※この作品はR-18です。

吸血鬼は淫魔の夢を見るか?   作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中

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エロあり
彼らのエピローグ



第18話★

 

 

「魂や夢に関するスタンド使い……ですか」

 

 

男はトランプをシャッフルする手を止めて僅かに小首を傾げる。

 

「それは私や弟以外に、という意味で?」

「ああ」

 

そうですね、と男は記憶を探るように瞼を伏せる。

男の名はダニエル・J・ダービー。最近DIOの元に仕えるようになったスタンド使いである。彼のスタンドは古代エジプトの冥界の管理者『オシリス神』の暗示を持つ人型のスタンドだ。対象の心の隙を突いて対象の魂を奪い、コインにする事が出来る力を持つ。

それ即ち、魂を知覚出来るという事。

彼の弟であるテレンス・T・ダービーも似たようなスタンドを持っており、彼の『アトゥム神』は奪った魂を人形に入れて保存できる力だ。

 

「弟はなんと?」

「知らないそうだ」

 

執事として屋敷から出る事はあまりありませんから、と皮肉げに、その屋敷の主であるDIOはそのように聞いた。

 

「夢はともかく、魂……、ああ。確かではありませんが、ひとつ心当たりが」

 

あれはそう……数ヶ月前にイギリスのカジノから帰る途中に、妙な気配がありましたね。

 

「妙な気配?」

「ええ。……私達が人間から魂を抽出する時、心の隙を突く必要があるのはご存知かと」

 

それは、対象が“勝負に敗北した”と心にダメージを負う事。

 

「“あれ”はそれによく似ていましたが───かなり荒っぽい印象は受けましたね」

 

感覚的なものを言語化するのは非常に難しい。ダニエルは所々で言葉を選びながら、ゆったりと口を開く。

 

「あれは……そう。無理矢理眠らせ、無防備にした上で抜き取り、何処かに仕舞い込むような印象だ。私達はコインなり人形なり実体のあるものに変えるないし封じ込めますが……私が魂の気配を感じ取れたのは一瞬だったので……恐らくは……スタンドの中に収めた……のでしょう」

 

多分。

飄々とそう語ったダニエルはシャッフルの済んだカードを5枚差し出す。

 

「何分、ほんの一瞬の事でしたので」

「……いや、十分だ。後は……そうだな。弟の方にでも探させよう」

「フフ。左様で」

 

弟の方は兄に対して、自分は兄より勝っているとコンプレックスを抱いている。ちょっと刺激すればきりきりと働いてくれる事だろう。ダニエルはDIOのその考えに口角を上げながら、止める事無く、自身も5枚のカードを引いた。

 

「私の方でも探してみましょう。……あの近辺は1歩進めば大通りで、人通りもそこそこありましたし。屋外での事なら人目に付く」

 

一戦どうです?

穏やかに微笑むダニエルを鼻で笑い、DIOは無造作にカードを表に返す。

 

「服に仕込んだ仕込みを無くすなら考えなくもない」

 

開かれたカードに刮目したダニエルは笑みを深めて肩を竦める。

 

「お見事」

 

 

DIOはそこで初めてカードに触れたというのに───紛れも無く本気でイカサマを仕掛けたというのに───スペードの10から1までのカード5枚が並べられていた。

 

 

 

 

 

 

「イギリス某所、数ヶ月前。対象は恐らく自身の身を守る為に仕方なく能力を行使したのだと思われます。他に、人間が突如意識を失って以降目覚めないという事例は起きていない事から、顕示欲は薄いものと考えられます」

 

テーブルに置かれた数枚の書類に目を落とす。1枚目は目を閉じている男のマグショットと指名手配と思しき写真が並べられている。

男の名前はジャック・B・ドゥ。凶悪な連続殺人犯で、強盗・強姦・薬物乱用等余罪が見られるが……イギリス某所にて道端で倒れているところを通行人が発見、救急車で病院に搬送、身元の照会にて判明、後医療刑務所へ収監される。現在は目を覚ましており、人が変わったかのように大人しく、暴動など起こさず、粛々と刑務所で過ごしているとか。

 

「犯行の殆どを自白した彼は刑務官の質問に“もうあんな事はごめんだ”とだけ話したようです」

「それで?」

「純粋に魂を扱うだけならば、魂は肉体を離れると徐々に衰弱し死に至る……が、この囚人は意識を失った後はそのような事はなく、ただ眠りについているかのように目覚めず。ある時自然と目を覚ましたと」

 

目覚める前と目覚めた後の間に、“あんな事はごめんだ”と思うような事が起きたという事。

 

「DIO様の仰せの通り、魂、或いは夢を扱うスタンド使いに該当するかと」

「目星は付いているのか?」

「勿論です」

 

テレンスは書類を滑らせ、2枚目を晒す。

 

「ユリコ・テイラー。近辺のマンションに住む女性ですね。当日、ジャックに襲われて返り討ちにした一連の流れが監視カメラに映っていました」

 

因みに通報は彼女自身が行ったもののようです。

 

 

 

 

 

 

某日、夜。

日の暮れた街中のいちマンションの3階。女はいた。

気侭に一人暮らし。配偶者はいない。両親は数年前に事故で他界した。悲しみは時が癒したが、寂しさは女の心をしとしとと濡らしている。それを誤魔化すように、女は趣味にのめり込んでいた。未だパーソナルコンピュータは女の思う時代には至っておらず、少しばかり不便をしているが、ないよりはマシ。早く携帯端末が欲しいし、分厚い鈍器のような起動と読み込みの遅いモニターも進化して欲しいし、某イラストコミュニケーションサービスを覗きたいともだもだしている。最近現れた同人誌を売る会社の新刊が今の彼女の唯一の楽しみである。

 

彼女はスタンド使いだった。素質はそれ程ないが、ひとつの事に掛ける熱意で世界を超して対象の意識を引き寄せ、ひとつの箱に収められる程度には情熱があった。スタンド像が現れ、どんな事が出来るのかを把握した時、その使い方しか頭になかった。彼女は萌えに飢えていて、推しと推しがわちゃわちゃする中で壁か天井になりたいタイプのオタクだった。

 

スタンドの名前は作品での通例に合わせて『ホール・ロッタ・ラブ』、某楽曲より拝借した。和訳は胸いっぱいの愛を。フィルム式の古風なゴツい映写機のスタンドである。

レトロでアンティークなスタンドの中に閉じ込められた対象は、設定されたノルマを達成しなければ外に出られない。その間対象の肉体は眠りについた状態となる為、非常に無防備となる。彼女は数ヶ月前に連続殺人犯に襲われた際、この能力によって反撃したのだ。

 

スタンドに目覚めたといえど彼女は元21世紀日本を生きた一般女性。戦いも、人を殺す覚悟もない彼女は、殺人犯であったとて再起不能にする事も出来ずに、更には安易に救急車を呼んで去るなどしたのだが。

 

碌な隠蔽もせず、自分がした事に“やってしまった”とその時限りに思う程度でしか実感のない状態、且つ日和見な感性により───彼女は今、このような状況に陥っている。

 

 

ぴーん、ぽーん……

 

 

夜半も近く。静けさの増す頃合に鳴り響くチャイム。

彼女は肩を震わせ、首を傾げる。こんな時間に、誰が、何の用で?

