街にはビルもあり、それなりの通りもある。だけど、ロシアの地方都市のどこよりも暗く寂しい雰囲気がある。また僕もそうなんだろうけど、道行く大勢のウイグル族とたまに居る中国人の差が大きい。この新疆自治区は古来西域のオアシス都市国家を形成する一部だった。
元々は遊牧民がほとんどで、定住しても荒れた土地に細々と野菜や綿花を植えて育てる少数の人が居るだけだった。一時はウイグル帝国なんて国家もあったらしいが、それも9世紀には崩壊している。つまりこの地域は昔からウイグル族だけでなく、カザフ族やキルギス族といった遊牧民ばかりで、昔のモンゴルとも親和性が高い人達が住んでいたのだ。ちなみに元以降の漢民族は三国時代の漢民族とは明らかに違う。これは彼ら英霊を見れば一目瞭然だった。
そこを清朝が征服し、漢民族とされる者達が入植し交配し、今のウイグル人となっている。清朝が滅んだ時に独立できるかロシアに飲まれるかすれば良かったのだが、そうはならなかったのが歴史の残酷さだ。何故なら中共はこのウイグル族が住まう東トルキスタンで核実験を繰り返したからだ。一説によると最初の1回は広島以上の被害で20万人が一度に死に、その後45回にも及ぶ実験という名の起爆で累計130万人以上が死んだとされている。
当然生き残った人々は抗議する。制圧されようが黙殺されようが抗議するだろうし、暴動も起こすだろう。最大のものはグルジャ事件だが、その前からも後からもテロを起こす民族だからとウイグル人は迫害を受けていたんだ。僕だって反乱を扇動するし国家主席の暗殺を目論む。だってそうだろう? その人達にも愛する人が、家族が居たんだ。アイリやクロエやイリヤや士郎が居たんだ。なのに中共は平和に暮らしている人々の頭上に、最低でも45回は原爆を落としているんだ。勝手に核実験区域と定め、住民には一切知らせず予告もなしにだ。
そしてこの事実を、西側はおろか、ロシアでさえほとんど知らない。能天気に聖杯を追い求めていたかつての僕。戦争以上の残虐行為が行われていた事も知らないで……養子に呪いを残し死んでいった並行世界の『僕』。上っ面の事しか知らない癖に、自分の『正義』を振りかざし……吐き気がするよ。『士郎(アーチャー)』は中東での戦いを選んだ。なら……生き残ってしまった僕は何をし、何を成すべきだ? そして成すべき事をして僕は必ず家族の下へ帰る。
「キリツグ。ロシアが今まで南下しなかったのは……」
「ああ、放射能汚染だ。特級の機密事項としてソ連が隠蔽していたからね。今のロシア政府もこれを知って驚いたろう」
ウラル核惨事にチェルノブイリ原子力発電所事故。お互い様だからソ連もカードにできなかったんだ。そして人類はやっと核がガレージの奥に眠る廃車できない危険なクルマだと気付いたんだ。何より最早それを使う事を国際社会が許さない。『疑わしきは罰する』と、アメリカが奥の手(湾岸戦争)を使ってきた。となると次なる手は経済に影響を及ぼす兵器だ。気象兵器、地殻(地震)兵器、生物兵器、細菌兵器……。もう、核保有している国はこちらにシフトしている。近い未来、海底で地震兵器を使う国が出るのは間違いない。そしてその最初の実験を行う国は……。
僕の考えはエドガーも知っている。おそらくノイント老に教えられ、ランサーとランスロットにヘラクレスも知っているだろう。問題は関羽と張飛だな。レクチャーしておくべきか。
おそらくロシアはカザフスタン経由で少数の特殊部隊で入ってくる。その後こちらとの打ち合わせ通り、ありもしない戦闘があったように見せ掛け偽の事実を作る。そして既に入っているだろう魏と蜀の行政官と引き会わせ、今後の手筈を整える。僕が早々北京に居たのは撮影もあったが、ノイント老からの指示書などを三国の英霊に渡す事にもあったのだ。
正直チンプンカンプンだったろうが、孔明はよく理解してくれた。そうなんだ。全世界を騙さないと中国の人民を生かし、チベットとこのウイグルの解放はないんだ。だからこそ統率が大事だった。なのに傍若無人にも暴れる英霊が居た。それが呂布だった。
ランサーの案内してくれた屋台村でウイグル料理を摘みながら話す僕達だ。本当ならこのウルムチでなく、200キロほど離れたトルファンに行った方が大きな屋台市があって品数も豊富らしい。どこにでも行く男だな。ともあれランサーの話でその呂布という男が何をしたかがわかった。そいつは強い事は強いが、それを鼻に掛け碌な考えもないのに野心と虚栄心だけで王(統治者)になろうとする愚か者だった。それで召喚された彼は真っ先に『現象となった彼女』を裏切らんと逃げたのだ。そこをヘラクレスが殴って気絶させたらしい。今は霊体化できない礼装で拘束されているという。
「それでランサー? 君はその呂布をどう見る?」
「呆れたな。何で喚ばれたんだって思ったぜ。イキってる割に、メッチャ弱いしよ」
彼の意見に真っ向反対したのは張飛であり関羽だった。
「そりゃないぜ?」
「うむ。弱いという事はなかろう?」
確か呂布は、この英傑2人の囲い込みを凌いだ事があったと思う。
「あ? そりゃな、『武』だけ強い奴も居るだろ。けどよ、そんなの上っ面だろ? 髯の旦那。あんたなら、王から託された土地を守りきってこそだろう? 戦は競技大会じゃ無ぇ」
ランサーもキツイ。関羽は陸遜の策に掛かり、それで劉備から託された荊州を失ったのだ。だけど関羽もランサーが貶めたくて話している訳ではないと察して顔色一つ変えなかった。
「そうですね。ランサー殿の仰る通りです。小さな武功より大きな戦果を王に捧げられたかどうかです。そのための戦術であり戦略ですよ」
