※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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153、『響』

 年の頃は16~17歳くらいだろうか? 少女は怯える女性に優しく声を掛け、3人の男を下がらせた。そして女性の額に手を当て『眠らせた』。

 

「記憶を読んでから、改竄し眠らせました。この女性は押し倒され掠り傷を負っただけで、レイプには至っていませんでした。ここで襲われた記憶を、自分で転んだ事に書き換えたので大丈夫ですよ」

 

 なんと。マスターと同じような事を。

 

「では、何者だ?」

「同じような任務を持つ者です。悲鳴を聞いて部下が先に駆けつけ、そこであなた方と」

 

 運悪く鉢合わせか……。

 

「現段階では敵ではないようだが……」

「いえ、今後も敵になる事はありません。私は言ってみれば調査員です。この……今、世界で起きている『現象』を探っている者ですよ」

「その言葉に嘘の色はなさそうだが、その男達は御身の護身のために?」

「も、ありますが、情報収集のためでもあります。お気付きのように、私が召喚した英霊ですよ」

 

 そこで雲が動いた。なんと星明りの下に浮かぶ男達は、黒い布で身体を巻き髑髏の仮面を被っていた。見覚えのある服装に背格好に肉付き。それは我ら『百貌』の中の……。我らはマスターを異にする『我ら』と対峙していたのだ。英霊とはわかるのに、『百貌』という気配を感じぬのは何故か? それもあちらのマスターの術なのか?

 こうなるとマスターの関係者かと一瞬頭に浮かんだが、マスターは我らに現代の衣類を着せ、顔を隠す事を禁じていた。ならば、マスターに連なる方々も同じようにするだろう。この衣類と面貌を晒すことに当初は戸惑ったが、顔が復活していた事に気付き驚いたものだ。だが、こうして他の都市まで来てみれば、一般人に紛れ込む方が何かと便利だった。何故ならマスターが我らにしかできぬ移動法をお教え下さり、たいそう便利な魔術具を貸し与えて下さったからだ。この魔術具はその金属の口をパチンと開け閉めができ、見た目の小ささとは裏腹に内部は広く、何がどうなっているのか、そこに入って寛ぐ事も仮眠を取る事も可能であった。そして中にはこの国の通貨がかなり用意されていた。普段は紐で首から下げて行動ができるこれを、マスターは『ガマ口』と呼んでいた。

 また、マスターがお教え下さった移動方法は、この『ガマ口』に衣類を脱いで置き、霊体化して飛行機なるものに乗って行くという手であった。行く先や乗り口などは、案内の看板が出ており、その文字が知識として頭にあったので問題ない。驚くのはこの『ガマ口』だ。霊体化しても首にぶら下がっている。どういう魔術であろうか? それはともかく、今は目の前の人物だ。

 

「そちらは我らがマスターに所縁のある者か?」

「いえ。縁のある人と、こちらの仲間が仲間というか……あの方ならこの距離でも念話が届くでしょう。『ミラビリス』とお伝え下さい」

「し、暫し待たれよ」

 

 そうして我らは念話を送った。すると本当にマスターと繋がった。いや、この距離で魔力が常時途切れず流れているのだ。マスターは尋常ではなかった。

 

〈エルヴァ殿、エルヴァ殿?〉

《はい、こちらエルヴァ。どうされました?》

〈無事デリーに到着しましたが……くぐもった悲鳴のようなものが聞こえたので救けに向かえば、そこで別の『我ら』とそれを使役するマスターに出会ったのです。マスターは女性。『ミラビリス』と申しております〉

《了解です。調査でしょう。敵対行動を取らなければ、あちらは何もして来ません。目的が違いますので、行動をともにする必要はありませんが、くれぐれもあちらの調査の邪魔をせぬようにして下さい。おそらくあちらもあなた方の邪魔はしない筈です。しかし『百貌』を召喚しますか……》

 

 そのまま念話は終わった。そして双方邪魔をせぬ事を話し合ってその場は別れた。女性はあちらが担いで行き、男は放置した。何故なら念話を交換している間に、息絶えたからだ。

 

「何者であろうな?」

「さてな。我らが詮索してよい相手ではないのだろう」

「そんな気がするな」

 

 そうして我らは街を練り歩き、大まかな地形や建物をなどを把握した。この後、陽が昇れば地図でも贖い、照合し、気になった点などを書き記そう。結局、我らはそうやって地道に動くしかないのだ。そして動いた先に『何か』がある。その『何か』を見逃さぬ事、その『何か』の陰や裏に潜む事、それを探らねばならん。

『何か』とは些細で些末な事だ。何の意味も持たぬ場合もあるだろう。いや、むしろその方が多い。だがそれは兆候であり零れものである場合もある。そこにこそ真実の一端が隠れているのだ。

 

 

 

 

「な~んて事を考えていますね」

「それがあの者達の?」

「そうです。地道だから地味で目立たない。目立たないから功績も少なく見える。ですが、あの思考法が現代では必要なのです。それと元からの性格が細かいので、デジカメでもバイクでも、取り扱い説明書をしっかり読んだり、操縦方法を何度も練習するのですね。それを見習って、私のこれまでの『百貌』は全員が諜報員として高レベルです。あなた方にもそれを期待していますよ」

 

 これを聞いてアサ子とフランクに『百貌』全体のリーダーは顔を引き締めた。目を瞠っていたのは馬謖だ。それとは対象的に、静かに目を瞑っていたのが『呪腕』だった。『呪腕』も馬謖も諜報員とはまた違う。彼らは情報の断片と断片を組み合わせて、真実に迫る頭脳を持っている。

