※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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143、新しい変革

 5~6時間目が予定通り過ぎ、ホームルームを終えた私は3年D組の教室に向かった。D組のホームルームはまだ終わっていなかったので、教室前の廊下で待っていた。

 

「じゃ、先に行ってるぞ」

「はい」

 

 同じクラスの薫だ。彼女もエルマから聞いていたのか、本日の見学者に興味津々らしい。私と同じで廊下ですれ違う人ごとに何某かの声が掛けられている。私の影響もあるとは思うが、薫が柔らかくなったのはエルマの影響が大きい。今となったら何度か桜ちゃんも交え、3人で遊びに出たりしているそうだから。

 エルマにしてみたら私という姉の友人でもあるので、薫は部活の先輩の中でも親しみやすい相手だった。またエルマも引き締めるところは引き締める子なので、薫も私の妹というだけでなく素で好感を持っていた。だから練習中も2人はよく話していた。

 部活以外でも、街の弓道場での練習がある薫は人付き合いの悪い子だった。おまけに一人っ子なので、先輩や後輩への対応が下手なところがあった。そんな薫が私と出逢って変化し、今やエルマとは歳の異なる友人となっている。人は人と関わって変化するとはよく言ったものだ。

 ほどなくホームルームが終わり、コーちゃんが出て来た。

 

「悪ぃ。待たせた」

「いいえ。楽しめましたよ」

「何が?」

「彼氏のホームルームを廊下で待つなんて、中々できない体験だからですよ」

「うん? でも、同じ学校に相手が居たらありがちなんじゃ?」

「そこは否定しません。ですが全年齢を通して考えれば、普通はどこか別の場所で待ち合わせをしませんか?」

「そう……なるのかな?」

「ええ。私が上司なら、社内に恋愛感情を持ち込むなと注意するでしょうね」

 

 階段を並んで話しながら降りた。人が人と出会う場所は限られる。しかも『ナンパ』か『合コン』、或いは『紹介』以外は、同じ職場か取引先でしか恋愛対象となる相手と出会うチャンスはない。まして高校生となると、範囲がもっと狭いだろう。

 男が女を求め、女が男を求めるのは自然の摂理だ。肉体的な問題を抱えていたり、先天的な精神的性別や性的嗜好に悩まない限りは誰もが異性を求める。それはその方法以外で子孫を望めないからだ。だから社内恋愛を禁止する会社より、私情を仕事に持ち込まない限り認めている会社の方が圧倒的に多いだろうと思う。なので『エル』も自社内での恋愛には煩く言わなかった。売上が落ちず、風評被害が起きないのであれば、恋人同士の営業廻りや宿泊を伴う出張も認めていた。

 だけど彼女は学生の間の恋愛には厳しかった。性欲を発散させるためや、魔術師としての研究のためなら、組んず解れつで男女問わず相手を求めるのに、日本での学園に於ける『表の顔』は清廉で貞淑で通っていた。この面が私にも強く出ている。そんな自覚がある上に妹達の存在があるので、高校生の間の恋愛は諦めていた。なのにコーちゃんだ。

 クロエちゃんとはどれだけ話したか。勿論、おチビちゃんも交えてだ。同じ5年生の姉妹でも、心の成長は微妙に異なる。おチビちゃんが持つ私への感情は『憧れ』だ。『好き』も『Like』だと自覚し、士郎クンへの気持ちも『Love』から『Like』へと自分の中で折り合いを着けつつある。

 ところがクロエちゃんの私への感情は、『憧れ』と『愛』だ。『憧憬』が『好き』から、普遍的な『愛』に昇華されている。そこには当然『家族愛』や『姉妹愛』も含まれて来るので上手く感情をコントロールしていると言えた。エルマのお陰もあるし、姉さん(英霊のイリヤ)のお陰でもある。だから最近の私は、クロエちゃんをほとんど中学生と同じくらいに考え、そう接していた。甘えたい時は勿論小学生扱いだ。だけど友情や愛情などの人間関係に纏わる相談は中学生と思って答えていた。

 エルヴァちゃんはどうだか知らないが、おチビちゃんもクロエちゃんもこの秋から胸が少し大きくなって、オリモノが増えたらしい。なので私のフォーマルを揃えに行く時、2人も誘って、お母様との4人で出掛けた。そこで新しいブラやサニタリーショーツなども買い揃えた。そして美遊ちゃんも呼んで、家でナプキンの使い方をレクチャーした。身振り手振りでなく、実演して見せたのだ。それでオリモノが多いなと思ったら、それを付けて過ごしなさいと教えた。

 それが功を奏したのか、今月に入って2人は子供から女の子になった。1週間遅れで美遊ちゃんも始まった。まだまだ周期が安定するには早いけれど、処理の仕方やお風呂の入り方なども教えてあげた。

 そうやって妹達は日々成長している。だからこそ、私は身勝手で軽はずみな行動を厳に慎むべきだと強く思うのだ。そしてもう1人の私、エルヴァの存在だ。彼女は間違いなくフンボルト君とオトナの関係だ。だからその意味で私の先駆者でもある。そしてエルヴァちゃんは寮生活の欧州人だ。姉であるエルヴァのプライベートを二重の意味で詮索しない。

