次は来月一日、お正月になります。
炭しの派の方たちに作品読んでもらって感想もらいたいなぁ!
――翌日
さらに探索範囲を広めることにした三人は、鬼が隠れるのに最適そうな近くの山に来ていた。最初の目撃現場から遠くないこの場所は生い茂る木々が昼間だというのに、陽の光を遮り、何とも薄暗い。取り越し苦労ならそれに越したことはないが、鬼か獣か、せめてそれを確認しないことには帰るわけにはいかない。
前者も後者も人里に害をもたらす存在だ。野放しにしたままでは、いずれ被害が出てしまうだろう。……それより、
「うぅ~……なんでよりによってここなんだよぉ……。嫌なこと思い出させるなよぉ……」
善逸が涙を滲ませてそう呟く。というのも、今炭治郎たちがいるのはあの『下弦の陸である累と戦ったあの山』那田蜘蛛山だった。あの戦いでは蜘蛛になりかけたこともあり、善逸の中の嫌な記憶が呼び起こされる。
「っだぁぁ! うっせぇぞっ紋逸!」
「いひぃぃぃっ……! そんなこと言うなよ伊之助ぇ……」
「っ……二人とも……動物の死骸だ……」
騒がしい二人とは常時真剣な炭治郎は昨日と同じく喰い荒らされた動物の死骸を見つけた。すぐさま駆け寄り、状態を確認する。この喰い方は昨日と同じ……だが決定的に違う点があった。
「……まだそう時間は経ってないぞ、この喰い欠け……」
「まさか近くにいる……!?」
「ええっ!? いるのぉっ!?」
鬼と思わしき存在が近くにいる――刀を抜き、周囲を警戒する。もしかしたら相手はこちらを補足しているかもしれないのだ。背中を守るように固まり、耳を澄まし、神経を張り巡らせる。だが、
「い、いない……? い、いないんじゃないの……?」
「だったら俺の出番だっ!」
「伊之助……っ」
「獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚――!」
伊之助の使う『獣の呼吸』で周辺一帯を探索する。昨日は使っても成果がなかったが、今日のは手ごたえがあるはずだ。少し期待しながら、炭治郎と善逸は伊之助を結果を待つ。そして少しして……
(っ……! こいつはっ……!?)
遠方に動く人影のような存在を、伊之助の感覚が捕捉する。ゆらゆらと動く、話に聞いていた鬼の特徴に似ている……なら!
「っ! 見つけたぜ! あっちの方角にソイツがいやがるっ!」
「でかした伊之助!」
「よしっ! 俺についてきやがれっ!
「ああっ! 善逸、伊之助、行こうっ!」
そこに鬼と思われるモノがいるはず。三人は伊之助が捕捉した場所へ急行するのだった――
「……!」
「いたぜ! アイツだっ!」
駆け足で現場へ急ぐと、先に怪しく動く者影が見えた。幽気を漂わせるように揺れ動くその後ろ姿は、まさしく報告通り。なにより、炭治郎の鼻がその者から血の匂いと鬼の匂いを確かに感じ取っていた。あれは鬼だ……! まさかまだいたなんて……。
「やいテメェ待ちやがれっ! 大人しく俺にぶっ倒されやがれっ!」
「ちょちょちょっ!? 伊之助ぇっ! ここは慎重にだな……」
(……? この匂い、は……?)
鬼らしき者の背中に喧嘩を売る言葉を投げつける伊之助を必死に宥めようとする善逸の隣で、炭治郎は警戒しつつ歩みを止めた鬼を観察していた。証言通りに鬼から僅かながら藤の花の匂いがするのだ。鬼は藤の花を嫌う……ならなぜ鬼が? それとも自身が知らない、『藤の花に似た匂い』か……? と、そこで炭治郎たちの前で背を向けていたその者がゆっくりとこちらへ向き直った。
(え――?)
