君と私は一心同体だと言わんばかりに、昨夜の三人の私は彼のバルキリー(剣)を自分の蜜鞘に納めていたのだけれど。実はアバター分裂したのは三人でなく五人だった。二人だけ隙かさず外に跳ばした(跳んでくれた)のだ。同時操作をしているような意識もなく、個々の私は自由意志で動いていた。あの丘の空間内ではそこまで補助が効くのだ。
それで愛しいフンボルトとの睦み合いから半泣きで追い出された二人の私は、手近にあった鍵の空いている家を、解析を掛けながら徹底的にチェックした。それである確信を得た。だから次にもう一度冬木のあの家に戻り、お湯を沸かしながら冷蔵庫を確認した。セラさんが買い置きしそうな食材がぎっしりだった。お湯が沸いたので紅茶を淹れた。実に美味しい。
それを飲み干し2階に上がる時、おチビちゃんの部屋の扉の向こうが、あのホテルの部屋になれと念じた。やはり扉の中はあのホテルだった。日本から出発する前のイメージを描いていたので、例の下着も制服もディルドゥも全部あった。それを見たもう一人の私がお風呂場に行き、蛇口を捻った。やっぱりお湯が出た。
つまりここは何もかもが幻であり擬物の幻覚だ。だから何をどれだけ食べても栄養にならないし、この空間から出ればお腹が空く。間違いなく。これがわかったから、一人平均5回戦となった。何故なら快楽と快感だけは、記憶として脳に刻まれるからだ。『エル』の根源的疑念であり、寝相の悪さが私達にまで及ぶ『水槽に浮かぶ脳髄』という悪夢さながらだ。
だけどここで考えて欲しい。フンボルトは一人。ベッドに居る私は三人だ。つまり剣が1本だと鞘が二つ余る。その間、待っている側はどうするのか?
貫かれている側は幸せだ。自分達以外誰も居ないし来ないユートピア。結界も張ってあるので好きなだけフンボルトの名と愛を叫べばいい。だけど待たされている側は堪らない。気持ち良さそうな自分の顔は羨ましいし、額に汗を浮かべながら頑張っているフンボルトの横顔と彼の汗の匂いで、興奮が興奮を呼び、どうしようもない状態だ。
太腿を濡らす愛液だけでも恥ずかしいのに、『フンボルト、好き! もっと!』『エルヴァ、愛している』と互いの腰を打ち付け合う二人を見せ付け、見せ付けられているのだ。だから自分で乳首を転がし、乳房を揉みしだき、性器に指を挿し込む。
フンボルトも手を伸ばし待機中の私の胸を揉んだり、アソコを愛撫してくれるているのだ。だけど限界はある。罰当たりな表現だけど彼は千手観音ではないからね。だから結局待機組は愛し合う二人をおかずに、お互いに慰め合うしかなかった。それで恐ろしい事に気が付いた。どっちも自分だ。自分の感じるところや感じる触り方など知り尽くしている。
これは凄かった。どれも私だから戻った今は主観が曖昧だけれど、フンボルトと座位で愛し合っている横で、足を交差し、いわゆる『貝合せ』をしている私達が居る。もう一人の自分とお互いのクリ◯リスやラヴィアを擦り付け合ったり、身体を入れ替え、とうとう『69』までしてしまった私達の横で、彼が背面立位で私を抱えあげている。
その幼児のシーシー・ポーズだと彼のモノの抽挿具合がよく見える。その髪を振り乱して嬌声を上げているのも私だ。だから上半身を起こして、その自分の勃起したクリ◯リスを甘噛してあげた。それで失神した記憶と余韻もあるのだから、本当にこの空間は恐ろしい。
更に告白すると、そのホテルの一室に居る私達もパスを意識すれば、視覚や触覚を味わえた。だから一部(股間)のアバターを変え、彼のものを生やしてみた。だけどこの体格でアレは変だった。それこそ足が3本だ。だからロシアで使ったアレをイメージし直した。お互いの肌の色に馴染むソレ。なんで二人して生やしているんだとは言えない。どっちも私だ。早く欲しいのだ。
それでジャンケンをして(あいこが連続46回。47回目で決着が付いたのは何かの符牒だろうか)、挿入れて挿入れられた。フンボルト以外のモノを受け入れた罪悪感は一瞬だけ。体温のあるディルドゥだと言い聞かせた。だから口でのお掃除も平気だった。そして攻守交代。最後の正常位でお腹を擦り付けるようにしたら膣イキしながら射精した。お腹がベットリだった。
だけど息を整えながら二人して語り合った。彼のモノのように子宮が横隔膜を押す感覚がない。引く時に襞でなく膣そのものが外に飛び出るのではないかという感覚がない。
『ここでしょ?』
『そう、そこ。そこにあの感覚が来ません』
『うん。ないよね』
人差し指と中指で膣内で一番感じるところを探り探られる私。そこをそんな指のようにサワサワでなくゴリッと来る感覚。それが今の自分達の股間に生えるペ◯スでは与える事も与えられる事もなかった。それでもパスから伝わる三人の感覚に刺激され再び固くなったそれを、お互いに擦り合い舐めあった。そして再びの挿入。やっぱり抱かれる側は座位を求め、抱く方はバックを求めた。そこで気付いた。『エル』と同じだと。
とまぁ────こんな風に乱れまくった。だからこそ恐ろしさもひとしおだった。ここまでタガを外させる空間。私とフンボルトの予想では、間違いなくここは私に過剰サービスしていると思えた。『フンボルトと思いっ切り愛し合いたい』『自分の全部を知って欲しい』『彼の事をもっと知りたい』その願いに過剰に反応し、私達のタガを外したのだろうと思えた。
