まったく、嘆かわしいことです、沈痛というよりは暗い表情で男は呟きながら目の前の女性を見た、すると、相づちをうつように美女はわずかに目を伏せたが、怪我が酷くなくてよかった、これも司祭様のお陰ですわと言葉を続けた。
「運が良かったのですよ、偶然、通りかかったのです」
「神のお導きでしょうか」
その言葉にフロローは頷いた、目の前の美女は寺院に多額の寄付をしたのは最近のことだ、噂では高級娼婦、悪女などと言われているジュスティーナ という、この女性を前に、最初は警戒していたのだ。
「ところで彼女の容態は」
「しばらくは安静にと言われたのですが」
わずかに肩をすくめた彼女が、お茶のお代わりはと言いかけたとき、ドアをノックする音が聞こえた、顔を出したのは男だ。
「どうした、カジモド」
「ご、ご主人様、その」
「散歩に行こうと思って、いいでしょう、ジュスティーナ」
男の後ろから声がした、顔を出した女にジュスティーナは呆れた顔で答えた。
「怪我は治っていないのよ、転けたり、何かあったらどうするの」
「気をつけるわ、それに安全なところなの、ノートルダム寺院、案内してくれるの、鐘を鳴らすところを見せてくれるって、いいでしょう、朝一番、鐘の音を聞けるなんて素敵じゃない」
「泊まるつもりなの、寺院に」
ジュスティーナは一瞬、考えこむように神妙な顔つきになった、街の宿やホテルよりは安全だわと言われて確かにと考えた。
「司祭様、よろしいでしょうか」
クロード・フロローは若い頃から殉教者として精進してきた、それこそ賢明にだ、たった一人の弟を亡くしてから、弟が残した忘れ形見を育ててきたがカジモドの存在は彼にとってときには汚点といってもよい存在だった。
愛していたが、彼の化け物の様な容姿が弟の綺麗な顔立ちと重なり、何故と思わずにはいられなかった。
兄さんの誕生日に、お祝いを持ってきたよといつてジプシー女を連れて来たこと、そのせいで寺院を追い出されて兄弟が離ればなれになってしまった。
過去を悔やんでも仕方がない、分かっていても胸が締め付けられる。
自分に弟がいたこと、その弟がジプシー女との間に子供を作ったこと、美しい顔立ちの女だった、弟もだ、それなのに何故、生まれたきた子供の容姿は。
カジモドがいなくなれば楽になれるのだろうか、そんな事を考える自分は、なんて醜い人間なんだと思わずにはいられなかった。
そんな日々が続くと思われていた矢先の出来事だった。
「ご主人様、人か倒れています」
大聖堂の近くを通りかかったとき、カジモドの叫びにフロローは驚いた、階段の近くだったので足を滑らせでもしたのだろうかと思ったが、助け起こした女性は外国人だ、着ているものからして裕福なのだという事がわかる。
ここ最近は貧民街の人間だけでなく、どこからかジプシーまでもがが大聖堂の周りを徘徊した悪さをする、巻き込まれたのかもしれない。
秘密ルート追加のお知らせです、ノートルダム寺院に泊まる事ができるようになりました、以後、地下からオペラ座へ行く事が可能となりました。
「私、オペラ座で歌いたいの」
「クリス、パリに、オペラ座に拘るのはやめにしないか」
彼女の夫、ラウルは妻の言葉を聞いて溜息をもらした、彼女の実力なら外国でもやっていけるのではないかと思ったのだ。
「ラウル、あなたの言いたいことわかるわ、でも」
何故、夫であるラウルが困惑したのはいうまでもない、妻の事を自分はよく分かっていると思っていたのに音楽に関しては駄目だ。
自分は無力だ、結婚前の無鉄砲だった頃は、あの男の事などなんとも思っていなかった、悪魔の様な殺人鬼だと思っていたのに、それが今はどうだろう。
妻の背中を見ながら、どうすべきかと悩む彼は今踏み出さなければ後悔すると思っていた。
だが、そんな悪い予感はまるで坂道を駆け下りるかのように、加速していくのだ。
気持ちとは裏腹に。