※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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129、帰路

カラスの鳴き声も途絶え、空に星が瞬き始めた。段々と日が暮れるのが早くなっている。学園祭の準備で、皆んな帰る時間がバラバラだ。

桜ちゃんと同じバス通学のエルマはともかく、士郎クンもトロンメルも居ない。確か2-Cは夜店で1-Eが占いと奇術だった。凛やルヴィアの2-Aは研究発表で、エルマと桜ちゃんの1-Dは紅茶館。そして私達3-Aも喫茶店で、吉川クンの3-Dはポテト屋さん兼ミニライブだった。

皆んな色々と考えている。被るところもあるけれど、独自色を出そうと工夫を凝らしているのが、さりげない会話の端々から感じられた。そもそもエーデルフェルトがある意味『女子寮』状態なので、以前から勉強をみたり、学園での悩み事を聞いたりと会話が多かった。

それで年長で3年生の私がこういう性格だから、それを見倣ったというか、ルヴィアも凛もエルマやトロンメルに色々アドヴァイスを送ってくれている。今回の学園祭では特にそれが顕著で、1-Dの紅茶館なんて本当は凛がしたかった事なのは明白だった。ただルヴィアの方は、これといったやりたい事はなかったと思う。だけど彼女も、日本の高校の文化祭という独特な行事を調べていたらしく、初参加に目を輝かせていた。

そんな中で二人はカナダでの体験を通じて、ファースト・ネイションズの事をもっと知りたいと考えた。そこから研究発表をするに至った訳だけど、私は正直『弱い』と感じていた。研究発表そのものにケチを付ける気は毛頭ない。あれだけ真面目な二人だから、きっと内容は濃いものになるだろう。

そんな二人を担任の葛木先生もちゃんと見ていて、社会科の教諭陣に頭を下げ協力を募り、かなりの資料を集めたようだ。そうなると職員室でも話題となる。そんな具合だから他の先生方からも期待が高まった。

時に教師という職業を選ぶタイプは、基本学者肌であっても他者との交流を求める傾向にある。勿論、中には職業選択時のしがらみや競争に負けて教師になった人も居るだろう。だけど『甘い』部分が必ずある。だから大学の研究員や講師になれなかったとのだとまでは言わない。

結局、魔術師と同じだ。工房(研究室)に籠もりぱなしで世間を知らない人と、人と触れ合い社会に自分の研究がどう役立てるのかを考える人と、そのどちらに好感が持てるかという話だ。

だけど私達魔術師は、子供の頃から『魔術使い』に陥ってはならないと言い付けられて育つ。そしてそれは『根源への到達』を至上命題とし、そこに至る道を追求しなければ『魔術師とは言えない』からだと必ず説明される。つまり社会への貢献を一切考慮するなと教えられて育つのだ。

だから長い年月でモチベーションが落ちないよう、『根源に至れば、全てが思いのままに叶う』といったような事を代々言い伝えている。多少家ごとに文言は異なると思うけれど、大筋は似たり寄ったりのはずだ。

そして、こんな何代も掛けているのに本当に根源に行けるのか? いや、そもそも根源なんて本当にあるのか? そんなあるかどうかもわからないものに貴重な時間を割くくらいなら、愛するものとともに在りたいと願う方が正しいのではないか? そんな葛藤の果てに、魔術師は魔術使いに陥る。

だけど『エル(私)』はもっと根本的な点から考え直した。どうして行けないのか? どうして至れないのか? それはこれまでの『教え』が間違っていたからだと考えたのだ。裏返せば『行かせない』『至らせない』ための『教え』なのではないかと考えた。

世の中もそうだ。社会の構造を知り、儲かる方法を見付け出した者がホイホイと教えてくれる筈がない。つまり『至った者』は語らないのだ。するとカラクリが見えて来る。

 

『至る方法が書かれた本だよ。今だけの限定販売。一冊◯◯円。さぁ、買った、買った!』

 

そういう事でしょう? 書いたのは『至った経験もない人』であり、『そう喧伝すれば儲かると考えた人』だ。つまりそれが魔術協会の真の姿だ。工房に籠もりぱなしだからお相手を探しましょう、呪体を買う資金を貸し出しますよ、煩わしい手続きが必要な霊脈の管理もこちらで代行しますよ、手数料だけ頂きますね……現代の中央銀行というより、新資本主義さながらの在り方。

金匠が貨幣という概念を産み出す前から存在した魔術協会。そう見抜いてから自分の魔術が見えたし、保有している会社の業績が伸びた。つまりそれぞれを取り巻く『システム』が見えたのだ。こういった事を凜に教えたら、本当に根源を得てしまった。世の中はそういうものなのだろう。

 

だからだろう。先生方の人間味溢れる応援を微笑ましく感じるのと同時に、落とし穴にも気付いてしまった。それはズバリ、マーケティングだ。

まず来場者(お客)は、受付でチケットを提示し、正門に並べられた生徒の名表のある部分に◯を入れなければならない。その部分とは来場予定者の人数だ。少ない分には何も言われないが、事前申告より多い場合は生徒との続柄などを全部書かないといけない。そもそもチケット提示前に複数の警備員さんによる手荷物検査がある。私学は厳しいのだ。

そういう関門を潜り抜けて、家族の人達が行き着く先は高等部棟の正面玄関となる。ここで持参したスリッパなどに履き替え、晴れて見学へと向かえる訳だ。でだ。どこの学校も校舎は細長い。また階段は中央と両端の三ヶ所か、二ヶ所プラス外階段(合計四ヶ所)という構造が多いと思う。

我が穂群原学園の高等部棟と中等部棟は、その最初の三ヶ所タイプだった(小学部棟は後者の二ヶ所プラス外階段)。そして教室はこう並んでいる。

正門から見て右端から階段、A組、B組、C組、D組、階段、E組、F組、予備教室、予備教室、階段だった。予備教室はこうだ。今でこそ各学年6学級だが、その昔は最高8学級あった名残だ。なので選択授業や保険など、クラスが二つや三つに分かれたり、男子と女子が分かれる場合に使われている。中等部は階段、A組、B組、階段、C組、D組、階段、E組、予備教室、階段なので、以前は6学級だったというのがわかる。

まぁ、少子化が叫ばれる昨今、地方の私学でこれだけの教師陣を集めてくれているのだから理事会含む経営母体は頑張っていると言えるだろう。あちらでは6年生頃にお祖父様が買い取り、中等部からお母様が理事長だったのだが。

つまり何が言いたいかというと、動線がかなり悪いのだ。A組側の階段のある入り口は、弓道場や武道館(柔道部や剣道部に合気道部がある)、更にその奥にある体育館に視線を奪われ、一般の来校者は気付き難い。看板や呼び込みで工夫しないと人がそちらに流れない。

また2年の教室が並ぶ3階はC組のアイデアが良いのと、E組F組合同で予備教室まで使った大掛かりな迷路があるだけにそこでお客が止まりやすく感じていた。この構造的な問題点を考慮して我が3-Aは、早くからF組の横の予備教室を借りていたのだ。ほとんどの来場者が利用する中央階段から少しでも近い場所。こういう視点が先生方にはない。

 

「そういう風に考えなきゃならないのね……。どうしよう、ルヴィア?」

「2年にはもう空き教室がありませんわ。呼び込みを頑張りつつ、お茶やお菓子を用意するなど工夫を凝らしませんと」

「よね。でも、明日相談して間に合う? ニコさんやメイドの人達を使ってお菓子なんてナシよ?」

「当然ですわよ。私どもで何とか工夫をしませんと、意味がありません」

 

