※この作品はR-18です。

鬼滅の刃 小話〔完結〕   作:のねむ

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別名「嫉妬の炎 前日談 ~恋愛~」

没作品です。元タイトルは前日談としてはいますが、本編と設定が異なります。
本編……恋人同士
今作……片思い

以下注意事項
※オリジナルキャラ(女無残のパチモン)
※オリジナル呼吸(のようなもの)
※前日談の為中途半端に終わる

以上に注意をお願いいたします。


影武者 ~恋愛~

「初めまして、珠世と申します。そしてこちらが愈史郎です」

「……愈史郎だっ」

「こちらこそ初めまして、胡蝶しのぶです。よろしくお願いします」

 

――お館様の文により、鬼舞辻無惨へと対抗薬を作成することになり、珠世と愈史郎がいるという隠れ家にしのぶと炭治郎は訪れた。というのもちょうど二人とも蝶屋敷を出ていたこともあり、案内人として二人を蝶屋敷へと招待することになったのだが……

 

「……」

「……」

 

「あ、あの二人とも……」

「しのぶさんっ……愈史郎さんも仲良くしましょうよ……」

 

 鬼への憎悪が抑えきれないしのぶと、珠世に向けられている憎悪を察してしのぶへ敵意を向ける愈史郎との一触即発の状態が繰り広げられている。険悪な空気が流れる中、そんな二人を炭治郎と珠世が宥めつつ、今後の方針について話し合いとなった。

 

 作るは無惨への対抗薬。どのような効き目がいいのか。どれくらいの期間が必要なのか。話し合うことは多々ある。

 

(……?……他に誰かいる……?)

 

 しのぶと珠世が話をしている最中、炭治郎はすんっと鼻を動かした。この部屋とは別の部屋から、鬼の匂いと人の気配がするのだ。先ほどから動きがないことと、珠世らが気にしていないことからして、恐らく鬼となった人を治療しているのだろう。浅草の人も連れて逃げているというのだから、同様の被害者が他にいても不思議ではない。

 

(この鬼が炭治郎くんの言っていた……)

 

 しのぶは珠世という鬼への憎悪を抑えながら、彼女と言葉を交わしていた。脇から愈史郎に睨まれているが、そんなことは些細な事だ。それよりも気になるのは彼女のコト。自力で無惨の支配から抜け出したという点は評価できる。実際彼女の知識は対抗薬を作るのに必要不可欠。だが、問題は事前に聞かされていた炭治郎から見た彼女の印象だ。

 

 

――珠世さんはなんていうか……凄く綺麗な人で聡明で知的で、冷静沈着な女傑のような素晴らしい人です。鬼でありながら穏やかで優しくて……ともかく凄くて、とにかく素敵な女性なんです

 

 

 炭治郎に恋慕する片思いだとはいえ、彼が別の女性を褒めちぎる言葉の数々に、思わず嫉妬で血管がブチ切れそうになった。あの時は嫉妬で人を殺せるのではないかとさえ思えたくらいである。その後のカナヲとの稽古を八つ当たり気味で、いつもの十割増しで厳しくして鬱憤や憤怒を発散してボッコボコにして青痣塗れにしてやったが。

 

 実際彼の中では自分と珠世のどちらがより素敵な女性なのか。自分であってほしいが、確認する気にはなれない。それで珠世だった時は正直いって凹む。いや、凹むで済むのか? 鬼に片思いの殿方を取られるなんて悪夢以外のなんだというのか。そんな最悪の事態が起きようものなら、自分の手で炭治郎も珠世もついでに愈史郎も皆殺しにしてから自害している。

 

「――一つお聞きしたいのですが」

「……? なにか?」

「奥の部屋にいる方は治療中の方でしょうか?」

(……しのぶさんも気付いていた……!)

