※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

41 / 79
134、学園祭初日。午後

 保護者などの来客はともかく、士郎クンや桜ちゃんにその他の学園生にも全然気付かれないので、ベンチがあってドリンクの販売もあるこの便利な中庭で、そのまま焼きそばとお好み焼きを頂いた。だけどほとんど食べていたのはフンボルトだ。彼は本日朝食抜きだった。それで少し早い昼食にしたのだ。

 それとお昼ぴったりだと混むし、最悪は売り切れる場合がある。保護者だけでなく、先生方や学生の応援買いなんて、どこの学校でもあると思う。そして自分達の教室から移動できない人達の、お昼に備えた買い出しに配達。その配達も模擬店の人がするのでなく、隣り合ったクラスの人、部活が同じ人などなどが自主的に行っている。

 だからいつの間にか士郎クンと桜ちゃんだけでなく応援が二人入って、どんどんと焼き上がりのパックを積み上げていた。これはどこもそんな感じだろう。

 

 私が頂いたのは焼きそば1人前とお好み焼きが2口分だけど、残りを平らげても彼は物足りなさそうだった。なのでカレーでも買って来ようかと考えていた。

 

「日本人だなぁ」

「うん? 口に合わなかった?」

「いやいや、美味しかったよ。僕が言いたかったのは、コストパフォーマンスに対する捉え方の違いなんだ。この食べ物って本来ファストフードでしょう?」

 

『fast』が『早い/速い』で『first』は『最初』や『一番目』という意味だ。だけど『お好み焼き』も『焼きそば』も、作り置きを前提にしないと『fast』にならない。その場でサッと作れて、温かいうちに提供できる。これが本来の『fast food』だ。だから本来の意味での『fast food』は日本にはない。いや、そういう体制になるよう国を作ったアメリカ以外は存在しないと言っていいだろう。

 だけど事前に温めてあるスープやダシ、具などを使っても良いとするなら、その幅が大きく増え『fast food』に含まれてくる。駅や露店の『立ち食いそば』や『牛丼』、価格を抑えたスタンドの『カレー』などだ。冷たいものを含めて良いなら、『お寿司』も入ると思う。あれも江戸時代からあった。そして現在は『屋台のお寿司』に代わって『回転寿司』がある。リーズナブルさを言っているのでない。早さの話だ。だけどフンボルトは日本のそれはカテゴリーが少し違うというのだ。

 彼の言いたい事を日本語で表すのなら、『屋台もの』だろうか。これも一口で言えないほど幅広いが、食べる側はお手軽でも作る側が、お手軽とは限らないのが『屋台もの』だ。中華料理の影響下にある東アジアや東南アジアにはこの、その場でサッと作って温かいうちに提供する『屋台もの』がやたら多い。それは中華料理の技法がそうなっているからだ。中華料理は『Street food』とともにあったのだ。

 それは措いて、彼は『本質』を見ていた。『牛丼』も『カレー』も、その仕込みにどれだけ時間が掛かるか。その『労働時間』と『人件費』があまり考慮されていないと感じているのだった。

 

「詳しくは知らないけれど、彼ら(街で見かける牛丼屋さんなど)のパートタイマー代(アルバイト代)が気になるよ。結局、経営者の頭がこの『学園祭』、つまり学生レベルなんだろうね」

 

 彼は日本のデフレ状況などはよくわかっていない。だけどマイスターの国の人なので、仕事には誇りを持っていた。また職人であるお爺様やお父様を尊敬しているし、他の職人にも畏敬の念を抱いている。だからそこに『技巧』を感じたら素直に褒めちゃう。そして今の彼は、シロウさんとはすっかり親友と言っても良い仲だ。それもあってお兄ちゃんの事を尊敬してもいた(生き様云々は別として)。

 だからあの熱い鉄板の前で黙々と焼き続ける士郎クンに感じ入っていた。『ああ、シロウは職人だ』って。だけど横に立っていたのは若き日のリンさん(遠坂凛)でなく、桜ちゃんだった。しかもシロウさんより士郎クンの方が大いにマトモに見える。

 そういった並行世界に於ける人間関係の諸々と、アメリカでずっと気になっていた『fast food』での人件費などが重なって、こうして『少し』怒っていたのだ。私に対する口調は優しい。全然変化していない。だけど彼は静かに怒っていた。

 

「あの『間桐桜さん』のコト、話しましょうか?」

「いや、良いよ。リンと面立ちがそっくりだ。僕達西欧人の血が入っているのは骨格でわかる。だから余計にわかるよ。本当は姉妹なんだろう?」

 

 そしてこんな風に魔術師に係わる諸々を即座に予想する。彼は本当に頭がいい。カレーを食べ終えた彼は笑顔でこう言った。

 

「エルヴァ、次はどこを回ろうか?」

 

 

 

 出前というか事前注文してあった食べ物を、係の人が受け取ってきたので、私は更衣室で体操服に着替えてから、バックヤードで頂いた。当然焼きそばである。これから三日間、お昼はこんな風になる。システムとしてはこうだ。まず私達は係に希望を申告し代金を預ける。それを係が集計後、前金で各屋台に注文を入れ、出来上がる頃に受け取りに行ってくれる。そして交代でバックヤードで頂く。お客様商売だとこういう食事休憩しか取れない。これはどこでも同じだ。

 最初これを知らなくて(方法は知っていたが、このA組もそうなのだとは知らなかった)、士郎クン達の焼きそばをどうやって買いに走ろうかと悩んでいたのだ。だけど注文係が居ると知ったら慌てて飛びついて注文した。

 そしてカレーなどの人は衣装を汚さないよう、わざわざ別のエプロンかタオルを持参していた。二度手間だとわかっていても私が体操服に着替えたのは、衣装が借り物だったからだ。この辺はエルマにもきちんと伝えてある。

 食後体操服でお手洗いに行き歯を磨いた。そして脱いだ『標準服』を持って更衣室に向かった。今度は私が『女の子』の役だ。今西さんは交代で『男の子』になる。彼女と衣装は貸し借りできない。実は今西さんと私は身長が5cm違い、彼女の胸は残念なAAだった。さすがに高3の女子に『145A』はないだろうと思ったが、彼女は事前の試着で普通に着る事ができたらしい。私以上のチビだが、今回の事で結構話す仲になったので、私の本国でのあだ名を教えてあげた。

 

『アインツベルンさんって『チビ』ってあだ名だったの?』

 

 そうですよ。あちらじゃ、高校生にもなれば女の子でも170越えはザラですよ。

 

 畳んだ男の子の服をビニール袋に収め、代わりに女の子の服を取り出す。この学校の特徴なのかブラウスの襟がやたら大きい。今西さんが着ていたのと学校が違うようだから、たぶんこういう学校なのだろう。私はピーターパンカラーのブラウスは結構持っている。今の2000年代には余り見掛けなくなったが、日本に来たばかりの頃はハウス系のひらひらした大きな襟のブラウスが、こんな地方の冬木のブティックでも並んでいた。

