※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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ご不快な表現があるかも知れません。ご注意下さい。



151、ムンバイ

 やっと着いた~~。チャトラパティ・シヴァージー国際空港だ。帰ってきたぞ、ムンバイ!

 

「ご機嫌ですね?」

「ええ。この街が昔から結構好きで、何度も通っているほどですよ」

「ほぅ」

 

 馬謖には、ただ単に異国情緒溢れたところだと思うけれど、私には色んな意味で郷愁を誘う街なのだ。まず、私は日本育ちなので、週末の野外マーケットより屋台の方が馴染み深い。そしてこう見えてもギリギリ昭和生まれだ。1986年7月21日の月曜日。和暦だと昭和61年。旧暦だと1986年6月15日で、その日は友引だ。暦月の年干支は丙寅、月干支は丙申、日干支は丙寅となり、七十二候は鷹乃学習だから独立心旺盛、二十八宿は心で方角は東方青龍だから、祭祀・移転・旅行・新規事に吉となる。ただし十二直は危なので、調子に乗ってはいけない。

 何だそれって? 日本の古い占いにもならないお咒いのようなものだ。だけどそういうのを知ると気にするのが魔術師の性だろう。あの凜ですら血液型占いなんてのを結構気にしていたりする。面白い事に。ちなみに彼女の妹の桜ちゃんは、昭和64年でなく平成元年生まれだ。

 それはともかく、鶴野小父様のせいか藤村雷画さんのせいか、私は昭和という時代と屋台文化に憧憬を懐いている。この歩道を占拠する無数の屋台と、あちこちでカンカンと音を立てる『india's chinese wokpan』。一見、木柄付きの北京鍋のようなのにいやに深胴で……深胴と言えば四川鍋だが、それを基にしてこちらで作られているのだろう。あれが中華料理を学んだ身として、非常に馴染むのだ。

 そして包丁は中華包丁でなく、式包丁のような柳刃のような、でもどこか剃刀っぽくもある独特なものを使っている。大量に野菜を切ったりする場合は全然役立たない大きさだと思うのだけれど、屋台で何かを刻んだり、焼いたものをひっくり返したり、テーブルナイフのように皆んな便利そうに使っている。それを見て何本か買って帰った事があるが、日本だとまず使わない。中華包丁も持っているが、最近は使っていない。やっぱり日本の和包丁が最高だ。

 

 空港からタクシーでホテルに向かえば、至るところからマサラの香りが侵入してくる。スパイス慣れしている筈の2人のハサンも、イラクで体験している馬謖も、この香りの強襲には驚いていた。

 

「バターですかな?」

「そうです。インドは乳製品がかなり安く、バターもチーズも大量に消費しますね。確か牛乳の生産量も世界一だったかと」

 

 牛は食べないけれど乳製品はこれでもかというくらい食べる。あのブッダもヤギのミルク粥は食べていた。ヴィーガンは拒食症と同列に語っても良い、都会病であり現代病だと思う。

 ま、それはおいて、張り出した屋台を避けてトゥクトゥクがテテテとタクシーの横を抜けていった。こういうゴチャゴチャした街中はあちらの方が早い場合が多い。アラビア海に面した、20km四方もない小さな半島。東インド会社が、お茶と香辛料を運んだもっと昔からムンバイはゴア地方とともに栄えていた。英国領となった時代のムンバイはボンベイという名だった(あのボンベイブラッドはこの地方に多く、ここで発見された。またその頃の首都はベンガル州のコルカタ(カルカッタ)だ)が、90年代に今のムンバイになった。きっとそんな昔から、どこが主権を持とうと人々は変わらなかったろう。

 人だけではない。街には牛もいればヤギも居る。犬や猫もリスもそこら中に居る。そして牛以外は屋台のお土産(調理中に落ちた食材)を食べて生きている。辛くないのか? タマネギが入っているぞと心配になるが、人も彼ら動物も『G』も逞しく生きている。それが、お話でしか知りもしない昭和の……戦後の復興期や高度成長期の日本を思い起こさせて、どこか懐かしく感じるのだ。それが私にとってのムンバイの魅力だった。

 またムンバイはゾロアスター教徒が多い事も特徴だ。だからゾロアスター教徒を指すパールシーという名の料理群が存在し、専門のレストランもある。これは文化の違いでなく口にできるかどうかの禁忌の違いだ。宗教が種々あり、カースト(ヴァルナとジャーティ)があり、差別が心配になる国だが、意外とそういう差別は普段は目につかない。むしろこういう気候の土地で10億もの人々が全員食べていくには必要な制度ではないかとさえ思う。

 共産主義は家内制手工業を国家レベルに広げた、人の心を顧みない共同幻想だけれど、インドはそれぞれの人がそれぞれの『場所』で、必ず何かの『役か職』を得て生きている。外国人が自分の知る範囲での狭い常識で語れない奥深さがあるのだ。だから西欧の常識では底辺に見える屋台のお兄さん達も、実は結構良い身分の人が居たりするし、ちょっとした休憩では出前のチャイ屋を呼んで皆んなで甘いチャイを楽しむ。

 ちなみにチャイを売っている人にはシュードラ(奴隷)の人が多いというが、皆んな仲が良い。と、ここまでがカースト内での話で、このカーストにも入れて貰えないカースト外の最底辺が存在する。それが不可触民(パーリヤ、アヴァルナ、ダリットなど)だ。

 これはインドがそれだけ東洋に近いからだと私は分析している。つまり宗教や宗派に関係なく『穢れ』の概念が根差しているから起きる問題だと。彼らは法典などができる前から存在した、皮革加工業や屠殺業に関わる人達でありその末裔だった。つまり日本で言うところの『部落※』だ。そういう意味でもインドはまだまだ昭和なのだ。

 

※)日本の部落には、本来集落としての単位の意味がある。例えば田舎の方だと水田を越えた先にある5軒程の家を指して部落という。これが現在の言葉の意味に転じたのは、人の多い街からだった。河川敷などで、やはり皮革加工業や屠殺業に関わる人達だったのだ。だけど猟師と聞けばギョッとする人でも、漁師と聞けばなんとも思わない。より人に近い、陸地に住み赤い血が流れる生き物を殺す事を人々は恐れた。『穢れ』とは、この『恐れ』から来たものだ。そこに『恨』や『怨』がないかと。そしてこの『怨霊信仰』ともいえる迷信は、狩りをしない平民や町民に多い。日本はここに渡来者の問題が重なっていた。彼らは自国で生きていけない人が多く含まれる。なので言語の壁や、共有できない価値観の壁を抱えたままやって来る。それが職業の壁となり部落へと追いやられ、犯罪に手を染め再び部落へと逃げ込む。そうなって時代が下ると元からの人か、後から来た悪い人なのかわからなくなる。これらが部落問題の根本的要因だ。

 鶏を飼い、自分達で締めて調理する田舎ほどこの手の差別はない。ただし村に馴染まない者、掟を破った者はとんでもない迫害を受ける。鶏を盗んだ渡来者は役所に突き出され、母国に追い返された。これはどこの世界でもそうだろう。迷信は時代とともに薄れるが、悪人はそのマイノリティーな立場を逆に利用して利権構造を創り出すし大々的に悪を喧伝する。

 十把一絡げにせず、因数分解するように問題点を切り分ける。そうすれば悪は誰なのかがわかるのだろう。だけど最初にそれをせず何世代も続けば、人は自らを守る知恵として部落を『区別』する。そう、『差別』でなく『区別』だ。『差別』という言葉はマイノリティー側が叫んでいる。鳶が鷹を生む事はまずない。蛙の子が蛙なのはその水で暮らすからでもある。自らの存在は自らが証明する他ない。そこで挫折して悪事に走るのであれば、結局血もDNAも越えられなかったという証明になる。そしてその事例が余りにも多いかから現代もこの問題が失くならないのだ。唯一の良策は半島や大陸との国交を取りやめ、先の国籍保有者を退去させ渡航禁止にする事だ。そこからの国内掃除だろう。

