大聖堂と呼ばれる一室は5階建てのこの館の3階の廊下から行け、櫛型(E型)部分の左端、塔の突き出た真下にある。ここも真上の尖塔へ向かって4~5階分くらい吹き抜けになっていた。魔術師の家なので何かを信仰している訳ではないが、ご先祖様を祀ったり、古(いにしえ)の術式を再現したり、一族の繁栄を祈願したり、頭首ともなれば旧態依然の『何で今時?』と思うような、どうでもいい無駄な儀式が多かった。なので屋敷の一画にこのような場所を設けている家は、現頭首か過去に頭首だった家と相場が決まっていた。
あの『エル』のエッペルハイムの家にもこのような聖堂があるし、『エル』の代理で日本から出向し、エッペルハイムやドナウエッシンゲンで司祭を務めるのが私(47番)の役目だった。だからリハは大婆で婚礼の本番は『エルヴァ』が司祭を務めるのかと思っていたが、とんでもない助っ人が日本から来ていた。それは英霊のイリヤ姉さんだったのだ。
「『エルヴァ』、知っていたの?」
「お手伝いに呼ばれたから先に行くって出ていかれて、私達より1週間前にこちらに入ったらしいです」
何かあるとは感づいていたようだけど、まさか司祭とは夢にも思わなかったらしく目を丸くしていた。試着後、そのままなので私はドレス姿だ。ただしリハだから髪は纏めず下ろしたままだ。それでも司祭の衣装を着た姉さんは優しく微笑みながら、式の手順を説明してくれた。
「姉さん、どうして?」
「当日だとサプライズが過ぎるでしょう? だからリハで何をしていたか皆んなに明かそうとね。勿論あれだよ? 可愛い妹にしてあげられる事ってこれくらいしかないからね。どう、似合う?」
司祭服の姉さんがくるりと回った。
「こんな格好、『天の衣』以来だわ」
ああ、そうか。違う儀式だけど司祭の経験があったんだった。それでお祖父様が許可したのか。私はてっきりエルが司祭だと思っていたから本当に驚いた。だけど皆んなが見守る中で粛々とリハを続けると、とても厳かで静かな時間が流れていった。
リハの後、お父さんが謝っていた。
「どうされました?」
「ゴメン。当日、君の入場で付き添うのは僕じゃなくノイント老なんだ……」
「え?」
「賭けで負けてしまって……」
あらら。
「仕方ないですよ。『エルヴァ』の時は横に立ってあげて下さいね」
「本当にゴメン。エルヴァ……綺麗だよ」
「ありがとうございます」
お互い話したい事はたくさんあるけれど……それは本番が終わってからだと自制した。そっと振り向くとステンドグラスから溢れる光の中でフンボルトと姉さんが微笑んでいた。私も微笑み返し、このお御堂をもう一度ちゃんと見た。並行世界では、子供の頃に1回入り……少し大きくなってから、役を与えられ何度も入ったものだ。最初の1回は『エル』や『パミ』と一緒だった。そこで様々な儀式をお祖父様からみっちり教えて頂いた。なので『エル』の思考の中で司祭ができるのは、『エル』本人と、『パミ』と私だけだった。パミちゃんは教わったろうか? まぁ、その前に覚えるべきはエルヴァちゃんなのだけど。
ドイツ語では聖堂の事を『Dom』と呼ぶ。だけど、ここを指す場合の『Dom』は、日本語の『お御堂』に近いニュアンスだ。要は『お』が2つ付く感じ。それくらい私達アインツベルンにとってこの場所は重要だった。私も何度か並行世界を渡った記憶があるが、『エル』はアハトの城を攻めても絶対にお御堂は壊さなかった。あの第三魔法体現者や数々の発見や発明を描いたステンドグラスも壊さなかった。あれが妄執の証だと知っていても。
それくらい私達にはお御堂に思い入れがある。特にここのお御堂は。11代目の代理として何度か一族の結婚式や誓約式に立ち会ったり仕切ったりしたからね。今、姉さんが着ている司祭服を着て。姉さんもアハトから、『Heaven's Feel』以外の儀式も教わっていたのかな?
最後の仕上げとばかりフンボルトと腕を組んで退場しようと皆んなの間を歩くと、クロエちゃんが立ち上がった。
「お姉ちゃん! お幸せに!」
早いって。リハーサルで言ってどうするの?
「掛け声のリハーサルだよ」
「そ、そうなの?」
イリヤちゃんが驚き、私の後ろを歩いているエルヴァちゃんもギョッしていた。だけどパミちゃんにはウケていて、『あの子、楽しいね』と随分親近感を覚えたようだった。この後はドレスを脱いで私服に戻り、晩餐まで気ままに寛ぐだけだった。だけどドレス室で私は『エルヴァ』とエルにモードレッド、そしてエルマにトロンメルを呼んだ。
「何かお気に入りのものがあったら袖を通してみて下さい。良いですよね? 大婆様、ママ?」
2人が頷くのを見るやいなやモードレッド以外の子が殺到した。憐れモードレッドは押しのけられていた。
「あ~、私、これが良いわぁ」
そういってドレスを胸に当て、くるくる廻るのはお母様だった。ちょっ!? あの中に混じってたの? ってか、サイズが合わないですよ!?
