学園に到着すると、車椅子のフィオレさんとその後ろに立つリューリィさんが待っていた。チケットをルヴィアが持っているからだ。しかもリューリィさんをルヴィアだと思って挨拶している学生もいた。
「お待たせ致しましたわね。では参りましょうか」
そうして私達は手荷物検査を終えて入場を許された二人とともに下足室に向かった。ちなみにフィオレさんをクルマから下ろしたり、車椅子に座らせたりはオーギュストさんと二人で行ったそうだ。
「姉様」
「何です?」
「予備があるのなら、そのユニフォームを借りれば良かったですわ」
「あら、それは好奇心?」
「もありますが、先程から人々がルヴィア、ルヴィアと」
「ま。私と勘違いされたのですわね。さりとてあなたは日本語が話せないわけですし」
「ええ。それで何人かの人を不快にさせたかも知れません。お許し下さいませ」
「そこは仕方ありませんわよ。後でわかる事です。その意味でそちらの服で良かったのでは?」
「ええ。その通りなのですが、姉様が羨ましいのですわ」
バスの中で改めて聞いたが、リューリィさんは幼少時代からずっと身体が弱かった。だから学校もほとんど通っていないし、友人も居なかった。唯一の友人がプラハで出逢ったフィオレさんだけなのだ。そして二人は寮で同室だった。リューリィさんが発作を起こせば、フィオレさんが寝ずに看ていた。フィオレさんの足にある魔術刻印が疼いて苦しい時は、リューリィさんが何でもやった。いや何もそれは、そういう時だけではなかった。
普段からの掃除洗濯、フィオレさんのシャワーなどなど、身の回りの少し難しい事は何でもリューリィさんが助けていたそうだ。
『メイドや執事の人を付けられなかったの……?』
『父も母もあの子がプラハに行くと決心した時に既に下調べは済んでいましたのよ。その上で……ですわ』
フィオレさんが同室になるように手を打った。
『父はプラハでも名の通った理事です。ですので反対はなかったそうですわ。そしてこれは皆の思惑が一致した結果なのですわ』
フィオレさんには弟さんがいて、時計塔に行く事が決まっているらしい。姉弟でプラハと倫敦に別れたのは、フィオレさんのフォルヴェッジ家が私の遠坂家と同じで後ろ盾もない弱小の家だからだ。もし私と桜が同じ魔術師で同じ遠坂なら、フィオレさんと同じような事をしただろう。
家の魔術を進展させるためにも、少しでも異なるものを幅広く知って、深く学びたい。そして未来のため、子孫のために顔も広くなっておくべきだ。現にリューリィさんもその思いがあってプラハを選んだという。だからフィオレさんは甘えられなかった。弱小で金銭のない家は付添人も介護人も雇えない。成績優秀で入学したフィオレさんだったが、翌々年にリューリィさんが入ってきた時はすっかりプラハのお荷物だったのだ。
そこで困った教授や先生方を安心させる意味でも、リューリィさんを同室にさせた。またルヴィアと同じでお嬢様気質なリューリィさんの成長を促す意味もあった。そしてご両親はリューリィさんの孤独とコンプレックスも知っていた。
今まで誰一人友人が居らず、双子の姉だけは陽のあたる場所に居る。聞けば聞くほど並行世界の『桜』のようだった。ルヴィアが私と似ていたのはそこもあったのだ。
それが今はどうだろうか。リューリィさんはルヴィアと同じで誇り高く慈愛の心を持つ人だった。何度も断られたらしいが徐々にフィオレさんを手伝う事を許され、お互いに打ち解けて行った。そうしてお互いの悩みを話し、助け合うようになり、今のような関係になった。二人は共同研究者だ。そして階位は二人とも『開位(コーズ)』を得ていて、フィオレさんは『典位(プライド)』がほぼ内定してるとか。私とルヴィアは退学と引き換えのお情けでやっと『長子(カウント)』だ。
『何をやってんだろうね、私らは?』
『昔なら……あなたが尽く足を引っ張るからだと言い張ったでしょうが、私にも引けない理由があったのですわ』
吊り革に捕まり、溜息を吐く私達だった。その後に校門前で待っていた二人と合流したのだ。以前エルヴァから聞いていたのでリューリィさんのルヴィアから制服を借りれば良かったという発言の真意はすぐにわかった。
両方とも憧れなのだ。日本の学校のような制服に憧れている海外の人は結構いるのだとか。それとあと一つはルヴィアと一緒に元気な姿で通いたかったという意味だ。だからルヴィアはリューリィさんの傍に行き、リューリィさんの頬を撫でた。
「今は、フィオレさんと元気に講義へ通っているのでしょう?」
「はい」
リューリィさん、とても嬉しそう。私とフィオレさんは顔を見合わせてクスクス笑った。そして下足室へ行き、エレベーターの方へ向かった。
「パパ、まだなの!」
「少し待って、クロエ。髭の剃り残しがあるんだ」
「そんなの良いじゃない」
「君が良くても……いや、君やイリヤが良くても、エルヴァに恥は掻かせせられない。だろう?」
お父さん、ウマい。これでクロお姉ちゃんは黙って待つしかない。逸る気持ちはわかるよ? 私だって早く学園に行きたいもん。
「じゃ、あなた。私達、先に出ているわ」
「ああ、僕も後で追い掛けるよ」
「ええ。士郎君と美遊ちゃんをよろしくね」
「了解」
クロお姉ちゃんが焦っていたのは、途中で寄って美遊とお兄さんの士郎さんも乗せていくからだ。
「ママ? もう?」
「うん。イリヤお姉ちゃんがね」
ママの横はイリヤお姉ちゃん(英霊のイリヤ)だけど、オーギュストさんが巫女のお姉ちゃんと、小さい方の二人のお姉ちゃんを乗せていく。今日は皆んなで高等部の学園祭だ。でもセラとリズはお留守番。残念だけど仕方ないよね。だって二人の休日は日曜日以外って決まっているから。だから明日の月曜日に学園祭に行くんだって。
そうしてママたちが出た後、私達も出発した。
