吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
■未来を知るということ
■口に蜜あり腹に剣あり
■誘えるヒュプノス
未来を知る事で、少なくとも人は覚悟が出来ると、『トト神』の名を称するスタンドの持ち主である少年は言った。
「未来は変動する。……と、私は思っていたけれど」
『トト神』は本のスタンドだ。非スタンド使いにも見えるツール型。確定した未来によって漫画としてイラストが描かれていくスタンド。後ろの方は白紙が連なっている。
快く見せてもらったそれを閉じて差し出す。
「ありがとう」
「い、いえ……もういいんですか?まだ、予言は出てない、ですけど」
「いいよ。予言は絶対なんでしょう?なら見ても見なくても同じ事。……ミステリー小説は読む?私はね、自分のペースで読み進めている所に、横から犯人の名前を言われるのが嫌いでね」
「は……はあ、」
京一郎がボインゴにスタンドについて尋ねる事、そして『トト神』を見せて欲しいと言い出す事は予言に書かれていた。見せた方が良い事が起きるという予言についても。
「予言を見て別の行動をしようとしても結果は変わらないのかな」
「えっと、その場合は……別の人に、降り掛かる、です。予言は絶対、なので」
「つまり決定した事象のみが書かれるのか……或いは、予言する事で未来を決定する事がスタンドの本質なのか……もし後者なら相当のスタンドパワーが必要になる」
キミの成長によっては、予言の範囲が広まる事だろう。もっと先へ、或いはもっと深みへ。
「平行世界。もしもの世界にまでその予言の範囲が広まれば、そしてそれを自在に取捨し、引き寄せる事が出来るようになれば。キミの、キミ達の努力の程度によって、運命すら操れるようになるかもしれない」
結局のところ、スタンドとは己自身。自分の根底を大きく変えられれば、スタンドもそれに応えるだろう。……マア、意思の強いスタンド使いだからこそ難しいのだろうけれど。現にボインゴは難しそうな顔をしている。
「……ああそうだ、予言には『トト神』を見せたら良い事が起きるとあったんだったね」
何がいい?京一郎がそう尋ねると、ボインゴは傍らの兄を見上げてどうしようと聞く。
しゃがみこんで後ろを向いた2人がこそこそと相談するのをのんびりと京一郎は待っている。
「ど、どうしようお兄ちゃん」
「どーもこーも、この人はあのおっかねーDIO様のお気に入り!っつー事は色々と便宜を図ってもらえるのは間違いねぇ。金だ!たんまり貰ってやろう!」
「い、いいのかな……」
「なぁーに、本人がいいって言ってんだ!ほら、予言にも出てる!」
と。丸聞こえな相談を聞かなかった事にしてやった京一郎は、決まったかな、と声を掛ける。
「え、ええ!それで、報酬なんですが……」
「何でも言って。私に出来る事なら……金でも、女でも……」
つ、と京一郎の指が自身の頬を、そして唇を撫でる。
「好きに、ね」
「金でお願いしますッッ」
「ん、ふふ。揶揄い甲斐があるなァ。……金か……そうだな、」
ついっと視線が部屋を見渡す。収めきれない
黄金の杯に、輝かな宝飾品。これらはDIOの信奉者がついでと言わんばかりに顔を出し、或いはDIOと共にいる所を見られ、熱に浮かされたように一様に京一郎へ捧げてきたものだ。
京一郎の存在は屋敷の中で密やかに噂される程のもの。使用人がこっそり京一郎の下着を入れ替えたりする程度には京一郎は美しい。事後の気だるさを纏う京一郎は言うまでもない。盗まれた下着をナニに使うかは京一郎の知ったこっちゃない。
「あそこから適当に持って行って」
「えっ、いいんですか?!」
「ウン。私の趣味じゃあないから」
要らないって言ってるのに1度でいいから身に付けてほしいと言われて、付けたら付けたで感無量と言わんばかりにそのまま帰っていくのだから、私だってもう好きにするさ。
「今度はお茶とお菓子でも用意しておくから、また遊びにおいで」
「あ、……は、い」
