私がアーチャーさん達と同じホテルで宿泊しているのは偶然だった。あちらはリンさんの希望で決まったそうだが、私の場合は先輩の希望だった。つまり先輩との合流場所が最初からここだったのだ。先輩は大のお風呂好きで、並行世界の冬木では毎回このホテルを利用している。
もっと高級なホテルもあるだろう。お風呂目当てなら温泉旅館もクルマで行ける範囲にある。それでも市内で宿泊する必要がある場合もある。そんな時にこそ、このホテルだ。建ってから6年くらいだろうか。宿泊料金は概ね部屋の質とお風呂の広さで決まるから価格はバラバラだ。そこにごく少数のシングルと、多くを占めるツインと、ちょっとだけランクが上がるスイーツ、そしてファミリーやグループ向けの部屋が4つあった。
そこらのビジネスホテルと同じで朝食以外は何もない。お風呂の分、千~3千円ほど高く付く。だから素泊まりで良いという人には向かないが、広いお風呂で寛ぎたい人や、パーティに使いたい人には向いていた。5人以上のパーティはグループ向けの部屋になるが、水着持参で女子会などに使われるケースが多く、実際パンフレットにもそういう風に案内されていた。また、ツインも最大4人まで宿泊できるので、少人数のパーティに良く使われている。私も桜や先輩、そして会長(姉のイリヤ/元会長)達と何度か利用していた。
そして驚きなのは、私の部屋がもう一人の先輩やリンさん達と同じフロアで隣り合っていた事だ。私の部屋の隣がリンさんとシロウさん、その隣が先輩(エルヴァ)とフンボルトさんだった。アーチャーさんはシングルなので廊下を曲がったところの部屋になる。こういう偶然もあるんだなってビックリした。
さて、その私の部屋に無事再会できた先輩が居るのだが先程からずっと考え込まれていた。
「先輩、まさか残られる?」
「それはないです。あちらでの仕事も残っていますのに。だからと言って、これ以上エルヴァのような存在を増やせません。私も彼女に対しては申し訳なく考えています。しかし、仲が良いですね、あの二人は。ここはラブホじゃないっつうのに」
あらら、初めちゃったらしい。
「いいえ、それは夜の事で今は肩を寄せ合ってソファーで話しているだけです」
「先輩、それこそまさかですが?」
「本来の47番である、ここの『エルヴァ』は別ですが、二部屋隣のエルヴァとスイスのエルはモニターしています」
「ど、どうして?」
「凜、これは監視でなく……いえ、傍から見れば監視ですね。ともあれ二人の私生活でなく、二人の目を通したここの世界の動きと、それに対してどう考えるのかを知りたかったのですよ」
「つまり今回の『現象』に対して?」
「だけではないでしょう? ルーマニアの件やロシアの霊脈から始まっているのですから。そしてこれらをデータ化してエルヴァちゃんに残せればと考えていた訳ですよ。中々人は他人の視点でものを見れませんし考えられません。ですがその視点と思考を持つ事こそが総裁に必要不可欠なものだと私は考えます。凜、あのアハトですら全メイドをモニターしていたのです。それがアインツベルンですよ」
先輩が多様性と多角的な視点と思考を欲してモニターをしてるのはわかった。だけど『あのアハトすら』はないだろう。それこそ造反を許さない管理のための監視だろうに。でもそれは、先輩が隣の隣の先輩に後ろめたさを感じているから出た言葉だ。この人はこんな具合で、深慮遠謀と絶大なチカラを併せ持つのに悪人には絶対に成れない人だった。
「凜!」
突然先輩が立ち上がり部屋を飛び出て行った。この時、跳ばなかった理由は廊下に出ただけでわかった。最初は隣からかと思ったが、二人は学園祭に行っていて留守だ。
「エルヴァ! 開けなさい! フンボルト君は無事ですか!?」
先輩がもう一人の先輩の部屋のドアを叩いた。やがて辺りに立ち込めていた膨大な魔力が消え、ドアが開いた。
「エルヴァ! 一体何が?!」
「説明できません。ともかく『エル』も凜も中へ」
確かに廊下で騒ぎ立てるのは良くない。先輩はズカズカ入って行ったが、私は一応入る前に中を探査した。だけど何の危険も感じなかった。それで中に入ると先輩が固まっていた。奥ではフンボルトさんが縮こまっていて、ドイツ語で叱られていた。いや、詰られている? ともかくドイツ語でガミガミと捲し立てられていた。叱っているのは初等部時代の先輩?
