スラーの街は『Slough』と綴り、その発音は『スラウ』が近い。リージョンは南東イングランドで典礼カウンティはバークシャーになる。そしてスラーはバラであり単一自治体でもあった。
何の事だかサッパリだろうが、敢えて日本風に解釈するならリージョンは関東や近畿の概念に近い。カウンティは通常、県や郡などの行政区分だが、頭に付く典礼の意味は、これが統監の管轄だからだ。乱暴な言い方だが、一般の民衆サービスとは関係なく、地方長官に拠る軍事的な区分だと思えばいい。
そして次のバラも軍事的な意味合いが強い。これは『borough』と綴り、ゲルマン祖語の砦を意味する。なので後年それぞれの国の言語で綴り換えられるようになった。例えば英語の『bury』や『burgh』、ドイツ語の『Burg』、北欧の『borg』、イタリア語の『borgo』、フランス語の『bourg』などだ。なので英国のエジンバラ(Edinburgh)やカンタベリー(Canterbury)や、ドイツのハンブルグ(Hamburg)、ロシアのサンクトペテルブルグ(Санкт-Петербург)などを見れば『ああ、なるほど』と思うはずだ。首を捻る人はそこで次の事を思い出して欲しい。欧州の城や砦は、街でもあったと。外敵から民衆を守るために門の中に街があったのだ。門の外に街がある、日本の城下町とは根本的に違うのだと。
最後の単一自治体だけは行政サービスに拠る区分だ。『ゴミの収集が来ないぞ』とバークシャーに訴えてもスラーに言って下さいと電話をガチャ切りされる。つまりそれだけ独立性が高い。だから時計塔は倫敦から離れたこの街にも学舎を建てたのだ。霊墓アルビオンの採掘があるので倫敦にある本部などは手放せないだろうが、金欠になれば学生が通う学舎は全部こちらに持って来る将来もあるかも知れない。何よりここにはアルビオンの勝手口もあるから。
駅について電車を降りるとやっぱり雨だ。魔術なのかそういう機械装置なのか、人工的に降らせているのではないかと思うくらいこの街は雨が多い。倫敦以上に多いと思う。と言うのは、並行世界で行った限りの全スラーで晴れた日が無かったからだ。私が雨女という訳ではないので悪しからず。
通りを渡り、唯一のランドマークとも言える美術館を通り過ぎ、見てくれだけの正面玄関に入った。
「お久しぶりだね。随分と見た目が変わられたが」
おやおや。姫様自ら、わざわざお出迎えとは。
「ご無沙汰でした。お元気でしたか?」
「相変わらず暇を持て余しているよ」
「暇と缶詰を売っている私とドッコイですね?」
「ああ、食料を卸売してるとか聞いたね?」
「そうです。南方の野菜を英国や欧州北部に」
「なるほど」
そして彼女の先導で奥まったところにある部屋に到着した。
「済まないが、この先に入れるのはあなただけだ。ミス・アインツベルン」
そこでダブル・ハサンや馬謖と『ボーデン』達を待機していたグレイに任せ、私だけが部屋に入った。正面の大きな机の前には大師父が陣取り、その横ではロードが立っていた。
「久しぶりじゃな。その際は世話になった」
「いえ。『現象』は大師父の予想外でしたか?」
「予想外も予想外。第一魔法に近いとも言えるが、効果が凄まじい。お前さんの予測では幾つくらいの世界が影響を受けていると思う?」
「パーセンテージで言うなら5%くらいですか?」
「いや、この領域だけではない。現段階で30%は超えておる。じゃが、儂も元はヒトだ。並行世界のお前さんが起こしとるとわかっておっても、それぞれの世界の行く末は気になる」
「ですね。私と同じなら……願いは人の幸福と、悪の排除だけでしょう」
「聖杯に祈るでなく、世界の法則に割り込むか。改竄と言えば聞こえが悪かろうが、よもや抑止の上に入って書き換えるとはなぁ」
「書き加えた、でなく?」
「そこは受け止め方じゃが、呆れたのは世界がこれをもう止める手立てを持たん事だ。焼却も何もできん。もはや『現象』となったお前さんが新たな神じゃな。ある意味、朱い月よりたちが悪い。内なる者が外を含めた全体を操作する。こんな神秘を考え出す者がいようとは。唯一の救いはお前さんと同じで人好きなところと、まっとうな心を持っとるところじゃなぁ」
これは大師父の皮肉だ。大師父は魔法使いとして『人』を超えた存在だし、この方は不明だが大元の、朱い月と争った大師父は死徒二十七祖の第四位、即ち人ではなくなってしまっている。だけど世界の法則から変えて来る『現象』となった彼女には及ばない。正に彼女は天才だ。
「とある世界で観測されたんじゃが。『巻き戻し』が不可能にされておった」
やはり。彼女が本来望むだろう事は時間の巻き戻しだ。そして彼女を倒す方法も。だけどその芽を潰していた。実に私らしい。全部受け入れて前に進むしか答えはない。それは私の信念でもある。
「では、お呼び出しの理由は?」
「礼もあったが、今一度お前さんに会って『現象』の考えを知りたかったんじゃ」
「私の並行世界存在だといつ気付かれました?」
「いや、そこはそれなりにな。今のところ、その正体に気付いておるのは儂とエルメロイだけじゃ」
大師父の示唆があったって事か。だろうね。無ければ『変革』にも気付かなかった可能性が高い。だけど彼の疑問はこの大師父との会話で解決しただろう。それで、曹操さん達と同じでロードも私を通じてコンタクトが取れないかと当初は考えたのだと思う。目的が不明なら尚更だ。ところが『現象』はヒトのために動いている。それがわかれば、少なからず安心だろう。
安心できないのは、ヒトでない者達の捉え方だ。それで彼らはどう動くのか。そればかりは私にもわからない。
「ともあれ現状、私としても良い方向に向かうよう動くだけです」
「まぁ、儂も政治に口は出さんよ。可能性の芽を潰さんように頼む」
「承知しました」
とは言え、この機を利用しない手はない。
「それと、ロード。こちらを」
「何かね?」
昨夜ホテルで打った駄文だ。
「お悩みになられたロードへ、私からのねぎらいです」
