「ようやく安定期に入りましたよ、炭治郎くん」
「しのぶさんのお腹、大分大きくなりましたよね。あと数ヶ月ですか……」
――鬼との大戦が終わり、五体満足で無事に生き残って結ばれた炭治郎としのぶ。
二人は愛を育み、見事に愛の結晶たる我が子を授かったのであった。それから数ヶ月が経ち、しのぶの腹部は大きく膨らんでいる。この中にいる我が子を思うと、思わず顔が綻んでしまう。なにせ大事な人との間に出来た子なのだから……。
「炭治郎くん、あ、安定期に入ったので、その……久しぶりに、しませんか?」
「え……あ、えっと……は、はい……」
久しぶりにすること――それを考え、二人の顔が赤くなる。というのは、しのぶが妊娠してからというもの、挿入しての本番行為は禁止され、炭治郎との情交は口や手で済ませていたのだ。ただでさえ性欲が人一倍強いしのぶと人の十倍強い炭治郎は、ムラムラを募らせるも解消できない日々が続いた。無論行為以外でも接吻も禁止だ。正確に言うと、自粛している。もしそんなことをしてしまえば最後、欲求不満の身では抑えきれず止められなくなってしまう。
炭治郎は持ち前の忍耐力と長男力で『俺は全然大丈夫ですよ』と言ってなんともない様子だったが、しのぶはそうはいかなかった。膣内を男根で擦られての絶頂が得られずに悶々とする日々に、溜まるものが溜っていく毎日。元よりむっつりだった彼女は欲求不満を募らせる。なにより不安だったのが、性行為が出来ないからといって炭治郎が他の女と夜を共にしないかという可能性だった。古今東西、夫の浮気の一番の原因は、妊娠中の妻のために欲求不満を抑え切れないがためによるものである。
人が良くて純粋な彼が、欲求不満で困り果てる女が助けを請うたらホイホイついて行ってしまいかねないという恐れに苛まれる。自分との性行為によって本業も裸足で逃げ出す技術を持ってしまった彼の手にかかれば生娘も人妻も百戦錬磨の花魁も関係なく、即座に彼にのめり込んでしまうのは目に見えていた。もしそうなって家も地位もすべて捨てて『妾でもいいから関係を許してほしい』とか『妊娠しました』とか言って押しかけてきたら目も当てられない。即座にその女共を殺して庭に埋めてしまうだろう。
それはないと思っていても、極小の可能性がしのぶを悩ます。そんなことにでもなってしまえば、彼と関係を持った。女を一人一人しらみつぶしに探し出して、断罪しなくてはならない。……もっとも、そんなことをさせないように炭治郎が外出する際は必ず同行して目を光らせていたが。
(久方ぶりに炭治郎くんと……)
ようやく溜まった不満が熔ける時が来たと思うと、早く夜にならないものかとはしたなく思ってしまう。まだ朝だというのに。
妊娠中は精神不安定な状態が続いていたしのぶ。無論嫉妬も常時全開であり、周囲には嫉妬心をむき出しにして睨みを利かせていた。常に余裕の笑みを浮かべていた自分は跡形も無く消え去り、嘗ての怒りっぽい自分に戻っていた。流石にデレっとしていた炭治郎に折檻すると、お腹の中の子にも悪い影響が出てしまうと懸念されたため、ヤケ食いに走るしかなかった彼女。好物であったタラの芽を、眼前で横取りしてバクバクと食べて八つ当たりするしのぶに、炭治郎も思わず苦笑いするしかない。
――それも、それもやっと終わりの時がやってきたのだ。
◇
――そして時間は過ぎて、夜を迎える
皆が寝静まった頃、頬を紅潮させ、息を乱したしのぶが寝室で炭治郎が来るのを待つ。今は家事のみならず、雑務といった仕事も全て任せてしまっている身、申し訳なく思っているが……思っているがっ! しかし! だがしかし! こちらは約束の時間の一時間前から待機しているのに待たせ過ぎではないだろうか。まだ五分くらいあるが。五分くらいあるが! 約束をきちんと守るのは彼らしい美点ではあるのだが、こんな時くらいは破って早めに来ても良いのではないだろうか? まるで自分だけがはしたないみたいではないか。
ここでも彼は自分を焦らしてくるのか。そんないわれもない疑いをかけられているなんて、炭治郎本人は知る由もないだろう。
「っ!」
しのぶの耳に僅かな軋み音が届いた。それは彼がこの部屋にやってくる足音。バクバクと心臓を早鐘のように打たせながら、しのぶは彼の到着を待つ。
(早くっ……早くっ……!)