ミユやシロウを迎えに行くためキリツグ達が遅れるのはわかっている。だから全然慌てる事もないのだけど、私とお母様には重要な役目があった。それは駐車場の確保にあった。このロードスター、キリツグのレンジローバー、そして巫女のあの人達が乗るオーギュストのベンツェ。その3台分の場所取りだ。
バスがUターンするロータリーの先に学園所有の臨時駐車場があるし、本日の日曜のみ小学部や中等部のグラウンドも臨時駐車場として開放される。だから場所が足りなくなる事は無さそうに思うかも知れない。だけど、臨時駐車場が開放されるのは本日のみというところに危険な香りがする。
それに学園祭と言ってもまずは小学部の体育館に行って、クロエちゃんやおチビちゃん達の作品を観てあげないと。ビデオもカメラも準備はバッチリだ。いつしか日本のアインツベルン家の長女としての自覚を持ってしまった私である。
「イリヤちゃん。葉っぱの色が変わって来たわね?」
「うん。秋だよね」
クルマは学園坂を登っている。飛ばしてはいないがお母様もアクセルワークとブレーキングが上手い。しっかり前側に荷重移動させてから曲がっている。
「へぇ~。前より上手くなったんじゃ?」
「やっぱりそう思う? ロードスターのお陰だわ。もっと前から乗り換えておけば良かったわ」
なんて謙遜されて言うが、聖杯戦争後欧州や北米など世界各地をキリツグとともに走っただけあってやっぱり上手いと思う。そもそも全並行世界を見渡して、いったい何人のアイリスフィールが生き残るのか。その内の何人がここまでの操縦技術を得られるのか。
『巫女のイリヤ』も話していた。彼女のお母様(つまりエルヴァや『エル』のお母様)はサーキットでも走っているって。だからそちらが1番で、こちらのお母様が2番だろう。それに最近のお母様はエルヴァから借りて、MR-Sも楽しまれている。それによって以前より、苦手に感じていたS2000がわかって来たと話している。だからこのロードスターなんてすっかり手の内だった。
「イリヤちゃん。後ろから何か来るわ」
ミラーをちらりと見て、そう呟いた。何だと私も振り向いた。すると黄色いクルマが後ろからグングンと迫って来た。早いしウマい。どこの保護者だろう?
あっという間にそのクルマは横に並び、私達を抜き去っていった。飛ばしていないから速度はどうでもいいけど、コーナリングがやたら早い。それでもって荷重移動やブレーキングもウマいのが後ろからだと良く分かる。
「あの人、ウマい。エルヴァちゃんくらい上手よ?」
「だね。何ていうクルマだろう。わかる? お母様?」
「う~ん。間違っているかも知れないけど、たぶんロータス・エキシージだわ。出たばっかりのMk-Ⅱね」
ウィンドウにはフィルムが貼られているのか中は見えなかった。そもそも並んだのは一瞬だったし。だけど私は内心でエルヴァよりウマいのではないかと感じていた。
日曜の朝からご苦労さまな警備員さんの誘導で、私達はボツボツと埋まりつつある小学部の校庭にクルマを進めた。思った通りの場所にエキシージが止まっていた。だからそこから2台分空けてクルマを止めた。降りてきた人は若い女性で、ルヴィアのような輝く金髪の白人だった。サングラスを外しこちらに微笑み掛けて来た。
身長は170くらいか。自分達と比べると随分高く感じるが、このくらいの欧米人は多い。瞳は孔雀の羽根のような翠がかった碧。一見地味に見えるアーシーな色のワンピースだが、腰のベルトがいい感じで上半身にドレープを生み、ロングな下半身のフレア感を強調している。
クルマから高級そうなサンダルを取り出した彼女は、それまでの底の低い靴と履き替え、ダークグリーンのジャケットと白いバッグを取り出した。
「あのバッグ、エルメスのバーキンだわ。きっと200万くらいするわよ。サンダルもワンピースも全部ブランド物じゃないかしら。とても似合っているしさり気ないし。根っからの大金持ちなのね」
うん、そんな気はする。そしてそんな上品な人が、クルマをロックすると私達に頭を下げて体育館に行った。
「小学部の誰かの母親?」
「かもね。見ないお顔だったから、お子さんは低学年なのかしら?」
「う~ん……でも、若過ぎない?」
「その意味で私っぽいなって思ったの。イリヤちゃん、どう? 魔術師の気配、あった?」
「魔力も何も感じなかったわ。だけど怪しいよね? あの人が母親なら子供もそれなりに可愛いでしょうし」
「ええ。疑えば切りが無いけれど、この学校にウチと嶽間沢さん以外にそういうご家庭ってあったかしらって」
そんな、何か判然としない妖しさを私達に残して女の人は体育館に消えた。やがてオーギュストのクルマが来て、その5分後にキリツグのクルマが現れた。そこから皆んなで、おチビちゃん達の作品を観にいった。だけど、観客の中にさっきのあの女性は居なかった。
「つまり音も波なら光も波です。ウェーブですよ。何かに当たれば跳ね返ります」
何故かフンボルトと『エル』は『音』について熱く話し込んでいた。普通の女の子なら放ったらかしで他の女の子と話す彼にプンプン怒るシーンだけど、話の内容がわかる上にフンボルトの意識改革を促しているので何も言えないままだった。
「例えばプロ用の大型ライトを使ってデジタルカメラで撮影すれば、その背景の色やその空間にある壁の色が被写体に被って来たりします。それによりCCフィルターのようにカラーバランスを設定し直したり、場合によっては色温度も変えねばなりません。だからそういう色被りを避けるために、プロのスタジオは天上が高く、広い空間を確保しているのですね」
頷くフンボルト。