なので次の機会は私一人で入ってみる事にした。幻覚のフンボルトが出て来るのか、再びアバターを分裂させて、そういう行為に溺れるのか。それとも今みたいに魔術師として、冷静にあの空間を考え検証するのか。ともかく入ってみる他はない。そして忘れてはいけない。この空間では幾ら食べても幻想だ。栄養になっていない。それと同じで10回以上射精そうと、フンボルトの陰嚢は溜まったままだ。だから時間だけを変化させる空間があるのかどうか、そういうのをパミちゃんに訊かなければならない。
そうこう考えている内に飛行機は高度を下げ着陸態勢に入った。カリフォルニアは今日も青空だ。ただいま、LAX。帰って来たよ。
学園祭を無事に終えてホッと一息付いたのも昨日の深夜12時まで。1分でも過ぎればそれはもう次の日だ。打ち上げパーティの余韻は残っていたが、それもお風呂で洗い流した。その後、私は自室のクローゼットを開いて唸っていた。
「どうしたのエルヴァ?」
「ああ、姉さん。明日、彼のお宅に伺ってご両親とご挨拶しなければなりません。一体何を着ていけば?」
「ああ、フォーマルで悩んでいたのね?」
「はい」
「日本って特殊だからね」
冠婚葬祭を学生服(制服)で通し、就職活動は全員似たようなリクルートスーツ。元お嬢様はそれが変だと常から話していた。
「だからドレス以外のフォーマルなスーツも必要なんだって。伝統衣装という手もあるけれど、あれはあれで浮くからね。何かをお届けにあがるなら訪問着? 婚約まで行けば振り袖かしら? 日本のとなると、その辺は私もわからないけれど、少なからずスイスのチューリッヒ辺りの民族衣装じゃないわよね? だから、王室や皇室の方々がお召になられているような、仕立ての良い首元までしっかり閉められるスーツやネックレスの似合うワンピースが必要なの。今の季節ならベージュか薄い茶色のスーツがベストね。若さはコサージュやブローチ、帽子で演出するのよ。あなたならベレー帽なんかも似合うと思うわ」
お菓子好きで、どこまでも子供っぽい姉の、本当の凄さがここだ。
「あなたも、もう18歳よ? スイスやドイツだと成人なの。レディなのよ? これからもこういう機会は増えていくんだから、それなりのものを揃えておかなくちゃ」
「ああ……。明日の朝に買いに……」
「そういうお店が開くのは10時とか11時でしょう? 何時のお約束なの?」
「11時半です」
「ダメじゃない。あなた、もしかしたら、お母様に頂いたワンピース以外はラフなカジュアルばっかり?」
「それはありませんが、こういう訪問の時に合いそうなのはありません」
それで姉さんは私のクローゼットを覗いた。
「アメリカン・フォーマルね。これならまだあのワンピースにカーディガンでも羽織った方がマシだわ」
「ダメですか?」
「ダメだと思ったから、悩んでいたんでしょう? 一家揃って剣道家。それで家は新都でも旧家の多い辺り。彼の家の格に合うのかどうか。そこでしょ?」
「はい」
「だけど彼は日本人だわ。そういう日本人の人が『きちんとしているな』って思ってくれないと。他は……こんなドレスは合わないだろうし……。制服以外ないじゃない」
「はい……。『エル』みたいにネクタイも持っていません……」
「残るはコスプレの制服か……」
「はい……」
「なら、投影しかないわ。イメージよ。最高のレディである自分をイメージするの」
そこから姉さんと1時半頃までスーツを投影していた。結局キルトに淡いブルーのシャツとレジメンタルストライプのネクタイに3つボタンのジャケットという、どこかの制服みたいなデザインに落ち着いた。
「私がお手本を見せても、英国のイメージしかないのね? 困った子……。仕方ない。良い機会だから、明日、秋から冬に掛けてのフォーマルを揃えておいてあげるわ」
「私が居ないのに?」
「トロンメルに、練習に付き合った恩を返せと言えばモデルくらいしてくれるわよ。身長が1センチほど違うだけでしょう?」
「はい。エルマもそうです」
「ならお母様にも声を掛けて、セラも連れて揃えてあげる。好みより、まずはどこへでも着ていけるフォーマルよ。黒いスーツが必要な年齢になりつつあるのを自覚しなさいね?」
喪服の事だ。嫌だなと思っても天の定めた順番はある。
「それに。日本の伝統衣装である着物を馬鹿にはしないけれど、本当に必要なのはスーツとワンピースよ? 日本の成人式ってそういう意味で変だなって思うわね。ヴァレンタインや恵方巻きと同じで、企業や業界に乗せられてさ。皆んなと同じでないと不安になるのが日本人よね? その点、私達は異なる文化がある事を知っている。だから片方を否定するのでなく、どちらにも合わせられる。そのメリットを活かさないと」
御説ご尤もだ。しかも今の発言は来年の2月14日を見越している。あれだけ好きだったマルコ・パンターニの命日だというのも忘れ、いそいそとチョコレートを作る自分が思い浮かぶ。そんなの想像できないと、つい先日まで姉さんと話していたのに。何なの、私って……。
「ほら、難しい顔をしてないで。さ、寝ようか」
「はい」
高校生でない自分。大人になった自分。そうだよね。こういうのをきちんと揃え、知っている女でなければ彼に恥を掻かせるし、妹達に教えられない。ダメだなぁと反省しながら眠った。夢の中の私はキッチンでチョコを湯煎していた。
それでその私は未来の夢を視ていた。知らないキッチンで煮物を作り……。
『エルヴァさん、ちょっと濃いわね』
『すみません、お義母様』
『操、何を偉そうに。お前よりエルヴァちゃんの方が、遥かに料理上手だろうが。悔しかったら鯛の一本でも捌いて見せろ』
『そうだぞ、母ちゃん。エルヴァが来てくれてから、家中ピカピカじゃないか』
……で、置き手紙を残して消えるお義母さん。それを子供と一緒に探す私……。ダメじゃん!? どういう妄想だよ?
