スイス、31日。
冬木、30日。
北海道、29~30日です。
『エル』の行動は27日フィンランド、28日チューリッヒ、29日冬木、そこから札幌です。
元々のエーデルフェルトは、神聖ローマ帝国の時代に当時のアインツベルン一門から独立した一派が名乗った姓だそうだ。その後、ハプスブルク家の台頭や異端審問に魔女狩りなどがあって、一門にまで大きくなっていたエーデルフェルトは一度散り散りになったという。ボヘミアやハンガリーに逃げ、更に西のロシアにまで逃げた者や、北欧の逃げた者も居た。故郷を棄て、名前を変えないと生きていけない程の弾圧と殺戮があったという。ルヴィアさんはその北欧に逃げた人達の子孫だ。
その末期のバルト帝国で名乗っていた姓が『ヴオリネン(Vuorinen)』だ。これは山から来た者という意味だそうだ。そして2回に渡る世界大戦やソ連との戦いといった苦難を乗り越え、平和な時代になった今もエーデルフェルトには、ヴオリネンという姓が残っているという。
『忘れないためですわ。魔女だの悪魔だのと罵られ迫害されたご先祖の痛みを』
だからルヴィアさんにはルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの他に、ロッタ(Lotta)・ヴオリネンという名がある。このロッタとはヨーロッパではまま見受けられる名で、フィンランドやスウェーデンでは普通の女性名だが、イタリアでは『戦い』という意味になるそうだ。
リューリィさんの場合は厄除けもあって本名は伏せているそうだ。ただ逆にフィンランド名の方は公言していて、そちらはリューディア(Lyydia)・ヴオリネンだった。リューディアの愛称がリューリィだ。それとルヴィアさんとリューリィさんの魔術に関係するのか、2人はお互いに相手の名を名乗る場合があるという。共感度を高めるとか何とか話していたが、門外不出の魔術なので、例え結婚しても俺には話せない事らしい。だから親父さんも知らないのだそうだ。
『要はその様に代々女性が後を継ぐ。それに拠って子々孫々にまで枯れない回路と魔術を継がせる……それがエーデルフェルトなのですわ』
つまりこの家の秘術があれば女性だけで完結するので、男性は余り考慮されないらしい。だから自由恋愛が可能だったのだ。だけどそれこそが悲願だったとも言う。
『それはそうですわよ、シェロ。私にしたってリューリィにしたって、魔術回路と魔力のためにと、意に染まぬ相手と子を成すなんてイヤですわ』
それはそうだ。つまりこの言葉の裏返しは、こんな方法が編み出されるまでは悲しい結婚があったって事だ。そしてそれは他の家でも……。待てよ?
『それはエルヴァさんの家も?』
『なんとした事か、エルヴァさんや『エル』さんと出逢うまで、私はエーデルフェルトがあちらの家から分かれた家だとは知りませんでしたの。それで母や父に尋ねましたのよ。するとそれは正しい話でしたの。となると、シェロ? あちらがその魔術を知らないとは考え難いのですわ』
確かにな。千年以上も続く家だって聞いたもんな。
『ただ、シェロ?』
『ん?』
『この魔術を使わなくとも、子供は儲けられるのですわ』
この意味を説明してくれた。ルヴィアさんは魔術云々抜きにしても健康な身体を持っている。だから普通に俺との子供が作れるだろうとという話だ。ただしエーデルフェルトの次期頭首(当主じゃなく一族・一門を率いる長という意味)として、最初はその秘められた魔術を使って、双子の女の子を作らないとダメなのだ。だから男の子が欲しいとか思うのなら、3番目以降になる。そしてその男の子に、一門のどこかからの女の子を将来宛がう必要があるのだそうだ。
一瞬それは……と考えてしまうが、こうやって本家に嫁入りできるチャンスを与えないとイケないらしい。言われてみればそれはそうかなって思ってしまう。
『それとシェロ』
『ん?』
『シェロはもう1人のエルヴァさんをご存知ですか?』
耳にはしているが、俺は逢った記憶がないんだ。何か『エルさん』から使命を帯びて、海外で暮らしているとは聞いていた。
『実はその方の結婚式がこの年末にありましてね。エルヴァさん達は今、スイスに行かれていますのよ』
『出なくて良かったのか?』
『お身内だけの式なのですわ。それで……そのエルヴァさんのお相手は、日本で一緒に暮らしているエルヴァさんとは異なる方とお付き合いなさっていたのですわ』
そりゃ、そうなるだろう。何とも不思議な気分になる話だけど。でも、ルヴィアさんの言いたい事が何となくわかった。向かいの士郎は桜と。そして俺はルヴィアさんと。それで良いんじゃないかという事だ。それは取りも直さず『私だけを見て欲しい』『私とともにあって欲しい』という意味だ。
だから俺は愛しい人の髪を掻き分け、その美しい顔を抱き、唇に自分の唇を合わせた。心の底から抱きたい。だけど、『双子を儲ける儀式』には手順が必要だった。ルヴィアさんが貞節に拘ったのはそこにあったのだ。そして俺はそれに協力したかった。何故なら、俺はルヴィアさんを誰よりも愛しているからだ。
『ルヴィアさん。もしかしてエルヴァさんは?』
『ええ。ヨシカワ・センパイとまだでしょう。そちらは私と同じような『儀式』の手順を踏んでいらっしゃるのですわ。そしてスイスのエルヴァさんは……。お相手の方は、ヨハンネスと同じ一族です』
『え?』
俺は暖炉の前で聞いたその話に心底驚いたんだ。
29日は疲れて何もできなかった。朝食に行けなかったくらいだ。だけど翌30日の夜はお互いに自然と求めあった。僕の可愛いイェフラウ(Ehefrau/奥さん)は、本当に熱心で情熱的だ。彼女のヴァギナから溢れる甘い蜜を吸っていると、下半身を右に捻ってくれと言う。何だと思いつつも言われた通りにすると、何と左足の裏で僕のを撫でて来た。器用過ぎるでしょう? そして交代するとエルヴァは僕に立てと言う。これはわかる。彼女は、僕がこうやって跪いた彼女の奉仕を上から眺めるのが好きだと知っているんだ。そして先日とは全然違う手の動きや舌使いをしてくる。今回は唇の挟み方に特徴があった。これは良い……あまりの良さに喘いでしまったよ。
そしてそろそろという時にエルヴァは僕に飛びついて首に右腕を回し、足で腰を挟んだ。そして左手で僕のを掴んで、右腕の力だけで懸垂して自分で挿入れた。こんなの何人の女の子ができる? 僕は彼女のお尻を抱えて、あまり深く入らないようセーブしながら、軽い彼女を上下に揺すった。
「ァア! フンボルト……ッア、ッアッ、ステキィ……」
「ハァハァ、ンッ、君の方が素敵だよ、ンッ、エルヴァ……」
本当は好きなのに、彼女は僕の腰を慮ってこの体位を普段遠慮していた。何より気持ちが繋がっているので、動きなんてほとんど要らない。ペニスが包まれているだけで幸せだし、お互いの脈動を感じているだけで絶頂を迎えそうなくらいイイ。なので座ってしても良いんだ。だけど僕は椅子以外が苦手でアグラができないし、足がそこまで広がらなかった。エルヴァはこの前後の座位と、前後の抱きかかえが好きだと話してくれている。向かい合うと安心感が大きいし、後ろからだと僕に包まれている感が強くて、とても幸せを感じるそうだ。
『日本で一緒に入ったお風呂が忘れられません。私が前で、あなたが後ろで……』
そうだよね。君に入り方をレクチャーして貰って。日本の文化を知って楽しかったな。ぅ……僕の腰を挟むチカラが強くなった。そろそろかな?
