ムンバイの朝が来た。普通の人はホテルで優雅に朝食を楽しむのだろう。だけど私は違う。屋台の街ムンバイは、もう起きている。朝から食べられる屋台があるのだ。某何とかの朝マ◯クなんてお呼びじゃない。あのセットの値段の半分以下で、もっともっと面白いものが食べられる。
インド門前での運動は4人で行ったが、馬謖と呪腕と百貌はホテルに戻らせ、通りを歩いているのは私と百貌の中の、あの女性リーダーと凜の守護者の彼だ。3人を戻らせた理由は、宿泊代に入っている朝食代が勿体ないから。彼女と連れ立つのは、自分自身のアサシンの彼女達と仲が良いので、好きな食べ物を知っているからだ。そして彼を伴うのは百貌と呪腕が心配したからだった。
「エルヴァ様。インドは初めてなのですが、どちらへ?」
「お目当てはホットサンドですよ。それを2セット頼めば彼の分まで十分ありますから、3人でシェアしましょう」
この『何か』を分け合うというだけで彼らは感激する。そんな人殺しを生業にするようなニッチな教団だから、お金がなく貧乏だったのだ。職業は安定した生活費が稼げるものを選ばないと。
「それ、彼(ホテルの百貌)に言って下さい」
それはそうだね。と言うか、彼が『本体』だって認めてんじゃん。だけど彼女とは『初めまして』に近い関係だから、こうして指定して出して貰ったのだ。当然、護衛の彼も。この2人を指定した事に百貌は少し驚いていた。
『本当に並行世界でも私のマスターなのですね?』
と。そして例の3人(ザイード、マクール、ゴズール)が使えると話すと、必ずもっと驚く。だけど彼らの才能が当時は活きなかったが、現代にはかなり合うのだと教えると、半信半疑ながらもどこか納得した気配も感じさせた。
『ものは試しでデリーに先行させましょう。そこで彼らなりにヒマーチャル・プラデーシュ州へ赴きダラムサラの様子を探ってくれるでしょう』
デリーの上、ヒマラヤの麓、ヒマーチャル・プラデーシュ州のダラムサラという街にチベットの亡命政府がある。今はそこからの使者と会う連絡待ちで、このムンバイに留まっているのだ。それとどうやらダラムサラに行かずとも、デリーで会えるらしい。なら3人をザイードに纏めさせ現地で情報収集に当たらせるのは悪くない手だと思う。
『まぁ、あなたがそう仰るのなら……』
そうして渋々百貌は3人を出してくれ、今朝出発させたところだったのだ。さて、そろそろお目当ての屋台が見える頃だ。そこの角を曲がってと……。
「お待ち下さい! こ、これは……」
「我らの気配?」
そこには熱々のホットサンドをチャイと流し込む、『基底のザイード』『迅速のマクール』『怪腕のゴズール』が居た。彼らは『今の私』のサーヴァントではない。2組居るエルマのサーヴァントのどちらかだ。お父さんの護衛に、20人ほどが今北京に潜伏している。そのアサシン達の仲間だろう。その20人は新疆にも平壌にも居た。その事に気付かないランサーやランスロットさんではない。その事を小耳に挟んでいた私はエルヴァがエルマに命じたであろう事を想像できていた。
そして彼ら三人衆がここに居る理由。それも簡単に想像が付く。それはパキスタンの地理と歴史にある。パキスタンの正式名称はパキスタン・イスラム共和国である。そして驚くなかれ、英国連邦加盟国でもある。真北にはアフガニスタンがあり、その両国の西隣にイラン(※)がドド~ンと存在する。
更に北東の国境が曖昧なところは新疆の南西と接していた(そこはインド最北部でもある。この国境紛争地域がカシミールだ)。これだけである程度わかると思う。半島以上にシビアな位置に国土があるのだ。よって長年アメリカが支援してきた国でもある。なのに隣のインドと猛烈に仲が悪く、3度も戦争を起こし、両国ともに核を持つ現在に至ってしまった。これはインドがヒンドゥー教の国であり、パキスタンがイスラム教の国だからだというだけではない。元々インドと同じくパキスタンもバングラデシュも英国領だったのだ。
そしてこのバングラデシュもイスラム教の国で、真ん中のインドが独立しちゃったので、『ちょ、待てよ!』とイスラム教の地域でパキスタン・イスラム共和国として独立した。つまり西ベンガル地方(ダージリン)やアッサム地方に東ベンガル地方5州といったインドと隣接している(美味しいところを手放さいところに、インドの国益だけでなく英国の思惑が透けて見える。なお並行世界ではこの両地方にお祖父様の農園がある)、バングラディッシュは元パキスタンだったのだ。当時は東パキスタンといって、インドを跨いだ盛大な飛び地だった。もうこの段階で揉める未来しか見えない。だから3度目の印パ戦争はこの東パキスタンの独立問題だった。
中央政府はインドの西で、ゆうに1000と2~300kmは離れている。なので言語が全然違う。パキスタンは主にウルドゥー語だけど、バングラディシュはベンガル語。ここから東西対立が起き、東パキスタンの独立運動が活気付いた。でも鎮圧しようとする空輸された西パキスタンの軍に便乗して、反独立派の過激なイスラムが民衆を大量虐殺してしまった(1971年)。
それで難を逃れるために、ベンガル人の難民が大量にインドに雪崩込んだ。ジョージ・ハリスンが音頭を取ってチャリティ・コンサートを開いたりしたので、この虐殺は世界的にも知られる悲惨な事件となった(バングラディシュ難民救済コンサート。若き日の、ドラッグでベロベロのクラプトンも出ている。この数年後にクラプトンはドラッグを抜いて復活した。その肩の力が抜けた様を指して『レイドバック』という言葉が流行った)。そこでこれはいかんとインドが独立支援に軍を出した(第三次印パ戦争)。そうしてバングラディシュは独立できたのだ(この後も悲惨なくらい貧乏なのだけど、近年は少しマシになった)。
これとは別に1962年にアッサムの北部で中印国境紛争があり、1964年に中国が核実験を成功させた。その流れからインドは1974年に核実験を行った。この核の技術供与を行ったのはアメリカとカナダだ。インドは原子力に拠る平和的エネルギー利用しかしないと明言していたからだ。ところがぎっちょん、中国はチベットだけでは飽き足らないのか、じわじわと尖閣のようにアッサムへ南下してくる。インドの気持ち、わかるでしょう?
