弘一兄ぃが一度帰ってきた。だけど着替えを取りに戻っただけですぐに出て行った。出しなにエルヴァは来ないのかって言われたが、従姉妹の結婚式でスイスに戻ってると言うと『ああ、そうだったな』だと。2回ほど言ったのに、覚えてられないほど忙しいらしい。正直心配だ。
「弘二兄ぃ?」
「ああ。兄貴、相当だな」
今、俺達は2階の弘二兄ぃの部屋で話していた。エルヴァから釘を刺されたんだ。お袋の前であんまり事件の話をするなって。それが耳に入って、戻れない親父や弘一兄ぃの事で心配するからって。勿論守秘義務のある内容は親父も話さないが、推理は許されていた。この家じゃ長い間それが当たり前だったから、お袋の気持ちなんて誰も考えていなかった。俺も弘二兄ぃも大いに反省したものだ。だからこうして2階の部屋で話し込んでいるって訳だ。
「やっぱりどう考えても首相や閣僚の考えというか……動きがおかしい。本気で日本を良くしようと考えているようにしか見えない」
「良いコトじゃん」
「ああ、良い事さ。何がどう良いのか、話しても難しいと思うので端折るが、どうもおかしい」
「何がだよ?」
「だから政治家の動機だよ。急に真人間になるか?」
これはピンときた。
「誘拐されていた息子だっけ、それが戻ったから?」
「逆だろう? 言う事を聞かせるために、人質のまま返さないで脅すのが普通だろう?」
そういやそうだな。
「それで、その戻った息子達が元気だという報道も何もない。それと報道機関もだ」
各テレビ局の社員の子供も誘拐されていたんだ。でもそれも戻って解決した。こっちは大々的に報道されて皆んな良かったなって話していたんだ。
「確かに感動の親子対面はあったし、犯人からのタレコミ通りに富士の裾野の某テロ宗教の施設跡で発見されたのも事実だ。だけど本当に全員戻っているのか? いや……戻った人質は本物なのか?」
「弘二兄ぃ……何を……?」
弘二兄ぃはラグビー野郎な見てくれと違って頭がいい。弘一兄ぃの手前言えないが、実は親父が一番期待しているのがこの弘二兄ぃだ。
「今から、バカっぽい事を言うぞ? もし人の心というか……精神だな。その精神とか思考とか、記憶とか、そういうのを奪われた状態で返されたとするなら?」
「何を言って……オカルトか? らしくないぞ?」
「俺だって変だと考えている。でも、まぁ聞いてくれ。それでその子供が親に黄金バットの下僕からの命令を話させるんだ。そして命令通りに動かないと精神が元に戻らないぞと……」
「催眠術か?」
弘二兄ぃは真顔で頷いた。
「そうとは断定できないが、それに類する何かだろう。それで誰も大騒ぎしない理由……1回指令通りに動く度に徐々に戻るとすれば?」
「へ? そんな催眠術なんてあるのか?」
「だから仮定だ。そして戻ると確信が得られたから、皆んな黙っているんじゃないか? 同じ局内なら話し合うだろう? 同じ省庁の同じ部署なら? 同じ党で同じ会派なら?」
そうだ。孫が居なくなった議員も居たんだ。
「そしてここがミソだ。仲間との相談までは許されても、世間にバレればその人質が自分で自分を傷付けるのだとしたら? つまり、人質だった子供達は自分で自分を人質にしている状態なんだよ」
あまりにもそれは変だ。
「何だよ、それ。どんな魔法だよ? そんな事、できるのかよ?」
「わからん。わからんが、俺にはこれ以外、合理的な答えが出ない」
そんな魔法のような催眠術を使ってくる奴が犯人だってのか? それも集団の? しかも目的は世直しだって……?
