さぁ、いよいよ学園祭当日だ。ホームルームもそこそこに、女子が一斉に更衣室に向かった。仕上げたメイド服に着替えるのだ。だけど私ともう一人の子は違う衣装だ。それは『公立小学校の標準服』だった。面白いもので、これを貸してくれた級友も、こういのを過去に着ていた経験のある人も『制服』とは言わなかった。『標準服』『基準服』『通学服』『奨励服』などなど、色んな呼び名があった。
冬木市のあるこの県での公立小学校は私服が多く、一部『体操服』を『通学服』にしている学校があるだけだったと思う。もしかしたらこういう『服』が決まっている学校もあるかも知れないけれど。少なからず私は知らなかった。そんな風に冬木育ちだと馴染みの薄い『服』だった。
なのでもう一人の子はとても戸惑っていた。だけど我に秘策ありだ。彼女『今西恭子さん』はエスカレーターの内部生でなく、かと言って中等部の入学でもなく、高等部からの受験組だった。だからこうなるような予感がしていたのだ。きっとこれが内部生の女の子なら、『まぁ、仕方ないか』と小学部の制服でも中等部の制服でも割合平気で着るだろう。何故なら、小学部は1学年にたった3クラスしかなく、様々な行事を通じて皆んな仲が良いからだ。そして一貫校での高等部3年生ともなれば。どの子もこの子も、皆んな良いところも悪いところも知っている幼馴染みでもあるのだ。
勿論、ここでの私は転入組だけれど、ほとんどの人の子供時代を知っていた。自然学校(林間学校)での催し物(キャンプファイヤーとは別)で、女の子の服を借りて踊る男の子達も居たし、私も仲間と一緒に男子の制服を借りて歌ったり踊ったりした。賑やかしとはそういうものだ。それに元々変身願望があり、コスプレ好きというのもあった。だからこの日の私は、下着から用意してあって、今西さんの前で堂々と天竺のUネックシャツと、ブリーフ姿を披露した。勿論シャツの下にはスポーツブラを付けている。だけどそれは少女向けのもので高校生が着けるようなものではない。
ちなみに『女の子』としての衣装に合わせるパンツは、お尻の部分に魔法少女のアニメキャラがバッチリだ。こんなのおチビちゃんもクロエちゃんも持っていないだろう。朝っぱらから、使用済みを売ってくれと血走った目で訴えるエルマが怖かったけれど、10万という声にちょっと心が動いている私だ。
それはさておき、用意した白いハイソックスを履き、開襟シャツを羽織ってボタンを留めた。逆ボタンは慣れてしまったけれど、4つしかボタンがないところは試着の時に驚かされた。これが女の子の丸襟ブラウスの方もだ。確か穂群原小学部の夏服は同じ開襟シャツでも5つボタンだった。これもコスト削減だろうか? それとも低学年の子でも着やすいようにだろうか? まぁ、そういう側面もあるにはあると思うけれど、どうやら製造メーカーの違いでしかないようだと判明したのがつい先程だった。自分も他県の公立だけど5つボタンだったと教えてくれる人が居たのだ。
さて、次にカフスを留め(借りたのは冬服だった)、半ズボンを穿き(後ろにゴムが入っている!)、襟のない上着を着て(合わせが男女共用だった)、シャツの襟を出した。髪は既に編み込んである。そこに黄色い通学帽をちょこんと被った。
「アインツベルンさん、夏休み明けの美少年って感じ」
黒いからか。でも、それもお褒めの言葉だ、甘んじて受けよう。
「ほらほら、感心してないで。今西さんもさっさと着替えないと」
午前中は私が『男の子』、今西さんが『女の子』で、午後から交代する。それで男女両方のが用意してあったらしい。ちゃんと聞いておけよ、私。それで着替え終えた私達がぞろぞろと廊下を歩いていると、あちこちから『ウヒョ~』とか『オオ~』とか声が聞こえた。
そこでD組の看板を出していた彼とぱったりあった。ガコンとか看板を自分の足に落としていた。
「コー兄ちゃん、オハヨー! 足、大丈夫か?」
「エ、エルヴァ……?」
「コー兄ちゃん、また今度、剣道教えてよ。コー兄ちゃんみたいに強くなりたいんだ、オレ」
メイド服の仲間は固まり、それ以外の廊下にいた人達は『エエ~!』とか『ウオオオ!』とか歓声を上げた。で、彼はと言えば……。
「何で俺には弟が居ないんだ~~~~~!!!」
私の手を取って魂から叫んでいた。そんな気はした。彼の家族構成、士郎クンへの態度。私がこの役を承諾した理由の一つはこれだった。彼は何だかんだと言いながらも、お兄さん達が大好きなのだ。弟だからと可愛がられ、慈しまれて、守られて来た事も理解している。だからこのままで良いのかと踏ん張り頑張った。それがコーちゃんの原動力だったのだ。
男の子だから、お兄さん達が大好きでも反骨心はある。時には殴り合いの喧嘩もする。それでも最後の最後で『弟だから』で済まされてしまう。お兄さん達が折れて来る。そこが嫌だったそうだ。要は歳の差とか、通すべきスジは通すけれど、最後の最後は男として対等だろうと言いたいのだ。ちょっと女の子には理解し難い面もあるけれど、なんとなくわかる。違うかも知れないけれど、それはきっと『姉のイリヤ』が『エル(私)』に懐いてきた感情と似ていると思えたからだ。
双子なら同い歳だ。ライヴァルとして対等に並んでいるとも言えるし、『姉さんはこれが得意なのか』『『エル』は、こういう部分が上手いな』とか、お互いに認めて譲れてしまう。それは私達が女の子だからかも知れないけれど。だけど、男の子だと、ましてやホンの少しの歳の差があると、難しいところがあるみたい。
で、それに対するの反動もあるわけだ。『吉川先輩』と親しげに、そういうそこらの高校生ではしないような心理的・メンタル的な相談をしてくる後輩。そいつは武の道がわかっていると認めた相手。しかも好きになった彼女の弟分だ。だからより親密になった。そして士郎クンにしても『尊敬している』と憚らない。それが士郎クンによる『フンボルト殴打事件』の、原因であり真相だった。
『中庭に行けば焼きそばを焼いてるよ』とは吉川クンに言えない。弟は桜ちゃんとラブラブで、今の中庭は鉄板より熱いのだ。お昼は売り上げに貢献してあげたいが、邪魔はしたくない。難しいところだ。喫茶の用意は仲間に任せ、私と今西さんはランドセルを背負い、プラカードを掲げて呼び込みに奮闘するべく校舎外へ出た。
「我がアインツベルンは完璧ではないか」
双眼鏡片手にメイド服姿で、校門付近で客引きをしているお姉様をウォッチングする私だ。
「エルマって、ああいう格好が似合うよね?」
「ね。お人形さんみたいだもの。本当、エプロンドレスが似合う」
「この衣装のまま、コンテストに勝てるんじゃない?」
「どうだろ。隣のクラスからまったく同じ顔の子が出るからね」
「票がそこで割れるよね?」
「こんな中で間桐さん、よく引き受けたよね?」
「彼女は勝ち負け関係ないのよ。衛宮先輩に晴れ姿を見て貰えればOKだから」
「三日間、ずっと中庭で弓道部の屋台だもんね?」
外野が煩いな。だけど桜と士郎さんも、知名度こそ低いが今となっては公認の仲だ。だから桜にこっちはいいからと皆んなして送り出している。二人の仲は女子のみならず男子まで応援していた。それが1-Dだった。
(オルテガ、マッシュ、手筈は?)