 きっと多くの人がこれをレイシズムと言うだろう。だけど郷に入ってどこにも交わろうとしない者は、どこであろうと排斥される。それは絶対の鉄則だ。また、犯罪に手を染め、その悪事がバレたなら罰せられて当然だ。パリの地下鉄構内でスリのロマを殴った。ローマでもスリをひっ捕らえ腕を折った。ブラジルでは引ったくりを撃ったし、銀行強盗と銃撃戦をした事もある。メキシコのカルテルをアフガニスタンで放った事もあるし、ミャンマーの地雷原で放った事もある。

 そして犯罪者がどうなろうと陽はまた昇るし、誰も気に留めない。世界規模だとそれがもっと顕著だ。中国が~中国が~とウルサイ議員を拉致して天安門の毛沢東の肖像画に張り付けた事がある。革命前の事だが、その議員の家族も党も、その議員を見殺しにした。そんなものだ。

 だがこの世界ではその大陸側から日本国内の汚れを小姑のごとく指摘した。さて、この先どうなるのであろうか。

 

 

 

 タクシーはムンバイの南に行き、インド門に近いホテルのゲートで止まった。孔明さん達は知らないだろうから、一任された私が自分で予約したホテルだ。一泊は日本円で2万円くらい。まぁまぁのホテルで私は毎回ここか、もう一つのホテルを利用していた。ドアマンがタクシーのドアを開き、ドライバーと別のドアマンが私達の荷物を運んだ。乗車料金とチップは既に支払い済みだ。

 フロントでフロントクラークに氏名を伝えサインする。そして数人のポーターが部屋に案内してくれた。彼に礼を言いチップを握らせる。必要ないかも知れないが、こういう仕事の場合は気前良さのポーズも必要だ。部屋は私が1部屋使い、隣のにハサンが2人入り、反対の隣に馬謖だ。ランクは全部ツイン。まぁ、仕事ならこんなものだろう。

 旅装を解き、私服に着替えた私達はホテルの外に出た。すっかり日が傾いていた。ムンバイはアラビア海の方角に日が沈むのでどちらが北かがすぐにわかる。ちょこまかと走り回るオート・リクシャー(タイのトゥクトゥクみたいなものだが少し小さい)とバイクの間を抜けてインド門に行った。写真を撮るためだ。そこらを暇そうに歩いているオジサンを捕まえて、紫色のファンキーなガンディーさんが描かれた2000ルピー札を握らせた。日本円で3000円くらいだけれど、屋台で一食150~300ルピーだからオジサンは喜んでシャターを押してくれた。

 4人の集合写真だけでなく、それぞれとの2ショット、2人のハサンの真ん中に入り腕を組んだショットも撮った。めちゃくちゃ照れていて楽しい。実は私、このボディが結構気に入っているのだ。チビな本来の自分より高身長で、ボンキュッボーンッなナイスバディだし、髪は肩甲骨を越えるくらいの長さのキンキラキンの金髪。それでもって瞳はセイバーより青味がかった孔雀の羽のような翠。おまけに声は少しハスキーで大人っぽい。どこの美人秘書か。私が雇いたいわ。そう自分で思えるくらいにデザインには凝った。なのでスーツでピシッと決めていたさっきまでは、遣り手なビジネスウーマンに見えた事だろう。

 だけど今は、香港で買った白いスタンドカラーのブラウスと黒いガウチョパンツをコーデして、足元は編み込みのサンダルだ。そこに少し鍔(つば)の広い麦わら帽子と丸いレンズが大きなサングラスを掛けていた。ハサンの2人も私が服を選んだので決まっている。百貌はデニムのストレートに紺地に小さな白い水玉柄のシャツ、その上に襟を立てたアーシーなブラウンのジャケット。黒いサングラスと四角く刈り込んだ顎髭が似合う。

 誰も知らないだろうが、百貌が1人に戻った時の、要は『ハサンの名』を拝命した時の人(何を悩んでいるのか、それが本体でしょ? エルマはこれに気付いたかな?)が超絶イケメンなのだ。どこかアラブの王室の王子のようで、カッコいい事この上なしなのだけれど、顔を覚えられてしまうので暗殺者向きではないと不満があるらしい。もう殺人なんてしなくて済むだろうし、こっちは外交官なのだから顔を覚えて貰ってナンボだぞと窘めているところだ。

 もう一方の呪腕は背の高さと身体つきが妙に可笑しい。面白いくらいに短足で無駄に肩幅が広い。ガリガリだし。だけど田舎の青年風な彼の素朴な顔も、これはこれで味がある。私はイケメンだと思う。今まで百貌ばかり6人も7人も使ってきたが、呪腕も良いなぁと考えを改めたくらいだ。そんな彼のコーデは白いロングTシャツと黒いカーゴパンツだ。はい。ナニゲにペアしています。

 彼とそういう仲になりたいのかどうかは自分でもよくわからない。だけど気に入ったのは事実だ。そのストイックなところと、昔の恋人を思い続けているところとか。彼の願いは『顔を取り戻す事』と『唯一のハサンとして後世に名を残す事』だったが、この召喚でほとんど叶っていた。そういう事がわかるにつけ、『現象となった彼女』も私だなぁと思う。そういう諸々があって、彼が気になるのだ。

 そして残る1人は馬謖だけれど、さっきまで白いスーツに黒シャツだったのだ。ちょっとナヨッっとしているのでハッタリも必要だと思ってそうさせていた。すると飛行機の中でCAに怖がられていた。まんま若くして成功したチャイニーズ・マフィアのボスにしか見えないからだ。衣類でここまで変わる人も珍しい。

 ちなみに前回の中東では、私とペアの白い功夫ルックだった。中東もインドも白い衣類だと、あまり変に思われない。むしろ合わせてくれているのだなと好感が持たれる場合が多い。特に寺院などに行く場合は上下白(靴やバッグも)でないとダメだ。それがマナーだ。

 そして彼は今、香港で自分で買ったらしき黒い功夫ルックだった。その精悍な顔がめっちゃ強そうに思わせる。

 

「てやーっ!」

「ちょっ!? いきなり蹴ってこないで下さい」

「躱したな? 貴様、功夫をどこで?」

 

 実は中国武術(拳法だけでなく武器なども扱う武術)の始まりは、三国時代より前の漢の時代だ。軍事目的だけでなく護身術や健康促進のため広く伝わっていた。そこから時代が下り様々な拳法や武術にわかれて今に至る。だからどの拳法も槍や棍といった長器械、刀や剣といった短器械を扱ったりもしている。水滸伝にある棒術は、その長器械の棍の事だ(棒術や杖術は、日本の武術の呼び名でそちらと混同されたのだろう)。

 

「兄達に習っていましたよ」

「あの眉毛の白いお兄さんも?」

「ええ、兄者は強いです……ちょっと、何故指をポキポキと!?」

「待っておれ、馬良。馬刺しにしてくれるわ。フッフッフッ……」

 

 まぁ、これは冗談だが、馬の肉や魚の身を生で食べると言ったらドン引きされた。イスとテーブル以外は何でも食べる民族に言われたくないわ。そもそもお前ら、人間も食ってたろ?

