※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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145、天下三分の計

 今、僕の横には2人のエルヴァが眠っている。毛布こそ被っているが3人とも素っ裸だ。エルヴァにセクシーな下着を着て貰うのは好きだけれど、元来僕は衣類を着てセックスをするタイプでは無かった。何より僕より10歳も若く張りのある身体を愛でないでどうするって感じだ。

 ボンキュッボンと官能的な肉感のある身体つきじゃないけれど、スポーツで鍛えられた贅肉のない身体は僕の好みだった。ちょっと腹筋を鍛え過ぎだと思うけれど(女の子なのに割れている)、やや小ぶりだけど上向いた乳房も(身体が小さいから仕方ない)、無駄な重さを感じさせないお尻のカタチも(女性らしく骨盤の張りはあるけど、とても締まっている)、ほっそりした太腿も全部好みだ。

 その上に表情豊かな愛くるしい顔と、耳にいつまでも残る可愛い声、一族の特徴である銀髪にも似た薄いサラサラした金髪と蠱惑的な紅い瞳がある。どれもこれもが彼女を彩り形作るために必要な『美』のパーツだった。

 でもそんな魅力も彼女を表す一要素でしかない。彼女の最大の魅力はそのあり方と心根だと僕は思う。いつか彼女は僕を指して『昏い迷路で足元を照らしてくれる光』だと言ってくれた。違うよ。僕が輝いて見えるなら、それは君が照らしてくれているからだ。僕にとっての光は君だ、エルヴァ。

 だから焦るんだよ。君に見合う男になりたい、君に愛想をつかされない男でありたいと。だけどきっと僕が僕でありさえすれば君は何も言わないのだろう。それもわかっているのに時々不安になってしまうよ。

 並行世界のお嬢さんが成長し、魔術で分割した中の1人(の更にコピー)。きっとあの『エル』というお嬢さんは複雑な心を持っているんだろうね。だけどそれはエルヴァにも言えると思う。僕は一族の末端と言ってもよい下層の家の出で、エルヴァは仰ぎ見る本家筋の人だ。だからどこまでも本物の魔術師だ。なのでこんな……右にもエルヴァ、左にもエルヴァなんて不思議な体験をさせて貰っている。勿論これはまた別の並行世界から来た、これまた同じ本家筋のパミの能力があってこそなんだけど。

 それで────今のここは宝具の中の実体空間だ。けど、あの仮想空間でのエルヴァは分裂した時にそれぞれの個体にアイデンティティがあると話していた。それはやはりこの実体空間でのみ存在できる、もう1人のエルヴァにも言えて、同一人物のはずなのに、どちらがどちらなのか僕でも区別がついた。

 今、僕の右で寝息を立てているのが僕の最愛の人で、左で寝返りを打っているのが魔術で出力された方のエルヴァだ。そのエルヴァの目がパチリと開いた。

 

「眠れないの?」

「いや、君の事を考えていたんだ」

 

 そう言ってあげると彼女は僕の腕を抱いて、指を絡めて来た。僕は彼女を引き寄せおでこにキスした。自分の恋人が寝ている横で別の人とこんな事をしている。最初はその新鮮さに驚きつつも楽しんでいた。だけど今は少し違う。多分僕はエルヴァを裏切っている。エルヴァの前であそこを膨らませ、それを別のエルヴァに沈めているんだ。

 そうじゃない、どちらもエルヴァだという考えと、じゃどうして見分けがつくんだという疑問が頭の中をグルグルと回っている。なら、こんな事はヤメて最愛の人1人に集中すべきだ。なのにこの空間に来れば、ついついもう1人の彼女をリクエストしてしまう。

 一族の末端とは言っても僕も魔術師の末裔だ。子孫繁栄のためなのか、長い年月で性欲は一般の人よりも強い傾向にある。それで世の魔術師の女の子は皆んな夫や彼氏の浮気に泣かされているという。だから僕も人一倍強い方だと自覚していた。なので僕はエルヴァと付き合い始めて『浮気はしない』と決めていた。

 だってそうだろう? 僕の残りの人生を全部費やしてもエルヴァ以上の相手が見付かるなんて到底思えない。いや、そんな『何か』と比べるような思考すら穢らわしく感じる。それくらい最高の女の子に出逢ったんだ。なのに2度3度と回を重ねる度に、この罪悪感が僕を締め付ける。

 間違いない。僕は『彼女をも』愛してしまっている。ここでしか逢えない彼女を愛してしまったんだ。僕はやがてエルヴァと結婚し、家庭を築き、子を育てるだろう。その頃はパミも成長し、やがては独立してしまうのだろう。そうなるとこの子と逢えなくなる。エルヴァが居るのに、エルヴァを失う……その矛盾に満ちた喪失感が想像できてしまう。

 

「エルヴァ。ずっと側に居てくれるかい?」

「勿論ですよ」

 

 そうしてキスした時、眠っているはずの最愛の人から背中を小突かれたような気がした。

 

 

 

 朝方、寝入っているパミちゃんを抱えて部屋に戻った。フンボルトが自室に戻るのを見送ってからベッドに入った。後、1時間だけ眠る時間があったからだ。それで目を瞑ってフンボルトの事を考えていた。彼はやはり私とは違う意味で彼女を愛し始めていた。

 その彼女が日本に居る『エルヴァ』だったら殺したいほど憎んだだろう。だけど以前も話したが、何故か私は彼女にそういうヤキモチを抱かなかった。私も馬鹿ではないので、思考のコントロールを、それこそ『現象』となった『彼女』から受けていて、彼女の中身は『彼女』ではないかと疑っていた事もあった。だけどどう調べても考えても、そういう痕跡はなかった。しかも私自身が同性なのに姉妹とは違う意味で愛していた。

 ここはまだわかる。私もホムンクルスの血を引くので性差認識は弱い。基本ストレートなはずだけれど、バイに近いと思う。それでも自制できる範囲だ。なのに彼女に対してのみ、エルにも『エル』にも抱いた事のない不思議な感情を懐いていた。そしてそれは同一人物であるはずの『エルヴァ』に対しても感じない感情だった。だからナルシズムというものでは無いだろう。

 ともあれ私は彼女なら仕方ない、彼女ならフンボルトを任せられる、だから愛人に相応しいと認めてしまっていた。そう認めたからあれだけの痴態を演じられるのだ。勿論、フンボルトとは1対1の関係でありたい。ところがフンボルトも私も魔術師の血を引いている。なので人一倍性欲が強い。今までは自制できていたのに、心許せる相手ができたらこれだ。それでもって仮想空間でのあの乱れっぷり。そこを反省した上で、ではどうやってお互いに節度を持って欲を満たせるのか。どこまでが許せる許容範囲なのか。そんな事を何度も話し合った結果が、彼女の存在だった。だけど……。

 

「実生活でも彼女なら許せそう」

 

 それが答えだった。その日から私は宝具に頼らないエーテル出力を研究するようになった。

 

 

