※この作品はR-18です。

ありふれた職業で世界最強~出会いと帰還への道のり~   作:リュウコウ

73 / 73
天之河 光輝は、この氷雪洞窟でこの世界から退場します。

語りは、ティオの目線と桜と鈴と優花の目線で書きます。














71 氷雪洞窟・2日目・氷鏡の心迷宮・その3

~~~氷鏡(ヒキョウ)の心迷宮(シンメイキュウ)~~~

 

桜と鈴と優花がやってくる少し前。

純白(ジュンパク)の髪と着物に彩られた己の虚像と相対したティオは、黒い炎を幻視していた。

それは、身の内で燃え盛る憎悪と憤怒の炎。

500年以上前、歴史上から竜人族(タツビトゾク)が消えることになった大迫害(ダイハクガイ)と祖国崩壊という悲劇のおり、ティオの心に根付いてしまったものだ。

 

『無力な者を、あれほど庇護(ヒゴ)したではないか。弱き者を、あれほど支えたではないか。邪悪が現れれば、誰よりも前に出て戦ったではないか』

 

嘆いて(ナゲイテ)いるようで、嗤って(ワラッテ)いるようでもある虚像の声が響く。

同時に、炎の津波がティオを呑み込もう(ノミコモウ)と迫った。

 

「そうじゃな。国も種族も、理由も関係なく、我等(ワレラ)竜人族(タツビトゾク)は、全ての者の守護者であった」

 

淡々と言葉を返しながら、ティオは腕を一振りした。

着物の袖を優雅に翻す(ヒルガエス)その挙動だけで、炎の津波の前に逆巻く風を巻き起こす。熱波を絡め取り、呑み込み、その制御を奪い取って我(ワ)が物とする。

巨大な炎の竜巻が虚像を逆襲した。

 

『あの時代、我等に救われたことのない者がどれほどおった。我等の揚げた道徳と善意に!高潔(コウケツ)であらんとする意気(イキ)に!畏敬(イケイ)の念を持たぬ者がどれほどおった!』

 

炎の竜巻が弾け(ハジケ)飛んだ。と錯覚したのは、美しい白鱗(ハクリン)の竜が突してきたが故。

白竜(ハクリュウ)に転変(テンペン)した虚像が、飛翔(ヒショウ)の勢いそのままにティオを押し潰さんと突進してきた。

 

「最強にして、最高の国と謳われた(ウタワレタ)のぅ」

 

黒の光が試練の間に輝いた。一瞬にして勇壮(ユウソウ)な黒竜(コクリュウ)へと姿を転じたティオが、虚像の体当たりを真正面から受け止めた。だが踏ん張りきれず、そのまま壁際まで押し込まれてしまう。

歴然とした力の差が、そこにはあった。

勢いづいた虚像が叫ぶ。

 

『楽園であったはずじゃ!弱き者も強き者も!種族も貴賤(キセン)も問わず、あらゆる者達(タチ)が共存繁栄(キョウゾンハンエイ)した楽園であったはずじゃ!』

 

簡単な道のりではなかった。

綺麗事(キレイゴト)を種族の理念に掲げ(カカゲ)、それを貫き通すことの難しさといったら。

夢でも見ているのかと、まるで駄々(ダダ)を捏ねる(コネル)子供だと、いったい幾度(イクド)嗤われ(ワラワレ)、見下されたことか。幾人(イクニン)の竜人族(タツビトゾク)が、その命を捧げた(ササゲタ)か。

だが、幾(イク)100年と貫けば、それは戯れ言(ザレゴト)ではなく誇りとなる。

強く、温かく、揺るがず。高潔(コウケツ)という言葉が形と取ったなら、それが竜人族(タツビトゾク)だと誰もが自然と頭(コウベ)を垂れ畏敬(イケイ)の念を捧げるに至った。

そう、竜人族(タツビトゾク)こそ、

 

ーーー世界の守護者

ーーー平和の繋ぎ手(ツナギテ)

ーーー真の王族

 

であると。

 

「そうじゃな」

 

どこか寂しそうに、ティオの口からぽつりと零れ(コボレ)落ちる。

壁に叩き付けられる寸前、再びティオを黒の光が包み込んだ。凄まじい(スサマジイ)衝撃音が響き渡り、氷壁が盛大に粉砕される。

だが、白竜と壁の間に押し潰されたティオの姿はなかった。代わりに、

 

「ーーー〝禁域解放(キンイキカイホウ)〟」

 

昇華魔法(ショウカマホウ)を行使した黒色閃光(竜のブレス)が咆哮(ホウコウ)を上げた。ほぼ真下(マシタ)からの極大熱線が白竜の虚像を吹き飛ばす。

ティオは、壁に叩き付けられる寸前で、〝竜化(リュウカ)〟を解くことで真下に回避していたのだ。

強烈なカウンターを食らった白竜の虚像は、しかし、氷樹(ヒョウジュ)に背中から突っ込む寸前で翼を広げて制止。お返しとばかりに顎門(アギト)を開いてブレスを放った。

純白の閃光は、驚いたことに昇華魔法を使ったティオのそれより強力だった。空気そのものを灼き(ヤキ)焦がし、試練の間(マ)全体が鳴動(メイドウ)するほどの破壊力。

それが、あっさりとティオを呑み込んだ。

あまりの熱量に氷の地面が一瞬で融解し、巨大な穴ができる。そこには人がいた痕跡など1つもなく、全て消し飛んでしまったかのようだった。

虚像が〝竜化〟を解いて着地した。そして、何事もなかったように言葉を続けた。

 

『その全てを、神は、人々は、灰塵(カイジン)に帰し(キシ)よった』

 

虚像の視線が横を向いた。

そこには、ティオがいた。先程の虚像のブレスに呑まれたのは、熱を利用した幻影だったのだ。ブレスで白竜の虚像を吹き飛ばした際、一瞬視線が切れた瞬間に行使したのである。その技の冴え(サエ)、まさに絶技(ゼツギ)というに相応しい(フサワシイ)。

とはいえ、技がなくては力負けしているのは事実で。

ティオと虚像、両者から同時にブレスが放たれた。互いに片手を突き出し、対極にある2色の閃光でしのぎを削り合う。

試練の間が、黒と白の美しいコントラストで彩られた(イロドラレタ)。正面からぶつかり合うブレスは、しかし、同威力とはいかなかったらしい。両者の中間位置ではなく、僅かに(ワズカニ)ティオの側に迫っている。

と、そこで、不意に気配が3つ、試練の間に増えた。見ずとも分かる。桜(サクラ)と鈴(スズ)と優花(ユウカ)だ。

それを、虚像が一瞬だけ確認した。

途端、にやりと嫌らしい笑みを浮かべる。飛び入りの立会人に、己の醜さを披露してやろうという意思が透けて見える。知られたくない部分を他者に知らせることで、更に追いつめようというのだろう。

 