 

「そんな事はありません!」

「司馬遷が史記にちゃんと残しています。韓非子や春秋左伝にもそういう描写がありますよ。それに楚辞にある『羹に懲りて膾を吹く』とある『羹(あつもの)』も『膾(なます)』も人肉でしょうが!」

「あなたは学者か何かですか!?」

 

 三国時代の高名な人はそうでなかったと思うが、春秋戦国時代から前漢頃までは人肉を食べていた描写が結構ある。また今も行われている『一人っ子政策(廃止は2016年。そこから二人っ子政策)』によって、強制堕胎された胎児を鍋にして食べる地域があった(実話)。

 ところで私はアルさんとは違う方法で北斗神拳も南斗聖拳も使える。当然魔術を併用してだ。前者は圧縮した空気の塊を相手の体内に送り、一気に熱膨張させる。後者は鎌鼬を起こし相手を切り刻む。風の魔術師のハッタリ拳法だ。だけど北斗は効いても南斗は呪腕のハサンに通用しない。そこも気に入ったポイントだった。

 

 さて、私達は今、ムンバイの最南端に居るのだが、中心地はここから北に5kmほど行ったダダールになる。更にそこから2kmほど北に行った地域が、かの有名なダラヴィ地区だった。ダラヴィはスラム、即ち貧民街として名が広まっている訳だが、実のところ南米などに多いファベーラとは似て非なるもので、年間数十億ドルもの経済活動が、たった2.1平方キロの中で営まれている。問題はその人口密度だ。一説に拠ると70万人も積み重なったバラックの中で暮らしているという(都市としての人口密度はコルカタが1番)。

 元々ムンバイは首都デリー以上の経済都市だ。つまり地方経済が悪化すれば、出稼ぎや一家を上げての引っ越しが多くなる。そういった事がこれまでに何度もあってムンバイの人口が膨れに膨れ上がったのだ。そこでとうとう埋立地のダラヴィに、仕事はあるのに満杯で部屋を借りる事ができない、行く宛のない人達が住み着くようになり、今のダラヴィとなった。勿論貧困層も多いが、ダラヴィから出勤して稼いでいる人も多い。お金はあるのに家も部屋も借りられない人達だ。

 つまりこの問題の根っこは土地価格にある。一辺20km程度の半島に経済が集中してしまった結果だ。勿論政府はムンバイの対岸などの開発を促したり、ダラヴィの再開発を打ち出したりしているが、どれも上手く行かない。何故ならムンバイの外での働き口が限られるのと、なんだかんだと言いながらも半島内が便利だからだ(キレイにわかれているわけではないが、北部が住宅街で南部がオフィス・行政街だと言える)。

 絶対と言っていいほどミスのないお弁当配達業者もあるし、オフィスやお店から少し出れば、屋台が至るところに無数にある。現地の平均給与から考えれば外食は高いのだが、80~100ルピー(100~150円)でお腹はパンパン、200~300(300~450円)も出せば、丸一日分のカロリー摂取が可能な料理が出てくる。日本感覚で一食500~700円出すとして、350ルピーから500ルピーも出せば、翌日分をお持ち帰りしなければならないほどの量が出る。年がら年中暑いし、雨期でもムシムシ。『G』は犬や猫と同じく皆勤だし、ブ~ンとあちこちに『妖精(蝿などの虫)』が舞っているが。

 だけど、卵を5個にこれでもかといったバターを投入したマサラ味のオムレツに、パンが2枚付いて僅か150ルピーだ(200円ちょい)。激安で済ませたいなら揚げパンがある。サンドイッチ用の10枚切りくらいの食パンに、マサラ味のポテサラが挟まっていて三角に切って、衣を付けて揚げたパンだ。値段は15~20ルピー。20円から35円くらい。そしてこれの腹持ちとカロリーが半端ないのだ。

 とにかく何を食べても安い。変なものも万能のカレー味が誤魔化してくれるので、辛さに耐性があるならまず外れない。水は怪しいが、胃腸薬を常備していれば死ぬ事はないだろう。ラッシーやチャイも安いのでそういうのを飲めば大丈夫だ。

 

「だからってこれはないでしょう?」

 

 馬謖はその不潔さと、何にでも振り掛けられ混ぜられるマサラ(香辛料ミックス)、青唐辛子ペースト、タバスコより辛そうな赤いペースト、チリソースなどなどに驚いていた。文句は味(辛さ)でなく、不衛生な点に出ていた。

 

「中国もこんなものですよ」

「確かに私達の時代はそうでした。ですが嘘はいけません。香港ではもっとちゃんとしていましたよ」

「内陸に行けばこんなものです。こんな程度で泣き言をいう馬謖なんて……。ほらほら、山砦で兵糧攻めにあった気持ちでガブッと行こう? ね?」

「この人はどうしてそういう言葉ばかり選ぶのか……」

 

 そんな弱気な馬謖と違って、ハサン達はウマウマと激辛のそばメシや、マサラとチーズの味しかしないオムレツを食べていた。ちなみに箸はない。インドもアラブ諸国も食事は基本手掴みだ。馬謖と私はマイ箸とマイ・スプーンで、呪腕のハサンはフォークとナイフにスプーンだ。これは呪腕の右手が使えないからだ。かと言って『不浄』な左手で鷲掴みもできない。そこでこの折衷案だった。イラクでは予備の割り箸を出してあげた。お店に箸があるので、北京や香港では気付かなかった事だ。百貌が右手で、呪腕が左手で食べていたのは気付いていたけれど。

 

「これは良い。味付けが尾を引くというか」

「うむ。イケるな?」

 

 屋台のハシゴできそうな勢いだった。場所はインド門から北へ2~3km歩いたモハメド・アリ・ロードの辺りだ。ここいらもやたら屋台が多い。そしてどのお店もはやっている。犬や猫もそこらにうじゃうじゃ居る。それだけ暮らしている人が多いのだ。これはムンバイのどこでも見掛けられる、とてもありふれた光景だった。

 ただ、夜まで開いているのは基本店内に椅子とテーブルがあるところに限られ、手渡しの露店はもうひと稼ぎしたら店仕舞いに掛かるだろう。お客は私以外男性のみ。インドの女性と子供は夕方以降出歩かない。これをして男尊女卑だと言う人も居れば、夜は危険だからという人も居る。どっちも正しいが、物理的に腕力の弱い女性と子供は犯行の多い時間帯に出歩かないのは当たり前の知恵でもある。

 それでもこのムンバイは、インドの中では比較的犯罪の少ない街だ。行政区のあるニューデリーも、旧市街のデリーも犯罪だらけだ。それも1番多いのがレイプ。犯人はブサメン・貧乏・カーストが低い、このどれかに当てはまり、犯罪を犯さなければ、生涯左手が恋人か(ヒンドゥーは知らないが、ムスリムの自慰は左手だと聞いた)、牛かヤギのあそこに突っ込むかだ。また年々犯罪は凶悪化していて北部や中部の田舎では人身売買も多いという。

 だけどムンバイは教育制度がしっかりしている。なので、悪い子供に出逢った試しがない。ちなみにインドの学校は英国領の名残りなのか、どこもだいたい制服が決まっている。ムンバイは夏でも冬でも日中気温が30度を超えるので、半袖シャツにネクタイの学校が多い(デリーまで行けば冬がある。それでも10度くらいだ)。また髪型などにも厳しい制限があるようで、肩より長い女の子はまず三編みかおさげだ。褐色の肌を持つ、目がクリクリした子が英国風の服装なので、自分と似た面立ちだとエルヴァかと思ってしまう。今日も空港からのタクシーで、通りを歩くそっくりな子を見掛けた。ああ……エルヴァとカレーを作ったのを思い出すなぁ。

 そのカレーの頃からか、あの子が47番でないエルヴァとしてのアイデンティティーを確立し始めたのは。それが強固に固まったのは、倫敦で魔力供給するついでにそういう術式を送ってからだ。その前のキスはロック解除だ。だけどこの追加の術がもう1人のエルヴァにはスコーンと抜けていた。ここのフンボルト君には本当に感謝だ。