怪しみ、警戒し、居留守を使うか迷う。

 

ぴーん、ぽーん……

 

急かすような再びのチャイム。

確実に自分に用があるのだろう。ぎしりと床板を軋ませながら玄関に近寄る。

彼女のスタンドに直接的な戦闘能力はない。だがその能力は、目の前にいる人間なら一瞬の内に無抵抗に出来る。詳細な位置や対象の顔をはじめとする肉体情報の把握さえ出来れば、遠くからでも行使できる。並のスタンド使いでもそうだ。自分はスタンドを衆目で使った事は片手の指より少ないので、前情報すら与えずに先制攻撃を出来る。そもそも、彼女はスタンド使いがこちらを襲ってくる事などないだろうと考えていた。彼女は徹底的に、スタンドを使える事を隠してきたので。

 

ぴーん、ぽーん……

 

「は、はいはい。わかりましたよ……何方ですかー?」

 

ところで、彼女は忘れていた。

この世界の暗黙のルール。スタンド使いが何時の時代も争いの渦中にいる理由。

 

───“スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う”。

 

ドアチェーンを掛けたまま玄関扉開けた途端、彼女の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

目を覚ました彼女は見知らぬベッドの上にいた。

そこは薄暗く、周りはよく見えない。何処かのホテルのような気もする。広く、少し薄ら寒い。

着の身着のまま何処かへと連れ去られたのだと彼女が把握する前に、一人の男が声を掛けた。

 

「目を覚ましましたか」

「っ?!だ、誰……」

「突然の訪問をお許しください。何分、この時間でしか行動出来ず、またあまり衆目のある場所では少し、都合が悪かったもので」

 

彼女からすれば、記憶の端に引っ掛かる声。聞き覚えのある話し方。“人は声から忘れていく”。彼女は咄嗟には思い出せなかった。

 

「此処はお住まいから直ぐ近くのホテルです。ほら、向かいの……そして私は」

 

暗闇からぬっと現れた手が、カーテンを開ける。月明かりが青白く差し込み、男の姿を照らした。

 

「テレンス・T・ダービー、と、申します」

「!!」

 

女は驚愕を押し殺した。

特徴的な、頭に長髪を上に巻いたような髪型。TDというイニシャルのピアス。胸のハートと、独特なスーツ。

彼が現れたという事は。この時間でしか行動出来ないという事は。衆目のある場所では都合が悪いという事は。

まさか、まさか。そういう事なのか?

何故、いつ、どうしてバレたのか。もしかして、いや、それだけで全て特定されるなど!

 

「ほう。知り合いか?ひどく驚いているな」

「ぁ……」

「詳しい話を……聞きたいものだ……キミのその、能力についてもな……」

 

そう耳元で囁くような、甘く響く低い声音。聞き覚えなんてあり過ぎた。

その声が上擦り、息遣い荒く、甘美に咽び泣くのを、女は知っていた。何ならその声が余裕無く“彼”を抱き、艶やかに鳴かせるところまで知っている。

 

ならば、そうなのだ。だから彼らは此処に来たのだ。……嗚呼。

 

女は、そう。

しめやかに、己の命運が尽きた事を悟ったのである。

 

 

 

「……も」

「も?」

 

 

 

 

「申し訳ッッ!!御座いませんでしたァァァッッッ!!!!」

 

 

 

 

ベッドの上で五体投地する女に呆気に取られるテレンスとDIO。

 

「つい、つい魔が差しましてェ!!!己の欲望の侭にスタンド能力を使いましたァァ!!!!1度使ったら止まらなくなっちゃいましたァアア!!!もうしませんし何なら色々と協力ならしますんで拷問死だけはご勘弁をォォオオ!!!!」

 

流れるようなジャバニーズ土下座。そして命乞い。

静寂をブチ破る絶叫に耳をキーンとさせながら、DIOはそこから離れて自分の執事の近くに寄る。

DIOはあんまり見ないタイプの女にちょっと引いた。そらそう。この女、時代を先取りし過ぎた擬態のできる少数派オタクという未知の生物なので。

 

「死んで産まれて外国だし、それでも今世で生きようって頑張ってたら両親死んじゃうし、寂しくなって止まんなくなるし職場はブラックだし推しはいないし作品は少ないしそもそも媒体自体良くないし推しより歳上って精神に超クる……同人作品自体がないなら自分で書こうってしたら本棚埋まったしどっかに投稿しようかと思ったけどバタフライエフェクトで神作品が出なくなったらと思ったら出来ないしそんなんあったら首吊る……そもそも二次創作とかの投稿サイトすらない……オワタ……黎明期以前の問題……」

 

そのままシーツの上でしくしく泣き始める女に思わずDIOはテレンスの顔を見る。テレンスは静かに首を振った。手遅れです。

 

「アー……ミス・テイラー?」

「は、はい!なんでしょうか!!」

 

やけっぱちな様子で顔を上げた女に疲れたような溜息を吐いて、改めて向き合うDIO。

 

 

 

 

 

 

「───つまり、キミは前世と呼ばれる生で死に、記憶を持ったままユリコ・テイラーとして生まれたと」

 

女……ユリコはその通りですと罪人のように身を縮ませながら言った。

 

「その前世に読んだ漫画が、この世界だと」

「はい。前世ではスタンドなんてなかったですし、何より……その、」

「……私たちの存在がその証明である、と」

「はい……」

 