『竜人族(タツビトゾク)は人にあらじ。その本性は魔物である』

 

それが竜人族(タツビトゾク)の、終わりの始まりを告げる言葉だった。

桜と鈴と優花が「え?ま、気づいていたけど?それが何か」という反応を見せる3人に、ティオはおろか虚像もその反応に驚いていた。

虚像はますます笑みを深め、あの日の悲劇を紡いでいる。

 

『.........』

「お主たち、妾(ワラワ)の過去に何があったのか、気づいていたのか?」

「ティオが過去を話さないのは、何かあるとは思っていたよ♪」

「それが、守護者として、守ってきた人々たちが、神に唆され、その裏切りにあっていたことまでは、知らなかったけれど」

「だからって、私たちとティオの関係には、関係ないこと。魔物ってのも、関係ないの」

『.........』

「.........」

「「「私たちが、仲間.....いや、一緒に同じ人を好きになったの」」」

「お主たち♪」

『でも、その凶暴性はいつ暴走してもおかしくない。世界の守護者としての顔の裏には、目的のため他種族(タシュゾク)を支配せんとする悪意を隠している』

「「「そんなのは、夜一(ヤイチ)がなんとかしてくれるもの♪」」」

『.........』

「あ....あはははははっ」

 

私たち3人の返答に、

 

確かに、人の身でありながら完全に獣の姿へ転変(テンペン)する種族など、大陸広し(ヒロシ)と言えど他(ホカ)にはいない。完全竜化(リュウカ)という人からはかけ離れた姿と、他(タ)の種族には抗い(アラガイ)難い強大な力は、なるほど、人と獣の境界をあやふやにするには十分だろう。

けれど、だからこそ、竜人族(タツビトゾク)は高潔を貫いた。全ての種を慈しみ(イツクシミ)、長い時をかけて功績を積み上げたのだ。

易々(ヤスヤス)と否定されるわけがない、確かな信頼があったはずなのだ。

にもかかわらず、

 

『その目的とは、神に仇なす(アダナス)こと。そう、竜人族(タツビトゾク)はーーー神敵(シンテキ)である』

 

その一言。

それだけで、人々の認識は裏返った。まるで悪夢のように、あっさりと。

畏敬(イケイ)の念は、ただの畏怖(イフ)へ。信頼は疑惑へ。憧れは侮蔑(ブベツ)へと。

そして、国が焼かれた。

数多(アマタ)の同胞が殺された。

父ハルガも、母オルナも、死して(シシテ)なお晒し(サラシ)者にされてしまった。

今まで身命(シンメイ)を賭(ト)して守り、慈しんで(イツクシンデ)きた者達に。

黒の閃光が、また僅かに(ワズカニ)押し流された。純白(ジュンパク)の閃光が、ジリジリと嬲(ナブル)ようにティオへ迫っていく。虚像が嗤った(ワラッタ)。

 

『ふふふ、感じるのじゃ。主(アルジ)の憎悪と憤怒を。恐怖と諦念(テイネン)を。何100年(ビャクネン)経とう(タトウ)とも忘れることのないあの悲劇、庇護(ヒゴ)していた者達の手のひらを返したような裏切り。侮蔑(ブベツ)と畏怖(イフ)の眼差し(マナザシ)。仲間を、友を、父と母を殺され、その亡骸(ナキガラ)を辱しめられた(ハズカシメラレタ)屈辱』

「.......」

 

やたらと明瞭(メイリョウ)に響く声に、しかしティオは無言だった。

桜と鈴と優花が、代わりにというかのように悲痛な表情になる。ティオの過去を3人は知らない。竜人族(タツビトゾク)が滅んだとされる種族であるとしか知らない。書物に記されたただ一文(イチブン)が、これほど重く痛みに満ちたものだったなんて.......想像できなかった。

3人の知らないティオ。そこにはもう1つ〝誰(・)も(・)知らないティオ〟が加わる。

 

『のぅ、主(ヌシ)よ。あの時はなかなか爽快な気分であったのぅ。ほれ、教会を粉微塵(コナミジン)に砕いてやった時じゃ。あの大迫害の中心も教会であった。憎き敵が砕け散る様(クダケチルサマ)は、得も(エモ)言われぬ快楽であったじゃろう?』

 

夜一を助ける大義名分があってよかった。虐殺の理由が〝復讐(フクシュウ)〟では外聞(ガイブン)が悪い。

愛子(アイコ)がいてくれてよかった。豊穣(ホウジョウ)の女神は、総本山崩壊の真相を知る者達に対して良い隠れ蓑(カクレミノ)になった。

面倒なく、確実に滅ぼせた。実によかった。都合が、よかった。

その打算的でどろりとした復讐心を聞いて、案の定、桜と鈴と優花も目を見開いて固まった。ティオが否定することを期待するが、反論はなし。その無言は、まるで虚像の言葉を肯定しているようだった。

ティオのブレスが一瞬揺らぎ、いよいよ危険域まで虚像のブレスに呑まれたことも、それを示しているようで。

気を良くしたのか、虚像の舌はますます滑らか(ナメラカ)に動く。

 

『最初に、鳴神(ナルカミ) 夜一(ヤイチ)について行こうと考えたのも、本当は〝使える〟と、そう思ったからじゃろう?』

 

夜一の力は異常。そして、その力は必ず神の目に留まる。あの大迫害の黒幕に。

 

『神が牙を剥けば(ムケバ)、鳴神 夜一も牙を剥く。それはきっと、素晴らしい復讐の一手となるに違いない。そう考えたのじゃろう?』

 

普段の、夜一に好意を寄せる姿からは想像もできない内心だ。

しかし、虚像が語る言葉は、決して嘘(ウソ)ではないのだ。たとえ僅かでも、たとえ本人ですら自覚がなくとも、確かに心の奥に持ち合わせている感情なのだ。

だからこそ、被虐(ヒギャク)趣味の変態で、でも時折とても理知的で優しい面を見せるティオの知られざる内面に驚愕(キョウガク)するものの、3人は何か納得している様子だった。

ティオが私たち3人の反応に対して僅かに視線を向け、先程まで感情のなかった、その瞳(ヒトミ)の奥には、いつものティオらしい感情が、ふつふつと燃え上がっているが、それを虚像に悟られないように、感情を戻した。

 

『人間、亜人、魔人、そして神。あの時、大切なものを奪い去った全てが憎い』

 

500年以上経っても、消えることのない心の裡(ウチ)の黒い炎。

