吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
■歪み、悦楽に嗤え
■復讐の甘い蜜
■それはきっと輝ける黒金剛
生粋の悪とも呼べる人間は方向性は違えど多く屋敷に集まる。筆頭たるDIO、そこに集う数多のスタンド使いたち。京一郎も例外ではない。
「ン……やあJ・ガイル」
「ああ、ミナセか……。よォ、相変わらず暇そうなこった」
道すがら出くわせば挨拶する程度には、意外にも彼らは会話をする。
彼らは互いが互いに獲物足り得ず、また同僚に過ぎない。ダル絡みするでもされるでもない2人は存外良好に顔見知りであった。
J・ガイル。両手が“右手”の男。エンヤの愛息子であり、自らの欲望の為に無垢なる少女を嬲り殺し、何人もの無辜の人々を平気で盾に取っては暗殺を繰返す卑劣な男である。
それを京一郎は知っている。知っていて尚、京一郎はそのように振る舞う。
「ウフフ。キミは忙しいっていうの?」
「そりゃあな」
「……ああ、そうか……これから向かうんだね」
これまで会敵した刺客の全てがジョセフ・ジョースター率いるスタンド使い達に敗れ去っていった。“教皇”、“塔”、“戦車”、“月”、“力”、“悪魔”、“節制”……“教皇”と“戦車”に到っては埋め込まれたDIOの細胞、肉の芽を取り除かれ、一行の仲間となってしまう始末。
彼らが此処エジプト、カイロへ進んでいくルートは凡そ定まった。行く先々で待ち伏せては自身の狩場としたエリアで刺客達は彼らを襲い、また彼らはそれを退けてきている。
その為、館の主たるDIOは心底不機嫌だ。呆れ、失望し、行軍して来る彼らに対する忌々しさに苛まれている。
「斃せると思う?」
「殺せないと思うのか?」
「さあね……ホル・ホースと行くんでしょう、彼はクレバーな男だから、抜け目なくやってくれるだろうさ」
ホル・ホースの能力は単純明快であるが故に強力だ。繰り手である彼自身もまた、期待値は高い。目的の為に1歩下がる事の出来る人間はここぞという時にこそ粘り強いのだ。
その彼が選んだJ・ガイルという男もまた、悪人らしく狡猾で。人間の善悪に囚われる事無く自身の欲望に従ってしまえるので、蜷局を巻く蛇のように瞬く間に獲物を毒牙で殺すだろう。
「“彼”はキミに期待しているよ。とてもね」
京一郎の言葉を鼻で嗤い、どうでもいいと言いたげにJ・ガイルは悪辣に口角を吊り上げる。
「あの方の言葉を語る程おまえは偉くなったのか?」
「……確かにね。チョット烏滸がましかったかな」
京一郎は気に障ったような素振りもなくコテリと首を傾げる。
「言い換えるよ。俺はお前に期待している」
「奴らを殺す事に?」
「お前が彼の望みを叶える事に」
それは信頼や信用などではなく挑発だった。お前にそれが成せるのか?本当に?今まで送られた刺客達には成せなかった事を、お前は何の根拠があって自信満々にそう言えるのか。
京一郎はいっそ純真無垢に目を瞬かせる。おかしな事もあったものだと。
それにJ・ガイルは苛立つ様子もなく、面白くもないジョークを聞いたかのように肩を竦めて見せた。
「ねえ、キミ。いってらっしゃい」
「オゥ、いってくらァ」
京一郎は彼がこの屋敷に戻ってくればいいなと思っている。暗殺の達成、不達成に関わらず。悪人の魂は幾らあってもいい。それをDIOが望んでいる。
★
アンダーグラウンドの事はアンダーグラウンドで聞くのが定石だ。噂話を囁かれ、青年は招かれる。暗い部屋にぼうと浮かぶ白皙の大男が、もうもうと立ち込める煙の奥で妖艶に笑っている。
男の右手に巻き付いた……否、男の右手から生えた紫色の茨が、水晶に
───両右手の男。
青年は積年の仇を、その男の明確な手掛かりを、漸く得る事が出来たのだ。
この男ならばきっと、仇の尻尾を掴んでくれるだろう。青年は男にそう
