深山町のバス停で降りて家に向かって歩いた。浮かれている訳ではないけれど、彼のご両親にお会いできたし、交際を認めて貰えた。それもかなり気に入って頂けたようだから、望外なほど有り難かった。その件をお父さんやお母様にご報告すべく、先にお向かいの家に寄って行った。
「そう、お認め下さったのね。良かったわ~」
「うん、良かった。交際の許可を頂くだけの事だから、全部エルヴァに任せていたけれど。アイリなんてずっと付いて行くとか言ってたからね」
「あら? みっともないから止めましょうって、私がキリツグに言ったのに?」
嬉しかった。本当に心配して下さっていたのだ。ただ、気になる点があったのでそこも報告した。
「実はご両親やお兄様方だけでなく、お義父様のお兄様である伯父様ご夫妻と、会食のお手伝いだったと思いますが、数人の女性とその子供達も居ました。お義父様のご兄弟は男性ばかりと伺っていますので、その方々の奥様か、お義母様のご姉妹かは不明ですが」
お父さんとお母様が顔を見合わせた。
「本家だろうね」
「ええ」
「エルヴァの見た目が外国人だから、気になったのかな」
「違うと思うわよ?」
「と言うと?」
「その程度は写真を見ればわかる事だし、国籍がスイスなのも調べればわかるわ。だからそれ以外の事が気になったのよ。そしてお眼鏡に適ったから、その伯父様はニコニコされていた。どう? そもそもご両親はとっくにエルヴァちゃんを気に入っていたようだって、吉川君から聞いていたのよ?」
「見えて来たね。つまりその伯父さんの許可が必要だったって事だね?」
「そう。でね、魔術師でもないのにそういう許可が優先されたのは何故だと思う?」
「本家だから……?」
「そう。エルヴァちゃん? その伯父様じゃないの? 道場を開いていらっしゃる方って」
ここまで聞けば、私でも答えが想像できる。幾らコーちゃんが頑張ったとしても、お義父さんも弘一お兄さんも、そうホイホイ休める仕事ではないハズだ。そもそも今日は火曜日で、休みなのは小学部を除く学園生だけなのだ。
「エルヴァちゃんはわかったみたいね? あなた、吉川君は名前の通り三男でしょう? その本家に跡取りが居なければ?」
「あ。後継者問題か……。オーギュストさんが弘三君にしがらみがないと言ったのはこの意味だったのか……」
「お父さん! まさかオーギュストさんを使ってコーちゃんを調べていた?」
「僕は頼んでいないよ。誓って本当。だけどオーギュストさんなら、自主的に調べているだろうとは思っていた。だから尋ねただけだよ。そしてそれは親として心配だったからだ。それで警察官一家だと知って悩んだよ」
「もう~~」
もうと言いつつも、お父さんが心配し悩んだ事を聞けば、その先は何も言えない。そしてそれは私の悩みどころでもあったからだ。
「となると事態は好転する可能性が高いね?」
「え? あ!」
「そうさ。この分なら門弟は警察関係者が多いだろう。だけど跡取りの彼女や嫁を詮索する者は居ない。そしてその話を彼が受けるなら、警察官にならなければいけない理由は消える。何故なら将来の師範として、もっと修行が必要だからだ。つまりエルヴァが学園卒業後に倫敦に行った期間分、彼は修行に打ち込める。勿論、遠距離恋愛を勧めている訳ではない。その後のフォローも大切だ。だけどエルヴァ、君が彼の事を本当に好きで結婚も考えているのなら、これは好条件が揃ったと見ても良いと思うよ?」
本当だ。言われてみればその通りだ。そうなると残るはクロエちゃんとおチビちゃんへのフォローだけだ。
「当然、クロエやイリヤ達には僕達が言い聞かせる。僕としては君がそこまで犠牲になる必要はないと思う……だけど時計塔との関係を重視したいという意見もわかる。理由は僕達だけでなくエーデルフェルトも?」
「はい。お父さんのお気持ちもわかります。ですがこればかりはお祖父様だと無理です。上からの圧力でなく横の絆を確かなものにしませんと」
お父さんはスッと頭を下げた。そして顔を上げてウィンクした。日本人なのにとってもウィンクがサマになる。
「コーちゃん、ねぇ?」
「お、お父さん!?」
「ハハハ……ごめん、ごめん。でさ、お眼鏡に適った理由は何だと思う?」
そうだ。それは何だろう?
「お昼をお呼ばれしたんだろう? 和食に対する知識もあると思う。それと一番肝心な点が、君が和の心や武道の精神をわかっている事だと思うんだ」
「ええ、私もそう思うわ」
あれ? それって体育祭の騎馬戦で彼が士郎クンに話していたセリフ……。報告を終えて向かいに帰ると、食堂にアコースティック用のギターケースが2つあった。トロンメルだろうか?