目覚めた私は汗びっしょりだった。劇中劇ならぬ夢中夢。そういうのもあるんだ? 軽くシャワーを浴びて寝汗を流して、姉さんを起こし、トロンメルに声を掛けジョギングに出た。玄関先に弟の姿はない。
「あれ? シロウは寝坊?」
「ここだけの話、桜ちゃんと二人だけの打ち上げに行って、制服のままラブホテルに。それでまだ帰っていないんですよ」
「使い魔で?」
「はい。監視じゃなく万一の場合はと」
「まぁ、そこはわかる。皆んな年頃だし、親公認だからするなとは言わないけれど」
「妹さん達に心配を掛けてはダメですよね」
「トロンメルの言う通りよ。戻ったらキリツグがきっちり言うだろうけど」
姉さんのお父さんへの評価は高い。ここのキリツグは別だとハッキリ断言している。そして『お母様』を見殺しにした『キリツグ』は大嫌いだとも言っていた。だから姉さんにとってのお父さんは『理想のキリツグ』なのだそうだ。なので最初の頃と違って、今は随分と仲が良い。一昨日の夜も、お父さんと姉さんの二人で居酒屋に行ったそうだ。
「受肉しなさいって?」
「言われた。あなたもまだして欲しい?」
「本音は。でも、もう無理には言いません」
「どうして?」
「その方が皆んなを守る手段が増えるからです」
「そう、そこなの。だから取り敢えず、あの子達が中学生になるまで待っていて?」
「わかりました。そう、お父さんにも?」
「うん。そう話した」
家に戻るともう一度自室でシャワーを浴びた。普段着に着替え食堂に降りる。皆んなと挨拶を交わし朝食を頂いた。
耳に入るそれぞれの予定。ルヴィアはリューリィさんとフィオレさんとで遊園地らしい。そこに美遊ちゃんと士郎クンまで誘っているとか。二人っきりで中々デートできないのは、士郎クンが奥手なだけではないし美遊ちゃんのせいでもない。実はルヴィアが1番の奥手だからだ。
口では大胆な事を言う彼女だが、いざとなると育ちの良さが顔を出す。それで進展しないのだ。私が背中を押しても良いのだが、それはオーギュストさんに止められていた。士郎クンとルヴィアの仲を本国のご両親はとっくにご存知で、士郎クンの調査も済んでいるらしい。だからこそ二人のチカラで進展しないと意味がないのだそうだ。幸い士郎クンは冬にフィンランドに行くという。それをご両親も待っている状態だった。
巫女の姉さんと二人のちぃ姉さんは、そろそろ帰る日が近いので、新都で違う世界のちぃ姉さんに持たせてあげたい服を買いに行くという。思えばこうして食事時くらいにしか話せなかったけれど、二人のちぃ姉さんは随分と変わった。特に違う世界の方のちぃ姉さんが。
「戻っても、ものは知らないし小さくて役に立たない姉だけど、シロウやリン達を応援する事はできるわ。私も決めたの。中学校からやり直そうって。外では妹、家ではお姉ちゃん。それで良いじゃないってね」
なんて事を屈託のない笑顔で話してくれた。ここに来た意味はあったみたいだ。だからハグすると。
「『エル』から、お別れパーティを開こうって連絡があったわ。多分、今週末よ」
そう巫女の姉さんが教えてくれた。いよいよお別れか……。だけど、また会えると信じている。それに私が伺っても良いんだし。
トロンメルは楽器店に行き、弦を買い増したいと言った。ライブ後に張り替えるのは良い事だ。他の小物も見て来ると言うので、弦高が低く弾きやすいアコースティックギターがあれば教えて欲しいとお願いした。姉えさんの方からも、買い物に付き合って欲しいから戻ったら知らせて欲しいとお願いしていた。
エルマはセイバー達の様子を見て来ると言った。私のセイバーは本日もアルバイトだろうけど、『エル』が残していったセイバーが明日から学園だ。今の段階では不明だが、空席状況から考えるとトロンメルと同じE組になる可能性が高い。セイバーが念話で語るには……。
『エル、彼女には剣道部だと決めつけず、自由に決めさせてあげて下さい。もしかしたらですが、剣以外の才能があるかも知れない』
これは納得だった。座で固定されているとは言っても受肉しているし、まだ王になる前の15歳だ。王という重責と、王国を滅ぼしてしまったという自責の念を懐く必要はない。だから本当の意味で自由であって欲しい。セイバーはそう言っていた。その事を同じ学年になるエルマやトロンメルに話してある。その二人の誘いと先生方の根回しがあって、彼女は初登校前なのにも関わらず、学園祭の見学に来てくれたのだ。
それで今は相当学園に期待を寄せ、胸を弾ませているそうだ。現代の勉強は厳しかったと思う。それでも編入ができた。エルマもトロンメルも任せて欲しいと言ってくれた。なので今後は、必要以上に心配する事はないだろう。
むしろ心配なのは本日の自分だ。緊張はしていないが、未だに気に入って頂けるかどうかが心配だ。あなたのような外人は困ると言われたらどうしよう? そんな不安が、彼の励ましがあったのにも関わらず、時間をおくと頭をもたげる。
「エルヴァ、付いて来て」
へ?