 朝になって二度寝から起きると、下に降りて朝食の準備を手伝った。やがて皆んながワラワラとダイニングに集まる。笑顔で挨拶を交わす中でエルがこんな事を言った。

 

「昨夜遅く、日本から荷物が届いていました」

 

 送り主は『エルヴァ』で私宛だという。エルマ、エルを通じての宝具に拠る転送だから、スイスに送る積もりだったらしい。それを包んでいた包装紙を開けて驚いた。竹弓の中でも最高峰のにべ弓だったのだ。銘を『肥後三郎』という。同梱された麻の弦を張り調子をみれば、アメリカン・モーニングが一気に静寂に包まれたお御堂のようになった。

 この2004年は二代目肥後三郎・松永重昌の時代で、『エルヴァ』自身は伝手でこれを『私のため』に注文していたらしい。学生弓道で日本一になった『エルヴァ』でさえ持っていない(手紙にそう書いてあった)、五段、いや、六段や七段の教士や範士の先生が持つに相応しい竹弓の中の竹弓。そんな天下の名弓を私のために……。

 

「エルヴァ、これって弓だよね? どんなふうにして使うの?」

 

 そんな風にパミちゃんからリクエストを受けたので、どうしたものかと思ったら、弦以外に矢筒やカケ、弓道着や胸当てなど必要なものが全部送られていた。なので部屋に戻って一度道衣に着替え、髪を纏め、弓を執って庭に出た。

 

「そうか。君は弓道部員だったな?」

「日本の『エルヴァ』は遠的で日本一ですよ」

「ああ……そうだった」

 

 パミちゃんだけでなくシロウさんもリンさんも興味津々だった。と言うかフンボルトの鼻息が荒い。

 

「ワォ……キモノ……」

「着物の中の武道用です。だから下が袴なんですね。その中の弓道着という着物ですよ。ほら、ここ。袴で隠れていますが、下に帯を巻いているんですよ」

 

 そうやって袴の隙間からちらりと帯を見せてあげた。

 

「オォ……」

 

 随分感動している。あ、そっか。彼は私の弓道着姿も空手着姿も見ていないんだ?

 それで的もないし、危険でもあるから、矢を番えての素引きのみを立射の体配で見せた。会の時、シロウさんがとても厳しい目で見ていた。だけどそれは文句があるのでなく、私の矢が『必ず中る』と幻視したからなのだそうだ。そしてそれはパミちゃんも同じで、弓道は無理でもアーチェリーを始めたいと話していた。スイスのエルヴァちゃんがフェンシングなので、それはそれで面白いのではないだろうか。そして都合の良い事に、ハンティントン・ビーチから少し北に行ったファウンテン・ヴァレーのマイル・スクエア・パークという公園に、そこそこのアーチェリー・レンジがあった。朝7時から日没までの営業なので、朝食を終えて一服してから皆んなで行こうとなった。

 

「エルヴァ、教えてね?」

「アーチェリーは年齢基準があったのかな……?」

「エルヴァ、12歳なら問題なくレンタルもあるさ。心配しなくとも大丈夫じゃないか? もし身長に合う弓がないなら、買ってあげようよ」

「フンボルト?」

「自分から何かしたいって、とても良い事だよ」

 

 フンボルトもパミちゃんをとても大切に考えていて、どちらかと言えばインドア派の彼女を心配していた。子供はもっと積極的に身体を動かすべきだと。誘えば億劫がらずにどこへでも付いて来てくれるので、まだマシだとは思う。それでもまだまだ友達と遊びに出るほどじゃない。ケリィのお陰でケティとは仲良くなれたようだから、そのうちマリーさんのところのリリィとも知り合うだろう。けど、何れにせよこれからだった。

 そうしてミアータさんとモニカさんを残して、私達はマイル・スクエア・パークに行った。

 

「駐車場が8時からだ。朝食を摂って来て正解だったな」

 

 シロウさんに促されて案内板を見て驚いた。なんでレンジのオープニングと1時間開きがあるのか。こういうところがアメリカだ。そして広いパークの中にはゴルフのドライバー専用レンジなどもあり、ジョギングする人も大勢いる。案内板の簡易図を見れば、その向こうにゴルフコースや野球場などもあって、バスケのコートやテニスコートもあるみたい。一辺1マイルの正方形の公園。池もあればガチョウも泳いでいる。そんな憩いの場が街のど真ん中にある。

 それに今走った距離の倍、もう少し北に行けばネズミーもある。スケボーパークも近いし、海も近い。確かに『エル』の言う通りで、子供にとっては楽しい街だ。そんなだから、もう11月だというのにパミちゃんもすっかり健康的に日に焼けていた。

 事務所で手続きを済ませれば、フンボルトの言う通りパミちゃん向けの弓があった。まぁ、無ければ人目を盗んで投影するまでだと腹を括っていたのでそこまで心配もしていなかった。そもそもクルマの中で、フンボルトとリンさんとエルの分の矢と弓を投影済みだった。

 

「士郎、こんな風にサクッと投影できないの?」

「ホント、向き不向きがあるもんだよな」

 

 きっとシロウさんは私が見る限り、どこの高校生の『衛宮士郎』よりかは投影が上達している。それでも美遊ちゃんの士郎クンよりは劣っていた。リンさんと身体を重ねる仲なので、魔力量は申し分ないとまでは言えないがかなりマシだ。それでもイメージが弱い。『剣』でなければ存在感がやたら薄くなってしまう。

 宝具級の『剣』を投影でき、それを矢に変形させる特級なまでに尖った魔術。平時にはお鍋一つでも、熱を帯びるくらい頭を回さないとならない魔術。お兄ちゃんのレクチャーでマシにはなったけれど、やっぱり一朝一夕には『使える魔術』には至らないものだ。家の違い、血の違い。元から持った才能の違いは大きい。だからリンさんも口を酸っぱくして言う。

 

『ここぞという時に気合を入れて、とかの根性論は、本物相手だと通用しないわ。時計塔でわかったでしょう?』

『まったくだ』

『そうよ。一夜漬けでどうにかなると思う段階で発想が子供なの。自分の中にある才能を磨きに磨いて、伸ばしに伸ばしても、その遥か上を行く人が居るの。そしてそんな人の中には士郎以上に努力してる人も居る。それでもってアンタの夢を真っ向から否定してくるのもそういう人なのよ』

 

 時計塔時代に何かあったのだろう。自分以上に才能があって自分以上に努力している者が『邪魔だ』『お前ごときが同じ道を歩もうと考えるな』と言ってくる。だけどそれが世間では普通だ。学園の試験だけではない。センター試験でも就職先でもそうだろう。

 

『実社会での落ちこぼれ確定だから、『正義の味方』に逃げている』

 