「軍師のような事を言うんだな?」
「我々の方では皆んなこうでしたよ。でなければ他の騎士を指揮できません」
腐っても関羽と張飛だ。伝説に今も残る、凄まじい強さを誇った武将だったのは間違いない。また大勢の兵を率いてそれなりの戦術や戦略も練っていた経験があるだろう。少なからず僕の見る限り、人類である以上、筋肉量の上限は越えられないし、運動量にも限界がある。だからランサーやランスロットと、関羽や張飛はそこまで変わらないように思える。
だけどそれ以上に変わらないと思えるのは『芯』の部分だ。この4人は間違いなく『武人』だ。戦うだけの戦闘者ではない。筋が通り、人として会話できる。だけどその呂布という男はただの戦闘者だ。罠で簡単に殺せる。
「キリツグ、なんか言いたいのか?」
「ああ、その呂布という男が生きているなら僕でも殺せる」
「だろうな」
「ま、待て。生身という条件を飲んだとしても、キリツグとやら、お前が呂布に勝てるとは思えん」
「そうだ、兄貴の言う通りだ。大きく出過ぎだぞ?」
「罠だよ。そいつは馬鹿な獣と同じさ。罠に誘えば確実に殺せる。地雷原でも良い、狙撃手で囲んでも良い。爆弾を積んだクルマを突っ込ませても良い。方法なんて幾らでもある」
ランサーがニヤリと笑い、こう言った。
「現代はそんな奴らばっかりだぜ? 英霊を抑え込む魔術師も居る。2千年近い時代が流れた事は理解しとくべきだ」
良い纏め方だ。関羽は武人であるだけでなく教養人でもある。だけど戦略家ではない。ところが円卓の騎士もランサーも、教養人であると同時に戦略家であり文官も兼ねていた。僕も全部は読んじゃいないが、この地の歴史には無駄に人が多い。つまり専業化されやすいんだ。だから機転が利かない部分が多々あったと想像が付く。
『エル君』なら営業成績の良い部長止まりとでも言うのだろうか? 何故かそんな気がする。そしてランサーもランスロットも、『エル君』には及ばないだろうが会社を起業するくらいはやりそうだ。そしておそらくヘラクレスも。彼は王だった時期もある。経営能力も高いだろう。だからこの話のオチがどこに行くかわかっていたのだろう。終始無言で微笑んでいた。
ひとときの軽い宴を終えたのは、先に入っていた僕の部下が迎えに来たからだ。彼の案内で僕達はとある建物に入った。奥まった部屋で雁字搦めに縛られている男が呂布らしい。その側に監視役として3人の男が居た。
「馬超、馬岱……そっちは龐徳か」
「関羽……」
ヘラクレスが、番をしていた馬超と馬岱に龐徳を労い、関羽ともども別室で休めと追い出した。僕がキョトンとしているとヘラクレスが教えてくれた。
「北京からの命でな。魏王と蜀王のはからいだ」
馬超と馬岱は従兄弟同士で、龐徳は馬超の元部下だった。だけど戦乱の中で馬超と馬岱は蜀に入り、龐徳は魏に降った。後に恩を返さんとばかり龐徳は魏で勇猛果敢に戦ったという。しかし最後の最後で蜀に捕まり、諭す関羽の言葉を退け、魏の将として散っていった。その忠節を曹操は大層惜しんだという。
「ディルムッド辺りに聞かせたい話ですね?」
「残酷だろ! ランスロット!」
「あの男は私と2人掛かりで王を襲った愚か者ですぞ?」
バーサーカーだった頃の事を言っているらしい。狂っている間の事はノーカンだとばかり、自分の事を棚に上げて話すランスロット。さすがのランサーも呆れていた。
「いえ、狂化とはそれくらい酷いのです。ですよね?」
「……ああ」
「イダダダッ!」
怖かった。ヘラクレスが静かに、呂布の肩を指の力だけで砕いていたのだ。肩を掴んだとかじゃない。本当に軽く指で摘んだくらいなんだ。
「我慢強さもない。少々腕が立つからと調子に乗り、人を軽視し、裏切りも平気ときた。最低の男だな」
そして彼は上半身裸になった。言っておくが彼の召喚者は娘のエルヴァで、魔力のほとんどをエルが肩代わりしてくれている。なので彼はバーサーカーではない。モードレッドと同じくクラスに囚われていない。ヘラクレスそのままなのだ。そして今はノイント老の部下でもあるので僕の同僚だ。信じられないだろうが僕と同じ組織で、階級も僕と同じ隊長だ。一般会社で言う部長だろうか。
ただし彼には直属の部下は居ない。彼単独の部隊なんだ。それで今の彼は黒い迷彩服だった。同じものをランサーとランスロットに馬超達も着ている。僕達は着いたばかりなのでまだスーツだが、この後に着替える。冬木のような限られた空間内ではないから、移動の際や普段の服もそれなりにして貰っている訳だ。
ヘラクレスは呂布を睨みつけながら、戒めを解き武器を与えた。
「いつでも斬り掛かれ」
そう言って彼は背中を向けた。その背中の盛り上がった筋肉は、鬼のように怒っていた。次の瞬間、呂布は天井に突き刺さっていた。襲ったところを蹴り飛ばされたのだ。
「む、掴んだ。これだ。もう1人の私が使ったという『無想転生』とは」
何か開眼していた。
「あ、兄貴……」
「こ、この男だけは格が違う……」
「だろ? お前ぇらもわかったろ? オッサンだけは違うんだよ……」
ランスロットも黙って頷くだけだった。
「オッサン。あの天井に刺さったアイツに試練は無いのか?」
「試練? ランサー、何の話だ?」
それで斯々然々とランサーは、自分達がアルさんから受けた試練話を話してくれた。聞いていてエズきそうだった。だけどセイバーやモードレッドの食いっぷりに呆れた。あんな小さな身体で。『僕』とセイバーが合わなかったのは、それじゃないのか?