〈誰がオルテガで誰がマッシュですか。順調は順調ですが、エルマ様。完璧紺碧にバレていますよ?〉
(相手はお姉様です。当然でしょう。これは言わばサービスショット。真の目的は『もう一人のお姉様』を確実に撮影する事です)
『基底のザイード』、『迅速のマクール』、『怪腕のゴズール』。頼もしきわが精鋭よ、失敗は許されんぞ。あ、私のアサシンズは二組居て、お姉様担当は第五次での仲間、もう一人のお姉様担当は第四次での仲間だ。どっちが優れどっちが劣ってるとか別にない。だから別け隔ても贔屓もしていない。だけど『エル様』のセイバーとお姉様のセイバーが違うように、微妙に二組は違っていた。これが中心となるリーダーの個性の差なら、セイバーさん達みたいなものだからまだわかる。ところが分裂した個性までが微妙に違うのだ。
例えば『基底のザイード』だ。彼は10人前後居るサブ・リーダー格でもないのに大本のハサンとかなり近い位置にある人格だった。何でも最初に分裂した人格の一人なのだとか。だから、言ってみれば『ヒラ』だ。なのに大本のハサンは彼を大切に考えて『基底』と名付けた。そしてザイードは侵入と脱出が得意だった。彼と入れ替わる事で、ハサン全体が何度も助かって来たのだ。
(それでホテルへの侵入は?)
〈成功しています。部屋は留守なら入れますが、いらっしゃる場合はやはり無理ですね〉
私はそれまで自分で召喚した第五次の仲間をよく使っていた。事実彼らは『間桐マコト』だけに留まらず、これまでにたくさんの有益な諜報活動を行ってくれた。だからその信頼は揺るぎない。ところが第四次のザイードは、お姉様の部屋への侵入に成功した。スクール水着も青い3年生用のブルマも彼の戦利品だったのだ。
〈やはり、あの方もエルヴァ殿ですね〉
(まったくです。それはともかく。10時にこちらのお姉様は、あの衣装のまま3-Dで演奏です。撮り零しのないよう願いますよ)
〈ハッ。お任せあれ〉
「いらっしゃいませ~。ようこそ1-Dの紅茶館へ」
念話での業務連絡を終えた私は、笑顔でお客様第一号をお迎えした。現在9時5分。体育館でのオープニングは9時20分からだ。お姉様だけではない。凛さんもルヴィアさんも客引きに既に出ている。しかもあの二人はお姉様の発案通り、1年の階で2-Aの展示を行う。そしてその展示内容の濃さ、小冊子の出来などから、最終日に選ばれる『最優秀クラス賞』は堅いとの噂が既に飛び交っていた。学年が上の人ほどこんな風に行動が早く濃い。私達も負けていられない。
朝早く登校して、先輩方と視聴覚室へ搬入した機材をチェックした。その時にメンバーの先輩からこう言われたのだ。
『緊張して欲しくなかったので今まで黙っていたが、私らの出番は最終日の体育館だ』
伝統のあるバンドだしメインステージはある程度予測していた。なので驚きは少ない。だけど視聴覚室での演奏は?
『それは明日の午後。だから今日1日はクラスの方を手伝うなり、見学するなり自由だから』
という訳で視聴覚室から1-Eの教室に戻った私は最後の準備を手伝っていた。明日の午後の占い担当を午前の人と代わって貰う約束を取り付け、皆んなで体育館に向かった。オープニングに参加するためだ。辺りを見るとビラを持った人が多い。皆んなオープニング後にお客を喚ぶためのビラを配るのだろう。
9時20分。司会の人の紹介で登壇していた学園長が、マイクに向かって学園祭開始宣言をした。そして吹奏楽部の演奏がジャンと始まった。いよいよだ。
演奏が終わり、体育館から人が移動した。ビラの係は既に外で並んでいる。きっと演奏途中で外に出て、待機していたのだ。そんな中に姉さんが居た。小学生のコスプレをするとは聞いていたが、男の子の恰好なんだ? しかも地面に置いたランドセルからビラを出している。相変わらず効率的かつ合理的な人だ。しかもニッコリとビラを渡され、『10時から3-Dで演奏ですよ。見に来て下さいね』と耳打ちされた。
「トロンメル。エルヴァ先輩、凄いね?」
「恥ずかしくないのかな?」
「姉さんは、盛り上げるためなら何でもするよ。それにああいう度胸がないと全国で成績を残せないでしょう?」
「そうだよね。やっぱり凄い人だな」
「女の子の役はお友達かな? あの人も勇気あるなぁ」
「きっと姉さんに引っ張られたんだと思う。姉さんの側にいると、皆んなああなるんだよ」
「それ言える。1-Dも凄いよね? 皆んな本物のメイド服だって」
「え~? どうやって揃えたの?」
「エルマさんがどこかかから借りてきたんだって。そういうのもエルヴァ先輩の影響かな?」
「間違いないよ。エルマは姉さん大好きっ子だから」
そんな事を話しながら、私達はビラ配りを交代した。1-Eはジャンケンでオープニングに参加しない先発隊と、参加する後発隊とでわかれていたのだ。姉さんのスケジュールはエルマに聞けば一発だった。だから姉さんに言われずともビラを撒き終えれば3-Dに向かう予定だった。
そのエルマは既にアサシンを配置して、3-Dを張っている事だろう。保護者のフリをさせてビデオを回すのも間違いない。だけど本人は見に来ないのかな? そう思ったのは、1-Dが既にお客が入って忙しそうだったからだ。
腰のだるさを我慢してノソノソ起きれば、横のフンボルトが立てないと情けない声を出していた。張り切り過ぎだ。
「朝食、どうします?」
「悪い、君だけ行って来て。僕はもう少し休むよ」
「お医者さん喚ぶ?」
「いや、いいよ。昨夜頑張りすぎただけさ。痛みがないのでぎっくり腰でもないみたいだから。大丈夫だよ。だるくて重いだけなんだ。君だけでも食べておいで」
仕方なく身嗜みを整えた私は、一人で廊下に出た。隣の部屋の前にはリンさんしか居ない。
「おはようございます。シロウさんは?」
「ここだけの話し。腰がダルいんだって。フンボルトも?」
私はコクンと頷いた。
「何回?」
聞くの? それ?