 正直そこは羨ましい。でもその立場を得るために彼女は色んなものを棄てなければならなかった。どっちが良いとか悪いとか、こうなって来ると判断は難しい。となると私は私でコーちゃんとこの道で幸せになるしかないし、彼女も彼女でフンボルト君と幸せになるしか無い。結局そういう事だ。私にも可能性があり、他の道もあったという事だ。

 きっと『エル』はそれを予測していた。彼女はエルヴァちゃんに対する善意から、エルヴァを造ったのは間違いない。と同時に、かつて『47番』だった『自分の一部』で『可能性』を測ったのだ。図ったのでも謀ったのでもない。文字通り観測対象にしていた。私の記憶が削られているのも、新鮮な反応を知りたかったからだろう。そして、おそらくエルヴァは私以上に記憶を削られている可能性が高い。むしろそこがあるから、世界から別人判定されコンクリフトが起きないのだと思う。

 程なく弓道場に着いたので、コーちゃんを控えの見学席に案内した。

 

「おお、吉川。ウチのエースに露払いをさせるのか。『VIP』だな?」

「おいおい、遠峰。お前がエースじゃなかったのかよ?」

「いや、もうエルヴァには素直に負けを認めるよ。それで今日来る1年生が剣道部をノシたって本当か?」

「耳が早いな。女子の2年が全員負けたのは本当らしいぞ。イギリスからの留学生だそうだが、武道にとても興味があるらしい。是非ともウチに欲しいところだ」

「みたいな事は私も聞いている。だから私も気になって色々調べたんだ」

「弓道部に来るかもって?」

「まぁな」

「けど、何で今頃なんだ?」

「武道に限らず、運動部は全部試したそうだぞ? それで最後に武道だ」

「なるほど。美味しいものは後で食べるタイプか?」

「知らないよ」

 

 この間、私が何をしていたかと言うと、道衣に着替えていたのだ。つまり薫は私が居ない間、自主的にコーちゃんが退屈しないよう気を遣ってくれていたのだった。それとこの2人は元々仲が良い。お互いの実力を認めあう、小学部時代からの友人だったのだ。なのに恋愛に発展しなかったのは、お互い相手が好みでなかったからだ。

 薫は日本の女の子にしては背が高い。それが彼女のコンプレックスで、そこに触れられるのを極端に嫌う。それもあって恋愛にも消極的だった。それで薫と私が仲良くなった最大の理由は、彼女が私を最初から気に入っていたからだった。薫にとっての私は成りたかった理想の女の子らしい。1学期の更衣室でこんな事を話していた。

 

『見ろよ、これ』

『これ?』

『そう、ここ。ブラウスのタグだ』

 

 薫は自分の夏服の半袖ブラウスと、私のを持っていた。

 

『エルヴァのが『155』だろ? 私のは『180B』の特注品だぞ?』

 

 薫は背が高いだけでなく胸もあった。しかも目元のキリッとした美人で和服がとても似合う。自宅で着物という女の子は、何も蒔寺楓さんだけではない。薫もそうだったのだ。凛の対抗で美人コンテストに推薦してもおかしくないくらいの子なのだ。だけどそういうのを避けるのが薫だった。

 薫は私に憧れていると正直に話してくれた。更衣室で壁ドン(※)されて。しかも私はブラウスを奪われブラとパンティーだけだった。

 

※)間違った方の用法。壁に相手を押し付けるのでなく、本来はエロ声が悩ましい、隣に向かって壁をバットで『ドンッ』とするところから来ている。ちなみにエロ声の主は妹のサチ子で、相手の男は里中。女房が妹に取られたのか、妹が女房に奪われたのか。彼の苦悩はアーサー王並みだ。思わずしっかり食って元気出せよと言いたくなる。

 

『くそう。世の中、不公平だ。私もお前みたいに可愛く産まれたかったよ!』

 

 まぁ、そんな仲な訳だ。エルマが可愛がられ、自主マネージャーのトロンメルを認めてくれたのも、そんなところにある。

 

「学祭で霞んでいたけど、編入は学祭前から決まっていたらしいな。だけど学期途中の妙な時期の編入だ。どこも夏を越して代替わりの時期だからな。それで見学もままならず、部活が決まらなかったらしいんだ」

「ふ~ん。となると本日の弓道部が最後になるのか?」

「みたいな事を聞いているよ。同じ武道でも合気道や柔道は合わないとか何とか……」

「それは俺も聞いた。お、出て来た。あれ? 更衣室で一緒だったのか?」

「あ。あれエルヴァの予備の道衣か? 初日にそれを貸すのか……」

「どういう意味だ?」

「いや、1年というか初心者は体操服で良いんだよ。まぁ、そういう暗黙の了解ってのがあってな」

「ああ、なるほど。けど、エルヴァは自分の予備を貸した訳だ?」

「そう。まぁ、見りゃわかるけどな。エルヴァの時と同じだ。ただモンじゃないな」

「ああ。俺でも負けるかもな」

 

 コーちゃんと薫が話し込むのはわかっていた。だからアルトリアに予備の道衣を貸したのだ。これは私も認めているというアピールに他ならない。確かに弓道の実力は大した事は無いだろう。だけど引きだけは良さそうに感じた。文献には残っていないが、かなり初期のロングボウを引いた可能性があると私は睨んでいた。事実、アルトリア姉さんは軽々と『イリヤ(姉)』の弓を引いて束っていたし、私のセイバーも私のフェイルノートを引けていた。なので簡単なレクチャーだけで、例え甲矢(1射目)を外しても、乙矢(2射目)は中てて来ると睨んでいた。

