昼食を摂った後の私とフンボルトは、皆んなと別れ別行動となる。今から夕方まで撮影なのだった。衣装はウエディングドレスやディアンドルなどだ。このディアンドルについては以前説明したと思うけれど、元々の意味は『お嬢さん』や『娘さん』という意味だったりする。そしてその大本は領地の使用人が着る、労働者の服装だったのだ。だから後世のメイド服と同じくエプロンを付ける場合が多いのだった。
そして現代では、日本の着物と同じく祝い事の正装とされている。なのでご多分に漏れず細かい決まりが家や地方ごとにあった。例えばエプロンの結び目だ。左にあれば未婚で右だと既婚になる。真ん中、つまり真後ろだと未亡人だ。勿論、今はそんなのを気にする人など居ないだろう。だけど私がこれを着るのは、自分の結婚式だからという表面的な事だけでなく、ここがアインツベルンの領地(敷地)内だという事も大きい。未婚だから振り袖を、40歳にも50歳にもなっても着て良いものではない。家の格に泥を被せられないからだ。
だからこんなどうでもいいような事でもキッチリ守らないとイケない。正直、自分でも今時なぁって思っている。和装の着物なら武家のお姫様から庶民に降りてきたものだから格が高いと思うけど、ディアンドルなんてしょせん農民の服だ。結び目がどうこうなんて、セーラー服の後ろ襟から出る三角スカーフのようにどうでもいい。要は発想が子供っぽいのだ。奥行きもなければ格も感じない。だけど口には出せないし、護るべきものは古式に則って護る。この姿勢の方が、より重要なのは言うまでもないだろう。
私は初等部時代から高等部まで制服を着崩した事がない。より良く見せようとはしたが、リボンはキッチリ結んでいたし、校章や学年章を外した事もなかった。真面目だからではない。格というものの本質を知っていたからだ。その学校に在学している学生であるなら、冠婚葬祭でも使える衣服。その意味は、紋付きの留め袖に等しいという事だ。だから。だらしなく着ている者は、その人個人の格のみならず、家の格も卑しいのだとなる。何故ならそれを知らないで育った訳だから。教えない家はその程度だという事だ。
これが普段の街を歩く、普通の服装ならそこまで思わない。カジュアルでもコーディネートが問われるのはセンスだけだ。ラフであってもセンスが良ければ問題ない。だけどフォーマルな場で着る衣服として認められる制服は、ある意味特殊で特別な存在なのだった。校内ならまだしも校外の行事で着崩す事ほど愚かな事はない。
それと同じ理由で、何だかなぁと思いつつも、このディアンドルもまた着崩せないのだ。その着崩しに数えられてしまうのが、この場合エプロンの結び目の位置な訳だ。私個人がバカ娘と言われるのは良い。でもママやお母様が『何をやっていたのだ』と陰口を言われるのは辛い。何よりアインツベルンはその程度かと思われるのがイヤだ。私はこういう面から、どこの『凛』も頑張っているな思うし、ルヴィアを立派だと思うのだ。
あいにく雪で地面が濡れているので、外での撮影はディアンドルと、別のウエディングドレスで行った。それで本番のドレスは屋内で撮った。お気の毒にフンボルトは数十回に一回の割合でしかカメラマンの方に呼ばれない。下着はコルセット以外簡素的なものだ。明日の本番用はママが新品を揃えていて、今着ているのはママのお古だ。というのは着替えがあるのと移動が多いからだった。そして撮影は4時間近く掛かってしまった。終わった時にカメラマンやアシスタントの方と妙な連帯感が生まれたくらいだ。その理由は私の方の家族にあった。
犯人はお母様とクロエちゃん、そしてエルマだ。別に撮影そのものの邪魔をしている訳ではない。だけどカメラマンの方の横に立ったり、斜め横から自前のデジカメでバンバン撮るのだ。おチビちゃんもトロンメルも『エルヴァ』も嗜めてくれるのだけど、とにかく目障り。エルヴァちゃんとパミちゃんはイヤホンを挿してピコピコとゲームで遊んでいるだけマシだ。お父さんも暇を持て余したフンボルトの話し相手になってくれていた。
『我慢? どうして? 娘に魅力がないとでも?』
『ちょ、違います。そういう御呪いです』
『ああ……』
何の会話だよ……。それでも話し相手として成立しているのでまだ良い。だけど……そのアングルも、光がいい感じのポイントもカメラマンの方の技術があってこそだ。それを横合いから撮るのも『盗撮』と言っていい気がする。どうだろうか?そうしてすべての撮影が終わって私服に着替えたのが、夕方の5時くらいだろうか。そろそろ夕食かなと再びちょっとした服に着替え終えたのが6時頃だった。
昨夜は両家揃っての正式な晩餐だったけれど、今夜は式の前日なので、昨夜とは違ってもっと砕けた内容の食事となる。体調を維持する意味もあるので、ドイツ南部やスイスで一般的に食べられている料理が並ぶはずだ。ここからもわかるようにアインツベルンが主催する結婚式は、すべてが意味のある儀式で3日掛けて執り行われる。
日本から『エルヴァ』達が飛び立ったのが25日(日本は例の事件で終業式が例年より1日早かったらしい)、この日に私達も館に入り、翌26日にドレスを選んで晩餐会、そして本日27日が式前日なので体調管理に当てられ(撮影以外は『出荷の儀式』を行って頂いたり、カマクラを作ったり自由気ままだけど)、いよいよ明日が結婚式当日となる。
どこが1日目だと言うと実は明日が1日目で、そこから三日三晩飲めや歌えの大宴会となる。だけどそれは現代だと、余りにも現実に即していない。なので私は式と、その前のヘーゲル家との交流があればそれで良いと申し渡してあったのだ。だけどフンボルトのお祖父様が28日から何とか年内は休めると連絡があり、こういう流れとなった。よって28日の式が終わっての宴会はあるけれど、29日も30日も何もない。
「フンボルト。式に出られなかったお祖父様とお会いできないのかな?」
「年内は向こうもバタバタして厳しいだろう。お父さんも式後に先に帰って片付けを手伝うと話していたし、無理に来て貰うのもね。エルヴァ。年明けにパミを連れて、3人で行かないか?」
「そうですね」
そんな事を話していたそのタイミングでノックがしたのだ。だからそれを私もフンボルトもメイドが呼びに来たのだと思っていた。だけどママの案内でやって来たのは『エル』だった。
「おやおや。アメリカの空気が良かったのかな? 随分と垢抜けましたね?」
「『エル』……。どうして?」
「あなたの式に参列して、ビデオを撮らせて頂こうかと」
「え?」
「イリヤ'ズですよ。『姉のイリヤ』に『巫女のイリヤ』、『ちぃイリヤ』。3人があなたの事を知って祝福しています。それで行けないならせめて映像でと。そういう訳で私が派遣されたのです」
