※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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155、ハノイ

 お姉様の音頭でイリヤ姉さんの誕生パーティが開かれた。

 何度だろう? お姉様は合計5~6回は、アイリスフィールさん(お母様)と相談していたと思う。サプライズだからと凝った企画で下手に秘密にすると、こちらの態度次第で妙な疎外感を与えてしまうのは良くあるパターンだ。なのでパーティは最初からオープンにしていた。言ってみれば食事会プラスα的に捉えて欲しいと正直に話されていたワケだ。それで『仕方ないわねぇ』と受けて下さったのだ。

 当初はクルマのプレゼントなども考えていたらしいが、アイリスフィールさんの提案で、洋服と歌や楽器演奏のプレゼントとなった。かなりのランクダウンだけれど、その方が遠慮せずに済むからとの事だった。これは考えてみればそうかも知れない。社交的で人当たりが良く私達には優しい人だけど、どこかで線を引いている感覚があった。それが英霊になる前の人生にあった事は簡単に想像がつく。だからこそある程度の距離感を保ちつつ、祝ってあげたいという気持ちを伝えようという考えだった。

 それで洋服がアイリスフィールさんと、アメリカのお姉様(トロンメルへのピックアップとは別に、私の方に送られて来た。中身はカジュアルなジャケットだった。お父さんへのバーボン数本も私経由だ)からで、ラッピングがセラさんとリーゼリットさん。歌が私で伴奏がお姉様とトロンメル。楽器演奏はイリヤちゃんとクロエちゃん。そこにもお姉様が加わるという事で話が纏まり、各々曲の練習をして当日を迎えた。勿論、ルヴィアさんや凛さんに、マルガリータさんや美遊ちゃんも参加しているし、お料理はアーチャーさんとニコさん、そして士郎さんが腕を奮ってくれた。

 そうして始まったパーティは淡々と進んだ。トップバッターは私の歌で、トロンメルとお姉様がアコギだ。曲は『My Heart Will Go On』。お姉様にみっちり教えて頂いた。『Hero』と、どっちにしようか迷った末だ。この他の候補は『瑠璃色の地球』に『ハナミズキ』『時代』『地上の星』などだった。自分でも不思議だけれど、どうも私は歌となると英語の方が歌いやすい。この身体の鋳造は日本なのに。記憶と学習がドイツ語と英語だからだろうか。

 たくさん拍手を頂けたし、イリヤ姉さんは私に抱きついて喜んでくれた。だから大成功なんだけど、後でトロンメルから『Hero』にしておくべきだったと言われた。声が一本調子で渋みがない……。ビブラートを感じさせる、耳元で囁くような歌い方はお姉様が得意だ。私にはスコーンと抜けるような歌が合うのだろう。

 

『弾むような元気な歌ならあなたの声に合うと思うけど、大人っぽいのは難しいよ』

 

 トロンメルも声が私と似ている。なので、そういうのを前から悩んでいたらしい。ロックや元気な応援歌は良いけど、切々と歌うようなバラードが全然ダメなのだとか。う~ん……。

 その後はイリヤちゃんとクロエちゃんによるリコーダーの演奏だった。ここにお姉様がアコギでバッキングを入れていた。完全なアドリブだそうだ。曲はエルガーの行進曲『威風堂々』の第1番からの抜粋だ。パッパッ、パラララ~♪ と来ないから驚いた。そうか。小学校では有名な、あのゆったりしたところから教えるんだね。指を咥えていた美遊ちゃんが印象的だ。だけど今日は姉妹が中心だから。ゴメンね。

 そしてクライマックスに綺麗に包装された洋服をアイリスフィールさんが渡し、お姉様が額を渡した。額? なんで額? と思えば中にはイラストが入っていて、そこにはイリヤ姉さんを囲む私達が描かれていた。斜め60度くらいから見下ろす感じで、輪の中心にイリヤ姉さん、そこに寄り添っているのがお姉様で、私とトロンメルが左右に居て、その後ろにアイリスフィールさんと切嗣さん(お父さん)。セラさんもリーゼリットさんも描かれてあるし、クロエちゃんとイリヤちゃんは一番手前でこちらを振り向きピースサインだ。

 よく特徴を捉えてあるなぁ。私とトロンメルなんて髪の色合いくらいしか違いがないのに。鉛筆だけでここまで描けるんだ? 本当にお姉様は多才だ。そして涙目になったイリヤ姉さんを囲んで皆んなで記念撮影をしてパーティーを終えたのが昨夜だった。

 女の子ばかりだからと、アーチャーさんもニコさんもそこは気を遣ってくれていた。無駄に余るケーキもないし(デザートはホールの自家製フルーツタルトだった)。だけど、一口サイズのフライドチキンは骨なしで食べやすかったけれど。お好みのソースでどうぞと幾つもの小皿とソースが用意してあったのも良かったけれど。グリーン・サラダにも抜かりはなかったけれど。そればかり大皿に山盛りってどういう事だ?

 まぁ、自家製のパンも用意してあって、それに挟めば更に楽しめるというのはわかる。だけどサラダとチキン以外ないというのも大胆だ。お陰で本日の高等部組のお弁当のおかずは、全員フライドチキンの残り物だ。ところがイリヤ姉さんが1番喜んでいた。

 

「巫女の姉さんがB級グルメ好きでしてね。やはり生い立ちや背景が似ていますから、もしやと」

「お嬢様育ちだから返ってウケると?」

「そうです。それにあなたも知っているように根が素直で優しい性格なのに、軋轢に巻き込まれて人生を翻弄されて来た人です。ですから自分の殻に入ってしまうと意固地になりやすい部分があります。そういうのを……ね?」

 

 お姉様はそこを1番気遣っていた。イリヤ姉さんもお姉様には素直に感謝を述べていたし。だから上手く行った結果の果てが、このおかずだから我慢してあげてと言われてしまった。仕方ないなぁ。

 

 

 

 お弁当のおかずにブツブツ言うエルマを送り出してから、私と姉さんは自転車で出発した。その横をルヴィアさんと凛さんが乗ったクルマが抜けていく。本日の背中は『Telecaster Custom』だけど、正直『Les Paul Studio Lite』と変わらない重さだ。

 本日、これを背負うのには理由がある。この黒い『Telecaster Custom』は、近藤先輩のメインギターとまったく同じものだからだ。先輩のは価格改定前の『TC72-60』で、近藤先輩が大きくなったら使って欲しいと、先輩のお父さんが産まれたその日に買って来たバースイヤー・モデルなのだとか。そのお父さんご本人は、72年だか73年のUSA製『Telecaster Custom』と83年製『Fender Japan TC72-65』とをお持ちだという。『TC72-65』は日本製の最初期モデルだそうだ。

 先輩は姉さんのひとつ下だから87年産まれだ。つまり4年で5千円安くなっている。ところが私の持つ90年代の『Custom』は型番が『TC72-70』だから、定価7万円で1万円上がっている。近藤先輩の持つ『TC72-60』とまったく同じものなのに。まぁ、中古を4万円で買った奴が言うなという話だけど。

 

 退屈な授業が終わって、待ち遠しい音楽室に駆けて行った。

 

「廊下を走るな。コケてネックが折れたら、泣くのはお前だぞ?」

 

 ハッとして振り向いたら、同じようにバッグを担ぐ近藤先輩だった。その横には別の2年の先輩だ。この高橋先輩はフォーク系の人だ。なのに背中はアコギじゃない?

