※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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少々不快な描写があるかも知れません。ご注意下さい。


100、イルクーツクからブラーツク

 モスクワ経由でイルクーツク国際空港に降り立った一行は、先発隊が寄越したクルマに乗り込んだ。ロシア連邦シベリア連邦管区イルクーツク州の州都イルクーツク市。

 コサックが毛皮を得るために建てた小さな宿営地から、徐々に市の立つ街へと変化していった交易都市で、古くから南の清や遠いウズベクスタンとも交易があった。

 その隆盛は鼻の良い日本の商人にも知られ、海を渡ってこの街を訪れた者も居たそうである。後の第二次世界大戦では捕虜となった日本兵がここの抑留所に送られ、シベリア鉄道などで更に奥地に送られた。その悲しい記憶が郊外の日本人墓地に今も刻まれている。

 反面、戦後は石川県の金沢市と姉妹都市となり、街の中心部にあるチフヴィンスキー・スクヴェルという公園南端から、ウーリツァ・レニナ(ウーリツァは道という意味)を渡れば、ウーリツァ・カナザヴィという短い通りに入る。

 ここにはキリル文字とは別に日本語の案内も掲げられており、しっかり『金沢通り』と看板がある。僅か200mの短い通りだが、あの兼六園の徽軫灯籠(ことじとうろう)を模した灯籠や日露交流記念碑などが建っていて日本とは縁のある都市なのだった。

 先程の公園を北に進み官公庁などの建物の向こうに更に慰霊公園がある。戦死者をたたえる『永遠の火』のモニュメントと右手のスパスカヤ教会を通り過ぎて突き当りまで行けばアンガラ川とイルクート川の合流地となり、そのアンガラ川をほんの少し遡れば有名なバイカル湖へ行き着く。

 美しき『シベリアの真珠』……。

 

「『美味そうなイベリコ豚』、或いは『アドリアの豚』」

「は?」

「語感が似ているでしょう? 『豚に真珠』とも言いますし。それと『シベリアのパリ』でしたっけ?」

「ま、まぁ、イルクーツクはそう形容される場合もありますね」

「すると裏通りは犬の糞だらけなのに、サラートしているムスリムがわんさかと?」

「その笑えないジョークは、アサシンに絶対言わないで下さいね」

「わかっていますよ」

 

 エルがガラにもなく『エル』っぽい事を言ったのは、私を和ませるためだろう。というのはこちらもこちらで、それこそガラにもなく緊張していたからだ。

 態度が隠しきれなかった事は自覚していた。だけど仕方ないと思うのだ。その私が緊張していた理由は────。

 

 このイルクーツクに来る前、ユングフラウ旅行に行く前だ。ケイローン先生がこんな事を言った。

 

『シロウをみるにあたって、ア-チャーとの関係などを聞かせて頂きました。そしてあなたの存在……いえ、あり方ですか、それも。どうですか? 今後の行動はずっと一緒です。あなたも参加しませんか?』

 

 そうやってお誘いを受けたのだ。この指導にはアーチャーさんも参加する。アーチャーさんを見計らった上で、士郎クン用にカリキュラムを組みたいのだそうだ。

 ちなみに士郎クンはエーデルフェルトと契約しているので、今回の事業とは関係ない。あくまでもケイローン先生にみて貰うための随行者で、最初の仮設基地までしか行かない。

 何よりお盆明けか8月の下旬にイルクーツクでルヴィアや凛と、例の仕事で合流しなければならないのだった。対するアーチャーさんはこちらがレンタルで借りる形となる。対価は以前もルヴィア達を手伝ったアサシンのレンタルだ。

 それはともかくケイローン先生は、私も参考にしたいと考えたらしい。入れ知恵というかリークしたのはエルだった。

 

『どうしてそんな事を?』

『ケイローンは大人の対応をしてくれていますが、アキレウスの件でランサーを筆頭に私達へ少なからず恨みを懐いています。そこで少しでも心証を良くしようと思えば、アーチャーさんや士郎クンだけでなく、あなたも参加するべきだと考えました。またあなたが教えを請う立場となれば、それは新たなる弟子です』

『アキレウスの代わりに?』

『代わりにはなりませんよ。実力差は明白でしょう? ですからそこまで言いません。それよりも個人の志向です。あんなに教えたがりなのですから、そこに付け入るべきですよ。それとあなたの性格。そこから親密になれば、恨みを流してくれる可能性が高いと読みました』

 

 そういう訳で私も鍛錬に参加するようになったのだが、これが思った以上に楽しいのだ。的確な指導と適切な助言。実際の指導は旅行先から始まった。早朝の草原で組み手などをしながら教えて頂いた。

 

『鶏が先か卵が先かはわかりませんが、並行世界のシロウがアーチャーが元と言うなら、その双剣は理に適っています。基本は防御に軸足を置いた型ですが、ある程度能動的にも動きたいとなれば片方に盾を持つのでなく双剣が正しい。そしてそれがこの特異な投影魔術の特質を活かせるでしょう。ところがエルヴァ、あなたは基本の型が別にある。それも攻撃に特化した。パンクラチオンではありませんね……東洋の武道ですか?』

『はい、空手です』

『ああ、なるほど。そこを活かしている訳ですね。本来のあなたの剣筋は片手剣でなく両手剣でしょう? そちらを伸ばす方が良いですよ』

 

 これを士郎クンと組んだ、ものの10分程度で指摘されたのだ。

 