お迎えはミアータさんだった。しっかりハグした後に、パミちゃんを紹介した。ホテルから出発する前に、パミちゃんの事はハンティントンとチューリッヒの両方に電話を入れてあったので問題なく受け入れてくれた。ついでと言っては失礼だけど、お祖父様にはフンボルトとの事もご報告した。とても喜んで下さった。
「お館様から、パミさんはこちらで預かるようにと伺っています」
『エル』の案だ。彼女の方からも電話かメールをしてくれたのだろう。アメリカが初めてだというパミちゃんは、窓の外をずっと見ている。EUしか知らなければ珍しいだろうね。クルマはV10のエクスカージョン。だから座席には余裕がある。運転席はミアータさんで、助手席にフンボルト。2列目がリンさんとシロウさんで、3列目に私とパミちゃんが座った。彼が前に行ったのはパミちゃんが左右の景色を見たがったからだ。
「ごめんね、エルヴァ。フンボルトは背が高いから、景色が見えないの」
「いいえ」
いいえと言いつつ、ベンチシートの背もたれに張り付いている私だ。こうすると私側の景色もパミちゃんが身を乗り出せば見える。エクスカージョンの3列目は窓がかなり大きいからね。空港の駐車場でアメリカンサイズのクルマを見ても、そう驚ろかなかったパミちゃんも、このエクスカージョンには小さな悲鳴を上げていた。
大きなリムジンに慣れた子でも、これは驚くと思う。フンボルトが7人居ても楽勝で乗れて、後ろにまだ荷物が載る。カロリーを溜め込んだ横幅の大きなアメリカ人でも6人乗れると思う。ボンネットは私の肩より高く、パミちゃんだと姿が見えなくなる。そんな恐竜みたいなクルマなのだ。だから乗る前に『本当に走れるの?』と聞いてきたくらいだ。
「なんだろう? 食べ物屋さんが多いね?」
だろうね。右を向いても左を見ても、こういう幹線道路沿いはファストフードのお店ばかりだ。それも広い駐車場の奥にお店がある。冬木の街とも、チューリッヒとも違う。正にアメリカだとしか言えない。特にここいらは典型的な西海岸の景色だからね。やがて家に着いた。お祖父様の別宅だ。
ガレージ前でクルマを止めて、荷物を家に中に運び込んだ。不思議だ。もの凄くホッとする。家に帰って来たという安心感がある。モニカさんにハグされているパミちゃんを見て思った。クロエちゃんやおチビちゃんでなく、これからはパみちゃんとエルヴァちゃんが妹だ。あの子達は『エルヴァ』に任せる。お父さんやお母様にエルマやトロンメルも。
冬木は忘れられない。だけど私が居ていい場所じゃない。思い出の街だ。
「ただいまです、モニカさん」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
クルマを片付けたミアータさんが戻り、モニカさんと夕食の仕込みに入った。食事までの間にスーツケースを二階の部屋に運んだり、ギターをガレージ裏の工房で出したりしていた。勿論、魔術でパミちゃんとフンボルトの時差ボケも治してあげた。
それで部屋に戻り、増えたベッドを確認した。フンボルトのではない。パミちゃんのだ。
「パミちゃん? 宝具の事で質問しても良いですか?」
「うん。エルヴァなら良いよ。何?」
右隣はエルで、左隣はモードレッドが使っていた部屋だった。今はその両方が空いている。真向かいはお兄ちゃんで、その右(モードレッドの部屋の前)がフンボルト、逆の部屋(エルの部屋の前)が、リンさんとシロウさんの部屋だ。今は斜交い(はすかい)になっているので、そこまで気にする事もないのだが念のために結界を張った。
「その……入った空間が、どこまでも丘が続くところでして。あれは仮想空間ですか?」
「ええ~っ! そっちに行っちゃったんだ? ごめん、エルヴァ。接続を間違えてる。本当は時間の流れが変えられる実体空間だよ。取り込んでいる家も5つか6つくらいで、鍵が掛かっているのはその内の2つだけ。1つは私の方のエルヴァとフンボルトの家で、もう1つは私の家なの。写真とか思い出の品がいっぱいだから、それで鍵を掛けたんだ。それにエルヴァやフンボルトがヘンな気分になったら嫌だなって」
「それで詳しく話せなかったんですね?」
コクリと頷くパミちゃん。何も悪くない。気を遣ってくれただけだ。だから横に座り直して、しっかりと肩を抱いてあげた。
「何も悪くないですからね。気を遣ってくれたんでしょう? だけどあの丘は綺麗でした」
「エルヴァだからだよ。エルヴァに反応していたんだと思う」
フンボルトの思い出の家があったのは、私が彼の事をもっと知りたいと願ったから。エーデルフェルトや衛宮の武家屋敷に、チューリッヒのお祖父様のお屋敷がなかったのは、景観もそうだが、大き過ぎて丘からはみ出ると思ったからだ。
「入った人次第で景色も全部変わるよ。あれ、魔術師用の牢獄だから」
「牢獄?」
「何を想像するのかな? 皆んな気がヘンになるか、出たくないって閉じこもるの。エルヴァは『溺れたのでしょう』って言ってたけど、私はエルヴァのお話でしか知らないんだ。エルヴァもフンボルトと入って、夕陽の綺麗な丘だって話していたよ」
私は午前中の……多分9時か10時の爽やかな時間だった。そよ風と草の匂いを覚えている。『気がヘンになる』か『閉じこもるほど溺れる』のか。猜疑心が強かったり恐怖心が大きいと、碌でもない目に合いそうだ。フンボルトのためのハーレムにした私って……。
「エルヴァはフンボルトが5人に増えて、5人とデートしたんだって」
その手があった!
「それも全員見た目の年齢が違っていて、子供からお爺ちゃんまでいたんだって」
あ。彼の事をもっと知りたいから……。歳を経ても愛せる事を見せたかったのかな? そんな気がする。と同時に、少年のフンボルトの筆おろしをしたな? それは『エル』がしそうな事だった。そして私は私になったフンボルトを犯した。最低だ。
「じゃ、本当に入った魔術師のイメージ通り?」
「なんだと思うよ」
「あの宝具って一体……?」
「それもイメージだよ。こういうのがあれば便利だなって私が考えるとそうなるの。でも私って想像力がないから、エルヴァがイメージを送ってくれて、そうして使っているの」
「どんな?」
「左右に扉がたくさんある長い廊下があって、その1つ1つが違う空間になっているイメージ。それと、その扉を廊下に入る扉に繋げちゃうと、そこにしか入れなくなるの。この間は、そうしたつもりで部屋を間違ちゃった」
なるほど。本当はもっと複雑なものなのだろう。だけどパミちゃんに教えるには、扉のある長い廊下はイメージしやすい。ファンタジーにもそんなシーンがそこそこあるのは、欧州のお城の地下がそうなっているからだ。要は監獄なんだけどね。そしてお祖父様のお屋敷も地下はそんな感じだ。そちらは全体が工房で、薬品庫や薬液のタンクなどが小部屋でわかれている。
そんな小部屋に置かれた円筒形の培養槽。そこで『エル(私達)』は受精卵から人になった。だから本当の誕生日も怪しいものだ。培養槽から取り出されて、初泣きした日が7月21日だっただけ。だから『イリヤ』の翌日は偶然だ。でも受精の順番は『イリヤ』が先で私が後だった。
アハトはメカなだけあって、こういうノートは克明に残していた。母、『アイリスフィール』から取り出された卵子。それは父が来るまでに既にストックがあった。そこでストック分の中で1番魔力を帯びていた、3番目の卵子を5~7個に分割した(世界に拠って異なっている)。そしてそれを父の精子で受精させた。つまり母の排卵と受精までには1年ほどズレがある。
また分割した卵子には、少なからず受精されていないものが1個はある。理由は単純。元となるものを残すのが研究者だからだ。オリジナルと同じ大きさになるまで培養され、凍結されていたのを今は『エル』が、他の卵子とともに保管している。
これも世界に拠るが、受精された3番目の卵子は3~4個ある。1人が『イリヤ』で1人が『エル』。『マコト』の世界では『アーデルハイド』さんも居たし、見知らぬ妹達がたくさんいた。その母の9年間分の卵子も、3番目の他の受精卵も『エル』が全部保管している。つまり三つ子か四つ子の姉妹と妹達を彼女は持っているという事だ。当初はそれを育てて娘にする計画もあった。もしかしたらまだ計画が残っているのかも知れないが。
ともあれパミちゃんは、母譲りのホムンクルスの特徴こそあれ人間だった。エルヴァのクローンなのだ。後から作られたのに姉というミトは試験体だ。エルヴァが跡取りなので、彼女に試せなかった技術が投入されている。その完成形(改良型)をパミちゃんに植えたのだ。
ではなぜ、クローンなのか? それはより精緻なデータが取れるし、双子や三つ子よりマッチングが高いからだ。『イリヤ』と『エル』は一卵性双生児ではない。半一卵性双生児だ。卵子こそ分割なので同一卵子だが、父の精子が分割ではない。なので75%だけの双子なのだった。顔はそっくりだが、これで母がホムンクルスでなければ、二卵性双生児ほどではないにせよもっと違った特徴があっただろう。
現代に残る宝具、『ラインの黄金』のためならばクローンという考えは間違いではない。人道的ではないかも知れないが、失敗の目を潰し、少しでも完成度を高めるためなら致し方ないと思う私がいる。それが魔道だ。そして『お祖父様』は、3人の娘からかなり親しまれていた事がパミちゃんのお話から伝わる。
「エルヴァは寂しがり屋なんだ。それで死んだママの事が忘れられなくてママのクローンを作ったの」
え?