「お向かい。お母様やセラに、少しスーツの希望も言いたいでしょう? どういう色が良いとか。少しは考慮して貰えるかもよ? それと、今日着ていく服をお披露目しないと」
それで姉さんに促され、転身してお向かいに行った。
「あら、おはよう。クロエちゃん達はもう学校よ? お休みだから二人でお出掛け?」
「やっぱり、この子はお母様に話してない。聞いて、お母様。キリツグも居る?」
「居るわよ。どうしたの?」
「来なさい、エルヴァ」
え? 話し……忘れていた……?
「今日、この子、彼氏の家にご挨拶に伺うのよ?」
「ええ、それは聞いているわよ? 11時半でしょう? それまでの間、二人でどこかに行くのかなって……」
ほら。ちゃんと話していましたって。電話した記憶があるから。
「なら、お母様。年頃の娘が着ていく服がないって悩んでいたのはご存知?」
「え? どういう事、イリヤちゃん? 今は二人とも」
「これ、魔術。投影だから」
ここでお父さんが現れた。
「どうしたの、二人とも。玄関でなく、中に入って話そうよ」
「そうね」
それで姉さんは昨夜の事を洗いざらいぶちまけた。そしてこの先どうしたいのかも。当然このリビングにはセラさんも居る。リーゼリットさんはお洗濯だろう。そして士郎クンはまだ帰っていないっぽい。
「アイリ。高校生だからと軽く考えていたけれど、これはイリヤの方が正しいよ?」
「ああ、しまった。こういうのはもっと大人になってからって……そうよね。エルヴァちゃん、『エルちゃん』の記憶があるから知ってはいたのよね?」
「はい。それに彼女はそういう服を揃えていました。ただ、ビジネスに必要な対外的なものだと、今の自分にはまだ必要ないと軽く考えていました。それとここが日本である事を失念と言うか……」
「うん、わかるわ。私も同じよ。だから責めてはいないの。だけど、そうよね。旧家であるなら、そういう礼節は大切よね。その後のお付き合いもそこから変わっていく可能性もあるんだし」
「うん。僕も内心じゃまだ早いと思いつつも同じ意見だ。もしこの先の結婚も視野に入れるなら、相手の家の格は守ってあげないとね。で、投影した服がそれだったと」
「ダ、ダメですか?」
「いや、高校生らしいし、それなら大丈夫だろうと思う。問題は本格的なフォーマルにドレスしかないというところだろうね。だからイリヤは、これを機に買い揃えておくべきだと考えた訳だね?」
「うん」
「なるほど。そこは偉いと思う。それに思い立った時が吉と言うしね」
「でしょう?」
ああ、やっぱり姉さんが正しい。
「だけどそれは来週の日曜にしようよ」
「え、どうして?」
「やっぱり、エルヴァがアイリと行くべきだからだよ。それに今日を乗り切れば、そういう服がいつ必要になるか……だ。用意して備えるのは大賛成だよ。だけど今日である必要はないと思うんだ。僕も親として贈ってあげたいものがあるしね」
何だろう?
「何、キリツグ?」
「これはイリヤもアイリも気付かないと思うよ」
「え、何かしら?」
「この家を建てて、そういう日本式の冠婚葬祭用の衣類を揃えた時に、君にも贈ったろう? 忘れちゃった?」
「あら、困った。何だったかしら……? 指輪?」
「父親の僕が娘に指輪を贈ってどうするの? 答えは真珠。真珠のネックレスだよ。娘全員に、成人式の着物と真珠のネックレスだけは贈ってあげたいと思っていたんだ」
私は驚いた。私だけでなくエルマ達やおチビちゃん達も居るのに?
「そんな顔をしないで、エルヴァ。大丈夫だよ。ノイント老にも言われているんだ。君達に対するお金は気にするなって。それならと日本の風習などを話したら、そこそこ振り込みがあってね。その代わり、お正月は全員でスイスだ。彼とのデートの約束があるならゴメンと伝えておいて。せめて出発は終業式後かイヴの後に合わせるから」
私はお父さんに抱きついた。勿論、感謝の意を表すハグだ。と同時にお父さんの話を疑ったからだ。生命保険を解約したり、おチビちゃん達のために用意してある資金を下ろしたりしてないかの確認と、お父さんの知っている限りのお祖父様の意図を探るためだった。
それでわかった。退職金の前借りや何かの解約でもなく、本当にお祖父様から振り込まれていた。理由もお父さんの話した通り。だけどお父さんにそうしなさいとアドヴァイスしたのはお母様だった。お母様をちらりと見たら、意味深にウィンクした。真相は不明だけれど『エル』が絡んでいると思った。勿論、お祖父様の善意や愛情もあるのは疑わない。だけど裏で『エル』がお祖父様と結託している。そんな気がする。
というのには思い付く理由がある。私と『エル』の本当のお父さんは、ここのお父さんと違って姉さんの言う『嫌いなキリツグ』にやや近い。どのへんがと言うと、主にお金の事と社会常識についてだ。あの『エル』が飛び上がって驚いたのだ。授業料滞納で。それも『アルトリア姉さん』と『双子のイリヤ姉さん』と『エル(私)』との分、丸々1学期分だ。