「先輩、あの子って?」
「に、二重の意味で私じゃないですよ? 私の魔術でもないし、あの子は私ではありません」
そう先輩は否定するが、もう一人の先輩が面白い事を言った。
「ある意味あなたでしょうに?」
ある意味あなた……それは先輩の分身という意味なのだろう。だけど先輩は即座に否定した。
「違います」
「え? パミじゃ?」
「違いますよ。感触は似ていますが、その子は私達の知る『パミ』ではありません。そもそも今の『パミ』は見た目が私と同じ18歳ですよ?」
私はその『パミさん』と『ミトさん』には何度も会っていた。ドイツで先輩に代わってお仕事をなさっている『83番さん』と『29番さん』だ。だからフンボルトさんを叱っている人が『パミさん』だとは私も思わない。
「エルヴァ、その子はどこから現れました?」
「それが、魔力の渦が突然部屋の中に現れたと思えば、あの子の姿になって……。それでフンボルトにいきなり……」
するとその少女はおもむろに振り返り、こちらに来た。そしてもう一人の先輩を指差してこう言った。
「泥棒猫!」
「な!? だ、誰が……?」
「こういう展開を待っていました!」
「そ、そもそもあなたは誰ですか!? きっとあの『現象』と関わりがあるのだと思いますが」
「そんなの良いから、『誰の男に手ェ~出しとるんや、オドレ』とか『私とフンボルトは永遠の愛を誓ったのよ!?』とか、もっとグッと来るドラマを!」
ダメだ、この人。
「君、焚きつけるなよ……。それにそちらの君。わかっているんだろう? ここは君の世界じゃないって。どうしてこんな?」
すると少女はみるみるうちに顔がクシャクシャになって、フンボルトさんにしがみついて泣き始めた。落ち着くまで暫く待とうとフンボルトさんが目と表情で合図を送って来た。フンボルトさんは優しく少女の背中を擦っていた。5分だろうか10分だろうか。漸くしてしゃくり上げる声が落ち着き、目を真っ赤に腫らした少女がこう呟いた。
「ここはどこなの……? 知っている顔なのに、どうして皆んな知らない人ばかりなの……?」
本人もどうしてここに現れたのかわかっていないようだった。なので先輩が優しい声で尋ねた。
「お名前は?」
「パミ」
「あなたのお家の人は?」
「皆んな死んじゃった。お祖父様もミトも皆んな皆んな死んじゃった……。だけどエルヴァが迎えに来てくれて……」
ぽつりぽつりと話は跡切れ跡切れだったが、少女の世界の一部が見えて来た。ただ先輩は唇に人差し指を当てていた。話の内容に思うところがあったとしても声に出すなという意味だ。確かに今は情報が先だ。
少女の名前は『パミ』で間違いなかった。だけどその名は日本語の『83』を捻って付けられた名ではなかった。なんとその名は『Pamir Mountains』、即ちパミール高原からだったのだ。
「その名を付けてくれた人も?」
「うん。お祖父様も死んじゃった」
「それで私みたいな人が迎えに来てくれたのですね?」
「うん。でもそこから覚えていない」
そこから先輩はその迎えに来てくれた人の事などを尋ねた。それでわかったのだが、この子にとっての『先輩(エル)』は姉であり親友だった。ロシアを中心に大勢の『先輩(エル)』が経済活動をしていたのはほとんど変わらないようだが、この子はどこまでも友人であり妹であったらしい。
「何かそういう……何でも話せる相手だったのですか?」
先輩の言葉に少女はコクリと頷いた。そして『ミト』という存在が誰なのかもわかった。『先輩』の姉代わりにと『パミ』とともにそこの『お祖父様』が、『先輩』の細胞を利用して造った存在だったのだ。言ってみれば年齢違いのクローンが近いだろうか。そしてその『先輩』は、『パミ』にあなただけは私が守ると言われていたそうだ。
疲れたのか少女はフンボルトさんの膝の上で眠ってしまった。
「参りましたね。この子、『現象』ではありません。ちゃんと生きていますよ」
先輩はその『先輩』とニューヨークで会ったそうだ。その時に『現象』となったその『先輩』と、ある程度の思考交換をしたという。きっとそれでその『先輩』は、人間らしさを一時的に取り戻したのだろう。そして『パミ』をここに送ったのではないかと話してくれた。つまり……。
「おそらく彼女はもう『現象』から戻れないのでしょう。ですが、結界で守っていたのか……『パミ』だけは人のまま生きていた。だから託せる者を探していた」
「あ。だからいくつかの並行世界を同時に?」
「たぶんそういう事でしょうね」
「託すって先輩にですか?」
先輩はズビシッとフンボルトさんを指差した。
「ぼ、僕?」
「何もあなた一人に子育てしろとは言いません。ですが私と凜の部屋でなく、ここに現れた意味を考えましょう」
「意味? 男女が揃っていたから?」
「動顛するのはわかりますが、その前に何故あなたの膝で眠るのかですよ。そしてエルヴァに言った『泥棒猫』です」
もう一人の先輩がハッとしていた。何かに気付いたようだが、声には出さなかった。先輩の方は少女の額に手を当て、記憶を読んでいた。私とフンボルトさんはどうしようもないので、少女が目覚めるまで待った。やがて小1時間も過ぎた頃に、少女が目覚めた。そこで先輩が質問した。
「どうしてあなたはフンボルト君を?」
「大きくなったらお嫁さんになるって決めていたから」
そう聞いて黙ってられないのはもう一人の先輩だ。当然だろう。フンボルト違いなのだから。
「それ、そちちらのフンボルトがうんと言ったんですか?」
「言うに決まっているよ。だってパミの事が好きって言ってくれたもん」
「パミちゃん、それって何年前かな?」
フンボルトさんが訊いた。
「え~と……5年前?」
「あなたは今いくつなの?」
「12歳」
