八本指拠点襲撃から1日が経った。結局あの後完全復活したイビルアイさんが圧倒的な力で敵をねじ伏せ、こちらは誰一人怪我を負う事もなく依頼を完遂した。
アダマンタイト級の実力を持つと言う敵の幹部を子供扱いしていた彼女が、少し前まで俺のチンコを咥えていたとは誰も思いもしないだろう。
今日は休息を兼ねて反省会である。
蒼の薔薇が拠点としている高級宿《黄金の輝き亭》で俺は仲間達とテーブルを囲っていた。
「皆。昨日はお疲れ様。誰1人欠ける事なく無事に依頼を達成出来たわ」
「おう!とりあえず一安心だな。これで八本指の活動は大きく縮小するだろうぜ」
「…ガガーラン、楽観的なのは良くない」
「…八本指の根は思っているより深い」
「くはは。確かにな。だけど今日くらいは喜んだって良いじゃねぇか」
俺とイビルアイさんを除いた4人が発言する。
こういう時、実力・経験共に不足している俺は基本的に聞きに徹する事になる。しかしイビルアイさんまで黙っているのは珍しい。いつもなら年長者として反省点などを指摘しているのだが。
チラリと彼女の方を窺うと、心ここに在らずといった様子で虚空を眺めていた。
「イビルアイ?どうかしたの?」
俺と同じ様に彼女の違和感に気づいたラキュースさんが声を掛ける。
「っ!わ、悪い。少しボーッとしていた」
「大丈夫?昨日の任務の後から様子が変よ?」
「あ、ああ。少し疲れたみたいだ。気にしないでくれ」
少し焦りながらそう返すイビルアイさん。普段落ち着いている彼女のその珍しい姿に、全員の視線が集まる。
「…生理?」
「…イビルアイにも到頭」
「違う!というか私はお前らより歳上だぞ!ティア、ティナ」
「2人ともイビルアイをからかわないの。──昨日は少し無理をさせてしまったわね。今日はこの後は自由時間だからゆっくり休んでね」
「う、うむ」
結局、イビルアイさんは反省会が終わるまで上の空のままだった。解散を告げるとラキュースさんは個人的な友人であるラナー王女に呼ばれているとかですぐに出かけてしまった。俺もそれに続いて席を立とうとする。
と、その時ガガーランさんが俺達の方を向いて声を掛けてきた。
「そういえばイビルアイとユリウスに聞きたいんだが」
「どうしたガガーラン」
「なんでしょうか」
「お前ら──ヤったのか?」
「なっ!」
「えっ!?」
俺とイビルアイさんは同時に驚きの声を上げてしまった。どうしてそれを知っているんだろうか。昨日あったことは誰にも言わない様にしていたのだが。
「…その反応はやっぱしか」
「な、何を言っているんだ、お前は!」
「そんだけ慌てておいて否定する気か?」
「ぐっ…何故いきなりそんな事を言い出すんだ」
チラリと俺の方を見るイビルアイさん。俺が言いふらしたと思ったらしい。ブンブンと首を横に振ると納得した様子でガガーランさんに向き直った。
「昨日からユリウスの童貞の匂いが消えていてな。タイミング的にイビルアイと2人きりになった時辺りからだ」
童貞の匂いって何だ…。そういえばこの人、一目で相手が童貞かどうかわかるんだったな。俺も初対面の時に見抜かれて暫く童貞呼びされていたし。
「…イビルアイ女にされちゃった?」
「…リーダー、生娘仲間居なくなった」
ガガーランさんに次いでティナさんとティアさんも俺達に詰め寄る。その目は面白い物を見つけたと言わんばかりに輝いていた。
「ぐっ、ああそうだ!ユリウスの奴に抱かれた。これでいいか?ふん。いちいちそんな事私はどうでもいいんだがな」
隠し通せないと判断したのだろう。イビルアイさんはヤケクソ気味に肯定する。変に隠そうとして
「昨日からその事ばっか気にしてるくせによく言うぜ」
「気にしてなどいない!」
「はいよ。ならこの話は終わりだ。そん代わりイビルアイもいつまでも引っ張るなよ」
「だから気にしてないと言っているだろ!分からん奴だな!」
ガガーランさんの言葉を食い気味に否定すると、イビルアイさんは怒ったように俺に指を突きつけてきた。
「ユリウス!お前もだ。私を抱いたからといって勘違いするなよ。アレはただの治療行為であってそれ以外の何物でもないからな!」
それだけ言うと彼女は宿を出て行った。
「あーあ。ヘソ曲げちまったな。悪いなユリウス。大体の事情は想像が付くが、朝からあの調子だろ?あんまり思い悩まれて活動に支障が出ても困るから余計なことさせてもらったぜ」
