某作品からアイディアを得て書きました。
あと書いてる最中、元ネタの作品見ててリアルに泣きそうになった。
――それは綺麗な月が闇夜を照らす日のこと
静かな夜にふと目を覚ますと、隣で床についていた胡蝶しのぶが月を見上げていた。まるで何かを懇願するように、はたまた悲観するかのように。何処か儚げな顔で。
「……ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」
「あ、いえ……。しのぶさん……、どうか、しましたか……?」
申し訳なさそうにほほ笑む彼女に、目を擦りながら炭治郎は答えた。すると彼女は優しく、言葉を紡ぎ出す。
「少し……"夢"を見ていました」
それは彼――竈門炭治郎が胡蝶しのぶと共に過ごした最初で最後の夜の記憶だった――
◇
――鬼舞辻無惨との闘いが終結してしばらくたったある日のこと
「炭治郎、これ……」
「この手紙は……?」
「……しのぶ姉さんが、仇を取ることができたら、すべてが終わったら、これを渡してほしいって……」
第三者のいない、呼び出された書斎で、炭治郎がカナヲから手渡されたのは一枚の装飾もなにもない質素な封筒。その表面には『竈門炭治郎君へ』の文字、筆跡は確かにしのぶのものだ。彼女は自分に何を伝えたかったのだろう。何を言いたかったのだろう。彼女の死に目に会えず、聞きたかったことの答えがこの中にある。
「そう……。カナヲ、ありがとう」
「っ……! 炭治郎っ!」
踵を返して部屋に戻ろうとした炭治郎を、カナヲは呼び止めた。まだ片目を覆っている包帯が痛々しい彼女は、もう片方の目から涙を零しつつ、己が本心を打ち明ける。
「わ、わたしっ、しのぶ姉さんから、言われたのっ! もっと素直に、自分の意志で生きていきなさいって……! だから、だからっ、炭治郎っ、わたしっ、貴方のこと、好きっ……! 好きよっ……!」
初めて吐露する想い。彼がしのぶを想っていても構わない。それでも知っていて欲しかったのだ、自分も彼女と同じく炭治郎に恋慕する女だということを。――だが、今の自分はそれを受け取れない。受け取ることができない。今の自分にはその資格がないように思えた。
「ごめんカナヲ……、ちょっと、考えさせてほしい……」
悲しさに耐えながら、儚い笑みを浮かべた炭治郎は、カナヲにそう返す。今のままで答えを出すのは彼女に申し訳ない、そう思ったから。
「うん……」
「……ありがとう」
涙を拭って抱きしめてあげたい衝動に駆られるが、それは今すべきことではない――しちゃいけない。その衝動を抑え込み、拳を握りしめながら、炭治郎はカナヲに背を向けて去っていった――
――自分に割り当てられた部屋に戻り、炭治郎はしのぶが遺した手紙を開いた。
炭治郎君へ
この手紙があなたの元へ届いているということは、すべてが終わり、私の悲願だった敵討ちを達成できたということでしょう。
カナヲはどうなったのか。禰豆子さんはどうなったのか。鬼舞辻はどうなったのか。聞きたいことは沢山ありますが、恐らくすべて上手くいったことでしょう。だから、これだけ伝えます。本当お疲れ様でした、そしておめでとう。
そういえば一度だけ、二人で過ごした夜のことを炭治郎くんは覚えていますか? 私は昨日のように覚えています。あの時言った"夢を見た"と言ったこと、覚えてますか? どんな夢を見たのか、言っていませんでしたね。あの時見た夢は、自分でも笑ってしまうようなものだったけど、笑わないでくださいね。
酷く温かくて、酷く胸が苦しくて、涙が出るくらい幸せな気持ちになれたの。もし、もしこれが本当になったら、正夢になったら、それはなんて幸福な未来なんだろうって、心の底からそう思ったの。おかしいですよね。姉の遺言よりも復讐を選んだ私が、こんな夢を、覚めないでほしいって思う夢を見てしまうなんて。
炭治郎くんに出会えて本当によかったと心からそう思います。もしかしたら、今炭治郎くんに困った顔をさせてしまったかもしれませんね。ごめんなさい。でも最後にどうしても、あなたに伝えたかったの。最後の我儘と思って許してください。
もし炭治郎くんが迷惑でなければ、カナヲのことをお願いできますか? あの子はあなたの事を心から慕ってるの知っていました? とても強くて、とてもいい子な、私の自慢の妹です。炭治郎くんにだったらカナヲのことを任せられます。
禰豆子さんと一緒に住む場所がなければ私の屋敷をつかってください。アオイたちも快く受け入れてくれますから。
もし来世というものがあるなら、生まれ変わりということがあるなら。炭治郎くんと私がそれぞれ人間の男と女に生まれ変われて、再び出会えたその時には、どうか私を、あなたのお嫁さんにしてください。
最後に何度お礼を言ってもいい足りないくらいの幸せな時間をありがとう。どうかお元気で。
さようなら
「ぅ……ぁっ……ぐっ、くぅっ……!」