記憶を読んだ先輩が断定した。『お祖父様』がホムンクルス技術を応用してお造りになられたクローンだそうだ。『ミト』さんは『先輩(エル)』の2歳上で『パミ』は5歳下の設定なのだとか。そして『現象』となったのは『先輩(エル)』が17歳の時だったそうだ。
「ええ~~~っ!? そこの『エル』の婚約者~~っ?!」
つまりこの子にとっては、もう一人の先輩こそが『何者だ?』という状態だったわけだ。だけど私や先輩が駆けつけた時に、徐々にここはどこだと考え始めたらしい。
「では、そちらのフンボルト君は、あなたにとって将来の義兄でしょう? よくもまぁヌケヌケとお嫁がどうとか……」
「お、お姉ちゃんに飽きたら、若い私がフンボルトのお嫁さんになるんだもん!」
「た、た、戯け~~~っ!! み、み、乱れ過ぎだ~~~~!!」
「痛、痛、痛……」
もう一人の先輩が壊れた。パミの頬っぺを思いっ切り真横に引っ張っている。だけどこの子も負けていない。
「い、痛くないもん!」
パミは涙目だ。だけど、負けん気が強いようで、背伸びをしてもう一人の先輩の頬を引っ張った。これはいけないと、先輩やフンボルトさんが止めようとしたところで、もう一人の先輩は手を離した。顔が思いっ切り笑っている。それはパミもだった。
「ごめんなさい。彼を取られると思っちゃって。でもあなた、頬っぺが柔らかいですね?」
「うん……ぷにぷになんだよ。私もごめんね。違うフンボルトだってわかっていたのに……。お名前は?」
「あ、そっか言ってなかった。私もエルヴァですよ」
「あ、お姉ちゃんと同じ名前……」
私は思わず先輩を見た。先輩が頷いた。私も同じように感じた。『現象』となった『先輩』がパミを託したのは……もう一人の先輩とフンボルトさんだったのだ。
素敵なコンテストだった。もう勝ち負けなんてどうでもいい。士郎には悪かったけれど、私は溢れる涙が我慢できず途中で外に出たのだ。
(ここの桜は幸せそうで良かった……)
「遠坂? 桜、キレイだったよな?」
「うん」
「並行世界って、色んな事があるもんだな」
「そうね」
「俺も、もっともっと色んな事を知りたいよ」
「アメリカに戻れば、エルヴァからたっぷり聞けるわよ。それに全部聞かなくてもわかる。ここの間桐は違うんだなとか、アインツベルンも違うなとか。ルヴィアには……双子かしら? そっくりな姉妹が居たんだなとか」
「ああ……遠坂は知らなかったのか。あの車椅子の子と一緒に居たのは、多分ルヴィアの双子の妹だ」
「士郎は知ってたの?」
「ああ。倫敦の別宅に写真があったからな。それで訊いたんだ」
そうだった。士郎のアルバイト先がルヴィアの別宅だった。ここじゃ二人して時計塔を退学になったという。だけどあの二人はとても仲が良い。魔法使いに成れた『凜』が話していた。重要なのはどこで学んだかじゃない。何を学べたかだ。そしてどんな師を迎えられたか。『凜』の弟子である、あの二人は伸びる。独学の限界をひしひしと感じていたから、本気で羨ましい。
『焦っても仕方ないですよ。リンさんからの座標イメージはだいたい頂きました。ですから帰ったら、工房でしっかり調べます。ですがそれにも時間は必要です。それより、それまでの時間をどう有効に使えるか。万一帰れない場合はどうするのか。そこも考えておいて下さい』
『その時は師匠になってくれるの?』
『私も私の師匠も、今のままのリンさんなら断ります。ですが、これがわかるなら姉弟子を紹介しても良いですよ』
そう言って課題を出されたのだ。そしてその課題は、高校生の二人に出した課題と同じだという。期限は全員今年中。つまりここでの12月31日(日本時間とハッキリ言われた)まで。これは間違いなくチャンスだ。やるしかない。
「じゃ、帰ろっか」
「ああ」
士郎も時間を無駄にできない。カリフォルニアで切嗣さんから言われたように視察の仕事をこなしながら、自分の視野を広げるしかないからだ。切嗣さんは言っていた。
『身体を鍛えるのは良い。だけど頭も鍛えないとね。人は未来が見えない。だけど予測する事はある程度可能だ。だから視野を広げ、自分のアンテナを広げていくしかないんだよ』
こう聞いたから、士郎は『色んな事を知りたい』と言うようになったのだ。それは喜ばしい事だったけど、実はこの言葉には裏がある。その意味をエルとエルヴァがこっそり教えてくれた。勿論、士郎には話していない。それはこうだ。
『もしシロウさんが救けた人が、10年後に何万人という人を死に追いやる人物なら?』
『目の前の人を救けたいからと入った組織が反政府軍で、その組織こそが、その地域の紛争が止まらない原因だったとしたら?』
そんなのわかるはずがない、と言うとこう返された。
『わからない段階でそれは『できない』し『不可能』な事なんですよ』
『確かに前者は難しいです。ですが後者は世界情勢などをきちんと把握していればわかる事ですよ』
『行動が全部『感情』だけなんです。『あれが嫌だ』『そんなの間違っている』。今のままだと経済も世界情勢もわからない、子供の戯言にしか聞こえません』
実にその通りだ。士郎は子供っぽい。実年齢-7歳。そのくらいだろうとエルは指摘していた。災害でリセットされたとは、正にそれを指していたのだ。
だけど今の士郎は、まだまだだけど確実に変わってきている。それともう一つわかった事がある。エルの言った『目の前の人を救けたいからと入った組織が反政府軍』だ。それこそが『お兄ちゃん』と親しまれている、あのアーチャーの過去だったのだ。
彼は私の知っているアーチャーとは違っていた。皮肉屋な面はあるが、芯にある優しさが隠せていない。いや、それも自分の側面だとばかり隠していないのだ。だから士郎にもわかりやすい言葉で、多少は皮肉気ではあるけれど親身に話してくれている。そこで思うのだ。彼は確かに反政府軍なんかに入って失敗したろう。だけどそれを知らなかった?
