空間』だっけ? あれは人や物を取り込んだり、別の場所に繋がるトンネルを造ったりする、ある意味空間操作系の魔術なんだとはわかるんだ。『掌握』も『魂の改竄』も以前聞いた。だけどその『多重構造結界』ってなんだい?」
「魔術は何もないところで行うより、区切られた範囲で行う方が効率も良く、秘匿もしやすい訳です。なので結界がどんどん発達していって、今は起点も見立てで行う場合が多いです。そんな中の最高峰の結界が多重構造なんですね」
「いまいちわからないな」
「起点が多ければ多いほど、その結界の効力は強くなります。つまりそれだけ、内部で行う魔術が外部に漏れません」
「大魔術向けって事か……。そんな起点の多い魔術そのものが大魔術だろうに」
「そうですね。それで一番効力の高い結界は正多面体と神聖幾何学模様だとわかっているんです。正多面体は構造的な強さと効力のバランスが取れます。ところが神聖幾何学模様の幾つかは、正多面体のエキスだけを抽出したかのような効力を持つんですね。マカバやメタトロン・キューブ、装飾を除いたヤントラの中の図形なども強いですが、とりわけ強いのはフラワー・オブ・ライフです。ヴェシカ・パイシーズやシード・オブ・ライフにエッグ・オブ・ライフ、そして七星陣にフルーツ・オブ・ライフ、セフィロトの樹、これらが全部フラワー・オブ・ライフに含まれています。この平面展開でも強力なフラワー・オブ・ライフを、64もの正四面体を内部に造る立体構造にして、マナを循環させると内部は擬似的な固有結界と化します。『多重構造結界』はそれを指す言葉であり、その結界の先に『極小泡沫世界(極小泡沫空間)』の発生があるんですね」
「そのフラワー・オブ・ライフって?」
そう来ると思って、私はフリーハンドでメモにフラワー・オブ・ライフを描いていた。それをお父さんに見せた。
「これは……見覚えがある」
「その図形は仏閣にある唐獅子の足元にある毬の模様と同じものです」
「ああ、あれか……」
「そして中国の紫禁城、あの門にいる唐獅子の足元にある毬も同じです。ところが、エジプトはアビドスのオシリス神殿にもその模様が残っています。そこはまぁシルクロードで伝来したと言えますが、重要なのはこんな複雑な模様がどうしてオシリス神殿の残っているのか。そこです。それも彫ったのでなく、石に焼き付けられているんです。だから今も残っているんですね」
「結論は私達の文明でなく、宇宙から違う文明がもたらしたとしか考えられないんです。最大に効率よく結界を張れて、なおかつ構造内のマナをどこまでも循環させる。そして『極小泡沫世界(極小泡沫空間)』だけでなく『空間転移』にも応用できる。宇宙人は船やロケットでなく、『空間転移』で地球に来た可能性すらあるんです。それがアインツベルンの秘技『ラインの黄金』の根幹でもあります。ここを抜かすから『器』は、高々英霊数体で動作不良を起こすんですね」
最後のそれは余計だ。お父さん、泣きそうな顔になっている。
「つ、つまり……アハトには伝えられなかった……?」
「装置に伝える必要なんてありません。何より魔方陣と結界の模様は別物です。ここを混同するレベルの者に伝えても無駄です」
「そうか……。『エル君』がこれを?」
「いえ。最初に結界としたのはお祖父様のご長男であるアルトゥル様です。『ラインの黄金』を完成させた方ですよ」
「そういう事だったのか……となると、スイスのエルヴァも?」
「知っているでしょう。『ラインの黄金』を仕込んだあの子のエメラルドの性能は、最早ルビーやサファイアの比ではありません。おそらく無事にロシアの霊脈が開発できて、そのマナをエメラルドに流し込めるようになれば、あの子は地球上のどこにでも『空間転移』できるようになるでしょうね」
「『エル君』はとっくにそれを?」
「はい。そしてルビーの機能をそっくり盛り込んだ強化スーツを着れば、地球のマナ……ほぼ磁力線と同じですが、それの及ぶ範囲内を跳べると思います」
「酸素は? それに有害な放射能もあるのに?」
「そこでスーツです。それと、これは私やエルヴァも使えますが、私達は風の魔術師です。まして『極小泡沫世界(極小泡沫空間)』があるなら、酸素も貯蔵できます。核を落とされても『エル様』だけは生き残りますよ。それが今のアインツベルンの最先端です」
お父さんが口をあんぐりと開けて固まった。それはそうだろう。
「そしてそのフラワー・オブ・ライフは生命の象徴でもあるんです。あたかも細胞分裂のように、二つの円をずらして重ねたヴェシカ・パイシーズから、フラワー・オブ・ライフまでがきちんと進化していく。そしてリンゴやミカンなどを割ったカタチ。トーラスと言いますが、これこそが磁力線のカタチであり、超新星爆発やブラックホールで見られるカタチなんですね。全部繋がっているんですよ。今求めているのはその先です。私達は宇宙に出なければなりません」
「どうしてだい?」
「どこかで惑星開発が進めば、食糧問題も環境問題も解決の目処が立ちます。自分達の代では無理でも、この研究を続けていれば。少なからず不老不死を願うよりはマシですよ」
「そうだろうね……。スケールが違い過ぎるよ。僕は僕のできる範囲で動くだけだ」
「それはそうです。私達も同じです。そして余力でそういう研究を継続する事も、また大切です」
「まったくだね。それで君達は次に何を?」
「スノーフィールドというアメリカの霊脈開発です」
「また霊脈?」
「はい。これを手中にすればユーラシア大陸とアメリカ大陸は私達の意のままです。なぜならその魔力を使えば、私でもアメリカ大陸に住まう全員を『掌握』できるからです。戦争のない世界を実現します」
「私達でそれを成し、エルヴァちゃんに研究者として生きる道を確かなものとして残したいんです」
お父さんはエルと私を抱きしめた。