 エルマが美綴部長に合図を送り、皆んなにアルトリアが紹介された。彼女は堂々と自己紹介した後、本日は練習に参加しながら入部先を決めたいと話していた。ただほんの少しだけ、彼女とは更衣室で違う事を話していた。

 

『エルヴァ……。いえ、ここでは先輩と呼ぶべきでしょうか?』

『その方が波風が立ちませんね』

『ですね』

『もしかして剣道部と迷い始めた?』

 

 彼女はエルマ達の説得もあって弓道部にほぼ決めていたらしい。だけど剣道部で竹刀を握り迷い始めたという。

 

『最後はあなたの判断です。剣道を選んでも構いませんよ? ですが今日は取り敢えず弓を引きましょう』

『はい』

 

 私のセイバーが『彼女には剣とは違うものを選んで欲しい』と話していた。そこで訊いていたのだ。

 

『剣以外なら、あなたなら何を選んでいました?』

『槍か弓です』

 

 日本でなら『なぎなた』と『弓道』、或いは『アーチェリー』になる。だけど穂群原の部活動からとなると、その条件に合致するのは弓道部だけだった。だから話してあげた。

 

『アルトリアさん。先輩からの助言です』

『はい?』

『剣道は街の道場で、高校生よりもっと強い人達と腕を競うべきです。それであなたにとって未知なる『弓道』を学園で学びませんか? その方が絶対に良いです』

『あ。外に習いに行くという……。そうか、その手があったのですね?』

『ええ。それに私のお付き合いしている男性が剣道部の主将ですし、彼の親戚には道場を開いている方も居ます。そちらの門を叩いても良いと思いますよ?』

『そうですね。そうします』

 

 そう言って決めてくれたから道衣を貸したのだ。ゴム弓を引かせようとした美綴部長を制し、私の弓と矢、カケと胸当てを貸した。付け方も私が側について教えた。コクコクと頷く度にポニーテールが揺れる。大きなリボンは更衣室で外させた。射法八節を教えながら弓を引かせれば、この程度の弓力だと軽々だった。

 弓は届いたばかりの『ミヤタCGⅤ』。弓力は17kg。漆塗弓風の色は『うるみ色(赤茶色)』で殺し節加工(カーボン弓に竹弓のような節を付け、更にそれが削ったかのようになっている)が施されている。遠的のインハイは『直心』だったが、近的は『鵠心』か、最近はこの『CGⅤ』だった。

 それを握ったアルトリアに、『鵠心』を持った私が立射からの体配を見せた。

 

「エルヴァ、エラく丁寧だな」

「弓道が多分初心者なんだろう。けれど剣道なら4~5段以上の雰囲気があるぞ」

「やっぱ、そこをエルヴァも感じとって?」

「ああ。射るぞ」

 

 そうしてアルトリアの放った矢は、唸りを上げて大気を切り裂き、的に吸い込まれていった。全然速度が落ちていない。ほぼ直線で的に中ったのだ。隣の。

 

「ちょっ!? 隣かよ?!」

 

 士郎クンには以前紹介したアルトリア(セイバーの事。姉さんと同じ女子大生と言ってある)の従姉妹と説明してあった。そして私と同じ元は狩猟の弓だとも。ただ和弓の的付けとパラドックスには少し悩むだろうとも話してあった。その前フリが功を奏し、部員からも期待の籠もった視線を贈られているアルトリア。この空気の中であれだけ真っ直ぐに引ければ大したものだ。足りないのは的付けだけ。

 体配がまだまだなので乙矢は足元から拾った。足踏みと胴造りはまぁまぁ。弓構えと物見はバラついている。だけど打ち起こしは私と似てしっかりと上に伸びていた。胸の前で弓は綺麗に開き、首は左に向いたまま動かない。左手も的にしっかりと伸び、馬手の肘もとても良い。会に入る前に的中を確信した。

 

「エルヴァ?」

「薫、この子を来年の遠的に。どうですか?」

「間桐やエルマと組ませてか?」

「はい、ゆくゆくは。美綴部長がどう考えるかですが」

「先輩、その案に賛成します。私は近的に絞りますよ」

 

 そうしてアルトリアの入部と、来年に向けての女子の方針が大雑把に決まった。そしてこの時にコーちゃんに伯父様の道場を紹介して欲しいと頼んだ。

 

「どうしてだ?」

「一つ、あの子の剣の実力は、学生レベルを越えています。そして本人は最初から弓道を選ぶつもりだったのです。ただ、だからと言って剣を置くのはあまりにも勿体ない。そこで週に1~2回で良いので、道場での鍛錬です」

「お前、あの子と前から知り合いだったのか?」

「正確には彼女を良く知る従姉妹の人(セイバー)が、姉(英霊のイリヤ)の友人だからですよ」

「ああ。そういう?」

「はい。それで私やエルマが居るからと、この部に入るために穂群原への留学を決めてくれたのです」

 