 

 チラっと珠世らも奥の扉に視線を向け、再びしのぶらに視線を戻した。

 

「はい。お二人ほど……。お一人は炭治郎さんも御存じの、浅草で鬼舞辻に鬼にされた男性です。奥方もご一緒です」

(よかった……まだ生きてる……)

 

 あの時助けた男性がまだ生きていることに、炭治郎はホッと胸を撫で下ろした。まだ彼は鬼のままではあるものの、治療は途切れることなく続けられている。自身が彼が鬼となった遠因になっていることもあり、炭治郎は非常にその人を気にしていた。

 

「――それにいい時期に来てくださいました。もう一人、ご紹介したい方がいます」

「もう一人……ですか?」

 

 確かに奥の部屋から感じる気配は三つ。一人が浅草の男性であり、もう一人がその人の奥さんというならもう一人は誰なのだろうか? 彼と同じく治療中ならば紹介する意味があまりないようにも感じるが……。

 

 疑問に思うも、珠世が紹介したいと言う以上は何かあるのだろう。自身の横で先ほどから怒りの匂いを漂わせるしのぶの様子を伺いつつ、炭治郎はその紹介を受け、こくんと頷く。

 

「どうぞ、入ってきてください」

 

 炭治郎の了解を取った珠世の声を受け、部屋の扉が開かれた。そこから姿を現したのは――

 

 

 

 

 

 

(えっ――?)

 

――どこか見たことのあるような、着物を着た美しい女性だった。その容姿、その匂い、どれもあの浅草で見て、嗅いで、感じたモノと同じ。なにより鬼の匂いを漂わせるこの者は――

 

「っ!? き、鬼舞辻無惨――!?」

 

 僅かな違いそこあれど、その姿は間違いなく自身の記憶の中にある怨敵・鬼舞辻無惨と一致していた。なぜあの男がここにいるのか。なぜ女の恰好をしているのか。なぜ珠世はこの男を紹介しようといったのか。

 

 それらの疑問が浮かぶが、それ以上に湧き上がる敵意に炭治郎は即座に自身の刀へ手を掛ける。

 

(っ……! この鬼が鬼舞辻……!?)

 

 しのぶも炭治郎の言葉に、瞬時に自身の刀を抜き、戦闘態勢を取った。が、

 

「お待ちください炭治郎さん、しのぶさんも。この方は鬼舞辻ではありません」

「っ!? ……鬼舞辻じゃない……?」

(……!?)

 

 珠世の言葉に寸前のところで炭治郎は踏みとどまる。眼前の鬼が無惨でないと知り、心をゆっくりと落ち着かせ、ささくれ立った敵意を鎮めていく。冷静さを取り戻し、今一度改めて『鬼舞辻無惨』のような人物を見やった。

 

 よく見ると、僅かではあるがあの時に感じた無惨の特徴から外れている。顔付はそのものだが、まず服装が違う。匂いも似ているが微妙に違っているし、あの時の雰囲気もよくよく感じて見ると別物だ。寧ろ穏やかな雰囲気のように感じる。

 

「この方は昔、鬼舞辻が『始まりの剣士』から逃走した際に生み出した()()()です。もっともこの方は女性ですが」

「か、げ、むしゃ……ですか?」

「はい。恐らくあらゆる事態を想定して生み出したのでしょう。今は私達と同じく鬼舞辻の支配から解放されています」

 

 無惨は『始まりの剣士』に敗北した時、身体を分裂させてなんとか逃げおおせた。そして身を隠す最中、念の為に作り上げたのがこの人物――鬼舞辻無惨の影武者と呼ばれる人物なのだった。

 

「刃を納めていただきありがとうございます」

「えっ!? あ、いえっ! こちらこそ失礼しましたっ!」

 

 ペコリと頭を下げる影武者なる者に、声すら全くの別ものだと知り、バっと姿勢を正して平謝りする炭治郎。彼の姿を見て、しのぶも表情を元の――といっても無表情に戻し、刀を納める。

 

「……」

「ふふ……」

(っ……!)