いいえ……私は知っていたのだと思う。知っていても加担しなければならなかった。止むに止まれぬ事情があった。きっとそれだと思う。エルかエルヴァか、アーチャーだったか思い出せないが、誰かが話していた。20代半ばになれば見えて来ると。微小な心理的なものは多少残っても、大きな行動を取る際の指針まで左右する程のトラウマは克服しているはずだと。
となるとアーチャーは戻リたくても戻れなかったのだ。そこでしか生きられない自分を見付けたのか、或いは引き返せない程、それまでに多くの人をその手に掛けたのか。そこはわからない。多分その両方だろうと思う。思い返せば学園生時代に聞いた、『魔術使い』。その言葉で気付くべきだった。『正義の味方』。そこで気付くべきだったのだ。
士郎は割り切れなかった。聖杯戦争の頃からそうだった。人の死を自分の死のように感じて自分を責める。だけど成人して、ある程度トラウマを克服してもそれだと可怪しい。直接ならいざ知らず、間接的な事まで背負う必要はない。まして『魔術師』なら。この件を違った角度で考えた。
その、どこまでも『魔術師』としての覚悟が持てず、自分が絶対の『正義』だと言えない一歩引いた性格。三つ子の魂百までだ。災害で記憶を失う前の彼は、そういうごく普通の子供だったのだ。そしてそこまで踏まえた上で、アーチャーはあのバーガーショップで、アンリ・マユの呪いや鞘の話をしてくれたのだと思う。
ある人が行動したり考えたりする要因は、一つではない。『リンならわかれ』『そいつと一緒にいるという事はそういうことだぞ?』。きっとアーチャーは、言外でそう言ってくれたのだ。だからこれからも私は士郎を見詰め続ける。アイツが幸せになるように。二人で幸せになるために。
漸くコンテストの全エントリーのお披露目が終わった。本日のメインイベントはこれにて終了だ。はぁ~、長い一日であった。
「ウォーキングしていて思いましたね。これはパドックだと」
「まぁ、お姉様の仰る通り、ある意味そうですもんね」
「桜花賞、オークス、秋華賞を勝ち抜いて次はエリザベス女王杯ですよ、姉さん」
「あ、卒業してしまうと古馬なんだ?」
舞台袖で控えるアインツベルン姉妹は余裕綽々だな。しかし牝馬のレースで例えるか……。
「エルマ、トロンメルは何を……?」
「競馬でしょう? この子、好きだから」
「よっしゃ! スプリンターズステークス、当たった!」
喝っ! そのイアホンはラジオなのか!? ここは舞台袖の控えだぞ? それもドレス姿で競馬中継を聞くんじゃない! まさか賭けておらんだろうな? ん、あの腕章は新聞部か? 早いな。
「私は可愛い妹達だけでなく、遠坂さんや間桐さんの艶姿が見られて大満足です」
エルヴァ先輩。相変わらず卒のない回答よな。しかし、幾ら何でも勝利者インタビューは早過ぎんか?
「もう、馬っ気出まくりでしたよ」
何を付け足しておられるのだ?
「エルマ、馬っ気って何?」
「桜。それ、ここで聞く?」
「あれが、ああなって、こうなった状態だよ」
1年生3人は謎な言葉を身振り手振りで示していた。さっぱりわからん。
「急げ。余り待たせられんぞ? 集計はまだか?」
「会長、出ましたがどうしましょう?」
「何だ、どうした?」
なんと同点首位が3人だと? 票が割れるとは思っていたがここまでとは。間桐桜、遠坂凛、エルヴァ・フォン・アインツベルン。この3人が同率だ。しかもエルマ・フォン・アインツベルン、トロンメル・フォン・アインツベルンとも僅差だった。
「むぅ……これはこのまま発表した方が良いだろう」
「ですが会長、トロフィーが一つしかありません」
「3人で掲げて頂き、写真部や新聞部の撮影で我慢して貰おう。つまりトロフィーは生徒会で預かりだ。決戦をする時間もないしな。結果発表は俺がやろう」
「わかりました」
そうして生徒会長の俺がマイクを握って結果発表を行った。
『エル』が言わんとしている事はわかる。実際のところあれから随分時間が経つのに、パミちゃんはフンボルトと私にべったりだ。『現象』がそうしているのか完全に『身内(保護者)』と認識されているみたい。だけどパスポートはどうするの?
「パミちゃん? 君、パスポートは?」
「パスポート? 待ってて」
そしてパミちゃんは立ち上がってスタスタと歩き出し、1mも進まないところでフッと消えた。何もない空間に入って行ったのだ。
「『ラインの黄金』!?」
「そう来ましたか。『ラインの黄金』とまったく同じかどうかはわかりませんが、倉庫としての性能は保有していると。この子達のお祖父様は、移植に伴うリスク回避でこの子を造ったのかも知れませんね」
不妊回避……。だからクローンなのか。姉妹をホムンクルスにしなかったのは、ミトとパミでデータを取るため?
「可能性はありますよ。世界のシステムへの介入なんて魔術は、『ラインの黄金』で魔力をかき集めないと難しいでしょう。完成形を持っていたと思いますよ。魔術師としては私以上です」
私もそう思う。その『エル』は『エル』よりエルヴァちゃんに近かったのだろう。やがて上がベージュのボレロ、下が濃いグリーンのスカート姿になったパミちゃんが出てきた。中で着替えたのだろう。先程までも少女らしい、白いレースの襟が可愛い紺のワンピース姿だったのだ。多分、日本の感覚だと小学校の低・中学年がピアノ発表会にでも着ていそうな。靴も黒いストラップでソックスもふわふわなレースだった。
そして今履いているソックスはもっとシンプルで靴はベージュのストラップ。頭にちょこんとベージュのベレー帽。そのどれもが子供服から逸脱した仕立てと生地だ。エルヴァちゃんや昔の『エル』と同じで、絵に描いたような本物のお嬢様だ、この子。中に今までの服が全部収まってるそうなので、どうやら当面は衣類で悩む必要はないようだった。それで肩に掛けた茶色い革のポシェットからパスポートを取り出して見せてくれた。
「並行世界のだろう? 通るのかな?」
「一応、偽造でなく本物です。しかも最後の入国スタンプが日本になっています」
ここで『エル』が私に耳打ちした。それで腕を引かれ廊下に出た。サッと防音結界を張る。
「白羽の矢が立ったのは理解していますよね?」
「つまり『彼女』はこの世界に居ると?」
「そうです。それとお祖父様と相談の上でですが、今はエルヴァちゃんと会わせない方が良いでしょう。会えば『現象』の事から全部話さないといけなくなります。会わせるのなら二人が15~16歳になってからで良いでしょう。それでこれは私の案ですが、こちらでのアインツベルンの籍をきちんとして、あの子、カリフォルニアで育てなさい」
「アメリカで?」
「あの子はイリヤちゃんやクロエちゃんじゃありませんよ? 寮住まいのエルヴァちゃんが家に帰った時、どう思うのかです。子供の心は揺れるものですよ」
だから15~16歳になってからなのか。
「そういう従姉妹がアメリカに居ましたで良いのです。今は手紙から始めても良いのです。幸い家もあれば、優秀なメイドも居ます。その分、あなたもフンボルト君も行ったり来たりの生活になりますが、そこはエルが居ればどうにでもなるでしょう。ともかくあの子が頼る者は、あなたとフンボルト君しか居ないという点を忘れずに」
ええ~……。
「どうせ結婚するのでしょう? なら前倒しの子育てのつもりで」
赤ちゃんと言うには大きいぞ? だけど妹として面倒を見るしかない。と言っても、私は将来アメリカでも仕事がしたい。これはこれで良い切っ掛けなのかな。う~ん……そういうところもフンボルトと相談しないとなぁ。
うん? あ! 視察だ! あの子を連れて行くの?!