家に戻り、いつもの食堂で話し合う私達だった。ここで私は裏ワザを披露した。

 

「看板の案内表示を修正する必要があるかも知れませんが、1年F組の横の予備教室を借りましょう」

「え? 2階にするの? そんなのアリ?」

「アリもアリです。飲食物を販売して邪魔をしない限り、学園なら食堂で掲示する方法も許されると思います。先生方がこれだけ応援して下さっているのですから。穂群原は違うな、頑張ったなと保護者の方々にも言って頂きたいではありませんか。職員室には一緒に着いていきますから、少しでも動線の良い場所に変更しましょう」

 

凛とルヴィアに元気が戻ったところで、私はエルマとトロンメルに向いた。

 

「主にトロンメルに話しますが、エルマもよく聞きなさい」

 

二人が神妙な顔になってこちに聞く姿勢を見せた。それを確認して、話を切り出した。

 

「トロンメル。軽音楽部は体育館での演奏は主に3年生でしょう?」

「はい。それと先輩方に認められたグループだけです」

「その理由は知っていますか?」

「時間の関係です。体育館のステージは吹奏楽部や演劇部にとっても大事な場所だから」

「そうですね。ですから毎年オープニングと初日の午後、2日目の午前が吹奏楽部。初日の午前と2日目の午後が演劇部となっています。またこの2日目には生徒会主催の催し物もあります。これはあちらの世界の穂群原でもそうでした」

 

その生徒会の催し物が『ミス・穂群原コンテスト』だ。あちらでは『穂群原ビューティ・コンテスト』と言い、1年の秋から生徒会長である『姉のイリヤ』が『役員が出場するのはおかしい』と推薦を尽く断り、スッタモンダした思い出がある。ここで動いたのが懐かしき『慎ちゃん』だ。

姉は以前の生徒会の残党を嫌っていた。何故嫌ったのか? それは『慎一さん』が、そういう人達を生徒会に引き込み上手く手綱を握り動かしていたからだ。ところが『慎一さん』という生徒会長が生徒会を引退した途端本性を現した。不良とかそういうのではない。イベント好きでシッチャカメッチャカなのだ。ここにも居る、ネガネの男女(二人は恋人同士)だ。

そして1年生だった姉は『気に食わないなら君が変えてみろ』という言葉に乗って生徒会長に立候補した。『エル(私)』も応援して圧倒的大差で完勝した。何と票の99%が姉だったのだ。誓って誰も魔術は使っていない。つまりあの二人は生徒会に向かないと、ほとんどの生徒が考えた結果だった。

そこから姉は様々な改革を行った。だからイベント好きな前生徒会からの悪習である『ミス・穂群原コンテスト』を失くそうと考えた。ところが概ねの改革案を通した姉が、その『ミス・穂群原コンテスト』だけは失くせなかった。それが男性という生き物の心理だと、当時の姉は気付けなかったのだ。

この1年から2年に掛けての生徒会メンバーはほとんどが弓道部員か書道部員だった。だけど皆んな部活が忙しい。そこで新1年生から凜と『慎ちゃん』に一成クンをお手伝いと称して引き込んだ。このメンバーがそのまま、2年から3年に掛けての生徒会役員となった。姉の選んだ人だからだと、全員対立候補もなしで当選した。

そして姉が2年連続の生徒会長となり、副会長が凜、会計が『慎ちゃん』、書記が一成クンとなった。信じられないだろうが、あちらの一成クンは姉の猛烈なシンパで、姉の決めた事なら何でも首を縦に振る『イエスマン』だった。これは姉の潔癖なところが好ましかったのと、生徒会室での餌付けの結果だ。

 

『理想の女性は?』

『会長のようなお人だ』

『なら、告白すれば?』

『恐れ多いわ! 俺のような穢れた衆生がそんな……あの方を穢すような真似などできるものか!』

『なら私は? 同じ顔だよ?』

『戯け! 会長が天上の甘露な池に咲いた蓮の一輪ならば、貴様はゴミ溜めのウジ以下だわ!』

 

こうして彼は『エル』に毎回ノサれていた。どこかの『遠坂凛』と『柳洞一成』以上だった。ただし『エル』は彼を嫌ってはいなかった。漏れ出る魔力の色を邪気と感じるある種の霊媒体質がなせる悪戯の結果だったのだ。姉の魔力残滓は彼にとってのフェロモンであり、芳しい薫りでもあった。ところが『エル』の残滓は怖気の走る悪臭であり、生理的に受け付けないナニかであった。極端だがこういう事はたまにある。だから私はここでも、一成クンの前では魔力を最大限に絞っていたのだ。

 

ともあれ姉は1年時の腹いせではないだろうが、自分は出ないとごねた。推薦人が300人を超えているというのにだ。そこで『慎ちゃん』が『ミス・穂群原コンテスト』を『穂群原ビューティ・コンテスト』に変えた。こういう内容だ。『ビューティ・ミス』だけでなく『ビューティ・ミスター』などの部門を増やしたのだ。しかも『ミスター』の方は『マッチョ』でも『オカマ』でもアリにした。旧生徒会的な手法だが、この案が生徒総会で受け満場一致で通ってしまった。

揺れる年頃の女の子の中には、変な意味でなく純粋に同性に憧れる子もいる。そういう心理を突いての案だったのだ。だから女性からの賛成票も多かった。そして意表を突かれ唖然とする姉の隙きを縫って『ビューティ・シスター』部門が新設された。本物の政治の世界でもよく使われる『ゲリラ法案』や『抱き合わせ法案』だ。凜が『慎ちゃん』を怖いと言ったのはこの時だった。

私が彼をとんでもないなと思ったのもこの時だ。なんと『慎ちゃん』は、『ビューティ・ミスター』にエントリーしていて、『ビューティ・ミス』側がドレスや着物で着飾る中、ウィッグを被り、薄化粧をして、女子の制服姿で登壇したのだ。

そのウォーキングに仕草、ポーズ。何もかもがプロのモデルもかくやという完璧さだった。だから文句無しで『ビューティ・ミスター』を引っ攫って行った。

『エル』の告白でわかったが、『慎ちゃん』に女装させたのは彼女だった。しかも男性である『慎ちゃん』の骨格に合わせて制服は特注だったのだ。この一回のステージのために作ったという。だから下着も矯正仕様で、ブラにはパッドを仕込んであった。男の子のアレまで、後ろ側に回して医療用のテープで止めていたという。

 

『どうしてそこまで?』

『姉さんを騙した形になったので心苦しそうだったからですよ』

 

これは皆んなそうだったみたいで、凜も桜ちゃんとともに『ビューティ・シスター』で出ていた。そして『エル』と『イリヤ』も。私はそれを会場で見ていた。寂しかったけれど、姉が笑顔だったのだ。こういう賑やかしも必要なのだと、あれで姉は気付けた。今の姉が少し大人っぽくなったのは、あれもあったからだろう。

 

 

話をもとに戻す。

 

「そして3日目の最終日に有志の催し物と軽音楽部です。セッティングに時間の掛からないアコースティックなら、稀に空いた時間の繋ぎとして1日目や2日目に出る場合もありますが、ロックなどは必ず最終日で時間もグループ数など関係なく午後2時までとなっています。これは最終日なのでフィナーレと後片付けがあるからですね」