「アァァアァアッイクッイクゥ~~~ッ!」
ピクッピクッとしているエルヴァを、そっとベッドに下ろし横にしてあげた。カワイイおでこに張り付いた髪を梳かしてあげれば、朦朧としてるだろうにキスを求めて僕の頭を抱き寄せた。その左手薬指には、お揃いの指輪が輝いている。
「はぁ、はぁ、はぁ……フンボルト、好き」
「それ、日本語でしょう?」
「え?」
絶頂でよほど気を緩めたのだろう。言葉が日本語になっていた。2人きりの時はドイツ語か英語が多いだけに新鮮だった。だから言ってあげた。
「エルヴァ、ス~キィ」
優しく微笑んだエルヴァは僕の頬にキスし耳元で囁いてくれた。今度はドイツ語で。
「フンボルト、愛しています(Ich liebe dich)」
『Ich habe mich in dich verliebt.(私は恋に落ちました)』がサンタモニカの夜の言葉だ。あの夜以来、『Küss mich.(キスして)』『Du machst mich glücklich.(あなたは私を幸せな気分にしてくれる)』『Drück mich.(ハグして)』なんかは日常的に使っている。僕も気になって辞書を買ったんだ。日本語の『イク』って、『来る』って意味じゃなく『行く』なんだよ。絶頂の頂点が自分に『来る』とか『降りる』とかじゃないんだ。絶頂の世界というか領域に『行く』なんだね。この日本的表現が日本人の女の子以外から聞ける不思議さ。
エルヴァが僕のを撫でて来た。大丈夫だよ、さっき射精していないから。さぁ、2回目はどうしたい?
素敵な結婚式の翌日の事だ。新郎も新婦も朝食に現れなかったのだ。マアエモ・ママが、起きてきたら2人の分を作ると話していたが、朝食が昼食になるのではと高校生以上は皆んな思った。
「お姉ちゃんって、思ったよりエッチ?」
「比べないで下さい。おませさんですね……」
「アナタ、シスターガキライナノ?」
クロエちゃんにからかわれた。だけどクロエちゃん達より1歳上のパミちゃんが嗜めていた。え? っと思った。魔杖のないクロエちゃんはここまでずっと日本語で話していた。それを杖の力を借りたエルヴァちゃんが、パミちゃんに訳していたのだ。ところが今朝のパミちゃんは、クロエちゃんの日本語を聞き取り、日本語で会話していた。多少馴染みのある言語なので、簡単な名詞ならわかるとは聞いていた。つまり逆クロエちゃんのようなものだ。だけどいきなり過ぎる。魔杖は使っていないのだ。
以前のクロエちゃんも簡単なドイツ語の単語は理解していたし、挨拶程度はできていた。おチビちゃんの中から取り出して半年ちょい。その後知ったエルヴァちゃんと出逢ってから、2人は妹ともっとお話したいと願うようになった。だから年長組の私達が少しずつ教えていたのだけれど、以前より理解度が高まっていると感じていた今日このごろだ。
それと同じように新婦の彼女が教えていたのかも知れない。正直パミちゃんの日本語は、イントネーションや文法も外国人のそれだ。だけど、一気に覚えたのではないかという気がする。だから尋ねてみた。勿論ドイツ語でだ。
「その日本語はあちらのエルヴァから?」
「も、あるけれど。学習用の礼装があるから」
「睡眠学習の礼装?」
「うん」
ホムンクルス用の装置の事だ。メイドなら一般的に家事全般を鋳造時に与えるのだが、メイド以外の仕事を与える場合、そういう装置を使うのだ。言ってみればオプション付与装置だ。
「もしかして宝具の中にそれがあって、それを起動して眠ったりしていたの?」
「うん。そっちの方が早いってエルヴァが教えてくれたんだよ」
思わずエルマとトロンメルの顔を見た。首を横に振る2人の妹達。つまりそんな礼装を宝具に格納しているのはパミちゃんだけなのだ。そこではたと気付いた。もし私がこの子の姉だったら? そして滅ぶ世界から並行世界に逃すのなら? 決まっている。宝具の中にアインツベルンの財産を全部押し込む。例えば……この屋敷丸ごとという具合に。だけどそこは気付いていないフリをしてあげよう。それはこの子の保護者となった新婦の彼女だけが知っていればいい。
保護者ってなんの事かって? お祖父様から正式な発表があったのだ。フンボルト君とエルヴァの夫妻が、法的にも保護者となった事とその手続きも済んだと。チューリッヒの役所にもカリフォルニアの役所にも、前々から申請してあってそれが通ったという事だ。これに関しても私は恐ろしい事実に気付いて愕然としていた。結婚式は昨日の12月28日だけど、保護者(おそらく養子縁組)の件は、お役所が冬の休業に入る前に出ていただろう。となると2人の書類上の入籍はもっと前だ。たぶんパミちゃんの姉である『現象となったエルヴァ』が、仲睦まじいフンボルト君と彼のエルヴァを選んだのだ。学祭のあった11月頭に、目の前に忽然と現れたと今回初めて聞いたのだけれど、その報を知るやいなやお祖父様は最良の方法を考えて動かれたのだろう。
お祖父様がパミちゃんを引き取らないのは、エルヴァちゃんへの気遣いもあるだろうし、本人がこの屋敷だと辛いのではないかと考えられたからだろう。思い出の中の『エルヴァ』を彷彿とさせるエルの存在もそうだ。だけど私や新婦のエルヴァなら肌の色がぜんぜん違うので、別人だと割り切りやすい。それに2人は今後カリフォルニアで暮らすともお祖父様は仰っていた。
大学受験に備え、一時は家庭教師が付いていたそうだけど、今はエルヴァに代わってモードレッドがエルとともに学んでいるそうだ。モードレッドの教科書は小学生レベルらしいが、そこは仕方ないだろう。お母様もあちらには学校に通って欲しいと一度話していたという。だけど正式に嫁ぐのなら、それこそ仕方ないなと昨日のパーティで話したそうだ。だから、姉というだけでなく親(保護者)としても、しっかりパミちゃんを見守ってあげなさいと助言したと教えてくれた。
『まぁ、あの子なら大丈夫よ。私がお産を体験したのが8歳頃で、士郎を引き取ったのが9歳頃だわ。それでも何とかなったからね』
問題発言だが、ここはアインツベルンの総本山だ。だから驚くメイドなんて1人も居なかった。むしろ『結婚して子供を生み育てている』というその事実に、憧れの眼差しを送っていた。黄昏れていたのはお父さんだけだ。そこから私は寝坊して食堂に現れなかった2人の未来を思った。あんなに仲の良い2人なら、来年の年末か再来年の早い時期に子供がいそうだ。それをとても羨ましく思う私だった。
大通公園近くのデパートで洋服を買い、その場で着替えさせた。脱いだ衣類やマキリ・ナイフ(アインツベルンなのにマキリかい? っと突っ込むのは野暮だ)はクマさんと同じく宝具の中に入れてあげた。さすがにあのクマさんと一緒に歩けないからね。そして2人で地下鉄に乗ってすすきので乗り換え、東本願寺前まで行った。狙いはこういうのが合うかなと思って、『えびそば一幻』だったのだけど、歩くのが辛いと言うので『信玄』に入った。札幌といえば味噌ラーメンで、その元祖は『味の三平』だけどこの『信玄』の味噌も良い。石狩発祥のお店らしいが、三平や純すみ系とも違うコクが堪らない。やっぱり寒い冬は、塩分の摂り過ぎじゃないかというくらいが温まる。チーズでそういう体質になっているのだろう。コク味噌の信州を2杯頼んだ。食べきれないなら、ごめんなさいだ。
「どうですか?」
「うん、おいしいよ。私というよりシトナイが喜んでる」
人格的にはイリヤだが、その性質は融合した状態で8割以上がシトナイ成分らしい。だけどここまでイリヤの人格が残っているのはシトナイ達の優しさなのだという。大聖杯の中でとっくに肉体は滅び、最後まで守っていたヘラクレスとバトンタッチするカタチで、ほとんど溶けて消えかかってたイリヤに入ったのがシトナイとロウヒとフレイアだたのだ。そして3人はイリヤに同情した。だからイリヤの意識を掻き集め、シトナイの犬にその重要な部分を収めた。すると犬が熊に変化したらしい。ちなみにあのシロクマはホッキョクグマでなく、月輪熊が白くなったような存在だった。またクマとなった犬に『シロウ』と名付けたのは、イリヤの記憶を読んだシトナイのようだった(イリヤかもしれない)。
食べながら話し、帰りの地下鉄ではシトナイを前に出して貰って詳しく聞いた。
『私が消えればこの子は消える。幸いあなたはこの子の並行世界での家族だった。だからこのままこの子を預ける。この子が幸せな一生を終えるまで私は眠っている。だから守ってあげて』