 

「あれ? 高橋先輩、転向ですか?」

「いや、幅を広げたくて。先週、近藤とな」

 

 なるほど。見せて下さいと言ったら音楽室でと返された。それはそうだ。そうして3人で音楽室に入り先に来ていた方達と挨拶を交わした。バッグからギターを取り出し近藤先輩に預けたら、大槻先輩を筆頭に他の先輩方からからかわれた。不思議そうな顔をしていたのは横田先輩だけだった。何となく察しているのだと思う。実は先日近藤先輩に試奏を頼んでいたのだ。

 

「これか。アメリカからピックアップが送られてきたってのは?」

「はい。親戚の人から」

 

 そういう風に話してあったのだ。

 

「どれどれ」

 

 そう言って先輩はアンプにコードを挿してジャランと弾いた。『ん?』と言ってどんどん弾いていく。ピックアップ・セレクターも何度も切り替えて。

 

「これ、クニフェか?」

「いえ。アルニコⅢだとメールにありました」

「へぇ~。抜けるなぁ。俺のと変わんない……いや、親父のUSAと変わんないぞ? 何よりリアがまた……。目一杯巻いてあるのかな? 何ターンで磁石が何かわかるか、トロンメル?」

「1万1千でマグネットはアルニコⅤらしいです」

「なるほど。専門家?」

「今はまだアマチュアですが、もうじき結婚なさる方とショップを開きたいそうです」

「へぇ~、良いなぁ。弟子入りしたいよ」

 

 いやぁ~、その人も姉さんなんですけどね、とは言えない……。ネットでアメリカのメーカーとか調べないでと願うばかりだ。

 

「このリア、各弦の音のバランスを取るためだろう。ポールピースの高さからして普通じゃないな」

 

 おお、そんな工夫もしてあったのか。この辺で他の人々もやって来た。挨拶を交わすと、皆んな担当楽器ごとに集まってミーティングを開始する。音の大きいロック系は防音室代わりの楽器倉庫が空くまで、こうやって先輩後輩が交流しながらテクや楽譜の話などをしている。軽音楽部は同好会ではない。一応大会を目指しているからね。

 一方、大槻先輩は横田先輩とともに、高橋先輩の新しいギターをしげしげと眺めていた。

 

「高橋、これもいつもみたいに指弾きで?」

「ピックも時々使おうかとは思いますが、まずは慣れた指弾きですね」

 

 そのギターに私はギョッとした。ヘッドがテレ? ボディは昔のプレシジョン? そもそもセレクター・スイッチはどこだ?

 

「トロンメル、高橋君のあれはトーンが無いのよ」

「ホタルコ(螢子)先輩、どういう?」

 

 井上螢子先輩は同じバンドの2年生でボーカル兼リズム・ギターだ。愛称はケーコ。とても面倒見が良い、私の好きな先輩だった。同じバンドでのギター担当なので、よく話をしている。

 

「SHだけど、あのトーン部分がロータリーになっていて、ピックアップの切り替えなの。それでボリュームがスイッチポッドでリアハムのタップよ。『Squier '51』っていう出たばっかりのギターでさ。どうかなって考えていたからちょうど良かった」

 

 そっか。高橋先輩のはブラックだけど、サンバーストとかあったらレトロで面白いよね。ちなみにホタルコ先輩のギターもかなり珍しいもので、『Fender Toronado』というアメリカ製だ。数年前にホタルコ先輩は家族旅行でアメリカに行き、その旅行中に買ったそうだ。見た眼は『Fender Jazzmaster』や、部でハヤっている『Squier Jagmaster』っぽい。だけどミディアムスケールで弾きやすい。2Hでスイッチは上の角部分にあって操作が『Les Paul』っぽい。色は爽やかなオレンジで、赤いべっ甲のピックガードがパシッと決まっている。誰も持っていないのもあるけど、ホタルコ先輩がカッコいい人だからとても似合っている。もう『ホタルコ先輩=トルネード』という図式になっていた。だけどアメリカでは、それが理由でお小遣いが消えネズミーで何も買えなかったそうだ。

 なお、中等部時代のホタルコ先輩の旅行先はロサンゼルスだった。この話を知った時、数年前で良かったと胸を撫で下ろした。実際はハンティントン・ビーチというあちらの姉さんがお住まいの家と、ロサンゼルスはクルマで1時間掛かるくらい離れているらしいけれど。

 何度か交換しているメールにはあちらでの生活や風景などの画像もあった。有名な『シャーマン将軍の木』がある公園はお住まいの家からだと、隣の州のラスベガスに行くのと変わらないほど離れているそうだ。むしろメキシコのティファナの方が近いと書かれてあって驚いた(大きな樹の下で姉さんと一緒に写っているイリヤちゃんみたいな子が、たぶん宝具の持ち主だ)。

 有名なシリコンバレーはサンフランシスコの近くで、家からだと600km以上離れているという。この600kmって距離は、東京からだと広島や島根になるそうだ。だけど北だと青森になる。そして函館から稚内の距離がだいたい600kmだ。アメリカの距離感はそんな感じで、飛行機も気軽に使われているし、高速道路で6時間くらい平気で走るという。でも列車は一部にしかなく、都市の地下鉄を除いてほとんどが貨物車両らしい。トラックも多く、その流通は日本の比じゃないのだとか。

 そしてそんな姉さんの愛車が赤いトラックと、くすんだ青いシルバーのアコードだった。もう1台持っているそうだが、そちらは写っていなかった。そうやって近場用、遠出用とか複数台クルマを持つのがアメリカの中流家庭だという。ニューヨークとかと全然違う。同じアメリカだとは思えない。だけどカリフォルニアはそういうところなのだそうだ。

 

「ケーコ。あのオレンジ色のニクい奴は?」

「サブが欲しいなって。それと大槻先輩、オヤジ入ってますよ?」

「ほっとけっての。高橋、ケーコに回して良いか?」

「どうぞ」

 

 そんな訳で黒い『Squier '51』がホタルコ先輩の手元にやって来た。あ、ロングスケールだ?

 

「シンプルで良いギターだと思うんだけど、やっぱり歌いながらだと難しいな」

 

 そしてアンプを通して、こう言った。

 

「このコシのない音の軽さが、ボーカリストが持つのに丁度良いのになぁ」

 

 この先輩も『HGB(穂群原ガールズバンド)』の人だ。その耳は確かだった。

 

「音が軽いのはピックアップでしょうか?」

「も、あるけど、ボディやネックもあるだろうね。トロンメル、ちょっと貸して?」

 

 そうして私は近藤先輩から戻ったギターと、先輩の持つ『Squier '51』とを交換した。どちらも黒いのは偶然と言えない部分もある。私や近藤先輩の『Custom』が黒いのはそれしか色が選べないからだだけど、『Squier '51』が黒いのは自分で選んだからだろう。今の2~3年男子の間では黒が流行っているのだ。

 

「近藤君の言う通りだね。音が良いよ、これ」

 

 それを横目で見ながら私は『Squier '51』をあちこち触っていた。それでワンピースだと思ったネックが貼りメイプルなのに気付いた。安っぽいなぁ。それでも、とても面白いギターだと思った。この『Squier』というブランドは『Gibson』に於ける『Epiphone』みたいなもので、安くて面白いギターを出している。今、日本で出ている『Cyclone』も『'51』のようなSHで、元はメキシコ・フェンダーのオリジナルだったと記憶している。ボディ形状は『Mustang』でローズ指板の付いたネックのスケールはミディアム。トレモロはシンクロナイズドだから、多少『Mustang』より音が伸びチューニングが狂い難い。部にも2人ほど使っている人がいて、色はキャンディ・アップルレッドとメタリック・ブルーだ。店頭にはブラックとイエローもあったと思う。