その足音が部屋の前で止まる。
「しのぶさん、俺です。入りますよ」
「どうぞっ……」
震声させながら入室を許可すると静かに扉が開かれ、炭治郎がしのぶの前に姿を現した。すすす……と扉が閉めたのを確認したしのぶは、もう我慢できないというように彼に飛びつく。ぎゅうと抱きしめ、炭治郎の体臭を目一杯吸う。久方ぶりに彼の体臭を思いっきり吸った。そんなことをしてしまえば、欲情を抑えられなくなるからだ。
そんな彼女を炭治郎は思いやり、優しく抱きしめる。腹の中の子もいる以上以前のような強さはないものの、それでも愛する殿方に抱きしめられる幸福感がささくれだった心を癒していく。逞しい胸板、彼の鼓動、呼吸音、何もかもが愛おしい。
「しのぶさん、がっつき過ぎですよ」
「ぅ……」
炭治郎に指摘され、さぁっと顔が朱に染まる。彼に『はしたない』と咎められているような気がして、恥ずかしくなって思わず閉口してしまう。
理不尽だ。自分はこんなにも、こんなにも今日という日を待ち望んでいたというのに、当の炭治郎本人は至ってなんともなかったように振る舞っていて。歳はこっちが上にも関わらず、こっちが振り回されてばかり。
「……こんなはしたない女は嫌――んっ……」
しのぶの言葉を遮るように唇が重ねられる。ただ押し付けるだけの接吻、それでも至極の幸福感が全身を満たしていく。心が温まる、満たされる、自分が彼に愛されている女だと実感する。静かな接吻、部屋の中で聞こえるのは二人の浅い呼吸音だけ。
炭治郎との口づけをしのぶは何よりも好んだ。ケダモノのように貪る激しい接吻も好きだし、今のような大人しい接吻も好きだ。殿方に唇を許すというのは女にとって神聖なこと。愛する者だけが奪う権利があるのだから。
ゆっくりと唇が離される。唇に押し当てられていた熱が消え、切なげな声がしのぶの口から漏れた。
「そんなしのぶさん、俺は好きです」
「……調子のいいこと言って……」
再び唇が合わさる。今度は先ほどよりも強く、長く――
(幸せ……)
口づけだけでもしたかった。ひとまずそれが叶っただけでも幸福感が全身を満たすだけでなく、溢れていく。なんだってこの男はこちらの望むことを言わずとして行って来てくれるというのか。惚れ直してしまうではないか。ふざけるのも大概にしてほしい。これ以上好きにさせてどうしようというのか。しばらくして、また唇が離れた。
「しのぶさん、そろそろ……」
「ええ……お願いします」
ようやく始まる。久方ぶりの夜伽が――
◇
「こうして見ると、大きくなったことがよくわかりますね」
互いに服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿となる。以前は細かった腹部は、ボテッと膨らんでいた。その中には人間の子がいるのだ。
「そうですね。この中には赤ちゃんがいるんですから、激しいのはご法度ですよ?」
「勿論ですっ。しのぶさんこそ、自分から激しく動いちゃだめですよ?」
「……わかってますよ」
(妊娠してなかったら絶対に動く気だっ……!)
