※この作品はR-18です。

吸血鬼は淫魔の夢を見るか?   作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中

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彼らのエンドロール


第17話

 ──夢を見なくなった。

 

 

 

 水瀬京一郎は篠原敦を手に入れた後、次の目標に迷った。それは道を見失ったという意味ではなく、目の前には多くの選択肢があり、どれから手を付けてやろうかという意味で。そういう意味で、京一郎は舌舐めずりする獣のように貪欲であった。

 

 仕事の方は順調で、信仰まで捧げ始めた部下が増え、ひとりの男の人生としてはまさに絶頂期。帰れば少し物足りないもののすっかり従順になってしまった愛玩動物がいる。

ㅤ過程としては上出来で、京一郎もこれに満足していた。最早道を塞ぐものは何ひとつとしてなかった。もう少し骨のある奴が敵になれば良いものを、とさえ思ったものだ。

ㅤ敵などという上等なものはおらず、容易く踏み潰して踏み躙って道端の石にしてしまうのも、割り砕いて棄てるのも、気紛れに拾って磨いてやるのも彼の自由だ。

 

 邁進する彼は満ちていて、飢えていた。彼はそれ故に更に美しさを増していった。“先輩”は以前、出会った当初は探せば見つかるだろうという印象を受けたが、今はそのような事、口が裂けても言えまい。

ㅤ染められ、磨かれ、高められた。あの静寂の水底で。京一郎は金色の吸血鬼に捧げる事で、彼もまた吸血鬼から与えられた。表社会では得られる筈もない、暴力的なまでに色濃い血の香り。文字通り血を啜り肉を喰らう享楽と、迷妄しながらも至り掛けた神秘の欠片。まるでそれは、ヒトとしての一線を超えてしまったような。

 

 夢の中は確かに停滞していた。かの吸血鬼がいたとて飽きるのも時間の問題かと思っていたので、京一郎にさしたる未練はなかった。眠る度に遠のいていく時間を惜しいと思えども、それならそれで良いと京一郎は頬杖を付いてにこにこと見守っていた。1から育てた肉体は彼を悦ばせたが、なくても別に困らない。きっとかの吸血鬼もそう思っている事だろう、京一郎は夢の中の事を過去の物として記憶の底へ沈めた。

 

 そうだ、と京一郎は近くの部下を呼び止めて、一対指輪を用意するように言い付ける。従順になったペットにはそろそろ首輪とリードを付けようか。外には出さないので周囲のアピールという訳では無い。ならば何故かって、それを見たペットはよりその矮躯を縮めて怖がる事だろうから。籍を入れたりなんなりはしない。めんどうだし、そこまでしてやるには媚が足りない。

 

 秘書が今日の予定を口に出す。……ああ、“先輩”が来るのか。珍しくもアポイントメントがあると。いいね、面白い事が起きそうだ。

 

 

「どう思う?」

「は……どう、とは?」

「本格的に食い込んで、頭から爪先まで毒に浸してしまったら、もっと愉しいかな」

「京一郎様の仰せのままに、我々は貴方様に捧げます」

 

 

 “先輩”はどんな話を持ってくるのだろう? 彼は、彼らは、俺の敵になってくれるのか。それとも腹を見せて降伏してしまうのか。なんだっていい、此方が飼われたとて構わない。この退屈しのぎが続けばいい。楽しませようとしてくれるのであれば、実際が楽しくなくてもいい。

 京一郎は気が長い方なので、待つのも嫌いではなかった。

 

 

 ──そういえば、結局彼に本当の名前を教える事もなかったな。

 

 マア、その程度だったのだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夢を見なくなった。

 

 

 

 それに気付く前にDIOは水底から引き上げられた。久方振りの空を見上げ、周囲を囲む3人の人間を喰らい、DIOは再び蘇った。ぎこちないものの思う通りに動く宿敵の肉体。喉が震えた。身体が戦慄いた。伸びた髪がざわりと逆立つような思いだ。

 吠えるように、哄笑した。

 

 ──“おれの勝ちだ、ジョナサン・ジョースター……ッ!!”

 

 100年の時はあまりにも長過ぎた。あの男がいたので悪くはなかったが、良くもなかった。いつかの日に奴に直接言った、共にいるとこちらの肉が腐敗しそうだというのは本当だ。DIOは自らの停滞は好まない。確かに啓蒙は受けたが、おれは奴のようにはならないと決意さえした。

 

 その後1人の老婆がDIOの元に訪れた。

 拠点は近場であるエジプトとした。DIOに忠誠を誓い、DIOを世界を支配するに値すると崇め、DIOにとある物を見せた。弓と矢。幽波紋というものの存在。

 DIOは自分を崇める者を集め、従え、準備を進める。

 

 

 夢を見なくなったと気付いた。待てども呼ばれず、行こうとも行けず、腹に蟠る疼きを抱えたまま悪態を吐いた。あの色情魔め。

 

 

「エンヤ婆」

「はっ。ここに……」

「夢を操る、或いは魂に干渉するスタンドはあるのか?」

「夢に魂……ふむ、暫し時間を頂ければ、直ぐにでもお探し致しましょう」

「頼めるかね」

「ははぁ!」

 

 

 労力を尽くす意味はあるのか? 奴はただの人間だった。あの白い部屋も奴の力ではなかった。

 それでも尚その価値が、奴にはあるのか? 

 ──奴はこのおれに相応しいか? 

