「えぇえええぇっ!?!?!? 炭治郎一人で行っちゃったのおおぉおぉおおっっ!?!?!?」
――善逸の叫びが静かな蝶屋敷に響き渡る。
朝を迎え、いざ出ようとしたとき炭治郎がいなかったことに気づき、禰豆子から一人で行ってしまったことを聞かされたのだ。義勇も実弥も察していたのだが、誰も彼を引き留めることなく、行かせてしまったのであった。
「そ、そんな炭治郎……」
「おいっ! 今から追いかけんぞっ!」
「追いかけるって言ったってどこへだよぉっ!?」
鼻が利く彼がいない以上何処に行ったかが一切検討つかない。痕跡を辿ろうにも、彼が出て行ったのは夜遅く。人に聞き回ろうにも寝入っている時間の為、それも悪手だ。闇雲に探すのも非常に悪い。蝶屋敷の入門で、善逸と伊之助、カナヲはどうしようかと慌てふためく。
「ど、どどどどどうしようっ!? 炭治郎やられちゃ――」
「――どうやら心配する必要はないようだ」
「――へ?」
義勇の声に、善逸たちは彼と実弥が向けている視線の先を見た。そこには太陽の日に照らされ、こちらに歩いてくる二つの人影。だんだん近づいてくるその影に、皆目を見開いた。それは自分たちが追いかけようとした、一人で行かせてしまった人物。
「た、炭治郎ぉぉっ!」
「っ……、お兄ちゃんっ!」
「炭治郎っ……!」
善逸やカナヲと禰豆子が炭治郎へと駆け寄っていく。禰豆子も兄を信じて送り出したものの、不安だったのだろう。駆け寄ると、感極まって彼に抱き着いた。
「おっと……ただいま、禰豆子。ただいま、皆」
「心配したんだぞぉおおおぉっっ!!」
「ったくよぉっ! テメェ一人で行きやがってっ!」
「よかったぁ……」
無事に帰って来た炭治郎に涙を滲ませる。彼が死んでしまうかもしれない――そう思って皆気が気ではなかっただろう。
「はは……」
「ぁ――」
チラリと視線を横に向けた炭治郎に、カナヲたちも彼と同じく視線を炭治郎の横にいる人物に向ける。そこには死んだと思っていた、もう会えないと思っていた彼女がそこにいた。
「……ただいま。閻魔様に追い返されちゃいました」
「ぁぁ……しのぶ姉さんっ……!」
涙をポロポロと零しながら、カナヲはしのぶに抱き着いた。しのぶももう会えないと思っていたカナヲの抱擁を、優しく抱きしめ、思わず涙腺を緩ませて涙を流す。わんわんと泣くカナヲとしのぶの再会を、炭治郎達は微笑ましい目で眺めていた――
◇
「――いろいろとご迷惑をおかけしました」
再会の感動もほどほどに、しのぶは蝶屋敷にいたアオイやきよ達は彼女の存在に驚きながらも、生きていたことに感涙の涙を流す。そんな彼女達を、しのぶは優しく包み込んだ。ただいま帰りました、とここに戻ってこれたことを改めて実感しながら、知人たちの温かい迎えに、心を熱くさせた。
事がひと段落済むと、炭治郎たちは蝶屋敷の一室に集められた。
「私も夢にも思いませんでした。まさか、私が鬼になってしまうなんて……」
「私も信じられなかった……。だってあの時――」
しのぶはカナヲの眼前で絶命したはずだった、だからこそ彼女が今自分の目の前でこうして生きているのがなんとも不可思議だ。
「もしかしたら……あの鬼は私を鬼にしようとしたのかもしれません。鬼舞辻の支配から解放されていた理由はわかりませんが……」
しのぶ自身なぜ鬼となったのかがわからない。理由を問いただそうにも、自身を鬼にした張本人はもうこの世にいない以上、明確な答えは出せない。すべて憶測で話すしかなかった。
「禰豆子と一緒だったんですよ、きっと。奇跡だったんです」
「……そういうことにしておきましょうか。冨岡さんも、不死川さんも、ありがとうございました」
「……ふん」
「俺は何もしていない。すべて炭治郎が頑張ったからこそだ」
しのぶはその頑張った本人を改めてみた。彼が自分を人間に戻そうとしなければ、ここには戻ってこれなかっただろう。彼のお蔭で……と思うと胸が熱くなる。感謝してもしきれない。
「今日はこの編で解散にしませんか? しのぶさんもまだ戻りたてでしょうし」
「戻りたてって……」
炭治郎に思わず善逸はツッコミを入れるも、皆それには賛成だった。しのぶだけでなく、炭治郎も戦闘による疲労が溜まっている。ひとまず二人に身体を休めてもらうのがいいだろう。積もる話は明日にしてもらい、一同は解散。。
蝶屋敷を拠点としている面々以外の義勇と実弥は別れを告げ、帰っていくのを見送った炭治郎たち。騒動がひと段落付いたが、炭治郎は身体の傷が癒えるまでは禰豆子と一緒に蝶屋敷で厄介になることになった。
◇
――しのぶさん、もしよかったら……今夜前に二人で話をしたあの場所に来てもらってもいいですか?