 これ以上の言い訳は思い付かなかった。コーちゃん達を騙す事になるので心苦しいのだが、アルトリアの正体や、そこから連想されるセイバーの存在や姉の存在を一気に誤魔化すにはこれしかなかった。そもそもコーちゃんは学祭で姉にも会っているし、巫女の姉さん達にも会っていた。おチビちゃんやクロエちゃんにはその前から会っている。

 魔術師も、生活を営むなら社会を構成する一員でしかない。だから神秘の秘匿には細心の注意が必要だった。なのにそこに元英霊のアルトリアだ。エルマやトロンメルならまだしも、正直彼女は私に荷が重かった。『エル』がそれなりにレクチャーしていて、なおかつ私のセイバーが、彼女を現代社会に溶け込めるよう導くと言ってくれたお陰でなんとかなっているのが実情だ。

 なのでセイバーは今、アルトリアと暮らしている。そこをトロンメルやエルマにアーチャーさんが、時々お手伝いに伺っていた。私も数回行ったが、これは裏のマッケンジーさんの様子をみるためでもあった。カナダから戻られたグレンさんは、息子のクリスさんと和解できた事で安心され一気に老けた。遣り残した事はもう無いといった感じなのだ。奥様のマーサさんもとても心配している。

 順番だとか自然の摂理だとか言いたくない。残された時間はあと僅かだ。なので私はエルメロイⅡ世先生に、日本に来て欲しいと手紙を送った。

 

 

 

「部屋の中が違うだけで、その他は家と同じなのかな?」

「絶対にそれはないと思いますよ」

「うん。見た目は違和感ないように館に似せてあるけれど、3階とか4階とかこんなじゃなかったよ」

 

 このE型(櫛型)の館は、塔を除くと基本5階建てだ。それで玄関ホールのように、バンケットなどが一部吹き抜けになっている。もうほとんど校舎かホテルだ。そして無駄に広い。実は私もエルも、元の細かいところまでは覚えていない。そもそも入った事のない場所や部屋の方が圧倒的に多いのが現実だった。

 そしてそれはパミちゃんも同じで、いつしか探検がお宝探しから館の再確認に変化しつつあった。何よりここは本当にパミちゃんの世界にあった館を模したものなのか? その疑問がまずあるし、そしてそれが私達の知る館と同じかどうかも疑わしいのだ。だから私達まで再確認する羽目になった。でもそれは無駄ではなかった。概ね見えて来たのだ。

 

「プライベートなものや道具はそれぞれの部屋にあって、魔術に関わるものは地下の工房に集中しているみたいですね」

 

 ちなみに先頭をエルが歩いていて、その後ろに腕を組んだ私とフンボルト。そしてフンボルトは反対の手でパミちゃんと手を繋いでいる。まるっきり仲のいい親子の図だ。

 

「こんなに廊下に絵があったっけ?」

「無いでしょう。これ見よがしに……ゴッホ?」

「ええ、本物でしょう。『ひまわり』もあるし『ケシの花』もありますね。その向こうはマチスの『ダンス』? こんな美術館クラスの絵を個人所蔵で!?」

 

 つまりある意味、館全体が宝物庫のようなものだった。普段楽器が置いてある第3リビングにも、記憶にある楽器の他にこれでもかという高級品や希少品が並んでいた。それでもしやと思い、録音スタジオのある隣に行き、その手前のブースを見れば、'58年のフライングVやエクスプローラーだけでなく、バーストのレス・ポールが何本も壁に掛かっていた。

 

「パミちゃんのお祖父様ってロックを?」

「うん。クラシックやフラメンコだけでなくロックも好きだったよ」

 

 レモンドロップにブラウンサンバースト。色濃いチェリーの残ったあれは、アメリカのコレクターが秘蔵していて、何度も本に紹介された有名なギターだ。そして所狭しと積み上げられたアンプ、アンプ、アンプ……。プレキシ時代の『Marshall』まで揃っている。

 当然私達の知るお祖父様と同じく、『D'Angelico』などと『クレモナの銘器』が一緒の壁に掛かっていた。つまりお祖父様以上の楽器好きだとわかる。その証拠というか、さっきの第3リビングにホ◯ダのF-1は無かった。やはりあれを持っているのは『エル』の方のお祖父様だけみたいだ。今の私達のお祖父様は第3リビングにクルマはおかれていないし、ガレージビルに保管されている所有F-1は『Ferrari』だけだった。理由は単純で、ホ◯ダのF-1をママに譲ったのだそうだ。どこに移動したのだろう?