炭治郎だけでなく、善逸も伊之助も驚愕で目を見開いた。その鬼の顔は――
「――」
「しのぶ……さん……?」
――あの大戦で亡くなったはずの『胡蝶しのぶ』の顔をしていた。
「は……? な、なんだよあの顔っ……!? あいつの顔、しのぶと似てねぇか……!? 生きてたのか!?」
「う、んなわけわけないだろっ……! だってしのぶさんは死んだって、伊之助も言ってただろ!?」
「だ、だけどよっ……! にしても似すぎじゃねけか!?」
狼狽える伊之助と善逸。炭治郎も彼らと一緒だった。模様入りの黒い羽織に白い布のサラシ、赤い洋袴。そして縦に裂けた瞳、薄っすらと開いた口から覗く牙、鋭利な爪――そしてその顔は、容姿は……まるで『鬼と化した胡蝶しのぶ』のようだった。髪は結っていないものの、まるで彼女とうり二つだ。
(……っ、違うっ! しのぶさんはもういないっ……!)
眼前の鬼が彼女だという考えを、頭を振って吹き飛ばす。――いるわけがないのだ。彼女が死んだところをカナヲが見ている、間違いない。だったらこの鬼はなんだ? だた似ているだけか……?
「っしゃあっ! とにかくあの鬼をぶっ倒しゃあ終わりだっ! 行くぞ紋逸!」
「な、ななななななんでだよぉっ!? 伊之助だけで行ってくれよぉっ!」
「い、伊之助っ! 不用意に突撃するなっ!」
泣きべそを掻く善逸を置き去りにし、炭治郎の静止を無視して伊之助がその女鬼に突撃していく。一対の日輪刀を構え、鬼へ飛び掛かる――!
「獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂きぃっ!」
その場で立ったままの女鬼に技が当たる瞬間――鬼の姿が伊之助の視界から消えた。
「っ!? 何っ!? き、消えやがっ――ぐほぉっ!?」
「い、伊之助ぇっ!?」
(は、速いっ……!)
伊之助の視界の外から女鬼が強烈な蹴りを見まい、伊之助を吹き飛ばす。攻撃をモロに喰らった伊之助は、訳も分からず地面に叩きつけられた。伊之助の技を躱すだけでなく、反撃に転じたという点から、炭治郎は即座に鬼の技量を推し量った。この鬼は強い、と。
伊之助を蹴り飛ばした女鬼はそのまま、炭治郎と善逸の元へと突進してくる。
「うわぁああぁぁぁっ!? あっ、ぁ――」
「善逸っ!?」
恐怖心が極限に達したのか、善逸は膝からガクリと崩れ落ちると、そのまま失神してしまった。突然のコトに、炭治郎は善逸を守るべく咄嗟に女鬼と彼の間に割って入ろうとした。が、
「くっ……!」
「――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃――!」
「善逸……?」
背後からした善逸の声に、炭治郎はふと振り返った。そこには目を閉じ、雷の呼吸をしながら、携えていた刀に手を添える善逸の姿。そのまま眼前にいる鬼目掛けて彼が唯一使える型を見舞うべく、まさに雷の如く突進し――
「――」
「っ……!!」
――神速の居合斬りが見舞われることはなかった。
「っ!? 善逸の技を封じ込んだっ!?」
女鬼のすぐ目の間で、善逸の動きが止まる。高速の居合斬りが放たれる瞬間、女鬼の掌底が刀の柄を抑え、抜刀を封じていたのだ。刀が抜けなければ、居合斬りはできない。この瞬間、善逸の技『雷の呼吸 壱の型 』は不発となってしまったのだ。
炭治郎の女鬼の動きに動揺を隠せない。下手をすれば封殺はできないばかりか、自身の首が落ちかねないにも拘わらずそんな芸当が出来ることに。
「――」
「っ!?」
「善逸っ!? くっ……!」
動きが止まった善逸の顔面に女鬼の拳が放たれ、吹き飛ばされる。巨大な岩に背中から打ち付けられた善逸はそのままズルズルと背を落とし、そのまま倒れ伏してしまった。急ぎ善逸の元に駆け寄り、無事を確認する炭治郎。
(……よかった、まだ生きてる……っ!)