 

 上がった顔はなんとも美形。透き通る様な美声。華の柄が入った黒衣の着物に結い上げた髪。白い肌をした眼前の美女が炭治郎に微笑むと、頬を紅潮して恥ずかしそうに縮こまった。

 

 その様子を見て、しのぶの中で怒りが込み上げる。デレっとしている炭治郎にもだが、目の前で彼に媚びを売るかのように笑む無惨の影武者なる者をキっと睨みつけた。それは鬼に対しての憎悪ではなく、この女(と思わしき者)への嫉妬だった。

 

(なんですか……、炭治郎くんもデレデレして……)

 

 しのぶの目から見ても、彼女は非常に美しい女だ。白い肌に柔和な笑み、お世辞抜きにしても綺麗な人、いや鬼だと思う。しかし、以前は顔を近づけただけで自分に照れていた炭治郎は、慣れたせいか照れることがなくなってしまった。自分にはもう頬を赤くして照れるあの可愛い顔を見せてくれなくなったと言うのに、今この時にこの女の微笑みを受けただけで照れ顔になっている。

 

 その違いに、まるで自身がこの女に劣っているような気がして、劣等感が湧いてくる。未だに本心を仮面で隠している自身と違い、恐らくこの女が炭治郎に向けている笑みに嘲りや負の感情はない。恐らく『可愛いな』とかそんな感覚なのだろう。だからこそ、だからこそ許容できない!

 

 

――なんだこの女! 炭治郎くんに媚び売りやがってぇ……っ! 

 

 

 そう心の中で毒を吐く。口調は現在姉の模倣であるが、心の声なら話は別。しのぶは眼前の影武者が身の上話を語る中、以前のような毒舌で容赦なく心中で呪詛の言葉を、罵詈雑言を影武者に向かって延々と吐き続けていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけなのです」

 

 彼女は『始まりの剣士』が没したことで、表舞台に無惨が戻り、その意義を失っていた。……というよりも無惨は影武者として生み出した彼女のコトなど大して気にも留めていなかったのだ。

 

 役目を労いもせず、逆に鬼殺隊を殲滅しなかったのかと罵られる始末。こちらは『姿を隠し、息を潜める鬼舞辻無惨』を演じていたというのに、なんたる物言い。バレないように殺しもせずに自身の血鬼術で生み出した血を飲む自給自足生活を送っていたというのに。挙句の果てに十二鬼月の上弦にも下弦にも加えずに野に放つ有様。

 

 役目を終えたこともあってか、その仕打ちに忠誠心を霧散させていた頃に珠世と出会い、彼女の力を借りて無惨の支配を離れて今に至っていた。

 

「今は鬼舞辻の支配から逃れているとは言え、珠世さんと同じく追われている身。故に姿を晦ましておりました」

「そうだったんですか……。でも、ええっと……影武者さんは刀、持ってますよね。それ、日輪刀じゃないですか?」

 

 ふと炭治郎は彼女が持っていた刀を見やる。その見た目は自身もよく知る日輪刀のモノ。刃を見てはいないものの、恐らく間違いはない。

 

「ええ。亡くなった隊士の方から勝手ながら拝借いたしました。鬼に遭遇した時は、この刀で鬼を殺しています」

 

 鬼舞辻が鬼を殺すのは安易ではあるが、鬼同士では困難を極める。しかし鬼を殺せる『日輪刀』ならばそれを可能に出来るのだ。身を隠すことに赴きを置く珠世と違い、彼女は送られてきた刺客の返り討ちにしつつ、逃亡していたのである。

 

「といっても私の力量は精々下弦の鬼より強い程度のもの。上弦の鬼を差し向けられれば、圧し切られてしまうでしょう。……もっとも珠世さんとは違い、私は重要視されていないようで、刺客らしい刺客も来てませんが。これまで返り討ちにして殺して来た刺客の中でも一番強かった刺客は精々、下弦の参程度の相手でした」

(……つまりはこの鬼も珠世さんという方と同じく、鬼舞辻無惨に反抗する鬼ということですか)

