拙作の炭しの作品を、多くの炭しの推しの人に読んでもらって感想も貰いたいなぁ……
拙作で炭しの推しになってくれた人がいたらとても嬉しい
――あの少年……額に火傷の痕がある少年を見た時
胸をきゅぅと締め付けられる感覚があった。どこか甘酸っぱく、目柱が熱くなって、それでいてどこか温かさを感じる……そんな感覚。あの少年が何処の誰なのかはわからない、思い出せない。しかし、この胸に飛来したこの感覚は一体なんだったのだろうか。
◇
――あの場から蝶屋敷へと戻って来た炭治郎たち
出迎えたアオイに驚かれた彼らは、ただちに治療を受けることとなった。善逸も伊之助も、カナヲも皆重症の中、炭治郎だけが軽傷だった。治療を終えた善逸たちは今、ベッドで安静にしている。しばらくは戦うことはできないだろう。
「――そうでしたか……。でも皆さん、生きて帰ってきてくれてなによりです」
「うん……、ありがとうアオイさん」
事の顚末を聞いたアオイは包帯を巻いた炭治郎を労った。一歩間違えば死んでいたかもしれなかったのだ。もし四人とも帰らぬ人となってしまったら、アオイは彼らを止めなかったことを後悔し続けることになっていた。五体満足――炭治郎は元々左手が使えないが――で帰ってきてくれた彼らに、アオイも安堵で胸を撫でおろす。
――鬼はいた
今回はっきりしたことはソレだ。加えて『胡蝶しのぶに酷似した容姿』『蟲の呼吸らしき技』『元鬼殺隊隊士四人を相手取り、打ち負かすほどの実力を持つ』という鬼であることがわかった。だがどうにも不可解だ。
「しのぶ様に双子がいたという話は聞いたことがありません。姉弟はカナエ様だけとしか……」
「うん……、胡蝶家の人かもって考えたけど、蟲の呼吸が使えるのはしのぶさんだけだし……。何より、しのぶさんの匂いがしたんだ」
しのぶの匂い――それは彼女が服用していた藤の花の匂いだ。鬼が嫌う筈のその匂いを纏っているだけでおかしい。考えられる可能性は――『あの鬼が藤の花を克服した鬼である』か、もしくは『胡蝶しのぶ本人である』という説だ。
『何らかの方法で鬼として蘇生した。しかし人間だった頃の記憶を失っている』と考えればすべての話が通じる。もっとも鬼舞辻が消滅した為、本来鬼は彼を覗いてこの世にいないはずだが……。
「元風柱様と元水柱様にも連絡を取りました。明後日にはこちらに到着するとのことです」
「あの二人か……」
義勇は片腕を失っている。両目の視力は健在ではあるが、それでも大幅に力は落ちているのは間違いない。とすれば五体満足な実弥しか万全に戦える者はいない。彼ならば太刀打ちできるだろうが、義勇との共闘だと互いに足を引っ張り合ってしまうような予感がしてしまう。あの二人の相性は最悪といっていい。下手を打てば返り討ちだ。
「ひとまず炭治郎さんは休んでください。まだ傷は癒えていません」
「わかったよ、アオイさん」
――その夜
炭治郎はアオイとカナヲに承諾を貰い、しのぶの私室で彼女の私物を漁っていた。定期的に清掃はしているものの、カナヲやアオイの意向で部屋はそのままにしてある。探しているのは自身を鬼から戻した薬の生成方法。作った数は少なかったものの、それは時間とそれに必要とする材料の少なさ故。その製造方法は決して彼女の頭の中だけではなかったはず。
ならどこかに必ずそのメモか何かがある――。そう踏んだ彼は鬼を人間に戻す薬の製造方法を記したモノを探していたのだ。一緒に薬の開発に参加していた愈史郎は行方知れず、診察室にソレはなかった。他にあるとすればここくらい。
あの鬼が彼女と決まったわけではない。証拠もないし、根拠は薄い。しかし、それでも炭治郎の中には確証があった。理由はわからない、それでも『そうだ』と断言できるほどの自信が。
(薬の作り方さえわかれば……あの人を人間に戻せるかもしれない)
あの鬼が人を喰らったようには思えない、考えにくい。鬼となってもなお、その中に『胡蝶しのぶ』としての人の心が残っていて、犠牲者を出すまいと拒み続けているなら――。
「ぁ――」
唐突に炭治郎の手が止まる。調べていた彼女の遺品の中に上質そうな箱を見つけたのだ。何が入っているのだろうか……? 恐る恐る中を開けて見ると、上質そうな紫の布に包まれた何かが入っている。震える手でそれをゆっくりと開いていくと――
(――……!)