苦笑いしつつ、しのぶと共に寝台に腰かけると彼女の肩を抱き、優しく唇を奪う。そして愛おし気に彼女の腹部を撫でる。自身と禰豆子には多くの家族がいた。生まれてくる子たちにも多くの兄弟姉妹を作ってあげたい。賑やかな家族でありたいのだ。
「んぁ……」
妊娠してからというもの、大きさを増した乳房をやわやわと揉む。心なしか以前よりも感度が増している気がする。更には妊娠していることもあって母乳が乳首から滲み出てきていた。
「炭治郎くん、そんなにおっぱい揉まないでっ……。母乳出ちゃうっ……」
愛する男に胸を揉みしだかれる快楽に身もだえしながら、少々抗議気味に注意する。しかし当の本人は母乳を滲みださせる乳首に目を奪われていた。なにせしのぶの母乳は初めて見るのだ。これを、後に生まれてくる我が子が飲む――。
ここは味がどうか先に確かめなくては。そう、毒味である。他意など、一切ない。うん。決して我が子がしのぶの母乳を飲む光景を思い浮かべて嫉妬したわけでは断じてない。これも生まれて来る我が子のためである。自分が飲めないにしても、生まれてくる前にしのぶの母乳を最初に飲んだ者になりたいとか思ったわけではないのだ。
「あむっ」
「ちょっ……!? 炭治郎くっ、んぅぅっ……!」
乳首を甘噛みされ、吸い付かれる。ちゅうちゅうと滲み出ていた母乳が吸われていく。しかも妊娠する前のように舌腹で乳首を擦ったり、突っついたりもしてくる。炭治郎との情交の中で鋭敏になってしまった乳首。
彼の所為で赤子に吸われる度に気持ち良くなってしまう体質になっていたらどうする気だ。授乳時すら隠れてする必要が出てくるではないか。そうなった時は炭治郎に事あるごとに悪態をついてやる。
「しのぶさんの母乳……こんな味がするんですね」
「もうっ……炭治郎くんのじゃないんですよ? この子の分なんですから」
炭治郎は炭治郎で無自覚的な嫉妬深さを見せることもある。大方、赤子が飲むよりも先に自分が飲みたかったのだろうとしのぶは考えた。まぁその通りなのだが。二人は元々似た者同士だったのだ。
「こっち、もう前戯もいらないくらいじゃないですか」
「んんっ……!」
膣唇に彼の手が触れる。触れたそこからは確かな湿り気、十分すぎるそれはすでに性交の準備が整っていた。少し手を動かすだけで水音が響く。久しぶりにみる彼女の淫靡さに、炭治郎の逸物も一気に硬さを帯びていった。
「炭治郎くん、お願い……」
「……わかりました」
ゆっくりとしのぶを横たわらせる。彼女の身体を労わり、優しく。ゆっくりと開かれた脚間のイヤらしく引くつく膣穴に、ごくりと喉が鳴らせて、自身も彼女と同じく横たわり、背面横位の状態となる。久しぶりの挿入にガッチガチに勃起させた男根を支えて、擦り付けた。それだけで、微弱な快楽が流れ込んでくる。
「いきますよ……っ」
「はいっ……んぅぅ……」
くちゅりという音の後にずず……と肉棒が埋没していく。膣壁が押し広げられ、侵入してくる雄に思わず悩ましい声が漏れてしまう。仕方ない、それまでは挿入を伴わない方法での夜伽だったのだから。入り込んでくる最愛の侵入者を膣壁は即座に締め上げ、求愛行動を取る。
肉竿にびっしりとヒダが絡みつき、扱き上げて呑み込んでいく。先端から根元まで膣ヒダの深い接吻が施される。それによって生じる至極の快楽に、二人の口から熱く重い吐息が漏れた。
「あっ、あぁんぅ……」
「しのぶさんの中っ……熱いっ……!」