それで当時3年生だった『エル』が全額納めて事なきを得た。しかも調べてみると、ガス・水道・電気は度々滞納、生命保険にも何にも入っておらず、4年生の時に産まれた『美遊』の学資保険も積み立てていなかった。それでお母様ともども生活能力なしと判断し、学園をお祖父様に買い取らせ(表立った買収業務と名義がお祖父様でお金は『エル』が出していた可能性がある)、お母様を理事長に据えた。
これはお母様の教育のためでもあった。そこでお母様は期待通り社会の仕組みを知り、徐々に変わられたのだ。そこにはお母様に引っ張られお父さんも変わって欲しいという願いと期待があった。だけどあの父は中二病が高二病に少し変化しただけだった。今はどうなのだろう? 怖くて『エル』に聞く勇気もない。私がこちらでお母様やお父さんにすぐ懐いたのは、そういう理由もあったのだ。姉さんが『理想のキリツグ』と言って懐くのもそういう事だった。
そしてこちらのお母様だ。きっと私と同じ立場なのだと思う。おそらく私が『エル』から大金を預かっているのを知っている。またお父さんのプライドを考え、言えずにいる私の気持ちにも気付いている。なら、機会をみてお母様だけにお話するのが正解だろう。
「理想の親娘像よね」
「何を言っているの? イリヤちゃんの着物も頼んであるのよ?」
「え? 私に振り袖はないでしょう? 今更だよ?」
「イリヤちゃん、そんな悲しいこと言わないで。私があなたに着て欲しいの」
「お母様……」
「それとイリヤちゃんの身長なら私にも合うでしょう?」
「お、お母様も着るの!?」
「あら、ダメ? 私、19歳なんだけど?」
「そうかも知れないけど!」
「その代わり、イリヤちゃんには、私の訪問着とか貸してあげるわ」
この『ボケ』が、計算されたものだという可能性が捨てきれないのがお母様だ。そして家族を想う心だけは間違いない。つまりお母様の本音は『あなたも普通の幸せを掴みなさい』という姉さんへのメッセージだ。『迷わないで。受肉して好きな人を見付けなさい』という意味でもある。
「訪問着? どうして」
「うん? 嫁入り道具でしょう? エルヴァちゃんに先を越されたいの? どっちのエルヴァちゃんも良い人を見付けたのに」
「むぅ~~~」
姉さんは私に勝てても、お母様には勝てないですよ。姉さん。私、昨日わざと外した歌があります。理由は長いからでもありましたが、この歌だけはあなたにだけ贈りたかったからです。私もお母様もマリア様ではありませんが、『ありのまま(Let It Be)』『身を委ねて(Let It Be)』下さい。私達はあなたを愛しています、ずっと。あなたが求めていたものを私達は持っています。『あなたが欲しかったもの(All you need is love)』、『あなたに必要なもの(All you need is love)』。それは『Love』でしょう?
姉さんも何時までも子供じゃない。『お母様』が『キリツグ』を愛していた事、『お母様』も『キリツグ』も姉さんを愛していた事を理解していた。だけど誰かのせいにしないと『自分』だけでなく、冬木で苦しんでいた、たった独りで戦っていた『弟』も報われない。
だからこそ私とお母様は言わなきゃならない。『She says she loves you and you know that Can't be bad』って。皮肉も言うし口喧嘩もするけれど、私達はあなたを愛しているって。
「エルヴァ。そろそろだろう? 行っておいで」
「はい」
「頑張ってね、エルヴァちゃん」
「はい」
そうして私はバス停に向かったのだった。
『Hey Illya, don’t make it bad~♪』
バスの中で口ずさんだ『Illya』はいつしか私になっていた。彼の家に近いバス停にバスが停まった。歩くこと数分。あの武家屋敷の衛宮邸に負けないくらいの大きな門と家が眼の前にあった。お義父さんの曽祖父か曾々祖父の代で薩摩藩からこの冬木に越してきた。元は武士の家系だ。その前も熊本藩で武士だったという。だから鹿児島には今も総本家というのが残っており、菩提寺まであるそうだ。
ピンポ~ン♪ ピンポ~ン♪
意を決して押したインターフォンの音がとんでもない重低音に聞こえる。心臓はバクバクだ。
『はい? どちら様でしょうか?』
「あ……。すみません。エルヴァ・フォン・アインツベルンと申します」
スピーカーからもの凄いドタドタした音が聞こえた。
『ど、どうぞ。お入り下さい』
「はい」
『マジか? お人形さんみたいに可愛い子じゃんか!?』
『写真より可愛い……』
『うっそ!? あんな美人がコー兄ちゃんの彼女?』
『凄ぇ~~~!』
『弘三。やったな、お前は……』
お義母さん……。インターフォンの受話器を早く降ろしましょうよ……ってか、もしかして親戚の人も集まっている?!