「ところがライブ会場は自前のスタジオでなく、毎回スタジオを仮設する出張撮影のようなものです。そうなると反射光が安定しないのです。どんなにメインやフロント、トップなどの各ライトと被写体との距離をメジャーなどで一定にしても色温度も色合いも変化します。そこをミキサーやPAに任せるだけでなく、プレイヤー側も理解しているかどうかなのです。アンプの置き方、マイクの立て方、一つ一つを会場入りしたら瞬時に見抜き、S席ではどうか、A席やB席ではどうなのかと座席の位置関係も考慮しつつ音を決めなければならない訳です。ところがレコーディングとなれば、撮影と同じくまさにスタジオです。ライヴ感を出すためにピグノーズやチャンプをトイレや倉庫に押し込んで、その中にマイクを立てるのもありですし、マイクをスピーカーに向けず壁に向けて反射音だけを拾ったり、複数のマイクを使って直接音と反射音をミックスする手もあります」
こうなった理由は、エルとのユニットだけでなくフンボルトとのユニットも作りたいと私が話したからだ。だから話がライブからレコーディングの話に変化したのだ。
「実はバンドが使う楽器の中で一番アナログなのがドラムです。ですからドラムだけ適度な反響音の入るライヴな場所で録音し、それ以外の楽器はデッドな環境で録音した方が聞きやすい音になります。ここを基準にしてアコースティック・ギターや生ピアノが入る場合のサウンドを考えていくと良いですよ。それで複数台あるキーボードなどは別として、各楽器の音は下手にミキシングせず、最後のミキシングとリバーブだけはプロに任せた方が良いです」
たかだか高校生の学祭で、数トンにも及ぶ機材をアサシンやお兄ちゃんに搬入させ、『タルカス』を弾き切った人は言う事が違う。そもそも彼女はグランジの流行る頃に産まれ、ブリットポップが流行る頃に日本に来た。そして小学生頃の彼女はそれらを聞くに耐えない『貧乏人の雑音』と蔑んでいた。勿論、その後ろにある階級構造や行き場のない庶民の怒りをわかった上でだ。
知らなかったとは言え、両親や『姉』と引き裂かれても、大金持ちの家に引き取られ何不自由ない暮らしを得た事、それらが偏に魔道に於ける才能を買われただけに過ぎない事等々をその聡明さから察し、時には恭順を示し、時には抗い、その果てに流れ流れて日本に来てしまった。だけどそれを嘆いたり怒ったりする無意味さと、お祖父様の本当のお気持ちと愛情にもとっくに気付いていた。だから周囲を良く観察し人を視る事が得意になった。
幼少期から思春期の前日までを過ごした90年代の音楽より以前の音楽を好み、パンクやその影響を受けた音楽や、ラップを好まないのも、後者が社会の構造を変えられない負け犬の遠吠えと感じていたからだ。かと言って上流で居るのも気に食わないらしく、彼女は時計塔が気を利かせた『デイム』の叙勲を辞退している。彼女曰くアーサー王から直々にナイトの称号を得ているからだそうだ。アルトリア姉さんと何かあったらしい。
そんな具合で何が彼女という人間を形成しているのか、大変わかりにくい部分がある。ただそれでもわかるのは『どこまでも人が好き』『コツコツと働く人が好き』である点と、『人々を虐げ搾取しようとする者を憎む』という点だ。
人は平等ではない。生まれ持った才能とそれを伸ばす努力を怠らない人であっても、家が貧しければ何も成せない場合もある。逆も然りで一生遊び呆けても子や孫も遊んで暮らせる資産を持つ者もいる。だけどそれは仕方ない事だ。それのどこにも不正はない。
だけど『人々を虐げ搾取し』てまで『金と欲』に目が昏むような者ならば、それは『悪』だ。そして彼女はその『悪』に対し『過酷で、容赦はせず、残虐である』。そのような者が持つ企業などと直接ぶつかる企業を興し、真っ当な正規の方法で相手企業の株を買う。そうして買い戻しに応じつつ、新たなライヴァル企業を建ち上げ、ターゲットの体力を削っていき、最後はターゲットを買い取る。
扱ってる製品が気に入れば更に優秀な人材を注入し、自らが興した企業と合併させる。製品が気に入らなければ別のものを扱わせ、違う職種にしてしまう。兎にも角にもとことん黒字にし、従業員の賃金が上がり、株主である自分がウハウハになるように持っていく。
資産を失った者は思う。どうして以前より会社が大きくなっている? どうして従業員が幸せそうなのだ? それはその程度の才覚しかなかったからだ。その事実を悟った時、その者は自らに絶望する。残虐とはその意味だ。
「幸い、お祖父様はお屋敷に趣味のスタジオをお持ちです。これから数ヶ月旅が続くのでしょう?」
「ああ、そうだよ」
「なら、二人で何曲も何曲も曲を書き、イケそうなものをスイスで録音なさい。そしてそれを枚数限定で良いのでCDになさいな。最初は下手でも続けていれば上手くもなりますし、新たに見えて来るものがあるでしょう。そうしていつも二人で何かを作りなさい。フンボルト君、エルヴァ、結婚式には参加させて下さいね」
私とフンボルトは『是非』と声を揃えたのだった。
昨日は散々遊ばせて貰ったので今日は私達三人と美綴が展示教室の番だ。昨日の初日は遠坂とルヴィア、それと数人の女子が番だった。何でも小中高の各校長に学園長、理事会の偉いさん、それと近隣の公立学校の校長なども観に来ていたそうだ。それだけの内容だったんだな。遠坂とルヴィアには、ほとほと頭が下がるぜ。男子も今日がメインだからって、朝から冊子を配ったり呼び込みをして回っている。
ちなみにその遠坂達は今日の午前中は自由だ。さっきまでルヴィアの双子の妹(そっくりだった)と、その友人もここを観ていってくれた。昼からはコンテストがあるので半日しか自由がないのは可愛そうだが、まぁ受けたのはあいつだからな。
それでその関係で、昼からも私は忙しい。店のワンボックスから振り袖や小道具を運び、遠坂を着付けなきゃなんねぇ。髪も店のモンだし着付けも店のモン。私はアシスタントで道具を渡すだけだ。もっと真面目に親父や母ちゃんに着付けを習っとくべきだった。