 また幽霊陸上部員兼軽音部員だった頃、トロンメルのようにストラップで制服を汚したくなかったので、安いスクールブラウスを買って、練習着として使っていた。スーパーに併設された衣類店の片隅にある指定品でないスクールブラウスだ。夏場は開襟シャツが多かったけれど、冬場は丸襟のブラウスが多かった。これは私の好みだった。

『エル』と入れ替わる事もあったし、バレない状況にあるならエーテルで出力されていた。そういう時に自分で用意したブラウスを着ていたのである。『エル』は中学時代は丸襟だったけれど、高等部からはワイシャツか『慎ちゃん』から譲って貰った穂群原中等部のワイシャツを愛用していた。別に体操服でもTシャツでも叱られないのに、カチッとした服装をしないとどうにも落ち着かないのが私達だった。『氏より育ち』でなく『氏も育ちも』だ。『エル』は総裁として家名を背負っていたからね。その一部だった私も。

 U首のシャツを脱いでブラだけになって、ブリーフも脱いでキャラパンに穿き替える。 その前にアサシンが更衣室に潜り込んでいないか、リモートのカメラが設置されていないかを、事前に放っておいた使い魔でチェックする。あった。今朝はなかったからと気を抜くとアウトだ。それをロッカーに放り込んでから穿き替えた。

 そしてブラウスを着、スカートを穿く。吊り紐の長さは家で調節済みだ。次に髪を梳いた。今度の髪型はハーフアップで一部編み込む。イメージとしてはお稽古ごとに向かう清楚な少女だ。それが決まれば、最後に上着を着て襟を出す。ロッカーの鏡を見れば可愛いな、私。黄色いメトロ帽を手に持って、さっき放り込んだカメラで自撮りした。着替え中や下着姿でなければ、このくらいのサービスはしてあげるのに。

 用意が整ったので廊下に出た。ランドセルは今西さんと共用だから喫茶のバックヤードだ。それを背負ってお昼の客引き開始だ。

 

 D組の扉をガラリと開けて、こう言った。

 

「誰!? 私のコーお兄ちゃんに手を出した高校生って!」

 

 吉川クンはブホッっと盛大にむせた。スマぬ、食事時であったか。

 

「エ、エ、エルヴァ~~~!」

「親の再婚相手が美人の外国人で連れ子付き、それでこんな妹ができました。しかも、その子はお兄ちゃん大好きっ子だったのです」

 

『奥様は魔女だったのです』みたいな口上だけど、D組の人達にバカウケした。

 

「お兄ちゃん、怒ってる? だってエルヴァ、心配だったんだもん……お兄ちゃん、カッコいいし……」

 

 この辺はおチビちゃんとクロエちゃんを思い出しながらのアドリブだ。

 

「お、怒っていない……。むしろ、嬉しい自分が怖かった……」

「吉川、本当は妹も欲しかったんだろ?」

「言うな。それは吉川家では最大のタブーだ」

 

 親戚まで含めて男性ばっかりだものね。下から覗き込んだら、『昼からも頑張れよ』だって。

 

「私、エルヴァさんの事、違う意味で見直したわ」

「だよね。あんな面白い人だったなんて」

「良い子だよなぁ」

「美人だしな」

「可愛い系でもあるのよね。両方の要素があるって不思議」

「だよね」

「死ね、吉川。羨まし過ぎる」

 

 な~んて声が聞こえた。さぁ、頑張ろう。

 

 

 

 私とフンボルトは特別棟を回っていた。パッとしたところ、パッとしないところ。玉石混交というより石だらけだ。だけど漫研は中々だと思ったし、美術部はとても良かった。書道も力作が多かったし、華道部も素晴らしい。そんなのに馴染みがないフンブルトにも、良さは伝わるようで感激していた。ただ、茶道部でお茶を頂いた後、ひっくり返ったのは驚いた。足が痺れたようだ。無理して正座なんてするからだ。腰が回復傾向にあったと思えばこれなんだから。

 

「大丈夫?」

「また、心配掛けちゃったね。ゴメン、ゴメン。でもさ、作法は守るべきでしょう?」

 

 相手の文化へのリスペクト。わかるよ? 私もそうだし、偉いと思う。だけど腰にダメージもあるのに。

 

「暫く腰掛ければ大丈夫さ」

 

 そういう理由で私達は視聴覚室に入った。意外と映研の自主映画は良かった。身内ネタに走らず、普遍的な、けれど不条理なギャグを、セリフでなくシーンで入れていて、チャプリンの頃の無声映画のような面白さがあった。

 

「これは僕にもよくわかる。あるなぁ、そういう時って思うし、見せ方もいいね。監督や演出が上手いんだな」

 

 結構というかかなり感心していた。失礼だけど映研に誰が所属し、普段どういう活動をしているのか知らなかったから、私も素直に感心していた。

 上映が終わったので立とうとしたら、スクリーンが上がって、ギターアンプやベースアンプが運ばれて来た。ドラムセットとキーボード、それにもっと大きなアンプは上映中から置かれてあったし、軽音部でなく軽音楽部がここで演奏する事も知っていた。だけど彼の腰のこともあるし、そろそろ帰ろうかと考えていたのだ。

 でも、そのバンドのギターの子が気になったので、彼に座るようお願いした。

 

「ん、知り合いかい?」

「ううん、並行世界。もし、冬木で聖杯戦争なんて無かったら、彼は士郎クンと親友でした」

 

 両親健在の遠坂司郎クンと、今前でギターを構えチューニングしている近藤啓司クンは彼らだけでなく父親同士も親友だ。そしてお父様方はともに電気関係のお仕事をなさっている。遠坂クンのお父様はビルや一般家屋の電気技師で、近藤クンお父様は修理が上手いと評判の電気屋さんだった。家もお店も隣町だから、どこの世界でも彼らは被災していない。そして近藤クンのお父様は死んだ親友の事を伝えていないと思う。二人の息子に入る『司』という漢字は、お父様方二人の電気学校時代の恩師の名から採られていた。士郎クンにも、お父さんやお母様にも話せない本当の話だ。

 その近藤クンの出す音を聞いてフンボルトも何かが違うと気付いた。ギターは『Fender Japan』の『Telecaster Custom』で、型番は『TC72-60』。70年代モデルの日本製だ。本物のアメリカ製なら、フロントにはポールピースにクニフェという合金の磁石が使われたワイドレンジハムバッカーが付く。だけど『Fender Japan』製も、今の『USA』製も、フロントはそれっぽく見せかけただけの、ただのハムバッカーだった。なのでフロントがやたら暴れ、リアとのバランスが悪い。