 

 話を聞くに、彼女自身は無惨を倒そうとは考えていない。戦えば十中八九敗北し、殺されるからだ。故に戦いには参加せず、逃げ回るだけの日々を送っている。要は無惨を倒すことを鬼殺隊ら、他人任せにしているのだ。

 

「私は死にたくはありません。鬼の分際でおかしなことを言っているかと思いますが……。ですから、鬼舞辻はあくまで鬼殺隊の皆さんにお任せいたします」

「はいっ! 必ず! 無惨をこの手で倒して見せます!」

(……)

 

 炭治郎は持ち前の人の好さを発揮しているが、しのぶの心中は先ほどから穏やかではない。寧ろそんな余裕など皆無だった。ここには炭治郎が褒め称える女性と、思わず照れてしまう女性がいるのだ。

 

 内に秘めた片思いとはいえ、どうして穏やかでいられようか。いっそ敵であったほうが嬉しかった。そのほうがよかった。そうすれば炭治郎のコトを気にせずに殺せたというのに。自身の憎しみも果たせて、その上邪魔者の駆除も出来る、まさに一石二鳥……いや三鳥か?

 

「時に炭治郎さん……良ければ組手などいかがでしょうか?」

「え? ……組手ですか?」

「ええ。これでも我流ではありますが、剣術を習得しております。それに……珠世を救った貴方の力を見てみたいのです」

 

 彼女にとって珠世は友のような、そして恩人のような存在。そんな彼女が話す彼のコトが気になっていたのだ。……なお、珠世が炭治郎の話をしている最中、愈史郎は殺気をみなぎらせていた。

 

「……わかりました」

「ありがとうございます」

 

 承諾した炭治郎と表に出て行く影武者。彼らの後にしのぶたちもついていく。何か彼女は企んでいないか。何かあれば即座に自分が止めに入れるよう、刀に差し腕をかけながら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では珠世さん、頃合いを見て止めてください」

「ええ、わかりました」

「……」

 

 外に出て影武者と向き合う炭治郎。涼し気な夜風が身体を撫でる。ふぅ……と息を吐くと刀を抜き、ゆっくりと構えた。刀の心得があると言ってもその実力は未知数。しかし下弦の鬼を返り討ちに出来るということからかなりの実力者であるはず……。

 

 間合いを図りつつ、注意深く影武者の挙動を観察する。――が次の瞬間、その姿が突如視界の中から消失した。

 

「っ!?」

(消え――)

()()()()()()()()――」

「なっ!?」

(早っ――!?)

 

 影武者は一気に距離を詰めていたのだ。一瞬で間合いに入られた炭治郎は驚きつつも刀で身を護ろうとして、

 

「――鬼斬」

 

 鞘に収めた状態からの居合斬りが放たれた。

 

「ぅっ!」

 

 身体と顔を反らし、寸前のところで刃を回避する。空を切った刀は、そのまま炭治郎の脇にあった石像に当たり、まるで豆腐を切るが如く両断した。

 

 

 

(早いっ……!)

 

 しのぶは影武者の技を備に観察していた。今の高速居合抜刀術は雷の呼吸のものと似ている。恐らくは真似事だろう。だがそれ以上に目を引くのが、その刀の()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。そんなこと普通に考えてあり得ない。だとすれば、可能性は一つ――()()()だ。

 

 

 

「『血の呼吸』……と言っていますが、これは私の血鬼術でもある。剣士の呼吸と血鬼術を掛け合わせた、私独自の戦い方です」

「血鬼術……!」

 

 後方に飛び、距離を取り、再び構える炭治郎。あの一瞬での居合斬り――あれは明らかに加減されていた。否、躱されるギリギリの速度の居合切りだったのだ。

 

(あの居合……その気になれば俺が気付くよりも早く振れてたはずだ。この人……強いっ……!)