『何より3人とも剣より弓の人だ。アーチャーは私と同じく英霊として固定された存在ですから、今のままで良いと思いますが、シロウは弓7、剣3で鍛えると良いでしょう。そしてエルヴァ、あなたは弓5、剣5で鍛えるべきでしょうね』

 

 そこで自分の体に合った両手剣を投影するよう促され、素振りをみて頂いた。そして先生は見学していたモードレッドとランスロットさんを呼んだのだ。

 

『彼女(モードレッド)の剣は個性の違いはあれど、あなたの剣と本質が似ていますね? これは偶然ですか?』

 

 こうなると正直に話すしかない。私は姉のアルトリアの事と、アーサー王とモードレッドの関係を話した。

 

『なるほど。エルヴァ、あなたの剣の相手は今後もお二人に協力して頂きましょう。その剣の腕はもっと伸ばすべきです。あなたの姉のためにも、モードレッドのためにも』

 

 私は感激した。

 

『ケイローン先生。今後も教えを請うて宜しいでしょうか?』

『ええ、どうぞ。引き受けますよ』

 

 そうして私は弟子となった。そして本格的な修行が始まるのが、このロシアからだったのだ。正確には仮のベース基地となるブラーツク近郊に移動する明日からだった。

 

 ホテルにチェックインした私達は、夕食まで各自自由行動だった。男性陣はさっさとどこかへ繰り出し、女性陣は部屋で休む者と外出する者とでわかれた。その外出組の私とモードレッドは街をぷらぷらと散策していた。

 

「そっか。もう一人の父上から剣を習っていたのか……道理でなぁ」

「まだまだでしょう?」

「そこはな。正直に言えばまだ甘いとオレも思う。けど、キャメロットの騎士がお前の剣筋を見れば、全員が仲間の剣だって言うだろう。いや……むしろお前のは、綺麗過ぎる気もするな」

「多分、そういう風に教えられたのだと思います」

「だろうな。でも、だからだと思う。お前の弓が真っ直ぐなのは。あっちと同じ記憶があるんだろ? オレがあの弓を初めて観たのは倫敦だった。惚れ惚れしたよ」

「ち、ちょっと?」

「照れんな。本当の事なんだから。そこでここだけは聞いときたい。エルヴァが贈った弓はあっちが?」

「ええ。彼女が大切に持っている筈です」

「投影できるか?」

「当然」

「じゃエルヴァの前では、そいつを使ってやってくれ。あいつも憧れてんだよ、お前の弓に」

「ですがそれは……」

「日本に居るあっちだってか? そりゃ今は別の存在だろうさ。けど憧れが二つに増えて不都合があるか?」

 

 軽く言ってくれるものだ。実に彼女らしく。でも気分がかなり楽になった。

 

「それで、そのエルヴァちゃんは?」

「ホテルで缶詰だ。先発の者達やエルと打ち合わせだよ。聞いてなかったのか?」

「ええ。疲れたから部屋で休むと言われて」

 

 後でわかったが、これもエルの気遣いだった。姉さんやおチビちゃん達が日本に帰ったので、私が寂しがっていると考えたのだろう。先生から教えて頂く事も、モードレッドと組み手を組む事も計算の内だったのだ。

 

 翌日、ブラーツク近郊に建てられた倉庫兼宿泊所、つまり仮設のベースキャンプに私達は移動した。ここにはアンガラ川を堰き止めるブラーツク・ダムとブラーツク湖がある。

 そのダムで行われる水力発電によって、ほとんどモンゴルとも言えるこんな辺鄙な場所に幾つもの街や村が群がっていた。といっても、イルクーツクからブラーツクまで400km以上離れているのだが。

 そして目的地のナカンノ村近郊までは、ブラーツクからだと直線で約800kmだった。同じイルクーツク州だ。その広大なイルクーツク州を飲み込むシベリア連邦管区でも、極寒の地サハ共和国やカムチャッカ、サハリンや北方領土にウラジオストクを含む、東隣の極東連邦管区より狭かった。それがロシアという国なのだった。

 なお余談だが、そのウラジオストクは札幌とほぼ同緯度で港が凍らない。なので日本へ様々な品を買い付けるバイヤーが大勢居る事でも知られる。

 そしてその最大の買付商品は日本製自動車の中古品だった。モスクワでもよく見かけるが、このイルクーツクとなると日本のクルマがやたら多い。中でもランドクルーザーとパジェロはある種のステータスになっている。ただでさえ壊れにくい日本車の中古、それも寒冷地仕様が小樽などから出て行くのだった。

 

 話を元に戻そう。そのカムチャッカ半島にも、環太平洋火山帯に関連する大きな霊地がある。四つのプレートが鬩ぎ(せめぎ)合う日本列島の霊脈規模よりは劣るが、分散してない分開発は容易く霊地単体の規模はかなり大きい。また今回の霊地とも『根』で密接な繋がりがある。

 そしてこのカムチャッカの調整次第で、スーパーコールドプルームを抑えられる。それは2億年後に産まれるアメイジア大陸によって引き起こされる、現在のアメリカのイエローストーン跡でのスーパーホットプルーム現象を弱める意味がある。『エル』は2億年後に必ず来る大量絶滅の被害を、霊地調整で最小限に抑えたいと考えていたのだ。

 また第二第三の手として、それまでに人類の宇宙進出と惑星開発が必要不可欠と考えていた。理由は人口増加とそれに伴う食糧問題と資源問題だ。

 この目的が先にあるから、父の夢である『恒久的な平和の実現』を当然であると受け入れたのだ。征服王を後押ししたのも、ロシアのみならず海底に眠る巨大霊地に拘るのも、すべては一本の糸を手繰り寄せるためだった。