「もうそれが良いとか悪いとか思わない。エル、エルヴァ、ありがとう、ありがとう……必ず実現してくれ。いや、君達ならできる、絶対に」
そしてお父さんは、お兄ちゃんに後を頼んで午後に出発した。シロウさんにはまた連絡を入れるそうだ。だから当分はお祖父様からの仕事をフンボルト君とともに行ってくれと伝言を残していった。
出ていく背中を見て思った。人って、同じ変わるにしても向いたジャンルと向かないジャンルがあるなって。
「せめて衛宮士郎らが戻るまで残れば良いのに……」
私もカチンと来たが、エルの方が早かった。
「自分とは違うという意味で、お兄ちゃんがシロウさんを『衛宮士郎』とフルネームで呼ぶのは理解します。ですが、お父さんに残れの言葉は軽薄ですよ?」
「何がだ? どこか失言があったか?」
「お父さんの年齢と職業を考えてあげて下さい。20代や30代じゃないんです。過去を悔いて生き方は変えられても、お父さんの年齢と、元々の職人気質な性格が邪魔をして職業までは変えられないんですよ。脂の乗った将来国宝級間違い無しの陶芸家に、明日から普通のサラリーマンをやれっていうのと同じですよ?」
「ああ……。その意味な……これは私が甘かった。しかしそういう随分と婉曲なころからの諫言を受けたのは初めてだ。君は君で『エル』とは異なる個性を持っているな?」
ほとほと感心したといった風情で、お兄ちゃんはエルの頭に手を置いた。実はこの頭に手を置くという行為は欧米ではとても嫌われる。
その事はお兄ちゃんも知っているだろう。だけど日本育ちの『記憶』を持つ私達にならという親愛の籠もった仕草だった。だからエルは文句も言わず、少し顔を赤らめていた。
そんなお父さんの来訪で遅れたけれど、私達も明日出発する。何としてもスノーフィールドの霊脈を手に入れるのだ。
ハサンと合流しホテルを引き払った私達は、タクシーで空港に走り、そのまま日本に帰った。ルヴィアの家に戻ったのは日曜日の夕方6時だった。
旅の疲れは、あると言えばあるのだが、すっかり慣れてしまった。辛いのは行きの時差ボケだけど、これは半日で治る。帰りは意外だろうけど時差ボケがほとんどない。
返って機内で眠りすぎると、日本で夜中に目が覚めるとはエルヴァの弁だった。だから帰りは1時間ほど居眠りしただけで、それ以外はすっと起きていて、この仕事を依頼してくれたエルとエルヴァへの報告書の下書きを書いていた。
しかもパソコンでの打ち込みはエルマとトロンメルがやってくれた。エルマが日本語文でトロンメルがドイツ語文という役割だった。
パソコンは二人のそれぞれの部屋にあるので、私とルヴィアは二人の言葉に甘えて、食堂でアイスティーを頂きながら寛いでいた。
すると思ったより早くエルマとトロンメルが報告書を出力してくれた。それに目を通したエルヴァが添削してくれ、完成したところでデータをメールに添付して送った。
先方のアドレスは、エルヴァのパソコンに空メールで来ていたのだ。
「自分で自分に送るの?」
「ね? 不思議な気分ですよ」
メールを送り終えた後のデスクトップを見て、ルヴィアと私は驚いた。高校生くらいの女の子と小学生くらいの女の子が、仲良く並んで座ってお茶を楽しんでいる。その画像の女の子は年齢差こそあれ、どちらも『イリヤ』だった。
「この画像の方はどなたですの? 『エル』さん?」
「それ、空メールに返事をしたら送られてきたのですね。その画像の二人は、たぶん4~5年前のミトとパミです」
ああ、あちらでの……47番だったエルヴァの仲間。高校生くらいの子が29番で小学生くらいの子が83番だと教えてくれた。それが『エル』の魔術か……まったく。
「これを撮影した場所は、おそらくロシア号の食堂車ですね」
「シベリア鉄道の?」
「はい。私は乗った事がないので何ともですが、このポッドスタカーンニク(金属製の把手付きカップホルダー)は、ロシアのものでしょう? 確か食堂車で使われているだけでなく、車内販売もされていたと思います」
なるほど、耐熱カップからの熱を避けるだけでなく、底が広くなった金属製なので揺れる車内では安定性が高そうだ。
「あ~、父に聞いた憶えがありますわ。モスクワからウラジオストクまで6泊7日か7泊7日掛かるとか」
「その1日のズレは何?」
「カナダで体験しましたでしょう? 標準時からの時差ですわよ。東西がアメリカやカナダより長いのですもの。ですので何回か時計を合わせ直すのでしょうね」
「ええ。線路の距離で9300kmくらいあったと思います。ですから3~4回は時計を直すと思います」
頭ではわかっているのだ。だけど時間が掛かり過ぎだ。だから怖いなと思いつつも、前回のロシアでは双発プロペラの飛行機を利用したのだ。国内線がプロペラだけってヤメてよねって感じだが、それがロシアだった。
でもモスクワと違って、ウラジオストクやイルクーツクは、交通マナーが比較的良好で、人当たりの良い人が多いと感じた。
それだけ田舎とも言えるけれど、カナダの長老にも通ずる、上にも下にも見ない『人と人』というフィフティな距離感はとても好みだった。
「って事は、これはイルクーツクに向かう途中?」
「たぶん。視察とバカンスを兼ねていたのでしょう」
そういう端から端までの長旅は、物好きしかしないものらしい。
だけど1泊2日や2泊3日といった移動には結構利用されているらしく、車両ごとにサモワールという湯沸かし器があって、そこで持参したポッドスタカーンニクとティーバッグでお茶を自分で作るのだという。
ルヴィアはサンクトペテルブルクからモスクワへの移動に、何度かそういう夜行寝台列車(クラースナヤ・ストリラー(赤い矢/レッドアロー)号というらしい)を、良く利用していたそうだ。
同じ型の客車とは限らないが、ロシアの列車事情はある程度知っている様子だった。というのはこんな事をルヴィアは言ったからだ。