 

 炭治郎は即座に相手への考えを改める。下弦の鬼程度の力と自称していた彼女の剣技……侮りがたい。この実力があれば、上弦の鬼とも戦えるだろう。彼女の言葉を真に受けて心のどこかで相手を見くびっていた自分を恥じ、今一度刀を握りしめる。これまで上弦の鬼との戦いで、自分が五体満足で生き残れた事実に逆上せていたに違いない。そう炭治郎は猛省した。

 

「血の呼吸・参ノ型 辻切――」

「っ!? 斬撃が飛んできたっ!?」

 

 影武者が刀を一度腋内に入れて振りぬくと、扇の形の血の塊が炭治郎へ向けて放たれる。高速で放たれたそれを地を転がって避け、さきほどまで自分が立っていた場所を見て見ると、そこにあった木が斬れ、音と共に倒れていった。

 

「っ! 水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き――!」

 

 しかし炭治郎も防戦一方とはいかせない。すぐさま体勢を立て直し、距離を詰める技を放つ。が、

 

「血の呼吸・伍ノ型 残雨――」

「うっ!」

(直撃するっ……!)

 

 突きが決まる寸前、影武者は刀を逆手に持ち替えて、突進してくる炭治郎に刀に付着した血を払う様に血飛沫を飛ばした。瞬間目潰しかと考えたが、炭治郎の直感が『当たっては駄目だ』と告げる。強引に身体を捻り、直撃を回避す……が、すべて回避することはできず、その中の一滴が、炭治郎の腕に当たり――

 

「ぐぁっ!?」

 

――当たった箇所から激痛が走った。回避行動と当たった衝撃で地面を転がる炭治郎。痛みに表情を歪めながら、当たった箇所へ手を伸ばすと、そこは銃弾が当たったかのように穴が空いていた。そこからドプドプと血が溢れ、隊服と羽織を染めていく。

 

「残雨……刀を付着した血を飛ばした血飛沫で攻撃する技です。ただの血飛沫ではありません、その一撃一撃は散弾銃のような痛みを相手に与えます」

「血を弾丸にした散弾銃っ……!?」

 

 咄嗟の回避行動が功を奏したようだ。あの直撃を喰らっていれば、身体が穴だらけになっていただろう。いや、直撃しないように放ったのか。

 

「休んでいる暇なぞおありですか?」

「くっ……まだっ! 水の呼吸・参ノ型 流流舞い――!」

 

 水流のごとく流れるような足運び、回避と攻撃の両方を併せ持ったこの技で攻勢に打って出る。測っているのだろう、あの鬼舞辻無惨に勝てるほどの素質があるのかを。なら、認めてもらわなくてはならない――!

 

「――血の呼吸・弐ノ型 舞狂」

(合わせてきた! なら――!)

「水の呼吸・陸ノ型 ねじれ渦・流流――!」

 

 炭治郎の攻撃に合わせ、影武者が取る行動は防御か回避か、迎撃かの三択。迎撃を取るならば、ここで! 影武者の舞いを踊るかのような剣舞に対抗すべく、炭治郎は瞬時に技を切り替えた。

 

「ぐっ……!」

 

 相手の力を自分の動きに取り込み、強烈な一撃を見舞う。咄嗟に刀で防ぐもその力に圧され、後方へと飛ばされていく影武者。しかし倒れると即座に起き上がり、構を取る。追撃の隙を与えない動きに、炭治郎も攻め込もうとした脚を止め、様子を伺う。

 

「やりますね……では、血の呼吸・肆ノ型 無散――」

「っ!」

(地面に刀を突き立てた場所から赤い煙がっ!?)

