※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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135、学園祭2日目。午前

 改めて言おう。フンボルトはお兄ちゃん並みに身長があり、私は153cmだ。

 だから『胸に飛び込む』という表現に、文学的誇張はどこにもない。向き合って抱き合えば、私の顔はフンボルトの胸だという事実を表しているに過ぎない。

 そして私が回した腕は、決まって彼の第十二肋骨の辺りになる。こんなところからも彼とこういう仲になった事を『運命』だと感じられた。以前の世界を含め、『フンボルト君』と呼んでいた頃には気付けなかった事だ。深山町のアインツベルンの家で、『エルヴァとの仲を認めて下さい』というフンボルトにお父さんはこう言った。

 

『君が娘の事を大切に考えている事はわかった。僕は君の事をアメリカで出会う前から知っていた。一時、ノイント老からマネージャーに推された事があってね。その時にプロフィールは全部見た。その上で断った。君は君の特質を活かせる仕事に就くべきだと考えたんだ。だからノイント老にもそう伝えた。それで新しい仕事が始まった矢先に君は娘と出会った訳だ』

『はい。一目惚れでした。そしてその出会いが『運命』であると受け入れました』

 

『運命を受け入れた』。たぶんこの言葉でお父さんはフンボルトを認めてくれた。『運命』に翻弄されたお父さん。抗おうとしただろう、何度も逃げようと考えただろう。だけど一番最初のあの日、それを受け入れていれば。人生は大きく変わったと思う。たった一人の姉のような憧れの女の子を殺していれば。だけどそうなってしまうとお母様と出会う事もないし、3人の妹達も産まれなかった。

 そこも含めての『運命』なのだ。そんな『運命』を知ってるからこそ何かを感じ取ったのだと思う。暫く目を瞑っていたお父さんは、目を開くとフンボルトに頭を下げたのだ。

 

『娘を宜しく頼む。どんな事があっても逃げないで、娘を支えてやって欲しい』

『はい。僕はエルヴァを裏切らない。何があろうと僕だけは彼女の味方です』

 

 それで握手をして終わりだった。伝説のちゃぶ台返しも、一発殴らせろもなかった。彼の横で縮こまる私を見守るお母様のどこまでも優しい目線、ダイニングから伝わってくるクロエちゃんとおチビちゃんと『エルヴァ』の、無言の応援と熱い視線。それらがとても印象的な『実家訪問』だった。

 

 彼に回した腕を少し下ろし、腰を撫でてあげた。そして顔を上げて彼を見た。するとそこにはどこまでも優しい顔が……。だから背伸びして目を瞑った。

 

「可愛いよ、エルヴァ。とても似合っている」

 

 キスの後そう囁いてくれた。だから私の乳房を下から押し上げるそれを優しく握ってあげた。そうなのだ。『私のチンボルト』は向かい合うとここまで届く。そして今夜は昨日までよりも固く大きく感じた。こんなに喜んでくれている。私は感激していた。

 だからベッドに誘(いざな)い、仰向けになって貰った。キスをしながら『チンボルト』を撫で回す。この時私は彼の横手にいる。それは手も使いたいからだけど、私の体重で彼に負担を掛けたくなかったからでもあった。なのに彼は私をひょいと持ち上げ、自分の上に私を乗せた。

 

「もう、挿入れたい?」

「まだまだ。君をもっと感じたいよ」

「重くない?」

「全然。君は軽過ぎだよ」

 

 軽いと言っても、体重計に載れば43kgだ。40kgの壁を突破したのは高1の半ばだけれど、太ったのではない。成長にともない、骨が太くなり筋肉の密度が高まったからだ。それに胸も中等部生時代より大きくなったし、小振りだけどお尻も腰も丸くなった。だから似たような身長の子と比べたたら、私の体重は重いと思う。

 そしてフンボルトは、これは私の想像だけど80kg後半……もしかしたら90kgを越えているかも知れない。だから優しい彼は、いつも私に体重を掛けないよう気遣ってくれていた。正常位でも覆い被さる事はない。肘で自分の体重を支えるか、上半身を起こしてくれていた。

 ただ正座の出来ない彼は、この上半身を起こす変形の正常位が辛いようで時間は短い。だから私が彼の肩に足を上げる『深山』や、彼が私の太腿辺りを支える『つり橋』、彼の反対側に足を流す『松葉崩し』、私がゴロンとお尻を上げる『達磨返し』などから、『獅子舞』や『こたつ隠れ』といった対面座位の変形を経て、『抱き地蔵』で終わったのは昨日の3回目だ。

 何故、そんな体位の名を知っているのかって? 『エル』の知識だとしか言いようがない。そして『エル』はリンさんと真逆で、挿入れるならバック、挿入れられるなら対面座位が好みらしかった。

 余談だが、彼女は生涯処女を貫き通す積もりだと話していた。どうも『ラインの黄金』と関係あるらしい。だけど抜け穴、裏ワザ何でもありな性格なので、処女喪失は12歳頃で、脱童貞も中1の誕生日を迎える前だったと聞いている。まぁ、想像するに私のような者をエーテル出力して、そこに意識を移して色々やっているのだろう。

 そこでフンボルトだ。ここまで彼はバックやその変形の体位を一切していない。なお確信をもって言えるが、知らないわけでも嫌いなわけでもないだろう。だから訊いてみた。

 

「ねぇ、どうしてフンボルトは後ろからしないの?」

「君の可愛い顔が見えないと寂しいじゃないか。勿論、それで君が気持ち良くなるなら、やらない理由はないよ。エルヴァ、君は優しいね。僕に楽しんで欲しいと、恥ずかしいのを我慢してそんな事を訊いて来るなんて」

 

 え? そうなの? 私の好奇心だよ?

 それとこれは白状しておく。私達はここまで体格差がある。なので彼とはどうしても物理的に不可能な体位が存在するのはわかっていた。それが立位だ。私が何かの台に乗らない限り不可能だ。そしてバックでもソファーやベッドなどの台で高さを稼がないと難しい。きっと彼はその事もあってバックを避けていたと思うのだ。

 

「でも、わかった。君のためなら何だってするさ。今日はバックで行く?」

 

 ああ……。新品のテディの股間が濡れていく……。どこまでこの人は優しいのだろう?