「どの途、旅の間エッチは禁止でしょう?」
そこをリンさんと相談しようと思っていたのに! お互いに結界を張ったらイケるって……。
「ここまで色ボケるとは……」
『エル』には呆れられたが、私もバカではない。私はエルヴァちゃん向きに改良を受けているはずだ。つまり『エルヴァ』とは微妙に違う。それがフンボルトとの事でよくわかった。これ以上廊下で話していても仕方ないので、私達は部屋に戻った。
リンさんとシロウさんはいつの間にか学園祭から戻っていた。夕食の待ち合わせで会うと大満足だったようで色々話してくれるのだが、さすがに無理があるぞ?
「わかってるわよ。無視してるんじゃなくて頭が追っつかないの。自分達を棚に上げるけれど、またかって感じで。で、その子はどこのイリヤ?」
私が話そうとしたが、お店に入ってから話そうと『エル』が提案し、料理が届いたところで結界を張って『エル』がお兄ちゃんやリンさん達に説明した。
「アメリカか。それが無難かな。手紙から交流を始めて15~16歳で会わせるというのも納得だわ」
入ったお店は最近ポツポツ出て来たオムライス専門店だ。冬木にもあったんだなって驚きだ。そしてこれがフンボルトとパミちゃんにかなりウケていた。
実はこういうお店や、ありふれているけど評判の良い洋食屋さんはウケる。それはオムライスが海外にないのと、ミックスフライ定食の、あのフライが全部まず海外にはないからだ。お店に拠って組み合わせは違うだろうけど、海外にはエビフライもないし、メンチカツもクリームコロッケもない。だけどラードでカラッと揚がったフライとデミグラス・ソースの味はホッとする。
幾らお寿司や天ぷらを食べるまくるぞと、勇んで日本旅行に来ても、西洋人に三度三度の和食三昧は飽きるものなのだ。そうなって来ると、まずどんぶり物が受け付けなくなる。急に汚らしい物に見えて来る。実際、卵がゆるく白身の透明感がまだ残っているタイプはオエッてなる。本当の話。
だけど折角の日本なのにガッツリ肉というのも何か負けた気がする。だからそういう友人が居たなら、洋食屋さんに連れて行ってあげて欲しい。そして朝は喫茶店でモーニング。よく食べる人ならミックスサンドも追加で。お昼はケチャップの掛かった薄焼き卵で巻いたオムライスだ。できればケチャップライスでなくバターライスで頼もう。お店に拠っては応じてくれるはずだ。そうするとその友人はまた違った日本を知るだろう。
そんな思いがあって日本最後の夜は洋食と決めてあった。パミちゃんに合わせたのでなく偶然だったのだ。まぁこの出会いが昨日だったら、やっぱり洋食にしてあげたろうけど。
「ナプキン」
口の周りがベトベトだ。だからナプキンを取ってあげようとしたら『エル』がこんな事を言った。
「ナプキンに足はありません。ナプキンが欲しいです。ナプキンを取って下さい。これをきちんと言える子になりましょう」
ああ、懐かしい。ママの言葉だ。
「ナプキンを取って下さい」
「はい。自分で拭けますか?」
「うん」
そっか、大事なのはそこだよね。私がママのようにこの子を導かないと。
「ある程度、自分でできるようですし、躾けもしっかりされています。言葉の端々に稚っぽさを感じても、それはこの子の育ちが良いからです。勉学も家庭教師だけだったのだと思いますよ。そこもあってアメリカが良いのではないかと思ったのです。お祖父様なら戸籍も直ぐに作れるでしょう。来年の1月頭から学校に通わせても良いと思いますよ。勉強よりもまずは他者との触れ合いと、しっかり身体を動かして遊ぶ事です。その点でカリフォルニアは最適です。また、あの二人のメイドなら、あなたを適切にフォローしてくれるでしょう」
記憶を読んでいたからか、『エル』の分析は正しいと思えた。
「あ、それと。言い忘れましたが、ボストンのメイドは私が枷を外しました。ですから大丈夫ですよ」
これは嬉しい情報だった。そこで私はピンと来るものがあったので『エル』に1億ドルの事を話した。日本円で百億以上だ。幾ら何でも多過ぎる。
「え? どういう事ですか? 私があなたに用意したのは1千万ドルですよ?」
は? 本気で驚いている。
彼女がこのビッグなボーナスを用意したのは、株や為替と先物で大儲けしたからだという。多分、それ以外の取引もあったと思うし、きっとその『他』のもがメインなのだとも思うけれど。それと日本のアインツベルンにはエーデルフェルトの庇護が必要だ。今の友好的な関係を壊して欲しくないとの願いを込めてルヴィアには百億、家族と妹達を守れという意味で『エルヴァ』には1千億用意したという。凛だけ8億なのは頑張れという意味だそうだ。そしてそれ以外のエルマにトロンメルは10億だったという。つまりドルで換算すれば約1千万ドルだ。という事は?