 これが『エル』の『衛宮士郎』に対する人物評だ。だから『弟』の『士郎』には厳しかった。毎日3~5km走っても、毎日15kmを走っても痩せず衰えない筋肉量を保持し、食事もしっかり摂れる身体を持つ者には負ける。瞬発力も反応速度も何でもそうだ。それぞれのエキスパートには絶対に負ける。そこを考えに考えてどうやって勝つのか。詰まるところ逆転の目は、『想像力』と『発想力』、そしてそれらを組み合わせ『勝つ場』を作れる『応用力』と『行動力』に尽きる。それこそが『戦術』であり、何回も何回もそれを重ねて『戦術眼』となる。

 だけどそれも上手く行って局所的な『勝ち』を拾えれば良い方だ。そこを棄てても最終的にはこれだけの『利益』を得る。そういう計算ができるのが『戦略眼』であり、会社経営も国家経営もそちらの方が優先される。その上で企業の収支と国家の財政は計算の仕方からして異なって来る。

 何十回と当選した議員でも、この国家の財政を勘違いするのだから、金勘定のできない人に、より多くの他人を救う発想など出て来ない。

 

『それが現実です。出来もしない人が目の前をチョロチョロすると迷惑ですし、邪魔でしかない』

 

 これを『エル』は『弟』に本当に言った。『弟』は『ちぃ姉さん』や『凜の妹弟子の凜』と同じ世界出身だから、引き取った時期は1年革命がとっくに終わった後だった。今の彼は『エル』をフォローできないかとシロウさんについて料理を学んでいる。それが正解だと私も思う。

 だから『直心』を小型化したような、無理矢理番えるレストを左に持って来たような弓を投影した時には笑った。なので私のフェイルノートを預けた。

 

「エルヴァ、君のこれ。レストが右にあるんだ?」

「元が和弓遣いですよ? 『アーチャー』を超えたいなら、そこからでしょう? 宝具としてのランクが低くとも、ピンポイントで弱点に何本も矢を突き刺せば? どうも、シロウさんは発想の仕方が悪いですね」

「そっか……そう考えるんだ。確かに越えたい相手の真似は無いよな?」

「そうそう。そして食べられる味になっているかどうかの味見も重要な訳です」

「だよな」

 

 だから近的でパミちゃんにしっかりと教えて、何度かみた後にシロウさんと遠的に入った。魔力を使わず弓返しで矢伸びを出す。弓返りでなく弓返しだ。

 

「弓道なら間違った方法だな?」

「そうです。思いっ切り中て射ですからね。ですけどあっちはそれで日本一になっています」

「そこだよな。でさ、気付いたか? あのパミちゃん?」

「ですね。天才かな?」

「だよな?」

 

 的を狙っていないのだ。矢の通る道、つまり空気と空間だけを見ていた。勿論、初心者なので外しもするし、射型の乱れもある。だけど何度射場に入っても、的でなく空気と空間しか見ていない。今はまだ、その的の先にあるものなんて考えていない。ただ魔術師としての経験で、それが正しい的付けだと思い込んでいるだけだろう。あの子もやっぱり『風遣い』だった。磨けば将来オリンピックも夢ではない。

 近的に戻るとフンボルトが付きっ切りで教えていた。フンボルトは道具を作る人なので、その知識は本当に幅広かった。子供に教えるくらいの基礎は大抵の事でできていた。『デカイ図体の割に器用だ』とはモードレッドの評だった。

 そこで風の魔術と空気の読み方、空間の把握の仕方を教えてあげた。一気に的中率が上がった。そしてそれは聞き耳を立てていたリンさんもだった。さすがは五大属性持ちだろう。実のところ、私は凛が弓道部に入れば面白いのにと考えていた。それは凛の師匠の凜の頃(『エル』だった頃)から考えていた事だ。『遠坂凛』は何をやっても天下を猟れる才能がある。問題はその芽を伸ばせる各方面の師匠が居ない事と、総括して全体を見れる人が居ない点、そして本人が自身を器用貧乏だと思い込んでいる点だった。

 父親である『遠坂時臣』はまさに奇跡を掴んだのだ。溢れんばかりの才能がある『凛』、『凛』に入り切らなかった才能を持って産まれた『桜』。凡俗な凡才は気付かない。2人に適切な師を付け手元で育てていれば、そこの『遠坂』は魔法に至っていた事に。

 なので師に出逢った凜はともかく、知り合ったばかりの凛を私は惜しんだ。風呂釜の裏手でぶん殴ってしまった後ろめたさもあったにせよ。そして今の凛は師や同門の友を得て、空手も学んでいる。彼女は絶対に伸びるだろう。そしてルヴィアとの縁も続くだろう。そうなるとエルヴァちゃんもうかうかしていられない。ここでも年齢差が響いてくる。

 だけどクロエちゃんは居るし、今またそこにパミちゃんが加わる。世界は本当に面白い。

 

 

 

「それであなたは今後どうするんだ?」

 

 僕達は北京のあるホテルの一室で話し合っていた。

 

「崩壊した実態をアメリカに掴ませない事です。そのためにスカル&ボーンズには上手く動いて貰わねばなりません」

 

 スカル&ボーンズはイェール大学にある学生秘密結社が端緒で、今の大統領とは密接な関係がある。確か親の元大統領も、その父(祖父)もこのスカル&ボーンズの出身だ。そしてスカル&ボーンズは、それまでのインド産やミャンマー産でなく、トルコ産のアヘンを当時の中国に流した事で財を成し今の足場を固めた。現CIAもスカル&ボーンズが創設に関わっている。

 孔明はそれを手玉に取ってアメリカの動きを抑制すると言ったのだ。つまり中共無き後の中国を、西欧諸国の草刈場にはさせないという意味だ。

 

「だけど新疆は」

「ええ……」

 

 彼はエドガーを見た。

 

「チベットともども解放が上策でしょう。さもなければ何も知らない民衆が世界の敵となってしまいます。チベットは現在孫権殿の命により、太史慈殿や当方の者達が入っている。インドや周辺諸国との折衝もありますので、そちらは新疆のウイグルと半島で我慢して頂けますか?」

「いや、新疆だけでいいと思うんだが?」

「いえ。それではロシアが黙っていますまい。不凍港となる北を明け渡しませんと。そしてそれがアメリカへの牽制にもなりましょう」

「では、南は?」

「こちらも不要です。なのでロシアに」

 

 ノイント老が手を出さない幾つかの国の一つだ。事実を事実として認識できず、ああなったら良いな、こうだったら良いなという空虚な妄想のみに生きている。有史以前から霊脈も何もなく、文明も文化も他国のお下がりか、打ち捨てたものだけを受け入れていた民族。歴代中華王朝の搾取があったにせよ、余りにも惨めで異質だ。ノイント老も正直、要らないだろうなぁ。

 

「それよりも衛宮殿。あなたのボスに伝えて下さい。もし軍事産業にも手を出しているなら、今後は原子力潜水艦だと」

 

 彼は共産党が滅んだ事を隠蔽して、徐々に民主化を図るという。そのためにも多少はアメリカの仮想敵国としての動きもすると言った。つまりアメリカ・中国・ロシアの巨大国家三国での鼎立こそが明日の世界だと言ったのだ。