中身は90年代の頭にあった英国のメディア王、ロバート・マクスウェルの怪死と英国王室のスキャンダルについてだ。無茶な買収費用に社員の年金を注ぎ込んだという犯罪もあったが、一説によるとロバート・マクスウェルは、ソ連とイスラエルを跨ぐスパイだった。その怪死は間違いなく他殺だ。それもMI6辺りによる。
問題はそこではなく、このマクスウェルの娘にあった。彼女は未成年の少女を使った売春ブローカーだ。そして彼女と手を組んでいるアメリカ人実業家が人身売買にも手を染めている。ロードに渡したのはそれの顧客名簿だった。有名な実業家も一部の政治家も、一皮剥けばヒヒ爺でしかない。こういうのに貧困国の者や貧しい若者を使ってはいけない。私のようにホムンクルスを充てがわなければ。何より私自身が今のように素体を使って、そういう黒い人物と寝ている。彼は王室の機密を寝物語で語ってくれたものだ。そこから自分の息の掛かった者を議会や王室に潜り込ませ、時計塔を潰そうという動きを止めた。
7歳で理事になろうとそれはお飾りでしかない。お祖父様のお力添えがあっての事だ。だけど今は違う。セイバーが私を『恐ろしい』と言ったのはこれを知ったからだ。アルトリア姉さんからも程々にしろと言われたが知ったこっちゃない。私の世界での大英帝国は私のものだった。アメリカの議員や官僚もそうだ。この手のスキャンダルは表に出さずに、悪党から事業を奪い取り、こちらがターゲットを利用するのに使う。犯罪? 人権? 自由意志があろうと、弾む会話ができようと、それらは法的に人形でしかない。しかも置換魔術で意識が仲間のものだったら何ら問題はない。どこにも不幸な被害に会う少女はいないのだ、
そこに罪の意識はないのかと言えば当然ある。なにせ私自身がその人形の血を引く存在だ。だけど、だからこそ、この特級の神秘を司る名門の総裁にまでなった今、ご先祖様から連綿と続くその処世術を否定できないし、させるつもりもない。それでも私なりの罪滅ぼしはしている。客を取らされていた少女達は帰る家があるなら記憶を消し、宛がないなら引き取ってオーストラリアで学校に通わせている。そこにはインドの路上で拾った子や、カトマンスから少し離れた街で親に身体を売らされていた子、リオで親に殴られ盗みを働いていた子なども居た。そのための寮も作ったし学校も建てた。それが私のできるギリギリだった。すべての苦しんでいる子を救けたいが、国と親を棄て新天地で生きていける子は限られる。精神力もそうだし、英語を学べるある程度の知能も必要だったのだ。トントもコティもそんな中の一人だった。
「こ、これは……?」
「時計塔の武器にはなりませんか?」
「き、君は……これは本当の事なのか……?」
「ええ、本当です」
「い、胃が痛い……」
あら、逆効果だった?
「まぁ、大体わかった。お前さんがどういう理由で『ああいう事』をしていたのかも。こちらからどうこうは言わんよ」
大師父は言外に時計塔が存続でき、神秘が守られるなら好きにしろと言ったのだ。そうして会談は終わった。私達は現代魔術科の姫と暫し歓談してからスラーを後にしたのだった。
11月の雨はすぐに止む。気温は日中で10度前後。札幌ほどではないが、仙台辺りの気温に近い。なので私も薄手のコートとマフラーを着けていた。夕方の倫敦は、4時過ぎに日が暮れる。街はクリスマスに備えて、少し様相が変わって来ていた。昼間は気付かなかったが至るところでイルミネーションが輝いている。
「公園に行けばマーケットをやってそう」
クリスマスマーケットの事だ。盛んなのはドイツだけれど、欧州の都市ならどこにだってある。この倫敦でならハイドパークのウィンター・ワンダーランドが有名だ。ちょっとした遊園地のように乗り物のアトラクションも出ているし、お土産物もたくさん売られている。だけど私達が目指したのはサウスバンク・センターでのウィンター・マーケットだった。
「テムズ川の向こうのだったよね? 先生のアパートに近い」
「そうそう。ボクが先生なら絶対にグレイを誘ってあげるのになぁ」
そうして私達はハサンや馬謖の腕を引いて、ウォータールー駅から歩いた。マーケットと言っても日本の夜店のようなものだ。ただクリスマスに合わせた可愛いキャンドルや、伝統的な小物なども売っているので歩いていてとても楽しい。何よりムードがあるので女の子ならキュンキュンすること請け合いだ。
「ホラ、見付けた。あそこ」
「あ、ホントだ。先生とグレイだ。エルヴァ、君、何か言ったの?」
「まさか。姫と話してそのままここですよ? 大師父の前で暗示を掛けるのは骨が折れましたけどね」
「絶対にバレてるわよ?」
「大師父も意図を汲んで黙っていてくれると思うよ? どこの世界でも、後押ししてあげないと進展のない2人だからさ。だからでしょう、エルヴァ?」
「そうそう。馬謖は今夜私の部屋ね」
「嫌です!」
腕を振り払われて逃げられた。本当は来月の方が盛り上がるけれど、肌寒いイベントの少ない11月も倫敦はオススメだ。何より飛行機代がこの月はやたら安い。そうして私達6人はホットワインとポテトのラクレットチーズがけ、それと網焼きのソーセージで小腹を満たした。こういうイベントでは何故かドイツのものが多い。食べ物に関しては本当にダメダメだ、この国は。
お好み焼きと焼きそばを省いても、チョコバナナやりんご飴、ベビーカステラやらがある日本。それ以上に美味しいものがある台湾やインド。幾ら畏まって偉そうにしていても、庶民のための屋台文化がない国は薄っぺらい。皮肉屋が多いのは、自分の薄っぺらさを隠したいからだってバレバレなのだ。だから長年時計塔の理事なんてしていても、プラハの方が良いなぁってなる。だけど嫌いな街ではないんだよね。食べ物以外は本当に雰囲気がある。
「あ、懐かしい」