「善逸はやらせないっ!」
鼓動はまだしている、息もある……彼はまだ死んじゃいない。気絶しただけとわかり、ひとまずホッと胸を撫でおろすと、炭治郎は彼を守るように前に出た。そうして棒立ち状態の女鬼に向き直る。――
(あれは善逸の日輪刀っ! ……善逸を殴り飛ばす瞬間、刀を引き抜いていたのか!)
あの刹那の瞬間にそこまでの動きができることに炭治郎は驚いていた。そんな動きを出来る鬼は少なくとも雑魚鬼ではない。女鬼に刀を向けるが、当の相手は微動だにせず、ただこちらをぼぉっと見つめているだけ。言葉も発さずに、ただ黙って炭治郎を見つめ続けている。
膠着状態が続く中、炭治郎の視界の隅で女鬼に接近する影があった。自分と善逸以外の誰かとなれば、
「んのぉぉっっ! よくもやりやがったなぁぁあぁっっ!!」
一時といえど、気を失っていたのが相当腹だったのか、伊之助が怒気を露わに女鬼へと再び切りかかろうとしていた。が、彼の大声を気にすることなく、女鬼はただただ炭治郎を見つめている。まるで彼以外が目に入っていないかのようだ。
「獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き――!」
再び技を見舞う伊之助。だが、女鬼は背後から攻撃を放つ伊之助を見ることなく、まるで舞うかのように残像を残しつつ横に躱して見せた。しかし今度は先ほどのようにはいかない。避けられることを読んでいた伊之助は回避行動直後の女鬼へと即座に連撃を放つ。
「逃がすかボケっ! 読めてんだよぉっ!」
「――」
ガキィンッ! と刀が交差する音が響いた。伊之助の刀撃を、手にしていた善逸の日輪刀で防いだのだ。自分の攻撃が防がれたことに苛立ちながらも、伊之助は更なる追撃を仕掛ける。――しかし、
ドスッ!
「ぐおっ!?」
伊之助の左腕に女鬼が爪を突き刺した。瞬間、伊之助の動きが止まる。女鬼はその瞬きをするような微かなの隙を見逃さない。続けざまに手刀を腕に叩き落すと、伊之助の身体を一瞬電流が奔ったかのように痺れが襲う。
(なんだ……!? 身体が痺れ――!?)
「げぼろぉぇっ!?」
僅か、ほんの僅か身体から力が抜ける。その一瞬を狙い、女鬼は伊之助の左手にあった日輪刀を奪い取り、伊之助の腹部を蹴り飛ばしていた。
「伊之助っ!?」
「ぐっ……大丈夫だ崑太郎! つかテメェ! なに人のモン奪ってんだコラァっ! 返しやがれぇっ!」
「いやっ! 説得力ないぞ伊之助っ!」
日輪刀の一本を奪われ憤慨する伊之助に、炭治郎は思わずツッコミを入れてしまった。伊之助はかつて鬼滅隊の隊士から日輪刀を奪い取っていた為、完全に『お前が言うな』状態だが当の本人は一切気にしていない。
悔しさで睨まれている女鬼は善逸の日輪刀と伊之助の日輪刀を携え、ぼんやりとした目で伊之助と炭治郎のやり取りを見ていた。そこで女鬼が初めて自ら行動をとり始める。歩くように接近しつつ、途中から猛スピードで伊之助の元に突っ込んでくる。
「畜生がっ! 一本じゃやりにくいんだよっ!」
「伊之助っ! 今行くから待っててくれっ!」
炭治郎が善逸を安全な、少し離れたところに隠す間、女鬼による二刀の猛撃に伊之助は果敢にも一本の日輪刀で防ぐ。伊之助が攻撃を防いでいる中、岩陰に善逸を寝かせると炭治郎も攻勢に女鬼へと向かっていく。
相手は一人で二本だが、こちらは二人で二本。これなら勝負は少なくとも五分に持ち込めるはず――そう炭治郎は考えていたが、その読みは何とも甘かった。
「――」
「てめ――っ、ごぶっ!? ぐおぉっ!?」
炭治郎が接近していることを感じ取ったのか、女鬼は伊之助に腹部、喉と続けての二段蹴りを放った。その強烈な二撃を受け、体勢が崩れる伊之助。そのがら空きになった彼を女鬼の刃が襲う。
「ぐあぁぁああぁぁっ!!」
「伊之助ぇぇっ! くっ! 水の呼吸 壱の型 水面斬り――!」
×字を書くように上半身が斬り付けられ、伊之助はその場に倒れ伏す。炭治郎が自身へ刀を振るう前に女鬼は、そこから飛び退き、距離を取る。刀が空を切り、苦々しく顔をゆがめる炭治郎。すぐさま女鬼を前に見据えながら、炭治郎は倒れた伊之助を庇う様に立ち塞がった。
女鬼の挙動に注意しつつ、チラっと背後の伊之助の状態を伺う。出血はしているが、そこまで深い傷ではないようだ。それでもダメージは大きいのか、痛みに身体を震わせるだけで立ち上がる様子はない。
「っ……!)