「それでモードレッドは食事に誘っても着いて来んのか。やっと理由がわかった」
ヘラクレスは笑っていた。ここにはほとんどの武将が来ていない。ロシアとの絡みはノイント老の配下である僕達の仕事だからだ。それだけにどこにも属さない呂布の現界が信じられなかった。馬岱や馬超だけでは危なかった。後で合流してくれた龐徳が居ても厳しかったかも知れないとはランスロットの報告だ。
「だけど、ヘラクレス?」
「ああ、ノイント老には叱られよう。しかし仕方あるまいよ」
僕達は三国の英霊達との戦闘を固く禁じられていた。例外は西欧の英霊だが、今のところ今回召喚されたのはアサシンの2騎だけだ。それにあの2人は『エル君』のために用意されていたとしか思えないから、今後も西欧の英霊は来ないだろう。ただ何らかの意図があるのか、ここはいわく付きのヤツが多かった。その最たる男が呂布なのだが、もう一人問題の男が居た。しかもその男は部下の話によると孔明の存在を知り、馬岱を見るやいなや脱走したらしい。捜索隊が出ていると報告は受けているが一向に行方知れずだという。
「しかし脱走とは。何者だ」
エドガーの質問に答えたのは馬岱だった。
「魏延という者です」
僕はその名を知らなかった。だけどその男の事を馬岱や関羽達が教えてくれた。情報としては馬岱の方が後になる。魏延は楊儀と仲が悪く、丞相であった孔明の采配に度々不平を漏らしていたという。それで最後の最後で命令違反をしたので、楊儀の密命を帯びた馬岱が魏延を斬ったらしい。
「まさかと思うが、その楊儀という奴もここに?」
「はい」
何だそれ。どうしてそんなのばかりがここに集まったんだ?
「どいつもこいつも。小っけぇヤツばっかだな?」
ランサーの言う通りだ。使える将が20人も居ないんじゃないか? そこが蜀の泣きどころだな。こんなのを孔明はよく率いていたものだと感心する。だけど不平ばかりで相手の足を引っ張ろうとするそのあり方。それこそが共産党だった。本当にヤル気が削がれる。
そもそも僕達が中国に肩入れしているのは、難民を出さないためだ。今のまま国家が完全に崩壊すれば、周辺国までがその難民で被害を受ける。人の数が多くとも巨大なマーケットがある訳じゃない。内情は今も毎月の収入が日本円で1万にも届かない、食えない者の方が圧倒的に多いのがこの国だった。国民は共産党にそれだけ搾取されていたんだ。
ちなみに国名に入る『人民』とは共産党員の事であって、一般の国民は入っていない。人口の数%にも満たない共産党員がその他大勢の大衆をゴミのように扱い搾取する。だけどラジオもテレビも共産党のデタラメなプロパガンダしか流さない。中国は苦難の時代を越えて共産党のお陰で大発展した、と。映像はいつもビルが立ち並ぶ上海や天津に青島などの沿岸部だ。そしてそういうところに世界各国の企業が安い人件費を求めて工場を建てている。
自治体で黒字になっているのはさっきも言った、上海や天津、福建省沿岸の都市、香港に近い広州市に深圳市などの7~8都市くらいだ。つまり沿岸部の海外工場や海外企業が落とす金だけで潤っている。畜産・農林水産などはその人口が食い潰しどれも発達していない。そもそも天安門に肖像が掲げられている初代からして、大躍進政策(※)なんて馬鹿な事を平気でするイカれた男だったから、熱心な共産党員以外の国民は国も共産党も信じていない。地方は本当に貧しい。その中でも辺境の小部族は特に酷い。
※)四害駆除運動。蝿に蚊、鼠に雀の事。これらが居るから生産性が上がらないのだと人類史上最悪の馬鹿は思った。それで駆除したは良いが雀が居なくなったので蝗(イナゴ)や捕らえ切れなかった蚊に蝿、その他害虫が大量発生して大飢饉が来た。その何年も続いた飢饉で、4千500万人もの人が死んだとされている。これ以外に新疆での核実験や天安門での虐殺(10万人以上)がある。これを隠したくて『南京』を持ち出すのも共産党のやり口だ。『南京大虐殺』の実態は、民間人に化けた中国軍(便衣兵)に、日本軍が已む無く応戦しただけで死傷者は数百人程度だ。だが天安門では確実に10人以上の民間人が殺された。その6月4日の翌日、5日の朝、天安門広場から帰ろうとする戦車隊に猛抗議をした勇気ある人が居た。彼こそが元祖『戦車男』だ。英語では『Tank Man』という。白シャツで両手に買い物袋らしきものを持った男性が、戦車隊の前に立ちはだかり、戦車を止めるのだ。その映像の最初の方の遠景に天安門広場が映っていて、夥しい数の遺体が並べられているのがわかる。ネットで調べれば映像が出て来る。歴史の真実だ。この時に共産党は滅ぼすべきだった。
4千500万人だ。スターリンも聖書に載る悪魔もびっくりだ。断言しよう、この世すべての悪とは共産党の事だ。肋骨を全部人口セラミックに替えても良いとさえ思う。そのくらい僕は頭にきていた。
「ふぅ~」
少しヤル気が戻った。怒りがモチベーションとは情けないが。
「エドガー、主要なものに招集を掛けろ。会議だ。現状把握と確認、それと今後の対応を図ろう」
「はッ」
それで僕達は別室へ移った。呂布はヘラクレスが天井から引っこ抜いて、案内された会議用の部屋まで引き摺って行ってくれた。
パミちゃんのお祖父様も大概だが、この世界のお祖父様も大概だった。パミちゃんのためのギター作りに没頭するフンボルト。それで私と彼は、かれこれ1週間もアレ抜きだった。しかもその欲求不満中に生理は来るしで最悪だった。
だけどその分良い事もあった。彼女と再び話し合えたし、フンボルトへの愚痴を話した事でスッキリできた。そのお陰で私とフンボルトは、会話こそ減ったけれどケンカにはならなかった。なぜならギターに没頭するフンボルトは、ある意味私の望んだ姿だったし、その何かに集中する姿がカッコ良かったからだ。
実際彼は生き生きとしていた。ちょっとした一言から始まったパミちゃんへのギター作り。せっかくだからアーチエリーだけでなく、私からギターも習いたいと言ってくれたのが始まりだった。それで教えてあげようとしたら、ウクレレ慣れしていたのもあったけれど、どのギターも大き過ぎた。そこでフンボルトが、それなら僕が作ろうかとなったのだ。