「サンクトペテルブルクの起点駅がモスコーフスキー駅で、終点のモスクワの駅名がレニングラーツキーですのよ」
サンクトペテルブルクの旧名がレニングラードだ。つまりモスクワからどこに行くのか一目瞭然となる駅名になっているのだ。だからサンクトペテルブルク側の駅名がモスコーフスキーとなるのだとか。
ロシア内のターミナルとなる駅名には幾つかそういうのがあるらしい。面白いものだ。しかもヘルシンキから、そのレニングラーツキーまでの直通特急列車や寝台特急列車が走っているという。
これはソ連時代からそうらしいので、それだけヘルシンキとサンクトペテルブルクという街は国家の体制や枠組みを越えて、お互いに大切な街だった証拠なのだと思う。
お父様と妹さんとジャガイモを食べたという思い出も、お父様がサンクトペテルブルクにも会社をお持ちだったからこそ可能な旅行だったのだろう。
たぶん、ソビエト連邦崩壊後の思い出だと思うのだけれど、まず一般的な日本人だと『ソ連?』と思うはずだ。
「シャワーとかどうなってんの?」
「ないでしょうね。私もモスクワのホテルまでシャワーを我慢していましたわよ」
「そうなんだ?」
「この二人も一部の路線を使っただけで、後はホテル泊の飛行機移動だと思いますよ」
「ええ、私もそう思いますわ」
やっぱりこういう長旅は女の子には厳しいわよね。なのにあのエルとエルヴァは、小さなエルヴァ達とトラックでイルクーツクまで行ったのだ。機材の運搬もあったとはいえ、やっぱり凄いわね。
エルヴァが名残惜しそうにパソコンをシャットダウンした。『イリヤさん』は双子の姉だけど、あの二人は自分そのものでもあり、大切な存在だと聞いていた。それだけに、暗くなったモニターに写る彼女の顔はとても寂しそうだった。
「エルヴァ、その顔で下に降りたらお姉さん達が心配するわよ?」
英霊のイリヤさんだけでなく、巫女のイリヤさんも小さなイリヤもまだこちらに残っていた。
「はい」
振り向いたエルヴァは、少し笑って私をハグした。だからエルヴァにはデジカメで撮らせて頂いたアンモライトの輝きを見せてあげた。
「綺麗ですね」
「ね」
食堂に行くと食事の用意が整っていた。下拵えはエルヴァで、調理したのはマルガリータさんだった。『エル』から贈られた包丁が功を奏したのか、このところすっかり和食も作れるようになったマルガリータさんだ。
エルヴァは巧い。今は居ないアーチャーも卒がない。そんな二人から学びつつ、巫女のイリヤさんからも色々教わったようで、今のマルガリータさんには敵わない。エスニックだけの人だと思ったのになぁ。
だけど、この人の知的好奇心の旺盛さは見習うべきだ。実は私もルヴィアも、マルガリータさんのお陰で更に魔術の腕が上がったと実感しているところなのだ。
この人の魔術体系は今一つ謎だけれど、私達にわかるように噛み砕いて、それもかなりオープンに教えてくれていた。こんなので良いのかと思う気持ちもあるけれど、それが仲間なのだとマルガリータさんは言う。
彼女を共同研究者として迎えた事は師匠に報告済みなのだが、そう来たかと笑っていた。もうじき私達の位階証書を持って師匠が倫敦から帰って来る。
その時はもっと話したい。今、一体世界では何が起こっているのか。本当に私とルヴイアは何もしなくて良いのか。そんな事を尋ねたいと思った。
「出発、お新香!」
エルはノリノリだ。自分から進んでダコタの運転席に座るくらいだ。横は私で、モードレッドは後列、お兄ちゃんは霊体化してトレーラー側に居た。
ミアータさんとモニカさんに後を託して、出発したのが1時間前。クルマは国道15号線をラスベガスに向かって走っていた。ラスベガスで寄り道しなければ、日が暮れる前に目的地まで行けてしまう。
モーテルやトレーラーパークがあるならそこに泊まっても良いが、何もなければそのままトレーラーで路上泊する積もりだった。だけどそうなると上下水が辛い。できればモーテルに泊まりたいところだ。
ラスベガスに近いモーターカフェで休憩と軽い食事を摂った。その際にエルがお店の人と交渉し、持って来ていたラップトップ(ノートパソコン)をネットに繋ごうとしたら、お客の一人がアラモという街にRVパークがあると教えてくれた。
エルは93号を北に上ったソウトゥース国立公園に行くと話していたのだ。それでガソリン代を浮かせるためにイーリーまでは318号を使いたいと。
国道93号線はクリスタルスプリングスで大きく東へカーブしていて、分岐道がある。道なりだとそのまま93号線だが、分岐を西に行くと更に318号線と375号線に分岐する。
その375号線こそが、スノーフィールド(ここにはない地名だが)の近くを通る唯一の州道だった。そして目的地に一番近い集落が、ボールド山の北にあるレイチェルと、バッジャー山の東にあるアラモだ。
「アラモで良いんじゃないか? そっから歩く方が早いぜ。山も低そうだ」
カフェから出た後のモードレッドだ。私も彼女の案に賛成だった。霊地のエリアまで直線で約40km。強化すればエルでも1時間で走れるだろう。
何より、ドラッグストアやガソリンスタンドがある。そこは大きい。
「そんなの真面目に頑張っているマラソン選手が泣きますよ。でも1時間切りはしたいなぁ」
確かに。勾配まで含めれば42.195kmはありそうだ。自分の考えなのに、赤いキルトを穿いて押し倒すべきかと一瞬迷った自分が恥ずかしい。
エルはちゃんとインチキは良くないと言い、その上で同じやるならトコトンだと言ったのだ。まぁ、そうでないと私やモードレッドに追いつけないからね。
「その375号線が、並行世界では『Extraterrestrial Highway』と呼ばれているそうですよ」
地球外生命体。映画の『E.T』と引っ掛けてるの?