つまり、異世界とこの世界を、たったちっぽけなスタンド一機で繋いでいたと、この女は言うのだ。

にわかに信じ難い。それ程のスタンドパワーをこれには感じなかった。

テレンスに目を向ければ、彼は確かに首を振る。彼のスタンド『アトゥム神』は魂を使うスタンド。魂の状態を見る事で2択で答えられる質問の正確な答えを引き摺り出せる。嘘を判別出来るのだ。……彼女に嘘は、無い。

 

「つまり広義的に言えば、……キミは未来が分かるんだね?」

 

身を強ばらせたユリコは唇をキツく噛み締め、……ここで初めて、強い眼差しでDIOを直視した。

 

「それだけは、言いません」

「……なんだと?」

「未来について、私に言える事はありません」

 

その睥睨に抗うように、女は掌を握り締め、背筋を伸ばし、真っ直ぐとDIOを見つめる。恐れに汗が止まらなくても、涙で視界が霞んでも、決して。

 

「私は他の命まで背負えない。それ程の覚悟はない。変える勇気もない。だからこれまでずっと、傍観を選んだ。無関心を選んだ。絶対に言えません。私はあなたの絶対的な味方にはなれません。けれど、あなたの敵の味方になるつもりも、ありません。私は変えられない。それをして、失う筈ではなかった命まで消えてしまったら、私は私を許せない。それをするくらいなら此処で死にます。───『ホール・ロッタ・ラブ!!』」

 

戦闘能力が無いと言ったその口でそのスタンドを呼んだ女。背後に立つテレンスが戦闘態勢に入り、『アトゥム神』を呼ぶ。

片手を上げてそれを制した。

じっと、DIOは女の黒い目を見下ろす。覗き込む。右手で女の首を掴み、爪を食い込ませ……───尚、女は視線を逸らさずにDIOを睨む。……恐怖で身が悴んで、尚も。

 

「───……」

「こ、殺すなら……!せめて痛みなくお願いしますッッ!!!」

「……ふん」

 

DIOはその手を離す。……何とも気が削がれる女だった。

 

「キミにはまだ利用価値がある。私はそれが目的だから……殺しはしないさ……まだ、な」

「ヒョェ……」

 

 

 

 

 

ユリコの言い分は一先ず据え置かれた。そもそも、DIOはあまり未来だの予言だのに興味はなかった。道というのは自らの脚で敷いて行くもの。先を知る事のメリットはあれどイマイチ唆られない。知りたければ色々と知った後に肉の芽でも埋めれば良いのだ。

 

あと、あまり良い気はしないものだ。漫画の自分達を娯楽として鑑賞されるというのは。彼女の言う“一部”……自身の過去の事など、はぐらかされずに知った気で告げられた時には、首を握り潰す程度で済ませられる気がしなかった。

 

「それで……スタンドの中に私を閉じ込めた件だが……」

「申し訳ございませんんんん……!!」

「謝罪はいい。今も“出来る”のか?」

「えっっ、あっ、はい、デキマス」

 

ユリコは不思議そうに頷く。

 

「それは、“奴”にも?」

「あ、あの人にも……?ええと、うーん……ちょっと待ってください」

 

困ったように眉根を下げたユリコは自らのスタンドに手を触れ、目を閉じる。

 

「あー……やっぱりちょっと遠い……彼、前に比べてこっちに意識が向いてないような……届くかなぁ……」

 

ひと息吐いたユリコはDIOに向き直る。

 

「ええと、一度掴んだ意識……というか魂は紐付けられた状態で……こう、糸が繋がっている状態です。設定したノルマを達成出来たら身体に戻れるようにそうなってるんですね。一時期暴走して部屋が開きっぱなし(スタンド像が消せないよう)になってた時はあるんですけど……まあさておき。一応制御が届いたのは届いたんですけど、強制的に連れてくるには物理的に遠いので、それは無理そうなんですよ。今の彼、物凄く魂を引き止める力……引力の強度してて、引っ張ったら糸の方が切れそうなんですよね……」

 

それを出来るようにしていたのが、この女だ。

ジャパニーズは危機感が無いのか、真剣にしてはいるが必死ではない。DIOはそう判断した。

が、女は最早命を捨てる覚悟を決めている。ともなれば……鞭ではなく、飴をぶら下げてやる方がいいか。

女の望みなど決まっている。女が今までこの世界と奴を繋げた原動力。

 

 

「ユリコ」

「はぇ……な、なんでしょう?」

「奴をあの部屋に呼ぶ事が出来たら……キミの要望に応えよう」

「よう、ぼう?」

「例えば───」

 

耳元に口を寄せる。

 

「───キミの望むシチュエーションで……奴が私を犯すか……私が奴を犯すか……キミが決めていい」

「───?!?!?!」

「どんなものでも許そうじゃあないか。部屋を作るには脱出の条件設定の必要があるんだろう?」

 

息を詰めたユリコは内心、天国と地獄を味わっていた。

推しに何でもしてやるよとリクエストを出すよう言われ、実際にそれを見せてくれるという天国。推しに自分の性癖を言えと言われる地獄。というか最早推しに認知されている現状がヤベーのでは?ここに来てユリコ、現実逃避から意識が戻ってきそうなのである。

 

見たくない知らないままでいたい地獄(理性)と齧り付いてでも見たい天国(本能)。どちらを選ぶかなど決まり切っていた。

 

女は1度死んだ事で、自分の命の重さを測りかねていた。今世はボーナスタイム然り、好きな事を好きなだけして終われるなら、今終わったっていい、が根底にあったのである。

 

「はわわわ、ま、マジで?いいの?本人御公認……?!ちょっと誤てば地獄だがこれは……、……、……3分お待ちください」

 

オタクに餌を投げたらそらそうなる。捏ねくり回して魔改造までが日本人の性。輸入した料理を魔改造して外国に輸出したりする。歴史の偉人すら美少女になる。そもそも母国語自体が外国から輸入し魔改造された結果なのである。

やっちまったかなーとDIOは思ったが、それでやる気を出したなら別にそれはそれで。

 

 

「では行きます」

 

 

生命力から捻り出してでも、という気概のユリコはスタンド像に手を当てる。

目を瞑ったDIOは、自身の体から抜け出るような感覚を覚えた後……一瞬の暗転。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

白い部屋は変わらずそこにあった。

戸棚に、広いベッド。テーブルにソファー。端に佇む映写機。

開かずの白い扉、その前に、男は立っていた。

 

「……ん、久し振りに呼ばれたようだけれど」

 

いつもの茫洋とした目で、蕩けたように艶やかな微笑みを乗せた、美しい男。

 

「元気そうだね、少年」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

DIOは口を開かずにいた。目の前にいる男は変わらず美しかった。潜在していたそれが表に出た事で、目に見える形で現れていた。

 

「どうかした?……怒っているのか」

 

眉間に寄った皺に触れようとする手を掴んで引き寄せる。

 

「少年?」

「夢を見なくなってから」

「うん」

「貴様はおれを諦めたな」

「……」

 

目を見開いた男は沈黙を返す。それが肯定を示す事が如実に分かり、DIOは怒りに任せて胸倉を掴んだ。

 

「少年は……俺を過去にはしなかったんだな」

 

掴まれた胸倉など気にもせず、純粋に驚いた様子で男は独り言のように零す。

 

「何故?所詮は夢の中でだけしか会えない存在なのに」

 

何故?何故かだと?