 

ここで言葉を区切った。トロンメルは大きく頷いていた。

 

「つまりオープニングの吹奏楽部とフィナレーレ前の軽音楽部は観客が自主的に集まるものなのです。わかりますか? そんな時間帯に呼び込みをしても無意味だと」

 

皆んなが『あ』という顔をした。

 

「ですから重要なのは、オープニング後の体育館から出て来る観客の興味をいかに惹くかにある訳です。つまり動線的に1年A組が一番お客を喚びやすい」

 

1階は職員室や印刷室に放送室などが並んでいる。となると2階の一番端である1年A組が一番お客が流れるのだ。だけれど2階の見学を終えて、3階の端に行くとなると半数は脱落する。4階だとそれ以下だ。階段の昇り降りが辛いお年寄りの居る家族だと特に最上階は避けられるだろう。エレベーターもあるにはあるが、場所が少し外れている。だけど改装後に備え付けられたエレベーターはまさにF組と予備教室の間にあったのだ。だから私は予備教室を使いたいと申請したのだった。

 

「そこまで考えられていたんですの?」

「それがマーケティングですよ、ルヴィア。育ちの良いあなた達が特別なのであって、普通の10代はお茶の葉や入れ方、コーヒーの豆や挽き方なんて気にしません。ただお祭り騒ぎの雰囲気を楽しみたいだけです。となれば、ターゲットとなる顧客は保護者であり家族です。模擬店もそのためのものでしょう? まずはお客ありきです。自分達が楽しければそれで良いとは行かないのですよ。それで見えてきましたか、トロンメル?」

「はい。軽音楽部の1~2年生は映研と交代で視聴覚室を使うしかありません。そこでどう人を流すのか、ですね?」

「そうです。科学部や天文学部に漫研などなど。特別棟を使う部活が毎年悩むところなのです。そして痛いのが飲食不可なところです。せめて他校でもあるように、お昼時の中庭で演奏できれば良いのですが、そうも行かないでしょう。となれば中庭に建つ各部の模擬店を利用するしかないでしょうね」

 

学園祭当日はメニューこそ限られるが食堂も開いている。そして各部活の模擬店出店は中庭に限られていた。これは弓道場や武道館内を汚さないためもあるし、運動部のクラブ棟がグラウンドを挟んで校舎の反対側に建っていて遠いからだ。

 

「つまり?」

「人気のない特別棟の文化部全部でスタンプラリーを開催するとか、クイズを出すとか。飲食物もこちらで用意するのでなく、中庭の模擬店と組むのです」

「全問正解で焼きそば一丁とか?」

「そうです。ここに衛宮士郎クンと美綴綾子部長を動かせる人間が居るのです。あちらの材料費を、こちらのクラス予算で支払えるなら請け負ってくれる可能性は高いですよ。同じように他の飲食物を扱っている模擬店も。そんな具合で方法は幾らでもあります。ですから、もっともっと頭を捻りましょう」

 

皆んなして『オー』とか言っている。凛は仕方ないにしてもルヴィア、もう少し商才を磨きなさいよ。将来、テナントの入ったビルを任せるとか言われたらどうするの?

ま、それはそれとして、そもそも私が生徒会長なら、この学園祭に限って使用教室は学年やクラスを無視してクジで決めるだろうな。そして動線と顧客満足度を優先して、催し物の内容で入れ替える。と言うのはB組が喫茶店なら隣のC組も喫茶店だったなんて結構ありがちだからだ。やっぱり上手く配置して、お客が飽きず、店番の生徒も飽きないように持って行かないと。

 

「スタンプラリーって良いんじゃないの? こちらもそれに参加したいくらいよ」

「凛さんもそう思います?」

「思う、思う。失礼な言い方だけど、普通はそういう文科系の展示ものって、早々見ようとは思わないもの。あ~……よくよく考えれば、ウチにしたって出来は良いのに誰も来ない可能性もあったのか……」

「だからと言って一昔も二昔も前のステレオタイプな発想で、インディアンの格好で客引きしたり、衣装で撮影できます、なんて事もあなた方のような視点から訴えたい場合は難しいものです。本来ならきちんと小冊子などに纏め、市に寄贈したり図書館に置かせて頂いたり、報道機関に訴えて広めていくものなのですね。それで……もしできるのななら、理事会にも聞いて頂き、バンクーバーなどの高校と友好を結んだり交換留学などを始めて貰い、そこから徐々に徐々に広めて行かなければならない認識転換と意識改革の運動でもあります。となると模造紙に書いた文章をつらつら読ませるのでなく、虫食い設問や三択のようなパネル展示にして、ガリ版でもコピー用紙でも良いので、小冊子を配る方が良いですよ?」

 

そこでエルマが意見を言った。

 

「あ、それなら用意した小冊子にクイズを挟んで、解きに来て頂く方法も使えますね? 点数に応じて、駄菓子屋のお菓子でも良いので景品付きで。どうです?」

「エルマ、それだわ。それなら冊子は小さくても良いし、折りたたんだビラでも良いのよ。そうなると教室で答え合わせをしながら、展示も見て貰える可能性がある。単にお茶やお菓子を用意してありますから来て下さいじゃ弱いわ。こういう風に考えないと。どう、ルヴィア?」

「まったくその通りですわ」

 

 

 

1時間ほど話し込んでから、一旦それぞれの部屋に戻った。帰りこそバラバラだったが実は家に戻った時間に大きな差はなかったのだ。つまり最終下校時刻は同じという事実と、少々早く学園を出てもクルマには追い越されるという事実、これらがミックスした結果だった。つまり何が言いたいかというと、全員制服のままだったのだ。

それで部屋に戻り私服に着替えたのだが、脱いだ制服をハンガーに掛けつつ、サブバッグからも預かった衣類を取り出しハンガーに掛けた。

 

「う~ん……」

 

それを眺めて唸る。

例のボーダーレスやらジェンダーやらの奇妙な論理武装をした『ショタ喫茶』は学年主任が却下した。

 

『これまでの卒業生と、もう退職された先生方が築いてきた伝統。そしてそれに拠って得られた学園の評価や評判。これを壊すわけにはいかん。以上が対外的な理由だ。次はお前達が3年生だから話す一つ目の本音だ。あのな? うちは学校だ。お前達という若者を保護者から託され育てているんだ。保護者にもここの卒業生は多い。この学園の気風を好ましく感じてくれているから、お前達に受験を薦めたくれたのだと思っている。その期待を裏切る訳にはいかんのだ』

 

これくらい高3ならわかれと、学年主任の先生は話しているのだ。ちなみに先生は剣道部の顧問で、あの吉川クンが『厳しいけれど、その奥にある優しさが見えてくると最高だ』だそうで、結構心酔していた。

 

『次に話すのは、二つ目の本音だ。少数の虐げられた人がどうとか、差別のない世の中をとか随分と高尚な事を話していたが、そういう生半可な理論武装はヤメておけ。職員会議でなく理事会で取り上げられたら、『我が校の校風に◯◯君は合わないようです。他校への転校をお薦めします』なんて手紙が家に届くぞ? 脅しでなく、世の中はそれが当たり前なんだ。お前達はそういうのを、もう知ってておかしくない年齢なんだぞ?』

 