 私は『エル』であった頃の記憶を幾つか失っている。その内の一つがこれだった。エルに教えられたのだ。そして彼女はエルヴァちゃんにもこの事をルーマニアで話していたのだった。

 ただし『エル』にそこまで高尚な意図がある訳ではない。霊長のため、すべての生物のためなんて二の次三の次だ。まずは遠い遠い子孫の代でも、アインツベルンがマーケットを握っていて大儲けしている事。これしか頭にない。それを単に突き詰めていけば、こういう計画になったというだけなのだった。

 

『商売人は商品を売る相手が居てこそです。いずれ宇宙での儲け比率が大きくなれば地球も見捨てるでしょう。その頃には生きてはいないですが、そう考えるのがエル様ですよ』

 

 納得だ。

 

 

 早朝、2階にある個室(ホテルはエルと同室だったが、ここは別室だった)から大量の礼装や魔術装置が並ぶ階下の倉庫に降りると、シャッターの下にある小さな扉が開いていた。不用心だなと思って外を見れば、モードレッドが伸びをしていた。

 

「おはようございます」

「おう、おはよう。ランサーやケイローンは先に出たぜ? オレ達も行こうか」

「はい」

 

 それで戸締まりをしようとしたらアーチャーさんと士郎クンが降りてきた。

 

「アサシンは何隊かに別れて出発したんだよな?」

「ええ、こちらの先発隊とともに。先にトクマ(小さな街の名)まで行って宿営地の確保です」

「ホント、地図で見てたまげたぜ。こんなに広い国ってあるんだな」

 

 本当に広いからね。それに今はまだマシだけど、ある程度進んだ先は道がなくなる。そこからは霊地まで礼装や装置などの機材を運ぶトラックが通れる道を切り開かなければならない。

 現地での本格的な調査は来年以降だ。それまでに私とエル、そしてエルヴァちゃんが現地で霊脈に潜り、予備調査を終えねばならない。

 予定は8月いっぱい。それまでにある程度のところに基地を作り終え機材を運び込まないと、エルヴァちゃんは新学期が始まるし来年以降が大変だ。

 何よりその新しい基地には機材だけでなくトラックの燃料や食料なども備蓄しないといけない。それは本格的な冬が来る秋までがリミットだった。そんな段取りなので、私も明後日にはトクマだ。日々の鍛錬も大切だけれど、計画を進める事はもっと重要だからね。

 

 

「本日は弓をみましょう。用意して頂けますか?」

 

 先生の言葉で弓を投影した私とアーチャーさんに士郎クン。私はこの時モードレッドに、『皆んなと合わせるために練習はフェイルノートで行く』言ってあった。エルヴァちゃんも居ないしね。

 そして適当な矢を投影し、先生が急遽作った100m先の5cmにも満たない的を狙った。

 

「シロウは魔力が足りませんね。狙いは良いが後半の伸びがない。魔力の底上げは現段階では難しいですから、もっとピンポイントに使えるよう工夫しましょう」

 

 鋭い。先生は士郎クンの現時点での弓の腕を完全に見切っている。彼も『衛宮士郎』なので弓に対する才能はある。けれど桜以外の部員が居なかった弓道部では限界があったし、何より1番の伸び盛りにエインズワースとの問題が起きたので、カード頼みなところがかなりあるのだ。

 実際私の目から見ても、カード無しならアインツベルンの方の士郎クンに数段劣ると思う。ランスロットさんはそこを危惧して士郎クンを招いたのだ。

 

「アーチャー?」

「何かね?」

「3人は弓の筋が似ています。これはどういう理由で?」

「同じ武道をやっていたからだろうな」

「なるほど。では、エルヴァの番えが逆なのは?」

「その武道では、エルヴァの番え方が正しいのだ。私は視線が近くなって的付けがしやすい点と、剣を矢に変える上でその方が番えやすいので、このような洋弓に換えたのだ。士郎は話した通り、座の異なる私の能力を借りているので必然そうなっている」

「ふむ。あなたは矢が左に出るのを台(レスト)で工夫していますね?」

「そこだ。エルヴァのにもレストはあるが私達のより浅い。そこで弓返りさせる事で右に出ようとするパラドックスを消している。あれが和弓の引き方だよ」

「あまりにも私の知る引き方と異なるので面食らいましたよ。ですが巧い。速射性はともかく的中率が異様に高い」

「現代で言うところのスナイパーだ。元々狩猟で使う場合もあったそうだから、あなたに近いのかもな」

「やはり。つまりは動体にも適応性がある訳ですね?」

「そうだ。お眼鏡に適ったかね?」

「ええ。弓だけならヘラクレス以来の逸材かも知れません」

「エルヴァ、あれを見せて差し上げろ」

 

 そこで私はその昔『エル』だった頃にアルさんから直々に手ほどきを受けた『射殺す百頭(ナインライブス)』を披露した。と言っても本物と違い、魔術で空間を跳ばすインチキだ。それでも先生は目を瞠って驚かれていた。

 

「呆れたものですね。魔力が持つなら本当に百は分裂しそうです。エルヴァ、あなたはこれを磨きなさい」

 

 はいと返事はしたものの、結局は士郎クンと同じで魔力をより精密にコントロールするしかない。

 