「中に入れた手紙が宇宙に届くというブラック・メールボックスがあるそうです。基地のある世界では、柵で覆われ入れないだけに夢がありますね?」
どうなのかな? 地形も気候も隣のユタ州まで行かないと、カリフォルニア州のデスバレーと変わらない気がする。紫外線はキツそうだし、これ以上日に焼けたらどうしてくれる。
一応、長袖のシャツにブラウス、パンツは多めに持って来たが、今日も太陽はジリジリと暑い。もう10月になろうかというのに、この陽射しは堪らない。
こう考えるとラスベガスなんて街をよく作ったものだと感心する。左右に何もなく、地平線まで真っ直ぐに伸びる道路はまさにアメリカだった。
「おそらく交渉相手はアラモなど、水のあるところに居を構えているのでしょう。もしかしたら本格的に掘らず、地蟲を使って霊脈の流れを変えるだけで済むかも知れません」
そうあって欲しいところだ。言ってみれば盗掘だけど、霊脈の使い方なんて100%知らないだろう。そこで条件が揃えば起きるであろう何らかのマナ漏れ現象、それが今後も残れば十分だと思う。
と言うのはエリア外とはいっても、空軍基地の横で大々的な掘削なんて不可能だからだ。だから目を盗んでの盗掘しかないとエルとは意見が一致していた。
さっきのマラソンと同じで、やるならトコトンだ。反対派としての良心はチクチク痛むが、今回は封殺する。それは私達だけでなく、エルヴァちゃんやおチビちゃんにクロエちゃんのためでもあった。
世界はいよいよきな臭い。各大陸の事件が起きた点と点を結べばマカバのような神聖幾何学模様が浮かぶ事にエルが気付いたのだ。それがあってのお父さんへのヒントだ。
英霊を使ったのか地蟲を使ったのか、それも地面の内部にだ。こんな人工衛星でやっと捉えられるような大規模な魔術。それができるのは『エル』しか居ない。と同時に私達の知る『エル』ならしない。
何故なら……。
「世に絶望したのかなぁ……」
どこかのお父さんみたいに諦めたのだろうか。もしそうだとするなら…………。
そもそも何故この世界なの? 『エル』の言葉だと近隣の並行世界で一度に起きているらしいけれど、その前に自分の世界じゃないの?
「前提が違うのでは? 『掌握』や『魂の改竄』が使えなければ?」
「なのに世界のシステム、少なからずアラヤに介入するほど魔術能力は高かったと?」
「そうです。どうも私はそんな『エル様』のような気がします。そうなると暴力でしか解決できません。だから、どこかのお父さんやお兄ちゃんと同じ様に絶望したのだと……」
エルの言葉に悲しくなった。何故なら私もそんな気がしていたからだ。並行世界の自分が存在したというだけで、『エル』とともに素直に喜べた。
ほんの数ヶ月前なのに、あの頃が懐かしい。そもそもそれを体験したのが私でなく日本のエルヴァだ。魔道とはどこまでも辛く厳しい。
「失敗したから他の世界を?」
「……だと。やり直したかったんだと思います。そしておそらくその『エル様』は、もう死んでいてシステムに介入する意志だけの存在、残滓なのかも……」
なんて悲しい事だ。でも、益々『エル』ではないと確信できた。憎まれっ子世に憚る、憎まれ子頭堅し、棄子は世に出るを地で行くどこまでも前向きでタフな彼女が『諦める』とか『絶望』する筈がないのだ。
だって彼女ほど『人』が好きな人は居ない。『人』が好きだから商売人を目指し、より多くの人と関わりたいから起業した、そういう人間だ。
「なら『エル』は……?」
「この世界に合うよう結果を変化させるべく、術に介入した可能性があります。ですので、別々の場所で起きた『現象』と『現象』を結んで結界にしたのが『エル様』ではないかという気もします」
もしくは結界の方向性を変えたかだ。ピンチをチャンスに。悪事は他人のせいで、美味しいところは自分のもの。起きるのを『夢』で知り、敢えてどころか思いっ切り乗ってきた。そんなところだろう。
だけどつくずく、私は彼女の100分の1だと思い知らされる。よくもまぁ、こんな事を実行できるものだ。ほんの少し左手に緑がある。パラナガット国立野生保護区だ。ここを過ぎるとアラモはすぐそこだった。
美味しい夕食を頂いた後、お風呂も終わり再び食堂に向かった。水分補給だ。すると片付けを終えたエルヴァが、エルマ達とビデオを観ていた。ルヴィアはまだお風呂から戻っていない。
「何を観ているの?」
「ここ、知っていますか?」
誰が撮っているのか、高級そうなコートを着た中学生くらいのパミがドイツ語で話していた。
『ここがモスクワの赤の広場の横にあるグム百貨店ですよ~。活気があるでしょう? この百貨店は帝政ロシア時代の末期からあって、ロシア革命後も消費生活に必要な場所だとして、国営化されても残っていたんですよ。ペレストロイカで個人商店が復活し、今では西側の高級ブランド店も出店しています。我社の食料品部門もアンテナショップを出していますよ。本日は食料品部門のオーナーに来て頂きました。そちらからショップを紹介して頂きましょう』
『何をやらせますか。えっと、食料品部門のオーナー兼研究開発員のエルヴァです。このショップでは弊社で開発した定番商品は勿論の事、ロシアの皆様のお口に合うよう新規開発した食料も扱っています。きっとどの商品も地元のスーパーなどに置いてあると思います。弊社は主に保存の効く缶詰や、チルドにフローズンといった加工食品を扱っていますが、食卓でのもう一品、忙しい時の時間短縮で活用して頂ければと思います。皆様の健康と明るい生活のために。イヴ食品のエルヴァ・ハーウェイでした』