でも、それはヤメロよ~と堪らないのがパキスタンだ。で、話を飛ばすけれど、1998年にやっとパキスタンは核実験に成功した。インドもパキスタンも世界中から非難され、その時その時に制裁を受けるのだけど、どっちも引かなかった。インドの人もパキスタンの人も素朴で温かいのに、怒ると頑固で容赦がない。カプサイシンを大量摂取しても脳が破壊されない堅牢な人達だから本当に恐ろしい。複雑なスパイスのハーモニーで誤魔化されるが、そこらのキムチより辛いものを平気で食べるのがインド人とパキスタン人だった。
※)イラン。正式名称、イラン・イスラム共和国。旧国名はペルシア。ただしこのペルシアの語源はパールサであり、現代で言うファールス地方(パールサ地方)から広がった民族だから、そう自称したに過ぎない。それがローマ人からペルシアとして広まっていった。またイランとはアーリア人という意味だ(なので他のアラブ諸国より、より白人に近い特徴を持つ人が多い)。そんな事情なのでペルシア人・ペルシア語と、現代のイラン人・イラン語とではその範囲が異なってくる。旧ソ連や旧ドイツに翻弄されてきた国なので、王朝時代は親米・親日だった事を忘れている人は多い。それが反米になったのは革命が起きてパフレヴィー朝が倒れてからだ。この時の皇帝、パフレヴィー皇帝を日本語読みしてパーレビ国王という。この皇帝は戒律と近代文明とを天秤にかけ近代文明を採った人でもあった。女性の人権・自由・衣類に拠る拘束(ヒジャブという頭巾の廃止)などを打ち出した。これに猛烈に反対したのがイスラム法学者のホメイニー(ホメイニ師)達である。
その後、皇帝は亡命を決意し皇帝専用機のある空港に向かった。この時空港を警備していた警備員が、皇帝の靴にお別れのキスをしている写真が残っている。そして皇帝は人々に惜しまれつつ皇后を乗せて、自らボーイング727を操縦してイランを飛び立った。そこからイランは日本やアメリカとの国交も途絶え、どん底の道を歩む事となった。宗教の教義を取るか、世俗にまみれても経済を取るか。どちらが国民にとって正しかったかは難しいところだ。答えは歴史が証明するのだろう。
余談。
そんなパーレビ国王の置き土産が、イスラエルに敷設された秘密のパイプラインである。これを利用してUAE(アラブ首長国連邦)と、イスラエルが国交を回復した。なんと2020年の事である。音頭を取ったのはトランプ大統領だ。理由は単純。そのパイプラインを使えば、通行料の高価なスエズ運河を使わず、UAEはEUに石油を安く売れる。つまり他の産油国より競争力が高まるのだ。またイスラエルにしても、敵は獅子身中の虫であるパレスチナであり、ヨルダンであり、レバノン(ここの歴史も面白い)に住み着いたヒズボラだ。何より軍事力にものを言わせて、上から目線で握手しろと言ってくる、クリントンやオバマといった民主党のインチキ野郎がムカつく(中共とくっつく民主党を嫌っているイスラエルの人は多い)。ところが共和党のトランプ大統領は『パイプ使用料で稼げば良いじゃないか。それでもって、UAEとともにイランを睨んでくれれば、もっと儲かる話を用意するよ』と言って来たのだった(日本はおろか英字新聞でもほとんど報道されていない、ノーべル平和賞ものの快挙だ。ただしホメイニが頑ななのは就任初期にトランプ大統領が下手を打ったから。その関係修正・修復に飛んだのが安倍首相だ。結果はよろしくなかったが、ホメイニさんに、『アメ公のトランプはともかく、安倍さん、あなたは信じる』と言わしめた)。
パキスタンも観光に行くなら楽しいところだ(一般人には危険だけど)。あのインダス文明の遺跡モヘンジョダロやハラッパーがあるのも、古代国家ガンダーラの遺跡があるのもパキスタンだ。首都のイスラマバードからも近いし、遥か北にはヒマラヤ山脈がそびえK2がある。博物館に行けば釈迦苦行像もあるし、ガンダーラの美術品を展示している博物館もある。ムガール帝国時代の要砦が残るロータス・フォートや、北西のフンザ(ハンザ・バレー)は現代の桃源郷と言われる風光明媚な場所だ。それとパキスタン料理も美味しい。インドの東側とは異なり、カレー以外はイランやイラクの料理っぽい。ところがカレーは西インドのムンバイととても似ていてトマトをよく使う。そのまろやかなコクは、辛いものが苦手な人にも合うだろう。
対するバングラディシュは初めて行くと面白いが、博物館もこぢんまりしていて何度も行くと飽きてしまう。ダッカの雑踏もインドやタイ、ブラジルでも見られる。だけど、お米と魚が意外と美味しく(このバングラディシュに流れる川はチベットから流れているのだが、メコンと同じく上流で中共がダムを作っていて最近危ない)、おまけにインドみたいにバサッっとうま味調味料を使わないので、素材の味がしっかりと残っている。優しい味が好きならバングラディシュ料理は合うだろう。それにサラサラなカレーなので、日本で夏に素麺を浸けて食べる手が使える。
ちなみに本場のカレーは、煮込み調理でなくスパイスを使った炒め調理だ。なので油も水も自分次第。牛乳やヨーグルトを入れてメインとして仕上げても良いし、魚のフィレとスパイスをソテーするだけでも良い。ご飯に掛けるだけがカレーではないのだ。しかし、これだけインドに来て散々料理を食べておきながら、名前のわからないスパイスがある。理由は現地の言葉と呼称がわからないからだ。
そしてエルマの凸凹3人衆だけど。彼らは多分、インドの内情を探っているのだと思われる。パキスタンは先月、核廃棄とインドとの和平を宣言していた(『現象』の影響だ)。ところが当のインドがそれを無視していたのだ。孔明さんは両国の間に入って和平を取り持とうと考えた。私達がここに入ったのはチベットの独立問題だけでなく、このインドとパキスタンの問題もあったのだ。新しい政府が生まれ、前政権は滅びました。なのでチベットは独立して下さい。インドも今までの事は水に流して仲良くしてね。と、簡単に行かないのが国際社会だ。読みとしては来年の夏までにそれぞれの交渉に入れれば良い方だろう。とにかく今はそれに向けての下準備だった。なのでチベット亡命政府の使者との会談が重要だったのだ。
