※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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132、学園祭前

 冬木に入ってすぐ様ホテルに入った。部屋はツインが二つ。お兄ちゃんは別室だ。どうやら『エル』だけでなく凜ともここで合流するらしい。その事に当然喰らいついたのがリンさんだ。

 

「待って、魔法に至った『私』が居るっての?」

「そうです。ショックが大きいと思って今まで黙っていました。ごめんなさい」

「はぁ~。まぁ、それはわかる。けど思うに、相当私とは違う?」

「違いますね。まずあの子の両親は健在ですし、妹は『遠坂桜』です。そしてそこが『エル』の世界です」

「あなたの元だったというその子の存在が、そんな風に周りを変えたのね?」

「はい」

 

 そう言ってリンさんは窓の外に視線を移した。だから私は自分の部屋に戻った。そう、今回は女性陣、男性陣で部屋をわけていない。それぞれのステディと一緒の部屋だったのだ。それと私がリンさんの部屋に伺ったのは、シロウさんとフンボルトがお兄ちゃんとの別れを惜しみ出ていたからだ。要は避妊の術を聞きたかった。それを質問したら意外とあっさり答えてくれた。

 昔は丸めた宝石を事前と事後に押し込んでいたらしい。だけど手間が掛かるので、今はベッドの周囲に宝石などを置いて魔方陣を描くそうだ。こちらの方法なら私も知っているし、代用品で陣を描ける。それにおかしな副作用もない。これだなと思った。

 

 

 アーチャーは腕を後ろに組み窓から外を見ていた。

 

「妹さんとの事を許して下さい」

 

 彼は振り向いてこう言った。

 

「深刻そうな顔をしているので何だと思えばそんな事だったのか。恋愛なぞ自由だし、何よりあの子が選んだ相手に、私はどうこう言える立場にない。むしろ感謝しているよ、フンボルト」

「え?」

「この意味では、やはり私は『兄』なのであろうな。この冬木に住まうエルヴァとあの子は同じなのに、置かれた立場も環境も違う。どれだけ自分を殺しているか。スイスの幼いエルヴァのためとはわかるが……『エル』も随分と残酷な事をするものだと考えていたのだ。そこで君だ。私は並行世界の君と友人でもある。あちらの君は『エル』にとって、やはり『お兄ちゃん』なのだよ。つまり安心できる存在なのだ。その記憶をエルヴァも間違いなく持っている。だから正直上手く行くのかと懸念もしていた。だがどうやらそれは杞憂のようだった。君は見事にエルヴァの心をすくい上げた。だからフンボルト、頭を下げるのは私の方だ。ありがとう。そしてこれからもあの妹を頼む」

 

 そういう事か。アーチャーもエルヴァの事を心配していたんだ。だけど親しかっただけに言えなかった。そもそも本来の『妹』がその『エル』という子だ。その分身とも言えるエルヴァがこの冬木で暮らし、僕のエルヴァはそのコピーだ。勿論、僕は彼女を複製品なんて考えていない。だけどそういう事もあって余計にアーチャーは声を掛けられなかったんだ。

 

「なんか、桜を思い浮かべるな……」

 

 実はシロウもここに居る。

 

「桜か。早く戻って救けてやりたいものだな?」

「ああ。焦っても仕方ないんだけど……全然知らなかった」

「な? 衛宮士郎は総じて馬鹿だ。家族同然の身近な者の危機に気付かず、どうでもいいような理想のみ追い掛ける。過去に戻れるなら自分を殴りたくならんか?」

「なる」

「クク……私でない『アーチャー』もそういう気持ちだった事を忘れるなよ」

「ああ……」

「ともかく魔法使いと合流できたのなら、貴様達を引き会わせよう。それで座標が割り出せれば良いのだが……」

「頼みます」

 

 そう言ってシロウはアーチャーに頭を下げた。

 

 

 

 

 フンボルトが帰って来ないので、私は意を決して家に電話を掛けた。エーデルフェルトではない。向かいのアインツベルンの方だ。この時間ならおチビちゃんもクロエちゃんも士郎クンも学園だ。だから掛けた。

 

 トゥルルル、トゥルルル……。

 

『はい、アインツベルンでございます』

 

 セラさんだ。涙が出そう。けれど言わなきゃ。

 

「聞いて下さい。私は……エルヴァです。お母様に代って頂けませんか?」

『エ、エルヴァさん? どういう……学園は? 何かありましたか?』

「いえ。私は今、学園に行っている方ではないエルヴァです。お願いです、セラさん。お母様に代って下さい……お願いします……」

『お、お待ち下さいね』

 

 声から私がエルヴァだと信じて貰えたようだけれど、お母様もセラさんには話していなかったらしい。そんな気はしていた。迷惑だったろうか。パタパタとスリッパの音が聞こえるけれど、このまま電話を切ってしまいたい誘惑に駆られた。

 

『もしもし、エルヴァちゃん?』

「あ……お、お母様……」

『スイスのエルヴァちゃんね? どうしたの?』

「お母様……お母様……お母様……」

 

 私が泣き止んで落ち着くまでお母様は待って下さった。

 

「す、すみません」

『ううん。どうしたの?』

「今、日本にいます。新都のホテルです」

『え?』

「……その……大切なパートナーと一緒に」

『まぁ。男性の方ね?』

「……はい。そ、その、彼が……。いいえ、私自身の気持ちに整理を付けるために学園祭に行きたいと思います。あ、『エルヴァ』には迷惑を掛けません。魔術を使って認識阻害を張りますし、変装もして行きます。どうか、許可を頂けませんか……?」

『エルちゃんは?』

「いいえ、彼女は来ていません」

『そう、残念ね。エルヴァちゃん、何を遠慮しているの? 私はあなたの母親よ? エルちゃんと二人で遊びに来てくれるかなって、チケットは大目に用意してあるの。彼といらっしゃい。どんな人か知りたいわ』

「お母様?」

『だって娘がどんな相手を選んだか、親なら知りたいものよ? それとも紹介できないような人?』

「いいえ、いいえ」

『じゃ、いらっしゃいな。夜でも良いわよ? キリツグも丁度帰っているし、イリヤちゃんとクロエちゃんもあなたと会えると喜ぶわ』

「ありがとうございます、ありがとうございます。今夜伺います」

 

 こうして私は幸せな気分で電話を終えた。お母様は私の事を忘れないでいてくれた。チケットも用意してくれていた。エルもモードレッドも来れば良かったのに。そんな風に浮かれていた。だから夜だと士郎クンが帰っている事を失念していたのだ。私もお母様も。

 

 

 

 いつものように上履きからローファーに履き替え、ロッカーに脱いだ上履きを押し込んだ。中には体育館シューズとグラウンド用のスニーカー、それと上履きスリッパが入っているから結構ぎっしりだ。これは前の世界の穂群原もそうだったのだけれど、とにかく靴類が多い。