 そしてそのパワーバランスは『儲けたい奴(あちら側)』の思惑にも合致する。即ち英国のシティ(金融を握っている者達)の望む方向でもある。

 

「つまりそうして、金を出させます。それ故の香港占拠であり澳門占拠です」

 

 呉と組み、魯粛と頭を捻ればこういう動きになるのか。

 

「いえいえ。恐ろしいのはあなた様の血族でしょう?」

「どういう……?」

「お忘れですか? 我らが動く前に並行世界のあなた様の娘御は、どちらも北米やオーストラリア、スイスなどに置いてあった、共産党幹部の資産を横取りしていたのですぞ? あれらを当てにできぬから、こうしてこちらも頭を悩ませているのです」

 

 ああ……『現象』となったエルヴァと『エル君』か……。強烈な暗示で本人が振り込むのか、それとも別の方法なのかそこはわからないが、恐ろしい手を使うなぁ。何故なら現代の戦争では……。

 

「石油もガスも奪われ、それでもソフトランディングをせよとは酷なものです」

 

 やはりそうして来るだろうね。資源の輸入を不可能にし、資産も奪う。そうやって締め上げるのは常套手段だ。つまり昔で言うなら糧食を奪い、輸送させない事にあたる。戦争とはそうやって食料やエネルギー資源を奪うところから始まっている。その次に金融だ。だから彼が香港や澳門を押さえられたのは僥倖だったろう。また彼女達は戦争を仕掛けたのでなく、最初から資産目的だったろうし。道理でマンハッタンのあんなマンションを買えるはずだ。本当に恐ろしいな。

 

「まぁ、あの時代の北伐より楽かも知れませんが……」

 

 濃紺のスーツに青いネクタイを締めた美丈夫の眉間にシワが寄る。苦労人だな、この人も。

 

「もう一度カブ(諸葛菜)を広めるか……」

 

 行き着くところは資源であり食料となる。つまり人が多過ぎるのだ。何より彼がスカル&ボーンズを利用しようと考えるその最大の理由が、アメリカに中共が作った偽札工場にある。それが領事館や大使館の中だと判明したのだ。どこまでもふざけた政権だ。魂から人間をヤメているとしか思えない。

 それだけに彼は考えていた。その智謀の限りで。新疆やチベットなど独自の文化や風習を持つ少数民族はほぼその両自治区に固まっている。なので治めるなら蜀が最適だと言えた。とは言え大昔の者がトップダウンで決められない事が多いのは簡単に想像が付く。それで先に北京を落とし、呉に金融を握らせた。各地方の解放軍には軍略に長けた魏が中心となって当たっている。要は孔明や龐統に考える時間を与えたかったのだ。それが彼らの主である、『現象となったエルヴァ』の意思だった。

 これは普通に考えればわかる事だ。例えば社長が社内設備や経営上の人員などをスリム化したいからと、外部からコンサルタントを引っ張って来てもまず失敗する。それはそうだ。失くしたくとも失くせない営業戦略上の無駄というものもあるからだ。そこに至るまでの、数字には出て来ない人と人との関わり方などだ。こういうのが国を跨ぐ規模の会社になるともっと出てくる。そしてそれは、風習や文化の違いだけでなく宗教の場合もある。

 中国は国土が広く、民族の異なる部族も多い。旧ソ連もロシアもそれで悩んでいるのだ。だけど世界の人々の願い。その潮流は独裁でなく自由な経済を営める民主化を望んでいる。となれば中国は共産党で遅れた分、ゆっくりと民衆を育てるしか無い訳だ。そのためには他国に飲み込まれない姿勢を対外的に見せつつ、内需を潤し、外貨を獲得するしか無い。

 彼の頭の中では天下三分の計でなくさっきも言ったが世界三分の計が編まれていた。そしてそれは『現象となったエルヴァ』や『エル君』とノイント老の考えでもあった。

 

 ここで考えてみた。『現象となったエルヴァ』の事はあまり知らない。『エル君』とは何度か話している。『エル君』の姉である並行世界の『イリヤ』とも話した(僕的には至高の時間だった。愛娘にプレッシャーを与える積もりはないが、本気で考えを改めた)。だからこそ娘である日本のエルヴァの考え、彼女に根ざす日本的な考えに僕は共感を強く覚えたんだ。

 その年の実質的な始まりは春祭り(ヴァルプルギスの夜)からで、秋祭り(収穫祭。日本なら神嘗祭や新嘗祭)で終わる。そして1年間ご苦労さまとケルトの風習であるハロウィーンやクリスマスなどのキリスト教とも関係ない行事が続く。その上で年が明ければ初詣に、節分やバレンタインだ。

 何だろう、この民族は……でなく、エルヴァは季節の行事すら八百万の神々のように取り入れて祝ってしまう寛容さこそが日本の魅力だと言うのだ。『鳥居』とは『取り入れる』から来ていて、だから二面的な『鳥居』とは別に三方向の『鳥居(三柱鳥居)』などもこの国には残ったのではないかと話していた。『三』とは『君(相手)』と『僕(私)』の他に第三者、即ち『その他大勢』が含まれる概念だ。彼女の中では常に『自分』と『その時眼の前にいる誰か』と『そこに含まれないその他の全て』となっている。そして世界は常にそうなっている。

 その時に『神』という絶対者と『自分』という個、そしてその他大勢と考えるのが西欧だ。だけどエルヴァは『たくさんの神』と『たくさんの自分』、そして『自分も含めたその他』という視点でものを視ている。そこにこそ長年僕が探していた『答え』に至るヒントがあるんじゃないか? 何故か僕にはそう思えたんだ。

 それはきっとアインツベルンがケルト系で自然崇拝を尊んでいたからだ。だから親和性が高かった。自分の中に海の水もあれば山の恵みもある。自分を形作るのは自然全てだという考えだ。と同時に自分がいるのは先祖のお陰とも考える。親の世代で2人、祖父母の世代で4人。その前は8人、16人と2のn乗に増えていき、やがてはその頃の人類の人口を越えてしまう。つまりどこかで近親婚が何度も繰り返されているんだ。そうなって来るとどの人も親戚で、どの人も兄弟姉妹だ。だから『自分も含めたその他』であり『たくさんの自分』となる。なので神も『たくさん』いなきゃならない。

 そして『神』は特別な存在ではない。全知全能でもない。アッラーもアッレー? と困る時はあるだろうと言うのだ。だから政治家にも国家にも必要以上の文句は言わない。だけどこれは凄いと思ったら素直に褒め称える。もし幸せになるコツというものがあるのなら、それはそんな境地に至る事なのだろう。何故なら人も自然の恵みだからだ。そして万物もまた自然の恵であり、そこには必ず『真理』や『根源』が宿っている。それすなわち『神』だ。

『エル君』もこんな発想をする。だから友人の凜ちゃんは『魔法使い』になれたのだろう。そこではアインツベルン、遠坂、間桐の仲がとても良好だという。

 

