初体験
10年前、高校1年の夏。
童貞卒業の予感を童貞が最も期待する夏休み。
それを利用して俺はアメリカにホームステイをする。
勿論、まだ童貞だ。
なんの取り柄も無く、顔もいまいちパッとしない、いや、幼少からマタギの爺さんに預けられて育ったお陰で、自然界で生き抜くことに関してだけは抜きん出ていたが、今の生活環境において其れは宝の持ち腐れのようなもので、一つも活かされることはない。
そんな俺でも一丁前に恋を覚える。
中学生の頃から好きだった、一つ年上の北大路サツキ。
思えば無謀な恋だった。
学校のアイドル的な存在の彼女に、パッとしない俺。
どう考えても叶うわけがない。
されど彼女は俺にも、俺以外にも分け隔てなく接している。
笑顔も怒った顔も、悲しい顔も、躊躇うことなく見せてくれるのだ。
童貞ならば「自分にもワンチャンあるのでは?」と期待してしまうのは必須。
そんな俺が彼女に見合う男になりたくて飛びついたのが、夏休みを利用したホームステイだった。
この俺にしては思い切った行動は、旅立ちの前から学年内で話題となり、光栄にもサツキの興味を引くキッカケになる。
終業式が終わり、クラスの友達と土産の催促やら、下らない下世話な話で盛り上がって、準備があるから帰宅しようと教室のドアを開けるとサツキがいた。
「ちょっとすごいじゃん!アメリカ行くんだって?明日の見送り私も行っていい?」
突然屈託の無い満面の笑顔でそんなことを言われた俺はパニックになり、対処法が思いつかない。
ぎこちなく「いいですよ。」と言うのが精一杯。
サツキは「じゃあ明日ね!」と言い残して廊下を駆けていった。
ホッと一息つくと、背後から殺気、さっきまで和気藹々と喋っていた友達からも、他の男子生徒からも殺意のこもった視線を向けられる。
本来なら友達だけが見送りに来るはずだったのだが、これをきっかけにクラス全員が見送りに来るという事態に発展してしまった。
帰宅して食事と風呂を済ませ、ホームステイを許可してくれた両親に感謝を伝えて部屋に戻る。
眠れない、明日の見送りにサツキが来ると思うと眠れない。
悶々として愚息が疼く。
取り敢えずと手馴れた業務のように弄っていると携帯が鳴り、見れば知らない番号からの着信。
良いところだったのにと少々不機嫌に「もしもし」と電話に出る。
「もしもしレイ?私、サツキ。あんたのクラスのやつに番号聞いて電話しちゃた。」
……。マジかよ?激しく動揺して言葉が出ない。やっと出せた言葉が「はひぃ?」我ながら気持ち悪い。
「何あんた?緊張してんの?」ケラケラ笑いながらサツキが突っ込む。
「あの、いや、ビックリして…。でもなんで?」
「あー、明日だと時間もないし、みんないる前だと話しづらいじゃん?だからゆっくり話すなら今の方がいいかなーって。てゆーか思い切ったことするじゃん?だからね、憧れの先輩からエールでもと思ってね、いや、本当は違うね。あんたの事羨ましいとか、凄いなとか、カッコいいなってゆう気持ちの方が正しいかも。だからレイがアメリカ行く前にちゃんと話したいなって。」
サツキが喋っている間、うんとかはいとしか返せない俺、情けない。
「でさでさ、なんでアメリカ行こうって思ったの?」いきなり核心をつかれる。
「あ、いや、自分パッとしないのがコンプレックスで、何か変えるきっかけが欲しくて、その…。」
「わかった!好きな娘でもいるんでしょ?青春だねー。」
見抜かれた…。
あたふたして返せないでいると「それってさー?私?」
「あべっあ、いや、えあ…。」
「まじ?図星?」
もう腹くくれ、俺。
「恐れ多いけど、そうです。でもまだ何も言いません。帰ってきたら、伝えてもいいですか?」
いや、それもう言ってるようなもんじゃん。そう自分に突っ込むと、一言一句違わない台詞がサツキから投げられた。
「そっか、そんなに私のことを思ってくれてたのか。素直に嬉しいよ。よし!そんな可愛い後輩に褒美をやろう!レイが帰って来るまで誰の告白も受けずに待っててやるよ。こう見えてもしょっちゅう告られてるんだからね!だからちゃんと男磨いて帰ってこいよ!じゃないとレイの気持ちは届かないかもよ?」そう言ってサツキは電話を切った。
なんだったんだ、今のは?整理しないと、からかわれた?本気?どうしよう、眠れない。