 そして『呪腕』という人は、おそらく世界を包む『構造』や『システム』を本能的に気付け、それに対して『リスクマネージメント』ができるタイプだ。例えば彼の持つスキル『自己改造』は何をして得たのか? どういう思考から、後に英霊となった時にそれを得る選択をしたのか? だ。そして聖杯戦争に於いて、何故彼だけが知能低下した状態で召喚されるのか。それは特異な召喚による条件付け的な側面もあるだろう。だけどある一定レベルの知性を持つと聖杯戦争の仕組みに気付くから、それを防止するためだと考える方が合理的だ。私はランサーが好戦的なのも、英雄王が歪むのも(AUO化するのも)、この制限が掛かる事に本能が抵抗しているからではないかと見ている。いや、そういう考えを懐くくらい『呪腕』の知性が高まっているのだ。馬謖が舌を巻くほどに。

 

「して、エルヴァ殿。その3人が出会ったという相手には、心当たりがおありのようだが?」

「ええ。『ミラビリス』とは、死徒二十七祖第二十七位、『千年錠の死徒』として知られるコーバック・アルカトラスが創り上げた思考し分裂する礼装『トライテン』の複製品、或いはその思考の産物です。コーバック・アルカトラスが私達と同じく『人以上の人』を作りたいのかどうかは知りませんが、迷宮の最奥に仕舞われた『トライテン』が、自ら『ミラビリス』を外に創り、自己成長のために情報を収集しているのだとされていますね」

 

『呪腕』の目が開いた。

 

「死徒の……。そういう者でしたか。もしや、その『トライテン』とは、『現象』に至る別の答え?」

 

 同じだ、私もそう考えている。世界を構築するシステム。つまり『あり方』は求める者が何を欲し、どこを見ているかに拠って変化する。ユグドミレニアのアイスコルは魔術基盤の改変を聖杯に願おうとした。『現象』となった彼女は、地球全土の霊脈と自身をリンクさせ、『英霊システム』や『自然の法則』を掴んだのだと思う。その願いは人々の未来を護る事であり、唯一残った妹の人生を見守る事にある。

 私は長い間、この霊脈と自身をリンクさせて意識だけを固定した孔に送り込めば『根源』が得られると考えていた。だけど凜がそれを覆した。ところがそんな凜であろうと、いや、おそらくどんな魔法使いであろうと、『現象となった彼女』には及ばないと思う。発想が根本的に違うのだ。願いが個人に帰結していない。だから世界を改変しようとするこれも、そこにカテゴライズするのは変だけど、『第一魔法』の変形ではないかと睨んでいる。今まで誰も考えなかっただけで。

 そこで改めて思う。コーバック・アルカトラスは何を望むのかと? 死徒の序列を上げたいのか、永遠に安定供給される血袋を望むのか? そんな小さなものでは無いと思う。何より彼は自らを遥かに超える存在を創ってしまった。自己進化する礼装『トライテン』を。

 そしてこの『トライテン』や『ミラビリス』の活動が『現象』を良い意味で刺激しているのか、この世界は私の世界以上に『響』が濃い。満ち溢れているとまでは行かないが、冬木やロスに近いハンティントン・ビーチは特に濃い。これは『エルヴァ』が反応しているからだろう。

 

『響』────その昔、魔術が現代の五属性プラス二属性とされる遥かに前。魔術は六属性だった。『火・風・土(地)・水』に『光』と『闇』だ。この『光』は、そのほとんどを教会が独占している。残りは忘れられたか変質して、先の四属性のどこかに組み込まれていた。逆に『闇』の方は魔術協会が独占している。とは言え、現代では『虚』と『無』にわかれているが、元は『虚無』であり『闇』の中の下級属性に過ぎなかった。要は術者があまりにも稀有なので、再現も検証もままならず散逸したり忘却された術式が余りにも多いのだ。

 ところで『光』に対抗し、打ち消すのが『闇』だと誰でもわかるだろう。では下位の『虚無』の対抗は? それが教会も忘れている『響』なのだ。その本質はこの『ホシ(星)』や『ソラ(宇宙)』が太古に生成されると同時に発した『産声』が、長きに渡って拡散しながら薄まって、この星全土を覆っているものだ。それは自然の中から紡ぎ出される、時空も貫くチカラだ。何らかの原因でこれの密度が高まると(マナと関係する場合が多いという説がある)、一般人にも空を不気味に震わせる大音声として聞こえる場合がある。

 なので聞こえるか聞こえないかはあれど、表面上は単なる『音響』だとも言える。ところがある属性を同時に持つ場合、この未知なる属性がある程度使える場合がある。それは『火』と『風』だ。そこに『光』からわかれた制御法があるのだ。では『響』とは何か? どういう魔術となるのか? それは『癒やし』だ。その意味でも『音楽』と似ているのだが、魔力回路を通じて、魔力を乗せているかどうかで全然違ってくる。

 例えば『遠坂桜』だ。本当に偶然だけれど、あの子は物心ついた頃から葵小母様の手解きでピアノを習っていた。これがあったので、時臣小父様が懸念せずとも『虚数』のコントロールができていたのだ。魔術協会にも残っていない文献が当家には残っている。王様は当然この『響』の存在を知っていたし、セイバーの時代だと今とは違う『音響魔術』があった。宗教儀式に音楽が欠かせないのも、その昔は『響』が身近にあったからだ。

 この世界の遠坂凛や間桐桜はどうだか知らないが、『エルヴァ』達は思いっきり影響を受けているだろう。この部分の知識は送っていないので、スイスのエルから情報が回ると嬉しいのだが。

 

 

 それはさておき、人類史に於いて、血で血を洗う争いが度々繰り返されたのは紛れもない事実だ。だけど生き延びた人々は平和の尊さと幸福を真に理解する機会を得る。この澱んだ血と膿を出し切り、新たに社会を再生させるというサイクルを生み出したのは誰なのか? 宗教家なら『神』と答えるのだろう。

 だが私は人類史が進む過程で、それは『神』という概念、即ち『自然』から、いつしか『人』へと移ったのだと思う。『人』こそ万能ではないし『全知全能』でもない。なので得手不得手も限られているだろう。だけど部分的にもそれを得たのが『彼ら』だ。そう考えると辻褄が合う。その目的は『彼ら』の考える『新世界秩序』を得るためなのだとも。