「え~……。ダメなの?」
「ママぁ……」
「だってママはこんなのを着て、パパの横に立った事がなかったんだもの。女の子の夢よ? ほらぁ、エルマちゃんもトロンメルちゃんもとても素敵。『エルヴァちゃん』もさすがよね~。とても似合うわ~」
この流れを読んでいたのか、そうではないのか知らないけれど、お父さんはフンボルトととっくにどこかに行ってしまっていた。
「イリヤとクロエは私の部屋にドレスがあるから」
だけどそこまで言ってエルヴァちゃんの言葉が詰まった。パミちゃんに気を遣ったのだ。だけどパミちゃんは胸がまだなだけで身長はほとんど私と変わらない。この数ヶ月で身長が10cm近くも伸びたのだ。だからエルヴァちゃんにお礼を言って、『私達のサイズ』のその他のドレスを選ばせてあげた。そして数着試着した姿を、エルマやトロンメルがその都度デジカメで収めてくれ、『エルヴァ』までが髪型などを直してくれていた。パミちゃんはおずおずと英語でお礼を言った。だから3人も英語で返していた。
その後、先に帰っていたエルヴァちゃんお部屋にパミちゃんを連れていき、『一緒に遊んであげて』とお願いした。少しだけ心配だったけど、『妹達を信じ』ていたし、『可愛い子には旅をさせる』べきだと背中を押した。そして自分の部屋に戻ったのだった。
自室なのでノックをしなかったのが敗因だった。
「やっぱり? 僕も妻に落ちたのはそこだ。貞淑そうに見えて、ベッドでの乱れっぷりが良くてね~」
「ですよね? あのギャップが良い。エルヴァは最高ですよ」
「だろう? もう聖杯がどうとかより妻だったよ。人類の平和? 知るか。アイリが僕の天国だってね」
「わかりますよ、それ。僕もエルヴァにはその思いしかありません。彼女以外の誰も目に入らない」
「だろ? もう他の女性なんて白菜や大根にしか見えないんだ」
「そう! それそれ」
オッサンどもめ~~~~! だけど、どちらかと言えば人見知りの激しい父が、あんな風に義理の息子と……。だから私はそっとドアを閉め、そこらに居たメイドに訊いて、フンボルトのご両親を訪ねた。
コンコン。
「はい、どうぞ」
「あの、突然すみません。エルヴァ・フォン・アインツベルンです」
「お、お嬢様!? お、お入り下さい」
ちょっと、義理の娘を『お嬢様』って……。
「あの、そこまで改まって頂かなくとも……。一族とは申せ、私は主筋ではありませんから」
「いえいえ。大旦那様から実の娘と同じだとお聞きしています。そんな方が、恐れ多くも当家のような末端に……」
それで私はそんな事を仰るお祖母様にこう話した。
「以前チェコのコリーンを訪れた事があります。そこで美しい『カムナ』の残る家を案内され使わせて頂きました。そこを紹介して下さった頭首様は、『あの北欧の名門、エーデルフェルトと我がアインツベルンの架け橋となった素晴らしい方が住んでいた家だ。大切に扱って欲しい』と仰っていました。その素晴らしい方の娘さんがお祖母様ですよね? そしてお義父様やお義母様のご苦労やお祖父様のご苦労も彼から伺っています。そんな方々とお身内になれるのです。これ程の光栄はありません。至らない点の多い小娘ですが、フンボルトとは必ず添い遂げます。どうか温かい目で見守ってやって下さい」
「お、お嬢様……こちらこそ、フンボルトをお願い致します」
そうして私達は手を取り合った。父方のお祖父様がいらっしゃらないのは、家具工房がどうしても閉められなかったからだった。私としてはお義父様もいらっしゃられないものと思っていたので、相当無理をして参加して下さっているのが理解でき、却って恐縮だったのだ。だから当初は式の前にご挨拶に伺うつもりだった。だけどそういうのはいいとお祖父様が仰られ、国際電話を掛けたフンボルトですら問題ないと言ったのだ。だけどそれは人としてどうなのだ? 私はそれがずっと気掛かりだった。それだけにこうしてお逢いしてご挨拶できたことが嬉しかった。ギリギリだけど駆け込みセーフと言ったところだ。
その後、40分ほど話して、すっかり打ち解けあってからお部屋をお暇した。廊下に出ると大婆が微笑んでいた。
「何とかスジを通せました」
「ええ、ギリギリでしたね。歴代のお館様や大旦那様は、こういうのが見えていません。ですがそれをきちんと見ている人が本家に居るとわかれば、人は付いてきます。あなたはエルヴァお嬢様の良いお手本となりましたね」
「並行世界ですが、ママと大婆様に躾けられましたから」
こんどはニッコリと笑い、私の手を取った。
「幸せにおなりなさい」
「あ……ありがとうございます」
大婆と別れた後、私は与えられた部屋に向かって歩き出した。さすがにもう、お父さんも居ないだろう。しかしこの館は広い。広過ぎる。フンボルトのご家族や私の方の家族に与えられた部屋は、前回と同じくE型の右端になる。フンボルトの方は3階で、私の方は2階だ。その理由はこのEの横棒が5本なのだが、真ん中の2階奥にエルヴァちゃんの部屋があるからだろう。そして3階ならフンボルトのお祖母様でも、式のあるお御堂まで歩きやすいという配慮だと思う。
だけど遠い。普通の家だと、部屋から部屋まで100mとかそんな数字なんて出てこない。ところがエルヴァちゃんの部屋からクロエちゃんやおチビちゃんのところまで100m以上あるはずだ。そして私とフンボルトに与えられた部屋はEの4本目の5階奥で、スペシャルゲストルームだった。5本目のお御堂の横ではあるけれど、これも100m近く離れていると思う。建築面積はおそらく世界のどの城や宮殿より広いだろう。敷地面積なんて知らない。だって行った事のない場所がいっぱいあるから。そしてこのスペシャルゲストルームも入った事のない部屋の一つだった。