「よ、4回です……」
「シロウが勝ったわね。6回だったわ」
「お、おかしいんじゃないですか?」
「何言ってんの? 手で1回、口で2回。計9回は出してるわよ、アイツ」
「何、その無限の性欲?!」
「そんなだから、まともに相手してたら、こっちの身が保たないのよ」
恐るべし『衛宮士郎』。士郎クンもそうなのか? 桜ちゃん、身体が保つのか? 大丈夫なのか?
「だから口や手で調整すんの。それとラスト、一緒にイケるように」
さり気なく話しているが、もの凄い高度なテクニックではないか?
「ただ、昨夜はちょっとズレてね。最後のタイミングが合わなくて。射精するまでたっぷり40分は掛かったかな? けど、その分私は大満足だったけれどね」
そりゃ性欲オバケも腰を痛めるわ……。リンさんは最後(9回目)勃たすために、あの手この手を使ったと赤裸々に話してくれた。彼女、私が初々しいと言って、こんな具合に何でも話してくれる。聞きたくないような、聞いておかないといけないような、実に複雑な気分だ。ちなみにリンさんは後背位が好きなのだそうだ。後ろからガンガン突かれながら、空いた手でクリ◯リスを撫でられると直ぐにイクと、廊下なのにバンバン話している。勿論、ドイツ語でだけど。
「どうやって、そんな9回も元気に?」
恥ずかしながらも、ついつい聞いてしまう私だ。
「先にお風呂に入るでしょう?」
「はい」
「なら、竿や玉を刺激しながら、お尻の穴をね?」
ウソでしょ!? あ……倫敦で『エル』にやられていた……。いや、待て。知識を動員しろ。男性には前立腺という器官がある。ここを刺激すれば元気になる可能性があるのはわかる。実際にそれが性的刺激として快感を得られるかどうかは、慣れというか訓練が必要だというのも想像できる。だけど穴への刺激って『オヒョウ~』となるだけではないのか? ウォシュレットもそうでしょう?
「そんな事はないわよ。あそこも慣れればまた別の快感があるものなのよ」
ウッ……。『エル』は何で私のを舐めた? それはお返しが欲しかったから? つまりアイツはそういう刺激を知っていたって事か……あの変態め。
いや、そもそも私はフンボルトの味をお掃除でこそ体験しているが(私のイヤラシイ匂い付き)、まだ口で受け止めた事がない。なのに『エル』のは2回も受け止め、飲まされている……何なんだ、私は。
「リンさん、まさか?」
「うん? 私、後ろの処女、シロウに捧げたわよ? ただ感染症が怖いからゴムが必要なのと、洗浄が必須だからね。なので滅多にしないけれど」
「痛くないんですか?」
「ローションがあるでしょう」
この人、凄い……。私はフンボルトのなんて絶対に入らない。お尻が壊れる。だってあそこは赤ちゃんが通るから、まだわかるけれど、お尻は無理でしょう? そんなぶっとい◯◯コをした事もない。というか腸の変なところに届きそうだ。
「あ、でも今のあなたならあれがイケるか」
「あれ? あれって?」
「決まっているでしょう? コスプレ。男って好きだからね。セーラー服とか何度か着てあげたわ。加減が難しいところだけど」
「加減?」
「あんまりしょっちゅうやるとね、刺激が弱くなるみたいなの。コスプレはたまにやるから良いのよ」
ふむ、それは言えるかも……。
「で、最後の手段で穂群原の制服よ。これが学園時代を思い出させて燃えんのよ~。残念ながら自分が現役だった頃のは、胸がキツくなって着れなくなったんだけどね。エルヴァ、アンタまだ若いんだから、一度試してみれば?」
試せよって言われても、私は一着も持っていない。全部『エルヴァ』のだ。それはそれとしてリンさんの言っている事はわかる。けれどそれって、文化というか背景を共有していないとダメなんじゃないか? 仮に私がセーラー服を着ても、フンボルトには少し変わったマリーン・ルックにしか見えないと思う。穂群原のには興味があるだろうけど、どんな学生だったとか、学園でどういう風に過ごしたとか、そういうお話で終わりそうだ。
私もコスプレ好きだから、周囲がどう受け止めるのか想像できてしまう。リンさん、それはシロウさんにしか通用しませんよ。
そんな性欲オバケなシロウさんでもダメダメな日はあるらしい。それでも2回はするそうだから大したものだ。だけどそうなるとリンさんが物足りない。そこで玩具だという。
来たか。『エル』のあれもそこからだもんね。だけど私は抵抗感があるなぁ。好きな人だから良いんであって。
「ホントに初々しいわね。要は相手が醒めているのに自分だけイクのが恥ずかしいんでしょう? そんなの慣れだって。そういうシチュエーションも、また刺激なのよ。本当に信頼しあっていたら、気にならないものよ。あなたの全部を知っている、私の全部を見せた。綺麗なトコも汚いトコもお互い知っている。そこが信頼よ?」
う~ん……説得力あるなぁ。でも、フンボルトの前だと可愛い女の子で居たい。
「それも良いと思うけど。今だけよ。前戯になるならオ◯ニーの見せ合いっこもするし、お風呂場で互いに手を当ててオ◯ッコした事もあるわ」
変態か!?