「となると中東だね?」

「ええ。特にイラクです。アメリカには思うところがありましょう、しかしここも当方の演じ方でしょうね」

「ですね」

 

 

 

 という訳で、私は陸抗の手引きで呂蒙・甘寧の両人と会っていた。そこで渡された魯粛からの手紙(英文でタイプライダーだ!?)にこうあった。

 

『いかな我らと言えど、中東には伝手がない。そこで現代人のあなたが便宜を図って貰えないだろうか』

 

 と。便宜と言うより骨を折れという感じだ。『彼女』は私すら使って来るのか。

 

「俺も行こうか?」

「あなたみたいな血気盛んな人を連れて行けば、行った先が血の海になります。あなたはチベットに集中すべきですよ」

「な? だからチベットに戻れ甘寧」

 

 呂蒙さんにも諭される甘寧。さっぱりした人だけど、人を殺し過ぎだと思う。どうにもこうにもランサーっぽい。

 

「それで付添は陸抗?」

「いいえ。彼です。当方の諸葛均殿が預かっておりました」

 

 その眉目秀麗な若者の名は馬謖と言った。そう来るのか……。

 

「バグダッドで斬る時は、笑いながら首を刎ねます」

「勘弁して下さいよ……」

 

 そうして私と馬謖の珍道中が始まった。

 

 

 

 美綴部長の掛け声で部活が終わると、私達1年生はササッと軽く掃除をしてから先輩達が溜まっている更衣室に入った。むっと女子高生特有の香りが鼻腔を侵略する。フェロモンの関係なのだろう、この匂いを喜ぶのは男性だけで、同性の私は鼻を顰めるだけだ。

 

「なのにエルマは、エルヴァ先輩の香りだけは褒めるよね?」

「当たり前でしょう? お……先輩の香りは特別です」

 

 危ない危ない。もう少しで『お姉様』と言ってしまうところだった。最近の私は桜の前でも『お姉様』を自粛していた。これも偏にトロンメルに負けたくない気持ちがあるからだ。あの日以来、私は自分を徐々に変えている。そんな私を桜が見守り、そこにアルトリアも加わって応援してくれていた。

 

「まぁ、女の子同士、それも姉妹などとは不毛の局地ですからね」

「王妃まで娶っておいてそれを言う!?」

「エルマ、声が大きい。先輩方に聞こえますよ。それに私は未婚ですってば」

「そうだった」

 

 アルトリアとはそういう仲だった。また彼女は同じE組のトロンメルは言うに及ばず、部活も同じとなった迫水さんや袴田さんとも仲が良かった。なので桜と私をバス停まで見送ったら3人で帰る事が多かった。つまり迫水さんも袴田さんもアルトリアも同じ自転車通学なのだ。ただ迫水さんと袴田さんが自転車通学を始めたのは最近だ。これもお姉様が麻上さんにした助言が広まった結果だった。

 麻上さん自身は私と同じバス通学だが、休日は自転車で10~20kmは走っていて、私も何度か秘密兵器でご一緒していた。まぁ、お姉様に頼まれていたのに、夏休み中はアルバイトで面倒をみれなかったお詫びの気持ちもある。だけど彼女は根が真面目なのだろう。夏を越えて体幹がしっかりしてきた。今は軽い走り込みもしているそうだから、その結果が新人戦での活躍なのだろう。道着を仕舞い、制服に着替え終えた私達は戸締まり担当の先輩方に挨拶して道場を出た。

 すると駐輪場でお姉様とギターバッグを背負ったトロンメルが居た。本日のトロンメルは軽音楽部があったようだ。お姉様の方は……剣道部に顔を出していたな?

 

「今お帰りですか?」

「ああ、エルマに皆さん。弓道部は今終わったところですか?」

「はい」

 

 私だけでなく、桜にアルトリアに迫水さんに袴田さん、それに清水さんに小島さんに麻上さんも居た。

 

「ご苦労さま」

 

 そう私達を労って下さるお姉様。1年生の中でもこのメンバーは特にお姉様と縁が深い。なので皆んな久々のお姉様のお姿に歓んでいた。これには理由がある。部活で逢えなければ、基本高校生には他の学年との接点がないのが大きい。それとお弁当派のお姉様はティーブレイク以外に食堂に来ないから、本当に同じ校舎に居るのかと疑いたくなるくらい逢わないのだ。中庭に出没する事はわかっていても、そこには彼氏が居るので遠慮してしまうしね。

 だけど先週顔を出して下さった時に見ていただろう皆んなの射へ、思った事をここできちんと話して下さった。だからその一言一言のアドヴァイスを聞き漏らすまいと皆んな神妙な顔だった。アドヴァイスが終わったところで、まだ吉川先輩が現れない事に気付いた。

 

「あれ? エルヴァ先輩。吉川先輩は?」

「彼は今日、家の道場ですよ。私はトロンメルと一緒に軽音楽部に顔を出していました」

 

 ああ、剣道部じゃなかったのか。

 

「何か軽音楽部であったんですか?」

「いいえ。若地先生とお話していました」

 

 何でも生徒総会でピアノを弾いて欲しいとの依頼があったようだ。ピアノを習っていて人前で弾ける生徒はチラホラいる。だけどその誰もが、話を断りお姉様を推薦したそうである。学園祭でのD組の演奏があったからだ。それはそうだろう。生徒を盛り上げる必要のある総会では応用力とアレンジ力がものをいう。それは正統的に弾ける人でも難しい。

 1学期の総会でお姉様は弾いていない。2学期の今になってその実力が知れ渡ったからだ。だから遅ればせながらも、若地先生が直接声を掛けたらしい。それでこの11月の末にある生徒総会でお姉様がピアノを弾く事になった。そしてそんなお姉様をアルトリアが眩しい視線で見ていたのが印象的だった。

 

 

 桜と別れたバス停から家に向かって歩くと、門の中に自転車を押し込んでいるトロンメルとお姉様の姿があった。となるとあの洋館街を進む尾灯はアルトリアか。バスの中でも桜と他愛ない話をしながら考えていた。それでそういう楽器を弾いて楽しむ人が、円卓では極端に少なかったのだと気付いた。確かにトリスタン卿以外思い浮かばなかった。僅か15歳の女の子が、草木を愛でる事も音楽を楽しむ暇もなかった事実。アルトリアが学園に通う事をセイバーさんが大賛成した理由が良くわかる。本気で学生生活を楽しんで欲しいのだ。そしてそれは『エルお姉様』の願いであり、その『エルお姉様』のセイバーさんの願いでもあり、エルヴァお姉様の願いでもある。

 だけど『エルお姉様』はこちらに住まわせず、彼女に家を買い与えた。そして今はお姉様のはからいで、お姉様のセイバーさんと共同生活をしている。きっとその距離感がアルトリアには必要な事なのだろう。私は隣のクラスでも体育や合同授業は別になる。なのでアルトリアとトロンメルは急接近し、今は親友と言ってよい仲だった。