親父や弘一兄ぃが困っているのがここなんだ。少し国際情勢や、国内のこれまでの利権構造なんかの噂を知っている人ほど、犯人を応援しているんだ。しかもそのメスは警視庁や警察庁、検察庁にも及んでいた。勿論マスコミ各社やテレビ局の下請けの制作会社や、各省庁の役人にもだ。それも全部犯人からの名指しだ。
○○社の××記者は、旧中国の誰々と親しくしていて賄賂を送られていたとか。そんなのが何人も何人も犯人から暴露され、否定してもどこか外国から、ネットにその受け取りシーンの映像や音声が出回ってしまう。スパイ防止法が可決している今、次から次へと逮捕者が出ていた。本当に大掃除が始まっていたんだ。
流しているのは現在の新中国だろうと言われるが、あそこが北を併合して、拉致されていた人達を日本に帰してくれたから、誰も何も言えないんだ。今の日本はそんな事になっていた。
「怪しいのは今の中国だろうな」
だけど……。
「ああ、証拠はない。それに台湾独立を支援し、香港やマカオを独立させ、チベットや新疆も独立させるために動いているとの情報もある。つまり国際世論的にはありがたい状態なんだ。だからアメリカもロシアも文句を言わないし、言えない。国連もEUも新中国の味方だ。変な角度から黒船が来たもんだ」
これも黒船なのか?
我らは函館に入っていた。昨日は小樽観光であったのだが、何と『エル殿』は我ら全員にと金一封(帯封された100万円)を『お寿司でも食べておいで』と恩賜下されたのだ。一人頭1万円以上だ。これには皆が湧いた。
「イマーム、白状する。俺は……俺は……」
む? 室蘭へ焼き鳥を買いに走った者だったな。
「どうした?」
「俺は、焼き上がりを待つ間、1人室蘭カレーラーメンを食べていた……」
まぁ、自腹なら良いのではないか? それにこの男は豚肉が平気だし。何より味噌の札幌、豚骨・魚介のWスープにラードと醤油の旭川、スッキリ醤油の釧路、さっぱり塩の嬉しい函館と並ぶ、有名なご当地ラーメンだ。仕事に支障を来さぬチャンスがあるなら、何ら問題はない。スープカレーでも何でも好きにしてくれとしか言えんよ、こちらは。
「その前にガラナを飲み、帰りはカツゲンを飲んでいた……おやつはちくわパンだった。そして小樽ではイクラとウニをこれでもかと食べてしまった。私はアッラーに……」
この男、北海道を満喫しているなぁ。暗殺者が今更何をとも言えんところが難しい。この破戒男は破戒者なのに信仰心だけはやたら篤いのだ。これもまた我らの特徴というか特異な点で、信仰あっての暗殺稼業であると同時に、潜伏などの必要性から、誰もが破戒者にならざるを得ないのだ。
「気にするなとは言わん。が、せめて本日のみは、贅沢も破戒食も我慢するとかせぬといかんだろうなぁ。要は1日でも良いのでスジは通すべきだろう」
「ああ、やはりか……。では、函館ラーメンもラッキーピエロも我慢して、ハセガワストアでやきとり弁当でも買うよ」
下調べバッチリではないか!? この破戒男は……まさかあのやきとんは、こいつが食いたかっただけ?