 ミディアムなので弾きやすそうだし、ちょっと欲しいと思っていた。アメリカの姉さんなら、この『'51』や『Cyclone』をどういう風にするだろうか? 帰ったらメールを打とうと思った。

 

 

 

 

 週が開けて間もない火曜日、突然ボストンからリンさんとリサさんの姉妹がやって来た。ボストンの別荘で働くメイドだ。アルファベットだと『Lynn』と『Lisa』になる。以前こちらに応援に来ていたのがリサさんで、リンさんとは今回初めて会った。これも『エル』様々な結果な訳だけど、こちらのリン(凛)さんは驚いていた。

 

「リン、同じ発音の名前だから?」

「もあるけど、よく考えたらリサさんにしても漢字で書けると思ってね。モニカさんとミアータさんだとそうは行かないでしょう?」

「行かないんだ?」

「行かないわね。パミやエルヴァにしてもそうよ。それくらい文化圏の違う名なのね」

「それがリサやリンだと、日本に似た発音の名前が揃ってあったって事ね? どう書くの?」

「私のリンはこう」

 

 そう言ってリンさんは、メモ用紙に『凛』と漢字で書いてパミちゃんに見せていた。それをリサさん姉妹が不思議そうに覗き込んでいた。

 

「あの、リン様。私はどのような?」

 

 リサさんだけど、これは気になるよね。

 

「そうね……『梨沙』とか『莉紗』かしら。リサと読める漢字は多いのよ」

 

 と言いながら、『理』『里』『利』『璃』などを書き、『砂』『咲』『莎』『佐』なども書いていた。それを見て私も『梨+沙』=『Pyrus+Riparian zone』、『莉+紗』=『jasmine+gauze』と書いてみた。厳密には違うものもあるけれど、文化の違いで英語にできないものがあるのだ。

 

「ならこれとこれを組み合わせて……」

 

 そう言ってリサさんが指したのは『莉』と『沙』だった。何だろう。湖畔に佇んでいて、目の前の湖が全部ジャスミンティーのような……。だけど清書してあげたら、リサさんはそれをとても大切そうに胸に抱えた。当然、リンさんには親友だったあの子の名を書いた。『リン』にも『鈴』『倫』『稟』『綸』と、名前で使える漢字が幾つかある。だけど『凜』が1番しっくり来る。それにあの子なら気を悪くしないだろう。

 

「お嬢様、私どもには難しいですか?」

「ごめんなさい。『桃仁花』や『未亜汰』のような当て字っぽいのしか思い浮かびません」

「許してあげて。それっくらいお2人の名前は文化圏の違いが明確な名なのよ。美しい名前だと思うのに」

「私のも難しい?」

 

 パミちゃんだ。

 

「そうね。当てるとしたら『巴美』かな?」

「え? どういう意味?」

「『巴』はパリのパ。日本独自の当て字ね」

 

 他国の都市名はどうなのだろうと思ったが、本人は興味津々な顔だった。

 

「元は新聞用だったのかな? ともかくそういう報道用に国名や主要な都市名を漢字で表す方法が昔からあったの。例えばスイスだったら『瑞西』よ。都市は……あったかな?」

 

 ここで出番だ。

 

「ありますよ。ベルンが『抔恩』で、ジュネーヴが『寿府』か『日内瓦』。チューリッヒが『的律丁』ですね」

「さすがというか何というか。よく知ってるわね?」

「母国の漢字表記は、漢字に慣れると真っ先に調べますって」

「そんなもんか」

 

 そんなものですよ。何より書ける日本人が皆無に近い。だから逆に書けると優越感が大きいのだ。

 

「こんな字になるんだね?」

「そう。面白いでしょう? それでさっきの『巴美』の『美』は美しいという意味よ」

「へぇ~、フランスに観光に行ったみたいな名前だね?」

 

 そう言いつつも、パミちゃんは満更でもない風だった。

 こんな事を話しながらも、実はメイドの4人は手を休めていない。そもそも何故4人集まったのか。それは今週の木曜日が第4木曜日で、ここアメリカでの一大イベント『Thanksgiving Day』だからだ。感謝祭とも訳されるが元々は欧州であった収穫祭が元だ。それが初期の入植者が、ネイティブの人達からトウモロコシの栽培方法などを学んで無事厳しい冬を越えられた。それで秋の収穫祭にネイティブの人達を招いてパーティを開いたのがアメリカ式感謝祭の始まりだったとされる。だから当時のネイティブの人達がそうしたように、大量の食材や料理を持ち寄り祝うという風習になっている。

 この後にネイティブへの虐殺があったわけだから、ネイティブの人達はこれを祝わず『大量虐殺の始まりの日』として忌み嫌っている。だけどそこは偽善と奪ったもの勝ちな白人だ。木曜日は家族で、金曜日は親戚も集まって(ブラックフライデーでもある)、土曜日は友人達と。とにかく大量に作った料理をガツガツガツガツと食べる。それはもう、悪魔にそういう呪いでも掛けられたのかというくらいに食べる。

 それで日曜日はウェ~となって休み、月曜からの仕事や学校に備える……言ってみればお正月の三ヶ日みたいな事をこの11月の末にするのがアメリカだった。だから木曜から4連休という地域がとても多い。

 

 ちなみに七面鳥の丸焼き(中に刻んだ野菜などを詰めたオーブン料理)を食べるのはこの日だ。翌月のクリスマスにも七面鳥を焼く家はあるけれど、それはかなり珍しく、大抵の家ではちょっとご馳走を作る程度だ。盛り上がりはこの感謝祭の4連休と謹賀新年の方が大きい。プレゼントもアメリカではクリスマスでなくブラックフライデーだ。これは比較的新しい習慣で、元は感謝祭用商品の在庫セールだった。それを拡大して今のようになったという経緯がある。所詮はクリスマスや年末での消費の前倒し、需要の先食いだ。なのだが、慌ただしい年末よりは在庫管理がしやすいのですっかり定着してしまった。

 だけど木曜の夜から並んで買い物なんてしたくない。それでプレゼントは本日(火曜日)に既に用意していた。そして夕方にボストンの2人が到着して4人で仕込みをしている訳だ。なお、お手伝いは断られている。

 

『私どもはアメリカ用に作られています。ここで本領を発揮しませんと』

 

 なるほどだ。だけどレシピや作り方は丁寧に教えてくれる。フンフンと頷きながらメモを録る私とリンさんだ。

 シロウさんはアルバイト(ほとんど正社員扱い?)で、フンボルトは相変わらず工房だ(朝の運動と、パミちゃんとのアーチェリーは続けているから偉い)。そしてケリィやリョーコにケティも今週は家の事で忙しいらしく、私は朝の運動後、暇そうなパミちゃんを連れて今年最後のサーフィンに行っていた。ちなみにパミちゃんはビーチで見学だ。なので待たせては可哀想なので、サーフィン納めで2本と言ってあった。それで海から上がった後にプレゼントを買いにクルマを回した訳だ。当然パミちゃんには、売り場で好きなのを選んで良いとクルマの中で話してあった。サプライズより希望に沿っているかどうかの方が大切だからね。そしてフンボルトの分は2人で選んだ。

