良い結婚式だった。やっぱり私の中でも47番は特別だ。ポテンシャルが高い。彼女のデータを取っている事を正解と思うと同時に、正直、後ろめたさも残る。本来の47番である、日本の『エルヴァ』の眼を誤魔化しつつ行動しなければならないので難しい。桜の記憶を取り戻すこのミッションが、最大の目眩ましだと気付かれないようにしなければならない。
何故アインツベルンが先頭を走れるのかを話そう。それはデータの収集と計算にある。それだけを私達は追い求めて来たのだ。根源? 馬鹿の戯言か。必要なのは現世利益だ。魔術使いだとか魔術師だとかもどうでもいい。そんなものは、そう判断する側をコントロールすればどうとでもなる。
そもそもホムンクルスとは何か。きっぱり言おう。自立して歩くパソコンだ。世間で言うトレンドは90年代がPC、2000年代がネットであり、モバイルとなりウェアラブルとなる。次の2010年代はソーシャルメディアとビッグデータ、そしてAIとなる。次の2020年代はそのAIが解析したビッグデータの占有率となるだろう。
だけど並列に繋いだ複数のホムンクルスと、それらとリンクした複数の外部記憶野を以て私達は18世紀から限定的なビッグデータを扱っていた。そしてアハトのお陰で英霊を扱う方法も確立した。ヒト型の抑止とは、史上最強のAIでありデータバンクだ。特にアラヤは。何故なら彼らは本来『ヒト』であり、人の持つ欲も人が懐く理想も知っているからだ。そして彼らでさえ『掌握』に弱い事が判明している。つまり今後生まれるAIも万人を掌握してしまえば嘘のデータに書き換えられる。だけど私達だけは、来たるべきネット上に同じAIに落とし込むにしても、より本質を衝いたデータを揃え、よりファジーで確かな演算プロセスを持たせられる。そうすれば次の千年もアインツベルンのものだ。それが私の狙いであり、この世界はそれらのデータを得るのに最適な世界となりつつあった。
また私の望みと、『現象となった彼女』の望みは一致してもいた。虐げられる者のいない世界、人々が幸福を幸福として感じ、自分らしく生きられる世界。それが『彼女』の望みでもあった。だから私はそこにプラス、自然環境にも優しく、私の中で1番真っ当で人間らしかった47番が生きやすい世界になるべく、『王一诺』の人格をオプションを付けて起動した。データ取り用に造った『47番の複製』が動作不良を起こすのは織り込み済みだった。何故なら47番を苛むであろうネガティヴな感情を全部押し付けたからだ。
あの時『死んだ』実感も死の苦しみも、家族と離れる哀しみも全部あの子に押し付けた。それはここのフンボルト君の存在を知ったからだった。彼ならあの子を救える。そして本来なら47番にして欲しかった実験も可能となる。あのエルは単なるナビゲーターではない。サンプルを集める役割があったのだ。
ところで、私達魔術師最大の泣き所は、そのマイノリティさにある。代々受け継ぎ扱っているその秘術は、秘匿のためと優秀な魔術回路を得るために、極めて近しい関係から結婚相手を選ばざるを得ない。かつてのハプスブルク家よろしく、魔術回路が枯れていく要因がここにもある訳だ。魔術協会の発足が支持されたのも、カップリング相手を探す結婚相談所ような側面を強調していたからだ。だから運転資金が集まり、登録会員が増えたのだ。
そしてまた、大きな一族ほど、何十代も続く有名な大家ほど、『神秘のため』というお題目を掲げ淫(みだ)れまくっている。私達は競走馬と同じだ。ソロラト婚(妻が先立った場合に妻の妹などを娶る)も、レビラト婚(夫が先立った場合に夫の弟などを婿として迎える)も当然だし、一夫多妻や一妻多夫も当然にある。競走馬に例えた通り、インブリードも当たり前で、人で表すなら親子婚、兄弟姉妹婚、叔姪婚やいとこ婚なども普通にある。つまり大抵の国で禁止される近親婚が、魔術回路のためなら問題視されないのが私達魔術師だ。ちなみにエーデルフェルト家はアインツベルン家とニックスの関係になる。
だけどこれらはリスクが伴う。優秀な回路が受け継がれても重度の障害を持っていては困るからだ。そこで重要視されるのがアウトブリードなのに回路を活性化してくれる血だ。日本なら禅城と言えばわかるだろう。このような血は貴重なので、一族に迎えたい、取り込みたいと願う者は跡を絶たない。だから私達は保護するのだ。
段々と見えて来ただろうか? 今回の結婚式は、その奇跡の血を持つヘーゲル家の逆活性化が狙いだったのだ。私自身は5歳の時に身体に埋めた宝具のため、子供を産めない。また宝具と子宮や卵管が一体化してしまって取り除く事もできない。分割思考に人格と肉体を与えたのは多方面・多角的に行動するためだった。つまりアインツベルン総裁としての私から見れば、私から離れて行動できる分身であり端末だ。と同時に1人の女としては産めない子供を産める確かな手段でもあったのだ。
この世界のお祖父様はエルヴァちゃんとフンボルト君の年齢差を嘆いていらっしゃった。何か手はないかと。彼を7~10年凍結してしまう事まで考えていたそうだ。なので『エルヴァ』を推薦した。倫敦の問題を片付けた後の事だ。だけど彼女が断るのもわかっていた。なので写し身を……複製を造った。またエルには並行世界のウェイバーを捕まえろと話してあった。私が欲しいのではない。あの血が第二のヘーゲル家になる可能性が高いと見たのだ。
私は自分の世界だとベルベットの血をアーチボルト家に取り込まさせた。あちらの先生の婚約者は、早くからライネスだ。
「ここではグレイになるんだろうなぁ」
『王一诺』。あいつの後押しで。元の名は『Aureole(アオレアール)』。光輪という意味だ。『Schlamm(シュラム)』が泥。『Boden(ボーデン)』が大地。この3人は私が意識を掴んだ頃から温めていた人格だ。培養槽に浮かんでいた頃の空想上の友人。それをもっと肉付けして現実的に別人格として使えるようにした。だから私もこの3人になりきれるし、彼女達も私になれる。分割思考(ナンバーズ)のプロトタイプと言った方がわかりやすいだろうか。そして彼女達は肉体(人形)さえ用意すれば何人でも造れた。
逆にナンバーズは複製は簡単だが、元を失うと再現が難しかった。それで数人、人が変わったようなナンバーズが居る。だから47番の漂流には慌てたし、『死んだ』時にあんな無茶な魔術を使ったりもした。ここのおチビちゃんやクロエちゃんを悲しませたくなかったのもあったが、何より私があの人格を惜しんだからだ。複製を取っていたのも、その反省からだった。47番の大本である『エルヴァ』が居れば、エルヴァは幾らでも造れた。そんな風に他のナンバーズも今は複製を取ってある。