そこへ、更なる燃料を投げ込むべく、虚像が声を張り上げる。

 

『その憎しみは、怒りは、主(ヌシ)が抱いて当然のもの。そう、復讐は主(ワラワ)の正当に権利じゃ!』

 

ティオの中に、確かな共感があった。

もう1人の自分の言葉を肯定する感情があった。

同時に、復讐を否定する感情もあった。常に他者を慈しみ(イツクシミ)、誰よりも高潔であれという父と母の言葉が歯止めをかけるのだ。2人の想い(オモイ)を裏切ってはならないと。

その感情の機微(キビ)を完璧に察して、虚像は口元を歪め(ユガメ)ながら、まふで止め(トドメ)を刺すように、そっとブレスを放つのとは反対の手を差し出した。

 

『妾(ワラワ)の手を取れ。さすれば、妾がその復讐を成し遂げさせてやろう。もう内にくすぶる炎を無理に押さえ込まんでもよい。良心に苛まれて(サイナマレテ)復讐の牙を鈍らせることはない。妾が、鳴神 夜一を上手く(ウマク)誘導してやるのじゃ。なに、あの男も憎からず主(ワラワ)を想う手おる。やりようはいくらでもあろうよ』

 

桜と鈴と優花の3人は、妾(ワラワ)の意志を尊重するように、妾と虚像との会話に、口を挟まずに、見守っている。

守護者ともあろうものが、異世界からの人間に、見守られているなんて、なんという笑い種(ワライグサ)であろうか♪

 

『それとも、試しに主(ワラワ)を垂らし(タラシ)込んでみるかの?』

 

虚像が放った言葉を聞いて、妾(ワラワ)の満面(マンメン)の笑みを虚像(自分)向けられて、口角がひきつる。

 

それは、誘惑だ。ティオさんの深奥(シンオク)に封じられていた復讐の炎を業火へと変える燃料。

しかし、もし、この虚像(ワラワ)をねじ伏せて、妾(自分)に取り込み、協力して夜一と共に戦えたら、褒められるかな♪

 

純白のブレスはますます勢いを増し、もはや黒のブレスはティオさんの心を示すように追いやられて呑み(ノミ)込まれる寸前。

その光景は、そのままティオの心を示しているようだった。

 

「ティオさん!聞いちゃダメだよ!」

「いつものティオさんに戻ってよ!」

「ティオさんは、あんな虚像を打ち負かし、下僕にしてやりなよっ!」

 

危機感と焦燥感と満ちた怒声と相手を屈服させろという応援の声。桜と鈴と優花が、必死の形相(ギョウソウ)でティオの心を支えようと声を張り上げている。

純白(ジュンパク)の閃光(センコウ)が目前に迫る。そのまま消し飛ばされるか、それとも虚像の手を取り、己の欲のまま仲間をも利用する変質したティオとなってしまうのか。

その場合、事の目撃者である桜と鈴と優花を、ティオはどうするのか。何事(ナニゴト)もなくそのまま、といかないのは確実だろう。

だが、今、桜と鈴と優花は自分達の危機なんてものを欠片(カケラ)も意識していないだろう。

それとも、虚像をも手懐けて(テナズケテ)夜一の手助けができるかも知れない♪

さりげなく自分達を見ていてくれて、必要な時に背中を押してくれる、頼れるお姉さんのような存在であるティオの堕ちる(オチル)姿を見たくないという、一心かもしれない。

あんな無表情のティオより、夜一にまとわりついて、お仕置きされて、嬉し(ウレシ)そうに笑うティオが見たかった。たとえ、ティオが振り向いてくれなくても、ならば、3人して虚像に飛びかかってやろうと戦う決意をするほどに。

そうして、いざ飛びだそうとしたその瞬間、桜と鈴と優花は気が付いた。

ティオさんの視線が、いつの間にか自分達へ向いていることに。その目は優しげに細められていて、口元は僅かに弧(コ)を描いている(エガイテイル)。

言葉はなくとも伝わった。心配無用。相手を屈服させると。そこで大人しくしておれ、と。

直後、それが間違いでなかったと証明するように、視線を戻したティオさんが口を開いた(ヒライタ)。

 

「我等(ワレラ)、己の存(ソン)する意味を知らず」

 

静かな声音(コワネ)だった。それは語りかけるというよりも、まるで己の中の何かを確かめているかのような独白じみたものだった。

 

「この身は獣か、あるいは人か。世界の全てに意味あるものとするならば、その答えは何処(イズコ)に」

『その言葉は........』

 

虚像が目を見開いた。同時に、自分の放つブレスの侵攻がピタリと止まっていることに気が付いて動揺を見せる。

 

「答えなく幾星霜(イクセイソウ)。なればこそ、人か獣か、我等(ワレラ)は決意もて魂を掲げる(カカゲル)」

『っ、力が..........馬鹿な。いったい何がきっかけでーーー』

 

一瞬、立会人(タチアイニン)の3人かと視線を向けるが、直後、己のブレスが押し返されたことに、はっと意識を戻す。

その僅かな間にも、黒の閃光が純白の輝きを染め返していく。容赦なく、あまりに容易く(タヤスク)虚像のブレスが押し返されていく!

理解できなかった。確かに、心の隙があったのだ。負の感情に屈しようとしていたのだ。実際に虚像は強化されていたのだ。

なのに、なぜ!と、虚像が混乱する中、ブレスの轟音(ゴウオン)をものともしない、まるで歌うような朗々(ロウロウ)とした言葉が響き渡っていく。

 

「竜(リュウ)の瞳(ヒトミ)は一路(イチロ)の真実を見抜き、欺瞞(ギマン)と猜疑(サイギ)を打ち破る」

 

獣の瞳なれど、それは誰かを恐怖に陥れる(オトシイレル)ためだけのものではない。

それは知性の象徴。人々を惑わす(マドワス)霧を晴らし、救いの道へ導くためにある。

 

「竜(リュウ)の爪(ツメ)は鉄の城壁(ジョウヘキ)を切り裂き、巣食う(スクウ)悪意(アクイ)打ち砕く」

 

いかなる敵も打ち砕いてみせよう。守るべき者がそこにいるのなら。

竜の爪は、ただ悪意を滅ぼす(ホロボス)ためにだけ振るわれる。

 

「竜(リュウ)の牙(キバ)は己(オノ)の弱さを噛み(カミ)砕き、憎悪(ゾウオ)と憤怒(フンド)を押し流す」

 

強大で、人とはかけ離れた姿であるからこそ厳しく己を律(リッ)しよう。