それが私の聞いたシトナイの願いだった。そうなると連れ帰るにしても、エルヴァ達に託すにしても、イリヤとじっくり話す必要がある。たぶんヘラクレスと一緒が良いとなるだろうから、安心して任せられるのはエルやエルヴァちゃんの居るスイスのお祖父様のところになるだろう。
私も学生なので動けるのは冬休みの間だけだ。幸いここより1~2週間時間の流れが遅いので、もう少し猶予がある。今日は定山渓の温泉に浸かって、もう少し考えを纏めよう。明日は小樽、その後は函館。それでランサーやヘラクレスにランスロット達の慰安旅行は終わりだ。その後は年が明けて春節のお祝い後に一度任が解かれる流れだと思う。
私はその頃までここには居られない。そもそも学園での学業と、卒業式が待っている。3年生なので年明けの授業はほとんど無いだろうが、その分欧州での事業視察が入っていた。そして既に『王一诺』ことアオレアールを、10年ほどこの世界に派遣する事に決定してしまっている。事がここまで動き出した今、もう1人ここに置いていくとなるとさすがに厳しい。そうなると……。ちなみに夕食の『サイロ鍋』はとても美味しかった。
デラウェア州の州都であるウィルミントンはワシントンDCから100kmも離れていない。ルートは2つあって、1つはハイウェイ95号線で北回りにボルチモアを抜けていく行き方、もう1つは州道50号線や301号線を経由して北上していく南回りの行き方だ。
私は『エル』から2台のクルマを譲り受けていた。1台はシェビーのC5型コーベット、Z16だった。そしてもう1台は北米版JZA80。いわゆる80系スープラだった。エンジンは3.0リッターのツインターボ。欧州版より若干低い324psだけれど、この赤い左ハンドルのスープラは軽く600psは出ていそうだった。勿論V160型の6速マニュアルミッションだ。
私は迷わずスープラを選んだ。ワシントンDCのアスファルトに黒いタイヤ痕を残して発進した。すぐさま95号に入り、その操縦性に酔いしれた。惜しい。これ程素晴らしいクルマが1998年を最後に消えたなんて。正直クラッチは重い。パワーに合わせツインプレートが入っているのだろう。強化魔術を掛けた左足でペダルを蹴飛ばせば、コーナーでリアが思いっ切りアウトに流れる。だけど怖くはない。パワーとハンドリングのバランスがイイのだ。後ろから付いてくる青いシェビーにはハサン達が乗っている。ミラー越しに彼らも笑顔で操縦しているのがわかる。
年末のハイウェイはガラ空きだった。1時間も掛からず私達はウィルミントンに入った。目指すは郊外の高級住宅街。湖岸に建つ6850平方フィートの家だった。結界を張り百貌のハサンを突入させた。家人を全員を昏倒させ、キツイ掌握を掛けた。特に上院議員である父親には。お前は私の埋伏の毒だ。そのお礼に、たまたまこの家に帰っていた長男夫妻の健康診断をし、『エル』の指令通り、長男の脳腫瘍に至る芽を潰しておいた。コイツが今後も議員の『良心』となるだろう。
その後私達は一路ニューヨークのマンハッタンにクルマを走らせた。 イリノイ州の上院議員を『再起不能にした』と別働隊の百貌から報告を受けたのは、『エル』から借りたマンハッタンのビルで新年を迎えた朝だった。その指令に何の意味があるのかは知らない。だけど彼女は『アイツの議員生命を断て』とだけ言った。『それがあなたの目指すものに1番近い方法だから』と。『現象』により、グローバル資本の起業家を操る影の資産家達は、軒並み重度の障害を負うか、植物人間になっていた。
『今後はあなたが、この世界での人口増加や食糧危機を解決しなければなりません』
どうやら私は引くに引けない状態に、知らぬ間に追い込まれていたようだ。
『ですが、アオレアール。あなたも私です。そう考えてシュラムとボーデンの人格と能力を植えた人形を預けたのですから。あなた達3人ならできます』
今はそれを信じて動くしかない。『エル』は『現象』を経由して、13人もの百貌を召喚し私に与えてくれた。今の活性化した日本に留める限り魔力はどうにでもなるが、分裂すれば1000人を超える彼らの活躍で随分と風通しが良くなっていた。北の拉致被害者返還で、半島系在日の帰国事業も始まりつつある。その船便には中国も噛んでいる。
『アフリカは沿岸部から漁業で発達させなさい。内陸部は日本の手を借りて土壌から大改造し、中国は日本やアメリカと組んで学校を建てなさい。と同時に南米はお祖父様に任せ、ロシアの下に置きなさい』
これの意味するところは、倒れた黒幕どもが握っていた利権をお祖父様が奪ったという事だ。と同時に多くのファンド会社が潰れ、その経営者や創立者、或いは名の知れた投資家が露頭に迷っていた。これはウォール・ストリートもシティでもだ。だから私は香港で大損をこいて逃げ出した、ある中共幹部の子供や家族が住んでいた大邸宅を数十軒手に入れた。隣り合った家は取り潰して、日本の建築会社に家を建てさせている。個別に離れた家は近隣の状況と経済の具合を見て、時期が来れば売るか、周囲も買い取ってホテルか集合住宅を建てる予定だ。
『エル殿』とともに、今回もこうして並行世界を渡る我らこそが最古参のハサンである。我らに付いた二つ名は『百貌』。かつてのマスターは『時臣殿』であった。我らの通常の仕事は、後に召喚されたり連れ帰られた者達と違い、ほぼ冬木に集中している。それはアインツベルン家や間桐家、遠坂家などをお護り致す事である。では、何故今回こちらに渡ったのかと言うと、それは他に6~7人居るであろう百貌の半数が休暇に入っていたからだった。
そして現在この世界に居るであろう我ら以外の我らは、エルマ殿の2人、『エルヴァ』と名乗っておられるアオレアール殿の下に1人。ここの京(みやこ)で『エル殿』に召喚され、アオレアール殿に委託された者達が13人、さる意志を持つ礼装に仕える者が1人の合計17人の筈だが、後2人の気配を前回『エル殿』は感じたという。これは最初に訪れた時から前々回に至るまで、無かった気配だと仰られている。万一の事があってはと、アオレアール殿とアメリカに向かった我らと呪腕殿、更にはエルマ殿の方で冬木に残っている者達には伝えてある。
「お~い、買ってきたぞ」
現在我らが控えているのは『エル殿』の宝具の中にある2階建ての丸太小屋だ。アーチャー殿やセイバー殿が居られる場所とは違う空間だ。そことは別の空間であるここが我らの休憩所であり、食事場所であった。勿論交代で入っているし、人数が人数なので米や汁は自分達で用意している。これは『エル殿』に使える我らなら全員使える緊急避難場所でもあった。
理由は単純だ。外は雪の降る夜なのだ。そして我らは砂漠の出身だった。死して英霊に至っても寒いものは寒い。そしてこの空間はとても暖かい。エルマ殿やアオレアール殿がこのような場所を提供して下さっているのかどうかは不明だが、寒い場所に赴く場合はどうかご配慮下されと願うばかりだった。
「待ちかねたぞ。しかし遅かったな? どこまで行ったのだ?」
「すまぬ、すまぬ。すっかり冷えてしまったが買ってきたぞ。焼き鳥200本だ」
「おお!」
我らは生前戒律に触れ口にできぬものが多かった。とは言っても仕事なら食っていたし(食える者に交代した)、歴代のハサンは何でもよく食べたと聞いていた。だが、我らのように多重なる者は、好みも信仰も、戒律への忠節度も随分と違っていた。そこで焼き鳥だ。処理の仕方までケチはつけんが、一応我ら全員が問題なく食べられる肉が羊と鶏であった。そして出逢った日本の焼き鳥。あのタレは全員が好みだったのだ。この北海道には『日本七大焼き鳥』の地、美唄と室蘭がある。理想は美唄だが、ここからは遠い。
ちなみに私は『エル殿』のお伴で、『日本七大焼き鳥』をすべて堪能していた。北海道はモツまで刺さった美唄と豚肉とタマネギの室蘭。福島県は会津地鶏や伊達鶏、川俣シャモが楽しめる福島。埼玉県には豚の頬肉などを味噌ダレで食す東松山があり、タオルで知られる愛媛県今治市には鉄板でカリッと焼いた焼鳥がある。ガーリックパウダーの効いた山口県長門市の焼き鳥も中々だし、馬肉でも何でもありの福岡県久留米市の焼とりも忘れ難かった。
「札幌まで行ったのか?」
「いや、地元の人に聞いてな。室蘭がウマいと言うので出向いたのだ」
コイツ……わかっているのか?