 ところが近藤クンの80年代の『Custom』はフロントが暴れない。元はお父様のギターなのだが、何とフロントにはアルニコ製の磁石が使われた自家巻きのコイルが入っいるのだ。ターン数はネック側が7千、リア側が4千だ。ハムバッキングとして使う場合はコイルタップされ、4千の4千になる。そしてシングルで使う場合は7千側だけとなり、パンチの効いたサウンドが出るという寸法だ。リアにも同じような工夫があって、ターン数が5千くらいだったと思う。

 こんな風にコイルの巻数を標準より減らすと、音が繊細になり暴れなくなる。その分運指やピッキングをきちんとしないと、パワーがないだけでなく高音が伸びるのでアラが全部出てしまう。逆に標準より多く巻けばパワーも稼げ高音がこもるのでアラが目立たなくなる。と同時に弦が暴れる。こんな事を『エル(私)』に教えてくれたのが彼だった。尊敬する人物は父親と『Joe Barden』だと言い切る、若きエンジニアだ。

 ストラトにしてもそうだ。ポールピースの高さを使用する弦に合わせ、見直す事でバランス良く音を出させる。ストラトもテレも設計された当時は3弦が巻き弦だったのだ。だから現代の弦にピックアップが合わない。そういうところからギターを改造する人が近藤クンのお父様だった。足元のエフェクターも、この音なら70年代の『Roland AF-100 BeeBaa』と『BOSS CE-1 Chorus Ensemble』だけのはず(彼は同じ『Roland』の『AG-5 Funny Cat Harmonic Mover & Soft Dictation Sustainer』なんて物も持っていて、どこで使うんだこの中途半端なワウ効果とオクターバーっぽい妙な音はと悩んだ経験がある)。それを80年代後半の『Fender Japan』の真空管アンプ 『FAT5』で掻き鳴らす。

『FAT5』はプリが『12AX7』3本でパワー管が『6L6GC』2本だ。それを『Eminence』のスピーカーで鳴らしている。これらのどれもが、お父様の手が入った逸品だ。ハッキリ言って近藤クンのギターはそんなに上手くない。だけどその音はお見事に尽きた。将来そういう方向の仕事に付きたいと向こうの彼は話していたが、ここではどうなのだろう?

 ちなみに『エル』から貰った私の練習用アンプが中古の『FAT1』で、こちらは『12AX7』2本の、『6L6GC』1本だ。トントに手直して貰っていた。どちらも修理やメンテが得意なのだけれど、近藤クンはエフェクターやアンプのメカニック、トントはギターやベースの制作をやりたいといった具合で、似ているようで全然違っていた。同じ軽音部なのに余り接点のない二人だった(トントが男性恐怖症という理由もあったが)。

 

 ところでオーバードライブは、オペアンプで歪ませているって知っているだろうか? 『TS系』は『4558』だとか『◯◯系』は『072』だとか、はたまたオーディオ用の『2604』や『2134』だとワイドレンジになるだとか。『4558』はトランジスタで『072』は入力部が『FET』だ。これが様々なメーカーから出ていて、値段も1個50円から1個2千円まで色々ある。そこでエフェクター内にあるオペアンプのハンダを外し、ソケットを取り付ける。そうしてオペアンプを次々に差し替えると同じ型番でもガラッと音が変わる。それをトントがやっていて『エル』に実験を披露していた。が、近藤クンも同じ事をやっていて軽音部の何人かの男子がその音の違いを体験していた。

 それでトントの真骨頂はジャンクギターの修理だった。一方近藤クンはエフェクターやピックアップの改造が得意だった。だからトントはストラトに『P-90系』を乗せたり、レス・ポール・ジュニアのコピーモデルにジャズマスターのピックアップを乗せたりしていた。対する近藤クンは今日みたいにピックアップのターン数を変えたりしてくる。なんとも不思議な二人だと思ったものだ。

 

「イイ音させていたね? 君の説明を聞いて納得だけれど、なるほどターン数を減らすんだね」

「はい。その分減った出力はアンプで補います」

 

 帰りのバスは2時頃だったので本当に空いていた。だから彼と並んで座って帰って来た。そしてこの時自分で組んだテレのピックアップに『Joe Barden』を選ばなかった事を後悔した。すっかりその存在を失念していたのだ。だから帰ったら『Joe Barden Guitars』のテレを探そうと思った。

 ホテルに彼を送り届けると、私はお買い物に出掛けた。目的はアーケードの商店街にある下着屋さんだ。いわゆるセクシー・ランジェリーを手に入れるためだった。ベビードールやTバック、テディにスリーインワンなどなどだ。紐だけとスケスケ、フリフリとピッタリ、彼はどっちが好みだろう?

 

 

 

「あの子、あなたに下着が足りなくなったから買いに行くって言ったの?」

「そうだよ」

 

 ホテルのロビーでリンとパッタリ会った。なのでラウンジの方でお茶でもと、こうして二人で話していたんだ。今日の彼女は魔法使いの少女とずっと話し込んでいたらしい。それが終わり自分の部屋に戻ると、シロウはまだ唸っていた。余程腰が痛いようだ。詳しくはエルヴァに聞いてと言って、原因を教えてくれなかったがこちらと似たような事なのだろう。

 

「ウソとは言わないけれど、それは誤魔化しね」

「ゴマカシ?」

「健気よね~。真面目で堅い子だと思っていたら、惚れたらとことんだわ。フンボルト、あんまり大きな声じゃ言えないけれど、それ、あなたに喜んで貰うための下着を買いに行ったのよ」

 

 僕は本気で驚いた。

 

「本当に?」

「まず間違いないわ。だって普通、女性が旅先で下着が足りなくなったとか言う? それは男性のあなただから騙せるウソなのよ。女性同士だったら絶対に無理。女性なら旅行用に可愛いのや大人っぽいのや、とにかくお気に入りのものを色々カバンに詰め込むわ。服と同じで下着も気分で換えたいの。それが女よ? それに万一の場合のサニタリーショーツや生理用品も、化粧品やメイク道具と同じくらい外せないものだわ。わかるでしょう?」

「つまり?」

「出先でのお買い物中に良いのがあったからと言うならまだわかる。けれど足りなくなるなんて絶対にあり得えないって事。それだけ女性っていうのは準備を怠らないものなの。まして惚れた男性と一緒なら。しかもあなたと同室よ? 昨日はきっと可愛い下着を使っていたはず。それが女心じゃない。でしょう?」

「エルヴァ……」

 

 そうだ。バスに入る前に脱いだ下着。どれも真っ白で、エレガントなレースがあって……あれがエルヴァの気持ちだったんだ。

 

「愛されているわね? あんな一途な子だったんだ。いや、それがアインツベルンか……」

「どういう意味?」

「千年経っても変わらないって意味。それがあの子の場合はそういう風に出るみたいね」

 