揺らいだならば、己(オノ)が魂に牙を突き立てよう。

憎悪、憤怒に心を許し、理性を失うことなど竜人(タツヒト)の矜持(キョウジ)が許しはしない。

 

「仁(ジン)、失いし時、我等(ワレラ)はただの獣(ケモノ)なり」

 

ただ感情のまま力を振りまき、無辜(ムコ)の者達を傷つける己(オノ)に成り下がったなら、認めよう。

竜人(タツヒト)とは、ただの獣であると。

 

「されど、理性の剣(ツルギ)を振るい続ける限りーーー」

 

静かなる瞳(ヒトミ)が、縦に割れた。

燦然(サンゼン)と輝きを帯びる黄金(オウゴン)のーーー竜瞳(リュウドウ)。それが、虚像を射ぬく。

そうして、

 

「我等(ワレラ)は竜人(タツヒト)である!」

 

ティオ・クラルスとは何者か。その答えが、誇りと共に宣言された。

同時に大瀑布(ダイバクフ)の水圧にも等しい不可視のプレッシャーが迸った(ホトバシッタ)。

単なる魔力の放出ではない。夜一(ヤイチ)のような暴力的な殺意でもない。

それは、人が遥か(ハルカ)高き霊峰(レイホウ)を仰ぎ(アオギ)見た時に自然と心改まるような威圧。

言うなれば、覇気(ハキ)。王の気だ。

 

『........まさか、主(ヌシ)よ。制御しておったのか?』

 

息を呑み(ノミ)、絞り出すような声音(コワネ)で、あり得ないと言わんばかりの表情で、虚像が尋ねた。

きっかけもなく、まるで既定路線(キテイロセン)をなぞったような容易さ(タヤスサ)で盛り返した。その意味するところは、1つしか考えられなかった。

ーーーティオは、己(オノレ)の精神の強弱すら完璧にコントロールしていた。

虚像は、ティオさんの感情を読み取れていたのではない。

読(・)み(・)取(・)ら(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)の(・)だ(・)。

大迷宮の試練すら欺く(アザムク)精神の制御など、誰にとっても想像の埒外(ラチガイ)である。

夜一(ヤイチ)達と(((私たち)))が揃い(ソロイ)も揃って武力(ブリョク)チートだとするなら、ティオは精神力チートというべきか。

 

「大迷宮の意思よ。感謝するのじゃ。神代(シンダイ)の力を前にしても己(オノレ)心を掌握(ショウアク)しきれた。ならば、神相手でもどうにかなろう」

『試練そのものを利用したのかえ........自分が神の誘惑に抗える(アラガエル)か、いや、それだけではない。神を欺ける(アザムケル)か。試したのか........』

「もちろん、己(オノレ)の本心を客観的に聞いておきたいというのもあった。心とは、広大な海のようなものであるからして、妾(ワラワ)自身の気づかぬ内に隙ができているかもしれんからな。実に、有意義(ユウイギ)な試練であったよ」

 

(な......なぁんだ。最初から、ティオさんの掌(テノヒラ)の上だったのね)

(本当に心配したよね)

(は.....迫真の、演技だったからね)

(((ふぅー)))

 

その言葉に、虚像はあり得ないと頭を振る。知らず1歩後退り(アトズサリ)、己(オノ)のブレスが凄まじい(スサマジイ)勢いで呑まれていく光景に慌てて態勢を立て直した。

 

『.

.....じゃが、妾(ワラワ)の言ったことに偽りはない。憎悪(ゾウオ)も憤怒(フンド)も、確かにある。それほどの強い負の感情を抱えていながら、なぜ?なぜそんなことができる......』

 

虚像の言葉に、ティオさんは目を細めた。黒い着物の裾(スソ)と、長く艶やかな(ツヤヤカナ)腰まで届く黒髪を魔力の奔流(ホンリュウ)にはためかせ、威風堂々(イフウドウドウ)と立つその姿には得も(エモ)言われぬ美しさがあった。

きっとこの場に夜一がいたなら、桜(私)が隣にいたとしても思わず奪われるだろうほどに。

偉大(イダイ)な王の立ち姿でティオさんは言葉に魂を乗せて響かせる。

 

「侮って(アナドッテ)くれるなよ。妾(ワラワ)を誰と心得る(ココロエル)」

 

ーーーお前の中に生まれた黒い炎と生まれた時から持つクラルスの猛る(タケル)炎を胸に

ーーーよく生きよ

 

かつて、父ハルガ・クラルスは、そう言った。

ティオに遺した(ノコシタ)、最期の言葉だ。

その通りに生きてきた。負の感情も、醜い感情も、そして良心と矜持も、全て胸に抱き締めて、何1つ切り捨てることなく。竜人(タツヒト)の誓いを支柱にして。

託されたもの、受け継いだもの、その全てがここにある。決して砕けぬ絶対の核がある。

故に、胸を張って宣言するのだ。

 

「誇り高き竜人(タツヒト)、クラルス族が末裔(マツエイ)ーーーティオ・クラルスなるぞ!」

 

竜人(タツヒト)ティオ・クラルスだから。

だから、折れはしない。心を黒き炎だけに染めはしない。

ただ、それだけのこと。

虚像に言葉はなかった。その表情には、どこか納得したような、参ったと言いたげな、そんな曖昧(アイマイ)な微笑(ビショウ)が浮かんでいた。

そんなもう1人の自分へ、ティオは泰然(タイゼン)と最後の言葉を贈る。

 

「復讐(フクシュウ)の牙などくだらん。真(シン)に強靭(キョウジン)なるは竜の牙じゃ。その身をもって味わうがよい」

 

直後、ティオのブレスががドクンッと脈動(ミャクドウ)を響かせた。と思った瞬間には、今までのブレスが爪楊枝(ツマヨウジ)に思えるほどに極大化。

純白(ジュンパク)のブレスの抵抗さえ000許さず飲み込む様に、巨大で勇壮な竜が顎門(アギト)を開いて食らいつくす光景が広がり、残ったのは、膝をつき項垂れた虚像。

白い髪を垂らし、先ほどまでの覇気(ハキ)がなくなった虚像に、ティオさんは近づいていき、声を掛けた。

 

「お主(オヌシ)こそが、神に復讐したくて、妾(ワラワ)の心を晒したのであろう?」

『...............』

「なら、お主(オヌシ)の純白(力)と妾(ワラワ)の漆黒(力)が合わされば、無敵じゃないかの♪」

 