その昔幼い私は、性的好奇心を47番にぶつけた事がある。勿論、今ぐらいか少し若い人形(素体)を使ってだ。6~7歳頃の冬木に行く前の話だ。当然記憶は消してある。彼女は私の中では『反対派』に属している。つまり私の制御・制動装置でもあり、避難させた『良心』でもある。避難させている理由は至極単純だ。魔術師ならそこに蓋をする場面は多々あるからだ。そんな意味からも47番は大切な存在だった。秘密だが私の中の47番は復活している。現在は『エルヴァ』の複製がその座についている。外には出さないし便宜上の番号は147番だけど。
蛇足だが、この『人が変わったようなナンバーズ』の代表は29番ことミトだ。その昔の彼女はもっとイケイケで、相手の退路を幾重にも絶ってから、わざと逃がすタイプだった。心を二重三重に折られた者は酷い。ほぼ発狂しているから見るに堪えないのだ。だけどそこまで追い込み、そうなった相手を嗤うのが元の29番だった。だから恨みをかなり買っていた。こちらはいい迷惑だった。そして爆殺された。そして再現した29番はイケイケだけれどどこか違った。『巫女の姉』と出逢ってからは急激に変わったと思う。それと番号だけでなく、名前も重要なのかなと考えるようになったキッカケが彼女でもあった。
対するナンバー無しで、古参のアオレアールとシュラムにボーデンは最初から名前を付けていた。だからなのか、或いは温め過ぎたからなのか、とにかく個性豊かだ。またある意味私であり、私に近い位置にいる人格でもあるので無茶が酷い。私も銃創があるが、ボーデンはマシンガンの弾を8発も受けている。シュラムは2発だ。そのボディ(人形)は今も保管してある。
なお補足だが、ホムンクルスに意識を持たせていない完成品を『素体』という場合もあれば、意識も入れず顔もデザイン前の状態も『素体』という場合もある。通常は前者を『人形』といい、後者が『素体』だ。また特に魔術で意識を移し替えて使う場合『ボディ』という場合もある。
閑話休題。
人とは何だろう? 自分とは何だろう? 誰しもが一度は考えた事があると思う。
私の性的指向はバイであり、外見的性別も内面的性別も女性と自認している。だけどホムンクルス研究の上でジェンダーとサイコロジーはかなり調べた。それは私にもホムンクルスの血が流れているからだとも言えた。半分は人間ではない。自然発生した訳でも、ここまで進化したのでもない完全な人工物から産まれた。だけど『姉』のように産みの親を恨んだ事も無ければ、自らのアイデンティティに悩んだ事もない。それよりも『人とは何だ?』、そちらの方が気になっていた。
またこれとは別に私はお祖父様が話して下さるケルト伝説などのお話を聞くのがとても好きだった。お祖父様は伝承や伝説を調べるのがお好きで、各国の神話にもお詳しかった。そんな幼いある日、お祖父様はとある少年騎士の話をして下さった。岩から剣を抜き王となった……アーサー王伝説だ。語り方も良かったのか、それがまた随分と面白くて何度も何度もせがったものだ。物語というか伝説なので、当然どんな顔かわからない。だから想像した。何かの本の挿絵で見た銀色の鎧を着た騎士が、いつの間にか私の中でのアーサー王になっていた。
そして8歳で出逢った、本物のアーサー王は女性だった!?
亡き長男に名付けた名のモデルが女性だったので、お祖父様も腰を抜かされていた。だけどそういう事もあるのだと、今は理解している。つまり並行世界だ。そしてアーサー王は子供の私が想像する以上に、強く気高く清濁併せ呑む人だった。今は家族となり『姉』となったアルトリア姉さん。
シュラムはそんな姉さんと出逢う前に造っていた。あのボクっ娘は何がどうなったのか、Xジェンダーだった。このXは未知のXであって、クロスではない。要は自分が女か男かわからないのだ。お前、しゃがんでオシッコするだろうと言っても、ピンとこない。何故なら肉体的性別は女性だと自覚しているからだ。またその方が汚さずに排泄できるからでもある。それで私特製のポコチンを渡したのだけど、それを付けて生活しても、ボディを男性に入れ替えてもしっくり来ないという。それでこれは難しい問題だと考えるに至った。
性的マイノリティは指向性の問題だ。そこには先天的指向と後天的嗜好が存在するのもわかる。性同一性の問題も先天的なものと後天的なものがあり、また移行する場合もあるとわかる。それに後天的な場合、本人を取り巻く環境に要因がある場合もある。引っ越してストレスが消えれば外見的性別と心理的性別が一致したり、二次性徴を終えたり、恋をしたりすると一致する場合もあるのだ。だけどシュラムはこの歳になってもまだどちらにも属さないと言う。こうなると持っていた本質だ。だから髪を切ったり伸ばしたりも、スカートやズボンも自由にさせている。
見た目は私とほぼ同じだけど、話し方は中性的だ。でも中性ではないと言う。まず男でも女でもないし、その間の真ん中でもない。どっち寄りとも言えない状態なのだとか。だから未知な性、Xジェンダーとなる。タイあたりの性的指向と性的嗜好を混同した、兵役逃れと金稼ぎが透けて見える胡散臭い性ではない。シュラムは完璧にそれらのどれでもなかった。もしかしたら性差認識が完全になくなればああなるのかとも思えた。というのは好きになる相手に男性も女性もないからだ。
ボーデンは私と同じバイなので、気に入れば男性とも寝るし、目下の恋人は我が秘められた姉のフリューゲルだった。それはフリューゲルのためでもあった。その理由は『魂の弱さ』にあった。これは先天的な精神力とも言い換えられるだろうか。誰しもが強い精神を持って産まれる訳ではない。後天的に鍛えられるのがほとんどだろう。だけどスタートラインがそこで変わるのはわかるだろうか? 要は心構えだ。
フリューゲルはお祖父様が大切に保管している、アルトゥルお兄様の愛娘だったエルヴァの魂を複製して使っている。ゴーストコピーはやはり良くないのかも知れない。元々死の運命に抗えない魂からの複製だからだろうか、あの姉は実にヘタレなのだ。新婦となったエルヴァもそうだ。あのヘタレ具合は、『エルヴァ』の死の苦しみを押し付けたからとは言えない部分もある。きっとそれが劣化なのだろう。ともあれフリューゲルにとってのフンボルト君が何故かボーデンだった。洒落でなく呆然とした。
もう一つ呆然としたのは、当たり前だがこの世界にフリューゲルが居ない事だった。そして私に女の子同士の歓びを教えてくれたユリアーナも。『Juliana Von Einzbern』。勢力図的にはノイントに入り、上から数えた方が早い大家の跡取り娘だった。年齢は私の6歳上。その豊富な魔力回路はさすがだった。だけど、どことも知れないところへ、生成した魔力が吸い出されるという謎の病気を持っていた。彼女の病を知ったのは10歳頃で、居ても立ってもおられず自ら進んで魔力供給を申し出た。今も毎月1回供給している。