 中高ともに通学は革靴と決まっていて、スニーカーは禁止。だけどグラウンドでの体育の時は、スニーカーでなければダメだった。そしてこのスニーカーは指定品もあるにはあるが、皆んな好きなものを履いていた。1年生だからと先輩から絞め上げられる事もない。それは男子がグラウンド用に好きなものを履くからだ。これが女子だけだったら、ブラウスのホック追加と同じで1年生は指定の白いスニーカー以外許されなかっただろう。

 男の人は気付かないかも知れないけれど、こういうのは女の子の方が厳しいものなのだ。そして私は何故かそういう『ダサい』指定品が好きだった。市販の知らないブランドのものより高いが、有名ブランドのものよりは安い。そして作りが良くて、シューキーパーを入れておけば確実に3年は持つ。それに軽くて通気性も良い。なので『エル』は5~6足持っていて、旅行や欧州での下履きに使っていた。

 そして上履きだ。さっき押し込んだのは爪先が学年色になったズック靴だった。なのにロッカーには学年色のトイレスリッパみたいなタイプも入っている。気分で履き替えろって事だけれど、両方ある学校って珍しくない?

 それで今履いている通学用の黒いローファーだけれど、校則は『革靴』と書いてあるだけで、オシャレな男子はウイングチップやサドルにダブルモンクなどを平気で履いている。中には日によって替えている人も居る。私もローファーが3足に、ストラップが1足だから多いとは思うけれど。でも男の子が学生服に合わせるなら、普通は内羽根式のストレートチップか、Uチップだよね?

 

「制服がチャバネだろ? 女子はスカートが黒だから、茶系でも黒系でも合うけど、男子は難しいんだよ」

 

 そういう今日の吉川クンは、紐を通す羽の部分にポツポツと穴がデザインされた、少し濃い目の茶色いUチップだった。実は彼、さり気なくオシャレだった。それは男兄弟が多い吉川家の教えであるらしく、お兄さん方も従兄弟も皆んなオシャレなのだそうだ。

 

「剣道なんて汗臭いわ、防具は臭いわでイメージ悪いだろ? だから昔からそういうのに厳しかったんだよ」

 

 ちなみに彼は防具を毎回きちんと手入れして陰干ししているという。その防具や道着も3セットは持っていて、防具は休ませ、道着は毎回クリーニングしているそうだ。カケもそうだ。陰干ししたり香りの弱い匂い袋や消臭剤を使っている。そもそもカケって洗濯できないからね。その分、道衣と袴は毎回クリーニングしている。剣と弓なのでやっている事は全然違うけれど、結構共通する部分は多いのだ。

 

「2番目のお兄さんもオシャレなの?」

「兄弟の中じゃ1番オシャレだと思うぞ。だってゴツい身体の奴が見窄らしい格好だとヤバいだろ? だけど兄貴、どうすんだろうなぁ?」

「どうするって?」

「進路に迷ってんだよ」

「自衛隊じゃなかった?」

「けど親父というか、親父の部下の人達が機動隊に来いって」

「誘われているの?」

「そう、それも皆んな良い人でさ。そういうのに弱いのが吉川の人間だよ」

「何だか、素敵なお話ですね?」

「あ~~~兄貴にエルヴァを会わせたくねぇ」

「え? どうして?」

「そういう性格というか人柄。俺も、どストライクだけど兄貴達もどストライクに間違いない」

「た、達?」

「似てるんだろうな、兄弟だから。あ。エルヴァ、お姉さん居たよな?」

「え、ええ。会える機会を作れと?」

「逆、逆。兄貴と会っても、お姉さんが居るって教えるなって意味」

 

 ああ、そういう意味か。でも姉さん、面白がりそうではあるよね。2番目のお兄さんが2m越えで、抱えて走ってくれるなら、本気で喜びそうだけど。

 駐輪場から歩き始めて、坂をかなり下っている。ガードレールの向こうに見える冬木の街が夕陽で色付いていた。私の目だと、ところどころの家の窓から炊飯の湯気が昇っているのが見える。

 

「なんか、歌みたいにエルヴァを後ろに乗せて坂を下りたいな」

「お巡りさ~ん、この人です! 二人乗りしようって言ったの!」

「お、おい! けど、これは俺のミスだな……」

「でも、気持ちはわかりますよ。私も横座りして、その大きな背中にもたれたいなって思うから……」

「エルヴァ……」

 

 それでどちらからともなくキスをした。今日は少しだけ口を開けてあげた。おずおずと少しだけ舌と舌の先が触れた。だけど人が近づく気配がしたのでサッと離れた。んん、惜しい。そしていつものように坂を下りきったところでお別れしようとしたら、家まで送りたいと言ってくれた。彼も物足りなかったみたい。

 やがてその角を曲がったら家の前の通りだというところで誰かと誰かが揉める声が聞こえた。うん? 叫んでいるのは士郎クン? 相手は……ドイツ語だ?

 

「何だ? 衛宮か? 何かあったんだ! 行こう!」

「ええ」

 

 それはアインツベルンの家から100mほど手前だった。そこで私はフリーズした。だって士郎クンと揉み合っている海外の男性は……フンボルト君……? そして士郎クンを必死で止めているのは『私』だ。スイスに行った『彼女』だというのはすぐ理解した。だけど……どうして士郎クンとフンボルト君が揉めている?

 

「エルヴァ、あの女の子……お前……?」

 

 私は振り向いて、声を掛けて来た吉川クンの顔を見て悟った。『彼女』、もしかしてフンボルト君と? そういう親しげなシーンを見て士郎クンが怒った? その線だ。それしか考えられない。ここから魔術を掛ければ一発で解決する。だけど傍に吉川クンが居る。ああ、もう!

 

 その時、眩いばかりの白い光が七色に変化して、強制的に士郎クンと吉川クンの正気を奪った。気絶したわけではない。催眠状態になったのだ。

 

「凜!」

「凜!」

 

 私と『彼女』の声が重なった。

 

「先輩方、早く暗示の追加を」

 

 私は急いで吉川クンに偽の記憶を植え付けて帰らせた。振り向けば『彼女』は士郎クンへの暗示を終えて、フンボルト君を介抱していた。そして士郎クンはシャッキリした顔で自分の自転車を起こし、何事もなかったかのように家の方へスタスタと歩いて行った。それを確認したら、自分でも信じられないくらい大きなため息が出た。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「私は大丈夫です。でも『彼女』?」

 

 もう一人の『私』は立ち上がって私に向かって頭を下げた。そしてその顔は……不可抗力だろうけど、士郎クンに引っ叩かれたカタチになっちゃったのか、赤く跡が残っていた。だから動けなくなって後手に回ったのか。私も似たようなものだから、何も言えないけれど。

 