 確かに迫水さん達とも仲が良い。けれど『元英霊』であるとか話せない事も多い。そんな事から生まれる些細なギャップ……それを身近でフォローできるのはトロンメルだけなのだ。だからと言って私ならまだしも、凛さんやルヴィアさんだと先輩後輩なので難しい部分もある。そうなると別宅は正解だった。また、お姉様曰くセイバーさんもアルトリアとの生活を楽しんでいるとか。

 それはそうだろう。ランサーもランスロットさんも悪い人ではないが、微妙な女ゴコロには疎い。実を言うと、セイバーさんがお姉様と触れ合うようになったからなのか、アルバイトのせいなのか、きっとその全部のせいだろうけど、どんどんと女の子になっているのだ。そしてたまに会うと、前よりもよく笑うようになっていた。だから釣られてアルトリアもよく笑う。だからその顔見たさにせっせとタッパに詰め込んだおかずを持参する男がいる。そんな彼もニヤニヤと笑いながら帰ってきた。

 

「お帰りなさい、アーチャーさん」

「ああ、ただいま。君も帰りか、エルマ。お帰り。さぁ、夕飯ができているぞ。中に入って食事にしよう」

「はい」

 

 そうして屋内に入った私だった。

 

 

 

 今年の8月25日に民間機の就航が再開されたばかりのバグダッド国際空港に降りったのは私と馬謖、そして呪腕のハサンと百貌のハサンの4人だった。早速空港で百貌のハサンにお金を渡し、何人かの氏名と連絡先を書いたメモも渡した。

 

「私も行きましょうか?」

 

 呪腕のハサンだ。

 

「いえ、こういうセッティングは彼の得意分野です。私達は来る会談や交渉に向けて英気を養うべきでしょう。ハサン、ここはある意味母国でしょう? 美味しいマスグーフを食べに行きましょうよ?」

 

 マスグーフとはイラクを代表する魚(鯉)料理で、そのスパイシーな味付けは別の意味で魚を美味しく食べる方法だと思い知らされること請け合いだ。なおこのお誘いは確認の意味もあった。この呪腕のハサンは伝承に拠ると魔神の腕を得た事で、何も食べられない体質になったという。ところが……。

 

「おお、マスグーフですか。そいつは良い」

 

 やっぱりね。仮面の下の顔が戻ったのと同じで、食べ物もイケるようだ。

 

「酒があると、なお良いですな」

 

 あ、この人ムスリムなのに飲むんだ? まぁ、百貌の中にもお酒を飲む人や豚肉が平気という人はいる。だから前々から彼らの教団は戒律が弛いと感じていた。そもそもガチガチだと潜入工作もままならないからね。さて、そのマスグーフだけど。今は養殖が主だけれど、その昔は天然の鯉しか無く、高級料理だったという。ハサンも好きだったのだと思う。それはもう嬉しそうな顔をしていた。呪腕は香港に入る前から認識阻害の術を掛けてある。

 

「鯉料理なら我らの国にもありましたのに」

「洗いか素揚げに甘酢をぶっ掛けたものでしょう? 悪い事は言いませんから、マスグーフも試してみて下さい。世界の広さを堪能できますよ」

「そんなに?」

「はい。中華料理は私も得意ですし好きです。ですがこれはこれで良いんですよ。折角の今世です。楽しんで下さいな」

 

 それで馬謖も興味を惹かれ、3人でレストランに入った。結構米軍が街中をウロウロしている。そんなバグダッドの昼下がりは11月なのに気温が30度を越えていた。箸が無いので困っている馬謖に、香港で買った箸を渡してあげた。目の前のマスグーフを一口食べて馬謖は目を瞠っていた。

 

「これは美味しい。刺激的ですがクセになる味ですね?」

「でしょう? 現代の中華料理もあなたの時代とは違って中々だったでしょう? それと同じで、一見何もなさそうなこの国でも料理は進化していますよ。ね、ハサン」

「ええ、その通りです」

 

 そんな風に舌鼓を打って和みつつも周囲に目を配るハサン。特に出稼ぎらしきクルドの人を警戒している。彼の時代は温厚な遊牧民でしか無かったが、その国境を持たない生活が度重なる中東戦争ではスパイとして適任だったので、今は各国から迫害を受けている。だから目付きが怪しく、不穏な動作をする者が時々目に入る。彼らにしてもいつ襲われるかと周囲に気を配り警戒しているだけなのだろう。だけどそんな不審な動きは益々周りの人から怪しまれるだけだ。

 だから余計に迫害を受ける。悪循環だった。そしてその迫害が一番顕著だったのがこのイラクだ。フセイン大統領のクルド迫害は周辺諸国でも有名だ。ところがそのフセイン大統領は自国の民を愛していて寛容だった。なのでイラクはイスラム諸国の中ではかなりの自由が謳歌でき、女性の人権もしっかり守られた国でもあったのだ。

 この手の遊牧民問題はどこにでもある。自分達のコミュニティを守るために人は国境を作り国を作った。そこに入らない生き方は時代に合わなかったのだ。欧州のロマ、北欧のラッピなどもそうだろうし、本来は一緒くたに語ってはいけないのだろうが、オーストラリアのアボリジニや北米のネイティブも、パラダイムシフトに着いていけなかった点ではそうだ。

 そして被侵略者は侵略者達が余程善良でない限り、戦いに勝つか存在を割り込ませるしか生きていけないものだ。後は良い機会を見逃さなかったかどうかだろうか。ほとんどの民族や部族はこの機会を逃さず自分達の土地を得て独立した。侵略者もかつてはそうだった場合が多い。歴史は積み重ねた者の味方で、機会を見逃しぼんやり生きていた者には牙を剥く。それもまた真実だった。

 

「こういうのはどうにかならないものでしょうか?」

「そちらの国の少数部族が、今も迫害を受けているのにか?」

「ハサン、馬謖は蜀という辺境の国の人なので。そういう少数部族にも寛容な文化を持つ人だったんですよ」

「ああ……なるほど。その理想や良しだが、歴史や背景を知らぬなら他国の事に口を出さん方が良いぞ?」

「その通りです。私も解決の緒が欲しかっただけ。すんなりと答えの出るものではないと考えています」

 

 頭の回転は早いし、心根も真面目で他者への共感度も高い。だけど漠然と訊いただけにせよ、こういうデリケートな問題をハサンに問いかけるとは。安直……。ああ、これをして生兵法だと……。実戦で10年は鍛えないと使えないなぁ。孔明という人は……違うか。それだけ蜀は人材が居なかったのだ。僻地だから……。