思わずといった様子で頷いたボインゴの頭を柔く撫で、京一郎は包む物でも渡そうと部屋の外にいる使用人に声を掛けた。
★
博物館に喋るスタンドがあるらしい。
DIOがそちらに赴くと言うので、京一郎は気紛れにそれに着いて行った。DIOは自分だけの手駒が欲しい時、自らがふらりと夜の町へ出る。酒場で話を聞いたり、世界各地を飛び回るダービー兄の話を聞いたりして。噂を確かめに、そして気晴らしに。
侍らせるならば優秀な護衛か、或いは美しいオンナが相場だろう。とはいえやはり情報収集に出る時は1人が多い。酒場ではよく女が擦り寄ってくるので、気が乗ればそのままお持ち帰りするからだ。
つまるところ、目的が決まっていると京一郎は着いて行く。面白い事が起きる筈だ。何せ、スタンド使いはスタンド使いに引かれ合うのだから。……京一郎はこの知識は誰から教わったのだったかと首を捻る。
「来ないなら置いていくぞ」
「ン……今行く」
夜の町は静かだが静まり返ってはいなかった。時折車が傍を走る。夜が本番である酒場の扉から光が漏れている。
DIOが人間として生きていた頃、電灯もないので、夜になれば町は真っ暗で寝静まっていた。日の暮れた町でも明るいのは人の文化の発展によるものだ。人は闇をひどく恐れる。
「こうしておまえと外を歩けるとは思いもしなかった」
閉ざされた部屋から始まった交流は今や外へ広がった。京一郎は夜風に髪を靡かせながら、先を歩くDIOを見上げる。
「おれは忘れていないぞ。お前が諦めた事」
「まだ言ってんのかよ」
「幾らでも言ってやるが?」
「やーね、執拗い男は嫌われるぜ」
誰も見ていないからと普通の男のようにケラケラ笑う京一郎をDIOは鼻を鳴らす事で一蹴する。
「世界は広がったな」
「馬鹿を言うな、寧ろ狭くなった」
「視野の違う男は言う事も違うね」
「白々しい」
「ふ……今じゃあ飛行機で何処にだって行ける。おまえがそう言うのも無理はない」
酔っ払いの千鳥足を躱しながら笑う。
言葉遊びは彼らにとって他愛ないコミュニケーションだ。それに時折暴力とも呼べない小突きが入るのもご愛嬌。
「列車でのんびり長旅も悪くないよ」
「列車のスタンド使いは勧誘した」
「そういうンじゃねーよ」
「交通機関など移動手段の他にあるまい」
「風情が無いな……」
「風情で腹が脹れるか?」
少なくとも、せかせか働く現代人の心のゆとりにはなるよ。京一郎は嘗て社畜だった頃を思い出す。ああ、やだやだ。あれは命を削る。そういう削り方は良くない。快楽の伴う削り方のがまだマシ。
「博物館。どうせなら見て回ろうぜ」
「無駄な事を……」
「おまえは精力的に働き過ぎ」
「お前は怠け過ぎだ、マヌケ」
「で、どうやって入るんだ?」
「警備員を操るか、扉を割る」
「んふふ。童心に返りそう……」
敷地内駐車場にいた警備員に手早く肉の芽を埋めたDIOを追い、京一郎は博物館内に足を踏み入れる。
暗闇にぼうっと浮かび上がる展示品の数々に夜目の利く2人はすいすいとその間を歩いていく。ある種、幻想的ですらあった。小さな博物館ではあったが、特有の空気は冷たく、厚く、重い。DIOはそれを古臭くて黴臭いとでも言うだろうが。
「こういう、考古学的な出土品は……興味無い?」
「無い。金にもならんくだらないガラクタだろう」
「……そのくだらないガラクタの中に、もしかしたら、得体の知れない奇妙な物が紛れているかもしれないのに?」
「───……」
何か思う事があったのか、思案するように指を口元に当てると、DIOは少しだけ足取りを緩める。
それに並び、京一郎は流し見るようにして展示品を眺めている。
「目的地は何処?」
「倉庫」
「ああ……気味悪がられたのか。可哀想に」
「この現代で人を斬り殺せばそうなるだろうな」
こうして飾られるのもあまり良いものでは無さそうだが、碌に手入れされる事もなく保管とは、意思のあるスタンドとしては辛いものがあるだろう。きっとそれは人の手がなくては動く事すら儘ならない。
「ツール型の非スタンド使いにも見えるスタンドで、本体はいないんだって?」
「周辺にスタンドが見える人間はいなかったと聞いている」