 

「ダメ。今日は私がフンボルトを喜ばせたいの」

「フフ……わかったよ」

 

 そうしてキスして耳に舌を這わせ、乳首を転がしてあげる。この間、手で『チンボルト』をずっとナデナデだ。それでわかった。彼、女性からされるのに結構弱い。喘ぎ声が色っぽくなって乳首はピンと勃ちっぱ。この状態になると、腰や脇腹を撫でても擽(くすぐ)ったがらず、どこを触ってもセクシーな吐息を漏らすばかりだ。

 だから脇からオヘソに舌を這わせ、『チンボルト』を含んだ。実は『チンボルト』の先は彼のオヘソより上にある。陰毛も袋も遙か下だ。よくこれが自分の中に入るものだと思う。体格から考えても、私の膣の深さなんて知れているだろう。子宮はどうなっているのか。横隔膜を押し上げ、肺にまでいってる?

 だけどそれが私の小さな穴を押し広げ、彼には浅いだろうトンネルを延長して全部迎え入れる。生命の神秘、女体の神秘だ。

 遮二無二に『チンボルト』を扱きながら舐めていたら(やはり口内では舐められない)、ポンポンと合図を送られた。

 

「エルヴァ、僕をまたいでお尻をこちらに」

 

 来た。『二つ巴』だ。インドやその周辺、また日本以外では『69』という。これは男女の上下、左右関係なく全部そう呼ばれている。だけど日本では女性が上だと『二つ巴』で、男性が上だと『椋鳥』という。インドだともっと細かく分かれていて70以上あるそうだ。また江戸時代の日本では100以上あったと書かれた文献も残っている。つまり俗に言う『48手』とは大相撲の四十八手に準(なぞら)えて、そう呼ばれるようになっただけなのだ。

 ただしヨガのあるインドと、それのない江戸時代では内容がかなり違うのは予想できる。前者は普通の人の構造的に不可能なものが含まれそうだし、後者はコソコソと隠れながらどうやってするのかに重きが置かれていそうだ。

 

 それはさておき、ここでまた体格差がネックになると思ったのなら甘い。『チンボルト』はチビな私を補って、口まで届いてくれるのだ。そんな励まし? もあって、恥ずかしさに耐えながら彼の顔にお尻を向けた。

 

「グッショリ濡れて、レースが張り付いている。キレイだ」

「言わないで」

 

 それで彼は股間のレースを横にずらして、直接舌を使ってくれた。男の人の顔の前で自分の秘部を晒す。恥ずかしいし、はしたない。今までの自分が学んできた事すべてへの背信であり背徳だ。だけど同時にゾクゾクする。彼にもっと恥ずかしい私を見て欲しいという欲求と、早く私を快楽へ誘ってという欲求。それらが合わさって、後から後からどんどん濡れてくる。そしてそれをピチャピチャと愛しい人が快感を与えながら清めてくれる。だからそんな愛しい人のものを扱く手の動きと、舌の動きを早めた。

 

「で、射精るッ!」

 

 ほぼ同時に私もイッた。少々微妙なイキ方だったけれど。というのはそれまで膣に舌をニュポニュポ挿し込みながらクリを弄ってくれていた彼が、何を思ったか私のお尻のアレを舐め始めたのだ。それが99%まで行って堰を切る一歩手前だった。で、そこでフィニッシュを迎えてしまった。だから微妙なのだ。お尻でイッたとは認めたくないよ。

 そしてそんな微妙な中でも私は口中に注がれるそれに必死だった。だって彼の赤ちゃんの種だ。一滴たりとも零してなるものかと、2回3回4回と彼が射精する度に喉を鳴らして飲んだ。ママの胃で溶かされちゃうけれど、それがきっといつかはママの赤ちゃんの種になる。それでその時はパパの種と一緒になってこの世においで。パパとママは、世界中の誰よりもあなたを愛してあげるから。

 

「そんな事を考えながら飲んでくれたの?」

「うん。だってフンボルトのだよ?」

「君は最高の女性だ」

 

 小休憩の間の会話だけれど、彼はとても感激していた。その後のキスもとても優しい。だけど私の口は生臭くないかなって少し心配した。彼のだから私は気にならないが、彼は気にするかなと思ったのだ。そのくせに、彼の口臭(私のあそこの匂い)は気にならなかった。むしろオ◯ッコしたり生理になったり、碌なところじゃないのに。挙句の果てに今日は◯◯コの穴も舐められた。ちょっぴりリンさんの気持ちがわかった。なぜなら、フンボルトがもっと愛おしくなったからだ。

 だから回復後、彼の上になって指で導きながら腰を沈めた。もう痛くはない。膣口が広がる感覚でゾクゾクする。そしてグーッと挿入れていくと、彼の張った部分が次々と私の感じる部分を通過していくのがわかった。その感触が凄い。新たな発見もあった。私のお腹がポッコリと出ているのだ。それはそうなるよね。そして次にゆっくりと腰を上げていった。ほんの5cmでお腹が楽になる。10cmで子宮やその周辺の敏感なところがキュンキュンする。15cmくらいでクリ◯リスの裏がゾク~ンと来る。そのゾク~ンが引き抜く毎にゾワゾワとなってガ~ンとなる。私のGスポットが長いのではない。『チンボルト』が長くて太くて大きいから、早い段階からGスポットが反応しているのだ。

 それで内心で思った。浮気する気は毛頭ないが、もう私は彼以外だと満足できないだろうなって。5分なのか10分なのか覚えていないけれど、彼が私の中で果てた瞬間、それを受け止めた感触で私も意識を手放した。

 

 

 気が付いた時、フンボルトが涙目で私を見ていて、少し頬がジンジンした。

 

「良かった~~~~ッ」

 

 何と私は3分くらい気を失っていたらしい。それも絶頂の声を上げたと思えば、糸が切れたようにばったりだったそうだ。それで逆腹上死したのかと、かなり焦ったらしい。

 

「思うに自分で動く分、良い部分へ良い早さと良い強さに調整できるので、それでイキ過ぎたのだと思います」

「そういう事ってあるんだねぇ」

「まぁ、あなたとの相性が良いのが一番大きいですが……」

「エルヴァ、告白するよ」

「はい?」

「僕は今まで何人かの女の子とベッドをともにした。だけど、女性の中でイッたのは君が初めてだった。ほとんどの子が痛がるばかりで受け入れられなかったんだ。だから初めての晩に、君が僕を受け入れてくれた時、僕は本当に感激していた。君がヴァージンだった事よりも『大丈夫だから』と途中で辞めようとする僕を、何度も励ましてくれて全部受け入れてくれた。それが僕は最高に嬉しかったんだよ」