彼らに何としても新政府は違うのだと理解して貰い、チベットへの帰郷事業を支援する。新疆もそうだが、これに拠って世界の目線が変わる。それを来年の2005年一杯で目処をつける。その第一歩だったのだ。だから私は『現象となった彼女』に感謝した。エルマに指示したエルヴァに感謝した。ここで3人に会うのかと。頭の中でタンブーラがミョミョミョ~ンと鳴り響いたくらいだ(映画やアニメの宮殿シーンで鳴るシタールっぽいアレ。大型(男性用)がタンブーラ。小型(女性用)をタンプーラという。シタールと同じで、西欧人には訳のわからない楽器である。が、ビートルズのジョージ・ハリスンやローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズがインドにドハマリした気持ちがわかる音がする。中国の二胡と並んで私の好きな音のする楽器だ)。
「む?」
「もしや……『エル殿』の気配ではないか?」
「そうだ、これは……」
私は逸るアサ子(仮称)とフランク(仮称)を制し、3人に語りかけた。
「エルマのザイードにマクールとゴズールですね? お察しの通り私は『エルヴァ』です」
「やはり。エルマ殿から伺っております。容姿の異なる『エル殿』が残られていると。ですが中国だったのでは?」
「そちらのエルヴァと同じです。こことパキスタンの内情を探ろうと。申し訳ありませんが、調べた内容を教えて下さい。こちらもここにいる理由を詳しく話しますので」
「それを報告しても?」
「ええ、構いません」
それでホットサンドとチャイを持って、そこいらの住宅の前に座り込んで朝食を頂きながら話した。ヤギが寄って来たので、朝食でゴロゴロしてきたお腹の中身をヤギに転移した。ヤギが少し離れたところで脱糞した。コロコロしたそれでなく適度な粘り気と湿り気を帯びた茶色いそれは私のだ。誰も気付かないが、こういう魔術の使い方がある。転移魔術が使えるなら覚えておいて損はない。緊急の場合、救われる事がとても多い便利な魔術だからね。通りすがりの犬がヤギの排泄物を嗅いでいた。芳(かぐわ)しいだろ?
情報交換は済んだし、パンも食べきったので立ち上がった。この後どうするのかと尋ねれば、3人はお父さんの番でもないので、もう少しインドを回ると言った。
「デリーに行けばこちらのザイード達に会えるかも。何だったら先輩として少し揉んでやって下さい」
3人は苦笑していた。それで手を振って別れた。
『Goth(ゴス)』とはゴート族の事を指す蔑称だった。ローマの文化を知らず、我々とは異なる神を信ずる異教徒という意味である。それはルネサンス期も同じで、それ以前の芸術作品を『Gothic(ゴシック)』と呼んだ事で広まった。意味は『ゴート風』であり、暗に『野蛮で粗野、洗練されていない』と言っている訳だ。その言葉が単に様式を指すだけになったのは、18世紀に入ってゴシック建築などが再評価(ゴシック・リヴァイヴァル)されてからだ。
ではサブカルに於けるゴスとは何だろうか? 私はこれを現代での『ゴシック・リヴァイヴァル』ではないかと見ている。ただし亜流と言うかもっと表層的な。つまり求めているのは12世紀以前でなく『ゴシック・リヴァイヴァル』の時代、18世紀から19世紀への懐古だと思うのだ。だけどここが現代だ。ブラム・ストーカーのドラキュラよろしく、『夜』『月明かり』といったイメージで、その彩りを『モノトーン』化した。これらが70年代のゴシック・ロックからの流れを汲むバンドと、80年代以降に生まれたデス・ロックとの混同を生じさせたと言えるだろう。
ところが日本ではファッション分野で、それまでのハウス系な色使いを継承していたロリータ・ファッションと結びつき、新たなジャンルを作るに至った。海外では19世紀風なドレスの色をモノトーンに纏め、小道具にシルクハットなどを使い、怪奇色を加味するくらいだ。絶対にまかり間違っても『使用人がお仕着せで着る作業服(メイド服)』などと結びつける事はない。日本人はその壁を破ったから凄いのだ。
だから着替え終えていつも思うのだ。こういうのは『エル』やエルのような真っ白な肌でないと。だけど一緒に案を出し合ったスタイリストもメーカーも、この路線が良いという。そして最近のシーンは『Speed Gothic Metal』なんてのが出て来てしまった。
バンッという音でスタジオのライトが一斉に灯った。胸元の生地が占星術の惑星記号と記号で抜かれていて背中が編み上げになった黒いワンピース。外向きの二つの三日月の真ん中に巨蟹宮だ。これが横になった『69』みたいで妙にエッチだ。そして肩から下げているのは赤いアイリッシュ・ブズーキ。これを曲の導入で弾く。本日はミニアルバムに入っている4曲目をモチーフにしたイメージショットの撮影日だった。
「エルヴァ、目線をこの辺で。そう、その表情だ」
プロ用の大きなデジタルカメラが、次々と私というアナクロでアナログな魔術師をデジタルに変換しながら記録していく。あの中の私は電気信号となってパソコンに納められ、ピクセルとなってモニターに映し出される。
「ケイ」
私はメイクも担当してくれている、スタイリストのケイを呼んだ。
「ん? 疲れた?」
本日のカメラマンが手を止めて声を掛けてくれる。だけど彼と側に来たケイに、撮影中に浮かんだアイデアを伝えた。
「つまり片目は瞑って、もう片目にカラーコンタクトを2つ入れて、瞳が2つあるようにするって事?」
「はい。その方が神秘的に感じませんか?」
「面白そうだ。やってみよう」
まぁ、種を明かせば、日本で見掛けた漫画の真似だ。この世界に流される前の元の姿は『しろがね』だったのに、それが『くろがね』になって、でもって、生まれた家は『自動人形』以上の生命を造り出す家だった。私はブズーキを掻き鳴らしながら、次々とポーズを取っていった。
「それだ! エルヴァ! そう、視線はそこ。そのままにしていて。右からのキャッチ! もっと右奥に回せ。ホリゾント以外、バックに光を入れるな。そうだ、もっとサイドから」
「これだとキャッチが入りません」
「いや、スポットにスヌートとハニカムを噛ませろ。フィルターを赤くして」