(くそっ……! 以前の俺ならさっき斬れてた……、腕が鈍ったのか? それともこの鬼が――)
片腕が使えないハンデもあるが、それ以上に自身の腕の鈍りを痛感する。戦いとは無縁の生活に戻っていたのだから当然と言えば当然だ。こんなことなら以前の生活に戻っても鍛錬をしてるんだったと炭治郎は後悔する。
が、今は後悔している場合じゃない。どうにかして負傷している二人を庇いつつ、この場を離脱しなくては。この状況は非常に分が悪い。
「――」
「来るっ……!」
女鬼が炭治郎へ強襲していく。奪った二本の日輪刀を巧みに使い、嵐のように止まらぬ剣劇を放つ。炭治郎は相手に剣筋を見極めつつ、受けては避けるを繰り返す。こちらは一本に対し、相手は二本。手数はあちらが上。しかし闇雲に振るっているだけならば、防ぎきることはそう難しいことじゃない。
(攻撃が止まない……っ! これじゃあ善逸も伊之助もっ……!)
しかし、相手の攻撃を捌ききることはできでも攻撃に転ずることができない。息をつかせぬ連撃と守らなければならない存在がいる以上、下手に間合いを取るのは悪手だ。
攻撃対象が自分以外の二人に向いたら、もう止めようがない。このままだとジリ貧だ……、このまま陽が昇るのを待っているのも得策ではない。どうすれば……。
「――炭治郎っ!」
「……っ!? カナヲっ!?」
突如聞こえてきた声に炭治郎は鼻を効かせる。カナヲだ。チラっと声のした方向へ視線を向けると、彼女が日輪刀を携えてこちらに駆けてくる。アオイが呼んでくれたのだろうか? ともかく彼女が来てくれたのは非常にありがたい。
ひとまず善逸と伊之助を連れ、この女鬼の相手をしつつ撤退行動に移ることが出来る。
「今助ける――!」
「カナヲっ、油断しないでっ! その鬼、かなり強いっ!」
善逸を一瞬で戦闘不能に追い込み、挙句日輪刀を奪い、二人相手に圧倒するほどの実力だ。少しでも侮れば即座に切り伏せられてしまうだろう。炭治郎の言葉を聞き、カナヲは日輪刀を構え、女鬼に突進していく。
動こうとしない女鬼に斬り付けようと振るも、ガキィンという大きな金属音と共に攻撃を阻まれた。
「っ……! その顔っ……!?」
女鬼の顔を間近に見て、カナヲはハッと息を呑む。その顔は自身が姉と慕っていた人物にうり二つだったのだ。彼女が生きていたのか? いや、そんなはずはない――!