しかし現世に逗まり早10年。どいつもこいつも個性豊かになったものだ。我らはアサシン(暗殺者)であるが、この現代を生きる上で参考にしたのが『スパイ』であり『忍者』であった。特に後者は陽忍、隠忍、五情五欲の理……などなど、我らも行って来た事がよりしっかりと体系付けられ、きちんと明文化されており、大いに参考にし研究したものだ。
「おい」
「何であろう、イマーム」
「本来の北海道のラーメンは塩味だ。それがあっての醤油と味噌だった」
「本当に?」
「本当だ。面白いものだな。この列島の南北は、塩こそが基本だったのだ。そして味噌は札幌のみならず、仙台や赤湯(現南陽)でも共時的に開発されている。そんな本州の基本は醤油であった。大陸から渡った拉麺が南北の塩、中央部の醤油と定まり、そこからラーメンへと変化していくのだ」
「その、本州のそれは『そば』や『うどん』の影響だろうか?」
「それはあるだろうな。私は本州で塩とくればタンメンが真っ先に浮かぶよ。そして有名どころ以外にも、隠れた名店や一代限りで消えた味もあったのであろうな」
「そうだな……」
暗殺者は外道そのものだ。その者が培って来たであろう努力も技術も、すべて一瞬で水泡に帰すのだから。まさに砂漠の砂だ。だからこそ、今更ながらに堂を建て位牌を並べる、この国の者達のあり方に感じ入るものがあった。まぁ、それとて一部の事であろう。だが、愛玩用の犬猫も、競走馬も捕鯨の鯨にも慰霊塔を建て、篤く祀るのはこの国だけだ。そこに感じ入らぬ我らではない。
「どのみち『エル殿』は、他の英霊の方々との行動だ。十分護られている。構わんからラーメンでも食ってこい」
「イマーム?」
「構わん。ただし帰りに、バターサンドを頼む」
「フッ……承知した」
毎度、小樽まで来ながら積丹や岩内の天ぷらラーメンを食す機会がないのが残念だ。さて、私も支那そばを食べてこようか。
昨日の夜はニセコで食いそこねたジンギスカンだった。オレ達はホテルだったが、アサシン達は別会場で全員が朝からジンギスカン、昼は寿司でも食って来いと小遣いを渡されていた。警備はオレ達が居るから大丈夫だという意味だ。危ないのは風呂とトイレだが、これは女アサシンが毎回付いている。『エル』はこの女アサシンと仲が良いようで、小樽の昼も同席だった。それでもってシトナイにあれやこれやと世話を焼いていた。その姿が、やたらと『エルヴァ』と被る。
「オッサン、これで終わりじゃないんだろ?」
オレ達は函館の塩ラーメンを食ったところだった。
「ああ。ちゃんと函館山ハンバーガーを予約してある」
今晩はホテルに泊まるか、そのまま新千歳に戻るかだった。なのでホテルの予約は取っていない。それは小樽からの移動がすんなりだったんで、函館の夜景を昨夜観れたからだ。
「一旦、戻るか?」
「ええ。北京は1月の半ばからで良いようですし」
オレとランスは、随分と長いこと空けちまった冬木に帰りたかった。なので呂布と魏延を誘った。
「お前達も冬木に来いよ」
「おう」
「喜んで」
それで観光を終えたオレ達は、夕方クルマで新千歳に戻った。飛行機は12月31日の最終便だった。チケットがそれしか取れなかったんだ。5時間待ちだ。なので空港で買い物を楽しんだ。鮭とばでビールを引っ掛けながら、『また、来てもいいな』と、そう思った。
その日の午前中、私は逸る気持ちを抑えて、お向かいの衛宮君達の家に行った。それで出迎えてくれたセラさんに桜が記憶を取り戻した事、今夜桜と私とで初詣に衛宮君を誘う事などを話した。セラさんは立ち上がって喜んでくれ、リーゼリットさんはまず間違いなく『エル』の仕業だと言っていた。私もそうだろうなとは思うのだが、こっちに来ているのなら彼女は一体どこだ? それはリーゼリットさんにもわからないようだった。
「では、こちらは士郎に睡眠と休息を取らせれば良いのですね?」
「はい。お願いします」