「ごめんなさい。あなたに迷惑を掛ける積もりはありませんでした。ただ、自分の心にケジメを付けたくて……最後に学園祭を見たいなって……。それを彼と一緒に……」

「あなた、フンボルト君と?」

 

 コクリと頷く。

 

「そちらも吉川クンと?」

「うん。学園のほぼ全員が知っている公認の仲です。リンクしていますね?」

「ですね。まさか『エル』が多様性を求めたから……?」

「だから違う人を好きになったと? こういう言い方は良くないと思いますが、環境の違いだと思いますよ?」

「そうですね……。あ、お母様にチケットを頂いて来ないと」

 

 それで二人+フンボルト君とでアインツベルンの家に向かう事にした。あの状態ならどちらでも再暗示が可能だ。それと凜は、もう一人の『私』が滞在しているホテルで『エル』やお兄ちゃんと合流するらしかった。ここに居たのは偶然で、凛とルヴィアに位階証書を渡すためだったらしい。この後も忙しいらしく、時間がないとかでそそくさと帰った。私と『彼女』が深く頭を下げたのは言うまでもない。

 そしてフンボルト君と、ドイツ語で状況を聞いたり説明したりした。思った通り、彼は士郎クンを『彼女』の身内だと悟り、一切手を出さなかったそうだ。だけど彼に殴り掛かった士郎クンを止めようとして『彼女』が殴られた(掠った程度だと思う)。それで怒鳴ってしまったらしい。あの弟は……。

 

「弟が……すみませんでした」

 

 フンボルト君に謝った。

 

「いや。そちらとエルヴァを混同しているのは直ぐに理解できたから。タイミングが悪かっただけだよ。だけど察するに、エルヴァの存在をあんな風に皆んな知らないんだね……」

「一部の人は……」

 

『一部って何だ?』『そんな寂しくて辛い事があって良いのか?』『だからエルヴァは僕が守る』

 

 何一つ、フンボルト君は言葉にしていない。『目は口ほどにものを言う』とはこの事だ。しかも『彼女』を後ろからしっかり支え、優しく手を握ってあげていた。この『大人』の包容力が『彼女』にどれほどの安心感を与えている事か。

 家族と離れ、学園の友人達とも離れ、冬木から旅立った『彼女』。その内心で大きくなる『不安』を抑えるために、『エル』は【エル】という子を用意してあったのではないのか? まさかここまで不安定になるなんて……。だけど、立場を置き換えると、その辛さが想像できた。だから『彼女』をフンボルト君の腕ごと抱きしめ、家に入るよう促した。

 さっきの角で放り出したままの自転車をアサシンが持って来てくれた。そしてガレージの脇に立て掛け、鍵だけを私に手渡してくれた。エルマと……たぶんトロンメルや凛にルヴィアにも、この騒ぎは知られたろうな。

 

 中に入るとセラが迎えてくれた。お母様が『命令』したのだろう。セラもリーゼリットも私が二人いる事に疑問を抱いていない。士郎クンもお母様の暗示で、自室かお風呂だろう。居間に入ると二人はソファーで、お父さんとお母様に向かい合っていた。座るところがないので、私はダイニングテーブルの方の椅子に座った。先客のおチビちゃんとクロエちゃんが心配そうに『彼女』を見ている。

 これはあれだ。歳の近い姉が、結婚の許可を得ようと彼氏と一緒に親を説得している図だ。自分が制服だから余計にそう思う。それにおチビちゃんとクロエちゃんの、あの応援するような顔。そう言えばこの子達とお父さんはスイスとルーマニアで、お母様はスイスで『彼女』に逢っている。きっと私の事と同じ様に心配してくれて居たのだろう。きっとその頃は『大丈夫』だと話していたはずだ。それがこんなに弱々しくなって帰って来るとは。

 お父さんはフンボルト君との仲の事より、『彼女』の心理的な状態を心配していた。それはお母様も同じで、立ち上がると『彼女』をしっかりと、けれどとても優しく抱きしめた。声をあげて泣く『彼女』……胸が痛い。と同時に腹が立った。『彼女』にではない。『彼女』という存在を造った『エル』にだ。

『彼女』は私だ。何ら変わりない。入れ替わって『彼女』が残っていたのなら、ああやって泣いているのは私だった。フンボルト君も貰い泣きしながら、『彼女』の背中を擦っている。お父さんにとっては青天の霹靂だろうに、フンボルト君に敵愾心のようなものを懐いていない。あ、お祖父様の……公認? というよりこれはお祖父様の意志だ。そうだ、スイスでの日々でお祖父様は『彼女』の変化に気付いていた。だからフンボルト君とこういう関係になるように、影から仕向けていたのか。その可能性は高い。

 

 しかし、ここのフンボルトお兄ちゃんが独身だとは……。最初は思い出が足を引っ張ったはずだ。だけど彼の本当の良さは『彼女』も私も知っている。

 私の拙い記憶だと、フンボルト君は新卒採用で、お祖父様の推薦状を持っていた。職業学校を出たばかりで18歳くらいだった。それで推薦状があるからと、ミトの直属になった。ここが私にもよくわからないが、ミトは何故かいつも大人の姿だった。仕事の事や対外的な面もあったろう。だけどそれなら『エル(私)』やパミのように、商談の時だけでいいと思うのだ。だというのにミトはプライベートでもずっと大人の姿だった(だからグループの総裁はミトだと皆んな思っていた)。

 そしてフンボルト君の最初の仕事は、そんなミトの運転手兼秘書だった。ヨーロッパだけでなく、アジアやアメリカも二人で周っていた。やがてフンボルト君はミトに求愛し、こっ酷くフラれた。それで配属を変えて貰い、『エル』が直接指揮を執る霊脈事業部へ転属した。そこで彼は次々と数字と売上を伸ばし、温泉行楽事業部の部長に抜擢された。そして私達が中学生になった頃、アジアで業績を上げていた彼は、『エル』のストップも聞かず中国に手を出した。そこで見事にハニートラップに掛かり、神秘の一部を共産党に漏洩してしまった。

 

『エル』が『1年革命』を起こしたのはこれもあった。迷信だけの嘘っぱちな風水ではない。本物の霊脈(龍脈)を操る秘術だ。これだけは何としても秘匿し守らなければならない。だから国ごと転覆させ、秘術を知った共産党を壊滅した。その際にチベットを独立させたのは人道からではない。あの地に霊脈があるからだ。

 中国に文明が起きたのは、そこそこ巨大な霊脈が中原にポッコリ出ていたからだ。だけど黄河(渭水)や長江の度重なる氾濫で地表に出ていた霊脈が洗い流されてしまった。

 この氾濫は度々人々に災害を与えた。だから治水工事やダムの建設がどの王朝でも最重要な課題となった。そして上手く行けば褒め称えられ、氾濫すれば王朝への誹謗中傷が飛び交った。だからあそこの王朝は長続きせず、天命などを信じ易姓革命のような『後からの言い訳』ばかりが発達した、おかしな国になってしまった。

