「このイラクの隣のイランという国も大きいですね。ここは?」
「長い歴史の中で白人国家から何度も搾取されていました。ナチス然り、ソ連然りです。戦後はアメリカと一時友好的でしが前指導者のホメイニ師が、対米路線というかイスラム文化を守ろうと独自路線を歩んでいましたね。この回帰はわかる気がします」
「放っといてくれと?」
「そう、そんな感じです。ですけど……」
「貿易……輸入問題ですね?」
彼もイラクとイランが組めるとは考えていない。『遠交近攻』とは中国の兵法だ。詰まるところ、いつの世も近隣同士は相争う。だからこそ、遠い国と国交を結びお互いに後方支援を確約する。つまり今の三国中華は、ロシアやインドの手前もあるし来たるべきアメリカの事もあって『交わってくれる遠い国』が必要だ。何も石油だけでなく、そこもあって私達はイラクに来たとも言えるのだ。
だけども彼も悟ったろう。遠くから支援してくれる国を欲しているのはどちらかが。もうイラクはアメリカの支配下に置かれた身動きできない状態なのだ。だけど土産の内容次第で転ぶ可能性はないかと、こうして考えている訳だ。
「そうです。詰まるところ中東のイスラム諸国は石油を海外に売る以外に、まず道がない。あの気候ですから、農業はとりわけ厳しいのです。掘った石油を燃やして発電し、工場や畜舎を冷やせるようになってやっと第一歩です」
帰りの飛行機の中で馬謖は近代の情勢を様々質問してきた。孔明さんはこの姿勢を愛したのだろう。
「海水を真水に変え、砂漠を農地化する……誰もが思い付くのに、それが現代でも難しい訳ですね?」
「ええ。巨大なエアコン付き屋内農場を作れればどうかなってところですね。つまり地上のサイド3です」
「はい?」
「『現象』になった『彼女』は、日本に行ってもアニメを見なかったの?」
「いや、知りませんが?」
「私なんてあなた方の事をマンガと人形劇の再放送で知ったというのに」
「漫画に人形劇ですか?」
目を丸くしている。
「関羽さんに会った時の挨拶も考えてありますよ」
「何ですか?」
「まず、お土産が桃缶」
「桃缶!?」
桃園の誓いは創作だが、何かを飲み食いしながら3人で世の中を変えようと誓ったのは本当だろう。だから桃缶で良いのだ。あの強烈な甘さは昔の人には驚愕だろう。
「そして掛ける言葉が『げぇっ!? 関羽!』と、冷や汗付きで」
「な、何ですかそれ?」
「曹操さんが赤壁の戦いで負けて逃げていると、逃亡先の要所要所に劉備さんの配下が待ち伏せしていて。もう居ないだろう、もう居ないだろうという最後の最後で関羽さんが現れて」
当然、演義での創作だ。火計で船を焼いたのは周瑜さんの策謀で、孔明さんがやったのは戦争に渋る呉の重鎮達を口説いた事だ。あの何十万本もの矢の話も創作だと言われている。だけど客将として武器の手配や輸送、曹操軍からかっぱらうくらいはやったと思う。民衆(鍛冶屋)に化けて、武器庫代わりのテントに納品するフリをして、石を詰めた木箱と武器を納めた木箱を入れ替えるのだ。
これ、周辺国の歴史書や伝承本にも残っている。便衣兵に盗難。あまり提唱する学者は居ないけれど、信憑性は高いでしょう? こういうのが多々あって、後年自国の鍛冶屋も行軍させるようになったのだと思う。とにかく戦の先鞭はいつでも弓矢であり、そこでどれだけ敵の数を減らすかにある。
そして船による戦いの最大の魅力は、重い武器のみならず、矢をしのげる盾を最初から組んで行軍できる事にある。歴史に残る最初の戦車とは、馬に引かせる戦車だけれど、浮力で重量を軽減できる船はかなり魅力的だったろう。なお、武器の歴史から考えると、攻城戦用の戦車が弓矢向けの櫓に変化したのは当然だ。トロイの木馬も間違いなく櫓だろう。私は祇園祭の鉾みたいな装飾が馬を連想させたのではないかと睨んでいる。
「『まぁ、孔明という男も大した事はないな。余が孔明ならばここにこそ伏兵を置くぞ』という場所全部に次々と。5回くらいバカを曝したと記憶しています」
「魏王はそこまでヌルくはないですよ」
「ですよね」
こういう会話が歴史好きの伝承好きには堪らない。私もそこまで賢くないので、何年に何があったかなど一々覚えていない。だけど『何々があった裏はこうではなかったか?』『それがあったから、後にこう考えられるようになったのではないか?』とか、そういう当時の人々の考えや、認識の変化はいつも考えている。そういう考えの変化が今に繋がって現代があるのだ。そしてそれが商売に繋がる。歴史から学ぶってそういう事だ。だから年号バカは金儲けができない。
なるほど。馬謖という若者はそういう歴史から学び、別の何かを考えられる人だ。ただ男兄弟の末弟だったので、兄達の『本の通りにしておけば間違いない』というような要らぬアドヴァイスを聞き過ぎたのだろう。そこで私はとあるロードがホテルの最上階に陣取り、ホテルごと解体爆破された話をした。
「山の要砦でなく山ごと崩す……」
「そうです。水道にガスに電気といったライフラインをコツコツ崩すのでなく、まるごと壊す。これが現代の戦術です」
キレ者の馬謖は目を瞑りじっと考えていた。諸葛瑾さんと孔明さんは仲の良い兄弟だ。幼い頃に戦で焼け出され、親を失い、それでも2人で生きて来て、それぞれが違う国で出世した。そんな苦労人が『泣きながら断罪』した。惜しかったろうし悔しかったろう。ずっと死ぬまで後悔したと思う。それがこうして喚び出された。追放するのでなく、兄の諸葛瑾さんに送ったところに師の愛を感じる。だから私も知っている限りの役立ちそうな事を教えよう。
ガレージ裏にある会長の工房。工房と言っても魔術師のそれでなく、木材加工用の道具が揃った文字通りの工房だ。そこが今は僕達の練習場所であり、憩いの場であり、創作の場でもある訳だけど。それはリンの一言で始まった。
「パミはさ、エルヴァと一緒によく歌を歌うけれど、楽器は弾かないの?」
そうだ。どうしてそこを考えなかったんだろう? 並行世界と言ってもあの会長の娘だろう?