彼が試作品を作る前に、肩慣らしと構造の再確認をするために用意したのが『Fender Jagmaster』だった。それのボディだけを丸々コピーするのだ。ネックやパーツは取り外して流用。木工機械が揃っているので1日で作り上げてしまった。さすが。だけど、当然ながらショートスケールのこれでもパミちゃんには大きい。それでフンボルトはあれこれと考え込んでしまった。思考が袋小路に入ったのだ。ちなみに私の生理が始まったのがその頃だった。
どうしたものかと、ヤキモキする私。だから私は悩むフンボルトを置いて通常空間に入った。何かアイデアはないかと彼女に相談するためだった。現実世界での状況を話せば、彼女も心配して色々と考えてくれた。そこで得たアイデアが『トラベル・ギター』だった。
『Martin』が出す前にも、この手の大人も使えるアコースティックな『トラベル・ギター』は幾つかの会社から出ていた。エレクトリック・ギターなら、日本だと『Fernandes』の『ZO-3』が有名だ(海外では『Nomad』として知られる)。また『Epiphone』からも今まで数回出ていた。『Flying Vee-Wee』や『Les Paul Pee-Wee』だ(後に出た『Les Paul Express』や『SG Express』より子供向けっぽい)。
それで私はパミちゃんを連れてショップに行った。『Flying Vee-Wee』も『Les Paul Pee-Wee』も可愛かった。ただスケールが19インチというのは短過ぎる気がした。通常のショートスケールは24インチで、ミディアムが24.75、ロングで25.5インチだ。一応参考になればと『Flying Vee-Wee』と『Les Paul Pee-Wee』の両方を買った(セールで激安だった)。
『戻りましょうか?』
『うんと、待ってエルヴァ。あっちも見て行こうよ』
そうしてパミちゃんのリクエストで中古ギターの専門店にも行った。ところで私の姉、英霊でなくお料理好きなイリヤを覚えているだろうか? 彼女の反抗期が酷かった事も。それで中学2年の時、彼女は何を思ったのか、家族旅行のフロリダで(『エル』が持つ別荘。毎年夏に行っていた。冬はアデレードだ)、白い『Gibson Flying V』を買ったのだ。80年代半ばの再生産もので安かったらしいが、それを別荘にあったアンプで無茶苦茶に弾いていた。
コードもろくすっぽ押さえられないのに。だけどあれから少しずつ、初等部時代のように会話が増えた。お母様とは1年くらい口を利いていなかったのにだ。今にして思えばアレが姉のサインだった。そして未来の私へのアドヴァイスだったのかも。
それはともかく『Flying Vee-Wee』からそれを思い出したので、中古店では自然と『Flying V』ばかりに目が行った。そこで見付けたのが『Epiphone E-Series』の『Apollo USA』というVモデルだった。ベイビーブルーのそれは丸っこくて、やたら可愛い。スケールはロングだけど、フロントがミニハムだった。パリッとした音が出そう。これだから『Epiphone』は侮れない。知らない間にアメリカだけの限定でこんなのを出しているんだから。
それで結局そのVと、『Epiphone』版『Les Paul Studio』を買ってしまった。『Studio』は今年からドットポジションになっていて、その中古が既に出ていたからだ。色は黒だった。買った理由は回路の改造を試したかったから。なのでもう一度最初のお店に戻って、ポッドやスイッチに配線材などと予備の弦を買って帰った。なおこの『Apollo USA』も、シロウさんはフンボルトが作ったものだと勘違いしていた。
それで家に戻った私はそれらのギターをフンボルトに見せ、彼の話を聞いた。
『君のさ。『Rickenbacker』があるだろう? あのショートスケールの。ああいうホロウボディのと、『VOX』にあったようなティアドロップの』
『Mark IV』の事だ。確かあれは人魂がモチーフで『Phantom』の方は棺桶がモチーフだった。
『そのティアドロップを?』
『違う、違う。エルと以前入った中古店に日本製だと思うんだけど、リンゴのような形のギターがあってね。あれをウクレレみたいなパイナップル型にしたら面白いかなって』
『中古を買って、改造?』
『いや、スケールがどうも21インチくらいだと思うんで、新しく作ろうかと』
なるほどだ。
『それでエルヴァ。会長ってもっととんでもない人だと思うんだ』
これはパミちゃんのお祖父様が残した遺産を見てそう思ったらしい。
『この工房もさ。壁に掛かっているホロウやアコースティックだけかい? どうして『Marshall』のアンプがあったんだ?』
あ。それで私は魔術師のしそうな事を考えた。それは『工房の中の工房』だ。地下でなく特殊礼装を使った擬似空間・亜空間系の魔術が頭に浮かんだ。それこそが正に『ラインの黄金』のあの空間のキモだからだ。それで母屋からパミちゃんを呼んで、魔術回路を開いて貰い、何か感じる場所か共鳴する場所がないかを確認して貰った。そしてそれはあった。スタックされた『Marshall』の後ろだった。全然気付かなかった。
恐々中に入ってみると、そこは元の工房の数倍はある広さで、木工でなくギター専用の工房だった。こっちだ。お祖父様は表の空間でなくこっちでお作りになられていたんだ。そして棚には乾燥させた木材や時間凍結してある板が山ほどあった。更に『Fender』や『Gibson』のソリッドモデルのヴィンテージもあった。スイスでなくこっちに置いていたのか。
『やっぱりカルフォルニアだね。壁に掛かっているギターは『Gibson』より『Fender』の方が多い。エルヴァ、あれ』
フンボルトが指差すその一角には写真が飾ってあり、お祖父様とお孫さん(ブルーノお兄様の息子さん達)が楽器を持って写っていた。そうか、この別荘に皆んなで集まって演奏を楽しむ事もあったのか。そのお祖父様がお持ちになっている『Stratcaster』が多分このツイードのケースの中にある。間違いない。ってか、別の写真には若かりし『レオ・フェンダー』がお祖父様と一緒に写っている。出資してた? これはと確信めいた閃きを感じた私は、写真立てのある棚の横に立てかけられたツイードのケースを開いた。
『Blacky?』
『いや、クラプトンのあれとは違う。この塗装が剥げている部分、下地がサンバーストだ。これって純正のレイヤーじゃないかい?』