どうやら本当の話らしく、お祝いのメッセージカードが3人の姉妹だけでなく、他の姉妹やあちらの父や母からもあった。それで『エル』が宝具から取り出し、手渡してくれたのが包丁のセットだった。それも大量の。どれも『姉のイリヤ』と同じ有次の白二の特製シリーズだ。あの人は正本(『エル』がこれ)や木屋(パミやミトが持っている)や子の日(シロウさんがこれだった)も使うが、メインはこの白二だった。それは青二だと長切れしすぎて研ぐ楽しみがないからだった。
そして海外に私が住むからだろう、特製のつば付きペティ、牛刀、スジ引き、骨スキ、サバキ、ガラサキ、洋出刃などもあった。全部で20本近い。当然砥石も数点ある。ママが目を丸くしていた。それはそうだろう。どんな一流シェフを抱えられる名家でも、この日本の包丁のバリエーションの多さには驚くはずだ。ママは特に尺二(一尺二寸=36cm)の柳刃に驚いていた。こんなの頂いても使いこなせる若奥様なんて普通は居ない。どれもこれもカタログに載る最大サイズだろう。尺二の柳刃なんて一般家庭じゃ長過ぎて邪魔なだけだ。だけどアメリカのキッチンなら大丈夫。中でも27cmの牛刀と、同サイズのスジ引き、18cmのガラサキ、同サイズの剥きもの包丁は大活躍しそうだ。8寸(24cm)の鎌型の薄刃もあるのに、この剥きものもセットに入れるのは6寸(18cm)の長さ、つまり6cmの違いと重さ、そして切っ先の形状がとにかく野菜に向いているからだ。また長いケンを桂剥きしようと思えば薄刃も7~8寸は欲しい。だけどそうなると重くて小細工が難しい。その意味で別に手に馴染むサイズの剥きものを持つ板前さんが居るのだ。
更に銅製とアルミ製の雪平鍋が大きさ違いで三種ずつあった。銅製の玉子焼き器にアルミの丼鍋(蓋付き)まである。アメリカでも昆布や鰹節が手に入れやすくなったので、これは嬉しい。これらを選んだのは『姉』だ。出資者は『エル』だろうけど、あなたならという『姉』のエールで間違いない。私は『エル』の手を取って『姉』にもよろしくと感謝した。
なお、この『姉』は『妖怪鍋女』で、各社の鍋をコレクションしている。そんな中に10万円以上もするこの有次の銅製おでん鍋や銅製釜飯用釜があった。お店でも開くのかと思いきや、そんなつもりは毛頭なく、ただ家族に本格的なおでんや湯豆腐を楽しんで欲しいだけだった。また家族が多いのでこんな業務用サイズが必要な場合もあったのだ。そしてこれまた銅製のチロリでお燗を付けていた。父や『姉のアルトリア』が毎回大喜びだったのを憶えている。それに対して『エル』がおでんを作るとなると、黄金色のアルマイト両手鍋が定番だった。例の薬缶と同じ色合いのアレだ。
それで母のアイリスフィールは何が何でも土鍋だった。滅多に食べなかったかれど、ご飯は土鍋炊きしか口にしなかったし、お鍋は土鍋の水炊きで、餃子や焼き肉に掛けるほどポン酢党だった。そして色合いの良いものや柄の気に入ったものを自室に飾っていた。土のアインツベルン、器の女。わかっているけど何も言えなかった。ああ、ドレス姿を見て貰いたかったなぁ……。
これらの包丁や鍋に私とフンボルトは、十分感激していたのだけど、『エル』は更に別なものを取り出して、今度はフンボルトに手渡した。
「こちらはフンボルト君へのお祝いです。日本製のペンのセットと、西欧の男性でも使いやすい包丁です」
ペンはパイロットのカスタム74だった。ごく普通の黒い万年筆とボールペン、それとシャープペンシルのセット。だけど万年筆は2本あって、1本はソフトミディアム(SM)、もう1本はフォルカン(FA)だ。私はアレっと思った。『エル』は人にペンを贈るのが定番で、中でもラミーの何かを贈る場合が多かった。それはマンハイムにある本部がラミーの本社に近いから、贈答用にいつもストックしてあったからだ。そしてここぞという場面でペリカンを贈っていた。レギュラーものとはいえ、日本の透明でない筆記具セットは珍しい。また、これらとは別に三菱のピュアモルトのボールペンとシャープペンのセット、それとガチャックで知られるオートのペンやゼブラのボールペンが数本あった。
何かを見越していたのかも知れない。後のフンボルトはステッドラーやロットリングなど見向きもせず、日本製のオートやセーラーのマルチペンをいつも持ち歩くようになったからだ。男性が筆記具にハマると凄いという。特にドイツ人と日本人は。だけどそれは女の子の『エル』も同じだった。スイスにはカランダッシュがあり、それがドイツやアメリカにも負けていないという自負であり矜持でもあったのだ。ところが日本に行くと、これでもかというくらい筆記具が溢れていた。
万年筆メーカーだけでなく鉛筆メーカーも凄まじかった。『MONO100』『Hi-uni』『BLACK POLYMER 999』、この三種の鉛筆とシャープの替芯は世界最高だと言い切っていた。実際、万年筆のように紙の上を滑る書き味の違いは誰にでもわかる。紙の質も良く、どこの国のメモやノートよりも日本製が良かった。楽しいペンもたくさんあってぺんてるのミルキーやゼブラのサラサなども面白い。私も昨年出たサラサ・クリップのブルーブラックをよく使っていた。だから『エルヴァ』の筆箱には入っているはずだ。
それとなんと言ってもシャープペンの豊富さだ。私はぺんてる党で『SMASH』に革紐を巻いて、『Hi-uni』の替芯を入れて使っていた。これも『エルヴァ』が持っていると思う。西欧(特にドイツやスイス)でのシャープペンは製図用であり、日常の筆記具は油性か水性のボールペンだ。その水性に一石を投じたのがぺんてるで、あのグリーンの『ボールPentel』は日本だとダサく感じるかも知れないけれど、海外だと『それ何だ?』『凄ぇ! 書きやすい!』となる。
中国や韓国が真似できない、とうの日本人がその真価を理解していない、本物の技術とアイデアが日本の筆記具にはある。だから『エル』は社員全員に『ボールPentel』とゼブラのマルチペンを配った。このマルチペンは、当時だとフランスの『BIC』の4色ペンを超える高機能なものだったらしい。まずボールが小さく精細に書ける。漢字文化の日本ならではだろう。そして4色のボールペンにプラスしてシャープペンに消しゴムまで付いていた。一般事務用筆記具としては結構高いらしい。だけどその軸の太さと多機能さ、そして滑らかさが社員にウケて、口コミで余ってたら売って欲しいという他の会社の人まで現れたそうだ。
そんな多様な筆記具と併せて贈られた包丁は、どこかの嫁入り包丁セットと似たようなものだった。和包丁なら出刃、柳刃、薄刃だけれど、一般家庭用は把手が3点ドメの三徳、牛刀、ペティだろうか。今回『エル』がフンボルトに用意したものは正にそれだった。堺物で刃はVG10らしい。それを槌目の33層ダマスカスで挟み込んだ、いわゆる割り込み包丁だ。見た目が豪華なので外人にはウケる。事実フンボルトは大喜びだった。それに『引いて切る』事を知らない欧米人には向いていると私も思う。きっと『エル』も、そう考えてこれを選んだのだろう。