「何か習っていました?」
同じように思ったのか、エルヴァがパミに尋ねた。
「うん。クラリネットと……」
クラリネット。あの『エル』もエルヴァも、ピアノとともに幼い頃から習っていたそうだ。というかアインツベルンと言えば笛だそうで、『エル』の姉の1人は『龍笛』や『篳篥』といった日本古来の伝統音楽『雅楽』に使う笛が吹けるという。その人の懐にはいつも『篠笛』という横笛が忍ばされ、その音色に深い感銘を受けたのだという。それでサックス好きの『エル』も『オーボエ』を練習し始めたとかなんとかエルヴァは話してくれた。
そうなのだ。つまりエルヴァもサックスが吹ける。これはその世界の会長が無類のジャズ好きだった影響だという。だからエルヴァはサックスの中でも、アルトサックスとソプラノサックスが好きで、アルトのように曲がったソプラノが欲しいと妹達に話していたらしい。
日本の小学校では『リコーダー』という笛の授業があり、絶対に覚えなければならないそうだ。それで妹達やその友人に何度も教えていたと言う。今、エルヴァが笛をまったく吹かないのは、その事を思い出して寂しくなるからだ。だから僕はそれがとても勿体ないと思っていた。だからこれはいい機会では……?
「エルヴァ、クラリネットを……」
「ゴメン、フンボルト。私、クラリネットを嫌々習っていたのよ。それがあるから嫌いだわ」
パミにあえなく砕かれた。更に詳しく訊くと、どうやら彼女のエルヴァが得意だったらしく、そのクラリネットの音色を聴くのがとても好きだったという。
「そんなんでね、思い出して寂しくなるから。それでクラリネットも笛もイヤなの」
エルヴァと同じ理由。これは何も言えない。
「だけどウクレレは好きよ?」
この時のエルヴァの顔が忘れられない。彼女にとっての会長(お祖父様)はジャズとフラメンコの人で、ウクレレなどは弾かない人だったのだ。
「エルヴァ、でも……」
リンやシロウが居るので声に出せないが、あの宝物庫となっていた館にはウクレレもあったんだ。
「そう言えば……壁にカマカやマーチンの戦前のが……」
そうだよ。掛かっていたんだよ。つまりパミはパミの会長から習っていたんだ。
「持ってるの?」
「うん」
そうして『持って来るね』とパミは出て行った。リンやシロウは部屋に取りに行ったものだと軽く流したが、パミと同室のエルヴァがそれを知らなかった点に疑問を感じていない。どうだかなぁ……という感じだ。で、例の空間から持って来たのだろう、程なくパミの声がドアの外からした。『開けて~』と。隙かさずエルヴァが(メチャクチャ反応が早い!)ドアを開けてあげた。するとそこには左右両手に小さな楽器ケース、背中にはストラップで吊るしたウクレレを背負ったパミが居た。
見せて貰った僕とエルヴァは驚いた。背負ったウクレレこそ現代の物だが、ケースに入った方はカマカのパイナップル型のヴィンテージでかなり高そうな代物だったからだ。そしてもう一つのケースにはケンタッキーの、7~80年代頃のマンドリンが入っていた。
ちなみにカマカとはハワイのウクレレ・ブランドで、ギターのマーチンと並んでウクレレ文化の初期からある老舗ブランドだ。またケンタッキーはサンフランシスコにある、アメリカ型フラット・マンドリンの老舗だ。バンジョーとともにカントリーやブルーグラスでよく使われている楽器だった。
「パミちゃんのお祖父様はカントリーなんかも?」
「うん、好きだったよ。でもスイスだと誰も弾いていないから」
それでパミがこれらを弾く事は、メイドすら知らない趣味だったという。5~6歳頃から始めたらしいが、背負っていた方を軽く弾いてみてくれれば、これは相当演っていると感じさせる弾き方だった。実際コードも全部頭に入っているようだし、指の方を見ないで弾いていた。
そして(この子の姉の)エルヴァがどうしたこうしたと、少しコミカルな日常的歌詞の歌を弾きながら歌ってくれた。それがとても面白い曲で僕もエルヴァも感心していた。
「ケメ子の歌っぽくて面白いですよ」
「ケメコって何?」
「あ~……日本の大昔のヒット曲」
へ~っとリンとシロウも感心していた。君達は本当に日本人なのか?
「ヒット曲なんだろう? 知らないのか?」
「知らないわよ。いつ頃の曲なの、エルヴァ?」
「昭和の40年代?」
「何でそんなの知ってんのよ!?」
「シロウさんは?」
「知らないなぁ」
歌い終わったパミをハグして褒めちぎった後に、エルヴァはウクレレを借りてシロウにこう言った。
「あ~あ~やんなっちゃった~あ~ああ、ぁ驚いた、とか知りません?」
「知らないぞ?」
「ウソ。私、これや嘆きのボインを雷画のお爺ちゃんに教わったのに……」
あ~あの人からかと、シロウとリンは途端に納得していた。嘆きのボインって何だ?