彼女の体温以上の熱を持った膣道。蕩けてしまいそうな甘美な熱に、己の生殖器が熔けてしまいそうな錯覚さえしてくる。密着する彼女の背と自身の胸板。先刻しのぶがしたのと同じように、彼女のうなじに鼻先を埋めて胸一杯に吸いこむ。胡蝶しのぶ――今は竈門しのぶか、彼女の香しい体匂に肺が満たされていく。
心地よい甘美な感触に身体を打ち震わせながら、ゆっくりと腰を動かしていく。ねっとりと絡み付く膣ヒダの感触を味わいながら、緩慢な抽送の気持ち良さに酔いしれる。
「あぁぁ……久しぶりの炭治郎くんっ……んふぅ……気持ちいいっ……!」
「しのぶさんのも、すごくっ、気持ちいいですっ……!」
妊娠する前は猿のように情交を行っていた二人だ。抽送による快楽に思わず涙が出そうになる。その感動のままに、膣内をやさしくゆっくりと抽送していく。ヒダの一つ一つの感触を味わう様に、カリ傘の引っかかりを味わうように。腹の中の子を労わりながら、後ろからしのぶを抱きしめ、彼女を愛していく。
久しぶりの挿入もあってか、相当に強い快楽が昇ってきた。下半身が熔け、じんわりと、だが確実に、絶頂感が込み上げてくる。
「んはぁ……、んんっ、んぅ、はぅ、はぁっ……はぁっ」
緩慢な抽送が強い快楽を生み出す。乳首が痛いくらいに屹立し、口元からは涎が零れ落ちる。愛おしい雄の寵愛が湧き上がらせる興奮には、なにものにも変えようがない最高の幸福。それを目を瞑ってそれを享受していく。久方ぶりの生殖器同士の摩擦、それもあってか瞬く間に絶頂が近くなっていった。
「た、炭治郎くんっ……わ、私っ……も、もうっ……!」
「し、しのぶさんっ、俺もっ……!」
二人して絶頂を訴える。長い時間情交していなかった分、生殖行為で得られる快楽は格別だった。そして――
「んはぁぁぁっっっ!」
「ぐっ! 出るっ!」
しのぶが絶頂するまで耐えた炭治郎。彼女が絶頂したのを確認すると、男根を膣から抜いて、しのぶの乳房に押し付けた。瞬間大きく脈打ち、どくっ! どくっ! と鈴口から白濁が怒涛の勢いで吐き出されていく。極限まで凝縮された濃厚な精液。こんなものを膣内に出されてしまえば、妊娠中にも関わらず孕んでしまいそうだ。
元より炭治郎はしのぶの膣内に射精する気はなかったのだ。すでに受精し、孕んでいる身。それで中に出すことがどんな影響を生み出すかは知らないものの、少なくとも出すよりは出さないほうがいいと考えていたのである。
「はぁっ、はぁっ……しのぶさんっ……凄い、よかったです……っ」
「んふぅ……ふぅ……私も、よかったですよっ……」
心地よい絶頂の余韻に浸る二人。挿入しての情交が出来ただけでも満足だ。これ以上したら歯止めが効かなくなる可能性がある。だから、今はこれだけで十分だ。
「次はまたしばらく先にしましょう」
「そうですね。この子を産んでから、その分目一杯しましょうね」
荒い息を漏らしながら、二人の手が我が子がいるお腹を撫でる。愛おしい我が子の存在に、胸の内が温かくなっていくのがわかった。そしてそのまま二人は眠りにつく。自分達の家族の、元気な生誕を祈って――
――その後、しのぶは元気な子供を出産。
新たな家族の誕生に当人たちのみならず、禰豆子もカナヲも皆が祝福してくれた。しばしは初めての育児に励むことになる、のだが、
「――また妊娠しちゃいました……」
「あ、ははは……」