 そこでリンの知るアインツベルンを教えて貰った。エルヴァも頑固というか、芯のブレない部分は確かにある。また強い拘りを現す時がある。例を挙げるならそれは料理であり、楽器だ。そんな部分がご先祖から脈々と受け継がれ、僕にも流れている『職人の血』と合う。東洋の考えでは『執着するな』とあるけれど、執着心のない職人はあり得ないと思う。

 エルヴァは魔術師だ。それも超一流の。だけど彼女が見せる『執着心』は魔術師のそれでなく、いつも職人のそれだ。つまり、全部良い方向に出ているって事だ。

 

「フンボルト、真面目な話。大切にしてあげなさね。あんな良い子と別れたら、一生後悔するわよ?」

 

 それは間違いないだろうね。

 

「勿論さ。後悔したくはないからね。だから僕はエルヴァを一生離さない」

「フフ……」

 

 

 

「前にならえ!」

 

 担任の藤村先生の掛け声で先頭のタツコが腰に手を当てる。そこから皆んな、手を真っ直ぐ前に伸ばした。そして直ったところで出発だ。どこへって? 高等部だよ。今日は高等部へ学園祭の見学に行くのだ。それも5・6年生だけ。1~4年生は明日の日曜日にお家の人との自由参加になる。授業を潰して行けるのは、5・6年生だけなのだ。

 

「クロお姉ちゃん、楽しみだね~」

「うん。こんなのって普通ないもんね」

 

 ただ、社会見学と同じような扱いだから、行き来はクラス揃ってだし、高等部では全員班行動だ。私達の班の班長は美遊。だから先生から腕時計と校舎の見取り図を預かっていた。それで時間を確認して、決まった時間に集合場所まで戻らなければいけないのだ。

 

「どこから回ろう?」

「オレ、中庭が良い!」

「バカか! こっちはお小遣いもない小学生だぞ?」

「そうだぞ。だから藤村が中庭は禁止って言ってたろう」

 

 中庭を通らないと音楽室とかがある校舎に行けない。だからそっちと体育館も禁止だった。つまり高等部の校舎以外行くなという意味だ。

 

「2階から順番に回ろうよ。時間がもったいないよ?」

 

 イリヤの意見でそう決まった。オトナな意見だ。中庭には弓道部の屋台がある。そこでお兄ちゃんが、焼きそばやお好み焼きを焼いているのをイリヤは知っている。それも桜と一緒にだ。だけど今のイリヤは桜を認めていたし、お兄ちゃんに会えない事を寂しがってもいない。まぁ、明日パパやママと、また来るからだけど。それでも私は、イリヤは成長したなぁって思う。

 ところで私達5年生は、6年生より少しだけ班の自由時間が長い。それは6年生が先に中等部の文化祭を見学するからだった。来年の参考にしろって事だろうね。それでもってそちらも行動はクラス単位で、班活動は高等部に戻ってからとなる。つまり最低30分は私達5年生の方が学園祭を楽しむ時間が長いのだ。

 

「おい、クロエ? 下足室はこっちだぞ?」

「こっちにもあるのよ。人があまり来ないから、後で靴を探さなくてすむわ」

 

 それで私は弓道部の道場の方へ皆んなを引き連れた。そして誰も居ない道場に誓った。中等部生になったら絶対にここに来るって。そして高等部になったら。その時の校舎の垂れ幕に書かれる名前は私だ。エルマお姉ちゃんでも桜でもない。私がエルヴァお姉ちゃんの次に日本一になる。

 下足室で持って来た上履きに履き替えて、靴と上履き入れを空いている棚に置いた。この棚が中央下足室だと空いていないのだ(お姉ちゃん情報)。それで順番に見ていこうとしたら、空き教室? 予備教室? そこで展示があった。何だろうと皆んなで入ったら、大人ばっかりだった。

 

「いやぁ、これは素晴らしい」

「ここまで調べる高校生がいるんですなぁ。立派なもんです」

「木谷先生、私らの時代には考えられない内容です」

「ええ。中心になった子達が英語達者だったのが良かった。が、こういう難しい問題を見事に纏め上げたものです……」

「ですなぁ」

 

 先生もいるみたいだけど、他の人はPTAかな? 皆んなパリッとしたスーツ姿だ。そんな大人達の向こうに顔を赤くした凛とルヴィアがいた。あれ? ここ1年生だよね? 違うの?

 どうもカナダのインディアンの事らしいけれど、難しすぎてわかんないから私達は別の教室に行った。

 

 結局2階はつまらなかった。ところどころが惜しい。そこが1年生なんだろうな。何をやって良いのかわかっていないって感じ。例外はエルマお姉ちゃんのところとトロンメルお姉ちゃんのところ。だけど丸々ルヴィアんちのメイド服って、手抜きじゃないの?

 とは言っても、お茶とお菓子を全員分エルマお姉ちゃんが奢ってくれたので文句は言えない。違う班の子達に見つかってギャースカ言われたけれど、兄や姉からの心遣いはOKという決まりだから。

 

「それだと、お兄さんやお姉さんのいない子は損だよ?」

「だから~、そのお兄さんやお姉さんが必ずしも奢ってくれるとは限らないでしょう? しかもこっちはそれだけの授業料や寄付金を学園に納めてんのよ? それをして贔屓だとか差別だとか言えないでしょう?」

「クロお姉ちゃん、口がウマくなったねぇ。何も言い返せないよ」

 

 と、そんな風にイリヤや他の子をやり込めた。トロンメルお姉ちゃんのところは占いだった。占いは無料だけど、一人一人だと時間が掛かる。なので様子見だけで外に出た。特にトロンメルお姉ちゃんの前は人がいっぱい並んでいたので、声も掛けられなかった。むちゃくちゃ当たるらしい。

 まぁ、そうだろうなと思う自分と、どうしてって思う自分がいる。それは魔術師イコール占い師じゃないからだ。そういう勉強をした魔術師なら、普通の人が占い師になるより占う手が増えるので当たる確率が高くなるのはわかる。だけどそういう勉強をトロンメルお姉ちゃんはいつしたのだろう? そういう趣味はないみたいだし、謎の多いお姉ちゃんだ。

 

 そして次の3階は面白かった。迷路も凄かった。2年生の違う教室に戻るのに、別の階段でもう一度引き返さなきゃならないところ以外はとても良かった。迷子になったら大声で呼んでくれって、お兄さんやお姉さんも親切だったし。

 それからプラネタリウム。私とイリヤは自然に手を繋いでいた。だって空に夏の大三角形があったから。凄い。高校生だとこんな事もできるんだ? その次の2年C組は他の班でいっぱいだった。1組だけでなく2組や3組もいる。5年生だらけだ。