そうして衛宮邸を出た私は、桜に電話を掛けてからバス停に向かい新都行きのバスに乗った。今度はお婆ちゃんちに行くのだが、この便だと駅前で乗り換えだ。年末だからだろうか? それとも私が知らないだけなのか? 禅城までの乗り換えなしで行けるバスが、いつもよりとても少なく感じた。それだけ私は浮足立っているのだ。
ずっと養子に出た桜の事を心配していたお婆ちゃん。今夜、やっと連れて行ってあげられる。
フィオレさんがどこで泊まっているかというと、これがリューリィさんの部屋の近くだ。これが何と言っていいのか、ここから先はリューリィさんの区域というかそういうのになっている。その区域、あるいは区画の中にリビングやバスルームが付いた部屋が十数部屋あるんだ。それでもってリューリィさん自身のベッドルームがある(本来の部屋がそこだろう)部屋には、キッチンや工房まで備わっているらしい。
「あの子が跡継ぎならば、私があの区画でしたのよ」
「どういう?」
「双子の姉妹ですわよ? 跡を継いだ方が、継げなかった姉妹の家族ともども面倒を見ますの。勿論、結婚を期に出て行く事も可能です。本来は庭に別棟を建てていたそうですわ。それで15~16歳頃にそちらに移り住みますの」
つまり体の弱かったリューリィさんのために別棟でなく、母屋にそういう区画を作り、ルヴィアさん自身はヘルシンキの海に浮かぶ島の別荘を改装して移ったという。それがなんと12~13歳頃だ。つまりそこから中学校に通っていたのだ。ハッキリは言わないが、この人はそれでリューリィさんが跡継ぎになれば良いと考えていたようだ。こんな話を知れば、俺と美遊は益々ルヴィアさんが好きになるばかりだった。
ルヴィアさんが突如現れた美遊を受け入れ、カード集めを委託したのも、リューリィさんへの思いがあったからなんだ。チャンスを与えたいって。対等(フェア)に見てあげてあげて欲しいって。サファイアがあるから大丈夫なんだろうけど、美遊をヘリコプターから突き落としたのも(最初は聞いてギョッとした)、少しでもチャンスを活かして、居場所を作って欲しいからだったんだ。
異邦人に限らず、人は自分をアピールして自分で居場所を勝ち取らないといけない。ルヴィアさんが凛さんより、早くからエルヴァさんに親しんでいたのも実にここだったらしい。
「後で気付きました。あの方もご自分の居場所を作るために動いていましたのよ」
だから和解した後、居候させてくれと頭を下げて来た時は嬉しかったそうだ。だってその先に楽しい未来しか見えて来ないからだ。
「そしてそのカンは当たっていましたわね。リューリィもフィオレさんもあんなに元気に……」
オレ達は爆ぜる暖炉の火を見詰め、肩を寄せ合っていた。俺にもたれるルヴィアさん、その横にはルヴィアさんと手を繋ぐ美遊だ。ここはルヴィアさんの寝室がある区画で、キッチン付きのゲストルームが、この暖炉があるリビングと幾つも繋がっている。その内の1つが俺と美遊に与えられた部屋だった。
フィンランドのクリスマスは長い。だいたい12月の頭から始まるアドベント期間(準備期間)を経て本番に備えるんだが、冬至から数えた十二夜(翌年の1月6日、公現祭頃)までがクリスマス期間となるんだ。だけど本番の数日と1月1日以外は仕事があり、学校もほとんど休みがない。美遊よりもっと小さな子が、真っ暗でシンシンと冷える雪道を歩いている。
北欧は保険や社会保障がしっかりしているというけど、それはこの過酷で長い冬があるからなんだ。そして休みは日曜以外にない。生半可な気持ちで移住なんてしたら大事だろう。ちょっとした買い物にもクルマが必須だし、北海道以上に雪道やクルマの知識がないと死に直結する。窓の外はどうみても零下20度近いだろう。
今日12月31日。俺とルヴィアさんは正式に婚約した。立ち会いはこちらに帰っていたオーギュストさんと、夏にお世話になったクラウンさんだった。2人で書類にサインしただけ。指輪も贈っていないし、結納なんて勿論ない。そんなないない尽くしな俺でも良いと、ご両親もルヴィアさんも言ってくれた。まだ名は衛宮のままだが、俺はエーデルフェルトの一員になった。これからはこの家の名に恥じない行動を取らないと。そんな決意を改めて固めたんだ。