「汝は毎度毎度、反省する点は偉いが、一向に進まんな」
メ鐘(氷室)、言うな。実は私も勉強はしていて、留袖と訪問着なら自分で着れるし人に着付ける事もできる。帯も太鼓だしな。つっても自分で持っているのは訪問着と振り袖だけだ。私みたいな娘はそう決まっている。色留袖や家紋入りの黒留袖を着れるのは母ちゃんだけだ。
知ってるか? 着物には『格』があるんだ。振り袖や訪問着は格下。色留袖がその上で、家紋入りの黒留袖が最高の礼装なんだ。それも一つ紋より三つ紋だ。三つ紋ならそれで宮廷に行っても恥はかかねぇ。けど宮中晩餐会なんかの黒物厳禁の場合は紋付きの色留袖だ。ン百万円の紬を持っているからって自慢にもならねぇ。まずは『格』を知り、その場所に合っているかどうかなんだ。
と、ここまでわかっていても着付けは難しい。特に振り袖が難しい。それは帯だ。昨日の夜も母ちゃんから教わっていたんだが一向に上手くならねぇ。なんとか成人式は自分で着付けていきたいもんだ。
そんな事を考えている時だった。
「蒔の字?」
「ああ……」
とんでもない美人の外人さんが入って来たんだ。年の頃は……わかんねぇ。若いんだと思うが、向こうの人はわかりづらい。けど軽く頭を下げたらニコリと笑ってくれた。その笑顔がチャーミングだと思った。
身長は170はあるな。モデルさんみたいだ。服装もバッグも何もかもがオシャレだ。何より熱心だ。下で受け取ったんだろう冊子と掲示を見比べ、クイズにも挑戦してくれてるみたいだ。『ワォ』とか『オゥ』と呟きながらパネルを観てくれている。
やがて観終わったその人は『ワンダフル』と言ってクイズの解答用紙を渡してくれた。全問正解だったので駄菓子屋にもあるフルーツ味の糸引き飴を引いて貰った。氷室がそれを持ち帰れる小さなナイロン袋を手渡したんだが、その人は『ユミ~』とか言いながら糸引き飴を既に口に放り込んでいた。しかも時々顔を上に上げて糸を引っ張り飴の減り具合を確認している。近所のガキかよ。
それでその人は出て行ったんだが、私と氷室は顔を見合わせた。あんな美人でも庶民的なところがあるんだな。
「フィオレ、疲れていません?」
「まだ大丈夫ですよ。ただお手洗いに……」
「わかりました」
それでトイレの前まで車椅子を押し、肩を貸し個室に入るまでを手伝うリューリィさん。しかも手にはアルコール消毒スプレーとテッシュだ。この人、友人のためにと便座まで拭くんだ? そしてルヴィアはその姿を眩しそうに眺めている。
「立派よね?」
「ええ。嬉しいでしょうね。今まで人のお世話になるしかなかったあの子が、ここまで人を……」
「フィオレさんの足って治らなのかしら?」
「以前エルヴァさんが『エル』さんなら或いはと仰っていました。ただ、サクラの記憶と同じで時間が掛かるとか」
「そうなんだ?」
「ええ。刻印に関わる障害ですので、刻印を作り変えなければならないそうですわね」
「言葉だけなら簡単に聞こえるけれど、難しそう……」
「ええ。従来の魔術師なら不可能な事ですわよ。問題はその対価ですわ」
「立て替えてあげるんでしょう?」
「それは宜しいのよ。フィオレさんがそれを支払えるかどうかですわ」
「そこよね」
フィオレさんが戻ったところで私達はエレベーターで3階に昇った。
高等部にに入った僕達は2階から周りたかったんだが、クロエに腕を引っ張られ一気に4階まで連れて行かれた。途中士郎君はルヴィア君と携帯電話で話し合い、彼だけ3階で別れた。まぁ、美遊ちゃんは僕達でみておくから、君は青春しておいでってところだね。
で、クロエのお目当ての教室でクロエ達はフライドポテトとジュースを強請った。まぁ、安いから良いんだけど、それでも5人の子供に巫女のイリヤ君や、姉さんのイリヤ(英霊のイリヤ)までとなると結構な出費だ。それで随分背の高い学生から受け取る時、クロエがこんな事を言った。そういう事か。パパはその男性を知っているよ。けれど今は黙っておこう。
「剣道のお兄ちゃん、私とイリヤの顔を見て気付きなさいよ。今日はパパとママも一緒だよ?」
「え、あ? ああ~~っ!?」
「だから、驚いていないできちんと。エルヴァお姉ちゃんに恥をかかす気?」
それでシャキッとした彼が僕とアイリを見てこう言った。
「エルヴァの日本のご両親ですね? 初めまして。俺……いえ、僕は吉川弘三と言います。エ、エルヴァさんとお付き合いさせて頂いています」
そうして丁寧に頭を下げた。ホントだ。学生だからまだまだ未熟な部分はある。だけど芯の一本通った、中身のある男だとこうして会えばしっかりわかる。
「初めまして、エルヴァの日本での父親です」
『日本の』『日本での』。上手い言い方だ。エルヴァも説明に苦労しているんだろうね。巫女のイリヤ君が微笑み、英霊(姉)のイリヤがじっと彼を見ている。そして二人のイリヤも彼をじっと見ていた。思うにこれって傍から見ればどんな家族なんだろうね?
「隣は妻のアイリスフィール」
「初めまして。あなたがエルヴァちゃんが話してくれた男の子なのね? あの子、大胆だけど繊細なところもあってね。上手くリードしてあげてね?」
「僕もあの子が選んだのなら反対はしない。けれど学生としての節度だけは守って欲しい」
「わかりました!」
そうこうしている内に人がワラワラと集まって来た。美遊ちゃんとイリヤとクロエはとっくに席を取っていた。
「僕とエルヴァのライブがあります。良ければ観ていって下さい」
そうして彼はエプロンを外し、楽器の置かれた前の方へ行った。そしてその前側の扉からエルヴァが青い衣装で現れた。帽子も青で、首には黄色いスカーフ? 下は半ズボンで紺色のハイソックスだ。これってもしや……?