「注文の時、きちんと『鶏肉の焼き鳥』と言ったか?」
「なんだそれ? 焼き鳥は焼鳥だろうに」
急ぎパックされたそれを確認した。タマネギと交互に刺さるそれは、どう見ても豚肉であった。200本全部がだ。しまった……この道南、特に室蘭や函館で『やきとり』と言えば『やきとん』になる。私は急ぎアーチャー殿を訪ね相談した。私個人の特権として、緊急時はこうして他の空間に入る許可を頂いていたのだ。アーチャー殿は食材のストックを確認の上でグリルチキンを焼き上げてくれた。これは私も手伝った。半数以上は豚肉も問題ないので30分も掛からず用意できた。お礼を申し上げ自分達の空間に戻った。
『やきとん』が平気な者から先に食べろと言ってあったので、温め直しの時間もあって何とか間に合った。情報は重要であり共有できてこそ意味がある。最古参の自負がある我らですらこういう失敗はあるものだ。だからこそ世界を股にかけて情報を知る『エル殿』が素晴らしいのだ。
「『エル殿』がそろそろ風呂に向かわれるらしい。行ってくる」
「ああ、頼む」
出ていったのは、私とともに一番最後に食事を摂ったアサ子だ。さすがの私も風呂までは警護できないのであった。
「イマーム(指導者)よ」
「おお、ザイードか。守備は?」
「そちらは問題ない。少し相談がある」
相談そのものは問題なかった。ザイードらしい気遣いで『エル殿』と一緒にいるシトナイ殿の中の『イリヤ殿』に関してであった。
「心配ではあるが、そのシトナイ殿のお陰でイリヤ殿の人格が護られていると伺った。だから、そこはどうしようもないであろう」
「それもあるのだが……」
「何だ? 申してみよ」
「ああ、あの方ならヘラクレス殿とここに残ると仰られるだろう事は想像に難くない。となると連れ帰る事もできん。となれば誰かに託す事となる。それはシトナイ殿との約定を違える事にはならんか?」
真面目な男だ。実は我らは『時臣殿』に仕える身だったので、『言峰綺礼殿』には何の恨みもない。そこもあって国外でなく冬木、ひいては日本担当となっていた。今は仲間となっている他の百貌には説明済みなのだが、彼らの『コトミネ』に対する恨みは誠に大きい。それもこれも、この気の良い男を切り捨てたが故だ。
「託すとすれば、ヘラクレス殿のマスターでもある並行世界存在のエルヴァ殿であろうよ。ところがそちらはまだ子供。となると後見人には、この世界のノイント殿に頼む他はない。そして最新情報だ」
「む?」
「スイスには『エル殿』の代わりとなる者、即ち同じ名を与えられたエル殿が既に居られるそうだ。なので心配には及ばんだろう」
「そうか……ホッとした」
そう言ってザイードは出て行った。
我ら百貌は全員が平等に第十九代教主ではあるが、宗教上は明確な上下関係があった。まずウラマー(識者、法学者)の知識を持つのが私とアサ子を含む数名だ。これは最初に分裂する10人に含まれていた。残る数名は他の大勢と同じくハーフィズ(詩人、クルアーンの暗唱ができる)であった。そして私はウラマーを率いるムフティー(ウラマー達の指導者)であり、イマーム(指導者という意味の称号。この場合は最高責任者。他の派を含めた最高位はカリフというが、我らの教団には無縁だ)であり、カーディー(裁判官。教主であるので必然)でもあった。
つまり『誰が本物の教主か?』で迷ったのはわずか数名だったのだ。問題は『誰が自分自身なのか?』だったのだ。今は私が全員の指導者となり、先のように個々の悩みや相談に乗っている。別人でなく別側面を利用して別人格とする『エル殿』のあり方を学び、一人の赤子に宿った10人の魂が最初から多重人格であった事なども教わり、むしろ原点に立ち返る思いで、教義と掟に戻れば、道筋が見えて来たのであった。身体がない間は迷うが、別の身体を得たのならそれは別人であると。そして『兄弟』全員で『教主』という称号を得たのだと納得できたのだ。
思い返せばこの迷いは、同時代を生きた、あの『狂信者』も関わってくる。あの女は天才であった。歴代教主のザバーニーヤを会得してのけたのである。我らは我らならではの特質が評価され教主を拝命できたが、今もってあの狂信者には畏怖の念がある。つまり我らはこの他者となって逃亡できるという特質を、我ら自身が劣っていると感じていたのだ。
しかし『エル殿』は英霊となり他者とならず、分裂を可能とした宝具を『最高の宝具である』と評価して下さった。『情報を制する者は世界を制する』とは真実であった。それを体現し教えて下さったのが『エル殿』だった。だから我らは『時臣殿』に申し出たのだ。『現世に残る事が許されるのであれば、『エル殿』を手伝いたい』と。そうして我らは快い返事を頂け、契約を『エル殿』に切り替えた。そうして今に至る訳だ。
その当時は本当に小さな少女だった。そんな少女が我らの宝具も顔負けな魔術を使い、数々の危機を脱して行く。その様を間近で見て、セイバーこと『アルトリア殿』も家族として生きる道を選ばれ、他のサーヴァントも現世に残り『人としての夢』を追う決意を固めたのだ。その列に我らも並んだ。それはともにあの冒険の1年を過ごした我らのみが知る絆でもあった。我らは皆、『エル殿』が好きだったのだ。
「え? 帰ってないの、衛宮君?」
「……はい」
「一体全体、どうしてよ?」
ここで私は桜の話を詳しく聞いた。
「姉さんは御節料理をご存ですよね?」
「ええ。新年のお祝いと三賀日を休むために作られる……」
「そうです。それでお祝いの物や、作り置きの利く料理ばかりとなります。それでお店はご夫妻で経営されている和食中心の小料理屋さんで、普段の営業を終えてから御節用を作り始め、30日には詰め終えなければいけないんです」
「まぁ、そうでしょうね。となると衛宮君の出番は夜中になるのか……」
それなら仕方ないんじゃ?
「それが仕込みもあって、先バイ、お昼から出ていて」
おいおい。帰っていないんじゃなくて完全に勤務時間が長い上に、仮眠程度でしか家に帰れないってこと?