「あ、いえ。俺の方こそ、なんかすみません」
「ウチのチビさんはあんなんでも乙女な所があるからな。お前の方からもフォローしてやれや」
「は、はあ…」
「てことで俺は寝る。頑張れや元童貞」
そう言い残してガガーランさんは二階に上がっていった。側にいた筈のティアさんとティナさんもいつの間にかいなくなっている。
フォローと言われてもやぶ蛇にならないか不安で声をかけ辛いのだが。俺はため息を吐くと席を立ち上がった。
俺も久しぶりの自由な時間を市場にでも出て過ごす事にしよう。
思い返せば蒼の薔薇に入ってから毎日の様に依頼を受けていた。それも命の危険のある物ばかりだ。それも昨日の快挙のお陰で大幅に減るだろう。なんと言っても八本指の幹部を数人再起不能にしたからな。
☆
街頭に出てブラブラと彷徨っていると、突然背後から声を掛けられた。
「…新入り。聞きたい事がある」
「うわっ!ティ、ティアさん!?」
驚きながら振り返ると、そこには蒼の薔薇が誇る暗殺者の片割れがいた。青い模様の入った服を身に付けておりティアさんの方だと分かる。
「何か用事ですか?」
「…新入り。お前イビルアイを騙した?」
「?何のことですか?」
「…お前がむっつりスケベなのは知っている。隠しているつもりだろうけどバレバレ」
「うっ」
イビルアイさんが言ってた通りだったか。俺のポーカーフェイスがまだまだなのか、それとも最高位冒険者だけあって彼女達が鋭いのか。どちらにせよ、残りのティナさんとガガーランさんにも気付かれていると考えた方が良さそうだな。
それにしても騙すとは何のことだろうか。
「イビルアイは本当に処女じゃなくなっている。それは匂いでわかる」
「貴女もですか…」
「…ねえ、イビルアイの処女を奪うことは本当に必要だった?私やガガーランにはいつもそんな事してない」
あ、これヤバイ勘違いしてらっしゃる。
「昨日は本当にヤバかったんですよ!それこそセックスしなきゃイビルアイさんが身動きも出来ないレベルでした。本人に聞いてみてくださいっ!」
「……」
「えっと」
ジーっと俺の顔を凝視してくるティアさん。
「分かった。嘘はついてない。疑って悪かった」
「あ、いえ」
「それはそうとイビルアイの処女の味を教えて」
「ええ?!」
「あれは私が貰う予定だった」
そういえばこの人ガチのレズだったな。
いつもラキュースさんにセクハラ紛いの事をしているし。
イビルアイさんを抱いた時の事をしつこく聞いてくるティアさんから逃げる様に歩き始めると彼女も着いて来る。いや、言える訳ないだろ。イビルアイさんにバレたら俺が殺されてしまう。
結局しばらくの間2人で歩き続けた。
大通りを少し出た時、横を歩いていたティアさんが突然俺の前に手を出す。ついに実力行使で聞き出しに来たかと慌てる俺だったが、すぐに違うと知る事になる。
「…新入り止まれ。囲まれてる」
周囲に視線をやる彼女につられて、周りを観察してみると、確かに俺達を取り囲む様に厳つい顔の男達が陣取っていた。堅気の雰囲気ではないな。八本指の関係者と考えて間違いないだろう。
「襲撃ですか?こんな
「昨日の件で向こうも本気になったのかも。ちょっと不味い」
そう言う彼女の顔は心なし強張っている様に見える。敵は十人程度だが、感じ取れる殺気は並のものではない。下手をすれば一人一人が俺に近い実力を持っているかもしれないな。ティアさんがいくらアダマンタイト級でも、これだけの実力者に囲まれては分が悪いか。そもそも彼女は暗殺が専門であって正面からの闘いはあまり得意ではない筈だ。
「どうしましょう」
「…私が時間を稼ぐ。新入りはその間に逃げて」
「そんな!出来ませんよ!」
「勘違いしないで。別に新入りの為じゃない。貴方のタレントの能力で私は死ぬ事はない。なら、お前が生きて皆に情報を持ち帰るのが一番重要というだけ」
「…わ、分かりました」
一瞬でその判断が出来るあたりこの人も一流だ。俺のタレントは俺自身には適応されない。だから、俺が殺されればティアさんの不死性も失われてしまうのだ。俺が逃げる事はティアさんを助ける事にも繋がる。そう理解すると、俺は敵の位置を確認し、逃走ルートを探す。
「『影技分身の術』」
隣ではティアさんが忍術を使い、2人に分身していた。そしてそれぞれ敵の多い方向に向かって走り出した。相手も身構えて彼女の攻撃を迎え撃つ。俺はそれを確認すると、敵がいない方に駆け出した。