どうやらそういう古い事に詳しい共通の知人が居るらしい。その後、エルヴァがウクレレでオリジナルの曲を歌いながら弾いた。今譜面に書き起こしている新曲だ。それを耳で覚えたのかパミもカマカの方を取り出して弾いてくれた。あの曲のウクレレ・バージョンも悪くないな。
しかしエルヴァのアレンジ力と応用力には呆れる。少し聞いただけで開放弦の調律を把握し、それ向けに自分の曲の運指をその場で作るんだから。2曲目からはジャパニーズ・アニメソングを弾いてパミを喜ばせていた。
「何だろう、この曲は?」
「うん、優しい感じね」
「海の見える街ですよ、知りません?」
「知らない」
「本当に日本人?」
パミも知っているようだ。凄いなジャパニメーション。その次はネズミーの曲をメドレーで弾き語りしてパミを驚かせていた。
「エルヴァって、こんなに上手だったの?」
「特別上手って事は無いですよ。良く知っている曲だからです。コード進行さえしっかり覚えればパミちゃんでも弾けますよ」
うん。僕も運指を見てそう思った。ともかくウクレレ族は何を選ぼうと弦が4本しか無い。なのでどう音を減らすかと、指使いのアレンジが肝要なのだろう。それでエルヴァはそういうのが実に上手い。なのでこの日から、エルヴァはパミにウクレレとマンドリンを教えるようになった。どこまで上手くなるのか楽しみだった。
本体は無事高校生活最後の学園祭を乗り切ったと思う。そして来たるべき11月での『11月組のイリヤ達』の誕生日に向けて何かサプライズを考えている事だろう。きっと日本のエルヴァもそこは同じだ。というよりこちらは既に11月に入っているからエルマ達とあれこれ考えているだろう。
香港に戻ってから2日が経った。報告は済ませたし、タンカーが動いたとの連絡も貰った。だけど問題は山積みでかなり厳しい。特に内陸が。そんな風に懸念を抱いていたら、とうとう臨時政府から呼び出しを食らった。北京に来いという。それで仕方なく渋々北京首都国際空港行きの飛行機に乗った。空港では人が待っていて、北京に入ると直ぐさま国務院に案内された。
建物に入る前にチェックされ、入ってからもチェックされた。アサシンの2人が憤っていたが(馬謖は香港に置いてきた)、それを宥めて案内されるままにとある部屋に入った。
「正体見たり枯れ尾花ってところか……。穂群原の学園祭で見掛けたのを覚えているよ」
お父さん……。しまった、この人が絡むのか……。
「軍艦だけに留まらず、魏軍や呉軍を煽動して漁船まで焼かせたのは漁業を壊滅に追い込むため?」
「それは『彼女』の案でしょう。政権交代が速やかに完了するまで鎖国しておきたかったのだと思いますよ?」
「なるほど」
「それともう1点は、尖閣などに出向いて目立って欲しくなかったのだと」
「国際問題になるからかい?」
「それは問題ではありません。時期の問題です。完全な交代を済ます事と、国家運営に関わる個別の問題の調査や精査を済ます事、これらが最優先でしょう。そして時期が来たら発表せざるを得ない前政権のでの闇。チベット然りウイグル然りです。それと臓器移植の問題ですね。それら悪魔の所業を、この国の国民はほぼ知らないのです」
「経済だけでなくそこも含んでのソフトランディングなのはわかっている。だけど幾つかピースが足りない。君は『エル君』なんだろう?」
違うと言いたいが、この人ならバレて当然か。なら開き直るまで。
「まぁ、そうです。それで何を知りたいと?」
そこでゾロゾロと大勢の人が入って来た。
「孫権が動けぬゆえ、余が直々に問う。娘、貴様、どうやって他人を意のままに操るのだ?」
掌握の事を聞いているらしい。
「それを私に訊くのは何故ですか? 何かお困りで?」
「実に嘆かわしいが、ここまで人心が腐っているとは信じ難い事だった。官吏は事あるごとに賄賂を求め、商人は金勘定を誤魔化す。何千年経とうと変わらんのか……!?」
この人物はおそらく曹操だろう。燃えるような覇気のある眼をしている。だけど私の知る大王ほどではない。貪欲に成り切れない。そういう一歩引ける性格を感じさせた。だから後が続いたとも言える。
「それこそ郭嘉さんに荀攸さん、程昱さんなどそちらには枚挙に暇がないほど人物がいらっしゃるでしょうに?」
「吐(ぬ)かせ。貴様は他の世界でこの国を平定したのであろう? 渋るな。その知恵を貸せと言うのだ」
「報奨は?」
そういうともう1人の面長な人物がため息を吐きつつ言った。
「勝手に前金を奪っただろう? 正直に言おう。我らは主の意向は理解していても、主の声は聞こえないのだ。そしてそなたは完全なる掌握の術を使えるという。となれば主も使えるのかと考えるのは必定」
「強制的に変えたいのですか?」
「なぁ、腹を割って話そう。その能力は我らのような者が得たくとも得られなかった力だ。ハッキリ言って魔物の力だろう。だが、貴公は民を思って動くという。ならそれを利用しない手はない」
「それが無理であるなら、何としても貴様と同じその力を使って貰うよう、主に声を届けよ」
こうして私は曹操と劉備の2人から睨まれ、高名な軍師達から頭を下げられた。観念する他無い。
「困っているのは内政ですか、外交ですか?」
「どちらもだが、最大の懸念は外交ですよ。幾つかの領事館で偽ドルを手配しているらしき証拠がありました」
このイケメンが孔明さんか。
「それが?」
「これを揉み消したい」
「逆でしょう? 至急、もっと北米でのお金の流れを探って下さい。どの上院議員や下院議員に流れているか。どの団体やメディアなどに流れているか。それを暴露してあちらを混乱に陥れます。その混乱に乗じて偽札の証拠を消せば良いです。そして国内ではそのお金を動かす時に、前政権の幹部が間を抜いて懐を温めていたのです。南部のダムや農地、宅地開発のための湖埋め立て。これらもすべてストップさせて環境に悪影響がないかどうか調べて下さい。それと防疫です。とかく南部は衛生環境が酷く、現在も鳥インフルエンザの影響が残っています。こういった新しいウイルスがこの先も発生する可能性が高い。とにかく環境を整えつつ内需を拡大して人々が飢えないように。並行して少数部族が何を作りどういう文化があるのかをざっくり調べ、輸出向けのものがないかどうかを。何もなければ農地や工場へ出稼ぎできるルートを作りましょう。次にロシア軍が入ったら形だけの戦闘をして撤退。即和平交渉に入り、新疆を放棄しつつ、半島を投げ出します。投げ出すタイミングは、香港と澳門を完全自由化させた後です。更に台湾を国家としてこちらから承認し、中国は変わったと諸外国にアピールする事です。そうすればドイツと同じく前政権に悪事をすべて負わせられます。最大の悩みは、民衆に背負わせられない……そこだったのでしょう?」
皆んなが目を丸くする。
「そもそも何故こういう酷い独裁、共産国家が生まれるのか。それは何故だと思われます?」
「正確にはわからないが、民衆が国家からそう扱われるのを待ち望んでいる様相はありますね」
孔明さんが苦しげに答えた。
「正解です。だけどその事をして愚かとも言えない。これは地政学になりますが、独裁国家も共産国家も環境が厳しい内陸国家で起こりやすいものなのです」
「ほぅ、それは?」
「海に面した海洋国家はとにかく外に出て漁や交易といった商売をしないとやっていけません。金融や保険などもそこから産まれた概念です。それは国家というか政府が全責任を負えないからです。それはそうでしょう。海の向こうに行く船のことなど知りようもなかったのですから。ですので海洋国家はとにかく自由を求めます。蓋を開けるとアメリカ人も太平洋の島のオジサンもそんなに変わりません」
