パスポートの最終入国スタンプこそ日本だったが、パミちゃんは日本に来た憶えがないという。『エル』は、環太平洋の霊脈を全部繋げて『世界のシステム』に介入したのではないかと話していた。きっとそれはそれで重要な情報なのだと思う。だけど今重要なのは、パミちゃんは日本のお風呂を知らないという点だった。だから私が一緒に入ってあげたのだけど。
「エルヴァは剃っているの?」
一瞬なんの事かわからなかった。だけどパミちゃんに髪と同じですごく薄い、だけど産毛と言うには少し長い毛が、ほんの少し生えているのに気付いた。個人差はあるだろうけど、普通12歳はこんなものだ。これの意味するところは。
「パミちゃん? パミちゃんのお姉さんのエルヴァは生えていたんですか?」
「うん」
これの解釈には、幾つかの選択肢がある。それが世界の違いと捉えられるが、私はもっと奥深い理由があるような気がした。まず私が無毛なのは、元の世界のお母様からの遺伝である。つまり『エル』も『日本のエルヴァ』も『姉のイリヤ』も無毛だ。また『姉さん(英霊のイリヤ)』も『巫女の姉さん』もだ。
要はこれまでの私が知っているアインツベルンでは、無駄なものとしてホムンクルスにそのようなものを与えて来なかったのだ。実際恥ずかしい思いをするのは6年生から中1頃までで、それも個性と認めてしまえば無駄毛の処理が必要ないのでかなり便利だ。特に現代のように欧州文化が広く知られるようになると。
自転車の選手もサッカーの選手も、怪我を負った場合の処置を素早く行うためと、雑菌の感染を未然に防ぐためにスネ毛などを処理していた。そして中々お風呂に入ろうとしない欧州の悪しき習慣が、ビデの発達とともに『ええ~い、剃ってしまえ』という意識改革を生んだ。だから今は全然恥ずかしいと考えていない。
現に凜(魔法使い)は『エル』を真似て綺麗サッパリ脱毛してしまっている。あの子は中3の頃まで剃っていて、高1の時に『エル』に処置を頼んでいた。
それはさておき、成長とともに生えるという技術がアインツベルンにないわけではない。親族の中には判で捺したような銀髪紅眼でなく、メイドを金髪碧眼にしている人も居た。当然お祖父様もこの技術はご存知だ。なので『エル』も知っている。となると、考えられるのはあちらの『お祖父様』はエルヴァにそういう調整をしていたという事だ。
それをして『保守的』とは言い難いけれど、そういう『お祖父様』が居らっしゃったという事は代々そういう家だったという事だ。こんなところから『パミちゃんのエルヴァ』と、『エル』や私達との違いが見えて来る。
やはり湯船から一旦出て身体を洗うなんて全然知らないので、フンボルトの時のように教えながら入った。湯船ではその時と真逆で私がパミちゃんの背中側に入った。やっぱり安心できたのだと思う。自分の事やミトの事を色々話してくれた。やっぱり学校には通っておらず、家庭教師が付いていたそうだ。そしてエルヴァは年に数回日本に行くだけで、後はスイスで暮らしていたのだとか。そこが決定的に違っていた。だから何かを見落としていたのかも知れない。そんな風に私は感じた。
「身体の洗い方はわかりますか?」
「ボディブラシがないと、背中が洗えないよ」
何の会話だと思うかも知れないが、手拭い(タオル)1本で全身洗える日本人が特殊なのだ。もっと特殊なのは昔の軍艦に乗っていた兵隊さんだろう。雷画のお爺ちゃんに聞いたのだが、洗面器一杯の水で全身と褌まで洗ったという。その節約精神を美徳と取るのか、そんなだから負けるんだと取るのかは自由だが、洗面器一杯で全身は信じられない。
パミちゃんを洗い終えて、今度は自分を洗った。
「あ、お背中、そうやって洗うんだ?」
「そう、タオルをこうやって斜めにして洗うんですよ」
まぁ、アメリカに行けばボディブラシだから。それにパミちゃんのアイデンティティはスイス人のそれだった。聞けばエルヴァ以外日本に行っていないそうだから、日本の事なんて今更かも。お風呂から上がるとフンボルトがポソッと耳元で囁いた。
「君との時間を確保するのが難しいね。仕方ないけど」
「旅先でリンさん達に2時間だけ預かってってお願いする以外ないかも」
「モニカさんやミアータさんに預かって貰うんじゃ?」
「そこも引っ括めて相談です。本人の意思もありますし。それといきなりの異世界ですよ? その不安は理解してあげましょうよ」
「そうだね。エルヴァ、母性が出て来た?」
「元々、年下の子の面倒をみながら育ったので」
「ああ、妹さんが居るんだもんね」
「はい。じゃ、ゆっくり浸かって下さい」
「うん」
そうしてキスをした。こういう時に彼が年上で良かったと思う。年相応に道理を知っているから、不満をストレートにぶつけて来ないのだ。だからこそ甘えるだけでなく、きちんと彼の希望にも沿ってあげないと。実際私だって彼に抱かれたい。もう身体が覚えちゃっている。これで数ヶ月オアズケだとヘンな事を口走ってしまいそうだ。パミちゃんに当たらないようにしなきゃ。そうだ……。
「パミちゃん?」
緩いカーブを描く襟の部分がレースになった、真っ白な可愛らしいネグリジェ姿のパミちゃんは鏡の前で髪を乾かしていた。
「無理してない?」
「うん、大丈夫だよ。髪やお風呂と着替えは自分でしなさいって小さい頃から言われていたから」
「お姉ちゃん達に?」
「メイドにも」
そっか。皆んなで育てていたんだ。出会いは驚かされたけれど、こうして話すと悧発だし、素直で良い子だ。
「エルヴァ?」
「うん?」
「フンボルトとデートしたいんでしょう? その時は言って。お留守番できるから。その代わりご本を買って?」
この子……。
「私のエルヴァもそうだったの。それで中に幾つかお家があるから。鍵が空いているところなら、好きに使って良いよ」
『ラインの黄金』で、まるごと家を取り込んでいるんだ? いやいや、待って。『エル』もそうだった。彼女も隠れ家にしていて、『巫女の姉さん』も何度か使ったと話していた。確か────ライフラインがないからトイレの時は出なければならないとか、火気厳禁だけど飲料水を持ち込めば数時間は中に籠もっていられて……なのに出ても時間がそんなに過ぎていないって────。倫敦で『エル』が使った術だ。