時折、ヴィンテージにはこのメーカー純正の重ね塗りが発見される。一見手抜きのように聞こえるだろうがこれにも
理由があって、黒などの濃い色を塗る場合は下地を1から作るより、既に何かの色に塗られている場合の方が塗装表面が整うからだった。それだけ当時のラッカー塗装は薄かったとも言えるのだが(だから傷付きやすく剥げやすい。でもその薄さが木の鳴りを封じ込めないヴィンテージ・トーンを作り出してもいる)。
56~7年頃のものだろうか? この程度の良さだと2万ドル以上しそうだ。お祖父様がワンオーナーだろうストラトは、メイプル指板の塗装こそところどころ剥げているが、色はくすんでおらず、フレットも打ち替えられているのか綺麗だった。別のケースには『Telecaster』でなく『Broadcaster』と『Nocaster』が入っていた。初めて本物を見た。しかもどこも錆びていない。
この他にもギターケースはたくさんある。アッシュ・ボディでブロンドのストラトもあったし、1ピックアップのエスクァイアもある。種々のツイード・アンプも積み重なっていた。どれもこれも正直欲しい。だけどこれを譲られる権利があるのは、エルヴァちゃんだけだ。しかし高度な魔術だ。壁に掛かったギターはあの状態で時間凍結されているらしいのだ。一つの部屋丸ごとならわかるが、こういう部分的な掛け方は難しいだろうに。
『エルヴァ、こっちの奥』
『はい?』
アコースティックにウクレレやバンジョー、ラップスティール……エレキは他にもあった。凄いなぁ……。
そしてフンボルトは遂に見付けた。それは部屋の壁に掛かった『Gibson ES-350T』だった。その横には『Byrdland』まであった。
『パミ、これを君のサイズにして。どう?』
『うん、これが良い』
この子はオーソドックスでトラディショナルなものを好む傾向にある。だから二つ返事だった。私も身体が小さいのに『ES-175D』や、『P-90』3発の『ES-5』などが好きだ。そうしてミニ350Tの制作が決まった。その間隔の狭いピックアップを巻いたのは私だ。ここにはワインディングマシーンも揃っていたのだ。フレットも各種のものがロールで作業台前の棚に掛かっていた。本当に何でも揃っていた。
それからここにフンボルトは籠もった。外での1日がここでは1週間から10日だ。それだけの時間を掛けて丁寧に丁寧に丹精込めて作ったのだ。ソリッドなパイナップルと、ホロウのミニ350の2台を。だから出来上がった時の感動はひとしおだった。貰ったパミちゃん以上に私が喜び、涙すら出た。表の1週間は中での2ヶ月に近い。完成した夜、私達は彼女の待つ空間に入り、3人で歓びを分かち合ったのだった。
その後、体力の回復した彼は、ショートスケールで24フレットのオリジナルなフライングVを2台作ってくれた。完成は年内最後の視察旅行の後だった。色はどちらもまったく同じ焦げ茶で木材はパイン。片方はアッセンブリーが丸々テレキャスで、もう片方はストラトだった。ショートスケールなので弦と弦の間隔は気になるが、狙いはドンピシャだった。私がテレキャスで彼女はストラト。それがフンボルトから見た私達なのだった。
一方の私は『Epiphone Les Paul Studio』の改造に取り掛かっていた。と言ってもやる事は知れていて、主にピックアップの交換だった。前後のハムバッキングを既に作ってあったものと交換するのだ。普通にも作れるが、手間を省くため制作に錬金術と魔術を使っている。
何をしているのかと言うと、まず底にあるバーマグネットを取っ払い、ポールピースをアルニコⅡに替えてある。また2つのコイルを巻き直してあって、通常のポールピース側は4000回。ネジの切ってある方は11000回と9000回、それとその半分の4500回の部分でエナメル線を外に出している。
これは通常のハムバッカーとして使う場合は4000と4500で揃え、コイルタップしてシングルで使う場合は、9000回と11000回で切り替えられるという仕組みになっている。つまりあのタップした時の『線の細さ』が消え、いかにもなシングルサウンドが得られるという寸法になっている。また最大11000回転のブーストがあるので、『P-90』っぽい太い音も得られる。
これを4つあるポッドの1つをロータリー・スイッチにする事で実現している。音色切り替えだけだと、4回路5接点の回路が余るので、1:シリーズ、2:パラレル、3:タップ9000、4:タップ11000、5;再びシリーズとなるようにしてある。しかもこの5番目はダイレクトスイッチも兼ねていて、ボリュームとトーンがバイパスされる。残る3つのポッドはマスターボリュームとマスタートーンだ。最後はポッドを取り外し、ボタン式のキルスイッチを付けてみた。これでボボボボボッとスイッチング奏法ができる。これにワウとワーミーにコーラスがあれば、トレモロやアームは要らない。
当然ながらこれらのポッドやスイッチの改造で、元のものは全部入れ替え。コンデンサともどももっと良いのに替えてある。この改造の意図はボディ材がオール・マホガニーだからだ。つまりスタジオはスタンダードでなく、簡素化されたカスタムなのだ。トップにメイプル材が使われていないので音の角が丸い。その角を少しでも立たせよう、またレスポールならではのふくよかさをタイトにした音も欲しい、そう考えたが故のこのタップなのだった。
そしてボディやネックの塗装面にサンドペーパーを掛けてクリアを落とし、外周側を銀色でラップ塗装、内周を金色でラップ塗装した。その外側を赤いスプレーで塗装。ちょっと変わったサンバーストにしてみた。仕上げにクリアを吹いてポリッシュしてワックス掛けだ。
何故こんな事をしているのか? それはミアータさんとパミちゃんにハメられたからだった。楽器店主催のギターコンテストに知らない間にエントリーされていたのだ。勘弁してよ。でもやる限りはと考え直し、前々から温めていたアイデアを投入したという訳だ。それに審査員に有名なギタリストが来るそうだし、優勝賞品は『Les Paul Standard』らしいので頑張れと無責任な激励も受けていた。と言うのはケリィがギターを欲しがっているからなんだって。つまりパミちゃんはケリィにギターをプレゼントしたいのだ。そこで私を使うのかという感じだけど、勝てるとは限らないんだよ?