欧米人はノコギリでもカンナでも『押して切る』。これが剣と刀の違いとなっている。例えセイバーでもアルトリア姉さんには絶対に勝てないと思えるのは、あの姉さんが『引いて切る』事を知っていて、なおかつ『居合』の有段者だからだ。膂力で振り下ろす相手の懐に入り、最速最短最小の円弧でもって『引き斬る』のだ。その身体の動きは、花板が冊を切って刺し身を造る手首の動きと同じだ。無駄のない円弧なのだ。
戦場では鎧の弱い部分を突き刺す事が多い。だけど達人は鎧ごと斬る。あの『エル』のセイバーが、戦いたくないと言った相手が姉さんなのだった。
「研ぎはエルヴァに習うか彼女に任せて下さい」
「わかったよ。ありがとう」
本当に嬉しそうだ。私からも『エル』にお礼を言った。そして……。
「アメリカで刺し身を引く事はまずないと思いますが、飾り切りにも使えますので、あなたの方には柳刃も入れました」
そういう事だ。同じピザを焼くにしても、乗せる野菜やサラミが飾り切りしてあったら? そこにこそ私の主張が込められる。そういう料理がアメリカでも作れる。『エル』は流石だなと思った。
その後、今度は本当にメイドが迎えに来たので私達は食堂に向かったのだった。
「次はいつ来れるかわかりません」
そこで『現象となった彼女』が、この『改革』が終わるまで外部からの侵入を拒んでいるのだと『エル』から聞かされた。
「つまり、それが終わるまで?」
「たぶん。まぁ、数年でしょう。それと」
「それと?」
「あなたの結婚は晩秋だと思っていたので少し予想が外れました」
どういう意味だ……? もしかしたらと思っていた、フンボルトに私を充てがったという考えが信憑性を帯びてきた。
「イルクーツクでの事業がもっと早いと読んでいたのになぁ」
そんな頃から。って事は『充てがった説』は確定だ。まぁ、今更良いんだけれど。
「お幸せに」
「言われずとも」
私と『エル』は顔を見合わせて笑った。それをフンボルトとママが不思議そうに見ていた。何故なら彼女とは念話で話していたからだ。
その夜、フンボルトと私は久しぶりに一緒のベッドに入った。セックスは厳禁。これも儀式で、お互いを高次元で感じ合うためだった。暖かな部屋で裸になり、性器に触れないで抱き合って眠るのだ。
「擦り付けたらダメですよ?」
「ああ。今なら君の言う通り、シンクロが高まるのは間違いない。でも、生殺しだよ、これ」
「それは私もですよ」
そしてここが彼の凄さだろう。この儀式を考えてではないだろう。単に私に合わせただけだと思う。だけど陰毛や体毛を全部剃り落とすと皮膚感覚が鋭くなる。私はツルツルになった『チンボルト』を見て成功を確信した。と同時に、魔術師でなく女としてもフンボルトにキュンキュンした。その可愛くなったものを挿入れて欲しい。そして私ので包んであげたい。
私は私自身が思っていた以上に『名器』だった。これはフンボルトもそう証言しているし、あの空間の彼女もそう証言していた。そして私自身が彼女でそれを思い知らされた。まずAGやGスポットがザラザラだ。それは日本で言う『数の子天井』だった。その奥にあるポルチオの周囲の窪み(Aスポット)からGスポットまでがやたら襞が多いらしく、ねっとりと『エルチン』に纏わり絡みつく。『蛸壺』と『ミミズ千疋』だ。そしてどういう筋肉が作用しているのか、AGスポットとGスポットの手前側が締め付ける。これを『俵締め』という。膣口は肛門と繋がっているのでお尻をキュッとすれば同じく締まる。以上で『三段締め』だ。しかも弾力が強く復元力が高い。
お互い『チンボルト』を飲み込むのに、『エルチン』でもキュンキュン締まる。だから私も彼女も3分の壁を越えられずにいた。最近5分以上保っていたフンボルトは凄いと話していたくらいなのだ。そんな彼女も交え明日の夜、初夜を迎える。そしてフンボルトには思いっ切り私達の中で精を放って欲しい。
乳房の下で自己主張する『チンボルト』は、いつもより固く大きい気がする。やがて30歳になろうかというのに、それはしっかりと天を向き、引き締まった彼のお腹に張り付いている。この辺が毎回思うが、魔術師の血だ。中学生みたいに元気なのだ。きっと40代になっても50代になってもこのままだろう。そしてこの大きさなのに西欧人とは思えないほど固い。
こんなのだから受け入れられる女性が居なかったのだ。もっとフニャッとしていれば……それだと私と出会う前に誰かと結婚している。そんなのイヤだ。
だからそんな『チンボルト』を直接肌に感じれば私も濡れるのは仕方ない。だけど今夜こそ我慢だ。灯りを最小にして、抱き締めあってお互いの瞳を見つめた。乳房に感じる『チンボルト』。触ってあげたい、楽にしてあげたい。彼も心の底から私を抱きたがっているのがわかる。だって呼吸のたびにピクンピクンとしている。きっと私のあそこもパックリ開いて、ヒクヒクしてると思う。お尻を窄めるとコポっと愛液が溢れ出すのがわかる。でも我慢だ。そんな煩悩を追い出して、頭の中を空にしようと目を瞑った。そしてフンボルトの鼓動を皮膚から感じ取っていた。するとスーッと自分が彼の中に入っていくような感覚があった。
そして私は突然彼となり、彼の半生を追体験していた。幼少の頃からとかそんなものじゃない。お義母様の産道が暗いなぁと、そんなところから私に出逢う現在までを、今の年齢の視点でずっと視ているのだ。取り立てて彼は優れた子供ではなかった。凡庸で平凡。これといったエピソードもない。だけど家族に愛され、周囲の人々を愛し、取り巻く環境とこの世界への感謝を忘れない、とても健全でフェアな精神を持っていた。そして誰に対しても共感性が高かった。だからあんな風に言語を飛び越えたコミュニケーションが取れるのだと思えた。このシンクロの高さも血だけではなかった。彼の魂が持って生まれた特質だったのだ。
彼と居ると安心でき、癒やされる理由がそれだった。どうしてシロウさんがあんなに素直なのか、どうしてマイノリティな人までもが知り合いに増えるのか。それがこれだったのだ。私が思った通りの人であり、私が思った以上の人でもあった。益々愛おしい。フンボルト、あなたは私の分かたれた半身です。天にあっては比翼の鳥、地にあっては連理の枝。この身が滅ぶまでともにあらん事を……。
お嬢様、お嬢様……。
「お嬢様?」
「う~ん……あ、はい!」
そうだった。朝の運動がないからって気が緩んでいた。今日は他のメイドでなくマアエモ・ママが来るんだった。そして私はスッポンポンで、隣にはこれまたスッポンポンでグースカ眠るフンボルトだった。ヒ、ヒエェ~~~~~!!!