 先週、フンボルトは商品の内容を教えてくれた。私やシロウさんに皆んなの意見を取り入れ熟考した末だ。

 

 1、オリジナルデザインのスケートボード・ギター

 2、古い家具や廃材を利用して作る『Telecaster』や『Stratcaster』に『Precision』シェイプのギターにベース。

 3、まったくオリジナルのアコースティクやエレクトリックのギターとベース。

 

 この3本を柱にしてビジネスをしていきたいと、正式に話してくれたのだ。それで最初のスケートボード・ギターはミアータさんにプレゼントした。元々デッキの提供者がミアータさんだ。デッキを半分に切って張り合わせたそれは、ショートスケールな1ボリューム1PU仕様だけど、量産とデザインを工夫したオリジナルのネックと私と『彼女』が巻いた、シングルコイル・ピックアップが付く。音はデッキとデッキの間に挟んだ魔術式入りの板でバッチリだ。

 また、オリジナルのアコギとホロウボディのギターも1つずつ完成した。その分、私と『彼女』へ贈ると話していた『Flying V』が遅れている訳だけど、文句なんてあるはずがない。そして今工房でせっせと作っているのが、先だって掻き集めてきた廃材での『Telecaster』と『Precision Bass』だった。そこに今朝届いているのに気付いたトロンメルからのメールだ。

 トロンメルからは良くメールが届く。この子は軽音部でなく軽音楽部に所属し、最終日には体育館のステージに立ったという。1年生でこれは凄い。『HGB(穂群原ガールズバンド)』のメンバーで、リードギター担当だそうだ。残念ながら肝心の最終日は行ってなかったけれど、音楽室での練習風景はチラリと見ていた。まぁまぁの腕前だと思う。

 そんな子がある日、練習場所の第2音楽室にある、楽器倉庫(防音室を兼ねている)の奥から掘り出したジャンクなギターを自分で直しているとメールに書いて来たのだ。ギターが好きなのもあるし、何か軽音楽部に貢献できたらと考えての事らしい。それであれこれアドヴァイスを送るうちにメル友のようになってしまった。あまり記憶にない、エルマの妹。そういう関係から始まっても良いなと思えた。なので『エルヴァ』が知らないであろう、フンボルトから仕入れた話などもメールに書いている。

 ドナーとなっているギターは、型番が不明だけど『Fernandes』や『aria proⅡ』に混じって『COBRAN』や『F&C Anboy』など5本あるらしい。『Fernandes』と『aria proⅡ』は大手だから添付された画像で直ぐにわかった。『COBRAN』は日本で『Jackson』を作っていた中信楽器のオリジナルブランド。『F&C Anboy』はアメリカの中古市場でもたまに見掛ける。あのフジゲンのオリジナルブランドだ。どれも80年代後期から90年代初期、今から10~15年くらい前のものだろう。バブルな頃だから断線程度で楽器を置いていく先輩が居たのだ。私も数回そういう物悲しいギターやベースが倉庫の奥で眠っているのを見ていた。だからそれを直して、未来の後輩の練習用にという考えには大いに賛同だった。

 私の記憶だと横田クンと近藤クンがそういう事を自主的にしていた。案の定それはこちらでもそうだった。それが懐かしくて親身になってメールをやり取りしている。それにトロンメルに頼む方が日本の楽器類は早い。日本だけにしかない日常雑貨や文房具に菓子類はエルマだけれど。

 そんな関係だったので、メールの内容を最初は先日送ったピックアップや、姉さんへの誕生日プレゼントの件(お父さんの分はとっくに送り済み)だと思っていた。が、その旨にも触れてはいたが概ねの趣旨は『Squier』をどう思うか、『'51』や『Cyclone』をどう思うかだった。あれ? 『Cyclone』って『Fender』じゃなかった? そう思ったのだけど、どうやら日本では『Squier』のブランドから出ているらしいと文面からわかった。

 それでネットで調べたらどちらもSHだった。メイプルとローズ、ロングスケールとミディアムスケール、トレモロなしとあり。更に言うなら弦の張り方が違う。『Cyclone』はシンクロナイズドだからボディ裏からだが、『'51』はブリッジエンドからのトップローディングなのだ。これは考え方だけど一般的なバックローディング(裏通し)の『Telecaster』よりテンションが弱くなるので指への負担が少ないだろう。ここは美点だ。

 ただ、見た目のシンプルさとは裏腹な、演奏中の操作に問題が出そうなコントロール類。だけどトロンメルは、『'51』に心惹かれて悩んでいるのが読めた。『Gibson』に対する『Epiphone』のように、私なら詳しいとでも思ったのかな? こっち系統を集めていたのは『エル』だから、私に聞いても日本にいる『エルヴァ』に聞いても変わらないと思うけれど、一応返事はしておいた。

『'51』ならピックアップ・セレクターを別に設ける、『Cyclone』ならタップ用にスイッチポッドを使う、と。だけど気になるのでもう少し調べたいと追記していた。それで工房の方にパミちゃんと買って来た、中古のメキシコ製グラフィティ・イエローの『Fender Cyclone』と、おそらくインドネシア製だろうヴィンテージ・ブロンド(白)の『Squier '51』を放り込んであった。

 料理の仕込みが終わってメイドの皆さんが休憩に入ったので、リンさんは自室に戻り、私とパミちゃんは工房に向かった。そこで『'51』の開封の儀式を行った。こっちは新品だったのだ。透けて見える木目からボディはバスウッドだろう。弦を外して黒いピックガードや裏蓋を外した(このヴィンテージ・ブロンドのみピックガードが黒になるらしい)。500ドルもしない安物だけど作りはしっかりしている。難をあげるなら『Cyclone』にも言えるけれどペグだなぁ。いや、『Cyclone』はトレモロをもっと良いのに換えないと音が詰まりそうだ。

 

「何を見ているの?」

「スイッチの増設は可能かなって。『Cyclone』はどうとでもなりますが、『'51』はザグリが最小ですね。これはこれで活かしたいなぁ。いっそピックガードを作り直すのを覚悟して、『Telecaster』用のコントロール・パネルを使おうかな」

「ホントだね。これピックアップの穴以外、なんにも無いんだね?」

「そうなんですよ。ですからネジ穴を埋めて、ピックガードなしの方がカッコいい気もして」

「うん、そう思う。でもそうすると、ますますシンプルなコントロール・パネルのままにしたいよね?」

「そうなんですよ。初期型の『Precision Bass』をモディファイしたイメージに、どうしても固まります。だからメーカーもこんなロータリーの使い方にしたのだと」

 

 私とフンボルトの影響なのか、パミちゃんも詳しくなってきた。取り敢えず弦を張り直して、アンプを通した。音がどうも軽い。まぁ、どちらも価格なりのセラミック・マグネットだしね。

 

「エルヴァ。ベースみたいに指だけで弾いてみて」

 

 ああ、なるほど。指先の感覚でトーンとボリュームをコントロール……ふむふむ。シンプルに考えるのが正解だなぁ。

 

「閃きました。フロントのポールピースをアルニコⅡにして、3対3の分割で巻きましょう。そのスプリットでノイズレスにして、リアはいつものハムの発想でもっとヴィンテージ寄りに。ボビンはゼブラでホワイト側をブリッジにして。けど、高さ調整は黒い内側の方で行います。巻きはそのシングル側とフロントの音量を揃えるようにして、ハムの時は音量アップでなくコシ重視で、巻きを思いっきり減らします。マグネットは調整可能な側がアルニコⅣ、ブリッジに来る側がアルニコⅢですよ。どうでしょう?」

「どんなだかわかんないけど、パネルはそのままだね?」

「ええ。ポッドと配線材のメーカーには拘りたいですが」

 

 フロントはやり過ぎな気もするけれど、指弾きの擦過音に拠るノイズは消したいところだ。それとアルニコⅤを避けたのはドンシャリ側にスランとしているから。これならどうだろう?