「『現象』となった彼女の願いというか養育費?」
それしか考えられなかった。
後日談だがアメリカに帰ると、どこからともなく1千万ドル振り込まれていた。しかもドイツのフンボルトの口座にも800万ユーロほど入っていた。両方とも日本円で約10億だ。恐ろしい事にこれがパミが成人するまで毎年だった。当然そうだろうと気付いていたので、そこから6年間(スイスは成人が18歳)の分と、1億ドルの半分5千万ドルをパミちゃんの口座を作って移し、それを18歳の誕生日に渡してあげた。
無事学園祭の2日目を終え、家に戻った私は、自室のクローゼットを開けた。案の定、手紙と用意した品が失くなっていた。エルマがアサシンを使って衣替え後の夏服を狙って来るのを読んでいたのだ。
『アサシンさんへ エルマの性癖は私も知っています。ですがどうしてそういう事をするのかも知っています。あの子もトロンメルも『エル』の細胞を使っていない、顔と体型を似せた純然なホムンクルスです。そしてホムンクルスは造物主へ恋い焦がれるものです。ですがその造物主はここで暮らしている訳ではありません。なので自分でもわかっているだろうに、その気持ちを私へと転嫁しているのです。そしてそれがあの子の精神的安定に繋がっているのは間違いありません。ですがこう度々ですとさすがに困りますし、あなた方も嫌でしょう。なのでこちらで新たに夏服を用意しました。一応二日ほど袖を通しています。それを持って行って下さい。水着の時も同じ手を使いました。私も思い出の品は残しておきたいのです。もし今後もエルマがその様な、あなた方にとって不名誉な命令を出すのなら、事前に知らせて下さい。用意できるものなら用意しますし、無理なら無理と知らせます。エルマを騙すカタチになりますが、この協定はお互いのためだと思います。もし承知して下さるのなら、手紙を持ち帰りエルマに見せず廃棄して下さい。不服なら品も手紙も残していって下さい』
そしてブツと手紙が消えていた。狙うとしたらこの2日目だろうと睨んでいた。理由は冬服が今日からなのと、クリーニングに出すなら明日以降となるからだ。本日は日曜日。学園は小学部以外、火曜日が振替休日となる。私はブラウスが黄ばむのが嫌なので即自分で洗うタイプだ。それでも季節の変わり目は専門のクリーニング店に出す。それがもう二度と着る事のない服であってもだ。
だから2回しか使っていないスクール水着もキチンを取ってあった。エルマが持って行ったのは、新品の水着を次亜塩素酸カルシウム容積に晒して干したものだ。水着も洗うものだから、普通はそこまでカルキ臭さは残らない。だけどその方がエルマにはウケるだろうとひと手間掛けてあげたのだ。
実は私はエルマは困ったものだと思っても嫌ってはいない。例え同性でもそこまで思ってくれるのかと考える時もある。むしろまともな恋愛ができるのかとそっちが心配だ。だから妙な態度や行動を見付ければ叱っているだけだ。そしてあの子は私以外の誰のものにも手を掛けない。あくまでも私の使用した学用品に限られている。なのでパンティーなどの下着には手を出さない。あの子のペンケースの中身や、机の上の文具は私のとまったく同じだ。だから普段は同じ学園に通い、同じ制服を着ているだけで満足なのだろう。
だけど私が3年生というファクターは大きい。もう着る事のない水着や夏服。それは私が学園とサヨナラするために置いていかなければならないものだ。自惚れでなくエルマにとっては聖遺物だろう。だからヘンな事に使う事も想像できるが、兎にも角にも回収したかったのだと思う。
次はクロエちゃんだろうな。もし5年後も高等部の制服のデザインが変わらなければ、譲って欲しいと言って来る可能性がある。私より背が伸びそうだから難しいと思うが、その時の私はどういう選択をするのだろう。取り敢えずクリーニングに出して、戻ったら時間凍結しよう。考えるのはあの子達が高等部生になる頃でも遅くはない。
儂とルビーは空き部屋でアサシンどもと密談しておった。参ったの。エルヴァにはまるっとお見通しだったのじゃなぁ。まぁそうだろうとは漠然と思っておった。じゃが、エルマの出自を考えれば仕方ない事であったか……。トロンメルもそのようなところがあるのかの? ま、あるんじゃろうな。きっとエルヴァが良い塩梅に方向付けたりしとるのじゃろう。
「ゾウケン殿、我らはいかがすべきなのか……」
『う~む……。エルヴァの案に乗るのが最良じゃろう。しかし、主を騙すカタチになるのは辛いと……』
「そこです」
『じゃがな。主はエルマであってもエルマの姉はエルヴァじゃぞ? そしてエルマがエルヴァに逆らったり、裏切るような真似は絶対にせん。となれば主の主ではないか。確かにお主達のスジや仁義とは異なるのかも知れんが、そこはお主らにも理解が必要な部分じゃろう』
「ええ。頭ではわかっているのですが……。何人かの者達が」
『頑固者はどこにでも居るじゃろう? それを言葉や態度で示すのがリーダーの役であろう? まぁ、儂の方からもエルヴァに言っておく。そう板挟みになるような協定を言ってやるなとな』
「お願い致します」
そうしてアサシンどもは消えたんじゃが、罪作りよのう。しかしこの様な反応は以前の儂なら理解できんかったじゃろう。英霊も元は人であり、人の心があると。アサシンどももわかっておるんじゃ。それこそプロとして可怪しいじゃろうと。じゃがそれはそれだけエルマを慕い、エルヴァを慕っておるからじゃ。エルマは令呪を持っとらんのじゃ。令呪を開発した儂だからこそ思う。それは理想の関係じゃろう。真に心からの信頼関係を築いておる。あのアサシンの一人でも欠ければエルマは勿論の事、エルヴァも嘆き悲しむじゃろう。そんな関係じゃから悩むのじゃ。