 そしてフンボルトの木工職人魂が爆発した。『D'Angelico』のギターと、『Stradivarius』のチェロに釘付けだった。しかもどう見てもそのチェロは、その横のヴァイオリンやヴィオラとセットだ。

 

「これ、もしかして『スパニッシュ・クァルテット』!?」

 

 名工アントニオ・ストラディバリは画期的な楽器を残しただけでなく、数多くの楽器を息子たちとともに残した。当然弟子も多い。そんな弟子達も彼と同じくクレモナに集っていたので、その弟子の作品を含めて『クレモナの銘器』という。中でもストラディバリが残した楽器をして『ストラディバリウス』と呼称されるのは皆んなの知るところだろう。

 ただ活躍した時代が16世紀後半から17世紀の人なので、自ずと残された楽器が減っている。それで希少価値が高いのだ。エレキのヴィンテージなどまだまだ浅い。『Stradivarius』のヴァイオリンは1挺数億円で取り引きされるものなのだ。そして最初から室内楽の弦楽四重奏用のセットとして作られたものがある。その中でも有名なものが、この『スパニッシュ・クァルテット』だった。

『エル』の世界の冬木の森には、館とは別に数多くの別荘があった。それらは戦争に備えるためだけでなく、戦争期間中でも欧州と同じように暮らしたいというご先祖が残した遺産でもあった。食器も楽器も第一次聖杯戦争前夜のものが数多く凍結されて残っていたのだ。その中にカタログにも残っていない新品同然の『Stradivarius』が数挺あった。内1本を『エル』は凜に譲っていた。

 つまり凜の持つヴァイオリンは本物の『ストラディバリウス』で、現存するどんなものよりも綺麗で新しい。おそらくマーケットに出せば数十億か百数十億、あるいは偽物と判断され価値が付かないかという、トンデモな代物だった。

 そしてこの『スパニッシュ・クァルテット』も新品同然だった。つまりパミちゃんの世界では『スパニッシュ・クァルテット』と名付けられた歴史が無かった可能性が高い。こんな事が並行世界では起こり得る。魔法使いとそれに関わる機会のあった私達でないと気付けない事だった。

 

 フンボルトが動き始めてから、私達は他の部屋も廻った。次々と部屋を検めたが、やはりどこもかしこも旧来のものと、歴史に残る名品や名作が渾然と存在していた。

 

「お金はあの世に持っていけない。お祖父様はそう悟って、これらを揃えられていた?」

「かも知れませんし、人類の宝だから宝具の中で守りたかったからなのかも。いずれにせよ、神秘と関係ないこれらだけでも、パミちゃんの相続した遺産は凄まじいものです」

 

 本当に。これらが表に出れば、こちらの歴史が根本から狂う。それほどの文化的遺産であり財産だった。その後、私達は工房に降りた。パミちゃんの許可でフンボルトも同席を許された。アインツベルンの真の歴史、その集大成がここにある。

 これまでも何度か見てきた工房。扉を幾つも開けて最奥に行くと、そこには端の壁が見えない広大な空間があった。中には大きな試験管が何本も何本も並んでいる。その試験管かビーカーのような培養槽にリズライヒ型の素体が浮かんでいた。エルが言うには第6世代らしい。

 

「第6世代……?」

 

 大婆が第2世代で、マアエモ・ママやお母様が第4世代だ。つまり本来の第5世代は『イリヤスフィール』であり『エル』になる。そして『エル』も第5世代を造っていた。それがエルマやトロンメル達だ。そのプロトタイプとなった素体を流用したのが、肉体を切り刻まれ殺されたトントであり、コティだった。だと言うのにここにはズラリと何千本もの培養槽が並んでいて、その全部に素体が浮かんでいる。これら全部が第6世代だと言うのか?

 

「魔術的に適応性が高められたホムンクルスとのハイブリッド・クローン……」

 

 エルの呟きがすべてだった。その浮かぶ全員がエルと同じ顔だ。つまりエルヴァのクローンを改良したものであり、パミちゃんの従姉妹のようなものだ。だから『第6世代』とエルは言った。

 

「『現象』は止むに止まれぬ緊急措置で、本来はこれらを社会に投入しての緩やかな世界の変革が目的だった?」

「だと、思います。『エル様』も似たような事をなさっていますし、私の存在がある意味第6世代ですから」

 

 それだったのか。私とエルの違い。親しみを感じるのに、どこか遠いところもある彼女。私はコピーと言えど第5世代だ。そしてパミちゃんも『エル』もエルヴァやエルヴァちゃんも。だと言うのにエルは、この試験管に浮かぶ素体と同じ第6世代だったのだ。だからネバダの砂漠でも半英霊である私に着いてこれたのか。つまりそれって魔術の強化を除いて肉体だけの能力を言えば、『エル』を越えているって事だ。

 そんなハイブリッドを『エル』は完成していて、パミちゃんのエルヴァも完成していた。

 

「つまり私は巻数を減らしたクニフェで、あなたはストラトのリアか、テレキャスのフロントな訳です(※)」

 

 クゥ~~~~~~ッ!

 知らない人は知らないだろうが、ストラトのリアとテレキャスのフロントは『使えない音』の代名詞なのだった。まず、ストラトのリアはボリュームだけでトーンが効かない。おまけにピックアップが斜めに付いているので高音弦がやたらキンキンと喧しい。そしてフロントが意外と低音が多く、ブーミーになる。そこでピックアップの高さを調整したりするのだが、これにも限界はあって、とうとうハーフトーンという『使える音』が出る方法が編み出された訳だ。

 だけどエレキの黎明期に、高音域をキンキンさせない音を出すギタリストが居た。それが右用を左で構えたジミヘンだ。彼自身はリアを余り使わなかったけれど、その不揃いなポールピースが逆転して生み出すサウンドと、逆転したテンションからしか出て来ないメロディーとフレーズが、世のギタリストに与えたインパクトは大きい。そしてエルもストラトは左で構えていた。