 夜、ホテルに百貌の方のハサンが戻って来た。馬謖は自分の部屋だ。

 ハサンは宝具を使って分裂し、私の渡したメモの人物とも会い、情報収集をこなしてきた。メモに列記した名は全部情報屋と調べて欲しかったスンニ派のカリフの名だった。イラクは国民にシーア派が多いが、国政を押さえているのはスンニ派なのだ。ちなみにハサンはシーア派だ(厳密に言うなら教団はテヘラン近郊だからイランになる。ただ呪腕はイラクの出身)。その山岳要塞があったのは主にシリアで、イラク北部に近い。だからその文化的背景はイラクやイランの一般人と近いし、遊牧民であるクルド人とも交流が多かったろうと思う。でないとヤギのミルクもお肉も手に入らないからね。こういうのを先に知っておくと、『他所者が口を出すな』という呪腕の彼の真意もわかろうというものだ。

 暗殺者とはこの世で一番差別をしない人なのだ。生きとし生けるもの、アッラーの前では皆んな同じなのだ。同じだから病の者を見舞い、食事を与え、快癒を願う。彼は教主である事を忘れてはならない。人心は恐怖だけでは掴めないし、宗教の教えだけでも難しい。まして暗殺なんていう人道から外れた行為を伴う場合は。

 なので百貌もそうだが、呪腕の彼も飲み込みが早く、話の通りが良いタイプで典型的な中間管理職だった。目の配りどころが違うし、他者や部下の苦労がわかっている。言っておくがプロの殺し屋は狂気に身を任せない。仕事の確実性は綿密な計画と細かな計算があってこそだ。そしてきちんと帰って来ること。それがあるから明日の仕事もできるのだ。そして回を重ねれば練度が上がる。その点で私は百貌を重用しているのだが、呪腕もさすがだと思った。

 確か、並行世界では臓硯が喚び出すパターンもあった。つまり間桐の触媒は呪腕で、遠坂の持つ触媒は百貌なわけだ。そして戻った百貌が私の前にゴトリと置いた木箱。

 

「うん? 我らの仮面ではないか。誰のだ?」

「『エル殿』が指定した情報屋が持っていてな。それは『煙酔』の仮面らしい」

「『煙酔』か。人望が篤く、徳の高い教主だったと聞いているが」

「その通り。腕も立つ高潔な人物だったと私も耳にしている」

「暗殺者に高潔も何もないがな」

「そう言うな、呪腕の。あなたも私にとっては憧れなのだぞ?」

「そうなのか?」

 

 百貌のハサンは教団最後の教主だ。それまでの先輩を尊敬しているのは前から知っていた。そしてこんな風にストレートな物言いをする事も。だから呪腕のハサンは照れていた。

 

「それはともかく、我ら以外にハサンを?」

「いえ、この仮面はお土産です。そもそも中東や東南アジアから入る石油やガスを止めさせているのはお祖父様ですよ? 実情を話せば再び輸送は始まります」

 

 そう。これを演出するためにお祖父様も私もセブン・シスターズを攻めて、株価を操作したのだ。また『彼女』をある程度は信頼できても、10億人もの難民や餓死者を出すわけにも行かない。そこで金融からも攻めていた。そしていよいよすべての手が整ったので『私』は私を残して帰ったのだ。そんな矢先に『現象となった彼女』が動いた。

 それがまさか『三国志』の英傑に拠る、国家乗っ取りと立て直しだったとは。こうなると私の打った手が裏目となる。それで孔明さんが悩んでいるのは間違いなかった。だから顔を合わせるのはバツが悪いと思って香港に逃げたのだ。勿論香港ドルの動きを見るのもあったけれど。

 で、案の定石油が止まってしまった。表立てない孔明さんたちにしてみてもウイグル割譲がギリギリだ。なのでロシアに弱味は見せられないし、現段階での崩壊は秘密にしたいので、アメリカにも泣きつけない。となるとアメリカに睨まれているイラクとの取り引きしかできないのだ。一応発電はダムに拠る水力発電が主なので、一時的なガソリン高騰があっても現在の備蓄である程度は賄える。ただこの状態が半年、1年と続けば厳しい。

 なのである程度道筋を付けろと、『どうせ止めたのもお前の関係だろう? どうにかしろ』と派遣されたわけだ。取りも直さずそれは、お祖父様と連絡を取って欲しいとの意味でもあったのだ。なら何故、バグダッドくんだりまでやって来たのか? それはアメリカやロシアが気付いていない事の確認だった。何のために高身長の金髪美人にしているのか? それはこういう囮となるスパイ活動を想定していたからだ。

 そしてスイスのエルとは違う、エルマやトロンメルにヴンダーの発展型であるこの新型ボディのデータ取りもあったのだ。それでアレはどうかと陸抗にモーションを掛けたけれど相手にされなかった。では今回の馬謖はと言えば、どうにもこうにも残念なイケメンだ。頭の回転は早いのに、ここぞというところで致命的なポカをしそうな……。親しい友人の父親を思い出すのはどうしてか?

 

「この方は……」

「我らに色目を使わないだけマシなのか……」

「まぁ、百貌の。そちらは別の分霊がこの方の部下なのだろう?」

「らしいですな。私ばかり7~8人は使っているとか……」

「つまり宝具を使えば700~800人と言うことか?」

「そうなりますね」

「う~む……現代に於いてはその方が有利だな」

「そうですね。私の時代でも簡単に殺さず、生かして使おうという依頼主が多かったですからね」

「政治や国家という観点から考えればそうなるわな。それをして最後の『殺す』という手段にも意味が出る」

「そうです。いつでもそれが行えるというのは大きな圧力になるでしょう」

「ん? 本気で今後も仕えたいと考えていたのか?」

「ええ。あなたもでしょう?」

「うむ。まだ結論は出んが、どうするか少し考えていた」

 

 何やらヒソヒソと話し合う2人のハサン。さて、このままアメリカから接触がないなら、お祖父様に電話を入れて明日は香港に戻ろうか。

 そう思った矢先に電話が鳴った。ロビーからだ。受話器を取れば知らない男の声。キタキタ。ハサンに目で合図を送り馬謖を喚びに行かせた。

 

「『エル様』、どうやらホテルが囲まれましたな。先程の電話の内容は?」

「人質を取ったので交渉に応じろと。連携が悪いですね」

 

 私の部屋に来た馬謖は血糊の着いた剣を消した。優男と舐めて返り討ちにあったのだろう。痩せても枯れても彼も英霊だぞ? さすがのモサドもそこまでの情報は掴めなかったか。

 

「襲撃者はどこの者ですか?」

「イスラエルの諜報特務庁でしょう。アメリカのCIAとつるんでいますね。政権は中国寄りでも、軍部と諜報機関はまた別という事です。命令です。全員行動不能にしなさい。馬謖はここで待機。殺した者は不可抗力ですが、これ以上の殺人は許しません」

「わかりました」

 

 そして私は宝具の中からH&K SR9Tを出して構えた。精密射撃用のライフルだ。それを開けた窓から突き出しざまに、向かいの建物の上に居た男の肩を撃ち抜いた。慌てて他の男達がしゃがんだ。だけど遅い。分裂したハサンに次々と囚えられていく。多分、CIAの者達だ。呪腕は呪腕で覆面を被った男を肩に担いでいた。あれがモサドのリーダーだろう。秘密裏に動く者は、味方にも秘密で動いている。なので街を警戒しているだろう軍部は動いていなかった。

