吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
■爪先に口付けろ。さもなくば死ね
■這い摺るように跪えよ
■呪いの行き着く墓場にて
「DIO様」
ぽつりと呟くように京一郎が言う。
「……って、呼んで欲しい?」
「何だ突然」
「ヴァニラに言われて」
ディオだの少年だの、主に対して失礼ではないかと、あの強面が見下ろしながら言ったのだ。
足首から膝あたりまでスリットの入ったゆとりのあるボトムスを履く。京一郎は脱ぎ捨てた服を四苦八苦して纏う。渡される服の殆どが京一郎にとって難解すぎた。何だこの紐。数本の紐で形成された布の塊など最早服ではない。
「不敬だって。んふふ、今更じゃあないか」
髪を掻き分けて首輪のようなゴツイチョーカーを付ける。
「ちゃんと大人しく首輪も付けてる。外に散歩に出ても帰ってくる。多頭飼いでもじゃれ合うだけで喧嘩は起こしてない」
言う事はちゃんと聞くし守る、俺は良い犬だろう?
「あ、犬は嫌いなんだっけ」
「おまえは犬というより猫だろ」
宛もなくふらふらと彷徨き、命令も好きなように解釈する。じゃれ合いと称したがアレは猫が鼠を甚振るようにしていただけだろう。
DIOの言葉に機嫌良く笑うと京一郎はベッドに横になる彼に顔を寄せる。
「じゃあ、俺の事は嫌いじゃあないって事かな」
「抜かせ」
鼻先にキスを落とすとDIOはぐわりと口を開け、京一郎の鼻に噛み付く。
「で、どう?」
「おまえにそう呼ばれるのは気色悪い」
口先だけでも寒気がする。
「聞いてただろう?」
気色悪いとまで言われちゃったよ、と扉の前に立っていたヴァニラ・アイスに京一郎は肩を竦める。
「彼と私はそういうやり取りばかりだから、改めてそういう態度をすると気味悪がるんだ」
「……。……そのようだ」
「キミからすれば面白くないだろうけれど……納得してもらえるかな」
ゆるりと微笑めばヴァニラは首を振る。
「あの方が望まれるのであれば」
「安心して。私は私なりに、彼を愛し、彼を慕っている」
キミは真面目で敬虔だね、私は好ましいと思うよ、と京一郎は彼の肩に触れる。
「彼がキミを傍に置くのもわかるよ。盲目なまでのキミの信仰は、彼を上位者たらしめる」
誑かしたくなるけれど無理そうだ。ここまでの脈ナシは本当に珍しい。京一郎は謳うように言う。文字通りヴァニラ・アイスという人間の全てがDIOの物だと、彼の目が物語っていたので。
「エンヤはDIOという存在に偶像を見出して崇拝している。キミは彼の存在自体に信仰を見出している。これは大きな違いだ」
彼の欲している悪に偏った存在とは違うから、彼の未来の糧にはなれないけれど。
常に影の落ちる屋敷の中、浮き上がるような彼の姿を顔だけで振り返り見る。彼は無機質なまでの静謐を湛え、奥の方に滾るような熱を抱え、京一郎を見ている。
「キミの血くらいなら、彼もきっと口にするだろうね」
嗚呼、とても美味しそう。
★
少年に呼び出された客間にて、突然スタンド能力の試し打ちに遭った時はどうするべきか。
薄暗い屋敷は蝋燭の火に照らされる事で明るさを保っている。その中奇妙に影が揺らげば、余程危機感のない奴でも無ければ異常を感じ取れようものだ。足を引く。
「……ちょっと、何をするの」
「じっとしていろ」
みるみるうちに視線が下がっていく。……これは、身体が縮んでいるのか。
───ぐちゃり。
「────」
「────」
「────」
……もしかして今俺は肉塊か?肉体の時間を巻き戻す類いのスタンド?視覚も聴覚も失い、けれど身体が蠢く感覚を覚えている。
「────が、成程」
身体が動く。淫魔としての優れた視覚が、まるで徒人になったかのように色を映す。
「京一郎、いや、ユリコか?」
「……いいや、京一郎のままだよ」
自分の声ではない。あの白い部屋で聞いた声……だろうか。自分の口から出る声は他人に聞かれる声とは違うとは知っている。だとするならばこの身体は今、ユリコ・テイラーのものという事になるか。
「彼女の魂の残滓はもう私のスタンドとなっているから……死人にその能力は通じない。霧散した自我は戻らない」
顔を上げればそこには興味深そうに見下ろす
これは拙い、か?水瀬京一郎としての記憶が消えていっている。ユリコ・テイラーとしての記憶に差し変わっている。肉体に魂が引っ張られている。
「……どうした?そんなに青ざめて」
「記憶が消えている。肉体がユリコのものの所為で、ユリコ・テイラーとしての記憶が情報として魂に食い込んできている……」
ひとつの肉体に魂はひとつ。淫魔として融合していた肉体と魂の結合に齟齬が出来てしまっている所為だろうか、変異前の肉体に過剰な大きさの魂は、肉体を蕩かせかねない。魂を見る事が出来ない今、死が襲い来るのを身を以て実感していた。
「『ホワイト・』……いや、『ホール・ロッタ・ラブ』!」
現れたスタンド像は彼女のスタンドである映写機型だ。舌打ちする。
「私の魂を観測してユリコのものと剥離、ユリコの魂を保全しろッ!」
ごっそりと何かが奪われ、それが映写機に吸い込まれていくのを感じる。
「……。……ああ、殺す気か?オイ」
ふらり、ゆらりと身体を起こし立ち上がる。
重心がふらつく。下半身が重い。その癖胸が張るし、股が軽い。
服が緩くダボついていた。
「フン……そうなるのか」
……?