カラカラカラと手入れが良いのか、思ったよりも見た目以上に軽い引き戸を開けて門の中に入った。砂利を踏まないように飛び石の上を歩く。5m程先に玄関のガラス戸があり、中の土間(砂利を活かしたコンクリ土間)には靴を脱ぐ踏み石がしっかりあった。
衛宮の武家屋敷とは違い割合近代の家だが、玄関脇の鎖樋(くさりどい)や手水鉢の意匠に、地方の格調高い家という趣が感じられた。
「ようこそ、お待ちしていました」
「いえ、畏れ多いです。こちら……つまらないものですが、お茶請けに皆様でどうぞ」
昨日アサシンに買いに走らせた『おかき(かき餅)』の詰め合わせだ。
「まぁ、お気遣いさせて申し訳ありません」
この間、お義母さんらしき妙齢の和装美人(本当に美人だ)は、上がり框で膝をずっと折っていた。背筋がシャンとしているので、長年武道をなさっているのが良く分かる。なのに割烹着も似合いそう。毎年のお節料理もご自分で作られている気がする。
「どうぞ、お上がり下さい。主人も私も、弘三の良い人が素敵な方だと知って楽しみにしていましたのよ」
やはり、お義母さんだった。
「失礼致します」
そう言って、脱いだ靴を揃え、上がり框から板張りの廊下へ進んだ。当然ながらここには衝立がある。虎の画でも描かれていれば一休さんだが、それは樹齢を数えるのも恐ろしい、座卓向きな杉の一枚板だった。多分屋久杉だ。埃一つないそのピカピカに磨き上げられた衝立の向こうに長い廊下と部屋の襖(ふすま)や障子(しょうじ)が並んでいた。
横に広い衛宮の家と違って、ここは縦に長く奥が深い。この左右が襖に挟まれた廊下からだと庭など見えないが、離れや茶室がありそうに感じた。ただ玄関の幅から具足置きがあるように見えない。なので近代の家と判断したのだが、衝立で隠れたところにもう一つの家族用玄関があったので九州辺りの造りを感じた。
「弘三クンからは聞いていませんでしたが、もしや、こちらの流派は『薩摩示現流』ですか?」
「左様です。それがわかるお嬢様を弘三は……」
通されたのは割と玄関に近い部屋だった。パッと見、12畳はある。私が通された場所は上座で、背後に立派な作りの床の間があった。鹿の角に備えられた、拵えの見事な鞘に入った大小はおそらく真剣だろう。サッと見渡したところに神棚はなかった。だから初めに真剣に向かって一礼し、その後に、設けられた席のところで座る前にザッと20人は集まっている皆様に一礼した。それぞれのお膳にお頭と八寸の肴が乗っている。下座は通り過ぎた襖の部屋だろう。両方合わせると24畳はあるか。
老若男女居るには居るが、それぞれの奥様と思わしき女性以外は子供も若者も男性だった。聞いてはいたが、男性比率が本当に高い。そして案内された席の左隣にはスーツ姿のコーちゃん。むむ、似合うぞ。思わず曲がってもいないネクタイを、背伸びして直してあげたくなった。きっと私はスーツフェチだ。その左の紋付袴姿の男性がこう言った。
「お待ちしていました。弘三の父の吉川弘毅です。あなた様の右側が家内の吉川操です」
私は座布団を外し、お二方に頭を下げた。
「そして私の斜め前、左の席の最前列が長男の弘一、その左隣が次男の弘ニ、そして……」
「もう、ええじゃろ。弘毅。ようできたお嬢さんなのは、入って来る瞬間にわかった。それより、若者は腹が空くものだ。早う、飯にせんか?」
「兄さん……そうですね」
そうしてお昼の宴が始まった。お披露目みたいになるとは聞いていたけれど、これ、普通の女の子だと逃げるよ?
だけど驚いたのはそのお料理だ。菊花蓮根の明太子射込みの八寸(前菜)も鯛の塩焼きも、その後に出て来たお料理も、全部仕出しではない。これはお義母さんと親族の方の手作りだ。しかも私の味付けにとても似ていた。コーちゃんが私のお弁当のおかずを気に入ってくれたのは、味付けが似ていたからだったのか。何という偶然だろう。だけど味付けは似ていても選ぶ食材と献立は微妙に違う。そこが面白い。
八寸の菊花蓮根の明太子射込みは、甘酢で漬けた花蓮根だ。その穴に辛子明太子が詰められている。いかにも九州という一品だ。そして鯛に振ってある塩も九州産だろうか。微妙に知っている塩とは違う気がする。椀は椎茸と焼きナスに芽ネギ。ダシの奥にコクと甘みを感じる。鯖節と鰹節の合わせダシだろう。向付は鰹の八重造り。醤油が甘い。炊合せは、やっぱりかというがめ煮。いわゆる筑前煮だ。う~ん、美味しいけれど甘い。醤油が甘いのと砂糖と味醂が多いのだろう。砂糖を減らし、お酒でコクを出したいところだけど、筑前煮ならこれはアリだ。具材も良くしゅんでいて美味しい。
この後、小鉢の和え物と酢の物、ご飯とお味噌汁に香の物が出て締めだった。焼き物は先に鯛が出ていたし、それが先付けも兼ねていたから一応会席のフルコースだ。この献立ならお凌ぎと揚げ物は不要だろう。むしろこんな小娘のためにと思えば畏れ多い。
「お口に合いましたかしら?」
「はい。九州の醤油が甘いのは知っていましたので違和感はありませんでした。むしろ、がめ煮はこれが本来の味なんだなって感動しました。最初は砂糖が多いと思いましたが、具材との調和を考えるとこれが正解だと納得しました」
「弘三の言う通り、本当にお料理が好きなのね?」
「はい。鯛でも鰤(ブリ)でも捌けます」
「まぁ、頼もしい」
お義母さんだけでなく、親戚の人も皆んな感心して下さった。
「弘三、お前には過ぎたお嬢さんだな……」
「言うなって、親父。それでなくてもあっちは弓道で全国一だし、成績トップだ。それもあっての海外留学だからな」
「だな」
「弘三、エルヴァさんの腕を後で見たいが良いか?」
弘一お兄さんだ。
「これ、弘一」
「母さん、藤村って女性を知っているだろう?」
「ええ、同じ学園だった。今は小学校の先生よね?」
「そう。そして弓道部の顧問をしながら剣はおいていない。今の彼女は五段だ。その彼女が真剣ならエルヴァさんに負けると言ったんだ」
「まぁ……」
これで道場行きが決定した。本気で干将莫耶使うぞ?