私は大きく頷いて拍手した。決められた国歌を歌わない公務員はどこの国であろうと即クビだ。サラリーの交渉やワーキングの改善提案は許されても、仕事をサボって喚き立てれば5時前でも机の上を片付けさせられる。その日までの給料は日割りで銀行振り込みだ。それが世界の常識だ。

ちなみに私はスイス国歌もドイツ国歌もロシア国歌もアメリカ国家も君が代も歌える。そしてそういう国歌を歌う必要のある場では必ず国旗の方を向き、直立不動で胸に手を当てて歌う。

その他国への敬意が自国への敬意となって還るのだ。また自国へ敬意を払えない人間を私は信用しない。それは自らの、先祖代々から繋がる血と文化の否定に他ならないからだ。

今の世を変えたい。大いに結構。だけどそれはあなたが思う以上に時間が掛かる。もっと真面目に歴史を勉強していればわかる事だ。もし社会科の教諭や学者が左巻きなら『バカ』だと断言しよう。それは歴史も経済もわかりませんと公言しているのと同じだからだ。

そしてこの学年主任は社会科(政治経済)の教師だった。

 

それで『ショタ喫茶』から『コスプレ喫茶』なった。服装は基本メイド服。ただし私ともう一人の背の低い子は小学生の格好をしろと決められてしまった。それでお店の看板は単なる『喫茶室』だった。つまりメイクやお客の衣装が失くなっただけでほとんど変わっていないのだ。

 

『スケスケの下着姿にでもならん限りは、若者のおバカで通るんだ。お前達の先輩も皆んなそうだった。頭でっかちになって妙な事を言い出さない、お客となって下さる保護者に迷惑を掛けない、そういう最低限の事を守ってくれれば大概の事は大目に見て貰える。それが穂群原だぞ?』

 

結局、そういう事なのだった。ただ私が拍手をしたのは廊下で、吉川クンに抱えられた状態だった。ドアを開けた先生が『吉川、後で話がある』とかなりドスの利いた声で何かの宣告をした。

私がそんなフラフラとD組に戻る吉川クンを見送ったのが昨日の事だった。そして本日のお昼休みに女子で被服室に集まり、メイド服の型紙を作った。これを元に洋裁が得意な子が家で作る。私のノルマは5着だった。自分が着ないのにだ! しかもエルマがルヴィアにメイド服を借りると頼んでいた事が昨夜判明した。どの途、自作しかなかった訳だ。

 

 

もう一度、ハンガーに掛かったそれを見る。クラスの男子が家から持って来たというO県辺りの『標準服』とされているものだ。通学用に標準としたデザインの服である、という意味らしい。紺色のダブルの上着に襟はなく、中に着たシャツやブラウスの襟を出すのだそうだ。デザインは全然違うけれど、あちらの初等部の制服がそういう着方だった。そして白い開襟シャツと小学生らしい大きな襟のブラウスに、上着と同じ色の半ズボンと吊りスカート。

 

『妹さんの?』

『あ。姉ちゃんのだ』

『物持ち良いね』

『うちの母ちゃん、こういうのを棄てられない人でさ。良かったら使ってくれ』

 

と、渡されて持って帰って来た訳だ。幾ら小柄でも高校生だぞ? シャツの胸が入らないと思うのだけど。そう思いながらシャツを羽織ったら、ぴったりだった。彼、子供の頃おデブだった?

まさかと思いブラウスの方を羽織れば、これまたぴったりだ。姉弟で似た体型だったのか。たまに高学年で160近い背の子がいるが、高いだけでなくコロンコロンした子もいる。今の彼がスラッとしているだけに驚いた。

そこでこれらを入れていた、どこかのブティックのビニール袋がまだ膨らんでいる事に気づいた。何だと中を見れば黄色い通学帽だった。それも男女両方の分。お母さん、物持ち良過ぎ!

で、結局男女両方の分を試着した私だ。スカートはともかく半ズボンは骨盤が合わないと思ったのに意外と入った。タグには掠れていたが『155B』とあったので、やっぱり肥満体用だった。試着を終えて下に降りたら、ちょうど晩ご飯の用意が整ったようだった。

 

「エルヴァさん?」

 

カウンターから美遊ちゃんのお兄さんの士郎クンだ。

 

「どうしました?」

「ルヴィアさんがどうしても……」

 

ああ、学園祭に来て欲しいと。だけど家族でもないし、チケット配布は難しい。そこで何か案がないかと。まぁ、手が無いことはない。なので美遊ちゃんが待っているから後は任せてと帰してあげた。

 

「どうすんのよ?」

「何か方法がありますの?」

「お父さんのチケットが余るのと、当日の出入りは姉さん達として貰えば」

「ん? どういう事?」

「こちらの家族用チケットが大量に余っているって事ですよ」

 

家族を20人と申請したお母様も変だが、その用紙を何の疑問も抱かず提出した士郎クンも大概だった。

 

「お姉様、そろそろ送れませんか? 段々と部屋が狭くなって……」

 

ああ、アサシンが買い物した機材が溜まってきたか。

 

「もう一日だけ待っ下さい。それで揃う予定ですから」

「わかりました」

 

 

食後のコーヒーを頂きながら、トロンメルの練習に付き合った。トロンメルを迎えてくれたバンドは5人編成で、楽器はドラム、ベース、キーボード、ギター、ギターだった。誘ってくれた人はキーボード担当で、ギターもボーカルもイケるマルチな人だった。1年生はその人とトロンメルだけで、後の3人は2年生だった。

そして私はその2年生達を知っていた。あの忘れられない歌声の持ち主、坂上真帆のバンドのメンバーだったのだ。ここの学園に坂上さんは居ないが、他のメンバーは皆んな軽音楽部だった。もっと言えばバンドの名前も同じだ。

バンド名は『HGB』。穂群原ガールズバンドの略で、何と結成から30年を越えている。ローリング・ストーンズに迫ろうかという長寿バンドだった。いや、30年以上続いている部活って珍しくもないだろうというご意見はご尤もだ。けれどそのバンドは、この軽音部より歴史が長く、バンド名もその頃から同じなのだ。

と言うよりも『HGB』の初代部員が、軽音部を作ったのだ。バンドは1969年結成のフォークグループで『CCR(Creedence Clearwater Revival)』のコピーや自分達のオリジナルを演奏していたそうだ。部は翌年の1970年に創部された。大阪万博の年で、まだベトナム戦争が終わっていない時代だ。

当時16~17歳だとしたら生年は50年代半ば。高度成長で湧く国内と、リアルで入る海外の戦争の報道(当時の報道はプロパガンダが少ない)、その再生と混乱の中で多感な青春時代を送ったのだ。60年代末期から70年代半ばまでは世界中で大きなコンサートが開かれた。愛と平和を訴えたヒッピー・ムーブメントが真っ盛りの時代だ。その流れが商業主義に変わったのは74年のカリフォルニア・ジャムからだと聞いている。

 

『このバンドを絶やしてはいけない』

 

それが歴代の軽音部員に与えられた使命だった。その熱い思いが軽音楽部を軽音部と名称変更させた。音楽を楽しむのは観客だ、と。時代の流れやその時々のメンバー構成で、内容はフォークになったりロックになったりと変化はある。だけど当時のオリジナル曲は今も歌い継がれ、幾つかは学園の愛唱歌に昇格していた。そして私がトロンメルに頼まれ練習をみていた曲こそが、その愛唱歌だったのだ。

