吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
第11話
夢を、見ている。
馬鹿馬鹿しいものだが、黒く染まった視界の中。考える事も億劫で、それでも何か考えていないとこのまま化石にでもなってしまいそうで。
寒さなど感じる筈がないのに、凍える程に寒くて。身体がまだ馴染んでいないからだろう。
─────この世界に、あの男がいたら。おれの傍に侍っていたとしたら。
少しくらいは、息がしやすかったのではないか、と。
不毛な事だ。ああ本当に、馬鹿馬鹿しい。アレが側にいて何になる?何の役に立つ?運命は決して変わりやしない。
弱くて脆い、ただの人間だ。そうなのだとアイツ自身も言っていた。
……だが、恐らくは、少なくとも。
アイツだけはおれを、最後まで否定しなかっただろうとは……思った。
夢を見ている。
あの掃き溜めでは、共に子供じみた悪巧みをして。
あの屋敷に行く時は、おれはアイツを侍従として連れていっただろう。
卿を殺そうとした時には、もっといいやり方があっただろうと呆れながらも、仕方がないなと笑って。
人を辞めた時にも、それもまあ愉しいだろうと肯定し。
……アイツなら確実に首だけになったおれを嗤う。罵って怒鳴りつけても、厚顔無恥にも最後まで付き従ってはおれを嗤う筈だ。
船の中で爆炎に包まれた時は……お前といてそこそこ楽しかったよと、最後まで人のまま、あの笑みを浮かべて、そのまま死に絶えるだろう。
反吐が出る程歪み腐った性根。他人も、自分の命ですら自らの愉悦の礎にする人非人。だからこそ、アイツはおれをも受け入れただろう。
ジョジョは些か優しい……いや、敵に対しても歯が溶けそうなくらいに甘過ぎたが、それ以上に分かり合えぬと確信してしまう程に、おれとの間にズレがあった。世の中の汚い事など知らないと公言しているようなものだった。明らかな境界、クレヴァスの如くあちらとそちらを仕切るものだ。区別とも言っていい。何も知らない。何も分からない。だからこそ分かり合えない。単純な話だ。何も知らないで、見えるものだけが全てだと爛漫に笑うジョジョの事が……幼少の頃は、形振り構わず殺してやりたいくらいに憎かった。羨ましかった。おれの手には何も無かった。アイツは何もしなくても沢山のものが与えられていた。
何故だ。
お前と共に生きたいと願ったのは嘘ではない。最初にして最後の、唯一、おれが尊敬した人間。今ならお前に語れる気がした。おれの全てを。お前の言葉を聞ける気がした。お前の全てを。
もう遅い。お前は物言わぬ骸となり、おれの
おれはこの結末を後悔しない。これは当然の帰結だ。運命だったのだ。おれ達の結末はきっと、何度繰り返しても、このように終わるだろう。
もう戻らぬ青き日々。
生き辛く、息の詰まる、我が愛しき……。
問いたい。ヒトと呼ぶには憚られる精神を持つ、化け物と呼ぶには惰弱なお前に。
ディオ・ブランドーという存在を、底を、おれ以外の誰よりも理解したお前に。
お前は
夢を、見ている。
おれの人生の半分もの間。
頻度はそこそこ。行き方を知った後は定期的に。
互いが生きる時代も、流れる時の速さすらも異なった夢の中。
常に寄り添っていたと言うには時間が足りず、それでもそれを否定するには、奴はおれの中身を知り過ぎた。
思考も、性質も、弱味も、甘えも。おれを取り囲む環境の詳細以外は、ほとんど全て知られている。
身体を重ねた回数分。
ただの夢ではなく、しかしそれは所詮夢でしかなくて。それが存外忌々しいものだったという事だけは、奴は知らないだろう。
切り捨てる事も出来ず、かと言って手に入れる事も出来ない。いっそ忘れてしまえればよかったのだ。……だが考えてみれば、何故自分が諦めなければならないのだ、と。
おれは頂点だ。ならば手に入らないものなど、ありはしないのだ。
─────夢を見ていた。
*
海底に沈み、視界は微睡みの黒に閉ざされていた。その筈だった。
目を開けばそこはもう見慣れた白い部屋で、背には柔らかなシーツの感触がした。
身体は倦怠に重く、腕を動かす事すら億劫で。
「……ぁ、」
声は長らく出していなかったというのに、不思議と、あまり掠れはなかった。
周りに気配はなかった。暫く目を閉ざしていれば、そのうち小さく靴の踵を打つ音が響く。
「よう、少年。来たぜ」
慣れたように髪に触れ、そのまま頬を撫ぜる指に既視感を覚えた。
「今日はもう目が開くのか。順調そうで良かったよ」
「……」
弧を描く目元。とろりと綻んだ笑みとひと呼吸。
……鼻先を掠める甘苦い匂い。
より毒々しさの増したような華やかさすらあった。この男は、ここまで凶悪な芳香を薫らせていただろうか?