その医療行為が、いつしか2人の感情を変化させた。彼女は私を愛していた。そして私も。今の私には婚約者が居る。相手は男性だ。名を間桐慎二という。どこかのヘタレではない。兄の慎一さんから薫陶を受け、心身ともに健全な最強のトレーダーだ。まさか高2で200億も掻き集めるとは思わなかった。だけど約束は約束だ。それで先月正式に婚約したのだ。その慎ちゃんに告白してある。私はバイで長年女性の恋人が居ると。でも、彼は動じなかった。そしてユリアーナと会い、医療行為であると言質を取っていた。それでその話は終わった。慎ちゃんは私と彼女の関係を認めてくれたのだ。だから見た目の全然違う人形を使って、彼の童貞を奪った。
ところが慎ちゃんは童貞ではなかった。相手はこれまた預けてあった人形で、この夏に日本観光に来ていたシュラムだったのだ。慎ちゃんよぉ! ナンパされてんじゃねぇよ! めっちゃショックだった。自由意志を持たせたらこれかよという感じだ。まぁ、それは事故のようなものだし、慎ちゃんに対してもお互い様な部分があるので何も言わなかった。
だけどパーティでは呆然とした。エルヴァちゃんに紹介されたのだ。親友のユリアーナだと。2人は同い年で同じ学校だった。そしてその彼女の顔は間違いなくフリューゲルだった。つまりはこうだ。ここでのユリアーナは死んでいた。多分5~6年前に。そして悲しむあの両親に、せめてもの慰めとお祖父様が鋳造したのがあの子なのだろう。私にとってはユリアーナではないし、その設計にここには居ないフリューゲルの面影があるのは世界修正だともわかる。でも、エルヴァちゃんにとってはあの子こそがユリアーナなのだ。
マアエモ・ママが苦笑しながら教えてくれた。
『どちらがアインツベルンの『お嬢様』らしいかを、おクルマなどで競っておいでで……』
『そいつかぁ~~!』
叫んだのはモードレッドだ。何かあったの? そこはわからないけれど、とにかく2人は仲が良く、イリヤちゃんやクロエちゃんにパミちゃんともすぐに打ち解けあって仲良くなっていた。その仲良く遊ぶ姿を見て、私は少しホッとしたのだった。
飛行機が着陸態勢に入った。もうすぐ日本だ。
そろそろ夕食かなと思っていたら、メイドでなくパミが来た。声を潜めて素早く言って来たんだ。エルヴァはお手洗いだ。どうしたものかな? 何か用だろうか?
「そのテーブルの物全部?」
「え、ああ」
パミは僕達が受け取った『エル』からのプレゼントを宝具に仕舞ってくれた。そして部屋を見渡すと『ここにしとくね』とあの宝具の世界への入り口をリビングの目立たない場所に作ってくれた。
「じゃ。クロエ達を待たせてるから」
そう言い残して走って出ていった。廊下を走るなって言う間もなかった。
「フンボルト、今……?」
「うん、パミが。あそこ」
僕はトイレから出てきたエルヴァに、入り口を指し示した。そして戴き物の包丁などを全部、片してくれた事も。
「気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、どういう理由でそこを利用しているのか完全にバレてるだろうね」
「まぁ、そこは女の子ですし。前から知っていましたよ。だから性的な事も相談したり教えたりしています」
そうだったのか。それはそうだろうな。聞くとしたらエルヴァになるだろう。すると今度はパミ以外の3人の年少組がやって来た。それで日本語なのかな? ゴハンダホ~みたいな事を言っていた。エルヴァがにこやかに応対していたから、多分夕食のお誘いなんだ思う。だけど日本組の2人、特にエルヴァに似た肌の濃い子(クロエ)が中を覗く覗く。興味津々って感じだ。
「お姉ちゃん、ちゃんと言わないとダメだよ?」
この時、クロエがメッセージカードか何かをエルヴァに渡していた。
「え? 何をですか?」
「ホラ、『不束者ですが』って」
こんな子供でも知ってるの!? 驚いてエルヴァを見れば、苦笑しながら教えてくれた。
「テレビのドラマで覚えたのかも。そういうのに興味のある年頃ですから」
それで納得はしたけれど、こういう子達とエルヴァは6~7歳しか離れていないんだよね。エルヴァは満18歳なので、スイス(18歳)でもドイツ(18歳)でもアメリカ(カリフォルニアの場合も基本は18歳)でも法律違反ではないんだ。そもそも『活動』の際は免許証の年齢を誤魔化したりもしている。そこはまぁ目を瞑るしかないんだけど、正真正銘本物のティーンと結婚なんて僕も大概だな……。そして『会長』は本当なら、エルヴァお嬢さんと僕を結婚させたかったように思う。でも現実的にそれは無理だから、18歳になったエルヴァに白羽の矢が立ったのだろう。
そんな考えがあったので僕は調べたんだ。法的な結婚年齢の事をね。するとアメリカでは州ごとに異なり、あの結構しっかりしていると思うカリフォルニアでも親が認めた場合は下限なしなんだ。つまり児童婚ができてしまう。会長が認め、アメリカ国籍を取ってしまうと、僕みたいな30前の男と、まだ11歳のエルヴァお嬢さんが結婚できてしまうんだ。これを知った時、震え上がってしまったよ。
それでエルヴァはクロエとイリヤに手を引かれ、僕はお嬢さんに手を引かれ食堂に向かった。しかも、お嬢さんはクロエと結託しているのか指を絡めてくる。本当、ヤメて……。
食堂に入ると僕のお父さんだけでなく、お母さんやお婆ちゃんも居なかった。やっぱりお父さんと帰ったか。じゃ、お婆ちゃんも年明けまでミュンヘンかな? まだまだ元気なお婆ちゃんだけど、僕が居ないと一人暮らしになっちゃうしその方が良いよ。
「僕の母と祖母も帰るって、エルヴァは聞いていた?」
「いいえ。でも、お祖父様が心配だし、お祖母様だけ置いてもいけないから、お義父さんと帰るってメッセージが」
ああ、さっきのあれはそれだったのか。見渡せば会長もエルもあちらの『エルヴァ』にアイリスフィール、そして司祭をしていたイリヤも居ない。どうしたんだ? やがてその席を空けていた人達が皿を抱えて現れた。でも、その中に会長は居なかった。途中まで僕の祖母達を見送るかして、その後別室で食事を摂るのではないかと察せられた。
「あ、お母様や『エルヴァ』達で作ったのか。メイドを労うためかな?」
なるほど。エルヴァの言う通りだと思った。少しでも式を早く終わらせて、メイド達を開放したいと言っていたのはエルヴァだ。となるとエルやあちらの『エルヴァ』も同じ気持ちだったのだとわかる。
「それとフンボルト。多分料理は、お母様を交えての合作ですよ」
以前、エルヴァお嬢さんのために同じような事をしてあげたらしい。そして全員が席に着き、食事が始まったのだけど、僕は目の前の皿に驚いた。
「何だい、この料理は? オムレツの上にシュニッツェル?」
だけどそのオムレツの中は赤いライスで、シュニッツェルの他にマルゲリータ・パスタ(?)や、何だかよくわからないフライが幾つかと、カットした野菜やザウアークラウトも同じ皿に敷いたレタスの上に乗っていた。本当に何だこれ? そして子供達のライス入りオムレツの上にはスイスの国旗が、山頂の登山旗のように立っていた。その横にはキャベツの山だから見た目が楽しい。