「じゃ、フンボルトはヴァージンだったの?」

 

 言葉の間違いではない。英語では男女の区別なく初体験前はヴァージンだ。ドイツ語も区別なくユングフラウという。つまりあの山の名は『処女峰』だ。

 

「って事はないだろうけど、そもそも挿入が君以外に成功していない。だからそういう意味でなら、僕も初めてだったんだろうね」

 

 私は感激していた。私が彼以外では満足できないと考えた矢先にこの告白だ。彼もそうだった。私以外じゃ無理なんだ。それがとても嬉しかった。

 もう一つ。彼は私のテディを脱がそうともしなかったし、脱げとも言わなかった。ヴェールすら着けたままだった(横になる前に自分で外した)。男の人だから面倒くさいと思う側面もあったのは否めないけれど、気に入ってくれたのも間違いない。いつもだと飽きるだろうから、こういう下着も小出しにしないとね。

 ただ、お手入れが大変だ。これは下着というよりプレイ衣装なんだよね。なので彼が寝入ってから、こっそりとお風呂場に行き、お湯で手洗いした。でないと体液で濡れた部分がシミになってしまう。それで防音しながら洗っていると、ロシアで夢精した時の事を思い出して情けなかった。

 ロシアでは本当に耐えた。エルと二人で必死だった。アレを着けると性欲の波が男性側に寄る。だから射精してしまえば楽になる。一応。それで阿吽の呼吸だろうね。灯りを消したテントの中で、お互いの潜めた喘ぎ声をおかずにして自分で慰めていた。やってるじゃんって? そうではない、必死で耐えました。では何に耐えたのか。それはエルと一線を越えない事をだ。私は倫敦での経験があるが(非ヴァージンだと思っていた)、彼女はそうじゃない。だから触りっこすらしなかった。一度でもそんな事をすればお互いタガが外れ、行き着くところまで行くのが目に見えていたからだ。今、彼とこういう関係になって思う。耐えて良かった~。あれでヴァージンを失っていたら……フンボルトにも申し訳ないし、エルと気まずい事この上ない。

 

 それと……。もう日は変わっているだろうけど、時差を考慮しながら今日中に国際電話を掛けよう。それでまずはエルとお祖父様に報告だ。そしてアメリカでの仕事を終えてヨーロッパに戻ったら、彼のご両親やお爺様やお婆様にご挨拶させて頂こう。

 お互い、まだまだしなければならない事があるから直ぐとは行かないが、先にエルと起業して、結婚しちゃってから大学に通っても良い。今までも『こうじゃなきゃ駄目』という固定観念はできるだけ排除しているつもりだった。なのに結構縛られていたんだなって自覚した。自分の中にあった優先順位がどんどんと変化する。でもそれがヘンとも思わない。生きて行く道が一つじゃないように、幸せになる道も一つじゃない。重要なのは彼が横にいるかどうかだ。

 

 

 

 チューリッヒに帰った私とモードレッドは、執事さんの運転で屋敷に戻った。エルヴァちゃんへの報告はモードレッドが念話でしてくれた。その間に家庭教師の先生に電話を入れ、私だけでも授業を再開して欲しい旨を伝えた。エルヴァには魔術で知識を移す積もりだった。それから大婆に帰った事を報告し、お仕事がおありでいらっしゃらないお祖父様がお戻りになられる夜まで家事を手伝った。

 

 そしてお祖父様への報告を終えると、『エル様』から教えられたという世界で起きている『現象』の真相を聞かされた。やはり起こしていたのは並行世界の『エル様』だった。

 現在も目に見えない革命は進んでいて、全世界で何百万もの人が脳障害で倒れているそうだ。それも決まって人を搾取する悪どい者ばかり。独裁者はその血統に連なる者、側近とその一族全員が倒れたという。一党独裁の国家もその党幹部と家族が倒れたらしい。

 

『アメリカやオーストラリアに留学しとる子供まで脳梗塞で意識不明じゃ。この人数じゃとスパイまで含まれとるな』

 

 エルヴァが居る日本も例外でなく、何万人もの人権派やリベラルと普段謳っていた者が倒れ病院がパニックらしい。それでもって一番恐ろしいのは、これだけの事件が一切報道されていないところだ。全世界を包んだ人心掌握の結果だった。

 自室に戻った私は『エル様』を思った。『エル様』はもう関与しないとお祖父様へ伝えたそうだ。この世界は変革の時を迎えた。『現象』となってしまわれたどこかの『エル様』が、そのチカラが及ばなくなる遠い遠い未来までより善き世界を維持するのだろう。だからなのか、各国の政府は新時代に向けた政策案を次々と発表しているらしい。

 そんな具合だったから、戻るように指示を出したのだと仰っていた。そしてエルヴァだけでなくお前も良い人を見付けなさいと言われてしまった。そこで私は『ウェイバー』の事を打ち明けた。

 

『並行世界から連れ帰るのか?』

『いいえ、未婚で子を産みます。それで十分です。またそれが私の役目でもありますから』

 

 そうなのだ。私には『エル様』から託された役割がある。一つは不安定になるエルヴァを救う事だった。『エル様』はエルヴァがおかしくなるのを見越していた。そしてこの世界のフンボルトが独身なのもご存知だった。実はあのロシアの隊にフンボルトが居たのも、アメリカでの合流も、全部仕組まれていた。『エル様』とお祖父様の計画だったのだ。

 そしてもう一つの理由は、この世界に於けるアインツベルンの未来のためだった。フンボルト自身は魔術師以下だが、彼の血は奇跡の血だった。家と家が結託したのでなく歴史が偶然そうした。エーデルフェルトとアインツベルンの血を引く唯一の人間でり、それまでの両家が積み上げた他家との交流で得た血の歴史、それらも全部受け継いでいたのだ。

 彼がもう少し若ければお相手はエルヴァちゃんだった。ところがここでは年齢差でそれが難しい上に、その一物の大きさにも難があった。お祖父様はそれで悩まれた。だけど『エル様』には適任者が頭にあった。半英霊の彼女ならその体格差を物ともせず、その一物を受け入れられるだろうと。