「――」
「ぐっ……!」
「カナヲっ!」
思考したその一瞬の隙を突かれ、腹部を蹴られて、女鬼は後方に飛んで距離を取った。腹部に受けた衝撃に、カナヲはその箇所を手で抑えながら膝をつく。蹴られる瞬間、後ろに飛んで威力は殺せたものの、まともに喰らっていれば骨を何本かやられていたかもしれない。
炭治郎は彼女に駆け寄りたいが、そうすれば伊之助と善逸を危険に晒すことになり、その場から動けない。そんな炭治郎の意志をくみ取りながら、カナヲは痛みに表情を歪ませながらも立ち上がり、再び構える。
(あの鬼……しのぶ姉さんと同じ顔……)
しのぶから親族の話はあまり聞いたことがない。精々家族に姉がいたということだけで、しのぶは双子ではない……胡蝶家の者だろうか。ならば顔が多少似通っていても説明が付く。が、それにしては似すぎている……単なる偶然、他人の空似か? ぐるぐると考えが巡る。
間合いを詰めようにもこの女鬼から、隙が感じられない。無感情な瞳がじっとカナヲを射抜いていた。見合い、攻め入る隙を伺う。膠着状態の中、先に攻勢に出たは女鬼の方だった。
「――」
「っ!」
(日輪刀を投げてきたっ……!?)
横回転するように投げられた伊之助の日輪刀が、超高速でカナヲへ向けて飛んでくる。彼女の元に到達するまで僅か数秒、それをカナヲは捌いて空中へ弾き飛ばす。が、
「っ!? いないっ!? どこに……!?」
投げられた日輪刀が影となっており、刀を弾いて見た彼女が立っていた場所に、その姿はなかった。急ぎ警戒しながら周囲を見回すも、姿を確認できない。
「カナヲっ! 上だっ!」
「っ!?」
炭治郎の声にハッとなり、顔を上げる。見上げた視線の先には、月と重なるようにこちらへと一直線に飛んでくる女鬼の姿が。投げた日輪刀でカナヲの視界が塞がれた隙に、上空へ高く跳びあがったのだ。瞬時に迎撃しようとカナヲ日輪刀を構え、花の呼吸を見舞おうとした。その時、
(ぇ――?)
寸前、接近する女鬼の姿が深紅の蝶の群れと変わり、舞い飛ぶそれが自身の身体を通り抜ける。
(こ、この技は……しのぶ姉さんの――)
しのぶの継子として一番近くで技を見てきたカナヲだからわかる。間違いない、この技はしのぶが使う『蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞い 複眼六角』――! そう思った時には、カナヲの身体の六ケ所から血の飛沫が上がっていた。
「――っ!」
「か、カナヲ――っ!!」
両足両肩両腕を一瞬で貫かれたカナヲ。四肢に力が入らず、膝をつき、そのまま地面に倒れ伏す。ドクドクと血が流れ出ていく中、彼女の目は驚愕でブルブルと震えていた。ありえない、ただの野良鬼が『呼吸』を使えるなど。ましてや『蟲の呼吸』、それも自身の敬愛していた姉とまったく同じ技を繰り出せることなんて。
(どうして……鬼が、この技、をっ……!?)
『呼吸』を使える鬼など報告にあった一体しか知らない。その鬼も元々は『呼吸』を使える剣士だったと聞く。じゃあこの女鬼は生前『呼吸』が仕えた剣士? なら、ならこの女鬼は――?
「くそっ!」
伊之助を善逸のすぐ傍に隠した炭治郎が、カナヲを守るように女鬼に対峙する。表情一つ変えようとしない相手に対し、炭治郎は苦渋の表情で冷や汗を流す。まさか、と思った。まさかカナヲほどの実力者があっという間に倒されるなど、まったくの想定外だ。
善逸も伊之助も、カナヲさえも瞬時に倒したこの女鬼。彼女の底知れぬ実力に、炭治郎は命の危機を予感した。今の自分の実力は片目を失明しているカナヲの下だ。いや、善逸や伊之助よりも弱くなっている。そんな自分が果たしてこの鬼を倒せるのか?
久方ぶりの"死の恐怖"に心臓が軋む。これ以上助けが来るなんて都合のいい話はないだろう。助太刀を望めず、戦えるのが自分だけ。このままだと四人全員ここで……?