ナミセはおれにキスをするとぎしりとベッドサイドに腰掛けて流れるようにおれの頭を膝に乗せた。あまりの自然さに驚く暇すらなかった。
「なあ、“管理者”さんよ。今日はどれくらい経った?……1週間?俺の方では変わらず毎晩なのだがな……」
かたかたと何かが動く音。これは、視界の端にある映写機のものだろうか。“管理者”とはまさか、この部屋の……。
「2日、3日、5日、そして1週間。少年が眠りについてから、向こうとここの時間の経ち方が少しずつズレてきているのは確定だな。いつか向こうの1日がここの10年になる時が来る。……俺がこの部屋に来る事も、もしかすれば……」
……その推察は、おれの中にほんの小さな、ひとつの波紋を齎した。
この男との逢瀬は薄氷の上のものだ。いつ終わるかも分からぬものと理解はしている。が、この男のように、“そのように終わるのも悪くないだろう”とは考えられない。
このおれが、だ。
このおれが、10年以上もの月日、この男に抱かれていたのだ。
抱かせてやっていたのだ。
味わうだけ味わって、おれを満たさぬまま、終わる事を良しとするだと?─────……巫山戯た事を。
力を込めれば指先が鈍く動く。……駄目だな、まだ身体が馴染まぬ所為か、身動ぎすら覚束無い。
目敏くそれを見たナミセは、まるで面白そうなものを見たと言いたげに目を細めて笑う。
「もしかしなくても、意識があるな?少年」
「……だっ、た、ら……」
なんだと言うんだ。
ゆっくりと瞬きをする。
奴が、目を見張る程の喜色を浮かばせた。
「っフフ、フフフ……!漸くか!いや、飽きる前で良かったよ。じゃなけりゃいつか痺れを切らせて、あの時みたいに直接精気を注ぎ込むところだった」
それはつまり睡姦するつもりだったと。
にこりと感じ良く笑っても口にした言葉はゲス以下だ。
やはり意識がある内でないと楽しくないからなと、言動は置いておいて存外嬉しそうに笑う。いつかこの身が動くようになった暁には諸々含めて必ず槍玉に挙げる。
「連日お前の口に血を注いではいたが、やはり俺の僅かな量の血程度では高が知れるだろう?このまま死ぬのではないかと憂慮していたんだ」
「……」
「確かに眠り続ける少年を構うのは人形遊びをしているようで、それはそれで楽しかったんだけどな?」
「しね」
「ンフフフ……っ!少年は本当に可愛いな」
唇に落とされた柔い口付けは、仄かに血の香りがした。
「今日も血をやるから、早く動けるようになってくれよ」
滲んだ赤を指で辿り唇に塗りながら。
その顔はまるで、おれをいとおしいと思っているかのようで。
……血迷った考えを掻き消した。この淫魔が万が一つにも、有り得ん。
*
「今日はマッサージでもしてやるよ」
と言うなりおれは奴に身体を引っ繰り返された。
奴が突拍子のない事を言い出すのはいつもの事だった。
呆れたような目を向けるも柳に風といった様子で露にも思わない。
剥き出しの肌が触れる。
「ん……」
吸血鬼の感覚に合わせて誂えたのか、マッサージオイルの香りは強過ぎないものだった。花の匂いだろうか……。
「安全性は保証する。“管理者”は“監視者”に定められたもの以外は俺達に寛容みたいだ」
「“監視者”……?」
「俺達のセックスを舐めるように見ていた誰か」
思わず顔を歪める。悪趣味な……見世物じゃあないぞ。
「“監視者”の意志によって“管理者”がこの部屋を作り、少年と俺を入れてもだもだするのを楽しんでいたのはまあ、憶測だが、どうも今は目が離れているようなんだ」
「知っていた、のか」
「視線の事?何となく。害意はなかったし、わかったとてどうにもならねぇし、正直どうでもよかった」
どうでも良くない。
顔が寄せられたのか衣擦れが聞こえる。耳元に吐息を感じた。
「映写機。セックスする度にカウントされていただろう?少年が首だけになった時からは途切れている。代わりに何かを問えば返答を“管理者”がしてくれるようになった。あの映写機を通してな」
戸棚の中の備品の補充から、ある程度の裁量が“管理者”にあると仮定し、回答の無機質さから“管理者”は半機械的な“人ではないもの”と─────
「ふ……ゥ、はぁ、」
背を滑る掌がぐいぐいと強張りを押し解す。
「……フ、気持ちい?」
「……」
「素直じゃねぇの」
腰を這う手はじわりと重みを増させてはゆるりと移動する。
「く……ふ、ぅっ……ん、」
擽ったさを僅かに含むが、確かに気持ちが良かった。
クッションに顔を埋めながらうつらうつらと目を閉じかける。
「多分“監視者”はグロテスクなものには耐性がないんじゃないか?少年が首だけになった時から視線が途絶えたぞ」
「……しる、か、……」
知った事か。
……、……?