 そしてそれは日本で確固たる立場を得た『エルヴァ』には頼めない事だった。また、彼女の性格と人間性こそがこれからのエルヴァちゃんに必要だとも考えた。なので『エル様』はエルヴァを造ったのだ。勿論、彼女はマアエモさんと同じく、これからもエルヴァちゃんの善き導き手となる事は間違いない。

 でも彼女の性格には弱点があった。起源にも絡むが『満たされていない』と不安定になるのだ。そこをいい意味で狙って、補えるフンボルトを充てがった。つまり一石二鳥三鳥を目論んだ。それを上手くサポートするのが私に与えられた役目だったのだ。

 また忘れてはならないのは、フンボルトは『エル様』にとって『お兄ちゃん』だった点だ。あの方は今でこそ『間桐慎二』と恋仲だが、その昔はあちらのフンボルトに恋をしていた。いかにフンボルトが真面目で優しい男性なのかがわかろうものだ。

 ちなみに彼がハニートラップに落ちたところを『エル様』が救けに行ったのだが、踏み込んだ現場のベッドにいた5~6人の女性は誰一人フンボルトの物が受け入れられず、彼は半泣きだったそうな。

 それはさておき、結局その恋は『エル様』の片思いだったし、打ち明ける前にフンボルトが結婚してしまったのだけど(お相手の女性はロシア人で政府高官の娘さん。『エル様』曰く、性格はまぁまぁ良いが、もの凄いユルユルのガバガバらしい。そしてそれが本人の悩みで行き遅れていた)。この辺の事はアーチャーのお兄ちゃんも知っている。だというのにエルヴァの記憶にはほとんどない。でも役目が異なった、日本の『エルヴァ』にはこの記憶が返されているはずだ。自覚はないだろうが。

 

 そして先程お祖父様に打ち明けた、私のもう一つの役目は、どこの世界であっても『魔術師としての子孫』を残していないロード・エルメロイⅡ世の血を繋げる事にあった。そしてその子をアインツベルンに組み込む。上手く行くなら、エルヴァとフンボルトとの子と結婚させる。そういう『エル様』の願望入りな実験を進めるために私は造られたのだった。

 今のところは上手く行っている。次は私の番だ。エルヴァがフンボルトとアメリカでの仕事を進めている間にゲートを通って、第四次の世界に行きウェイバーの子種を採取する。あちらには大王が居るらしいので難しい面はあるが、身体を染めてエルヴァを装えば行けるだろう。そのためのヘナだったのだから。

 

 魔術師に造られたホムンクルスには皆んな役割がある。ほとんどは造物主の身の回りのお世話で、アインツベルンに於いては人道的な場合が多い。仮に造物主の夜のお相手をさせられても、お客様のご奉仕があったとしても、それはまだ人道的な範疇だ。実験で薬品を飲まされ、焼かれ、溶かされ、切り刻まれるまでになればさすがにどうかと思うが、他家はそんなものだ。

 そして当家のようにホムンクルスに甘い家はヌシが存在したりする。大婆の事だ。大婆は大昔に稼働耐久限界を知るために造られた。現在486年継続稼働している。新陳代謝はある。だがDNAが劣化しないので、老化現象を起こさない。そして今だに造物主に恋をしている。その造物主の孫がお祖父様だというのに。

 見た目は21歳くらい。マアエモさんと変わらない(マアエモさんの設定年齢は19歳だ)。そして今まで何人ものメイドを躾け育てて来た。だからガミガミと煩く思われていて、苦手だと感じているメイドが多い。いや、『エル様』も苦手だし、エルヴァちゃんも苦手だと話していた。

 だけど中身はむちゃくちゃ乙女で、可愛い人なのを知っているのは私とお祖父様くらいだろう。先程も帰宅の報告をする際に、空港で買ったお菓子を持参した。勿論大婆の好物だ。彼女は私とエルヴァの無事に安堵しながらも目はお菓子から離さなかった。それで私の報告を聞き終えるやいなや、いそいそとお茶の用意をし、振る舞ってくれた。

 こういう時に忘れてはならないのは、他のお土産は喜ばないという点だ。彼女は一度インプットされたものはリセットしない限り忘れない。お菓子はその銘柄のものしか口に入れないのだ。ここを知らないで良かれと旅先のものを渡すと不機嫌になる。そうやって誤解を生じ広めていく。だけど恩に感じた事などは絶対に忘れないし、そういう人にはとても親切だ。

 だからお花の水遣りや土の手入れ、三度の食事の仕込みや掃除に洗濯。全部決まった手順で同じようにやる。頑固で融通が利かないようにも見えるが、実はそこに一切の無駄がない事に気づく。だから苦手だと感じても嫌われてはいなかった。

 ましてや庭の花の一輪一輪に咲き誇った事を優しく褒め、枯れていく時には必ず御礼の言葉をいう。あまり知られていないが、それが最古参のメイドの本当の姿だった。

『エル様』はそんな自分の大婆に、爆竹を仕込んだという。大婆に『碌でもない子』と赤ん坊の頃に言われたからだ。だから立って歩けるようになったら、自家製の爆竹で真っ先に復讐した。やっぱり『碌でもない子』だった。さぁ、今週末にはそんな『碌でもない子』と似ても似つかない可愛いエルヴァちゃんが帰って来る。会うのは久し振りだ。モードレッドの邪魔をしない程度にお話をしよう。

 

 

 

 皆様、お聞き下さいませ。三日間に渡る学園祭が開催され、いよいよ本日が二日目、メインの日なのですわ。そのハイライトを飾りますのが美人コンテストですの。そのコンテストに我が盟友リンが出場しますのよ。カエデの応援もあり、リンはフリソデを着るのだそうです。日本の伝統衣装キモノの中でも若い未婚の女性にしか許されぬ、それは艶やかな衣装なのだとか。

 このフリソデに関しまして少し朗報がありますの。何と私のフリソデも注文済みなのだそうですわ。誰のサイズに合わせましたかと言いますと……。

 

『どうせ、同じサイズでしょう?』

『同じでも色や柄くらい選ばせなさい!』

『姉様は青であれば、何でも宜しいのでしょう?』

『宜しくはありませんわよ!』

 