 

「貴様、何年おれの夢に現れたと思っている?」

 

100年だ。100年もの間、おれの夢の中に、おれの精神に、おれの魂に。浅い傷を付け続けたと分かっているのか。

許されない事だ。DIOの過去を、人間という弱者であった頃を知る、今は唯一の存在がこの男だ。

 

「おれはお前を許さない」

「……困ったな。どうしたら許してくれる?」

 

DIOははくりと声にならない言葉を形作り、頭を振る。

 

「これが最後のチャンスだ」

 

もう二度とこの夢には来ない。来れなくなるだろう。

……残念だ、などという言葉だけでは許せない。慰めにもならない。

お前も傷付けばいい。おれのように。

深く刻み付けてやりたい。

 

 

「……抱けよ」

 

 

 

 

 

 

今まで。性欲処理と言わんばかりに互いを貪り合っていたものだが、口付けて身体に触れ、緩く性感を刺激するような戯れは初めの時以降なかった。

いつかの日に興奮して牙で裂いた先の割れた舌に、DIOは自身のそれを絡めて吸い付く。視線を合わせ、確かめるように目を伏せて、1枚ずつ服を床に落とし、ベッドになだれ込む。

男は眉根を下げて仕方ないといった様子で、いつも浮かべていた笑みを服と共に擦り落とした。

 

押し倒されるままに横たわる男にDIOは唇を合わせたまま、じっとその黒い瞳を覗き込む。男もまた、DIOの瞳を見つめている。

男の掌がDIOの背中を撫で、太腿を這う。DIOの掌が男の胸板から腹筋まで撫で上げる。

まるで会話でもしているようだ、と。ふと思う。静かな水底でほつりほつりと、思い出したかのように交わされるそれに似た戯れだ。繊細で、ささやかで、水の中を掻き分けて泳ぐように緩慢に。

強請るかのようにDIOが男の唇に吸い付いて先を促す。

 

伺い立てるように縁を這い、濡れた指が入り込む感覚。もうこの感覚に慣れ、声を漏らす事もなくなった。吐息と、舌が滑る音、心臓の鼓動と身動ぎしかない空間で、どこか遠くの方で泡が立ちのぼる音がした気がした。

 

「は、……ん、」

 

指が一点を押し上げたのには流石にひくりと喉を揺らした。男の首筋に顔を擦り寄せ、どくどくと脈打つそこに唇を落とす。

背中に置かれていた男の手がDIOの髪を掻き分けて耳を擽って悪戯すれば、嫌がるようにDIOが男の首筋を牙で辿った。

 

 

 

 

「あ、ふ……っ!ふ、ゥア……っ!」

「……ふ。声、出していいよ」

 

ぐっと息を詰めて首を横に振るDIOの耳元で男は囁く。

 

「俺がおまえの声が聞きたい」

 

身体を起こして掻き抱くように抱えた男は柔くDIOの頭を撫ぜた。

 

「ぁくゥっ!は、ナミセ、ッ」

「いいよ」

「……っっ、」

 

男の背に腕を回して、DIOは男に身を任せる。

静寂を破り難かった。全て晒すのに抵抗があった。男は一段と精神が常人から遠ざかった印象を受けたのだ。だが、男は男のままだった。促すように、許すように、DIOの耳に囁かれてしまえば……もう、駄目だった。

 

「は、ァあッ!あっ、あ、アッ!ナミセ、ナミセ……っ!」

 

突き上げる度にDIOの身体に、脳に、痺れを伴う快感が走り回る。身体を縮めて男に縋りながら、譫言のように男の名を呼ぶ。外面も、躊躇いも、何もかも剥ぎ取られてあえやかに浸る様を、男はふと緩んだ眦で見ていた。

 

「ァ、や゙ァっ……深、ぃ゙……~っ!」

「っ……押さえ付けられて奥を突き上げられるの、好きだったよな」

「あぐっ……?!ァは、手、離……っあ゙、ッッ……!!」

 

脚と腰を掴まれたままの律動に堪らず身体を揺らして嫌がるも途端に力が抜けて好きにされてしまう。

 

「ぁひ、や、いく、だめ、ぁうっ!ァ、や……、!」

「……長く続けたいからまだイきたくない?」

「……、……ん」

「吸血鬼の体力相手じゃあ俺の方がもたねぇよ」

 

男は小さく笑いながらいつかの日のようにDIOの目尻に唇を落とす。それに眉間に皺を寄せたDIOが男の顎を掴んで唇に噛み付く。

 

「するなら口にしろ、」

「フフ……わかったよ」

 

男は彼にそう言わせたくて態と口以外の場所にキスをしている。男がDIOの手首を掴んで引き、体勢を入れ替え彼をベッドに押し倒した。

 

「っっ……」

「動くよ」

 

DIOの脚を肩に掛け、身体を寄せるように上体を倒した男は挿入を深めていく。

 

「あ、あ、ぁ……!!」

「くふ。夢を見なくなったという事は、海の底から上がったんだろう?シなかったのか?敏感で可愛いね」

「うるさい黙ってしろ、ふ、あァ、!!」

 

肉襞を掻き分けて奥まで、上から突き入るように挿入れられれば、DIOは堪らず喉を晒してうち震える。晒された喉に口付けられ、ひくりと喉仏が上下した。

身体を丸める形で足を開き、圧迫されるように抉られるのが、屈辱的でありながらも酷く興奮する。DIOは初めは嫌がったが、押し潰されるかのようなより密着する体勢に、自らも首裏に腕を回すくらいには受け入れた。

 