『ありがとうございました』
何だこれ? その頃の最新商品なんだろう。そういうパッケージを持ってお店の前で二人の子供が遊んでいるようにしか見えない。だけどその後のインタビューが凄い。
このショップを任されているのだろうロシアの女性が、深々と二人に頭を下げ、事細かに商品の人気や売れ具合などを円グラフや棒グラフ入りのリポートで説明しているのだ。
その部分の説明が全部ロシア語なのだが、ドイツ語でテロップが入っている。きっと視察だったのだろう。担当の女性と握手と抱擁を交わしたところで場面が切り替わった。
二人はグムの外に出て、雪で真っ白なモスクワを歩いていた。日の傾き具合から夜だろう。たぶん営業時間が終わるから出てきたのだ。
ナタリアさんに連れられて、あのデパートでお手洗いを借りたっけ。二人はカザンの聖母聖堂のある一画を通り過ぎ、その先にあるとても立派な造りの、おそらく5つ星のホテルが見える辺りで地下に降りていった。
「地下鉄ですわね」
その声は頭をタオルで巻いたローブ姿のルヴィアだった。彼女はあの特徴的な髪のせいでお風呂が長い。また、日本の肩まで浸かるお風呂が気に入ったようで、各地の温泉宿のパンフをオーギュストさんに集めてもらっていた。
この冬休みはロシアに行く可能性が高いが、それが流れるか3年生に上る前の春休みには一緒に行こうと話し合っていたのだ。
今度の場面は再び雪の街だ。地下から外に出たようだ。
「あ、あの建物ですわ。あれがレニングラーツキー駅です。その向こうがシベリア鉄道などが出るヤロスラヴスキー駅ですわ」
画面の中はどんどんと日が暮れていく。駅の照明が美しい。そしてカメラがスーッとパンして二人を追った。雪の中をテクテク歩く二人の先には……。
「ホテル・レニングラードですわね。スターリンゴシックという重厚なゴシック様式の建造物ですわ。特にモスクワ市内にある7棟を指してセブンシスターズと言いますが、ホテル・レニングラードはホテル・ウクライナとともにそのセブンシスターズなのですわ」
「泊まった事、あるの?」
「レニングラーツキー駅に近いですから、私は毎回あそこでしたのよ」
お金、持ってるわね。それでも前回ランクを落としたのは、私に合わせてくれたと言うより今後を考えての事だった。それだけルヴィアもあの仕事に賭けているのだった。
次はホテルの室内だった。三脚で固定したのか、室内は定点だった。エルヴァがどちらが『エル』でどちらがパミなのかをルヴィアに教えていた。
「お二人とも中学生くらいですわね?」
「はい。3~4年前の映像だと思います」
コートを脱いだ二人の美少女が、キャピキャピと話し合っているが、随分と早口で、それも少し訛ったドイツ語なので聞き取りが難しい。
「これがスイス・ドイツ語?」
「そうです。単語が違うので意味がわからないでしょう?」
こういう例えはどうかと思うが、標準語から見た津軽弁や薩摩弁のようだ。ドイツ語なのにドイツ語じゃないみたいな。だけどエルヴァやエルマにはきちんと聞き取れるのだろう。
あのトロンメルまでもが笑っているのだから、きっと何かしらのジョークを話しているのだと思う。
ジョークってあれだ。言語や背景となる文化を共有していないと意味不明になる。日本暮らしの『エル』が、ドイツ暮らしのパミとモスクワで再会して昔ながらに仲良く話し合う。それは何とも不思議な光景だった。
「これ、DVDなの?」
「はい。メールに送ったからとあって、私の『ラインの黄金レプリカ』の中に」
「繋がってんの!?」
「どうやら、あちらは一方的に送ったり受け取ったりできるようです。生ゴミを送られないか心配ですよ」
生ゴミって……エルマも無茶苦茶言うなぁ。
「こういう旅行記が全部で10枚くらい来ていました。このモスクワの分の撮影は変装したアサシンの誰かで、二人旅だったようです。私の気持ちや感情などもお察しなのでしょうか?」
エルヴァがそんな事を言う。どうもそんな気がするわね。エルヴァやエルマ達がお風呂に向かったので、私とルヴィアにマルガリータさんは部屋に戻った。
明日、学園があるだけにいい加減疲れた。翌朝、エルヴァとマルガリータさんが起こしに来てくれなかったら、私とルヴィアは遅刻していた。それくらいぐっすり眠ったのだった。
お風呂から上がると、食堂は暗かった。凛とルヴィアが消灯してくれたのだろう。部屋に戻るとエルマが PowerBook を抱えて待っていた。お風呂で貸して欲しいと頼んであったのだ。
と言うのは、エルマ経由で受け取ったDVDは私の『Linux』では再生できなかった。プレイヤーのコーデックが足りていないか対応していないのだ。それで食堂にあるAV機器で観ていたのだった。
エルマにお礼を言って私は部屋に入った。あの子は気を利かせて自分の部屋に戻った。それは部屋に私以外鑑賞不可というDVDが数枚あったからだ。
起動してそれを再生した。頭がクラクラした。
『エル、それあの子がモチーフ?』
『ええ……あ、そこ……』
『この辺り?』
『そこ、もっとグリッと』
『こうね?』