昔の儂じゃったらそれを馬鹿にしておったろうな。高々2~3週間の短い間じゃ。そんな関係なぞ必要ない。そもそもサーヴァントとは、必ず座に還るものじゃからと。しかしどうじゃ? ここまで長期に渡って、その存在を安定維持できる魔力。こんな魔術師の存在など知らん。おまけにエルマにはランサーまで居るんじゃぞ? 魔法に至った遠坂が居るように、こういうアインツベルンもあったんじゃな。そしてマキリの芽を潰しとるのはどこの世界でも儂ではないか。こんな惨めな事があろうか。
じゃから今の儂は、そんなエルマやエルヴァを見守る方が楽しい。エルマと魔術の議論を交わす方が楽しいのじゃ。
『さて、ルビーや。戻ろうかの』
『ええ。エルマちゃんにも困ったものです』
『言うてやるな。自分でわかっておっても、どうにもならん事はあろうて』
エルマの部屋から霊体化したアサシンが出て行ったのが視えた。面白いものでな、この身体になってから霊でも電波でも電磁波でも何でも視える。しかも高倍率なズームが付いとるし、太陽を観てもフィルターが入るんじゃ。それでもってX線など使わんでも、大抵のものは透視できる。飲み食いの楽しみも失くなったと思っとったら、エーテル出力してそいつが食えば、味もわかればそのまま魔力に変換もされよる。
おそらく儂はどこの間桐臓硯より、劣化もせず『腐らぬまま』生きるじゃろう。じゃからこそ、エルマやエルヴァとの日々を大切にし、小奴らとの別れがあろうと未来まで子々孫々見守って行こうと思っとるんじゃ。そしてルビーも儂と一緒に居たいと言ってくれおったんじゃ。5代先、10代先はどうなっとるんじゃろうな? 世の中はどういう具合なのか。少しでも良い世界になって欲しいと願うばかりじゃ。儂のできる事など知れておろうが、エルマやエルヴァの子供や孫が、儂やルビーを必要としてくれるのなら。いつでもチカラを貸そうぞ。
食後は防音結界を張って、トロンメルとガンガンにアンプを鳴らした。ともかくこの子には自信を持って貰い、明日の本番で頑張って貰わないと。その思いがあったのでコンテストは割とどうでも良かった。勿論、凛を称えたし桜ちゃんを称えた。エルマやトロンメルには来年だよと激励もした。だけど自分の事は本当にどうでも良かった。それは吉川クンと思い出が残せたからだ。
まさか高等部の3年生で彼氏ができるとは思わなかった。まさか男の人と話す時間が、こんなに楽しいと思える日が来るとは思わなかった。いや、漠然と『いつかは』という思いはあった。私もそこは女の子だからね。だけどだけどだ。
実は私、並行世界を引っ括めると彼と知り合って10年になる。腐れ縁の磯尻クン程ではないが、『エル(私)』とは何度か同じクラスになっていた。5年生の自然学校も6年生の修学旅行も同じ班だった。中2の一泊移住もそうだ。つまりそれだけの回数、同じクラスだったのだ。
彼がググ~ンと背が伸びたのは6年生からだった。それまでお兄さんのお下がりだった制服を新しく買い替えたのだ。丈がつんつるてんになったとボヤいていたのを憶えている。ついでに1番上のお兄さんのお下がりの半ズボンを、2番目のお兄さんが破いた事も。
『兄ちゃんがしゃがんだらお尻が裂けたんだ。もう、あのデブ兄は。ウチ、男ばっかの3人兄弟だろ? 使い回せるものは使い回さないと大変なんだよ』
6年生でもこのくらいの金銭感覚はあった。だから彼はお年玉も全部貯金していて、お小遣いの遣り繰りも上手かった。まぁ、ずっと剣道小僧だったから無駄遣いする暇も時間もなかったろうけど。かくいう『エル(私)』は空手の帰りに買い食いするのが大好きだった。『エル』の中で『たこ焼きにしろ~たこ焼きにしろ~』と念を込めていた。思うに私は、『巫女のイリヤ』に逢う前からたこ焼き好きだった。いまだに謎だ。
そんな風にこれまでの事を振り返ると、あの吉川クンとこの吉川クンは厳密には違うのだろうけど、芯の強さと自分をきっちり持っている点は同じだったと思う。やんちゃな事も無茶もしない。だけど曲げないところはトコトン曲げない。そしてそれは大抵の場合、誰が聞いても正しいと思える内容だった。だから5~6年のクラスの中では一番良く話した男の子だった。
中2の時は私と彼だけでなく『姉のイリヤ』も同じクラスだった。あの中2病真っ盛りな姉も、吉川クンの意見だけはよく聞いていた。と言うのは当時の姉が、密かに好きだったのが吉川クンだったからだ。そして『エル』はフンボルト君が好きだった。結局、フンボルト君が他の人と結婚しちゃったので『エル』の片思いは終わったのだけど。
それが今、ここではどうだ? 私が吉川クンで彼女はフンボルト君だぞ? きっと私は倫敦で財布の中の写真を見て『終わった』と思ったのだろう。グッバイ、慎ちゃんだ。そしてあの彼が告白してくれたタイミングだ。あれ以外だと断っていたかも知れない。そんな断ったかもと考えつつ、今の関係がどこまでも嬉しい。何だ自分はと思うが、本当に女の子の気持ちだけは自分でも謎だ。
だからあの『エルヴァ』にも何かがあった。そういうタイミングがあったのだと思う。そして夜道での士郎クンとフンボルト君との誤解からの諍い。あんな乙女な私って居る? 自分でも不思議だった。だけど家の中でお父さんやお母様にお付き合いを認めて下さいと言っていた、堂々としたフンボルト君の態度とは裏腹に借りてきた猫のように小さくなっていた彼女。実はお父さんは先にアメリカでフンボルト君と会っていて、その時に許していたそうだ。ただお母様が知らなかったので、もう一度改めてとフンボルト君が正式に許可を欲した訳だ。こういうスジを通せるかどうかは大事だからね。