 現在もダム工事は続いている。大きなのは長江の三峡ダムだが、それ以外にあの国土には大小合わせて9万以上のダムが存在する。そして歪んだ民族性が『氾濫を抑え、農業用の水と電力を確保』する事から、『水と電力』を売って儲ける方向へと変化した。ダムの数だけ利権があり、それに関わる一部の共産党幹部が儲かる仕組みだ。それでもってあの国は、1975年に人類史上類を見ないダム決壊事故(板橋ダム)を起こしている。その死者は70万人以上という。だけど未だにその事故は隠蔽されていた。(発表は2005年。それも犠牲者の数を半分以下に抑えて。『エル』の世界では2001年に発覚した)

 

 だというのにチベットにはヒマラヤから流れる霊脈がポンポンと二つあった。一つはその昔のダライ・ラマが住んでいたというデプン寺の近く。もう一つはパンチェン・ラマの住まいだったタシルンポ寺だ。この二つのお寺はチベット仏教の総本山であり、ダライ・ラマとパンチェン・ラマはチベット仏教に於ける二大聖人(わかりやすく言うなら)だった。

 だけど中国はダライ・ラマを追いやり、デプン寺を徹底的に破壊した。次に幼かった当代のパンチェン・ラマを誘拐し(実話。今も行方不明)、タシルンポ寺も破壊。そうしてチベット人の精神的支柱を壊した上で、男性達を次々捕らえ拷問し棄教させた。抵抗する者は、臓器移植のドナーにされ、遺体はプラスチックを注入し人体の不思議展として世界を巡った。女性は解放軍に犯されわざと妊娠出産させられた。中国人の血を引いた者達がチベットを支配するためだ。その内の元夫か本人が政治犯・思想犯と認定されると、妊婦と言えどドナーとなって遺体は世界を巡った。このような悪逆非道は僧侶達も襲い、女人禁制なのに無理矢理姦淫させられ、嗤い者にしてから不思議展の旅行へ誘った。

 そしてそれを世界中の国家が見て見ぬ振りをした。特に日本はメディアもろとも中国が寄越す金に目が眩み、押し黙っていた(北朝鮮の拉致と同じく)。そして不思議展を見て『不思議だね~』とか言っていたのだ。死んで躯(むくろ)になっても恥を晒し続ける。死者に鞭打った伍子胥もびっくりだ。日が高く目的地が近くとも、自己利益のみ追求し安全面や衛生面を考慮しない歪んだ人間。それが共産党だった。法輪功もウイグル人も皆んな同じ目に会っている。だけど『エル』の世界では大勢の人が救われた。本当に大勢の人が。

 

 それでも彼女は人道主義者ではない。彼女の真の狙いは霊脈だったのだ。香港も澳門も独立させて彼女がフンボルト君達部下に支配させている(それでも人道的だし、民主的だ。だけど大きな儲けが会社に入るようになっている)。不思議展を告発し壊滅に追いやったのも、世の中の後ろで蠢く醜悪な老人達の延命を、アインツベルンが高額で行っていたからだ。

 そうして老人達は人造の内蔵を得て束の間の延命を享受する。そこにアインツベルンには逆らうなという絶対命令権が刻印となって仕込まれているとも知らず。

 危険視されていた三峡ダムも西欧の手が入り、補強改造され第二工事が終わるのは2007年の予定だ。それも当初の予定よりかなり小さい。自然蒸発で天候を変える程の水も貯めていない。これの意味は小規模な発電と、ある規模の船をダムの近くまで遡らせるためだった。要は流通経路の確保だ。全体の完成は2011年を予定している。それよりも武漢から下流の治水と運河開発の方が大規模だった。当然ながら農地の水確保と、養殖などに利用されている。だけど『エル』本人は、その利権にはそこまで拘っていないらしい。

 それよりも重要なのは、何億のもの人々を飢えさせない食料確保と自給率の向上、そして安全を担保された輸出品による儲けにあった。つまり大儲けしたい『エル』にとって、そのポテンシャルを活かせない中国共産党や北も南も邪魔なハエだったのだ。

 だから全部一緒くたに一度壊した。今の半島には、南北の国がない。そこは現中国の領土であり、一つの省だった。そしてこれまで以上に世界の工場となり、優れた製品を海外に輸出していた。また最新技術のみならず神秘の秘術を使った農地改革も行われ、国内の自給率は70%にまで上っていた。こうする事で国内でほとんどの事が解決し、市場経済が回るようにしたのだ。その理由は国民に満足感と幸福を与える事で、海外に出させないためでもあった。だから今の彼らはどれだけ低賃金で働いているかを知らない。だけどそれで食べていけるし、国内だけのお金持ちにもなれた。とんでもない二重経済だった。だって、輸出で得た外貨はすべてアインツベルンのものだったからだ。

 しかもその儲けで近隣諸国やアフリカや南米を盛り立てようとしている。中南米の治安が良くなり株価が上がってウハウハのアメリカも、新疆やかつての北のほとんどを不凍港の領地として得たロシアも黙るどころかニッコリだ。その甲斐あって彼女はカムチャッカとその先に連なる列島の開発権を得ていた。

 日本の漁船はあの界隈で漁業を行うなら、漁業権をアインツベルンから買わなければならない状態だった。国会でもかなり揉めたらしいが、きちんと自立した安全保障を持たない日本は涙を呑むだけだった。

 与党にも野党にも旧中国と繋がっていた者は多い。メディアもそうだ。それらが全部断ち切られ、新しく政権を興した政府にコネクションを求めても門前払いだった。

 次に彼女はメディア(新聞社。紙媒体だけでなくネットにも主軸を置いていた)を立ち上げた。と同時に、裏で政府を動かし放送法を改正させた。そうしてTV局を買い上げたのだ。それでもって流す放送は全部海外での本当のニュース。新聞も海外と同じ正しいニュースばかりだ。コメンテーターも専門家も、デタラメばかりの既存のメディアを扱き下ろした。しかもドキュメントやドラマが面白い。日本の伝統文化や工芸品などもどんどん紹介していた。音声も最初から多国言語放送で、海外への番組販売も業績を伸ばし、欧米で空前の『日本ブーム』を巻き起こした。それがあって、『姉のイリヤ』とシロウさんの共著『和食シリーズ』がベストセラーになったのだ。

 ほとんどの日本人は英語が苦手だ。ドイツ語やフランス語だとちんぷんかんぷんだろう。なので巨大掲示板に書き込む誰も、その放送局とドイツの『イヴ有限会社』のホームページで視聴できる無料ドキュメンタリーと、作りが似ている事を指摘できなかった。一方、海外の掲示板には日本のドキュメンタリーと作りや進行、ナレーターの声が似ているとの指摘が幾つかあった。当然ながら放送局も『イヴ有限会社』も何ら見解を発表していない。