どこかのお店から流れる音楽は『Jamiroquai』のヒット曲だった。倫敦が音楽(ロック)の街だと思えるのはこういう時だろう。時に英国と来れば『The Beatles』と『The Rolling Stones』だろうけど、現地に来るともう一つ有名なバンドを嫌がおうなく思い起こさせる。それが『The Who』だった。もう少し後になると『Led Zeppelin』に『Deep Purple』や『Pink Floyd』『yes』『Emerson, Lake & Palmer』『Genesis』『Jethro Tull』といったバンドが思い浮かぶが、あのロックの黎明期は間違いなく先の3つのバンドが最高だった。
これも日本に行って後で知った事だけれど、あのダウン・タウン・ブギウギ・バンドの白いツナギは、69年のウッドストックや70年のワイト島の頃のピート・タウンゼントの真似ではなかったか? ああ、急に頭の中で『See Me Feel Me Listening To You』が響いてきた。『Gibson SG Special』で風車のように腕を振り回したい。だって残った映像を見ればジミヘンよりカッコいいのだ。積み上げられた『Hiwatt』は『Marshall』より歪まない。それでも最高のロックを鳴らせてしまう。『Hiwatt』はあの歪む一歩手前が抜群だ。
と言いつつも、今年の6月12日(土曜日)に、ワイト島で『The Who』の勇姿を観て来たのだけれど。アンプは10"×3のヴァイブロ・キングに、たぶん12"×2のエクステンション・キャビネットを追加しての2セットだ。ギターが赤いレースセンサー付きストラトなのは良いとして、変なところにボリュームノブが追加されていたので驚いた。ともあれその翌々日に私は赤いエリック・クラプトン・モデルと、ベージュのヴァイブロ・キングを買った。このアンプは最高だった。ストラトと言わず何を繋いでも、音が前に飛ぶし早い。その代わりマスターボリュームがないので、その最高の音と引き換えに耳を痛めるくらい音量を上げる必要があった。でも気に入っている。それと北京で買ったあのギター。確か宝具に仕舞った筈なのに見当たらない。どこかに行ってしまったようだ。惜しい。そういう諸々があったので、今回私は楽器店で何も買わなかったのだ。なのにまさか『シュラム』が。正直やられたと思った。
私は結局、先生とグレイには声を掛けなかった。私達はマーケットを一通り楽しんだ後にホテルに戻ったのだった。
12月に入り、衣替えではないのだがコートを出した。冬のジャケットを揃える時に一緒に買ったものだ。一応だが穂群原には指定のスクールコートがあった。色はネイビーで、小学部・中等部兼用のPコートに、中等部・高等部兼用のダッフルコートだ。ただし指定と言っても強制ではなく高等部生はたいてい好きなものを自由に着ている。凛さんなんてド派手な真っ赤なコートを着ていたし、ルヴィアさんはルヴィアさんでブランド物(?)らしきロングコートを数点着回していた。驚きなのはトロンメルで、オリーブドラブのM-65やM-51なんていうモッズコートと言うかミリタリーパーカーを着て、平気で学園に通っている。風紀的にどうなのだと思ったけれど、これも全然問題ないらしい。
そんな訳で、真面目に指定コートを着ている私とお姉様は逆の意味で目立っていた。いや、私よりもお姉様だな。だってあの方は自転車で漕ぎやすいからとショート丈の小・中兼用コートを着ているからだ。つまりクロエちゃんやイリヤちゃんと同じなのだ。梅雨は指定のレインコートでなくレインパーカーだったので、真面目さと利便性の天秤が自転車で傾くのだろう。となると小・中兼用コートという選択肢もあるのか。どうやらインナーを取り付けできるらしいから。
そんな事を考えながら1人バスに揺られる私だ。理由は単純で試験休みに入った今も私とトロンメルは部活があって登校なのだ。さっきのは自転車で出て行くトロンメルを見掛けたからの連想だ。3年生のお姉様は試験休みからそのまま冬休みに突入で、終業式まで学園に行く必要がないらしい。なので朝っぱらからおめかしして、クルマで吉川先輩の家に行ってしまわれた。
本日バスに桜が居ないのは、これまた衛宮先輩と待ち合わせがあるからだ。神聖な道場でイチャイチャするなと言いたいが、いざ行けばそこはきちんと掃除などを済ます2人なので誰も文句を言わないし、交際がオープンになってからは応援している人ばかりだった。だけどその2人が、逸早くオトナな関係になっている事は意外と皆さん気付いていない。つまりそれだけ皆さんウブというか恋愛経験がないのだ。こういうのはクロエちゃんの方が鋭いと思う。
さぁ、ダラダラした前置きはもう良いだろう。今一度本題を考えた。実に信じ難い。私が『お姉様』への不毛な愛を追い駆け遠回りしている間に、あのトロンメルは彼氏を作っていた。いや、以前からとかそんな事はなくつい先日からだ。本人の話だと試験の最終日に同じ軽音楽部の先輩から告白を受けて、交際をオーケーしたのだとか。そんな雰囲気の人が居たのかと驚いたが、お姉様はご存知だった。2年生の先輩だという。その彼氏とイチャイチャすべく、アイツは猛ダッシュで自転車で走っていった。コケてギターを壊してしまえ。
そんな悪態めいた後ろ向きな暗い考えも、いざ練習が始まれば綺麗サッパリ忘れるのが私だ。本日は2年生のレギュラーと1年生全員、そして3年生の一部と卒業生の有志が集まっていた。卒業生は現在大学生の方が4名で、内3名は何度も顔を出してくれている至って面倒見の良い女子の先輩だ。残る1人は男性で、2・3年生の男子の先輩方を集めて何やら薫陶(という程でもない)を述べられていた。
内容は多岐に渡り、大学生活や大学弓道の事から、新歓コンパやサークル活動の事、今3年生が出て来ていないのと同じで、大学も3年生や4年生が就職活動で出て来ていないとかだった。それでこの大学生の先輩が何を言いたかったのかというと、それは将来の仕事についてだったのだ。引き合いに『お姉様』の名が出たので途中で耳を傾け直した。だからわかったというか。