妊娠後、再び性交できるようになって即日致したのはいいが、その性交で再び妊娠してしまった。性交解禁ということもあってか毎日毎夜、盛り合った二人。妊娠した日を逆算した結果、最初の一夜で第二子を身籠る事になってしまったのだ。最初の一夜の夜伽で、再び孕んでしまってはお互いに乾いた笑いしか出ない。妊娠が分かった以上、お腹の子のためにも知らなかった事にして性交する訳には行かなかった。
というより炭治郎の精液の濃さが問題だ。最初こそ藤の花の毒が避妊薬の代わりをしていたが、解毒によって弱まり、消えた途端に妊娠してしまったのだから、その強靭さが伺える。……炭治郎が一度膣内に射精し、子宮内に流し込んでしまえば、卵子とすぐに結合。十割、100%、確実絶対に妊娠してしまうのだ。我が子を欲して悩める世の不妊女性達も、炭治郎に種馬を頼めば皆が念願の子持ちになれるに違いない。尤も、そんな事は自分が死んでも断固阻止するが。
(次は避妊薬必須ですね……)
まだ目立ってはいないものの、確実に次の子がいる腹部を撫でながら、しのぶと炭治郎は嬉しさ半分やってしまった感半分の溜息を漏らすのだった――
――そして再び出産後に避妊薬を用いた性交をした二人。しかし避妊薬の効果を容易く突破し、妊娠させてしまう炭治郎の精液の強靭さに、しのぶはしばらく頭を悩まされることとなる。その為しのぶは妊娠中、対炭治郎専用避妊薬の開発をするハメになるのだった――
―――↓以下おまけ ちょっとしたホラー要素あり
――キメツ学園 輪廻転生 ~歪愛~ ――
「よっしゃぁっ! 俺の勝ちだぁっ!」
「あぁぁっ! また負けたぁっ! 伊之助手加減してくれよぉぉっ!」
「伊之助はレースゲーム上手いからなぁ……」
――キメツ学園に通う竈門炭治郎少年。
彼は、クラスメイト兼悪友の我妻善逸と伊之助と共に実家にあるテレビゲームで遊んでいた。普段からつるむことの多い三人。平和な世で、その日も炭治郎は家に二人を招いて学友との時間を過ごす日々を送っていた。
「どうだ俺の猛進ぷりはよぉっ!?」
「俺レースゲーム苦手なのわかってるだろ?」
レースゲームが得意な伊之助とは反対に苦手な善逸相手に結果は圧勝。ドヤ顔を見せる伊之助にげんなりしながら、善逸ははぁぁ……と大きなため息をついた。
「そういえば炭治郎、この前しのぶ先輩と一緒に帰ってるの見たぞ! なんだよあれぇっ!?」
「しのぶ先輩? あぁ、この前の事か」
善逸に問われ、炭治郎は数日前の事を思い出す。学校が終わり、帰宅しようした時に三年生の胡蝶しのぶから声をかけられ、共に帰ったのだった。入学時……、いや小学校からの知り合いだ。なんだかんだで彼女とも伊之助、善逸と共に腐れ縁なのだろう。
「いいよなぁっ、炭治郎はっ! 俺なんて女の子と二人で帰るなんて経験ないのにさぁぁぁっっ!! 羨ましいぞこんのぉぉっっ!!」
「いやいや、あの人とは年の離れた幼馴染みたいなもんだし……」
「余計羨ましいわっ!」
「おい紋逸っ! 次のレースやろうぜっ!」
うるさく妬む善逸をやんわり受け流し、炭治郎はしのぶのことを思い返す。一緒の学校に通っている間は校内でも向こうから頻繁に声をかけてくる。今だってお弁当まで作ってきてくれて、一緒にお昼を取っている上に、時折勉強まで見てもらっている間柄だ。
付き合ってるのか、と何度も聞かれるが彼女とはそんな間柄ではない。友達と言われれば違うし、恋人かと問われればそれも違う気がする。彼女からすると自分は弟のようなものなのだろう。
(しのぶ先輩、美人であんなに人気なのに、どうして俺を気にかけてくれるんだろう……?)