ちなみにケリィは『Sum41』のファンなんだって。ま、私も彼女も肌が褐色だけどさ。それは良いとして、勝っても私は何もナシなの?
「そう言いつつ、いそいそとギターを改造するんだもん。エルヴァもミーハーだよね?」
まぁね。勝ち負けもそうだけど、誰かに評価されたいってのはある。弓道で全国に行けなかったから余計だ。しかも良い竹弓を頂いても、それを試す場所がない。カリフォルニアはそこだけが残念だ。冬が近いのに空はどこまでも青く、陽気な人も多く、最高なんだけどね。
しかし器用というか面白い子だ。パミちゃんは『Les Paul Pee-Wee』の6弦を取っ払って、キース・リチャーズかバンジョーみたいにしていた。だけどバンジョーと考えると5弦目の解放はもう少し低音が出てしまうので、通常のバンジョーのような弾き方ができるのは4弦目までになる。そこでパミちゃんは、5弦目にカポを嵌めると下4弦がGCEAになるようにチューニングしていた。これでウクレレになる。それもどこかLOW-Gっぽい。そこにもう1本5弦のGが入る感じ。
そんなのをこの子はピックを使わず、指で爪弾いていた。しかも教えてもいないのに、きっちりバンジョーロールまでしている。
「サムピックも使ったり?」
「うん。お祖父様に教えてもらったよ」
パミちゃんはロックじゃなくこういうカントリーやブルーグラスが向いている。『エル』もこれは知らなかったろう。なのにアメリカで育てろって。う~ん……。おまけに即興で歌まで歌っているし。だいたいのコード進行がわかったので、私は例のジャズベースに持ち替えた。
元々はエルの残した希望からトントの使っていたベースを思い出し、中古のジャズベースを改造したものだ。改造箇所は少ないが少し変わっている。フロントとリアのピックアップをシリーズ接続化するターボは当然として、その2つのピックアップの間にプレシジョンベースのピックアップが入っているのだ。だからポッドはフロントとリアの各ボリュームにマスタートーンなのだけど、リア側とトーンが2連になっていて、そこでプレシジョンのコントロールができた。
スイッチでのピックアップ切り替えでなく、全部ボリュームに拠るお好みミックスだ。トントはこんなジャズベースを2台持っていて、内1台はフロントの更に前に、フェンダー・ジャパンのオリジナル・プレシジョン('51 Pre)のピックアップを載せていた。こっちのコントロールはフロント側を2連にして行っている。
そして『エル』はエルと同じ考えでアウトジャックを2系統にしてアンプを2台使っていた。おまけにローズの指板からフレとを抜いてエポキシか何かでツルツルにしていた。ジャコ・パストリアスの真似だ。フレットレスなんて音程が決まらず難しいのに(音程が『正確』に決まるフレットが付いていたかから『プレシジョン』という名になった)。
ともあれこの真ん中のプレシジョン・ピックアップは2弦ずつ担当するスプリット・タイプだけど、合わせるとハムバッキングになるようになっていた。普通のシングルコイルだったオリジナル・プレシジョンだと、昔のアンプや音響機材だとノイズが大きかったのだろう。そこでこのシリーズ接続されたスプリット・タイプをパラレル接続できるようにスイッチを入れる人が現れた。ジャズベースの発想の逆だ。ターボはシリーズ接続で、通常はパラレル接続だからだ。
それでアタックがマイルドになって音の強弱が必要な場合はパラレル、パンチが欲しい時はシリーズにと使い分ける。そこにプレシジョンのスプリットの音もミックスすると、意外と音の輪郭がくっきりするのだ。このベースはそんなトントのアイデアを頂いて作ったものだ。色は黒。私は改造したものは黒と決めている。
音を合わせて楽しんだ後、今度は新しくできたギターを持って貰った。やっぱりピックを使わない。見ていても指の方が上手だ。もう少し大きくなったらアコースティック・ギターも揃えてあげよう。
兎にも角にも文官の皆さんは全員イライラしていた。
「どこまでもどこまでも……」
次々と発覚する前政権の腐りきった体制と方針。これでは地方の活性化もままならないと嘆いているのだ。気持ちはわかるが、現状は海外企業の工場からの輸出品で得られる外貨を、地方に回し内需をゆっくり育てるしかない。建国して50年経ってもこのレベルとは。共産主義者に理系はおらず、文系の、それも芸術系が多いというのは本当だろう。脳内お花畑なのだ。
だから資本主義な世界では、余程の才能がない限りうだつが上がらない。技術系でもないし、想像力や空想力はあっても創造力がないから、決められた仕事しかできない。しかも時間内に終わらない。チベット人を電気棒で虐げていた共産党員が、何をやらせても当のチベット人より効率が悪いので、プッツンした甘寧は50人くらい殺していた。プッツンする気持ちもわかる。だけどそれはどうなのだと。
自分の世界ではないし、立場も違うので敢えて言わないけれど、呉の文官の報告で魏の文官も蜀の文官もため息を吐いていた。
昔と違って便利なのは、三国の将が皆んな英霊なので飲まず食わずで働ける点と、移動が早くなり通信手段が増えた点が大きい。それでこうして、手の空いた文官達が地方の問題を北京で協議できるのだ。だから通常より早く新国家は軌道に乗るだろう。それでも、5~10年は掛かると思う。お父さんやエドガーさん達は返してあげないといけない。そうなると……。
「本体からの独立も視野に入れないとなぁ。私までが『エルヴァ』になりますねぇ」
こういうむしゃくしゃする時は音楽を奏で、気分転換を図るのが最適だ。だけど北京のこの庁舎にはこれといった楽器がない。ピアノやギターとは無縁な文化圏だからね。それなりの場所に行けばあるとは思うけれど、少なからず庁舎にはなかった。