「あ、そっか。エルヴァにとってのママは2人だものね。マアエモ・ママでなくアイリスフィール・ママの事だよ」
そちらでは『お母様』が死んでいた!?
詳しく訊くと、第四次の聖杯として亡くなっていた。そして『お父さん』も『士郎クン』を引き取って死んでいた。アハトを滅ぼし聖杯戦争を永久に止めたのはエルヴァやミトにお祖父様だった。まだパミちゃんが赤ちゃんの頃だ。
「それで『イリヤ』を引き取るかどうかで揉めたんだって。ミトは擬物の『ラインの黄金』しかないなら役に立たないから放っておけって。でもエルヴァは姉妹だからって、日本に連れて行ってシロウと会わせたの。それでママを作って……」
「ママを作ったって?!」
「うん。アイリスフィール・ママの細胞はアハトの城に残っていたからね。それでメイドを3人ほど付けて。あ、そうそう。ミユはパパの精子が残っていたから人工授精で産まれたの。これはイリヤの希望だったと思う」
『美遊』でなく『美夕』が当て字で、戸籍の名は『Miyu von Einzbern』。見た目がパミちゃんで、『イリヤ』と『士郎クン』だけでなくエルヴァからも可愛がられていたという。エルヴァが時々日本に向かう理由はこれだったのだ。後にこの話を『エル』に話したら大いにに驚いていた。彼女は『現象』となったエルヴァと会っており、その際に脳に届いた美遊の名は『美遊』だったからだ。多分、『エル』が思い込みでそう解釈してしまったのだろうと分析していた。
その『美夕』の事や『お母様』がクローンというのも気になったが、歴史の流れが大きく違う事に驚いた。そして私自身が『エルヴァ』のクローンでもある。英霊の能力ごとのクローニングというのが信じられないが。だけどそれがお祖父様のアインツベルンだった。
現に三男のカールお兄様がこの方面の第一人者で、オーストラリアの牧場で人に移植するための内蔵豚を大量に飼っていた。チベットを救い、法輪功を救うってそういう事だ。『エル』もホムンクルスの鋳造技術を利用してそういう事をしていた。ニーズは世界中にあったのだ。
そしてお金に糸目を付けず支払う人は欲目からの延命だけではない。その人が居ないと、その国や企業が成り立たなくなる場合の方が圧倒的に多いのだ。文句はいつもソコに到達する才能も才覚もない平民から起きる。起業もしておらず、誰かを救えるほどの収入も無ければ慈善活動もしていない者が文句を言う。そしてそういう者は決まってお金で黙る。そのプライドも思想も紙幣と同じで軽い。『エル』はそういう者を『餓鬼』と呼んで蔑んでいた。
だからこの世界が『現象』で本当に平和になるなら、そういう『餓鬼』も掌握されて真面目に生きるのだろう。争いは他人を羨むところから始まり、創造もまたそこから始まる。『アイツがやるならオレだって』。そのベクトルがどこに向いているかだ。より良い仕事をして、より良いものを作る。そしてそれが社会に役立ち、人々のニーズにマッチしている事。そういうものは僅かな広告で売れていく。決して人の足を引っ張って良いものではない。
『エル』の会社にも時々スパイが来る。掌握されて逆スパイにされるのだけど。そして相手のものよりもっと良い商品を開発し、相手を潰し買い取る。世の中にはそんな産業スパイ大歓迎という人間が居るのだ。
この掌握の怖さを少し話しておこう。ある国のある新聞は全部数1日で解約された。それでひと月後に倒産した。ある基地反対派は基地に突入し兵に傷を負わせ、テロリストとして全員が捕まった。基地を持つ国で裁判が行われ死刑が確定した。それが切っ掛けで法改正の機運が高まった。
『エル』に睨まれれば、どんなに有名な議員でも惨めなだけだ。演説に誰も来ないし、立ち止まらなくなる。日本での事だが、パーティーがすっぽかされ誰も来なかった事がある。後援会はすったもんだし、秘書は雲隠れ。そして次の選挙で獲得票ゼロというあり得ない数字が出た。これは可怪しいと行われた再投票で再びゼロ。その議員は廃人になってしまった。だってその前から、地元の誰もがその議員の家との取り引きを切ったからだ。電話してもお米も灯油も配達されないし、商店での購入を断られる。地方議員ほど地獄だった。
また別の極左で知られた野党議員は、議員会館に向かう路上でクルマを止められ、いきなり逮捕された。そして喚いたところで手錠が嵌められ、取り調べでアサシンがかき集めた不正を叩きつけられた。裁判は一審から有罪。罪状は外患誘致罪。判決は死刑。当然新聞や週刊誌にテレビが大騒ぎした。だけどリークされる情報に番組制作会社やプロデューサーの氏名、週刊誌や新聞の記者名が次々登ると黙ってしまった。二審も有罪死刑。最高裁も死刑で確定した。
刑法と現実を知っていれば外患罪と内乱罪はあって失き法だと誰だって理解できる。だけど地裁も高裁も最高裁も揃って被告の訴えを棄却し、死刑が確定した。しかも国民側から議員がこれまでの受けて来た利益供与と、既得権益を国民に還元せよとの訴えが起こり、民事でも家族が支払えない程の高額訴訟が起きた。彼は死ぬ前に発狂している。だけど絞首刑は執行され、日本史に残る疑獄事件として扱われた。
ところがそんなものでは止まらなかった。次に同じく与野党の親某国派も次々に逮捕されたのだ。そして検察は上海で撮影された献金現場や、ハニートラップの証拠などをすべて持っていた。フンボルト君とアサシンの頑張りだ。これで日本はアインツベルンの草刈場となった。1年革命はこの1年後に起きた。
テレビもそうだ。視聴率0%という嘘のような数字が並び、アインツベルン側に入った企業がCMを出さくなった。そうして広告代理店を新たに立ち上げ、旧態依然の広告代理店を潰した。次に放送法を改正させ、テレビ局を買い叩き、アインツベルンのものにした。以前も話したが、アサシンを使ったニュースソースは世界のどこよりも正しく、そのソースの迫り具合にホワイトハウスすら恐れた。またこれは新聞も同じで既存のメディアは次々と倒産するか『エル』が買い叩いた。