 皆んな、聞いて。朝、食堂に下りたらルヴィアと知らない人が居て、声を掛けても戸惑うだけなの。先に居たエルヴァに聞いてルヴィアの妹さんとそのお友達だとわかったのだけれど。その後ルヴィアが下りてきて、その時の挨拶(本当に以前話していた『リューリィ』と紹介していた)が終わってやっと納得したんだけど。あんたら、そのクルクルも同じなのかよと驚いた。

 で、たぶんフィンランド語で話し始めた二人は、ずっとこの調子なのよ。ケンカかなと思ったけれど、どうも違うみたい。だってルヴィア、めっちゃ嬉しそうだもの。それと実は二人を見分けるのは簡単で、妹さんはルヴィアと違って赤が好きらしく(私と同じだ)、身に着ける衣類のどれかに赤が選ばれている。なのでぱっと見てわかる。どうも子供時代からの習慣らしい。それも全身真っ赤な場合は、ドレスに限られるそうだ。そこは日本に来てからのルヴィアと同じらしい。

 ところで、そのリューリィさんはお友達のフィオレさんと昨夜遅く、私達が眠っている間に冬木に入り、事前に聞いていたオーギュストさんが迎えたそうだ。そして時差くらい事前に調べておきなさいといったルヴィアに対し、リューリィさんは重々承知の上だし日本も2回目だと言ったのだ。

 なんとこの夏、バカンスを利用してリューリィさんはフィオレさんと日本旅行をしていたらしい。ではどうして冬木に来なかったのかというと、温泉が余りにも良かったので動きたくなかったのだという。

 だけどエルヴァが指摘せずとも、私もエルマもトロンメルもわかった。フィオレさんは足が悪いらしく車椅子だったのだ。だから移動も余りできないだろうし、何より友人の足に良いと思って温泉で逗留していたようなのだ。

 で、着物の方は京都のお店でルヴィアの分まで注文しちゃったらしい。それで今揉めているのだ。まぁ、たぶん二枚目の振り袖は蒔寺さんのところで注文するのだろう。私も本日は試着ついでに借りるという名目だった。それで後日正式に注文の運びだ。

 蒔寺さんもタダでは貸さないだろうし、元々私はお婆ちゃんに見せなきゃならないので振り袖は注文する積もりだった。またエルヴァのところには、夏前から振り袖のご案内が大量に届いていた。そういう年齢になったのよねと染み染み思ったものだ。それで先日お婆ちゃんに会いに行った時、その話をしたら詠鳥庵で頼みなさいと仰せつかったのだ。その流れからの学園祭だったのだ。

 

「まぁ、カエデのところでも注文すれば良いだけですわね」

 

 やっぱりそうなったか。

 

「それとリューリィ。あなたも話せるなら英語を使いなさい。フィンランド語は皆さんに通じないのですから」

「わかりました」

 

 リューリィさんは母国のフィンランド語の他に、英語とフランス語、フィオレさんの母国であるドイツのドイツ語、プラハの協会があるチェコのチェコ語と、それに近いスロベキア語が話せるらしい。フィオレさんもドイツ語と英語以外に、チェコ語と珍しいルーマニア語が少しとイタリア語にスペイン語が話せるそうだ。その全部がわかるというエルヴァとエルマにトロンメル。何だオマエラは。

 

「姉様はそのコンテストに出ませんの?」

「そちらのアインツベルン三姉妹が出ますのに?」

「敵前逃亡ですの?」

「何とでも仰っい。リンやエルヴァさんとは争いたくありませんのよ」

 

 そこでリューリィさんが首を振った。これはどういう意味かというとリューリィさんはフィオレさんと親友同士だ。それと同じように私とルヴィアにエルヴァも仲が良い。だから『争いたくありません』の真意を察して首を振ったのだ。悪い解釈でなく『それなら仕方ありませんね』という意味だ。欧米では手招きなどと同じで、日本とは真逆の仕草をする場合がある。私が『あれ?』っと思ったのは、それだけ冬木に馴染んで日本人感覚に戻っていたからだ。

 また、実はリューリィさんとフィオレさんはエルマともう一人の『エルヴァ』にルーマニアで会っていた。だけどその事をルヴィアに知られたくないらしく、エルヴァ達に『秘密にして欲しい』とルヴィアが下りてくる前に頼んでいた。勿論エルヴァ違いだ。だけどエルヴァは『わかりました』と答えていた。こちらはややこしくしたくないとの気遣いだが、もし学園祭に来たらどうするのと聞けば、『昨日で満足して、今日は来ないだろう』との話だった。

 昨日来ていたのかとびっくりした。しかも彼氏と一緒だったという。認識阻害を掛けていたらしく、誰も気付かないだろうとエルヴァは話してくれた。

 

『彼氏!? どんな相手?』

『ドイツ系で、吉川クンなみに背が高く、太ってもいないし、結構男前の人ですよ。背の高さ以外合っていないから、こうも好みが違うのかと驚きました』

 

 な~んて言ってたが、二人が同一人物なのは間違いない。だから環境と出会いなのだろう。不思議な気持ちになるけれど。また師匠が今冬木に居る事も判明した。郵便受けに師匠からの課題が入っていたのだ。会いたいが、どうも今回は何かの意図があって会えない気がした。

 朝食後にその課題を見せながらルヴィアに報告したら、彼女も今回は会えないと感じているらしく、課題を暫く見詰めていた。

 

「すみません、皆さん」

「いいえ、気にしないで」

 

 そんな具合に皆んなしてフィオレさんをクルマに乗せた。折り畳んだ車椅子をトランクに積み込んでからオーギュストさんの運転でリューリィさんとフィオレさんは出発した。私とルヴィアは本日バス通学だ。エルマに今日の桜は数本早いから会わないだろうと言われた。ありがとう、気遣ってくれて。

 そして昨日で調整期間が終わり、本日から冬服だった。エルマも私もルヴィアもブレザー姿だ。自転車通学のエルヴァとトロンメルはブレザーをリュックに入れたり前カゴに積んだりしていった。坂を登る時暑いからだそうだ。

 

 

 