 だけどそこには安全装置がない。『新世界秩序』構築に失敗した場合の、新たなパラダイムシフトが考慮されていない。だから『私が』と考えていたのが中等部頃だった。そして動けば動くほど気付いた。別の誰かも動いていると。そして偶然なのか何なのか、私の知る限り、私の並行世界存在がいる世界ではコーバック・アルカトラスが『トライテン』を創っていた。導き出される答えは一つだ。

 私という人間は『他に適任者が居るなら任せましょう』というタイプだ。きっと『現象』となった彼女の世界はこの例外で、『トライテン』が居なかった。なので分身であり外部端末である『ミラビリス』で、世界を監視・操作していなかったのだと思う。

 ヘブライ(ユダヤ)の民はカナンの地を目指したという。そのカナンが後のイスラエルだ。そのイスラエルを目指したので、世界中に散っていたヘブライ人(ウルの街の子孫)は、自らをイスラエル人と呼ぶ。それは建国されるもっともっと前からだった。そして真に取り戻したかったのは聖地エルサレムだ。その神殿の建つ丘の名がシオン(ここからシオニズムという言葉ができた)。ちなみにシオンを英語読みすると『ザイオン』だ。映画『マトリックス』三部作は、培養槽に浮かぶ脳だと信じていた過去を持つ自分には、とても興味ある映画だった。

 そして皮肉にも世界は、『彼ら(特にアシュケナージ達)』がアーキテクトとなって提供するシステムで動いている。ここでは、『トライテン』が再起動に向けて待機している間に、『現象』が再構築し掛かっていた。だから端末の『ミラビリス』がこんなに多いのだろう。しかも、内1人は日本にいる『エルヴァ』達と暮らしている。見た限り無害なアンテナだったが。

 ともかく想像するに『トライテン』は、今回は『現象』に任せて動かないだろう。そして世界が落ち着けば、次の再起動に向けて眠り続けるのだろう。平凡な高校生として、ごく自然な生活を送る分身をモニターしながら。我ながら似たような事をしているなと呆れる。そしてこのような思考を『百貌』でなく『呪腕』ができる事に着目だ。その『腕』には魔神の『眼』や『智慧』も仕組まれているのか?

 

「あなたはスミスかアンダーソンか」

「は?」

 

 私はもう一つ気になっている事があった。このムンバイに来て『アイツ』にまだ遭っていない事をだ。『ミラビリス』が居る、即ち『死徒』の居る世界だ。つまり聖堂教会に埋葬機関が存在している。なのにこれまで、機関内の誰とも出遭っていない。『アイツ』なら、間違いなく私の気配や『ミラビリス』の気配を感じ取っている筈だ。なのにエルヴァも誰も『遭遇』していない。『現象の彼女』が押え込んでいる? わざわざカレーのメッカインドに出向いたのに。確か『アイツ』は、スーパースター・ラジニカーントの大ファンだから、聖地巡礼で南インドのカルナータカ州やタミル・ナードゥ州にでも寄っているのかも知れない。そこはわからないが。

 ちなみにラジニカーントはインドに於ける英雄的俳優だが、撮影での言語はタミル語だという。そして彼自身はカルナータカ州の出身なのでカンナダ語も使うらしい。インドには公用語が22もあり、南部で使われる言語はほぼ全てドラヴィダ語の方言である。そしてもっと人口の多い北部では、ベンガル語を除いてほぼヒンディー語かパキスタンの公用語でもあるウルドゥー語、或いはこれらの方言的言語となる。となると字幕がないとラジニカーントのセリフは意味不明なのだ。

 中国も大概だが一応北京語に近い公用語が王朝時代から暗黙に決まっていた。だけどインドのそれは小さな国土で育った者には想像し難いものがある。強いて言うなら薩摩弁……いや、沖縄方言と津軽弁くらい違うと言えば想像がつくだろうか。だけど日本では、どこに住もうが教科書は東京弁に近い『標準語』で書かれ、映画もテレビも『標準語』だ。これは英国もそうだ。だけど私も同じ幼稚園に通っていた友人達も、スイス・ドイツ語や標準ドイツ語、そして一部のフランス語を理解していたし話してもいた。幼い頃に多言語国で育つと自然とそうなる。

 私の語学能力が高いのは、ちょくちょくドイツの会社に行っていたからというのもあるが、パミやミトから知識を頂いていたからでもある。対する『姉のイリヤ』はドイツ語と英語以外独学であそこまで行ったのだから偉い。ただ、姉も私もテキサスに行けばテキサス訛りになり、アデレードに行けばオージーのアデレード訛りに自然となってしまう。学習能力が高いとはそういう事だ。だから日本の当家ではドイツ語を公用語としている。これは末っ子の美遊が話せるようになって欲しいのと、『姉のイリヤ』のドイツ語が怪しい時期があったからだ。普段から使わないと高地ドイツ語(南部ドイツ語)と標準ドイツ語を混同したりするのだ。

 もっと言えば並行世界で出逢う、バーサーカーを引き連れた『イリヤスフィール』のドイツ語はガチガチに訛っている。私の耳だと『やるでごわす、バーサーカー』だからね。笑うよ? ちぃ姉さんが学校に通い翻訳家になりたいと言ってくれたのは、こういう事を教えたからだった。

 

 なお、インドには麺タイプのパスタは無いが、マカロニ・タイプのパスタは多数存在する。ピザも多い。その理由はトッピングを替えるだけで、どの宗教にも対応できるからだ。またナン(ナーン)などのパンを主食とするのは主に北部やネパールにパキスタンで、中部から南部、バングラディシュはお米だ。だから、私や『ミラビリス』の調査を理由にして、敢えて南部に行っている可能性は高い。なら遭わずに済むか……。

 

「では、踊りに行きましょうか?」

「は? 何故踊り?」

「インドとくれば歌と踊りですよ」

「歌っている者はたまに見掛けますが、踊っている者など見た覚えがありません」

 