「ハンバーグとプリン抜きのお子様ランチ……。それも金沢のハントンライスや長崎のトルコライス、根室のエスカロップを足して3で割ったような。という事は……」
そう呟いてエルヴァはフライをナイフで切った。
「やっぱり。これはムキエビで、こっちはタラでなくサーモン。そしてこれはロールイカですね」
説明が欲しいところだけど、エルヴァは凄く困った顔をした。それはこれらが信じられない事に、日本発祥の西欧風料理が多く使われているからなのだ。それを僕にどう説明しようかと迷ったらしい。それでも少しずつ話してくれ、それを聞いていたんだ。
何でも、日本では100年も前からこういう西欧風な料理を出す店があって、そういうお店のシェフが日本で手に入る食材を使って独自のメニューを考えだしたらしい。
このライスオムレツはオムライスと言い、味付けはバターとケチャップなのだ。具はチキンとオニオンくらいで実にシンプル。それを薄いタマゴ焼きで包んでいる。これが香ばしくて実に良い。その上にシュニッツェルなんだけど、肉は豚だ。おまけに分厚い。それにこの衣はパンをボロボロにしたものだという。これを『トンカツ』って言うんだ。『トン』は豚って意味で、『カツ』がコーレットの意味だそうだ。掛かっているソースはドミグラスソースかな。それと魚介のフライ。サーモンはわかるけど、エビやイカのフライは珍しいね。
それでこんな西欧風の料理の数々が、カフェ(キッサテンというそうだ)などで、軽くサッと食べられる料理として存在しているそうだ。ライスが別皿のセット(コンボ)形式と、アジアっぽくライスの上に乗ったワンプレートの形式があって、別皿なら『テイショク』、今回のようなワンプレート形式は様々な呼び名があるらしい。それはそのお店だけでなく、地方の郷土愛的なものが絡むからとも話してくれた。つまりハントンとかトルコとかエスカロップとかは、それぞれ別の地域のもので、主にライスの料理法とフライなどの料理の内容が微妙に違うらしい。
これら、短時間でサッと済ませられるワンプレート(盛り合わせ)料理には、中華風やエスニック風などもあり、アジアと感じた僕の感覚は正しかったようだ。だけどこの延長上に『ドンブリ』というものが入ってくるから、日本の食事に対する考え方と伝統を知らないと理解が難しいのだとか。
「要は『マカナイ』という、シェフやスタッフが調理場の隅っこで食べるための料理がその発祥でもあったからなんです。ですが、それだけなら世界中にありそうなものですし、実際にあります。ところが日本人の場合は、そこに江戸時代の大工さん達がファストとして利用していた屋台料理などの……文化だけでなく、概念も染み付いているんですね。それは器が一つ、カラトリーが一つというルールとして残っています。左手で丼やお皿を持って、右手の箸かフォークだけで立って食べる。つまり時間短縮のためならマナーも置き去りにする食べ方が、男性社会だった江戸っ子から伝わり、今も厨房の奥にあってはそそくさと食べる事も許される料理として残った訳なんです」
それが啜る食べ方であり器を持ったままの食べ方にあるのだという。本来持つのが許されるのは『オワン』というソイビーンズスープのカップと、ライスのカップだけなのだそうだ。日本のパブで串に刺したものが多いのも、屋台の名残りだという。日本では朝から酒が飲めるお店もあり、飲酒に悪徳を感じないのも、その江戸時代からの風習なのだとか。
「どうしてそんな事に?」
「今後は変わると思いますし、実際変わって来ています。その悪習の元となった江戸時代の歴史的背景は、まず武家社会で家督を継げるのが長男だけだった点、なのに出生率が低く幼児の死亡率も高かった点、更に政治の中心である江戸の当時の気候や建築資材の関係で火事がやたら多く、大工職人や商人ばかりが住んでいて女性が少なかった点が上げられます」
「って事は……結婚できない人が多かった?」
「そうです。人口バランスからそうならざるを得なかったんですね。ですから皆んな楽しみも人生設計もありはしませんので、生き急いでいたんです。ですからそんなせっかちなお客に合わせて、屋台料理もそういう料理ばかりになり、そういうリズムが染み付いた訳です。中華料理もそうですよ。家で食材を仕込み、街角の屋台で鍋一つで作ってしまう」
お客へ提供できる時間の短縮でもあるし、労働時間の短縮でもある訳だ。だから『ギュウドン(牛丼)』が凄いのだとエルヴァは教えてくれた。僕が労働者の賃金だけを見ていたのに対して、エルヴァは回転効率などを見ていたらしい。
「下にご飯があるのでお腹の満足感は高いですし、短い休憩時間を効率的に使えます。私が経営者なら、定食メニューを増やす前に丼ものを増やしますね。それとサイドです。定食なんて夜のメニューで良いんですよ」
それで輸入牛肉による内蔵(ホルモン)のドンブリや、豚(日本は今、豚だけらしい。考えるのが遅いと言っていた)やチキンのドンブリなんかも。セントラルキッチンからの配送だから、もっとできるはずだとも話していた。そうすれば今後も値上げを最小限にしつつ十分な儲けが出る、そして儲かれば賃金も上げられると。また、それこそが日本のバーガーでありドッグだろうって。言われてみればそんな気がする。スプーンがあれば僕でも問題ない訳だし。
「ですが彩りが悪いんですよね。どれもこれも茶色くて。BLTが素晴らしいのは、あの色合いです。レタスの緑とトマトの赤は補色で目立ちます。それをパンで挟むのでベーコンやパティの茶色が相殺されているんですね」
なるほど。見た目の色も大切だよね。ああ、だからこのプレートは美味しそうに見えるのか。
「そうだエルヴァ、オコダマランチって何だい?」
どうやら日本には、子供向けのプレートランチにそういうのがあるらしい。品数がもっと多く、しかも子供用に少量ずつなのでファミリーレストランなどで家族向けにしか提供されないらしい。あれも僕達全員が同じものを食べるから、あの子達向けの少量プレートが作れるのであって、確かにこれらは僕とエルヴァだけとか考えたら面倒だろうなぁ。国旗が面白いし、あの子達のプレートの横には器用にカットしたフルーツボウルがあった。こっちは半分に切った程度のを回して取る感じだし、パンも別にあった。
「エルヴァ、あの日本の2人はどうしてスープを残しているの?」
「あ、お味噌汁じゃないのに」
そうしてエルヴァは『エルヴァ』に、ほとんど聞こえない声で何かを伝えていた。それが通じたのか『エルヴァ』がこちらに目で詫びて、子供達に何かを話した。その後、スープを飲み干していた。
僕達は食事を終えると直ぐさま部屋に戻った。そして交代でバスを使った。もうお互い我慢の限界だった。それでも身体を隅々まで洗い、歯もしっかりと磨いた。そして手を繋いであの入り口から、例の空間に入った。そしていつもの家に入ると後で呼ぶからリビングで待っていてくれと言われた。また待たされるのかい?