「幾つ作っているの?」
「そこは無理しないで例年は30セットだったらしいです。ところが評判が良くて今年は50セットも予約が入ってしまって……」
それでアルバイト募集だったのか。小さなお店にありがちな事だ。お馴染みのお客から、口コミで広がったりして断るに断れなかったのだろう。それにお店の広さはわからないけど、暖房を入れないで冷え切った店舗のカウンターやテーブルに空のお重を並べて、見本通りにくるくる回って詰めていくんだっけ? 三重なら5セットでお重が15個だ。これを6回ローテして30セット、10回ローテして50セット。それまでの作った料理を、冷やせるだけの冷蔵庫の大きさが必要だし、詰め終わったお重を仮置できる場所も必要だ。母が生きていた頃、お婆ちゃんと一緒に作っていた記憶が薄っすらある。
たった1つの三段重に詰めるだけなのに、ダイニングテーブル一杯に料理が並んでいて驚いた声を上げたのは……そうだ、父に抱っこされた桜だ。それでテーブルの上が見えなかったので、父にせがんで抱きかかえて貰って、私も驚いたんだ。あの頃は父も若く、片手で桜を抱え直し、せがむ私まで左手抱き上げてくれたのだった。なんて懐かしい……。
「それで?」
「何とか間に合いました。ですが本当に大変だったらしく、疲れてしまって初詣どころじゃない感じで……」
ここで私はピーンと来た。
「桜。もしかして……振り袖を持っていて、髪のセットや着付けを予約してあった?」
「はい~、そうなんです~……」
やっぱりか。そこで私はお婆ちゃんに電話を掛けた。大筋を話したところ、桜とも会いたいと言ってくれたので、そういう方向で考えを纏めた。それはこうだ。31日にまず私だけがお婆ちゃんちに行く。それは母の娘時代の着物が残っていて、下ろした髪で良いなら着付けともども何とかしてあげると言ってくれたからだ。それで31の夜に衛宮君を叩き起こして、3人で初詣に行き、その足でお婆ちゃんちに行って、そこで新年を祝おうという算段だ。
「どう? そうしない? 正直、私もお邪魔虫にはなりたくないけれど、31日は衛宮君も空いているのでしょう? なら夜まで寝かせてあげて、それから誘うの。それに……ほら、お婆ちゃん、養子に出ちゃったあなたの事を今も心配していて……でも、記憶がないから言えるに言えなくてさ。どう?」
「段々と思い出しましたよ。そしてわかりました。どうして姉さんが私の顔を見るなり走って逃げていたのか」
「い、い、言わなくていいからっ!」
私は顔が真っ赤だと思う。でも、こんな風に話せる日が来るなんて。そしてそんな時に、この喜びを分かち合いたい友が傍に居ないなんて。私はルヴィアに逢いたかった。親友の彼女に。
スイスは山国なので魚介は湖で獲れるスズキやマスなどがほとんどだが、実は余り流通していない。特にドイツ語圏では。魚をよく食べるのは主にフランス語圏で、レマン湖やジュネーブのある辺りとなる。チューリッヒもドイツ語圏なので、ドイツ南部(高地ドイツ)やオーストリアと食文化がとても似ていた。とにかく肉肉肉にチーズチーズチーズだ。限られた農地も、家畜の飼料ばかりで野菜はもっと暖かい国からの輸入ばかりだ。
なので国産物に拘ると……極端に言えば、ザウアークラウトでビタミンCや食物繊維を補うしかない。だからリヴェラのような不思議な乳清飲料が国民的人気を誇っている訳だ。そして毎朝の個室で行う爆撃は異様な芳香を放ち、しかも粘っこいので拭いても拭いてもスッキリしない。切れがないし、出し尽くしたという感がない。何と言うか……直腸の内壁にまだへばり付いているような気がするのだ。こういう時に温水洗浄便座が欲しいと思う。
とにかくスイスはスーパーに行ってもアメリカよりも野菜が少なく、あってもかなり高い。不揃いなものやカタチの歪な野菜は少しだけ安いのだが、そういうお買い得なものは地方のコープにまで行かないと手に入らないのだ。いっそのこと、週に数回国境を越えて、フランスあたりまでトラックで買い付ける方がアインツベルンの場合は安いのかも。
そんなどうでもいいような事を、私は朝っぱらから便座にかけて考えていた。その理由は、はっきり言って五感、特に臭覚を忘れたいからだった。いくら愛する人の後と言っても『何を食べてるの、フンボルトは!?』と文句を言いたくなってしまう。とにかくクサイ……。
「流しながらして下さい。昨日も言いましたし、アメリカでも言ってましたよね?」
「うわぁ~、ごめん。言い訳じゃないけれど、そういう細々した事を忘れちゃうタイプなんだよ」
私もそこまで怒っていない。男性はそんなものだと考えているからだ。
「私もつまらない事を口喧しく言いたくないです。ましてフンボルトの人間性に何ら不満はありません。だから好きになったのですし、こうして結婚にまで至ったのですから」
「ん? 僕が悪かったのは認めるけれど……何か言いたい事が他にもあるの?」
「はい。子供の事です。パパの真似をして、そういうちょっとした気遣いを見逃してしまうような子になったら困ります」
「でも、最初から僕似だったら?」
「嫌われない程度に躾けますよ。シロウさんやリンさんや、周りの事は結構しっかり見ていて、おおらかに受け止める……そんなあなたの魅力を受け継いでいるなら、まぁ仕方ないと思いますけど……」
そこで彼は顔を輝かせた。
「エルヴァ、君、まさか、お腹に?」
「まだ、まだ、まだ、まだ! 早いですって! でも28日の夜から避妊していません。私はママになる覚悟を持ちましたよ」
キャンペーンガールの契約も一応今年限りだ。契約延長となったら少し魔術を使って着床のまま凍結するだけ。
「フンボルトは?」
「そう攻めてくるのか……参ったなぁ。けど、あれだね。家が建ったら、トイレのドアに張り紙を貼ろう。『パパはキチンと流せ』って。それと性能の良い換気扇を付けよう」
私はニッコリとした。実はまだ設計段階だけれど、トイレとバスルームは日本のように別室(セパレート)にして貰っているのだ。特にリビング近くと寝室近くは。年が明けたらカラトリーや食器を見たいと話してあった。家電は日本製で揃えたいし、炊飯器とお魚用のグリルも欲しい。私とフンボルトは軽い口論もあるけれど、いつまでも仲良くしたいとお互いに願っていた。そして何より今は、2人の新生活にワクワクしていた。
「だけどとうとう31日だね? ここは何か新年を迎える行事みたいなのがあるの?」
「アインツベルンにですか? ありませんねぇ。暖炉の前で皆んなで寛いで……お祖父様に御本を読んで頂いた記憶くらいかなぁ」
「だろうね。僕もそんなものだ。それで年が明けると家族で買い物に出掛けて。それくらいだなぁ」
「ね? クリスマスで燃え尽きるんですよね」
「期間も長いしね。そこは日本だとどうなの?」
それで私は日本のお正月を話してあげた。重箱に詰められた御節料理や、羽根つきや独楽回しに凧揚げ。電信柱の多い街中や公園だと、今はどこも凧揚げ禁止だけど、未遠川の河川敷にまで行けば誰かしらやっていた。特に深山町側は。中等部1年の初夏に新都に建てたビルに引っ越したので、そちら側の河川敷は野球場やサッカー場にテニスコートが並んでいて、凧揚げなんてできる場所がなかった。公園はあったけれど、あそこも禁止だったと思う。
何より赤い冬木大橋の下は、深山町側が海浜公園となっていて水族館まで続く長い公園だったけれど、新都側はその橋の下が、炊事場もある有料のバーバキュー場になっていた。運営は冬木市で、炊事場だけでなくトイレもあって、1テーブル6人までで300円だった。なお監視員さんが常駐していてゴミをほったらかして帰ろうとしたら、叱られるか最悪は市の条例違反で罰金を取られる。
時々監視員さんに文句を言う人が居るが、その監視員さんは見た目が1番高齢そうな百貌のアサシンだったりする。1人で10人の若者を取り押さえた恐ろしいお爺さんだと、ちょっと有名なのだ。
「コマ? コマって……」