その言葉に、白いティオ(虚像)が、頭を上げる。

 

「どうじゃ、この提案は?イイと思うのじゃが?」

『あなたは、本気でそのようなことを?』

「本気じゃが、おかしいかの?」

『おかしいでしょう。今の今まで、何方(ドチラ)かが、復讐するつもりで、争っていたのに』

「だったら、未練を残して、死ぬのかの?」

『...........いやじゃ』

「?、ハッキリせんかの」

『未練を残して、死ぬのは、.......いやじゃ!妾(ワラワ)も、神への.......』

「なら、妾(ワラワ)とお主(オヌシ)が、1つになれば」

『わたしとあなたが、1つになれば』

「『最強じゃ』」

 

お互いが、手を握ったら、漆黒(シッコク)と純白(ジュンパク)の光が合わさり、現れた姿は、右側の髪が黒色、左側の髪が白色になり、黒と白が合わさった着物を着たティオが。

先ほどの状態は、〝竜人(タツヒト)王(・)族(・)モード〟だった。

 

「3人共、すまんかったな。予定通りだったとはいえ、随分と心配させてしもうた。だが、あの声援は嬉しかったぞ。感謝するのじゃ」

「あ、いえ、そんな.......うへへへへっ」

「ティオさんの、力になれたのならよかったです」

「私は、ティオさんが夜一(ヤイチ)にお仕置きされてもよかったんだけど、悲しむから仕方なくよ」

「それでよいよい。桜、お主(オヌシ)が1番なのは、知っているから♪それに、妾(ワラワ)も夜一(ヤイチ)が好きなのは、変わらんからの♪」

 

不審者ばりに挙動不審な桜と鈴と優花に、ティオさんはきょとんと首を傾げた(カシゲタ)。

そんな所作(ショサ)も、今の3人には心臓的によろしくない。普段は極めて大変な変態なくせに、このギャップは反則だろう!と声を大にしてツッコミたかった。

そんな3人の様子を疑問に思いつつも、ティオさんは桜達が通ってきた背後の通路を見る。

 

「ふむ。試練の間は繋がって(ツナガッテ)おるわけか。合流したのは主(ヌシ)ら3人だけかの?」

「そうだね。他の人は見ていないよ」

 

桜の言葉に、「そうか」と頷いて(ウナズイテ)、少し残念そうな表情になるティオさん。

なんだかやたらと切なそうな雰囲気(フンイキ)が出ている。大人の女性としての色気がダダ漏れだ。

3人は、夜一がティオさんが付いてくると言った時、断らなかったのは、たまに見せる色気に気づいていたのだろう。

だが、そこは流石(サスガ)のティオさんクオリティー。

 

「ご主人様がおればなぁ。打算的な考えを見抜かれていたかもしれないけれど、そんな妾(ワラワ)を、直ぐに(スグニ)お仕置きしてくれたじゃろうに。それもとびっきりのお仕置きを......残念じゃのぉ♪」

「「「残念なのは、あなたですけどね」」」

 

思わず、綺麗(キレイ)ハモりながらツッコミを入れた桜と鈴と優花。

やっぱり変態なティオさんを見て安心したとは、なんだか負けた気がするので口にはしないのだった。

それがら。

今度は4人、ティオさんを先頭に鈴と優花、殿(シンガリ)に桜(私)が続く形で新たな道を進んでいく。

桜(私)と鈴と優花とティオさんの再生魔法の光が4人を包み込み、通路を淡く照らしている。

 

「いやぁ~、すまんの。シリアスが続いた反動で、ちょぉ~っと妾(ワラワ)のパトスが漏れ出してしまったのじゃ」

「「「.........ちょっと?」」」

 

桜と鈴と優花の息がぴったりだ。ジト目までそっくりである。

だいたい反動というなら、3人も同じだ。普段見ないティオさんの|高潔さ(コウケツサ)と王の威厳、そして溢れ(アフレ)出る気品に散々ドキドキさせられた後なので、ティオさんに向けられる眼差し(マナザシ)は普段以上に冷たい。

 

「凄い(スゴイ)のに........凄いんだけど........」

「素直に称賛できないよねっ、鈴!私もよ♪」

「みんな。それでも、ありがとう、ティオさん。こんな変態にした夜一(ヤイチ)は、叱っておくわ♪」

「どういたしましてじゃ。が桜(サクラ)よ。お主(オヌシ)も妾(ワラワ)がパイルバンカーの杭(クイ)を突っ込まれる時に、ご主人様を止めてくれたら、こんな快感(カイカン)に目覚めなかったのじゃが」

 

ティオさんに、尤も(モットモ)な反論に桜が。

 

「その件につきましては、夜一(アイツ)の手綱(タヅナ)を握れてなくて、ごめんなさい」

「よいよい♪妾(ワラワ)に悦び(ヨロコビ)を教えてくれたご主人様には、感謝しかないのぉ。雑談はここまでにして、ふむ、向こう側に複数の気配がするのぅ。どうやら、既に合流したメンバーがいるようじゃな」

 

4人が近づくことで溶けるように消えた行き止まり(ユキドマリ)の壁の向こう側には.........。

 

「むぅいいいいいっ、ユエのおたんこにゃすぅううう!!」

「........うるひゃいっ。このむっちゅりしゅけべぇ!」

「ああもぉ!お2人共いい加減にやめてくださいよぉ~~~っ」

 

仰向け(アオムケ)に倒れるユエに馬乗りとなって、そのほっぺをギュウウウウウッと引っ張る香織と、その香織の頬をムニィイイイイイイッと摘まみ(ツマミ)上げるユエ、そして、そんな2人をオロオロと仲裁しているシアの姿があった。

 

「何してんの........」

「また、夜一の取り合いね♪」

「ほんとに........。桜が1番なのにね♪」

「いつもの。喧嘩(ケンカ)じゃな。仲の良い(ヨイ)ことじゃ」

 

ティオさんは微笑まし(ホホエマシ)そうだが、優花が一気に疲れた表情になり、鈴は桜が1番なのは事実だと、鈴の言葉に桜(私)はエヘヘヘッとにやける。

私たちが和んでいると、3ヶ所の通路が開通してユナとソーナとアルテナが一緒に現れ、その後に、リリアーナとアイリスとミュウとレミアが、そして、最後に妙子(タエコ)と奈々(ナナ)と綾子(アヤコ)が現れる。

これで、合流できていないのは、夜一(ヤイチ)と雫(シズク)だけだ。

それぞれが、どのようにして、攻略できたかを話す。

 