結局眠れなかった。
空港に着くとクラスメイトとサツキがすでに待っていた。
まあ大半はサツキ目当てに来ただけの奴なのだが、大勢に見送られるのは正直悪い気はしない。
搭乗手続きを済ませ、時間一杯までみんなと別れを惜しんだ。
最後にサツキが「頑張ってこいよ。」と耳元で囁き、頬にキスをしてくれた。
当然野郎からは罵声を浴びせられ、そんな中サツキは最後まで笑顔で手を振ってくれていた。
人生初の飛行機、人生初の異国の地、此処はアメリカ、カリフォルニア州、ロスアンゼルス郊外の田舎町。
の牧場。
牛や羊が駆け回り、鶏と七面鳥が地面の餌をついばむ。
のどかな光景にホッとしている。
数時間前、空港で出迎えてくれたホストファミリーのパパとママと娘が二人、彼らと馬鹿でかい如何にもアメリカンといった具合のバンに乗り込み、此処に連れてこられた。
家も4人で住むにはデカすぎるが、牧場がまたデカすぎる。
東京ドーム何個分なんて表現をしても伝わらない広さだろう。
彼らは所謂ヒッピーで、此処で半自給自足の生活を営んでいる。
パパのトムはジョンレノンを彷彿とさせる風貌で、穏やかな人だ。
ママのブレンダはじゃじゃ馬カウガールとパパに紹介されていたが、その後のパパの頬の傷を見ると納得せざるを得なかった。
長女のサラは18歳、割とおしとやかな雰囲気で、次女のカーリーは14歳、活発でママよりな性格のようだ。
二人ともなかなかの美人姉妹、童貞には毒です。
「ようこそ我が家へ。レイは此処で1ヶ月ほど働いてもらうが、先ずはウエルカムパーティだ。せっかくだから親睦を深め、日本の話を聞かせてくれよ。」パパが俺の肩にガッチリぶっとい腕をからめて、自慢のバーベキューコンロ付きの庭まで案内してくれる。
「さぁレイ、たくさん食べてね。お肉と野菜は全部この農場で育ったものよ。ビールもあるから遠慮しないでね?」
ママが優しく取り分けてくれ、ビールも出してくれた。
美味い!誰だよ、アメリカンビーフは硬くてまずいって言ったの!野性味溢れる獣の味がしっかりあるじゃないか。
美味い美味いと言って食べる俺を見て気を良くしたパパは「レイには特別に最高のフライドチキンをご馳走しよう!」そう言って30分ほど席を離れ、戻って来ると片手には潰して羽をむしった鶏を携えている。
慣れた手つきで残った毛を焼き、部位ごとに捌いていく。
本来蒸すはずの鶏肉を生のまま秘伝のスパイスに漬け込んで、秘伝の衣につけて揚げる。
「さあ食べてごらん?」と揚げたてをレタスに挟んで渡してくれるた。
スパイスの香りで口腔には涎が溜まる、たまらず豪快にかじる、美味すぎた。
もう日本のKFCなんて食えない。
多分俺一人で半分近くは食べたんじゃないだろうか?
その食べっぷりを見てさらに気を良くしたパパは、もう一羽潰してフライドチキンを作ろうとしたので「お返しに俺にも一品作らせてほしい。」と申し出た。
「いいけど、レイは鶏を締めれるのかい?処理もできる?」と心配している。
「no problem!」と答えて鶏小屋まで案内してもらい、適当な鶏を一羽選んで締める。
手早く処理をすませるとファミリーから歓声が上がった。
「凄いわ!レイ!どうしてこんなことができるの?」娘達が食いつく。
「俺の爺ちゃんが猟師でね、いろんなことを教わったんだ。ここの鶏は地飼いで虫やミミズなんかも食べてるだろうから絶対美味しいし、野菜も美味しいから美味しい日本料理ができるって思ったんだ。」そう答えてママに鍋を借りて水炊きを振る舞った。
持ってきたポン酢も早速使って、食べ方をレクチャーする。
これなら毎日食べても飽きないけど、すぐに鶏がいなくなってしまうなと大絶賛。
腹も膨れ、次第に日も落ち薄暗くなって来ると、パパは焚き火の準備の取り掛かり、ママはタバコのようなものをせっせと巻き始めた。
日本でもよくある食後の一服かなと思っていた。
焚き火も程よく起き、サラとカーリーがコーヒーを入れてくれる。
さっきママが巻いていたタバコをパパが火をつけて1、2服するとママに回し、同じ様に吸うと娘に回し、当然のように俺にも回されてきた。
明らかにタバコじゃない匂いがする。
「これは?」と聞くと、「なんだ知らないのか?マリファナだよ。素晴らしい大地の恵みだから、大丈夫。」