 今の時代なら巻数を変えたり、ポールピースの高さを現代のライトゲージに合うよう変えたりするところだ。テレのフロントは逆に音が弱く遠い。かと言って巻数を安直に増やせるものでもない。だから私は敢えてハムバッキングの『Chopper』にしているのだ。

 この会話の意味を理解しているのは、同じテレ使いのフンボルトだけだ。パミちゃんにはわからない。『嫌味』とはこうやって第三者に気取られず使うものなのだ。理想を言えば第三者を味方にして世論を形成し、相手にしかわからない言葉でもって貶すのが最上位だ。ノセられて怒ってしまうと負けだ。『エル』はこういうのが抜群にウマい。そしてそれはエルもらしい。

 

※)クニフェとは銅(Cu)とニッケル(Ni)、鉄(Fe)からの合金でできた磁石を指す。70年代の『Fender』が一部の『Telecaster』に乗せていた『ワイドレンジ・ハムバッカー』がポールピースにこの磁石を使っていたので知る人ぞ知る存在となった。その理由は『Gibson』でハムバッカーを作ったセス・ラヴァーが『Fender』に招かれ、従来のハムバッカーと違う抜ける音を目指して開発したピックアップだったからだ。その音は残念ながら70年代には人気がなかった。だけど現在ではその籠もらない抜ける音が見直されつつある。そんなワイドレンジをフロントに搭載し、リアは従来のシングルなカスタムこそが最高のテレではないかと『エル』は常々語っていた。そしてストラトのリアは使えないとも話していた。

 

 注)なお、ハーレーと同じくエレキもアメリカ生まれのインチ規格がデフォだ。またギターを弾かないアンプ屋だったレオ・フェンダーがどういう意図で、各社のポッドやスイッチを自社製品に採用したのかは知っておくべきだ。その意味で『Fender Japan』と言えど『使える音』にするには、配線材やスイッチ類を全部入れ替えるところから始まる。その上で、ネックポケットの前側を少し削り、後部にシムを噛まし、ブリッジのイモネジを長めのものに替え、『Gibson』のようにネックを寝た仕込み角にする。ブリッジをフローティングにしているなら、そこを止めている6本のネジから見直し、裏のスプリングのテンションも見直す。当然ブロックは鉄製のものに変更し、ピックガードにぶら下がった3つのピックアップがグラグラしないように固定方法を見詰め直す。そこまでやってリアピックアップの底に薄い鉄の板を貼り付け磁界を歪める。こうするとリアがキンキンしなくなる。ベストはトーン(コンデンサ)を通す事だ。

 これの意味するところがわかるだろうか? 1にストラトの生まれた当時にロックはなかった点。2にレオ・フェンダーは楽器屋でなく電気技師だった点。3にアンプとのセットで音を出すとストレートに考えられていた点。以上の3点を忘れてはイケない。『Gibson』と違い、『Fender』はそういう『ギター風電気出音装置』なのだ。

 

 

 床からの灯りで浮かびあがる、培養槽をたゆたう第6世代の素体。義体をコーティングしている大佐より不気味だ。だって全部私でありエルなのだから。

 

「パミちゃん。これ、どうするの?」

「研究用に置いとくしか無いよね」

 

 まぁ、軽々しく棄てられないよね。こんなの燃えるゴミの日に出すと大パニックだ。

 

「意識は無いんだよね?」

「多分。まだ、注入されていないでしょうね」

「エルヴァ、ここに君の意識は移せるの?」

「うん……置換魔術を使えばできるかな?」

「なら、君は元の姿に戻れる可能性がある」

「あ」

 

 第6世代の姿を借りた私か……。肌の白い方が黒い下着が映えて……。あ、でも処女でしょう? フンボルトのが挿入るの?

 

「フンボルト? エルヴァってこんなに面白い子だったっけ?」

「彼女、意外と好きものでね。僕もそうだから良いんだけど」

「あらま、ご馳走様。パミちゃんはどう?」

「私のエルヴァもそうだったよ。恋人が居るってそういう事なんだよ」

「オトナな発言だね?」

「身体もオトナにしてくれる?」

 

 な!?

 

「ダ、ダメです!」

「キャハハハ。エルヴァが戻った」

 

 ハメられた……。

 

 

 

 見るもの知るものすべてが面白く情報量が無茶苦茶多い。なのでこれは切りがないと、取り敢えず本日の探索を打ち切った。とにかく一度クールダウンして、頭の中の情報を整理しないと。使えるもの使えないもの。遺産としての価値は高いが、役に立つのか、お金になるのか不明なものも多かった。

 

「これ……目録でも作って、分類していかなければならないかもね」

 

 フンボルトの言う通りだけど、もっと時間を短縮するいい方法はないのかな? そう思っても何も浮かばない。とにかく表に出てみると、時間は1時間も経っていなかった。

 なので買い物から戻ったらしき、シロウさんやモニカさん達と明日のテンプラ・パーティーのレシピを相談した。リンさんは部屋で休んだままだった。仲間外れじゃないのだけど、私の知る限りどの『遠坂凛』よりもリンさんは体調を崩しやすく感じていた。これは元々リンさんが生理の重いタイプなところに来て、刻印痛を制御する薬がとっくに切れていたからでもあった。