だけど時折、琴の音色が聞こえてくる事があった。文官も人の子なのでそれぞれ趣味や得意な事がある。中でも孔明さんは12弦の古筝の奏者として名を知られていた。それで敵をやり過ごした伝説などもあるので、英霊の武器(装備品)として世界に登録されているらしく、休憩時に喚び出して奏でているのだ。
素朴で柔らかなその音色は、自分の中にある激情を圧えてくれる。だけど聴くよりも弾く方が良いな、私は。それで私は文官とは別にこの庁舎に務める現代人(元共産党員。今は新政府のもとで働いていると思い込んでいる)に、片言の広東語で訊ねた。簡体文字は読めないが繁体文字なら何とか読めるという日本人は多いだろう。私も日本で漢字を学んだので多少は読める。それと香港で料理を学んだ時に少しだけ広東語も覚えたのだ。
だけどその人にはこんな風に聞こえたろう。
『楽器、どこ? 売ってる、場所。教えろ』
中国には方言が数多くある。部族の違い、宗教の違いから民族が分かれていたので方言が多種多様なのだ。広く広東語と知られる言葉も正式には『粤語』といい、この下にたくさん方言がある。北京語も正式には『官話』といい、北京語を含む『華北東北方言(北京官話)』、陝西省に甘粛省や山西省で使われる『西北方言(中原官話)』、重慶や四川省、雲南省などで使われる『西南方言(西南官話)』、江蘇省など上記以外の長江以北や一部長江南部で使われる『江淮方言(江淮官話)』などなどが下に含まれる。上海や蘇州の方言は『呉語』といい広東語とも北京語とも違うのだ。これ以外に『贛語』『湘語』『閩語』『客家語』などがあり、以上を七大方言という。ちなみに台湾の方言は『台湾閩南語』で、『閩語』の一方言だ。
広大な中国では、話し言葉の統一は不可能に近い。だけど『普通話』として『標準中国語』を共産党政府が定め、広く教育したので、大抵の中国人は『標準中国語』がわかるらしい。だけど簡体字の導入だけは失敗だったという声も聞く。とは言え、大昔から地方行政と意思疎通を図るため、官僚用の『雅言』やモンゴル人にもある程度わかる『天下通語』なんてのもあったらしい(元の頃の話)。そして清朝の中頃には自然と『北京官話』が標準語的扱いになっていたそうだ。
そう考えると片言とは言え広東語で覚えた私は、相当変わっている。言ってみれば日本人がテキサス訛りの英語しか知らないとか、スイス人の私が大阪弁の日本語しか知らないみたいな。上方の漫才言葉ならともかく、それがよりローカルな河内弁だったら凄いだろうね。
私の言いたい意味がわかったろうか? 東北の人に九州の人が話し掛けたようなものだと。それも標準語を使わず方言で。だけど彼は動じず、メモに繁体字で『和平門』と書いて手渡してくれた。そこは北京最大の楽器屋街だった。
それでハサン達と和平門前に足を運んだ。本当だ。庁舎とほど近いこんなところにたくさんの楽器店が。これは知らなかった。そもそも私は北京なんて滅多に行かないからなぁ。だから観光がてらにあれこれ見て廻った。どうも琴系が多い。楊琴なら欲しいなとは思うけれど、置く場所もないし。それと笛を全然見ない。中華圏に笛って無かったのだろうか? そんな風に思いながら歩いていると、裏通りに入る手前のあるお店の中の壁に、アコースティック・ギターが所狭しと掛かっているのをウィンドウ越しに発見した。思わず中に入ると、二胡や京胡と並んでエレキがズラッと立て掛けてあった。
「マジか?」
マジだった。エレキはどれもこれもギブソンやフェンダーのパチもんだった。まだまだな部分はあるけれど、フレットの処理はまぁまぁだ。少なからずアメリカのコレクターに見せて貰った、60年代のテスコよりは弾きやすそうに見えた。だけどそんな中に『Gibson』を発見した。本当か? 怪しいなぁ。
通訳をハサンに任せ(便利だね。世界の知識で方言関係なしって)、そのES-175もどきを弾かせて貰った。良いぞこれ。ハムバッカーやポッド類は後で換えるとして、これは真面目にギター造りを学んだ人の作品だ。だけどこのロゴはダメだろ。
「ハサン、幾らか聞いて?」
「承知」
店主がぼったくろうとしているらしかったが、奥から長髪のお兄さんが出て来て(こんなロッカーな人が中国に?)、5千元と言った。600ユーロを越えるくらい? ドルで800ドル弱。日本円で8万円か……。出せて5万円だな。
「ハサン、3千人民元で」
多分、これでも向こうは嬉しい筈だ。もっと値切られて2千元は覚悟しているだろうから。案の定、交渉はあっさり成立した。
「彼が作ったのかと聞いてみて? それでもしそうだと言ったなら、日本の長野県に行きなさいと伝えて」
松本の良いブランドで10年ほど修行して、その後アメリカに渡って『Gibson』の門を叩けばいい。この才能をこんなロックが流行りそうにもない国で埋めるのは惜しい。店主とは親子ではないだろう。仮にそうだったとしても、外国人からぼったくろうとする人間の側にいてはいけない。泥の側にいると、自分まで泥に塗れる。
代金を支払えば、布袋(ぬのぶくろ)にギターを入れてくれた。袋なんだ? だけどそれは良い。
「エレクトリック・二胡を作って、天安門広場で大音声で掻き鳴らし、デスボイスで『くたばれ共産党』と歌うようなタイプじゃないなら、海外でギターを造った方が絶対に良いですよ」
帰りしなに、そう通訳させた。どんな顔をしたか見ていない。でも天安門に掲げられた肖像画はとっくに別人になっていた。掌握がどんどん強くなっている。きっと海外にも影響が出ているだろう。そうなると5年10年でなく3年5年で変わるかも。問題は内需の拡大だなぁ。
布袋のギターはやたら軽かった。勿論、中身は『Fernandes TE-380HT』ではないし、ホロウの『MV-95HT』でもない。同じホロウでもパチもんだ。ここまで軽いか? けれど面白そうだ。私はいそいそと庁舎に戻ったのだった。そして会議の続行だ。