カラーコンタクトで色味の失くなった瞳を、元の赤に戻すような、的確なライトを指示するカメラマン。撮影場所はロスのビルの中にある大きなコマーシャルスタジオだ。だからライトも大型のプロ用ストロボでなく、舞台用のようなライトを使っている。なのでスタジオ内はガンガンにエアコンを効かせていた。でないとライトから発する熱で一気に温度が上昇するのだ。結局、ブズーキの撮影は50分ほどで終わった。5フレット目にハメるカポがなかったので違和感が強かった。
さぁ、休憩を挟んで次はギターを持っての撮影だ。手渡されたのは『Goth G-400』。曲を書いたのは、あのモザイクな『Telecaster』だけど、それは言わない。衣装を黒いパーティドレスに着替えた。下手をすればキッズかスチューデント用のようなチュチュの可愛いドレスだ。だけど上半身の刺繍には銀糸が使われていて、腕には肘までの黒いレースのアームカバーだ。左肩にはギターのヘッドにあるシンボルと同じものをケイが描いた。そのラフスケッチはメーカーのデザイナーとケイと私の3人で、メールをやり取りして決めたものだ。
ギターとの撮影は2時間近く掛かった。これは毎回そうだ。ボディにクスミがあれば拭かなきゃいけないし、デフューズをしてあってもキツいライトの反射はご法度だ。だからワンポーズごとにモニター・チェックが入るのだ。何よりこのギターを売らなきゃいけない。だから訴求力の高そうなポーズが要求される。最後はヘッドにキスして終わった。
「あ~、疲れた」
「お疲れ。エルヴァ、何か食べていく?」
「ガッツリと醤油豚骨が食べたい」
「は?」
カリフォルニアのロサンゼルスといえど、そんなお店はまだ進出していなかった。結局、スタジオから近い有名店の『Pink's』にした。西海岸でホットドッグとくればここになる。お昼時はとっくに過ぎていたけれど、30分並んだ。やっと回ってきた順番で『PLANET HOLLYWOOD DOG』と『CHILI CHEESE DOG』、それとオニオンリングとフレンチフライをオーダーした。ケイと2人でシェアすれば全部食べられるだろう。
食後はスタジオまで戻った。駐車場にダコタを停めてあるのだ。これから自分の運転でハンティントン・ビーチに戻るのだ。そんな時にいつもの楽器屋さん(中古店の方)から携帯に電話が入った。
『ヤァ、入ったよ』
「やった! 今、ちょうどロスなんで寄って行きます」
そうしてクルマを停めてお店に入ると、カウンターの上に『ブツ』が乗っていた。
「これが?」
「うん。これくらい掛かるけど、良い?」
そう言って電卓の数字を見せてくれた。十分納得の価格だった。モノは1986年製の『Casino』で、色は木目の透けているワインレッド。fホールから見えるベージュのラベル。ヘッド裏にある7桁のシリアルナンバーは『6』から始まっている。そして掠れた『MADE IN JAPAN』のシール。正真正銘のマツモク製で私の生誕年のものだ。
この『ES-335』と同じシン・ボディにはセンターブロックがない。この薄さでホロウなのだ。『THE BEATLES』が使った事で有名になったギターだが、『Rickenbacker』を手に入れる頃から探していたのだ。この日本製でアメリカ出荷分にしかなかった色を。銀色に輝く『P-90』は傷こそあるけれど、くすみはない。それはブリッジやテールピースもだ。
60年代のオリジナルはサンバーストしかなかった『Casino』。ジョージはビグスビー付きで、ジョンは屋上のゲリラライブに塗装を引っ剥がした『Casino』を使っていた。そこまでファンでもないのに、カタログで見た『Emperor』や『dot』も買ったのに、どうしてもこれが欲しかった。それはフンボルトが『THE BEATLES』のファンだからだ。メタルも聞くのに、古典も聞く。その幅広さがフンボルトの味だ。なので私も使うけれど、彼も喜んで使うはず。私はニヤケながらカードで支払った。税別で1000ドルだった。
決済を終えて帰ろうとしたら、見知らぬ男の子に声を掛けられた。
「Queen!」
このお店、中古だけでなくアウトレットや、チープな新品も扱っていた。その男の子は例のメーカーの『SG』を抱えていた。それが『Goth』でなく『G-310』の方だった。『Goth』は『G-400』系なのでセットネックだ。だけど『G-310』はボルトオンになる。
ところが『Les Paul』なら『う~ん』となるボルトオンも『SG』なら『あり』だと思える不思議。それは音がそこそこ良くてバランスが良いからだ。『G-310』はピックアップとの相性が良く(それでも『700T/650R』の音は薄いけれど)、ヘッド落ちがしない位置にピンがあるのだ。だからこれを使い続ける日本のバンドも居る(多分あちらのピックアップは『G-400』の『Alnico Classic』に替えてある)。そういう潔さはカッコいい。なので私も2本持っていた。すっかりこのメーカーのコレクターな私だ。
「握手して貰って良い?」
「どうぞ」
そして私より背の高い、中学生くらいの男の子と握手した。さすがにギターにサインしてくれとは言われなかった。だけど『G-310』の黒と赤を持っていると話すと、お礼を言いながら黒をレジに持っていった。そこで目に入ったのが『Emily the Strange G-310』だ。トップに女の子と黒猫が描かれたサイケなペイントのギターだ。確かサンフランシスコのデザイナーが考えたキャラで、サブカルの『ゴス』をある側面で体現しているキャラでもあった。日本でも絵本が出ていたと思う。これは良い。思わずそれを手にとってカウンターに置いた。クルマまで店員さんが運んでくれた。
「向かいには寄らないのかい? あっちが君のメインだろ?」
そのお向かいのお店が主催したコンテストで優勝して、こんなモデルまがいの事をしている。そうだね。顔を出して弦でも買おうかとお向かいに行った。クルマは置いていきなよと言われたので甘える事にした。そして数十分後、ボールの箱を抱えて通りを渡る私を見て、中古店のスタッフが出て来て笑った。