「な? やっぱ、お前は弓なんだって」

「そうですね。ですけどバランス良く学びたいと思います」

「なら、魔力放出をもっと使え。せっかくできるんだから」

「敢えて使っていないんですよ」

「どうしてだ?」

「燃費と効率です。使うなら魔力噴射ですよ。大口径のノズルで放出するのでなく、もっと絞ったノズルで……少量の魔力で最大速度を得るみたいな」

「ややこしいな?」

「そうでもしないと、血液が偏って失神するか鬱血しますよ。骨や筋肉は強化できても血液はちゃんと流さないと」

「あ~……。そこが生身の限界か」

「そうです。それと姉が綺麗な型を教えてくれたのは、そこから自分のスタイルに持っていけという意味だったのだと思います。なのであなたの変幻自在な型や、ランスロットさんの臨機応変に対応できる型は参考になります」

 

 モードレッドはお世辞だと思ったみたいだけれど、彼女の型は本当にためになる。地の力量に差があり過ぎるので再現は難しいけれど、目と勘(直感)を最大限に活かしつつ、次々とパターンを変えるところが素晴らしいのだ。

 このパターンを変えるという行為は武道家なら絶対のタブーだ。だけど彼女は基本の型もやたら上手く、それをこなした上で新しいパターンを即時考え出している。

 一方、同じ円卓だったランスロットさんの剣は直感などに頼らず、長い修練で磨き上げ蓄積された技量にある。セイバー曰く数字に弱いらしいが、記憶力と分析力はかなりのものだ。

 円卓と言わず、今まで闘ってきた相手のすべての剣筋を目で見、身体で憶え、再現できるまで鍛錬している。頭の中でも四六時中シミュレートしているだろうとはお兄ちゃんの弁だ。だから自分が去るにあたって、士郎クンにランスロットさんを推したのだ。

 そして私は姉のアルトリアに憧れ、あの人の剣筋に惚れ込んでいた。けれどそれは自分には絶対に無理な剣だった。自分でセイバーを召喚し、その剣を何度か見て益々確信した。

 体格に体力、それと力量。これらが似た者同士なら、後は『誘い』と『崩し』といったフェイントしか無い。それを変幻自在のパターンで誘い出すのがモードレッドなら、パターンと言うかスタイルを臨機応変にガラッと変えて相手を崩すのがランスロットさんなのだ。

 自分のパターンもスタイルも変えず、ある意味わかりやすい王道的な方法で誘ったり崩したりするのが姉さんやセイバーの剣だった。

 口で言うのは簡単だけどこれが殊の他に難しい。まず焦れったくて飽きる。姉さんや私のセイバーには当て嵌まらないが、並行世界の第五次で喚ばれたセイバーは短気で猪突猛進なタイプが多い。なのにあの剣を使うのだ。そこが天賦の才であり、究極の一なのだろう。

 一度、目の前で竹刀から手を離し、宙に浮いた竹刀越しに正拳を中段に入れた事がある。小学生時代なので、大した事はないのだけど、腹に拳を入れられた姉は大笑いしていた。

 

『円卓で今みたいに剣を目眩ましに使った奴が居る』

『誰ですか?』

『モードレッドだ。ただ、あいつはとことん剣士だ。そこが勿体ないと思ったものだな』

 

 モードレッドはアーサー王の槍で斃されていた。そして円卓最強の騎士はランスロット卿だったという。パンがダメならお好み焼きと言ったのは巫女の姉さんだけど、それもまた真理だろう。

 その日、先生からの指導を受けた後の私は、あの緊張感がすっかり抜けてとても充実した気分だった。

 

 

 

 訓練後、倉庫の基地に戻った私はシャワーを浴びてからモードレッドと連れ立ってブラーツクの街に出掛けた。別に買い物があった訳ではないけれど、どういう街だかちゃんと見ておきたかったのだ。

 この街もシベリア抑留の地で多くの日本人が居たそうだ。今は石川県の七尾市と姉妹都市で、ダムの電力を活かしてアルミニウムの精錬が盛んだそうだ。

 だけどもう一つの資源、森林の木材から作るパルプの方が盛んではないかと思った。理由は公園などの彫像だ。そのほとんどすべてが木彫りなのだ。しかもどれもこれもが見ていて楽しい。

 

「変な像がいっぱい並んでるなぁ」

「変ですか? 面白いですよ?」

「そうかぁ? お前の感覚も変わってんな」

「あ!」

「何だ?」

「あのレストラン。お魚料理がある」

 

 入口前の看板にО́муль(オームリ)とあったのだ。このオームリとはバイカル湖固有の鮭で、欧州のホワイトフィッシュの仲間だ。

 スイスも幾つかの湖で昔は鮭や鱒が捕れたらしいけれど、今はほとんどいないし、そもそも食べようと思う人が少ない。山間部の酪農とチーズの国だしね。

 先日のルーマニアもそうで、魚料理は皆無だった。誰の手配だか、イルクーツクのホテルでも肉調理だったのだ。そんな事情で日本育ちの私は魚に飢えていた。

 なのでモードレッドを引きずってレストランに入りソテーを堪能した。帰りにはお店の人に教えてもらったスーパーに寄って、鮭の燻製とご当地ソーセージとピクルスにワインとビールを買った。

 ちなみにワインは瓶でなく紙パックで、箱ワインとも言うらしい。余り見掛けない販売形態だ。そもそもロシア語がある程度読めないと、パックの絵柄だけだと葡萄ジュースにしか見えない。

 スーパーも露天のマーケットもイルクーツクの方が多くて楽しめる。だけど精神的にアレだった私は、あまりきちんと見ていなかったので、ブラーツクでも十分楽しかった。

 

 冬場に雪の多いロシアは荒れた道路が目立つが、モスクワから離れると本当に酷い。アスファルトが波打ち穴ぼこだらけだ。そんな荒れた道路脇の歩道を歩いていると、突然クラクションを鳴らされた。何だと振り向くと地元の若者だった。