『ロシアの裏で糸を操る者』『世界の裏で経済を動かす者』『闇の勢力』……。その正体不明な勢力こそが『エル』や私達だった。そしてその存在が掲示板などに憶測込みで流れ始めたのが、『1年革命』後だった。『エル』はそんな存在だったのだ。

 

 そして漏洩が発覚した時のフンボルト君だけど。『エル(私)』が踏み込んだ時、彼のベッドには5人くらい裸の女の子が居た。それも皆んな10代。コイツはと思ったのを今も覚えている。しかも裸の彼はとんでもないデカチンだった。

 私は確信していた。『彼女』とフンボルト君は一線を越えた仲だ。間違いない。だけど……あれがこんなミニマムな身体に入るのかと不思議でもある。と同時に、なら、吉川クンのも大丈夫だろうと、妙な安心感と満足感もあった。

 そうこうするうちに、お母様が二人にチケットを4枚手渡していた。あれっと思えば、ホテルに凛とルヴィアが話してくれた、20代の士郎クンと凛さんが居るという。そうか4人で冬木に来たのか。そうとなると凛さんの目的は……こちらも『ケジメ』だろう。

 

 

 

 懐かしく暖かな家から出た私達は、バス停でバスを待っていた。もうすっかり日が暮れた。

 

「ここの君に初めて会った訳だけど」

「比べないで下さい」

 

 彼女と比べられるのかと声に少し棘が入ってしまった。

 

「そうじゃないよ。彼女の服装。あれがスクール・ユニフォーム?」

 

 ああ、その意味か。それは珍しいだろうね。

 

「そうです。私もあれを着て学園に通っていましたよ」

「彼氏が居たようだね?」

「ですね。私も驚きましたが、あちらも驚いたでしょうね」

「うん。僕の顔をマジマジと見ていたから、僕の事を知っているんだなって直ぐにわかった。だけどさ。同時に疑問もあったんだ」

「と言うと?」

「君の態度と彼女の態度。これは僕の予想だけれど、過去の記憶、そこに少々ズレがあるんじゃないか?」

 

 私はフンボルトの顔をジッと見た。何かはわからないけど、何かが繋がった気がした。私はこんなに弱かった? こんなに脆かった? 彼と恋に落ちたから? 彼とともにありたいと願ったから?

 私は彼女に否定された持論、『エル』が『バリエーションを見たかった』という考えをもう一度掬い上げた。

 

「フンボルト、あなたの言う通りかも」

 

 答えは出ないけれど、安心できる彼の腕にもたれてホテルに帰った。

 

 

 

 お父さんやお母様にお暇を告げてお向かいに戻ったら、姉さんにいきなり抱きつかれキスされた。姉さん達が戻っているのはお父さんから聞いていたし、久し振りなので嬉しかった。だけど……。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと。嬉しいのはわかりますが、抑えて」

「ダメ。エルヴァ分が足りないの」

 

 なんだよ、それ。二人の『ちぃ姉さん』はぽかんと同じ顔でこちらを見ているし、トロンメルと『巫女の姉さん』は呆れ、エルマは地団駄を踏んで悔しがっている。そんなジタバタしながら『き~っ』と言う人、本当に居るんだ。と考えたら、凛とルヴィアがそうだったと思い出した。

 それでプッとキスの最中に吹き出したら、『キスの時に息を吹き込まれたら気持ち悪い』と憤慨された。何でさ?

 

「エルヴァ。お姉ちゃんに黙って、男を作ったわね?」

「はい?」

 

 ダメなのか? 帰ったら報告しようとは考えていたし、姉さんも雰囲気というか空気くらいは読んでいたでしょうに。

 

「嘘を吐いてもダメよ。このキスは男の味がする」

 

 どんなだよ?

 そして再度ムッチュ~とキスされた。エルマは暗い顔で『死ねイリヤ』とか呟いて、巫女の姉さんにゲンコツを落とされていた。

 

「ほら、イリヤ。ブレイク、ブレイク。エルヴァを離してあげないと、彼女着替えにも行けないよ?」

 

 そう『巫女の姉さん』に諭されやっと開放してくれる『英霊の姉さん』。二人の『ちぃ姉さん』も幾分陽に焼けて元気そうだ。私は二人の『ちぃ姉さん』を抱きしめ『おかえりなさい』と言った。次に『巫女の姉さん』と『英霊の姉さん』にも。皆んな嬉しそうだ。きっと良い思い出がたくさんできたに違いない。

 そんな風に私達アインツベルン勢(エーデルフェルトをかなり侵食していて申し訳ない)がキャピキャピする中で、凛とルヴィアとマルガリータさんは仲良く料理を作っていた。今夜はクリーム・シチューだという。

 

「さっきまで師匠が来ていてさ。時計塔の位階証書を置いていったの。あれを見て、ああ時計塔との縁が切れたんだなって。ちょっと落ち込んでたのよ。それを見かねたマルガリータが一緒にシチューを作ろうって誘ってくれてね。随分と気分転換になったわ」

 

 スプーンでシチューを掬いながらそう教えてくれた。今夜は士郎クンが居ない。休日なのだ。アーチャーさんは相変わらずで、奥の従業員用食堂でニコさんとメイドの皆さん達に料理を振る舞っているらしい。それはニコさんの仕事だろうと、もはや誰も言わない。ニコさんはその空いた時間で最近学んだ料理を作ったり、アレンジしたレシピを考えたりしていた。

 皆んなが皆んな、少々の事はあってもお互いに助け合ったり声を掛け合ったりして楽しく暮らしていた。そしてそれぞれが幸せを感じていた。そんな中からはじき出され、悩んでいただろう『エルヴァ』を思った。学園祭を楽しんでくれれば良いなと、ただただ願うしかない私だった。

 

 

 

 私達はお兄ちゃんの部屋に集まっていた。凜がウインクしたので、あの件は黙ってくれているようだと悟った。なので目でお礼をした。

 

「ん、揃ったな。まず、報告だ。『エル』が帰って来ん。なので出発もいつになるかわからん。取り敢えず、私はもう暫く冬木に留まる積もりだが、今後きちんと挨拶を交わせるかどうかもわからん状態だ。なので、先に君達とはお別れを告げておきたかった」

 

 そう言って一同を見回した。

 

「シロウよ」

「ああ、はい」

「碌なアドヴァイスを送れなかったが、お前はリンとともにある事だけを願え。そしてフンボルトやエルヴァの良き友人で居てやってくれ。存外、その方が早く正しい姿で望みが叶うかもしれん」

「わかった。そんな気がしていたんだ」

「そうか。リン、彼女とは話せたか?」

「ええ。まだまだ満足した答えは得られていないけれど」

「まぁ、この期間延長を精々有効に使う事だ」

「そうね」

「凜、悪いな」

「仕方ありません」

 

 そしてお兄ちゃんはフンボルトに向いた。

 