 

「しかし二輪の乗り物(バイク)や三輪の乗り物(オート・リクシャー)が多いですね?」

 

 多過ぎてクラクションやホーンがやたらウルサイ。インドあるあるだ。

 

「ですね。インドから東南アジアに掛けては本当に多いですよ」

 

 とはいえ戦後の復興期はイタリアや日本にもあった。そんな技術が民間にもあったから復興が早かったのだ。戦中からそれが国策だったドイツがEUの中心国になるのは当然だ。惜しいのはイタリアだなぁ。私が共産党なら、真っ先に崩しに掛かる国だ。事実、中国からの職業訓練生が増えつつある。民主化した事だし、より深く手を組んでも良いのだけれど、自転車(台湾に)もバイク(日本などに)も他国に追い越されてしまって……。

 イタリアはだいたい昔からナポリ以南が農業地帯(トマト)で、中部がぶどう畑(ワイン)か畜産、北が職人の栄える土地と決まっていた。だけど近代化により職人が消えていく中で投資や工業は伸び、北部と中・南部との経済格差が大きくなった。そういう南の小作農の次男三男が、何とか生きようと足掻いた末に生まれたのがマフィアだと言えなくもない。美談化するつもりもないけれど、この長年続いた根っこの深い問題にこそ、付け入る隙きがあったのだ。

 中共は北の消えつつある職人技術だけでなく、ブランド乗っ取りを画策していたのだろう。パチモノが本物と入れ替わる日が来る。そんな事を誰も想像付かない。

 廃れるばかりで後継者が居ない。だけど誰かに伝えないと受け継いだ技術が失われる。老いた職人には切実な問題だったのだ。だけど政府は手を差し伸べない。民間企業もそんなチマチマした技術にお金なんて出したくない。大量生産できて、そのブランドで手広くガッポリ儲けたい。ところがバッグや財布は手縫いでないと難しい、さてさてどうしたものか。そこを中共は狙った訳だ。

 安い人件費、技術の流出、投資家も政府もそんなの知ったこっちゃない。今儲かって、税金が取れて、それを回して、より儲かる事業に手を出し、雇用を創出し票も稼ぐ。悪循環だったのだ。経済や国勢を知れば誰が悪いとも言い切れない。それがイタリアだった。

 そして予言しよう。自国通貨を発行できないというトラップに気付かず、EUに加盟したギリシアやイタリアは今世紀前半に破綻する。英国は何とかポンドを守ったが2015年頃までにEUから抜けるかも知れない。その次が中欧や北欧だろう。EUとはアメリカに対抗しよう、各国が一つの州となって欧州の合衆国となろうという案だ。新天地で暴れまわったアメリカとは違う。元々の伝統や文化がある。私はEUが後々、人類最大の経済失策だったと教科書に載るだろうと考えていた。

『どこに行っても戦に飢え』。ユパ様もお父さんも経済の原則を知らなかったからなぁ。人は食べないと生きていけない。だけど他人を傷付けたくない。だからお金が生まれたのだ。国があってその国のお金があれば、借りて今をしのげるのだ。賢い人はそれを学んだ。

 そしてアメリカは南北戦争で、銀行を作った北軍が勝利した事実を学んだ。第一次世界大戦である程度他国をコントロールできる事を学んだ。それにより裏から革命を起こしたり、第二次世界大戦をコントロールした。新しい爆弾を使って実戦データも取れた。長崎に落としたのは違う型を試すためだった。下に教会があったのに? 信者の多い街だったのに? 関係ない。コントロールしていた者達は旧約聖書しか読まないのだ。

 ムンバイの陽がすっかり沈んだ。

 

「明日はどうされます?」

「お魚が良いな。ダダールの魚市場か海の屋台にでも行きますか?」

「誰もそんな事は聞いていません! 仕事ですよ!」

「北京で連絡を入れています。今はその返答待ちですよ」

「そうでしたか」

「馬謖は強制的に青雲に至る階段を登らせますから。この外交はその手始めですよ」

「は? お目を掛けて下さるのは嬉しいが、強制的にとはどういう意味ですか?」

「まずはトイレへ簀巻きにして……」

「私は范雎ですか?」

「ではありませんが、彼はトイレで遠交近攻を説けるだけの叡智を養った。つまり世の中を見ていたのです。このインドはアジアとアラブの中間です。ですね? ハサン?」

「はい」

「ですからムンバイなのです」

「え? は……!」

 

 この街が厠とは言わない。だけど中東で見えなかったものがここでは見えて来る。エネルギー的に結びつきを強くしなければならない国は? 国内は自給率を高めるだけで手一杯だろう。なら国外で労働力として期待できる国は? そして何よりアメリカやEUを相手にする上で、経済的に繋がらなければならない国は? 現代では単純に遠交近攻とは言えない。隣国は何が強く、どういうメリットがあるかだ。そうなると、むしろ遠交近交の方が正解に近い場合の方が多いだろう。

 

「あの鯉が美味しかったです。ならば、明日は魚が良いですね」

 

 ある程度わかったかな? 良い目だ。

 

「では明日はお魚で。マサラ味の唐揚げ。良いですよ~」

 

 お魚料理は実のところチェンナイやビシャーカパトナムといった街、つまりベンガル湾側の方が美味しい。そっちが日の昇る方角だからとか、海流の関係とかそういうのもあるけれど、アラビア海と海の綺麗さが違うのもある。またチェンナイまで下がると、プリプリしたお魚の種類が増える。タイやカツオが釣れるのだ。地元の漁師さんが、漁師の副業として屋台をしているところがあるのだけれど、そういうお店のお魚丸ごと1匹の唐揚げは本当に美味しい。

 ただしお魚を選ぶ時、真っ黒になるくらい、かなりの数の『妖精(蝿)』がたかっている。それを『インドだなぁ』と笑って許せる人でないと食べられないだろう。勿論、私は平気だ。でないと新しい味の発見はない。こう見えても食料品の会社を営み、そこの開発部門の研究員を兼任しているのだから。

 またチェンナイの近くにキリスト教徒の住む村があって、英語もヒンドゥー語も通じないが、そこだと牛肉カレーやモツカレーがある。やっぱり場所が海沿いなので、魚のカレーもあってそのどれもが美味しい。輪切りにしたカツオの揚げ焼きも絶品だ。この作り方を盗み見して、マサラでなく塩コショウで下味を付け、揚げ焼き後に野菜多めの中華あん(ケチャップあんが良い)を掛けたり、黒酢あんを掛けたりすると日本のおかずになる。タタキや刺し身に飽きたら、こういうのもオススメだ。

 また1人前のカレーをルーから、フライパンだけで作る方法も考えた。作り方は屋台と同じ炒め煮だ。スーパーの惣菜コーナーか商店街で唐揚げを買って、それを一口大に切り、細かく砕いた1人前相当のルーを用意する。後は油多めのフライパンで野菜を塩コショウで炒め、マサラやターメリックをお好みで入れつつ水や牛乳を差して炒め煮る。次に唐揚げを入れてよく混ぜる。これだけで良い。仕上げにパクチーとおろしチーズを振りかければ完璧だ。

 え? どうやって1人前のルーなんて計るのかって? 何皿分と箱にあるでしょう? その枚数分でルーを割れば良い。残りはラップして冷凍庫に放り込んでおけば良いから。それか細かく砕いて放り込む。ちなみに唐揚げを使うのは刻んだタンドリーチキンっぽいから。別に炒めた牛肉や豚肉でも良いと思う。そこはお好みで。ただし下味は付けた方が良いだろう。