何よりテレビ番組が面白い。強いのはドキュメントと料理番組、そしてドラマだ。英国とニュージーランドで撮影された大河ドラマ、『アーサー王と少女』なんて、BBCでも放送され視聴率が高かったという。編集された劇場版もビデオとともに大ヒットした。そしてテロップに小さくこう出ている。『NO CG』と。騎馬による戦闘シーンも、降りてからの乱戦も海戦もコンピューター・グラフィック無し。空飛ぶワイバーンなんてロボットに見えない真実味があった。
マーリン役はお祖父様に似たあの俳優さん。他の脇役も有名な俳優が多数出ている。なのにアーサー王は無名の新人だった。もの凄いイケメンだし演技も上手い、英国の舞台俳優さんだ。その主人公が岩の剣を抜くシーンとカムランの丘の映像と、その先は茨の道だというマーリンの声がラップする。そんなオープニングから始まる。もう一人の主人公である少女が登場するのはアーサー王の晩年だ。カムランの戦いが始まる頃だった。少女の従者である騎士の進言を入れ、何とかカムランの悲劇を回避するアーサー王。この時再びの忠誠を誓うランスロット卿を演じたのがランスロットさんだから堪らない。
あんな衝撃的シーンだらけのドラマなんて知らない。なにせ少女を守ってた騎士が実は女性で、アーサー王が惚れちゃうのだ。それで王妃と離婚し、ランスロット卿へ押し付けた。それはどうなんだと王に諫言するモードレッド卿達。だけど折れない王。このままではと失踪する女騎士。再び王国は混乱を迎える。結局大団円で終わるのだけど。種明かしすると女騎士は王の生き別れの妹で、聡明な少女の方が姫の従者であり乳母姉妹だった。ブリテンのためにとガリアから戻った、王の双子の妹だったのだ。もし見たい人は世界を渡って。あれだけは見ないと損だ。
とまぁ、そんな話は措いて、わかるだろうか? 『エル』の異様さを。あのワイバーンや戦闘シーンは、今にして思えばパミちゃんの持つ空間のようなところで撮影されている。つまり宝具に拠る幻想。だけどカメラで撮影してしまえばそれは本物だ。
だけど本当に異様なのはそれを実行できる能力や行動力、そして掌握のチカラだ。本当の恐怖は独裁政治ではない。掌握という目に見えないチカラなのだ。ある日あなたは、突然それまで熱狂的に興味を持っていたものが目に入らなくなる。なのに違和感も何も感じない。何故なら社会の構造は変わっていないからだ。勿論変化はある。不正をしていた者がいきなり逮捕されたりしている。
けれど『アイツは前々から怪しかった』『ザマァ見ろ』『やっぱり正義はあるな』となる。また新聞もテレビもそういう報道をする。大衆とはそういうものだ。アルトリア姉さんが嘆き、王様が呆れた。これがエルの掌握だった。そしてその何分の1かの能力を私も持っているし、日本の『エルヴァ』も持っている。あちらのパミやミトもそうだ。
『現象』となったエルヴァの怖さは抑止を扱えるところだけでなない。この掌握こそが怖い。それが例え世の中のためであったとしても。
階下から食事の用意が整ったと知らせに来たので、私はパミちゃんの手を引いて廊下に出た。パッタリ会ったフンボルトと隙かさずキスした。私一人で入る計画は消えた。今夜もフンボルトと行く。そのもう一つの空間へ。
夕食後トロンメルが片したテーブルの上にケースを乗せて蓋を開けた。片方は『Morris』で恐らく『MD』の最終型、それの新古品か程度の良い中古。定価で3万程度だと思うから、もっと安く手に入ったと思う。さすがトロンメル。我が意を得たりだ。こういうので良い。だけどもう1つのギターが気になる。知らないメーカーだ。
「トロンメル、これは?」
「こちらは私のですが、このメーカーはご存知ですか?」
ふるふると首を振った。『Headway』ってどこだ? ロゴまでインレイでペグがゴールドって凄いなぁ。指板はエボニーで、サイドとバックはローズウッド! 見た目も『D-28』っぽいドレッドノートだ。
「エレキの『Bacchus』を作っているところですよ。元々はアコースティック専門で……」
そこからトロンメルがブランドの歴史や不幸な火災事故などを教えてくれた。そして2000年代に入り復活したのが『Headway』だった。弾いてみてくれと言うので、爪弾いた。
「うっ……鳴りが良い……」
「良いでしょう? 見本で置いてあったのを、無理言って譲って頂きました。本当は受注生産らしいです。ですけけど、この音に惚れちゃって」
わかる。まるで戦前の『Martin』だ。鈴鳴りとはこの事だ。高かったろうな。
「数年前からある展示品という事で1割引の45万円です」
凛はギョッとしているけれど、それ以外の人は『ふ~ん』という顔だ。
「この出来なら150万はしてもおかしくないですよ」
ルヴィアとリューリィさんにフィオレさんが頷き、それを見た凛が再びギョッとしていた。
「リン。こういう楽器は工芸品ですのよ? 数万円で売られる楽器の方がおかしいのですわ。またそれが簡単に手に入る日本も」
「ヴァイオリンなどを思い起こせば納得頂けると思いますわ」
ルヴィアとリューリィさんの説明に賛同して頷くフィオレさん。凛もわかってきたようだ。何か弾いてくれというので、フォークでなくフラメンコを1曲弾いた。その後、『Garota De Ipanema』を語り弾いた。私としては珍しいボサノヴァの名曲だ。オリジナルは『ゲッツ/ジルベルト』に収録されていて、とても味のある名盤だ。お祖父様がお持ちのレコードだったのだが『ジャズとして売られているが、これがボサノヴァじゃよ』と教えられ、フラメンコを習う傍らこの曲も習ったのだ。
「雰囲気あるわね? どこの曲?」
「ブラジルですよ。だから歌詞がポルトガル語なのです」
「へぇ~」
ああ、今度はクラシックギターが欲しくなってきた。病気だな、これ。ともあれトロンメルからは弾きたい時は何時でも言って欲しいと言われた。お礼を言って返し、今度は『Morris』を弾いた。これはこれで、値段の割に良い。部屋に裸で置くならこれだ。
「ごめん。私にはどこがどう違うかわからない」