コンコン。
「どうぞ」
そ~っと開けると中はフンボルトだけだった。
「ああ、エルヴァ。遅かったね? 妹さん達のところ?」
「その前にフンボルトのご家族にご挨拶でしょう?」
「え? 行ってきたの?」
彼の座るソファーの横に座った。
「はい。きちんと話せて良かったです」
「そうか、ありがとう。お婆ちゃん、喜んでいたろう?」
「ええ。フンボルトをお願いしますって」
「そう……、悪かったね。誤解を恐れずに言うよ。君を守り過ぎたかも知れない」
「10歳年下だから?」
「そう。そういう煩わしいのは、僕が言い含めることでシャットアウトしようと考えていた。君が主筋になるから、結婚式後でも良いと考えていたんだ」
「でも、結婚は2人だけの問題ではありませんよ? 魔術師ですからそういう教育を受けて育ちました。少なからず私は家と家の事もウエイトが大きいと考えています。また、これは私の考えですが、幾ら私の方が主筋だとしても、だからと言ってあなたの家を蔑ろにしたくありません。それはあなたに連なる家族の方々も私の大切な人になるからです。フンボルト? 私はあなたのコレクションの棚に飾ったり、宝箱に仕舞っておきたい女ですか? それとも長い人生をともに歩むパートナーですか?」
「勿論、パートナーさ。僕が間違っていたよ」
「なら」
「うん。両親やお婆ちゃんに、式後も会おう。今度は2人で」
「はい」
そしてフンボルトは私の肩を抱いた。寄って来る愛しい人の顔。その唇をサッと避けた。
「キスもダメ?」
「ごめんなさい。もう、抱いて欲しくて抱いて欲しくて……ここまで我慢したんですから」
「あ~……。それを君の口から言って貰えるなんて。男冥利に尽きるね」
そしてフンボルトはパッと手を上げ笑った。私も思わず苦笑いだ。ここはある意味スイート・ルームなので、この前室がリビングで、奥にはベッドルームが2つある。なので私とフンボルトがそれぞれの部屋を使う事になっていた。このゲストルームの前がパミちゃんの部屋だけど、式までは私と眠る事になっていた。式の当日、つまり初夜は2人で過ごさせて欲しい事と、あの空間を繋げて欲しい事は既に話してあった。
「フンボルト、こうしてお喋りしているだけでも特別な気がする」
「だよね?」
他愛のない話を続けながら、正直にそう思った。彼とは歳を経て、身体を重ねる事が難しくなってもこういう関係が続くだろう。だからこそ思う。『私だけを見ていて欲しい』と。また同時に『私だけが縛って良いのだろうか』と。だけど現実問題、『チンボルト』を受け入れられる女性は私と彼女だけだ。多分『エルヴァ』もだろうけど、彼女には良い人が別にいる。だからこそ、私と彼女は彼を飽きさせないようにしなければならない。また彼をこちらのそういう努力に応えてくれる人だった。『君は最高だ』『君しかいない』。それは私もですよ。
「お、お姉様……お姉様が御結婚されてしまう……」
「だから……エルマ。私の顔を見ながら、しずしずと泣かないで下さい。あちらはあちら、私は私です」
「でも、お好みの男性まで同じようなタイプです」
「全然違うでしょう? 人種の違いで肌の色も目や髪の色も違います。それに吉川クンはスポーツマンですが、あちらは手先の器用な職人さんですよ」
だから違うんだと姉さんは力説されるが、背格好が似過ぎだ。自分より30cm以上身長が高い人でないと恋人にはなれないとか、そういう特殊なルールでもあるのだろうか。まぁ、近藤先輩は172cmだから、私と20cm近い差があるので人の事は余り言えないのだけれど。結局先輩とはキスと軽いタッチまでで、年内はそれ以上は進まなかった。姉さんと同じと言うべきか、先輩に根性がないと言うべきか。音楽室というシチュエーションしかないのが痛い。でも、学生ってそういうものだろう、本来は。アメリカの姉さんは別として、士郎さんと桜が特別過ぎるのだ。
それはさておき、これだけ大きなお屋敷なのに、姉さんと私とエルマは何故か同じ部屋だった。リビング付きでベッドルームが2つの大きな部屋だから良いのだけれど。驚きなのは、こういう場でのエルマの勝負強さだ。見事じゃんけんに勝ち上がり、姉さんとのベッドルームを確保した。ベッドはツインだけど危ないなぁ……。
「危ないのはあなたでしょう? 『エル様』を襲ったって聞いてるからね」
「そっちこそ。『エル様』と朝を迎えて、姉さんに呆れられたんでしょう? それにルーマニアで……」
「なんで知ってるの!?」
あ、話しすぎた。
「エルマ。お相手は彼女?」
「い、いいえ! そ、その、テントで1人でですね……」
「ああ、お楽しみ中を見られたの? あまりイジってるとラビアが黒くなったり、クリが大きくなるから、ほどほどにね」
「お、お、お、お姉様!」
姉さんのこれはエルマを牽制しているのだ。ここ最近は私と同じで『姉さん』呼びだったのに、凛さんとルヴィアさんやマルガリータさんが居ないとなると、途端に『お姉様』呼びに戻っている。甘えてきてるなぁって感じだ。ちなみに姉さんは素直な人なので、『週に2回は多いですか?』と聞けば、『人それぞれですよ。多い時は3回した事もあります。だから気にしないで』なんて答えてくれた事がある。これをエルマみたいに『週に何回くらい、オナニーをシますか?』なんて聞けば答えてくれるはずがない。エルマはストレートなところがダメだなと思う。