「そんな事はないだろう?」
お父さんだ。
「いいえ、結構似ていますよ。アメリカは内陸型の生活に馴染めなかった人達が、新しい生活を求めて創った国です。先住民を殺し、生き物を殺し、自分達の土地にした。島から島を渡っていくカヌーや筏の人達と、本質は同じですよ」
そして一呼吸着いて話を続けた。
「一方、内陸の国家は土地ありきの水ありきです。災害から人々を守らないと、翌年の食べ物に困ります。なので税金制度や公共事業の概念が逸早く芽生えた。詰まるところ人々の意識がお互いに助け合う事が肝要だと、そうなっている訳です。ですが相互扶助の精神が行き過ぎると共産思想に変化し、独裁者も生まれやすくなります。その理由は開墾される土地と、そこから得られる農作物には限度があるからです。金と同じで限度があれば、多く持った者とほとんど得られなかった者との間に格差が生まれます。何もロシア革命だけではありません。フランス革命も宗教革命も全部その格差への不満から始まっています。この中華の土地もそうですよね? 易姓革命とは富の再分配に他ならない。漢が富を配れないから、国が乱れた。すると富は散逸せぬよう掻き集めてくれる道化が必ず現れます。それがあなた方の時代は董卓だった。次に乱れた人心を纏め上げる人が必要です。その次はもう一度富を再分配する大きな組織が」
「そ、それが『晋』であったと言うのか?」
「さぁ? ただ民衆からしてみれば、国のためというあなた方も、畑を荒らす蝗害でしかない。ですが『あれは呉が』『いや、魏だ』と他国のせいにしている間は天下は遠い。纏めた晋に大衆は富が得られると夢を見たのかも知れませんね?」
「ゥググ……人は富だけだと言うのか!?」
中国人は興奮すると声が大きい。
「孔明さん、煩い。あなたの尊敬する管仲さんが残していますよね? 『衣食足りて栄辱を知る』と。困った人に食べ物を分け与えられるのも、懐に余裕があり、お金を出せば明日も同じ食料が手に入ると思えるからこそです。即ち、食料の自給率が高く流通網が発達している国家、災害に即人員を手配できる国家、そういう災害に備え防災と備蓄に穴がない国家。つまり明日も続くと夢が懐ける国家にこそ、大衆は税金を収めるのです。イデオロギーよりリーダーの人格より、民衆にとって大切なのは、明日も食べていけるという保証です」
「むむむ……その通りだ」
あちゃぁ、調子に乗ってしまった。やり込める積もりは無かったのに。だけど私は蜀だけは無いと考えている。
「ならば。細かな部分で悩まず、まずは内政で足場を固めることです。『おや、最近の政府は変わったな?』と、民衆に思わせれば成功ですよ。それで海外……特に日本企業の工場を誘致して技術を委譲して貰う事ですね」
「技術を?」
「はい。特にロボット産業の。武器だと世界が敵になり、ITだとアメリカが敵になります。ですがロボットは日本が現在の最先端で、おまけに利幅も大きいです。ここにライバルとして立ち、世界に認めさせるのです」
「それは日本が黙っていないだろう?」
お父さんだ。
「賭けましょうか? 『遺憾の意』と書いた100枚綴りの回数券を渡して、今回は5枚使う事を認めてやると、超上から目線で言っても何もできませんよ。あの国は」
メッチャ嫌そうな顔をしている。だけどそれが今の日本です。
「今の家電やパソコンは何故伸びないのか? それはぶっ壊れやすいからです。『そりゃ3流の中華製品だものな?』。そう言われるのは、労働者に働くモチベーションを与えていないからです。ある見事な例があります。『あの峠の先に梅がある』……」
パシンと膝を打ったのは曹操さんだ。
「また、優れた経営者は予めそこに梅の木を植えています。そこが問われるのが現代ですよ?」
「うむ。帰ってからの報奨目録に『梅代』を忘れずに入れた」
ここだ。ここが魏4代の礎だ。蜀はかき回すだけかき回して人々を苦しめた。少なからず私の目からはそうにしか見えない。農地もままならない峻険な蜀の人々には大国からの輸入品が必要だ。だけど買えるお金もない。同じ国でないと難しい。その意味でも蜀は作ってはいけない国だった。劉備さんは曹操さんか孫権さんに任せて、海を渡るかもっと北に行けば良かったのにと思う。
「さすがですね。ならば人の扱いの難しさは重々承知されていると思います。だからこそのロボット産業ですよ。メンテナンスを怠らなければ不平不満を言わないメカ。その機械でできた奴隷の販売こそが、この国の核心的利益に繋がると思います」
「これだけ人がいるのに?」
「その人口のほとんどが、明日の食事にありつけぬのがこの国の実情です。そんなところにマーケットとしての魅力はありません。化けの皮が剥がれる前に方針転換をお勧めします」
龐統さんの目が光った。
「その『明日の食事にもありつけぬ』人々から搾取した金を横合いから奪ったのは誰だ?」
「はて? それこそあなた方の主の行った事では?」
「吐かせ! まったく……」
「それはともかく、ソ連の北部は海ですが年がら年中氷り、交易用の港など持てません。そんな具合に環境が厳しかったので団結しないと生きていけなかったのですね。だから共産思想がすんなり受け入れられたのです。ではナチスは? あれは第一次で負けて、世界恐慌でも財政がぐちゃぐちゃになったからです。それで国民がヒーローを求めた訳です。ところがそれに応えようとした人が、英雄でなく凡人だったので、結局大衆のプレッシャーに負けてしまった。つまり狂った結果だと思いますね。ともあれ『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』です。堂々と50年100年の先を見た計をあなた方らしく運べば良いだけですよ?」
孔明さんと龐統さんが顔を見合わせ苦笑した。
「そうか……。内陸国家と海洋国家……。考え方……あり方が根本的に違うのか……」
「孔明、彼女の方が詳しいのだが?」
「言うな、龐統。悲しいかな、これが時間の隔たりなのだろう。我らの時代は蓬莱ですら伝説だったのだ」
もう一度私は全員を見た。
「これより先の賄賂を欲しがる役人や警察官、地方官吏に地方で生き残っている共産党の残党は全員囚え、国際裁判で裁きましょう。その時までに、これまで臓器を売った北米やEUのお偉いさん達の名をリストアップしておいて下さい。それとお金を回していた海外のメディアもリストアップして、正しい事を報道しろと脅しておきましょう。それらを世界の人々が知れば、確実にこの世界は綺麗になりますよ。それこそがあなた方の主の望みであり、あなた方が喚ばれた理由であり、あなた方の本懐を遂げる事にも繋がるでしょう」
その後私は各軍師や文官と何時間にも渡って話した。疲れたので休むと言って案内されたホテルには、クローゼットに衣類がぎっしり入っていた。チャイナドレスまであったので、お風呂に入ってそれに着替えてから食事に出た。元がちんちくりんなので、今のナイスバディな金髪美人は何とも言えない優越感のようなものがある。
だけど選んだ紅いチャイナドレスは少し派手過ぎた。胸には大きな紅い牡丹。それは良いのだがその部分の身頃、つまり合わせ目から左半分が紅でなく黒なのだ。そこがカッコいいと言えばカッコいいし、ロング丈なのでそう奇抜でもないと思っていたのだ。なのに胸はパツパツだし、背中にはブラのラインがくっきり。サイドのスリットは確実に絶対領域より上まである。角度に拠っては下着が見えるぞ?