学園の三大美女に数えられる彼女。告白も数えきれないくらいされたとも聞く。そんな彼女に浮ついた話は聞かない、学業に専念する為かと思ったが、しのぶはいつも『好きな人がいる』と断っているのだそうな。まさかしのぶは自分のことが好きなのか、とも考えたがどう考えても自信過剰な、ナルシストのような感じがして、その考えは持たなくなっていた――
◇
――数日後
学校が休みであるその日、炭治郎は家の蔵を掃除していた。以前この蔵を覗いたとき、長い間掃除されてなかったために酷く埃だらけだった中を見て、掃除好きの炭治郎は刺激されてしまったのだ。次の休みに蔵をピカピカにしてやろう、と。
「ふぅ……大分綺麗になったぞ」
雑巾がけや、箒で埃を掃いたりした結果、蔵の中は見違えるほどに綺麗になった。朝から始まった掃除はもう夕方だ。時間をかけただけあって、やりきったという達成感が込み上げる。あとは片付けて終わりだ。
(そう言えば……)
掃除がほぼ終わり、炭治郎はふと気になっていたソレを手に取った。それは家系図だ。こんな大事なモノがなんでここにあるのかとも思ったが、それより自身の家系にちょっとした興味を抱いたのだ。一体いつの時代から続く家系なのか、単純に気になっていた。
埃を綺麗にすると、家系図の本を開いた。大分昔からあるようだ。色褪せた写真がそれを物語っている。ページを捲っていた炭治郎、その指があるページを開いた時、それが止まった。
「この人、同じ名前だ……」
そこには自身と同じ名前『竈門炭治郎』と書かれた名前だった。そう言えばいつか父が話してくれたことを思い出す。なんでも『竈門炭治郎』という名はいわば襲名のようなものなのだという。先代の竈門炭治郎が死去すると、それ以降の最初に生まれた男児に『竈門炭治郎』と名付けるのだとか。その為に自分は自分以外の『竈門炭治郎』に会ったことがない。
つまり同じ時代に『竈門炭治郎』なる者は一人しかいないということだ。なんともおかしなしきたりだと思ったが、それに意味があるのかと毎度首を傾げていた。父に聞いても決まり事ということしか聞けず仕舞い。明確な答えは返ってこなかった。そしてそのページを捲った途端、炭治郎の目が見開いた。
「!? ……俺そっくりだ……」
次のページにあったのは、その『何代か前の竈門炭治郎』の写真だった。少年期のものだろうその写真に写っていたのは自分そっくりの顔。同一人物と言われても違和感がないほどに顔が似ていた。額の傷も、まったく同じだ。まるで生き写しかなにかか? そうして炭治郎は次のページを捲る。そこに書いてあった名前が飛び込み、顔が驚愕に染まった。
――胡蝶しのぶ
「えっ……この名前……?」
それは自身の先輩である『胡蝶しのぶ』と同名の名前だった。しかもこの人物は『何代か前の竈門炭治郎』と結婚している。ただそれだけなら単なる偶然か、とでも思ったが、それは共に貼ってあった写真によってあっさりと裏切られた。
(しのぶ先輩そっくり……!?)
その『胡蝶しのぶ』という人物は、自身の知る『胡蝶しのぶ』とそっくりだったのだ。双子と言われても違和感がない。同一人物と言われても納得してしまうほど似ている。偶然が重なったのだろう、と自分に言い聞かせたが、数ページ捲って目にしたページで、炭治郎は恐怖で震えあがった。
それは
「ど、どうなってるんだ……?