「そんなに気負う必要はありませんわ。ビジネスも、父を手伝うも良し、他に合うものがあればそれで良しです。取り敢えず、私やリンとロシアに散らばった礼装を集める仕事からですわね」
これはそうなるだろう。恥ずかしい話だが、俺にビジネスの才能なんて絶対にない。死んだ親父(切嗣)と同じく、あちこちを転々として何かを探す……そういうのが向いていそうだ。それに元々のエーデルフェルトはそういうトレジャーハントも仕事だったという。今の世になると確かに難しいものがあるけれど、まだまだ探せるものはあるだろう。なので俺には不安も焦りも無かった。
「第二魔法には縁が必要……まさにその通りでしたわ」
属性的に、その魔法に行けるとすれば凛さんだけだろうとはルヴィアさんも思っているそうだ。だけど自分が欠けては凛さんが根源に行けない。そんな風にも思っているという。きっとルヴィアさんは、とても大切なものを掴んでいた。
トロンメルと廊下を歩いていたら、呼び止められた。振り向くと……。
「ビンゴゲームをしてくれた子達でしょう?」
「はい」
そのご婦人は一抜けし、包丁セットをゲットした人だった。後ろには旦那様らしき人も笑顔で立っていた。婚礼後、ほとんどの人は自宅に帰ったが、数家族だけこちらで年を越されるとは聞いていた。例えばエルヴァちゃんの親友のユリアーナちゃんの家だ。これはお祖父様の事業とも関係あるが、概ねはかなり親しい親族だった。つまり派閥で言えばノイント派になる。
「確かに私と彼女がそうでした。何かご用ですか?」
「ゴメンね。呼び止めたのは他でもない。私の用事だったんだ」
あら、旦那様の?
「そのね。折角良い包丁を手に入れたのだから、キチンとシャープニングを知っておきたくてね」
そう。包丁は砥石とのセットだったのだ。だからだろう。旦那様は布バッグをお持ちで、中に包丁と砥石が入っていた。昨日も私達を探していたそうだが、会えなかったので帰ったものと思っていたそうだ。そこをたまたま会ったエルヴァちゃんに聞いて、こちらの棟までやって来たという訳だ。この屋敷の作りは上から見ると横棒が五本になったEのようになっている。縦棒の部分が正面玄関やレセプション・ホールやお祖父様の執務室など公的な部分があり、横棒部分が上から大聖堂やVIPルーム(お姉様ご夫妻が使われている部屋)などがある。2番目の横棒は親族の方達向けの客間やお祖父様の部屋があるそうだ。3番目はメイドや執事といったここで働く人達の部屋が並び、作りがかなり違うらしい。4番目は客間ばかりで今は誰も居ない。5番目はエルヴァちゃんの部屋のある棟で、私達はここだった。そしてそれぞれの棟の縦棒部分に食堂や大広間などがあった。
要は私達を探しに2番目から、この5番目にまで来て下さったのだ。何階にお泊りなのかは知らないが、この私達が使わせて貰っている棟からは、かなり離れていると思う。
「研ぎ方ですか?」
「そうなんだよ。こんなの初めてだからね」
そういうやお姉様が海外には砥石なんてなかったと話していた。できなくもないが、こういう場合はお姉様が適任だろう。それで私はトロンメルにお姉様を呼んで欲しいと頼んだ。するとトロンメルは歩くよりも早いと思ったのか念話でお姉様を喚んだ。すぐに行くと返事があったようで、暫くするとお姉様が現れた。フンボルトさんとパミちゃんを伴って。お姉様違いだ。
「あ。パスのチャンネルが……」
同じだった。となるとお姉様は今、この屋敷にいないって事だ。こんな雪の中をどこへ……? ま、まぁ、それはともかく……。
「ちょうど良かったです。彼も参加して構いませんか?」
そうにこやかに、アメリカのお姉様はご夫妻に許可を頂いていた。
「勿論さ。君も初心者?」
「はい。一応、彼女には教わりましたが、包丁の角度が難しくて」