「そういうタイプもあるんだな」
本体が死ねばスタンドも消えると思っていた。京一郎は古文書の模造品を指でなぞりながら呟く。
「俺が死んだらレディはどうなるんだろうな」
半端に自我がある『ホワイト・ポニー』は、もしかすれば、本体である京一郎が死んだ後も存在しているかもしれない。
呼んだ?と言わんばかりに現れた『ホワイト・ポニー』を京一郎はなんでもないよと帰した。
「……」
「おや……おまえ達も仲が良いね」
DIOは視線を背後に向ける。側に立つものと呼ぶに相応しく、黄色の巨人がそこにいた。
マスクを被ったような顔に引き締められた口。隆々とした肉体。緑の瞳は無機質にも、静謐を帯びたようにも見える。
───『
「……お前に悪影響を受けた」
「レディが勝手に出てくるのは俺の所為じゃあない」
「お前のスタンドだろうが」
「おまえが彼女を俺の肉体にしたんだろ」
片や睨み、片や嘲笑を滲ませ。ひやりとした空気は2人が視線を逸らした事で霧散する。
「……フフ。ムキになっちゃって。可愛いね」
「お前に言われたくない」
歩く度に小指が擦れ合うくらいの近さで肩を並べながら、ぐるりとおざなりに、順路を適当に辿り、staff onlyの札の掛かる鍵付きの小部屋へと辿り着く。
「此処だな」
「此処だね」
スタンドの気配、或いは宿る魂の香気、もしくは引かれ合う感覚。五感とは違う引力の先。
───鍵を壊し、埃で澱んだ空気の中にそれは在った。
雑多に収納されたケースの中に、1口の刀剣があった。鞘に収められた反りのある片刃の刀。大きさは太刀程だろうか。鍔は蝶の羽のように拡がる形をしており、古い形の意匠ではあるが非常に美しい。
「……なあ少年。気の所為かな、俺は今無性にこれを抜いてみたいと思ってる」
「誘引、魅了か」
「恐らく」
ガラスケースの中にあるそれを手に取ったDIOは、何を思ったかそれを京一郎に投げ渡す。
「……一応聞くけど、俺にどうしろって言ってる?」
「抜け」
「マジでェ?」
元より理性が強く今は魅了と堕落の生命体である京一郎であるからこそ、鞘から刀身を抜きたいと思わされるそれに抗えているのであって、それを抜けば先の非スタンド使いのように人斬りをする事となりそうな気配を京一郎はひしひしと感じていた。
「……。せめて外にしないか?」
直ぐ外の開けた場所といえば駐車場だろう。
眉根を下げて、こういう刀剣は使った事なんてないんだがと京一郎は苦笑する。
「……」
無言の圧に今一度溜息を吐いた京一郎は、お手柔らかにねと刀剣に声を掛けて、柄を握った。
晒された抜き身の刃は僅かにある電灯の光を鋭く反射する。
それと同じような色を瞳に乗せて、京一郎は目の前に立つDIOを睨めつけた。
「『……おれをあのホコリ臭い倉庫から出してくれた事は感謝する』」
殺意、もしくは戦意だろうか。真っ直ぐにそれを向けられ、DIOは面白そうに僅かに口角を吊り上げる。
何が目的だ、と京一郎……否、“彼”は言った。
「言葉を話す、意思あるスタンドがあると聞いて来た」
「『!……成程、スタンド使いか』」
「キミが……そうなんだね?」
「『……いかにも。オレは『アヌビス神』……500年前に造られたこの剣に宿る、本体のいないスタンドッ!』」
そうして『アヌビス神』は経緯を話し出す。
本体である刀鍛冶が死んだ後、人の手から人の手へ、戦いの時代を渡り歩いて数百年。1度味わった経験を蓄積し強くなっていくスタンドである彼は、その時こそ重宝された。が、今の平和な時分では生粋の武人である自分は妖刀扱い。次第にそれは勝利を与えてくれる達人の為の剣ではなく、引き抜いた者を暴力衝動に駆らせる魔剣に変わり、気味悪がられ、その歴史的価値の為だけに博物館の倉庫で埃を被っていた。
「『万年にも続こうあの湿気った暗闇がどれ程恐ろしかった事か……だからおれはお前に感謝している……』」
この男にこのおれを引き抜かせたお前は何を望む?まさかお前もアイツらのように、ショーケースに入れて鑑賞しようだなんて言うんじゃあないだろうな?