そうだ。皆んなで育てていたって事はそれだけ周りの目があるって事だ。そのエルヴァもフンボルトとの時間をそこで。そしてわかった。そのエルヴァは『ラインの黄金』を持っていない可能性もあるんだ。持っていたら自分のを使うはずだから。まして私達のように身体の関係があるなら、パミちゃんに知られるようなリスクは犯さないだろう。
あれ? 待って。『エル』が処女な理由は『ラインの黄金』があるからだって……あれは嘘だった? それとも何かの願掛け? 或いは『ラインの黄金』の完成度の違い? ちょっとわからないなぁ……。だけどこれは朗報ではないだろうか。
「パミちゃん? パミちゃんのエルヴァも『ラインの黄金』を持っていたの?」
「うん。でも私のが完成形だって。エルヴァのは簡易型で、ミトのもいちおう完成型だけど、改良前だったの」
「え? あなたやミトが先なんじゃ?」
「ううん。1番がミトで2番がエルヴァ。それで私が最後だったんだよ。だから私と簡易型のエルヴァは赤ちゃんが産めるんだ」
ミトとエルヴァの違いは見た目の年齢だけど、実際の年齢は同じだったと思う。そう想像していたから勘違いしていた。この子は本当に5年はズレている。だから改良された完成型なんだ。そしてエルヴァは『エル』と同じで跡取りなのだろう。なら子孫優先で簡易型にした意味がわかる。つまりこの子と一緒に行動しないと世界にアクセスできなかった? 仮にそれが個人でできたにしても、『現象』には至れなかったのかも。
実はよくよく考えてみれば、この『世界のシステムへのアクセス』と『現象に至る』っていうのは限りなく『魔法』に近くないか? いや、ある側面では魔法を越えている。来るはずの抑止すら制御してしまうのだ。システムを支配下に置くってそういう事なのだから。あ~、やっと『エル』がエルヴァを天才と言った意味が実感できた。
怖い話だけどエルヴァちゃんもここまでできるようになるのだろうか? いや、これを教訓としてそうじゃないよと教えていかないと。きっとエルヴァの願いはそこもあったろうし、『エル』は言わないだろうがこの『現象』に巻き込まれた世界とは、エルヴァちゃんが存在する世界なのだと思う。
そんな事を考えながら私はパミちゃんの髪を軽く梳いてあげた。
「結構編み込みが得意なんですよ。明日の朝、編んであげましょうか」
「うん、ありがとう」
女の子だなぁ。鏡に映る顔が満面の笑顔だ。
「エルヴァ?」
「はい?」
「私、12歳だよ?」
「え?」
「もう生理もあるし、赤ちゃんがどうして産まれるのかも知っているの。中で気に入った家があったら、鍵を掛けて結界を張ってくれれば私にはわからないから。宝具の入り口は開いておいてあげるから、私が眠ったら使ってくれて良いよ」
何という誘惑……。
「その代わり、眠る時、エルヴァは私の横」
む。このところ寝相の良い私だが……。それは姉さんやフンボルトだと安心できるからだ。だけどこの子も不安なのだろう。そこは応えるしかない。取り敢えず足を縛れば大丈夫だと思う。
「それとフンボルトを時々貸して? お話だけだから」
私は思わずパミちゃんを抱き締めた。寂しいんだ。だから言ってあげた。
「これからは私がパミちゃんのお姉ちゃんだから」
「うん」
ぎゅっと抱き返してくれた。そうしてフンボルトが出て来るまで抱き締め合った。
「エルヴァ、ごめん。パンツ取って」
どこのお父さんだよ?
深夜、4時間はタップリ(初バックも)堪能したところで30分も経っていない部屋に戻った。そしてパミちゃんの横にそ~っと入った。朝起きたら私は床に落ちていて、パミちゃんはフンボルトの横で眠っていた。私が居ないからフンボルトのところに行ったんだ。朝食にまでにしっかり謝った。それで事実を話したら許して貰えたが、パミちゃんには大笑いされた。
急遽決めた朝練(フォークギターの)が、思ったより早く終わった。さすが吉川クンは飲み込みが良い。点呼の時間までまだまだある。だから、まだ誰も登校して来ない3-Dの教室で私とコーちゃんは話し込んでいた。
今日の私は喫茶店免除で、3-Dの演奏に付き合う事と、後片付け以外は完全なオフだった。それでもって彼も演奏と後片付け以外はオフ。これは私のA組でのスケジュールが前々からそう決まっていたので、彼のD組の仲間が気を遣ってくれた結果だった。
公認になるというのは気恥ずかしい面も多いが、こういうメリットもある。ただし学園在籍中の破局は最悪だろうなと思う。実際学園祭前に別れてしまった男の人がB組に居て、ちょっと浮いている。周囲が腫れ物に触るような感じなのだ。あれはあれで嫌だろう。だけど女子からは良い噂を聞かない人だから、どうなのかな。
「ああ、織田だろう? あいつ、1年の子と付き合い始めたは良いが、初めてのデートでホテルに連れ込もうとしたらしいぞ」
「本当に?」
「真相は知らないけど、剣道部の1年が話していた。それも男子だけでなく女子も。それとあいつ、2年の時も女子にフラれてるんだよ。やっぱり似た理由で」
男の子だからなぁ。肩を持つ訳ではないけれど、1番そういうのがしたい年頃だしわからなくもない。そもそも私は桜ちゃんを焚き付けていた。それは士郎クンと相思相愛で親も認める仲だと知っていたからだけど。でも、そうした1番大きな理由は士郎クンが奥手過ぎたからだ。
個人差があると思うけど、女の子って決心が付くまで時間が必要なのだ。果たして彼は自分(と子供)を守ってくれるのか? ちゃんとスジを通せる(社会人として生きていける)人なのか? しっかりした金銭感覚を持っている(きちんと稼げる)人なのか? 基準も人それぞれだし年齢に応じて変わると思う。けれどそういう自分の中にある基準を満たしてくれないと、身体を開くのは難しいと思う。