 で、細かく砕いたルーの行方だが。ダシで割ってカレーうどんにカレー鍋、竹輪に振り掛けてカレー風味の磯辺揚げ、メイタガレイやサバのカレー風味の唐揚げやソテー……本当に何でも作れる。とある人はカレー味のお好み焼きや、たこ焼きを作り、更にソースにして串カツと添えた。元々のアイデアはお父さんが家飲みで、自分で買ってきた串カツにレトルトカレーをぶっ掛けて食べていたのを見たからだという。ウチの父は日本に帰って来るとこんな事を1人でやっている。ちょっと信じられないだろうが。

 

 そうして私達は膨らんだお腹を抱えてホテルに戻ったのだった。

 

 

 

 いつもの場所で美遊とわかれた後、私とイリヤはお互いの背中のかばんからリコーダーを出した。そのリコーダーを交換して練習しながら歩いた。来週、2学期の音楽テストなのだ。それも1学期と同じリコーダー。

 

「なんでリコーダーばっかりなの?」

「5年生だからだって。日本全国5年生はリコーダーを吹くものだってお姉ちゃんが言ってたわよ?」

「日本全国……それは5年生の宿命なの!?」

「らしいよ。お姉ちゃんも5年生の時はずっと吹いていたって言ってたから」

「そっか……。また練習みてもらわないとね~」

 

 今習っているのは『威風堂々』という曲だ。まぁまぁカッコいい曲なんで、1学期のときほどイヤだなって思わない。そもそも1学期の最初の頃は、自分の身体を持って初めての経験だったから、曲がいいとか悪いとかの余裕もなかった。ほんとうにお姉ちゃんが居てくれて良かったと思う。でも、あんまり甘えてばかりもいられない。お姉ちゃんは『お年頃』なんで、あれこれと忙しいのだ。

 

『今のクロエちゃんと同い歳の頃は、お姉ちゃんもわからなかったですよ。でも、中学生や高校生になればわかる日が来ます。昔……あれは4年生のイブの夜でした。お姉ちゃん達の家は毎年26日に飛行機に乗って、オーストラリアに行っていました。それでその年はお父さんが……お姉ちゃんの本当のお父さんの事ですよ? そのお父さんのお仕事が長引いて、冬木に戻ったのが夜の8時を回っていたのかな。パーティの用意もしてあって、皆んなお腹を空かせて待っていました』

 

 お姉ちゃんの本当のママやマアエモさん達や、お姉ちゃんのお姉ちゃん……つまりイリヤお姉ちゃん達とずっと待っていたんだって。でも、約束していたのに全然帰って来ないから、もう始めようよってイリヤお姉ちゃんが言ったそうだ。するとお姉ちゃんのママが歌を歌いましょうって歌を教えてくれたんだって。

 

『キリツグがサンタクロース、タバコ臭いサンタクロース』とかそんな歌詞。それを皆んなで歌っていたら玄関でドサッと音がして、見に行ったらプレゼントを落としたお姉ちゃんのパパが泣いていたって。でもお姉ちゃんのママがパパを抱きしめて『お帰りなさい。寒くなかった?』て言ったら『大丈夫だよ』って笑っていたって。それがなんだかとても素敵で、お姉ちゃんはずっと憶えているって話してくれた。

 

『お父さんとお母様は今も仲が良いです。ずっと恋人同士なのですね。それはクロエちゃんのパパやママも同じです。素敵だと思いませんか?』

 

 うん。素敵だと思った。それでわかった。お姉ちゃんはママにとってのパパに出逢ったんだって。私もイリヤの前じゃ、『私やあなたにもいつか恋人ができるよ』なんてわかった風な事を言っているけれど、そのお話で『ああ、なるほど』って思った。

 だから、笛の曲にちょっと指づかいの難しいところがあって、私もイリヤもそこで引っ掛かっているんだけど。同じところっていうのが姉妹だなぁって思うけれど。でもでも、今はお姉ちゃんに頼らないで2人で何とかしないとダメなんだってのもわかる。だって困った時にママは誰に相談していたの?

 赤ん坊だったイリヤを抱いて、娘の未来のためにってアハトの家から出たパパとママ。その娘は2人にとっては、間違いなく私だった。その気持ちだけは忘れちゃイケないんだって思う。だからこそ妹のイリヤに言ってあげた。

 

『あんまりお姉ちゃんにばかり頼っていたら、自分で何もできない子になっちゃう。だからこの曲くらいは自分達で頑張ろうよ』って。

 

 ちなみにお城育ちのイリヤお姉ちゃんと違って、エルお姉ちゃんはスイスにいた頃、公立の幼稚園に通い、公立の小学校に1年と少し通っていた。それでエルお姉ちゃんの学校では1年生の時からリコーダーの練習があったらしい。それはスイスではとても珍しい事で、普通はリズム楽器を1~2年生頃までやって、5年生頃までは歌を歌うだけだとか。そこで音楽をもっと学びたいという人が試験を受けて、中学から州立のギムナジウムという中高一貫の専門学校に通うのだそうだ。

 だからスイスの学校の音楽教育レベルはとても低いのだという。でも皆んなお家の人が、ヨーロッパのどこかの会社のオーナーだとか、銀行の偉い人だとかでお金持ちばかり。しかもどの家も長い歴史がある。だから音楽は『嗜み』であり『趣味』なんだって。

 でも世の中には演奏家やミュージシャンも居る。だけどそれで食べていけるのはホンの一握りの人で、才能とチャンスがあった限られた人だ。普通は自分の人生にそんな無茶なギャンブルはしないって『教えられ』て育つものだよって。スイスの人は子供の頃からどういう大人になるのかの前に、何に向いていてどうやって食べていけるのかが先にあって、そういう考え方を教えられて育つんだって。

 だからエルお姉ちゃんは大金持ちになっちゃった。6歳で魔術の特許事務所を開き、7歳で会社を作って、時計塔という魔術師の学校の理事になった。私達のエルヴァお姉ちゃんも、エルお姉ちゃんに負けないくらい色んな事をしている。それでここに来て1年も経っていないのに、もうパパやママが追いつけないほどお金を貯めていた。凛が言うには『天才』で、ルヴィアが言うには『金融では絶対に勝てない相手』なのだそうだ。それがエルヴァお姉ちゃんだけでなく、後から来たエルマお姉ちゃんもそうだった。トロンメルのお姉ちゃんもそういう才能があるらしい。

 だけどそれらは全部、エルお姉ちゃんからの零れものみたいなものなんだって。あっちはもっとすごくて、日本の国家予算くらいのお金をホイホイ動かせるとかどうとか言っていた。きっと今の私じゃ本当の姿は見えないだろうってお姉ちゃんが話してくれた。

 だけどそんな人が違う世界では私達と同じ穂群原に通い、リコーダーを吹きながらこうやって歩いていたのだ。

 

『元々はスイスで買った、白いマイヤーのソプラノを使っていました』

 

 そのマイヤーってメーカーのリコーダーは40万とか50万とかするらしい! そして日本の学校ではリコーダーの授業があると知って、イリヤお姉ちゃんの分と併せて、黒檀と紫檀のリコーダーを買ったそうだ。なんでも19世紀の頃のもので両方合わせて500万だったとか!? そんなのをランドセルに突っ込んで吹いていたのだ。しかも日本のリコーダーと違って指使いが違うという。

 当然中等部に上がってのアルト・リコーダーも海外製で、こっちはオーストラリアで買ったとか。モーガンだったかな? とにかくそんな名前のを持っていたそうだ。

 

『彼女は贅沢過ぎます。日本ならヤマハかゼンオンかスズキを選べば間違いないです。できればウインドウェイがアーチで、木製が良いですね』

 