お姉様、即ち姉さんは、この頃クラスの方に、吉川先輩との結婚を匂わせていたらしいのだ。曰く剣道場を切り盛りする、曰く義母が2人増えて嬉しい(吉川先輩のお母様と伯母様の事)とかなんとか。それで正式な婚約を来年頭頃にして、結婚は英国留学から帰ってから行うと。しかもこれを見越したかのように、担任との三者面談でも経営学を学ぶために留学すると話していた。勿論三者面談の頃は吉川先輩と付き合っていなかった。だから今は、経営学と同時に外から見た日本文化を再度見直したいと、担任の先生や両親に話してあるそうだ。
そしてそこで私だ。このお姉様の決断の早さ。ここをこそ見習わないと。なので私は早々と英語教師になると公言していたのだ(後に私に感化された桜が、国語と古語の教員免許を取る。学部は異なれど同じ大学だったとはそういう理由だ)。その噂を、この先輩は女子の先輩から耳に挟んだのだろう。高校生の今の間に進路をしっかりと決めて、それを目標に頑張れと励ましてくれていたのだ。そのくらい今の大学3年生や4年生は就職先がないのだそうだ。
だけど私とトロンメルは『エル様』からこう学んでいた。
『10代で生涯分稼げない人は魔術師に向きません。20代から引退する年代までの稼ぎが研究費ですよ』
と。また……、
『世の中は広いです。私より賢くて才能のある人がたくさんいます。数学の天才、科学の天才、魔術の天才……色々な人が居る事でしょう。ですが世界を語れる人に私はまだ出逢った事がない』
とも話していたのだ。よって時計塔に顔を出せば、バルトメロイ・ローレライという人に追いかけ回されるのだという。ちょっと何を言ってるのかわからなかったが。
それとアインツベルン頭首(総裁)として以下の事をご自身の指針とされていた。
第一条 : 大きな愛と広い寛容の心で仁徳ある運営を
第二条 : 愛に敵なし 最後に勝つのも愛である 常に愛ある仁者たれ
第三条 : 冤罪は家の恥 罪科はとことん調べつくせ
第四条 : 継続は力なり 私欲に走らず、志を最後まで
第五条 : 学問の第一は愛情 小賢しい学問より自分自身に正しくあれ
第六条 : 適材適所 どんなものにもそれぞれの能力がある
第七条 : 好きこそものの上手なれ 他の者の心情を察するように
第八条 : 小賢しい規制は必要最小限で良い 残す家訓は少ないほど守ることができる
第九条 : お金は活かして使え 過度な倹約省略はかえって無益になる
第十条 : 生かすも殺すも使えてくれるメイドの知恵 押し付けではなくまずは仲良く
第十一条 : ストレスなしが養生一番 怠(なま)けなければ心身ともに健康である
第十二条 : 音楽は心の栄養 コンサートに赴き楽器を嗜め
第十三条 : 先達はあらまほしきこと どんなことでも事情通であれ
第十四条 : 魔道も芸道も偉大なり あらゆる事は数年で身につくとは思わぬように
第十五条 : 若者への諫言には若気の至りをもって 異なる意見は相手の年齢を考えて
第十六条 : 失敗は発明の母 大器量の者でも若い頃は羽目を外すことはある
第十七条 : 人の命は金では買えない 生命は尊く、常日頃の用心が肝要
第十八条 : 何事も家人や使えてくれる人の目線で 世間の事情によく通じ深い愛情を示せ
第十九条 : 大きなグループ経営は緩急自在で 会社の改革はゆっくりと 身近な案件は速やかに
第廿十条 : 改革はボロ雑巾のように智慧を絞れ 自分ひとりではなく良き補佐が大切
第廿一条 : それでもなるしかならない そのゆとりが頭首の心得。古参新参・男女等を問わず平等に深く愛情を示せ
どう見ても尾張徳川の七代目藩主宗春が残した、『温知政要』をちょこっと変えただけだ。だけど『エル様』は6年生の卒業文集で『上杉鷹山』のようになりたいと書いた人だった。と同時に、幼い頃からアインツベルン本家に残る祭事を一切合切取り仕切る立場だったので、その必要にかられてお姉様(47番)のような別人格を運用していたとも伺っていた。何かと大変なお立場なのだ、あの方も。
だからだろうか、あの方の『セイバー』であるアルトリア先生という人は実に実直な方で、『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず』という山本五十六元帥の言葉を座右の銘にされていた。最初にこれを聞いた時ギョッとした。あのアーサー王の座右の銘が山本五十六なのと。だけど、『エル様』達と暮らし、学園に通うようになり、剣道を通じて学んだのだそうだ。『騎士の手本足らんと生きて来たが、私は人を育てていなかった』と。だから教師になろうと考えたのだという。それでその言葉が先生の座右の銘となった。これもまた私も教師になりたいと考えた理由だ。でも、そこで即座に返すのが『エル様』だった。
『苦しいこともあるだろう。言いたいこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣きたいこともあるだろう。これらをじっとこらえてゆくのが、王の道である』
『人は神ではない。誤りをするというところに、人間味がある』
どちらも山本元帥の言葉だそうだ。私はずっとこちらの世界なので、この先生に教わった経験がない。だけどトロンメルは教わっていたそうだ。そして言う。素晴らしい先生だったと。ちょっと悔しい。そんな風に『エル様』と関われば人はどんどん変わって行く。それも絶対に良い方に。なのでお姉様も愚痴は零しても『エル様』の悪口は言わないし、私達が言えばお叱りになる。
ともあれそのようなお話を聞いていたので、私はお姉様からエーデルフェルトに対して提示されていた霊脈事業に最初から一枚噛ませて頂いていた。今はお譲り頂いた霊脈からの稼ぎを積み立て、それでその霊脈を買い取る費用を貯めている。だけど『エル様』から頂いた臨時ボーナスで一括で返せそうだ。お姉様からは今は使うなと釘を刺されているけれど。
また、私より商売の才能があるのがトロンメルだ。そういう将来の事はあらたまって話していないが、あの子も何か考えている事だろう。もしかしたら既に幾らか稼いでいるのかも知れない。なにせあの子の部屋は足の踏み場もないほど楽器で溢れているからだ。工具だらけの私が言うなという話だけれど。