「今日も私どものミニライブにお集まり頂きありがとうございます。本日は日曜という事もあり、若干学生より年齢層が高そうですが、それでも誰しもがかつては学生であり、青春時代を送った事だと思います。そんな皆様に贈ります。『ガロ』で『学生街の喫茶店』です」
え? そんな昭和の古いのをエルヴァ達が? 海外暮らしが長い僕でも知っている歌だよ? だけど実際に歌っていたのはギターを持った彼の方で、エルヴァはキーボードでドラムの音や途中の笛の音を出しつつコーラスを歌っていた。随分と上手い。大きな拍手で1曲目が終わった。
エルヴァもギターを持った。続いて予告もなしに聞いたことのある歌を歌い始めた。風がどうとか、振り返っても~とかいう歌だ。次の歌もその次の歌も皆んなどこかで聞いた覚えのある歌ばかりだった。いつしか保護者の父兄も一緒になって口ずさんでいた。
「ではいよいよ最後の曲です。聞いて下さい。『は◯だ◯りひこ』で『花嫁』です」
クッ……僕もアイリを……命を掛けて……。ダメだ、エルヴァの顔が滲んで見えない。そうか、君はもうそういう年頃なんだね……。観客の拍手が鳴り止まない。特に母親らしき人は皆んな目が赤い。そんな喝采の中でライブは終わった。
「あら、あの人は……」
アイリと姉さんのイリヤ(英霊のイリヤ)の視線を追い掛けると、背の高い金髪美女が出て行くところだった。小学部のグラウンドで見掛けただけで知らない人らしい。だけど僕達は何故かその人が気になった。
ポテトのブースに戻った、その吉川君と挨拶を終えてから僕達は廊下に出た。すると凛君やルヴィア君の後ろ姿が見えた。どうやら中に入れず廊下で聞いていたらしい。そしてそこには車椅子のフィオレ君とルヴィア君の妹さんもいた。彼女達はルーマニアでの事を秘密にしているだろう。なので声を掛けずに見送った。
「では、私はこれで」
そう言って彼女は伝票を持って立ち上がった。少し早いお昼に入ったトンカツ屋さんでの話である。
「こちらの分はこちらで……」
「まぁまぁ、奢らせて下さい」
「それであなたは?」
「凜やお兄ちゃんと合流してから帰ります。実は私も学園祭でしてね。早く戻ってあれこれしなければなりません。ただ晩秋の頃にもう一度寄ります。その時はルヴィアの妹さんの友人の足と桜ちゃんの記憶を何とかしたいと思います」
そう言ってお会計を済ませると、サッサと人混みの中に消えてしまった。行き先はホテルとわかっているが、フンボルトが困った顔をしていたので追い掛けられなかった。いや、追い掛けても仕方ないんだけど。
「どうしました?」
「もっとさ。君やここの君を困らせる、いかにもな魔術師だと思っていたんだ。なのにどこまでも君を優しい目で……それがまるで、君が僕を見る目と同じだった。だから戸惑ってしまった」
「フンボルト。彼女もエルヴァちゃんですよ。世界の違いで7歳違いますが」
「そういう事なんだね。あの人も『お嬢さん』なんだ」
「そうです」
私がヤキモキしていたのは彼女があなたを見る目ですよ。彼女、もしかしたら彼ではないフンボルトが好きだった? 『お兄ちゃん』に憧れていて、その憧れが恋になっていた。ありそうだから困る。今は『慎ちゃん』と付き合っているから、そういうのは吹っ切れたようだけど。
「彼女も音楽が好きなんだね?」
「私以上かも。凝り性なんですよ。クルマでもバイクでもカメラでも、とにかく何にでも手を出してそれなりにモノにします。おまけにやる限りはと詳しく調べるんですね」
「みたいな感じだった。会長と似ているなって思ったよ」
そうだよね。彼女の方がお祖父様に似ている。それは私も感じていた事だ。
それから彼女の軽音部での活動や、バンドの話、トントの話などをホテル近くの喫茶店でしてあげた。そこで彼は日本の70年代や80年代の楽器に強く興味を惹かれたようだ。だけど今は中古でも、ほとんどそういうのが手に入らない。
「以前、あの子のギターは『Jazzmaster』の『Japan』ものの改造品ばかりと話しましたが、実は『Mirage』という宝物を持っているんですね」
「ミラージュ?」
「はい。『Greco』というブランドに於ける『Iceman』ですよ」
「うん?」
「『KISS』の『Paul Stanley』が使っていた、『Ibanez』の。知りません?」
「ああ、何となく思い出した。それが?」
「それの70年代末期頃のものが意外なまでに作りが良かったんですよ。木材もしっかりしていましたし、金属パーツもメッキが厚く、ペグなんてどこまでも滑らかで。その頃の『Les Paul』のコピーモデルも、後の『Orville by Gibson』とは違う重厚さがありました。トップの木材の美しさは断然『Orville』ですが、その『Orville』が出るギリギリの頃の音そのものは『Greco』も『Tokai』も結構良かったと聞きます。と言っても全部トントが適当に買って来たジャンクを、自分で直したものばかりでしたが。だから90年代後半に入ってからのギターは質が落ちたなぁって思いましたね。さすがに『Martin』の『000-28EC』などは別格ですが。逆に『Gibson』は80年代の迷いを吹っ切った、90年代のものが良かったですね。2000年代は『Special』が光っているかな。多分、世界的にデフレなのでそういう価格帯がメインになってるからだと思います」
「それは言えるね。『P-100』の頃のとか『'57 Classic』になったばかりの頃の『ES-135』は良いと思ったけれど、センターブロックが良くない材なんだっけ?」