甘美に、静かに、忍び寄る夜闇のような声が耳穴から脳髄に沈殿していく。脊髄を滑り降り、腹の底が昏い悦びに満ちていく。
蜜のようにどろりと、……毒のようにじわりと。
目を曇らせていく。沈んでいく。くすんでいく。
黄金色の蜜に身を固められている事も分からぬまま。
ジャン=ピエール・ポルナレフ。銀の甲冑を身に纏う騎士のスタンドを持つ、その精神を肉の芽で歪まされて一派の一員となった青年の名前だ。
“彼”が肉の芽を使う時は、“欲しい”と思った人間が善に傾倒していた場合や、向けられる忠誠に不純物が混ざっていた時に限る。肉の芽はスタンド使いのスタンドパワーを目減りさせるのであまり取りたい手段ではないと言った。いくら“彼”でも高潔で清廉な表側の人間には精神を歪ませる他に下す手立ては少ない。ほぼない、と言ってもいい。
正義とは自分勝手なものだ、主張など人の数だけある。
復讐に身を窶しているがその性根は間違いなく善性だ。彼は何方にも転ぶだろう、闇に身を呑まれかねない危うさがあり、けれど導かれれば光の中に立つ事が出来る。
操る事をせず、約束通りに仇を殺させてしまえば、恩義という形で彼を縛る事も出来ただろうに。エンヤの愛息子でさえ無ければ。逆説的に言えば、それ程の価値がポルナレフにはなかったのだろう。
エンヤという老婆を“彼”は重宝している。大西洋に浮かぶクルーザーに引き上げられ、僅か3人ばかりの食糧を得るも───あわや飢えか、太陽に殺されかけた所に現れた、エンヤという老婆の事を。
肉の芽を植えられたポルナレフは金メッキのように悪人のガワだけを纏っているので、いつも張り詰めたような辛気臭いツラをしていた。魂が奥底に閉じ込められてしまっているので、今の彼自身に面白みなどない。何度か暇潰しに話し掛けて何かと友好的に振舞ってやり、幾分か揺さぶりを掛けるように忠誠心を呼び起こすような言葉を吐いたものだが。肉の芽の強制力が抑圧となり“彼”以外へ向ける忠誠を許さないようで、酷い頭痛を覚えさせてしまった。その時の記憶は都合の悪いものとして消えていた。
話し相手として、共に同じ人物に仕える者として、結局はその程度に留まった。
話せば話す程、その精神は騎士道という言葉に相応しいなと思ったものだ。己の正義に則った発言は機械がショートしたかのように口篭り記憶からも消されるのでそれ程分からなかったが。
側近とまでは言わないが、剣として手元に置いておきたいなと思う人物だとは思った。扱い易く、惑わし易い。それ故に重い枷こそ彼に必要だった。肉の芽は唯の言い訳の材料にしかならない。洗脳されていたのだから仕方がない、だなんていう、克己心の苗床にしかならない。
彼の、彼自身の意思で、彼は自らの魂を汚さねばならなかった。そうする事で漸く、彼は自らの価値観に苦しみながらも恩義の元裏切れぬ、主を絶対とする忠臣となれるのだ。
今となっては、最早詮のない事だが。
その彼がジョースターの一行に敗れ、肉の芽を除かれて、その牙を此方に剥いてきたと聞いて。だろうな、と思わざるを得なかった。仇が此方の陣営にいるのだからさもありなん、誑かしてやりたかったナアなどと嘯くに留まった。
「よく覚えちゃあいないんだがよォ……。……友人が、いたんだ。あの薄暗い屋敷で」
場所も、話した内容も、ソイツの顔も朧気だが。
「スタンドは使えるようだったが、刺客じゃあなかった。血の匂いがしなかったからな。立ち振る舞いもまるで素人だ。……気紛れにおれの元を訪れては何気ない話題を振ってくる奇妙なヤツだったぜ。食いもんは何が好きだとか、何が趣味だとか、この屋敷は退屈だとか。……ソイツと話している時だけ、胸の奥を苛む感覚が薄くなる気がした。血の匂いを、忘れられた気がした。それまでずっと、夢の中にまで、おれは妹が殺されるところを思い出して魘されていた。ソイツが例え敵だとしても、その苦しみを慰められたのは事実だ」
───アンタはどうしておれに構う?