「それもタイプでしょう? スカ◯ロまで行かなきゃ、私はアリだと思うわよ。ちなみに私の野望は、いつかアイツをディ◯ドーで掘ってやる事よ」
何言ってんだ、この人?! だけどリンさんはこんな事を告白してくれた。
「私さ、歪んでんのは自覚あるの」
「え?」
「これね、後ろめたさから来てるのよ」
「後ろめたさ?」
「うん。私、シロウが二人目だったの」
ええっ?
「か、彼氏がシロウさんの前に?」
「彼氏じゃないわ。魔力供給よ」
「へ? リンさんのサーヴァントって、お兄ちゃんじゃないアーチャーですよね?」
「そう。バカでしょ? 瀕死のサーヴァントから魔力を奪ってどうすんだって。初めてで痛かったのに、アホだわ私」
うわあぁ~~。こんな『遠坂凛』も居るんだ……?
「うっかり?」
「いや、無知だっただけ」
「あ。それもあっての後ろ?」
「そう。シロウがアーチャーと見れば突っ掛かるのは、そこもあるのよ」
同族嫌悪に、処女権というか初夜権も絡んでいたのか……。
「それでシロウで魔力供給をしっかり学びたいのよ」
で、魔道には真摯であると……。質問しても答えは明白だ。『私にチャンスがなくても、子孫には残せるでしょう?』だ。間違いない。
「おはよう」
「おはようございます」
お兄ちゃんと凜も出て来たので、挨拶を交わし話題はそこでスパッと終わった(当然、二人は別の部屋)。ヴァイキング会場で、私は『ひじき』と『鯖の塩焼』『大根おろし』『だし巻き』それと『納豆』を取った。凜は『ほうれん草のお浸し』『鮭の塩焼』『だし巻き』『納豆』に『梅干し』だ。お兄ちゃんも和食で、『鯖の塩焼』と『鮭の塩焼』の両方を取っていた。リンさんはクロワッサンと紅茶だ。
「アーチャーって塩焼きが好きなの?」
さっきの話が頭に残っているから、リンさんとお兄ちゃんの会話についつい聞き耳を立ててしまう。
「ああ。元はシロウだぞ? 和食は大好きだし、何より自分で作らん朝飯ほど美味いものはない」
「あ~……。私なんだか、自分のアーチャーに申し訳なくなって来た……」
「食わんのだろ?」
「そう。人のことばっかりで。あなたは?」
「リンと一緒にバクバク食べていたな。どうせ、どこぞの『衛宮士郎』の金だったからな」
お兄ちゃんはこういう人だ。直接『衛宮士郎』に当たる事はないが、間接的にイジワルはする。
「あなたも大概ね?」
「何を言う。並行世界は広いぞ? 『衛宮士郎』に、これ以上食われると破産するから、どこかで食べて来いと言われたセイバーが居てな」
「は? それでどうしたの?」
「毎朝、桜がタダ飯を食っている、その分を取り返す権利があると間桐に乗り込んだ」
「え?」
「鉢合わせしたライダーをその場で斬り、ライダーのマスターだと勘違いして臓硯を斬り、米を30kgだったか、担いで帰ってきた」
「は? それって泥棒じゃない!」
「しかもその世界の臓硯は、桜の心臓にたまたま居なかった。そういう事もあるのだなと呆れたよ」
リンさんが金魚のように口をパクパクさせる中で凜が笑っていた。その世界に修行時代の凜が先生と行っていて、お兄ちゃんのお話しは、その凜が語ってくれた思い出だったのだ。そしてそのセイバーは『エルヴァ(私)』のセイバーの過去である可能性があった。確信が無かったのでセイバー本人には話していないが、似た体験の記憶を彼女は持っていた。つまり座が同じの分霊同士の可能性もあったのだ。
ともあれその事件は二日目だか三日目で、あっという間に桜ちゃんを救けちゃった。しかも皆んなで向かったアインツベルンの森で、バーサーカーと一触即発状態なのに、『キリツグが裏切った』というイリヤスフィールの一言でセイバーが大いに賛同。二人して延々と『衛宮切嗣』の悪口を言い合い、意気投合したという。
そしてそれが功を奏したのか、その士郎クンは『親父がおかしいのか』と疑問を生じ、『正義の味方』にも疑念を抱くようになったとか。先生と凜の活躍で、イリヤスフィールの小聖杯を一時的に封印。その後、心臓を乗り込んだドイツで入れ替えさせ、延命処置もしたそうな。今は姉弟で仲良く暮らしているらしい。
「本ッ当に、そんな事ってあるのね?」
「ありますよ。私が中1の頃のお話ですが」
「待って……その先生って? 宝石翁?」
「あ」
久々に見た。珍しい凜の『うっかり』だった。結局、凜は先生の正体とその夫の物語、『エル』との関係などを白状した。そして私は記憶にない、第四次聖杯戦争の一部を知ることになった。
『エルヴァ』に教えるべきか迷ったが、ちらりと見たお兄ちゃんが首を横に振っていたので胸の裡に収めておいた。
その後、ごちそうさまをして部屋に戻るとフンボルトが起きていた。
「大丈夫?」
「ごめんね。心配を掛けたけれど、もう歩けるよ」
少しへっぴり腰だ。大丈夫かなぁ?
「大丈夫、大丈夫。シャワーで腰を温めたから。学園祭に行くんでしょう? エルヴァもシャワーを浴びてきなよ」
それで私は言われるままにシャワーを浴びた。歯を磨き、髪を乾かして、服を着てから髪を梳いた。その時にピ~ンと来た。彼と共通の背景や文化。セクシーな下着や、バイエルンの民族衣装なんてどうだろう? そしてハタと我に返った。私を持ち上げたからだと思うけれど、4回でも腰が重いという彼に何を求めているのだと。一緒に居て話し合うだけでも幸せなのに、よっぽどあの絶頂が忘れられないらしい。女の体って……いや、私って何だ……?