「ぁあ、や゙、あ゙あアッ!!それ、やめ゙、奥抉れゥ、!」

「ああ、気持ちいいなあ?腹を押さえたらもっとイイよ」

「あグッ?!」

 

そうして下腹当たりを掌で圧迫されながら引き抜かれ、DIOの宙に浮いた爪先がぎゅう、と空を掴む。

口角を吊り上げた男の心底愉しそうな笑みとナカで感じる男の猛ったペニスの形と、その双方にひどく悶えてしまって、あまりの羞恥と屈辱にDIOは憤死しそうだった。それすらも気持ちが良いのだから、もうどうしようもない。

 

「んぁあ゙あ゙!!ぁ゙、い、く、イく、ゥ、……ッ!」

「イっていいよ、ッ」

「あ゙、は、ッッーーーーっ!!」

 

上体をシーツに押し付け、背中を反らし。

どん、とDIOの踵が男の背を殴る。

 

「……悪い足だ」

「ぁ、は……ッ」

 

霞んだような男の目に、ぎらりとした色が差す。

 

 

 

 

「ァお゙っ!?ぉ、あああ゙ッ!!ゃ、やら゙、やだ、それやだァ゙、あ゙あ゙ああっっ!!」

 

仰向けにさせ片足に跨り、もう片足を抱くように掴み上げ。そのまま容赦無く腰を打ち付ける。

所謂松葉崩しはDIOが苦手とする体位だった。入口から奥までのストロークとなだれ込むような快感に息も絶え絶えになる。逃げようとも逃げられず、快楽を何処にも逃がせないのだ。寧ろ逃げようとする事で腰がくねって余計に気持ちよくなってしまうので、与えられる快楽に耐えるしかなくなる。

けれどDIOが1番嫌なのは、ピストンの度に当たり破裂音を奏でるような臀への衝撃すら心地好いと思えて来た、自分の物になった筈の肉体の制御不能さなのだが。

目を見開き、艶やかな金の髪が律動の度に波打った。

クッションを握り締めて顔を埋めながらも嬌声を止められないDIOに追い打ちを掛けるように、男はクッションを取り上げようと手を掛ける。

 

「しょーぅねん。顔見せて」

「ッ、ッ!」

「嫌々しないで、ほら。早く見せろよ」

 

ぎちりとクッションが引き裂けそうな音を立てる。吸血鬼の豪腕に力いっぱい握られたクッションが悲鳴を上げている。

 

「……ディオ」

 

促すように呼ばれた名前。

深く荒い息遣いをしながら、DIOはゆっくりと腕の力を抜いた。

 

「かわいいね、キスしようか」

 

男の背筋にぞくぞくと嗜虐が這い登る。

汗の伝うこめかみ。涙に潤み赤く染った眦。弱ったかのように八の字に寄せられた眉。戦慄く厚く色の薄い唇、隙間から覗く真珠のような牙と、赤く絖る舌。

キスを誘えば途端にクッションを手放すいじらしさが、何処かネコ科の動物じみていて愛らしい。

 

「ちゃんと俺を見て、イって、その顔見せて」

「……くそやろう」

「俺が欲しかったんだろう?夢から醒められても、俺を夢に引き摺り落として、夢に見るくらいに」

 

……はくり、と、DIOの口が物言いたげに形を作る。

おれが欲しいのはお前から得られる快楽だけではない。お前という存在自体が欲しいのに、お前は何故分からない?

分かっていながらそのように言うのなら、おれはお前を殺してやりたい。

 

お前は結局、おれをどうとも思っていないのか。

 

「……、泣くなよ。意地悪して悪かった」

 

快感による生理的なものではない、感情の乗った落涙に、男は眉根を下げて目を細める。

 

「許さない」

「ディオ、」

 

DIOの腕が男の頭を引き寄せる。

震える唇が柔く重ねられ、息がかかる程の、開かれた瞳の色すらぼやける程の近さのまま。

 

「それなら全部捨てておれの物になれよ、ッ」

「……───」

「……ぁ、」

 

ふと顔を離して背けた為に、男が何処か呆気に取られたような、茫然としたような表情を浮かべていたのを知らず、DIOは自身の言葉を後悔した。惨めで女々しい。……そのように誘うつもりはなかったのだ。

もっと、奴の方から、自分の物になりたいと、そう言わせるつもりだった。……奴があまりにも、自分をそのように見ないから。

 

「……悪い、」

「やめろ。惨めにな───か、はッ!?」

「先に謝っとく」

 

荒々しくベッドに押し倒され、驚く暇もなく奥に突き込まれた熱に身体がシーツの海に溺れる。

 

「ッッ何しやが、」

「……可愛いなおまえ」

 

───壮絶な笑みだった。

見た事もないくらいに荒々しく、獣の笑みを思わせる程に口角を引き攣らせ、頬を紅潮させ、見開いた瞳孔が収縮している。

思わずDIOは胎を疼かせてしまった。それ程に、目の前の雄は魅力的に見えたのだ。

 

───先程の謝罪は、今からする事の謝罪でしか無かった。

 

「は、はははッ!なんだよ、おまえそんなに愛らしかったか?どうして今までそれを見せなかった?いや、魂が抜けたかと思ったぞ。魂消たってこういうのを言うんだなア」

「ァがッ?!やめ、なん……っぁゔッ!!」

「ふは。……まだ始めたばっかりだろ?」

 

恍惚としていた。紛れも無く人を殺しかねない程の熱情(殺意)だった。それこそ、彼の1番に対する執着を優に超えてしまう程の、そこまでの衝動。決して酔う事のなかった男が、醜く本性を剥き出しにして、大口で哄笑っている。

獲物を見る目だ。初めて男がDIOに焦点を合わせたかような、真っ直ぐに歪んだ目だった。

 

───見られている。醜態も、痴態も、何もかも。

ぞくりと走った何かを、……快感だとは認めたくない。認めたくないのに、身体が熱を持って、息が荒くなる。欲情、していた。見られている事に、たまらなく興奮していた。

 

「そんなにも俺が欲しかったのか、おまえ。行き刷りの、性欲処理役じゃあなくて?俺そのものが欲しかったのかっ!?ちっぽけで惰弱で愚かな醜い人間いっぴきをっ?!」

「───あああ゙あ゙ッッ?!!とま、とまれ゙、やめ、や゙らぁ゙ぁッッ♡!!やめで、とまっ、っっ~~~~あ゙ああっっ♡♡!!!」

 