「行かせねぇよ!!」
「!」
しかし相手も手練れだった。隙をついた筈が1人がすぐに反応し俺の進路方向に回り込んだ。更にそいつの抜けた穴を他の奴らがフォローし、ティアさんと俺両方の動きに対応出来る態勢をとる。
「『不動金縛りの術』──構うなっ。そのまま走り抜けて」
ティアさんが敵の動きを一時的に止めた。自分も何人もの敵と戦っているというのに申し訳ない。敵の横を通り俺はその場を離脱した。チラリと背後を振り返ると9人の敵の攻撃を凌いでいるティアさんが見える。ダメージを負わないとは言っても強い衝撃を受ければ意識が飛ぶこともあるし、副作用で性感が高まり過ぎれば昨日のイビルアイさんの様に動けなくなる。あまり時間はないかも知れない。
────そんな風にティアさんの事に気を取られていたせいだろう。
「グアッ!」
俺は死角から放たれた攻撃に気付くことが出来なかった。割れる様な痛みが後頭部を襲う。敵は全員ティアさんが引きつけていた筈なのに。
俺の意識はそこで途切れた。
☆
頭の痛みで目が覚める。
「ここは…」
そこは薄暗い部屋だった。考えるまでもなく八本指のいずれかの拠点の中だろう。天井と繋がった鎖で両手を拘束され、吊るされている状態だ。足こそ床についているが長い時間この状態だったのだろう。負荷が掛かっている手の感覚がなかった。それに何より身動きが取れない。
その場で殺されなかった事を喜ぶべきか、それともこれから拷問を受けるであろう事に悲しむべきか。
「…新入り、目が覚めた?」
「うおっ」
自分しかいないと思っていた所に声を掛けられ、驚いてしまった。意識してみると背後に人の気配がする。声でその人物がティアさんだと分かった。やはり彼女も捕まってしまったのかと申し訳なくなる。態々敵を引き付けてもらったのに簡単に気絶させられてしまったのだ、合わせる顔がない。
「ティアさんも捕まったんですね」
「…誰かさんがとっとと逃げ切ってくれたら私も離脱出来た」
「それに関しては本当すみません…」
「…別に良い。伏兵に気が付かなかったのは私の落ち度でもある。私の実力不足」
「それを言ったら俺の方がそうですよ」
「…新入りに戦闘面は期待していない」
グサっ。分かっていた事だが実際言われると普通に傷付くなぁ。俺のタレントって効果範囲こそあるが、別に俺が意識して発動させる訳でもないので、任務の際には俺はただついて行くだけだ。皆に守られながら同行し、皆と同じ額の分け前を貰っている。まるで寄生虫だ。
俺は彼女に背を向けたまま溜息をついた。
「はぁ…」
「……傷付いた?」
「いえ、事実なんで気にしないでください」
「……」
「タレントしか期待されてなくても蒼の薔薇に入れた事は嬉しく思ってますし、場違いって事は俺が1番よく分かってるんで」
自嘲する様な言い方になってしまったが、それが俺の本音でもある。一緒に行動していれば何度も足を引っ張り掛け、命を救われた事も一度や二度ではないからだ。
そんな俺の言葉を聞いて何か考え事を始めたのか、ティアさんは静かになった。お互い無言の時間が流れる。
五分くらい経っただろうか。
次に口を開いたのはティアさんの方だった。
「………戦闘は期待してないけど、貴方は私達に付いて来れる。それが出来る人は中々いない」
「ティアさん?」
「…貴方が冒険者として努力して来たのは見れば分かる。そうじゃなかったら仲間にしなかった」
「でも戦闘じゃ役に立たないですよ俺」
「適材適所。戦闘は私達がする。さっきは言い方が悪かった。皆、貴方自身には期待している。私も含めて」
…………。
…あのティアさんが。
普段クールで俺の事をなんとも思ってなさそうな彼女が俺を励ます様な事を言ってくれた事に俺は心底驚いた。それと同時に言い知れない幸福感も感じる。俺はゆっくりと振り返って彼女の方を向いた。
「…あんまり見るな」
少し照れた様子でそっぽを向く彼女の顔が目に入る。綺麗だ綺麗だとは思っていたが、こんなに魅力的な人だっただろうか。普段の五割増しで美人に感じる。ヤバい。ちょっと嬉しい言葉を掛けられただけで惚れそうになるとか非モテ全開じゃねぇか。
急激に恥ずかしくなった俺は、話を変えようと一つ気になっている事を訊ねる事にした。
「ところで、ティアさん」
「…何?」
「何で裸なんですか?」
ティアさんは全裸で吊るされていた。