でも時間は10分も掛かっていなかったと思う。エルヴァの声で寝室に入った。そこにはある衣装を身に纏った2人のエルヴァが居た。
「オゥ~、そう来たか。経験あるの?」
「私達にはありません。ですけど並行世界の『エル』が一時、『パミ』がずっとやっていましたね」
だから記憶にあるし多少は踊れるのだそうだ。それはクラシックバレエの練習用チュチュだった。白い方がもう1人のエルヴァで黒い方がいつものエルヴァだ。つまり僕ともう1人のエルヴァの簡易的な結婚式になるのかな?
「ちょっと背徳的だね?」
「演出、演出」
「そうですよ」
そう言って2人はお揃いのポーズを取り、魅惑的な踊りを見せてくれた。僕は拍手喝采だ。そして2人はキスを交わしお互いを脱がせあい、新たに衣装を付けていった。それは日本で見たあのウエディング風な衣装で、やはりエルヴァが黒で、もう1人のエルヴァが白だった。そして彼女達はベッドの上で僕に向かってお辞儀した。
「「不束者ですが宜しくお願いします」」
僕も何か言って返すべきなのに『フツフツ』とか出て来ないし、舌を噛みそうだし、そもそも彼女達みたいな正座ができない。なのでベッドの脇に立って頭を下げた。
すると彼女達は微笑みながらベッドから下りて、2人で僕の衣類を脱がせてくれた。そして僕の前で跪き、僕のあれを左右からキスしてくれた……。
「オオゥ……」
堪らない。真面目で熱心な2人は、日に日に上手くなる。いや、魔術師なので知識はあるんだ。僕に合わせて、僕の心理と興奮度に応じたツボを攻めると言うか。君らも知っていると思うけど、竿なんて舐められてもそれは視覚効果が高いだけで、快感はそれ程でもない。なので2人は先だけに舌を使い、竿は握って扱いてくれるんだ。それも絶妙な握り方で。これは良いよ。扱く方向が息ピッタリなんだ。
しかも1人が口に含み始めればもう1人が立って僕の乳首やヘソの周囲と来て玉を攻めてくる。しかも含んでくれている彼女の方は、その優しい手で僕の内腿やお尻を撫で擦るのを忘れない。これはもう1人のエルヴァもだ。交代する時も必ず僕の竿を絶妙なタッチで前後に扱いて刺激を与えてくれていた。だけど長い間我慢し過ぎた。もう限界だ。
「ごめん、一度射精すよ」
受け止めてくれたのは、白いウエディングだからもう1人のエルヴァだ。彼女の口腔で4~5回は跳ねた。その断続性が射精した量だと思うのに、彼女はゴクンと飲んでくれた。それが嬉しくて腰砕けになるままに抱き締めながら絨毯の上に転がった。欲しいのだろう。そんな状態なのに白い彼女は僕のを優しく掴んで、また刺激を与えてくれていた。
そこで黒い方のエルヴァはと目で探したら、ベッドの上に居て微笑んでいた。そして衣装の股間のスナップを、蠱惑的に外し、その秘部を見せつけるかのようにして自慰を始めた。だから彼女に甘えて白いエルヴァを抱き上げ、ベッド横にあるソファーに横たえた。この角度ならベッドの彼女にも見えるだろう。
僕はその横たえた彼女の後ろで横たわり、後ろから胸を撫で、股間のスナップを外した。
「アァ……フンボル……ァ……アア……」
そこはもうビショビショだった。だから僕のを後ろから宛てがい、沈めていった。その挿入で彼女は歓びの声を上げつつ、頭の後ろに手を回し僕の顔に触れて来た。その右手にキスをすると、顔をこちらに回したいのか僕の足に右足を掛けてきた。こうすると僕たちの結合部が、ベッドのエルヴァに丸見えだ。
だけどそれが次なる刺激になると信じて、僕はソファーの反動を活かして腰を使った。やがて彼女も腰の動きがうねるようになり、更なる快感を得ようとしていた。だから左手で彼女の左手を握りながら、右手でクリを辺りを擦ってあげた。
「「アァ……アアァ……」」
すぐ目の前の体温を感じる彼女と、ベッドの彼女と声がシンクロしている。ちらりと見れば僕達を見ながらディルドゥを使っていた。そのあられもない姿を見ながら僕は2度目の射精をした。
3人の荒い息が部屋に響く。僕は黒い衣装のエルヴァを早く抱いてあげたかった。なのに……ズルンと抜けたそれは、2回射精した後なので元気になるには少し時間が必要だった。この申し訳ない気持ちがわかるだろうか? だからと言って横にいる彼女を蔑ろにもできない。テイッシュで股間を拭いてあげ、キスをしてあげて……。
「行ってあげて」
僕はそんな彼女も愛おしくて頬を撫でた。そこでピアスの穴がない事に気付いた。そしてベッドに上がり、ピアスの穴があるエルヴァを抱きしめた。
「フンボルト……好き……」
「僕もだよ。愛している、エルヴァ」
今、この部屋には愛が満ちていた。それでどうして僕は1人なんだと思った。2人なら2人のエルヴァを……。そして殴り合うのかい? 僕はその自己矛盾に苦笑しつつ自問自答した。愛の反対は無関心だけれど、愛から憎しみが生まれるのは本当に思えた。だけど自分を憎みたくはないし、これほど愛しいエルヴァを憎みたくもない。だから不公平ではあるけれど、僕は1人なのが正解なんだろう。
でもそうなると、この大事な初夜を3人で迎えようと考えたエルヴァの心境が気になる。
『自分であって自分ではない……そんなどこか他人のような感覚があります。なのに嫉妬心が湧かず、同じ人を愛する同士のような気がして……。だから彼女だけは許せますし、彼女も私は愛しています』
そんなある意味究極の告白を受けた事さえある。だからその心理の理由なんて今更だ。昔、お婆ちゃんに聞いた覚えがある。
『鏡の中の自分に恋をするのはナルシズムだけれど、もし相手が鏡から出てきたなら? それは自分であって自分でない別人だよ、フンボルト。私の母が、この魔術を得意としてたね。そこにあるのは究極の愛だって言ってたわ』
幼い僕には何の事かわからなかった。だけど今ならわかる気がする。でも……たとえ鏡から出た自分でも、同じ人が好きになれば嫉妬すると思うんだ。何故ならエルヴァは元の『エルヴァ』には嫉妬しているし、もう1つの空間の自分達にも嫉妬を顕にしているからだ。だけどここに居るもう1人のエルヴァにだけは嫉妬しない。きっとこれはレアなケースなのだと思う。そしてそのレアケースを最初に引き当てたかして、祖々母は究極の愛を簡単に得られると勘違いしたんだろう。
エルヴァは自意識が目覚める前は鏡の中で待機していたという。これはエルの証言からも明らかだ。そして鏡の前に『エルヴァ』が立った時に自意識が目覚めた。その後に僕と出逢ったのだ。その魔術を使ったのは『エル』だという。きっとこの魔術を現代でも使いこなしているのは『エル』だけなのだと思う。また白い衣装のエルヴァはこの家に備わった魔術だ。鏡の魔術ではないし、あちらの仮想空間での魔術とも術式などが異なるのだと思う。つまりどういう手段で複製を作ったかにも、その要因はあるんじゃないかな?