 若い男性が若い女性に声を掛ける。いかがわしいとか、いやらしいとかの前に、ごく自然な事でもある。多少は話せるロシア語で拙い会話を始めれば、こちらが高校生くらいの旅行客と知るやいなや、旅の安全を祈るとかロシアの自然を楽しんでくれという優しい言葉に変化した。

 案外そんなもので、悪い人は何をやっても何とか食べていける都会に多く、地方は素朴な人が多い。これは万国共通だと思う。夜でもない限りロシアは意外と安全なのだ。

 それとウズベキスタンやタジキスタンの人をよく見掛ける。モンゴル系(ダウール族やブリヤート人など)や中国、朝鮮系ならわかるけど珍しい。

 

「あの話し方の奴らだろ? イルクーツクでも見掛けたぞ。出稼ぎじゃないか?」

「あ~、なるほど。へぇ~」

 

 この後何回もロシアを訪れたが、ウズベキスタン人やタジキスタン人を見掛けるのは、決まってイルクーツク州やサハ共和国であって西側ではまず見なかった。

 そしてアムール州にハバロフスク地方、沿海地方のマーケットに行けば中国系と朝鮮系だらけだ。アムール州なんて旧満洲なので朝鮮系や満洲系(漢民族と蒙古族がその大勢を占めていた)のおばさんがキムチや肉まんを売る横で、ロシア系のおばさんが野菜やきのこを売ってたりする。

 またイルクーツクのバイカル湖から南が蒙古系ブリヤート人の多いブリヤート共和国なのだが、その国は元々チベット仏教の国でソ連時代が終わると寺院なども復活した。行けば街のあちこちにマニ車があるので驚かされると思う。

 それと同じく、今のロシアはロシア正教の教会だけでなく、モスクも色んなところで見掛ける。こんなに文化も宗教も雑多な人々が大勢暮らしているのに、ひとつにまとまれる国。

 ソビエトの社会主義実験は失敗に終わったけれど、地域性や民族性を考慮した共和国の独自性を認めつつ、州とともに連邦制を維持するところは素晴らしい。

 何より中央のモスクワからは遥か遠い極東地域にまで、そのあり方が浸透されているロシアは凄いと素直に思った。

 

 途中でクワス(低アルコールの麦芽炭酸飲料。ロシアではジュース扱い)を買った。相変わらず面白い味だ。だけどウクライナ辺りで飲む本場モノより飲みやすく感じた。

 

「おい、これって日本製か?」

 

 クワスの味で首を捻っていたモードレッドだ。彼女が顎で指す先には1台のクルマが停まっていた。

 

「ラ、ランタボ?」

 

 それはミツ◯シのランサーEXのターボ付きで、左ハンドルの欧州仕様2000ccモデルだった。日本国内では1800ccのSOHC、G62Bエンジンだったが、欧州への輸出仕様は4G63のSOHCだったのだ。このエンジンが後にDOHC化されランサー・エボリューションに積まれる事になる。

 

「まだ走ってたんだ?」

 

 ミツ◯シがまだ元気だった頃、ギャランに先駆けて欧州ラリーを走っていた80年代の名車だ。

 

「日本のですけど、私が生まれるか生まれないか頃のクルマですよ」

「だろうなぁ。ボロボロだ。デザインも古臭いし」

「けれど速かったそうですよ。FRで170ps出ていたそうですし」

「へぇ~」

 

 ボロボロとは言うが、きちんと手入れはされている。ソ連崩壊後に西から流れてきた中古を手に入れ、大切に乗ってきたのだろう。この黄色い色も何度か塗り替えてあるようだ。

 このようなセダンのFRと来れば、まずロシアではフィアット124のライセンスものとなっている。アフトヴァースのVAZ-2101(ラーダ2101。VAZはソ連時代のヴォルガ自動車工場の頭文字で、ラーダやニーヴァといったブランドを持つ)だ。

 この系統は改良版や高級版など数種類あって、初期の2101と2102は廃版になったが、2103から2107は今だに60年代中期の古臭いままの姿で製造されている。

 走るシーラカンスとは言うけれど、東ドイツのトラバントより実用的でタイヤさえ選べば、まだまだ使えるクルマでもある。また、何より安い。ラーダがあったから国民は一気にモータリゼーションを迎えられたとも言えるだろう。

 そしてマニアしか知らない情報だけれど、このラーダというブランドを擁するアフトヴァースと、ニジニ・ノヴゴロドに本社のあるGAZ(ソ連時代の名称、ゴーリキー自動車工場の頭文字を社名にした)は、何とこの21世紀(2002年頃)までロータリー・エンジン搭載車を製造していた。

 マ◯ダが盗まれたというより、フェリクス・ヴァンケルの特許を無視して独自に造ったのだろう。その後の改良には中古で入ったマ◯ダ車を参考にしたと思われるけれど。

 ともあれほんの2年前(現在2004年)までは、ホームページに堂々とこのロータリー搭載車がカタログモデルとして掲載されていたのだ。共産時代はKGBなど一部の特殊組織専用エンジンで3ローター・モデルもあった。

 手に入るなら一度バラしてみたい。アペックスシールとかのシール類は絶対に日本製の流用だと私は睨んでいる。だけどアメリカと張り合うために、貪欲に技術を取り入れていった姿勢はちょっぴりわかる気がする。

 そんな懐かしいクルマとサヨナラして私達はベースの倉庫へ戻った。

 

 