暖かい気分でホテル前に到着すれば、そこで信じられない人とバッタリ遭った。『逢った』ではなく『遭遇した』というニュアンスだ。よく知った相手ではあるが、この世界では『初めまして』になる。『ボーデン』は馬謖を背に回し、『シュラム』は既に周囲に探査魔術を掛けていた。逸るハサン達を手で制して私は彼女の前に立った。
「ガイウスリンクからの依頼ですか?」
「え? 違うわよ。どちらかと言えば私の興味本位」
「情報源は?」
「メルアステアのところで働いている知り合い」
メルアステアは考古学科のロードだが、中立派筆頭とされていて、穏健を装いながら先代エルメロイ亡き後に鉱石科を手中にした野心家だ。だけどそんな野心家の下に集まる教授陣は、面白いくらいに調査と研究以外は目に入らない学者気質な人ばかりだった。
「旧知の知人に無心でもして、偶然私を知った?」
「そう。並み居るロードを黙らせ、姉に手を引かせた『人形遣い』。今倫敦に居るって、ちょっと耳に挟んだのよ」
蒼崎青子。自称第五魔法『青』が使えるというビッグネームだ。『やれやれ』といった両手の広げ方から、どうやら腕試しや挑戦ではないらしいのがわかる。本当に興味が湧いたから立ち寄っただけという感じだ。
「このホテルはどうやって?」
「私もここで泊まってんのよ」
「へ?」
それは万有引力か重力か。彼女は一冊の本を旧友に届けに、倫敦の郊外にある考古学科の本拠地ロクスロートカレッジに行った帰りに私達と出逢っただけだった。つまりこの出逢いは偶然だった。ただその旧友と一緒に居たもうお一方が情報通で、私という『英霊を使う存在』と、『何やら動物科と遺恨があるらしい』というのを知っていた。それらの情報と、青子さん自身が姉の橙子さんから何らかの手段で知り得た情報とを足して、私に興味を持った。その興味を持った相手と思わしき者達にホテル前でぱったり会い驚いたと。バレたのはハサンや馬謖の気配、それと同一魔力波を放つ3人の存在だった。つまり私と『ボーデン』と『シュラム』だ。実の姉も『人形使い』だから、速攻でわかったらしい。
その後、私は『ボーデン』と『シュラム』を伴い、ハサンと馬謖に席を外させラウンジで青子さんと話し合った。一言で言えばこの人は、女版伊達政宗だった。血を分けた姉妹と相争うところなどは並行世界の凛とも似ている。だけど凜に慶長遣欧使節は出せない。凜なら天正遣欧少年使節を出しそうな気がするけれど。わかるだろうか? 魔法使いや魔術師としてでなく人としての格が違う。一見良い加減に見えて、この人は底が知れなかった。秀吉や家康に江戸幕府が最後まで恐れた奥州の独眼竜。その気概をこの人も持っている。幸いなのは野心でなく気概な点だ。巻かれない、交わらない、唯我独尊。そこだけだった。
「何言ってんの? 確かに私には、あなたがカラカラやヘリオガバルスには見えない。でもネロかそれ以上には見えるわよ?」
思わず笑った。どれも『暴君』と名高いローマ皇帝の名だ。総裁としての立場なら怒るフリをするところだけれど、並行世界のここで何を言われようと気にならない。それに、同じ事を自分の世界の青子さんからも言われていたからというのもある。そちらはさすがに怒ったふりをしたが、顔の笑いは隠せなかった。今まで避けられていたし避けてもいたので、それを言われたのはつい先日の事だったのだ。だから内心は連日して逢うのかといった気持ちが強い。
そして青子さんが私を第5代ローマ皇帝ネロに例えたのは、暴君だからでなく、同じ『人形使い』と呼ばれる姉が青子さんの目から見てネロだった。それだけだ。むしろ並行世界のこの人の興味は、何故私が封印指定にならないのかだった。理事の権限もファースト・オーナーの権利も、時計塔なら取り上げられるのではないかとタカを括っていた。つまり世間や世論といった世界の怖さをこの人は知らなかった。『魔法使い』という最高位を棚ボタで得た人だから無知だったのだ。どんなにその『青』という魔法が使えても国家や軍から狙われれば生きていけない。それは天才の橙子さんでも同じだろう。となるとどのロードも国家権力には勝てないのだ。
だけど私は今だに生きている。近代兵器が届かない英霊を使役し、すべての兵器を取り込め自在に操る宝具を持ち、自らが他人と成れる『人形遣い』。自分を繋いでも根源には行けない。多数の自分を造って並列化しても根源に向かう知恵は出ない。他人となって他人の思考法を我がモノにできるから智慧が出るのだ。
では橙子さんはどうして封印指定になったのか? 答えは単純だ。ハメられただけだ。時計塔内の政治バランスで人身御供にならざるを得なかった。それだけの事だ。私のように王室のスキャンダルをも掴めると知らしめれば狙われないのに。今の青子さんだと到底私と中国の繋がりは探れない。MI6は動いていそうだが、スラーに行った事で諦めたか二の足を踏むだろう。魔術師を相手にする事なぞ、余りにも常人には分が悪い。
対抗するには専門家に頼む他はない。そしてそういう組織はお祖父様が握っている。もし私の動きが困るならお祖父様か父から連絡がある。そこは譲れ、ここは譲れない。何度か金銭で解決した事もある。そのたびに動くゼロの多さが依頼主兼ターゲットの保証金だ。当然、お祖父様の、或いは私からの請求書にその増えたゼロが上乗せされる。そういう世界に青子さんは生きていない。
それで青子さんの話から、星の運行に乱れがないので天体科は動かず、動物科も私個人への遺恨を除けば、植物科と同じくこの『現象』を気にも止めていない事がわかった。これは概ね他の学部も同じだった。唯一の例外は『英霊』をどうにかしたい(自分達も欲しいのか、排除したいのかそこは謎な)伝承科だけのようだった。
「降霊科でなく?」
「副学部長がアーサー王と対面したって聞いたよ。それであなたには敵わないって諦めているんだと思うよ」