やっと回復した。その回復を手伝ってくれていたのはエルヴァだ。だから僕はエルヴァを上にして下から貫いた。待たせたね。しかし腰使いが上手くなったなぁ。単調な上下のストロークじゃない。自分の良いところだけを求めた前後にくねる動きでもない。ストロークしながらくねらせている。2人で気持ち良くなれるように。この腹筋があるからできる行為だろう。素晴らし過ぎる。そんな僕達を見ながら白い衣装のエルヴァも自分のヴァギナを慰め始めた。だから僕は白い彼女を手招いて、僕の顔に跨るよう促した。3人で愛し合おう。
僕からは見えないけれど、2人のエルヴァは甘い声を漏らしている。キスを交わし、お互いの胸を愛撫しているのだろう。僕も頑張って腰を突き上げながら目の前のヴァギナに舌を這わせ、クリを舐め、尖らせて挿し込んだ。疲れても舌を固くさえしていれば、自分で腰を前後に揺すっている。それも僕の顔に体重を掛けないようにして。そんな彼女の不安定な姿勢をエルヴァは腰を使いながら支えているようだ。お互いがお互いを思い合いながら、天が人類に与え給うた甘美な快楽を享受する僕達。その満ち足りた時間の中で僕は3度目の精をエルヴァの中に放った。その後も僕達は時間も忘れ、何度も何度も愛し合い、3人で眠った。実際何度したか覚えていない。だけどこの夜の事は生涯忘れなかった。
オレ達は日本の新千歳空港に居た。オッサンとランスと呂布と魏延の5人だ。そして空港で出迎えてくれたのもオッサンだった。『エル』の方のオッサンだ。それとまたまたアサシンが数人。まぁ、良いんだけどよ。
オレ達は孔明から休暇を貰い、北京に戻ったエルヴァからかなりの小遣いを預かっていた。年内から新年に掛けて何もないから遊んで来いという訳だ。あっちでは本気で祝う正月は暦が違うらしい。だけど他国はそうじゃないんで外交に動きは今んとこない。なのでエルヴァがクーポンやら何やらを『エル』から預かっていたそうだ。
だというのに、その肝心のエルヴァも馬謖も来なかった。北京での報告を終えるとアサシン達と香港に戻り、今度はアメリカに行ったのだ。本当、忙しい女だぜ。
クルマの運転は何故かオレ。横がランスで後ろに魏延と呂布だ。それでもって2人のオッサンやアサシンは霊体化していた。行き先はナビにある通り、洞爺湖だ。ここにでっかい風呂が有名なホテルがあるという。そこに行って一泊して、次はニセ何とかでスキー、そん次は小樽に札幌。夜は定山渓温泉だ。そして函館で遊んで帰るって寸法だ。
「期待して欲しい。皆んな、死ぬほど食わせてやろう」
ヤッたぜなんて言ってるのは呂布と魏延だけだ。眼光鋭くオッサンを見たのはもう1人のオッサンだ。さすが鋭い。あのオッサンはあんたと違ってめっちゃ食うんだよ……。だけどこっちのヘラクレスも本当は食えるんじゃないか? そんな気がするんだがな。ともあれホテルに入るには早いだろうって事でオッサンは札幌に行けという。
「遠回りになるんじゃないか?」
「ですが地図がうねっています。距離的にはあまり変わらないのでは?」
なるほど、ランスの言う通りかもな。それで札幌に入ったオレ達は、ある場所でクルマをアサシン達に任せた。
「さぁ、往くぞ。まずは『すみれ』に『さっぽろ純連』、そして『麺屋 彩未』だ。その後は適当に回って、締めが『信玄』だ。着いて来いよ?」
何だよ、それ! 聞きゃぁ、全部ラーメンだった。オッサン、昼からいきなりだなぁ……。ところで、霊体化を解いた2人のオッサンはサクッと普通の服になれる。これはオレもランスもだ。呂布と魏延も最初は驚いていた。オレだって冬木のサーヴァントだった頃なら信じられねぇ。要はそれぞれのマスターがそれだけ魔力持ちで、優れた魔術師だからできる芸当なんだ。そもそもエルマも小さい方のエルヴァも大きい方もスイスだぜ? 『エル』に至ってはどこに居るのかもわかんねぇってのに。なぁ?