『好き』という感情だけで動ける人もいるけれど、それもタイプだろう。バカにはしないけれど、簡単に身体を許すのはどうなんだと思ってしまう。そういう意味で、その1年の子も2年の時の彼女さんも偉かったと思う。私は彼が好きだし、お父さんもお母様も許してくれた。けれど彼のご両親やお兄さん方にはまだお会いしていない。だから彼に許すのは、そういうスジを全部通してからだと考えている。
「そういうのをしたい?」
「そりゃ、男だからな。けど、そんな事よりウチの親にエルヴァを紹介するのが先だ」
「反対されない?」
「ないない。親父なんてこの子を絶対に逃すなって」
「どうして?」
「職権濫用じゃないんだけど、俺も聞いてビックリした。エルヴァ、お前妊婦さんを救けたろう?」
あ。
「表彰を断ったってのもバレバレだ。それにお前達姉妹が、お年寄りの横断を手伝ったり、怪我をして泣いている子供の手当したりしてるのがさ、交番勤務の人達の中じゃ有名だったんだよ。1番上の兄貴が悔しがるのもそこがあったからなんだ。あの兄貴、名前じゃピンと来なかったクセにエルヴァの写真を見た途端、『この子だ! 俺の天使!』とか抜かしやがって……。それで会わすのが嫌だって話したんだよ。けどそういうのが段々とわかって来てさ。それで、親父達が『会いたい』なんだよ」
エラく短期間で。張られていた……? 魔術師であるこの私が? いや……違うな。人の記憶だ。彼の言う通り、交番勤務のお巡りさんの中で噂になっていたんだ。それをお兄さんも耳にしていた。逆に彼のお父さんの方は、表彰を断った子として名前で知っていたんだろう。エルヴァやら、アインツベルンやら、それは日本の冬木なんてローカルな中では目立つと思う。
「だから心配しないで良いぞ? 親父もお袋も、そんなだからとっくにエルヴァのファンだし、昨日のコンテストも報告済みだ」
「ああ! 恥ずかしいな……」
「兄貴にはモゲロって言われたよ」
それもまた……。
「でもな。親父もお袋も、卒業後にお前が海外に行くのだけは心配している」
「話したの?」
「ああ、嘘を言っても仕方ないからな」
「そうだね。できる限り4年で帰れるようにしたいな」
その後、私は時計塔の講師を4年で務め終えた。そういう契約にしたのだ。そして衛宮の家を詮索する者が居ない事を確認し、今まで以上に時計塔と友好的な関係を築く事に成功した。ただ海外生活は1年延期した。彼と正式に婚約し、二人で世界中を旅行したのだ。それで帰国と同時に穂群原の弓道部コーチに就任した。
「4年か。その間、俺も剣道に打ち込みたい。最近、夜は社会人の人と練習しているんだ」
「それはまた、どうしてですか?」
「お前が日本一なんだから。俺だって日本一になりたいんだ。でないと釣り合いがな」
あらま。この時に彼は決意したのだと思う。結局彼は警察官にならなかった。本家の道場を継いで剣道家となったのだ。だけどそれはまだまだ先の話だ。
今朝はルヴィアにやられた。本日はトロンメルにとっての本番だから、彼女とエルヴァは既に出ていた。エルヴァまでが早いのは実行委員というより(エルマはまだ居る)、朝しか彼氏とゆっくり話せる時間がないからだ。夏の間も朝練で早かったから、本人は早起きが得意というのもある。だけどこの短期間でそこまでという思いが私には強い。恋は女を変えるって本当なんだなと思った。
で、食堂に残ったいつものメンバーに、いつも通りの挨拶をしていたのだ。するとルヴィアに、ハグされてキスまでされたのだ。それで唖然としていたら、赤い薄手のセーターに、シックなダークブラウンのスカート姿のリューリィさんに笑われたのだ。手の甲で口を隠し『オホホホホ』と。リューリィさんは意外だけど普通に笑う。フィオレさんのお陰だろうか? それはともかく、まさか制服を着ているのがリューリィさんだったとは。
「リンも騙せたのなら大丈夫ですわね」
「ちょっと。気持ちはわかるけれどやり過ぎじゃない?」
「まぁまぁ、お許し下さいな。リューリィだけでなく私も妹と学園に通いたかったのですわ。ただし騒ぎになってご迷惑を掛ける訳にも参りません。なので要所要所で写真に残したいだけです。そのためにエルマからは写真係のアサシンをお借りしましたのよ」
エルマが頷いた。そういう事なら大丈夫だろう。アサシンなら問題ない。
「でもそれなら制服を」
「当然、予備を持って行きますわよ? ですが警備の人を惑わせてはいけませんでしょう? なので2-Aで着替えてから、リューリィと合流して。そこから撮影開始ですわ」
ああ、そういう段取りなんだ。校内に入ってしまえば魔術で誤魔化しようもあるだろうし。帰りはリューリィさんがその服を着て帰っても良いんだし。それで朝食を終えても、出発まで本日同行するマルガリータさんも交え談笑していた。やがて時間になったので、私達は外に出た。そしてフィオレさんを乗せて、助手席にはマルガリータさんだ。でだ……。
「妹を頼みましたわよ、リン」
はい? ルヴィアは笑顔でフィオレさんの横に乗っていった。聞いてないつうの。だけど仕方ない。それで、私とルヴィアに化けたリューリィさんと、エルマとでバス停に向かった。そしてやって来たバスに乗ったのだけど。
「遠坂先輩、エーデルフェルト先輩、おはようございます。昨日はお疲れ様でした」
桜だし。でも昨日一緒に表彰を受けて、私のどっから来ているのか不明な桜への苦手意識は幾分解消されていた。
「おはよう、間桐さん」
「おはよう、桜」
「おはよう、エルマ」
「オハヨォゴゼマ~ス」
しまった。リューリィさん! 無理に日本語で返さなくても……。だけど桜が全然気にせず、リューリィさんを交えてエルマと会話をしている。そこで刻印をそっと起動して周囲の魔力を観測した。刻印を起動しないと感じ取れない程の、この微細で精緻な魔力。ピンポイントで桜に……。お見事。エルマにはウィンクされるし。ここまで制御された魔力を刻印ナシでもわかるのか。さすがはアインツベルンだわ。