そこでふと考えた。『エルヴァ』はどうなんだろう? って。きっと彼女はキスくらいしかしていないと思う。それは二人の立場を置き換えればわかる。彼女と彼はお互い学生だし、何より二人とも学園内では真面目で通っている。そして高等部には凛やルヴィアにエルマが居る。トロンメルが今一つわからないが、ともかく彼女達の規範となる行動を執らなければならないと感じているはずだ。また、校舎は違うけれど学園内には、おチビちゃんもクロエちゃんも居る。となると、姉として情けない姿は晒せないし、ヘンな噂になるような真似もできない。
ちらりとテレビを観ているフンボルトに視線をやった。もしフンボルトが同い歳で、同じ学園生だったら、ここまでの関係なるにはまだまだ時間が必要だったに違いない。つまり『エルヴァ』と吉川クンはそれ以上だ。しがらみが多過ぎる。彼女、このまま吉川クンと続いても初夜まで経験ナシの可能性がある。その前に時計塔の事とかどうするんだろう?
こういう風に離れて考えてみれば、彼女の方が色んな意味で大変だとわかる。吉川クンには魔術師であると明かすのだろうか? 仮に秘密を守って貰えても、そういう神秘があり、そういう存在があるとは中々信じては貰えないだろう。ハァ~~~、フンボルトで良かった~~~。
用意を済ませ、リンさんに声を掛けたら、シロウさんがまだ駄目らしい。それと凜と話し足りないらしく、残るという。捕まった凜はお気の毒だけれど、凜も凜で大勢の前で『櫂』を演じるのは厳しいらしく、最初から残る積もりだったとか。それならばと、私とフンボルトは行って来ますと留守番組を残してバス停に向かった。
ここから学園までは、系統さえ間違えなければ終点まで乗り換えなしだ。程なくやって来たバスに乗り込み、私達は出発した。バスはそう混んでいなかった。だけどイスが空いている程でもない。腰の重そうな彼には、漸く空いた席に座って貰ったけれど、お年寄りにサッサと譲ってしまった。それで言葉も通じないのに、席を譲ったお婆ちゃんと楽しそうに話している。そうだった、彼はお祖母様との二人暮らしだった。
「あらあら、これはご親切にありがとうね。けど外人さん、背が高いね? 彼女さんとデート? 別嬪さんだね。お似合いだよ。わかる? お似合いだって」
絶対通じてないが、フンボルトはニコニコだった。そして私を指差し……。
「ステディになったのは最近ですが、僕は彼女を心から愛しています。お婆ちゃん、僕達を祝福して下さい」
なんて返していた。私は感心した。きっと彼は旅先でこんな『プチ奇跡』をいつも起こしているのだろう。そうして深山町に入って直ぐのバス停で、頭を下げながら降りていくお婆ちゃんに手を振った。バスの中がほっこりしている。
「ありがとね、親切な外人のお兄さん。彼女を大切にね」
「勿論です。お婆ちゃんもお元気で」
日本語とドイツ語だよ? 私、別嬪とか言われて恥ずかしかったので通訳していないのだ。なのにこれは……。
「フンボルト? 日本語がわかるの?」
「いや、全然」
「でも、さっきのお婆ちゃんとの会話。大体合ってましたよ?」
「あ、合ってた? 良かった。そういう気がね、したんだよ」
「どういう?」
「お婆ちゃんの優しい目。その目がそう語っていたんだ。君の事、可愛い子だね、大切にしなよって言ってなかった?」
「それも大体合っています。お似合いだねって」
「そう。良かった」
私はこの後、彼と歩む人生で思い出せないほどたくさんの『プチ奇跡』を体験するのだった。だけど今は、ただただ感心していた。そしてフンボルトとの未来にワクワクしていた。
終点の『学園前』で降りて、正門の方へ歩いた。学園祭の看板が大々的に立っていた。バッグから2枚のチケットを取り出し、受付に見せ、名標の『3年A組アインツベルン』の横にチェックを二つ入れた。私とフンボルトの分だ。そのチェックの部分にある来場予定人数を見て驚いた。お母様、家族を20人って申請したの……?
それに既にチェックが一つあった。一人だけの先客って誰だ? 手荷物検査を済ませてパンフレットを受け取った。顔を知っている生徒会の人が居るが、認識阻害を掛けているので気付かれない。懐かしい校舎を見れば、飾り付けとは別に屋上から垂れ幕が掛かっていた。
『祝 インターハイ優勝 弓道女子遠的個人 3-A エルヴァ・フォン・アインツベルンさん』
胸が盛大に痛くなった。と同時に『さすがだな』と思った。フンボルトに気取られないよう、校舎に向かって歩いた。下足室で靴を脱ぎ、持参した簡易スリッパに履き替えた。脱いだ靴はバッグから取り出したレジ袋に入れた。スッと私の分の袋も持ってくれるフンボルト。こういうところがヨーロッパ人だ。
最初は2階の1年生から見ていこうと考えていたら、その1年生達がこんな事を言っていた。
「急げ、始まるぞ! 3-Dの演奏」
「待ってくれよ~」
「何なの?」
「知らないの? 剣道部の吉川先輩のところへエルヴァ先輩が応援に入って。二人で演奏するのよ」
え? っとなって、フンボルトの腕を引いて、私達も4階に上がった。3-Dの教室の前にとんでもない人集りが出来ている。演奏は既に始まっているようで、彼女の歌声が聞こえた。自分の声を客観的に聞くと、こう聞こえるのかと少し新鮮だ。
「見えた。キーボードを弾きながら歌っているよ。横でギターで伴奏しているのが彼だね」
私の身長じゃ全然見えないので、彼に断って目を借りた。そういう仲なのでパスはバッチリだ。見えた。彼女、何だあの格好? どこかの小学校の男の子の服? 黄帽を被って黒いランドセルまで背負っている。ソプラノだけなら、まるで少年合唱団だ……だけど彼女は曲に合わせて音域をどんどん変えていた。
曲は洋楽あり最近のヒット曲もありで、デュエットもあった。吉川クン、こんなに上手いんだ? 全然知らなかった。これは昨日今日の腕じゃない。もっと以前から、弾き慣れ、歌い慣れている人の腕前だ。そうか……もう『エルヴァ』と私は別人だ。それが実感としてわかった。だけど廊下の窓から見ているので遠い。だから再びフンボルトに断って視力を強化してみた。
「おお、視力強化か。強化した目を通してものを見るとこうなるんだね。初めて体験したよ。凄いね~」
数曲終わったところで、彼女がマイクを通してこんな話をした。
「皆さんにも大切なお友達が居ると思います。私もそうです。いつも一緒に居たはずなのに、離れ離れにならなければならない時もあります。そんな友人に贈ります。聞いて下さい、『Carole King』の『You've Got A Friend』」
上手かった。エルマのために歌ってあげたっけ……。気配でわかっていたのだろう。彼女は今、私のために歌ってくれている。私はフンボルトの腕を抱いて、彼女とデュエットするかのように小さく呟いていた。彼がそっと私の手を握ってくれる。
(ありがとう、『エルヴァ』。ちゃんと伝わった。だけど、もう大丈夫。私にはフンボルトが居るから……)
そこから吉川クンと2曲ほど演って、最後の曲ですと『Simon & Garfunkel』の『Bridge Over Troubled Water』を演奏した。たぶんこれが本来のハイライト。『You've Got A Friend』は彼女の思い付きだ。だって吉川クンと楽しみたいはずなのに、ここでも彼女がシンセをピアノの音色にして一人で弾き語っていたからだ。それも抑制の効いた、『Central Park』での歌い方だ。徐々にその抑制を取り外ずし、チラチラッと吉川クンを見ている。そして最後は祈るように歌い終わった。この曲は彼に贈ったのだろう。
『どんな荒波があってもびくともしない橋のように、私があなたを支えよう』
途中で歌詞を替えていたのだ。英語のヒアリングができる人でも歌詞を替えた事まではわからないだろう。だけど教室も廊下も割れんばかりの拍手だった。フンボルトも思いっきり手を叩いていた。勿論私もだ。そこで上に掛かった看板がやっと目に止まった。ここ、フリッツ屋さんなんだ?