「失礼は重々承知ですが、そろそろ身を清め、お召し替えなさりませんと」
「は、はいッ!」
私はママがフンボルトを起こしに掛かるのを目の端で確認してバスルームに飛び込んだ。そしてシャワーを浴び終えるとママを呼んだ。昨日と同じく下着から何からドレス用のを身に着けるのだけど、本番の今日は特別で、普段は使わないブラカップ付きのウエストニッパーから着けていく。ガータベルトを着けて、その上からパンティを穿いた。これはベルト下だとトイレで下ろせないからだ。そしてこれらの下着は全部シルクなども使われた新品で、ママが私のために用意してくれたものだった。
生みの親ではない。厳密には育ての親でもない。だけどママは並行世界の娘として、私やエルに日本の『エルヴァ』の事をいつも気に掛けてくれていた。『エルヴァ』とはメールでやり取りしていて、吉川クンの事も結構知っていたりする。そしてエルマやトロンメルにも愛情を感じているのか、今回何くれとメイドの中心になって動いていた。そんな忙しいママが今日だけは起こしに来た。それは娘を嫁がせる母親の心境なのだろうか。さすがに恥ずかしかったよ。今は入れ替わってフンボルトがバスルームだ。彼も驚いただろうね。
「お嬢様? フンボルト様のは……大きいですね?」
「マ、ママ、ちょっと……言わないで……」
「いえ、お嬢様。辱めるつもりではありません。私は未婚で、まだ処女なのです。それでですよ」
興味本位からだったんだ? でも、それはそれでなぁ……。ママの口からそういうのを聞くと何だか辛い。だけど何でも相談できる人がこちらのママだった。だからエルヴァちゃんも安心できるんだし……。思い返せばあちらのママは、日本暮らしが長いからこういう機微にも繊細だった。そして『お兄ちゃん』という恋人が居た。きっとそういう点がこんな風な差となるのだろう。欧州の母親は娘の親というだけでなく、友人であり恋の相談役でもあるからね。
対する『お母様』はどうだったかな? 気遣ってくれてはいたけれど、少し距離があったように思う。だから私はおチビちゃんのお母様に素直になれたのだと思う。この絶妙な距離感は『エルヴァ』ならわかっているだろう。だけど『エル』にはわからない。彼女にとっての『お母様』は、未だ遠く感じる存在だと思う。だから彼女はお母様とできる限り会わないようにしているフシが見られた。
そして私が下着を順に着けている間にフンボルトがバスルームから出てきた。
「え? ママさん、まだ居るの? って……ああ……君の着付けはママなんだね? それはそうか」
彼はそそくさと新品のブリーフを穿いて、少し朝勃ちの静まった『チンボルト』を収めていた。それを見ながらウインクして、自分の胸を艶めかしく揉み、お尻を少し突き出す格好でパンティラインを直してみた。
「ちょっ、エルヴァ。それはズルいよ! ママの前だよ?」
だけどママは何も言わず震えていた。泣いているのだ。エルヴァちゃんと私を重ねてしまったのだろう。そしていつか嫁ぐエルヴァちゃんを想像してしまったのだ。そうなって欲しくなかったからのお茶目なのに。フンボルトもそれに気付いて目で詫びていた。
「ママ、ありがとうございます。でも、私はエルヴァちゃんじゃありません。あの子はあの子で私は私です」
「そ、そうでした。失礼しました」
「いいえ。エルヴァちゃんは幸せですね。こんなに思ってくれるママがいるから」
「お嬢様……」
私とママは手を取り合い、その後ハグした。フンボルトも目尻を拭いていた。彼には全部話してあったけれど、きっと昨夜は私の半生を見たからだと思う。数奇な人生だと自分でも思う。信じられない天才魔術師の思考の一つとして生まれ、私の存在も受け入れてくれた、懐かしい家族。その愛する人達と別れ、知らない世界で漂流し自分の居場所をやっと見付けたと思えば、その天才の『エル』に2つにわけられた。その片方、いやコピーが私だ。だからいつ死んでもいいと思っていた。だけどそれは強がった嘘だった。家族と居たい。妹達の成長を見たい。そうやって私は不安定になってしまった。
そこで出逢ったのがフンボルトだった。彼と愛し合う関係になって、同時に新たな家族を得た。ミアータさんにモニカさん、リンさんにシロウさん、そしてパミちゃん。
「ママ、私は彼とともにアメリカで新しいアインルベルン家を興します。いつかママもエルヴァちゃんと遊びに来て下さい」
「……はい」
そうして私は純白のドレスを身に纏った。ママが結った髪にヴェールを付けてくれた。パシッと決まったフンボルトが先に歩く。その後ろを私はドレスの前を持って、蹴り上げながら歩いていた(裾の長いドレスはこうしないと歩けない)。式場となる大聖堂の前の小部屋に入り、ここでフンボルトとわかれた。
時間になればフンボルトが先に入場し、私が後からお祖父様と入場する。そういった一連の流れからの一時的なお別れだった。時間的には式の1時間前になる。だけどこんなに早くから控室に入るのは、親族や来賓と顔を合わせないためだった。この小部屋(控室)には可愛らしいブーケが置かれてあった。冬なのに生花だ。
「お隣には、同じ花のコサージュがあります。大婆が温室から好きなものを持っていきなさいと」
つまりママの手作りだ。そして花は大婆が育てていたものだ。私はママに感謝の意を述べ、ここにいない大婆にも心で感謝した。
「お時間になればお館様が迎えにあがられます。それまで心安らかに」
そう言ってママは出ていった。
「新婦は総裁の娘さんの従姉妹で、かなり親密な家系のお嬢さんらしい」
「あ~、例の偽アハトかな?」
「そうかも知れないが、大きな声で言うな。会長はお嬢さんをとても大切にしているんだから。それがあって、今回の新婦さんもこの家から出すらしいよ」
控室に廊下からの声が聞こえてくる。う~ん、その中に微妙に詳しい人のヒソヒソ話までがあった。
「馬鹿言うな。儂がきちんと会った上で認めたんじゃ。新郎は我が一族だぞ? それ以上言うなら、お前の家はどこにでも行け。後は知らん」
「ジークムンド様!?」
五大老の一員を務める長老を味方につけるとこういう結果が出る。これはノイントであるお祖父様と、ジークムンド様が他の大老に事情を話し、私という異世界からの存在を一族の一員であるとお認め下さったからに他ならない。ヘーゲルの名が許されないなら、こうやって地盤を固め、新しいアインツベルンを興すしかなかったのだ。
どう転ぶかわからない事だったけれど、取り敢えずは上手く行ったと考えて良いだろう。そして私が道筋をつければ、後に続く『エルヴァ』やエルマにトロンメル、そしてクロエちゃんやおチビちゃんのためにもなる。そう考えての昨日の行動だったのだ。
「良いドレスを持っているんだろう? もっと着飾ればいいのに」
あ、日本語。この声はお父さんだな。
「シッ。私が着飾ると新婦と被るからですよ。それでエルマとトロンメルにも協力して貰って」
「それで3人とも学園の制服なのか」
あらぁ。そんな気遣いを『エルヴァ』達は……。しかし、外の音がここまで届くのは、建付けが悪いのでなく、敢えてそういう作りにしてあるような気がする。例えばトイレの個室に入っている時に、外から自分の悪口が聞こえると気分が悪いものだけど、褒め言葉だったら気分はまったく逆になる。そこでだ。この外で話しているのが上司や役員なら?