 次に『Cyclone』を考えてみた。お金を掛けないにしても、トレモロのブロックは鉄製のどっしりしたものにしたい。それとスプリングだね。フロントのザグリはピックガードに隠れている。なら彫り直して逆にスラントさせれば? つまり6弦側がブリッジに1弦側がネックに寄るように。

 それでピックガードはチェッカープレート模様で作り直し。リアは今まで以上に発想を進めて、シングル2発の気持ちで作る。要はハムで使う時のバランスが思いっきり崩れるのだ。音量差も音が潰れるのも度外視。だけどシングルの時はフロントともどもファットで。でもシンクロナイズドには拘って。うん、その方が返って使い良いような気がする。

 そんな頭の中に描いた青写真を素に、元のピックアップを採寸していった。だけどシングルは丸々『Stratcaster』用と同じで、ハムは『Gibson』と同じ寸法だとわかった。それなら材料の在庫がある。それで夕食までに4基のピックアップが完成した。食後、キャビティを拡張したり掘ったりせずポン付けしてみた。つまりスラントもノーマルのままだ。

 

「面白いね? 指弾き専用で考えているなら、ステレオジャックで出力をパラレルしてみるのも手だよ」

 

『'51』を試していたら、フンボルトにそう言われた。

 

「どういう意味ですか?」

「ブリッジにピエゾを仕込むってどう?」

 

 おお! さすが、そう来たか。

 

 次に『Cyclone』を弾いてみた。『Mustang』と並んで『エル』のお気に入りだった。今は赤い『CycloneⅡ』だったっけか? それよか、私のソロイストを寄越せと言いたいが、それは『エルヴァ』のものでもあった。

 

「どう?」

「弾きやすいですね。もう少し調整して詰めれば、もっと良くなると思います」

「感触が良いなら取り敢えず、ピックアップだけ送ってあげたら?」

 

 これはパミちゃん。何故かパミちゃんは私を通じての話でしか知らないのに、エルマとトロンメルを気に掛けていた。それでもってスイスのエルヴァちゃんには親しみを感じていて、日本のクロエちゃんとイリヤちゃん達はライバル視していた。私の話し方が悪いのかなと思っていたのだけれど、どうもそういうのでは無かった。嫌っているのでもないし、何だろうと思っていたが、段々ともう1人の私が原因だとわかってきた。

 パミちゃんは、『エルヴァ』が居るから帰れない私に同情してくれていたのだ。そして、存在を知っているなら手紙の1つでも寄越せとクロエちゃんとイリヤちゃんに少し怒っていた。それだけだった。と言うのはスイスのエルヴァちゃんからは定期的にメールが届くからだ。エルのお陰だと思うけれど、それが嬉しいのは事実だ。また『エルヴァ』は前からメールをくれていたし、エルマもトロンメルもこの頃は頻繁にメールをくれる。きっとそんな私の一喜一憂に気付いて、2人にプリプリしていたのだ。それがわかってからは黙っている。

 嫌わないで欲しいし、本人もそうはしたくないと思う。だけど私の心に気付いてしまった。またあの2人が年下だからと、悪態はつかない。ただプリプリしているだけ。それがパミちゃんの心の成長なのだろう。だから本日のお買い物は2人で行ったのだ。『現象』となった『彼女』の大切な妹は、もはや私の大切な妹でもある。だからそっと抱き締め、撫でてあげる。結婚しても子供ができても、この子も分け隔てなく見守る。それが私に与えられた使命であり、託された願いなのだ。

 

 

 

「ああ!! カレー!! カレ~~~~~~!!!!! カレーが食べたい!!!」

 

「うるさい囚人だなぁ」

「どういう体力だか、あそこに入って96時間はぶっ通しで叫んでやがる」

「って、4日間も!?」

「そうだよ。いい加減にして欲しいんだけど、上の人が丸っきり無視でさ」

 

 そんな看守の愚痴話は、あっという間に噂になっていた。それを小耳に挟んでいたオレは、あの女が入れられている独房を覗きに行ったんだ。実は無視していた訳じゃない。つーか、待ってんだ。1つは『エルヴァ』やエルマに聞かされていた、カレーの禁断症状が出るのを。もう1つは背後の埋葬機関つうトコが動くのをだ。でもよ、これが一向に動きがねぇんだよなぁ。いい加減こっちも飽きが来るってもんだ。で、始まったのが、この禁断症状って訳だ。

 ところでよ、この世界にはあのムカつく神父がいねぇ。キリツグがぶっ殺したからだ。でもな。普通の人間の中じゃ、そこそこ腕が立つ奴だった。だけど、あの神父の何倍も強ぇのが集まってるのが埋葬機関なんだとよ。それでウキウキしてたのによ。その中で七番目に強い女が、今ここで捕まっている。しかも食い物で禁断症状なんて起こして。こんなもんなのか? それともこの女の欲しがるカレーが特別なのか?

 最初は背後の組織を、少しでも吐かせれば十分だった。そもそもそんなものを聞かずとも『エルヴァ』が全部知っていて、香港からメールで知らせてくれていたんだ。でもな、万分の1でもバラしたという事実があれば。信仰心の篤い奴ほど自己嫌悪に陥り、駒にしやすいってな。ネチネチと嬲るつもりなんだろ。

 

「ご苦労さん、暫く交代してやるからメシでも食ってこいや」

「謝謝。槍夫」

 

 これだ。コイツラの言語がオレには『槍夫』に聞こえる。エルマに伝えたら『やりチン』ってわざと誤解釈された。『槍男』なら最悪だとかヒデェ……。そこは英語で読むのかよとツッコミも虚しいだけだった。まぁ、それは良いとして、今オレは飯盒に炊きたてのご飯と、手提げ鍋に出来立ての熱々カレーを持ってここに来たんだ。本当にヒドいだろ? 禁断症状が現れたらそうしろって命令させてんだよ。ルーだけでなくスパイスなんかも、アサシンが香港から運んでくれてよ。この女を釣るために、『エルヴァ』は普段から用意してあったんだと。どんだけだ?