 この木でできたリコーダーだと、『ピーッ』って耳に痛いウルサイ音が出ないのだとか。それでお姉ちゃんはゼンオンの150BNというのを私達に教えるために持っていた。樹脂製だけど、お姉ちゃんが吹くと本当に柔らかい音がする。だけど指使いが学校とは違う。イリヤは学校で買ったヤマハの白いのだけど、私は楽器屋さんでヤマハの黒いのを選んだ。これはお姉ちゃんのオススメで、そのなんとかアーチっていうのだ。

 最初、イリヤもママも驚いていたけど、指使いが同じならどこのでも構わないと先生が言っていて何の問題もなかった。こういうのをお姉ちゃんは、いつも前もってサッと調べるのだ。で、何が違うって、私のがイリヤのより少しだけ吹きやすい。弱い優しい音が出しやすいのだ。

 

『楽器は自転車と違って、身体に直接触れるのに調節範囲が限られています。だから選び方が大切なのですよ。自分で調整できるのなら、ローランド・カークみたいに2本同時に吹いたり、鼻で吹いたりもできます』

 

 そういう人が本当にいたらしい。首から3本のサックスをぶら下げて、2本はペアで左手用と右手用のアルトで、3本目は音域の違うテナーだったとか。それでアルトは2本同時に咥えて右手と左手で違うメロディーを吹いていたんだって。それでお姉ちゃん(も、エルお姉ちゃんも)は鍵盤ハーモニカを、立って両手で弾こうと考えたそうだ。これは妹の美遊とも関係があって、年少さんから幼稚園に通う美遊に教えてあげたいと思ったからだ。そこでエルお姉ちゃんは10万円以上もする鍵盤ハーモニカを買って練習したそうだ(そんな高級なのがあるんだ?)。

 それでそのお話を聞いてお姉ちゃんにお願いした。それでお姉ちゃんが用意したのが、ホーナーっていう会社の縦用だ(高級そうだけれど1万円しないらしい)。本当は左手で支えて、右手で弾く楽器だ。だけどお姉ちゃんはそれを首から下げて両手で弾く。そうなると左手は逆になる。だけどそれも練習でどうにかなるらしい。

 だからギターもあんな変な弾き方ができるんだ。ナナキから聞く、ナナキのお姉ちゃんの話や、お兄ちゃんの話だと、お姉ちゃんはプロ並みに上手らしい。だけどお姉ちゃんにとっては『嗜み』であって『趣味』なんだろうね。きっとそういう部分が吉川のお兄ちゃんと合うんだと思う。

 お兄ちゃんが言うには、吉川のお兄ちゃんはすごく男らしいのだとか。もう、あっちの家の人がスイスに行って、あの『お祖父様』からお姉ちゃんとの事で許可を貰っているのだ。だけどお姉ちゃんを預かっている事になっている、こっちの家にもちゃんとご挨拶に来ていたし、ママとお姉ちゃんとであっちの家に何度か行ってる。つまりほとんど婚約したも同然なのだ。

 だけど、吉川のお兄ちゃんはまだ正式な婚約は早いという。その理由が『剣道日本一』だ。それを達成しないと、『弓道日本一』になったお姉ちゃんと釣り合いが取れないと思っているらしい。そんなところがお兄ちゃんにとって『男らしい』となる。もうお兄ちゃんは吉川のお兄ちゃんの弟みたいなものだった。

 なんだか私達の周囲がどんどん変わっていく。だけどそれがオトナになるって事なんだろうね。そんな事を考えながら、晩ごはんまでリコーダーの練習をしていた私とイリヤだった。

 

 

 

 先日学園でのお昼休みに、珍しくも桜に喚び出された。勿論、突然の事ではなく2時間目の終わりに教室まで来てくれて、手紙を受け取ったのだ。何か相談事があるらしい。それもその手紙を託されたのは、俺でなくクラスの女子だった。学園祭頃から弓道部だけでなくクラスの皆んなにも知られた仲なので、今更どうしたって事もないんだが、それでもやっぱり女の子の方から年上のクラスに行くってのは勇気がいるのだろう。

 で、一成や遠坂にルヴィアさん達との生徒会室での食事を終え、俺は急いで桜の待つ中庭に行った。正直、中庭はマズいんだよなぁ……。ほら、いつものベンチでエルヴァさんと吉川先輩が弁当を食っている。ってか、毎度毎度先輩は豪快だなぁ。あのタッパは全部メシか? 2人の間には、おかずの入ったタッパに吉川先輩のドカベンもある。先輩が食うのは知っていたが、こうして改めて見ると凄いな。

 もっと食べろって、俺も以前エルヴァさんに言われたよな。料理上手な人はそういうところがある。俺もクロエやイリヤが喜んでくれると嬉しい。桜にも桜の家で何度か作ってやったが、一人住まいみたいなものだから、あんまり多く作れないところが物足りない。残念だけど、こればかりはな。

 

「お待たせ、桜」

 

 弁当箱を抱えながら声を掛けた。桜は普段、教室でエルマと食べている。トロンメルともども、いつも桜を気に掛けてくれありがたい事だ。エルマと友人になってから桜は変わった。あの引っ込み思案なところがどんどん消えて、周りをしっかり見るようになった。

 

「どうしたんだ?」

「先パイ、突然すみません。実は正式に次期部長を任せるから副部長を考えておけって美綴部長から……」

 

 ああ、そういう事か。確かにこの時期は早過ぎる。だけど実は美綴や俺だけでなく、今の2年は次期部長を桜でと一本に纏まっていたんだ。だからその事は桜にそれとなく匂わせていた。現段階、1年の中で1番経験があって実力も伴っているのは桜だけだ。腕だけならエルマだけど、エルヴァさんに厳しく鍛えられたエルマが遠慮するのは見えていた。何より、今の2年や1年がどう思うかだ。そうなると桜一択だった。そして桜も覚悟を固めていたはずだ。だから副部長をどうするかが、問題なのだろう。

 

「部長の件は?」

「受けました」

「そっか。じゃ、相談は副部長なんだよな?」

「はい」

 

 そっか、受けてくれたか。偉いぞ、桜。だけど桜が部長として活躍する頃も、俺や美綴が3年でそこにいる。だから心配はしないで良い。となると掟破りだが、前から考えていた案を出すか。

 

「桜、俺の案だけど、副部長は2人選べ」

「え? 2人?」

「そう。男子と女子から1名ずつ。男子は一応、田上を推す事になっている」

「田上君を……」

 

 コクリと小さく桜が頷いた。そうなんだ。1年男子はあいつしか居ない。

 

「では、女子は?」

「たぶん2年女子に聞くのと2年男子に聞くのとで答えがわかれると思うんだ。だからお墨付きを頂いても良いじゃないか?」

 

 目線でちらりとエルヴァさんの方を見た。

 

「絶対に依怙贔屓しない人ですよ?」

「ふ~ん。つまり桜の中では、誰を副部長にするか決まっていたんだ?」

「あ」

 

 人を引っ張るなら清水、腕なら麻上となるけれど、その両方を兼ね備えているのがエルマだ。エルヴァさんも、そこは合理的に答えを出すと思うけどな。それで2人で先輩方のところへ、ペコペコ頭を下げながら声を掛けて相談した。答えは即答だった。やっぱりエルマだ。こうして公式発表はまだだけど、次期弓道部の新体制が決まった。

 

 放課後の部活を終えた帰りだ。下足室のロッカーにエルヴァさんからの手紙が入っていた。何だろうと開けてみて腰が抜けた。その……オトナなホテルの優待券だったんだ。それも俺と桜が以前使ったところ。エルヴァさん、どこかで見てるのか!? あれは最高の思い出だったけれど、帰りが翌日になって、少しお袋に小言を言われた苦い記憶がある。親父は笑っていたけれど。反省だ。やっぱり桜の家が無難だなぁ。でも、初めての時は桜が優待券を持っていて……あれって、入手先はエルヴァさんなのか?