「そんなものですよ、凛さん。弾きやすさとかネックの感触とか木材の違いとか、微妙なところが異なるだけで。それにブレーキが効かないとか衝突安全性が低いとか、工業製品よりマシです。少なからず音楽は奏でられますから。あと一つ言うなら、姉さんが上手いから余計に差を感じないんです」
トロンメルが話しているのは『わかる人にしかわからない領域』、つまりプロやマニアの領域の事だ。それ即ち、魔術師の領域にも等しい。そう、トロンメルを補足すれば凛もわかってくれた。
クルマでもバイクでも楽器でも、何でもそうだ。魔術と同じく尖った領域に行けば行くほど普通の人にはわからない。むしろそこを知り、追い求めている人達に共感を覚えないなら魔術師失格だ。それは工芸品や伝統芸能にも言える。魔術師が文化面で保守的なのはそこもあるのだ。
「五大属性を持つというのは、五感が優れている証拠でもある。味覚の料理、聴覚の音楽、視覚の映像、臭覚の香料、触覚の性行為。これらが満たされ、高レベルで維持できるから魔術回路が安定する……とは、あなた方の師匠の凜の言葉ですよ?」
「師匠って彼氏がいるの?」
「う~ん……」
答えづらい。凜の憧れであり、心にある人は驚くべき事に『エル』だからだ。その魔術への造詣の深さや応用力の高さへの憧憬も込み込みだから、一概にあの子をそっち系とは言えないのだけど。それでもエルマとは違った意味でスペシャル・オナニストなのは間違いない。そんな手解きまで、4年生くらいの頃からあの子が先生から受けていたのもまた事実だ。
「まだ居ないようです。こういう言い方は失礼ですが、あの子はイイトコの子ですから。凛、ご両親が生きているから良い家になったのでなく、中2で魔法に至り、荒れそうになった小父様を立ち直らせたから良い家になったのです。日本に遠坂家ありなんて時計塔やプラハの評価も、あの子にとっては些細な事だったのですよ」
「あちらのお父様が荒れそうに?」
「喜びの後に来るのは何か、ですよ」
「実の娘に嫉妬……ね?」
「そう。親として娘は可愛い。ですが同じ魔術師としては、根源に行けた彼女が妬ましい。魔法を得れば人の理から外れると言います。それでも家族との絆を大切にした。凜の本当の凄さはそこですよ」
凛とルヴィアが頷いた。
「姉様、その方をご紹介して頂けませんの?」
「リューリィ……。あなたの頼みとあれば声は掛けますが、まず無理だと考えて下さいまし……」
「気難しい人ですの?」
「いいえ。見た目もリンそのものですわ。ですが私はついでのようなものですし、リンは何度か断られていますの。条件が厳しいのですわ」
「条件?」
「ええ。ミストレスは『縁』という言葉を使われていますわね。リューリィ。フィオレさんと出会い、引きこもっていた頃とは違うあなたならわかるでしょう?」
「要は人は人と出会い、どういう関わり方をするのかで変わる。カオス理論、バタフライ効果よね。そこを敏感に感じ取れないと第二魔法は遠いというのが師匠の言葉なの」
「なるほど……」
この後、フィオレさんや後片付けを終えたマルガリータさんを交え、5人は熱心に意見を交換していた。なのでギターケースを抱え私とトロンメルとエルマは自室に向かい、お風呂の用意をした。
楽しい夕飯を終えたら、パミちゃんが面白い事を言った。
「しまったなぁ~」
「どうしたの?」
「せっかく日本に居たのにおスシもテンプラも食べていなかったなぁって」
パミちゃんがフォークで突き刺しているのは、モニカさん特製の皮付きジャガイモのフライだった。これ美味しいんだよね。アイダホ産なのかカリフォルニア産かは知らないけれど、二度揚げだからカリッホコホコで堪らない。カロリー爆弾だから私は塩だけど、パミちゃんはソース派だ。リクエストのドミグラスソースが市販品だったのに文句を言わない節度は持っている。きっと何度かエルヴァが作るところを見ているのだ。あれを一度でも見れば、どれだけ手間が掛かるかわかる。
小麦粉をバターで炒め一度冷まし、ワインと香草や香り野菜と、ステーキ用のお肉(仔牛がベスト)をトリミングした際に出るクズ肉を入れて煮込み、半分以下になるまで煮詰める(ドミグラスの語源)。そんな風に作るのがとっても面倒くさいソースなのだ。それを知っているだけ偉い。
「パミちゃん、生魚は慣れないと難しいと思いますが、私は天ぷらも他の和食も作れますから、何でも作ってあげますよ。ただしアメリカで手に入る食材に限られますけど」
「うん! お願い!」
ちらりとフンボルトに視線をやれば、パミちゃんに微笑んでいた。仕事が一段落ついたら3人でまた日本に行きたい。冬木でなくていいから、パミちゃんには日本の美味しいものを、フンボルトには工芸品を満足するまで食べたり見たりして欲しい。だって彼が一番見たかったのは、寄木細工や組子細工などの木工細工や、切子細工などのガラス工芸品に代表される、日本の伝統工芸品だったのだから。
きっと竹ひご細工や曲輪弁当箱の制作現場などを間近で見れば2時間は動かない気がする。ギターを組み立てるのも本当に上手だった。これで金属加工しか向かないって嘘だと思う。学校に行けず跡も継げず辛い思いをしたフンボルト。私から見て大樹のような彼は、やっぱり樹の人だ。彼の年齢ではもう遅いのかも知れないけれど、それでも趣味でいいから木工細工をして欲しい。そう思っていたから、日本ではそういう工房も巡りたかった。そして何かを見付けて欲しかった。
だけど今回はそんな時間がなかった。だからこそ次こそはと強く思う。
「エルヴァ? どうしたの?」
「あ……ごめんなさい。部屋で話します」
そうして部屋に戻り、パミちゃんと彼の部屋を訪れた。パミちゃんを連れて行ったのは、パミちゃんも私が急に黙った事を心配していたからだ。それでさっき考えた事を二人に素直に話した。
「今後もお祖父様から、仕事は入ると思いますけれど……。フンボルトの本質は職人だと思います。そうなれというのでなく……。どんな仕事が来ても、ものを作る歓びを忘れないで欲しいんです。趣味でも良いので、そういうのを続けて欲しいなって……」