(落ち着け、落ち着け炭治郎……、考えろ、考えろっ! 今戦えるのは俺だけ。せめて、せめて誰か動ければ……!)
この中で一番弱い自分でどこまで時間が稼げるかわからないが、防戦に専念すれば或いは……。だとすれば後は誰かが負傷者を連れてここから離脱してもらわねばならない。善逸は気を失っている、カナヲはどう見てもまともに動けるような怪我じゃない。怪我は決して浅くはないが、まだ意識のあった伊之助に二人を託す以外に道はない。
「伊之助っっ!! 俺が鬼を引き付けるっ! だからなんとかその間に二人を連れて逃げてくれっっ!!」
離れた場所にいる伊之助に聞こえるように叫ぶ炭治郎。彼がこの声を聴いてくれれば、きっとやり遂げてくれるはず。――そう思っていたときだった。
「っ……!?」
(この匂い……怒っている?)
ふと女鬼から嗅ぎ取った感情、それは怒りの匂いだ。先ほどまで一切の感情を感じさせなかった彼女から初めて感じ取ったソレに、疑問を抱くも、状況が状況なだけに上手く頭が回らない。
「――」
「っ!」
次の瞬間、対峙していた女鬼が手にしていた善逸の日輪刀を炭治郎へ向けて投擲してきた。今度は先ほどとは違い、針を飛ばすように一直線に飛んでくる。
(さっきと同じ手はくわないっ――!)
先ほどのカナヲの戦いを見ていた炭治郎は、女鬼の匂いで距離を測りつつ、飛んできた日輪刀を弾き飛ばす。瞬間、鼻で匂いを嗅ぎ、女鬼を探す。上――違う、真正面――!
「お前の動きは読めているっ!」
炭治郎は振った刀を戻し、女鬼へ振りかぶった。しかし彼女はそれを刀の上を転がるように避けると、そのまま――
「がっ……!?」
(殴られ……!?)
――額を殴り、かち割られる。地面を仰向けに倒れ込む炭治郎。額から血が流れ、鈍痛が昇ってくるが、炭治郎はなんとか体勢を立て直し、女鬼に相対する。かなり頭がぐらつくが、それが収まるのを待っているわけにはいかない。が、
「だ、駄目だっ……立っていられないっ……!」
頭部に重い一撃を喰らったためか、眩暈が激しくなり、思わず膝をつく。いったん地面に落とした視線を女鬼に戻そうと顔を上げた。しかし、
「っ!? ……いない……?」
先ほどまで彼女がいた場所にその姿は残っていなかった。周囲を警戒し、匂いを辿るも女鬼のソレは感じられない。どうやらここから退いたようだ。ホッと炭治郎は息をつき、怪我をしているカナヲの元に駆け寄っていく。
「カナヲっ! しっかりっ!」
「ぅ……ぅぅ……」
「善逸! 伊之助っ!」
「ぐっ……畜生がっ……! おらっ……起きろ紋逸っ! ったく世話が焼けんなっ!」
――それぞれ負傷者を連れ、その場を後にする炭治郎たち。
鬼の存在は確認できたものの、一体あの鬼が何者なのかは一切不明のまま、件の解決には至らず仕舞い。しかし、炭治郎の心中ではある可能性が浮上していた。
(まさか……あの鬼は……?)
容姿、匂い、そして技――すべてがあの人と合致する。だがもしそうだったとしたら、何故彼女が鬼になったのかが見当つかない。他とは違う殺され方をしたからか? それとも何か意図があってか? それを問いただそうにも彼女を殺した鬼はもういない。
謎だらけのこの事件。炭治郎達は手も足もでないまま、敗北を期してしまったのであった――
戦闘シーンは苦手なのよぉっ!