 

「カレー!! カレ~~~~~~!!!!! 寄越しなさい!!! 寄越せ!!」

 

 ルーンでガチガチに固めてある鉄格子が破れるもんかよ。

 

「んメェ~~~」

「ギャ~~~!! わ、私のカレーを食うな!!!」

「アホか。オレが自分で作ったオレのカレーだ。欲しいか?」

「欲しい! 寄越せ! 早く!」

 

 そこでスルメを出せと指示があるが、我慢なならずオレは訊いた。

 

「お前ェの組織は埋葬機関ってんだろ? ま、裏切れねぇのはわかんだけどよ、一応訊くわ。仲間の名を吐けや?」

「メレム・ソロモン!!!」

「ちょっ!? 即答かよ?!」

 

 仕方なくオレは別皿にカレーをよそい、受け取り口からそいつを渡した。ガツガツ食うその女を見ながら『エルヴァ』からのメッセージを思い返していた。

 

『埋葬機関に指示を出す枢機卿辺りの名が聞ければ大したものですが、構成メンバーの名が出るようなら折れていない証拠です』

 

 その構成メンバーを『エルヴァ』は知っていたし、知らせてくれている。つまりコイツは折れてねぇ。仲間を売ったつもりなんざ毛頭ねぇだろ。要はその1人ひとりが名を知られたところで屁とも思わねぇ連中だってこった。

 

『どいつもこいつも死徒や悪魔に類する者、或いは限りなくそれに近い存在です。となると、そんな化け物じみた肉体を維持するために、1日の消費カロリーが半端ない。そしてそれは信仰や盲信で転嫁されている場合が多いです』

 

 つまりこの女の場合はカレーという食物に転嫁している訳だ。普通なら……物理的って言うのか? ともかく普通なら50~100人前は食わないとやっていけない身体なんだと。ところが嗜好物に転嫁する事で1人前に抑えられるんだ。何とも不思議だろうけど、身体が神秘と混じっているとそうなるんだよ。が、弊害もあってな。その依存度が半端ねぇ。『エルヴァ』はそこを知り抜いていたって事だ。

 生い立ちも知った。代行者なんて因果な商売をしなきゃなんねぇ理由もわかった。そんでもって、『エルヴァ』は憐れみこそすれ、この女をそんなに嫌ってねぇってのもわかった。要は邪魔だから首を突っ込んで欲しくねぇ。それだけだったんだ。今、アイツラは香港からベトナムってトコのハノイって街へ飛んでいる。それを追わせないための拘束だったんだ。

 

 

 

 ハノイに入って真っ先にした事は、アオザイの注文だった。身体の10ヶ所以上も測って仕立てるベトナムの民族衣装は、この年中気温と湿度が高いベトナムでは高機能な衣類だった。フォーマルならシルク、カジュアルなら混紡やコットンと、生地も色々選べるし色も豊富で刺繍入りなんてのもある。何よりこのハノイでオーダーすると追加料金で翌日に仕立ててくれるお店があるのだ。

 その理由は真っ白なアオザイを女学生の制服に指定している学校が、ここハノイを中心としてベトナム北部に集中しているからだった。その境界は中部の古都フエ辺りでくっきりと分かれ、観光客の多い南部のホーチミン(サイゴン)まで行くとシャツにスカートと味も素っ気もない。これは国土が南北に長く、季節に拠っては気候が全然違うという理由より政治的意味合いが強いように思う。あの田園をノンラーという傘をかぶり自転車で抜けていく、白いアオザイの少女達はフエから北でよく見掛ける日常の光景だ。少し下のダナンまで行くとまず見掛けない。本当に地域限定なのだ。

 それと気質も挙げられるだろう。北部の人は華僑との混血も少なく、京族や越族など自分達の伝統やアイデンティティーに誇りを強く持っている。それがあるから明を追い返し、果てはアメリカに勝利したのだ。その明を追い返した15世紀初頭に興った黎朝の初代皇帝・黎利は、豪族の出身で明の支配に抵抗するレジスタンスだった。ある日ハノイにあるホアンキエム湖の精霊から魔剣・タンキエムを授かり、苦節10年を掛け明に勝利し諦めさせる事に成功した。そして湖へお礼を述べに行き、亀の指示で湖の中程にある小島で剣を返した。『還剣』と書いて『ホアンキエム』だ。そしてその亀はスッポンだったという。

 びっくりだがハノイにはホアンキエム湖が実在し、小島には亀の塔が建っている。そして今もこの湖のスッポンは保護されている。アーサー王は伝説だが、黎利は実在の人物だ。ベトナムとはそういう国なのだ。だからという訳ではないが、昨今観光都市になりつつある海沿いのニャチャンという街のすぐ南にカムランという街がある。またハノイから東へハイフォンを抜け海の方角に行くと、ハロンという港町がある。目の前のハロン湾は海の桂林と形容される程の絶景だが、どこか英国の断崖にも似ていると思うのは私だけだろうか?

 ま、何れにせよ中華圏とも言えるので明日の事より今の金という、世知辛い人も多い。だけど、南部の田舎に行けば水耕を営む短いアオザイ姿の、逞しくも素朴なオバサンがニコニコと働いている。貧乏だけど皆んなが寄り添って生きている。そういう光景が今も見られるのがベトナムだった。ちなみにその短いアオザイをアオババという(本当の話)。

 

 そして私とアサ子は、昨日引き取ったばかりの真っ白いアオザイを着て街を歩いていた。当然下着もこちらで買ったものだ。理由は単純。あのボンキュッボ~ンなシルエットは下着で出しているからだ。ブラのカップなんてとても厚く、どんな残念な子でもツンと上向いたカッコいい胸になる。とは言え、少々胸が残念なアサ子はともかく、私のこの身体はハナからボンキュッボ~ンだ。なにせ男性を悩殺するために造った特製だからね。なのでそこまでキツい矯正下着は必要ない。だけどブラより下が重要で、お尻が上がって透けても良いものを選ばないといけない。つまりアオザイの下に着る下着はある意味見せパンなのだ。

 そんなナイスバディを学生と見紛うばかりの白いシルクのアオザイでぴったり包み、これ見よがしにサラッサラな金髪をなびかせて歩いている私。すれ違った男性のうち数人が鼻血を垂らしていた。

 そして後ろを歩く馬謖は内股の前屈みという奇妙な姿勢で、ちょこちょこと歩いていた。フランクや呪腕が普通に歩いているだけに奇妙でおかしい。

 

「馬謖、今夜私の部屋に来る?」

「い、いいいい、行きませんっ!」

「どうして?」

 

 私はソフトクリームを味わいつつ馬謖に尋ねた。とってもエッチな舐め方をしながら。

 

「か、からかわないで下さい!」

 

 フランクと呪腕がやれやれと手を広げ、アサ子が溜め息を吐いた。凸凹3人衆は百貌とともに調査に出ている。今回の私達は高官とのパイプを繋げる必要も、話をする必要もなかった。今回は私でなく、馬謖の仕事だったのだ。私の案内で馬謖が東南アジア諸国の実情を知る事。そこに意味があった。これは魯粛さんを通じてだけど、本当の依頼主は孔明さんだ。

 貿易相手を探しているようにも見えるが、取り入れられるものがないかを調べる意味合いが大きい。今までは侵略という形で他国に一方的に『与えて』来た。だけどこれからは積極的に『取り入れて役立つものなら取り入れよう』という発想だった。その現地調査員に馬謖が抜擢されたのだった。

 

 ベトナムの物価は低い。ぼったくられない限りインドやインドネシアと変わらないだろう。少しだけタイやフィリピンが高く、マレーシアだと結構高い。シンガポールだと日本より高いかも知れない。東南アジアの物価は概ねそんな感じだった。そしてエスニックと言えばインドネシアやタイ料理という人が多いと思うが、私個人は東南アジアだとベトナム料理が一番美味しいと思う。チャーメン(焼きそば)はイマイチだけど、ハノイのフォー(肉入汁麺)は抜群に美味しい。羊肉のもあるし、蟹肉入りのバインダー・クアも良い。それとブンチャーというつけ麺。ブンは炭火で炙った豚肉のつくねだ。保管も流通も衛生もしっかりしている現代に於いて、未だ豚肉を忌避するのはどうかと思う。これを食べられないイスラムの人は人生の3分の1は損をしていると思うのだ。それくらい美味しい。とにかくベトナム料理は麺料理、それも汁麺が生半可じゃない。ウドンにソバ、ラーメンも食べてきた私が言うのだから本当だ。