彼のプライドを傷つけはしないかと、中々上手く言葉にできない。けれど何とかわかって貰えたみたい。
「僕がクサると心配だったんだね?」
「はい」
「ありがとう。また3人で日本に行こう」
「はい」
「うん!」
そしてパミちゃんは言ってくれた。
「入り口を開けたから、行ってきて。私はお部屋に戻って、先に眠っているから」
お礼を言ってフンボルトと空間に入った。唐突なように思えるだろうが、パミちゃんとは既に新しい空間を調べたい(試したい)旨を話してあった。またフンボルトとも打ち合わせ済みだ。
手を繋いで入った先はとても長閑な場所だった。どこかの田舎のように小路があり、路の両側には草木が茂っていた。樹々の木漏れ日で下の草が輝いている。どこかから小川のせせらぎが聞こえた。暫く歩くと家が数軒見えて来た。そしてその家に、私は見覚えがあった。エッペルハイムにある『エル』の屋敷の庭にある、『エル』とミトとパミの『部屋という名の家』だった。ただし配置は違うし、横に屋敷はない。代わりに一際大きな樹が3本あって、その奥にも数軒家があった。なので、そちらに向かった。
「エルヴァ? どうして通り過ぎるの?」
「その3軒は間違いなく鍵が掛かっていますよ」
それで並行世界の『エル』とミトとパミの家であると説明した。多分これは偶然だ。パミちゃんのエルヴァも事業はしていたようだが、それは主にロシアでドイツが拠点ではないようだったからだ。つまり『エル』が建てた『理想の部屋』は、エルヴァが『夢見ていた家』だった可能性がある。大きな樹の横を通り過ぎ、二手に分かれて鍵を確認した。やっぱりどの家も鍵が開いていた。
おそらく今まで誰も使っていない、ゲストハウスなのだろう。その内の1軒がとても雰囲気がいい。思わず外観をしげしげと眺めた。フンボルトも横に立ち頷いている。
「これは良い。僕と君とで、こういう家に住みたいって思わない?」
「それですよ。見蕩れていた理由は」
だからそこのアプローチに入った。ポーチも扉も素敵。木のバケツを植木鉢にしてポーチを飾りたい。そして扉には二人の名が入った飾り板を。玄関の中はサンルームを兼ねた二重玄関だ。良く見れば窓も全部二重。これなら真冬のシーズンでも屋内に外の冷気が入らない。春や秋なら窓を開けてロッキングチェアで揺られても良いし、テラス代わりに小洒落たテーブルとイスを置いても良い。
「エルヴァ、ここって閉め切ってしまえば雨が入らない。つまり板が腐らないんだよ。きっと中もこんな感じで細々した工夫やアイデアが盛り込まれているんだろうね」
「ええ……」
エルヴァは『エル』のように分身が作れたとパミちゃんが話していた。これはその分身達のアイデアだ。そしてこのサンルーム……。
「エルヴァ~~! キッチンに来て欲しい!」
暖炉のあるリビングを抜け、彼の声がするダイニングスペースの奥のキッチンに行った。
「どうしました?」
「蛇口から水が出るんだ」
「え?」
まさか、また幻想? そう思い、解析を掛けると上水道のパイプが家の外に繋がっていて、地面の下で各家のパイプと繋がっていた。そして地中深くに空間があり様々な機械の装置や魔術装置が置かれていた。これって家を取り込んだのでなく、この長閑な村ごと作って取り込んでいるんだ?
そうかここは亜空間のシェルターでもあるんだ。思わず冷蔵庫を開けると、ペットボトルや缶の飲料水がぎっしりで、冷凍室はこれまた冷凍食料が満杯だった。冷蔵庫の横にはもう一つ冷凍庫もあった。そちらも食料が凍っていた。キッチンの戸棚には各種スパイスやハーブとともに、レトルトものも置かれてあった。冷凍チャーハンやレンジでチンできるご飯が無いのは仕方ないけれど、ここは本当にシェルターらしい。
そんな私の推測を話してみたら、彼はバスルームに行き、トイレの水を流していた。
「本当だ。ちゃんと流れるね」
彼も納得せざるを得なかった。
「だけど日本のお風呂が恋しいよね?」
「ね?」
そしてキスをして暫く抱き合った後、もしやと思い玄関の鍵を掛けた。やっぱり。結界が自動発動した。つまり入りさえすればフンボルトでも結界が張れるという事だ。本当にゲストハウスなのだ。1階を見学した後、2階に上った。主寝室は1階にあったのだ。だからここは家族の部屋が並んでいる事になる。つまり子供部屋だ。一つ一つ覗くと家具や机にクローゼットが、どの部屋にも同じように備え付けられていた。2階にもバスルームと洗面台がある。凝ってるなぁ。再び1階に降りてフンボルトと話した。
「こんな家に住みたいな」
「僕もさ」
あのキッチンで気付いていた。お腹の大きくなった私が料理をしていたキッチンにそっくりだったのだ。そしてあのビジョンで見えたフンボルトとの家は、この家を参考にして建てたのだと思う。つまりパミちゃんと出会う事は必然だった。そして2階にはあの子と、あの子の弟になるかも知れないレオポルドに向いた部屋があった。その他もあったから全部埋まるまで子供を作っても良い。そんな夢を描いていたら、いきなりお姫様抱っこされた。
「フンボルト、腰!?」
「大丈夫。寝室に行こう」
「うん……」
そして寝室にあるベッドの周囲に魔方陣を描いた。
「何の陣?」
「避妊」
子供が欲しいと思いつつ矛盾した行為だと思うけれど、これから数週間は陣を描くかゴムを使わないと。
「あ~。そういう時期なんだ?」
「うん。興醒めでゴメンね?」
「いや」
「避妊具は部屋の鞄に入れっぱなしだったから。こうでもしないと」
「君が使う避妊具?」
「いいえ、フンボルトのゴム」
「僕のが入るゴムなんてあったの?」
「うん。日本でね」
「凄いね、日本人。シロウのも大きいのかな?」
そうなるよね。買ったのはドラッグストアでなく玩具のお店だ。では何故、あんなビッグサイズが置かれていたのか? お店の人の説明に拠ると、ア◯ルをとことん開発すると女性のコブシくらいなら入ってしまうのだとか。そういう人向けの、ゴム手袋替わりだと教えて貰っていた。勿論、ヴ◯ギナに使う場合もあるとか。パートナーが異性か同性かに関係なく、こちらも開発すればコブシがすっぽり入ると聞いた。つまり『チンボルト』は女性のコブシくらいあるという事だ。当然、フンボルトには日本人しかしない曖昧な笑いを返した。