 お兄ちゃんが居ないのはわかっていたので素通りしても良いんだけれど、タツコ達が遊びたがった。なので暫く外で待っていた。

 

「どうしたの? 班の人とはぐれちゃったのカナ?」

 

 優しそうなお姉さんさんだった。

 

「三枝殿、その子達は衛宮殿の妹御でござるよ。班のお仲間は中で遊んでいるのでござるか?」

 

 このヘンな言葉遣いの人も、お兄ちゃんの友達なの? だけどイリヤも私も迷子じゃないこと、中で仲間が遊んでいるだけだとちゃんと伝えた。

 

「左様でござるか。迷子でなかったのは重畳でござるが、その待つ間の虚しさもわかり申す。拙者も小学生の頃の社会見学で似たような経験を致し申した。拙者が真剣に解説文を読んでいる間に班の仲間が消え失せましてな。あれは虚しかった……」

 

 あんたが待たす方だったのかよ? だけど大丈夫だと言って、教室に戻って貰った。

 

「由紀ッチ! 衛宮の妹ってエルヴァ先輩やトロンメルとそっくりだったろ! 気付けよ!」

 

 そんな声が教室から届いた。うん、高等部の門をくぐった時から、皆んなが私とイリヤをチラチラ見ているのは気付いていた。有名税だってわかるけれど、お姉ちゃんが凄すぎる……。いやいや、負けるな私。さっき道場に誓ったでしょ!

 そうなのだ。あの美遊のお手伝い以降、私とイリヤは少々参っていた。だからイリヤを励ます意味でも、お姉ちゃんを困った存在と考えず、お姉ちゃんに続こうよと言ったのだ。それをママはとても喜んでくれたし、お兄ちゃんも応援すると言ってくれた。だから私は負けない。絶対にイリヤと一緒に日本一になるのだ。

 

 やがて美遊が皆んなを引き連れて出て来た。さすが班長。隣の教室は有料のお菓子だし、その奥の凛達は2階だったから、私達は4階の3年生の階へ行った。上って直ぐの階段横にある教室が騒がしい。何だろうと覗いてみると、人がいっぱいで、中に入れないのか廊下まで人だらけだった。美遊とイリヤが立っている人に聞いた。

 

「中で何があるんですか?」

「うん? あ、小学部の見学の子達ね。今からライブが始まるのよ……? あれ?」

「この子も似てるけどあっちの子だよ……」

「あ、エルヴァさん。ミニ・エルヴァさんだわ」

 

 それで高校生が皆んなこっちを見た。ミニ・エルヴァって私か!? 班の皆んながたじろいでいるとそこで人がサーッと左右にわかれた。その真ん中を歩いて来るのはエルヴァお姉ちゃんだった。しかも小学生のコスプレをしている。遠足で見掛けた覚えがある、どこかの小学校の制服姿だ。で、黄色い帽子に赤いランドセル。とことん手抜きなし。そんなお姉ちゃんが私とイリヤの肩を抱いて、『写真!』と言った。

 するとサラリーマンのようにスーツを着た、はたまた学生服を着たアサシンがバシャバシャと写真を撮っていった。変装しているし魔術で隠してるから、周りの人は皆んな誰かの家の人か同じ学校の人だと思っている。そして女子の制服を着た女アサシンの『散』という小さな掛け声で皆んな消えた。なのになのに誰もそれを不思議だと思っていない。エルマお姉ちゃんも凄いけど、エルヴァお姉ちゃんとアサシンの組み合わせは最強だ。

 

「一緒に来なさい」

 

 そう言ってお姉ちゃんは私達のために席を作ってくれた。机の上に楽器が置かれている、そんな一番前だった。

 

「小学部の可愛いお客様に席を譲って下さった方、本当にありがとうございます。とても暖かな穂群原らしい姿が見れて幸せです。では午後の演奏を初めますね」

 

 そう言って演奏を開始した。ギターはいつの間にか現れた剣道部の大男。それでお姉ちゃんがキーボード。そうか、二人のライブだったのか~~。悔しいわ腹立たしいわと複雑だったけれど、演奏は上手いし歌もキレイ。二人は息ビッタリだ。お姉ちゃんは楽しそうに大男と目で合図を交わしている。そして大男はとても優しそうな顔だ……う~ん……。

 

「あの人がエルヴァさんの彼?」

 

 コクリと頷きながらも、訊かないでよ、美遊と思う私。口ではお姉ちゃんが認めた人ならって言えても、この複雑な気持ちはどうにもならない。だけどあの大男は、普通に見れば結構ハンサムだし、背も高くカッコいい。正直お姉ちゃんとの身長差が気になるけれど、そういう組み合わせがあっても良いなって思えるほど美男美女で似合っている。何よりお姉ちゃんの事を真面目に考えているというのが演奏を見ていて伝わって来る。

 ライブが終わると教室も廊下も大拍手だった。もちろん私達も手が痛くなるほど拍手した。そこで誰かがアンコールと言った。それで徐々に徐々にアンコールの拍手が広がった。お姉ちゃんが大男とボソボソと打ち合わせた。そしてランドセルを下ろして、上着を脱ぎ(下は吊りスカートだったのか!?)、後ろからギターを取った。

 

「アンコールの拍手、ありがとうございます。皆さん、ご存知のように私も妹が居ます。また妹という立場でもあります。ケンカすれば憎らしくも思いますが、いつも私を見ていてくれる存在でもあります。困った時は悩みを打ち明け、話し合い、励ましてくれる。きっとお互いに歳を経て、子供がこの学園に通うようになっても、いいえ、孫が学園に通うようになっても私達は姉妹です。それだけは絶対に変わりません。皆さんも姉妹兄弟が居るという人があるでしょう。そんなすべての『きょうだい』に贈ります。『かぐや姫』の『妹』です」

 

 そしてお姉ちゃんは私やイリヤに美遊を見ながら歌ってくれた。それもギターだけじゃない。途中でキーボードも弾いているのだ。演奏が終わった後、私達は泣いた。美遊が特に酷かった。クールなこの子がこんなに声をあげて泣くなんて。だからびっくりして私とイリヤの涙が止まっちゃったくらいだ。でも、周りの人の目も皆んな赤い。スズカもナナキもミミもタツコも。ポロポロ涙を零している人もいる。この時だけは皆んなアインツベルンの目だった。きっと誰もが誰かの兄であり姉であり、弟であり妹なんだ。

 

 残念な事にライブが終わったら、もう集合時間ギリギリだった。だから3年生の教室はどこも回れなかった。それでも私達は満足だった。

 

 

 

 いつもの下着屋さんは前の世界から利用していた。つまり『エル』も『エルヴァ』も利用しているお店だ。確かに可愛いのや学園に着ていくには丁度の清楚なものやちょっとした冒険に向いたタイプが多い。と言うかここは学生が利用するお店なのでそこまで際どいのはない。