私は出ていく彼女に黙礼した。彼女も黙礼を返してくれた。何も話さなくとも彼女の気持ちがわかったし、私の気持ちも伝わった筈だ。廊下を去っていく半ズボンでランドセルの彼女。本当に小学生の男の子用なんだ?
そこで私はギョッとした。教室から懐かしい気配が出て来たのだ。一人はエーデルフェルトのメイド服に身を包んだエルマ。もう一人はトロンメル。二人は前側の扉から出て行った。私に気付いているようだが、敢えて無視してくれているのがわかる。そしてトロンメルと同じ制服姿のセイバーが私達が立つ後ろ側の扉から出て来た。なのでこれは不味いと、認識阻害を強くした。いや、待って。私の知るセイバーはその後ろだ。秋らしい、『エルヴァ』が選んだであろう素敵な服で歩いている。間違いない。パスを塞がないと見付かると慌てるくらい、私と彼女には太いパスが残っている。だけど制服姿のセイバーとは何の感触もない。あの子は誰だ? 私は唖然としながら、仲良く歩き去る二人のセイバーを見送った。
「モードレッドに似ているね? 君の元サーヴァント?」
「ええ……。掛け替えのない友人す。校内ですと人の目が多いですし、万一にも『エルヴァ』に迷惑を掛けられません。なので認識阻害を強くして、パスも塞いでいました」
「そうか……」
私の気持ちを汲んで、手を強く握ってくれた。
「二人居たけど?」
「私服の子が友人です。もう一人は誰でしょう? 知っているセイバーより若そうに感じますし、ああいう髪型も珍しいです。あの子、あんな大きなリボンで髪を括ったりしないタイプですから」
「似合っていたよ?」
「ね? そう考えて括ってあげようとしたら、恥ずかしいからヤメて欲しいと言われました」
「あ~。それで別人と?」
「はい。それとパスの痕跡が何もないからです。本当に誰だろう?」
あのセイバーが、おチビちゃんが『夢幻召喚(インストール)』した時のセイバーと同じだというのは直ぐにわかった。勿論、彼女の座にカードが繋がっているかどうか確証はない。だけど現実に目の前を歩いていた。どうやったら喚べるのだろうかと『エル』と話した記憶さえある。それくらい召喚が難しいものだと考えていた。『エルヴァ』がそれを見付けたのだろうか。いや、それならパスの感触が私にもあった筈だ。エルマかトロンメル? その線はありそうだ。
だけどあの子は、私のセイバーの過去ではない。それも直ぐにわかった。どのセイバーの過去なのだろう。それにどうして穂群原の制服を? コスプレだとしても、当の学園でそんなのするだろうか?
「エルヴァ、おいで。フリッツ、食べないか?」
「あ、頂きます」
それでお客の引いた教室に入った。フンボルトは大胆にも吉川クンからフリッツを受け取っていた。いくら認識阻害を掛けていても、吉川クンの側に行くのは気が引けた。『彼女』が好きになった人。フンボルトとほとんど身長が変わらない。やっぱり背が高い方が良いという好みがあったのだろうか? 今まで自覚がなかったけれど。と言うのは、『姉のイリヤ』がそうなのだ。彼女もやはり『イリヤスフィール』なだけあって、背が高く大きな男性が好みと話していたのだ。また姉さん(英霊のイリヤ)もそうだった。対する私は、しっかりご飯を食べる人が好みだ。そしてフンボルトは大食いではないけれど、しっかり食べる人だった。鶏皮塩以外は。
フリッツはジャガイモに専用の品種を使い、二度揚げしてあるのだが、こちらは業務用のカットポテトを二度揚げしてあった。適度に水分が抜けた冷凍ものの方がカラッと揚がるのは本当だ。だけどこれはフリッツとは言わないなぁ。言わないけど。それと明太マヨや七味マヨって……スルメか。意外と合うので驚くが。
「姉さんに会いたいな……」
そんな事を無意識で呟いてしまった。
「ここに居るわよ」
へ? それはドイツ語だった。頭の上から聞こえたので驚いた。
振り向くとイスの後ろに姉さんが立っていた。泣きそうになる私に『今は我慢』と念話で語り、私の手を引きながらフンボルトを促していた。フリッツを持って階段の踊り場にに行った。
「姉さん!」
「うん。元気にしていた? スイス以来だね。直ぐに会えると思っていたらロシアの調査が始まっちゃうし。あなたとエルの事、ずっと気になっていたの。エルは?」
「来ていません。スイスに戻りました」
「まさか、ケンカしちゃった?」
「いいえ。私、仕事の関係で今アメリカなんですよ」
「あぁ~そうだったんだ。彼は?」
「え~と……。私の……恋人です」
「ハァ~~、あっちもこっちもね。けれど、それが普通の18歳よね」
姉さんの享年は18歳だった。
「姉さんはお一人?」
「うん。『巫女のイリヤ』達やお母様達は明日なの。私は暇だったし、どういうのかなって、先に偵察よ」
「ああ、それで受付に一人分チェックが……」
「それ、アルトリアだわ。私、面倒くさいので霊体化して入ったから」
は? アルトリア……セイバーでなく? あの子の事だろうか?