 今朝のヴァイキング会場で相談した。いつ帰るのかだ。私としては『ケジメ』が付いたので何時でも良いと返事をした。それに対してリンさんとシロウさんが今日学園祭に行きたいから明日帰ろうと言った。お兄ちゃんと凜は『エル』待ちだからこのまま残ると話していた。なので本日、私とフンボルトは時間が丸々空いてしまった。だから部屋で暫く休憩しながら相談した。

 

「どうする? 行きたいところはある?」

「いえ、これといって……」

「だよね。そうだなぁ……それこそ楽器屋にでも行くかい?」

「そうですね。あの界隈に行けば他にもお店がありますから」

 

 それで大雑把だけれど予定が決まった。

 

「エルヴァ、君さ。ちゃんと寝ている?」

「え? 眠っていますよ。どうして?」

「今朝起きたら、君がキャミソールと短パンだったからさ。いつもはそういうスタイルで眠るのが、初めて知れて嬉しかったけけれど、昨夜の魅力的な君はどこに行ったんだろうって。夢だったのかなって頬をつねってしっかり目が覚めたよ」

 

 ゆったり眠れるのなら何でも着るけれどね。『姉のイリヤ』は夏だと浴衣一択で冬はネグリジェだった。『エル』も夏はパジャマが多く、冬はパジャマかネグリジェだった。これは私も同じだったが、ここに来てからはパジャマばかりだ。だけど今朝、ナイトウェアのキャミセットを着ていたのは、当然フンボルトを意識してだ。

 大人っぽさを意識し過ぎに思われたくないし、余りにもオンナを推し出すウェアも良くない。だからスリップやネグリジェを避けたのだ。

 

「フンボルト……ありがとう。でも、あの衣装は特別ですよ? 毎日だと飽きるでしょう?」

「飽きないよ。でも特別という君の意見は尊重したい」

「ね?他にもあるから、またそれを楽しみにしていて?」

「わかった。君はどこまでも素敵だね?」

「あなただからです。他の人には見せません」

「ああ……」

 

 そこで抱き合い恋人のキスを交わした。でもこれ以上は火が付きそうなので、お互い我慢して離れた。唇が離れたくないと糸を引いていた。

 

「出ましょうか?」

「ああ、行こう」

 

 そうして秋が深まる新都の街を手を繋いで歩いた。ホテルで休憩したのが良かったのか、お店は開店したばかりだった。

 

「日本製はキーボードやエフェクターなどが良いって印象があるけれど、ギターはどうなの?」

「この国は昔から木の国なんですね。千年以上も続く建設会社は寺社仏閣建築の会社ですし、一般の家屋にも木造建築が多いです。また木工細工職人も頑張っていますし、世界的に有名な楽器の会社もたくさんあります。ですので文字通りピンきりです。お金を出せば最高級のものが買えるのは当たり前ですが、そこそこでもかなり良い物が手に入りますよ」

「つまり層が厚いんだ。だからピンきりなんだね?」

「はい。それでそのピンきりの『きり』のやや上のランクで良いのがあったら……」

「掘り出し物だって思うよね? アレなんかそうだ。『'2003 gibson les paul junior special plus』」

 

 それはアメリカで彼が買ってくれたステディ・ギターだ。だから入り口の取り扱いカードのステッカーをサッと見て、自分のカードが使えるのを確認した。

 

「じゃ、私からもステディ・ギターを」

「本当に? 良いの?」

「ええ。ただし持ち帰るのは自分ですよ?」

「そこは覚悟するよ。けど、そういうのに役立つ、エルみたいな魔術ってないの?」

「あるにはありますが……」

「ああ……好奇心で訊いただけだから。自分で運ぶよ?」

「で、できないわけではないですよ?」

 

 何を言っているの? エルと比べられた気になって、つい意地に……バカだ、私。

 

「ゴメン、言い出しっぺの僕が悪かったよ」

「いえ、こっちこそ。つい意地になってしまって。すみません」

「ううん。それって魔力効率の問題?」

「はい。空の上だと」

「ああ、なるほど」

 

 その時の『なるほど』が、どこを見ているのと思うくらい高い高い空の先を見ていたのでなんだかおかしかった。それでくすりと笑ったら人の声がした。

 

「仲が良いのはわかりますが、ちょっと場所を考えて下さい。お店に入れないですよ?」

 

 振り向いた私もフンボルトも固まった。

 

「エル? 君、スイスじゃ?」

「フンボルト……ち、違います。その人が私の元だった『エル』です」

「彼女が……?」

 

 そしてフンボルトは怒った。止めようもないくらいに怒った。そして『エル』に掴みかかろうとして投げられた。身長190cmに届こうかというフンボルトを153cmの女の子が一本背負いしたのだ。身体の返し方の早さ、引き腕に無駄な労力を使わなくて済む腰の下げ方、そして相手を180度ひっくり返す腰の上げ方と、それを利用しての再度の腕の引き。見事だ。それでいてフンボルトが怪我をしないようしっかり袖を引いていた。だから頭も打たなかったし、怪我もない。歩道にしこたまお尻をブツケただけだ。

 

「エルヴァ、彼と出会えて幸せですか?」

 

 フンボルトの千切れたシャツの袖を持って、そんなわかりきった事を、優しい声と顔で言うな。

 

 それで3人でフンボルトのシャツを買いに行った。代金は『エル』が持ってくれ、喫茶店できちんと謝ってくれた。投げた事だけを。

 それで私はわかって来た。フンボルトとの出会いも何もかも『エル』が仕組んだ事ではないのか、と。もしかしたらビーチで襲って来た連中も、彼女の暗示だった可能性がある。それで私の心に火を着けつつ、彼女が捕まえていた連中の処刑係にもした。考え過ぎな気持ちと、彼女ならやりかねないという気持ちが半々だ。

 いや、自分の手を汚さず悪人を懲らしめる……実に彼女のやりそうな事だ。だけど仮にそうだったとしても、私の事を思って動いてくれたのは間違いない。それはあの命を救われた時から、ううん、もっと前からわかっていた。そしてフンボルトも、彼女がもっと広い視野で物事を見ている事に気付き黙ってしまった。それくらい彼女の瞳は人の目でなくココロをを貫いていた。私の事だけじゃない。フンボルトの事も、『エルヴァ』の事も、全部を視ていた。

 フンボルトが喫茶店の化粧室でシャツを着替え終えると、お茶を飲み干し再び楽器店に戻った。彼女は本当に楽器を見に来ていて、偶然出会ったのだとそこで理解できた。

 