 そりゃそうだ。幾ら陽気なインド人でも、お祭りでもない限りいきなり踊りだす人はいない。寂しいものだね。そうして私達はホテルから出て、オート・リクシャーに乗り込み海水浴場に向かった。宗教的に海に入る人は少ないのに、ムンバイの海の家は1年中開いている。今夜はそこでお魚料理を頂くのだ。

 

 

 

 それぞれの予定分のコイルを巻き終えた私達は、ガラス容器にピックアップを入れた。魔術で空気を抜きながら、錬金術でコイルを固める。こうするとロウで固めずとも、発振しないヌケの良いピックアップになるのだ。

 作業を終えると彼女が紅茶をいれてくれた。自分で言うのもなんだが、ホッとする味だ。

 

「撮影はどんな衣装でした?」

 

 口で説明するより衣装を投影してしまう方が早い。転身の要領でそれらを投影しながら身に纏う。クロエちゃんでもできる事だ。

 

「キャラクター作りだと理解していても……」

「うん。でも、少しでも私が稼いがないと。フンボルトには夢を追いかけて欲しいから」

「それ、もう一度客観視して言ってみて」

「え? フンボルトには夢を追いかけて欲しい……から」

 

 男の人に騙されて貢いでいる、ダメな女の人のセリフだった。

 そもそも私(とエル)はイルクーツクの大霊脈とネバダの霊脈を押さえた事で、一族頭首のお祖父様から普段の生活費もお小遣いも、何でも用意するので自由にしろと言われている。そして『エル』から頂戴したあのお金だ。なので一生困ることはない。それにフンボルトには悪い言い方だけど、彼に求められているのはその『奇跡の血』であって職人としての才覚ではない。私の子かエルの子がエルヴァちゃんの次の頭首(総裁)になる。そうして9代目の血で頭首を回す体制を作り、一族を盛り立てる。それがお祖父様の計画なのだと何度かお話したりメールをやり取りするうちに理解できた。

 でも、だからと言ってジッとしていられないのが私だった。根っからの貧乏性なのだろう。動かないと落ち着かない。まして制服を着て学園に行かない生活とは、即ち社会人だ。ならば働かない事には社会の一員とは言い難い。だからこのイメージ・ガールの仕事は本当に助かっていた。大きな事業を起ち上げない場合というのが、あまり考えられないのだ。だけどあのメイクとああいう系統の衣装でないなら、モデル活動も自由だということで、手始めにマリーさんのところの宣伝ポスターの仕事を頂けた。古着をコーデしたモデルだ。もうそのポスターはお店のウインドウを飾っている。

 これとは別に、スタイリストのケイの伝手で幾つかの仕事も頂けた。主にミュージックビデオのモデルだ。そのルートと、以前のスタジオ・ミュージシャンのルートで、ロス在住のミュージシャンとも知り合え、セッションまでした人も居る。だけどこんなので良いのかな、フンボルトを困らせないかと迷っている。

 

 それが顔に出ていたのだろう。悶々としている私に彼女が片目を瞑った。そして紙にサラサラと文字を書いた。それを私に読んでみろと言わんばかりに滑らせて寄越した。そこには幾つかの漢字が書かれ、『忍』と『偲』の二文字を丸で囲んで『私』と書かれてあった。その下に『剱、釼、劔、劒、劍』と書かれ、『巍』『魁』とあり『あなた』とあった。

『忍』は忍者のそれだろう。心の上に刃をとかいうあれ。だけど『偲』を添える事でフンボルトへの思いを現している。そして『剱、×釼、劔、劒、劍』の五文字は、どれも『剣』の異体字だ。この異体字はもっと数が多く、十以上もあるという。その中で山の名や名字に使われている、私や彼女が知っている漢字だけを選んだのだろう。ただこの中の二番目にある『釼』の前に『×』とあるのは、これだけ『はがね』とも読めるからだ。

 

『身体は釼でできている』

 

 これだけで呪文が完成してしまう。呪文を二重構造にしてしまうのだ。だけど私は『お兄ちゃん』の能力を使えても、『固有結界』だけは展開できない。それは今まで学んだ魔術が根本的に異なるからでもあるし、借りにそちらにも才能があったとしても、私の心は『お兄ちゃん』の心とは違うから無理だろう。

 そして『巍』。漢文を抜き出した『巍然屹立(ぎぜんきつりつ)』という熟語でしか知らない。意味は山や建物が一際高く立っているさまを言うのだっけか。横に『魁』……真っ先に攻める……先頭に立つ……。あ、これが私で『巍』がフンボルトだ。

 

「ありがとう。なんだか自信が出ました」

「良かった。で、ですね……」

 

 立ち上がった彼女が私の耳元で囁いた。私はコクリと頷いてベッドルームへ着いて行った。短時間で家に還る際は良いが、長時間エーテルで出力されていると、彼女も私なだけにあれこれ考えてしまってストレスが溜まるようだった。しかも最初からその気だったのか、カントリー調の可愛いワンピースのスカート部分が盛り上がっていた。こういう状態は『巍然屹立』とは言わない。漢字だと『凜』となる。寒い中で立っているさまだけでなく、肝を冷やすような戦場でも一物が起つさまも意味するらしい。俗説だと思うけれど。

 

「フンボルトが、あなたとの時間が取れなくて寂しいって。でも誰よりも応援しているって」

 

 そんな事を言い残して出て行ったんだ?