目柱が熱くなり、ポタポタと両瞳から涙が零れ落ちる。それは止め止め無く流れ続けていく。
しのぶの遺した手紙に書かれていた日のことは、炭治郎自身よく覚えていた。たった一度切りだけだった、二人だけの夜のこと。今でも目の裏に、脳裏に焼き付いて消えることはない記憶。
そして彼女に伝えたかった。その夢を、自分は笑わらない。自分も一緒だと。貴女と一緒になることができたら、どれだけ幸せなのだろうかと。一緒に過ごした時間は長くはなかったけど、それでも幸せだったと。だけど言えない。言い伝える相手はもういない。
もし自分がもっと彼女の傍に居られたら、もっと一緒の時間を過ごしていれば、自分の想いを伝えられていれば、もっと自分が強かったなら、彼女が死ぬことはなかったのではないか。後悔があることこそ人の道。幾度となく後悔した中でも、その深さはもっとも深い。
どれだけ謝っても、どれだけ悔やんでも、どれだけ願っても、"今"が変わることはなく、彼女は戻ってこない。死んだ人間はもう戻らないのだ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
声を上げて泣き続ける。炭治郎はしのぶからの手紙を胸に抱き、嗚咽を漏らし、涙がもう出なくなるまで、泣き続けた――
◇
「あ……、炭治郎」
「カナヲ……」
「目、腫れてる……」
屋敷内を歩いていると、カナヲは炭治郎と出くわした。その目は赤く腫れている。泣いていたのは一目瞭然だ。
カナヲは、彼のことを酷く心配していた。あの日から炭治郎は、どこか空虚な雰囲気を纏い、ぼんやりする時間が増えていたから。自暴自棄とまではいかないものの、無気力になってしまった彼の姿に、アオイも善逸達も酷く心配していた。
「ごめん、もう、大丈夫だから……」
カナヲの心配を察した炭治郎は、そう言って羽織を纏う。その羽織の模様はいつも身に付けていた一松模様ではない。模様も字も何も入っていない白地の羽織、どこかで見たことがあるそれは――
「それ……しのぶ姉さんのと同じ……」
「……うん。これ、昔しのぶさんが着ていた羽織と同じものなんだ」
悲しみを含ませた声色でそう呟いた。それを見て思い出す、この羽織は確かにカナエを喪う前のしのぶが使っていた羽織。今はカナヲが使っているソレとまったく同じものだ。大切な人が遺した羽織と同じ羽織を身に纏うその姿は、カナヲに生前のしのぶを思わせる。
「カナヲ、返事……もう少し待っててほしい。必ず、答えるから」
「うん……わかった」
まだしのぶの死を引きずっているのはわかっている。急がなくていい、ゆっくりで構わない。自分は彼の傍に居られれば、今は……それだけでいい。コツンとカナヲは額を炭治郎の背中に押し付け、後ろから抱きしめた。
自分はしのぶの代わりにはなれない。それでも彼女の分も、彼を支えることはできる。
「明日、しのぶさんのお墓参り、行こうか」
「……うん」
静かな時が流れていく。そんな二人の姿を一羽の蝶が見つめていた――
↓以下蛇足です。ここを読むと内容が一気に歪愛にシフトしますので要注意。
――しのぶからの手紙がもう一枚ある……
炭治郎くんへ
二枚目の手紙は読まないでそのまま燃やしてください。お願いします。
嫌です。私が死んだ後、あなたが私以外の人と一緒にいるのが。
さきほどの文でカナヲのことを任せますと書いておいてごめんなさい。私は炭治郎くんの思っているような"いい人"じゃないんです。
本当のコトを言うと、炭治郎くんが私以外の人と一緒になるのが嫌。あなたが私以外の人と会話するのも、一緒にいるのも、私以外の誰かに愛を囁くのも、愛するのも嫌なの。例えそれが同性であったとしても、許せないんです。許容できないんです。
胡蝶しのぶを想い続けて、誰かと添い継げることなく最後の時を迎えてほしい。そう遺して、私は死してもなおあなたを縛り付けようとする、嫉妬深くて、独占欲が強い、どうしようもなく醜い女なんです。
この手紙だって読まないでと書くなら捨ててしまえばいいのに、敢えて残しているのは私の中の醜い女としての部分がそうさせてしまっているんです。
ごめんなさい。最後まであなたの中の『胡蝶しのぶ』でいられなくて。もしかしたら炭治郎くんはこんな私の部分に気づいていましたか?
もし気が付いていたら――嬉しくて堪りません。誰にも見せたことのない、本当の私を曝け出せていたという喜びにこの身が焼かれてしまいそうになります。そんな女の情念を捨てられない私を許してください。
そしてもし、この手紙を読んでしまったのなら、炭治郎くんのことです。私の遺言を頑なに守り続けることでしょう。
そうなってほしいと願っている私を、こんな醜い私をどうか想い続けてください。死に逝くその寸前まで、私だけを、胡蝶しのぶだけを愛し続けてください。
――手紙はここで終わっている