 アメリカでも代用品で作れない事はないそうだけど、一部手に入らない材料があるらしい(ロシアにはあった)。それを日本で揃えたのだが、一度作って切れた頃に次の生理が来たという訳だ。つまり今回は生理痛(始まってしまえば少し楽になる)の上に刻印痛があったのだ。自己暗示を掛けたり、依存症かと思うくらい性に貪欲なのもこういうところに遠因がありそうだ。

 

「魔法使いのあの子がさ。遠坂に文字通りレシピを色々教えてくれていたんだ。でも今回は間に合わなくて……」

 

 実は遠坂家の刻印解析はとっくの昔に終えていて、もっと効率の良い刻印や『イリヤのリポート』にあるような痛みを消す薬のレシピも知っている。だけどリンさんはそれを教えようとする私に断っていた。それもあって凜から伝えて貰ったのだ。断られた理由は信用度なのか、どうなのかはわからない。だけど今は姉妹のように話し合える仲なので、とても心配だった。

 

「切れる量しか作れなかったって事なのかい?」

「うん、匂いがキツくてな。こんな住宅地じゃ、大釜で作るわけにも行かなくてさ」

「そうか。心配だね」

「ありがとう、フンボルト。でも長い付き合いでそういうものなんだなって慣れたよ」

「そうか……。そうだ。エルヴァやエルはそういうのが無いの?」

「刻印から来た痛みですからね。刻印をそっくり作り変える以外は解消方法がありません」

「つまり君達のは対処済みって事?」

「はい」

 

 厳密には私とエルでは違っている。私のは『エルヴァ』のコピーなので、確かに対処済みの刻印だ。普段は見えないが魔術回路を起動すると背中に刺青のように浮かび上がる。だけどエルにはそれがない。体内の宝具にそれ以上のものが仕込まれているからだ。これはエルマやトロンメルも同じだ。

 こんな風に魔術は日々進化し、世代違いで大きく異なって来る。第6世代か……。驚きだ。

 

 夕飯の頃、リンさんは少しスッキリした顔で降りてきた。食後は私の特製ジャーマンカモミールのハーブティを振る舞った。鎮痛効果、特に生理痛に効くハーブだ。『マザーズハーブ』とも言われるカモミール(ジャーマンカモミール)は、欧州では馴染みの深い女性用ハーブで、その学名『マトリカリア・レクティータ』とは、『子宮』という意味と『大地のリンゴ』という意味がある。そして女性の強いロシアではジャーマンカモミールが国花だった。

 

「美味しいわ。ありがとう、気を遣ってくれて」

「いいえ。今夜はゆっくり休んで下さい」

「ええ」

 

 そうして各自お風呂も終えて自室に戻った。

 

「ねぇ、エルヴァ?」

「ん? 何です?」

 

 エルも自室だし、フンボルトも自室で居ない。私とパミちゃんだけだ。

 

「ちょっと来て?」

 

 そうして私はパミちゃんに腕を引かれて宝具の空間に入った。案内されたところは通常空間のパミちゃんの家だ。迎えてくれたのは子供の私。ちょっと不思議な顔をされた。まだ『恨み』か『妬み』が残っているのか? ともあれこの家に入るのは初めてだった。中は記憶にある『パミ』の『部屋』と似ている部分もあれば異なる部分もある。全体的な印象としては外観ほど『パミ』の『部屋』とは似ていない。

 だけど本当の変化は────、魔術師としての私が真っ先に気付かなければならなかった事は────。それは子供の私だった。エーテル体で私のコピーに過ぎない彼女が、お茶を運んで来た瞬間にガラリと雰囲気が変わった。

 

「この子を……パミをお願いします」

 

 え?

 

「あ、あなた……?」

 

 少女が言葉を繋げた。

 

「私はエルヴァ。エルヴァ・フォン・アインツベルン。この子の姉です。そしてあなたの元だった『彼女』の並行世界存在。ですがほとんどの構成要素(エレメンツ)は『現象』へと昇華されました。かろうじて残せた一部はこのエーテル体を借りねば消えるだけでした。もし許されるなら、ここでだけパミの姉として残させて下さいませんか? あなたの邪魔は致しません。残滓としてあなたとフンボルトを応援しつつ、パミを見守りたいのです。どうか、お許しを……」

 

 その残滓と言った彼女は、本当に『現象』となったエルヴァの極々一部でしかなかった。この家の中で、僅かな時間しか存在できないようだった。それでもってその雰囲気と『妹』をどこまでも心配するその在り方は……私であり『エルヴァ』だった。

 そうだ。並行世界存在だからと性格が同じとは限らない。パミちゃんの姉であるエルヴァは、47番として造り出された『私』ととても似ていた。『エル』の中にある可能性────。数多くある並行世界の『エルヴァ』の中には、『ミト』と似た者や『パミ』と似た者も居るのだろう。

 あのエルマやイリヤさんに士郎クンとドイツに行った『マコト』の世界。あの時に気付くべきだった。あの城で出逢ったエルヴァさんは『私』であって『私』でなかった。『エル』と違って……今にして思い返せば、59番の『トリンキン』に似ていなかったか……?

