翌日。
俺はいつもより少し早い時間に起きて食事を摂っていた。対面の席ではリリアちゃんが小さな口でパンを食べている。可愛い。
家から少し遠い位置にある中学校に通っている彼女は、いつも俺より30分程早く家を出るのだ。今日は一緒の電車に乗る為、俺もそれに合わせて支度をしている。
上の妹であるソフィアちゃんは部活の朝練があるとかで更に30分早い便で通学しているらしい。何の部活かは教えてくれないがよく続くものである。朝の弱い俺は先程から欠伸が止まらないと言うのに。
「ふぁ〜……っ」
「!……ね、眠いですか?その、すみません。私のせいで早く起きて貰ったから…」
「ああ、いや大丈夫だよ。欠伸が出るのはいつものことなんだ。早くって言ってもたった30分だしな。気にしないでくれ」
「でも…その、はい」
うーむ。気まずい。
そう言えば、リリアちゃんと2人でご飯を食べる事ってあんまりないな。休みの日にソフィアちゃんが出掛けていたら偶に一緒に昼食を摂るが、それ以外だと基本的にない。朝食もいつもは俺が起きた頃には家を出ているから別々だ。
3人の時は話好きのソフィアちゃんが間に入って話題を振ってくれている。それが無ければ俺と彼女の距離感はこんなもんだ。昨日俺の部屋を訪ねて来て悩みを相談してくれたが、かなり勇気を出したに違いない。
結局、その後はお互い無言のまま朝食を済ませ、学校へ行く準備をした。
「あー…じゃあ、行こうか」
「は、はいっ…」
俺とリリアちゃんは一緒に家を出ると、鍵を掛けて歩き始める。
最寄りの駅まで徒歩で10分程度。流石に同じ電車に乗るのに別々に向かうのは変な気がして並んで歩く。
気持ちゆっくり歩いて小柄なリリアちゃんに合わせると、それに気付いた彼女が「すみません」と頭を下げて来た。
昨日から「すみません」と言われてばかりな気がする。ここまで謝ってばかりの子ではなかった筈なので、もしかしたら痴漢被害が彼女の思考をネガティブにしているのかもしれない。
それにしても可愛い女の子と並んで歩くシチュエーションに憧れていたのだが、こんな形で叶ってしまうとはなんだか複雑だ。隣を歩くリリアちゃんを見るが、その顔は下を向いていて表情を伺い知る事は出来ない。
改めて隣に立って思ったが、リリアちゃんはとても小さかった。それは身長に限った話ではなく胸やお尻などの色々な部位が、である。
スカートに包まれた彼女のお尻をチラリと見る。この小さなお尻を痴漢は揉みしだいているのだろうか。
と、その時。
「…ひゃっ」
突如吹き抜けた
慌てて手で押さえつける彼女だったが、残念ながら遅かった。ちょうど下半身に視線を向けていた俺の目には純白の逆三角形がよく見えた。
子供らしいシンプルなパンツにはフロント部分にワンポイントのアクセントで赤いリボンが付いていた。
バッと俺の方を見上げた彼女と目が合う。あ、ヤバイ。これガン見してたのバレたわ。
「…み、見られたぁ…」
スカートを押さえて顔を真っ赤にするリリアちゃん。もう今から「見てないよ」と言っても遅いだろう。どうしよう。そういう可愛い下着俺は好きだよ、とでも言ってフォローをするべきだろうか。
「…わ、忘れて、ください」
俺が反応に迷っていると彼女はそう言って再び顔を伏せてしまう。俺も「分かった」とだけ言って前を向いた。
「そ、そう言えばリリアちゃんはソフィアちゃんが何の部活をしているのか知ってる?」
しばらくそのまま歩いていたが、無言の時間が辛くなってきた俺はリリアちゃんに話を振った。俺と彼女の共通の話題なんて殆どない為、家族の話になるのはいつもの事だ。
「…お姉ちゃんは、美術部に入っていたと思います」
リリアちゃんもまだ顔が赤かったが、俺と同様気まずかったのだろう。話にのってくれた。
「へぇ。なんか意外だな。てっきり運動部だと思っていたよ」
「お姉ちゃん、ああ見えて運動苦手なので…」
「そうなんだ?」
ソフィアちゃんとは結構仲良く付き合えていると思っていたが、まだ案外知らない事だらけみたいだ。勝手に運動が得意なイメージを持っていたのでかなり意外だ。でも、そう言われて見ると運動している姿を見た事がない気がする。
「そう言えば、前にソフィアちゃんに部活を聞いたら内緒だって言われたんだよな。何か関係あるのかな?」
「ど、どうでしょう…。もしかしたら、その、お兄さんのイメージを壊したくなかったのかも…」
「俺のイメージ?」
「…はい。お兄さん、前にお姉ちゃんの事、運動得意そうだって話してたので」
そんなこと言っただろうか?