「学生服のセイバー、見なかった?」
「それです。彼女は?」
それで教えて貰った。姉さんと『エル』や先生が行った世界だ。もう一人の『ちぃ姉さん』を連れ帰った世界でもある。何とあのセイバーは、そこから『エル』が連れ帰った、彼女の新しいサーヴァントなのだった。そしてどうやって喚び出されたのか、『エル』の推測も教えてくれた。そしてお父さんがアサシンだったとも。
「可能性としてはあるのか……」
「『エル』は奇跡に奇跡を重ねたような存在だと言っていたけどね」
ちなみにこの会話は全部ドイツ語なのでフンボルトも聞いている。だけど彼は魔術師ではなくても、魔術回路とある程度の知識は持っている。だから漏洩にはならない。だけどちょっと複雑な顔だった。まぁ、求愛した女の子が『A』でなく『A'』で、その『A』の大元は『A~Z』の何でもアリだったワケだし、そこにセイバーやお父さんまで別存在が居たとか聞くと頭も痛くなるだろう。現に私の頭も痛い。お腹もシクシクして来た。
なので慌ててトイレに入った。ナプキンはカバンに入っている。だけどやっぱり生理じゃなかった。このシクシクは精神的なものと、昨夜のだるさが残っているからだ。排卵予定日はまだ先だし、ロシアで周期をズラした分、きちんと基礎体温はチェックしていた。
ついでだからと小用を足して思った。大学に行きたい理由って何だろう? お母様に学校は出てと言われたからだ。家庭教師の先生とも長いこと会っていないが、課題はメールで送って頂き、アメリカでもずっと解いていた。だけどそれも惰性だ。それよりも彼と早く結婚したいと思う自分が居る。だからいっその事、できちゃっても良いかなとすら思ってしまう。私ってこんな子だったっけ? 『お待たせ』と二人に合流すればフンボルトが少し精悍な顔つきだった。
「どうしたの?」
「君を、宜しくって」
「ええ、妹を頼むわねって」
ああ。姉さんを見ればとても優しい顔で微笑んでいた。その顔はお母様にも似ているし、ユスティーツァ様にも似ていた。
この後、3人で4階から催し物を見て回った。A組の教室はガラガラで、A組はF組の向こうでお店を開いていた。だから『彼女』はD組から逆方向に出ていったのか。お店は喫茶店だった。コーヒーの良い香りがする。中では見知った人達が手作りのメイド服で接客していた。そんな中に……え? あのロリっ子は『今西恭子さん』?! そっか『エルヴァ』とペアで。あの格好は、ここでの賑やかしなんだ。
「面白そうね。入ろうよ? 私も認識阻害を張ってあげるから」
それで3人で入った。だけど『エルヴァ』にはバレバレだった。
〈バレバレも何も、姉さんもフンボルト君も素のままですよ?〉
あ。
〈追い出したりしませんよ。聞いて下さい。私はあなたに謝りたかった〉
(え?)
〈辛い思いを押し付けてしまって……〉
(ですが、それはあなたのせいではありません)
〈ええ。『エル』のせいです。そしてきっと今の私達にはわからない、大きな意味のある事なのでしょう〉
(はい。それにもう大丈夫です。彼が居ますから)
〈みたいですね。ここのフンボルト君はかなり違う?〉
(ええ、違います。『エルヴァ』?)
〈ん?〉
(私、フンボルトと出会えて幸せです。必ず結婚してもっともっと幸せになります。だから……大丈夫ですよ)
〈……良かった。応援していますね〉
(はい)
きっとこれが『ケジメ』だった。胸のつかえが全部取れた。そしてコーヒーは随分美味しかった。
『ありがとうございました』という『彼女』と元級友達の声で送り出された私達は、次に3階を回った。今年の2年生は凄い。E組F組合同の、自分達の教室に空き教室と廊下まで使った迷路が本当に面白い。
「やるわね」
「学生とは思えませんね?」
「うん、凝っていて素晴らしいよ。日本人だなぁ」
お化け屋敷じゃないから明るいけれど、迷路が本当に上手くできていて、どこを歩いているのかわからなくなるのだ。そんなバカなと言いたいところだが実に巧妙だ。それは廊下の使い方と、凝った遮光、それと壁の配色にある。まず、教室の扉が外されているのだろう、ダンボールや模造紙でできた壁、それと床に敷き詰めたダンボールなどで、教室なのか廊下なの段々わからなくなる。足の感触を封殺しているのだ。
そしてダンボールの質の違いを模造紙が上手く隠している。また塗った色のトーンが異なる境目をわざと教室内に作ったり、廊下の一部と勘違いさせるように直線にしたりしていた。なんとなくの方角も、覚えていられるのは一教室目まで。オマケに太陽の位置がわからなくなるように、窓にトレーシングペーパーが貼られているようだった。それも太陽と反対側が明るくなるように三重にも四重にも重ねたりしてあるようだ。これが色を塗ったダンボールで遮られ、カンを狂わせる。要は足元に広がる『窓からの光』はどこから射している? そしてそれは本当に太陽か? こういう工夫がされているのだ。しかも出口は廊下の端の奥の階段になる。有効面積を目一杯使っている。
「中は迷路だったけど、全体で見れば迷宮なんだね」
そうだ、そうなる。本当によく考えてある。
「迷いに迷って最後は正解にたどり着く。そんなものなのよ、エルヴァ?」
あ。私は姉さんの顔をまじまじと見、次いでフンボルトの顔を見た。
「あれ? 降りちゃったら、残りが見られないよ?」
そうだ、ここは2階で1年生だ中央階段で戻るしかない。迷路は圧倒的に面白かったけれど、一部一方通行になるのはどうなんだろう? だけど階段を塞いではいない。だから許可が出たんだろうね。それで3人で中央階段に向かえば、途中の教室に2-Aの出し物があった。
上手い。凛のアイデア? 動線を考えてここに移動許可を貰ったんだ。中はあれだな。『ファーストネーションズ』の研究発表だ。おお、思ったよりお客が多い。凛もルヴィアも忙しそうだ。私は姉さんに霊体化して貰った。それでフンボルトにも認識阻害を強めた。これで気付かれずに見学できる。じっくり見れば1時間は掛かるだろう。だけど日本語が読めないフンボルトが気の毒だ。なので10分くらいで2-Aを出た。何かクイズみたいなのがあったみたいだけれど、用紙がなかったので参加しなかった。