この子にしてみれば学園の愛唱歌だから、私も知っているだろうと気軽に声を掛けたのだと思う。何故なら変にプレッシャーを与えないよう、そういう重みや伝統は後で話すものだから。最初に話すだろうとの考えは浅い。そんなものプロジェクトの内容で変わる。

何より今の『HGB』はヤル気のある2年生が中心だ。最終日に体育館で数曲演るのは間違いない。そこに1年生が混ざるって結構厳しいものがある。だから言わないという方法もありなのだ。

 

練習を終えて、お風呂の準備に2階へ上がった。部屋に入ったら、机の上で充電していた携帯電話に着信があったようだ。番号を見たら吉川クンだった。

 

 

「おはよ~」

「おはようございます」

 

いつもの場所で吉川クンが待っていた。今朝はトロンメルも士郎クンも先に出ていた。

 

「昨夜、大変だった」

「うん?」

「電話だよ」

 

彼は毎晩電話が欲しいというタイプではない。それは私も同じだ。だから緊急の事だと思ったのだ。実際の内容は3-Dで行う演奏の曲目に知らないのがあるかとか、時間の都合もあるだろうから3-Aの流れを聞きたいというだけだった。

 

「折り返してくれて俺は嬉しかったけど、お袋と兄貴達がパニックだ」

「え?」

「名前。『弘三、お前、彼女ができたって、外国の方だったの!?』ってなってさ。それでどんな子だって言うから、写真を見せたんだ」

 

思い浮かぶ写真は体育祭だった。だけど二人で写った訳ではない。薫も士郎クンも写っていた……と思うのだけど……。

 

「それでどうなりました?」

「兄貴達に締め上げられた。『何でお前に、こんな可愛いモデル顔負けの彼女が!』って。お袋が止めてくれないと死ぬトコだった」

 

笑っているが首を締められたらしい。嫉妬なのかな?

 

「みっともないって言わないでやってくれな。嫉妬もあるだろうけど、嬉しいのもあったと思うんだ。男兄弟はそういうトコがあるから」

「へぇ~」

 

そこで私は吉川クンにある事実と嘘を話した。

 

「私の家がドイツと言われているのはご存知ですよね?」

「ああ。それが?」

「どこかで何かが間違ったのか、本当の国籍はスイスです」

「そうだったんだ?」

「はい。それでですね、今は日本に住む、母の双子の妹である叔母を頼って学園に通わせて頂いています。また、姉の一人がこの日本の大学に通っていて。そこもあっての穂群原だったわけです」

「なるほど」

「ところが、私達も日本の学校に通いたいと妹達が押し掛けて来ましてね」

「それが1年の双子だな? バラバラに転入してきたのはそういう事か」

「はい。こうやって制服を着て通うって、アニメの世界みたいに思えるのでしょう。あちらでは憧れている人は多いですよ」

「そうなのか。面白いな」

「ね。きっとこれからもそういう文化の違いで、擦れ違ったり、言い合ったりする場合があると思います。ですが私は私のままです。それだけは信じて下さい」

「うん、わかった」

 

ちらりと辺りを見渡せば誰も居ない。だから目を瞑って背伸びしてみた。楽器倉庫は頬だった。だけど今度は。

 

「誰も居ないと確認した上だってのはわかるけど、照れるな、こういう外だと」

「それが文化の違いですよ」

「あ、そうか。そっちじゃ挨拶か?」

「はい。だから異性とのファーストキスは父親か兄か弟という人ばかりです」

「そうなるよな~。もしかして女の子同士でも? いや、さすがにホッペか」

「ところがドイツ語圏ではお口にチュッです。ですから姉や妹達とも体験済みです。ごめんなさい、汚れた女で」

「バカ。冗談でも汚れたとか言うな。お前は綺麗だ。何があろうと」

 

ボキャブラリーも言っている内容も士郎クンとそう変わりない。それが普通の高校生だ。だけど彼はサラッと『何があろうと』みたいな女の子が聞きたい言葉を言ってくれる。剣道は全国レベルの腕だから精神が強いのは当然だけど、それ以上に心が真っ直ぐだ。これで今まで彼女が居なかったというのだから、見た目でそうとう損をしている。

不思議なもので、今の吉川クンと士郎クンは結構仲が良い。遊びに行くほどの接点がある二人ではないけれど、自動販売機の前で会えば、挨拶で終わらずそれなりに話していた。だから吉川クンがギターを弾けると知って驚いたと話したら、こんな事を教えてくれた。

 

『先輩の家は男性ばかりだろ? だからあそこのお父さんも、落ち着くために何か音楽でも嗜めってお祖父さんから教わっていたそうだよ』

 

その流れでお父さんから学んだそうだ。なお、お父さんも男ばかりの4人兄弟だ。そしてお父さんにギターを教えたお祖父さんは、母方のお祖父さんだ。父方のお祖父さんは俳句が趣味だったそうな。そしてお二人とも剣道家だ。それぞれの息子と娘が結婚し吉川クン達が産まれた。どこか魔術師っぽい。

 

「ところがですね。その叔母がこの日本での私達姉妹の親代わりなのですが、問題がありましてね」

「なんだ? 衛宮のお袋さんだろ? あの小学生のお袋さん。あの人に何があるんだ?」

「いえいえ、そうではなくて。人でなく、家の大きさですよ」

「家の大きさか。って事は、どこか、マンションでも?」

「の、積もりでしたが、お向かいさんが空き部屋がたくさんあるので使ってくれと申し出てくれまして。そこで暮らしています」

「へぇ、親切な人だな」

「はい。2年のエーデルフェルトさんです」

「ああ、あのゴージャスな? 確か遠坂っていう子と一緒に日本に来たんだよな」

「そうです。遠坂さんは留学先でエーデルフェルトさんと知り合って意気投合。それで日本の高校へと」

「結構、皆んな気軽に留学するもんなんだな。やっぱりそれも文化?」

「その側面はありますよ。ヨーロッパはお隣の国と地続きですから。エーデルフェルトさんはフィンランドの方で、イギリスに留学して、遠坂さんと知り合ったわけです」

「なるほどな~」

「それでですね……」

「うん?」

「叔母が……どういう人か会いたいと……」

「あ~……。わかった。学園祭が終わった後なら何時でも良いぞ」

「ありがとうございます!」

 

二人とも自転車なので何とか抱きつくのを自制できた。どうも私は、今まで自覚がなかったけれど、かなりの甘えたがりだった。それと、あの私を抱えながら走ったところが忘れられない。あれは感動モノだった。いくら私が軽くてチビな女と言っても、片腕で抱えたまま、特別棟の4階から駆け降り、高等部棟を2段飛ばしで4階まで駆け昇れる男子がどれくらい居る? 走っている間は少々怖かったけれど、思い返えせば返すほど彼の逞しさに惚れ惚れする。

だけど怖かったのも事実だ。特に降りが怖かった。私の頭は前向きだったのだ。なのに踊り場から踊り場まで跳ぶのだ、彼は。あれは士郎クンだと避けられない。真っ二つ間違いなしだ。あれ?