その布に包まれていたのは、簪だった。ただの簪ではない。以前炭治郎が、生前のしのぶに送った品物だ。鬼討伐の任務の最中、開いてた店で偶然にも見つけた代物。ふと彼女に似合いそうだな、と思って『いつもお世話になっている御礼』という名目で送った贈り物。
受け取った彼女の心からの笑顔と、心の底から嬉しいという彼女の匂いは今でも忘れられない。渡したときは申し訳ないが抜き身だったが、ここまで大事にしてくれていたのだと思うと思わず目が潤む。
「っ~~~……、しのぶ、さんっ……」
一人の女性をいつまでも引きずっている自分は、なんて未練がましいのだろう。でも仕方ないのだ。彼はまだ少年であり、精神がそこまで成熟しているわけではない。なにより初恋だったのだ。あそこまで胸を焦がす感情を覚えたのは、彼女が人生で初めてだったのだから。
滲んだ涙を袖で拭い、片付けようとしたとき、箱の下に折りたたんだ紙があることに気が付いた。まさか――と、 炭治郎は逸る気持ちでそれを開いていく。そこに書いてあったのは、
「あったっ……!」
鬼を人間に戻す薬の製造方法だった。筆跡も彼女のモノ、間違いない。これを作ることができれば――!
「これなら……! アオイさんに知らせないと……!」
しのぶの助手的立場にあった彼女は簡単な薬の製造なら出来ると聞いた。この薬の作り方が難しいか簡単かは炭治郎にはわからない。薬を作ったしのぶも珠代ももういない以上、彼女達に近いところにいた
アオイに頼る以外に他なかった――
「……わかりました。出来るかどうかはわかりませんが、やってましょう」
「ありがとうっ! アオイさんっ!」
製造方法を記した紙を見つけたという報告を受けたアオイは、炭治郎の懇願もあり、鬼を人間に戻す薬の製造を承諾した。正直この作り方は相当難しい……自分に出来るかどうかはわからない。しかし、彼が自分を頼ってくれたのだ。なら彼の助けになりたい……やってみる価値はある。
一緒に添えられていたメモを見ると、万が一薬が投与する前に破壊された時の為に、自分以外の人間が作れるように遺しておいてくれていたようだ。もっともしのぶの不安は杞憂であったものの、今は遺してくれていたことを感謝していた。
「材料はかなり希少な物が使われてますね……。今手に入るかはわかりませんけど、探してみます」
「アオイさん、俺も手伝うよ! 何を集めればいいの?」
「いえ、炭治郎さんは身体を休めてください。軽傷とはいえ怪我人なんですよ? 下手に動かれてまた怪我を負っては困ります」
「……ハイ」
アオイに釘を刺され、ピシっと身体が固まる炭治郎。彼女の言うことももっともなため、反論できない。がっくりと肩を落とす炭治郎だが、即座に気持ちを切り替え、顔を上げる。
「もしあの鬼がしのぶさんで、人間に戻れたならカナヲもきっと喜ぶよっ! 俺、カナヲに言ってきますっ!」
カナヲにとってしのぶは実の姉のような存在。しのぶが人間として戻ってこれるかもしれない――まだ可能性の段階ではあるが、彼女もきっと喜ぶだろう。ならば早くそれを知らせなくては。炭治郎は踵を返し、駆け出した。
「えっ!? ちょっ、炭治郎さ――」
「アオイさんっ! 何か手伝うことがあったら言ってくださーーい!」
「……いっちゃった……」
あっという間に視界からいなくなってしまった炭治郎に呆気にとられたアオイ。彼女はハッと意識を戻すと、書かれていた材料を探すべく薬庫へ急ぐ。本当に自分に薬が作れるのか、と湧き上がる不安を抑えながら。
「カナヲ、今大丈夫?」
「炭治郎? うん、大丈夫だよ」
ベッドに寝ていた彼女は炭治郎の姿に上体を起こす。女性ということもあってか、善逸たちとは別の病室に移された彼女、病院服の隙間から覗く包帯の跡がなんとも痛々しい。カナヲの元気そうな顔を見て、炭治郎は安心しつつ、ベッド横にある椅子に腰かけた。
「傷、痛む?」
「ううん。アオイの薬が効いているからなんともないよ」