だから見せパンしてやれと、廊下で引き返し部屋に戻り真っ赤なブラパンに穿き替えた。表に出る時に時計を見れば夜の8時。北京到着が午前中だったので、9時間以上飲まず食わずで話していた事になる。ホテル前で待機していた2人のハサンがワオと声を上げた。
「お待たせ。どう? グッと来る?」
「からかわんで下さい」
少し顔が赤くなるのが百貌だ。だけどズボンの前を膨らませて鼻息が荒くなるのが呪腕だった。高身長の割に痩せ過ぎで、ネクタイを締めすぎるとワイシャツの襟が変になる。それくらい首も細くガリガリな呪腕だけど、警戒能力や気配察知能力は抜群に高かった。知らぬ間に、ランバ・ラルみたいなオジサンがこちらに近づいていたのだ。そして私の横にピタリと着いた。誰だと名を聞けば張遼さんだった。この人があの遼来遼来さん?
「お主、見た目も派手だが、服も派手だな?」
この人達の時代にチャイナドレスは無かったし、何よりこのドレスだと仕方ないと思う。だけど張遼さんは、感想を言っただけらしく、私の姿もハサンも気に止めず、ズンズン歩いてとあるお店を指した。
「ここはウマいぞ。ここにしろ」
指定場所がそこなんでしょうよ。『どうする?』とハサン達に聞けば、百貌は人格を入れ替えると言い、呪腕は問題ないと言った。それで張遼さんに頷いて4人で入った。『ウマいぞ』は本当だった。厲家菜かその流れを汲むお店なのだろう。ちょっとというか、かなり贅沢な晩ご飯を堪能できた。こんなに豚肉を食べる百貌は初めて見たし、呪腕はお皿を舐める勢いだった。更に張遼さんも私達と一緒にガツガツと食べていた。その食いっぷりが中々見事だった。
「強い漢(オトコ)は食事も健啖であるべきですよね?」
「大いに賛同しよう」
ニヤリと笑う顔が可愛いが、カッコいい髯が食べ物の脂でギトギトだった。食事時も無双だな。満足してお店を出たら、先方からのボディガードが交代した。
「おお、徐晃か。彼女を頼む」
「承知」
おお、このお兄さんが無敗の将、『国民全員が褒め称えよ』と法令で定まったとまでされる徐晃さんか。五虎将軍に守られて悪い気はしない。曹操さんはこういうのに卒がない。明日からも忙しい。掌握についてより詳しく訊かれる事だろう。疲れ切った私はハサン達と別れると、部屋で歯を磨き、糸が切れたようにぱったりと眠りを貪った。
彼女の中身はやはり『エル君』だった。アイリより背が高く、とんでもない白人美女。そして脇を固めるのが2人のアサシン。若い頃の僕が彼女の敵だったら、確実に死んでいる。そんな凄みがある。と同時に『エル君』らしい知性ある話っぷり。まさかあの伏龍鳳雛を1人でやり込めるとは。
軍師が負けたと思い頭に来たのだろう。剣を抜き掛かった護衛の趙雲をナイフ1本で黙らせたアサシンに劉備も驚いていたが、曹操が一番感心していた。そもそも雲隠れしていた旧政権の幹部を全員引っ捕らえたのはアサシンのお手柄だったのだ。なので劉備も曹操も気を悪くはしていない。むしろこの数日でアサシンからここまでの忠誠振りを引き出せた『エル君』に思うところがあるようだ。
曹操の顔は『エル君』が欲しいという顔だった。だけど『エル君』はキッパリこう言った。
『以前も私を配下に迎えたいという王が居ましたが、丁重にお断りしました』
『娘、何故だ?』
『その人は欧州とユーラシアのほぼ全てを手中に納めましたが、まだ少ない』
イスカンダル大王の事だろう。
『何?』
『私だけで全世界を自分のものにできるからです』
これがウソにもハッタリにも聞こえないから困ったものだ。さすがの曹操も高笑いで誤魔化していた。何より『エル君』の知るあの大王は、聖杯を取ればアメリカを落とし全世界に宣戦布告する積もりだったという。そして現在本当に共和党の次期大統領候補なのだとか。勘弁してくれ。どう歴史が動けばそうなるんだ?
だけど彼の野望は今、宇宙に向いているという。つい先日までNASAのパイロットで、宇宙空間に何度も行ったパイロットだったというのだ。歴史に名を残し英霊にまでなるとはそういう事なのだろう。では曹操は? 劉備は? 確かに名を残した英傑だ。だけど明らかに格が違うとしか言いようがない。決して口外はしないが。
そしてこの三国時代の英雄達を召喚して使役しているのが、『現象』となった『エル君』な訳だ。もう、当分中国から離れられないだろう。日本に帰る頃には、クロエやイリヤが中学生になっていそうだ。参ったなぁ。ま、思い悩んでも仕方ないので、僕はエドガーと軽く食事を摂ってからホテルに戻った。
姉さんがギターを貸してくれと言ってきた。あのアコギかと思えば、アーム付きのエレキだという。どうしたのかと聞けば、明日軽音楽部に顔を出すのでそこでわかると話してくれた。何かあるらしい。それで夕食後にお部屋にギターを持っていった。真っ黒で真ん中にだけ赤い暈しが入ったスーパーストラト。
姉さんはソロイストと呼んでいるが、テレキャスと交換したトントさんはディンキーと呼んでいた。色々調べると正解はトントさんだった。まず70年代にヘビィメタル向きな改造ストラトがポツポツと流行り、そういう改造パーツを専門に売るブランドが現れた。シャーベルやシェクターなどだ。そんなコンポ・ストラトで有名になったのがエディ・ヴァン・ヘイレンのフランケンだ。
と同時に、80年代に入ってハマーやクレイマー、ジャクソンなどが台頭し、ジャクソンがスルーネックのソロイスト・シリーズを出した。そして程なくボルトオンのディンキーを出した。そうなのだ。ソロイストはジャクソンのスルーネック高級ラインを指し、ディンキーはボルトオンの廉価シリーズを指すのが正しい。だから全体を指す場合はスーパーストラトとなっている。