私も彼の家に行けば堂々と話そう。そして卒業後は海外へ行く事も明かそう。その上で許可が頂けるなら…………。
『おめでとう、さすが遠坂さん』
『リン(凛)、おめでとうございます』
『やったな、遠坂。おめでとう』
皆んなからそう言われた。だけど正直負けると思っていたので、一番驚いていたのが私だったりする。まさか同率首位だなんて。しかも桜と一緒だなんて。悔しいとか誇らしいとかそんなのの前に、感謝と歓びしかなかった。桜のウエディングドレスを用意したのはエルヴァ達だって聞いたからだ。なんであんな事がサラッとできるんだろう。あれこそが魔術の正しい使い方なんじゃないかとさえ思った。
いや、現代ならダメなのだろう。でも神秘が巷に溢れていた大昔の魔術師は、皆んながああして居たのだと思う。そうして周囲の人々から尊敬されいていたのだと思う。私は食事の前にエルヴァやエルマにトロンメルの3姉妹に頭を下げた。勿論、学園でイリヤやクロエに美遊にもお礼を言った。だけど今度ちゃんとお礼を言うと申し添えた。私はこのエルヴァが居た時の学園祭を生涯忘れなかった。
そして明日の最終日にはマルガリータさんが、リューリィさんやフィオレさんと再び来る。マルガリータさんは初めてだ。今日は家族が多いだろうと遠慮して下さったのだ。一方、リューリィさんとフィオレさんは、やっぱり車椅子だと全部廻り切れなかったのと、軽音楽部のトロンメルの応援があったからだ。
それで気合が入ったのかトロンメルとエルヴァは、食後から部屋に籠もって練習していた。それでエルヴァが取られたカタチになったエルマが少し拗ねていたが、お風呂の用意に上がった後、降りてくる時はニコニコだった。何か良い事があったのだろう。
汚してなるものかとお風呂では入念に身体を洗った。とにかく2階に上がる階段で心臓バクバクだった。部屋に戻るとゾウケン君とルビーに早速お願いした。2時間ほど出ていてくれと。そうして出て行ったのを確認して結界を張った。クローゼットにはアサシンが手に入れてくれたお姉様の夏服。そのハンガーを手にとった瞬間、私は軽くイッた。自分でも思う。どれだけ興奮しているのだと。だけど仕方ない。
「と、ともかく、き、着てみよう……」
タグに記入された名こそ違えど、まったく同じものがクリーニング待ちでクローゼットに掛かっているのに、指先の震えが止まらない。今ままでも洗濯カゴから拝借して何度か袖を通していた。だけどとうとう自分のものになった。この感動はお洗濯前のアレとはまた違う歓びがある。
「も、もどかしい。指が震えてボタンが……」
それでも何とかブラウスのボタンを止めてスカートを穿いた。だけど私はここで気付いた。
「あ、リボン。そっかあれは冬服でもそのまま使うから」
仕方なく自分のを結んだが、画竜点睛を欠くとはこの事だ。結局気持ちが萎えたので、自分の匂いが移る前にお姉様の服を脱いだ。
そしてふとトロンメルと同じクラスの迫水さんと袴田さんを思った。何となくだけど、お姉様にバレている気がしたのだ。だから完全に萎えてしまってゾウケン君とルビーを呼び戻し、出て行ってくれたお礼を言った。戻った二人は何も触れない。ただ外で話していただろう事を続けて話していた。何時だってこの二人はこういう態度で居てくれる。
今更だから何も言わず、胸の中でお詫びとお礼を言った。
日々の庭の手入れなどの仕事や出張の合間を縫ってだから、中々サウナ小屋が進まねぇ。当初の予定より2週間は遅れている。そんな中途半端なできの小屋を見ながらちびちび酒をランスと煽っていたら、このところとんと見ないセイバーがやって来た。
「おう、久々だな?」
「ええ、ご無沙汰でした」
「新しいバイトでも始めたのか?」
「いいえ。あの喫茶店は、店長の引き止めもあったので延長しました。一応年内一杯は。その先はまた考えます」
「そうか。馴染んできたな」
「そうですね。それでご紹介したい人が居ます」
紹介したい相手? 誰だ? そうするとスススとまたセイバーが現れた。そうだ、こいつは?
「オメェ、あん時の?」
「はい。お久しぶりです」
「実はエルの許可を頂き、先日から彼女と暮らしています」
「アーサー、『エル殿』の?」
「はい。彼女のもう一人のセイバーという事になります。ただ彼女は特殊な事情がある英霊ですので、その『エル』から、ここで学生からやり直してはどうかと」
そこから二人が説明してくれた。エルヴァやエルマも最初かなり驚いていたそうだが、『英霊のイリヤ』のとりなしで納得して貰えたらしい。ついでに言うとキリツグも知っていて、この街に住む許可も出しているとか。なら今更オレやランスがどうこう言う立場にない。
「あ~、なるほど。事情はわかった。オレは文句もないもないぜ」
「私もです」
「けどアーチャーは?」
「彼もイリヤがエルに話している時に居ましたので。あなた方への紹介が遅れたのは、マスターのパスがホワホワした状態でしたので私も戸惑ってしまい……」
「もしかしたらだけどよ? マスターが恋をするとそうなんのか?」
「パスの深さにも拠るのでしょうが、らしいです」
面白い事もあるもんだ。まぁ、何にせよ新しい仲間が増えたって事だ。ならパーッと行くまでよ。オレ達は本腰を入れて酒盛りを始めた。