コンコン。
「はい」
『お嬢様方。晩餐会のドレスをお持ちしました。お着替えをお手伝い致しますので宜しいでしょうか?』
「どうぞ」
ドレスを抱えて入ってきたメイドは、ウエディングを着付けて下さった方だった。姉さんはドレスを数点お持ちだが、エルマと私は何も持っていない。それで今回姉さんが前もって連絡を入れ、スタイリストの方や先に来ていたイリヤ姉さんとドレスやフォーマルウェアを揃えて貰っていたのだ。姉さんは何か知らないが、以前フォーマルで失敗したらしく、その反省があっての連絡だったそうだ。
ただし、先程の大聖堂で執り行われる式の参列には、日本から持って来た学園の制服を、式後のパーティには日本で買ったドレスを着る事にしていた。これは姉さんがドレスだと花嫁と被ってしまうからだった。姉さんはあちらの姉さんに相当気を遣っていた。それはエルさん(この方も『姉さん』と呼ぶべきなのか、かなり迷う)も同じらしく、式はアインツベルンのメイド服で参列すると仰っていた。少し不思議な話だけど、エルさんもアメリカの姉さんも、この館では普段メイドと混じって働いていたそうだ。姉さんもエーデルフェルトで家事を手伝う時はメイド服に着替えられるので、そこは同じなのかも知れない。だけど御三方は『エル様』の分身でもある。だからここのメイド達も『お嬢様』と呼ぶ訳で。
そして私やヴンダーにエルマは、顔立ちや体付きこそモデルが『エル様』だけど決して分身ではない。だからヴンダーも私も向こうでは、学校や仕事がなければメイドとして働いていた。勿論専門の、それも優秀な先輩メイドが揃っているので軽いお手伝いだけだった。一緒に働く直接の先輩は同じ学生のトントさんだが、メイドの仕事を割り振って下さるのは、『エル様』の乳母でメイド長のマアエモさんだった。
そのマアエモさんがここではエルヴァちゃんの『ママ』なので驚いた。そしてアイリスフィールさんを『オカーサマ』と、少しクセのある日本語で呼んでいる。『エル様』と同じで養子だから複雑そうだ。生みの親より育ての親って事なんだろうけど、あの子はアイリスフィールさんを気遣ってもいるんだよね。エルマが『エル様』とは違うと話していたのはそこだね。
そうしてメイドの方に髪をアップにして頂き、着付けもして頂いた私達は、廊下で着飾ったクロエちゃんやイリヤちゃん達と合流し会場に向かったのだった。
ヘルシンキの空港に着くまでは心配だった俺だったけれど、ルヴィアさんと一緒にトイレから戻ってきた美遊が、ルヴィアさんと外国語を話している事に驚かされてそんな心配が吹き飛んだ。
「ミユには服の中で転身して貰い、サファイアのチカラでスオミ(フィンランド語)を話せるように致しましたのよ」
「そのステッキにはそんな能力が?」
「うん。イリヤ達の妹のエルヴァがやっていて。それでサファイアをエルマさんに改良して貰ったの」
「改良というか、アップグレードですわね。スオミは私の方でテキストを用意し、エルヴァさんも手伝って下さいましたの」
「そうだったのか」
これは良い。実に俺の心配がその言語の問題だったからだ。通訳が2人となると心強い。
「シェロ。私のサファイアをお貸ししますわ。ルビーのように少女にされたりしませんので、仮契約してスオミを話せるようになさいませ。ご自分の言葉で話したかったのでしょう?」
ルヴィアさんは自分のステッキも改良してあったようだ。確かにサファイアならヘンなイタズラはしないだろう。なので仮契約して服装を変えずに柱の後ろで呪文を唱えて転身し、フィンランド語が話せるようにして貰った。
「どうです、シェロ? 私の言葉がわかりますか?」
「もしかして、それってフィンランド語?」
「ええ、もう切り替えていますわよ」
驚きだった。聴覚まで切り替わるのか?
「周囲の声に耳を傾けませ」
いきなりこの空港ゲートでの雑踏から聞こえる言葉が全部理解できてしまった。おお、これこそが魔法だな。何故か俺は戦うチカラが魔術で、便利で役立つチカラが魔法だと感じた。実際は違うんだろうけど、ここまで来るとな。
クルマ乗り場まで行って暫く待つと、エーデルフェルトのクルマが到着した。それに乗り込み、俺達はいよいよルヴィアさんの家に向かったのだった。場所はヘルシンキの隣、エスポーという街の外れだそうだ。窓の外の景色はとても綺麗だ。きっと夏に来ると最高なんだろう。だけど今は冬だ。無茶苦茶寒い。運転手さんに聞くと現在マイナス10度だという。
「ヨハンネスは元気かなぁ」
「あら、夏の霊地調査で?」
「ああ。仲良くして貰ったんだ」
「そうでしたの。まずは両親に会わねばなりませんので、今日明日は無理ですが、明後日以降は新年まで自由ですわ。そちらに向けてあれこれ計画していますので、ヨハンネスにも声を掛けましょうか?」
「いや。年末だしな。何か予定があったら悪いから良いよ。それで計画って?」
「ミユは初めてのスオミですわ。ですのでヌークシオ国立公園での散策やナーンタリの温泉、ムーミン・ワールドも予定していますのよ」
「うわぁ」
美遊の顔がパーッと輝いた。ムーミン・ワールドか……嬉しいだろうな。ルヴィアさんには本当に感謝だ。高速道路を走るクルマは、やがて街を外れてその先で下道に降りた。そして坂を登り始めた。時刻はとっくに夜のはずだけど、星が雪に反射するのか周囲は明るく感じられた。景色を見る限り、これは山じゃなくて丘だな。道はとっくに結構深い雪道だ。右の窓の、高速道路の先に湖……?