「いいや。その剣をそんな風に錆らせていくにはあまりに惜しい……」
「『ならお前はおれに何を望む』」
「お前に役割を与えてやろう」
「『……役割だと?』」
「お前には血湧き肉躍る戦乱こそ相応しい。使われぬ剣に意味などない」
「『おれに殺して欲しい人間でもいるのか』」
「このDIOをそこらの凡人と一緒にするな」
「『……、ふ、はははッ!!そうか、成程……ッ!お前はおれに、闘争を与えてくれると言うのかッ!!暗闇から引っ張り出してくれたに飽き足らずッ!お前はおれを使ってくれると言うのかッッ!!』」
歓喜に身を震わせ、狂喜に顔を歪ませ、『アヌビス神』は笑う。
「『おれはお前に仕える為に、何十年もあの場所で待っていたのやもしれん』」
「ならば、」
「『だがッ!おれは剣に宿るスタンドの前に、いち武人であるッ!』」
『アヌビス神』は剣先をDIOに向けて構える。
「『このおれが忠誠を誓うに値する主人であるか……確かめさせてもらおう』」
「……良かろう」
「『その意気や良し!では行くぞッ!!』」
肉体に宿る膂力を十二分に使い、『アヌビス神』はDIOに襲い掛かった。
「……で、勧誘は出来たみたいだな」
鞘に収められた剣をしげしげと見つめながら京一郎は使わない筋肉を使ったような違和感を覚える身体を手で摩る。
「素人でも一流の剣士になれるスタンド……使う者によっては凄まじい戦力になるだろう」
「そりゃ良かったな」
身体に痛みはないが、強いて言うなら喉が痛い。京一郎は声を張り上げるような話し方は知らないので。
「中々面白いスタンドだった。1度味わった技を憶え、使う肉体に適応するのが真価……刀身の透過は初見殺しにも使える。それを様子見にすれば、相手の観察もより深く出来ようものだ」
「ふぅん。ならコレは殺し屋とかに渡しておけば良さそうだね」
「今はお前が持っておけ」
「……なんで?」
「これは屋敷に置いておくが、常に抜き身で置いておく訳にもいくまい。だが『アヌビス神』はショーケースに仕舞われて飾られるよりは使われなくとも誰かの手の中にいたいと言う。向かわせる殺し屋を見繕うまではお前が持て」
「……そこらの信用出来ない殺し屋に渡して売られるよりは安心出来るって事か……」
スタンド使いは既に自分の戦闘スタイルを確固としているので、新たに剣を使うような事はしない。それは却って弱体化の危険すらある。何せ刀身を剥けば人間は『アヌビス神』に乗っ取られるのだから。
「中々見込みがある、という事だから、『アヌビス神』がそれを望んだ」
「……はいはい、わかったわかった。精々護身用として持ち歩いておくよ」
発揮する事はあまりないが、京一郎の肉体は吸血鬼であるDIOの肉体情報を参照して『ホール・ロッタ・ラブ』が作り上げた劣化吸血鬼とも言える膂力を有している。身のこなしも前の世界での立場上護身術を嗜む為まるっきり素人とも言えないので、悪くはなかったのだろう。京一郎はDIOと戦った記憶は無いのでどういう風に動かされたのかは知らないが。
そういう訳で、一時とは言えど京一郎は『アヌビス神』を帯刀する事となった。
「……刀剣の手入れの仕方、学んでおくかな……」
★
『ホワイト・ポニー』は自我のあるスタンドである。限りなく京一郎の意思に沿うものであるが、彼女はユリコ・テイラーの魂の一部を保持し、更にはユリコ・テイラーの記憶を知識として記憶している。それは元本体であるユリコ・テイラーの意向により、京一郎が望まぬ内は京一郎に反映しないようになっている。