限界まで脚を開かされ、閉じた奥を抉じ開けんばかりにばちゅんと叩き付けられ、DIOは堪らず絶叫する。

ぐちゅん、ごりゅ、と窄まりを剛直が貫く。

襞で扱くように男根が抜かれてごりゅごりゅと角度を変えて抉られる度に、身体が玩具のように跳ね回った。頭の中で火花が散る。普通に抱かれるのだって、あんなに気持ちが良かったのに、この快楽は嫌だと思った。激しくて、許容量を容易く超過してしまう。自我も身体も全て、男に犯されていく。

 

「あ、あぁぁ……ッ♡だめ、頭チカチカする、なみせ、だめ、まっで、ぁう、ふぅ、ぅ~~~……ッッ♡!!」

「あは。そういえば確かに、水底でも、人を辞める前も、おまえの俺を見る目は幼少期から変わらず“そう”だったなア?なんだ、俺が節穴だっただけかよ。ホント、悪かったなァ少年。余所見してばっかで、おまえをちゃんと見ていなかったッ!」

「ひっ?!んあぁ゙ッ♡!!とまっで、とまぇ゙っで言っで、ッッんぉ、あァ……っ♡♡!!!」

 

男の言葉が耳に入って、言葉を返(罵倒し否定)したいのに、他でもない男に与えられる快楽の所為で何もかもがイカレていった。貫かれて満ちるのも抜かれて切なさに疼くのも、心地好くて。加速度的に絶頂が重なって発狂しそうで、吸血鬼の頑強さ故に残った精神が理性を手放させずにダイレクトに脳を麻痺させる。

最早何度イったかも分からない。男の与えてくる快楽に弱い身体は瞬く間に絶頂を繰り返す。扱かれ先を抉られてペニスから精液が溢れ、何度となく腹の上を塗り潰し。興奮に勃起した乳首を爪で引っ掻かれ、抓り上げては柔く撫でられ。耳穴を舌で嬲られて、ねちねちと水音にも過敏になった触感にも犯され。視界が明滅してはその度に脳が絶頂を訴えた。幸福が脳の奥からびしゃびしゃと溢れている。

 

ここまで来るとDIOは最早必死で、外面など気にしている場合ではなくなる。溺死寸前のように大きく口腔を晒して、獣のように目を細めた男に舌を食まれる。フェラでもするかのように舌先に触れ、咥えて、啜るようにじぅじぅと吸われでもしたら、唾液も涙も滴らせたまま痙攣し、浸るしかなくなる。

 

「あ゙、あ゙っ♡♡だめ、ひゅぐっ♡♡?!ぁ゙~〜~っ♡♡?!まぇ゙、いじるのやめ、ェ゙、扱くのだめっていっでぅ、あぐぅぅ゙ッ♡♡!」

 

滔々と口を動かしながらも身体が何度も性感を抉るのに逆恨みのような怒りを抱くも直ぐに掻き消える。

過去の自分を暴かれる羞恥も、“見られている”快感も、何もかも白く塗り潰されていく。

 

それを嘲笑うように、男はDIOの理性を叩き起こすかのように言葉を列ねて悪魔のように美しく微笑むのだ。

 

「嫌悪?羨望?憧憬?共感?厭忌もあったよな。おまえはおれの停滞を理解しなかった!おまえは決して俺を1番にしなかったが、おまえは確かに俺を愛していた!」

「ッッやめろ、言うな゙、ぁ!!……っくそ、このクソ野郎っっ!!屑が、マヌケ、ぁはっ♡♡ぁ、ヘドロのような性悪め、!ッもう言うな、暴くな……ぅゔッ!やめろォ゙……ッは、ァう、やだ、やらァっ!あひ、ぅああ、っ♡!!や、も゙、イく、イくッッ、ッあ゙ぁぁ゙ああぁぁぁ♡♡!!!」

 

羞恥でどうにかなりそうだった。

身体が痙攣して、与えられる快感が恋しくて、愛おしくて、胸がきゅうと痛む。勝手に奥が開いて、貫かれて、瞳がぐるりと裏返る。

 

「っ、ふは……ッ!奥に出すから呑み込めよ、ディオ!」

「お゙、ーーーーッッ♡♡♡!!!」

 

どくどくとナカに溢れる精液の感覚(味)すら覚えさせられ、前以上に快楽に浸されていた。身体だけでなく脳髄にまで、咥え込むのは気持ちのいい事だと教え込まれて。

 

「ッッかはっ♡♡ぁ、はーー……っ♡はーーー……っ♡♡ひゃら、ァァ、?!あああぁぁっ♡♡!!」

「精液を吸収する(呑む)感覚でも、イくのか?……ふふ、!おまえ、本当に淫乱だなア?」

「ッ!き、さまッ、!っの、死ね……ッ、あ、やめろ、今触るな変態野郎ッ、ァお゙、乳首コリコリやめ、ぇ~~っ♡♡!!ひびくぅッッ……♡♡」

「俺だけに“そう”なのか?どうなんだ、嘘を吐いても分かるぞ?」

「知るか、ァ、屑め、ッ♡♡!!ぁお゙♡♡!?だから触るな、てぇ゙……っ!」

 

余すところなく絶頂の快感に溺死させられた。

……とける、おちる。

 

「なみせ、ぇ……♡♡」

「いいこ」

「あぅ゙……♡♡な、みせ、腹の奥っ……疼く、ゥ……ッ♡さっさと動け、よ、ッ♡」

「ふは……!今度は恥ずかしいのでもイけるようにしてやろうな」

 

 

 

 

 

 

DIOの意識が浮上したのはそれから数分も経たずの内に。舌にぬるりとした血の香る感触と、ナカに馴染んだかのように挿入れられたままの異物感。

 

「気が付いた?」

 

何度か腫れぼったい気のする瞼で瞬きし、一先ずDIOは目の前の男を殴った。

 

「いっった……」

「下衆野郎が……」

「ん、ふふ。このまま終われるとでも?」

 

血の混じる唾液を手の甲で拭いながら身動きするも、途端に走る快感に息を詰める。

 

「なア、アレ、もう一度言ってくれる?」

「……無理矢理暴いておいて、言うに事欠いてもう一度だと?」

 

デリカシーの欠片もないクソ野郎だと改めて思いながらぎろりとDIOは男を睨み付ける。

 

「おれはもう言わん」

「じゃア、俺から言うか」

 