「ルヴィアさん。あの湖は?」
「ボドム湖ですわね。その遥か先の森がヌークシオ国立公園ですわ」
そうしていよいよライトをハイに点けてシャリシャリと雪道を走ると、やがて大きな門が目の前に現れた。運転手さんがパッシングすると、重そうな鉄の門が自動で開いた。そこから遙か先に屋敷の明かりが見えた。広い。ここが国立公園だと言われても信じてしまいそうだ。深山町のあの敷地の何倍だろうか?
「どうして門が自動?」
「寒いからですわ。あんなところに警備員を置くなんて殘酷でしょう?」
「確かに。詰め所があっても寒そうだ」
「ええ。ですので監視カメラを設置して、自動で門を開閉できるようにしてありますの。勿論、使い魔もあちこちに設置してありますわ」
だろうな。門から数分走って、やっと屋敷に着いた。正面は一流ホテルのエントランスのようだ。と言うのはクルマが正面の噴水を回って長いスロープを登って正面に止まったからだ。噴水は前庭の真ん中地上にあるが、玄関扉と2m近く高さが違うのだ。この高さの違いは、多分積雪を避けるためなんだろう。そして降雪避けのひさしが大きく張り出している。だから余計にホテルっぽく感じるんだ。このひさしのお陰で、トランクから下ろす荷物が濡れないし、クルマから降りた俺達にも雪が掛からない。
「おい、ルヴィアさん?」
ルヴィアさんは運転手が下ろした荷物を、地面に置きっぱなしでドアに向かったのだ。そしてドアを開け中に向かって声を掛けた。するとドアが大きく開いて数人の人が出て来て、俺達の荷物やルヴィアさんの荷物を中に運んだ。
「なってませんわね、セバスチャン。クルマのライトでわかりますでしょう? 出迎えもないとは……」
オーギュストさんと似ているが、また違った男性に厳しく言うルヴィアさん。そうか。この人が本国の執事というセバスチャンさんか。しかしベタな名前だな。絶対にフィンランドの名前じゃないよな。それとやっぱりというか当たり前というか、扉は思ったよりも小さく、中にもう一つ扉があった。防寒のための二重扉なのだ。これは夏に行った際の中継基地となった建物でも見た。
「クラウンはどうしました?」
おお、クラウンさんか。懐かしい。
「リューリィ様にお付きです」
「あら、あの子も戻っていますの?」
「はい、先程御学友の方と。そちらに手を割かれていまして。お嬢様のお帰りに気付けませんでした」
「ああ……フィオレさんと。それなら仕方ありませんわね。丁重に饗(もてな)すように願いますわ」
「はい」
「それと、父と母は?」
「奥様はご在宅です。旦那様はご帰宅がまだでございます」
「リューリィは母の方ですわね。では私どももそちらに向かいます。こちらの客人の部屋の用意を」
「畏まりました」
そう言いつつ、厚いコートをガバっと脱いでメイドに手渡すルヴィアさん。手渡すと言うよりほとんど投げつけていた。出迎えが無かったのが相当頭に来ていたようだ。とんでもないお嬢様だとは知っていたけど、ここまで行くのかと俺と美遊は驚きの連続だった。
「ルヴィアさん」
「ごめんなさい、ミユ。私の妹だと公言していますのに、とんだ恥をかかせましたわ。私だけなら良いんですのよ。リューリィとバッティングしたのも私の運です。ですがあなたとシェロには恥をかかせたくありませんでした」
そっか、それで頭に来ていたのか。その後俺達のコートもメイドに預け、ルヴィアさんは先頭を切って屋敷の奥へと歩いていった。玄関ホールの階段でなく、廊下の奥の階段を使って2階に昇った。その正面に扉があって、ルヴィアさんはそれをノックした。どうやらここは玄関ホールの階段からは来れないらしい。
「戻りました。ルヴィアゼリッタですわ」
『お入りなさい』
中は吹き抜けなのか、とても天井の高い部屋で、図書館のように四方が本棚になっていた。内部に階段があり、それを目で追えば、本棚の周囲を手すり付きの通路が巡っていた。所々に木製の脚立が無造作にある。
「図書館?」
「母の書斎ですわ」
こんな体育館みたいな広さがあるのに書斎だって? だけど本当に書斎らしく、そんな広い空間の中にガラス張りの読書室のような小部屋があった。その中にお袋さんらしき人と、以前逢ったリューリィさんと、車椅子のフィオレさんらしきシルエットが見えた。部屋の中に部屋というのも凄いな……あ、暖房か。曇りガラスじゃなく息で曇っているんだ? その小部屋に俺達は入った。思った通り、リューリィさんとフィオレさんがいた。
「ルヴィア、シェロ、ミユ……久しぶりですわね」
「リューリィ、先に母と挨拶をさせて下さいませ」
「そうでしたわ」
2人の向こう、木製の机(欧州唐檜製)に陣取る女性がルヴィアさん達の母親だろう。輝くような金髪と細く尖った顎は姉妹と同じで、青い瞳はリューリィさんだけに受け継がれたようだ。となるとルヴィアさんの茶色い瞳は父親からだろうか。
「お母様、戻りました。そしてこちらの子は、私が義理の妹として迎えましたミユでございます。そしてそちらの男性がミユの兄のシェロ……将来を誓った殿方ですの」
ルヴィアさんの顔が赤い。だけどここは俺もしっかりと。
「お初にお目に掛かります。ルヴィアゼリッタさんとお付き合いさせて頂いております、衛宮士郎です。また、妹の美遊がお嬢様から多大な……」
「堅苦しい挨拶は宜しいわ。ルヴィアからは報告を受けていますし、オーギュストからもあなた方の事は、その数奇な運命から諸々の事情まですべて伺っています。遅ればせながら、私がエーデルフェルト当代、エヴェリーナ・エーデルフェルトです。肩の力を抜いて頂くためにも先に申し上げましょう。シロウと言いましたわね? あなたと娘の事は認めます。ただし、娘は時計塔を退学になった身。そんな情けない子ですが宜しいのですか?」
逆だろう? どこの馬の骨とも知れない俺を持ち上げるような言い回しなんかして……。ルヴィアさんの指が彷徨って俺の手に触れた……。だから俺はそれをしっかり握った。
「何の問題もありません。俺なんかには過ぎた人です。それに過去はともかく、彼女の今や今後を見てあげて下さい」
俺は真っ直ぐお袋さんを見た。美遊が心配そうに俺を見上げている。俯いたルヴィアさんの指に力が入る。
「ホホホ……ヘンリの若い頃と似ていますわ」
ヘンリって?