「押し売られた?」
「半分は。残りは5千ドルの端数」
「ああ、賞金の。まだ残っていたんだ?」
ほとんどがアンプとエフェクターで消えたけれど、中途半端に残っていて。ちまちま弦を買っても期限が来るだろうし、困っていたのだ。そこであちらの店員が薦めてきたのが、またまた『Emily the Strange G-310』だった。エルにあげても良いし、パミちゃんにあげても良い。なので端数を全部使い、若干支払った上でこれを持って出て来たのだ。それをクルマに乗せて、今度こそハンティントン・ビーチに向けて出発した。ダコタはフンボルトとシロウさんが整備してくれたので、すこぶる快適だ。秋のカリフォルニアもカラッと晴れて空が青かった。
家に戻りダコタを停め、母屋に声を掛けた。シロウさんはアルバイトに出ていたが、リンさんがモニカさんやミアータさんとリビングで話し込んでいた。テーブルの上には書類やカードが広がっていた。
「ただいまです。それは?」
「おかえり、エルヴァ」
「おかえりなさいませ。お館様のエージェントが先程……」
それはリンさんとシロウさんのグリーンカードを含む、諸々の書類だった。フンボルトは既にドイツ国籍を持ちながらにして、アメリカの永住権を取得していた。これは現在こちらにあるお祖父様の会社に籍を置いた形になっているからだ。米国雇用主がスポンサーな訳だから、皆んなの中で取得が1番早かった(もっと掛かるのが常だろうけど、そこはお祖父様だ)。
そしてシロウさんはお父さんの口利きで、こちらのエージェント達と同じ会社に籍を置いている事になっているらしい。お父さんの弟子として面倒は見るけれど、仕事はたまのサポーターで良いという考えだ。当然、シロウさんには不満があるだろう。だけどそれを口にせず淡々と受け入れて、アルバイトに出て行ったそうだ。それをリンさんは嬉しく感じたという。
またリンさんはお祖父様の持つ会社の下請けという名目で、個人事業主の立場になっていた。と同時に『EB-5 visa(投資永住権ビザ)』の資格も得ていた。これはアメリカの企業に最低でも日本円で約1億(100万ドル)の投資をして、米国の雇用創生に貢献したという実績がないと得られない資格だった。要はお金で永住権を買うのだ(申請期間も短いのが特徴)。投資のスポンサーはモニカさんとミアータさんだ。彼女達が『エル』から得た資産を一部リンさんに貸し付け、運用して貰っているのだ。このアイデアは私が出していた。
「いよいよアメリカで生きるんだなって気持ちになるわね?」
「でも、冬木には……」
「そうよね。私にも士郎にも居場所がない。行っても観光客だわ。かと言って今更倫敦でもないし。ここでじっくり腰を据えて投資しながら、研究を続けるのが正解だわ。それに士郎もその方が安全だし」
リンさんの才覚だとタマさえ用意すれば2年も掛からず100万ドルを返済し、収支をプラスに持って行けるだろう。リンさんの言葉を聞いて安心した私は、フンボルトが居るであろう工房に向かった。途中ダコタからギターを下ろすのを忘れない。そうして工房に入ったのだけれど、誰も居ない。これはあそこかと、ギターを全部運んでからアンプの裏に入った。するとそこはパミちゃんの宝具の通常空間だった。どうやらパミちゃんはここに繋げる方法を発見したようだ。
それでいつもの家に行って中に入ると、彼女がリビングのテーブルにワインディングマシーン置いて、ピックアップを巻いていた。
「お帰りなさい。撮影だったそうですね?」
「はい。ですが、この状況は? それにフンボルトとパミちゃんは?」
「フンボルトの話ですが、パミちゃんは友人と遊びに出ていると思いますよ。私は見ての通りで、フンボルトは材木商と楽器屋さんを廻ると言って出ています」
つまり本日のフンボルトは忙しいので、彼女と過ごしてくれという意味だ。私が喚び出した訳ではないので、珍しく着ている服が違う。私は彼女の前に置いてあったノートを覗いた。それは私のノートだ。そこに私と同じ筆跡だけど色の違うペンで注釈が書かれてあった。このワインディングマシーンや各ゲージの銅線や規格モノのボビンなどは、複数ここにも持ち込んでいた。
きっと日本の女の子なら、クリスマスに向けてせっせとセーターでも編むのだろう。だけど私はここに来て、彼女と黙々コイルを巻く事があった。その方が落ち着くし、考えが色々と纏まるからだった。何を悩んでいるのかって? きっとマリッジブルーなのだと思う。それと彼女に対して自分だけがという後ろめたさ。だけどお互いにそれは口に出さないで、黙々とコイルを巻いていく。
フンボルトが作りたいギターのデザインが決まった。そのスケッチを見せて貰った時、私と彼女は同時にグヤトーンの『LGX-II Marroly』を思い浮かべた。70年代なかばの『LG-880 Marroly』はカッタウェイがヤマハの『SX』のように撫で肩だった。それをもう少し立たせて『Les Paul Special』っぽくし、90年代前半のバンド・ブームに合わせたようなシンプルなギターだった。『LG-880 Marroly』はペグが左右3対3だったけど、『LGX-II Marroly』は4対2で三角形のヘッドだった。指板にもメイプルとローズウッド仕様の2種があったし、フロントがテレキャスみたいなカバードでリアが『P-90』ではないけれど出力の高そうな前後シングルというのが良かった(『LGX-I Marroly』というのもあって、そちらはリアのみだった)。『LG-1000 Glory』ともども、元気な頃のロリー・ギャラガーが開発に関わったとか聞いていた。
そしてフンボルトのそれは撫で肩カッタウェイの4対2ヘッドで、トップはカーブド、或いはアーチドだったカーブドはカービングという言葉からもわかるように『削る』という意味だ。だから『Les Paul』はカーブドトップだ。ではアーチドとは? それはホロウやセミホロウのようにトップを曲げて作ったものを言う。よく混同されるのは多分日本語のカーブが曲がると言う意味に誤訳されているからだろうか。