「あなたが今更何を?」

 

 すると彼女は私の手を引いて、ギター売り場に行った。それで隅の方のスタンドに立っているギターを指差した。

 

「あった、あった。あれですよ」

 

 それは昨年から販売されている、『Gibson Les Paul Melody Maker』だった。色はチェリーとブラックとイエローの三色展開で、『Gibson』の最廉価ギターだった。要はスチューデントモデルなのだが、60年代のヴィンテージや、その延長の細いシングルコイル・ピックアップが特徴の70年代のものとも違えば、80年代のハムバッカーが乗ったのとも違っていて、リアに『P-90』が一つだけ乗った『Junior』のようなギターだった。

 ところが彼女が指差しているのは、シルバーカバーのドッグイヤーな『P-90』がリアに、黒いソープバーがフロントに乗っていて、だけど増設されたトグルスイッチはネック近くになく、ボリュームとトーンのノブとジャックとが一直線に並ぶ位置に新設されていた。言ってみればより簡易な『Special』だ。

『Melody Maker』らしい細いヘッドに安っぽい小さく白い丸ペグ。なのに妙に惹かれる。リアのシルバーカバーが良い。これは何かがある。

 

「これは?」

「このお店の限定モノでしてね。これは『P-90』のようですが、他に『P-100』が乗っているタイプもあります。色はこの黒のみ。たった5本限定の『近藤スペシャル』ですよ」

「え?」

「『P-90』が3本、『P-100』が1本、禁断の『Jazzmaster』のピックアップが乗ったのが1本の計5本です」

「つまり近藤啓司クンの?」

「そう、お父様のリワインディングですよ。1万でなく6千回巻いたかどうかでしょう。抜けますよ」

 

『エル』はこれらをフンボルトにもわかるようにドイツ語で話してくれていた。そしてお店の人に在庫を尋ね、『P-90』2本と『P-100』が1本、それと『Jazzmaster』の1本の計4本を注文した(『P-90』は1本売れてしまったらしい)。

 

「あちらで買って、持っているのでしょう?」

「『P-90』だけ。『P-100』は近藤クンが、『Jazzmaster』は遠坂クンが先に買ったのですよ。その2本は予約して内金を入れてありました。それを引き取りに来たのです。『P-90』の2本はあなたとフンボルト君に」

 

 するとフンボルトが『彼女の分は僕が支払う』と言った。それに『エル』はこう返した。

 

「お詫びの気持ちです。遠慮せずどうぞ。後で鞄に空間拡張と重力軽減の魔術を掛けてあげますから」

 

 こうなるとフンボルトは手軽に帰れると踏み、自分のステディ・ギターを新たに選んだ。それは『YAMAHA SG-2004』のアンバーだった。まさに日本のエレキだ。しかし、限定なのにまだ残ってたんだ?

 そこで『エル』が、試奏しようと誘ってくれた。フンボルトは『YAMAHA SG-2004』をアンプに挿して感動していた。実際サスティーンのある伸びる音だ。ただどこまでも『Les Paul』っぽい中低域の籠もり気味な音だ。アメリカにあるもう1本が『Telecaster』なのでこれはこれで良いのか。

 次に彼は『P-90』を弾いた。首を捻っている。

 

「どうですか? ボディは鳴らないし、伸びも悪いでしょう?」

「これ、駄目なんじゃないかい?」

「バンドを組めばわかります。これが体育館くらいの広さでのライブだと、ドラムやキーボードに埋もれずしっかり後ろまで届く音が出ます。そういう周波数を拾うピックアップなのですね。ただしアンプは20万以上のモノが必要です。シールドも高域を落とすカールを選べば、バイト感(噛みつき感)のあるミッドが前に飛び出ます。ギター側のボリュームを絞っても、この巻き直しで音の解像度が良くなっています。なのでアルペジオもしっかり聞こえます。またボーカルのバッキングでも存在感を失いません。おまけに軽く、裏にコンターもあるので弾きやすいです。このギターは学生のアマチュアバンドを想定してあるのですね。木材も安物で塗装も厚い。ですがアンサンブルに埋もれず抜けます」

 

 その分、良いアンプとテクが必要になる。誰向きだとなるとズバリ『エル』向きだ。近藤クンにしても遠坂クンにしても、使いこなすのが難しいギターだろうな。だけど……。

 

「この近藤ピックアップはこんな風に出回っているんですか?」

「ええ。ここと委託契約していて、ピックアップ単体を納入しています。また、アンプやエフェクターの修理やモデファイも近藤クンのお父様がされています。今の時代、街の電気店だけでは苦しいですよ」

 

 そういう事だったのか……全然知らなかった。

 

「持って帰れるなら、サーキットまで手を入れられた近藤テレや近藤ストラトも置いてありますよ。ただ元がアメリカンスタンダードなので、私も持っていません。本当に欲しいのは72年タイプのカスタム・テレかデラックス、それかシンラインですね」

 

 彼女が話しているのは、71年から79年に『Fender』で採用されていた『Wide Range Humbucker』の付いたモデルの事だ。それまでのラッカー塗装がポリになり、木材もやたら重く、ネックも4点ドメでなく3点ドメになって不人気だった時代だ。『Fender Japan』がデラックス以外は作り続けていたので、そっちを知っている人は多いと思う。

 だけど『Wide Range Humbucker』がクニフェ(CuNiFe、Copper・Nickel・Iron(Fe))だったのに対し、アメリカでの再生産はフェライトで日本のはアルニコだった。そしてクニフェは巻数も6200と6800と一般的なハムバッカーよりかなり少なかった。だからワイドレンジだったのだ。この音を知り、惚れ込んだ人だけがこの72年タイプを愛用し推していた。そんな中のお一人が近藤クンのお父様だったわけだ。

 だけどクニフェはもう手に入らない。そこで研究を重ね編み出した成果が近藤クンのギターに載っているピックアップだったのだ。また『Fender』と『Fender Japan』では弦と弦の間隔が異なっている。つまり近藤クンのギターは?