学園前でバスを降りると、昨日と同じ校門前でフィオレさん達が待っていた。マルガリータさんは先に一人で入ったそうだ。何でも今日中に全部周りたいとかで気が急いていたらしい。意外な面があるのね。守衛さんにルヴィアがチケットを提示し、リューリィさんは堂々と生徒手帳を出した。車椅子を押しているのはルヴィアだ。これは黙っていると全然わからない。下足室で桜とエルマにお別れし、私達はエレベーターで3階に昇った。向かうは2-Aの教室だ。
後ろ側の扉がガラリと開き、アサシンが手招きしてくれた。中にルヴィアとリューリィさんが入ると結界が張られた。私とアサシンとフィオレさんは廊下で待機だ。そして見慣れた制服姿のルヴィアが二人出て来た。私はルヴィアの手に先程取り外したモノを握らせた。
「これは?」
「ご覧なさいな。校章と学年章とクラス章よ。それをリューリィさんに付けてあげないと片手落ちでしょう?」
「リン……」
「半日だけだけどクラスメイトよ。楽しんで」
「ありがとうございます」
「アリガトゴゼメ~ス」
だからリューリィさん……。けれどその嬉しそうな顔と、それを見てこれまた嬉しそうな顔をするフィオレさん。ああ、きっと今の私も同じ顔だ。その後、中庭の影でフィオレさんとリューリィさんに待って貰い、私とルヴィアは2階の展示がある部屋で点呼だけ受けた。それで店番の交代時間が来るまで、主にルヴィアとリューリィさんを中心に、4人でたくさん写真を撮った。
そして最大のイベント。ありきたりだけど難しいショット。正門前の学園名が書かれた看板の前でのツーショットだ。だけど考えてみれば全員魔術師で思ったより楽勝だった。ハサンはいつものハサンではなかったけれど、とても協力的だった。勿論彼には撮影の都度お礼を言っている。何度も言うとしつこいと思うが、彼はとても嬉しそうだった。だから3人がお手洗いに行った時、声を掛けたのだ。
「そうだ、ハサン。焼きそば奢るわよ?」
「ありがたいのですが、それは食べられません。私はあのハサンとは違い、豚肉が食べられないのです」
「あ、ご法度?」
「はい、ややこしくて申し訳ありませんが」
「ううん。色々な人が居るって聞いているから。気にしないで」
それでこっそり教えて貰ったら、彼はこういう活気のある場所や催し物があるところが好きなんだそうだ。だから、市場に潜入して調査したりするのが得意なのだったのだとか。ところが時代も場所も変わり、そういう仕事は単純な調査になってしまった。
「それで特売日やサービス品を調べ、ニコ殿やセラ殿にお知らせしております」
ちょっとと言いたい。余りにも勿体ない使い方だ。
「いえ、それも仕方ない面があります。昔は何が流行っているかで十分な情報でしたが、今は何がどのように、どの様な価格帯から売れていくのかを見る必要があります。そうするとその地域にどの様な人々が住んでいるのかがわかります。そうして新しいお店を開いたり、マンションを建てたりするのかを検討するそうです。そのように一応売れる情報もあるのですが……」
う~ん……アサシン向けとは言い難いなぁ。
「で、ですね。ここに来てからずっと、私ともう一人機械の得意な者とが組みまして、今はエルマ様からパソコンに拠る株式投資の方法を学んでおるのですよ。年明けから全部任せるとのお言葉を頂いています」
エルマ、そういうのを教えていたんだ? きっと、全員に活躍の場があるようにって考えているんだろうな。おっと、ルヴィア達が戻って来た。
「もうすぐエルヴァ達の演奏が始まるけど、今日はどうする?」
エルヴァ達が旅立った。パミの追加分も含めて宿泊代は全部持ってあげた。随分と恐縮していたが、このくらい安いものだ。エルヴァ、あなたはフンボルト君と添い遂げなさい。きっと幸せな一生を送れるから。未来は輝いている。まさか『彼女』があなた達に『宝もの』を託すなんて。
決めては楽器店の前でのアレだろう。あのハンバーガー・ショップでは大人しかった彼が。親密になった事であなたから出自を聞いたのでしょうね。あんなに怒りを顕に。そしてそれを『彼女』も視ていた。だからパミを寄越した。
予想通りフンボルト君は『彼女』の婚約者だった。17歳で『現象』か……。心残りがたくさんあったろう。エルヴァ、今後はある意味『神』からの応援付きだぞ? 良かったね。
「本当に良かったんでしょうか?」
「大丈夫。フンボルトと仲良くパミちゃんの面倒をみていれば、幸せ待ったなしですよ。今後は彼女達の前に立ち塞がる者は現れません。先回りして『世界』の方が排除します。言ってみれば『神』を味方につけたようなものですから」
「それもまた、何と言って良いのか……」
「堪らんな……。で、どうするね? 義姉(巫女のイリヤ)達に声を掛けるのだろう?」
「はい。ですが、お別れパーティくらいはあっても良いかなと」
「そうだな。そのくらいの猶予はあっても良いだろう。もう一人のあの子(ちぃイリヤ)は? 寄り道か?」
「はい。その前にお祖父様にパミの事をご報告し、エルヴァにも教えてあげませんと……いや、エルヴァはいいのか」
私はいつの間にか『彼女』にシンパシーを感じていた。
「この街で平和に暮らしているあの子には『現象』の話のみで良いのではないか?」
「そうですね。お昼ですよ。食事に出ましょうか?」
「ああ」
「はい」
今日のミニライブは短い。持ち時間は今までの1時間でなく30分だけ。これは最終日なので、後片付けなどがあるからだ。なので私もコスプレ無しで、本日は制服のままだ。また月曜なので観客も保護者はまず居ない。となると観客は、私や彼のように今日しか自由時間がなかった生徒がほとんどになる。
余り長い曲はできないし、しんみりした曲も良くないだろう。キャッチーでポップで、だけど先生方も知っているような。
「家、スッたで~♪ まさかの4-6よ~♪ 願った逆転劇も~紙吹雪と消えてく~♪ 困った~♪ 帰りのバス代も~ポケットにありゃしない~♪ 首吊ろう~今週中に~♪」