道路のあれはコーナーが正解で、カーブとは曲がり方を指す言葉だ。だから野球のあれも『削るように軌道を変化』させるから付けられた名だ。なので握り方が同じなら縦だろうが横だろうがカーブだ……よね? 削らないならスライダーだっけ? 逆がシュートとシンカー?。たぶんゴルフのフックとドローの違いみたいなものかなと思っている。だけどこちらはフットボールもベースボールにも、そんなに興味がない。ごめんなさい。どこのファンだって訊かれれば、無難に地元チームの名を出すレベルの女の子が、偉そうに野球用語で例えちゃダメだね。
それはともかく、私達が今行っているのは彼の新しいギターに乗せるピックアップの試作品作りだった。一つはシャキっとした Rock'n'roll 用。もう一つは枯れたサウンドの Slide 用だった。『Slide』と聞けば私は『SG』を思い浮かべるのだけれど(レイナード・スキナードのファンなので)、彼女はデュアン・オールマンやライ・クーダー、果てはジェリー・ダグラスを思い浮かべるのだとか。
だから同じ大きさで同じ外装のピックアップなのに、彼女の巻いているリアはテスコのKピックアップみたいな櫛形のポールピースを使っていた。あのロボットみたいなテスコ版ゴールド・フォイルでないところがミソだ。それでフロントはシンプルなフルカバーのテレキャスみたいなタイプ。ここに彼女と私の『マロリー』へのリスペクトがある。フンボルトはそんなの知る由もないから、デザインが似たのは偶然なのだと思う。でもねぇ。日本文化に親しんだ私達としては、ありゃりゃって気持ちなんだよね。
「ガラスとステン、スライドバーはどっちが好き?」
「ガラスかな。曲によってはブラスやソケットレンチもありだけど」
ソケットレンチは贅沢だけど、あの重さが気にならないなら音の伸びは良い。
「ガラスだとどんな?」
「瓶ですね」
彼女と私はニンマリして声を揃えた。
「せ~の」
ところが……。
「ハウスの七味唐辛子」
「SBの七味唐辛子」
そこが違うのか!? ちなみにスライド・バーは(スライドボトル)は、たいてい薬指に嵌めるものだ。なのでこのスパイスの小瓶は男性だと小指でも入らないと思う。だけど、円でなくもっと音程を安定させるために角が欲しいという場合、ハウスの四角い小瓶は最高だと思わない? それで私はハウス党なのだ。ところが彼女はSBだという。う~ん……意外だ。
ところでこのスライドは、大きく2種類に分けられる。それは普通のギターのように肩からストラップで下げて弾く方法と、椅子などに座って膝にギターを置いて弾く方法だ。前者がブルースなどで見受けられる、今となっては一般的な方法で、後者がハワイアンなどで見られる方法だ。この後者の膝だけど、英語だと膝小僧は『knee』で、膝の前側、太腿部分は『lap』という。だから膝の上に置くスタイルを『laptop』と言うのだけど、それなら専用品を作っちゃえとなってできたのが『lap steel(lap steel guitar)』。
その前にスライド・ギターはコードを押さえ難いので、どこを押さえなくても開放で和音になるようにチューニングする(オープン)。もしくは自作曲ならその曲に合って、なおかつ弾きやすいような変則チューニングにしたりするものだ。だけど一度合わせてしまうと、他の曲で困る場合がある。そこで賢い人は考えた。2台とか3台とかドッキングすれば良いじゃないかと。そうなるとコードの違う曲にも対応できる。また別の賢い人はエレクトリックになってこう考えた。6弦でなく8弦とかに増やして一部ペダルなんかで音程を変えられたら万能じゃないかって。
そこから『lap steel』を『pedal steel』と呼ぶようにもなった。このアコースティックにはないエレクトリックならではの飛翔感や滑空感ある音が、当時のサーフィン・サウンドに合って奏者が徐々に増えた。また60年代~70年代のプロフレッシブ・ロックでは効果的に使う奏者が現れた。
以上の事からエレクトリックの『lap steel』はそれまでのアコースティックな『lap steel』とは別物の進化を遂げた。アジアの人なら思うはずだ。それ、エレクトリック・琴だろうって。奏法は違うけれど琴も琴柱から左、つまりギターで言うナットの弦を押す事で音程を変えられる(ベンドできる)。それをボトルでなく文鎮でスライドする。どうしてこれをする人がアジアには居なかったのか……と思ったら、ベトナムに『ダンバウ』という名の弦が1弦だけの琴があった。更に調べると『一絃琴(須磨琴)』という名で、平安時代に開発されていた。在原行平が須磨で自作して弾いていたから須磨琴、ほぅほぅ。源氏の君もこういうのをチャチャッと作って、明石の君(明石の御方)を引っ掛けたんだろうなぁ。
流された先でも女を作り、しかも子供を入内までさせている。このタフさと政治力には脱帽だ。ある意味、私にとっての理想の男性像に近い。好みはフンボルトのように背が高く、包容力があって、しっかり食べる人だけど、生粋の職人である彼に政治力は望めない。金銭面でも私が支えないと駄目だろうと思っている。だから余計にリンさんに親近感が湧くのだ。
「面白い顔をしていますね?」
「え?」
フンボルトは嘘がつけない人だ。それに私が喚べば私の記憶などがリンクする。なので外の世界(現実世界)での、彼と私との結婚が近い事を彼女も知っていた。だから今考えていた事を正直に話した。
「はぁ。スライド・ギターからラップ・スティールを連想して、そこから琴になって一弦琴。そして源氏の君がフンボルトになったと……惚気(ノロケ)?」
あ! 逆だ! 外に出られない彼女は、エーテル体で子供を産めない。それに、この家が反応しているなら……彼女こそがフンボルトにとって仕舞っておきたい程の理想の私となる。つまり彼女が紫の上で、私が明石の君じゃないか? ウソ~ン。
「何を言って……その思いも、何もかもがあなたのものでしょう? 仮に彼の思いも加味されて、こうしてエーテルが編まれるにしても、あなたが居てこそ私も存在できる訳ですよ? グダグダ考えずに、さっさと結婚して可愛い赤ちゃんを産みなさいな。ここに連れて来てくれれば子守も手伝いますから。授乳は無理ですけれど」
