豆田の家は大きな一軒家の2階建てである、客間に佳代は通された。
「授業をして、剣道の稽古をつけてくれて、今日も一日ご苦労さまです」
木製のテーブルと椅子、佳代の向かいに左から、父親、母親、息子という形で座っており、父親がねぎらいの言葉を掛けた。
「息子がいつもお世話になっております」
母親が頭を下げる。
「こちらこそお世話になっております」
佳代は借金の事もあり、深々と頭を下げる。
「今日来ていただいたのは他でもありません、ずいぶんと増えて来ておりましてな」
父親はそう言ってタバコに火を付ける、そして、フゥーと吐き出し
「いつまで待てば良いのでしょうか?」
佳代を睨みつける。
佳代は脂汗を浮かべて
「はい……先月は少し……待っていただきありがとうございます、今月は必ず……」
息子をチラリと見たあと、父親に懇願するような目を向けた。子供が聞くような話しではありませんという風に。
豆田の父親、三郎(さぶろう)は、如何にも金貸しと言った風貌の小男である。
母親の緑子(みどりこ)はでっぷりと太った意地悪そうな顔つきをしている、結婚当初は痩せていて美人だったのだが、贅沢な暮らしをしているウチにこうなってしまった。
そして佳代の教え子、剛志(たけし)、高校生のような体躯、気の強そうな顔つき、クラスメイトをいじめる不良である。
「今月中ですか? すでに給料日は過ぎてますな、教師以外に何かアルバイトでもされているのですか」
三郎の言葉づかいはていねいだが、目つきは虫けらを見るような目である。佳代は今月中とは言ったものの返すあてがなかった、下を向いたまま時間が過ぎて行く。
今度は緑子が話し掛けてくる。
「八重樫先生、黙っていては分かりませんよ、あなたは教師でしょ? 子供たちに正しい事を教えなきゃいけないんですよ、借りたものは返す、息子の前でそれを示して下さいな」
「は、はい……何とか……します」
「何とかしますって八重樫先生、アルバイトされてるんですか? してないのなら月末まで待っても同じじゃないですか、もう学校から給料はでているのですから」
緑子の問いに佳代はチラリと剛志を見る、剛志も佳代を見ていた、すぐに目線をそらす佳代。
教師である自分が生徒の前で、しかも生徒の親に問い詰められているという情けなさ、穴があったら入りたい気持ちであった。
剛志はその気持ちを知ってか知らずか、加わってきた。
「八重樫先生、旦那さんも同じ学校で教師やってるんだから手伝ってもらえば良いのに、ひょっとして借金の事を言ってないんですか?」
中学生ともなれば親と佳代との話で大方の状況は分かるのだろう、もしかしたら普段から佳代の借金の事を聞かされていたのかも知れない。
普通は子供にこんな話を聞かせる事などしないであろうが、この夫婦ならありえるかも知れない。
中学生の、担任をしているクラスの子にこのような事を言われてしまい、佳代は耳を真っ赤にしてうつむき、何も言えなかった。
夫の幹夫には借金の事は言っていない、言えば間違えなく何としても返済してくれるだろう、しかし借金をしているのは随分と前からである、今さら打ち明ければ夫婦関係に亀裂が走るかも知れない。
しかもその額は、かなりの物である、借りたお金はそれほどでもなかったのであるが、契約に疎い佳代は無茶苦茶な高金利で契約されていたのだ。
「八重樫先生、私に1つ提案があります、剛志から聞いたのですが、剣道の極意とやらがあるそうですな」
「はい、剣道の極意は基本の事です」
「ではここでそれを証明してほしいのです、そうすれば今日は帰って頂いて構いませんよ」
「証明と言いますと……どうやれば……」
「剛志に教えて頂いた事と同じ事をここでやってほしいのです、ああ、竹刀があった方がよろしいでしょう、剛志、家に新しいのがあっただろう?」
「うん、とってくるよ」
剛志は自分の部屋に竹刀を取りに行った。
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佳代は竹刀を持ち、いつの日か講評でやった剣道と臍についての持論を展開した。このような場所で講評することに、最初は違和感を覚えたが、やがて熱が入り、いつもと変わらぬ剣道に打ち込む佳代になっていた。
「すべての技はお臍から生まれます、弓のように力を溜めて……弓なりの攻め、ヘソで攻める、ヘソを攻める」
白のブラウスに紺のロングスカート。竹刀を振る佳代は凛として、とても美しい、そして気品も備わっている。
「これらは岩手の虎と呼ばれる剣の達人から教わりました、すべての運動は臍下丹田から発するが口癖でした」
その決めゼリフで締めくくった。