最初こそ警戒して吸わずにいたが、焚き火を囲んでパパの奏でるギターに合わせて歌うママと娘達の声、穏やかな空気、それだけで俺が教わったような悪いものではないんだということがわかる。
「俺ももらっていいかな?」そういうと「こうやるのよ」とサラが手ほどきをしてくれた。
「思いっきり吸い込んで、限界まで肺に貯めるの。それから思いっきり鼻から吐き出してみて。」言われた通りにやって見るが、何も起こらない。
「何も起こらないよ?」
「もう2、3回繰り返してみて。」
サラがニコニコしながら言う。
3回目を吐き出した瞬間だった。
突然ブワッと体が浮上したような感覚に襲われ、なんとも言えない心地よさが体を包み込んだ。
意識と動作が噛み合わず、動くものがちょこまかと8ミリフィルムのような動きをしている。
何だこれは?恐怖感はない。すごく穏やかで、優しい世界だ。
音色には文字通り色が付いているし、座っていられなくなった俺を膝枕してくれているサラの太ももはこの世の物とは思えないほどの心地よさ。
こんな時間がずっと続けばいいのに。
どれだけ時間が経ったっのだろうか?まだ効いてはいるが、ふっと意識が戻ってきた感じがして、名残惜しいがサラの膝枕から離れた。
「どうだいレイ。最高だったろう!」ドヤ顔で親指を立てるパパに対して俺は、「パパ、サイコー…」と弱々しく親指を立てることしかできなかった。
それから俺はサラとカーリーに介抱されながら部屋に戻り、眠りに落ちた。
これが俺のマリファナ初体験。
人生観が変わった瞬間だ。
翌朝、5時に起こされ、まだマリファナの余韻と時差ボケの中仕事が始まる。牛と羊を放牧した後に床の干草の交換、野菜の収穫、水やりなどなど、なかなかハードな作業ではあるが、日本では味わったことのない充実感だ。
単調だが、穏やかで優しい日々は何物にも代え難く、生き抜くことに重点を置いたこの生活は人間のあるべき姿なのではないかと思うほどに。
ホームステイも10日も過ぎ、本当の家族のような関係が構築されつつあるのを肌で感じてきたある晩。
この日パパとママは月に一度の外泊で不在、カーリーは友達の家でパジャマパーティー、残ったのはサラと俺の二人だけ。
普通なら色んな期待に心躍らせて見るのが、この年代の男子の正しい行いなのであろうが、サツキという想い人がいる俺は、あえて無関心を貫いた。
俺の部屋で日本人の女子ならばおよそ思いも及ばないような格好でゴロゴロしながらマリファナを吸うサラを他所に、俺も吸ってはいるものの、持参した小説を読みふけっていた。
沈黙に耐えられなかったのか「ねえレイ、あなたは何も感じないわけ?」とサラが少々むくれて喋り出す。
「え?」「え?じゃないわよ!二人っきりで部屋にいるのに何も思わないの?こんなセクシーな格好までしてんのに!それでも男!?」
「あ、いやさ、目のやり場に困るってゆーか、とてもセクシーだからさ…。」
俺が顔を真っ赤にしてうろたえていると、サラは何かを察して妖しげな笑みを浮かべ、「もしかしてレイって童貞?お姉さんが教えてあげようか?」
ダメだ、理性が保てなくなりそうだ。
「あのさ、俺日本に好きな娘がいてさ、帰ったら告白するんだ。だからサラとはこういう事は出来ないんだ。その…恥かかせてごめん。」
サラは俯いて肩を震わせている。怒っているのか?すると突然お腹を抱えてゲラゲラと笑い出す。驚く俺。
「レイ、あんたかっこいいね!でもさー、童貞を愛しの彼女に捧げるなんておこがましいにもほどがあるわよ。処女なら話はわかるけど、童貞なんて1セントの価値もないわ。だいたい童貞がちゃんと女の子をリードして、優しく気持ち良くさせてあげられるわけないんだからさ、捨てられるときに捨てちゃえばいいのよ!そのほうが彼女も喜ぶわよ。私がちゃんと教えてあげるから!」
そうまくし立て、でもだのだってなどと日和ってる俺を押し倒し、キスをしてきた。
「キスも初めて?可愛いわね。あなたは気に病むことないわ。フリーセックスって知ってる?パートナーじゃなくてもいいのよ。一緒に気持ちよくなりましょ?」
そう言いながらサラは俺の体を弄り、キスを続ける。
やがてサラの手は下半身に伸び、俺もサラの胸を弄る。
「もっと優しく触らないとダメよ!最初はゆっくり、そう、大切に扱って。激しくするのはもっと後。我慢できる?good boy。」