 否。否である。奴はやはり力のない唯の人間だ。

 

 故に──支配する。

 奴の精神、奴の魂、奴の肉体。元より余す事無くアレはおれの物だ。

 奴は夢から解放されておれの存在を過去の物として捨て去っただろう。そうはいくものか。

 

 堕ちろ、堕ちろ、此処まで来い。

 逃してなるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夢を見た。

 

 

 

 キラキラしたものが好きだった。

 

 宝石や星、海。貝殻。ビルから漏れ出る光。古い映像。夕陽。純粋に美しいな、と思ったものは、みんなキラキラして見えた。

 手の中に転がして眺めるのが好きだった。でもそれは“欲しい”という意味ではなくて、時折取り出して目にする事が出来ればそれで良かった。

 

 ごく普通の人間だった。特別優れたものもなく、特別強い野心もなく。──ちょっと変わった趣味はあったかもしれないけれど──それでも枠にピッタリ収まるくらいで。

 

 “「好きだなぁ、と思った事は、大切にしなさい」”って、お母さんの言葉に、子供なりにとても納得して、大きく頷いた記憶がある。

 

 

 人並みに人付き合いして。人並みにアニメや漫画が好きで。人並みに芸能人やカッコイイ男の子に目がいって、キャアキャアはしゃいだりして。

 正直、ここまでハマっちゃうなんて思ってなかった。彼は陰があって、それでも朗らかで、かっこよくて、優しくて。どこか儚げで。危うくて。冷たくて、酷い人。

 

 芸能人のおっかけしてる人ってこんななのかなァ、なんて思いながら、進路希望は話に聞いたあの人の進む学校で。

 別に付き合いたいとか、そういうんじゃなくて。ただもう少し、そばで見ていたかっただけ。

 なりたいものはなかったし、この人はとても頭が良かったけれど、私の頭でも行ける位の学校に通うって聞いたから。多分、いつも隣にいたあの人に合わせたのかな。

 

 近過ぎず、遠くない場所で。廊下とかで擦れ違う程度の場所。……よく考えなくてもストーカー? ……犯罪行為はしてないよ? 本当だよ? 

 

 こんな人が主人公なんだろうなって。色々、女遊びの噂聞いたし。最近流行りの勘違い系とか成り上がり系じゃなくて、この人こそが選ばれたのだっていう、羨望めいたものがあったのかも。でもそれは投影して楽しんでいた訳じゃなくて……うーん、言語化って難しい。

 

 言い方は悪いけど、娯楽だったのかも。見て、楽しんでいた。

 

 影から見ているだけで良かった。彼の周りには常に人がいたし。ああでも、彼自身は周りにあんまり興味がなかったみたい。いつも傍にいるあの人を喜ばせる為に、そういったワルい友達とつるんでいたような気もする。

 

 稀に周りに誰もいない時があって、その時の彼は一番最初に見た時みたいに、透明な水を思わせる、キラキラした星みたいな人のままだったから。

 

 

 大学に通って、彼を目で追って、明日も講義かぁ、課題の提出期日いつだっけ、なんて考える日々。

 ──私が事故に遭うまでは。

 

 死んじゃったのは、偶然。狙った訳じゃない。来世なんて信じてなかった。あったらいいな、面白いな、って程度。

 だからまさか、痛みで閉じた瞼がもう一度開くなんて、思ってもみなかった。

 

 

 自己の証明は、私は記憶だと思う。経験の積み重ねが自身を証明する。赤子が言葉を覚え、周りを見て学び、立って歩けるようになるように。

 私は私のまま、次の私になった。

 

 その世界が前世と“違う”なんて肌で判った。歴史も地理も一緒。多分。詳細なんて覚えてなかったし。

 肉体は変わり、違う環境で育ち、一人の人間になっていく。

 前の私の時より少しだけ昔で、何もかも違うのに、私は私のまま体だけが成長していく。

 

 その時に私は出会ってしまった。

 

 何を見たと思う? ──スタンドバトル! ここはあの世界で、私はスタンド使いだった! 

 ひと通りはしゃいで、出来る事を知って、──魔が差した。

 

 “出来る”と思ったら、“やりたい”と思うのは自然な事でしょう? 

 前世とも呼べるあの世界で最期まで追っていたあの人と、この世界ですきだなぁと思っていた彼。

 “好き”と“好き”が一緒にいるところ、見たいと思わない方がおかしい。

 止める人はいなかった。阻む物はなかった。──ちょっと尻込みする自分はいたけれど。

 もう一度、あの人が見たい。手に取って、掌で転がして、色んな、それこそ見た事のない彼の輝きが見たくて、見たくて! 

 

 だって私は彼を確かに愛していて、本当に、何だって出来ると思っていたから。

 

 嫌いなものも、好きなものも、変わらないまま。

 

 

 

 キラキラしたものが好きだった。

 宝石や星、海。貝殻。ビルから漏れ出る光。古い映像。夕陽。純粋に美しいな、と思ったものは、みんなキラキラして見えた。

 手の中に転がして眺めるのが好きだった。でもそれは“欲しい”という意味ではなくて、時折取り出して目にする事が出来ればそれで良かった。

 

 手の中に転がして見ているだけでよかった。

 そっと箱の中に入れて、眺めているだけで。

 

 

 

 

「ああ、素敵」

 

 

 素敵だけど、一瞬見掛けたあの人は、ちょっと、やっぱり、怖かったから。

 昔の頃なら。スタンドを知らないあの頃なら。

 スタンドを覚える前までだから。

 

 大丈夫、きっと知られないから。だって、世界すら違う夢の中での話でしょう? 

 

 

 

 

 

 

 




これにて水底編は終了。次回エピローグの後、新章。
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