男は機嫌良さげにDIOの頬を指で撫でる。

 

「おまえの1番が俺でないように、俺の1番はおまえではないけれど。───俺はお前を愛している。全部捨ててやるよ。俺の全部、おまえのものだ」

「……」

 

 

最低な状況といい、最低な台詞といい、クソ程最低な告白があったものだ。

DIOはそう吐き捨てながら、男の口付けを目を閉じて受け入れた。

 

 

 

 

 

「抜け。次はおれが上だ」

「……今の状況で言う?」

 

DIOが指差した方向に目をやると、映写機が壁に文字を映し出している。

 

 

“ボトムを前後不覚にしないと出られない部屋(攻守交替制)”

 

 

 

「……本気か?」

「正気ではないだろうなァ」

 

 

 

 

 

「……その前にひとつだけ言ってなかった事があるんだけど」

「……まだ何かあるのか」

「ウン。実はナミセって偽名なんだよな」

「……」

「いっっってえ?!?!そんなマジで殴る?!?!」

 

 

 

 

 

でも俺はおまえにナミセって言われるのが好きだから、今更だと思うんなら俺はもうナミセでいいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、おまえの物になるのはいいけど、どうやったらそっちで目覚められるんだ?」

 

噛み跡、手跡塗れの身体を起こして欠伸をひとつ。

ナミセ改め水瀬京一郎は紫煙を燻らせる。傍らのゴミ箱にはぽつんと無造作に指輪が投げられている。

代わりと言わんばかりに深く噛み跡が薬指に刻まれて、未だ血が流れていた。

 

「……おい、ユリコ。見ているな」

「ユリコ……?」

『───は、はい、見てますゥ……』

 

何処からか聞こえてきた女の声に京一郎が目を見張る。

 

「んー?……嗚呼なるほど。キミが視線の主かな」

『ヒィィ推しに認知されてた……』

「ンふふ……楽しかったかい、私達のセックスの見学は」

『ごめんなさい(白目)』

「いいよ。興奮したしね」

『ヒエェ推しがこんなにもR-18ィィ……!!』

 

DIOとユリコによる経緯の説明に目を瞬かせながらも呑み込んで、その能力によりこの白い部屋が構築されているならば信じる他ないと京一郎は頷く。

 

『ち、ちなみに……水瀬くんは漫画とか……読んでるタイプ……?』

「友人や部下に勧められたものは読んでるね。幼少期は娯楽品も決められていたから、その頃のものは殆ど知らない」

『唐突なる闇ィ……』

 

何処か安心したようにユリコが息を吐く。……成程、未来の出来事を自分が知っているか確かめたかったのか、と京一郎は頷く。

 

「少なくともキミの言うそっちの世界の未来は知らないよ」

『そ、そう……』

「……本題に入る」

 

───京一郎がDIOのいる世界で生きるには、魂の波長に合う肉体を用意する必要がある。

 

「出来うる事ならばスタンド使いの肉体が望ましい」

「俺にスタンド使いになって欲しいが、作られた肉体がそれに値するかは定かではないから、か?」

『……精神的な素養は……ありそう……』

 

スタンドを操るには闘争心が必要だといわれている。スタンド使いを人工的に作る弓と矢というものがあるが、適応出来ずに死ぬ人間も多くいる。先天的にスタンド使いとして生まれる人間もいるが。

 

「そもそもの話、魂の波長なんて見えない要素をどうやって判別する?外にいる魂を剥奪出来るスタンド使いの兄弟に用意させるのか?」

『オービ……ごほんごほん。ダービー兄弟でも波長を見るのは難しいんじゃないです?直接水瀬くんを見た訳でもないですし……』

「じゃあキミが探すって事になりそうだね」

『やっぱりぃ?!』

 

DIOの事なので、ユリコは逃げられないだろう。外には見張りがついている筈だ。

 

『……それって、私が選んだ人が死ぬって……事ですよね……』

「……チッ」

 

DIOが面倒臭そうに舌打ちする。ユリコは自身が切っ掛けで他者の命が失われる事に忌避を覚えているのだ。

 

「……ユリコさんは私の事、人の死を疎むような人間だと思ってる?」

『え……、その、……いいえ』

「うん。私が肉体を得てそちらの世界に行ったとして、人死が増える可能性もあるし、それこそ漫画の内容に背いてシナリオを壊してしまって、キミの思う最悪な未来に至る可能性だってある。それに関してはどう思っているのかな」

『……』

 

暫く考え込むようにユリコは沈黙を返す。

 

『……言いたい事はわかります。私は、私が要因で人が死ぬのが嫌なのは、人に責められたくないからだって。分かってるんです。私が何もしなくても、DIO様達は人を殺します。私はそれを止めようともしないんですよ?私は私の所為で人が死んだんだって言われて責められるのが嫌なだけの、唯の偽善者。原作を伝えたくないのだって、お前の所為で世界が滅んだんだって責められるのが嫌だっていう、それだけ。滅んだ世界を目の当たりにして、ちっぽけな私が耐えられないだけ』

 

「……マア例え私がキミが切っ掛けでそっちの世界で何をしたとしても、私だけの責任だけどね」

『……そう、なりますか、?』

 

「切っ掛けは切っ掛けでしかないと私は思うよ。人生どうにもならない時はある。キミが静かに暮らしてたって、殺人犯に出会って反撃せざるを得なかった時のように。キミが事故に遭った時のように。……未来ってのは枝分かれして然るべきだ。パラレルワールドって知っているかな。キミの言う原作準拠の世界があるだろう、キミが生まれたその世界があるだろう、私が生きるあの世界だってあった。全て同じものだよ。ただキミには、そのひとつを窺い知れる方法があったというだけ」

 

疲れる生き方してるなあと京一郎はのんびりと紫煙を吐いた。

 

「けれどそうやって生きるキミは一般的で、人として正しい。他者からの悪意が怖いのは、可笑しい事じゃあない。滅びの未来を避けようと危険を忌避するのは、生き物として当然の事」

『……うん』

「……まだ不安?」

『ちょっとだけ。……私、私ね。水瀬くんの事好きです』

 

じとりとその目が京一郎を見遣る。

 