───こんな場所だから信用も信頼もないだろうけど、その場限りの話し相手にはなるだろ
唯の暇潰しだと笑った横顔が、ひどく美しいと思った事だけは覚えている。
友人と呼ぶには浅く───向こうも関係性に名前を付ける事を疎んでいた気がする───態度も言葉も表面をなぞるように当たり障りないものでしかなかったが。
「アレは一体、誰だったんだろうなァ」
★
京一郎の顔に色を乗せる。瞼の上に、目尻に、唇に。
なんて贅沢なキャンパスなのかしら。ミドラーは目を伏せる彼を眺めてほぅ、と溜息を零す。
宝石のような光沢が灯された蝋燭の火を映す。きらきらと、乱反射するかのように。
スタンド能力の関係上鉱石には詳しいミドラーでも、京一郎に誂えるならどんなものか、考えるのも難しい。
七色の輝きを放つオパールだろうか?
冷たく鋭い色を見せるサファイア?
光によって劇的なカラーチェンジをするアレキサンドライト?
常に浮かべている仄かな笑みすら失せたその貌は人外じみた美しさを帯びている。邪魔にならないよう前髪を纏めて横に流しているので更に顕著だった。美の女神さながら、生気の薄い石造りの彫刻のような。色を乗せる事すら躊躇してしまう、陶器の白と宝石の黒に彩られた麗しい悪魔。
「迷っているのかな」
「あ……いえ、すみません」
目を伏せたまま、形のいい薄い唇が真珠のような歯を覗かせて京一郎はミドラーに問うた。添えた指を握られたかのような、恋人に耳元で囁くような、甘い残滓を薫らせる少し掠れた声で。気配だけが忍ばされる。
思わず狼狽えて視線を彷徨わせ、改めて息を吸って向き合う。
彼の顔に化粧を施しているのは、酒の席でミドラーの言葉を聞いた京一郎が了承した為だ。世辞だとてその顔に化粧を施してみたいと言ったのはミドラーの方なので。世辞のつもりはなく本心であったけれど。まさか本当にこうなるとは思ってはいなかった。
恐縮するものの今はいっそ開き直って楽しんでやろうとミドラーは筆を取った訳である。
シャドウは砂のように細かいラメの入った物を。
眦や唇には差し色として紅を差して。
あまり手を加えなくても、いや寧ろ手を加え過ぎると素材の良さを潰してしまう。
しっとりと夜露に濡れた月のような男。
仕上げにメイクキープミストを吹き掛けてミドラーは化粧品を片付ける。
「……ン、終わった?」
「はい」
ゆっくりと目を開く。
白目と黒目の境がぼんやりと掠れた、見た者が茫洋とするかのような黒い目。近くで見れば若干青が滲んでいるような気がする。その顔立ちといい、コーカソイド系の血が入っているのだと彼は言っていただろうか。エキゾチックな象牙色の肌がその美貌に生を乗せている。もし彼が白人種であったのなら、正しく大理石の彫像のように思っただろう。
赤と黒と白に彩られた美しいひと。
「んふ。キスしたいの」
見詰める内に間近まで近付き過ぎていたらしい。まるで吸い寄せられるかのように……。
「だァめ、折角の口紅が落ちちゃいますから、」
「嗚呼……残念、」
……、……あ、あっぶな〜……!
流石にDIO様から怒られてしまう。あの威圧感をちくちくと味わうのは勘弁だ。
ぐいぐいとその背中を押して彼を立たせて入口へ押し遣る。
「渾身の力作ですよ!DIO様に見せてきては如何かしら?」
「うふふ……そうするよ。ありがとう、ミドラー」
ちゅ、と触れるか触れないかくらいのチークキスを貰い、その姿が軽やかに去っていく。
「あざといわァ〜……」
アタシもやるけど、やるけど!
キザったらしいのもぶりっ子も似合っちゃうなんて、ホント、美形って得だわァ。
ぱたぱたと火照る頬を冷ましながら。
……ふと脳裏に過る。
飄々と、かの人の手にかかれども“征服されない”輝きの彼。
悪魔をも欲しがるだろう美しき淫靡。
“超越”、“革新”、“不屈”、そして“誕生”。
……彼は。
強く、硬く、しなやかで、黒々としたブラックダイヤモンド。
★
この後DIOの寝室にやってきた京一郎はめっちゃメイク落とされた。キスする時にルージュが移るのが嫌な模様。
このDIO様は化粧を積極的にする。
京一郎自身を彩るならまた別なんだろうが、彼自身を宝石に喩えるならブラックダイヤモンドかなって。宝石詳しくないから知らん。
後4話くらい書いて、広げた風呂敷が畳めたらおしまいにする。