~~~天之河(アマノガワ)が待ち構える・氷鏡(ヒキョウ)の心迷宮(シンメイキュウ)~~~

 

天之河(アマノガワ) 光輝(コウキ)。

彼は、この氷鏡(ヒキョウ)の心迷宮(シンメイキュウ)の1空間で、鳴神(ナルカミ) 夜一が現れるのを待っている。

 

天之河(アマノガワ) 光輝(コウキ)は、鳴神(ナルカミ)が現れるまで、祖父との思い出に浸り、自分の正義を再確認する。

 

ごくごく一般的な家庭に生まれた彼には、今でも心から尊敬し憧れる人物がいる。

その人物とは、光輝の祖父だ。

名を天之河(アマノガワ) 完治(カンジ)。業界では有名な敏腕弁護士だった。

長期の休暇となれば家族揃って祖父の家に遊びに行くのが恒例行事で、完治の妻ーーー祖母が早くに他界したこともあり、一人暮らしだった祖父は孫である光輝を大層可愛がった。

そんな祖父を光輝もよく慕っており、所謂(イワユル)、〝おじいちゃん子〟というやつだった。

中でも光輝が1番好きだったのは完治の経験談だった。

長年の弁護士としての仕事で得た経験を、絵本を読んでもらうが如く(ゴトク)聞かせてもらったのである。

幼い光輝にも分かりやすいように、また現実的なことを言えば守秘義務から、相当アレンジの入った話ではあったが、それでも弁が立つ祖父の話は人間ドラマに満ちていて、光輝は幾度も心躍らせた。

弱きを助け、強きを挫き(クジキ)、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことをなし、常に公平であれ。理想と正義を体現したヒーロー物語。

完治の〝お話〟は結局のところ、そういう教えを含んだものだ。現実に即した(ソクシタ)ものではあったが、幼い子供に対するありふれたお話である。

そんなわけであるから、光輝にとっては完治こそがヒーローだった。

〝いつか自分も祖父のように〟と。

 

自分の正義を信じるあまり、天之河(アマノガワ) 光輝(コウキ)は中村(ナカムラ) 恵里(エリ)の手を取り、魔族側に付いていき、鳴神(ナルカミ)の魔の手から、女性達を守るため、氷鏡の心迷宮(ココ)の1空間に現れる鳴神との一騎討ちを求めて、魔族領から。

 

『なぁ、表光輝(俺)。鳴神に奪われた女性達を助けるために、魔族領からようこそ!』

「やぁ、裏光輝(おれ)。中村に付いて魔族領に行ったよ!楽しい場所だった♪おっと、余計な話はよそう。裏光輝(お前)もおれなら、おれの考えはわかるだろが、鳴神の洗脳から、解放してやらないと」

『そうだね、解放してやらないと。じゃあ、この俺からプレゼントをやろう』

 

裏光輝(俺)が漆黒の剣と鎧。

 

「天之河。なぜ、お前がここに.......」

 

聞こえたのは、聞き慣れた、けれど、今は憎き声。

そして目に飛び込んできたのは、最も見たくなかった光景。

そこには、夜一がいた。雫を背負っていた。

視線が引き寄せられる。焼き印でもされたみたいに脳裏に刻まれる。

雫の表情が、夜一の肩に頬を預け、心から安心しきった表情で眠るーーーーー幸せそうな表情が。

 

 

 

視線の先には、見知った顔。けれど、見たことがない顔。

凄絶(セイゼツ)な闇を纏う魔剣と魔鎧(マガイ)と、悪鬼の凶相(キョウソウ)をした光輝が、跳躍からの幹竹(カラタケ)割りを繰り出そうとしていた。夜一目掛けて。

 

(正気じゃねぇ。まぁ、中村の誘いに乗って、魔族側に付いたから、元から正気じゃなかったんだろう)

 

凶相もいっそう増している。

危険と判断し、夜一は大きく飛び退く形で回避を行った。

直後、今の今まで夜一がいた場所を轟音と漆黒(シッコク)の閃光が襲う。冗談のように深い亀裂が、氷の地面に刻まれた。瞬く間に修復されていくものの、その破壊痕(ハカイコン)を見れば光輝が殺すつもりで攻撃したのだということは明らかだ。

虚像と1つになった光輝が、ニヤニヤと嗤って(ワラッテ)、此方(コチラ)に視線を向ける。

夜一は光輝へ胡乱(ウロン)な目を向けた。

 

「.........で?なんのつもりだ、天之河(アマノガワ)」

 

地面に埋もれた魔剣を握り締めながら、光輝は小さな声で何かを呟いた。

 

「.......れが、.......するんだ。........達を」

「あ?聞こえねぇよ。取り敢えず攻撃をやめて、冷静に」

「何を言っているんだ鳴神(ナルカミ)、俺は冷静だぞ!自分の正義のために、中村の手を取り、魔族側に付いたんだ。そして、香織と雫と桜達(カノジョタチ)を、鳴神から解放する」

「.........馬鹿なこと言うなよ!桜達は、自分で決めて俺に付いてきてくれている。天之河(お前)にとやかく言われる筋合いはない」

 

案の定、俺の言葉は届かず、光輝から殺意と漆黒の魔力が噴き上がる。

 

「.........あぁ、終わらせるよ。お前なんかに一々言われなくても、全て終わらせてやるさっ」

 

カッと見開かれた光輝の目。ひりつくような殺意とヘドロのような憎悪を放ちながら、光輝は突進した。魔剣に闇の刃(ヤイバ)を纏わせて、躊躇い(タメライ)なく夜一の首を狙って横薙ぎ(ヨコナギ)を振るう。

 

「チッ。完全に魔族側に堕ちたんだな(オチタンダナ)」

「黙れ!お前が消えれば全て元に戻るんだっ!さっさと消えろぉおおおおっ!!」

「ーーー〝魔瘴閃(マショウセン)・八闇翼(ルシファー)〟ッ!!」

「うおっとっと」

 

最小限の動きで、襲い来る闇の斬撃をすり抜ける。

 

「落ち着け、天之河。雫(シズク)が死んでもいいのか?」

 

今の天之河にまともな会話ができるのだろうか。

 

「八重樫(ヤエガシ)を雫(シズク)って呼んでいいのは、俺だけだ!だから、雫を解放しろ!」

「おいおい、束縛男は嫌われるぞ♪天之河」

 

夜一の言葉に激昂し、更に苛烈な攻撃の嵐を乱れ飛ばす。

そこでようやく、眠り姫が目を覚まし始めた。疲労の極致にあったとはいえ、少々気が抜けすぎというか、そんなに俺の背中が心地よかったのか。

 

「ん、んむぅ、な~にぃ?もう少し寝かせて........」

「この状況でよく寝ぼけられる。今すぐ起きないとキスするぞ」」

 

俺のキスの言葉に反応をして、駄々っ子(ダダッコ)が大人しくなり、俺のキスを待っていた。

 

「早く起きろ!今、大変なんだ」

「わ......私は、夜一(あなた)のキスを待っているのよ♪」

「........。天之河を殺ったら(ヤッタラ)、キスをいくらでもやってやる♪」

「なら、起きる♪」

「雫(シズク)なら、あれを、止められるだろ?」

 

俺の言葉に、周りを見渡す。

 

「ど.........どういう状況。何で天之河くんと夜一が戦っているの?」

 

信じられないといった眼差しが注がれる。

自分達を攻撃しているーーー天之河に。

無理もないだろ。明らかに殺傷性の高い攻撃を放った相手が幼馴染(オサナナジミ)だったのだから。

 

「どうやら魔族側に行くと決めたときから、堕ちてた(オチテタ)みたいだ。俺こそ諸悪の根源って感じだな」

「そんな..........」

 

夜一の視線の先には裏光輝と一体となった表光輝がいる。

 

「天之河くん!ダメよ!私の夜一(大事な人)に攻撃しないで!」

 

雫(シズク)の天之河くんと言葉に、天之河が苛立ちをみせる。

 