 隅っこの方にあるにはあるけれど、どうもコレジャナイ感がある。もう少し年齢が高そうなお店に入れば矯正下着とかそんなのばっかりだ。ガードルなんてまだまだ要らないしなぁ。どうしたものかと歩いていると、小さな路地が商店街にあるのに気付いた。手前の角にはTシャツなどのプリント屋さんがある。

 そうだ、そうだ。弓道部のTシャツは新都のお店でプリントして貰っていると聞いた。ここだったのか。そしてその狭い路地の先に『オシャレ下着』と看板が出ていた。もしやと思い路地を進むと、どうやら目的のお店は2階らしかった。1階は……『大人の玩具』……オゥ……。

 どうしようか迷ったが、意を決して2階への小さく急な階段を上った。入り口のトルソーが着けている下着からして違う。ここだ、私が求めていたお店は。だから入った。中はどこもかしこもスケスケのヒラヒラでエッチだった。オーギュストさんみたいなお店の人が一瞬困った顔をしたが、私の方から日本語で語り掛けたら親切に教えてくれた。

 

「すみません。彼と日本へ旅行中です。それで疲れている彼に喜んで欲しくて」

「ご新婚さんですか?」

「はい」

 

 普通に『ハイ』と言ってしまった。『ご新婚』……なんて素敵な響きだろう。

 

「彼が10歳年上なもので……」

「あ~。旅疲れでしょうかね」

 

 聞かれもしないのにペラペラ答える私。それで希望を伝えあれこれ見せて頂いた。それでGストリングスは前の布が思いっ切り下から始まるタイプを選んだ。生半可な処理だとはみ出る。完全剃毛していないと着られない下着だ。中学生頃は悩んだ時期もあった。だけど今となったらこれも私だと思っている。そして結構彼がそれを喜んでいる事に私は気付いていた。だって口で愛してくれる時、ツルツルなそこを撫でてばかり居るんだもの。

 GストリングスだけでなくTバックも選んだ。それぞれ5枚づつくらい。その他にベビードールやテディも3枚ずつ選んだ。というのは思った以上に安かったからだ。一着数万はするだろうと思っていたら千数百円ととかばかりだった。考えてみれば、この手のものは耐久性なんて考慮されていないだろうし、そんな普段から身に着けるものでもない。布地面積を考えてもそうだ。原価はかなり安いのだと思う。その分、デザインが良くなければ売れない。だけど大々的に売れるものでもないだろうし、実に複雑な事情を抱えた商品だと思った。

 

「そうだ、お客さん。こういうのがあるんですが」

 

 私は迷わず、今夜はこれだと確信した。お会計を済ませても全部で5万しなかった。全部で20点以上は買ったのに。それで階段を降りてホテルに戻ろうとしたのだけれど……。

 足が勝手に1階のお店に向いた。人は葛藤する時、頭の中に天使の自分と悪魔の自分が浮かぶという。

 

『彼の腰を考えてあげましょう?』

『そうそう。歳をとってもパンパンしたいんでしょう? 回復に魔術は使えても、腰は大事だよ?』

『うん、労ってあげましょう』

 

 そいつらは天使や悪魔にコスプレしているだけで、中身はまんま私だった。だから迷わず扉を開けた。で、彼のものより小ぶりだけれど色が可愛いシリコン製のディルドーと、タッチの柔らかいシリコン製のローターを買った。勿論、ディルドーに被せるゴムと彼用のゴムもだ。というのはお店の人に彼のサイズを伝えたら、今後は避妊具から考えた方が良いとアドヴァイスされたからだ。

 彼にフィットするサイズは、日本のそこらの薬局だと手に入らないサイズだという。幸いその感触の良い日本製(こんなところでも世界一を誇る日本製品)は海外展開もしていて、アメリカでも手に入るそうだが、今の滞在期間を考えれば日本国内での入手は難しいそうだ。避妊なんて魔術でもできるし、今は安全な期間だというのについつい買ってしまった。私は頭から変な汁でも垂れているのか。

 日に日に募る彼への愛情が色ボケている事に気付いているが、どうにもこうにも自分が止められなかった。それはきっとリンさんの言葉と、このお店の雰囲気があったからだ。それでも私なりに自分を抑えた。だって、お尻用のそれは買わなかったからだ。しっかり見せては貰ったけれど……。

 ここから先の、ボンデージやらムチやら革製のスーツなどの妖しい領域はリンさんに任せよう。だってシロウさんを後ろから犯すあの人が簡単に想像できてしまう。本当にあの人は『遠坂凛』なのだろうか?

 

 そうして買い求めた下着や玩具を、路地から出る前に少し魔術を使ってカバンに押し込んだ。そこから10メートルも歩かないところでアレっと気付いた。そこに自転車を停めた覚えがある。そうだ。その時は『エル』と一緒にクロエちゃんや私の制服を用意しに来たのだった。何と私はうっかり路地の反対から出てしまったのだ。

 さっきは新婚さんを装ったが、ちゃちゃっと髪型を変えて、今度は学生を演じる。もう何でもありだった。まだの残っている夏服も冬服も全部注文した。学生証? 暗示だ、そんなもの。と言いたいが、お店の人が私の顔を覚えていた。そして以前の伝票からピッタリなサイズを選んで用意してくれた。それでも後ろめたさから『前のを、ペンキで汚れた服と一緒に洗ってしまってボロボロにしてしまった』と嘘っぱちの言い訳が勝手に出ていた。彼が少しでも喜んでくれるのなら……その思いがあれば何でもできると信じられた。

 

「ああ……お母様と同じだ……」

 

 私が『器』になる事はない。だけど今は彼への思いで満たされている。そうか……その思いがあったからこそ冬木に来れたんだ。そして愛する人との子供の未来を掴みたくて……。私はやっとお母様の気持ちを実感できた。

 勿論、冷静な部分もある。まず彼に『重い女』と思われたくない。だから会話の方向次第で制服は無駄になる。だけどアメリカに戻れば次のチャンスは何時になるかわからない。それに私の『本物の若さ』も今だけだ。魔術で『若さ』を保てても、実年齢が20歳や25歳になってしまえば……。そうなってから着るような服じゃない。先生から依頼され並行世界を渡るなら演技も必要だろうけど、それは『エルヴァ』の仕事で今の私には関係ない話だった。

 それとあと一つ、理由を挙げるなら。これも『ケジメ』だった。クラスの皆んなと卒業したかった。だからブラウスもセーターもスカートもリボンもベストも、全部2着ずつ揃えた。場所はスイスだろうけど、エルと二人で卒業したいと思ったのだ。

 制服の箱を二つも抱えてホテルに戻る私だ。財布が一気に軽くなった。私学の、それもオリジナルデザインの制服。全部で20万近かった。まぁ、これも愛のための必要経費だ。だけど、こうして人は無駄金を使うのだろう。でもそれで心が満たされたり潤ったりするのなら、やはりそれも人生に於ける必要経費だ。お父さんだったっけ? 『プロは言い訳もプロだ』って言ったのは?