だが、まあ、ずっとその様に思っていたくらいだし、記憶にないだけで言った可能性は高いだろう。リリアちゃんが知っているって事は夕食の時だろうか。
でもそれがどうだと言うのか。イメージは所詮イメージなんだし普通に否定してくれればいいのに。
「そんな理由でずっと運動が苦手だって事を隠してるのか?」
「…お姉ちゃん、ずっと兄とか姉に憧れてたので、お母さんが再婚して、お兄さんが出来た時凄く喜んでました。…だから、多分、失望されたくないんだと思います」
リリアちゃんのその話を聞いて俺の中に何か込み上げて来るモノがあった。
そうか…。この2年間ずっと良い兄として振る舞おうと頑張って来たけど、それはソフィアちゃんも同じだったんだ。
勝手に自分の事を彼女達姉妹の間に割り込んだ邪魔者みたいに考えていた。それは彼女達の容姿だったり、仲の良さだったり、そう言ったものを見て判断していたが、どうやら間違っていたみたいだ。
「……わ、私も…!」
「ん?」
「…私も、その、お兄さんが出来て…う、嬉しかったです。…やっぱりまだちょっと緊張しますけど…。いつも気にかけてくれますし、昨日だって…私の悩み、真剣に聞いてくれて…そ、それから優しく頭撫でてくれました。…それで、これが私のお兄ちゃんなんだって再認識して、その、安心しました…」
……………。
……。
何これ、すっっっっごい嬉しい!!
何この子天使か!え、可愛い!俺の妹可愛くない?
ソフィアちゃんの話を聞いてソフィアちゃんに対する親近感とかめっちゃ湧いて「ソフィアちゃん世界一可愛い!!」みたいに思ってたのに、一瞬で飲み込んでしまった。リリアちゃんこそ至高の妹か!!
ふぅ…。落ち着け俺。
妹を比較するなんて優しいお兄ちゃん失格だぞ。あ、そう言えばリリアちゃんすっごい自然に俺の事「お兄ちゃん」って言わなかった?いつもは「お兄さん」なのに。可愛い。
リリアちゃんを見ると顔真っ赤である。それはそうか。だいぶ照れ臭い事言ってたからな。多分俺の顔も同じくらい赤くなっているだろう。
その後お互い恥ずかしくなった俺達は無言で歩き続けた。
会話はなかったがその時間はいつもの様な気まずいモノではなくて、なんだか心地の良く感じた。
駅の少し前で別れた俺達はそこからは他人のフリをして電車に乗る事にした。
リリアちゃんの話では痴漢は電車の時間をずらしても現れるとの事だったので、俺達の最寄駅で彼女がやってくるのを待っているのかもしれないからだ。
電車が到着し、乗客が乗り込んで行く。
俺は同じ車両の離れた場所に位置どり、彼女を見守る事にした。リリアちゃんはドアの近くに立っている。これはもしもの時にすぐに外に逃げられる様にと俺が指示していたからだ。
電車が動き始める。
車内を見回すがまだ怪しい人物は現れない。
駅には乗客が何十人も居たが他の車両などに散っていて人はまばらだ。こんな中で痴漢を働けば一発でバレてしまうだろう。
いつもはどうしているのだろうと俺が疑問に思っていると、電車は隣の駅に到着する。
「て、うわっ」
俺は思わず声を漏らしてしまう。窓から見えたのはホームに並ぶ人の波だ。ドアが開くとサラリーマンや学生達がゾロゾロと乗り込んで来た。さっきまで空いていた車内はあっという間にすし詰め状態になった。