「父の名です」
ルヴィアさんが小さく呟いた。ご挨拶を終えて書斎から出たら、フィオレさんの車椅子を押すリューリィさんが興奮気味だった。
「やりましたわね、ルヴィア、シェロ。あれって最高の褒め言葉じゃありませんこと?」
「……でしょうね。ただ、時計塔の退学がバレましたわね?」
「そんなのとっくに知っていましてよ。まぁ、ルヴィアらしくて良いのでは? 相手はあのリンでしょう? 今が親友なのですから」
そんな言葉にフィオレさんも頷いていた。
「で、ルヴィア。どういう礼装ですの? シェロやミユまでが私達の言葉を理解するなんて」
「ああ、サファイアですわ。例の魔杖」
「2本もありますの!?」
そしてリビングだろうか? 俺達は座れる場所のある部屋に入った。火の入った暖炉が暖かい。そこでルヴィアさんはメイドに温かい飲み物を頼み、2本目のサファイアを手に入れた経緯を説明した。
「ああ……。以前話して下さったミストレスと世界を渡り、そこの私を治す薬を……」
「どこの世界に行きましてもあなたは私の妹でした。なら、世界を渡るチャンスを得、治せる薬が手元にあるなら、それを何としても渡したいと願うのが姉たる私の役目ですわ」
ピ~ンと来た。お袋さんはルヴィアさんがこういう人だって誰よりもわかっていたんだ。だから跡取りであり、退学の事もそう問題にしなかったんだ。俺だって美遊がそんな風に動くのなら応援するし、将来できた子供が姉妹を思って、同じように頑張るなら絶対に味方する。つまり今までのルヴィアさんの行動を見て、お袋さんも……たぶん親父さんも、最初からルヴィアさんの味方だったんだ。なんて潔く気持ちの良い人達なんだろう。
「私にもサファイアが手に入りませんかしら……」
「あ、そうそう。リューリィ。あの魔杖はルビーとサファイアだけでなく、エメラルドとダイアモンドの4本が存在するそうですわ。現にそのエメラルドをアインツベルンの……」
「あのエルヴァお嬢さんでしょう?」
「うん?」
「フィオレとともにルーマニアへ応援に……」
「あなた、いつの間に!?」
美遊がビクッとした。という事は……逢ってたな? でもルヴィアさんには報告できなかったってトコか。多分この人も、エルヴァさん達へのお返しで動いたんだろうし。そういうのが簡単に想像がつく。こんなにわかりやすい人達なのに、どうしてリンさんは最初仲が悪かったんだろう?
そんな事を考えながら俺達は親父さんが帰るのを待った。俺に緊張はもうなかった。
思った通り。自前のドレスを持って来なくて正解だった。晩餐会でのエルヴァのドレスが淡いグリーンだったのだ。そして私が赤いドレス。エルマとトロンメルはピンク。となると……これまた予想通り、エルヴァちゃんは黄緑で、イリヤちゃんとクロエちゃんは淡いピンクだった。そしてパミちゃんは黄色。お母様は青でママは紫だった。フンボルト君のお祖母様とお母様のドレスも青だ。これは私達を含めた子世代の主役と主筋を明確に表していた。だけど嫌味でなく、これは給仕に着くメイドにわかるようにだろう。お祖父様もお父さんも、フンボルト君のお父様も落ち着いたタキシードだが、当のフンボルト君は光沢のあるグレーのタキシードと、グレーのタイだった。こちらも女性陣と同じで、誰が主役か明確だった。
晩餐会そのものは1時間ほどで終わった。以前のように楽器を出して歌ったり踊ったりはしなかった。これはフンボルト君のご家族がいらっしゃるからだろう。またご年配のお祖母様がいらっしゃるので早く切り上げたのだと思う。もしくはエルヴァとフンボルト君の時間を取るため。だけど子供達がバタバタとお手洗いに向かう間もエルヴァは残り、多分ブランデー入りのコーヒーを飲んでいた。エルととても静かに優し笑みを交えて談笑している。そこに割って入るのは勇気が少し必要だったけれど、何とか声を掛けてみた。
「エルヴァ、いよいよですね。おめでとうございます」
立ち上がろうとする彼女を制した。
「ありがとうございます」
そして気になった事を尋ねた。
「あの……気のせいかも知れませんが、彼とケンカした?」
「ブッ……」
吹き出された後、思いっ切り笑われた。
「やっぱり私の態度って変なのかなぁ……違いますよ。彼との仲は良好です」
そしてフンボルト君のご家族が会場を去り、子供達も完全に居なくなったところで彼女は結界を張った。
「あなたならわかりますよ。要は彼との初夜を大切にしたいので、お互いにセックスを我慢しているんです」
おい! 随分とアメリカナイズされたなぁ……。こんなオープンな自分を見るなんて……。だけどやっぱり婚前交渉はあったか。おまけに『我慢』って。相当数をこなしているな。
「あなたは? 吉川クンとどうですか?」
「こちらは一歩ずつですよ。お互い高校生ですからエッチはなしです」
「キスだけ? サワリっこもなし?」
「ないない。至って真面目にお付き合いしています」
ここにエルも加わった。
「お突き合いなしとなると、じゃ、処女なんだ……」
どういう日本語だ。と言うか会話で漢字が思い浮かぶって……欲求不満かな?