「そうか。では、一緒に」
「はい」
それでいらっしゃらないお姉様に代わって、アメリカのお姉様が研ぎをお教え下さる事になった。なんだなんだとエルヴァちゃん達姉妹やユリアーナちゃんにモードレッドさんにエル様も現れ、皆んなして流しに向かうお姉様の周囲に集まった。
「この砥石は初心者向けの砥石ですから、この赤い部分が200番で荒砥、裏が1000番の中砥になっています。もし輸入が可能ならステンレスで5000番、鋼で8000以上の仕上げ砥石を手に入れて下さい。仕上がりが全然違ってきますので。ですが、まずはこれで研ぎの基本を覚えましょう」
そう仰って、お姉様は砥石を水に浸けた。
「こうやって水に浸します。それで研ぎの性能が維持できるのです。それとこれは新品ですから良いですが、ある程度使ったら砥石の面を平らにする専用の砥石で削って下さい。なければコンクリートの平らな部分でゴリゴリと。ともかく砥面が平らでなければ正しく研げません」
そしてお姉様は布を下に敷いてから、その上に水を含んだ砥石を置いた。滑らないようにと理由も説明している。フンボルトさんがバッグから包丁を出した? どこの誰のだ? かなり使い込んだ包丁……いや、キッチンナイフだ。
「お姉様、それは?」
「ああ、厨房にあったのをお手本用に預かったんです」
つまり、お姉様はフンボルトさんに研ぎを再度教えて欲しいと頼まれ、レクチャーを開始しようとしたところにトロンメルの念話が届いたので、こうしてこちらに合流したのだった。ナイスタイミングだ。
そしてお姉様はその包丁で、用意していた新聞紙を切った。途中で引っ掛かるし、誰の目で見ても切れが悪い。それを何と200番の荒砥面に垂直に当て、ガリッと刃を潰された。
「新婦、何を?」
「この包丁は相当使い込まれていて、悪い刃が付いていました。これなら直すより、刃を付け直した方が早いです。そういうのを選んで預かって来たんですよ」
そうして笑顔でシャッシャッシャッシャッと包丁を研いでいった。砥石と刃の接触角度や持ち手の角度などなども説明しながらだ。それで200番が終わったところで、メモに刃の拡大図を描き、理想的な刃角や切り刃のあり方などを説明された。その説明を終えると、そこからは1000番で研いで行った。
「この黒いのは砥糞と言いますが、終わるまで流さないで下さい。これも研磨剤ですから」
そう言って研ぎ終わった包丁で新聞を切ると、カミソリのようにスーッと切れた。これは驚いた。これは1000番の切れ味じゃないぞ? まるで5000番か8000番だ。
「トグソっていうのの使い方じゃないの?」
トロンメルだけど、それは言えるかも。そんな私の驚きをヨソに、お姉様はフンボルトさんと旦那様にも厨房から拝借したらしき包丁を研がせていた。フンボルトさんの砥石は知らない砥石だ。ご本人のものなのかな? 砥石だけで色違いのものが10種類はあるんだけど。
「ああ、これ? 包丁セットと一緒に『エル』から頂いたんですよ」
そう仰って、お姉様はフンボルトさんと旦那様の包丁を仕上げていた。お2人には、また練習用の包丁を渡していた。細かに説明もされているし、合間合間のポイントも指示されているので覚えが良いのだと思う。2本目はあっという間に終わった。もしかしなくても簡単な研ぎの範囲なら、もう問題なく覚えたと思う。
「エルヴァ、あの方だよね? 先日の新婦さん」
「そう。前にも話した、アメリカにお住まいの『姉』だよ」
ユリアーナちゃんとエルヴァちゃんだ。『姉』にかなり含みを持たせている。これはエル様に対しても同じだけど、どうもエル様は一歩引いてメイドのように振る舞っていらっしゃった。だけどユリアーナちゃんにしてもエル様には、例えメイド服姿であってもきちんとした言葉遣いをしているので、エル様の立場はよく理解しているようだった。
年末に何をしているのだと思わなくもないが、こんなゆったりした時間も楽しかった。だけどお姉様はどこに行ったのだろう?