フンボルトはお土産屋さんで売っているような、ひねり独楽を想像したらしい。それは日本にもあるけれど、冬木で子供が駄菓子屋さんやおもちゃ屋さんで買うのは、別売りの紐を買って引っ掛けて回すタイプだ。鶴野の小父様が言うには今は軸も木製だけれど、昭和の頃は軸が金属で色んな種類があったらしい。端に行くほど薄くなる曲芸向きの宇宙独楽や鉄の輪を巻いた喧嘩独楽などなど。なのに東京のようなベーゴマはなく、メンコもあまり流行らなかったそうだ。ビー玉やおはじきは今でも売っているが、路地が失くなり、どこもかしこもアスファルトに覆われると下火になったようだと教えてくれた。凧も奴凧や四角い凧が当たり前だったのに、今はビニール製の変なのしか無いと嘆かれていたのを思い出す。
「紐を掛けて回すんだ?」
「そうです」
そこで紐を巻く仕草と、地面にサッとサイドスローで投げるようにして、小指と薬指の間に挟んだ紐を引く仕草を見せた。説明しながらだから何となくわかったようだ。
「上級者になれば縦に空中へ投げて、紐を肩に掛けるんです。そこに独楽の軸を落として『肩掛け』とか」
幻の大技に『耳掛け』というのがある。初等部時代、一度も成功者を見ていないし、聞いた覚えもない。だけどできた人は居たと、男の子は皆んな話していた。どんな耳だよ? 大体、独楽の重さと落下速度で耳が痛いじゃないか。絶対に誰かのデマが言い伝えられているだけだ。そもそも近代以前の伝承譚もそんなものだ。なので『肩掛け』はともかく『耳掛け』の話はフンボルトも笑っていた。だけど四角い凧にその昔は大凧というのがあって、これに乗って偵察や監視をしていた、生命知らずで身軽な忍者がいたというのは本当の話っぽいと言うと驚いていた。
これは当時の日本人の体格や体重に小氷河期という気候、そして日本の竹の性質に布地の強さから嘘とは言い切れない部分があるからだ。ただし問題は紐の強度と紐自体の重さがネックになるので、飛ばす場所は山城や山砦の近くに限られたと思う。
「つまりその戦国時代やもっと前の忍者は空を飛んでいた可能性があると言うのかい?」
「はい。そしてプラス東洋の魔術ですよ。重力や質量の軽減に風の魔術などなど」
「本当だ。こう聞くと箒より信憑性が高い」
実は箒で飛ぶ事は可能だ。それらも全部結界なのだ。さっきの重力や質量の軽減に風の魔術などを、箒と自分を包む結界内に一気に起こすのだ。ただ、未熟だと防温結界が張れない。そうなると寒いわ呼吸は苦しいわで使い物にならない。しかも箒って細いので座りが悪い。女の子だと股が痛くて仕方ない。なので使わない魔術師が多くなり廃れたのだった。
「面白いねぇ。日本の新年って。それで大人は何をするの?」
「ハガキってカードでやって来る、ハッピーニューイヤーのメッセージを読んだり、御節料理を食べながらお祝いのお酒を飲んだりですね。新年は『来る』んじゃなく、その歳の神様が運ぶものなんです。だから『お迎え』するんですよ」
こう言うとフンボルトは目を大きくして驚いていた。八百万の神や付喪神の信仰は神道だけでなく、アニミズム(自然崇拝)やペイガニズム(自然信仰と多神信仰)をも内包し、全てを日本という精神世界に取り込んでしまう。それは言ってみればブッダとイエスが肩を組んでマウント深山でお買い物をしていても、許容されるのではないかと思えるくらいのものだ。
そして通行人(みちゆくひと)は、神々しい方達に会釈し、ごく普通に自分達の買い物を続けるだろう。問題は托鉢僧を乞食同然に見る人々だ。つまりこれは仏教がお葬式関連以外、檀家でない限り広く浸透していない証左だ。新興宗教の勧誘のごとく、胡散臭く見てしまう。それが現代日本の平均的な信仰への理解度でもある。
そもそも私とフンボルトの結婚式にしたって、教会婚でなく人前婚だし、家族葬ならぬ家族婚だ。そして一族のみを披露宴ならぬパーティーに招待する。これも一族内での政治であり、魔術師ならではの人避けでもある。だからこそ日本の『エルヴァ』はどうするのだろうと気になる。想像は付くのだけれど、結婚後の生活はどうするのだろう。一生隠し通す積もりだろうか。きっとそうなのだろうと思うけど、それはそれで凄いなと思う。
「あ! そうだ!」
「どうしたの?」
「明日が元旦だからお年玉。結婚したらあの子達の目線だと『大人』ですよ。用意しとかないと……」
「オトシダナ?」
そんな『お前様もお年だな?』みたいな発音を……。
「お年玉。これも日本の風習で、三賀日はこれで遊びなさいという意味で渡す、最初のお小遣いです」
「あ。それで妹さん達に……なるほど。それは幾らくらい渡すものなの?」
「そうですねぇ。家にも拠ると思いますが、小学生なら3~5千円くらいですから……キリ良く50スイスフランで、高校生は倍の100スイスフランかなぁ」
「君さ、それも大いなる問題に突き当たるよ?」
「え?」
「高校生は3人だ。それにお姉ちゃんは無視できないだろ?」
あ。自分で自分にお年玉……? それにフンボルトの言う通りで、姉さんにも渡さないと。200スイスフラン? そもそも新札の用意がない……どうしよう……?
結局、朝食を待つ間を利用して、お祖父様にご相談すればこっそりと新札なら金庫にあると思うとお教え頂いた上に、全部儂が出すとまで仰って頂けた。その時の朝のご挨拶で、随分とからかわれたのだが。
『子作りに励んでおるか?』
『お祖父様、朝から……』
『恥ずかしがらんでいい。人も動物。ケダモノにならんと子孫は残せん。そこに知性も教養もあるか。夫婦のべッドに生半可な道徳を持ち込む者は、ED予備軍か稼げん愚か者の言い訳じゃよ。獲物を狩る必要のない現代じゃが、稼げんとは獲物を狩れん男も同然じゃ』
それを言いだすとフンボルトは失格になっちゃう……。
『アホか。お前が足らん分の木の実を拾い、穀物を育てれば良いだけじゃろ? それに子育ては夫婦だけではない。儂らもおるんじゃ。同じ洞窟に住む一族じゃぞ? 長や長老やお婆を頼るのは恥でも何でも無い。儂らはそうやって生きてきたんじゃ。それに儂の洞窟は地球より広いからの。エルヴァや。家族を愛し家庭を大切にするとは、充実した生活があるかどうかなんじゃ。愛情だけでは食べていけん。仕事だけで家を振り向かんようでもいかん。まぁ、要はバランスじゃよ。そしてそのバランスをお前が一歩引いて見る心が必要なんじゃよ。夫婦仲良くな。それでフンボルトの遊びは許してやれ』
『な!? 彼はお祖父様ではありません!』
『あのな……お前がどんなに素晴らしくとも、毎晩ステーキで良いのか? お前だって、たまにはスシやラーメンを食いたくならんか? マアエモからそう聞いとるがの』
ウインクしながらそんな事を言うのだ、このお祖父様は。私がイタリアの跳ね馬なら、『彼女』はドイツの跳ね馬だと思っていた。そしてそれはエルの言葉だったと思う。だけどお祖父様はクルマでなく食べ物で例えてきた。これを聞いていたエルもモードレッドも何とも言えない顔をしていた。今時の女性には言えない言葉だと思う。だけど私や『エルヴァ』には届いてしまう。
お祖父様は、ご病気で亡くなられた一番最初の奥様を今も愛されている。3歳違いの幼馴染みで、婚約は奥様が10歳前後の頃だったとか。そして奥様が15か16歳になられた頃に結婚した。スウェーデンに渡ったアインツベルンの一族出身だけど、ある事情があってこのお屋敷で一緒に暮らしていたそうだ。しかもこのお祖父様は子供の頃から性豪で、婚約したのはお医者さんごっこがバレたからで、結婚したのは奥様のお腹が目立ってきたからだ。だけどドレスが合わないからと、出産後に式をした。つまり奥様が14~15歳頃から手を出していたのかと思ったのなら甘い。奥様が気に入ったから、結婚したくなって避妊をしなくなったというのが真相だ。そんな最愛の奥様が男の子を2人産んだ後に亡くなってしまわれた。それから、もう再婚はしないと決めていたそうだ。
だけどそんなお祖父様の心を射止めた女性が現れた。信じられないだろうが、最初の奥様が亡くなられて30年くらい経った後だったという(だけどそれまでの間も女性と遊び倒していて、何人か子供が居る)。ともあれ、お祖父様が再婚を決心した二番目の奥様は当時17歳かそこらで、一説によるとお祖父様のお父様の血が入った血縁だという。だけど三等親はゆうに離れていたらしい。甥か姪の子だろうか? あまり考えたくないが、ともあれその方が、今はオーストラリアに住まわれているカールお兄様のお母様だった。一度お写真を見たが、とんでもなく可憐で華のある人だった。そしてあのジークムンド様の血も入っている方だったそうだ。
『あなたの心に住まう奥様も、あなたと同じく愛しますわ』