『パミ』が良く使う手がこれだった。魔術で探査を掛けて誰が入っているかをチェック。その時、個室に入っている人向けに『ミト』と話すのだ。
『新しく事務所を出そうと思うのよ。良いメンバーいない?』
こういう時にトイレだ。ターゲットの人が入っているところで、『最近頑張っている』『あの人になら任せられる』『一皮も二皮も剥けて返って来る』『その時は昇進よ』、なんて話す。日本じゃないので、家庭の事情は考慮されている。選出されるのは決まって独身だ。そこに、立ち上げが上手いベテランが付く。新規従業員は現地採用だ。これが良い方の例。悪い方、つまりヤメさせたい相手、左遷させたい相手、これも同じ方法を使う。とにかく影で『耳に入るように狙って褒める』。それが『パミ』だった。
『ミト』は正直者で、『新規で事務所を立ち上げるわ。行ける人はいない? 戻ったら出世よ』と皆んなに話す。また、『今週中にデスクを片付けなさい。給料は来週中に振り込むから』と、クビの宣告もズバッと言う。だけどこれも役割分担の必要上から作られた仮面で、本当に厳しいのは『パミ』だった。本部の従業員なら『パミ』を子供時代から知っている。ある意味彼女はマスコットだったから、そのイメージを壊さないように行動しているだけなのだ。これは『エル』もそうだった。
そんな『エル』がエルとともに、この控室に入ってきた。それも2人ともメイド服を着て。さすがの私もどっちがどっちだかわからなかった。
「どういう……?」
「元々彼女が、モードレッドとともにメイド服で末席に並ぶ予定だったと聞きましてね。それなら私もと。それに同じ顔なら、量産型のメイドにしか見えないでしょう? 理由はあれですよ。派手に着飾ってあれは誰だとなると困るからですよ」
それはそうだ。エルヴァちゃんの未来の姿だものね。まして並行世界とか、11代目アインツベルンとか話せない。そして不思議な事に話はそれだけだった。
控室内にあるトイレに行って、最後の用意を終えた。部屋でママにして貰ったメイクも落ちていない。肘まである手袋をもう一度引っ張り上げ、ブーケを手に取って眺めていた。それから数十分後だ。お祖父様が現れた。
「うん。綺麗じゃ、エルヴァ。そろそろ行こうかの」
「はい」
お祖父様と腕を組んで歩いた。大聖堂前のドアの左右に立つメイドが、扉を大きく開いた。鳴り響く参列者の拍手。こ、こんなに大勢の人が? 親族が相当集まっているようだった。日本だと入場の際に、閉まったドアの前でお辞儀なんてするけれど、こちらでそういうのはない。ただ、拍手の中を笑顔で歩くだけだ。
そして左右に別れた参列者の座る椅子の間に敷かれた赤い絨毯の上をフンボルトが待つ祭壇まで歩いた。
「せ~の、お姉ちゃん(オネチャン)、おめでとう(オメダト~)!」
日本語だ。そっちを見るとクロエちゃんにおチビちゃんにエルヴァちゃんとパミちゃんが並んで座っていた。音頭を取ったのはクロエちゃんだな。それでパミちゃんには杖がないし、エルヴァちゃんも式場には家宝だから持ち込めないから、その言葉だけ習ったようだ。その列の後ろには、制服姿の『エルヴァ』達とお父さんにお母様。ありがとう、皆んな。
とうとう司祭姿の姉さんが居る前まで歩いた。お祖父様が『ほら』と言って手を放し、フンボルトのところへ送り出して下さった。それで私は彼の横に並び、2人で司祭の姉さんの前に立った。
「では、皆様の前で新郎フンボルト・ヘーゲル、新婦エルヴァ・フォン・アインツベルンの婚礼の儀式を執り行います。異のある者は手を挙げよ」
姉さんの問いかけに誰も手を挙げなかった。ただエルヴァちゃんの名前と同じなので少しざわつきがあった。だけどそれも直ぐに静まった。
「宜しい。これはジークムンド・フォン・アインツベルンことジークムンド・ラファエル・ハーウェイと、エーベルハルト・フォン・アインツベルンことエルンスト・ラインハルト・ハーウェイ両家の婚姻の契約です。フンボルト・ヘーゲル、エルヴァ・フォン・アインツベルン。こちらの契約書に血をもって記せ」
と言いつつもインク瓶に専用のペンを挿し込む。ただしこのインクには私とフンボルトから事前に採取した血が入っている。昔は指の端をその場で切ったり、その血そのものでサインしたそうだ。ドレスが汚れるので廃れたらしい。だけど血の契約を交わすのは今も変わらない。
欧州ではほとんどの人が教会で式をあげる。最近のドイツやその周辺国では契約の方が大切だとばかり、役所で式をあげる人もそこそこ増えた。何よりこの役所式は安上がりだ。教会でも日本よりは遥かに安いけれど。そう考えれば、自前の聖堂で契約し、自宅のホールでパーティをしてしまうこちらも安上がりと言えば安上がりだ。この豪華なウエディングドレスや屋敷の存在に目を瞑れば。
結局、リンさんやシロウさんのような方法が、欧米では一般的で、1番安いし気持ちも満足できる。ビジネス(会場側だけでなく、新郎新婦の勤め先など)のためとはいえ、日本の場合は後のパーティ(披露宴)にお金を掛け過ぎなのだ。私もフンボルトも、一文も払っていない。飛行機代から全部だ。すべてはお祖父様のお顔のために、全部持つと言って下さった結果だった。
「フンボルト・ヘーゲル、エルヴァ・フォン・アインツベルンよ、契約は成った。これより2人は、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、お互いを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くさなければならない。指輪の交換を」