解散の際、こっそりと炭治郎にそう耳打ちされたしのぶは月明かりが照らし出す夜、その場所へと向かっていた。炭治郎から言われた『あの場所』に心当たりがある――というより、あの場所しか思い当たらない。向かうは訓練中の最中、月光の夜に二人で会話した蝶屋敷の屋根上だ。周囲にバレないよう、足音を殺して指定された場所に向かうと、すでに彼の姿があった。
「……待ってました、しのぶさん」
「……お待たせしました、炭治郎くん」
穏やかな顔で瓦に腰かける彼の横、肩が触れてしまうくらい近くに腰を下ろす。二人の間に沈黙が流れる――しかし気まずさはない、どこか気恥ずかしく、それでいてどこか心地よい。しのぶは炭治郎と共に雲一つない月を眺める。
「……俺、しのぶさんのこと、好きです」
「……」
「あのとき、しのぶさんが死んだって聞いて……泣いちゃって……。すべてが終わったあとも、胸にポッカリと穴が空いてまた泣いて……」
彼からの告白を黙って聞く。
「大切なモノは無くなって気付くって本当にあるんだなって思いました……」
「……炭治郎くん」
「そしてまたしのぶさんに会えるかも知れないってわかったら、居ても立っても居られなくて……」
(ぁ――)
ふと自身の右手に彼の右手――左手が機能していない為――が添えられている感覚に気が付いた。ふと顔を上げると、炭治郎と目が合う。真っすぐで、慈愛が籠った瞳で見つめられ、流石のしのぶも照れから顔を朱に染める。
「そこまで好きだったんだなって……気付いて……。しのぶさん、改めて言わせてください」
「……」
「しのぶさん、俺と共に生きてはもらえませんか――?」
その言葉は今まで聞きたくて、聞きたくなかった言葉。そして今の今、聞きたいと望んでいた言葉だった。今まで抑制されていた感情がその言葉が鍵であったかのように、溢れ出ていく。涙腺が緩み、瞳からは透明な雫が零れ、頬を伝う。
これは夢なのだろうか。なんて――なんて酷い夢。こんな夢ならば、いっそ覚めないでほしいとさえ思えるほど、幸福感が胸を満たしていく。
「……いいのですか、私なんかで」
「『貴女だから』ですよ、しのぶさん」
「私、こう見えて相当面倒くさい女ですよ」
「そんなしのぶさんも、俺はすべて受けとめますよ」
悲しみも、後悔も、喜びも、苦しみも、自身のすべてを彼は受け入れてくれるだろう。包容力溢れる炭治郎に、心が洗われていくようだった。
「……わ、たしも……、炭治郎くんの事が好きです。一緒に生きても、いいですか……?」
「はい、俺に……貴女と一緒にいさせてください」
もう諦めなくていいのだろうか。自分に言い訳しないでいいのだろうか。感情が制御できず、止まらない。涙がとめどめなく溢れ、嗚咽が漏れてしまう。多幸感に狂いながら、しのぶは炭治郎と共に顔を近づけていく。二つの影が一つとなったのは、彼らを照らす月だけが知っていた――