カールお兄様のお話だと、ルヴィアみたいな性格の方だったそうだ。だけどお祖父様とはとんでもない年の差がある。そこで一歩引くお祖父様の手を取ってグイグイとお2人の関係を深めていったそうな。だけど幼いカールお兄様を残して、奥様は殺された。お祖父様と間違ってクルマごと爆殺されたのだ。爆弾を仕込んだのは道路のど真ん中で、真上に来た瞬間にリモートで爆破されたのだ。それも何日も何日も前から仕込まれていたらしく、犯人は丁度いい場所を通るまで見逃しさえしていたという。
それは今日のような雪の日だった。カールお兄様とお祖父様へのプレゼントを買いに走ったのだ。ご長男のアルトゥルお兄様はもう冬木で亡くなられていたし、ブルーノのお兄様もとっくにアメリカに渡った後だ。注文の品が入ったからと急いで出て行った。そして道路ごと吹き飛ばされた。道路に大きな穴が開くほどだったのでご遺体は木っ端微塵で見つからなかった。魔術師を確実に殺すための罠だったのだ。
お祖父様はそれ以降、ご結婚をされていない。遊びはするが、どの女性も愛せないのだ。それがどれほどの美人であろうと。
まぁ、ともかくそれで食後にお父さんも呼んで、フンボルトと私にお祖父様の4人でお祖父様のお部屋に行った。
「キリツグ、オトシマエとやらの事を早う言わんか?」
お父さんが落とし前を付けられそうだった。それはさておき、ポチ袋なんてスイスにありはしないから、封筒も頂いて『お年玉』と『名前』を書いて明日渡す事にした。気をつけないとおチビちゃんと姉さんのを間違うと大変だ。お母様を誘わなかったのはママがこっそり教えてくれたからだ。
『アイリスフィール様は、その『オトシダマ』を既にご用意されていて、こういう風習が日本にはあると教えて下さったのですよ』
それでママも急遽、と言っても数日前に用意済みだという。やっぱり私に渡すかどうか迷ったらしい。渡すと一人前と認めていないようだし、渡さないとあちらの『エルヴァ』と差を付けているようだしと。それで一応私の分も用意したらしいのだが、それは姉さんに回すようお願いした。なにせ司祭までするような人だから、頭数に入っていなかったのだそうだ。
渡さないと拗ねると教えたら驚いていたけれど、あの人はそういう子供っぽさが魅力だったりする。それなのに司祭を買って出たりしてくれる……そういう人だと教えたら、何度も頷いていた。
「クリスマスのプレゼントで良いじゃない、とは言えないのか……」
部屋に戻って風習の事を話していた。
「まぁ、妹達はエルヴァちゃんを除けば日本育ちですから。何もないお正月だと可哀想です」
「そこはわかるよ。けど、君、話していたろう? カードがどうとか」
「年賀状は別にいいですよ。それを含めるとお歳暮はどうなったってなりますから」
お歳暮やお中元の事を詳しく話したらウンザリしていた。だけどこれも江戸時代の大名から続く風習が庶民に広まったものだと教えたら目を輝かせていた。そこで江戸城でのお正月を幾つか教えた。三賀日は挨拶ばっかりなので驚いていた。旧暦の6月16日は嘉祥の日といってお菓子を将軍自らお目見えの大名に配っていて、二代将軍の秀忠公は翌日腕が上がらなかったとか、元々は宮中の伝統行事が武家社会に下りてきたものだと説明したらたいそう喜んでいた。
彼も『サムライ』やら『ニンジャ』に、何となく憧れた少年時代があったようで結構こういう話が好きなのだ。ドイツ人でこれだから、アメリカ人はもっと凄い。
『お嬢さん、体力あるねぇ』
『日本の伊賀で忍術を学びました』
『君、今、何をした?』
『ああ、見られちゃった。今のは甲賀で学んだ忍法です』
私は転身姿も魔術も、アメリカでバレたらこれで通そうと思っている。だから最近はクナイや手裏剣も投影したりしていた。半ば意識しないでパッと投影できれば。
そこへ『エルヴァ』がやって来た。1人でだ。
「ど、どうされました?」
「お祝いです」
それで手渡されたそれは細長い桐箱に入っていて、紐を解き蓋を開けると黒檀の鞘に入った包丁が2本あった。その鞘から包丁を抜くと……。それは堺物の白一水焼き本焼きの先丸蛸引き(先端が刀の帽子の様に刃側が丸い)と切付柳刃(先端の峰側が丸い。つまり峰より刃の方が長い)だった。刃は鏡面で柄は黒檀。その鏡面の平には、切付柳刃には『恵瑠羽』、蛸引きには『噴戊瑠斗』と彫られてある。が、正確には刃が反っているので蛸引きではない。どちらも身離れの良さそうな刺身用で長さは一尺一寸だった。
水焼きとは鍛造した包丁を油でなく水で一気に冷やして焼きを入れる方法だ。この焼入れは例え油であっても失敗しやすい。何故ならこれが白一の本焼きだからだ。白一は鋼の等級で抜群に硬い。ある意味クロムの入った青二よりも硬く扱い辛い。だけど青二よりも研ぎがしやすいという利点もあった。そして本焼きとは鋼と軟鉄の張り合わせ(霞)でなく、全てが鋼でできた包丁を指す。つまり全鋼だ。寒い朝に板場でピシッと割れる場合があるくらい管理の難しい包丁だ。だけど鏡面仕上げ(美しいし映える)の柳刃はまさに花板の持つ包丁に相応しい。
1本4~50万はするこの2本は、あの料理の師匠であるシロウさんと同じものだった。値段が高いのは水焼きの段階で割れたりしてロスが出るからだ。つまり10本分の値段だと思えばいい。なので年々職人も水焼き本焼きを作らなくなった。それを2本も……。しかも片方はフンボルトの銘が入っている。彼に刺し身を引けと?
「これは……?」
「シロウさんと先生からです。エルマの宝具に送り付けて来られました」
『現象』の結界で、今先生も凜もこの世界に入れないという。なので宝具に送り付けたらしい。しかもこれが投影品で、柄と鞘がシロウさんの自作だそうだ。
「添えらた手紙にありましたよ。急な温度差でも絶対に割れないって」
それこそがシロウさんの投影だ。オリジナルより劣るのでなく、オリジナルを凌駕した性能を付与する。私の投影もこれを目指しているのだ。ちなみに『エル』は『絵瑠把』だった。それで私は『恵瑠羽』か。フフッ……。宝物がまた増えた。だって、この精緻な投影は私にはまだ無理だ。つまりこの2本は投影のお手本であり、これに負けない料理を作れというハッパなのだ。私はお2人に感謝した。
「刀みたいだね?」
「ね? この他に剣型の柳刃なんてのもあって、今日はという日に使ったりするようです。白二の本焼きでも恐れ多いのに、白一の水焼き本焼きなんて……」
勿論、フンボルトには意味を説明した。それと霞作りと霞仕上げの違いや、刃付けや糸刃の事も。ステンレスなどの合金の板を打ち抜いたり削ったりしてブレードを作る、ナイフのような構造しか知らない彼は、鍛造と焼入れには感心していた。耳にした事はあっても、そんな鍛造品なんて刃物の現物は博物館にしかない。それが現代でも使われ、ましてや油焼きでなくリスクの高い水焼きだ。その覗き込めば自分の顔が映り込む見事な鏡面にフンボルトは魂を抜かれていた。これは良い方向で職人魂に火が着くかも。
そこでダメ押しに、徳川将軍家旧蔵『名物本庄正宗』を投影してフンボルトに見せてあげた。戦後GHQに接収され、その後所在不明になった名刀だ。実はこれ、アメリカのブルーノ家に今もある家宝だ。私も『エル』の中で観ていたし、お兄ちゃんも手に取らせて頂き、解析を掛けていた。お試し斬りはアルトリア姉さんが牛肉の枝肉で行った。相州伝の見事さを今に伝える、本物の『正宗』だ。やがてお兄ちゃんがそれを少し改良して投影しだした。そちらも私は何度も観ているし、『エルヴァ』から分かれた後、アメリカでも日本でもこっそり視せてくれていた。だから『エルヴァ』はこれに驚いていた。要は私の方がこの『正宗』に関しては『真に迫って』いるのだった。
日本の刀は大きく三期に分類され、平安中~末期から慶長以前を古刀(古刀~末古刀)、慶長以降明和元年頃までを新刀(特に慶長期のものを慶長新刀という)、そこから廃刀令の出る明治九年までを新々刀と区分される。これはその辺りを境に作風に変化が見られるからだ。古来日本も大陸と同じく直刀の剣であった(上古刀。日本刀でなく刀剣に分類される)。それが蝦夷(えみし/東北)の蕨手刀(わらびてとう)を参考にして、刀工が腰(手元)から反った大業物の刀を作るようになった(古刀~末古刀)。主に馬上での使用を想定されたそれらは長大で大きく腰から反っているので、現存するものは誰が見ても古刀だとわかる。ほぼ、国宝か重要文化財、重要刀剣などに指定されているので見応えのあるものばかりだし、『天下五剣』と称される名刀五振りもすべて古刀だ(童子切、鬼丸、三日月、大典太、数珠丸)。腰に差すのでなく佩(は)く。それが古刀だ。