そう言って片目を瞑り舌を出す彼女。そうだ、連れて来て一緒に育てれば良いのだ。なんだかホッとした。ああ、先にビジョンを見たから……。自分に子育てできるのかって、結婚よりそっちが不安だったのか。だからお金が気になったりしたんだ……やっとわかった。
「それにあなたが妊娠すれば、私がフンボルトを独り占めです」
「どうかな? 仮想空間に行こうって言うかもよ?」
「で、お腹ポッコリなあなたが増えて、指を咥えて私とフンボルトを見ていると?」
「えっ? そう……なるの?」
「さぁ?」
からかわれた。
こんがり焼けている、私のフェンジャパのテレキャス。その1フレット目に割り箸を突っ込んだ。ラベルを剥がして綺麗に洗ってあるハウスの七味とガラムマサラの空き瓶。ネジが切ってある部分は切り落とし、ダイヤモンドヤスリで仕上げてある。そんな事をしなくても使えるのだけど、切り落とすとバランスが良くなるのだ。今日はガラムマサラの角瓶で弾いてみた。
「やっぱり、テレキャスだと高音がキンキン来るなぁ」
私のは普通の3ポジションで、ハイパス用のキャパシターも噛ましていない。だけどリアピックアップが、こういうボトルネック奏法だとキンキンと耳につく。たぶんだけど、5千回くらいしか銅線が巻かれていないのだ。元からの仕様でなく、あのお店のお兄さんの好みだと思う。このギターのボディはアルダーでもアッシュでもなくバスウッドだ。良くも悪くもピックアップに対してニュートラル。
また、この『当たり』にしか思えないメイプル・ネックの鳴りを妨げていない。ちなみにギターの音、特にフェンダー系のボルトオン・ネックは、ネックの鳴りで音の7割が決まってしまう。次がピックアップ。その次がアルダーやアッシュなどのボディ材で、同じデザインのギターなら、かなり些細な変化しか現れない。そしてこのギターは、全体としては素晴らしいギターだった。だと言うのに、ボトルネックで弾くと途端にイマイチとなる。難しいものだ。
ではと、最近オープンGにしたリゾネーターを出せば、さすがの音が出る。だけどそのブルージーな音に飛翔感はない。やはり『Free Bird』はキュピキュピしないと。あれはやっぱり『SG』でなければ出ない音なのか。そう思って、秘蔵の『'58 Les Paul』で弾いてみた。ン~~~、良い音だ。コシがあってズ~ンと来る。でも、違う。高校生が出していい音じゃない。
きっと私はその高価さと、音を混同している。だけど恐れ多いのは本当だ。だからしっかり拭いてケースに閉まった。次に『Explorer』を出した。うん、この音が近い。もう少し中域の張るピックアップが良いかなと思っていたが、ボトルネックだとこのドンシャリなピックアップでも良い。この手のスチューデント向けなギターは練習用の小型アンプを想定していて、決まってドンシャリな音になる。だけどスライドだとこの方が合う。これは発見だった。
何よりギブソン系はブリッジを上げやすいので、ナットに何かを噛ますか、弦と指板に間に何を挟めば簡単にスライド専用にできる。うん、これは良い。あまりに良過ぎて、エルマ達が誘いに来るまで夕飯の時間を忘れていた。
これにはちょっと理由があって、自己分析するに間違いなく私はアメリカのエルヴァを羨ましく感じているからだ。だって……。前々からお父さんにも言われていたが、年末から新年はスイスに行く事になっている。コーちゃんとデートできないとか、初詣に行けないとか、不満はあるけれどそれはまだいい。だけどそこでエルヴァとフンボルト君との結婚式もあるなんて。お祖父様からのメールでぶったまげた。
同情していただけに『良かったね、お幸せに』という気持ちはタップリある。だけど本当にそこまで行く関係なんだって実感したというか……。コーちゃんに対しての欲求不満が、思っていた以上に大きかったとそこで気付いたというか。ベッドに入ると自然と股間に手が伸びる昨今だ。こんなので倫敦に行けるのかと反省して、ギターを掻き鳴らしていたのだ。
「あら、エルヴァ。着替えてないの?」
凛に指摘されてしまった。
「夏服と同じで惜しんでいらっしゃいますのよ。そういう物言いはヤボですわよ?」
「あ、そっか」
ナイス、ルヴィア。そういう事にしておいて。だから苦笑しなさんな、エルマ、トロンメル。この2人もスイスに行くので私の事情を知っている。それでたぶん、私の悩みも知っている可能性が高い。だけどマルガリータさんと凛は気付いていない。
一方、私と同じで健康な肉体を持つルヴィアは、美遊ちゃんのお兄さんの士郎クンと着実に愛を育んでいる。やっぱり『おサワリ』ナシで。その意味でルヴィアは私の同志だ。でも、この冬に美遊ちゃんを伴って士郎クンとヘルシンキに帰る。そこでご両親の許可を頂いて、その夜には結ばれそうだ。
というのは、私の知る小父様と小母様はとてもサッパリした人で、たぶんここでもルヴィアの恋愛に煩く口を挟まないと思うのだ。何より相手は『英霊に至る可能性があり』、『固有結界を習得する可能性がある』のだ。そういう報告が当然オーギュストさんからとっくに届いている筈だ。
そしてあちらのルヴィアのご両親だが。お2人は自由恋愛で、ラリーストだった若き小母様が、ナビをしてくれた小父様を大層気に入り、調査の上で魔術回路があるのを発見して強引に婿に迎えていたのだ。また小父様は環境と地位を得たら伸びる人だった。仕事をこなし業績を上げ、トントン拍子に出世して、遂には自分で幾つも会社を興すようになった。また引き継いだ時計塔の理事だけでなく、プラハの理事にも選ばれ今の地位を築かれた。
エーデルフェルトは基本女系だ。なので歴代の婿養子だった男性は立派だと言える。士郎クンがそんな風になる日は遠いと思うが、目指すタイプじゃないにしても正義の味方とか英霊とかになるよりは現実的だし簡単だと思う。私の睨んだところでは、美遊ちゃんの手が離れた頃だ。士郎クンが化けるのは。
そしてルヴィアと士郎クンの子供が、双子で固有結界を持つのは間違いない。たぶん『双子の魔術』と絡めて来るだろう。バロム・クロス(※)でもして2人だと発動できるとか。こっちはザ・シャドウガールだけどね!