これを昨夜のお風呂でトロンメルが歌っていたのだ。酷い替え歌だ。だけどクルものがあった。だからこのグループの歌はどうかなと彼に電話した。幾つかの曲のコード進行を話したら、何とか合わせると言ってくれた。
『ごめんなさい、突然』
『いや、大抵のは合わせられると俺が豪語していたからな。けどボーカルもメロも、全部お前に頼むしかないぞ?』
『そこは大丈夫です。それにこういう歌だと先生方にもウケるかなって』
『そうだな。それと家に来てもらうの、本当に明後日の火曜日で良かったのか? 疲れないか?』
『ありがとうございます。ですが大丈夫ですよ。それで、明日早く出れますか?』
『久々の朝練か?』
『そうです』
そういう事で朝のギター練習と演目が決まったのだ。それでもって教室(それも自分のところではない)でのキスなんてものを初体験した。先日のリベンジも果たした。姉妹同士なら何度もあったが、異性とのフレンチ・キスはドキドキした。時間にしたら1分もない。だけど2回して3回目は普通にキスをした。お互い名残惜しいのだ。
だけどそろそろ人が来るから、頭を冷やして切り替えなければならない。だから彼にフレンチ・キスのドイツ語を教えてあげた。それは『Zungenkuss』だ。日本語で発音すると『ザンゲンケス』と、何か叱られているような言葉になる。讒言消すって訳じゃないのだけど。『Zung』の『kuss』で単語が繋がった言葉だ。『kuss』はキスだから『Zungenkuss』の意味は舌のキスとなる。これは英語にも同じ表現があり、あちらでは『tongue kiss』という。ただし通常は英国なら『French kiss』で、アメリカなら『Deep kiss』だ。ちなみに普通のキスは『Küsschen』といい、日本語で発音するなら『キュッシェン』となる。こっちはちょっと可愛い。
教えてあげた効果は覿面で、ちょっと膨らんでいたズボンが元に戻った。そのタイミングで一人二人と人がやって来た。二人ともフォーク・ギターを抱えているので訝しむ人はおらず、ニコヤカに挨拶を交わして私は自分の点呼先の予備教室へ戻った。
彼のギターは自前だが、私のあのギターは彼の友人のもので、この3日間借りている。どちらも『YAMAHA』の『FG』で、3万前後のものだったらしい。愛着が湧いていて(彼との思い出補正付き)、正直欲しいなと思っている。だけど今は後継機に型が変わってしまって同じのはないのだそうだ。む~……。『エル』みたいな『Hammingbird』や『000-28EC』までは要らないが(彼女はヴィンテージものの『Martin』こそ持っていないが、『000-28EC』と『000-42EC』を新品のまま秘蔵している)、『YAMAHA』か『Morris』でサッと気軽に弾けるのが欲しいなぁ。
家ではここ最近エレキかリゾネーターばかりで、ピアノもご無沙汰だ。ちょっと前までは、部屋に電子ピアノが欲しいと考えていたのに、すっかりギターになってしまった。食堂に行けばあの白いギターがあるけれど、あれはあれで貴重らしいので、気が引けてしまう。またリゾネーターの『D-800P』も貴重なので普段はケースの中だ。だから机の横にでも立て掛けて、スッと弾けるフォークギターが欲しくなったのだ。と言うか思いっ切りコーちゃんの影響だ。
『彼が好きなフォークギターが、自分も欲しい』
きっとそれだ。私は乙女か。
「いや、お前は乙女だろ?」
「ヒッ!?」
「あのな。自分の番が終わったからと妄想を膨らませるな。まだ点呼中だぞ?」
こ、声に出ていた……? 皆んながニヤニヤと私を見ている。死にそう……。
担任は『チクショー! 俺もそういう青春を送りたかった……』と嘆いていた。どんまい。
搭乗手続きはすんなりだった。チケットも比較的すんなり取れた。ただ別れ際に『エル』の助言を聞いていなかったら、どういう事だと考えたに違いない。
『今後、パミちゃんにとって都合の良いような事が時々起きると思いますが、お金で解決できるなら、そういうものだと受け入れなさい』
なんて事を言われていたのだ。だからリンさんとシロウさんはエコノミー・クラスで、残る私達はビジネス・クラスだった。本日が月曜日というのもあると思うが、何故かそれ以外の座席が空いていなかったのだ。となると便を変えず、その席で帰るのが正解となる。『神の宝もの』か……。『エル』に言われずともそんな気はしていた。
昨夜、私とフンボルトはパミちゃんの好意に甘え、パミちゃんが寝入った後に宝具の空間に入った。私は『エル』のそれに何度か入っているし、それが何なのかも知っている。だけど初めてだったフンボルトはおっかなびっくりだった。そこは無理ないと思う。だけど彼の腕を引いていた私もそれを見て驚いた。
そこは地平線の彼方までポコポコと丘が続く草原で、その丘の一つ一つに家が建っていたのだ。そんな中に懐かしいブランコのあるヴェルデンブルグの家もあるし、冬木のあの家もあった。
「これって元から取り込んであった家にプラスして、入った人の記憶にある家も再現される?」
「ああ、そういう事か。あれ、僕の産まれた家だよ。あっちは今住んでいるお婆ちゃんの家。ええ~? お爺ちゃん達の家まであるよ」
ところが深山町の武家屋敷とお祖父様の屋敷はない。きっと景観を損なうからだ。もしかしたらどこかにあるのかも知れないけれど、少なからずここにはルールがあるのだろう。時間はタップリあるのでお互いの家を見学した。フンボルトがお祖母様と暮らしている家。キッチンには昔ながらの土のオーブンがあって、そこでお祖母様はパイを焼いたりされるらしい。この他リビングも彼の部屋も、まるで人が住んでいるかのように生活感が残っている。
「見てよ、このクローゼットの中。丸々僕の服が入っているよ」
ここまで来ると投影とかではない。ある種の催眠であり幻覚だ。それで入って来た人の記憶通りに中も外も再現する。だから限度がある。つまりそれがルール上の制限だ。
「これが幻覚だって? いや、空間がヘンなんだから魔術に拠る作り物だとはわかるよ? けれど本物にしか思えないよ」