「フンボルト、妹を頼む」

「ああ、任せて欲しい」

「フッ……」

 

 軽く鼻で嬉しそうに笑った後、お兄ちゃんは私の頭に手を置いた。

 

「幸せになるんだぞ?」

 

 それ、ずるい。そんなの『エミヤシロウ』のセリフじゃない。

 

「エルヴァ、お前は何も失っていない。全部眼の前に揃っている。ただ、入れ替わるだけだ。子が親となり、また子を育て独立していく。それだけだ。お前は、お前の眼の前にある幸せを求めれば良いだけだ。だから後ろはここのエルヴァに任せ、自分だけの道を前に進め。フンボルトがそれを支えてくれる」

「はい……はい……」

 

 私は泣きながら頷くだけだった。

 

 

 

 この後、皆んなで食事に出掛けた。入ったのはお寿司屋さんだった。ちなみにモードレッドが『父上』と入って『旨かった』と自慢していたお店だ。そして並行世界でこのお店は、お兄ちゃんと巫女の姉さんが常連客だった。私の頭は既にカリフォルニア・モードから冬木モードに変わっていた。たぶん、フンボルト以外は皆んなそうだ。だから、日本の職人さんが握る、日本近海で漁れた旬の魚の味を堪能していた。

 

「旨っ! 何だコレ? ツナってこんなに美味しいの?」

 

 白身魚を済ませ鮪に行った彼には、秋刀魚の押し寿司に、土瓶蒸しも頼んであげていた。ハンティントン・ビーチのあのお店でも思ったが、彼はお寿司が平気だった。土瓶蒸しなんて、ちょっとハードルが高いと思ったけれど、『これ』は『これ』として楽しんでいた。

 

「香りを楽しむって、わかるよ。これはスープに入れられないキノコだね。だけど香りを楽しもうとする分、埃っぽさが残るね。けど、美味しいよ」

 

 ダメなところはダメという。けれど『それ、言えるかも』と納得できる話し方をする。こういう性格はどこででも好かれる。だから職人さんもニコニコしていた。むしろ、『こういうのはどうですか?』と色々薦められていた。通訳は私だけれど、お財布の中を気にしなければ、一番愛されるお客だと思う。だって1人で40貫くらい、それもとても美味しそうに食べているんだから。

 

「エルヴァ、支払い大丈夫?」

 

 コソッとリンさんが聞いてきた。キャッシュは30万くらい用意してある。だから大丈夫だと答えた。そしてその言葉にリンさんだけでなく、シロウさんや凜までがホッとしていた。心配してくれていたんだ、ありがたい。だけど大丈夫。私はこの機会でフンボルトに日本を楽しんで貰いたかった。本当なら二人で風光明媚な場所を巡って、温泉宿に泊まりたかった。だけどそんな時間はないから、せめて食べるものだけでもと考えていたのだ。

 

 

 お勘定を済ませお店を出た私達は、その後自然にバラバラになった。凜はリンさんに誘われどこかに消えた。魔術の話でなく、生い立ちとかそういうのを聞きたいのだろうと思えた。お兄ちゃんとシロウさんはホテルに真っ直ぐ戻った。

 

「どうしましょう。軽く飲む?」

「良いけど、呑み過ぎないでね」

「むぅ~~」

 

 そう言いながらも腕を組んで、焼き鳥屋さんに入った。ジャパニーズスタイル・パブと言えば居酒屋だろうけど、あれってジャンルが広い上に、駅前のビルにあるような大手チェーンはハズレの店ばかりだと思う。となるとローカルな大衆居酒屋か炉端焼き、もしくは焼き鳥屋に限られて来る。私個人としては、『どて焼き』や『煮込み』、或いは『魚介のおでん』だけで勝負しコップ酒で飲ませるお店か、小鉢の刺身盛りや一品物がズラ~っとケースに並び、壁中メニューだらけという何でもありなお店が好きだ。

 だけどフンボルトのような人に楽しんで貰うなら? スタイルと雰囲気が珍しい炉端焼きは却下。ごちゃごちゃして煩い大衆居酒屋も、バルと変わんないので却下。となると残るは焼き鳥か串カツだ。ちょうど冬木には良い焼き鳥屋さんがある。それも昔ながらの炭焼きで、良い塩と焼酎と日本酒に拘るお店。元の世界のお父さんが大好きだったお店だ。

 だからそこまで肩を寄せて歩いた。お店まで近づくと、換気扇がブオ~ッと回っていて、とても良い香りを吐き出していた。

 

「凄い。とても食欲をそそる香りだね? 何のお店?」

「焼き鳥屋さんですよ」

「ヤキトリ? ヤキトリ……ヤキトリ……。あ! 串に刺した?」

「そうそう。それの正真正銘、日本の本物」

 

 何か言葉が変だけれど、そうとしか表現できない。早速入ると、中は満席だ。だけど丁度男性二人が席を立った。だからお店の人に声を掛けた。私が日本語なのでホッとした顔で、すぐ様席を設けてくれた。フンボルトが何でも良いと言ってくれたので『ミ』『ハサミ』『ツクネ』『カワシオ』『ズリ』『ハツ』『シソ巻き』などなどと『トマトスライス』と『軟骨唐揚げ』を一度に頼んだ。お酒は『芋焼酎のお湯割りに梅干しトッピング』と『常温の日本酒の地酒』だ。ただし、お湯割りや日本酒が無理ならビールを頼もうと言ってある。

 

「あれ、何だっかな? 緑色の鞘に入ったままの豆」

「枝豆?」

「エダマメだ」

 

 それで『枝豆』も頼んだ。お酒と突き出し(お通し)が運ばれて来た。お約束を言うだろうな。

 

「あれ? エルヴァ、こんなの頼んだ?」

 

 来た。日本独自の突き出し(お通し)文化。珍しいものね?

 

「これ、日本独自の文化でね。席料の代わりみたいなものなんですよ」

「チャージ?」

「そう。だけど、ただお金を取るだけのはどうなのかって。それで最初の料理が届くまでこれで凌いで下さいって意味もあるんですよ。だから会席料理などでは『お凌ぎ』という場合もあります。カチッとしたオードブルの場合は入れ物の名を取って『八寸』です。それでこういう焼き鳥屋さんや居酒屋さんって庶民の場でしょう? だからこの小鉢には面白い名があります」

「へぇ~、どんな?」

「関東だとオーダーを通した後に出るので『お通し』です。日本のラテンと言われる関西では、頼んでもいないのに出て来るから『突き出し』です」

「けど、チャージのサービスなんだよね? そうか、そういう風に敢えて捻って考えるんだね」

「そうです。だから帰りにチップも要りません。お寿司屋さんもそうだったでしょう?」

「ああ、チップを支払っていないんだ?」

「はい」

 

 フンボルトはカウンターの中で焼かれていく焼き鳥を見て楽しんでいた。タレが炭に落ちてジュッというたびに小さく『ワォ』とか呟いている。梅干し入りのお湯割りは平気みたい。『プラムの風味が良い』とか言ってたから。だけど最後の梅干しは私の担当だろうね。突き出しにトマトと枝豆だけで一杯空けた私達だ。そしていよいよ焼き鳥が焼き上がった。

『カワ』は一口食べて『お願い』と言ってきた。だけど『ズリ』や『ハツ』はパクパク食べている。

 

「『カワ』、ダメだった?」

「クニュっとしたところが苦手だなぁ。スープなら平気だけど」

 

 タレで頼めば良かったかな?