心配する炭治郎に、カナヲは安心してもらうように言う。しかし、彼女の怪我はなかなかに深かった。身体の六ケ所を突き抜かれたのだ、痛みは相当だっただろう。アオイの作った鎮痛剤が効いているようで、痛みを感じていないようだが。
「そうだ! 聞いてカナヲ! もしあの鬼がしのぶさんだったとしたら……人間に戻せるかもしれないんだ!」
「っ……! ……そう」
そう嬉しそうにカナヲに告げた炭治郎。しかしカナヲはその言葉を聞き、顔に影を差した。漏らした声も、嬉しくはなさそう……まるでそれが嫌であるかのように。
「カナヲ……? 嬉しく、ない? ま、まぁまだあの鬼が確実にしのぶさんだって証拠はないけど……」
「ううん……嬉しくない、わけじゃないの……」
そうポツリと漏らすカナヲ。二人の間に沈黙が流れ、窓から入り込む風が彼女達を撫でる。明るい雰囲気から一転、重い雰囲気になってしまったことに、炭治郎は内心動揺した。そして、カナヲから嬉しい匂いと……それ以上の悲しい匂いが嗅ぎ取れる。
(この匂い……カナヲはしのぶさんが生きていて悲しい……?)
「炭治郎、私、ね……炭治郎のこと……好き」
「……」
それは以前彼女からの告白と同じ言葉。しのぶへの想いを断ち切れないことへの不甲斐なさから拒絶した彼女の想い。しかしあの時は感じていた甘酸っぱい恥ずかしさはなく、まるで心中を吐露するかのような呟きであった。
「炭治郎がしのぶ姉さんのコト、好きだったのは知ってる……。でも、私は、頑張ればいつかは炭治郎が振り向いてくれるって……いつかしのぶ姉さんを思い出にしてくれるって……思ってた」
「……うん……」
「しのぶ姉さんはもういない……。だから私にもまだ機会はあるんだ、って……勝手に思ってた」
いつか別の想い人を見つけるだろう――そんな風に炭治郎は思っていた。それが身勝手な思いだと彼女の言葉を聞いて初めて自覚した。彼の想いとは裏腹に、カナヲは炭治郎をずっと思い続けていたのだ。今は無理であっても、いつかは自分に振り向いてくれるだろう。振り向いてくれるような魅力的な女の子になりたいと、彼女はそう願っていた。
「しのぶ姉さんとまた会えるのは嬉しい……、でも、それが嫌な自分がいるの。だってっ……しのぶ姉さんが生きてたら、炭治郎は一生私に振り向いてくれないっ……!」
「カナヲ……」
それはカナヲが隠していた胸の内。それを聞いた炭治郎は、彼女になんと言っていいのかわからなくなってしまった。もしかしたら、いつか自分はカナヲのコトを好きになって、しのぶを『初恋だった人』に出来る日が来たかもしれない。
しかししのぶが生きていたことで、それが叶わぬ未来となりつつあるのだ。しのぶが炭治郎の想いを受け止めるとは限らないとしても、カナヲは心中穏やかではいられなかった。なぜならカナヲは血は繋がっていないとはいえ、しのぶの妹分。彼女のコトを誰よりも知るカナヲだからこそ、しのぶが炭治郎の想いを聞いてどうするかはわかっていたのだ。
「しのぶ姉さんも、きっと炭治郎のコトが好き……私、わかるの。だってしのぶ姉さんの妹だもん……」
「……」
「私、しのぶ姉さんのコト憎いと思いたくないのにっ……! 生きててほしいと思ってるのに……自分のコトが嫌いになりそうっ……!」
カナヲは涙を滲ませる。しのぶが生きていてくれて嬉しいと思う反面、そのまま居なくなってほしいと、炭治郎の心の中から消えてほしいと願ってしまっている自分がいるのだ。しのぶのことが好きなのに、そう思ってしまっているのが堪らなく嫌なのだ。淡い恋慕は愛憎を伴いかけていた。
「カナヲ……、ごめん……」
「謝らないで……。炭治郎は何も悪くない。ごめん炭治郎……少し……一人にさせて」
そう言ってカナヲは炭治郎とは反対の方向を向き、布団を被ってしまった。悲痛な彼女の叫び。ただ彼女と会えるかもしれないと浮かれ、カナヲのことを考えていなかった自分が恥ずかしく思えてくる。カナヲを拒絶した自分に、声をかける資格はない――炭治郎は静かに席を立ち、病室を出て行った。