私達は考えに埋没しながら、再びキッチンに行った。そして彼はケトルに水を注ぎ、火にかけた。
「フンボルト。そのガスと水はどこから来ているんですか……?」
「あ!?」
『エル』の宝具もそうなのだろうか。どうなのだろう? 以前受けた説明では……。
『うん? 四◯元ポケットではないですね。どちらかと言えば入り口は一つですが、中の倉庫が任意で入れ替えられるような。そんな感じです』
あの時の彼女は、そんなサンダー◯ード2号みたいな事を話していた。それも中の倉庫の棚のどれを一番手前に持って来るかも自由自在だと。そんな幾つもある倉庫の一つが奪った『王の財宝』だ。それが最低七つはある。だけどここまでの空間と幻想を構築できるものなのか? 私は改めて『ラインの黄金』の凄まじさを知った。
「じゃ、僕達は……?」
「良いところに気付きました。多分入ったところで時間凍結されそのままでしょう。つまり今の私達はアバターのようなものだと思います」
「まるで、ゲーム空間に入ったみたいだなぁ」
火を止めて表に出た。そして今度はあのおチビちゃん達の家に行った。向かいも丘でエーデルフェルトはない。中に入り2階に上がった。目指すはおチビちゃんとクロエちゃんの部屋だ。そこでクローゼットの扉を開いた。思った通り、二人のクリーニング待ちの夏服が掛かっていた。完全に私の記憶や想像している事が再現されている。
「フンボルト。試したい事があるんだけれど、良いかな?」
「何を?」
「アバターの書き換え」
これも予想通り。瞬間と言っても良い早さで私がフンボルトになり、目の前に私となったフンボルトが立っていた。
「する?」
「しない」
低くなった私の声。天井までもが低くなった。そして即答で拒否する声はフンボルトとは思えないほど高く、かなり低い位置から聞こえる。
「どうして?」
「まず、自分というのが嫌だ。何よりそんなデカイもの挿入るはずがない」
「ちょ!? どういう意味ですか?」
「僕は君にどれだけ感謝しているか。こうやって君の体格になって、ますます君に惚れた。君の勇気を称えるよ」
実は今の二人はパジャマ姿だ。パミちゃんが居るので変な格好はできないからだ。
「見てよ。今の僕はそこの鏡に映っているように、エルヴァ、君なんだろ? そしてそのパジャマを膨らますそれ。今の僕の腕ぐらいあるじゃないか?」
「怖いの?」
「怖いよ! だから君に勇気があるなって称えたんじゃないか。それともう一つ」
「もう一つ?」
「僕はストレートだ。そしていくら快楽が欲しくても自分のナニをどうこうしたくない」
おお。これは納得できる理由だ。私だって何が悲しくて自分のを舐め……てしまったよ!? 『エル』め~~~!
それで私になったフンボルトが、まず自分の記憶にない引きつった顔をしていたので、私はアバターを自分に戻した。こうすると私が二人になる。
「お、良いねぇ。これでならお相手するよ?」
「じ、自分でレズ◯アン?」
「あ、エルヴァはそうなるなぁ」
「あの? フンボルト?」
「うん?」
「こういうのは平気なの?」
「そうだね。別に女の子になりたい訳でも女装願望があるわけでもないけれど、女の子同士のカラミには唆られるって男性はそこそこ居ると思うよ」
「ストレートなのに?」
「けど、相手は君じゃないか。しかも君の感じ方を体験できるんだよ?」
で、結局彼に女の子のイキ方を体験して貰った。しかも乱れるフンボルトに理性のカケラを飛ばされ、局所的にアバターを変えた。ただし私のは『エル』のアレにした。そして私は彼(自分?)で、脱童貞した。そしてわかった。フンボルトの頑張りや『エル』の慣れっぷりを。
何たる名器。2分持たなかったと思う。中間部の締め付けと、奥のあのゾワゾワとしたところなんて素晴らし過ぎ。だから膣から垂れる私の白いものを気にもせず、すぐさまフンボルトを組み敷いた。逃げようとしたので腰を掴んで後ろから貫いてやった。英霊のチカラに勝てるものか。
「うわぁ~! 後ろ! 後ろ凄い!」
そこからフンボルトを抱えあげ、背面座位に持って行き、突き上げつつオッパイを揉み、クリ◯リスを摘んであげた。
「ア~~! Ich Komme、Ich Komme、Ich Komme……オアアアア~~~!」
「ウッ……」
タイミングはバッチリ。同時にイケた。
「ゥゥゥ……。まさか彼女のヴァージンを両方頂く羽目になるなんて……片方で良いんだよ……。しかも、ハマりそうなくらい良かった……」
だけど彼はお口でのお掃除だけは拒んだ。まぁ、それは仕方ないか。別に赤ちゃんの種があるでなし。
「あったとしても飲みたくないよ。そもそもこのベッド、妹さん達のだろ? 罪悪感ないの?」
「あ!?」
私は彼女に私のパジャマを着せ、私が彼のパジャマを着てから外に出た。勿論ベッドはキレイにしてきた。
「どうして僕は男に戻れないの?」
「あ、ごめんなさない。今凄く罪悪感が湧き上がっていて。半分はあなたの責任だと思い込む事で何とか歩いている状態です」
「まぁ、わかるよ。僕にしても興奮し過ぎて飛んでいたから。だけど、罪作りな魔術だなぁ」
「ですね。これは人類には早過ぎます」
「いや、君だからだろ? 宝具が君に応えているとしか思えない。そのそも、あのアバターの書き換えなんてどうやって? ね? 入った人の意識や記憶を読むってわかってもさ、いくら君でもそんな術なんて知らないだろう? だけどそれができてしまう。ここはそういう空間なんだよ。使い方を誤っちゃ危険だ。これで僕の姿が、君の大切な妹さん達だったら大変だよ?」
それは言える……と、そんな風に大いに反省したのだ。まぁ、それで彼に元の姿に戻って貰い、例の下着(持ち込まなくても、私の記憶力があればアバターでどうにでもなる)を付けて3人で彼にサービスした。全然知らない人の家で。
アバター分裂。こうも上手く行くとは。しかも感度が変更できる事を発見した。そして元に戻った時の多幸感は3人だったから3倍だ。また彼の体力や性欲も操作できる事がわかった。3人相手に1人平均5回。凄いよ?