「エルヴァ、見てご覧。ここ」
ベッドの枕もとだ。スイッチがズラッと並んでいて、屋内照明が集中管理できるようになっていた。だけど今は外が明るく、窓の向こうはお陽さまサンサンだ。だけどダイヤルを回すと、真昼から午後、午後から夕方、夕方から夜へとスムースに変化する。しかも結界内だけ。つまり結界の外は今までと同じで、結界内だけの照明? をシームレスに変化できるのだ。しかも仮想の太陽の位置も変化する。人工照明と魔術の併用だろうけど、これはちょっと凄い。
私はエルヴァの世界でのアインツベルンに思いを馳せた。ベクトルの異なる魔術と技術。クローンの件もそうだけれど、神秘と科学の融合度合いに驚かされる。
屋外の明るさを『夜』にして、部屋のスタンドだけでベッドを照らした。
「ゴメンね。今日は普通の服で」
お風呂は済ませているが、今の私はナイトウェアでなく自室で寛ぐ部屋着だった。だからブラもしっかり着けていた。ただし下着だけは、彼の部屋に行くとわかっていたので気合を入れている。弁明のためだし、パミちゃんも居た。だからあの場でのエッチはない。それでも下着を替えて行くのが乙女の心理だ。
来た。フンボルトが私を抱き寄せキスをしてきた。挿入し込まれる舌。それを悦んで迎える私の舌。少しでも彼の腰に負担を与えたくないとグッと背伸びする。彼も私がふらつかないように支えるようにして抱き締めてくれる。クチュクチュと口の中で音がする。彼の舌が私の舌から外れ、歯茎の裏側や上顎を舐めている。そんなところも気持ちが良いんだって改めて知った。それで下からキスすると彼の唾液が全部私に来るんだって事も。それをコクコクと飲んだ。
甘い。なんて甘いんだろう。好きになった人とのキスはこんなにも甘いんだ。だけど一旦キスをオアズケにして、彼のジャージを屈みながら足元まで下げた。屈むのは足を抜くのを手伝うためだ。フンボルトもそうなのかな? 私は彼を脱がすのが好きだった。ゴムの抵抗で痛みを感じないよう、『チンボルト』を少し押さえてあげてから膝まで下ろし、屈む瞬間に『チンボルト』にご挨拶のキスだ。この時、上を見上げるあざとい私。
「エルヴァ、君は本当に可愛くて素敵だ」
目だけで笑って、ジャージを足から引き抜いた。身長差がありすぎて肩を貸してあげられないところが辛い。だから片足の時に支えられるよう、壁際で脱がすのが暗黙の了解になってしまった。それで次は彼の上半身だけど、こればかりはボタンのあるシャツでもない限り手伝えない。特に今夜みたいな長袖のTシャツだと。手伝えるとしたら、汗で張り付いた背中側を浮かせて脱ぎやすくしてあげるくらいだ。全部脱げたら隙かさず、彼の衣類を広げ簡易的に折り畳む。それをその時近いベッドサイドかソファーなどに置いてから猛ダッシュで振り向いて彼に微笑みかける。次は彼が私を脱がす番だ。
彼は私と真逆で上半身から脱がす。こんなところにも身長差が現れる。彼がちょっとギョッとする。
「今日は下着が黒なの?」
「うん。魔術師の気分の時は」
彼がその大きな体を折って、私の部屋着を足首から抜く。この時、彼の肩は手を伸ばして丁度良いところにある。だから私はふらつかない。彼はまだブラもパンティーも脱がさない。そういや、一緒にお風呂に入ったあの時と初めての夜以外はいつもこうだった。やっぱり彼は私の下着姿が好きみたい。
「それって、どういう気分?」
「冷静に観察して分析しなければならない時や、戦う時とかかな。アバターで変になったけれど、あの時も下着は黒だったんですよ?」
「そうだったんだ? でもあの時はお互い、変に昂ぶってしまって……」
『チンボルト』に手を添えながらコクリと頷いた。まだ刺激を与えるのは早い。今は固さを維持できるギリギリを保ちながら、彼との会話を楽しむ。これも立派な、二人だけの前戯だった。
「どっちが? 私に抱かれる方? それとも大勢の私を相手にする方?」
「イジワルだね? 男としてのプライド優先なら後者だけれど、正直前者の刺激が欲しくなる時がある。そしてそんな事を頼めるパートナーは君しか居ないんだって改めて理解したよ。君は二重三重の意味でベストだよ」
「コントロールできるなら、あの空間もアリなのかな?」
「まぁ、危険もあるから。無理は言わないよ」
ベッドに腰掛け、さっきよりほんの少し強い目の刺激を与えた。この時彼も、ブラをずらし私のオッパイを直に触ってくれる。そしてキス。唇が離れる頃にはお互いに少し息が荒い。
「ねぇ、フンボルト? AエルヴァとBエルヴァと、Cエルヴァの誰が良かった?」
「え、ええ~っ? 全員君じゃないの?」
私は彼の目を見詰めて話した。
「フンボルト。前も話したけれど、私は『エル』の100分の1だったの。その47番目が日本にいる『エルヴァ』で、私は彼女のコピーに過ぎない」
彼が怒った顔をする。
「聞いて。自分を卑下して後ろ向きになっているんじゃないんです。言いたいのは、私の100倍の『個』を持った『エル』や、『エル』の異世界同位体であるパミちゃんの姉のエルヴァくらいしか、あの空間は活かせないって事です」
「ああ……そういう意味か。そうかも知れないね?」
「うん。それで元に戻った時にきちんと記憶も体験も統合されていて。だから『嫉妬』の気持ちもあったんです」
「嫉妬?」
「ええ。あなたに抱かれる自分に嫉妬していた。悔しいし悲しいし、早く代われって。彼に抱かれて良いのは私だけだって……」
「エルヴァ……」
「うん。でね、あなたに抱かれている私はこう思っているの。彼は私だけを選んでくれたって。ザマァ見ろって」
「ええ~?」
「不思議でしょう?」
「本当に不思議だ。それって分かれている間のアイデンティティが別人になっているって事?」
「そう。だからABCなんですよ」
