次の日、剛志は無断欠席をする。昼休みに佳代は電話を掛けることにする。自分のクラスメイトであるから心配であるし、風邪を引いたにしても連絡くらいしなさいと伝えるために。
そしてもう一つ心配な事がある、昨日、稽古で剛志をコテンパンにしてしまった、もしかしたらプライドをズタズタにされた剛志が意気消沈して休んだのかもとも思うのだ。
(まさかね、あの豆田くんがね……)
電話を手に取ったところで黒崎が話し掛けてくる。
「八重樫先生、少し話しがあるのですが」
「この電話の後でもよろしいですか?」
「その電話、もしかして豆田に?」
「ええ、そうですが……」
「なら、電話の前に話しておいた方が良いです、実は話というのは豆田の事なんです」
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校舎の屋上のベンチ。佳代は手作り弁当、黒崎はローソンの弁当だ。黒崎は独身である。
「黒崎先生、話というのは……ふぐ、ふぐ」
タコの形をしたウインナーを頬張りながら聞く。ほっぺが少し膨らみ、美しい鼻が動く。
「実はね八重樫先生、昨日、夜遅くに豆田の母親から電話がありましてね」
「えっ、豆田くんの?」
「息子が大怪我をしたとね」
「大怪我! なんで大怪我を!」
黒崎は答えずコロッケを口に入れる。
「くっちゃ、くちゃ」
「黒崎先生、どうして大怪我を」
「……八重樫先生、それほんとに分かりませんか?」
「……と、いいますと……」
何だか嫌な予感がしてくる。そして、その予感が当たる。
「八重樫先生、あなたですよ、あなたが大怪我をさせたんです!」
佳代との地稽古で大怪我をしたと言うのだ。
「う、ウソよ! た、確かにヘトヘトにはなってはいたけど、大怪我をしてたとは到底思えないわ!」
「八重樫先生、後から痛みや熱が出ることもあります、その時には興奮していて痛みが分からなくって、後で骨折してたとかね」
「そ、そんな……」
黒崎が言うには、学校に怒鳴り込む勢いの親を豆田がなだめているという。
「私はね八重樫先生、豆田が1年の時の担任でしてね、だからでしょうね、親が私に相談してきたのは」
屈辱である、現担任の自分ではなく、昨年の担任に相談するなど……
もっとも、原因を作ったのが自分であるなら、それも当然なのかも知れない、しかし、稽古の後の豆田は打撲や擦り傷ならともかく、大怪我などは断じてしていない、佳代は確信していた。
「私……授業が終わったら豆田くんの家に行きます」
「それが良いでしょうな、誠心誠意、謝る事です、親は表沙汰にしたいようですよ、学校はもちろん、教育委員会やマスコミ、裁判所、傷害で刑事告訴なども考えておられるようです」
佳代は目をつむり反省する、先ずは豆田が大怪我などをしているはずはないとの先入観を持ってしまった事を。
自分は医者ではない、黒崎のいうように後から痛みや熱が出たのかも知れないではないか。
「そうね、誠心誠意、謝りに行きます、昨日の稽古はやり過ぎでした、黒崎先生、教えてくれてありがとうございます」
あたまを深々と下げた。
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授業が終わる、幹夫には適当な理由を言って、今日も遅くなると話す。
自分が豆田の親から金を借りているという弱みがあるからといって、生徒としてあるまじき態度に出たので懲らしめてやったら大怪我をさせてしまったなどとは、口が裂けても言えない。
本当なら洗いざらい幹夫に言うべきなのかも知れない、しかし踏ん切りがつかない、この前、豆田の家に行くときも幹夫にウソを付いてしまった、そして今回も……
ウソにウソを重ねる、なんと浅ましい性格なのかと、自分で自分が嫌になる、しかし、なんとしても内密に事を終わらせたいと言うのが佳代の本音であり、心情なのだ。
その為なら何でもするつもりだ、そう、たとえ、土下座であろうとも。
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客間で着席する前に、佳代は深々とお辞儀をして詫びた、大怪我について疑問に思うところもあるのだが、先ずは詫びるのが筋であろう。
着席した後は親子3人に睨まれ続ける、豆田一家は誰も何も話さない、佳代はもう一度謝る事にした。
「お父さま、お母さま、このたびは息子さんの……」
言ってるウチに何か情けなくなって目頭が熱くなってくる。
「先生、俺は怪我をしたけど先生を恨んでないよ、気にしないで」
「剛志、お前は何を言ってるんだ! こんな大怪我を負わされて、これは本当なら事件だぞ!」
「そうよ剛志、あなたは優しいからそう言うけど、この人は教育者としてダメだと思うわ」
責められるのは当然だろう、しかし、以外にも怪我をさせた自分を庇ってくれる剛志に佳代は、地獄で蜘蛛の糸を見た気がした。
「お父さま、お母さま、剛志くん、私にできる事なら何でもします、本当に申し訳ありませんでした……剛志くんの怪我はどのような……」
「私はね、八重樫先生、本来なら学校に怒鳴りに行くつもりだったんだ、それがね、剛志が止めろって言うんだよ」
「そうなのよ先生、剛志は優しいから……うっ、うっ」
母親の緑子はハンカチを取り出し目頭を押さえている。
「剛志くんは本当に優しく、素晴らしいお子さんです、剣道部でも主将として立派にみんなをまとめてくれていますし」
ここは褒める、とにかく褒めようと思った。
「そうまで言うなら先生、どうして剛志を叩きのめしたりしたんだね? いくらなんでもこんな大怪我をさせるなんて酷すぎるんじゃないかね」
「そ、それは……地稽古と言いまして……その、私も力が入り過ぎたと言いますか……」