なんと二人は裸で愛し合っていた。しかもパミの股間にはアレだ。二人の呼吸と声が荒くなり、パミが『エル』の中で果てた。
『エル』は甲斐甲斐しくパミのそれを咥え、自分の口で清めていた。そんな『エル』の股間にパミがお礼とばかりキスをしている。この二人、こんな頃からそういう仲? と思ったのは一瞬だ。それは思い当たる理由があったからだ。
毛布を引き上げ、語らう二人の会話にギョッとした。
『もうすっかりハマりましたね?』
『何も体験がない私に性の悦びを教えてくれたのはミトでしたが、あなたはそれ以上でしたね?』
『まぁ、あなたもミトも私の一側面ですよ』
『フフ……けれど、あの子をエーテル出力して意識は自分って。そういうのはありですか?』
『正直に言うと、あの子のような性格を持ちながら、ごく普通に……女子校に通って、何も知らないまま大人になりたかったですね。昔からあの子に理想の自分を重ねていて……『姉』でもない、なりたかった自分があの子です』
『そんなに好きだったの?』
『でなければ反対派にはしませんよ。そうやって遠ざける事で理性を保ちたかったと言いますか……』
『それであの子っぽい性格に寄せるフィルターを造ったり、現在使っている思考と人格を分割して入れたり?』
『そう。ですが物足りないです。もっと造り込んで別人格にしませんと』
『だけどそうなると47番そのものですよね。それは?』
『一度やって泣かれました。ですのでどこか制限を設けないと。すると彼女でなく人形になってしまって……』
『それは……47番には当然言えないし、私やミトになりますね?』
『ええ。それであなたに相談したわけです』
『まぁ、あなたとは元々こういう関係でしたしね』
『ですが、ミトにここまで叩き込まれていたとは』
『変人はあなた譲りです。次は意識を入れ替えましょうか。47番っぽく演技しますから』
『すぐ終わりそう……』
退廃の局地だった。その乱れっぷりと嬌態には、正直嫌悪感がある。
だけどそれが遠い日本の冬木と、ドイツのエッペルハイムを結ぶパスとなっているのもわかっていた。だからきっと『エル』は、パミだけでなくミトとも昔からこういう関係だったのだろうと想像ついた。
そこまではわかる。私も魔術師だ。百歩譲っても理解できる。だけどどうして、その出力したエーテル体のモチーフが私なのだ?
見た目はパミであり『エル』だ。何ら変わりない。だけどその身体は私だとハッキリわかる。パミと『エル』が声を出さずとも区別がつく。それが私達だった。
『エル』が私をそんな風に見ていたなんて……今まで気付かなかった。何度か上下を換えて痴態に興じるモニターの中の二人。
『エル』があぐらを組んだ。屹立するそれはパミの分泌したものでヌラヌラと光っている。それを指で導きながらパミが腰を沈めた。
いや、今のパミは私だった。私のように恥じらっていた。なのにその壁を上から下から削り取っていた『エル』。とうとう彼女は『エル』に力任せにしがみついて果てた。
モニターではアフタートークが始まっていた。暖かい言葉を交わし合っているのだろう。パスが強まるのがモニター越しでもわかる。
だけど私は自分を慰めるのに忙しくなり、会話が耳に届かなかった。翌朝の私は下半身だけ裸だった。慌ててDVDを取り出し、PowerBook を落とした。
シャワーを浴びて股間をよく洗った。パリパリに乾いていたものが、シャワーでぬめりを取り戻す。それをきちんと洗い流してから外に出た。
時刻は朝練のあった頃と同じだ。なのでジャージに着替え、気分転換を兼ねて日課のジョギングをした。スッと姉が横に並んだ。昨夜は遠慮してくれたのだと思う。
私も健康な女の子なので、時々自分を慰める。そういう時は部屋に来ないのが姉だった。
何も言わず黙々と走る二人。声を出したのは士郎クンと挨拶したときくらい。そのまま走り終え、部屋でもう一度シャワーを浴びた。
「エルヴァ?」
「はい?」
髪を拭いて乾かしていると姉が声を掛けてきた。
「凛とルヴィアが起きて来ないの」
時計を見てびっくりした。早く制服に着替えて朝食を摂らないと。登校前のセットが長いルヴィアは特にマズイ。私は廊下で出会ったエルマとトロンメルにも声を掛け、手分けして凛とルヴィアを起こしに行った。
登校途中の自転車で考えていた。『エル』が私を探しに来た理由。そんな事を、だ。そして『エル』はエルヴァちゃんのためにもう一人の私を造った。目付役にまた別の私を造ってまでして。
あのDVDは『エル』からの告白であり、私への決別なのだと思えた。二度と会わないなんて事はないだろう。だけど次からは姉妹のような仲間として会う積もりなのだろう。だから私もあの映像は誰にも見せないし、知らない振りをしよう。
坂の途中でオーギュストさんのクルマに抜かされた。凛とルヴィアも間に合ったようだ。
当面トレーラーを停めるアラモのRVパークに着いた。
そこは別に伝道所と要塞の複合施設でなく、宿泊用に使われているのだろうコンテナやトレーラーが幾つと、上下水道を繋げる場所が数箇所あるだけのこじんまりとしたパークだった。
受付もトレーラー・ハウスを改造したもので、木陰の良い場所には数台の先客が居た。こんな辺鄙なところなのに。おまけに奥に進めば途中でゾンビ(マネキン?)が立っていた。どういうコンセプトだ?