エキスパートだからこそ、英霊召喚の難しさをよくわかっているところもあるのだろう。何より過去の英雄は、そのほとんどが現代の常識とは掛け離れた暴君であり、粗野で横暴なものだ。そしていざ喚び出してみれば、伝承とは違う場合も多い。そんな人達とどう意思疎通を図るのか。そこのノウハウすら、浮遊霊や地縛霊しか扱わない降霊科にはないだろう。要は伝承科の知識と話術が必要なのだ。結局、英霊と言っても過去の人であって同じ人間だ。つまり幅広く人というものを知っていないと受け入れられないし、受け入れてもらえない。英国の片隅のイングランドの常識、それも現代のものしか知らないなら無理なのだ。
その後ハサンや馬謖も誘って、青子さんと外のバーに行った。蒼崎青子という人ととここまで話したのは初めてだった。
あれから1週間が経った日曜日。純白のドレスを纏ったリンさんはとても美しかった。やっぱり高校生でなく、ある程度オトナの年齢にならないと似合わないと思った。それは愛する人と歩むと決めた、その人との子孫を残すと覚悟したオトナでないと。結婚とはイベントでも単純な式でもない。ましてやゴールでは絶対にない。契約のスタートなのだ。
『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすこと』
を、誓うのだ。給料が安いとか家事を手伝えとか、そういう諸々に問題の出そうな相手は、ここに至る前にふるいから落とさないと。シロウさんに稼ぎを求めるのは酷だろう。だけどリンさんは魔術師として商才にも恵まれていた。となればそれ以外の部分が光る。家事に炊事、たぶん育児もこの人はウマいと思う。
色とりどりな光を透かす、ステンドグラスの前で執り行われる厳かな契約の儀式。2人はリンさんが前もって用意していた契約書にサインした。そして指輪を交換してヴェールを上げて…………誓のキスを交わした。
「再来週は僕達の番だね?」
「はい」
私はフンボルトと一緒に拍手した。パミちゃんは前にいて、神父様をアシストするシスターの横で控えている。再来週の本番の練習だとばかり、自分から買って出てずっとお手伝いをしているのだ。盛大な拍手の後、私とフンボルトは自然に手を握っていた。
式が終わればライスシャワーだ。『エル』なら淀で散りそうだとか茶化すのだろう。だけど私が茶化したのは、着飾ったモニカさんとミアータさんだった。
「お2人のご結婚は?」
これはリンさんとリサさんにも聞こえるように言った。何故なら自由に出歩けるようになったので、お祖父様が他の人との交際を許可したからだ。どうしても相手がいないなら良い相手を紹介しようとまで付け加えて。しかもここの家とボストンの家をこれまでのように管理してくれるのなら、給料も今まで通りで、庭に新しい家を建てる事もお許し下さったのだ。
それでパミちゃんの事もあって私が正式に、ハンティントン・ビーチの家とボストンの家の総合管理人になった。あくまでもエルヴァちゃんのための別荘と土地なので譲渡はないが、姉として自由に使っていい事と、庭に別宅を建てる事も、これまた正式に許可が下った。
なので、あの現実空間の家を模したスケッチを何枚も描き、メジャーで測った寸法もスケッチに描き加えたものを携えて設計事務所と連絡をとった。ここまで具体的なプランを持ったお客は初めてだと驚かれたけれど、先週出た好みの材を使った見積もりは納得の価格だったので、年明けから掛かって貰えるよう契約書にサインして前金も支払った。
そしてその家を早く建てたいと少し焦っていた。何故なら、家ともなれば大掛かりな魔術装置が設置できるので、私の知識でも彼女の引っ越しが可能だったからだ。それと有り難い事に、新年から私は今と異なる企業のキャンペン・ガールやイメージ・キャラクターの仕事が入っていた。それも相手企業の所在地はマサチューセッツだ。調べればボストンの家から近い事も判明した。そこから仕事に向かうとなればフンボルトも安心だろうし、家さえ建てば彼女にフンボルトを任せられるので私も安心だった。彼には心落ち着けて没頭できる環境が必要だった。これはどんな職人にも言えると思う。
それに完璧ではないにせよ炊事や掃除を厭わない性格も良い。この辺はシロウさんの影響も大きいのだろう。実はこのリンさんとシロウさんの結婚式のパーティーでの食事は、前日シロウさんとフンボルトが仕込んでいたものだ。それを戻ったリサさんやモニカさんが仕上げているだけ。先々週の大食いが皆んな堪えたので、お祝い事なのにと訝しむほどあっさり目な料理だ。だけど普段のままが良いというのはリンさんの希望だった。
『やっぱり正式な式は戻ってからと?』
『ううん。もうほとんどここで生きるしかないと思っているし。元からの性格なのよ。あまり特別な事にしちゃうと、ヘンに気負っちゃうのよ、アイツも私も。シロウとも長いしさ。こういうので良いの』
そんなシロウさんとフンボルトとの合作は、牛肉を使ったカロライナ風ガンボだった。ガンボはあれだ。欧州で言うところのシチューだ。だけどトマト・ソースを使わないので、例え牛肉を使ってもビーフシチューではない。ケイジャン料理の一種でありクレノール料理の一種でもある。ルイジアナやメキシコでは魚介を使う場合が多く、オクラかサッサフラスのパウダーでとろみを出している。ご飯に掛けて食べる事も多いので、日本人ならハヤシライスの変形に感じられるだろう。カリフォルニアでは見ないけれど、ルイジアナや両カロライナにジョージア、アラバマやフロリダでは、各社から出ているガンボのルゥや冷凍パックがスーパーに並んでいる。地域差はあるけれど、意外に広く知られている料理だ。
教会からの帰りにさっさとレンタルのドレスを返してきたリンさんは、もう普段着に戻っている。記念写真は式の前に、予約してあった写真スタジオで撮り終えていた。それ以外のスナップは誰かしら撮っている。参列者はここに居る私達だけ。その理由は単純で、親しい人(ケリィ達の家族やマリーさん達)はとっくに2人を夫婦だと思っていたからだ。それをまた2人も否定しなかった。それくらい2人はともにいる姿が自然だった。だからガンボの他もありきたりなサラダ(マッシュポテト)だけだった。