 個室に戻る前に食堂の冷蔵庫へ買ったものを入れていたら、ビール2本をランサーに取り上げられた。

 

「お前ぇは未成年のくせに呑んべだな?」

「対価は?」

「冷蔵庫の中をよく見ろ。イルクーツクでオレが買ったのが入ってる。そいつと交換だ」

 

 こういうところがランサーだ。

 

「あれ? これは?」

「そいつもイルクーツクで買った。シャシリクだよ」

 

 シャシリクとはロシアの串焼き肉だ。これをトルコ風に言い表すとシシュ・ケバブとなる。シシカバブーの事だ。シシが串でケバブがロースト肉の意味なのだけれど、実は中央アジア一帯にある昔からの料理で、ロシアの極東でもアラブでも食べられている広域に跨った料理なのだった。

 まぁ、宗教の戒律から肉の種類を選びはしても、単なる串焼き肉だしね。海を渡った南米でもシュラスコやアンティクーチョとして存在しているし、東南アジアのサテは日本の焼鳥と類似性が高い。つまり誰しもが思いつく、昔ながらの調理法って事だ。

 とは言え、このロシアのシャシリクはつけダレに工夫があって結構イケる。醤油ベースじゃないところも、おやっと思わせて中々だ。実はお肉がやや苦手だったエルヴァちゃんがこのシャシリクにハマり、それでホテルで魚料理を選べなかったという経緯があったのだ。

 

「おっと、こいつは鮭の燻製か。少し貰って良いか?」

「どうぞ。バイカル湖の鮭ですよ」

「へ~。アルスターで獲れた鮭とはまた違うのか?」

「焼くとこちらは少し味が淡白かも知れませんね。言ってみれば鱒ですから。そこで燻製ですよ。チーズやソーセージと合わせたいですね」

「それでこっちがソーセージなのか。お前ぇは料理も上手いのに、こういう肴も好きなんだな」

 

 そこからランサーを交え、モードレッドと私は軽く飲んだ。ランスロットさんとアーチャーさんはケイローン先生と、ずっと部屋で話し込んでいて、エルヴァちゃんとエルもスタッフとの会議を重ねていた。

 その会議にはあの女性のアサシンの他に数名出席していて、後でこちらに要約したリポートのコピーが配られるそうだ。つまりは書記係という事だ。

 冷蔵庫にはチェブレキ(タタール(トルコ)伝来の揚げパンの一種)にサモサ(インド伝来の揚げパイ)なども入っていた。一応この倉庫には電気が通っているし、発電機もある。なので電子レンジなども持ち込まれているのだが、熱い内に食べ切れよと思っても、何某かのお土産を持ち帰るのがランサーだった。

 知らずに息子を殺したという逸話があるけれど、一緒に暮らしていたら良いお父さんだったと思う。ランスロットさんと並んで、意外と料理のできる英雄ベスト3に入る人だと私は考えているのだけど、どうだろうか?

 

 そんな風にして他愛ない話をしながら飲んでいたら、エルがやっと現れた。ホテルは同室だったけれど、居残りしていた彼女とは二言三言しか話していない。

 ここへの移動はクルマだったけど、彼女はエルヴァちゃんとずっと話し込んでいたので私は眠っていた。そして昨夜も今朝も挨拶程度しか会話がなかった。なのでタンクトップ姿の彼女に驚いた。

 

「な!?」

 

 掻き上げて右に流した髪の反対。つまり左の項(うなじ)から左の肩や肩甲骨のあたり、そして腕から肘に二の腕までにびっしりとタトゥーが入っているのだ。

 

「そ、それ! どうしたの!?」

 

 よく見れば、右腕と足の脛にも入っている。

 

「ああ、これ? メヘンディですよ。2~3週間で消えるヘナタトゥー。知りませんか?」

 

 あ、ヘナでわかった。メヘンディなんて言うから。それは中央アジアからアラビア半島などで5千年以上も前からあった、ヘナという植物の葉をペーストにして、皮膚を染めるボディアートの一種だった。

 確か新陳代謝では消えるけれど、洗顔やお風呂程度では消えない、それでもってお肌にダメージを残さないのが特徴だった。それなりに長持ちするのでお祭りや結婚式で使う部族なんかもあったと思う。

 

「それは安全なタイプなの?」

「心配されているのはブラック・ヘナでしょう? これは100パーセント天然のヘナですから。イルクーツクに専門のアーティストが居たので、少し遊んでみました」

 

 なるほど、ちゃんと考えて選んでいたか。それなら9月の頭までに消えるだろうし良いかな。そこでカチャリと奥から出て来たエルヴァちゃんの腕にも、レース模様のような花柄が入っていた。

 

「ちょっと。こじんまりしたデザインで可愛らしいけれど、エルヴァちゃんみたいな子供にどうなの?」

「お姉様、怒らないで下さい。これは自分で頼みました。良く見て下さい。魔除けの印ですよ」

 

 本当だ。花柄の中は魔方陣だ。目を見れば真剣だった。つまりこの仕事にそれだけ真剣だという意思表示でもあったのだ。モードレッドは知っていたみたい。むしろ私がプリプリしていた事に驚いていた。現代人との違いだなぁ。

 

「それにイジェフスクの博物館とか、クングールの洞窟とか、今回はロシア観光が一切ありません。気分転換ですよ」

 

 その気分転換という理由はわからなくもない。クングールの洞窟もわかる。ペルミ州のクングールにある氷の洞窟の事だ。ガイドと一緒に全部回れば2時間は掛かる大きさで、有名な観光地でもある。