トレーラーを自立させダコタを切り離しエルとお兄ちゃんに後を頼んでから、私とモードレッドは、この道に入る途中で見えたガソリンスタンド兼レスト・ストアに寄った。
スタンドの前にある国旗の下には、大きな緑色の恐竜が居座っていた。この店のシンボルらしい。カンバンにも恐竜が描描かれている。1ガロン2ドル50。ほぅ、まぁまぁ安い。
給油をしている間、モードレッドがお店の人と冗談を言い合っているのがウィンドウ越しに見えた。かなり気さくでフレンドリーなお店のようだ。
おいおい、ハンバーガーを齧って、でっかいコークを飲んでいる。給油を終えて支払いも終わったところで、私はトイレを借りた。
清潔でとても広い。手を洗ってモードレッドのところに行けば、プラスチックのテーブルが並んでいて丸っきりハンバーガー・ショップだ。
だというのに壁はコンビニのように冷蔵庫がびっしりで、様々な商品が置かれていた。クラッシュアイスや、パックの食料まであったので、ご近所の人もスーパーとしてここを利用しているようだ。
こんな小さな街なのに、小・中・高とあるらしい。それと地図で見たドラッグストアは本当に薬局で、薬以外置いていないとお店の人が教えてくれた。
私はモードレッドが食べ終えると、クラッシュアイスとアイスキャンディを買った。パークまでは1分掛からない。と言うかスタンドの隣がパークだ。
そしてあのスタンドの建物はこちらから見るとスーパーとカンバンに描いてあった。経営者が同じなのか共同なのかはわからないが、この街には欠かせないお店だろう。
地方のイ◯ンのように感じた私は、どこまで行っても日本育ちだった。
パークに戻った私は、先にお兄ちゃんと一緒に下拵えをしていたエルにお礼を言って、モードレッドとともにバーベキューの火熾しに入った。
使うのは日本製の七輪で、これは先日某ホームセンターで、お兄ちゃんの強いお薦めで買ったものだ。その時にチャコール(炭)もたくさん買っておいた。
プロパンガスも2本持って来ているが、基本は屋外で食事を楽しもうと考えていた。これは場所のイメージがイマイチわからなかったからだ。だからアウトドア用のストーブとボンベも持って来てあった。
そちらをサブのコンロにしようと思っていたら、お兄ちゃんが薪をトレーラーから出してきた。
「受付の事務所で買った。同じやるなら楽しもう」
それはそうだ。
「そちらの火は着いたか?」
「先にトーチで着けていてくれたので、あっという間です」
「そうか」
お兄ちゃんは自家製のペール缶カマドに薪を入れ火を熾し、火の番をモードレッドに言いつけた。
「お前ぇまさかと思うけど、このカマド、投影か?」
「そうだ」
ニヤリとするお兄ちゃん。本人は『エル』に焚き付けられ『アラビアのロレンス』を気取っているが、私は知っている。
『アラブのよろず道具屋です。良いように使われるところが学生時代から変わっていません。進歩のない男ですね』
お気の毒だが、それが『エル』の評価だった。だけど便利な事は間違いない。
常温に戻したお肉には両面にオリーブオイルが塗られ、塩コショウが振ってある。これは野菜なども一緒だ。それを七輪の網でじっくり焼く。焚き火の方ではお鍋でジャガイモが茹でられていた。
「マッシュポテトに?」
「いや、その炭火の肉をトリミングした部分を残してある。それで洋風肉ジャガにな」
ハーブやコンソメで味を整えるようだ。皮を剥いただけのゴロっとした丸のままのジャガイモに、串に切ったタマネギ、そして相変わらず細いアメリカのニンジンが入っている。
「アメリカのニンジンって、細いですよね?」
「だな。私も初めて見た時は驚いた。ピーマンはパプリカと見分けがつかんし、キュウリは太いだけで水っぽくシャッキリ感がない。あれは良いもろみ味噌が手に入っても、もろきゅうで食えんな」
「おナスも大きいですよね? でもあれ、炭火焼きにして生姜醤油でならイケそうな気がします」
「焼きナスか。輪切りにしてバターとトマトを乗せてオーブンで焼く方がウマいぞ?」
色々試していたんだなぁ。確かに大きなナスに小さなトマト(ローマントマト)がこっちだと主流だ。オーブン料理の方が合うのは間違いない。それもあってのダッジオーブンだろうし。
リンゴやイチゴなどのフルーツも、小ぶりか大味のどちらかで、サラダに入れたりパイで使う方が美味しい。
「結局手に入る食材で、料理のレパートリーは限られてくる。日本はそういう意味でも奇跡の国だ」
納得だ。炭火は調理時間が長い。そのため夕食が始まったのは1時間後だったのだが、その分どの料理も美味しかった。だけどアメリカに来てからお肉ばかり食べている気がする。う~ん……明日は走るから良いのか。
この9月のこの日。
16期4中全会(全国人民代表大会)でチベットとウィグルの解放、さらに各地方の少数民族の自治権を認める決議が可決された。
これに呼応して香港と澳門(マカオ)が独立を宣言し、台湾とともに国連に承認されたのが1週間後だった。