 

「今朝?」

「そう。だから今日は、今のところ彼と何もナシです」

 

 それでか。

 

「ところで、あなたのこのカントリー調な服は?」

「フンボルトからのプレゼントでした。お揃いですよ。あなたの部屋にも置かれてあると思います。見て驚きますよ」

「何が?」

「これ、エプロンとセットですよ」

 

 それで『赤毛のアン』みたいなだなと思ったのか。たぶん小学生の高学年から中学生くらいを想定した服だ。これは彼がロリコンなのでなく、居候していたお祖母ちゃんの家の周囲が、そういう古き良き時代の面影を残す田舎だからだ。あ、そっか。よくよく考えれば結婚式数日後のパーティに、ディアンドル(バイエルンの民族衣装)を着なきゃなんない。妻となった者は夫の土地の民族衣装を身に纏う。その土地の人となりましたという証、それがドイツでの結婚(二次会や三次会)の風習だった。

 この他、土地に拠るが式当日のパーティでは丸太をノコギリで、2人のチカラを合わせて切ったり、前日や前夜に友人や家族が新居の前に集まって魔除けでお皿を割ったり(片付けるのは新郎と新婦)、ハートマークが描かれた布を用意して、それを半分ずつくり抜いたり……ヘンな風習が結構ある。そもそも最初の式はお役所で立会人の下で行う。それは結婚も『契約』だからだ。

 でも式もパーティもスイスだ。それで戸籍は間違いなく、フンボルトがこちらに入る事になる。だけど私はヘーゲル姓を名乗るつもりだった。ニックネーム扱いになるけれど、それが私の感覚には合っている。女は三歩下がって彼の後ろで大ジョッキを……。

 

「ああ……ジョッキ、幾つ持てるだろう……」

「あ、この服からディアンドルを想像してオクトーバーフェストに行った?」

「はい」

 

 クスクスと笑い合いながらハグする。彼女とは何度も話してきた。これは浮気なのか自慰なのか、と。フンボルトが望み認めている理由は、個別に見分けが付き別人判定しているのにも関わらず、自慰だと都合よく認識しているからだ。でなければこういう行為を認めるはずがない。とは言え、彼女との行為は彼にとって視覚効果がかなり高いらしく、どんなに疲れていても『チンボルト』が元気になる。これは私にとっても嬉しい事なので、結局今に至るまでウヤムヤのままだった。

 そして突き詰めれば、姉妹も所詮は他人なのだというのがよく分かった。『姉のイリヤ』やエルマにクロエちゃん達とこんな事はしたくない。当たり前の事だ。また、性差認識の弱い部分がある私でも、同性とここまでの仲にはなかなかなれないと思う。だというのに彼女との行為は違う。フンボルトとは違う愛情を感じている。

 抱き合い舌を絡め合い、お互いの胸を撫で擦りソフトに揉む。下腹部に固くなった彼女のものを感じる。ベッドのサイドボードの引き出しには、木箱に収まった私の分もある。

 

「『エル』に会えれば、違うのも用意して貰うのに」

「それこそ浮気でしょう?」

「付けるのが私やあなたなのに? オモチャと同じでしょう?」

 

 そこは保守的な彼女だった。まぁ、これに関しては、この家に付随する機能が造り出すエーテル体であるだけでなく、記憶にある限りのエルがロシアで用意したものの再現だ。肌色と同じ褐色なのでロシア版の複製というべきか。そしてこれの元は『エル』が以前倫敦で使ったものだ。それは彼女が男性であった場合を、コンピューター上で想定したものから作られている。年齢設定が可能で、『エル』はそれを何種類も持っていた。

 これの機能のウリは脳への刺激もその設定年齢で左右される点にある。初老の人が初めての精通現象なみの刺激を得られるのだ。元々が勃起不全の医療用なので、男性の場合は被せるタイプになる。が、女性の場合は土手に装着する。すると皮膚組織と同化し、括約筋と繋がる。と同時に神経系は女性器の内部と繋がる。また体内に陰嚢を生成し、そこに精子のない精液を造り出す。尿道は女性器の方の尿道をバイパスさせ男性器からの排尿だけとなる。男性用は医療器具だと思えるが女性用は完全に『エル』の趣味だ。

 だけど『エル』の複雑怪奇なあの性格はどこから来るのか。その一部を私は知っている。彼女は私より性差認識がかなり弱く、同性で最初に好きになった相手は『姉のイリヤ』だ。さすがに妙な事はしていないが、だけど彼女が女性の恋人を持ったのは11歳になる少し前だった。相手もアインツベルン。有力な家の一人娘で跡取りだった。だけど彼女には先天的な病があり常時その対処が必要だった。

 それは体内で生成された魔力が、どこかに消えていくという謎の疾患だった。だから11代目アインツベルンだった『エル』が、純然たる医療行為として4~5歳は年上の彼女とそういう事をするようになった。相手は思春期で『エル』はまだ胸の平らな頃だ。その行為に溺れる条件が整っていた。そして2人は恋人となった。『エル』は『慎ちゃん』と良い仲だけど、そちらは異性、こちらは同性と分けながらも同じくらい好きなはずだ。

 だけど彼女はどこかで気付いたのだろう。自分の居ない並行世界での彼女は成長に伴い、魔力の消失量が生成量を遥かに超え死んでしまったのだと。ここでのエルヴァちゃんは11歳になったばかりで、寮住まいだ。やはり彼女は亡くなっていた。享年は17歳だった。私がこの世界に流されるずっと前の事だ。『エル』はどんな気持ちでここに来たのだろう?

 

 

 彼女が私の頭に合図を送った。膝まで下着を下ろし、自分でスカートを持つ彼女の前で、私は跪いて一所懸命に口と舌を動かしていた。射精そうなのだ。先っぽにチュッとキスをして上を見上げた。『飲むよ?』という意味だ。もうお互いのは何度も飲んでいる。69で同時にイクところもフンボルトは見ているし、彼の前で見せるための自慰行為を並んでした事もある。だけど彼女は我慢していた。

 

「そのドレスを汚したらと思ったら」

「投影なのに?」

「それでも。フンボルトも転身姿の私達を眺めはしても抱こうとはしないでしょう? 自分の中での線引きと言うか、汚したくないものってあるんですよ」

 

 なるほどだ。じゃあと、ドレスを消して裸になった。彼女も服を脱いだ。

 

「どうして欲しい?」

「ん~と。今日は後ろから」

「了解」

 