なんだ、此処は?俺は一体何をしていた?
「ンン?……少年?此処は……何処だ?夢の中ではなさそうだけど」
手指は女の物だ。見覚えはない。目の前には少年と見知らぬ男。場所は何処かの応接間か……?隣には……白い部屋で見ていた映写機がある。けれど……俺は眠ったか?確か……いや、確かに俺は眠った。久し振りに白い部屋に呼ばれて、彼を抱いて、彼に抱かれて、その後は……そう、俺は少年の手を取って。それから、それから……?
……駄目だ、情報が無さ過ぎる。頭痛もする。
訳知り顔の少年がいる事だ、恐らく彼が何かやらかしたか。
「俺を女の身体にして何がしたい?血か?それともそういうプレイ?」
慣れぬ身体に歩こうにも服が邪魔でふらつき、映写機に凭れかかり……魂の糸の繋がりを通して記憶が、知識が雪崩込む。補填されていく。今の俺に必要な知識、使い方。
「ウン?……うん、ふぅん、ああそう。ありがとう映写機くん」
スタンド。スタンドね。俺の身体の元になった彼女のスタンドである映写機が、知識を投げ渡してきた、らしい。いいね、自己がしっかり育ってて嬉しいよ。
「悪戯が過ぎるね……『セト神』は本体を気絶させれば解除が出来るんだって?」
「?!」
「ほう?……ユリコの記憶か」
「要らない知識まで寄越されたよ。
随分ハードな要求だが、殺されかけたんだからしょうがないね。
「で……アレッシー、だったよね。自分から能力を解除するか、俺のスタンド能力で精神的に死ぬか、肉体的に死ぬか、どれがいいか選ぶといい。……キミ、拷問の経験はある?される方ね。嗚呼あとクトゥルフ神話って知ってる?地球に眠る神話的存在や現代にまで脈々と息衝く怪異、遊星の化け物との戦闘経験は?怪しい行動は取るなよ、逃げるのも駄目だ。影を揺らすな。動くな。お前の魂はもう捕捉した。俺のスタンドは戦闘意志をコンマ1秒足りとも見逃さない」
「ヒィ?!……ディ、DIO様ァ?!か、か、解除してもよろしいでしょうかァ?!」
相手は明らかに血の匂いがする。ならばと思って殺気を向けたが、想像以上に怯えられてしまった。惰弱か?
「……まあいい。解除していいぞ」
「は、ハイィ!!」
「俺で試すなよ。まだこの世界に来て2ヶ月も経ってないんだぞ」
3度も肉塊体験させられるとは思わんだろうが。
膝を着いて許しを乞うアレッシーに柔く微笑んでやりながら少年に苦言を呈す。
身体が内側から破裂しそうなくらいに膨れ上がる感覚が分かるか?末端からグツグツに蕩けて落ちる感覚は?全身が骨も残さずグチャグチャになってから組み上げられる痛みの癖に、気絶の概念すらない魂の鈍痛は?