『実はさ、ある意味で結婚以上の契約が済んでんのよ』
『え?』
『オレの肩。これ、遠坂の刻印なんだよ』
『一部を譲ったの。そうでもしないと、あの戦争を生き残れなかった』
それがあったからシロウさんは、一回限りの固有結界が展開できた。そして立ち塞がるAUOを打倒できたのだ。リンさんはもう避妊を止めると言った。魔法使いへの道を諦めた訳ではないけれど、凜を知り、ここの凛やルヴィアを知って、考えている内に、シロウさんに偉そうに言う前に自分ももっと幸せに対して貪欲になろうと決めたのだそうだ。
本当、教会での式以外はこれといった事がなかったけれど、お2人にはお似合いの暖かな『時間』だった。だからこんな風にいつも通りに食事を楽しめた。何よりマッシュポテトやご飯にガンボを掛けるというのがパミちゃんが気にいっちゃって。
「パミはカレーとか食べないのか?」
「カレーって何?」
これは私が助け舟を出した。
「シロウさん。英国から渡って伝わったのが日本のカレーですから。欧州にはカレーという食べ物があまり知られていないんですよ」
「そうなのか」
この頃から欧州にもインド料理店はあったけれど、好き好んで食べに行く人は限られていた。ましてパン食文化の国ばかりだ。知っている人は知っているという程度で、家庭料理に取り入れられるほどでもなかった。あのルヴィアが少し変わっているのだ。彼女は上流も上流の家の人だけど、付き合いが広いので様々なレストランでの体験があった。それに冒険心も旺盛だ。なので異例中の異例だと言える。
コンビニのスイーツにハマり、日本式のカレーが好きになる。そういう海外の人は冒険心のあるアメリカ人、それも南部の人が多いように感じる。今後はインターネットの発達と世代交代でもっとそういう人が増えそうだけれど。
「カレーにポテトか。他にも馴染みやすいものって何かないかな?」
「カレーコロッケ? それかコロッケを串揚げにして、カレーソースを掛けるとか」
「いっそカレーフォンデュにするか。パミにはその方が合うと思う」
私とシロウさんの話をフンボルトが感心して頷き、リンさんは優しく微笑んでいた。そしてパミちゃんは目をキラキラさせていた。こんな風に今の私は幸せだった。正に順風満帆だった。だから調子に乗ってこんな事を訊ねてみた。
「そも、シロウよ。カレーとは何だ?」
「雄山かよ」
知ってた!?
「俺の個人的見解込みだけど、カレーは概念に近い。和食の根幹は味噌・塩・砂糖・ダシの他に醤油・味醂・酒が絶対に外せない。そこをクミンやターメリック、コリアンダーなどのスパイスに置き換えればわかる。つまり、俺達がごく当たり前に受け入れている家庭の味、国民の味、それの汁気の多い、まさに関西弁で言うところの『炊いたん』にも近い存在がカレーだ。しかも佃煮や塩昆布にも近い、もしくはそれ以上の『メシ掻き込み装置』な点が凄い」
凄いのはあなただ。ここまで完璧に答えた『衛宮士郎』は知らないぞ? 強いてあげるなら、お米以外の粉モノもウェイトが大きいと言及して欲しかったかなって程度だ。
「つまりシーズニング(seasoning)やコンディメント(condiment)なんかも、全部スパイス(spice)に置き換わったってこと?」
「そうだな。置き換わったと言うよりそれしかなかったから、そう発展したのがインドやその周辺の味付けなのさ。しかもそのスパイスがまた気候とも合っていたんだ」
「そうですね。調理技法として炒め煮が多いのも、食材にしっかり火を通すためです。またこの技法と味付けはパキスタンやイランといった似た気候の国にも合っていましたし、宗教的禁忌にも触れなかった。なので中近東辺りも似た味付けが伝わりました。現在のインドでは中華料理も伝わっていて、辛味の強い四川料理が選択的に好まれ、四川ソースというペーストまで売られていますね」
「行ったことがないんだけど、中華鍋で作る屋台が多いって本当なのか?」
「ええ、比較的多く見掛けると思います。勿論丸い鉄板(タヴァ/チャパティ用)も健在です。半々くらいかな」
なおこのタヴァは縁の立ったタイプもあるし、両手掴みでなく木柄のタイプもある。この縁の立った木柄タイプを『エル』が持っていて、キャンプのステーキ・パンにしていた。後年、アウトドア・ブランドから似たようなフライパンが出る10年以上も前の話だ。
また意外だろうがインドの鉄板や鉄鍋は質が高い。暇なのかトンテンカンテンとしっかり鍛造されてあるのだ。そしてどんな小さな街でも必ずこの手の調理器具を売っているお店がある。デリーまで行けば道具屋街もある。因みにインドでは中華鍋をカダイ(別名カラヒ/タイではガタとも)という。独自に生まれたのか共時的なものなのかは不明だけれど、数千年前からあるらしい。浅い広東タイプや深い四川タイプと色いろある。これらタヴァとカダイは、インドに行けばどこの家庭にもある。
またインドでは花瓶みたいな鍋をハンディというのだが(決してハンディ・サイズだけではない)、普通の煮込み用とビリヤニ鍋とは明確に区別されている。槌目があるかないかと思ったが、そうでもないらしい。こればかりは現地の人でないと不明だろう。それと足で踏んづけて使う包丁。何と言えば良いのだろう? 金属の台の上に刃がぴょこんと立っていて、その台を動かないように足で踏みつけ、食材の方を持って切っていく。主に魚を捌くのに使っているが肉でも良いらしい。そして完全な鉄製なので毎日研がないと必ず錆びる。あれは知らない人が見たら必ず驚く。
では普通の手に持つ包丁はないのかというと、これもきちんとある。カミソリを大きくしたような、和包丁の薄刃を貧弱にしたようなタイプがある。その貧相な薄刃をまるで床屋さんがカミソリを持つかのようにして何でも切っている。それでもってインドにはまな板というものがない。そこらの平たい部分がまな板だ。それが鉄板の上であろうとステンレスの屋台の一部であろうと。私達欧州人も余りまな板を使わない(鍋の上で食材を切りながら落としていく)民族だけど、ここに重要な事が隠されている。日本の料理は魅せる(見せる)料理なのだ。だからツケ場に立つ包丁人を花板と言うのだ。