 

「エルヴァ、こっちからもお願いして良いか?」

 

校門前でそう言われた。首を傾げると。

 

「お袋がどんな子か会いたいって」

 

ああ、同じか。

 

「良いですよ。こちらも学園祭後なら」

「そこは感謝だけど……」

「ん?」

「藤村先生。あの人、何故か弓道部だろ? なのにやっぱり木谷先生とは仲が良くてさ」

 

木谷先生とは剣道部の顧問で、私達3年の学年主任だ。私を抱えて廊下を走っていたのでこっ酷く叱られたらしい。けれどそこは男同士で、後腐れもなにもない。そして驚きなのはこの先だった。なんとその木谷先生が、藤村先生が高3だった時の担任だったのだ。そしておまけに木谷先生までが穂群原の卒業生だった。

 

「で、冬木の虎って結構口が軽いだろ? 木谷先生、知ってたぞ? お前が、空手だけでなく剣道もやっていたって」

「え~、でもあれは子供の頃、少し齧った程度で……」

「齧った程度の奴が、冬木の虎をして『真剣なら殺されていた』なんて言わせるかよ。やっぱりお前は凄いよ」

 

そして軽く私の頭をポンポンとしてからこう言った。

 

「で、申し訳ないんだが……。兄貴と親父がエルヴァの腕を見たいって……」

 

干将莫耶、使って良いですか?

 

 

 

教室に入り自分の席に座った。10分経っても20分経っても誰も来ない。皆んなどうしたの?

 

「エルヴァ! 何をやってる! 皆んな予備教室で待ってるぞ!」

 

そうだった! 昨日許可を頂いて、今朝は予備教室で集合と点呼だった!

 

「しっかりしろよ。お前が実行委員長として許可を貰ったんだろ?」

 

薫に叱られながら廊下をトボトボ歩く私だ。D組の前でチラリと中を横目で見たら、吉川クンが笑っていた。むぅ~~!

 

 

結局、考え過ぎなのだと思う。彼の『お母様』を『お母さん』と呼んだり、『お兄様』を『お兄さん』と呼んでみたり。これもごく普通の日本人として育った彼に違和感を覚えて欲しくないから、意識してしてやっている事だった。私はきっと臆病なのだ。『嫌われたくない』、そういう気持ちが先立っている。

『恋しているというシチュエーション』に酔うほど子供ではないと思っているが、『嫌われたくない』という心理は自己分析できていても自然と動くものだ。『彼』『彼の家族』……対象はその都度揺れ動くけれど、その根本にあるのは『弱さ』であり、『臆病さ』に尽きるだろう。

学校でも会社でも『嫌われたくない』という気持ちは誰にだってあるだろう。だけど注意したいのは『曲げてはいけないものを曲げてまで諂(へつら)う必要はない』というこの一点だ。

 

『今のお前は『エル』なのか?』

『『私もエルだ』としか答えようがありませんが、彼女とは別人格です』

『そうか。逃げたな? まぁ、良い。稽古を付けるぞ』

 

そうして私はアルトリア姉さんから直々に稽古を付けて貰えた。確か4年生の頃だ。そこから『エル』とともに教わるようになった。

私達が3年生の頃、姉さんは穂群原高等部の2年に入った。そして部員の減少で一度廃部になった剣道部を、木谷先生を顧問に迎えて発足させた。その時のメンバーに吉川弘一さんが居た。あちらでの吉川クンの兄だ。1年生には藤村先生が居たし、女子も男子も集まった。だけどほとんどの人が初心者だった。経験者は藤村先生だけだったのだ。

そして若き日の冬木の虎は、姉さんにも吉川先輩にも勝てなかった(部員が少ないので男子とも当たっていたのだ)。吉川先輩の剣は実直だったと姉さんは言う。お父さんが警察の偉い人で剣道で鳴らした人だから、幼稚園の頃から鍛えられていたそうだ。

 

『筋は良いし光るものがある。血であろうな。それでも今のままの部では頂点に立てんだろう』

 

だから姉さんが吉川先輩を鍛えた。先輩がそう望み、姉さんも二人の活躍で部を盛り立てたいと考えた結果だった。放課後、道場で新入部員に稽古を付け、彼らが帰った後の僅かな時間で濃厚な練習をする。そして板の間や防具を置く棚などをピカピカに磨いてから帰るのだ。

それは一度廃部になった部だからだ。自分達だけでなく、同じ武道館を使う柔道部や合気道部へのけじめでもあった。また、顧問を引き受けて下さった先生への礼でもあったのだ。廃部の時の顧問の先生は定年退職されていたし、剣道の経験がある木谷先生(顧問としか姉さんも言わないのでお名前を知らなかった)は、更に昔の弱小剣道部時代の卒業生だった(穂群原だったと知ったのは昨日だ)。だから三顧の礼どころか拝み倒して(有無を言わさず)承諾して頂いた(実力行使も辞さなかった)とか……。

 

『脅してなぞおらんぞ? 私が勝てば顧問を引き受けて欲しいとお願いしたのだ』

 

それで『剣の英霊の気』を出して勝ったという。

 

『反則? 違うぞ? 私達は強くなる。それを信じて欲しかったのだ』

 

姉さんは高校時代だけで、全国個人優勝を2回している。大学では団体でも優勝2回、個人は3連覇している。だけどその大学で1年の時だけ試合に出ていない。だから3連覇なのだ。試合に出させて貰えなかったのだ。

 

『これが卑劣な理由なら斬って棄てたが、4年の先輩方にとっては最後の花道だったからな』

 

悪い方向の結託でなく譲った形だったらしい。そして吉川先輩だ。あちらでは高校時代に全国個人3位と2位。大学は姉さんとは別で男子団体で優勝2回、個人も1回優勝していた。ちなみに穂群原剣道部が団体で全国優勝したのは藤村先生が主将になった時で、つまり女子だった。そして男子の団体は吉川クンが果たしている。

だけどここでの吉川クンは個人の2位が最高だった。インハイでは常連校だけれど優勝からは遠かった。だから同じ常連の弓道部に期待が高かったのだ。

それが世界の違いとは言ってもなぁ……ちょっと胸が痛い。あれ? ここの剣道部は廃部になっていなかったのかな? う~ん……これは先に吉川クンの剣を見るべきだね。それで見えて来るものがあると思う。

 

 

 

 

カーテンが開かれ、あまりの眩しさに目が覚めた。呻きながら自己分析するに二日酔いはない。サイドボードの時計を見た。時刻は……10時か。

 

「おはようございます。朝食の用意を致しましょうか?」

「おはよう、セイバー。君が作るのかい?」

「マスターに教わりましたので、簡単なものなら」

「君は何か違うな」

 

座に縛られ固定化された英霊と違って、まるで成長の余地がある普通の人間のようだ。

 

「『エル君』は?」

「マスターはもう一人のセイバーとともに、日課のジョギングを行いにセントラルパークへ出掛けました。彼女も今朝は遅かったですから」

「ああ……二日酔いにはなっていなかった?」

「それは大丈夫です。ダルいとゴネていましたが」

 

フフ……取り敢えずは元気なようだね。

 

「コーヒーを頂けるかな?」

「はい」

 

参ったな。本当にやる事が失くなった。ノイント老に連絡を取って一旦日本に帰ろうか。丁度いい苦さのコーヒーを飲み干す頃に『エル君』とセイバーが戻った。

髪を後ろで纏め、汗が流れないよう、おでこにはヘアバンドだ。それもセイバーとは色違いの。こういうところは拘る子のようだが着ている服装……『エル君』は青いジャージ下と白いTシャツでセイバーが赤いジャージ下と白いTシャツなのだけれど。そのTシャツの首と袖には、それぞれのジャージと同じ色の縁取りがある。