ここでフンボルトが考えだした。『チンボルト』がフニャンとした。可愛い。だけど彼の聡明さなら、私が本当に言いたい事がわかるはずだ。
「エルヴァ。こういう言い方は良くないけれど……」
あ、気付いた。
「100分の1になっている君でも、そこから更に分割できる。つまり精神がそれだけ強い?」
「あれだけ弱気になっていたから、そうは思えないですが……。でも、そう結論するしかありませんでした」
「半英霊……」
「そう。私は『エル』と離れた事で、独特なモノになった。つまり足りなかった100分の99か、99に近いモノを、知らない間に手に入れていたと思うんです」
「そうなるよね」
「うん。だから今の私は100分の1でなく、100分の100。その事に気付けた。だからもう一人の自分と、あなたに見せ付けるようにして快楽に身を委ねられたんです。嫉妬しているのも自分なら、あなたに抱かれているのも私。そしてレズ◯アンに耽っているのも私。皆んな私なんだって」
「そうか……あそこで自分を見付けられたんだね?」
「うん」
本当に悟ったのは、交代して彼に挿入れられた瞬間だ。見知らぬ女の愛液でなく、『チンボルト』は別の私の愛液で濡れていた。その時に気付いたのだ。
『エルヴァ』から分かれた後から、私はずっと迷宮の中を彷徨っていた。だけど自分が何なのか、誰なのかがわかった。もう私は『エル』でもなければ『エルヴァ』でもない。私は私だったのだ。
「長い迷宮でした。でも、今は横にあなたがいます」
人生もまた、明かりなき迷宮だろう。だけど私の横には私の足元を照らすフンボルトという光がある。この先の人生もきっとそうだ。再び固くなった『チンボルト』を口に含みながら、『エルヴァ』の吉川クンもそうであって欲しいと願った。我ながら変な時に人の事を考えるものだ。
だけどそれは言ってみれば他人だからだ。『エル』にも『エルヴァ』にも姉妹のような感覚はある。でも、もう自分ではない。別の人を好きになるのは当たり前のように思えた。いつの間にかブラが外されている。ピンと尖った乳首を彼が吸いながら舌で転がす。感度が良過ぎ。これ、授乳の時も『アハ~ン』ってならないか?
お祖父様が『エル』に行った調整だろうけど、凝り過ぎだ。あ、クル! フンボルトも上手い。彼は本当に技巧派だ。
「もしかして胸だけでイッた?」
「……うん。小さな波は今ままでもありましたが、ここまでの波は初めてです。フンボルトとは相性が良いとは思っていましたが、巧過ぎです」
「君になった経験が活かされたね。全部が全部じゃないけれど、君がどういう風なタッチで感じるのかわかってきたよ」
寝室での置換魔術はこの意味もある。夫婦揃っての魔術師なら、ここまでしてパスを深くする。深くするからお互いの事がもっとわかり愛し合える。魔道を進め、家門を守り、子を慈しみ育てる。なので魔術師の離婚率はほぼゼロに近い。だから『ウォッチャー』として入ったあの世界での凛のご両親には驚かされた。半身を引き裂かれるようなものだと思うからだ。さっきからフンボルトは私のパンティーをズラさず、愛撫をしていた。いよいよ脱がされる段でシーツをどうしようかとちらりと思った。
「エルヴァ、白いものが混じっているよ?」
バカ……。透明でなく白くなっているだろうなって自分でも思っていた。そしてそれが際立つからと、彼はここまで下着を脱がさなかったのだ。マニアックなんだから……だけど、次のプレイ衣装は黒のテディだと決めた。
『チンボルト』を扱きつつ、濡れそぼった私のヴ◯ギナに導いた。今日は『正常位』からだ。挿入る時の押し広げられる感覚で眉間にシワが寄る。だけど苦しいのは最初のこの時と、奥に来た時だけ。そのロングストロークで、膣内は快感の海になる。襞の1本1本が、波となって彼を包む。長い前戯で子宮はとっくに下りている。早く赤ちゃんの種が欲しいと、下腹がキュンキュンしていた。
ゴムの感触も一度体験したいが、やっぱり私は彼の種を身体で受けたい。もし挿入るなら、お尻ででも受けたい。とにもかくにも、ティッシュで拭ってゴミ箱にポイしたくない。後で垂れて来るものを拭うにせよ、一度は受け止めたいのだ。体位は3回変えた。『正常位』の時の足の組み換えや腰の捻りまで数えたら、そこだけで5回は体位を変えている。次は『こたつ隠れ』だった。『対面座位』の変形で、お互いに仰向け気味に向かい合って挿入する。
オッパイ越しに自分のアソコを『チンボルト』が出入りするのが見える。さすがに腟口までは見えないが、大きくなったクリ◯リスの皮は見える。ちなみに私のは短小包茎だ。自分で剥かない限り、全部は露出しない。それもどんなに興奮していても3mmくらいのボタンが4mmくらいになるだけ。だからほとんど遮るものはない。ヌコ~と引かれ、ズンと押し込まれるサマが丸見えだ。
それでお腹にチカラを入れて腹筋を固くすると、お尻の穴を窄めるのとはまた違って、奥が締まるらしい。つまりこの、下を覗く姿勢は彼に凄く具合が良いらしい。オマケに彼が仰け反れば、私のGスポットにゴリゴリだ。また正座とかでないから時間も持つ。問題は密着感が全然ないところ。だからここから対面座位に移行するのが常なのだけど、この日は私も彼も同時に、全然隠れていない『こたつ隠れ』でイッた。だから回復後に対面座位をお願いした。
その回復が早くなれとばかりに、タマを舐め、後ろに回って遂に彼のお尻のアレも舐めた。胆汁が残っていたのかちょっと苦いのがショックだった。シャワーだとそうなるのか。女の子みたいにしゃがんで、シャワーを逆にしてしっかり洗わないと。
だからとても言いづらかったけれど、ピロートークでそこは指摘した。怒るかなと思ったけれど、彼はしっかり謝ってくれた。そうだよ、フンボルト。好きだから何でもできるの。あなたが悦んでくれるのなら、なおさらだよ。でも、だからこそマナーは大切だと思うんだ。
小1時間ほど休憩して、シーツを広げ替え、前のを持って空間から出て来た。場所は電灯の落ちた私の部屋だった。フンボルトとおやすみのキスをしてから自室に帰って貰った。私はそうっとパミちゃんの隣に入って眠った。