 だけどイジェフスクの博物館はないだろう。ウドムルト共和国の首都イジェフスクの博物館と言えば、イズマッシュの博物館の事だ。

 何の事だって? AK-47を生産していた武器工場のある街がイジェフスクなのだ。エルヴァちゃんもやっぱり『エル』だった。お姉ちゃん、悲しいよ。

 とは言え、この子はまだ外国人の入国が禁止されている共和国や、関係者以外は国民も外国人も入れない閉鎖都市に入った事はないだろう。

『エル』は平気で北オセチア・アラニヤ共和国から南オセチアを抜けジョージアに入ったり、ダゲスタン共和国とチェチェン共和国を行き来している。アフガニスタンもイラクもシリアにも取り引きで渡航しているし、南米のベネズエラにも行っている。

 南アフリカ共和国以外のアフリカ諸国に行かないのは、コーヒー豆と一部地域で採れる原石以外お金になる物が無いからだ。

 イラクにシリア、ベネズエラは石油産出国だし、アフガニスタンは希少金属や宝石の鉱脈がある。触媒になるラピスラズリはアフガニスタン産が最良なのだった。

 また、先程あげた黒海とカスピ海の間にある小さな共和国は確かに危険だけれど、中央に固まっているモルドヴィア共和国、チュヴァシ共和国、マリ・エル共和国、タタールスタン共和国、ウドムルト共和国、バシコルトスタン共和国などは比較的安全で、料理も美味しい。

 ルヴィアと凛がニジニ・ノヴゴロドに行ったそうだが、少し足を伸ばせば幾つかの共和国巡りができたのに勿体ない事だ。ちなみにお薦めは馬肉料理だ。

 そしてそこから東のウラル山脈を越えると、一気にアジア感が出て来る。今滞在しているイルクーツク州なんかは完全にアジアだ。

 

 

 晩ご飯はビーツを薄くスライスして、片栗粉とまぶして揚げてみた。これと同じく片栗粉をまぶして揚げた鶏肉とを、醤油ベースのタレと合わせて出した。

 山口県の郷土料理、チキンチキンゴボウのゴボウをボルシチで使うビーツに替えたものだ。当然下味はハーブと塩コショウだ。それに醤油ベースといっても、そこまで醤油を使っていない。むしろビネガーの方が効き過ぎるくらい。

 それとマヨネーズを添えてみた。だってそうしないとパンと合わないからね。それとこれは、会議で頑張ってくれたアサシンに合わせたレシピでもあるのだ。

 肉から削ぎ落とした筋や脂肪に血管なんかは、これまたハーブと岩塩をまぶしツミレにして別で揚げた。この岩塩はバイカル湖原産だ。ランサーとランスロットさんがウマイウマイと、ペロッと平らげてくれた。

 リクエストがあったので、にんにく醤油で揉み込んだ鶏唐も追加で作った。英霊の皆さんだけでなく、スタッフも喜んで摘んでいた。

 

 

 食後、各自交代でお風呂に入った。私は後片付けを終えてから入った。丁度エルが上がったところだった。彼女の前がモードレッドなのでそういう順番にしていたのだけれど。

 

「もう、諦めなさいな」

「まぁ……それは……」

 

 部屋には彼女から預かった生体礼装が保管してある。

 

「精神的に不調だったのは、生理前なのも理由だって理解しているのでしょう?」

「ええ……」

「今となっては魔術を使って周期をずらすには遅いです。そしてこの先、お手洗いもままならないところへ向かうのですから」

 

 わかっている。この礼装を使えば生理が止まる。だって礼装の効果で生理現象がそっちに集約されるのだから。まさか『エル』から彼女にこんなのが預けられていたなんて。

 

「エル様もこの様な調査だと毎回使用しています。何もおかしな事をしろと言っている訳ではないのですから」

 

 もう、大体わかると思う。タオルで身体を拭く彼女の股間にはナニがぶら下がっていた。しかもヘナで模様というか魔方陣が入っている。何だコイツ?

 

「お祖父様とも相談済みで、既にエルヴァちゃんもモードレッドも使用しています。毎回クルマを止める事もできないのですよ?」

 

 それも理解している。受肉したモードレッドが排泄行為が必要な事も。はぁ~、エルヴァちゃんもか……。この湧き上がる抵抗感は、中等部時代の『エル』の痴態と、倫敦での夜を憶えているからだ。なのに日本の彼女と違って、身体は処女という……。

 

「それに、溜まればお相手も致しますよ?」

「服を着たなら出て行って下さい!」

 

 お風呂上がりに私は倉庫に降りて、蟲の巣箱に餌を撒いた。地中探索と活動に使役する地蟲だ。一匹一匹がモグラより大きい。エルヴァちゃんのためにと、日本の彼女がゾウケン君と改良を重ねたものだ。それを数十匹預かって来たのだ。

 まさか内臓に貼り付けた、司令蟲の刻印まで再現されているとは思わなかった。だけど考えたら当たり前の事だし、何よりエルヴァちゃんは蟲使いでは無かった。道理で霊脈事業があまり進まない筈だ。

 だけどあの子もおいおい変わっていくんだろうなぁ……。

 覚悟を決めた私は部屋に戻ると鍵を掛け、保管箱の蓋を開けた。見事に私の肌と同じ色だ。変なところまで拘るのが『エル』らしい。そしてその礼装を装着した。

 高機能タイプだから馴染むまで時間を要するが、このまま眠れば朝には馴染んでいるだろう。この高機能タイプは新しい尿管を体内に作り膀胱と繋がって、以前の尿管を閉鎖する。立ったまま排尿できるというのは、確かに便利で凄い事なのだ。