まぁそれはともかく、ここで弱みは見せられねぇ。応ともとオレ達は、オッサンお薦めの店に入った。
「札幌と言えば味噌であり純すみ系だ。しっかり味わって食えよ」
確かにこれはウメェ。もう1人のオッサンも目を丸くしていたし(オッサン2人でテーブル占領だ)、現代の中華料理に慣れてきた呂布に魏延も驚いていた。
「ウマい。拉麺でここまで……」
「だな。日本人てのは凝り性だなぁ」
「ね? 言った通りでしょう? 日本人はやたら凝るんですよ」
誰のセリフか一々説明はいらねぇだろ。オレ達の頭に浮かんだのは、あの赤い男であり、日本の文化で育ったエルヴァ達だった。んで、5~6軒目で出て来ようとするガタイの良い奴と、入ろうとした魏延の肩が触れた。バカなんだろうな、そいつ。何を思ったのかいきなり魏延の胸ぐらを掴みやがった。なのでオレはそいつを暖簾の外にいるオッサンの方へ押した。
「何だお前は!?」
な~んて、外に押し出したオレに文句を言うが、暖簾で見えなかった『壁』に当たって驚いてやがる。
「ここは飲食店だ。心静かにウマいものを食べたいんだが。暴力が良いなら相手をしよう。どこからでも来い。武器も自由に使って良いぞ」
一睨みでそいつは失禁し、そのまま意識を失った。普通の人間ならそうなる。だけど魏延に『失礼しました』って頭を下げて店から出て来た男が中々だった。
「本当にすみませでした。そいつは俺の舎弟ですが、帰ってよく言い聞かせますんで」
そしてその丁寧に負った腰をあげてこちらを見た瞬間に悟りやがった。暖簾の中の魏延を振り返り、またこちらを見た。
「もしやお兄さん方は、化け物退治にこちらへ?」
何だぁ?
「どういう意味だ?」
するとそのトッポイ兄ちゃんは声を潜めて真顔でこう言った。
「ここは入り口です。しばれて申し訳ないが、そっちの広っぱへ」
しばれる=寒い、広っぱ=広いところ、この場合は駐車場らしい。
「今の俺はこんな成りですが、実は魔術師の末裔で……英霊っておっかない存在を知っとります。そちらさんはそういう方達なんじゃ?」
なるほど。そこはわかった。けどバケモン退治って何だ?
「そうだ。でもよ、バケモン退治ってのは?」
「それがめんこい子なのにきかなくて。クマとわやばっかりしよるらしいですわ」
ここで飛び出てきたのがアサシンだ。そして今回の旅行が単なる休暇でなく、ある山を陣取っている人外退治の依頼だった事が判明した。
「おいおい。どこでだよ?」
「羊蹄山の麓で、ニセコの辺りです。今はそこが閉ざされ入れません」
スキーに行く予定の場所じゃねぇか。
「オッサンまで出て来るって、ヤバいのか?」
「ヤバいと言うか何と言うか、ヘラクレス殿で無ければダメだと言うか……」
「どういう意味だ?」
やっと話したコイツが見た相手の姿が、でっかい月輪熊に跨った銀髪の少女だという。
「オッサン?」
「察しの通りだ。この『現象』に拠って喚び出されたイリヤの成れの果てだ。その熊の名はシロウという」
「ブッ……! マジで?」
「マジだ。何がどうすればあの子がそんな存在に至るのであろうな」
だからオッサン2人なのか!?
「つまりオッサン達でも厳しいくらいの神秘を背負い込んでいる?」
「さすが、ランサー。そういう事だ」
そしてオッサンはさっきの兄貴分に問いかけた。
「君はハンターの家系か?」
「ええ。こんな北の果てだとそれだけじゃ食っていけないんで、とある組の用心棒まがいな事も」
「そうか。つまり君達みたいなある程度神秘を知っている者には…………結構噂が?」
「はい。それでそちらさんがそういう神秘狩りのハンターだと」
そういう事か。神秘を知る者の中では結構噂になっていたんだな。つまりこれも『現象絡み』だ。けど、この男はオレやオッサン達を見て、桁が違うと一瞬で感じたようだ。だから英霊かそれに類する存在、それも今回のハンターだと考えたらしい。ここでアサシンが白状した。実は明日この依頼を話す予定で、スキーってのはその嬢ちゃん相手の日だったんだ。予定に入れてんじゃねぇよ。けど、なんか悲しいな。どうしてあの嬢ちゃんが、そんな訳のわかんねぇ存在に?
「こちらの調べでは、どうも数柱が渾然一体となった存在で、姿はアイヌの伝説にある『シトナイ』だと思われます。要は神霊に近い存在で、我々では歯が立たないと言いますか……どうする事もできないと言いますか……」
神霊かよ!?
「どこかの英霊に至らんとするイリヤを核にして、三柱が憑依したようなものか……?」
これはオレ達の方のオッサン。珍しく動揺している。
「だと思われます。残る二柱も確認している最中ですが、どうもここの日本にはルヴィア殿も居ますし、凛殿やエルヴァ殿も居る訳です。……そこが作用というか反応したというか」
「何だ? ハッキリ言えや?」
「ならば……一柱はフィンランド神話のロウヒ、もう一柱は北欧神話のフレイヤではないかと」
何だそれ? そこで説明を受けたんだが、聞けばロウヒは神霊っつうよりも魔女だ。こっちの影響は少ないだろう。けどフレイヤはエッダに出てくるマジモンの女神だ。ヤベェな。
「いや、シトナイという側面が強くなっている点と、熊の名付け方にイリヤの自我も多少はあると見た」
アサシン達も頷いた。つまりはオッサン達に語り掛けて欲しいんだ。それが『エル』やエルヴァの考えなんだろう。だけどそんな軽いもんじゃないだろ?
「もっと裏があるだろ? この事件を何かに利用しているとか。そいつを言えや」
「言ってわかりますか?」
クソォ~~~。そこまでなのか?