 

「一品だけの巻き直しでしょう。ポールピースの磁石はアルニコと聞いています。それとストラトのピックアップやギブソン系ハムバッカーを巻き直したモノの方がお店も売りやすいですからね。だから『Fender Japan』のワイドレンジ巻き直しも希少なら、オリジナルのクニフェ巻き直しも希少なのです」

「クニフェの巻き直しなんてあったんですか?」

「お父様がお持ちですよ。私が欲しいのはそちらです」

 

 アメリカで中古を買って来て、日本で巻き直して頂くという訳にはいかないのだろうか。

 

「そのまま使いなさいと断られました」

 

 あら……。だけど彼女の話は面白い。マニアック過ぎる。フンボルトも『エル』の話で、彼女という人間に得心がいったのか何度も頷いていた。フンボルトが『エル』にギターの音について質問していた。

 

「音に対する形容詞は様々ありますが、重要なのはPAを使うなら、そのPAの再生レンジと拡散力、会場の反響、収容した人々の吸音効果で耳に入る音は変わります。極端に言えば、マイクで拾う限りアンプのキャビネットの4発の内1発だけ良いスピーカーを使い、そこにマイクを立てれば良いのです。となれば弾き手の耳にしょぼく聞こえても、観客の耳に良い音が届けば良いのです。そしてその良い音を構成する要素が、ギターのボディとネックの鳴り、その鳴りという間接音を弦から拾える入力レンジの広いピックアップ、そしてヌケの良い音域に固定してくれる、言ってみればハイカット・ローカットを適度にしてからシールドに送ってくれるコイルとピックアップの出力側にサーキット。これらを余すところなく増幅してくれるアンプとキャビネットにスピーカー。詰まるところはリアルに変化する倍音成分をどのように送り出せるかです。そのように理解すると、この『Melody Maker』がバカにならないのです」

 

 これは私も納得だ。クリーンって何だ? クランチって? オーバードライブやディストーションにファズは歪み系エフェクターの効果の深さにあるとわかっても、アンプのオーバードライブとクランチの違いに、クリスピーやジューシーなどの形容詞がそこに加わると途端に曖昧になる。

 実は澄んだ濁りのない綺麗なクリーンって、ギター・アンプにあってはならないのだ。30cm前後のフルレンジで森の中のせせらぎみたいな澄んだ高音などツイーターのないキャビネットで出る筈がない。出るとハイポジションでキンキンした使えないキャビネットになる。そして耳を劈(つんざ)く高音は、再生できないスピーカーしか使わないギター・アンプに必要ない。必要なのは中高音域と、高音を感じさせる倍音と、低音を想像させる倍音だ。

 なので出来の良いアンプのクリーンほど微妙にコントロールされた歪を持つ。例えるなら甘みを強調するための、ごく微量な塩味が混ざっている。そして人の耳はその方がよりクリーンに聞こえるものなのだ。ここを念頭に置いて塩味を効かせないと、砂糖の雑味を感じてしまう。『JC』がクリーンに感じられないという意見はそこを指している。

 ではクランチとは? これは素直に日本語に訳す方が良い。意味は『噛み砕く音』だ。バリッ、ガリガリ。だけど喉を通る時は音がない。つまり弱く弾いた時は歪を感じさせないが、強く弾いた時はバリバリッと歪むさまを表している。ここからゲインを上げていくと今度は弱く弾いても歪んだままになる。そこからがオーバードライブ(リード)の領域だ。

 クリスピーも飲食に関係あり、パリパリした食感を指す。また同時にその歯切れの良さから爽やかさも併せ持つ。つまりきめ細やかな音の粒と言うか質感の揃った歪を言い表している。『TS系』や『OD系』のようなオーバードライブによく使われる気がする。逆にジューシーは肉汁の滴るさまを表していて、ウエットさや濃厚な旨味も指している。なのできめの細かさが残る『SD系』のディストーションに使われるイメージが私にはある。

 このように音に対する表現(形容)は、人によって千差万別だ。だからこそ、自分の耳でなく聞かせたい相手にどう聞こえるのかが重要な指針となる。『エル』はそこを知るのに、近藤クンのお父様が巻き直したピックアップの付いた『Melody Maker』は良い道具だと言ったのだ。

 

 フンボルトは『エル』から贈られた『Melody Maker』を何度も見詰めていた。

 

 

 

 お店から出るとギターをケースごと鞄に詰め、場所を移動して違う喫茶店に入った。彼女はモーニングセットを頼んでいた。

 

「フンボルト君。茹で玉子と小鉢、それと生中のモーニングって知っていますか?」

 

 西成のモーニングか!? そんなのフンボルトが知るわけないでしょ?!

 

「じゃ、オニラミは?」

「オニラミ? なんだい、それ?」

「アテを一品だけ頼んで、それを見詰めて湧いて出る唾をアテにしてお酒を呑むのです」

 

 オツマミの捻りかよ!? だけどフンボルトは言葉こそ知らなかったが、その飲み方を知っていた。

 

「わかるよそれ。猛者になると人の食ってるシュバイネハクセを見ながら一杯空けたり、店頭で焼いているソーセージの香りで呑んだりね」

 

 ドイツにもあったのかぁ……。皆んな、皆んな、貧乏が悪いんや!

 

「なんで大阪弁で考えるのです?」

「人の思考を読むな! それで……あなたは学園祭に行かれないのですか?」

「行ってますよ。今4階に上がったところです」

 

 これだ……。

 

「エーテル体?」

「ええ。身長170で23歳の想定です。これがあなたもできたなら、浮気なんて絶対に起きませんよ」

 

 この部分を日本語で訊いて正解だった。

 

「どういう……?」

「あなたが最高のポ◯シェであっても、最高のフェ◯ーリにはなれません」

 

 そう言って片眼を瞑った。本当に視力がないのかと言いたくなる仕草だ。瞳の瞳孔も自然ならチラッと他所を見る視線も自然。こんな風に彼女は演技も上手い。それでもって人格や性格をコロッと変える方法も確立している。

 

「まぁ、置換魔術での意識交換が限度でしょう。精々それで彼に女の悦びを教えてあげなさいな」

 

 こいつは……なんで最後だけドイツ語で言うの!?

 

「お。『エルヴァ』はやりますね。そう来たか」

 

 きっと例の小学生スタイルだろう。

 

「カブスカウトの制服とはマニアックな」

 

 衣装は日替わりなのか! 午前はカブで午後はガール? 本当に『私』なのかよ……。

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