彼女が京一郎のスタンドパワーを借りて現れる事は、頻繁では無いがあった。京一郎が『ホワイト・ポニー』を制御しきれていない訳では無いが、何せスタンドを得て日が浅い。スタンド能力の検証は急務だと彼女が判断し、例の有差別能力発動事件が起きた。
彼女の行動理由は京一郎が自発的にスタンドを出した場合、京一郎に必要だと彼女自身が判断した場合、そして、京一郎の無意識下での感情の如何による場合だ。
事後、一糸纏わぬ姿で同衾している時、ひと足早く目を覚ました京一郎は眠るDIOの顔を眺めながら、DIOが少年期の、まだディオ・ブランドーであった頃の姿を思い出している。
今こそ首から下はジョナサン・ジョースターという男の物だが、首から上はディオ・ブランドーの物だ。幼い頃の面影を残す美丈夫の眠る姿はどうにも京一郎に過去の記憶を思い起こさせる。
痛みと怨みと耐え難い飢餓と、荒れ狂うような怒りを内に秘めている子供だった。今もまあ、静謐もあれど、変わらないか。対する京一郎は現代社会に薄汚れ、魂をくすませた草臥れた社畜であった。
柔らかな髪が顔に掛かるのを指でそっと避ける。
彼の飢餓は、怒りは、眠る時と性に耽る時にしか紛れない。命を摘んだ時も味のしないパンを食べているかのように腹を鳴らしている。彼は際限なく求める続けるのだろう、と京一郎は思う。そうして世界を手に入れた後、彼は満足するのだろうか。
……嗚呼、出来る筈もない。彼は全てを手に入れる栄光への道を歩きながら、自らの破滅へ向けて堕ちていく最中なのだ。引っ繰り返された砂時計の砂のように。けして満たされない空白に虚しさすら抱えながら。
凡人には分かるまい、得る事というのは失う事だ。支配し君臨する事は確かに傍から見れば神々しいように見えるだろう。そうするに相応しいと崇められ、それを踏み付けにして到り、それに悦に浸れるのはそれを見る他者だけなのだ。DIOという男はそれで満足してしまうような愚物ではない。きっと気付くだろう。自分が支配した全ての、何と小さきことか、と。
彼は聖人ではない。非支配者に導きを齎すような性質はない。彼は生粋の“奪う者”だからだ。いっそ、敬虔な聖人であれば良かったのだ。そうすれば、非支配者を導く事で、他者を幸せにする事で満たされた筈だ。
いっそ信徒であれば良かったのだ。神なぞというモノの為に得た全てを捧げられるような。そうすれば少なくとも、目的と手段を確固と出来た筈だ。
地球に留まらず、きっと空の彼方へと手を伸ばすだろう。彼の欲は、飢餓は、決して満たされる事は無い。星を落とし、遠き闇すら染めても尚。
薄く眉間に皺を寄せたDIOが京一郎を引き寄せる。
されるがままに胸に抱かれた京一郎は促されたように目を閉じる。
そっと、閉ざされた視界の奥で『ホワイト・ポニー』が寝台の横に佇んだ。手を伸ばし、DIOに触れる。
「……だめだよ、レディ」
それは、彼が望まない。
指先を握り込んだ『ホワイト・ポニー』は何処か寂しそうに腕を戻す。
いっそ胎に取り込んで、安寧に微睡めば良いのだ。永遠に揺り籠の中で、いっそ無垢に、何もかも忘れて。
そう考えになかったとは京一郎は口が裂けても言えまい。京一郎はそうしない。彼が望まない限りは。
安心に微睡めないDIOは決して言わないだろう。京一郎は知っている。それを面白いと思っているし、見ていたいと思っている。
だから京一郎はDIOの情人なんぞやっているのだし、彼の燻る感情を欲として発散させている。完全なる忘却による眠りを齎す術を胸の内に隠して。所詮、人外となって寿命から解き放たれた者の戯れだ。
けれど。彼が“もう疲れた”と言うのなら、俺は。
アヌビス神は好きですよ
お察しの通り、三悪エピソードはひと通り書くつもりである