「ひっくっ……ひぐっ……うぅっ……」
一人残された病室でカナヲは静かに嗚咽を漏らす。しのぶに会いたいという気持ちは嘘じゃない。が、炭治郎が好きだという気持ちも偽りではない。
(カナヲがそんな風に思っていたなんて……しらなかった)
――私は、頑張ればいつかは炭治郎が振り向いてくれるって……いつかしのぶ姉さんを思い出にしてくれるって……思ってた
病室を出た炭治郎は縁側に座り、カナヲの言葉を思い出していた。カナヲの想いは痛いほどわかる。炭治郎も、彼女と同じ立場だったらそうしたと思っただから。
(でも、それでも会いたい。あの人に)
もう一度会いたい。もう一度声を聴きたい。自身を想いを聞いてほしいと願った。それがもしかしたら、叶うかもしれないのだ。その一方でカナヲに対して申し訳ないという気持ちが、そこまで思ってくれている彼女に対して不甲斐ないと思う気持ちもある。
あの鬼が本当に彼女ならば、戻せるのなら人間に戻したい、戻してあげたい。しかし鬼は討たなければいけない。戻そうとしなければ、鬼を討つだけ。だけど戻そうとするならば――。使命感と恋慕が天秤のように揺れ動く。
アオイに任せた薬だって出来るかどうかはわからない。……一体自分はどうすればいいのか。
炭治郎は一人、悩み続けた――
◇
――その夜
炭治郎は寝床につきながらも、寝入ることなくずっと天井を見上げていた。すぐ隣では禰豆子が可愛い寝息を立てている。カナヲの叫びを聞いてからというもの、心に揺らぎが生じていた。はたしてこのままあの鬼を人間に戻していいものなのだろうか。それともそんなことをせずに葬るほうがいいのだろうか。
そもそもあの女鬼がしのぶであるというのは、根拠がないにも拘わらず確信しているだけ。それを問われたところで、皆を納得させられる材料が圧倒的に不足している。似ているから、同じ匂いがするから、彼女の技が使えるから――それだけではあまりにも弱い。
(どうすれば……いいんだろう……?)
次第に眠気が湧いてくる。うとうととし始めてきたその時――
「……っ!? この匂い……!?」
炭治郎は目を見開き、ガバっと起きる。あの匂いだ、あの女鬼の匂いだ。それが徐々に強くなってきている。ここへ向かってきている!? 炭治郎は寝ている禰豆子を揺すって起こす。
「禰豆子っ! 禰豆子起きてっ!」
「うぅん……お兄ちゃん……?」
「あの女鬼がここに向かってきてる! 禰豆子はみんなを避難させてっ!」
「え……鬼? ひなん……? えぇっ!?」
まだ思考が働かない禰豆子にそう告げると、炭治郎は傍に置いていた日輪刀を手にその匂いの元へと駆け出す。まさか、ここへ来るとは……。自分たちを殺しにやってきたのか。だったらなぜあの時逃がしたのか。なぜここに来たのかわからない。
今戦えるのは自分だけしかいないのだ。相手がその気になってしまえば、今度は確実に殺されてしまうだろう。なら、せめて皆が逃げる時間くらいは稼ぎたい。
「あれ……? 炭治郎さん?」
「っ!? きよちゃんっ!」
厠へ行った帰りであったきよに遭遇した炭治郎。きよにも避難を手伝ってもらおうと、眠そうにしている彼女へ簡潔に事態を伝える。
「きよちゃんっ! 鬼がここへ向かってきてる! 俺が食い止めるからみんなの避難をお願いっ!」
「え……鬼って……? えぇ!? 鬼がここにっ!? わ、わかりましたっ……てっ、炭治郎さ――」
炭治郎の言葉に意識を覚醒させたきよは動転しながらも、事態を把握する。それを確認した炭治郎は、告げ様に駆け出す。思わずきよは呼び止めるも、その時すでに彼の姿は視界から消えていってしまった。
「た、大変だっ……! みんなに知らせないと……!」
まずはアオイに知らせ、その後は動ける者達で協力し、動けない者達を避難させなくては。脚をもつらせながらも、きよはアオイの部屋へと急ぐ――