 空間転移で向かいの建物の屋上に行き、全員を掌握した。次に地上に跳んでモサドの方も掌握した。その後にライフルをマシンガンに持ち替えて、外からホテルのロビーに陣取るモサドを襲撃してやった。当然掌握して治療を施し、『命令』を与えて帰らせた。情報網をゲットだ。これで本当にイラクに用が失くなった。

 

 

 

 ベッドに入ってもう眠ろうかという時にエルマがやって来た。お風呂上がりの湿った髪が色っぽいのに、着ているパジャマはピンクのネコ柄。これは去年の春からヴェルデで売られていて、確か凜が赤で『エル』が青を選んでいた。そうか、新色が出たのか。それなら私も欲しいな。今度見に行こう。

 

「で、どうしました?」

「エルお姉様からのお荷物です」

「また?」

 

 それで宝具経由で送られて来た物は、ズシッと重いひょうたん型のギターケースだった。思いっ切り『Gibson』のロゴが入っている。蓋を開けるとそこには見事な杢目と飴色に輝くバーストの『Les Paul』と手紙が入っていた。

 

「エルからでなくエルヴァからですね。弓のお返しだとか。そっか……2人とも今はアメリカに居るそうです」

 

 私は手紙の内容をかいつまんでエルマに話した。

 

「ですけど、とんでもないものを送って来ますね? 高いんじゃないですか?」

「ね? とは言え割合綺麗ですけど、中古らしいです。え~と、何々……。『93年から始まった『Historic Collection』の『'59 Reissue』です。96年製の『Tea Burst』ですよ。気に入って貰えたら幸いです』だって。日本円で5~60万ってところかな? ただ、杢目が部分的にキルトっぽいから、このまま寝かせたら価値がもっと上がりそうですね」

 

 本物の59年製でなく再生産モノだ。だけどここまで見事な出来栄えだと、ある意味これは掘り出し物なのだろう。しかしこれ、重いなぁ。5kgはありそうだ。女の子が立って弾くものじゃないぞ?

 

「お礼はメールで送ります。今夜は遅いから、エルマも戻りなさい。ありがとう」

「いいえ」

 

 珍しく姉が居ないのは、新都の弓道場へ練習に行き、その後どこかで飲んでいるからだ。夜遊びではないが、秋になってから時々こうしてふらりと飲みに出ている。以前父と行った居酒屋が気に入ったらしい。一見不健康そうに見えるが、どうせ幾ら飲んで食べても太らないのだ。なら楽しむ分にはそれもありなのだろう。

 だけどエルヴァは、アメリカで何をやっているのだろう?

 

 

 

 弓のお礼に用意したギターを送ってくれたら、エルはチューリッヒに戻った。一人ひとりと愛情の籠もった挨拶を交わせば、搭乗口に消えていった。私にはパミちゃんを頼むとの一言と、本格的にアーチェリーを学ばせなさいとの助言を残して。勿論、リンさんやシロウさんからもそう言われていたし、とっくに私はその積もりだった。それくらいパミちゃんは才能があった。また本人も手応えを感じたのだろう。自分からもやりたいと言って来たので、専門のショップに行って道具を揃えた。

 その日のお買い物にはケリィとリョーコも来ていた。弓道部員だからアーチェリーにも興味があったらしい。まぁ、アメリカで弓を引こうと思えば無難な選択だ。何よりそこから新しいものが見えて来る可能性がある。それにリョーコに欲しかったのはこの自分から言い出す姿勢だった。『NO』なら『NO』、『YES』なら『YES』。それがきちんと言えないと。日本人的奥ゆかしさは、アメリカ人に理解されない。シャイとも受け取って貰えない。単なるハッキリしない曖昧で煮え切らないグズでしかない。

 だけど最近のリョーコはケリィの献身的な協力で変わって来た。学校でもハキハキとものを言うようになったのだとか。

 

『エルヴァがお手本なんだよね?』

『私?』

『はい。何でもしっかり話して相手を納得させるところが。日本で憧れていた先輩よりカッコいいです』

 

 その憧れていた人って『エルヴァ』だよね……? 単に2人の立つ環境の違いで見え方が違うだけだと思うのだけど。

 

『でもエルヴァは、ケリィのために男の子を黙らせてくれました。そういうのは先輩には無理だった』

 

 暴力を肯定されてもなぁ……。前々から、しつこくケリィを『ニグロ』とからかっていた男の子が居て、その現場を街で偶然出逢った私が仲裁に入ったのだ。多分、ケリィに気があったのだろう。だけど完全に方法を間違っていた。そしてその場にはその子の悪友も揃っていて、私にまで『黙っていろ、クロンボ』と言った。

 回し蹴り一発で沈めてやった。そこから3人相手にして全員ノシて、『友人を選ばないと君までレイシストで終わったヤツになる。少なからずここにいる誰も君を一人前の男とは今後も認めない』と言ってやった。まぁ、彼の恋は終わったろうが少しでもマシになる事を祈っておいた。そんなありがちな出来事だったのだ。

 この事件からも文化の違いがわかると思う。日本なら暗示を掛けて追い払う方が楽だ。だけどアメリカなら実力行使に出た方が早いし楽なのだ。『女に一発でノサれたヤツ』。そのレッテルは一生その人物に付き纏う。そして自分を縛り軽口を叩けなくする。『暴力が良くない』のは誰でも知っている。だけど『暴力の方が問題解決が早い』場合もあるのは知っておくべきだ。何より『殴られるとわかる』タイプの方が世界には多いのだ。

『話し合えばわかる』なんて日本人同士でも無理がある。理想を掲げて現実を忘れる事ほど愚かな行為はない。つまり『エルヴァ』もやる時はやっていた筈だ。何より彼女にはエルマのアサシン達が居る。自分が手を汚す事は無いのだ。何より本人が動く前にエルマの指令が下る。だけど、ある意味向こうの方が陰険で怖いよ? とは言えなかった。

 ともあれそんあ事件の後、リョーコは度々遊びに来ていた。こちらも今月末から頭に掛けての1回が済めば年内の視察は終わりだった。だから毎日遊び呆けていられるだけ暇だったのもある。しかも私としても『エルヴァ』と重ねられるのが嫌で、ずっと英語で通していた。それがリョーコの英語力を知らず高めていた。

 そんなこんなでリョーコもケリィもアーチェリーをするようになった。ただ、それだけに集中していたのはパミちゃんだけだった。ケリィは元々スケボー少女だったし、私やフンボルトと一緒にパークに行く事もあったからだ。

 

 そんな風に私はカリフォルニアの空の下で楽しい日々を送っていた。なので中国で起こっていた事に気付かなかった。これは政府もそうだった。




リアルに中共が刻一刻と追い込まれていますね。そして阿っていた報道機関は赤字を重ね、媚中議員はアメリカから名指しです。
後は財政緊縮派が消えてくれれば。
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