「雫。天(・)之(・)河(・)く(・)ん(・)ではなく、いつものように光輝って呼んでくれ!鳴神のことは、夜一って呼ぶのに」

「えっ?なんで、私が好きでもない人の名前を呼ばないといけないのよ!」

「なぜだ!」

「なぜって、光(・)輝(・)は、天之河(あんた)が、名前で呼べって、五月蝿い(ウルサイ)からよっ!」

 

雫(シズク)の言葉(真実)に、天之河は頭をかきみだし、虚ろな(ウツロナ)目を俺に向けてくる。

 

「鳴神(ナルカミ)にそこまで洗脳されてしまったんだね?大丈夫。鳴神を倒せば解けるはずだ」

 

絶句してしまった雫から視線を転じ、今度は夜一を見る天之河。

 

「.......鳴神、元クラスメイトでも俺の幼馴染を傷付けてただで済むと思うな。お前を倒して、香織(カオリ)や飯他の女の子達にかけられた洗脳も全て解いてやる!そして、彼女達と共に、俺はこの世界を魔族側から、平和へと導く」

 

仕舞いには、天之河(自分)が俺の彼女達と世界を救うだと。

もはや言葉もない。

あまりに意味不明な天之河の主張に絶句していた雫は、露呈した天之河の内心に苛立ち、言葉を荒らげる。

 

「天之河くん。勝手に決めつけないでくれる!私は私の意思で夜一の元へ、香織と一緒に行ったのよ♪」

「雫.......、そこまで、洗脳されているんだね。待っててくれ。鳴神を倒して解放するから」

「だ・か・ら、洗脳なんてされていな........。これは、何を言っても、聞く耳を持たないね。夜一、あなたの手で、天之河に引導を渡して」

 

ご都合解釈ここに極まり。

 

「覚悟しろ。これ以上、お前の好き勝手にはさせない。雫も香織も、桜達も、みんな解放してもらう!」

 

その言葉と同時に、手首を返して横薙ぎへ。躊躇い(タメライ)のない首刈りの一撃、再び。

しかし、やはりというべきか。夜一はあっさりと受け止めた。

それも、今度はドンナーの銃口というピンポイントで。

 

「なっ!?」

 

驚愕(キョウガク)して思わず声を漏らす天之河(アマノガワ)に、夜一は覗き込むように顔を寄せた。目が濁っていて、狂気(キョウキ)を帯びていた。

 

「馬鹿に馬鹿と罵るほど無意味なことはない。だが、これだけはいわせてもらおうか。ーーーてめぇ、誰の許可を得て俺の桜(女)を呼び捨てにしてんだ?あぁ?」

「ッ!?」

 

刹那、溢れ(アフレ)出す殺意の奔流。大瀑布(ダイバクフ)のプレッシャー。人と呼ぶには強大すぎるし、おぞましすぎる圧倒的な〝力〟の気配。

至近距離から、化け物の本気の威圧を叩きつけられて天之河の体が意図せず硬直する。

炸裂音(サクレツオン)。

電磁加速された弾丸が、銃口に陣取る魔剣を、まるで小石を蹴りとばすような容易さで弾き飛ばした。手首から先が吹き飛んだと錯覚するような凄まじい衝撃に耐え切れず、天之河の手からすっぽ抜けた魔剣がくるくると宙(チュウ)を舞う。

そして、片手だけ強制万歳させられた天之河に、下方(カホウ)より黒い影ーーー夜一必殺のヤクザキックが繰り出された。

 

「ガハッ!?」

 

およそ人体が奏でたとは思えない肉体の軋む(キシム)音と共に、天之河は体をくの字に折り曲げながら宙(チュウ)に浮いた。容赦なく、そこへ追撃の回し蹴りが炸裂。

遠心力がたっぷりと乗せられたそれは、よほどの威力だったのだろう。天之河はまるで、大型トラックにでも衝突されたような猛烈な勢いで吹き飛んでいく。

だがその無意識レベルの耐ショック姿勢のおかげか、氷壁を放射状に粉砕する勢いで背中から激突したにもかかわらず、天之河は辛うじて気絶を免れた。

とはいえ、大ダメージに違いはなく、地面に滑り落ち四つん這い(ヨツンバイ)になった天之河の口からはピチャピチャと血が吐き出された。

天之河のように〝限界突破〟を発動せず、武器すら使っていないただの蹴りで、漆黒に染まった国宝級アーティファクトの鎧を着た天之河の内臓にダメージを与える.........

その事実に天之河は苦々しく思い歯噛みした。

だが同然、悠長に悔しがる暇など夜一がが与えはしない。

連続した破裂音が木霊した。

蹲る(エズクマル)天之河へ二条の紅い閃光(センコウ)が走る。夜一の殺気を感じ取ったのか、引き金が引かれるとほぼ同時に横っ飛びで回避した天之河。

だがしかし、それも通用せず。

回避方向すら読まれていたようで、着地した瞬間に3発目の弾丸により肩に風穴を開けられた。

頭の中をヤスリで撫でられたよえな激痛に襲われる中、しかし、天之河は別の事態に慄然(リツゼン)とした。

 

(弾速がっ、違うーーー)

 

そう、最初に回避した2発と、肩を撃ち抜いた3発目の弾速が明らかに桁違いだったのだ。その理由は簡単。3発目以外は、ただ魔力を纏わせてレールガンに見せただけの通(・)常(・)弾(・)だったから。

そして、通常弾にした理由は、

 

「ぐぁっ!?」

 

跳弾(チョウダン)させるため、地面の微妙な凸凹を利用して跳弾させた弾丸が、悪い冗談のように防具の隙間を通って天之河の膝関節(シツカンセツ)を撃ち抜いた。

 

「ぐっ、っ........来いっ、魔剣!!」

 

地面をゴロゴロと転がり、肩と足から血を流しながら倒れ込んだ天之河は、少し離れた場所に落ちていた魔剣に手を伸ばした。

天之河の求めに応えて、魔剣が真っ直ぐに飛んでくる。

実に見え透いた軌道だった。故に、天之河の手元に納まることなく、寸前で夜一に踏みつけられてしまった。

忠誠か、機能か。魔剣が主(アルジ)のもとへ戻ろうと暴れる。が、そんな抵抗など無意味だと言わんばかりに、夜一の踏みつける足は微動だにしない。

 

「無様なもんだ。なぜ付加機能を使わない。もう少しマシな戦いができるだろうに」

 

呆れも、侮蔑(ブベツ)も、夜一の声音には含まれていなかった。ただ事実を口にしただけなのは明白だった。

それが逆に、天之河の神経を逆撫でし、憎悪の炎を膨れ上がらせる。夜一を睨む瞳には、もはや召喚される前の天之河の面影は皆無。その表情は、裏光輝と表光輝が合わさり、殺人を狂おしいほどに求め欲に堕ちていた。