 俯せになりながら膝を立てお尻を高く持ち上げた。後ろからガサゴソ聞こえて来るのは避妊具を装着しているからだ。それはこの後戻ったフンボルトから、誘われた場合を想定してだった。自分の彼女のあそこに人のがあるって感じたら嫌だものね。え、わかるのかって? わかりますよ~。例えばフンボルトの後に、私でも彼女でも、どっちでも良いけれど挿入れれば分泌液と違うヌメリを感じ取れてしまう。伊達に鋭敏な器官ではないって事だね。

 装着し終えた彼女の指が、私の潤いを確認して来る。それだけで『アフン』と声が漏れてしまう。その後ズブズブと彼女が挿入って来た。そしてゆっくりと抽挿を始めた。私達のものは、とてもじゃないがフンボルトに及ばない。だから良いところに良い加減でコスれるような姿勢にお互いが動く。例えば私は腰を前後に動かしつつ上下にも動かしている。前後は主に彼女のためで、上下は自分のためだ。彼女の方も前後に腰を振るだけでなく、膝立てでなくしゃがむようにして腰を反り上げたり、上から下へGスポットに当たるように動かしたりしている。

 私が軽くイッて崩れたら窓の月(背面側位の一種)に移って、そこから松葉くずしだ。ゴムがあるからか彼女はまだ射精していない。正常位のような姿勢から両足を彼女の腕で押さえられた。私の下半身はほとんど上に向いている。その姿勢で彼女の首に腕を回しキスを求めた。お互いの吐息と喘ぎが急ピッチになる。それに連れて打ち付け合う腰の動きも早くなり私は白い世界に飛んだ。だけど彼女のものが私の中で大きく膨らむのも感じていた。

 お互いに大きく息を吐き、抱き合いながら呼吸を整えた。このゴムのツルツルした感触を覚えたのも、彼女との行為でだった。フンボルトがお相手なら、ベッドの周囲に避妊の陣を敷いて絶対にナマだ。私にキスをしてから、彼女はゴムの根本を押さえて抜いた。おお、すごい量だ。

 

「出しましたねぇ」

「ね? 男の子でもないのに、溜まっていましたね」

 

 不満があるなら話して欲しいと言えない。不満だらけだろう。だけど彼女は何も言わないし、嫌な態度を見せるワケでもない。術を解除すれば家に還るだけだ。こちらの欲にまみれた、喚び出されるだけの存在……。だけど同情しても、同情した態度は見せられない。それはきっと侮辱になるからだ。そして二回戦か交代かと尋ねたら。

 

「今日はこれで満足しました。それにフンボルトとの体力を残しておかないと」

 

 そんな彼女の予言通り、その夜私達はフンブルトに愛された。

 

 

 

 前日の夕方にアメリカからピックアップが届いた。今度はピンポイントで私の宝具に。梱包は簡素でプチプチ(気泡緩衝材)に個別で包まれたピックアップが、メモや手紙などと一緒に紙袋に入っていた。だけど手紙はとても暖かな文章で綴られ、私が軽音楽部に入っている事を喜んでくれているようだった。姉さんの分身である、もう1人の姉さん。私はほとんど会話した覚えがない。だけど妹として思ってくれている、そういう手紙だった。

 それで中に入っていたピックアップはひと組ではなかった。手紙には『モニターして感想を教えて欲しい』とあった。入っていたハムバッカーはふた組。ひと組はメールで知らせた『Goth Les Paul Studio』用で、もうひと組は『Les Paul Studio Lite』用だった。どちらにもロータリースイッチや配線図なども同梱されていた。どれがリズム(フロント)で、どれがリード(リア)なのかもきちんとシールが貼られてある。おまけに『Lite』用は木材の性質を考慮して、巻き方を変えてあるそうだ。

 

「それで、他は何? アメリカの姉さん、モニターは良いけれど……これは凄いなぁ」

 

 10セット近くピックアップがあるのだ。だけど私はこれ以上ギターを持っていない。そこで姉さんに相談すれば、ピックアップを見るなりこう言った。

 

「中古でいいですから、『Fender japan』の『Telecaster』と『Telecaster Custom』を手に入れなさい。この『Telecaster』用は、アメリカでなく日本のサイズですよ」

「なら、姉さんが」

 

 姉さんは焼き目のある『Telecaster』を持っている。

 

「要望はモニターです。感想をあちらに知らせるだけです」

 

 軽音楽部の仲間に配ったとなったら問題だけど、姉さんにならきっとアメリカの姉さんも気にしないだろう。なので私はそのピックアップを姉さんに預けた。だけど『Telecaster Custom』かぁ。

 

「明日、一緒に楽器店に行きましょうか?」

 

 そうして今、私達はいつもの駅前の楽器店の中古コーナーに居る訳だ。目的の『TC72』は『55』や『70』など数本あった。色はどれも黒。姉さんは持った瞬間にバスウッドだと言った。つまり『55』や『70』は価格改定の結果で、材質は同じだという事だ。高いので4万。安いので3万弱。フレットなどを見る限り4万のが良いと思えた。たぶん年式も90年代の後半だろう。

 

「どうでしょう?」

「思ったよりキレイですね。ネックの反りもないですし。ペグもピカールで磨けばもっとキレイになるでしょう。ただ、私のもそうですが、スイッチやポッド類がアメリカのものとは違いますので、せめて配線材とコンデンサーを変えたいところですね」

「ですね」

 

 それでその4万のに決めた。姉さんに残って頂き、店員さんを呼んできた私は、そこであるギターに目が釘付けになった。それはピンク色の『Les Paul Custom』だった。しかもなんだこれ? やたら薄くてコンター加工してある?