「へぇ~。中華料理恐るべしだな」
そう、恐るべしなのだ。まず先進国なら、街のどこかに必ずチャイニーズ・レストランがある。現地の料理がどうしても口に合わないなら、そこに駆け込むのは旅慣れた人なら知っている事だ。これは裏返せば、西欧人にもアジア人にも受け入れやすい料理という意味になる。
世界三大料理は中華料理・トルコ料理・フランス料理だとされるが、私にとっての三大料理は中華料理・インド料理・日本料理となる。補足すると、トルコは東欧や中近東の真ん中なので交易が昔から盛んだった。なので地中海にも広く伝わっている。ギリシア料理なんてほとんどトルコ料理と被る。つまり周辺国への影響も含めての三大料理なのだ。
そうなると中華料理は認められても、フランス料理の前にイタリア料理だろうという気持ちがある。ここが難しくて、イタリア料理の真髄はその地理的要因から来る豊富な魚介類にこそある。だけどトマトが伝わってから昔の味付けがどんどんと消えていったのが残念でならない。残っている中で有名なのはイカスミのパスタだろうか。そしてこの魚介類を使った料理はほとんど周辺国に伝わっていない。
その立ち位置は私の中の三大料理のひとつである日本料理(和食)にも言えた。信じられない程の包丁の種類。そこから編み出される精緻な技法。新鮮な素材を活かすダシと酢と塩。醤油と味醂に酒や砂糖も、本来は『整える』ためのものでしかない。寒い地方に多い『濃すぎる味付け』は体内から身体を暖めるためで、本来の和食の味付けとは違うものだ。だけどこういうのはパンチがない味なので欧米人には理解が難しいし、そもそも当の日本人のほとんどがわかっていない。つまり味付けに関しては影響力が皆無だとも言える。寿司に天ぷらがステレオタイプだと、一概に言えない部分があるのだ。
ところが醤油や味噌が意外と西欧の肉料理に合い、隠し味に使えるとフランス人に再発見され広く知られるようになった。と同時に起きた主にアメリカでの健康ブーム(後の健康食ブームではない。70年代のジョギングなどから繋がっている、中産階級以上のインテリ層に沁み渡っていたムーブメントの事)に乗って、和食の上陸が少しずつ始まった。それからン十年。やはり、包丁などに代表される調理道具や技法ばかりが持て囃され、素朴な味付けは伝わらなかった。エセ日本料理店が多いのは、ある特定の民族だけの問題でなくここも大きい。
今更MSG(グルタミン酸ナトリウム)がダメだと言っても、その何世紀も掛けて鍛え上げられた馬鹿舌は治らない。そもそもグルタミン酸ナトリウムの危険度はかなり低い。頭痛を起こして体調不良になった中華料理店症候群(チャイニーズ・レストラン・シンドローム(CHS)やグルタミン酸ナトリウム症候群(MSGSC)の事)は、単なる食いすぎだ。そもそも何十世代にも渡って食べてきた民族の料理が、美味しいからと自分に合うとは限らない。そう思えないのがアメリカ人なのだろうけど。
だけどそれは個人の選択だ。『健康のためなら死んでもいい』。そう思うのが自由の国アメリカの国民性なのだ。そしてそういう極端な『真ん中』のない考え方が、殊の外シロウさんと合っていた。ドイツで生を受け、典型的な欧州人の教育も受けて来たフンボルトでも、日本の教育を受けて少し微妙な考え方を持つ私と話が合うのは、それだけ彼が幅広いからだ。そんな彼をして『シロウは偏っているね』と言わしめたシロウさんが、ここに来て水を得た魚のように活き活きとしていた。リンさんをして『英国でなくシロウに合うのはアメリカだったのか……』と溜息を吐かせたのだ。
私はそれが面白いと思った。なので否定的な面だけでなく肯定的な面からもアメリカを見ていた。それで永住するのも良いかなと、少しづつ考えるようになっていた。
一旦北京に戻って報告して、台湾にでも行って休暇を取ろうかな。そう考えて帰りは北京行きのチケットを取った。青子さんと楽しい時間を過ごした翌日の事だ。
ここまでの話でわかったと思う。時の権力者に阿(おもね)るのでなく、権力者を意のままに操る、或いは配下に置く。この魔術を追求してきたのがアインツベルン本家だと。私はそれの完成形、申し子であったのだ。宝具『ラインの黄金』とはそれを実現させるものであって、決して『願望器』ではない。それも数ある効果の一側面でしかない。
倫敦行きは、ほぼ私用だったので報告はすぐに済んだ。それで孔明さんや荀攸さんから新たな指令を受けた。要人入れ替えの続きは年明けからなので、年内最後の仕事として承けてみた。それは日本行きだった。
そうして私達は久しぶりに日本の地を踏んだ。と言っても今回はほぼ東京での仕事だった。向かう先は大使館だ。そこで大使や職員を『掌握』し、新政府の駒にする。これは先日の英国でも行っていた。だけどその前のインドやイランではなかった仕事だ。要はG7に加盟している国の大使や職員は、どうにかして抑えておきたいという事だった。
そして私はハサンに命令した。議員会館に忍び込み、リストアップした与党の議員と野党の議員を殴ってこいと。そしてその前に左派系新聞社のデスクから名刺やペンをかっぱらって来いと。
11月にバイデンも関与したオバマゲートの暴露があるようです。トランプさん復活により、前代未聞の大統領候補逮捕があるか?
日本もそれに呼応して学術者会議(中共スパイの巣窟)の闇が暴かれつつありますね。なまじ幹事長の2Fさんも動けないし、派閥の人も『次の選挙は指名しないぞ』で終わります。菅さん、本気ですね。
まぁ、アメリカに言われたとかだけでなく反中共に動かないと日本が終わります。もう世界はそう動いている。テレビや新聞が何を喚こうと中共は終わりです。時代がそう動きました。