そして『エル君』胸には何故か『エルヴァ・フォン・アインツベルン』と妙に丸いカタカナで書かれたゼッケンがあった。というか、その左胸のマークは穂群原の校章じゃないか。

 

「セントラルパークを学園の体操服で走ったの?」

「はい。誰も着ていないでしょう? やってみたかった事の一つですよ」

「セイバーのも?」

「はい、2年生用です。それと昨夜お話した通り、そちらの彼女をこの世界に残します。家も用意してありますので、彼女が学園に通う事に目を瞑ってあげて下さい」

「それは構わないけれど……まだ、何かあるのかい?」

 

すると『エル君』は首を振った。

 

「まぁ、暫く世界情勢はバタバタするでしょう。ですが学生や主婦が気にするほどの事はありませんよ」

「つまり、国際情勢に疎い一般人にはわからない程度という事かい?」

「はい。財界や政界から150万人や300万人消えても、代わりは居ます。誰だって例外なく社会を構成する駒の一つでしかありません。ですから普通の人々は困りませんよ」

 

これはこういう意味だった。株や不動産などを売買して食べている者や、企業のオーナーなどは自分で『働かない』ものだ。居なくとも会社が回るようになっているというのだ。だけど政府の者や閣僚だったら……とは聞けなかった。気付いたからだ。ああいう奴らこそ『代わり』がいくらでも居る事に。

 

「昔からそうです。あるレベル以上の権力を得た者ほど脆い。脳の血管に少し酸素を送るだけで、築き上げたモノが他者に奪われる」

 

そうか……。『現象』となった『彼女』はそういう手を使ったのか。そりゃ病気にしか見えないだろう。そして彼女は目を細めて摩天楼を見渡した。

 

「世界を動かした積もりになっても、全ては砂上の楼閣です。人の一生は短いのですから、目の前にある幸せを求めて真面目に生きる方が人生は充実します。その意味でも作品を残せる芸術家や工芸家、音楽家には憧れますね」

 

そうか、この子は元々そういうタイプなんだ。だからエルヴァが研究家や魔術師向きとなるのか。きっと彼女の場合はノイント老に応えようとして……。

 

「一度、日本に戻られますか?」

「ああ、そうしようと思う」

「なら、最新情報を」

 

最新情報?

 

「はい。エルヴァに彼氏ができたようです。ウェイバー君でなく彼を選ぶか……。あの子は面白いなぁ」

 

僕は『エル君』の後の話を聞いちゃいなかった。エルヴァに彼氏だって? どこのどいつだ……?

 

 

 

こちらでチケットを手配し、キリツグとセイバーが空港に向かったのは午後の14時を回った頃でした。

 

「まさか彼女と戻らせるとは」

「あのお父さんは、私のお父さんとも少し違いますね。そこが彼女とは合いそうに感じました」

 

あのキリツグはモードレッドを召喚したと聞いている。彼女とモードレッドでは性格が真逆に感じますが、根の素直なところは同じだと『エル』はいう。それはつまり若い頃の私とモードレッドには、似ている部分があるという事です。以前なら納得行かないと感じたでしょうが、今は『それは親子ですから』と自然に思えます。

 

「ここは放っておくのですか?」

「こちらのお祖父様に差し上げても良いですし、エルヴァやエルのために残しても良いですね。どちらせよ、お祖父様にお任せします」

 

『エル』には、売るという発想は無いようだった。

 

「下世話な話ですが、ここに来てどのくらい儲けたのですか?」

「メキシコで『現象』が起きる前からですので……ざっと1千5百億ドルくらいですか?」

 

目眩がしてくる。それだけの大金があればブリテンを何度救えるのでしょう。いや、それも変ですね。それにどれだけの価値があろうと、私達の時代には意味がない。品物そのものか、ローマの金貨なら別ですが。

 

「その1千5百億ドルがあれば何が買えますか?」

「そうですね……。このビル400棟分くらい? おそらくスイスの国家予算分は稼ぎました。入れ食いでしたね」

 

現代の国の1年分は稼いだというのか……。『エル』が居たなら、ブリテンは今も続いたというアルトリアの言葉は本当でしょうね……ハァ……。

 

「では、私達も元の世界に戻りますか?」

「そうですね。これ以上残ると、お祖父様の儲け分まで奪ってしまいます。アルさんとアサシン達が明日戻りますから、その後に帰りましょうか」

「はい」

 

 

 

 

山間部から緩やかなカーブを幾つも抜けると、やがて真っ直ぐな道になって遠くに海が見えた。あの海まで行って右に曲がり、海沿いの道を1時間ほど走れば冬木に入る。遊び疲れたのか小さなイリヤ達は肩を寄せ合ってすやすや眠っていた。

 

「グッスリだね」

「二人とも体が小さい分、体力が無いからね。でもウチの方のイリヤによく着いて来れた方だよ」

「やっぱり鍛えてあげてるの?」

「少しずつね。随分とマシになったわ。だって最初の頃なんて、おチビちゃんやクロちゃんと少し遊んだだけでヘロヘロだったもん」

「そうだね……。私達もそうだったんだよね」

「そう。だから焦らず少しずつ、遊びの中でね。けど私達だけじゃ難しかったと思う。おチビちゃんやクロちゃんに美遊ちゃんが居たから変われたんだと思う」

「そっか、そうだよね。あなたはシロウとアルさんが居たから変われたのね?」

「うん。それと『エル』だな。あなたは?」

 

本当は訊かなくてもわかっていた。彼女の、半ば宝具化した小聖杯の中にもシロウが居る。だけどそれは彼女だけのシロウであって、私にその声は聴こえない。英霊になる前、人として死ぬ時にシロウを取り込んでいた。そしてシロウが座に還るチカラを小聖杯と繋がった大聖杯が利用しようとした。その時に何か奇跡が起こったのだ。

幾つか考えられる事はあるけれど、たぶん彼女の中の小聖杯が繋がった大聖杯の魔力まで使って、シロウの願いを聞き届けたのだと思う。きっと彼はこう願った。『イリヤ、死ぬな。死なないでくれ』と。だけどシロウらしいと言うか、願いが強過ぎた。それともシロウが守護者から脱したいと考えていた事を知って、彼女も願ったからか。

きっとその両方の願いが叶って、二人はガイアの英霊となった。だからイリヤだけではない。座に二人一組で登録されているのだと思う。でなければあんなシロウのような投影魔術は考えられない。

クロちゃんのはシロウを元にしたカードの能力だ。そこにクロちゃんが持つ小聖杯が補助をしてシロウっぽく振る舞っているだけだ。だからあの子は固有結界が展開できない。それはここのクロエちゃんも同じだろう。そう考えると……。

 

「うん? うん……エルヴァや皆んな、かな?」

 

やっぱり言えないよね。この事をエルヴァは気付いているのかな? 知ったとしてもどうする事もできないだろうけれど。

 

「運転、疲れてない?」

「大丈夫よ。途中で何度も代ってくれたし」

 

でも宿の近場だけだった。だけどこれは仕方ない。私みたいに何年も冬木に住んでいるんじゃないものね。自分の聖杯戦争の時よりも、ここの、今の冬木に居る時間の方が10倍以上も長くなったって喜んでいたのもつい先日の事だ。