 

「珍しいでしょう? レスポール・カスタム・ライトといって、1987年から90年までの間に出ていたモデルだけど、たぶんこのサンセット・メタリックは87年と88年の2年間だけだと思うよ。同じ頃に同じ色のライトじゃない、ノーマルのカスタムも少量出ていたらしいけれど、日本じゃ見ないなぁ」

「これってどうしてノブが3つしか?」

「ステージを考慮したんだろうね。2ボリューム1マスタートーンにタップスイッチだね」

「それが純正?」

「そう。当時のパンフを持っているから間違いないよ。他にブラックやサンバーストもあったけれど、この色が1番珍しいだろうね。希少だよ。ピックアップは『490R』と『498T』だけど思った以上に音は良いし、指板もバブル期のエボニーだよ。押し売りはしないけれど、10年20年と経てば値打ちも上がるだろうね」

「買います!」

 

 即答だった。『1988 Gibson Les Paul Custom Lite Sunset Metallic』。黒いピックガードもケースも付いて、税サービスの20万ポッキリ。『Telecaster Custom』と2本買ってしまった。姉さんにはクスクスと笑われたけれど仕方ない。でも、応対してくれた年配の店員さんがとても詳しくて、面白いお話をいっぱい聞けて楽しかった。姉さんでも知らないような内容ばかりだったのだ。

 その80年代にギブソンが迷走していたのは姉さんも知っているらしかったけれど、まさかフェラーリ・レッドの『Les Paul(85年頃のカスタムらしい)』や、『Les Paul Studio(こちらは90年代半ばだとか)』にキャンディ・アップル・レッドの『Les Paul Standard(82~3年頃らしい)』があったなんて。

 

『使い倒して剥げてもカッコいいと思うよ?』

 

 思わず頷く私と姉さんだった。ハゲてより光るものなんて早々ないよね?

 そして私の青いスタジオの素性もわかってきた。色は『Translucent blue』というそうだ。確かに下の木目が透けている。そしてサイドやバックが真っ黒。その色の『Studio Lite』は90~98年まであって、私のはシリアルナンバーから93年頃のものだろうとの事だった。ただ、指板のポジションマークがディッシュ・インレイでなくドット・インレイなので、かなり珍しいものらしい。それを『エル様』が手を入れられ、ボディのバックから作り直したものだとは姉さんの指摘だ。

 おそらく何か重いものが落ちてネックが折れ、ボディにも深く傷が入ったのだろうとのお話だった。それを直す際にバック材として用意したマホガニーを、大型トリマーで複雑に削って軽量化と音響的な面を考慮してあるらしい。しかもその空洞の中には術式を描いた札などが貼られており、魔力を通すと魔術が発生する。今のところ私には重力軽減しか成功していないけれど、姉さんが言うにはもっと複雑な事もできるようだ。

 何れにせよそのスタジオを学園にいつも持って行くのは、何かとても優しい……そう、『癒やし』のある音がするからだった。これは部員の皆さんが口を揃えて仰っているので間違いないはずだ。なのでせっかくのピックアップだけれど、あの包み込むような音が出ないなら、元に戻そうと思う。そう考えてのカスタムだった。

 それと、モデルをしているメーカーの日本限定ものを買って送って欲しいと手紙にあった。そちらはこちらの口座に入金があり次第、エルマからアサシンを借りて手配する算段だった。コレクションでもしているのかな?

 

 

「フンボルト君のために、あれこれ手に入れて参考にしているのでしょう。その入金後のお買い物にも着いて行きますよ」

 

 家に戻ってハンダゴテ片手に姉さんと話していた。

 

「え?」

「ほら、日本製のオリジナルモデルにも良いのがあるでしょう? アメリカで手に入りそうにもない。そういうのも見繕ってあげようかなって」

「ああ、なるほど」

「でも、フンボルト君のオリジナル第一弾は、たぶんスケートボードの再利用やボーリング場から出た廃材でしょうね。それで第二弾が高級路線で、キューバン・マホガニーの家具から作り直したギターのような気がします」

「スケートボードですか?」

「ええ。たぶん同じような事を考えている人が他にも居るでしょう。それで学生に求めやすい価格で売りに出せれば」

 

 姉さんは、この程度の事はあちらも考えていると言い切った。大事なのはその先だと。ソリッドでなくホロウ・ボディの良いものを作れたらとも話していた。

 

「それとカントリーにも使える民族楽器ですね。マンドリンも良いですが、アイリッシュ・ブズーキが作れたら、それもまたウリになるでしょう」

 

 副弦4コースのリュート族で、マンドリンの親玉みたいな主にバルカン半島に多い楽器だ。そちらはマンドリンと同じく後ろが丸くイチジクのような形だけど、アイルランドに渡って後ろがギターのようなフラットになった。20世紀半ばに取り入れられたのに、もはやアイリッシュ・ケルトに欠かせない楽器になっている。

 

「副弦6コースだと12弦ギターですが、副弦5コースのものがあっても良いですね。後、ロシアの手頃な大きさのバラライカを4~5弦で作ったり、ウクライナのバンドゥーラを改良したものとか。立って弾けるシタールがあっても良いなぁ」

 

 シタールやバンドゥーラはアメリカのカントリー・ミュージックに合わないと思うけれど、バラライカとブズーキは良いと思う。何だかんだと、姉さんもあちらが心配なのかあれこれ考えていたようだ。

 ピックアップの換装が終わり、新品の弦を張ってアンプを通した。『Goth』の音が2ランクも3ランクも上がった。姉さんの『Telecaster』も私の『Custom』もだ。

 

「これは素晴らしいですね。彼女は私とは違う才能があります」

 

 そして青い『Studio』を鳴らすと。私と姉さんは顔を見合わせた。

 

「ギターから魔力が……」

「これって、『エル』の貼った札に反応している……?」

 

 音はとても良い。元のピックアップに戻す必要はない。というかそういう気が失せた。だけどこの反応は何だ……? 姉さんにもわからないようだった。

 

 

 

 やっと先方から連絡が入ったので、私達は直ぐさまデリーに飛んだ。明日の夜に会えるそうなので、明後日か明々後日には香港か北京に戻れるだろう。夕食を求めホテルから出た私達は、デリーの屋台を楽しんでいた。

 

「しかし、エルヴァさん。毎朝運動をなさるあなたの気持ちがわかります。生身ですと太りますよ、このインドの食事は」

 