 桜に気取られないようにしながらバス停まで歩いて、バスを見送った。それで何となく自転車を押しながら歩いていたら、前にエルヴァさんと吉川先輩が、これまた自転車を押して歩いていた。エルヴァさんの自転車は固定だから、後輪が回ればクランクも一緒に回る。よくあんなのに乗って通えるものだ。後ろから見ると本当に身長差が大きいな。だけど2人はお似合いだと思う。堂々としているし、先生方も煩く言わない。俺はちょっと順番を間違ったなって反省したものだ。

 

 そんな2人が海の見えるカーブで、ガードレールの外に出て草むらに入っていった。何だと思い、そ~っと近づいた。それで自転車をガードレールに預け、抜き足差し足で音を立てないようにして草むらに入った。そこには少し開けた場所があって、仲良く止めてある自転車の向こうに、もう一段下があった。今度は息を殺してそ~っと覗いてみた。海だ。星の瞬く空の下に海が遠くまで見えて水平線が左右に広がっていた。そんな景色を自分達のものにしながら2人は並んで座っていた。横座りしたエルヴァさんが、あぐらをかいている先輩にもたれている。

 そっとエルヴァさんの肩を抱き寄せる先輩。上向き加減で目を瞑るエルヴァさん。2人の顔が近づいて……。俺は細心の注意を払って草むらから抜け出た。そして元のカーブに出てやっと息を吐いた。そして自分を恥じた。それは後を黙って付けた事もあるけれど、一番の理由はわかってしまったからだ。エルヴァさんも先輩も『まだ』なんだ。本当に先輩は『日本一』になって正式に婚約しない限り、エルヴァさんには手を出さないつもりなんだ。だけど2人も俺や桜と同じで、お互いを求めている。なのにああして我慢しているんだ。

 俺は情けなかった。だけどあんな人が『姉』で、あんな人が『義兄』になるかもと思うと誇らしくもあった。エルヴァさんはどういう思いであの優待券を俺に……。そう考えると胸が痛くなった。だからまっすぐ何も考えないようにして家に帰った。部屋に入ると隣のリコーダーの音がここまで届いていた。

 着替えている間に響いていたメロディが突っ掛からなくなった。歓声をあげる妹達。そうだよ。エルヴァさんはこの子達の姉なんだ。だからお手本であろうと……。対する俺はどんな兄貴だ? 俺は士郎さんに相談しようと考えた。ルヴィアさんと付き合っている士郎さん。あの人ならどういう風に考える?

 

 そこで俺は夕食前に士郎さんの家に電話を掛けた。そして食事後に妹達には夜風に当たると誤魔化して武家屋敷に伺った。士郎さんが温かく迎えてくれ、美遊ちゃんがお茶をいれてくれた。俺が少しオトナな話も入ると言うと美遊ちゃんは席を外してくれた。あの子は本当に賢い。士郎さんの答えはこうだった。

 

「そうか……。そうだな。まずは君から雁夜さんに挨拶しておくべきだったな。連絡も電話なりメールなり方法はあったんじゃないか? 要はあの人なら、自分の親なら、そういう甘えがあった。君の親からしたら養子の垣根を越えた甘えは嬉しいと思うが、やっぱり『ケジメ』は重要だ。こうなったら年末から正月に掛けてがチャンスだと思う。そこでそういう関係になってしまった事を詫びた上で、今後の許しを得るしかないだろう」

 

 そうだよな、それしかないよな。

 

「士郎さんは?」

「俺? 最初は俺1人でフィンランドに行くつもりだったけど、凜さんの勧めで、美遊も連れて俺達3人で行くよ」

 

 そっか。学校が休みに入ったら……。

 

「飛行機代、高いですよ?」

「そこは仕方ないさ」

 

 話せて良かった。胸のつかえがスッと取れた。その後、俺はお礼を言って士郎さんの家から出た。そして士郎さんもルヴィアさんとは『まだ』だと気付いた。皆んな偉いよ……。俺ってまるでエロゲの主人公だ……情けない。だけど道は見えたし、やるべき事もわかった。今、桜は何をしているだろう。そんな事を考えながら家に帰った。

 

 

 

 リンさん達の式の準備を着々と進めている私だが(自分の場合はスイスにスリーサイズと身長体重をメールしただけ。エルも居るし、もうお任せだ)、プランとしては教会で式をあげ、家でパーティを開くだけだから、結局衣装だけだった。それらも本日の午前中で終わった。レンタルのドレスを選ぶ時に、着替える度に写真を撮ってあげた。リンさんはドレスが似合う。シロウさんも鼻の下が伸びっぱなしだった。

 後ろでヴェールを持つのはパミちゃんだ。こちらは可愛く上質なドレスを大量に持っていた。さすがだ。それにパミちゃんのお姉さんである『エルヴァ』のドレスも宝具の中にあると、『エルヴァ』が教えてくれ、どれでも好きに使って欲しいと言ってくれた。なのでリンさん達の式にはそれを着て参列する事にした。ただ、ズラッと並んだゴージャスなドレスの中にウエディングドレスもあったので悲しくなった。

 

『あなたが『現象』なると決意したのは……?』

『ええ。家族の事もありましたが、婚約者が亡くなったからです。彼が居ない人生なんて……』

 

 今はパミちゃんと瓜二つな子供の姿。それもエーテル体に長時間憑依できない。それでも私は彼女を抱きしめた。一緒に泣くしかできなかった。

 

『あなたは絶対にフンボルトと幸せになって』

『はい』

 

 それが彼女との誓いだった。

 

 

 家に戻った私は母屋に声を掛けた後、フンボルトの居る工房に向かった。中では彼が私ともう1人の私のための『Flying V』の最終調整をしていた。これがフンボルトから私達へのクリスマス・プレゼントだ。ただ私はこれだけで十分だけど、外に出られない彼女にはアクセサリーなども用意してあげてと話してある。

 また私は彼女の案でフンボルトにギターを作っていた。それはボディのシルエットこそ『Jazzmaster』だけれど、フロントに『Jazzmaster』、ミドルに『Jaguar』、ブリッジに『Telecaster』のリアピックアップを付けた少し変わったギターだった。コイルの巻数も磁石のグレードも彼女の指定で、『Jazzmaster』にしたのは背の高いフンボルトに似合うからだ。パッと見ではわかりづらいが、『Jazzmaster』と『Jaguar』はスケールだけでなく、ボディサイズが違っていて『Stratcaster』より大きい。その事は本人もわかっていて、それで『Telecaster』を最初に作ったのだ。音とボディ材だけで選んだ私より、選んだ理由が多かった。そんな事を彼女に気付かされた。

 それはともかくピアックアップの指定だ。『Jazzmaster』が8500、『Jaguar』が8550、『Telecaster』が9200('51~'64)が、平均的なコイルターン数となっている。ワイヤーはどれも『AWG42』、素材は『Telecaster』がプレーンエナメルで、他はヘヴィフォームバーだ。これを彼女はフロントの『Jazzmaster』をポールピースはアルニコⅢ、長さは倍にしてボビンを2段、上が8000巻で下が4500巻。それでその上下スタックの上側でコイルタップできるようにという案だった。

 これは凄い。私はハムバッカーの片側を『AWG44』のプレーンエナメルにする事で12000巻けた。つまりより細い線に素材を変えたのだ。だけどポールピースを伸ばしてボビンを2個重ねるとは。この方法なら『P-90』でも使えそうだし上と下で銅線の太さも変えられる。この方法なら『Firebird』にも使える……。