「だけど僕も君だけを責めるつもりはない。君も満足だったろうが、正直僕も満足だった。この世の何人の男が、愛する人のハーレムを楽しめるのだろう。エルヴァ、世の王族や皇帝が真に欲しかったのはこれじゃないか?」
私もそう思った。しかも歳を経てもここでは二人して若い頃に戻れるし、彼がどうしてもというのなら、違う女の子にもなれる。段々と『エル』の秘密が実感としてわかって来た私だった。そしてその『エル』の持つ『ラインの黄金』よりも、完成度が高いかも知れないパミちゃんの宝具。そんなのをまだ12歳の少女が持っている。飛行機の中であの子をちゃんと見守っていこうと、決意を新たにした私とフンボルトだった。
凛とルヴィアのところの展示を、コーちゃんと二人で見ていたら思ったより時間を喰った。内容の濃さに感心していたのだ。
「これは2-Aが大賞かな?」
「だな。今年の2年はやるな」
それで慌てて3-Dに向かった。時間ギリギリでライブが始まった。MCをしながら観客席を眺めたら、エーデルフェルト姉妹にフィオレさんと凛、そこにマルガリータさん、更には士郎クンと桜ちゃんまでが最前列を固めていた。う~む……。
「今日は時間が短いですので、往年の短いヒット曲をアンプラグドのメドレーでお届けします」
そして私は少しガニ股になってギターのネックを横に突き出すようにして『Help!』から始めた。言わずと知れた『THE BEATLES』のメドレーだ。実のところ私は『The Rolling Stones』の方が好きだった。これはちょっと説明しないと意味がわからないと思う。
調べるとわかると思うが初期の『THE BEATLES』はプロデュースされた偽物だった。勿論、その作曲能力の高さを認めた上での話だ。要は売り出し方が嘘っぽい。彼らは良い子ちゃんのイメージでデビューしたが、本当のところは労働者階級出身で不良の集まりだった。だけど曲のキャッチーさや、当時の楽器の限界を知りぬいた誰かの戦略で大当たりした。ステージでのマイクの使い方(デュエットやコーラスの入れ方)、全メンバーに拠る持ち回りのMCなどなど実に見せ方が上手い。
ポールとジョージのコーラスで顔を寄せ合うところは、当時の女の子のBL魂を思いっ切り揺さぶったであろう事は想像に難くない。それは失神もするわと言った感じだ。また二枚看板が左右にネックを突き出すのも視覚効果が高い。特にジョンの独特の構え方は、ポールのネックの長さとの左右対称を狙っているからとしか思えない。ガニ股なのも、内股のポールとの対称性を強調している。本当に見せ方が上手い。声も良いしね。
一方の『The Rolling Stones』は泥臭く野暮ったい雰囲気を常に纏っていた。実は彼らは中産階級の出身で、『THE BEATLES』より育ちが良い(本当に良いのはフィル・コリンズを除く『Genesis』。いつでもどこでもアフタヌーンティーを欠かさなかったという逸話がある)。そんな彼らは黒人のブルースをこよなく愛し、トコトンそういう音楽を作ろうとした。だけどレコード会社が売れる曲(儲けの出る曲)も書けと言うので仕方なく作った曲がヒットした。そんな風に実に野暮ったい。でも、その野暮ったさがブルース・メンの音や動きと少しズレていて却って人気となった。それはワルには成り切れない、彼らの味であり中産階級の立場を表しても居た。
だからメロディ達(小さな恋のメロデイ)はミック・ジャガーのポスターにキスをしたのだ。造られた仮面の『THE BEATLES』とは違い、『The Rolling Stones』はところどころ透けていた。そしてそれが66年以降の『THE BEATLES』の曲となり、バンド自身の寿命の短さに繋がった。また、ジョンは『神よりビートルズの方が有名』と言ってしまった。
それは若さ故の驕りだったかも知れないが、神ありきの西欧では言ってはならない一言だった。国境なんて要らないと言うところまではグローバリストにウケただろう。だけど天国もないと思えというのは余計だった。天国もなく国境もない世界。それは理想ではなく、解釈に拠ってはデストピアだ。彼は音楽家だから、そんな東洋的な思考方法を開陳する必要はなかったのだ。
信じられないだろうが、私達魔術師は個々の宗教を否定しない。神の存在も否定しない。何故ならそこを否定すると、信仰ありきの神秘が成り立たないからだ。他者の否定とは愛と平和から一番遠い。そこがわからないのは育ちが悪いから。それが中産階級以上の考え方だ。だから私は信号無視しても神に感謝する『The Rolling Stones』の方が好きなのだ。
だけど曲のキャッチーさは『THE BEATLES』の方が上だ。だから本日の演目に選んだ。それで3曲ほど演ったところで私一人で『Yesterday』を演った。英語の先生方数人がうんうんと頷いている。英語教師を目指したのは、こういう歌が切っ掛けだったのかも。誰だって若い時がある。心に残る歌がある。だから頑張れるのだ。メドレーの後半を全部終えればほぼ30分だった。だけどアンコールの拍手と声が終わらない。
「アインツベルンさん。5分だけ認めます」
教頭先生だった。だからギターを置き、シンセのスイッチ入れ音色にピアノを選びながら話した。