俺は無我夢中だった。正直よく覚えていない。
朧げながらサラの乳房の感触、秘部の香り、経験したことのない愚息のいきり勃った姿を断片的に思い起こすばかりだ。
ただリアルに感じられるのは、俺の腕の中で眠る裸のサラの温もりと香りだけ。
天使のような寝顔も、目が冷めれば昨夜のように詰められるのか?と思うとゾッとする。
でも、気持ちよかったなぁ…。
それからというもの、パパとママの目を盗んでは情交に及ぶ生活が日常となっていた。
しかし、そんな蜜月も長くは続かず、一本の電話で見事に破綻する。
ホームステイも半ばを過ぎた頃、野菜の収穫をしている俺とサラのところにパパが血相を欠いてやってきた。
「レイ、落ち着いて聞きなさい。お前のおじさんと名乗る人から電話がきてな、ご両親が事故で亡くなったって…。取り敢えず理解するのに時間がかかるだろうが、一旦日本に帰りなさい。サラ、ママと一緒にレイに着いて行ってあげなさい。」
それから葬儀が終わるまでの記憶がない。
後から聞いたが、一言も発さず、涙も流さず、只々ぼーっとしていたそうだ。
記憶があるのは実家の俺の部屋でサラの胸の中で抱きしめられているところからだった。
「レイ、大丈夫?じゃないわよね?ごめんなさい、今はかける言葉が見つからないの。ただ追い討ちをかけるようで申し訳ないのだけど、あなたの親戚は誰もレイを引き取らないって言っているの。今こんなこと言うのは酷なのはわかってる。だからね、パパとも話したんだけどあなたうちの息子にならない?」
もはや理解できてはいないが、ママの提案に訳も分からないまま頷くだけ頷いて、初七日も待たずにアメリカに帰った。
されど何処にいようと気分が晴れる訳もなく、牧場の仕事も手につかず、優しいホストファミリーの言葉や対応にも応えることができず、食べ物もろくに摂らないで過ごしていると、ホームステイの期限が切れる前日にパパがキレた。
「レイ、君は俺の家族だ。だが今のままじゃここにいさせるわけにはいかない。理由はわかるね?今の君は命を浪費するだけで、命を次の命に繋げることができないからだ。両親が亡くなって辛いのはパパもよくわかる。だがいずれ立ち直って前を向かなきゃならない。今のレイにはキツイだろうがみんな同じだ。だからね、気晴らしも兼ねて馬の世話でもしてみないか?」今ならわかる。多分パパは俺を良い方向に導こうと必死だったことが痛いほどわかる。
だけどこの時の俺はそれを最悪な意味で捉えてしまった。
「あーそうかい解ったよ!出て行けってことだろ?仕事もしないでタダメシ食ってる奴は家族であれいらないってことがよく解ったよ!さすが資本主義の戦勝国様だ!はなから敗戦国の国民に施してあげている気分でいい気になってたんだろ?解ったよ!出てくよ今すぐ!」
そんな台詞を投げた瞬間、屈強な拳が俺の顔めがけて飛んできた。
「いいかレイ!卑屈になる気持ちもわかるがな、今のはダメだ!お前は魂までアメリカに負けてしまったのか?あの戦争については俺はアメリカが悪いと思っている。だがそれを引き合いに出すのは人対人としてレイを愛してきた俺や俺のファミリー、勿論お前を含めたファミリーを冒涜しているのと同じだ!レイ、頭を冷やしなさい。それからパパと話をしよう。」
「話さなくてもいいよ。俺は出て行く。さっきの言葉は取り下げるし、謝罪もする。ごめんなさいパパ。今までありがとう。」
まるで子供の駄々だがパパはいろんなことを察したのか、翌日封筒とリュックを俺に手渡した。
「これが今まで働いた給料と選別だ。好きに使いなさい。男の子は一度は旅に出るものだ。ただ忘れないでくれ。お前は俺の大切な息子で、みんなの家族ということを。いつでも帰っておいで。」
みんなとハグを交わして、最後にサラとキスをした。
当てはないが取り敢えずロスに行けばなんとかなるという浅はかな考えで、俺はロスに向かう。
「そんな感じかな。ホームステイは。」
「え?レイはもう経験済みってこと?私は待ってたのに?酷いよ…。」
「あ…。その…ごめん…。」
「私一人で馬鹿みたい。まぁ過ぎたこと言ってもしょうがないけどさ…。いちいち言わなくていいじゃん!」
「弁解はしません…。」
「で、続きは?」
初体験 終