その長大さからこれら古刀を太刀(たち)というのに対して、新刀以降のやや短くなったものを打刀(うちがたな)という。だいたいの新刀は腰ではなく、もっと中頃~先の方で反っている。この頃から刀の差し方が上下逆になった。中でも背中から抜くしかなかった太刀はぱったりと消えた。新々刀では先の反りも江戸時代末期に近づくほど減っていった。これは戦が失くなり、実戦は喧嘩か防衛しかなかったからだ。しかしながら、大政奉還を迎えんとする真の幕末は、再び実戦刀が好まれた。当たり前だが反りのある方が鞘から抜きやすく、斬りやすいからだ。
刀を抜く時は鞘引きという動作を伴うが、その所作があったとしても反りの弱い刀は抜きにくいし、命の取り合いとなれば先手必勝は当たり前だ。つまり何の話かと言えば、要人への襲撃や暗殺である。倒幕派の敵は新撰組だけでなく、明治になっても、政府要人を誅さんと自身で動く物騒な人が多かったのだ。
『日本の夜明けぜよ』なんて宣っていたあの人も、見る人が見れば『ああ、あっち側に操られているな』とすぐに分かる。そもそも歴史的にあまりにも『ぽっと出』過ぎる。とは言え江戸幕府が死に体だったのも事実で、民主化も必要な事だったのだけど。
少し余談が長かったが、その『正宗』とは鎌倉時代末期の人で、『相州伝(相模国)』という作風の代表的刀工とされている。なおこの他に『山城伝(山城国)』『大和伝(大和国)』『備前伝(備前国)』『美濃伝(美濃国)』があり、これを『五箇伝』という。正に日本刀黎明期の最高峰の一角だったのだ。今だにこれら古刀最盛期の作を超えるものは出ていない。
『正宗』が徳川の守り刀だったなら、仇成すと言われたのが『村正』だ。妖刀とも言われるが、文亀(1500年頃)から寛文8年(1668年)まで存続し、基本の『美濃伝』に『山城伝』や『備前伝』の流れを汲む島田派、『相州伝』などの技法も取り入れた質実剛健な刀を作った名刀工一派である。そしてその妖刀の噂を流したのは徳川だと言われている。理由はこれ程の名刀を三河武士以外に使わせてなるものか、という隠蔽工作だった可能性が高いのだ。つまりキレキレに斬れて曲がらず折れない。それが例え噂であろうと、偽の評であろうと、『斬れて、曲がらず、折れない』とはすべての武士の理想であったからだ。
秀吉以降国内の領地を分け与える事は難しい時代になった。よって金銀財宝などで報いるしかなくなってきた。とはいえ金にも限度はある。そこで閃いたのが茶器や刀だ。この価値の変換は上手かった。一度決めた事は曲げず折れない。だが頑固ではない。新たな考えに着いていき自らも案を出せる頭のキレ。『武士(もののふ)もかく有りたいものよな』などと言われれば『そうだよなぁ』と思ってしまう。太閤さんが大坂で今も親しまれるのは、商人気質が似通うからだろう。要はなぁなぁのオッサンなんだけど。
でも五大老は前田も徳川もそこをちゃんと見ていた。人を誑し込むにはどうすべきかを。残りの三大老のその後が、わかっていないなと思うのはそこもある。上杉なんてわかっていそうなのに、見ていたのは家臣だけで、他の大名を見ていなかった気がする。実に惜しい。兼続辺りがこれをキチンと言わなきゃならないのに。真面目一辺倒だけでは、世の中は立ち回れないって事だ。
ともあれ『村正』はとんでもない風評被害を被った訳だけど、却って人気が出た。それは歌舞伎や読み物にも度々取り上げられたからである。現代でも小説にアニメにと二次創作を含めれば凄まじい知名度だ。そして徳川将軍家はこの『正宗』を買い漁り、家臣の腰には『村正』ばかりだ。それぞれの『伝』も時代も異なるのに、セットで覚えてしまう程後世にも有名な理由がそこにあるのだ。
なお、余談ついでに。姉、アルトリアの愛刀が『同田貫』である。慶長元年新刀期と新々刀期の二回隆盛した、肥後刀工の一群である。その伝は『山城伝』(山城から刀工を招いて始まったので)と言われるが、どこまでも実戦向きの剛刀で、美術的価値は低いとされる。だけど数打物とは言い難い作もちらほらあり、その逸話もあってかなりの高額で取引されている。その逸話とは明治の天覧兜割りと、数々の創作物に拠る。一番有名なのは『子連れ狼』の主人公・拝一刀が持つ『胴太貫』だ。『同』を『胴』に、『田』を『太』にしているところがミソだ(山田浅右衛門の持つ『鬼包丁』も架空の刀)。
この姉が持つ『同田貫』は比較的短い物が多い中で三尺もあり、藤原正国作の本物だ。『エル』が贈ったものだが、姉の神秘が上乗せされるのかアルミのエンジンブロックを易々と斬り裂いてのけた。『エル』は新々刀末期の清麿や現代刀の小林康宏(斬鉄剣として知られる)などを所有しているが、真の斬れは使い手次第と改めて思ったそうだ。何故なら姉は、廃車から取り出した2000ccのエンジンを、ピストンやコンロッドにスリーブ、オイルも入った状態で斬ったからだ。当然刀身はオイルで濡れる。それでも3回斬った。
兜割りなんてものじゃない。鎧を着込んだ人を縦に真っ二つにできる技量だ。そして刃毀れも反りが変化(変形)する事も無かったのである。剣の英霊は受肉してもこれだった。今は親友といってもいいモードレッドも、あの姉にはビビると思う。それっくらい剣や刀を握ると怖い。そもそも世界中どこを見渡しても人が手に持つ最強の武器は槍か矛なのだ。それを抜いて相手を鎧ごと斬り裂く。その豪剣こそが姉の剣だったのだ。
だから私は姉の『同田貫』が好きだった。だから投影した刀をセイバーに持たせた。でもフンボルトに見せるのなら『正宗』しかなかった。
「私がお付き合いしている方の実家が薩摩示現流でした。それで床の間にある刀が『同田貫』でした」
本物は大切に仕舞ってあり、床の間にあるのは模造刀だったという。人ん家行って解析するなよ。けれど吉川クンの家が示現流だったとは。示現流とは新陰流から派生したタイ捨流と、天真正自顕流を学んだ東郷重位が郷里の薩摩で興した流派だ。途中バタバタもあったが、現在も警察や警視庁に伝わる実戦剣法だ。
「それと彼は『虎徹』がいつか欲しいらしく……」
『虎徹』とは新刀期の名刀工、長曽祢興里とその子(養子とも実子とも)長曽禰興正の二代(延宝から元禄頃)にしか使われていない伝説のブランドだ。現存する作はどれも曰くありの名刀で、それだけに『正宗』と並んで贋作が多い。一番凄まじい逸話は父興里の残した『燈篭切虎徹』だ。
とある旗本が興里の腕を聞き及び作刀を依頼した。ところがいざ完成すれば、この旗本が値切る値切る。武士が貧乏になり始めた時代背景もあったのだが、これはそんな安物ではないと興里が怒った。当たり前といえば当たり前で、刀工に対して失礼な話でもある。そこで斬れ味をご覧あれと、庭の松から伸びる枝を斬った。ところが勢い余ってその下にあった石灯籠まで斬ってしまったという話だ。結局旗本が幾ら支払ったのかは不明だが(本来は依頼の際の着手金で、灯籠を斬った刀と後で作った刀は別だったという話もある)、こういう噂は一気に広まった事だろう。
そしてもう一つの逸話は、あの新撰組局長、近藤勇の愛刀が虎徹だったのだ。池田屋にせよ京の街にせよ狭い中で戦うのが新選組の剣法だ。しかも天然理心流のみならず、神道無念流、北辰一刀流などを隊士が教えあったという。例えば示現流なら最初の構えでわかるので、一の太刀のみを何としても避ければ勝ちの目はある、と言い切っていたそうだ。
そんな風に徹底していても、新政府軍の砲や銃に負けた。ブレイクスルーを見ていなかったのだ。それはあたかもPCでエクセルを使えない、電卓だけで帳簿を付けているようなものだった。南無三。
「何か馬鹿にしました?」
「い、いえ。『虎徹』は贋作が多いから気をつけませんとね」
「そんなもの私が投影します。本物以上の物を」
彼女はやはり私だった。
まぁ次から次へと選挙の不正が明らかになりますね。あちらでは民主党の逮捕者や罪を逃れるために寝返った人や、内部告発する人が続々です。
日本もそろそろメディアにメスを入れる頃ですね。