この指輪は錬金術で作った、私のお手製だ。フンボルトが私へ贈るはずの私の分も自分で作った。だけどそれで良い。日本の高校生をしていた頃、婚約指輪だけで給料の3ヶ月分と知って驚いたものだ。恵方巻やバレンタインのチョコと同じく、あの手この手で業者はチャンスを掴もうとする。それは当たり前の事だ。だけどそれに乗るかどうかは選択しなければならない。それを忘れている消費者が多いと思う。
「では、誓のキスを」
フンボルトが私の方を向いてヴェールを上げた。そっと屈む彼に合わせて背伸びした。唇の粘膜と粘膜が触れ合う。何週間ぶりだろうか。思わず舌を迎えようと口を開きそうになった。それに気付いたのか、フンボルトが離れる時に片目を瞑った。
以上で式は終わりなのだが、姉さんの合図で太鼓を置くようなX字型のスタンドがメイドによって持ち込まれ、下に透明のビニールも敷かれた。そしてスタンドに置かれる丸太と手渡されるノコギリ。ドイツ南部とスイスの一部で昔からあった行事だ。切り屑が出るので普通は外でするものだ。だけど外は雪だし、掃除の得意な人は大勢いる。大胆だなぁ。
「エルヴァ、このノコギリ。見たこともない形なんだけど?」
投影品だ! それも播磨の手打ち鍛造。6~7万はする高級鋸だよ。ああ……姉さん、巫女の姉さんと何かあったな……。巫女の姉さんはお兄ちゃんの姉だけあって、こういうのに詳しいのだ。たこ焼き返しまで、鍛造の凄いのを使っている。
「フンボルト。これは日本のノコギリです。押すのでなく引く時に切れますから。半分まで先に私が切りますね」
そうしてお手本を見せようとして、うっかり3分の2まで切ってしまった。これは夫婦の初めての共同作業という意味の行事だ。なので普通は長い、両側に持ち手のあるノコギリで押す側を男性が、引く側を女性が持つ。そういう木こり用のノコギリが用意できない場合は、片刃のノコギリを2人で手を添えて持つものなのだ。半分切って半分は交代というのも珍しいのに、私と来たらガーッと一気に……。
呆れるフンボルトと交代すれば、あっという間に終わってしまった。
「ごめんなさい」
「良いさ。僕達らしいよ」
そしてフンボルトと腕を組んで退場だ。ブーケトスもここで行う。私は『エルヴァ』を狙った。ところが前席のクロエちゃんがそれを取ろうとして指が触れ、お母様が受け取ってしまった。
「まぁ。誰か素敵な人との出会いがあるのかしら?」
「アイリ……」
し、知~らない。
まさか席の上に立つとは思いもよらなかった。クロエちゃんのせいで私が受け取るはずだったブーケが、アイリスフィールさんに行って、最終的にお姉様の手に渡ってしまった。
「それで良いじゃない。何が不満なの?」
「あちらのお姉様のブーケが欲しかったの」
「死蔵する気満々だなぁ」
死蔵って失礼な。私だって結婚くらいしますって。身体は子孫のためだけど、心はお姉様に……。
「エルマ。本当にヤバいって」
私達は一旦部屋に戻って、着替えていた。今度は制服でなくパーティドレスだ。お姉様は自前だが私とトロンメルは、今回に合わせてドレスを新調した。というか、お姉様以外は元々持っていなかったのだ。だけどこういうお祝いの場、しかも婚礼となると、白のロングは完全アウトだ。これは花嫁と被るからだとわかると思う。だけど英語圏ではないのでリトル・ブラックドレスも難しい。ベストは膝丈かそれよりやや長めの少し華やいだ色合いのドレス(午前中なのでイヴニングドレスもカクテルドレスもアウト。この場合はアフタヌーンドレスが正装)となる。ところがそれが似合うのは妙齢の女性だけだ。
夫の居るアイリスフィールさんはまだ良いとして、ハイティーンのお姉様やミドルティーンの私達が一番困るのだ。クロエちゃんやイリヤちゃんはエルヴァちゃんから借りられるとわかっていたので今回何も持たずだった。あちらのお姉様と相談したのか、パミちゃんも自前でカワイイのを持っていた。しかも4人とも晩餐会と違うのを着ていた。こういう行事への参列を繰り返してレディーって育つんだろうなぁ。高校生の姿で鋳造された私達より、立派なオトナになりそう。
まぁそんなこんなで、結局私とトロンメルはお姉様に相談し、膝丈の無難なドレスを買った。肩が思いっ切り出ているので、こんな季節に外だったら寒くてヤバい。そういうドレスだ。お姉様がエメラルドグリーンで私がイエロー、トロンメルがブルーだ。晩餐会用のピンクと併せて痛い出費だ。だけど往復の飛行機代も宿泊代もタダなので文句は言えない。おまけにご祝儀なしだ。
とはいえ、基本海外にご祝儀はない。あるとすればプレゼントだ。だけどこのプレゼントも、新しい家庭を築く2人の希望に本当の意味で沿っているのかどうか。要らないものは要らないしね。なので最近は夫婦となる2人から、欲しい物リストが回って来るそうだ。それでこちらは自分の予算と折り合いをつけつつ、○○を贈りたいと電話を入れる。例えばこんな感じだ。
30インチ・テレビ 〇〇ユーロ。6人。
洗濯機 〇〇ユーロ。2人。
こういう風におおよその金額と、その品に参加できる人数が書かれていたりする。そうして2人にプレゼントしたいと思った全員が、ほぼ似たような金額を支払う形になる。これは友人が多い場合で、少ないと1人一品となって不均衡になる。だから何々を贈ると少しでも早く言ったもの勝ちなのだとか。味気ないとか、心がこもっていないとか思いそうだが、本音は皆同じなのだ。使いもしないグラスセットや大皿ばかり溜まっていくのと、ズケっとこれが欲しいと言える文化。どちらが無駄がない?