 

 くるっと刀を逆手に持ち替え、地面に突き刺すと、そこから一気に赤黒い煙が立ち上がって周囲を覆っていく。それはまるで赤い霧の如く、炭治郎の視界を奪う。匂いで気配を探ろうにも、霧から漂う血の匂いに阻害され、居場所が特定できない。

 

 動揺しそうになるも、炭治郎は心を落ち着かせるべく、大きく息を吸い込む。ここで心を乱しては敵に付け入る隙を与えかねない。――のだが、

 

「っ!? ごほっ! げほっ! っ!?」

 

 息を吸ったその直後、炭治郎はいきなり咳き込んだ。咄嗟に口を覆った手の甲を離して見ると、そこにはなんと血が付着している。心なしか、身体の中から鈍痛を感じているような……

 

(血……!? まさかこの霧は……!?)

「気付きましたか。これは私の血鬼術の応用です。この霧を吸うと、たちまち内蔵が傷つきます。呼吸が大事な隊士ならば致命傷でしょう」

「――!」

(っ……! この霧を吸っちゃだめだっ!)

 

 この技は呼吸を使った剣術士に対して非常に有効な技だ。技を繰り出そうものならば、呼吸によって内蔵がダメージを負ってしまう。咄嗟に口を手で覆うも、これでは何もできない。このままではやがて力尽きてしまう。

 

(ならっ……!)

「水の呼吸・玖ノ型 水流飛沫――!」

 

 今の自分が立っている向きと、視界が封じられる前の景色を照らし合わせ、この霧の効果範囲外へ出るべく、炭治郎は即座に行動に移した。そして相手はこの霧から炭治郎が出るのを阻止しに来るはず。ならば、

 

「逃げられませんよ」

(来たっ!)

「っ! そこだっっ!! 水の呼吸・壱ノ型 水面斬りっ――!!」

「っ!」

 

 接近してくる影武者の気配を感じ取った炭治郎は、その攻撃に合わせるように技を放つ。この状況で攻撃に移るとは思っていなかったのか、影武者は力を受け止めきれず、そのまま吹っ飛ばされる。

 

(手ごたえがあった……! よしっ、このままっ……!)

「出られたっ!」

 

 そのまま効果範囲外へと駆け抜け、視界が鮮明になっていく。ようやく外に出る事が出来た炭治郎は、身体に酸素を取り入れる為に何度も大きく呼吸を繰り返す。

 

 あのまま霧の中にいたら、内臓が傷つけられるか、もしくは呼吸せずにいて酸欠になっていたかもしれない。ふと背後を振り返ると、さきほどまで広がっていた赤い霧が晴れていき、徐々に元の景色が見えてきていた。

 

「……まさかあの状況で迎撃するとは……!」

 

 今度は受け身を取り損ねたのか、苦痛に顔を歪ませながら、影武者は膝をついていた。刀を地に突き刺し、何とか身体を立たす。

 

「――そこまで、ですね。双方、刀を納めなさい」

 

 勝負があった、と察した珠世の声に、手合せが終わる。勝負は炭治郎の勝利ではあったものの、明らかな手加減を感じ取っていた。互いに本気ではなかったとはいえ、彼女の技はなんとも脅威だ。敵でなくてよかったと心の底から安堵する。

 

 その後、互いを労う炭治郎と影武者は、傷の治療の為に診察室へと連れていかれる。その後ろ姿をしのぶは苦虫を噛み潰したよう表情で見送っていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここにいましたか」

 

 治療が終わるまで、外で月を見上げていたしのぶの背に声がかかる。その声に振り向いて姿を確認することなく、しのぶは誰が来たかを悟り、そのまま口を開く。

 

「何のようですか、影武者さん?」

 

 それは軽傷だったあの無惨の影武者の女だった。彼女が鬼である以上、しのぶは会話をする気はない。珠世とも『無惨を倒すため』という理由があるからこそ。鬼への憎悪を滾らせるしのぶは、刺々しい言葉で相手の出を待った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()? 自らの身体で鬼を討つつもりですか?」

(――!)