↓おまけのクッソ寒い某パロギャグです。
ゴミに出しちゃうのもどうかと思い、ここ場を借りてポイしちゃいました。
――グツグツと鍋が煮える音が聞こえる。
鬼の討伐帰り、別の討伐任務を終えていたしのぶたちと合流した炭治郎たちは近場の山小屋で食事を取ろうとしていた。いるのは炭治郎としのぶ、カナヲに、カナヲと外出中に鬼に遭遇してしまったアオイの四名。一応禰豆子もここにいるが、鬼との戦闘で体力を消耗し、今は箱の中で睡眠中だ。
「……にしてもラッコの肉が食べられるとか聞いたことないですね。本当に食べられるのですか?」
「どうだろう? あのお爺さんは食べられるって言ってたけど……」
「以前は猟獲が行われてましたし……」
炭治郎が鬼から助けたのは長年山に住む老人だった。助けのお礼として渡されたのはなんと冷凍保存していたラッコの肉。本来ならば『臘虎膃肭獣猟獲取締法』によっての猟獲が原則禁られているのだが、ふともへ降り事のない彼はそれを知らなかったのだ。禁止だとわかった老人はもうラッコを猟獲はないだろう。
「なんか独特の匂いがしますね……」
嗅いだことのない匂いに不信感を募らせる炭治郎。しのぶもアオイも同じ気持ちであったが、そんな中、カナヲが目を擦する。
(なんか……変……。炭治郎が、何か……色っぽい……)
先ほどから自身の脇にいる炭治郎から妙な色気を感じてしまう。自分とさして変わらない年齢だというのに、彼から漂う雄の気配に、下腹部がじんわりと熱を帯びていく。
「大丈夫、カナヲ? ……にしてもなんか熱いですね……」
身体の熱を冷まそうと炭治郎は隊服の胸元を緩め、身体の風通しを良くする――しかし周囲の女性陣にとって、それはよくないことだった。
――この男……助平過ぎるっ……!
どこぞの風柱よろしく、胸元のみならず上半身を開けてしまった炭治郎。露出する鍛え上げられた肉体から漂う凶悪なフェロモンが、しのぶたちにそう思わせるほど、今の彼は酷く性的だった。実弥がスケベ柱ならば、炭治郎はスケベ隊士と呼ばれてしまうだろう。
「あぁ……なんか、頭がクラクラする……」
「大丈夫っ、ですか炭治郎さんっ!?」
「いけませんっ……今すぐ横にしなくては……っ」
「っ……」
小屋に漂う熱気に充てられたのか、炭治郎が額を抑え始めた。その様子に、しのぶたちは眩暈を起こした彼をひとまず横にする寝かせる。
「ひとまず水を飲ませましょう……っ」
「た、隊服を脱がせたほうがいいのでは……む、胸元だけじゃ……」
「だ、駄目……全部脱がせないと……っ」
すでに通気性は十分な気がするも、湧き上がる欲情にカナヲたちは炭治郎を全裸にしようと衣服へ手を伸ばす。このまま女三人による男子追剥事変が幕を開けるかと思われたが、そんな彼女達を炭治郎は制止させた。
「だ、大丈夫ですっ……ちょっと疲れちゃっただけですよ……」
(なんだろう……しのぶさんも、アオイさんも、カナヲもなんか……)
――色っぽい
炭治郎もまたラッコ肉の匂いにやられ、しのぶたちから強烈な女のフェロモンを感じ取っていた。普段の色気十割増しに見える彼女達。頬を上気させ、目を細めてこちらをみる視線がなんとも色っぽい。海綿体に血が流れていくのを感じる。
「そう、ですか……。でも無理はしないでくださいね、炭治郎くん?」
「あ、ありがとうございます」
「に、にしても炭治郎さん……見ない間に大分、その……なんていうか……魅力的な男性になりましたね」
上半身裸状態になった炭治郎。蝶屋敷で養成中だった頃に比べ、別人のように『雄っぽさ』を感じていた。その雄っぽさにくらくらと眩暈がするほどに。
「よ、よしてくださいよ……。まだ俺なんて……」
(((カワイイ)))
まだ幼さを残すその差――ギャップがしのぶやアオイ、カナヲたちにはなんとも魅力的に映るのだ。
(なにか……、何か身体が……おかしい……っ? 一体何が……?)
(なんなの……この気持ちっ……おさえ、切れないっ……!)