「エル、そういうあなたは?」
「ん? とっくに彼に捧げましたよ」
「彼氏、居たの!?」
「ええ。並行世界に」
並行世界? 誰だよ!?
「あなたがパーフェクトに収束させた第四次の……」
「第四次の……? まさか……?」
「そう。ウェイバーですよ。『エル様』にお会いしたらこちらに残るかあちらに行くか、それとも別の人形を造って頂くかを決めます」
サラッと凄い事を、事も無げに言う。コイツ……今まで私だと思っていたけど、この割り切り方が89番っぽい。だけどこの性格は後発的なものだろう。つまり魔術師としての私だ。となると……。
「彼の精子を手に入れて、アインツベルンに取り込む?」
「正解です。それが私の使命です」
「どうして?」
「あれだけの才能が子孫を残さず途絶える世界しかないからですよ。そしてそれが抑止に引っ掛かる行為だったとしても、今のここでなら。既に着床は確認済みですし、大王にも彼にも3年後には戻ると話してあります」
彼女……本当に凄い。って事は……。
「エルヴァ、あなたも?」
「私の場合はハメられた形です。そう仕向けられたと言うか。でも今は相思相愛で幸せですよ」
「理由は?『エル』の意図というか狙いですけど」
「たぶん血統です。フンボルトはアインツベルンとエーデルフェルトの両方の血を引き、なおかつ禅城のように相手の能力をアシストする血筋です」
そうだった……。フンボルト家はそれがあってお祖父様が大切に保護していたんだった。
「じゃ、あっちじゃ『エル』が人形でも使って……」
「余り考えたくはないですけど、しているでしょうね。それにここのお祖父様は、当初エルヴァちゃんと考えていたようです。結局年齢差でポシャった訳ですが。ところが並行世界から私達が来たわけです」
ああ……。その計画が私にシフトし、それを知ったかして『エル』は彼女を……。色々納得いった。世界の事は以前メールでも問い合わせて、ある程度の事はわかったので、もう魔術師としての質問は終わりだ。そこで女の子としてどうしても聞きたい事を訊ねてみた。
「ねぇ……初めての時、痛かった?」
エルは何故かエルヴァを指差した。どういう事だ?
「普通の女の子はクリオナは早くから覚えても、中オナは滅多にしませんよね?」
「まぁ、たぶん……」
中にはそういう人も居るだろうけど、普通は怖いし、処女膜を傷付けたくない筈だと思う。
「となると中は、全然慣れ切っていない粘膜であり、性感帯は剥き出しのクリと同じなんです」
あ!
「処女膜の痛さだけじゃ……」
「ないですよ。それも個人差で出血しない人もいれば、痛みを感じない人もいる訳です。それで相手が日本人なら、ほとんど出血しないと思います。私は血の海でしたけど」
血の海って何!? そしてエルヴァは拳を握って腕をグ~ッと持ち上げた。そんなにフンボルト君のってデカいの?!
「デカいですよ……。初めて見た時、怖かったですから。多分、処女膜を残り余さず引き千切られたと思います。ティッシュにそれっぽい肉片と言うか……そういうのが付いていましたし」
ひ、ひえ~~~っ!
「しかも私の拳くらいある亀さんがお初な性感帯をゴリゴリと。最初は痛みと苦しみしかありませんでした」
なんてハードモードな人生を歩んでいるの!?
「彼となら、別の男性と経験があっても処女で通ります。並チンポコだとこそげなかった、最後の膜まで奪っていきますから」
あ~~~~! そこが『エル』に奪われた、私の悩みだったのに! っていうか……?
「あなた、処女に戻っていたの?」
「はい。だから無茶苦茶痛かった……でも」
ん?
「でも?」
「2度目に4回挿入れて貰って……3回目にイキましたね。3度目は騎乗位で失神しました」
コイツ……惚気(ノロ)けてんのか!?
「それでパコパコタイムは『ア~』とか『オ~』とかドイツ語っぽいのに、イクときは日本語で『イク~』なんですよ」
聞いちゃいないわ! 本当かよ?!