それはさておき、そんなリストも回ってこないのは家電や生活用品が必要ないからだと思う。それにコダワリのある人だから自分の好きなものを自分で揃えられるだろう。なので私達は今から始まるパーティでビンゴゲームをすると申告してあった。そのビンゴの賞品は日本製のお菓子や文房具にキッチングッズだ。
『婚礼で包丁を贈るのが避けられるのは日本くらいで、新婚さん向けにと海外では結構贈られます。ですのでタブーはありません。何より2人に当たるかどうかも不明です。なので、お菓子でも何でも揃えておくと良いでしょう。日本製の包丁や爪切りなんて誰にでも喜んで頂けますよ』
そんな訳でそういうのを揃えておいた。一抜け賞品が和包丁の3本セットと砥石だ。欧米だと奥さんより旦那さんの方がハマるだろうとアドヴァイスを頂けた。爪切りも同じメーカーのものを数本用意した。これも日本製の方が安全で性能が良いのだそうだ。
『爪切りを研ぎ直したなんて話は聞いた覚えがありません。なのに何十年も使えてしまえる。あれは脅威ですよ』
テコの原理を使うから少々刃がなまっても切れるのだと思うけど、それでも凄いよなぁ。そういやその昔、アハトの家の者が日本の刃物に痺れまくったという逸話が『エル様』からの記憶にある。冬木の森を探せば、どこかの建物に日本刀が眠っているだろう。あちらでは『エル様』がサルベージ済みだ。私もどれか欲しいぞ。
「着替え終わりましたか? そろそろ行きましょう」
「はい」
そうして私達はパーティに向かった。
大広間や宴会場でもない。おそらく都心にある一流ホテルのバンケットを全部開放(どこもだいたい2~3室ある)したより広い。それがこの屋敷の会場一室分だ。このクラスは欧州や北米のホテルにもないし、たぶん何とかチャイルドや何とかフェラーでも自宅に持っていないと思う。こんなスイスのような国土の狭い国でこの敷地面積はあり得ない。もしかしたら魔術で空間が歪めれている可能性もある。
「あなた、ボーッとしてどうしたの?」
「いや、ここに初めて入るもんでね。アイリ、君はなんとも思わないの? そこらの体育館より広いんだよ?」
「こんなものじゃないの?」
お姫様とはこの違和感が共有できなかった。残念だがアイリはそういうところがある。それでも夫婦として問題ないし、長年ケンカらしきケンカをしていない。全部をあるがままに受け入れられる……それが『器』としての本能であったとしても、アイリの美点だ。先日はフンボルト君にそんな事を話した。彼も魔術の申し子であるエルヴァに違和感を感じる場合があるだろう。それでも娘を愛してあげて欲しい。そう願って頭を下げたんだ。
どうやら先日のフンボルトとお父さんの話は、アインツベルンの女の、身体の具合だけでなく、もっと精神的な事もあったらしい。パーティは中央の山となった料理を自分でお皿に取って、壁側に置かれたデーブルや座席で食べるバイキング形式だった。それで、もう少し経ったら親族との挨拶があるので、それまでにしっかり食べておけとお祖父様に言いつけられた私達は、取ってきた料理をちょこちょこと食べていた。そうしたらフンボルトがそんな事を話してくれたのだ。
「以前君が僕に言ってくれたろう? 背景となる文化が異なるから言い争う場合もあるかも知れないけれど、それでもお互いを信じ合おうって。ケリィも『自分達夫婦はそうして今までやってきた』ってアドヴァイスをくれたのさ」
ああ、あの身体の具合が良いとかどうとかは、大切な事を話し終えた後の脱線話だったのか。それならわかる。男性同士だし、照れ隠しもあったろうしね。
「エルヴァ、フンボルト。そろそろ回るぞ。お前達は適当に頷くだけで良いからな。後は儂に任せい」
そうしてお祖父様の案内で親族の方々とご挨拶した。フンボルトにしたら初対面の人ばかりだろうけど、私は『エル』として並行世界だけど何人かと会っていた。それで、総裁の家としてこちらを応援して下さる人当たりの良い人や、どこの家に付くでもない中立だけど、比較的好意的な関係にある方達、それと五大老の方々……といった、かなり厳選された人達とご挨拶した。
それでフンボルトはジークムンド様を知らなかった。これは不味いと合図を何度か送った。
「ええよ。我が一族から嫁いで出たのは祖々母の時代じゃ。いや、そのもう一つ前じゃったか……。だが、ヘーゲルの名はずっと覚えておった。それはあのエーデルフェルト一門の名じゃったからだ」
お祖父様も補足で話して下さった。ヘーゲル家はエーデルフェルトの直系ではないけれど、北欧に行かずオーストリアに残った弟子筋に当たり、かつてはかなりの権勢を誇った名門だったという。そんな家系も廃れていき、最後の一家がプラハからコリーンに行ったそうだ。だから本当の意味ではエーデルフェルトとかなり遠い。それでもその活性化を促す血は希少価値があり、途中で枝分かれした家がエーデルフェルトの庇護のもとフィンランドで暮らしているという。
「何と言ったかの……エルヴァとそう歳の変わらん者がおったと思うんじゃが」
「ノイント。そやつの名はヨハンネスじゃよ。この夏に例のあそこに行ったそうじゃ」
「ほぅ~」
何と美遊ちゃんのお兄さんの士郎クンが、アルバイト先で出逢った人だった。そちらの家は、既にエーデルフェルトを名乗っているらしい。ルヴィアか妹さんのお婿さん候補だったのかも知れない。魔術師の家なんて研究内容こそ秘密だけど、こんな風に何某かの繋がりがある。それは私達がマイノリティだからだ。そこを補うために時計塔やプラハの協会ができたようなものだったのだ。
一通りのご挨拶が終われば、今度はお色直しだ。私は自分の出身地であるチューリッヒのディアンドルを、フンボルトもミュンヘンのでなく私に合わせたレーダーホーゼン(革製でない)に着替える。結局、形の上でフンボルトは婿入りした事になる。ただし、魔術師でないのでアインツベルンは名乗れない。だから夫婦別姓となる。だけど自称するのは構わないと仰って頂けたので、アメリカではエルヴァ・ヘーゲルで通そうと思っている。
さて着替え終えて再入場となるのだけど、別にスポットライトも当たらないし司会者が居るでもない。ただ新郎新婦はこのチューリッヒの者であるというのと、ここからは親しい人と自由に話し合えるという意味でしかない。なのでずっと話したいのを我慢していたであろう、クロエちゃん達のところに2人で行った。可愛らしく着飾ったおチビちゃんやエルヴァちゃんに、もうすっかり他の子と打ち解けたパミちゃんにご挨拶した。そこには両家の両親や、お母様と仲良くなったママにフンボルトのお祖母様も居た。勿論、エルマにトロンメルに『エルヴァ』も。エルと『エル』にモードレッドは随分離れたところで3人で固まっていた。その気遣いに黙礼した。
この後はお開きになるまで本当に自由だ。そんな中でエルマとトロンメルが皆さんにカードを配りながら前に行った。そしてマイクを借りて(そういう設備は一応ある)、ビンゴ大会を開いた。番号を選ぶ道具(ビンゴ・マシン)や賞品も既に前に並んでいた。いつの間に用意したの?