夜11時30分。合流した桜と一緒にタクシーで衛宮君の家に向かった。
「桜、もたれちゃダメよ? 帯が潰れるから」
「は、はい」
雁夜小父さん、この子が本当に可愛いんだろうな。15歳の高校生が自前で持つ着物じゃないわよ、これ。足元も足袋からして違っていて随分暖かそうだし、外套というかポンチョがまた可愛い。襟元がもふもふで良いなぁ。羽織とマフラーだけの私はちょっと寒いのよね。はぁ~、成人式じゃないから髪飾りはシンプルだけど、アップが似合うわ、この子。
そんな風に身近になった妹をしげしげと眺め眼福したところで、衛宮君を呼び出した。セラさんの返事と同時に着物姿の衛宮君が出て来た。
「あら、似合うじゃない。ね、桜?」
「はい。素敵です、先パイ」
桜が実の妹だったとは電話で知らせてあった。めちゃくちゃ驚かれたけれど、これまでの衛宮君との友好関係や、桜の都合の良い解釈で、記憶を失った妹(衛宮君は桜の記憶喪失は知っていた)を見守る姉というポジションになっていたので、彼からは将来の姉としてすんなり受け入れられていた。
変な話だけれど、こんな風に穏やかに話せる事がじんわりと嬉しかった。だから夜間料金であろうが、正月割増だろうがタクシー代は気持ち良く払えた。到着したのは遠坂神社でなく柳洞寺だ。これは混雑を避けるためと、年納めのご報告をお寺でもやっていると衛宮君が教えてくれたからだ。この後、お婆ちゃんの家に行く前に、神社へ御年始の挨拶に伺う。なんでそこまでって? セカンド・オーナーだからよと言いたいところだが、今年は何もかもが特別だったからね。春にエルヴァと出逢い、その後『エル』や師匠とも知り合い、大魔導師の先生と出逢い……。そしてリューリィさんは元気になり、桜は私を思い出してくれた……。これに感謝しないと嘘だろう。
柳洞寺はすんなりだったけれど、遠坂神社は結構混んでいた。
「やっぱり神社は混むわね」
「いや、少ない方だ。例年だと柳洞寺でこのくらいで、神社は参拝客でこの階段がぎっしりだぞ」
衛宮君の話だと、このところの事件で社会不安になっていて夜の外出を皆んな控えているらしかった。明日、元旦の日中は混雑するだろうとの話だった。
お参りを終えればお婆ちゃんちでご報告だ。やっと連れて行ける妹は、とっくに彼氏持ちで婚約同然だから驚くだろうな。タクシーの中でずっと考えていた。今年も色んな事がありそうだけれど、きっと後になれば楽しいと思える事ばかりだろうなって。
今年も良い年でありますように。
この31日の夜、僕は2人のエルヴァからとんでもないプレゼントを受け取った。まぁ……有り体に言えば2人の、本来はそういう器官ではない特別なヴァージンを頂いたという事なのだけど……。だけどそれを頂戴したのは僕自身でなく、エルヴァになった僕だった。つまり、もう1つの空間に入り、僕は『エルチン』付きのエルヴァになり、彼女達のお相手をしたって事だ。
最初は抵抗もあったし、異論も唱えた。だけど2人からの『すべてを受け取って欲しい』『全部、フンボルトのモノになりたい』という強い意志と熱い希望に折れざるを得なかったんだ。それと僕自身がその行為を、彼女達を壊すんじゃないかって危惧を抱いていた。だから余計に抵抗があった。だけど信じるか信じないかはこれを読んでいる君達次第だけど、欧米……特にアメリカやロシアでは恋人や妻との肛門性交はごく普通の事だったんだ。
勿論、膣と違って排泄口だから、何かの感染というリスクがある。だから大抵の人はゴムを使用するし、パートナーも腸内洗浄をしっかりしているものだ。だけど考えてみて欲しい、この空間を。ここでは肉体がエーテルに変換され出力される。要は感染リスクは皆無なんだ。そして僕がエルヴァになれる。つまり僕は凶器のような『チンボルト』でエルヴァを壊さずに済む。しかも『エルチン』は、僕には及ばずとも十分に大きかった。