米国国務省は英国との極秘電話で、シティ(倫敦の金融街)が持つFRB(アメリカ中央銀行)株をすべてアメリカ政府に売却する事で合意した。
中東では幽閉されていた前大統領が釈放された。と同時にシーア派とスンニ派の各指導者が今後の戦闘行為を一切禁ずるとの声明を出した。
その裏で、世界中の過激派が武器を棄てた。中には自らの信仰を棄てる者さえいた。しかしそれらはニュースにならなかった。
イスラエルはヨルダン川西岸地区と飛び地となるガザ地区を、正式にパレスチナとして国家承認した。そしてこの奇跡の平和を誰もが当たり前の事として異議を唱えるものが出なかった。
ウォール街もシティも平常通り株価を追いかけるだけだ。そんな中でメキシコやブラジルに本社を置く企業の株が徐々に上がり始めていた。この株価の動きを先日の『現象』と結びつける証券マンは、誰一人として居なかった。
そんな世界の急激な変化をエルと私が知ったのは、スイスに帰ってからの事だった。
戦後のGHQ支配(アメリカに居座るあちら側の意向を汲んでいた)を脱却できても、長い間日本はあちら側の手の内で遊ばれていました。
特に東西冷戦時代はそうです。ソ連に金を回していたのもアメリカなら、日本の日教組を赤く染めたのもアメリカ側の意向です。
それがクリントンの頃から変化し、イスラムの台頭によってブッシュ・ジュニア政権がパパ・ブッシュの時代と同じく強硬策に出ました。
その後、アメリカは厭戦ムードとなりオバマが選ばれました。彼こそが史上最悪のあちらの手先です。
この事はそのうちオバマゲートとともにドンドン明るみに出るでしょう。
そんなあちら側と戦おうぜと首相に言ったのがトランプです。
「日本は真珠湾で一度アメリカにギャフンと言わせた強い国なんだ。その真珠湾を忘れたとは言わせないぞ」
この後半部分を抜き出してプロパガンダに使ったのがワシントンポストであり、日本の各新聞です。
まぁ、シルクロード以降、日本のメディアは中国の犬なんですが。
先日までは中国からの移民や観光客でかなり危ない状態でした。この武漢ウィルス事件が起きるまでは。
これで経団連も、中国に肩入れすればするほど餌になる事に気付いてくれれば良いのですが。
日本企業の不祥事が目立つようになったのは小泉政権から特に顕著です。企業の経営者も質が落ちましたが、ポピュリズムだけで経済を知らないあの人には呆れましたね。失われた20年の戦犯です。
国家を壊すには幾つかの方法があります。
一つは経済の停滞と長期デフレ。こうなると給金が上がらず庶民のモチベーションが下がります。
二つ目は自己責任と国家の仕事を放棄する発言をすること。この弱者切り捨てによって国民内部で対立が起きます。
三つ目は世界の流れを封鎖する事。海外のインタビューなどでウソのテロップを付けたり、ワシントン・ポストの記事のように一部を切り取って悪意ある論説を流す方法です。
それとあちら側の手法も書いておきます。
一つ、WTOを作ること。これで世界の貿易など物品の流れをコントロールします。TPPやFTAもこの一環です。
トラスト・ミーでスットボケたあの人はオバマを遠ざけた意味で凄いと思います。偶然でしょうけど、結果だけは素晴らしい。
二つ、IMFを作ること。国家のお金と中央銀行をコントロールします。
三つ、国境を失くすこと。全世界をEUのようにして自由に行き来できるようにします。
こうして世界統一国家を造り、全世界を完全に一部の上級人とその他の働き蟻に二極化するのが彼らの狙いです。
これってつまりは旧ソ連や中国共産党と同じなんです。旧ソ連崩壊の時、ゴルバチョフが「我々の実験は失敗に終わった」と言った意味は共産主義が失敗だったのでなく、そういう二極体制が失敗したという意味です。
現状、二つまでは終わっています。今の日本は本当に危険です。
この時の末期ソ連に入れ知恵していた集団が、ブッシュ・ジュニアとオバマの後ろに居たネオコンです。
あちら側は、昔からのユダヤ財閥と、このネオコン(新自由主義)と、イギリスのシティを牛耳る勢力と幾つかがあります。
そのオバマもクリミアの紛争で失敗し(あの紛争を起こしたのはオバマ政権にいた数人とソロスです。ウクライナ・デモの映像に政権関係者が写っているので事実です)、プーチンを引きずり出せませんでした。
それでオバマはやる気を無くし、ソロスは企みが失敗したとニュヨークタイムスに手記を書きました。誰も報道しませんが。
この辺りの話は馬渕元大使の書籍や映像に詳しく解説されています。
今恐ろしいのは、麻生さんの動きです。身内の方がロスチャイルドに行っちゃった。
政権交代前は金がなきゃ刷ればいいと言い切っていた人が、緊縮と増税を主導する。まさかTPPに次ぐFTAで日銀の株をアメリカのあちら側に売る密約があった?
こうなると自国通貨の発行権が失くなります。MMTも絵に描いた餅で当てはまらなくなります。
これだけが今は本当に心配です。