「北海道は元々左翼政治家、ひいてはコミュニストの巣窟です。そこを壊滅する意図もあるのではと」
ロシア、中国などなど、そこも絡んで来るらしい。
「それともう一つは、そちらの国に赴かれているエルヴァ殿が、ニセコなどのリゾート地を買い上げられていて、その辺もあるのではないかと」
「そいつはまた、どういう理由で?」
「日本を目覚めさせるのと、儲けを得るためでしょうなぁ」
「なんじゃそら」
「ですがそちらの国は金が必要でしょう」
ああ、オレは戦闘狂のバカだ。認めるぜ。そんなもん数千年も前の男にわかるかっての。
「そんなものはどうでもいい。ランサー、その怪異の元がイリヤなら必ず救け出す。それで良いではないか」
オレはオッサンのこういうトコが好きだ。
「ああ! ラーメン分は働くぜ!」
「何を言う。成功報酬として、ウニとイクラをトラウマになるほど食わせてやるからな」
呂布と魏延は一生付いていくという顔だった。けど、そいつはオッサン違いだからな。こういうキップの良いのは『エル』のオッサンだ。そこで少々迷うのはスイスの嬢ちゃんのオッサンだ。権限と言うか、使える金の金額が根本的に違うんだよ。まだ子供の嬢ちゃんだと祖父さんに『お伺い』を建てなきゃなんねぇ。けど『エル』だと札束で相手を殴り、宝石や貴金属で相手の口をいっぱいにして塞ぐ。その差が今後はなくなるにせよ、現段階ではやはりデカいぜ。
それで倒れている弟分を兄貴分のクルマに押し込んだ。それで2人は帰った。オレ達は店に入り何杯目かのラーメンを食った。
札幌からホテルのある洞爺湖に行くには支笏湖側を通る行き方と、峠を越える行き方がある。
「これは下の方が良いな」
〈バカを言うな。チェーンは巻いてやるから、中山峠を通れ〉
「オッサン?」
〈あのアゲイモは絶品だぞ?〉
「オッサン……」
何でも峠の上にドライブインみたいなトコがあって、そこで売っている串に刺した揚げジャガが名物らしい。
「串カツみたいなモンだと思ったら、丸々ジャガイモ3個かよ!?」
アメリカンドッグとかと同じ生地に包まれた、揚げたてホクホクのアゲイモは確かにウマい。けどこっちはラーメンで腹がパンパンなんだよ。
「何を言う。風呂に入って腹を空かせ。晩飯もそれなりのものを頼んである。夜食もアサシンが買いに走ってくれる」
セイコーマートってトコで店が閉まる前に買ってくる手筈らしい。どんだけなんだよ。
やがてホテルに入ったオレ達は、部屋に荷物を置くと早速風呂に向かった。しっかし長い廊下だな。風呂が遠いんだ。それでもって通路ですれ違う客は、バラエティに富んでいた。北京語っぽいのに広東語っぽいの。訛った英語にドイツ語……。世界がこんな状況なのに不思議だ。いや、日本でもこの北海道は安全なのか。ある意味、避難と息抜きなのかもな。
「おお、でっけぇ風呂だな?」
「どうだ、広いだろう? ここを教えてやりたくてな」
「オッサンは何度か来ているのか?」
「ああ、2回ほどな。雪祭りを見に来た時と、ツーリングの時だ」
「雪祭り?」
かけ湯をして湯船に浸かって話の続きを聞いた。
「『エル』達が子供の頃にな。家族旅行だよ。そこに便乗させてくれたのだ」
この『エル』の方のオッサンは、あっちの家族と仲が良いのは2番目や4番目のアーチャーからも聞いていた。それでもって本来のマスターである、気の良い『イリヤ(巫女のイリヤ)』から妹を護れと厳命されているとも聞いていた。
「ツーリングってのは?」
「昨年の夏だ。『エル』と『イリヤ(双子の姉)』とトントという子とリン(魔法使いの凜)の4人だ。バイクでな」
そこに2番目のアーチャーと巫女のアイツと、オッサンの3人は工具を積んだバンで走ったらしい。これは女の子だけの旅だとマズいってあっちのキリツグが心配したのと、そのツーリングが魔導師からの課題でもあったからだと。
「その課題って?」
「セイバーがバイクに乗れるのは知っているだろう?」
「ああ」
「では、剣を見えなくしている宝具も」
「ああ……」
あん時ゃ卑怯とか言ったが、自分の時代の価値観を押し付けてどうすんだって。現代じゃ何でもありだもんな。
「それが?」
「あれがバイクだと風というか空気というか、ともかくそれを纏わせ見えなくするのでなく、空気抵抗を減らし速度を稼ぐ方向に作用するそうだ」
面白ぇ宝具だな。
「けどアイツラに宝具もねぇのに……あ、風の魔術か。それが課題か?」
「そうだ。使うガソリン量に距離なども測っていた」
「つまり速さじゃなく燃費って事か?」
「そうだ。それで面白い魔術を使っていたようだ。生憎私はそういうのに疎くて上手く説明できん。詳しくはエルヴァにでも聞いてみてくれ」
中国の仕事が一段落した後、日本に帰ったオレはこの件を訊ねてみた。そしてそれは実に面白い方法だった。魔術って世界中どこででも使えるモンじゃない。それはマナや魔力の問題もあるが、大方は魔術基盤の問題なんだ。魔術基盤は世界を網のように覆っていると言うが、そんな事はねぇ。何の魔術を使っているかも大きいんだ。例えば教会の奇蹟なんかと、魔術師のそれとは基盤が違うし、その信仰度合いで使える場所が大きく変わるんだ。カバラが強いトコ、ルーンの通りが良いトコ……確かにそういうのは昔もあった。
そこでエルヴァが教えてくれた。つまりこの基盤って見えない網は、ヒトの脳と脳を繋いでいるようなトコがあるってんだ。だからデッドスポットなんてのがあるんだと。逆は自分トコで押さえている霊脈のある土地だ。冬木は聖杯戦争向けに調整されてっから、取り分け西洋魔術の通りが良いし、古い日本の神秘もよく使えるらしい。
でだ。アイツラはこの冬木の土……円蔵山の龍穴でなく、アインツベルンの森と神社の境内、そしてトオサカの裏庭の土の三種を混ぜて、宝石に魔力を練り込むように泥団子を作ると簡易的な基盤になるっていうんだ。持続性もそんなに無く、使い捨てらしいが、こんなのでそのデッドスポットを通り抜けられちまう。そうなんだよ。バイクだからそんなので十分なんだ。それで課題である風の魔術を継続的に使えるんだ。
どうだ? 面白ぇだろ? エーデルフェルトの嬢ちゃんもトオサカの嬢ちゃんも、もっと早く教えろとプリプリしていたぜ。あの2人はどうやら師匠に教えて貰ってなかったらしい。まぁ、バイクに乗らねぇんだし、クルマならクルマでまた違う方法があるらしいんだ。だからクルマに乗るようになってから教える積もりだったんだろう。
「さて、露天風呂に行こうか」
そうオッサンに誘われて、オレ達は外に出た。
「この風呂と繋がってんのかよ!?」
「そうだ。直ぐ近くに火山があってな、実はこのすべての湯が温泉だ」
「へぇ~~」
これには皆んな驚いたもんだ。身体はポカポカだが頭は寒い。このキンと来る感じが堪んねぇ。何よりこれだけデカいオッサンが2人入っても湯が溢れねぇトコが凄い。外の湯船も広いんだよ。オッサンがここを気に入った理由が良くわかる。
部屋に戻った後に一服付いた。そこから移動して晩メシだ。その日の夜はタラバガニの鍋だった。専門店じゃないんでカニはその鍋だけで、後はイクラやウニの量がやたら多い刺し身の盛り合わせと、貝の海鮮焼きなどだった。こんだけの男が集まってっから、エラい量があったんだ。けどウマいんでペロッと食べちまった。
「ここでジンギスカンと行きたいところだが、それは明日だ」
そりゃそうだろ。部屋には夜食も置いてあるんだぜ?