彼女は眠っているのだろうか、床の上の黒い塊を男は、まんじりともしない気分で見つめた、ベッドは一つしかないので自分が床で寝るといったのだが女は、それは駄目だと言って譲ろうとしなかった、普通ならあり得ないと思いつつ、仕方なく折れたのは自分の方だった。
もう、眠っただろうか、声をかけようとしても躊躇ってしまい、こうして見ていることしかできない。
外国人だから、彼女にとっては、これが当たり前なのかもしれない、だが、これでは自分の方が眠れないと思いながらも目を閉じた。
一週間という日は終わってみればあっという間だった、勿論、ずっと家の中にいた訳ではない、食材の買い出しに出かけたり、それも二人でだ、家の中にいても籠もりきりは良くないと散歩に出かけたりして、あっという間に過ぎてしまった。
泊まらせて貰っているのだからと部屋の掃除、食事の支度をすると言い出す女の言葉を聞いて最初のうちは断ろうとしたが、結局のところ、好きにしてくれて構わないと言ってしまった男は後になって後悔した。
パンにチーズだけでも構わないと思っていたのにポトフやサラダ、フランス風の料理を作るのだ、昔、母親が作ってくれた料理を思い出す、あの頃は兄弟も多くて決して裕福とはいえなかった、茹でたジャガイモに、ただ塩をつけただけ、スープも塩味で野菜の切れ端が浮かんでいただけだ、それにパンがあればましなほうだった。
「絵は、いつ頃、完成しそう」
「まだ、スケッチの段階だ」
「完成したらどうするの、画商に見せたりして、よければ買って貰えたりするの」
「わからない」
その返事をどう受け止めたのか、少し考えこむ様な表情で芸術だからねと呟く女の顔を見ながら男は内心、ほっとした。
自信のない人間だと思われたくない、つまり嫌われたくないと思っているのだ。
この数日、一緒に過ごして芽生えたのは女の肉体に対する欲望だ。
娼館に行けばと思うだろう、いや、それが駄目なら街中で身を売る私娼を買えばすむ話だ、だが、以前、それで酷い目にあった、性病にならなかっただけ幸いというものだろう。
一週間はあっというまだった。
この数日、エリック・ルイーズは機嫌が悪かった、理由は一つだけではなかった、ジュスティーナが久しぶりに恋人と過ごすと決めたことで同居人の東洋人は画家の自宅に泊まる事になったのだ、だが、それも今日で終わりだと聞いて、ほっとした。
綺麗な女が嫌いかと言われたら、そんな事はないと答えるだろうが、ジュスティーナの様な美女は嫌いだ、相手の気持ちなどお構いなしなのだ、恋愛が全てという訳ではないだろうが、我が儘で自由気まますぎるのだ。
ドアが開き顔を出した画家の顔がわずかに嫌そうな顔になった、多分、この男は彼女の事が好きなのかもしれない、ふと、そんな事を思った瞬間、妙な気分になった。
「迎えに来てくれたんですか」
部屋の奥から出て来た彼女はいつもとは違う薄茶色のシャツを着ていた、明らかに男物だ、視線に気づいたのか、女が笑った、まるでいい訳でもするような、そんな風に思えて、仮面の男はわずかに視線をそらした。
どうしたんだ、今日は約束した日だというのに、女が来ない事に画家は不安になった、約束を忘れたのか、いいや、彼女に限って、だが、昼を、夕方近くになって、画家は尋ねてみようと決心した。
オペラ座通りの近くの住まい、家の近くまで来たときだ、ドアが開いた、出て来たのは黒衣の男性だ、続いて出て来たのはメイドらしき女性だ、頭を下げている。
「先生、ありがとうございます」
この時、画家は気づいた、男は医者なのかと。
次回から一人称視点で書こうかなあと考えています