新都の駅前を一つ過ぎたバス停で降りた。ここが楽器店に一番近く、セイバーさんのアルバイト先にも近い。もう一つ先のバス停だと桜のマンションの真ん前だ。それでもってその次のバス停が美綴先輩や氷室先輩のマンションの側だ。その次が市役所前で、あのワクワクざぶ~んがある。もう、この街にもすっかり慣れた。
楽器店に入ると、早速弦を6セットと楽器用のクロスを買った。弦は『Ernie Ball』の『Super Slinky』。ソロよりリズム(サイド)の多い私は『Extra Slinky』より『Super Slinky』が合っていた。008からのエキストラ・ライトゲージより、009からのライトゲージの方が弦は押さえ難くなるが、音の張りは良くなるし安心してコードをかき鳴らせる。
自分の買い物が終わったところで、アコースティック・ギターのコーナーに向かった。フォークギターの物色だ。姉さんも女の子だよね。絶対吉川先輩の影響だ。もうあちらには着いたのかな? ざっと見て回るとエレアコは別として5~6万以上から『ギター』だなとわかる。
姉さんには『Hummingbird』や『D-28』なんかが似合いそうだけど、それだと『エル様』と同じだ。ん? 姉さんもフラメンコが弾けるのかな?
「何かお探しですか?」
店員さんだ。英語で話し掛けられた。
「はい。姉がフォークギターを探していて、どんなのがあるか見てきて欲しいと頼まれたんです」
「カントリー?」
これは国でなく音楽のジャンルを聞いている。
「何でもですね。日本のフォークも弾きますしロックを自分でアレンジしてアンプラグドにしたり」
「ああ、慣れた方なんですね。ご予算もおありでしょうが、トップはスプルースの単板で、サイドとバックはローズウッドかマホガニーのものを選ぶと何十年と使えます。この辺りになります」
どれもこれも20万円以上だ。まぁ、そうなるよなぁ。だけど私に話していた時の雰囲気から察するに、ベッド脇なんかに置いて、お気軽にサッと弾きたいという希望があった気がする。だから価格帯としては3~5万くらい。ふむ。姉さんには散々お世話になっているし、ドド~ンと贈っても良い。だけどそうするとあの人は遠慮してしまう。最悪は今の良好な関係が拗れる。
となると希望通り枕元用を見繕い、高級なのを私が持ち時々貸す。そうすると姉さんに教えて頂く機会も増える。エルマは嫌がるだろうが、これがベストかも。さすがにバスでギターケース二つは無茶だった。だけど何とか家に戻った私だ。
静謐な道場で防具を付けていった。道着は彼の子供の頃のものを借りている。勿論、この道場に入る時に神棚に一礼している。また、その道場に行くまでのピカピカに磨かれた渡り廊下の長さと、庭園の美しさに心がスッと落ちついた。この家を維持なさっているお義母さんは本当に素晴らしい。だって衛宮の武家屋敷より広いのだ。奥がここまであったとは。
そして当初の予想通り、庭には東屋と侘びのある茶庭付きの茶室も建っていた。お着物の着付けやお茶をお教え頂けると嬉しいのだけど。一応訪問着くらいなら着付けはできるけれど、もう一度きちんと習いたい。
「やっぱり、剣道をやっていたな? どこの誰がそんな説明も受けずに防具をササッと付けられんだ?」
「嘘は言っていませんよ? 姉に習っていたと藤村先生には話していましたし。ただし剣道でなく戦場の剣術です」
「古武道か?」
「古武道と言えば古武道なのかな?」
対するは弘一お兄さんだ。腕を見たいだけなので、手は抜くし攻撃はしないと言っていた。審判はお義父さん。ギャラリーは困り顔のお義母さんと、もの凄い顔でこちらを見ている弘ニお兄さん、それと本日の会席をともにした方々。
規定の位置で頭を下げ、蹲踞の後構えた。立ち上がった瞬間に『気』を発した。殺りに行く『気』だ。周囲がどよめく。皆さん剣道を嗜まれている証拠だ。ちなみにこの『気』は、一度コーちゃんに見せている。だからこの試合になった。お兄さんも聞いて知っているのか動揺はない。それに誘いの隙きを大きく作ってくれている。本当に私の腕を見たいだけのようだ。
だから『見せましょう』とばかり跳んだ。お兄さんの前でしゃがんだ。お兄さんの目で追えない早さで。そして伸び上がってジャンプする反動を利用して逆袈裟に斬り、返す勢いで面と小手を入れた。いつか異なる世界のセイバーや士郎クンに見せた、架空の方の水鷗流波切りの太刀、それの応用というか変形だ。
水の上を走れる姉さんは聖剣を水に隠したり、斃した相手の躯で太刀筋を隠した。そこから『風王結界(インビジブル・エア)』を思い付いたのかどうなのかは知らないけれど、とにかく他の騎士や敵よりも小柄な姉さんは、その不利な状況をこの技で以って覆した。そしてトドメの聖剣開放だった。
姉さんからはこれをしっかり叩き込まれていた。そして私は剣筋を歪められるし、跳ばせる。『エル』のように『宝具』を持たないので限度はあるが、魔術併用なら『燕返し』もできる。
「戻って。礼!」
おっと、皆さん唖然としている。だけど伯父さんと呼ばれていた方はニコニコしていた。
「兄貴どうだった?」
「あれはお前の言う通り、戦場の剣だ。躱せなかった。藤村じゃないが、真剣なら確実に殺されていた。世間は広いな?」
「だろう? あいつが弓道で助かったよ。でないと惨め過ぎる」
「それでも好きなんだろ?」
「ああ」
「応援するよ。人には菩薩で、いざ敵となれば阿修羅になれる。吉川家に相応しい子だ」
「だろ?」
というわけで、何故か私は皆さんから気に入られた。その後着替えてからお義母さんに九州の味付けを教えて頂いた。それならと二人で台所に行った。それで晩ご飯分のおかずを二人で作ってしまった。当然、夜までいられないので、作り終えたところで御暇した。コーちゃんがバス停まで送ってくれた。
「余計な事をさせて済まなかった」
「全然嫌じゃなかったですよ?」
「そうか、なら良かったが。お袋が凄く喜んでいたよ。俺にしても兄貴なんてどうでも良かった。多分今頃、親父や伯父さん達に締め上げられているよ」
「どうして?」
「腕を見たいからって、普通は女の子に試合なんて申し込まない。しかも大負けだ。様子見だったとか手を抜いていたとか関係ない。本気の兄貴でも、初見だとあれは勝てない。そして戦場に次はない。お前の立派な勝ちだ。お前は本当に凄い。受ける度胸も凄いが、勝っちまうところが何ともだよ」
何だか恥ずかしい。
「それに今日はお袋のために会って欲しかったんだ。親父や兄貴や俺の話でお前が良い奴なのはわかっても、母親としては文化の違いや……その、色んな違いが気になったみたいでさ」
これはわかる。人種の違いや見た目の違い。気にされるのは当然だ。
「だけど試合後に一緒に料理を作っていたろう? 料理好きなお前の事だから、味付けの違いが気になって知りたかっただけだと思う。だけどお袋にしたらあれが一番嬉しかったと思うぞ。だからそれを察して、どの伯母さんも手伝いに行かなかったんだよ。お、バスが来たぞ。今日は本当にありがとう。これに懲りずまた来てくれ」
「はい」
そうして私はバスで帰った。彼の家の方々に気に入って貰えたようで良かった。ん? 真ん中のお兄さんは何だったんだろう?