 

「それよりも帰ったら学園祭だね」

「学校のお祭り?」

「そう。初めてでしょう?」

「行って良いのかな?」

「大丈夫よ。あなただけでなく、私やこの子達の分もチケットを手配するって、出発前にエルヴァが話していたよ?」

「やった~!」

 

人の事は言えないけれど、無邪気に喜ぶわねぇ。エルヴァと彼女は良いコンビ……ううん、姉妹だわ。さぁ、ここを曲がれば後は冬木まで真っ直ぐよ。

 

 

 

家でやっても良かったのだが、今朝の段階で生地が揃っていた。なので休み時間ごとに家庭科の被服室へ行き、ミシンを借りていた。それでその甲斐あって、お昼休みを終えた時点で、4着もメイド服が縫えた。残る1着は放課後までに意地でも縫う。そうすると放課後に違う事ができたり、まだ縫えていない人を手伝ったりもできるだろう。

 

「エルヴァ、マジで4着縫ったのか?」

「ええ。残る1着も次の10分休みで」

「無茶だろ?」

 

確かにミシン掛けの上手い下手はあるだろう。だけど、大きく差が出るのは時間の使い方だ。穂群原の特別棟は中高が使用する。それで高等部棟と中等部棟の間に建っているのだが、家庭科関連は1階に集中していたのだ。広い調理実習室が二つに洗濯室と被服室、それと着付け室なんてのもある。そんなのが準備室や保健室と横並びなのだ。

ちなみに2階は社会科室や数学室に、第一工作室に第二工作室とその間にある準備室、第一美術室に第二美術室とその間の準備室、それから華道・茶道室と書写室などが並んでいる。3階は地学室、生物室、物理室、化学室、第一科学室、第二科学室にそれぞれの準備室等々が並んでいた。そして4階が第一音楽室に第二音楽室、視聴覚室、情報科学室などだ。

この特別棟は他校に対してちょっとした自慢になる。中高一環だからこういう一極集中な校舎が建てれた。第一、第二と同じ名の教室が並ぶのはそういう事だ。また、ガスも水道も集中できるので建築費も多少抑えられたと思う。

そしてここが肝要で、家庭科の先生方は普段職員室に居ない。家庭科準備室で過ごされているのだ。これは化学系の先生方も芸術系の先生方もそうだった。担任を受け持たない先生は職員会議でない限り、まず職員室に居ない。準備室など自分の城となる居場所が落ち着くのは、人の心理として当然だろう。

なお、英語科の先生方だけは4ヶ所に分かれている。中・高それぞれの職員室にいらっしゃるか、食堂の2階にいらっしゃるか、図書館の2階(図書館は吹き抜けなので、その上は実質3階)にいらっしゃるかだ。これはその食堂の2階に、中等部向けの少人数用に区切られた英語室や情報科学室があるからだった。それと同じように図書館の2階に高等部英語科の特別教室と準備室があり、ESS(English Study Society)もここだった。

 

「被服室が1階だからですよ。あそこが2階や3階だったら無理でしたね」

「まさかと思うが、階段の手摺りを滑り降りてんのか?」

「飛び降りる方が早いですよ」

「無茶苦茶だな、お前は。吉川が呆れるぞ?」

「彼、踊り場から踊り場まで平気で飛びますよ?」

「似た者同士か……」

 

そんな風に薫に呆れられたが、何とか放課後までに5着縫えた。そして放課後は被服室に張り付いてミシン掛けを手伝った。

 

「薫って思ったより不器用?」

「言うな。文武両道で炊事も縫い物も得意というお前が変なんだ」

「ですけど」

 

私はちらりと白鳥珠美さんを見た。

 

「うん。上手いよな、あいつも。見た目で判断できない奴だって1年の時から思っていたけど、年々磨きが掛かるな」

 

身長は155くらいで体重は70kgあるとか。なのに先日の体育での50mで彼女はとうとう7秒を切った。それと、うかうかしていたら今度の中間テストが危ない。彼女は地頭が良いので、捨てる教科がないのだ。私が英語で満点でも、彼女は97点とか確実に取る。そして私は古典が苦手だった。期末は82点だったのだ。

総合で何とか勝てたが、1学期の中間テストほどにはゆとりがない。ジリジリと追いついて来るのがわかっていた。だけど勉強なんてものはコツコツやってこそだ。その積み重ねた知識に知恵を絡めてどう活かすかに意味がある。それが『智慧』だと思うのだ。だから次の中間テストは2番で良い……とは言えないのが私だったりする。

だから良い子で、性格も可愛いし真面目な子だと知っているのに、ついつい目付きが鋭くなる。結構気さくに話す仲なのに、気を抜けない相手。それが白鳥珠美さんだった。

 

何とか下校時刻までに、全員分のメイド服が完成した。衣装の飾り付けなどは、持ち帰っての各人の好みという事にした。でないと次の仕事が明日からできない。やらなければならない事はまだまだたくさんあるのだ。

少々疲れた。帰る前にお手洗いに行き、ブラウスを直し、リボンを結び直した。これだけで気持ちが引き締まるから現金なものだ。だけどお父さんも気分転換によく髭を剃っていた。サッパリするのもあるだろうけど、身嗜みを整えると気分がしゃっきりする。私がリボンやネクタイが好きなのはそこもあるのだ。

 

 

「お~い、エルヴァ」

「あれ、吉川クン。今日はすれ違いかなと諦めていましたよ」

 

自転車置き場でパッタリ会えた。肩の疲れがす~っと引く気がする。

 

「諦めんなよ。けど、そのマイペースさがお前だよな」

「山は動かぬ。漢ならば不退転であれ、弘三よ」

「武田の風林火山かよ? けど、やっと名前で呼んでくれたな?」

 

どちらも自転車に乗らず押していた。せめて校門を出るまで並んで歩きたい。

 

「フフ……。これ、言っちゃ悪いですけど、コーゾーって発音しやすいですが、英語的に考えれば不思議な名前ですね」

「ああ……そうかもな」

「女の子として色々考えました」

「何を?」

「コーちゃんって呼ぶのはどうかなとか。でもお兄さん方と被るかなって」

「ハハハハ。家でコーちゃんは俺だけだ」

「え?」

「確かに一番上の兄貴も赤ん坊の頃はコーちゃんだったらしい。けど二番目の兄貴が産まれたらややこしいからって、コーイチ、コージに決まってしまったんだ。そこで三男の俺さ。結局、四番目も五番目も子供は居なかったからな。小学校に入っても末っ子の俺だけコーちゃんさ」

「へぇ~」

「だから親父もお袋も、娘が欲しかったらしくて。早く会いたいって言ってたよ」

「つまり、コージ、コーイチの両者を倒さないとご両親には会えない訳ですね?」

「何で、そうなるんだよ!? ってエルヴァ、勝つ気満々だろ?」

「当然です。目の前のハードルは潜り抜け、壁があるなら穴を空けてこそ私です」

 

それで二人して大笑いした。

 

「ありがと。疲れが取れたよ。そんなに顔に出てたか?」

「気にしないで下さい。私もコーちゃんに会うまで同じでしたから」

 

ちょっと上目使いに下から見上げたら、屈んでおでこにキスしてくれた。

 

「さぁ、帰ろうぜ」

「はい」

 

リーンリーンと鈴虫が鳴いていた。

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