セミホロウのセンターがバルサ材なのだ。軽いしプレイアビリティに溢れ良いギターだと思うが、後継の『ES-137』ともども、ネックが太いので敬遠した。だけどあの『P-100』は中々だった。なお『P-90』はシングルコイルだが、『P-100』はスタック構造のハムバッキングだ。スタックだからボディのザグリが深くなる。
「バルサは高級品ではありませんが、軽くて強度があるので飛行機や建築の材料にも使われていた木材です。問われるべきは音響的にどうなのかですが、私はそんなに悪くないと思いました」
「そうだね。それは僕もだ」
第三者から見れば、つまらない事なのだろう。ギターの音の良し悪しなんて、全くもって個人の主観でしかない。なのに彼とはこんな風に、私に阿る素振りも見せず意見が一致する。共通する価値観があると思える。それがどこまでも嬉しかった。だから何をするあてもないのにホテルに戻り、ただただ、ゆったりと二人で他愛ない話を続けた。
「良しッ、この分、焼きがあるぞ。パックを並べてくれ」
「はい、先パイ」
まぁ、息子と桜君の、あに息がピッタリなところはどうだ。僕と雁夜君の間では二人は婚約したも同然なんだが、ここまで仲良くなるとはなぁ。
「士郎も知らない間に男になったなぁ」
「文字通り男になったんじゃない?」
「イ、イリヤ?」
「私はそんな気がするよ?」
「私も」
姉さんのイリヤも巫女さんのイリヤ君も同じ意見か……。僕もアイリも雁夜君も認めているわけだし、若い頃の性欲もわかる。なのでイリヤやクロエにバレないようにさえしてくれる事と、桜君をきちんと卒業させてあげられるなら問題はない。仕事も僕と雁夜君とで幾らでも探してあげられるしね。
今、僕は中庭で姉さんのイリヤと巫女のイリヤ君との3人で、士郎の焼いた焼きそばを頂いていた。アイリとクロエとイリヤに美遊ちゃん、そして二人のイリヤはバスでやって来るセラを迎えに行った。ウチのお手伝いさんの方でなく、エーデルフェルトで逗留している、小さい方のイリヤ君の従者の方だ。
ここまで出向いて貰った理由は一つ。エルヴァにエルマ、トロンメル、そして桜ちゃんを手伝うためだ。何がどうなったのか、4人が4人ともミス穂群原を決める美人コンテストに出るのだという。ここに凛君も加わるそうだから、何が何やら。出ないと決めたルヴィア君の賢明さが光っている。
衣装の方は昨夜預かり、レンジローバーに乗せてあった。それをアイリと子供達が、セラの迎えついでに取りに行ったってわけだ。何故ならバス停は小学部前だし、クルマも小学部の校庭だからね。本当は僕も手伝うべきなんだろうけど、軽いからと断られたんだ。何だか全員ドレスらしいが、衣装が被り過ぎじゃないか?
「よっしゃ、できたぜ。遠坂、鏡を見てみろよ」
あら~、良いじゃない……。今、私は2-Aの教室で蒔寺さん提供の振り袖の着付けを終えたところだ。この後、髪のセットに移る。
「優勝候補は、前評判だとダントツでエルヴァ先輩だ。けどあっちはドレスだろう。となると、対抗するにはこの純和風しかない」
そうなのだ。エルヴァ達はクォーターの私と違って、どこまでも外国人にしか見えない。対する私は良い感じで日本人の要素が残っている。そこもあっての蒔寺さんとの協力体制なわけだ。姑息な事はしたくない。だけど氷室さん(作戦立案者)や蒔寺さん(作戦実行者)も同じ2-Aの仲間だ。正直、推薦を軽く流してしまい後になって慌てていた私に、彼女達からの協力発言は有り難かった。
『その代わりギャラは払うんで、成人式の案内パンフのモデルを頼みたい。受けてくれりゃ、遠坂の振り袖は2割引きで仕立てるぜ?』
とこんな具合で利害が一致したのだ。
「セラさん、わざわざありがとうございます」
「いいえ。では早速ですが、どのように?」
「その下着とドレスをトロンメルにお願いします」
「かしこまりました」
もう一人の『ちぃ姉さん』に従って付いて来たセラさんは、普段ルヴィアのところのメイドさんと混じって、相棒のリーゼリットさんと家事をこなしている。今回協力をお願いしたのは、息抜きでこういうイベントを楽しんで欲しかったのと、エルマとトロンメルの細かな面倒を見て欲しかったからだ。
そこで3人で相談しトロンメルには以前倫敦で頂いた、私が着ていたエメラルドグリーンのドレスを着て貰う事にした。エルマはルビーで、いかようにも転身できる。また私も記憶にある衣類なら全部『投影』できる。だからセラさんにお願いしたいのはトロンメルの着付けと、トロンメルとエルマのヘア・アレンジだった。
ここにアインツベルン家のもう一人の主婦と言っても過言ではないセラさんがいてくれると完璧だったが、他人の目線が厳しい部分がある。正直これ以上『双子』や『三つ子』は増やせなかった。『ちぃ姉さん』のリーゼリットさんに頼まなかったのもそこにある。アハトのせいで1日の稼働時間が制限されていたし、生命エネルギーが体力に全振りなので知能に難があるからだ(要はいらない事を言いそうなのだ)。
お気の毒であるし、どうにかしてあげたいが、あの『エル』をもってしても『ちぃ姉さん』と連動させての寿命延長しかできなかった。知能はどうしようもなかったのだ。これはもう一人の『ちぃ姉さん』の方のリーゼリットさんも同じだった。言ってみればお醤油と間違ってタバスコで煮物を作っちゃった感じで、その不可逆ぶりは桜ちゃんの記憶以上だった。