 そしてこうも思った。『恋は盲目』なのではない。ちゃんと見えている。だけど思いの丈で優先順位が変化するのだと。先日から私は『エルヴァに迷惑は掛けられない』と考えていた。なのにこの制服のネームの刺繍は時間がないと断っていた。言い訳はこうだ。

 

『今学園祭で、明日も着なければなりませんから』

 

 これで彼女が、何かあって追加購入であの制服店を訪れたらどうするのだ? だけどそんなものはどうでも良かった。アメリカに帰れば知ったこっちゃないとスパンと頭が切り替わった。情けないがこれも私だ。開き直りはしないけれど。

 

 

 

 結局ホテルに戻ったのは彼を送ってから1時間半後だった。だからさすがに焦った。きっと心配してるに違いない。なので部屋に入ったら真っ先に謝った。

 するとベッドでフンボルトとリンさんが裸で睦み合っていた。カーッと頭に血が昇ったのは一瞬だ。触媒は間違いなく宝石。魔術に拠る幻影だ。幻術の一種だけれど、この手の術は大きな弱点がある。それは親しい者に偽物は通用しないという点だ。

 私をからかうためだろうが、抱かれているリンさんは真に迫っている、と思う。たぶんそこは手を抜かないだろう。もし変化があるとするなら、ラヴィアの色素が綺麗過ぎる。これだけ経験豊富な人だ。そこに願望が入っていないか? まぁ、経験を重ねても色素が沈殿しない人も居るだろうけど。

 だけど決定的に違う部分がある。それは『私のチンボルト』だ。そんな短いストロークがあるか。彼のは15cm以上引き抜いて、やっと頭のくびれが私のGスポットだぞ? シロウさんとは違うのだよ、シロウさんとは。と同時に、そんなコメツキバッタみたいにショートストロークで腰を動かすのだとわかってしまった。

 ハッキリ言おう。シロウさんが小型二輪なら、フンボルトはリッターバイクだ。ボアもストロークも大違いだ。そしてあなたの幻術をそういう風に見破ったと宣言したら大笑いされた。

 

「見破られると思っていたからのイタズラだけど、そういう見破り方をするんだ……? クククク……」

「エルヴァ、そういう事をズバッと言うなよ……」

「わかっています、わかっていますよ。私の帰りが遅いってあなたは軽くリンさんに零した。そしてこのイタズラをリンさんは思い付いた。それだけだって。フンボルトがそういう事をしない人だと信じています。ですけど……幻術だとわかっていても悲しかったんですから……!」

「ゴメン、エルヴァ……」

「ごめんなさい。私が諌めるフンボルトを無視して、無理矢理行った事なの。彼を責めないであげて? ね?」

 

 真摯に謝ってくれたので、私は二人の謝罪を受け入れた。でもどういう意図でこんなイタズラを?

 

「まぁ、あなたの愛を確かめたかったのと、後はヤキモチね」

「ヤキモチ?」

「うん。初々しいだけじゃない。あなたってどこまでも一途なんだもの。今夜のインナーを買いに行ったんでしょう?」

 

 バレていた。どうして? 種を明かされると簡単だった。私がフンボルトに残した言葉をリンさんが推理しただけだった。しかも部屋に入った瞬間に落とした箱に気付かれ、蓋を開けられてしまった。

 

「まぁ……懐かしい。これもフンボルトのために?」

 

 もう隠しても仕方ない。

 

「そうです。彼に制服姿を見て欲しかったからです。それと……エルと二人だけの卒業式を……」

 

 フンボルトが私の肩を抱き、リンさんがこう言った。

 

「式には立ち会うわ。それもあなたの『ケジメ』なんでしょう?」

「はい」

 

 それで満足したのか、リンさんは部屋に戻った。その後食事までの間に着替えて彼に私の制服姿を披露した。だけどそれで彼が欲情する事はなかった。ベッドに腰掛ける私の横に座って、ただただ静かに学園時代の事や子供時代の事を聞いてくれた。どこまでが『エル』なのか。どこからが『エルヴァ』なのか。歯抜けの思い出。話していて悲しくなる。でもそんな私の手を握り、背中を擦って励ましてくれる彼。

 全部話し終えたら、彼が優しくキスしてくれた。その時の私は学園生に戻っていた。甘い甘い、だけどどこか切ないキス。急に制服姿の自分が恥ずかしくなった。だから『顔が赤い』と指摘されてしまった。なので『そろそろ食事の時間です』と言って、彼から離れ着替え始めた。

 

 結局、リンさんは下着の件や制服の件を誰にも言わないでいてくれた。シロウさんにも凜にも、お兄ちゃんにもだ。それでお詫びだと言ってドイツ料理のお店で奢ってくれた。

 料理は結構良かった。ソーセージは国産だけど、牧場の自家製らしくかなりイケた。お肉は断然日本の方が美味しい。だけどビールは本場ものの輸入品だそうだが、冷やしすぎだと思った。あれだよ、ビールも日本酒と同じだ。冷が良いのもあれば常温に近い方が良いものもある。熱燗やぬる燗がない分、ビールの方がキビシイかも。

 

 そしてごちそうさまとお店を出た。リンさんとシロウさんはちょっと飲んで来る言って離れていった。腰は回復したらしいけれど、無理はできないから寝酒代わりだととも言っていた。お兄ちゃんも居酒屋に行くと言い残して、駅前の方に向かった。たぶんガード下のどて焼きで一杯引っ掛けるのだろう。

 凜はタクシーを拾って円蔵山の方に向かった。凛の調整が上手く行っているかのチェックと、エーデルフェルトの郵便受けへの投函だ。封筒には凜がホテルで書いた課題が詰まって居るのだそうだ。直接会って指導しないのは、学園祭だから遠慮しているのと、二人で考えて答えを出しいて欲しい課題があるからだとか。あの子も師匠としてあれこれ考えているようだ。

 

 残った私と彼は無言でしばし見詰めあった。それで出て来た言葉がこれだ。

 

「腰は大丈夫?」

「労(いたわ)りながらなら」

「じゃ、私が上で」

「うん」

 

 歩道のど真ん中で今夜の体位を決めていた。バカだと自分でも思う。だけど労って今夜はオアズケだなんて言えば、下着の件を知っているだけに彼が可哀想だ。それに私も彼に見て欲しかった。そういうのを選んだのだから。