だから彼女達の提案を不承不承ながらも受け入れたんだ。そしてそれは至福であり愉悦であり、まさに愛の再確認だった。彼女達から流れる愛液を潤滑油にして、まずはエルヴァから貫いたのだけど、それは根本だけ締め付けられるような安っぽいものではなかった。アインツベルンの神秘だろうか? 直腸までが彼女の素晴らしい膣と同じだったんだよ。きっと先っぽは直腸S字部まで届いている。だというのに、そこに僕は亀頭の裏を攻める襞を感じたし、亀頭全体を締め付ける筋肉の蠕動を感じた。それで以て亀頭下部や中間部の締め付けも、膣とはまた違った感覚で楽しめた。これはどちらのエルヴァもだ。なので僕はどちらのエルヴァにも射精している。
しかもそれだけじゃない。エルヴァは僕達の時間をとても真剣に受け止めていて、この短期間で裏Gスポットまで開発していた。なので肛門からの間接的な刺激も自分に引き寄せ絶頂に達する事ができていた。僕はその神秘への探求ぶりに呆れるとともに、それを知りたいと思った。
だから僕の方のそこは彼女達に捧げた。何度も言うが僕はストレートだ。どんな男ともこんな風になりたくはないし、どんな女性ともこんな関係になりたくはない。だけどエルヴァだけは別だった。僕達は肉体も心も超越して、魂から愛しあっている事がわかった。だからこの日以来、僕はエヴァになる事に以前より抵抗がなくなったし、彼女達を女性となって抱く事も、抱かれる事も抵抗がなくなった。
そして2人の姿を借りてわかった。男はどこまでも男であり、女はどこまでも女で、僕は僕でエルヴァはエルヴァだって。更にもう1つ。エルヴァは知っているのか、どうなのか。どうもこの退廃に満ちた行為(と言っても仮想空間内での事だから、日常生活には何ら問題ない)は、何かの『儀式』かそれに類する『魔術的行為』の気がしてならない。確証はないが、どうもそんな気がするんだ。
『愛を魔力変換する』。そんな面白い事ができる魔術師だった……?
『現象』となったエルヴァの魔術特性は変換で、その源は『愛』だった……?
何度頭の中で反芻しても納得できなかった。
「それは本当の本当に?」
「本当というしかありません。そもそもあなたのオリジナルである『彼女』がそれを言い出しそうな事ですし、そういう能力を欲しがりませんか?」
確かに……。
私は今、マンハッタンに居た。目の前にはあのインドで出逢ったマルガリータだ。今回は長引いているフロリダ選(このお話は2004年)の調査だそうだ。それが何故マンハッタンかと言うと、年末で人が引けたウォール街の某所に忍び込むためなのだとか。
「あなたはマーケットが開いてからの行動でしょう? 奴らが眠っている間にその企業を奪うか壊すかするために。私どもも似たようなものです。造物主が新たな迷宮を構築できる土地を探しています」
引っ越しではなく、分散させてのリスクヘッジらしい。迷宮を置いた国の情勢で、千年錠の迷宮ですら左右されかねない脆さ。その時間の流れの速さを痛切に感じたのだそうだ。
「おわかり頂けましたか? アオレアール」
「どうしてその名を?」
「愚問ですよ。わかっているから会いに来たのです。元の人に宜しくお伝え下さい」
そうして彼女はセントラルパークの彼方に消えていった。名前はマルガリータじゃないだろう。なら『丸刈り~子』にでも……。
ドミニオン社の不正は、選挙前の武漢肺炎感染者集計から始まっていたそうです。つまり感染者を多く発表し大統領の策が悪いと煽り立てるのです。日本のテレビの連日に渡る感染者煽りはそれのアシストと、中共から見た日本国民の姿勢だったようですね。
民度とはその意味もあったのか。