 馬謖も慣れて来たのか、チョーレ・パトゥーレを美味しそうに食べている。何だと言えば揚げパンとカレーと、付け合せのオニオン・スライスのセットだ。ハッキリ言って中にカレーを詰めればカレーパンだ。だけどこの本格本場のカレーの詰まったカレーパンなんて日本にはない。揚げパンはアツアツだし。これで40ルピー(60円くらい)だ。馬謖は3つも食べていた。さすが饅頭の国の人。

 この後別の屋台でフライドチキンを買って(デカいのが3つくらい入って100ルピー)、また別のお店でカレー・チャーハン(40ルピー)を頂いた。しかも量が日本の中華料理屋さんのチャーハンより多い。なお蜀の時代は原始的な四川料理とも言えない料理だったので、馬謖は香港料理にハマっていた。だけどここに来ての幾日、すっかりカレーの辛さにもハマっていた。

 

「う~ん。自国の炒飯を知りませんのに、味が想像できてしまう。こちらから渡ったというあなたの説に納得ですね」

「でしょう?」

 

 カレーは炒めものだと言った。そして北部には米文化がある。時間も掛かるビリヤニは高級料理だが、この炒め飯は庶民の味であるだけでなく、日本人の考える炒飯ならぬチャーハンに近い。いや、むしろバターライスに鰹節と醤油を掛けたような? うん、その感覚に近いと思う。

 なお、こんなバターやミルクにチーズをタップリ使う、カロリー爆弾なインド飯を私が全部摂取しているはずがない。咀嚼と味覚は私のものだが、喉を通った後の3分の2はそこらをウロツくオッサンの胃に転移している。人は不思議なもので、口を通って味を感じなければ、少しお腹が張るなという程度で気にも止めない。信じられないだろうがそんなものだ。だけど余剰なカロリーはあなたに。これも立派な施しだ。しかもイスラム教徒の胃に豚肉を送っても、ヒンドゥー教徒の胃に牛肉を送っても問題ない。

 それに私は日本で学んだ。ナマコであろうとウニであろうと、猛毒を持つフグであろうと生で食べる日本人。食べ物が痛みやすい砂漠で豚肉ご法度なのはわかるが、タブーはダメだ。食の開拓精神を削ぎ落としている。アジア諸国の中で欧米に原爆を落とされるまで膝を屈しなかった大和民族は本気で凄いと思う。

 そしてインドの人達だ。スイス人よりチーズを食べていないか? 私達はラム肉のバーベキューをテイクアウェイしてホテルへの道を歩くのだった。勿論、キングフィッシャー・ビールも買ってある。

 

「待ちなさい」

 

 声に振り向けば、ナンだった。いや、インドではナンよりチャパティやロティの方が一般的だが、この場合はパンでなく尼僧、つまりシスターだった。しかも眼鏡の西欧人。ムカつく。ここでの、あのパスタ女だった。

 聖堂教会の埋葬機関、その序列第七位。『弓』の異名を持ち、通り名の『シエル(空)』は洗礼名で本名は『エレイシア・某』だ。

 

「これはシスター。良い夜ですね。何か御用が?」

「ええ。人ならざるものを連れ歩くあなたは何者か?」

 

 私自身彼女に特段の感情は懐いていない。並行世界で読んだ思考から多少の同情心はあるが、それもまた筋違いだろう。そして目の前にいる彼女はこの『現象』を死徒の固有結界か何かだと考えているらしい。あ~あ。ここの彼女は『タタリ』だと思ったのか。なるほど。そう言えばここのズェピア・エルトナム・オベローンは、500年前と変わらずピンピンしている。

 

「教会ごときが一国の特使を誰何するな。組織ごと潰されたいか」

「な!? 特使……」

「そうです。私どもは中国政府から正式な依頼を受け、特使の肩書を持っています。一体、あなたは何を知りたいのですか?」

 

 相手が黒鍵を使う前に、言葉でもって揺さぶる。特に序列なんてものを井戸のような小さな組織内で決めている者なら、国家間の問題を出されると対処できない。何故ならその活動費も活動内容も、組織の上部が保証してこそだ。だけどその組織も、所詮はローカルな宗教団体だ。バチカンが見捨て、イングランド国教会やロシア正教などが異端視すれば存続できない。一人ひとりが化け物のような強さを誇っても、所詮は井の中の蛙だ。

 

「どう見てもあなたは東洋人に見えません」

「シスターともあろう人がレイシズムですか? どこの教会の人ですか?」

「あなたは魔術師でしょう?」

「今後の政治には魔術も必要です。神秘はあなた方だけのものではありません」

「それは許されません。神秘の拡散に繋がる」

「口外しないのに? 彼らを『英霊』だと見破る人も居ないのに?」

「英霊……。あなたは英霊を召喚して使役しているんですか」

 

 こちらの戦力に驚き、そして予定通り彼女は「第七聖典」を取り出そうとする。

 

「キャッチ」

「え?」

 

 グシャリと彼女は地面に突っ伏した。パイルバンカーを両腕ごと取り込み、その際に腰椎と頚椎を抜き去り内蔵全部と脳髄をどこかへ飛ばしたのだ。これで3日は動けないだろう。それでも死なず復活するのが彼女だ。内臓が失くなって軽くなった彼女をそこらのゴミ箱に突っ込んだ。

 

「さ、帰りましょう」

 

 明日の仕事を終わらせ、中国へ逃亡だ。で、追い掛けて来たところをランサーかランスロットさんに。それでここの埋葬機関が本気になってくれれば。彼女は特別マシな方だ。まともな者など居ない組織。『エルヴァ』達の生きる世界に必要ない。私は埋葬機関を壊滅する気でいた。




今年のノーベル平和賞は香港民主化運動になりそうな気配ですね。それでもってトランプ大統領が来年のノーベル平和賞に推薦・ノミネートされました。
中身のない嘘だけの演説で平和賞を取ったオバマと違い、こちらはイスラエルとアラブ首長国連邦の国交樹立を確定し、バーレーンもこの流れに乗りました。このまま行けばサウジアラビアも乗るでしょうね。
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