「フフフ……つまり、赤ちゃんの通るところでもありますから、案外と挿入るって事ですよ。それと弓道部のエースだったんですから、出血しなくても『柔軟運動で破れたかな?』で通ります。相手が吉川クンなら絶対に」
そっか。ああ、安心した。
「どこぞの父親の今際の際のセリフを、娘はエロ話で終わらせたぞ?」
エルの言葉で私達は大笑いした。またイクときの声が日本語で、それ以外がドイツ語っぽいのは本当らしい。エルヴァが言うには、相手がフンボルト君だからウケたけれど、吉川クンだと洋物のAVみたいで引くかも知れないという話だった。これはお一人様でも気付かなかったぞ。『エル』は知っているのだろうか? あのエロ女が気付かない訳ないか。おまけに慎ちゃんにはウケそうだし。
そうしてひとしきり笑った後、私達は解散し、それぞれの部屋に戻ったのだった。それは良いとして、自室の中の寝室へ続く短い廊下で、見覚えのある子が慎ちゃんそっくりな男の子と話し込んでいた。言わずと知れた、エーテル出力されたルビーとゾウケン君だ。
「どうしたの? まさか、エルマ。こんな出先でお一人様?」
『違いますよ』
『エルヴァ、早とちりじゃよ。お主が帰らんから泣いておるのじゃ』
「え?」
『重ねておるんじゃよ。嫁ぐお主と……』
ああ、寂しがり屋だからなぁ……。
『それとエルヴァさん?』
「なに、ルビー?」
『クロエさんやイリヤさんのフォローをもっとしっかり。あなたが姉なんですから』
ルビーに言われるのかいと突っ込んではいけない。このルビーはエルマの改造で、今やお見逸れするくらいの人格を手に入れているのだった。
「そうですね。わかりました、ありがとうございます」
それで自分のベッドでなく、泣き疲れて眠っていたエルマの横に、足を縛って入った。す~っと現れた姉さんが私の髪を撫でてくれた。ルビーが言わなければ姉さんに言われていたろう。明日はクロエちゃん達と過ごそう。そう決めて眠りについた私だった。
私と『エル』は、繋ぐものを繋ぐと東京を後にしてサッサと関西に移動していた。取った宿は三重県の伊勢は二見浦にある老舗だった。今朝は夫婦岩を日の出から詣で、昨日は使い終えた三種の礼装を神宮に奉納させて頂いた。言っておくが、決して三種の神器を模したものではない。それは起動キーではあるが、デザイン的にはメイドや執事を呼ぶベルでしかない。その魔術式がびっしり描かれたそれの主成分は、珪砂とソーダ灰と石灰で構成されている。つまりガラスだ。そしてその形状はベル。三種あるそれぞれの名は『デウスの鐘』『マリアの鐘』『サタンの鐘』といった。当然これは『エル』の遊び心だ。
『織田信長の活躍した頃、海を渡って来た奇怪な妖術者(魔術師)の群れがギヤマンの鐘を求めて各地を襲撃した。世界平和を標榜するアインツベルンの仕業である。 強烈なエネルギーの製法を秘めたギヤマンの鐘三つ。日本の平和を願う信長はアインツベルンの野望を粉砕すべく、冬木の郷から赤い男を呼んだ。その名は……衛宮士郎!』
『時代が甚だしく異なるのは、まぁ良い。これだとアインツベルンが悪党ではないか?』
『馬鹿な小蝿め。裏に秘められた真実の正義にも気付かぬ、衆愚な有権者か? だからこの国には真の民主主義が根付かぬのだ。馬鹿なTVでも観て踊っておけ』
『このクソ妹。何を言うか』
『フン……。『正義の味方』の初出は月光仮面だ。つまり弱者の味方でなく警察の犬だ。真実を知らぬ愚か者よ』
戦後、自衛隊などが生まれる前、GHQでない、街の平穏を護る身近な存在は再編成された警察だったのだ。そんな庶民の正義に味方してくれる人……それが月光仮面だった。二丁拳銃に愛機のバイク。拳銃はTV版がブローニング1910(峰不二子と一緒)、劇場版はS&WのM38チーフスペシャルか、コルトのディテクティブ・スペシャル。バイクはホ◯ダのドリーム・C70だった。こんなところから、父を信じたい一心で調べ尽くしていた『エル(私)』に、お兄ちゃんが敵うはずがない。
そして月光仮面の敵は、『世界を操る国際陰謀団という悪に心を売り渡し、外国の組織の手先となって悪事を働いている国内の者達』だ。つまり1950年代のあの頃から、『あちら側』の存在は知られていたのである(彼は奇特なヒーローで、悪を懲らしめても殺しはしない)。また同じターバンを頭に巻いたヒーローにレインボーマンがあるが、その敵である『死ね死ね団』は『外国人犯罪者を日本人に整形して潜伏させ、国家転覆を狙う秘密結社』だった。特定アジア人がモデルなのは言うまでもない。そしてこのレインボーマンも昭和40年代(1970年代)の番組だ。この頃のTV局は明らかに日本人が運営していた。それがいつの間にやら『死ね死ね団』に乗っ取られていた。これが真実だ。
『無心の境地。己の心を大自然の如く啓く事を忘れるな』
阿耨多羅三藐三菩提、阿耨多羅三藐三菩提。こうして『エル(私)』は分身と合体の術を覚えた。勿論、大嘘だ。
『お兄ちゃんなんて、坂口祐三郎さんや宮内洋さんの100分の1もない!』
彼女は猛烈な昭和変身ヒーロー・マニアだった。言峰神父役は天津敏さんだと断言していたくらいだ。
そんな『エル』の案内で、私達は翌日鳥羽の水族館を巡り、駅前の浜焼き店でサザエやハマグリを頂き、虎屋のういろうと伊勢たくあんを買って名古屋から新幹線に乗って東京に戻らず大阪に入った。私はそこから香港に戻ったが、彼女はチューリッヒに向かった。47番の半身……例のあの子の結婚式を見ていくらしい。
「もっと情報を与えても良いのでは?」
「ここから考えて頂かないと」
相変わらず厳しい。