私のこれはどこかのショップのオリジナルらしく、生意気にもバナナ型のリバースヘッドが着いていた。それでフロントがシングルサイズハムで、リアが普通のハムバッカー、そしてミディアム(ギブソン・スケール)で24フレットもある。手の小さな女の子にも弾きやすいそれを、トントさんがピックアップを全部ダンカンのものに替えていた。フロントは『Little '59(SL59-1n)』で、リアが『'59 model(SH-1b)』だ。リアにタップはないし、『JB model(SH-4)』を選ばなかったのは『煩い』からだという。
拘る人なのでマグネットも交換してあり、アルニコ5からアルニコ3にしてあるそうだ。アームは最初フロイドローズのライセンスものだったが、これまたトントさんが手を入れたフロイドローズ・オリジナルになっている。トーンポッドのコンデンサーなども違うらしいけれど何がどうなのかはわからない。
姉さんはギターをストラップで下げてアンプに差すと、思うままに思いっ切り弾き倒した。トリッキーなアームは使わず、スイープもしない。とにかく全部ピッキングして音を出している。なのに左の指板を走る指は残像が残りそうなほど早く、端から端までエオリアン、ロリアン、イオニアン、ドリアン、フリジアン、リディアン、ミクソリディアンとスケールを替えつつ、複雑な転調を繰り返しカッコいい即興の曲を弾いていった。
途中タッピングを入れていたが、そのタッピングも右の人差し指や中指だけでなく薬指や小指も使い、左手のタッピングと合わせ、私には絶対ムリなメロディを奏でていた。多分、原曲はピアノかキーボード用に書いていて、それをギター向けにアレンジしながら弾いているのだと思う。そして極めつけは魔術の併用だ。空間を飛ばしありえないところを指が押さえている。
だから右手もピックだけでなく、5本の指を全部使っている。なのに音は7音も8音も繋がって響く。左のハンマリングやプリングオフだけでない。見えないピックが弦を弾いているのだ。基礎からきちんと練習していた才能ある魔術師が弾くとこうなるのか。目から鱗どころか呆れてものが言えなかった。
お話を聞く限り、姉さんは『エル様』と同じでクラシックのピアノを学び、その後にクラリネット、フラメンコ・ギターとジャズのサックスを学んだ筈だ。だと言うのにこれは……きっと普段の生活から『耳に入って来る全部の音』を何かの楽器に置き換えているのだろう。でないとこんなフレーズは思い付かないと思う。
「これだけ弾けるのに、今までピアノ以外弾かなかったのは何故ですか?」
「バタバタしていて思い付きませんでした」
ありがとうと返してくれたその顔は、とてもスッキリしていた。そうそう、ストレスが溜まったらかき鳴らすに限ります。家での練習があるから、このところ吉川先輩の帰りが早くてお昼以外は話す機会がないらしい。
「姉さんも女の子ですね?」
「それはそうですよ。トロンメル?」
「はい?」
「私が倫敦に行ったら、エルマの事を頼みますね」
言われずともだ。エルマをシャッキリさせないと、クロエちゃんやおチビちゃんのフォローができないからね。
「しかしそのギターは弾きやすいですね。音も良いですし。なのにどうしてこんなに色が……」
「ダサいですよね? それで明日は何があるんですか?」
「ええ、軽音楽部の人が何でも夏休み中にギターを自作していたそうで。それが完成したから試し弾きしないかと」
そういう事か。多分、近藤先輩の事だ。吉川先輩繋がりなら3年生だから違うかも知れないけど。
「それでトロンメル。あなたもこの色が気に入らないのでしょう? 持って行ってリフィニッシュできないか相談に乗って貰いませんか?」
ああ、そういう事だったのか。私は二つ返事で承諾し、明日持って行くと言った。そうして自分の部屋に戻った。
その夜、私はパミちゃんと2人で通常空間の方へ入った。今回はフンボルトを連れて来ていない。パミちゃんを『彼女』に預け、自分の家(もはやそういう感覚だった)に入り、彼女を喚んだ。2人きりで話したかったのだ。
エーテルが編まれ実体化した彼女は、フンボルトが居ない事を訝しんだ。そして何かを悟ったのかこう言った。
「覚悟はできています。どうぞ、ひと思いに」
は?
「待って下さい。別にあなたを消そうとか殺そうなんて考えていませんよ?」
「へ?」
私だけが現れたのでそっちに捉えたのか。
「そうではありません。今日はあなたとお話がしたかったのです」
「そう……なんですか?」
「はい」
彼女は私の写し鏡でもあるので、毎回着ている服装は私と同じになっている。喚び出す時に下着なら下着姿だし、裸なら裸で現れる。表情も声も、何もかもが私と同じだ。ただ表で、実生活の中で、フンボルトと生きていける私を恨まないように、心理的なプロテクトは掛けてある。それ以外はまったく私と変わりない。
だと言うのにフンボルトには、彼女と私の見分けが付いているようだ。そこが不思議でならなかった。それがフンボルトの愛の力だと言えば聞こえは良いが、私はそれだけでは無いと感じていた。彼女と私とでは何かが違うのだ。それが知りたくてここにフンボルトを連れずに来た。
私は彼女を認めている。私に万一何かがあれば、フンボルトを託せる人だとさえ考えている。だから嫉妬心でなく、何がどう違うのかを純粋に知りたいからここに来たのだと真摯に訴えた。
「そこですか……」
「はい。何か思い当たる事はありませんか?」
彼女は暫く目を瞑った。何かを考えているようだ。そして目を開けてこう言った。
「彼も魔術師の血を引いています。ですので私がエーテルで編まれている事を、無意識に感じ取っている?」
「それは検証済みです。こことは違う空間で、分裂した私だと見分けが付かないようです」
「あそこでは、あなたもエーテル体なのですから。ところがこちらでのあなたは肉のある実体ですよ?」
そう、その違いだと私も最初は考えていた。だけど違うのだ。
「何故、あなたにあそこでの記憶があるのかを考えてみて下さい」
「え? それはあなたから流れて……」
「2回です。先にここであなたを呼び出し、ここの出口の手前に、あそこの入口を繋いで貰い、3人で入ったんですよ。それで中で私はアバターを4体にした。つまり5人の私達でフンボルトと愛し合った……」