「次は53番です」
「列が揃う一歩手前まで行った人は手を挙げて下さい」
リーチという言葉は麻雀用語からの流用で漢字では『立直』と書く。それに細かなルールが国ごとにあったりするのだけど、今回は一列のみで賞品は全員分あるようだ。私とフンボルトもカードを手渡された。だけど真ん中のフリーを開けてから全然開かない。
「次は68番」
オーとかアーとかの声が聞こえる。このゲームは世界中のどこにでもあって、原型の発祥はイタリアでドイツで今のようになったと言われている。なので皆さんご存知なのだ。私はアメリカだと思っていたから意外だった。30回くらいマシンを回したところで最初のビンゴが出た。賞品は日本製の包丁セットと砥石だった。トロンメルが説明していた。刀のようによく切れると添えれば当たらなかった人達が羨ましがっていた。ゾーリンゲンも地に落ちたなぁ。
次は4人ほど同時にビンゴになり、爪切りが当たった。そこにパミちゃんが入っていた。『日本製の爪切り?』と首を傾げていた。良いよぉ、それ。大人になっても使えるよ。
お母様やお父さんにお義母様やお義父様、お祖母様も当たった。子供達も当たる中で、私とフンボルトは全然だった。だけど賞品が残り少なくなったところで『エルヴァ』と同時に私とフンボルトも当たった。何だか前に行きたくなかった『エルヴァ』に合わされた気がする。ちらりと『エル』の方を見たらエルがこちらに歩いてきた。そっちもか。トロンメルから受け取った賞品は日本製のキット○ットだった。おいおい、ここの本社はレマン湖畔、つまりスイスにあるんだよ?
(その昔は英国のロントリー・マッキントッシュ社の商品だったが、1988年にネスレに買収された。なので以前の日本の販売元は不二家だったそうだ)
全部の賞品が配り終わりビンゴが終わった。そこから30分ほどでお開きとなった。別に外で並ぶ事もないのだけど、ご挨拶した親族の方は見送るべきだと、私とフンボルトだけは廊下に出た。そして全員を見送った後にキスをした。それを間近でクロエちゃんが見ていた。2人だけだと思っていたので舌を挿入れていた。
「み、見た?」
「うん、たまたまだけど。でも、もう夫婦なんだし良いんじゃない」
「ありがとう」
「お姉ちゃん。幸せになってね」
「はい」
そうして私達は部屋に戻った。夕食まで休憩だ。これで全部終わった。正直疲れた……。
だけど何とか気力を出して、ディアンドルを脱いでバスルームに入った。緊張する場面もあったし、結構汗を掻いていたからシャワーを浴びたかったのだ。当然のようにバスルームにはフンボルトも着いて来ていた。『チンボルト』は、もうギンギンだ。『君』も素敵だけれど『彼』の吊り半ズボン姿も素敵だった。
フンボルトはミュンヘン生まれなので、子供の頃からレーダーホーゼンには親しんでいた。母方のお祖母様に慈しまれ、父方のお祖父様に可愛がられ、それでも伝統ある地域の行事にはしっかり出る、そんな子供だった。だからお祭りとなったら民族衣装を着て、皆んなと踊るなんて身体に染み付いていた。まぁ、日本人が浴衣を着て盆踊りに出るようなものだ。だけど見様見真似でなく、ちゃんと炭坑節なら炭坑節の振り付けで踊れる。この他にデカンショ節やドンパン節なんかも知っていて当然のように踊れる、ハイティーンになってからは櫓組みを手伝い太鼓も叩いていた……そういうレベルだった。
決してリーダーシップを発揮したり、率先して動くタイプではないけれど、村の消防団や青年団には参加していて卒なくこなしていた……それがフンボルトだった。だから周囲から愛されていたのだ。
「夜まで我慢ですよ。まずは汗を流しましょう」
『チンボルト』を見ているだけで、鼻息が荒くなりそう。
「ああ、これは気にしないで。僕も夜まで我慢だって思っているから」
私が裸だから反応しただけのようだ。心と身体が一致しないのは仕方ない。私もお股がヌルヌルだ。汗を流し、髪を乾かし、服を着てから、先に出ていたフンボルトの待つソファーの隣に座った。どちらともなく自然と抱き合ってキスした。式でも廊下でもしたんだし、ここまでは良いだろう。なんて彼も考えているのがわかる。そしてこれ以上行かない事も。
「心臓がドキドキする」
「僕もさ」
「本当に結婚しちゃった」
「不服かい?」
「全然。フンボルトの奥さんになれて嬉しいですよ。でも……余りにも早かったなって。ちょっと現実感がないだけ。アメリカに戻る頃には慣れると思います」
「だよね? 僕もちょっと実感がないなぁ。イルクーツクで初めて話してから、半年も経っていないからねぇ」
そうなんだよね。まさに電撃結婚だ。でもこの選択を、間違っていたとも思わないし、後悔もない。この人とならきっと幸せになれる。その確信しかなかった。彼の身長だけでなく、その顔や声に香りが好きだ。身に纏う透明で静かな空気と、優しく包み込むような心根に惹かれる。こういう部分は演技で出ない。愛するに足る人だと思えた。
何より身体の相性も良かったのだと今は思っている。決してがっつかず、優しく撫でてくれる、その仕草がいい……。ああ……。早く胸を触って欲しい、早くあそこに指を挿入れて欲しい……。お返しに私も『チンボルト』を撫でてあげたい……舐めてあげたい……。
私は自覚がなかったけれど、自分で思う以上にエッチだった。実を言うとかなり身体が柔らかいので上半身を前に曲げても、後ろに反っても、自分で自分のあそこに舌が届く。興味本位で中等部時代に1回だけ試してみた。イク時に攣りそうになるのでそれっきりだったけれど、自分のあそこを覗いては、左右対称で綺麗だなと内心思っていた。勿論、そう思うようになったのはそれなりに知識が増えた高等部生になってからだ。初めて見た時はグロいと思ったものだ。
やがてフンボルトを知り、もう1人の自分を知った。その前に『エル』が居るけど、あれはノーカウントだ。魔力供給にかこつけて無理矢理だったし。でも『彼』のも『彼女』のも、何度もフェラして飲んだ。私になったフンボルトのも数回飲んでいるしクンニもしている。彼氏とレズるなんて、まず体験しない事だろう。これだけは置換魔術だけでは不可能だ。
コンコンっとドアがノックされた。
「はい?」
『私です。『エル』です』
「は、はい」
ドアを開けると私服に戻った『エル』だった。それに何だか旅支度のような……?
「あの?」
「入って良いですか?」
「は、はい」
そして彼女は私とフンボルトに『おめでとう』と言い、今からスイスを出ると言った。
「どちらへ?」
「日本です」
「冬木に?」
「はい。それと……昨日、渡すのを忘れていました」
そう言って木箱をゴトンとテーブルに置いた。
「これは?」
「『ラインの黄金』のレプリカです。『彼女』をこれに吸い上げて、新居に設置すれば引っ越し完了です」
え? ええ~~っ?
「ど、ど、ど、どうしてそれを……?」
「あの子が気になりましてね。それで冬木のあのホテルからずっと、あの子の『ラインの黄金』とリンクしていました」
フンボルトもビックリしている。
「で、では?」
「人様の愛し合う姿など見たくもありません。むしろ私が繋がって、知って置かなければならないのは『残滓の彼女』でしょう?」
それはそうだ。
「ですからそれを。それとこれの中は口外せず、パミの空間も利用しなさい。頼られている、役に立っている、そういう満足感が今のあの子には必要です。少しずつ間を開ければ良いですから」
この助言は的を射ている。
「では、お幸せに」
そう残して彼女は歩いていった。振り向きもせず。