「この『外交問題評議会(CFR)』というのが?」
「そうです。ドナルド・レーガンを除く歴代の大統領が会員で、国務長官に連邦準備委員会(FRB/中央銀行)が会員です。また、各大学のエリート層にも浸透していますので、大統領の指名する閣僚の7~80%が毎回会員です。これはペンタゴンなどの軍上層部も、共和党に民主党の議会指導者や本部職員などもそうです。設立者はモルガン、ロックフェラー、クーン・ローブ商会、ダイロン・リード商会、ブラウン・ブラザース商会、そして米ロスチャイルドの総支配人などです」
「何を目的に?」
「エリートに拠る地球支配。国境も国家も関係なく自分達が先導して人類を導くという考えですね」
「馬鹿な!?」
「とは言え、切っ掛けが『この世から争いを失くしたい』とか、『すぐに争い出す人類をコントロールしたい』とか、富を得たいがためでなく、善意からだったらどうされます?」
「そんな……」
「『集団の動き』が必ずしも『集団の意思』とは限りませんし、『個人の意思』ともイコールとは限りません。組織とは大きくなればなるほど、当初の予想とは異なって来るものです。ましてや人類が60億、70億と増えていくなら。中には未来の人類のためにも、この宇宙船『地球号』を守らなければ、と考える人も居るでしょう。私もそう考える1人です。ですが具体的にどうするのか? 増え過ぎた人類の一部を抹殺する? それとも新しい土地を求めるように宇宙開発を? 残念ながら残された時間はそんなにありません」
「富の集中や再分配だけでは無かったのか?」
「違います。人類の……種の保存です。天然資源は後何年持つのか? 代替エネルギーはいつ頃完成するのか? 年々厳しくなる気候の中で、どれだけの食料がコンスタントに作れるのか? これらの危機を全部乗り越えても、およそ2億5千万年後には大陸移動に拠って地球上の生物はほぼ絶滅します。更に4~50億年後には太陽が死を迎えます。では、どうするのだ? と、そこまで考えている人達がいる訳です」
「つまり……一概に悪だ、敵だとは言えない……と?」
「そうです。そして答えは宇宙開発です。その時異星人や異種族と出逢っても対話ができ交易できる精神レベル、協調できる精神性が求められます。人種間の壁も民族間の壁も宗教の壁も壊さないと宇宙では生きていけません。だから国境を失くすとどうなるのか? が、実験されようとしているのだと。三国に分かれた皆さんはどう思われます?」
「あなたはどうなのだ?」
「私は魔術師です。現代の人類が知らない未知のエネルギーを、体内に取り込み利用できます。またそういう者達を人造で増やす事もできます。今の人類だけでなく生きとし生けるものすべてを魔術で精神体とし、空想の世界、夢の世界で永久に平和を享受して暮らして頂く事も可能です」
第三魔法でなく、宇宙のマナを取り込んで永久に維持できる巨大な魂保管箱の事だ。これなくして超長距離星間移動はありえない。コールドスリープも必要ない。降り立つ星を探す必要もない。この宇宙が滅ぶまで、その魂保管箱を積んだ宇宙船は星の海を飛べば良いのだ。いや、それしか答えはない。第三魔法は地球が滅んだ後の事を考えていない。
「ですが、今はそんな遠い未来の事よりも、現状をどうするのか? 数年後はどうするのか? 10年後はどうするのか? そこですから」
それで皆んなの動揺が少し治まった。
「つまり先日は真の敵と話しましたが、本当のところは相手にしても答えが出ないのです。正しいのかも知れないし、狂信者の集団かも知れません。となると適度な距離で静観するしかない訳です。ただ国家運営にあたる上で、そういう者達が存在する事は知っておくべきでしょう」
この『外交問題評議会(CFR)』が、俗に言うイルミナティだ。陰謀論でも何でも無い。スカル&ボーンズと同じく事実として存在している。そしてデイビッド・ロックフェラーは1991年にNYタイムスやワシントンポストに40年間秘密を守ってくれてありがとうと謝辞を述べ、更に『世の中は(以前)より洗練されている。世界政府(計画)は進行中だ。知的エリートと国際銀行家に拠る究極の世界統治は、歴史からしても自然のなりゆきだろう』と、堂々と話している。
また、イルミナティの象徴ともされる1ドル札のプロビデンスの目と13段のピラミッドは、次の文字で囲まれている。『Annuit cœptis』『Novus ordo seclorum』と。これはアメリカの国璽にも描かれているモットーだ。意味は『神は(我々の)取組を承認せられたり』『新しき秩序の時代来たれり』となる。
だけど彼らの思惑も掌握一つで覆る。この『ラインの黄金』で増幅される、人心操作、洗脳の魔術。亡きアルトゥルお兄様が残して下さった、本来の娘の『エルヴァ』のための魔術。何と戦われ誰に殺されたのか。冬木の聖杯を誰よりも恐れ危険視したのは『彼ら』なのだ。隠蔽? 甘い。金欠な魔術師ほど簡単に転ぶ。ユグドミレニアの後ろに居たのも『彼ら』だ。
だけど私は、全部が全部敵だとは考えていない。理由は先に上げた通りだ。だから今は静観するしか無い。また、その意味で日本やアメリカに居る『エルヴァ』達が心配だった。ところがここに『現象となった彼女』が現れた。となると私達はこの国のソフトランディングしかやる事がないとも言える。それはそれで楽をさせて貰っているのかな?
日本のメディアが本当にアブナイです。ろくな報道をしないのですから。
もう、アメリカ(も、その裏の人達)も完全に中国共産党政権を崩壊まで追い込むでしょうね。今のアメリカは名指しで共産党幹部の一部を制裁対象にしていますが、名前の出て来ないチャイナセブンは国際裁判で吊し上げでしょう。
さ、人類最大の虐殺者が誰であるか。明るみに出るのも時間の問題です。