「2回目は3人だった……」
「そうです。その2回ともフンボルトは『あなた』と『増えた私』という認識でした」
「彼の思考をずっと読んでいたんですか?」
「はい。勿論事前に許可を頂いていますよ」
そこで彼女は大きく目を開き、こう呟いた。『フンボルト……』と。わかるよ、その気持ち。そう。そこは責めたくても責められない。彼は私でない彼女をも『愛して』しまっている。『エル』が言った言葉を思い出す。私はボ◯シェで、彼女はフ◯ラーリなのだ。言い方を換えると私が『Les Paul』で彼女は『Telecaster』だ。同じギター(エルヴァ)ではあるが、何かが違う。
私は今までそれを男性から見た別の女性の例えだと思っていた。お祖父様のように相手を取っ替え引っ替えする男性の事を知っている、アインツベルンの女の諦観から出た言葉だと思っていたのだ。だけどそうではなく、何か別の意味もそこに含んでいなかったか? それはきっとこの事だったのかも知れない。
「なら……」
残るは私の掛けたプロテクトだ。これが私と彼女の微妙な違いを生んでいる。だから意を決してその事を話した。怒るかなと思ったが、何か納得した顔だった。
「それで私、あなたにヤキモチを焼かないんですね?」
「ま、まぁ……ですけど、それは私も同じで……」
「同じ?」
「はい。今のあなたになら、本当に彼を任せられる。だから生理の時のお相手も、毎回あなたにお願いしています。これは彼も承知の上です。そしてそれ以外の、私がノラない日も」
「あ。だから彼だけで現れる日が?」
「そうです。この家の中なら簡単な呪文であなたを喚び出せますから、彼だけでもできるんですよ」
「そんな実験まで……」
「はい。検証できる事は一通り全部試しました」
すると彼女は目に涙をためて私に抱きついた。やっぱり。私の魔術(プロテクト)と彼女を構成する本来の魔術が、良い塩梅でコンフリクトを起こし、彼女という稀有な人格を創り出したのだ。私じゃない私。私に似た別の私。『エル』が47番だった『私』に抱いた感情。それはこれだったのかも知れない。
そして『エル』が得たくとも得られなかったものを、私達は手に入れたのかも。私は彼女が好きだ。そして彼女も私を……。
「フンボルトが居ないけど」
「あなたとなら、こうなるのも自然です」
「ですね」
そうしてキスをしながら、お互いの衣類を脱がしあった。
「あれ、どっちが先だったの?」
お互いの胸を撫でながらそう訊ねられた。
「あれって?」
「セカンド・ヴァージン」
ああ、その意味か……。
「精神的にはフンボルトが2回目?」
「そうじゃなくて。ヴァージンを捧げた相手はフンボルトだけです」
まぁ、そうなんだけど。そこを突かれると痛い。何せ私のセカンド・ヴァージンはアバターに……。
「だからアバターでしょう? 空想空間なんだからノーカンですよ。その実体のセカンド・ヴァージンを頂いたのは私でしょう? そして私のはあなたが」
あ、そうなるのか。
「そうですよ。あなただから了承したんです。あなたもでしょう?」
そうだ。と、言いたいけれど。でも彼女はそういう気持ちだったんだ。それもこれもフンボルトが耳元でそういう事を言ったからだ。そうだ。私が彼女に挿入れている時だ。だから彼女はその事を強く意識していたのか……。
「っん……」
「溢れてきましたよ? 言葉だけで興奮した?」
「もう~。あなたこそ」
後はお互いに快楽を貪るだけだ。彼女のツボは全部知っている。彼女も私のツボを知っている。何よりエーテル体とは言ってもアバターじゃない。私なのに私でない存在だ。だからアバター相手の『自慰行為』とは違う、『相互行為』を味わえる。それもフンボルトとは別の意味で心許せる相手だ。だからお互いに『そこをもっと』とか『こっちもお願い』と、その時の気分を気軽に訴えられる。
こうしているとフンボルトという相手がどれだけ奇跡の相手なのかがわかる。別人であり他人であり異性だ。なのにここぞというツボは外さない。それは身体を重ねれば重ねるほど感じた事だ。学習能力が高いのもあるし、相性が良いのもある。だけどそれ以上のものを感じさせる、彼の存在そのものが愛おしい。
『チンボルト』を受け入れられるお互いのあそこだ。ある程度ほぐれれば、お互いの腕なら挿入りそうに思える。だけどそれは怖いので、いつも2本までだった。だけど今日はお互いに3本目まで挿入れた。それで中指をくの字に曲げてスポットを押してあげる。
姿勢の関係で彼女が先にイッた。イッて悦びの声をあげながらも、姿勢をズラし私もイカせてくれた。こういう些細な気遣いが嬉しい。私は満たされていた。と同時にどうして『弱く』なったのかも理解できた。二度の家族との別れもあるが、『エルヴァ』の存在が原因だった。『どうして彼女だけが日本に残れるのか』。その事を誰にも言えなかった。ずっと抑えていた。だからおかしくなったのだ。
そしてその蓋を開けたのはエルマだ。あの子のせいではない。ルーマニアでエルとともにあの子に魔力供給した。その行為が満たされていない自分を自覚させた、最初の出来事だったのだと思う。だけど今はフンボルトが居て、彼女が居る。だからこそエーテル出力を完成させたい。
荒い息の中でお互いの顔に掛かった髪を掻き上げあった。『ありがとう』『どういたしまして』とキスを交わす。口の周りはお互いの愛液で濡れ光り、指はふやけている。
「ムラムラしたらあなたに会いに来よう」
「どうぞ。いつでもお相手しますよ?」
だけどパミちゃんに……もう、バレているか。あの子もアインツベルンだ。『彼女』とそういう関係なのかも。それは無理でも何かの手は打ってあるだろう。そういうのは詮索しないが。
裸でキッチンに行き、コーヒーをいれた。
「そちら夜中でしょう? 生身なのに眠れなくなりますよ?」
「そこは魔術を使いますから」
そしてコーヒー味のキスをして、他愛ない会話を楽しみ、手を取り合って再びベッドに戻った。
お互いの指や舌はもう良いかな?