 元々は純粋な医療補助器具として開発されたこれは、装着後基部が大陰唇の上側内部に陰嚢を生成する。中に溜まるのは通常だとスキーン腺液だ。

 このスキーン腺、いわゆる女性の潮吹きが起きる分泌腺なのだけど、個人差が大きくあり完全に塞がっている人や、分泌されない人も居る。

 だけど半分ホムンクルスの私達には、こういのもきっちりかっちり備わってる。おまけに子孫繁栄のためなのだろう、やたら濡れやすい。こういう体質の女性魔術師は多いので珍しい事ではないけれど困る時もある。

 それはさておき、この礼装の男性用は、元のものに被せるタイプと基部に巻くタイプがあって、その両方が元の陰嚢から吸い上げた精液を活性化させ、精子の生命力を高める機能がある。

 これで晩年に待望の子を設けられたという老魔術師がそこそこ居るから、世の中は不可思議だ。一つ500万ユーロ。日本円で約6億円だ。子孫を望めるならと、口利きで魔術師でないお金持ちのお爺さんも大枚をはたく。

 そんな代物の女性版。姉のアルトリアが参考になったというか、あの人の記憶が発端だったのは言うまでもない。『マーリンを超えし者』とはそういう意味だ。

 そしてそのスキーン腺液はパカスカと生産され、ちょっとした水鉄砲並みに勢いがある。量も凄まじい。あれは何ミリリットル出るのだろうか?

 初めての自慰でエッペルハイムの家の天上を汚した(3メートルはあるぞ!)とか、ノックに気づかず巫女の姉の顔にブッかけた(ドアまで何メートルあったのだ?)とか、消し去りたい記憶がわんさかとある。

『エル』は人工精子の開発も行っている。それは人造生命体であるホムンクルス同士の子孫を生み出すためだった。そしてその真意は、自分達で平和を築き維持できない人類に未来はないだろうと、緩やかな種族交代を目論む策でもあるのだった。

 

 

 翌朝、起きれば案の定股間はギンギンだ。仕方なくトイレに行き、習慣でいつも通り便座に腰掛けた。まぁ、この方が汚さないので良いやと指で下に押さえて用を足した。

 洗面を済ませ着替えてから部屋を出れば、エルが居た。

 

「やっとですね。不具合はありませんか?」

「今のところは」

「良かった。もし何かあったら言って下さい。それとこれ」

 

 手渡されたのはサポーターだった。訓練だけでなく必要な時は使えと言われた。でも、この先はホットパンツなど穿けない。害虫が湧いているからだ。

 

 その日、先生がお手本の射を見せてくれた。どうやればあんな毎分何射というような表現を使わざるを得ない、マシンガンのような速射ができるのか。

 一発一発の威力は使い捨ての宝具を飛ばせる私達に軍配が上がると思うが、あの速射性なのに、精密性を維持しているのが凄い。

 爪やカケなどの補助器具を使わない地中海式の引き方。私もフェイルノートは地中海式で引いている。そしてエルヴァちゃんが用意した弓はモンゴル式だった。

 洋弓と同じく左に矢を番え、馬手(右手)に革のサックをはめて弦を引くのが本来の引き方だ。そこで何かと何かが繋がったような気がした。それを知りたくて私はヴァシリーサ・ミクリシナの弓を投影した。

 そして何度か弦を引いてみた。やはり足りない。この宝具は、何かカケか指サックのようなものとセットだったのではないか? それがあるから馬上でも安定して引け、速射性も上がるのでは?

 弓道部員の素人考えだけれど、何故かそんな気がした。そこで訓練が終われば解析を掛けてみようと思った。そして倉庫の自分の部屋に戻り、集中して解析をした。

 暫く集中していると頭の中に構造やこの弓の歴史などが浮かぶ。更に集中すると弓を握る女性が浮かんだ。コーカサス系のもの凄い美人だ。

 そして彼女は弦を引きながら、夕飯の事を気にしていた。

 

『ん……? ああ、精霊か。練習が終われば晩ご飯なんだよ。私と一緒に食べていく?』

 

 彼女は私を精霊だと思ったようだ。いや、憑依経験を掴もうとしただけなのにこんな事ってあるの? それじゃぁ、まるっきり私の意識が過去のこの人にまで飛んだ事になってしまう。

 なのに彼女が食べる、ニンニクの効いたラム肉のシチューが美味しい。ジョージア料理のシャナーヒのようだ。パンもハチャプリっぽい。

 前菜というか小鉢のような扱いの、大皿に乗った馬肉の燻製も美味しいし、蒸したマンティ(中央アジアの餃子。饅頭の語源だとも言われる)も美味しかった。

 お礼を言って彼女から離れた。離れ際に『またおいで』と言われた。本当に素朴で良い人だ。大自然とともに生きる、大地のような人だった。

 そして弓を引くあの姿。彼女の馬手(右手)にはしっかりと革製のサックがあった。それをイメージして指先に投影した。矢も彼女が使っていたのと同じものを投影する。

 階下に降りて外に出、周囲を確認後に魔力を込めて弓を引いた。続けざまに何射も。確かに速射性は上がる。ほんの僅かだけど。でも威力と精密性は段違いだ。

 

「そうだよ。この人は私と同じ女性だから、近接の戦闘で名を馳せたのでなく、狙撃の名人だったんだ」

 

 自分と良く似たタイプの人だったのだ。本物は日本だけど、これを贈ってくれたエルヴァちゃんに感謝した。

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