 それと海に面した国なので魚料理にも光るものがある。ぶつ切りのお魚に香辛料をまぶして炒め揚げたチャーカー(チャーカーラーヴォン)はインドでも見られる調理法(西欧人的にはソテーでなくポワレ)だけど、こっちの味の方がスパイシーなあちらよりご飯が進む。単にソテーやムニエル(小麦粉の衣を付けるのがムニエルだ)にするのもどうかなと迷うなら、このチャーカーも覚えておいて損はない料理だろう。旧市街に行けば専門店がたくさん並んでいる。空芯菜入りのシャッキリしたのが私は好きだ。

 夜は同じ旧市街の36番通りに出向こう。そこがターヒエン通り、別名ビアホイ(ビアホイはブランドの名。これを出すお店が多いからそういう通称になった。カップで25円、ジョッキで100円以下と安い)通りという飲み屋街だ。路地と行って良いような狭い通りの両側に飲み屋が並び、通りにまで即席の座席が張り出している。ここで深夜までお喋りしながら、ベトナムの薄いビールを楽しむのだ。肴は何でもある。日本のジンギスカンのようなバーベキューが良いという人も居るけれど、あれはお勧めしない。何故なら無性に日本のタレが欲しくなるからだ。それより春巻き揚げや鶏肉の1品もの、或いは鶏鍋(ラオ・ガー)を頼もう。出しているお店と季節は限られるが、この11月後半は狙い目だ。

 また、ブンオックという豚つくねと貝入りのスープは女性に人気で、お昼はこれで済ますという人も多い。1杯100~150円。月収1万5千~2万5千円くらいのベトナム人には少々高いが、味は最高だ。こういうのもハノイなどの北部にしかない。バインミー(ベトナム・サンドイッチ)と、生春巻きとシュリンプの何かしか知らないようでは困る。ベトナムの食は北部にありだ。

 というか香港から台北へ行くのと、ハノイに行くのとは、そう時間も変わらないし飛行機代も似たようなものなのだ。なので香港時代に連休を頂くと、よく遊びに来ていたのだった。ちょっとそこらの中国人とは一線を画した生活だったなぁ。

 ちなみに先程からベトナム・ドンで書かないのは、桁が余りにも違うからだ。大雑把だが1ユーロ130円、1ドル105円と少々レートが変わっても概ね100円ちょいだ。150円に行くことはまずない。だけど1ベトナム・ドンは0.004円とかそんなだ。1インド・ルピーの1.5円なら頭を1円単位に切り替えるだけ済むし、タイのバーツにしても3円ちょいだ。けれど、0.004円なんてどうしろと? インドネシアのルピアも酷い。1ルピア0.008円とかだった。マレーシアの1リンギットが27円くらい。1シンガポールドルは80円弱で1香港ドルは14円くらいだ。自国通貨と即座に変換可能なのは精々10分の1までだと思う。幾ら暗算が得意な人でも、千も単位が違うと絶対にどこかで間違うと思う。

 だって露店で可愛いお皿を見つけても15万ドンとか20万ドン(※)とかだよ? 1600円くらいかとホッとするのに何分掛かる? ベトナムは結構気に入っている国だけど、この通貨単位だけはどうにかして欲しい。

 

※)どう考えても観光客向けのボッタクリ価格だ。1万5千円(約330万ベトナム・ドン)で生きていける国で、著名な焼き物でもないのに月収の10分の1もする価格のお皿なんてあり得ない。例えば普段使いに月収20万円で200円のお皿を買うと考えよう。それの観光地価格として倍から3倍の400~600円。となると月収の千分の1として、30~45円だから6600から1万ドンが妥当だろう。これが実質経済の見方だ。名目経済や名目賃金を見ても大衆の収入は見えて来ないものだ。この程度の経済もわからないなら立候補するなと言いたい。そしてベトナムの人口は約8500万(2004年)でフィリピンとほぼ同じ。中国が傍になければフィリピン以上にGDPが上がるだろう。河の氾濫が怖いメコンデルタでなく、この北部こそが工場誘致に向いていると言えた。

 

 

 この訳のわからない価格を除けば、ベトナムのハノイという都市は東南アジアと思えないほど綺麗で静かだ。そういう法令があるのか、バイク(クルマよりバイクなのは一緒)もホーンをむやみに鳴らさない。それとシクロという人力の自転車タクシーが、以前より減ったけれどチョロチョロ走っている。それがまた街の景色に溶け込むのだ。

 ハノイの傍を流れるホン川は中国の雲南省を水源とし、その地域に住むハニ族の棚田を潤し、人々に恵みを与えて来た。水中に酸化鉄があるらしく水が赤い。それで中国では紅河と呼ばれ、下流のベトナムでは『母なる川(カイ川)』とも呼ばれている(川が『ソン』なのでソンホン川という言い方は間違い)。

 そんな麗しい川と違い、ベトナムのすぐ横のラオスとタイの国境やカンボジアを通り、ベトナム南部で巨大なデルタを作るメコン川は日に日に干上がっていた。原因は中国共産党にありチベットにある。北極と南極に続く巨大な氷河を擁するチベット高原は、実に9つもの有名な河川の水源だ。黄河の上流部のマチュ河、長江(揚子江)の上流部のディチュ河、メコン河、サルウィン川(怒江)、インダス川、ガンジス川と合流する大河、ヤルンツァンポ河(ブラマプトラ川)などなどだ。これらの上流であり水源のチベットを中共が奪い、広大な森林を伐採し、何万基ものダムを作り、水を堰き止めている。

 理由は長江の方へ流すためだ。そちらの下流の都市に欧米の工場が進出して、地下水だけでは追いつかないと踏んだのかどうかは怪しいが、少なかからず三峡ダムの水量確保と電力目的なのは間違いなかった。共産党は白手組や黒手組、海亀組に泥亀組などの派閥があるが、少なからずこれらのダム利権は、江沢民一派である上海閥の周到な計画と杜撰な工事、そして未来の自然環境を顧みない愚行に拠って得たものだ。

 そしてこれは中共の利権だけの問題ではない。チベット人の苦痛に目を背け、目先の金を追った欧米のグローバリストの罪でもある。今や工場が排出する熱は新疆やチベット高原にも進出し、氷河をどんどんと溶かしている。1997年の京都議定書にアメリカはバード=ヘーゲル決議を理由に不参加を表明した。そこに挙げられた理由が『インドと中国が参加しないなら意味はない』というものだった。

 つまりアメリカのシンクタンクは、この地球温暖化対策(※)がEUの考えた罠だと見破っていたし、温暖化を1番推進している国が中国だとわかっていたのだ。と同時に、そんな中国に依存し儲けを貪るハイエナ達が米国籍を持つものばかりというのも理解していた。だけどそこまで『賢いはず』の者達でも中共の真の目的には気づかなかった。それが水に拠るアジア支配だ。

 

※)森林が減る事に拠る酸素供給サイクルや水源環境破壊の方が深刻。現在の地球は氷河期に向かいつつあり平均温度は下がりつつある。日本が暑いのはどこもかしこもアスファルトで覆われ、都市と都市の間の田園が減っているからに過ぎない。欧州もアメリカも気温は安定している。