「うん」

『好きなものは大切にしないといけないんですよね』

「大切にしたいと思うなら、ね」

『……生まれ直して。今の私は、前の人生のオマケみたいな感じだって思って生きてきたんです。子供の時からちゃんと勉強した方がいいっていうのも理解してて、人付き合いとかのマニュアルがあって、順風満帆って。前の人生じゃ飲めなかったお酒も飲めるようになって。外国旅行だって行けて。……、……水瀬くん。水瀬、京一郎くん。私の最初で最後の、大切な恋(好きなヒト)。……嫌じゃなかったら、私の人生のその先を、あなたが歩いてください』

 

私はこの世界を歩くの、ちょっと疲れちゃいました。

知らない人だろう私に言葉を尽くしてくれて。迷惑も、掛けちゃって。今の私の孤独を癒して、励ましてくれた。

 

『あなたの為になら死んだっていい。……なんて、多分、水瀬くんは聞き飽きてる言葉かな』

「……。……フフ、どうだろうね?」

『はー。ホントに推しは身体に良いわ~。多分そのうち癌にも効くようになる』

「……預けてくれてありがとう、ユリコさん……ああいや。

ㅤ……荒牧 楓さん」

『!!』

 

図書館でこっそりこちらを窺っていた記憶があるのを京一郎は思い出した。

 

『……久し振りに聞きました、自分の名前』

「そっか」

『やっぱり私、前世に全部置いてきてたんだなぁ……』

 

少し啜り泣くような声がして、気拙そうにもういいですよDIO様~……とユリコの声が響く。

 

「……はァ」

『ひぇ……推しの呆れの溜息ィ……めんどくさくてごめんなさぁい……』

「もういい。出来るんだろうな?」

『えっと、魂の方を肉体に寄せる形でなら出来ます。向こうの世界にある魂の尾を切るのと同時進行で調節するんですけど……水瀬くんの姿形をイメージまでってなるとちょっと大変で……』

「……うん?」

 

『このままだと私の姿in水瀬くんになってしまうというか……』

 

なので、おふたりには水瀬くんのイメージしてもらって、部屋内部のイメージ構築作用と肉体へのフィードバックというスタンド能力の特性を利用した形でやります。肉体を作り替える訳ですから、魂が移った後はちゃめちゃに痛いので、覚悟しておいてください、ね。

 

『ほら……水瀬くんの身体なんて……ね?DIO様……理解ってますもん、ね?水瀬くんも知らないあんなとこやこんなとこまで……』

「えっち♡」

『ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙!!!』

「茶番は大概にしろ。……ジャパニーズはこんなのばかりなのか?」

『熱い風評被害』

 

ユリコは単に吹っ切れているからで、京一郎はそれに悪ノリしただけである。

 

『それじゃあ、準備が出来たら───』

 

 

 

 

 

 

 

スタンドの能力によるエネルギーの生起に、テレンスは目をそちらに向ける。

ユリコ・テイラーのスタンド、『ホール・ロッタ・ラブ』からふたつ、魂が解放されたのだ。ひとつは主であるDIOへ。もうひとつは───ユリコの肉体へ宿り、その身体が倒れる。

テレンスはスタンド内での出来事は知らない。が、途中で彼女が鼻血を出したのも奇妙な笑い声を上げていたのも知っている。正直ちょっと気持ち悪くて目を逸らしてた。粗方の察しはついてる。

 

「ん……」

「お目覚めで」

「ああ……奴は」

「今……作り替えられているようで」

 

耳を塞ぎたくなる程の異音。そう、異音という言葉が正しい。

 

───骨が折れ、削れ、伸び、入れ替わり。

皮膚が剥げ、血肉が飛び散り、逆再生のように戻り、収縮と膨張を繰り返し。

髪が落ち、爪が落ち、目玉がぱちゅんと弾けては再生され。

赤い内臓が溶け、白い脂肪が熔け、ピンクの筋肉が溶ける。

 

「……ここまで執拗に変えられるんですか……」

「……、」

 

おえ、とテレンスは口を覆って目を逸らす。

……変化が終わる頃には、ホテルの外は日が登っていた。

スラリと伸びた四肢。頭を覆う柔らかな黒髪。一変して男性らしい骨格となり、その身体は筋肉質に引き締まっている。

 

「おい」

「……」

 

身動ぎし、起き上がる。

ぼう、と宙を見る男は、DIOを見慣れたテレンスが息を飲む程に美しく───また、淫靡であった。

 

「ナミセ」

「……ディ、オ」

 

男の前に立ったDIOは男の顎を掴んで上を向かせる。

けほりと小さく咳き込んだ男は、茫洋とした目で彼を見上げ、とろりと蕩けた声で彼の名を呼んだ。

 

「……。おまえ、おれの姿をイメージする時、同時になにを考えた?」

 

明らかに“人間の身体じゃあない”んだが?

 

「……」

 

……何処か気拙げに視線を逸らしたのはDIOの方だ。

 

テレンスは目を瞬かせる。見た目はそう、人外のように美しい。それこそDIOと謙遜無い程には。けれど、人間ではないと言い切る程の異変は見られないのだ。

 

「……おい、少年」

「おまえは、」

「……」

 

「……淫魔だろ」

「……だからって本当に淫魔にする奴がいるかよ!」

 

 

 

 

 

京一郎の魂の袂、今は眠るスタンドの中で。女は苦笑し、おかしそうに、幸せに、祈るように笑った。

 

 

 

 

 

 

吸血鬼は淫魔の夢を見るか?

水底編 Fin




ユリコ「どんなものでも許すって言ったから……(ハッピーセッッを選んだ人)(私が作りました)(鼻にティッシュ詰め)」

因みに例の連続殺人犯ドゥはユリコによって『CoC クローズドシナリオ《毒入りスープ》(イージーモード)』にブチ込まれました。脱出条件は『シナリオをクリアし生還する』。ノーマルエンド。多分彼には探索者の才能がある。温情はあるが精神的に殺しに掛かってて草。



難産。
京一郎×DIO様は書いたがDIO様×京一郎は書かなかった。流石に冗長になると思って。要望あれば番外と称して書く。アンケ付けとく。
あとキャラ紹介が裏話込みで必要なら書き起す。自分だったら読み飛ばすしぶっちゃけ要らんと思うが、一応アンケの候補に突っ込む……。
次の章まっったく構成考えてない。終わったわ

続きは気長にお待ちくださいませ

18話のDIO×京一郎、要る?

  • 要る。番外編として書いてほしい
  • 要らない。それより新章書いてほしい
  • 要る。あとキャラの設定集も書いて
  • 要らない。けどキャラの設定集は書いて
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