「皆さん。私達が今こうして学園を謳歌できるのは保護者だけでなく先生方のお陰です。そしてまた先生方も以前は学園で、或いはどこかの高校で青春を送ったのです。悩む時もあったでしょう。辛い時や悲しい時もあったでしょう。だけど先生方は今教壇に立ち、私達を導いて下さっています。お前達も頑張れって。だから辛い時はこの場とこの歌を思い出して下さい」
それは『Carpenters』の『Yesterday Once More』だった。そして生徒だけでなく、先生方が率先して一緒に歌ってくれた。最後は皆んなで合唱だった。凛もルヴィアもマルガリータさんも、リューリィさんもフィオレさんも歌っている。教頭先生までが歌っていた。後ろの方でセラさんとリーゼリットさんの姿が見えた。彼女達も歌っている。私は涙を流しながら歌い終えた。こうして私の学園祭が終わったのだった。
私達が廊下を急いでいると、エルヴァに追い越された。何とか体育館に入るとエルマとエルヴァが席を確保していた。早い。まさか空間転移? それはないだろうが、確保してあった席にフィオレさんを腰掛けさせた。その横に私達だ。さっきのエルヴァのライブ前に、ルヴィアは私服に戻っていた。バッジ類もその時に返して貰った。どうやら帰りもリューリィさんとになりそうだと思いきや、この演奏が終わると服を交換するのだと聞かされた。
「二度手間じゃない」
「最後まで生徒の気分を味わって欲しいからですわ。とは申せ、後片付けに参加しない訳には参りませんでしょう?」
納得の理由だ。そしてこんなに大急ぎで体育館に来たのは、今からトロンメル達軽音楽部のメイン・ライブがあるからだった。体育館の熱気が高まる。やっぱり人気があるらしい。トロンメルやエルヴァの情報だと、幾つかあるバンドの内、本当に上手な2つか3つしかこの体育館のステージに立てないのだそうだ。
それもオリジナル曲中心で、コピーなら余程の腕がないと認めて貰えないとか。厳しいけれど、これも部活なのでバンド・コンテストの出場と上位入選が目標だからだ。そして今年は3グループが体育館を使え、2グループが3年生だけのバンドだという。ならトロンメル達が最初かなと思えば、最初は男子4人だけのバンドだった。そしてこのバンドには妙な特徴があった。
長髪だとかそういうわかりやすいモノではない。いや、勿論それもあるのだが、曲ごとにギターやベースなど担当楽器が変わるのだ。
「今ギターを弾いている人は3年D組で吉川クンの友人ですね。上手い人だと思っていたらこれを弾くんだ?」
そのギターにはネックという部分が2本あった。ボーカルの男子の声が高い。英語の発音はイマイチだけど。
「ってか、なんであの人、女子の半袖ブラウスを着てんのよ?」
「前をはだけて腰で括っているのは丈を短くするためでしょう。ロバート・プラントの真似でしょうね」
ふ~ん、知らないけど。だけどエルヴァは演奏がエラく上手いと褒めていた。何でもオリジナルよりタメがあってずっしり来るそうだ。特にドラムとギターが良いと言っていた。
このバンドが5曲ほど演り終えたところでトロンメル達が出て来た。こっちは女の子ばかりの5人組だ。
「アンプはさっきのバンドと同じ『marshall』なんだ?」
エルヴァが言うには多分レンタルだろうとの事だった。軽音楽部のはもう少し背の低いタイプなのだとか。それでマイクや楽器のセッティングが終わったところで演奏が始まった。周りのノリが随分良い。手拍子する人、一緒に歌う人も多い。真っ暗だからどれぐらいの人が集まっているのかわからないが、かなり大勢の人が一緒になっている気がする。
「帰ったらまた説明しますが、このバンドの歌の幾つかが学園愛唱歌として歌い継がれているからですよ」
何でも50年代からこのバンドはメンバーを代えながら存続しているのだそうだ。これは編入・転入組の私達じゃわからない。エルヴァには『エル』の記憶があるから知っていたらしい。つまり並行世界にもこのバンドがあるという事だ。そこでのギターの人はここの学園に居ない人で、ドラムはトントという『エル』のところのメイドだという。
それはさておき、最前列の私達の前に1年生や2年生がどんどん集まり舞台との間に地面に座り始めた。あっという間にぎっしり。ものすごい人気だ。2曲目、3曲目と曲が進むごとに盛り上がる。私は学園にこんな面があるなんて今まで知らなかった。
「良しっ、ノーミスです。良く頑張った」
ずっと特訓に付き合っていたもんね。良いお姉さんだ。トロンメル達が終われば最後のバンドが出て来た。さっき以上に声援が凄い。だけど私にはピンと来なかった。ルヴィアやエルヴァも同じようで席こそ立たないが帰りたそうだった。だから演奏が終わるとフィナーレに参加しないで皆んな自分の片付け場所に向かった。フィオレさんはリューリィさんが着替え終えたらクルマで帰るそうだ。
昭和の頃なら看板やゴミなどをグラウンドに集め、ファイヤーを囲む後夜祭がったのだろうが、今は消防法が煩いらしく、ゴミ収集車が明日持って行ってくれる。少しさみしいが、なんだかんだ言っても私は満足だった。学園祭も良いものよね。そこで校内放送が流れた。
『2年A組遠坂凛さん、2年A組遠坂凛さん。大至急体育館ステージにお越し下さい』
私達2年A組の展示が大賞だった!