八重樫佳代が担任を勤める2年E組に向かっている。このクラスには豆田剛志がいる。
佳代が教室に入る。生徒代表の「起立」の号令で皆が立つ、「気を付け」で背筋を伸ばし「例」で
「よろしくお願いします」__
で着席する。
教師の服装に求められるのは、何といっても「清潔感」や「きちんと感」。
常識の範囲内ならおしゃれを楽しんでも良いが、生徒の模範となる「教師」として、分別のある服装が好ましいと言える。
この日の佳代はセピア色(赤茶色)のTシャツ、黒のカーディガン、白のズボンという服装だ。
「はい、では今回は大和物語の姨捨(をばすて)の後半のまとめですね、一斉に音読してもらいます」
生徒が一斉に音読する。
ガヤガヤ、ガヤガヤ__
「はい、ありがとう、姨捨伝説はいくつかのパターンがありますが、中でも山行きの途中に、息子が一人で帰る時を思い、背負われた姨が道々の小枝を折る話は有名です」
「では今日の目標です」
そう言って黒板に【息子がおばを捨て、迎えに行くまでの心情をとらえよう】と書く。
「黒板に書いたように、息子がおばを捨て、迎えに行くまでの心情をとらえましょう、では隣同士向き合って下さい、交互に音読して聞かせてあげて下さい、先ずは先生から見て左の人から」
ガヤガヤ、ガヤガヤ__
こうやる事で生徒同士が相手に一生懸命、伝えようとして物語の内容が頭に入りやすいのだ。
「はい、今日はこの……」
黒板の目標を指す。
「目標で行きますが、では最初に考えて欲しい問題があります、息子がおばを山の上に置いて……行きますよね、その時におばが掛けた言葉が、【やや】という言葉を言ってますよね」
「もしその後に、【やや】という言葉の後に言う言葉が、発っしようとする言葉があったとしたら、それはどういう言葉なのかという事を……考えてみて下さい」
カシカシ__
黒板に【やや。の後におばが言おうとした言葉はなんだろうか?】
と書き、更に
【やや。と言へど答へもせず逃げて】
と書く。
「ではぁ……○Xさん、この後に続く言葉があったとしたら」
当てられた女生徒は頭をやや傾かしげ顔を赤らめながら答える。
「ええっとぉ……そうですね……【どこへいくの】です」
黒板に【どこへ行くの】と書く。
「どういう気持ちだったのかしら、息子に【どこへ行くの】と聞く時の気持ち」
「悲しい……と思う」
「どうして悲しいと思うのかしら」
「……やっぱり……自分の子供なのに……置いて行かれる……から」
「置いて行かれる悲しみ、そういう事よね、そして去っていく子供に、どこへ行くの? という事よね……なるほど」
他の女生徒にも聞く。
「【置いていかないで】です」
黒板に【置いて行かないで】と書く。
「そうですね、どこへ行くの? 或いは、置いて行かないで! そういう言葉が後に続いたと言う事ですね……」
「この文脈を読んでみると」
黒板の【やや。と言へど答へず逃げて】を指す。
「まあ、その判断に行きつきますよね、やや。と言へど答へず逃げて、やや。と言へど逃げて、やや。まあ、おいおい、これこれ、というような呼びかけなんかの言葉で考えるとそういう事になります」
佳代の滑舌かつぜつ良く話す授業はとても分かり易くて評判が良かった。
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授業が終わると剛志がやってきた。
「八重樫先生、話しがあるんですが」
「何かしら豆田くん、先生とても忙しいの」
担任をしているクラスの生徒が話しがあるというのに、佳代は冷たくあしらおうとする。
「今日の課題なんですが」
「あら、姨捨の? 手を上げてくれれば良かったのに」
「いえ、先生の課題です」
「私の? どういうことかしら」
「今日の課題なんですが、講評で剣道の極意を教えて欲しいんです、それが今日の課題です」
佳代は顔が熱くなるのを感じた、生徒が先生に課題を出すというのだ、失礼にもほどがあるではないか。
「悪い冗談ね豆田くん、じゃ行くわね忙しいから」
「冗談じゃありませんよ先生、講評お願いしますね」
佳代は真剣な顔つきになり悟らせに掛かる。
「豆田くん、いーい? 良く聞いてね、私はあなたの、せ・ん・せ・い、で、あなたは、せ・い・と、なの、分かった?」
そう言って去って行った、後ろで何やら豆田が言っていたが無視した。
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放課後になり、職員室に剛志が入ってきた。
「豆田くん、どうしたの? 先生は今日、道場に行くの少し遅れるから先に稽古を始めるようにみんなに言っといてくれる?」
しかし剛志は佳代の言葉を無視して、夫の幹夫の机に行く、そして封筒を置いて職員室を出ていった。
(変な子ね、何かしら)
幹夫は出払っていない、机の上に置いたままにするのも物騒なので預かる事にした、しかしその封筒を手にした佳代は何やら胸騒ぎがした。
悪い事とは知りつつ、封筒を開けてみる。
「えっ!? な、なんなの!」
思わず声が出てしまった、封筒の中には数枚の写真が入っており、その写真は佳代が豆田家でヘソを出して竹刀を振る姿であった。