そして中央階段を上って3階に戻った。今度はD組から見ていった。やっぱり2年生が頑張っている。3年生は慣れているが、同時に受験などがあるから、最後の学園祭だ燃えるぞという人と、もう良いよと適度に肩の力を抜く人が混在する。だから毎年どのクラスもまったりしているものだ(今年で楽しめるのは、A組とD組くらい?)。
ところが2年生は迷路のE組F組もそうだが、D組の自家製プラネタリウム、C組の夜店、B組のたこ焼き&ソースせんべいなども結託しているとしか思えない。おまけにC組の夜の演出がお見事。パッと入るとイカ釣り船みたいだけど、一つ一つが屋台で、ゲーム系が多い。完全に小学部向けだ。姉さんにバカウケしていたけれど。私とフンボルトはプラネタリウムが良かった。こんな並びに研究発表だけのA組は厳しい。それもあって階を替えたんだろうな。
そして余談と言えば余談なのだが、こういう事があるんだなという恥ずかしいエピソードを一つ。仲良くプラネタリウムを観ていた時の事だ。ドイツ語でのひそひそ話だ。
「エルヴァ、綺麗だね」
「ね、素敵です」
「ところでさ、『Iku』って何?」
「は?」
「だから、『Ich komme』ならわかるんだ。昨夜の君はほとんどそうだったから。でも最後の最後に『Iku~~』って言って気をね……」
「き、訊かないで下さいよ。それ、日本語の『Ich komme』です」
「あ。ゴメン……」
別に怒ったりもしないけれど、意外だった。行くトコまで行けば、マルチリンガルなんだって。自分だけなら『Ah~』とか『Oh~』で『Ich komme』だ。洋物のビデオみたいだが、本当の話。つまり、どこかで残っている『理性』みたいなものが、私はスイス人だとか、『日本語だと恥ずかしい』とか、セーブを掛けているのだろう。だけど失神する程になると日本語が出るのか。恥ずかしい前に、新たな発見だった。
その後の2階、1年生の出し物は、エルマの1-D純喫茶とトロンメルの1-E占い以外はパッとしなかった。1-Eも相当贔屓目だ。ただしトロンメルが占う場合は少し違う。正統な手順を踏んだルーン占いと西洋占星術だったからだ。的中率を敢えて落としているようだけれど、アドヴァイスは的確だった。私も占って貰ったら、『その人を手放すな』『お幸せに』と言われてしまった。フンボルトには『まずは信じ切る。万一迷ったら原点を振り返れ』とアドヴァイスしていた。姉さんには、『このまま、皆んなとともに。絶対に好転する』とアドヴァイスしていた。
1-Eを出た後のフンボルトと姉さんは少し神妙な顔だった。1-Dでは紅茶を頂いた。ウェイトレスはお会計だったエルマが買って出た。それで冬休みにはスイスへ行きたいと言ってくれた。それだけで十分だった。紅茶もスコーンも美味しかった。
「次はどうされます?」
「私? 私はもう帰る。見たいものを全部見れたし、あなたにも逢えたからね」
「まさか?」
「同じ場所に行くならチャンスじゃない。またね」
そう言い残して姉さんはフッと消えた。霊体化して帰ったのだ。
「いかにもだね。エルっぽくもあり君っぽくもあり」
「ですね」
姉さんが受肉すれば血液型も何もかも私と同じだろう。両親の名を尋ねても同じ。なのに血は繋がっていない。それなのに今は『姉のイリヤ』以上に姉だと思える。決して『姉』を嫌いになったわけでもないのに『姉』が遠い。元の世界の両親もママも思い出す事が滅多にない。それは私が薄情だから? 前に進んだから?
だけど何があっても姉さんの事は忘れないだろう。もし心の中に、それぞれの思い出の部屋があるのなら、皆んなどこかへ引っ越した。そんな気分だ。
「フンボルト?」
「うん? なんだい?」
「あなたとの赤ちゃんが欲しい」
「僕もだよ。だけど、まだ早いかな?」
「そうですね……」
フンボルトと中庭に出てみた。窓から屋台が見えたので行きたかったのだそうだ。屋台はほぼ運動部に拠る飲食関係だった。弓道部は『焼きそばとお好み焼き』? しかも焼いているのは士郎クンで、売り子は桜ちゃんだ。それで2-Cに士郎クンが居らず、1-Dに桜ちゃんが居なかったのか。これは皆んなで仕組んだな?
私は少し気になる事があったので屋台の前に行き『焼きそば』を二つと『お好み焼き』を一つ頼んだ。笑顔で応対してくれているが、どこかで私に会ったかなと考えている風でもあった。魔術回路が開いているでもない、何かに目覚めたのでもない。『女のカン』だろう。この世界のこの子はそういうところがある。
それに、どこまでも一途なこの子が可愛いと思った。最初は同情だった。そして凛には悪いけれど、私が姉代わりに成ればと接していた。だけどやはりこの子には凛と姉妹に戻って欲しい。きっと『エル』もそう動いている筈だ。残りの事は『エルヴァ』の任せよう。
「その焼いている方と仲が良さそうで、こちらまで幸せな気分になります」
「そんな……」
「フフ……お幾らですか?」
「丁度、千円です」
「はい、千円です。美味しそうですね」
そうして私はフンボルトのもとに戻った。
「先パイ、何だろう? 今のお客さん、どこかエルヴァ先輩に似ているような」
「雰囲気だろ? 桜のこと、とっても優しい顔で見てたよ。でもさ、彼氏の人も優しそうでカッコいいよな」
後ろからそんな声が聞こえた。
「背が高いですものね?」
「な? ちょっと凸凹だけど」
士郎クン!?
「でも、お似合いだよな」
「はい」
よし、心の莫耶は下ろしてあげよう。
この日の午後、世界各国の報道機関が号外などを発行した。号外の見出しは『21st Century New Basic Policy(21世紀の新基本方針)』『日本列島進化案』『ノーヴィ ヴィエーク ペレストロイカ(新世紀の改革)』などなどである。夕方からのTVニュースも各国政府が各々で立ち上げた新しい政策を、特番を組んで緊急報道していた。