エルヴァを見送ってから家に戻ると、伯母さんに仏間に行けと言われた。何だ? 行ってみると弘一兄が、伯父さんに土下座をさせられていた。親父は一心不乱にお経を唱えている。一体全体何なんだ?
「おお。弘三、戻ったか。お前は実に良い子を見付けたな」
「あ、ありがとうございます。それで弘一兄は一体?」
「あんな良い子を試すような真似をしおってからに。その上で大負けだ。儂は決めた。弘三、道場はお前に譲る。条件は、必ずやあの子と夫婦となる事だ」
この男だらけの吉川家で唯一の悩みが、親父の歳の離れた兄である伯父さんに子供が居ない事だった。要は吉川家本家の跡継ぎ問題だ。いや、本当は一人だけ居た。兄貴達は幼い頃、その人に遊んで貰った記憶があるらしい。だけど俺が産まれる少し前に交通事故で死んでしまったんだ。伯母さんが悲しむからと普段は誰も口にしない。だから俺はその歳の離れた従兄弟の名前すら知らなかった。
「俺が道場を?」
門弟の多い県下有数の道場だぞ? 若い頃の親父もそこで汗を流し県警の師範にまでなった。だから今も昔も県警の人がやたら多い。俺がエルヴァに話した一般の人との練習とはそこでの事だ。
「そうだ。弘一はこの家を継がねばならんし、弘毅もそう願っている。となると弘ニか弘三にしか頼めん」
伯父さんはそう言って俺に頭を下げた。
「弘三、お前はどうしても警察官になりたいか?」
親父……。
「親父には悪いけど、どうしてもってわけじゃない」
「なら、エルヴァさんと一緒に本家を継いでくれ。私からも頼む」
親父が俺に頭を下げた?
「ちょっと待ってくれ。親父も伯父さんもそれで良いのか?」
「それで良い。本家あっての吉川家だ。それに考えてもみろ。エルヴァさん以外に本家を任せられる女子など居ない」
「弘三」
弘ニ兄。何だ?
「ハードル上げやがって。この後、俺と兄貴は誰と付き合えば良いんだよ? だけど俺も警察に行くって決めた。だからお前はお前の好きな剣に打ち込め」
兄貴……。
「けど、話はわかったが早過ぎないか? 付き合い始めたばっかりだぞ? 結婚なんてまだまだ先の話だ」
「馬鹿モン。早う、お互いの心を固めろ。あんな素晴らしい子はそこらの日本人にも居らんぞ。何なら儂が相手さんのご両親を説き伏せる」
伯父さん、マジか……。
「伯父さんはエルヴァの何をそこまで?」
「立ち居振る舞い、居住まい、動作、視線。弓道と剣道だけではない。格闘技も?」
さすがだ。
「空手の有段者です」
「だろうな。そして道場に行くまでの廊下でな。ほんの少し歩幅がズレた。そこであの子の視線の先を見た。すると東屋から茶室に移動し、茶庭を見て菩薩様のように微笑んでおった。それまでは庭の樹々があの子を応援しておったのだ。少々気負っておったからな。ところが茶庭で見事に鏡面止水へと自分を置いた。儂はもうそこで惚れておった。その後の試合など見るまでもない。神棚に挨拶してくれたとかそんな外国の人に懐く低レベルな話など却って失礼だ。国の違い、文化の違いなども問題にはならん。あの子はきちんと和の心、武の精神を知っている。そこに思い至っていたなら、弘一。それでも腕を見たいと言ったか?」
ああ、そこか……。俺がエルヴァに惹かれた理由だ。あの短時間だと兄貴でも気付けないのは当然だ。俺も何度か登下校が重なってわかって来た事だ。
「すみませんでした。俺の見識不足でした」
兄貴が伯父さんに再び頭を下げた。
「もう、良い。顔を上げい。本当に良い子だ」
そうして俺はエルヴァとの結婚を、今まで以上に意識するようになった。そして益々下手な事はできないと思った。伯父さんが言うには結婚後は本家に住み、戸籍上俺が伯父さんの養子になるそうだ。お袋だけでなく伯母さんもエルヴァを気に入ってくれていた。ここよりも広く大きな本家を、エルヴァなら切り盛りできるだろうと二人が言う。本当にそんなんで良いのか? 明日学園で会えばきっちり話そう。そう決心する俺だった。