「――し、もし――」
「もし――、も――」
「もしもーし」
「っ!?」
耳元で聞きなれた声がして、思わず炭治郎はビクゥと身体を跳ねさせる。その声の主はキメツ学園の三年生、自身の良く知る人物である『胡蝶しのぶ』だった。この場所にいるはずがない彼女の姿に、炭治郎は思わず家系図の本と落とし、飛び退く。
「し、しのぶ先輩っ!? ど、どうしてここに!?」
「ちょっと遊びに来ちゃいました♪ 禰豆子さんに聞いたらこちらにいると聞いたので」
ニコニコとほほ笑む彼女。普段見慣れた彼女の表情だが、今はその笑みが怖くなってくる。まるで彼女が得体の知れないバケモノであるかのように思えて来てしまう。
「あ、遊びっ!? そ、そんな約束してましたっけ?」
「いいえ、アポなしです♪ いなかったら帰るとこでした」
いつもの調子である彼女に、炭治郎は安堵して胸を撫で下ろした。そうだ、あれは単なる奇妙な偶然だ。第一、あの『胡蝶しのぶ』は『その代の竈門炭治郎』と同日に例外なく死んでいる。今目の前にいる彼女は関係ない。関係あるはずないのだ。
「ふぅ……。そ、それじゃ……何をしますか? 勉強ですか? それとも――」
「あ、これ、家系図ですか?」
炭治郎の提案を余所に、しのぶは彼が落とした家系図を拾い上げるとパラパラとめくり始める。彼女も自分の家系図に興味があったのだろうか、と思っていた。が、
「それ、俺の家の家系図で――」
「ええ。一目でわかりました――」
「――だって
「え――?」
しのぶの言った言葉に、炭治郎の心臓が酷く跳ねる。ぜんせ? 私のコト? 何を言っている? 単語の意味が理解できず、炭治郎は酷く混乱した。
「今度の生は凄いですよね。冨岡さんそっくりの人もいますし、禰豆子さんそっくりの子もいたり……」
「な、何を言ってるん、ですか……?」
ガクガクと脚が震える。身体が冷え、唇が青くなっていくような感覚に囚われた。動揺で瞳孔が激しく、動き回る。
「ふふ……。この家系図に載っている『胡蝶しのぶ』は全員紛れもない私です。そして、『竈門炭治郎』は全員君なんですよ?」
――今回の転生は中々どうして面白いモノだった。鬼もおらず、呼吸による戦いが廃れたこの世。冨岡さんを始めとした当時の柱達がいるだけでなく、姉さんもカナヲたちもいる。性格はあのままで、現代にアレンジされているような性格と容姿。なんとも心が躍ることなのでしょう。
大正の時代、私が仇である鬼に殺される最中思いました。『もし願いが叶うのなら、再び人間の女性に転生して、人間の男性に転生した炭治郎くんと添い遂げたい』と。そしたらどうでしょう、私はその願い通り、人間の女性へと生まれ変わりました。しかも容姿はあの時のままとまったく同じ。更には炭治郎くんも同様のコトがおこり、私は喜びに震えました。
――これは仏様が許した計らいなのではないかと
そう思う以外に他はありませんでした。残念なコトに、毎世炭治郎くんに前世の記憶はありませんでしたが、それでも彼は毎世上手いこと私に惹かれ、私を妻としてくれました。もしかしたら彼の中の本能が『胡蝶しのぶを妻とせよ』とでも働いているのかもしれませんね。ま、どうでもいいことですが。
転生のルールとしては、私と炭治郎くんは必ず同じ日に死ぬ。そしてご近所に同じ名前、同じ容姿で転生する。転生の誤差は大きくて三年。同い年だったり、私が年下で竈門先輩呼びしてた時はあれはあれで面白かったですね。
前世、なんて言い出すと電波系の子と勘違いされてしまいそうですが、私の場合実際そうなのだからしょうがないじゃないですか。これもすべて言い換えれば呪いのようなもの。しかし私はそれでもよかった、炭治郎くんと結ばれるのなら、愛し合えるのなら、そんな事は些細な事でしかない。
愕然とする炭治郎。眼前にいるしのぶに恐怖心が湧いてくる。年上の仲の良い先輩だった彼女が、異様な、異質な生物のように見えて来てしまっていたのだ。
恐怖心に怯える炭治郎に、しのぶは囁いた。
――また今生も一緒になりましょうね、炭治郎くん。