 

「エルヴァ、ビール頼んで良い?」

「どうぞ。でも、日本のビールが合うかなぁ」

「美味しくないの?」

「そんな事はありませんが、日本だとビールは夏の飲み物というイメージが強くて。それで日本は暑くて蒸すんですよ。湿度が高いから。それでビールにキレを求めているんですね」

「キレ?」

「はい、飲めばわかりますよ」

 

 それでビールを頼んだ。

 

「あ、こういう喉にガツンと来るタイプなんだ?」

「そうです」

 

 一口飲んで驚いていた。だけどそこはビールの国の人なので、『これ』は『これ』として楽しんでグビグビ飲んでいた。

 私が憶えている限りの並行世界に於ける『彼』の美点は、『陽気』で『メゲない』ところだったと思う。確か工業系の学校を出ていて、3度のご飯よりクルマが大好き。それで週末になるとコツコツとレース車両を仕上げ、年に数回開催される草レースに出ていた。その車両は、お祖父様から譲られたNSUのTTS(タイプ67f)。通勤にはアウディのRS4を使っていた。日本とは違いドイツでは1999年から2001年までの2年間しか作られなかった(日本での販売期間は2001年から2002年)。2.7リットル、V型6気筒ツインターボのエンジンは、385psのパワーを絞り出し、44.9kgものトルクを僅か2500rpmから発生するオバケみたいな青い4WD5ドア・ワゴンだった。

 今思えば『彼』は高給取りだった。新車で当時発売されたばかりのRS4をポンと買ったんだから。それが23歳頃だと思う。その前もアウディで、これが幻のアヴァントRS2だった。RS4と同じ4WDのスポーツワゴンだ。色も同じ青だった。しかもこのRS2はベンツェの500Eのようにポル◯ェが関わっていた。そんな高級車を18歳だか19歳だか、入社すぐにローンで手に入れていた。どうしようもない根っからのクルマ好きだった。

 対するこちらのフンボルトはRS4どころかHR-Vも持っていなかった。イルクーツクのキャンプで聞かされ驚いた。いつもレンタカー。もしくは同居しているお祖母様のご友人から譲られた、オンボロの1502(30年選手の『BMW』)に乗っていると教えてくれた。クルマより旅行と食べ物。それは異なる国の異なる文化を知りたいから。だから現地でレンタカーを借りる。だから音楽や写真も趣味になっている。

 そしてそんな風に旅好きだから、物事を見るのに否定から入らない。固定観念に捕らわれない。『これ』は『これ』として、いつも楽しんでいる。私が好きになった人は、ニュートラルで幅が広かった。

 どのくらい話したろう。時間としたら1時間を少し越えたくらいだと思う。だけど彼のお話はとっても楽しかった。夢中で聞いていたから余り飲まなかった。だからこの間のような失態はない。全部食べ切って、飲み干してお会計を済ませてお店を出た。

 

 手を繋いでホテルまで歩く。もうすぐホテルというところで彼は振り返った。煌々と駅前のテナントビルが灯りを放っている。その手前のアーケードの辺りは少し暗い。商店街だから皆んな閉まってしまったのだ。だけど甘栗の屋台があったし、ピ~っという笛の音がどこかから聞こえる。石焼き芋はちょっと早くない?

 

「ここが君の育った街?」

「同じ市内ですけど、厳密には川向うの隣街ですよ」

「そっか、そうだったよね。でも、楽しい街だな。エルヴァ、君の事をもっと知りたい」

「私も。あなたの事をもっと知りたい」

 

 繋いだ手の指が絡み合う。おへその下がキュンキュンする。そして絡めた指が熱い。この気持ちは同じはずだ。だから二人とも何食わぬ顔で、ホテルに戻った。

 

『エルヴァ、彼とは行くとこまで行ったんでしょう?』

『何を……?』

『だから、冬木に入った後のホテルよ。私はシロウとの部屋が良い。それであなたは?』

『ぁ……ぅ……』

『何で今更照れんのよ? フンボルトと一緒が良いんでしょう?』

『……ぁぃ……』

 

『は』が発音できなかった。

 

『でね、聞いたんさい。新都に良いホテルがあるのよ』

 

 それで空港で予約したのがこのホテルだった。別にラブラブな、そういうホテルではない。一般的なシティ・ホテルだ。しかもローカルなのでビジネス客も多い。だから朝食ヴァイキングだけで夕食はない。だから外食だったのだ。だけどここはここにしかない『ウリ』があった。

 それが部屋の間取りとバス・トイレ全室セパレートなところだった。とにかく部屋が広い。浴室も広く、浴槽も大きなジャグジー付きなのだった。

 

『好きな男性と一緒にお風呂。だけど湯船が狭いから日本の自分の家でも無理。それこそ1泊ン万円の室内に家族風呂があるようなところでないと。しかもそこ、そこらのラブラブなホテルより広いから。どう? アメリカじゃ絶対に不可能な体験よ?』

 

 これで落ちた。それにわかってた。リンさんもシロウさんも溜まっていたんだなぁって。あの家だと私達だけでなく、モニカさんもミアータさんも居る。だから仕方ない面もある。それに何より求めているのはこの感覚だ。女は性欲だけでない。だから自分でどうこうできるものではなくて、『満たされたい』し『満たしたい』のだ。そんな感覚が初体験以降、少しずつ湧いていて段々とリンさんの気持ちがわかった。

 なので部屋で抱き締めあった後、彼のキスを避けて、浴槽にお湯を張り始めた。キョトンとする彼にウィンクして、今度は歯を磨いた。彼も悟ったのか、私に続いて歯を磨いていた。そして磨き終わる彼をソファーに腰掛けて待っていた。

 

「エルヴァ、歯磨きはわかった。僕のエチケット不足だった。けれどバスはどういう?」

「フンボルト。日本のお風呂は知らないでしょう?」

「ああ。何かあるの?」

「ここのホテルのお風呂はジャグジーが付いていて、お部屋の人数全員で入れるの」

「え? 水着がないぞ?」

「フンボルト……。あなたと私しか居ないのに水着が必要ですか?」

「あ」

「ま、ジャグジーはオマケみたいなものですが、古来から日本は男女混浴があって、そういう温泉なども未だに残っています。また、日本のお風呂は人間洗濯室でなく、肩までお湯に浸かって血行を良くしたり筋肉を解したりしながら、リラックスした中で会話を弾ませる社交の場でもありました」