……色々言いたいが、マア良い。全部呑み込んで嗤ってやろう。
『ホール・ロッタ・ラブ』から抜け道を知ったので、これで彼に仕置きをすると俺は今決めた。
「アレッシー……といったか」
「は、ハイ……!」
「私はキミには怒っていないよ。良いスタンドだね……それ、彼の為に使ってあげて。そうしたら、キミの欲しいもの、やりたいこと……出来うる限り、私も協力しようね」
「あ、ありがとうございますゥ」
ソファーに腰掛けながら足を組み、そっと彼の頬に指先を掠める。
「おい」
「誑し込むなって言うんでしょう?わかったわかった……」
彼は他でもない少年の部下だもの。俺の私兵にはしないって。
今の俺に信奉者は必要ない。
★
「呪いがあるとするならば、俺は何度殺された事だろう」
酔いもしない酒を啜り、京一郎は呟くように言う。
「これでもよく慕われたものだけど、それ以上に妬まれ憎まれた覚えはある」
ぼんやりと思い返すように。
「人として生きている限り逃れられるものか」
「……キミのスタンドのように?」
「これはいち側面でしかあるまい」
アメリカインディアンの男はウィスキーのグラスを呷る。
夥しい程に刻まれた古傷は男の能力故の物だ。彼は殺し屋だった。それも人を呪い殺す呪術師の。
2人はDIOの館にあるバーで並んで酒を呑んでいた。偶然居合わせただけ、京一郎が誘い、少し話そうかと酒の瓶を傾けて。
「人として生きている限り、ね。確かに、そもそも他者と触れ合う事なく仙人のように生きていれば、そういった
人は社会性の生き物だから、悟りでも開いていなきゃ、そうやって生きれば心が先に死ぬだろう。
「そもそもそんな生き方、ひとりでは繁殖できないし。生き物としては破綻しているとは思うけれどね。個性の範囲ではあるけど」
「……人外らしいな」
「そう?こういった考えの人間はいるよ。科学畑の類とか」
つくづく人間は多様性の生き物だと感慨深そうに京一郎は目を細める。
「感情ってのは時に爆発的な力を生む。……彼は理性的に生きるひとだったから、そういった感情の力に対し警戒していたように思える」
「……オレにその話をしていいのか?」
「キミはこの話をされて、何かする気なのかな」
「……。……フン、確かにな。今のオレはあの方に金で雇われた身だ。無駄な事はしない」
「キミ、感情を利用するのに、結構冷静だね。彼を斃せば裏社会に君臨する事も夢じゃあないのに」
「殺し屋だからな。こんな職でもプライドがある。雇い主に武器を向けてはプロの名が泣くぜ」
「んふふ、それはそうだ」
空いたグラスに琥珀色の液体が注がれる。グラスの中でカットされた氷がからんと音を立てた。
「スタンドは……その人間特有の個性とも言える。気質、生まれ、育った環境、その人間の今までを表す集大成。或いは最終的に成る未来の暗示のようにも、無数にある可能性のようにも。……側に立つものとはよく言ったものだよね」
もしそうだとしたら、キミはどんな人生を歩んできたんだろう。どんな終わりを迎えるのだろう。
京一郎は視線を上げる。
「……殺し屋の最期なんざ、決まったようなもんだろう」
「殺すか、殺されるか」
「そういうこった」
「……ふふ。嫌いじゃあないよ、そういうの」
そういうお前はどうなんだと男が問う。
「何故この屋敷にいる?オレ達のように金で雇われている訳でも、信奉者共のようにあの方を信仰している訳でもあるまい」
「泣いて縋られて」
「面白くない冗談だ」
「あは。……面白そうだと思ったからかな。世の中、悪は善に打ち倒されるように定まっている。圧政が革命に覆されるように。悪は蔓延る事はあっても、その摂理には抗えまい。棲み分けは大事だよ、けれど彼はその不問律を破ろうとしている。面白そうだろ?」
「……善じゃあなくて正義とは言わねぇのか」
「正義と相対するのは別の正義でしかない。それは主張にしかならない。正義とは善と悪の、それぞれの別名さ。対他的で、時勢で流動する」
「そんなものか」
「善悪は個人によるけれど、正義は他者に押し付けられるものだ」
内緒ね、と京一郎はグラスで口元を隠して笑う。
「正義は自分以外の主張を否定する。正しさなんてまやかしだ。正義っていうのはね、人間だけに許された聞こえのいい免罪符なのさ。所詮は自分が何を優先するかを示す言葉に過ぎない」
「……あの婆さんには聞かせられねーな」
「私は彼女の事嫌いじゃあないんだけどね」
闇に生きる人間に正義なんて名だけのものは不要だ。
「正義が金になるか?快楽になるか?精々他者を嬲る名目にして悦に浸るくらいにしかなるまい。それを真に必要とするのは国くらいだ」
「くは!……オレァお前の考えの方が好ましいな。いや、思想と言った方がいいか?」
「やめてくれよ、私は派閥を作りたい訳じゃあないんだから」
「報酬の為に。彼に任された仕事をしてくれればそれでいいよ」
彼の為の協力ならお願いするけれど、と。京一郎はグラスを差し出すと、男───呪いのデーボと呼ばれる殺し屋は、商談成立と言わんばかりにグラスを軽くかちりと当てるのであった。
どこまで行っても京一郎とエンヤ婆は仲良くなれない気がする
3章は時間軸順不同