 元に戻そう。その昔、『Jazzmaster』は音が太くて甘いと英語の記事ではよく書かれるのに、『Fender Japan』製だと妙に細く感じた。それは国産が7000くらいしか巻かれていなかったのと磁石が違ったからだ。アメリカ製は先の巻数で磁石はアルニコⅤだ。それをⅢと最弱にしたが長さは倍でターン数は上段がアメリカと同じにして、追加の下段が更に音を太らせる。つまりカッティングでキンキンしないしソロにも使えるという事だ。ただし磁界が変わるので『Jazzmaster』本来の音とは異なるだろう。だけどこの組み合わせだとありだと思う。

 次の『Jaguar』は8500巻。このピックアップはサイドに山々な金属板があって、それで磁界を変化させ謎のジャキジャキ感を出している。それをそのまま活かしたいので、こちらにおかしなアレンジはない。ただしコイルは逆巻きの逆磁極にしてある。ミックスの時にノイズを減らすためだ。

 そして最後のブリッジ・ピックアップは『Telecaster』程の広さはないが、やはり底面に金属のプレート付いた3点ドメだ。良くも悪くもアンプ屋のレオが考えたオールレンジなピックアップは、低音から高音の倍音まできっちり拾って出すので、高音がキラキラしている、思ったより太い音がすると人によって感想が変化してしまう。回路的には67年以降の1MgΩポッド仕様、中でも67~68年のハイパス付きが高音が出て、51年以前のコイルターン数の多いタイプは音が太い。これは物理的なハードの問題だ。そこにアンプセッティングとネックの調子、弾き手のピッキングの巧さが絡み合い、更には聞き手の主観と、それに拠る脳内フィルターも絡んでくる。この後者のソフト面が低域だけを聞いていたり、高域とその倍音も聞いていたりして評価をわかれさせている。

 そこに一石を投じようと、彼女はこの『Telecaster』のブリッジ・ピックアップを考えた。普通に考えて周囲のプレートと底面のプレートが磁界を変化させ、当時としては驚異的なワイドレンジを獲得しているのは間違いない。そしてボルトオンがボディでなく、ほぼネックだけで弦の振動を受け止めているのなら、あのブリッジプレートをあの大きさに留めず、ピックガード全体と一体成型すればもっと響くはずだ。というのが彼女の考えだった。だからトレモロは最初からない。

 それで彼へのプレゼントだけれど、サプライズにはせずオープンでボディ材とネック材から選んで貰った。硬そうなメイプルのネックはフンボルトが自分で削ってトラスロッドもフレットも自分で仕込んだ。ボディは彼の指導を受けながら私が削った。

 それにピックアップを数回巻き直したから、結局彼にギターを渡せたのは翌年の中頃。つまり私が『エルヴァ・ヘーゲル』になった後だった。

 

 

 

 トロンメルとともに学園から戻ると、バス通学のエルマを待ち、合流して直ぐさまお向かいに3人で伺った。勿論、着替えていないので制服のままだ。少々真面目な話なのでこの方が良いだろうとの判断だった。

 

 ピンポ~ン

 

『はい、アインツベルンでございます』

「セラさん、エルヴァです。お母様はいらっしゃいますか?」

『はい。どうぞお入り下さい』

 

 快く返事を頂けたが、3人揃ってだったので、さすがのセラさんも少し驚いていた。

 

「何かありましたか?」

「簡単なご相談です。今月はお父さんの誕生日がありますでしょう? その事で」

「ああ、旦那さまの! そうでした。どうぞ」

 

 そうしていつものダイニングキッチンと続きになったリビングに3人で押しかけると。5対1で肩身の狭そうな少年は、哀れ8対1への奈落へ落とされた。

 

「お、お、俺、上に行こうか……?」

「士郎クン、君もここに。お母様」

「はい。どうしたの、エルヴァちゃん。それにエルマちゃんもトロンメルちゃんも?」

「11月11日。後、数日でお父さんの誕生日ですよ?」

 

 ここで『まぁ』と歓喜の表情を見せたのがお母様だ。つまりお母様は当然覚えているし、何かを用意済みだったって事だ。対して『え?』とか『あ!』という表情を見せたのが士郎クンにおチビちゃんとクロエちゃんだ。

 

「何か考えてくれていたのね? ありがとう。でも、キリツグがいつ戻るか……」

「はい。そこで」

 

 そう言って私はトロンメルとエルマに持たせていた紙袋(ここに来る前に持たせた)の中身をテーブルの上にどんどん並べた。『響21年』と『山崎12年(ピュアモルト表記)』が2本ずつだ。

 

「ああ? お酒ね」

「はい。こちらが数万円なので高校生組がお小遣いを出し合った体裁で、こちらは1万円しませんので小学生組にセラさんやリーゼリットさんが応援した形で」

「お~、さすがエルヴァ」

「リーゼリット! あなたは!」

 

 お母様はニコニコだ。

 

「まぁまぁ。実はエルヴァちゃん。私達、親の誕生日は今まで祝ったりしなかったの。祝うべきは成長していく子供達だもの。それと父の日や母の日も」

 

 そうか……今までお2人とも海外だったから……。あっちの世界とは違っていたのか。

 

「でも、母の日に祝ってくれたでしょう? あれが本当に嬉しかった。士郎にイリヤにクロエ……大切なものを守るつもりで、その大切なものを蔑ろにしていたような気がして。それでこれからは日本に残って子供達を見守ろうって。それに気付けて良かった。だからエルヴァちゃん、私は本当にあなたに感謝しているのよ。だからこのお酒は受け取っておくわ。洋酒棚に飾っておきましょう。戻ったら、あの人絶対に喜ぶから」

 

 この後、エルマが玄関に一旦出た。そして数旬で戻った。さも、玄関に置き忘れていたという風な顔で。そしてそれは箱入りのウイスキーだった。唖然としているとトロンメルも『ちょっと失礼』と言い残して一旦出て行った。戻ったのはエルマの箱を皆んなで囲んでしげしげと眺めていた時だ。

 

「お姉ちゃん、これもお酒?」

「はい、ウイスキーです。ですけど、これは……」

「高級なのね? エルマちゃん?」

「高いのは高いです。ネットのオークションで転売目的で買ったものです。ですけど、元手は別のもので回収済みですからお父さんが喜んで下さるなら」

「そう。じゃ、預かっておくわね」

 

 そこにトロンメルが戻った。同じメーカーの違うお酒だ。エルマのは『山崎35年』でトロンメルのは『響30年』だった。2人とも白状した通り、完全に転売目的だ。そしてこれまでに十分元を取っているのだろう。価格は言わず2本ともお母様に預けた。少し心配したが、この流れは意外と良いかも知れない。

 

「それで、もう一つご相談が」

「何かしら?」

「イリヤ姉さんの事です」

「イリヤちゃんがどうしたの?」

「姉さんの誕生日は11月20日前後だと思われます。本人も正確に覚えていないため、私の方で20日に決めましたが」

「まぁ……それで?」

「パーティの参加をお願いしたいのと、私の方で用意致しますのでプレゼントの共同名義人になって頂けますか?」

「それは構わないけれど。何をプレゼントするの?」

「クルマでも良いですし、お許し頂けるならお母様との温泉旅行とか」

「そうね。そういうのも良いわよね」

 

 そんな具合にお話は纏まった。食事を摂って行けと言われたけれど、座るところがないのでご遠慮した。何より育ち盛りの子のおかずが減っては可哀想だし、私達の分はあちらに用意してある。

 

「お姉ちゃん、ご飯の後にお風呂、そっちで入ってい良い?」

「どうぞ。何か?」

「うん。イリヤと練習したリコーダーがどんなだか聞いて欲しくて」

「わかりました」

 

 そうして私達は戻ったのだった。




石破さんが人気って……メディアは隠す気なしですね。
おまけにBLM運動で中国の旗を振っている黒人が居ましたし。沖縄の基地反対の垂れ幕にハングルがあるのと同じですね。
スパイが多過ぎですよ、この国は。
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