 私は彼女の手を取った。

 

「お任せ下さい。そして安心して下さい。あなたの願いを継いで、フンボルトとともにパミちゃんをきっと幸せにしてみせます。どうかここで心安らかに……」

「ありがとう、ありがとうございます」

 

 これはいつからだったのだろう? 知らない間にエーテル体の私に残滓となったエルヴァさんが乗り移っていた。それでパミちゃんは秘密にしていたのか。それでこんなに元気になれたのか。旅で散々放ったらかしてしまった……きっとその『寂しい心』に反応して憑依したのだろう。

 私はエルヴァさんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 僕は仲間とともに今、北京に居た。大勢の部下は散会して持ち場に付き、僕は天安門広場の端に立っていた。いや、唖然として見ている事しかできなかったのだ。その天安門の向こうにある故宮博物院が赤い炎を噴き出して燃えていた。紫禁城の太和殿に乾清宮、養心殿に皇極殿も燃えていた。

 そして何千何万もの騎馬が天安門を取り囲んでいた。その中にそれは見事な馬に跨った、長髭の武者が居た。左手で手綱を握る彼の右腕には青龍偃月刀があった。

 

『貴様ら、私を誰だと!?』

『黙れ、民を虐げる悪党め!』

 

 その眼鏡の国家主席と思しき人物は鼻から上を、斑髭の武者に斬り落とされた。周囲には装甲車や戦車の残骸。そして夥しい迄の人民解放軍の躯。少し後ろに軍扇を握った男が居て、その後ろにいる男を仰いでいた。きっと正史に残らない『天安門の大虐殺』だった。これがこの国全土で、同時に起きていたのだ。

 何万ではない、何千万、何億ものこの国出身の英霊が一斉に蜂起し、この1日だけで共産党を壊滅させた。僕がここに居る理由は、1週間も前にリークがあったからだ。部下には撮影班も居る。こんな映像を見せられても誰も信じないだろうが。

 文字通り皆殺しだった。現代の武器を持った兵が、古代の武器で漫画のように斬り殺されていく。そして観衆は僕達だけ。人民も誰も外を歩いていない。彼ら英霊は、僕達に一切手をあげなかった。むしろ軍扇を握り指揮を執っている男は僕達を傷付けまいと、その都度使者を寄越し、僕達を安全かつ撮影しやすい位置に誘導してくれていた。

 ここで蜀軍が動いているのと同じく、南京や上海では魏軍が動いてるのは把握済みだ。呉軍はそれ以外の地域を遊軍となって他の時代の英霊とともに動いているそうだ。そちらの映像もきちんと録画されている事だろう。

 いよいよ『現象』は本格的に動いた。まさか共産党幹部の大物に、まだ入院していない者が残っていたとは。いや見せしめのために残されたのだ。だけどこんな映像を幾ら撮ろうと、公にはできない。それでも西側の協会としては有り難い事だろう。どうあっても、時計塔や教会の思いのままにならなかった歪な共産主義者達。それらがこんなカタチで終焉を迎えているのだから。

 とは言え、現状これには教会も協会も手を出せない。その後はノイント老が先か、協会か教会が先なのか。誰一人民衆が騒がない中で粛々と大虐殺が繰り広げられているのだ。これをして異常と言うなら君は人類史に於ける『神秘』の怖さをわかっていない。人類はいつだってこういう『抑止』に糺されて来た。より良い未来を掴むために。何も今に始まった事じゃない。

 またこれは後で知ったのだが、同日に闇で蠢く議員達が失脚した。全世界同時にだ。ある上院議員はそのペドフィリア趣味をTVショウですっぱ抜かれ、地上波やケーブルで同時中継された。日本では、くだらない揚げ足取りで有名な女性議員が、質疑中に突如発狂し、股間にバイブを押し込みつつ、国会中継中に自慰に耽っていた。しかもその放送映像が放送局の手で遮断される前に、濡れそぼったバイブを委員長の口に突っ込んでいた。この党は2日と経たず解党した。北朝鮮の拉致を否定していた党だ。

 こんな事がどこの国でも起こりTVや新聞で報道された。と同時に何人もの記者が自殺したのもこの日だった。こんな大規模な『変革』なんて知らない。僕はまさに時代の変わり目に立ち会っていたのだ。

 

 

 

『娘から聞きましたが日本には『常在戦場』という言葉があるそうですな?』

 

 通訳の少女の言葉で意味を理解した。

 

「左様です、御座いますな」

『では何故、その言葉が今も言い伝えられているのか。あなたにとっては常識でも、昨今の若者はそうではない。エルヴァはそうではない相手を見付けられたと解釈しても宜しいですかな?』

「勿論です。足りなければ私が弘三を導きます」

『そうですか……。頼もしいお言葉です』

 

 この晩餐にはかなり豪華な食事が並んでいるのだが、何一つまともな味がしなかった。

 

『何度倒されたかではない。立ち上がるべき時に立ち上がれたかどうか。そして成すべき事をできたのかどうか。それが娘の言葉であり、私の教えです。『私どもは死をいつも身近に感じています』』

 

 葉隠と近い言葉。海を越えても『死ぬ事を見付けて』いる人が居た。儂はこの感動を忘れないだろう。弘三よ、お前は何という人と出逢い、何という一族と知り合えたのだろう。儂はこの方々と親族になれる事がどこまでも誇らしかった。




若干短めですが、タブーに挑戦したいと思います。
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