 部屋に戻るとお願いして、私だけが先にお風呂に入った。浴槽にお湯を張ったのは、彼の腰に少しでも効果があるようにと願ってだ。そうでなければ昨日みたいに一緒でない限り、シャワーで済ませてしまうだろう。欧米人はそんな具合で、バスは身体の洗い場でしかない。

 そして交代で彼が浴室に消えると、私はいそいそとメインのランジェリーを取り出し身に着けていった。これは言ってみればテディの一種なのだろう(下と上が繋がったワンピースのスーツ。袖がなくハイレグというか後ろが紐なので、他の衣類と比べるのは難しいが、競泳水着や袖のないレオタードに似ているかも。それの過激なタイプを想像して貰えば)。

 前身頃は総レースでスケスケ。それをエプロンのようにフリフリの紐を首に掛ける。だけど腰部分にも3本紐があるので、先にそこに足を通してから着なければならない。次に下半身部分に垂れた三角のレースを後ろに回して、腰の3本の横紐と絡めて締める。要はふんどしみたいなものだ。そしてこの結び目をセットに入っているレースのリボンで隠す。また3本の横紐の付け根にはガーターがあり、前にも腰の部分からガーターが下がっている。テディとお揃いに見えるレース柄のニーストッキングを履いた。それをガーターでパチンパチンと留めていく。仕上げに肘の上まであるレースの長手袋(ただし手は中指を通すだけで指や掌の部分はない)を着け、纏めた髪にレースのヴェールを付けた。

 色は全部白。それは純白のウェディング・ドレスを模したナイト・ウェアーだったのだ。勿論、どんなに可愛らしいレース模様があろうと乳房も乳首もスケスケだ。当然下も。だけど私はその姿でドレッサーの前に行き、ルージュのリップを塗った。唇をンパンパしてリップを馴染ませる。アイシャドウもアイライナーも必要ない目元は、実のお母様からの遺伝だ。だけど念には念をとビューラーで睫毛をカールさせた。そしてベッドに腰掛け、静かに彼を待った。

 

 やがて身体を拭き終わった彼が、浴槽のお湯を流しながら出て来た。そして私を見た瞬間に『チンボルト』が大きくなった。ムクムクじゃない、カキーンだ。心臓、大丈夫か? というか何リットルくらい血が移動したのだろう?

 

「エ、エルヴァ……キ、キレイだ……」

 

 声が上ずっていた。そこで私はベッドの上で正座してこう言った。

 

『不束者ですが、宜しくお願い致します』

 

 この部分は日本語だ。そしてきちんと三指を付きながら頭を下げた。お母様からもママからも教わっていない。きっと今の日本では、こんな事をする人は少ないだろう。だけど私はやりたかった。それは日本もまた、私にとって大切な『母国』だったからだ。こんな顔なので文金高島田は似合わない。背が低いからちゃんとしたウェディング・ドレスも似合わないだろう。だけどフンボルトの前では……ううん、フンボルトだけには、可愛い女だと思っていて欲しい。そんな気持ちでこの下着を選んだのだ。

 

「エルヴァ、こちらこそ。自分でも至らない男だと思うけれど、君を愛する心だけは誰にも負けない。生涯君を愛し続ける事を誓うよ」

 

 だからどうしてわかるの? 言って欲しかった、聞きたかった言葉が、大好きな人の口から紡ぎ出される。私はフンボルトの胸に飛び込んだ。

 

 

 

 お風呂も終えてそろそろ眠ろうかと部屋に戻ればエルマとトロンメルに、姉さんが待っていた。

 

「どうしたの? 3人とも?」

「今日、学園にあの子が彼氏と来ていたでしょう?」

 

 もう一人の私の事だ。

 

「少しお話して……安心した」

 

 姉さんに先を促した。

 

「気を悪くしないで聞いてね。私、あの子がずっと心配だったの。それもあってスイスに行ったのよ」

「だけど、その頃は大丈夫な気がした?」

「そうなの」

 

 それは私も同じだ。自分の事だからわかる。強がっているのでもなかったろう。本当に大丈夫だと本人も思っていたはずだ。なのに徐々に徐々に目に見えないストレスが溜まっていた。だけど、姉さんと同じように学園で会った彼女はもう大丈夫だと思えた。それは陳腐に聞こえるかも知れないけれど『愛』を見付けたからだろう。彼女だけを見ていてくれる人と出会え、愛し合う仲になったからだ。

 

「私も彼女はもう大丈夫だと思います。これからはフンボルト君が彼女を支えてくれるでしょう」

 

 その言葉に姉さんも頷いた。

 

「はい、お姉様。質問です」

「どうぞ、エルマ。何でしょう?」

「あちらのお姉様はヴァージンだと思いますか?」

 

 怒っても良いのだけど、どうも訊きたいのはそこじゃない気がする。それで5秒ほど考えてピンと来た。

 

「セックスが安定剤になっているとあなたは考えるわけですか?」

「いいえ、逆です。私の場合ですと、こうしてお傍でお話できるだけで満足です」

 

 プラス、私とのあんな事やこんな事を妄想しての変態行為があったればこそでしょうに、とは言わない。そこを認めた上での質問だ、これは。そこでトロンメルが手を挙げた。

 

「どうぞ、トロンメル」

「姉さん、起源ではないですか?」

 

 そのトロンメルの言葉に手を打ったのが姉さんで、唸ったのが私。我が意を得たりと頷いたのがエルマだった。

 私の起源は『蔵』だ。これは『エル』がそうだからだ。つまり『彼女』も同じで、エルも同じだ。さすがにエルマとトロンメルはわからないが、『姉のイリヤ』が『器』なので、何かそれに類する『容れ物系』の気はする。ちなみに姉さん(英霊のイリヤ)も、『巫女の姉さん』も二人の『ちぃ姉さん』もおチビちゃんにクロエちゃんも起源は『器』だ。

『容れ物のココロ』って何だろうか? 心でなくココロだ。在り方とか嗜好とか、起源は様々な面に影響を及ぼす。きっと私も彼女も大勢の家族や仲間に囲まれて満たされないと駄目なのだ。愛情、友情、色々ある。中でも愛情は、家族愛、姉妹愛、恋人との愛と種類が多い。そのすべてが欲しいと求める貪欲さ。それが私と彼女の本質であり、在り方なのだろう。

 だからしっかり食べる、大きな男性が好きになるのだろう。まるでその人も『容器』のようだからだ。ストンと腑に落ちた。

 

 その後、エルマもトロンメルも自分の部屋に戻った。姉さんも自分の部屋に戻った。学園祭期間は自主規制してくれるのだろう。

 部屋の灯りを消してベッドに潜り込み、もう一度起源を考えた。そして考えているうちに、コーちゃんを思い浮かべた。ご両親にご挨拶してお付き合いを認めて貰えたのなら、避妊だけはきちんとして、そういう関係になっても良いかなと思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。