 

 しのぶの瞳孔が一気に開く。まだ誰にも打ち明けていない秘密。それを知られ、動揺を隠そうにも隠し切れない。なんとか平静さを取り繕う。

 

「……だとしたらなんですか?」

「いえ、私に貴女を止める権利はありません。止める理由もありません」

 

 影武者にとってしのぶの存在は完全に他人事。彼女が命を代償に、鬼を打倒そうがそれはあちらにとって好都合なのだ。その気概で無惨も倒してもらいたいというのが本音でもあるが。

 

「――時に話は変わりますが、炭治郎さんに意中の相手というのはいらっしゃるのでしょうか?」

(っ……!)

「……さぁ、少なくとも私は知りません」

 

 炭治郎の名が出た瞬間、しのぶの眉がピクリと跳ねた。しかし問いの内容が意中の相手の有無……まるでこの女が彼を好いているような問いかけに、腸が煮えくり返るような激情が湧き上がってくる。

 

「そうですか……。炭治郎さん、とっても素敵な方ですね。優しくて、誠実で……()()()()()()()()()です」

「――!」

 

 その単語に、しのぶの激情が一気に頂点を超える。惹かれるだと? 自分を差し置いて、鬼の分際で彼に惹かれるなど許しがたい。何様のつもりだ。怒り以上に憎悪が身体を支配していく。

 

 彼に密かな想いを抱いているしのぶにとって、炭治郎と鬼が結ばれるなど、どうしても許容できるものではない。想像しただけで発狂しそうだ。湧き上がる感情に、奥歯がギリっと音を立てた。

 

「――彼に興味を抱いたからと言って、そこまで私に憎しみの目を向けるとは。酷く重い女ですね」

「……自覚しています、私自身重い女だと思ってますから」

 

 己の行く末をわかっているからこそ思いを告げていないモノの、彼が自分以外の女と話しているだけで胸がかき乱される。思考が定まらず、鬼への憎悪以上の嫌悪と怒り、憎しみが身体を支配する。彼とそんな関係にない以上、そんなことを思うこと自体おかしいとわかっているのに。そんな光景を見ただけで独占欲と嫉妬心が爆発しそうになる。

 

「そこまで彼を想っているのならば、告げてはどうなのですか?」

 

 見透かされている。この胸の内に秘める想いに。鬼如きにそれを知られてしまうとは、なんたる屈辱だ。しかし、

 

「……わかっているのでしょう。打ち明けられるはずがありませんから……」

 

 思いを打ち明けてしまえば、彼が受ける受けないに拘わらず彼の心に枷を嵌めることになる。それはあってはならない。だから告げるわけにはいかない。

 

 その反面、知ってほしい。彼に枷を嵌めたい。彼を自分の存在で縛り上げたいという醜い独占欲が自分の中にあるのも事実。現に珠世にも嫉妬心を剥き出しにしていたではないか。反する感情に板挟みにされる。ただでさえ鬼への憎悪に塗れているというのに。

 

「だったら私が彼を思おうが関係ないでは――あぁ、そんなに睨まないでくださいな。人のクセに鬼のような形相しないでもらえません?」

「……」

「……青筋浮かびすぎな笑みをされても」

 

 そんな顔で睨んでいたのか。いけないいけない。

 

「……彼に惹かれたとしてもその人間性やお人柄に、です。殿方としてではありませんので、ご安心ください」

「……」

「……ですからその顔、止めてもらえませんか。笑っているのに目が笑ってません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、治療が終わった炭治郎と共に珠世らを連れ、蝶屋敷へと向かった。影武者は『命を大事に』が第一な為、動向を拒否。その場で別行動となった。

 

 炭治郎は彼女の強さに感銘を受け、いい経験になったといっていたが、しのぶの心中は穏やかではなかった。

 

――恋仲でもなく、ましてや想いを告げることもしようとしない貴女には、嫉妬も独占欲も抱く資格はありません。

 

 彼女の言ったその言葉が何度も頭の中で繰り返される。すでにしのぶの精神的ストレスは限界に到達していた。鬼への憎悪、炭治郎への想い。その二つの想いがせめぎ合う。しのぶは暫くの間、その思いに苛まれることになる。そして彼女が取った行動とは――

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