 むしろ先のチベットもそうだし、ブラジルなどの森林伐採の方が深刻だ。またそれまでにない水量と巨大面積を持つ三峡ダム。ああいうところから蒸発する水が、地域の天候に及ぼす影響や、膨大な質量が地質に与えるダメージの方が大きい。これが理解できない科学者は電卓以下だ。そんなバカを雇うより、社員にソロバンを配る方が効率がいい。

 

 

 水に拠る下流域の支配、無言の圧力。実はマウラ・モイナハンというアメリカの方が、この深謀遠慮な計画に気付き告発していた。新聞から嫌われても何度も何度も発信していたのだ。だというのに、それを無視し続けた欧米諸国。そして中共からの弾圧を逃れるために、着の身着のままでネパールのカトマンズへ命を懸けて逃げた人々。

 ほんの10歳にも満たない子供が、山越えが祟り重度の凍傷に落ち、その足の切断をするための資金すら誰も持ち合わせないという現実。日本のエルヴァもアメリカのエルヴァも、この事実を知っている筈だ。どうやらここのおチビちゃんは『ニートが良い』と言わなかったようだ。私は……『エル』のせいにする積りはない……おチビちゃんを引っ叩いている。クロちゃんにどうしてと聞かれこれらを話した。未来のために自分の足を捨てなければならない選択。できるのか? と。

 だから、そんな悲しい思いを少しでも失くしたくて、私は革命を起こして中共を滅ぼした。おチビちゃんやクロちゃんに出会う前だ。その利権を緩やかに潰すために、一手に握った。それを今度は新政府が行わなくてはならない。でなければ最後の最後に中国13億人と、それ以外のアジアの人々を天秤に掛けねばならなくなる。

 私はインドに行く前に孔明さん達の前で父に問うた。13億を殺す勇気はあるかと。これは父を責めたのでなく、孔明さん達に考えて貰うためだった。今から植林してもあの巨大な水源の調節機能だった森林は返ってこない。一度解けた氷河も元には戻せない。ダムを徐々に破壊するには周辺諸国にすべての事情を明らかにし、放流合図を送らなければならない。水量を間違えればすべての川の生態が狂う。そして一点集中で莫大な水を溜め込んだ三峡ダム。そんな水量に耐えられるのか? 中国の工事だぞ?

 だから私は長江下流の開発や埋め立てをストップさせ、運河や貯水池を整備しろと言ったのだ。それでも何十年掛かるのかわからない。そういう爆弾が現在下流にどういう影響を出しているのか。それを調べるために私はベトナムに入った。アサシン達は今、カンボジアやホーチミンなどに分かれて動いているだろう。

 もし希望があるとすれば、黄金の三角地帯を壊滅させる時に『現象の彼女』が、そこに気付いてくれていたかどうかだった。だけど『あちら側』の主要な人物は軒並み昏睡状態に陥り、現在もパイプだらけの病床で横たわっている。チャンスは今しかなかった。

 

 私の計画はこうだ。

 

 1、ロボット産業の導入。

 2、1に絡むが高効率なゴミ焼却設備や、電車等のクリーンなインフラの導入。

 3、国民の階層化と二重経済。

 

 1のこれは、ITや家電産業のためではない。他国の一般人より遥かに鈍い元人民の大半を農家に戻すためだ。もともと中共は国民を上級と下級で分けていた。その壁を一気に壊すのでなく、持ち合わせる道徳観などを考慮しながら、その才能に応じてベストなポジションに配置したいからだった。つまりコネの社会でなく実力と社会貢献度で人を分ける。だけど格差が大きくあると思わせてはならない。そこで2と3だ。

 人民元は米ドル連動でなく独自通貨としてマーケットに出し、新『元』として再出発する。だけど国内はペリカのように、新『元』の10分の1や100分の1で流通させ続ける。そしてそれで十分に日常が送れ、溜め込むことも可能な経済とする。要は国際的な価値を持たないクズ紙幣に落とすのに自国内通貨としては十分な保証を与えるのだ。富む者、富まぬ者の差は道徳心であると教育から改革する。そして100年掛けて、全国民から等級を外す。それが私の計画だ。そのためには欧米の資本と日本の技術が必要だった。

 兎にも角にも目指すは自給自足だ。で、欧米の工場進出はウェルカムだが、それはその企業で輸送して国外で売って貰う。この国発の製品は家電程度に抑え、食料は出さないし出させない。

 

『何故です? 他国の事情も鑑み、食料の自給自足を目指すのはわかるが、余剰食料を輸出するのは良いでしょう?』

『誰もダンボール餃子や髪の毛醤油なんて口にしたくありません。『どこ産? 中国産? イラネ』、これがこの国のまっとうな評価です。集積回路もウエハーが作れない。自動車のエンジンが設計できない。こんなバカが運用するミサイルや核ってなんですか? 危ないったらありゃしない。羅針盤や火薬を造ったのは古(いにしえ)の賢人達であって、欲に塗れ汚職が蔓延る国に作れますか? となるとパクリしかできない。そしてそういう知的財産を盗む国は必ず滅びます』

 

 こんな事を丁々発止と北京で詰めてからインドに行ったのだ。明後日はホーチミン。そしてその次はミャンマーに行き、エーヤワディー川を視察する。こちらは純粋な発電事業のためだ。そして私は川に向かって叫ぶのだ。

 

『イラワジ川で良いだろ! ビルマで良いだろ! 誰も気にしてないぞ!』

 

 こういうのは民族の歴史背景もあって他者がどうこういう問題ではないし、また言う資格もない。それを重々承知の上で思う。アウンサンスーチー女史の事は知っていても、国旗と首都がわかる人はいる? 何が特産物でどんな食べ物があるか知っている人はいる?

 このように私達がこの国に無知なのは政情の不安定さと、その素となる頑固な民族的気質による。これは多民族国家であるがために、その時政権を握った民族が激しく主張するからだ。当然反発も大きい。なので川や都市や国旗や国名をコロコロ換える。そういう具合に看板を換える政党や会社は信用されないし、無視される。ましてや儲けも労働力も望めない国民性と国家。英国があそこまで固執して手放さなかった理由が未だにわからない。

 だというのに孔明さんは近隣諸国を安定させるためには、この国から手を広げないとダメだという。それが諸葛亮のカンなのか。期待半分諦め半分な私だ。

 

「と言いつつ、ビルマ料理の本など読まれて」

「ミャンマー料理とは言わないのですか?」

「ミャンマー料理の中の1つがビルマ料理ですよ。他にラカイン料理やシャン料理、カチン料理などがあります。やはり中華料理圏でもありますから、そちらの影響とタイとバングラデシュの影響も大きいですね」

 

 そのタイの影響が大きいのがシャン地方で、米麺のシャン・カオスエは全土でメジャー。焼きそばもチャーハンもカレーもあるので、食事はバラエティに飛んでいると言えるだろう。だと言うのにカンボジアやラオスと同じく、あまりピンと来ない。それはこの3ヶ国に宗教的な遺跡以外の魅力を感じていないからだ。ハッキリ言ってアフリカの見知らぬ国へ行くくらい気乗りしなかったし期待もしていない。

 もうベトナムを心置きなく満喫する以外に道はなかった。




このお話に出るチベットの水源問題は事実です。高原から流れる河を擁する周辺国家の農作物や生態が中共に握られているのです。
そしてユニセフも言いませんが、山を越えて逃げ、凍傷で足を斬り落としたチベット人がネパールには多いです。
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