※) あの『ゴルゴ13』を描く『さいとうたかお』の数少ない少年漫画が『バロム1』と『ザ・シャドウマン』だ。『バロム1』の方は特撮ドラマ『超人バロム・1』となってテレビ放送もされていた。エルヴァは『エル』として、その両方の漫画を読んでいた。持ち主は間桐鶴野。借りていたのは父、衛宮切嗣である。ちなみに海外育ちの切嗣に日本の文化(日本で育ったのなら知っていたであろうサブカル)を教えたのが鶴野だ。彼が切嗣を日本のアンダーな飲み屋に連れて行っていた(ガード下のホルモン焼きなど)。切嗣はお礼として何度も鶴野をアメリカに誘い、射撃場で本物の銃を手解きしていた。信じられないだろうが2人は親友だ。そしてもう1人仲が良いのが遠坂時臣なのだが、『アイツはカタい』として行く場所を選んでいた。だけど凜曰く、『串カツって美味しいね』と誘われるのを楽しみにしているのだそうだ。王様曰く、『そこらに転がるものを愉悦と感じられる精神。実に安上がりな男よ。しかしそれが1番その者の身の丈に合った幸福である。もう根源とやらを得てしまったお前には無駄かもしれんが、凜よ、身の回りのものを見詰めよ』と助言して頂いたそうな。
食後、着替えてからお風呂に向かった。先客はトロンメルとルヴィアだ。凛はマルガリータさんと片付けだろう。
「エルマは……弓?」
「はい」
今まで部の弓を引いていたエルマが、遂に弓を新調したのだ。訊かれる毎にアドヴァイスはしたけれど、どうして自分の弓をここまで持たなかったのかは謎だった。そこを湯船に浸かりながらトロンメルに尋ねた。
「中等部時代から自前の弓を持っている桜は別として、他の1年は皆んな高等部に入ってから弓道を始めたでしょう? それで妙に連帯感が強くて。たぶん新人戦でともに戦った1年全員が揃えるまで、学園に持っていかないって暗黙の遠慮があるんだと思います」
「あらま……」
それも団結心の一種なのか。勿体ない。新しい弓に早く慣れるべきだと思うのだけど。だけど現実的には選手に選ばれず3年間自前の弓を持たない人も居るし、家の事情などで買えない人も居る。だから後者のためにと学園は弓を揃えてくれている。だけど前者は……実力がないと選ばれない。でもその『思い』も一緒に背負って射場に立てるのなら。となるとその友情も大切なのかも。
「トロンメル、3年間演奏できない軽音楽部員って居ますか?」
「それを訊くなら体育館のステージでしょう、姉さん?」
「そうでした」
そしてトロンメルは少し笑った。
「でも、立てなかった人の思いまでは知りません。歌詞にそういう事を書いたとしても、演奏中は関係ありません。もっと厳しく言えば、バンドの仲間以外は雑音です」
これは手厳しい。だけどそれが音楽だろう。尋ねた私が悪かった。
「怒りました?」
「いいえ。あなたはランナーでもある。ですから間違っていません。それに自分を補いたいと、自ら進んで弓道部のマネージャーも務めています。それで良いと思いますよ」
それを聞いてニッコリとするトロンメル。起業でき、商売の才覚もあるこの子に足りなかったものが他者への共感だった。無関心なのでなく、興味のない、無駄だと思えるものに労力を割かないタイプだったのだ。だけど世の中はそんな単純なものではないと思う。合理的でないもの、無駄なもの。そういったところにも得るものはある。それをこの子に気付いて欲しくて『エル』はギターを与えたのだろう。
そしてそのバトンを私が引き継いだ。軽音楽部に入部させて正解だった。ライブでの観客の声援。それも良い演奏を生むモチベーションになる。そしてその観客の中にはステージに上がれなかった部員の声援も混じっている。だけどそれは音楽や走りに真剣であればあるほど雑音となる。結局、良い演奏や良い走りでしか返せないのだ。なまじ順位のあるマラソンの方が伝わり難い。だけど音楽は誰にでもわかるし伝わる。エルマとはまた違う、味のある妹だと私は思った。
大命を頂いたのは嬉しいが、デリーに入ってみれば何をどう調べるのか、今ひとつわかっていない我らだった。
「他国の間諜まではしなかったからな……」
「うむ。殺す相手の行動を見て、どこで殺すか……そればっかりだったものな」
「あの『キタ』とか我らの誰が調べたのか。首謀の一味を見事に捕まえていたな」
「我らにあのような真似ができるのだろうか……」
そんな風に我らはドヨ~ンとして夜の街を歩いていた。いや街の外れなのか? 人通りが妙に少ない。
「おい、ザイード。何か居るぞ」
「ああ。人の気配だが……マクール!?」
「鈍い! このくぐもった声は女が襲われているのだ!」
そう言い残すやいなや、マクールはその名に恥じぬ迅速さで駆けて行った。
マクールに遅れて我らが駆けつければ、そこにはノサれた下半身丸出しの男が居て、3人の男が怯える女を取り囲んでいた。今までなら見過ごす光景だ。だがマスターは言われた。困った者が居るなら助けよと。
「貴様ら、その女に何をしていた! 離れよ!」
3対3だ。我らは揃ってダークを抜いた。この黒い刃は闇に紛れて見えぬだろう。が、この3人は人ではない。
「ゴズール、奴らは人ではないぞ」
「ああ、我らと同じ英霊だろう」
「英霊が何故人を襲う?」
すると3人の男の向こうから別の人物が現れた。女性だ。それも少女と見紛うばかりの。しかしその身に纏う魔力が尋常ではない。さりとて英霊とも違う。マスターと同じく、尋常ならざる魔術師だろうか? 何者だ?
中国では9月に入って、内モンゴルに於いて言語統制に拠る同化政策が始まりました。
世界中がそれに反対している中で、台風情報もそっちのけで領海侵犯した船長保釈を三権分立を飛び越え命令した元総理の居る、支持率の低い合流新党のどうでもいい選挙を延々と流す公共放送。
スパイに支配されているという、あからさまな表明ですね。