そんな天之河の額に、ドンナーが突き付けられた。

夜一もまた、常人ならそれだけで心臓を止めてしまいそうな殺意を纏っている。

誰が見ても、〝チェックメイト〟という状況。後は指先ひとつ。

だからこそ、雫(彼女)の声が俺の心を押してくれる。

 

「夜一!闇に堕ちた天之河に引導を!」

 

 

 

『さぁ、表光輝(オレ)ヒーロータイムだ。悪者からヒロイン達を助け出そうじゃないか!』

「そうだなっ、やっと表裏光輝(オレたち)の時代だ!」

 

裏と表が、今、ひとつになり、光を吸収し、闇が強く耀く(カガヤク)。

 

「どれだけ待たせるんだ」

「いや、すまない。少々時間を取らせてしまった」

「裏と表がひとつになっても、お前は俺には勝てない」

「好きに囀ずる(サエズル)といいさ。やっと、香織と雫たちを解放させられる。覚悟しろっ、鳴神!!ーーー〝覇終(ハツイ)〟!!」

 

天之河が魔剣を構えたーーー刹那、その姿がぶれた。

 

「はぁっ!!」

 

気合の声が聞こえたのは夜一の背後。一瞬で回り込んだのだ。

夜一は振り向いてすらいない。

 

(殺った(トッタ)!)

 

喜びと共に、天之河は確信したーーーその瞬間、聞き慣れた炸裂音(サクレツオン)が3度、轟いた(トドロイタ)。

同時に、魔剣が弾かれ、ガラ空きとなった天之河の腹に衝撃が走る。

ヘヴィ級のボクサーが繰り出す本気のボディーブローを食らったかのような衝撃に、天之河は息を詰まらせた。

弾かれるように後方へ飛ばされつつも、どうにか空中で姿勢を整え着地する。

 

(反応、できてなかったっ、はずだっ)

 

腹の奥に響くような鈍痛を堪えて(コラエテ)内心を疑問で満たす。

その答えは目の前にあった。ドンナーの銃口が逆さの状態で後方に、天之河に向いている。そう、夜一は手首の返しだけで天之河を狙い撃ったのだ。

反応できなかったのではない。

振り返る必要もなかった。

 

「ふざけるなっ」

 

激情が沸き上がる。屈辱で気が狂いそう。その全てを殺意に転換して、再び魔剣を振り下ろす。

 

「〝魔瘴閃(マショウセン)・嵐(ラン)〟!!」

 

憎悪と殺気を纏わせる。広範囲に拡散しながら敵を狙う幾百の風刃(フウジン)。不可視の斬撃。それはさながら散弾の剣撃。

だが、そんな幾百の斬撃の嵐を、夜一はゆらりゆらりと木の葉が風にそよぐように揺れながらかわし、かわしきれないものは打ち払い、あるいは逸らしていく。

見えざるとも魔法である限り、夜一の魔瞳(マドウ)は必ず捉える。そして〝瞬光(シュンコウ)〟による知覚の拡大は、嵐の中にも回避の道を見いだす。

そこに数多(アマタ)の経験とたゆまぬ鍛錬がもたらした合理の極みというべき動きが加われば、自身のレールガンすら回避可能なのだから、不可視の風刃を、目を瞑っていても避けられる。

余裕があれば当然、反撃とて可能。回避行動と完全に連動した銃技は、呼吸にも等しい自然さを以て(モッテ)照準される。

一見無造作に放たれた弾丸は、風刃の隙間を冗談のようにすり抜けながら天之河の足下に突き刺さった。外したわけではないことは、刹那の事象が証明する。

 

「うわぁ!?」

 

紅い衝撃波が迸った(ホトバシッタ)。地面を抉り飛ばし、天之河を足下からちゃぶ台返しの如くひっくり返す。背中から転ぶという無様だけは、魔剣を杖代わりにしてどうにか回避するが、隙を晒す(サラス)ことは避けられない。

気が付けば、目の前に夜一が。同時に、ヤクザキックの再来。

ゴッと背筋が震えるような音と共に、天之河の体がサッカーボールの如く蹴り飛ばされた。

 

「くそっーーー!?」

 

悪態を吐く暇もない。空中に投げ出された天之河には、既にドンナー&は&シュラークの顎門(アギト)が向けられている。

咄嗟(トッサ)に〝空力(クウリキ)〟で宙(ソラ)を蹴りつつ射線から逃れようとする天之河だったが、二丁のリボルバーの銃口は、天之河に向けられ、放たれた紅い2本の閃光。

 

「ぐはっ!?」

 

その閃光に、貫かれたのは、天之河の両肩だった。

両肩を貫いた直後、ドンナー&シュラーク放たれた弾丸は、それぞれ3発ずつ。

空(クウ)を切り裂いた紅い閃光が、天之河を空中で滅多打ちにした。

子供が操るマリオネットのように、ガクンガクンと体を揺らしながら放物線を描く。1発目が直撃した後の体勢まで計算に入れた精密射撃が、次々に天之河を仕留めていく。

一拍。

血飛沫(チシブキ)を撒き散らしながら、天之河は少し離れた場所にドシャ!と生々しい音を響かせて落下した。

傍(ハタ)から見れば何発(ナンハツ)もの銃弾に穿たれた(ウガタレタ)死体に見えただろう。

両肩をだらりと落とし、両足をガクガクしながら、魔剣を支えに、立ち上がる。

 

「俺を殺すつもりか?クラスメイトを」

 

両腕も撃ち抜かれているので、魔剣を支えに、立ち上がっても、直ぐに、倒れる。

 

「本当は、こんな風になぶりながら、惨めな(ミジメナ)姿を晒す(サラス)殺り方(ヤリカタ)は、俺の主義に反するんだがな。殺した後、香織(カオリ)や雫(シズク)にやいやい、言われるのも辛いから、改心できるなら、助けてやってもいいかなって♪」

「っ、ふざけるなっ!い......命......を、ギリギリ保って.....いる状......態だ。殺すなら.......跡形もなく、葬ってくれ」

 

天之河は、これ程の力の差を見せつけられて、悟ったのだろう。逆立ちしても、敵わないということに。

 

「わかった、雫!後ろを向いて、目を瞑っていてくれ」

 

雫は、俺の言うとおり、後ろを向き、しゃがんで目を瞑り、耳を塞いでくれた。

 

「ありがとう、鳴神(ナルカミ)。雫(幼馴染み)には、惨たらしい(ムゴタラシイ)姿は、見せたくないからね♪」

「それには、俺も同意だ!」

 

俺は、シュラークを取り出し、天之河に照準を合わせ、発射。

放たれた紅い閃光の跡には、天之河の姿はなく、硝煙だけが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



























  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。