(こんな気持ちっ……そうすればいいの……っ?)
際限なく湧き上がってくる情欲に、もうどうにかなってしまいそうなのだ。ムラムラが収まらないっ……!
「もうっ……もう我慢できないっ……!」
(((っ……!)))
皆が見守る中、ガバっと立ち上がる炭治郎。彼は衣服を脱ぎ半裸になると――
「皆相撲(本気)しようっ!」
「「「そうか! それねっ! 相撲(意味深)しましょう(しよう)!」」」
そしてなぜか他の面々は全裸になり、そして肉体と肉体をぶつけ合うのだった――
「炭治郎くん、突然呼び出してしまった申し訳ありません」
「いえ、俺は大丈夫ですけど……」
しばらくして、蝶屋敷の一室に呼び出された炭治郎。呼び出された理由がわからぬまま正座する自分の前には、苦渋の症状のしのぶと微かに顔を赤らめて視線を逸らすアオイとカナヲ。張りつめた空気が漂う中、しのぶがゆっくりと口を開いた。
「……妊娠しました」
「えっ!? しのぶさんが、ですか!?」
「……はい」
「え、お、おめでとうございますっ!」
予期せぬ言葉に、炭治郎は動揺するも、咄嗟にお祝いの言葉が出たのは彼の人柄だろう。しかしそれでなぜ自分が呼ばれたかがわからない。
「私だけではありません。アオイもカナヲも、妊娠しました」
「え!? さ、三人とも、ですかっ!?」
彼女だけでなく、アオイとカナヲも妊娠していたことに先ほど以上の動揺を示す炭治郎。
「……えっと……お相手を聞いてもいいですか?」
炭治郎が気になっているのはそれだ。彼女達にそれらしい仲の男性の影は見られなかった、にも拘わらずに妊娠ときた。炭治郎といえど気にならないはずがない。
「……炭治郎くんです」
「えっ!? 俺と同じ名前の人ですかっ!?」
(((どうしてそうなるの?)))
自分たちの目の前にいる男の名を言ったはずだったが、当の本人はまさか自分とは思わずに自身と同じ名前の誰かと壮大に勘違いしていた。それもそのはずだ。彼には彼女達と夜を共にしたのを夢だと思っていたのである。
「違います、私たちの目の前にいる竈門炭治郎くんです」
「えっ!? そ、それってっ!?」
「……私とアオイとカナヲの父親は君です」
「「……」」
そうなのだ。ラッコの肉の匂いは情欲を酷く刺激するのだ。あの日、ひょんなことから炭治郎と肉体関係を持ってしまったしのぶたち。炭治郎が起きる前に目覚めた三人は、彼に事が露見しないように証拠隠滅を図った。皆キチンと避妊薬を服用したものの、たった一度の膣内射精で妊娠してしまったのである。
そう、藤の花の毒が身体全身に回っているしのぶさえも。彼の精液を子宮に注がれれば、妊娠は免れないと言う驚愕の事実に皆愕然としたものだ。
「ええっと……ということは、俺は……三人の御父さんってこと、ですか……?」
「……はい。認めたくないかもしれませんが……」
声を震わせて、炭治郎はしのぶに再度確認する。自分には全く身に覚えのないことだが、彼は三人の女性を孕ませてしまったという現実があった。これはどうやっても覆しようがない。
(う、うそだっ……禰豆子になんて言えばっ……)
――え? 三人の女性を妊娠させちゃった? お兄ちゃん、逆に考えるの。やったね、家族が増えるよって。
(そうだよ禰豆子っ! 家族が増えることはいいことじゃないかっ……)
流石の炭治郎も現実を直視できず、謎の幻聴に導かれ、勝手に納得する。そして彼はこの事態をポジティブに思い直して、彼女達にこう告げた。
「わかりましたっ! 俺っ、責任とって皆さんをお嫁さんにしますっ!」
「「「「はいっ!」」」
――こうして炭治郎は三人の御嫁さんを貰い、幸せに暮らしたのである。
……後日、禰豆子にしこたま怒られることになるのはまた別の話