「なぜ、おまえが……」
「ん?」
「おれが、くびだけになったと……」
「そりゃお前が首だけになって硝子に詰められて此処にいたからだろう」
「……」
「なんだよその顔。ふは……屈辱だから忘れろって?どうしようかな」
その手が臀を掴む。
「ッ!おまえ、っ、」
「マッサージマッサージ」
強く鷲掴んだかと思えば、形を確かめるように撫ぜ揉みしだかれる。されど先程と変わりない手付きは、性的な、安直に言ってしまえばいやらしいものでもなんでもない。
「ぅう……ンふ、ゥ……」
「感じやすいな。按摩してるだけだぜ?」
「……る、さい」
大腿から脹脛へ滑る。
「はぁ、ぁ、!ん……」
ああ、そうだった。コイツは本当にタチが悪いのだ。
あくまでマッサージであるなどと宣って……あながち間違ってないのが憎たらしい。本当に、上手いのだ。そこには下心とも呼べぬ好奇心や興味の類しか存在せず、だからこそ始末に負えない。
「ふぅ……ふぅ……んん、」
「ははは、やーらし」
「ころすぞ」
「ふははは、!」
掌が脚から離れ、再び背中を、今度は撫でるように。次いでオイルが追加される。
「っ、んー……」
「眠い?寝てもいいぜ」
お前が最初から最後まで真面目にするなら遠慮無く眠るのに。
じっとりと睨むが、奴は変わらず貌に笑みを乗せて美しく笑っている。
「無駄に警戒心なんて持っちまって……いや、お前は小さい頃からこんなだったか」
「……しるか」
「俺は昨日のように思い出せるぞ?まぁ実際半年程しか経っていないしな」
……まだ半年なのか。
人生で上位を争う程の濃密な年だとナミセは上機嫌に告げる。
指が脇腹から肋骨を這い、徒に骨をくりくりと弄る。
「んんっ……!」
「見れば見る程美しいなこの身体は……均衡のとれた……まるでギリシャ彫刻のようだ。お前が見初めるだけある」
「気色の悪いことをいうな。そういうんじゃあない」
「悪い悪い。ま、俺は少年の元の身体も好きだったぞ。猫みたいで」
それは褒め言葉ではないしそういう意味で否定したのでもない。
「一切の無駄のない引き締まった肢体は少年の努力が垣間見えて、それなのに肉感的で。しなやかで。ラグビーを始めた頃には更に厚みが増したよな。それで漸く環境に慣れてきたんだと分かったよ……初めはあまり栄養が足りていなかったようだから」
「お、いっ……!」
再び仰向けにされる。
どこか艶のある表情に顔が引き攣った。力が入らない身体を必死に動かして触れてくる手を抑えるが容易く退けられてしまう。
「やめ、」
「フフ、怖がるなよ。マッサージするだけだって」
「んん……このディオが、こわがってなど……」
腹をなぞり、後ろ腰から寄せるように、少し強めに前面に向けて揉み込まれる。
「ぁ……んふ、ゥ……」
「少年の血液がこの身体に回り切れば、少年は動けるようになるだろう?」
「んん……ふ、おそらく、は」
要は、吸血鬼のエキスが循環されればいい。そうする事で肉体が吸血鬼の物へ作り変わる。
吸血鬼のエキスは心臓で作られるが、おれは首から上のみが自身の物だ。頭部に巡るエキスのみでは首から下を惰弱な人間から吸血鬼へと作り変えるのは時間が掛かる。その間エキスの量は増えず、更には肉体は死んでいて血流を生み出す筈の心臓は止まっていたので、エキスを生み出すどころか、少量のエキスを身体に巡らせる事すら難しい状態だったのだ。
今は辛うじて心臓を動かせてはいるが、そこまで大量の吸血鬼のエキスは生産出来ていないと思われる。1度死んだ肉体の心臓は、例え吸血鬼の物へと変わっても貧弱なままなのだ。……もしかすると、ジョジョの執念がおれのものとなるのを拒絶しているのか。もしそうなら、なんと可愛い抵抗なのだろうか。
足の付け根、骨盤の付近。そこから大腿と脹脛を揉み解される。
「吸血鬼としての栄養源である血液を摂取させる事で“人を吸血鬼にするナニカ”を増幅させて、血流と共に身体に巡らせる。どうだ?理に適っているか?」
「ん……あんがい、考えていたんだな、おまえ……」
「少年は俺をなんだと思っているんだ?」
「淫魔」
「だろうな」
気持ちイイ?
再び奴はそんな事を聞く。
「……きもちいい」
「フフ……そりゃあ良かった」
今回から水底編が始まります。
より一層の捏造が多発しますし、より欲望に忠実に書いていくので振り落とされないようお気を付けください。
落ちても拾わないからな。置いていくぞ。
なおこの話でのDIO氏は終始全裸である。