さて、コンテスト参加者の着付け室は特別棟の被服室が充てがわれているが、場所が確保できるのなら部室でも空き教室でも問題はなかった。なので私達は今、弓道場に来ていた。その弓道場の控えには、私、エルマ、トロンメル、桜ちゃんが居て、そこに着付けを手伝って下さるセラさんにお母様、バスでやって来たセラさんを迎えに行った二人の『ちぃ姉さん』とおチビちゃんにクロエちゃんに美遊ちゃん…………結構な人数が居た。
そしてトロンメルの衣装は先程の説明通りだが、桜ちゃんにはある衣装を用意してあった。士郎クンを喜ばせるだけではない。お父さんが撮った写真を雁夜小父様も喜ばれる事、同じ舞台に立つ凛を感動させる事、これを第一義に考えて衣装を選んだ。
「おチビちゃんにクロエちゃん、そして美遊ちゃん。ごめんなさいね」
そう言って更衣室の中で私は3人の少女に舌まで使うキスをした。理由は強力なイメージを送るのと、私が仲介する事でルビーとサファイアのシンクロ率を高めるためだった。3人の少女それぞれの中にある私が送ったイメージ。それらが私を通して何度も反射する。
おチビちゃんのイメージがクロエちゃんに、クロエちゃんのイメージが美遊ちゃんに、美遊ちゃんのイメージがおチビちゃんに。グルグル、グルグルと回っていく。そうして増幅され確固となったイメージをルビーとサファイアに私も同期させ、幻想をドレスと成した。
その後に、控えでトロンメルの着付けに見蕩れていた桜ちゃんを呼んだ。トロンメルの着付けを終えたセラさんが桜に続いて更衣室に入った。ダミーの大きなバッグの横に座っていたエルマは、それを横目で確認すると凄まじいまでの集中力で、あるモノを食い入るように見詰めた。そしてカッと目を瞠ると、おもむろにルビーを握って転身した。
その姿は、マカロンのような薄いローズ色のドレスに包まれ、編み込まれた銀髪の髪には何かの鳥の羽根がふんだんに使われた髪飾りがあった。ルイ16世の王妃、マリー・アントワネットが宮殿で着ていた総シルクのドレスだ。油彩の絵で観た事はあるが、本物はこんな感じなのか。
さて私も転身しないと。正直お母様や妹達の前では恥ずかしいが、仕方ないと諦めた。今更だしね。それで私のイメージした衣装は、インドの婚礼衣装だった。その金糸の刺繍が豪勢な赤い衣服は、オヘソこそ丸出しだがかなり豪奢だ。いや、ほとんどの人がアラビアの王女のように勘違いするだろう。顔を隠すか隠さないかの違い、刺繍の模様の違い、下半身のデザインの違い(インドはスカート)などなど、違いは色々あるのだけれど。
この後、オヘソ部分も布を繋げ、オデコまで来る髪飾りや首輪に腕輪、耳輪なども追加で投影した。さすがに鼻輪は辞めておいた。オヘソを隠したのも学生でありお母様の前だからと自粛したのだ。
「エルヴァちゃん、素敵。この衣装は?」
「インドの婚礼衣装ですよ。装飾品やサリーの掛け方で身分や階級がわかるそうですが、まぁそこは適当です」
「本当に素敵よ。そうよねぇ、こういうのも良いわねぇ」
「肌の色と合うのを狙いました」
「もぅ。自分であっけらかんと言うのね。でもそれで良いのよ」
この辺はお母様とのアドリブだ。勿論、クロエちゃんに聞かせるためだ。私は全然そうでもなかったが、クロエちゃんもそうだが、あちらのクロちゃんが肌の色の違いで結構悩んでいたのだ。母親とも姉妹とも肌の色が違うのは、正直小学生には厳しい。元々白かっただけに。だから私は士郎クンにもセラさんにも普段から言っていた。『お魚を焼いていたら自分も焦げた』などだ。
「お姉ちゃん、私もこういうの着たい」
「今、してあげましょうか?」
「今?」
「会場でクロエちゃんが同じ姿なのだと思ったら、お姉ちゃん、それだけで勇気が出ます」
それで同じにしてあげた。クロエちゃんは嬉しそうだし、お母様は大喜びだ。そうなると当然ながら、おチビちゃんもオネダリしてくる。そこで私は可愛い少女用のピンクのドレスにしてあげた。
「え~、なんで私だけ?」
それでおチビちゃんの肩をポンポンと叩いて、更衣室から出て来る桜ちゃんを指した。
「え~~!」
「うわぁ~~、キレイ!」
そうなるよね。西欧人の血を引くなら、それに憧れない女の子はいないだろう。どんなにマリー・アントワネットが豪華なドレスを着ていたとしても、現代の女の子ならこちらの方が上だ。
「おチビちゃん。ヴェールの後ろを持ってあげて?」
「やっぱりその役だったか~」
「イリヤ、私が男の子の役をするから」
そう言って美遊ちゃんは自分から更衣室に飛び込んでタキシード姿で出て来た。桜ちゃんに片眼で合図したら察してくれた。エルマの教育はなかなかだ。そうやって秘匿するものだとだけ、知ってくれれば良い。
メイクもバッチリな桜ちゃんは、言うまでもなくウェディングドレスだった。きっと凛も知らないだろう。これは物持ちの良い『葵小母様』が自分の結婚式の時に着ていたドレスだ。そして『葵小母様』が先生に着せて大泣きさせたドレスなのだ。つまり『遠坂凛』の家にはこれが残っている。
正直、ここの凛が持っているかどうかはわからない。崖崩れを起こしたお父さんの罪は重い。だけど私にはこの能力と魔術がある。だから一足先に桜ちゃんに着て欲しかったのだ。
『このドレスは、いつか凜と桜にも着て欲しいの。だから残してあるのよ』
そう話して下さっていた。そんな人だ。だから世界が変わってもそこは同じだと信じている。くるりと背中を向けて、ブーケを投影した。それを桜ちゃんに持たせ、私達は弓道場から体育館横に移動した。
『第◯◯回、穂群原学園祭美人コンテスト~~~!』
むむむ……。学園祭とは本来文化祭だ。我々が学んだ事が、今後社会にどのように活かせるのかを保護者の方々に観て頂く場では無いのか?