「生やす?」
「フンボルトが居ないと不倫みたいです」
あ。
「何です?」
「グィネヴィア妃が浮気した理由」
「マーリンの術が甘くてイマイチだった」
「大昔ですものね」
私達はクスクスと笑いあった。そしてジャンケンをした。どちらが先に着けるかをだ。お互いに着けても邪魔になるだけだし、体位に拠っては痛い思いをする。それは何度か経験した事だ。何より彼女となら『抱きたい』し『抱かれたい』。それでジャンケンの結果は私の勝ち。つまり負けだ。
私からこの部屋のオプションを起動し、エルに以前ロシアで渡された褐色のアレを生やした。地下の隠し部屋にあるスキャナーのような魔術装置に読み込ませれば、上でこんな風に使えてしまう。とことんだなと思うが、これの大本があるから彼女が存在できるのだ。要はコピー機の全自動か手動かの違いだ。だから登録カウンターを増やせば、今まで2体だったのがもっと増やせる事も発見していた。
だけどそれはしない。彼女だから許せるのだし、彼女も私だから許せる。私達はそういう信頼関係にあった。それで生やした私を立たせると彼女は跪いて、後ろから責めてきた。腰骨のすぐ下を撫でられると立ってられなくなる。フンボルトでさえ腰砕けになる奥義だ。そして彼女は何を思ったのか私のお尻を舐めてきた。この間に、ササッと髪をゴムで後ろに括った。
「き、穢いですよ……?」
「あなたのなら穢くありませんよ」
そう言って執拗に男性のそれを優しく撫でながら舌をチュポチュポと挿し入れられた。この男性器の下にはクリ◯リスが隠れていて(要は土手から生えている)、そこがもう痛いくらいに勃っていた。そのわずか数ミリのそれの何倍もの大きさで、着けたものも勃っているのだけど。
それでお尻と男性器の間にある女性器もずっと疼いていて、中から止め処もなく恥ずかしいジュースが溢れていた。そしてそれは彼女も同じらしく私のを口に含みながら、空いた手で自分を慰めていた。だからその手がそこに行かないように外させて、ベッドの上に彼女を押し倒した。
ラヴィアが左右にパックリと開き、ヒクヒクしている。私のと同じはずなのに、なんてイヤラシくグロテスクなんだろう。じっと見ていたら、恥ずかしいのか膝をもじもじと閉じようとする。それを無理に開いて内腿にキスして、舌を中心部に向かって這わせた。
「ぁ、ぁあ~っ」
もうあそこはギンギンだ。だけどここは我慢。焦らしに焦らして、内腿や膝を爪の裏側でなぞりながら、ラヴィアの裏を舐めつつ唇で挟む。空いた手でクリ◯リスの包皮を捲り、鼻でこすってあげた。
「kj×@*rty#%!!」
声になっていない声は言語の体をなしていない。これ以上は可哀想だと思い、膝を割って腰を割り込ませた。この時にいつも思う。相手は私だ。なのに位置がわからない。自分では前付きでも下付きでもないと思っているのに、思った以上に腰を上げて貰うか、指で導いて貰わないと挿入らないのだ。
我慢できなかった彼女が私の『エルチン』を摘んで、自分で腰を上げてくれた。だからほとんど何もしないでヌルンと挿入った。温かな襞に包まれるとそれだけで射精感が湧き上がる。締め付けが凄い。あれだけ、ポコチン界の帝王『チンボルト』を受け入れているのに、まったく緩んでいない。ラヴィアも左右対称で綺麗だったし。凄いぞ、私。
それで正常位のまま、ゆっくり抽挿すると、私の背に腕を回し腰を自分で動かしている。いやそれだけでは物足りないのか、足を絡めるのでなく、自分の踵や足の裏で私のお尻を押すのだ。それで思った。彼女、抱かれ上手だ。そして私とする時は決まって正常位を望んだ。だから髪を括ったのだ。私の髪が彼女の顔に掛かったり、鼻をくすぐったりしたら興醒めだからね。
あ、徐々に奥がキュキュッと締めてきた。子宮が降りてきているのだ。それで子宮口のコリコリした部分が亀頭の先をこすり、天井のザラザラした部分が固くなって、下側の襞に裏筋をグイッと押し当てる。求められるままにキスをし、腰の動きを早くする。フンボルトにされたらグエッとなるような全体重を乗せた体位。彼女も下から私を抱きしめ、腰を振りながら、足で私を締め付ける。もうダメだ……。
「射精るっ……!」
「イク、イク、イク~~ッ!!」
彼女のビクンビクンとした反応と、2度3度と続く私の射精がシンクロする。お互いに深い溜め息を吐く。
「はぁ~~、良かったぁ~~」
ほぼ同じタイミングで同じ感想を口にした。この後、休憩を挟んで選手交代なのだが、男イキした後の女の子のあそこって感度がやたら鈍いのだ。これがジャンケンで勝っても負けたといった理由。あっちは休憩もあったし、さていよいよとばかり、髪を括った彼女の先っぽからは先走りがダラダラだ。だけど私は既に精神的に萎えている。
水分補給もしたし、彼女のウマい愛撫で濡れはするけれど、気持ちが一歩も二歩も後退していた。最初から女の子のままなら、5回戦でも6回戦でも余裕だ。今日は男の子役に徹するとなったら、やっぱり4~5回は射精してもイケると思う。なのに2回目に女の子(受け身)に戻るとダメダメになる。これは彼女もまったく同じで、だからジャンケンをするのだ。
私の上になっていた彼女の動きが止まった。膣内に彼女の吐き出すビュビュッとした精液の感触を感じる。なのにイケなかった。それなりに気持ちは良いのに、女の子でしか味わえない、その先の真っ白な世界にイケない。わかっているのか、彼女は萎えたものを抜き出すと、私のあそこを指と舌で再度濡れるまで持って行ってくれた。そして大きくなった自分のをもう一度、今度は後ろから挿入れてくれた。
四つん這いになった私の後ろから腰を打ち付け、手で乳房とクリ◯リスを弄ってくれる。ウマいなぁ……あ、イキそう。パンパンと、いつか聞いたリンさんとシロウさんみたいな音がする。
「ぁ、来る、イク、イク~~!」
今度は真っ白なところにイケた。グデっとなった私にキスしてくれる彼女。
「気持ち良かったぁ~~」
「良かった、あなたもイケて」
その時、プスッピ~と膣が空気を押し出し、ゴボリと彼女の精液を吐き出した。
「あらあら。フンボルトのでないと受け付けないって?」
「知りませんよ。彼より量が多いんじゃありませんか?」
そうして私達は笑い合いながら、一緒にシャワーを浴びた。一眠りして、服を着てスッキリした気分で私は外に出たのだった。だけどそれは身体だけだ。心は彼女を置いてきた事に切ないほどの寂しさを覚えていた。
朝になって目が覚めたらベッドの上で、チャイナドレスのままだった。しまった、あのまま眠ってしまったのか。まぁ、それは良いとして。あの変態は何をしているのだ? どうやらフンボルトも認めているみたいだから、私が黙っているなら問題ないのか。人の事は言えないが、乱れているなぁ。ドレスを脱いでシャワーを浴びながら思った。
『エルヴァ、その空間内のもう一人の自分を『彼女』ではないかと疑ったところから先ですよ。だけど自分の存在を疑うのは難しいか……』
47番であった日本の『エルヴァ』。彼女が居るのに何故私がエルヴァを造った? それはあの時点よりもっともっと前から『彼女』が私の心理面に影響を与えていたから。そこに気付くまでかなり時間が掛かった。
『彼女』はエルヴァ達に悪影響は与えないだろう。ただただ『自分』を重ねているだけだ。フンボルトに愛される自分と見做したエルヴァ。自分と見做したエルヴァと、本来のエルヴァの睦み合い。その『彼女』にとって二度と戻らない幸せな時間を、あなた達も『自分から望んで』してしまっている。これも見事なまでの掌握だ。絶対に気付かないだろうけど。
その後、新しい服に着替えて、ハサン達と朝食に出た私だった。