「バーデン・バーデンというか、ローマみたいだね?」

「日本も活火山が多く、天然の温泉があちこちにありますから。それで似たような文化が残ったのだと思います」

「なるほどね」

「だから……ね?」

「うん」

 

 そうして逸る気持ちを抑え、お互いに服を脱がしあった。パンティに糸が引いていたけど仕方ない。彼のパンツも破れんばかりだから。そうしてキスの後、手を取り合って浴室に入った。足を上げて早速入ろうとする彼を止めた。

 

「まずは『かけ湯』をしないと」

「カケユ?」

「そうです。こんな風に」

 

 そうして私は桶でお湯を掬い、手足の先からお湯をゆっくり掛けていった。そうしてお湯の温度に身体を慣らしてから肩から被る。次にお股とお尻を手で軽く洗って、もう一度お湯を被った。

 

「意味がわかりましたか?」

「最初の手先からは、心臓に負担を掛けないよう温度に慣らすためだね。それで後のは、エチケットだね……。そうだよ、お湯をシェアするんだから。こういうのに気付かないのが僕だなぁ」

「まぁまぁ。ですけど、お股をソープで洗わなかった理由はわかりますか?」

「そう言えばそうだね。どういう事だろう?」

「こういうホテルのお風呂なら、ソープで先に洗っちゃう方が正解です。ですが、これが天然温泉だったら?」

「うん?」

「お湯に色々な成分が溶けているでしょう? だから、皮膚に急な刺激を与えないためなんです」

「オゥ……」

 

 次に私はタオルを水で濡らし、軽く絞って頭の上に置くフリをした。その後固く絞って髪を包んだ。

 

「最初の動作だね、意味があるのは。待ってよ、答えないでよ。当ててみせるから」

 

 そうして考える事で脳の方に血が行くのだろう。彼のものが少しフニャンとした。何だか可愛い。

 

「わかった。ノボせないよう頭を冷やすんだ?」

「正解。それと髪の防御ですね。サウナのような保湿は要りませんが、毛穴が開くので頭の脂分がお湯に流れ落ちるのを防ぐ意味があります」

「それに顔からの汗を多少は防ぐ意味もありそうだね?」

「はい」

 

 そうして彼にお湯を被せ、手にソープを取って、彼のものとお尻を洗ってあげた。最初は驚いていた彼だけど、意図を汲むと黙っていた。前を洗うと途端に私の『チンボルト』が元気になった。お尻の時は『ウッヒョー』とフンボルトが声を上げた。沈黙は金だよ? 『チンボルト』を見習おうよ。

 今度は交代。彼が私を洗ってくれた。でも前は難しいだろうから手伝った。太腿にツ~っと垂れるものがあるけれど気にしない。もう彼には全部を見て貰う。『キャッ』。

 

「な? 人に優しく後ろを洗われるとおかしな声が出るんだよ、『Muschiva』」

 

 どこに声を掛けているの。『Muschi』は二枚貝という意味のドイツ語で、女性器という意味もある。ニュアンス的には日本語の『アワビ』に近い。彼はその『Muschi』に『Elva』を掛けて言ったのだ。だから湯船に二人で浸かりながら、『チンボルト』を披露し、意味を教えてあげた。

 

「参った。似たような事を考えていたんだね」

 

 浴槽も広い事は広いのだけど、部屋がツインだから限度はあって彼の前に私が同じ方向で座っているカタチだ。腰というか背中に彼のが当たっている。だけど一緒に居てお話をするだけでホッとする。そんな幸せを断ち切ってお湯から出た。髪と身体を洗わないと。

 

「そこで洗うの?」

「日本でお湯の中で洗ったりすると、お父さんみたいな人に『何やってんだ? オラァ』って叱られますよ?」

「そいつは勘弁。本気で怖かったんだから」

 

 まぁ、付き合っている女性の家で、相手の親に会うのは緊張するだろうね。その事と、おそらくお祖父様かエル辺りから聞かされただろう、お父さんの職業や二つ名。そういうのが全部一遍に頭に浮かんだのだと思う。

 そして洗い場を空けた私は、フンボルトを促しイスに腰掛けさせた。お股にソープを塗って腕を洗ったり、乳房で背中を洗っても良いのだけど、普通に背中を流しタオルで洗ってあげた。残りはタオルを預け自分で洗って貰った。髪を洗い髭を剃る彼。それを湯船の中から見ている私。

 

「フンボルトって髭が薄いよね?」

「うん。お爺ちゃんも父さんも薄いんだ。遺伝だね。だからスネ毛もほとんどお手入れ要らずだよ。どうする? このままハゲちゃったら?」

「髪なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」

「なにそれ?」

「もう~、そこでお兄ちゃんみたいに鼻で笑って、言ってくれるって返さないと」

 

 アニメのセリフだと教えたら笑ってくれた。だけど少し真面目な顔で訊いてきた。

 

「君はそういうのを気にしないの?」

「フンボルトが事故にあって手足が失くなってもフンボルトでしょう? 勿論、焦るだろうし、魔術で生やそうと頑張りますよ? だけど人生の中で徐々に失っていくものなら仕方ありませんよ。それが歳を取るって事なのですから」

「エルヴァ、君。『お兄ちゃん』と同じような事を。兄妹だね?」

 

 彼の言葉でハッとした。

 

『エルヴァ、お前は何も失っていない。全部眼の前に揃っている。ただ、入れ替わるだけだ。子が親となり、また子を育て独立していく。それだけだ。お前は、お前の眼の前にある幸せを求めれば良いだけだ。だから後ろはここのエルヴァに任せ、自分だけの道を前に進め。フンボルトがそれを支えてくれる』

 

 ああ、本当だ。彼と、彼との子供が居れば十分『揃っている』。そして子供達がそれぞれの愛する人を連れて来て、やがて孫を見せてくれたなら。それはもう『エルヴァ』とは違う、私だけの人生だ。この人と生きよう。この人と家庭を築こう。そうして毎日忙しくしながら、けど笑いながら子供を育てよう。

 

 お風呂から上がった私達はベッドで心から愛し合った。1回目は指と舌でイカされた後だったので、痛みはなかった。違和感も体位を何度も変えたせいか2回目には消えた。3回目の対面座位で軽くイッて(私はこの体位に弱い)、4回目で気を失った。何と対面で抱えられ、部屋をノシノシと歩かれたのだ。それで奥のいいトコばかり、ズンズンと。きっとバカみたいな声を出していたと思う。気付いたらヨダレがダラダラで情けなかった。

 しかも腰が重くて動けない。3回目の後までしてあげていたお口のお掃除もできなかった。それで頭がふわふわしたまま、彼の腕の中で眠ってしまった。

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