「柳洞君。それだと単なる物産展にならない? そうなると農業高校や水産高校だけが目立って」
「そうは言うがな、遠坂。それに何の不都合がある? 人はそのように自然の恵みを得て日々の幸せを感謝するものではないのか?」
「まぁ、欲だけに走る風潮を危惧するあなたの気持ちもわかるけれど、誰もが修行僧じゃないのよ? こういう遊びや無駄も、人の心を潤すのよ。潤いのない人生で良いの? それが柳洞君の考える衆生の幸福?」
「返しがウマ過ぎであろう。しかし、これはどうなのだと、遠坂も考えているのであろう?」
「ええ。もう少し捻りがあればなぁって思うわ。そうなると柳洞君も先生方も納得し、保護者の方も喜べるイベントになると思う。だけど、その捻りが見えて来ないのが痛いわ」
「左様よな。それも我らが未熟故よな……」
我が生徒会にこうして有益なアドヴァイスをいつも送ってくれる遠坂とルヴィア嬢は、夏前より生徒会の一員も同然であった。なので生徒会役員に立候補してはどうかと打診していたが、敢え無く断られた。今のような客人待遇からの助言が身にあっているとの判断だ。よって今季の役員も選挙前と変わりないのだが、彼女達はもはや役員も同然であった。
その遠坂がこのイベントに出る。公平を貫かねばならん立場だが、内心では応援している。然しながら他の面々、特にアインツベルンの人達は凄まじい。今は控室なので、着物で艶やかな遠坂も見てはおらんだろう。正直、今年は票が割れるであろうな。
この日、パキスタンは何故か一方的に武装解除を発表し、インドとの和平交渉を申し込んだ。中国・パキスタンの経済回廊を画策していた中共からのクレームは一切なかった。そして香港と澳門が独立を宣言し、台湾とともに国連で電撃的な早さで承認された。だけど日本での報道は殆どなかった。先輩が持ち込んだ英字新聞でわかった事だ。
「そこから来ますか。私なら……いや、同じですね。GPS用の衛生をとっくに押さえたのか。なるほど、つまりこれは南シナ海のシーレーン確保も兼ねている。となると、その『安全』が日本に売れる……」
「先輩、もう帰るんですよ?」
「ああ……勿体ない。こんな大儲けができるチャンスなんて早々ありませんのに」
無事先輩と合流できた私だが、その先輩自らがパキスタンにも行っていた。まるで、この今回の『現象』を支援するかのように。だけどやっぱり見返りは欲しいみたい。
「凜。過去に戻って万馬券や宝くじの当たりを買うとかのレベルではありませんよ? 世界の3分の2は私のものにできるのに」
どうすればそんな事ができるのか。本当に謎だ。だけどこの先輩はそういう事ができてしまう人だ。先日もニューヨークから私の滞在していた倫敦のホテルまで電話があり、『10年掛かってもできなかった事が、今なら数ヶ月でできる』と随分気落ちされていたのだ。だけどそこに気付ける人が余りにも少ない。ノイントのお祖父様では時間が掛かるし、エルヴァちゃんではまだ早い。先輩は今、そのフォローをどうにかできないかと考えていた。
「士郎、どう?」
「どうって……今のところ普通の人にはバレちゃいないけど、アインツベルンの子供かな? エルヴァ似の子とか、話に聞いていたイリヤさんだっけ、英霊の。あの人とかには絶対バレてるぞ?」
「そっか……遠坂とエーデルフェルトは誤魔化せてもアインツベルンは無理か……」
「まぁ、できる限り近寄らないようにするさ。けど彼がロシアで聞いた本来のここの俺か」
一所懸命に焼きそばを焼いている学生の士郎。その横にはあの頃の可愛い妹……。
「みたいね。まさか桜と付き合っているなんて。驚きだわ」
「そういう世界もあるんだって考えるしかないさ。でもさ。幸せそうで、あれはあれで良いなって思うよ」
「どういう意味よ?」
「怒るなって。あいつはきっと俺と違ってマトモなんだよ。こんな言い方もあれだけど、普通の人間なんだ」
怒る気にもなれない。言いたい事はわかる。むしろ並行世界の自分すら、こいつにとっては他人なんだなってわかってしまって悲しくなる。だけど前よりマシになっている。フンボルトやエルヴァと旅を続ければ、もっと良くなると思う。今はそれを信じていくしかない。
そこで放送が入った。体育館で美人コンテストが開かれるという。そんなのも変わらずあるんだなって可笑しかった。興味が湧いたので、私も士郎と連れ立って時間が近づいた頃に体育館へ向かった。
それで観客席に座って暫く経つと始まったのだけど、私と士郎は口をあんぐりと開けた。ほとんどの子は制服かちょっとした私服だ。だと言うのにアインツベルンの特徴を持つ子達は豪華なドレスばかりだ。1年E組の子のグリーンのドレスも高そうなドレスだが、1年D組のエルマって子のドレスなんて絶対に可怪しい。まるでルーブルかベルサイユ宮殿で観た絵に出ていたようなドレスだ。ライトの輝きからシルク製の気がするし。そしてここのエルヴァが現れた。
「そう来たか。自分を良くわかっているわね」
「だよな。けど俺達の知っているエルヴァとはどこか違う気がするな」
「いや、どうだろ。あの一途さがサービス精神になっているだけじゃ?」
「ああ、なるほど」
そして最後の最後にもう一人1年D組の子が……。何でも1クラス1人のところを学年投票で2人にしてくれと申請し、それが通ったそうだ。この子が出るならと2年や3年の女子からもかなり生徒会に要望があったとか、そんな事を司会者が話していた。
そしてその子はタキシードを着た黒髪の少女?(少年?)とドレス姿のイリヤ?にヴェールの端を持たせステージをゆっくり歩いた。ブーケが可愛い。そして何よりそのドレスは…………。
「遠坂、あれって桜だよな? ライトも凝ってるし音楽も良い。ここの学園、ちょっと違うな?」
「うん……」
「遠坂? どうした、泣いてるのか?」
だってあのドレスは母が、私や桜のためにって残してくれた、母が結婚式の時に着ていたドレスなんだもの……。