吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
■惑い迷宮
■憐れみに強請れ
■夜の魔女は聖女となり得るか
能力の関係上、想像力は必須だ。
スタンドとは可能性。或いは自らの象徴、証明、未来。
使い手次第で如何様にも変わる。
固定概念こそが天敵だ。探求者、求道者じみた見方をすれば。けれど揺らがぬ意志も必要だ。自分自身を信じられなければ生き抜けまい。
「───この意匠はその当時に使われた建築法から発展していて……、」
ただ長く広く演出するだけではなく、どれ程違和感を抱かせる事無く錯覚させるかが大切なのだと、彼は俺に胸を張って言った。彼は“彼”に高額の報酬で雇われた人間だ。対象にした人間に幻覚を掛けて惑わせる『ティナーサックス』。より鮮明に明確に、視界だけではなく五感すら影響下に置けるそれは、幻覚の中で人を殺す事すら出来る。
目隠しされた人間が肌に押し付けられた常温のスプーンで火傷を負うように。
自らのイマジネーションに殺されるのだ。
顔を紅潮させ、拳を振るわせて話す男の話を中庭の陰に置かれたベンチで聞きながら、スタンドによって現れる蜃気楼のような幻に目を奪われる。
彼は建築物に造詣が深いようで、違和感なくこの屋敷に幻術を掛ける事が出来るという。それは敵襲があっても屋敷を迷宮状にする事で要塞と化すのがこの男の役割だ。
度々、屋敷にいる人間と戯れに話をする。外出すれど近場で留まっている───“彼”が何を言った訳でもないが、長時間出歩くのは些か不服であると察した───からなので単純に暇潰しでしかないが、なかなかどうして面白い。
組んだ脚に頬杖をついて、絶対の自信を以て魅力を生き生きと語る様に相槌を打つ。もっと、好きなように、自由に。その様を見るのが、俺は好ましかった。
「……あの、つまらなくはありませんか?」
恐る恐る俺を見遣った彼に、そんな事は無いと否定する。
「元々そういった歴史的建造物について興味があったし、色々なスタンド使いの話を聞くのは楽しいよ。───……
下から見上げるように、足の爪先を遊ばせるように動かしながら、俺は彼を賞賛する。
「キミのその
「き、京一郎サマ……!」
目を眩ませたようなケニーGの様子に艶笑を滲ませる。
「キミの研鑽に期待している。キミは今よりずっと強く、美しくあれるだろう」
さあ、もっと聞かせておくれ。キミの、すべてを。
幻を自在に操る力は確かに強力だが、然して所詮、幻は幻である。それは夢の力も同じだ。
想像力を膨らませるならマニッシュ・ボーイと茶会をするのが最適だ。子供の想像力は突飛でありながらも実に幅広い。
今までずっと、京一郎は淫魔としてスタンド能力を試行してきた。知識を元に記憶を再現し、先達であるスタンド使いの意志を、魂の輝きを視ながら、試行錯誤の連続だ。自分自身を知るという事は時に、他者のすべてを知る事よりも難しい。
───もう一段階先へ。もうひとつ上の領域へ。
京一郎は飢えている。飢えこそが、人間の最大の原動力だ。
「……なんて、飢餓とは程遠い人外となった俺が言うのも可笑しな事か」
そんな事よりも、何よりも、京一郎は今を愉しんでいる。
他者を良い様に転がすのも、他者を参考に自分を高めていくのも、なんの意図も無く戯れに興じるのも。
敵のいない箱庭で囲われて生きたあの頃も、悪くはなかった。今もそう、───悪くは、無い。
★
あの人を突き回すのはやめた方がいい。
京一郎に絡んだ様子を見て、ダンはラバーソールにそう忠告した。
なんだ、ひよったのか?とラバーソールはケラケラ笑ってダンの肩に腕を回した。ダンはそれを嫌そうに振り払い、マジで言ってンだぞと凄んでみせる。
「怒らせちゃあいけねぇ。ありゃあDIO様に並ぶおそろしい野郎だ」
戯れと愉悦で精神をぶっ壊そうとしてくるんだとダンは今は見えなくなった京一郎の背を睨む。
「このオレをだぞ?DIO様に同じように仕え、重用されているこのオレを!」
「そりゃあおまえ、いつもみてぇに脅しに走ってヘマしたんだろ。あの人は確かに人間臭ぇが立派な人外だぜ」
「……おまえそれを知っててあんな絡み方してんのかよ」
「だぁってあんな美人そうそういねぇよ?!しかも
男だろうが女だろうが関係ねェ!ナンパしなくていつすんだよォ!などと。とうの京一郎からは何ひとつとして思われてはいない。完全なる無関心。性欲丸出しでセクハラを繰り返すそのような相手を受け流したりスルーしたりするのは何も不思議な事では無い。
彼曰く、ラバーソールは暇な時に戯れに指先でつついてやる程度の慰めにはなるとか。最早触ったら音の出る玩具の扱いである。別に京一郎は今、そういう意味で飢えてはいないので。傍には極上とも呼べる金色がいる。
……とはいえそれはダンも同じく。度々出会い頭に夢に落とされ、京一郎の描いたシナリオを演じる羽目になっている。どれだけ狂気に犯されようと死のうと現実世界で起きられるのだから、京一郎はダンの事は割と気に入っているのだろうか。真偽は京一郎の中である。
「おまえ……」
「ンだよ。おまえは思わねぇのか?」
「オレはノーマルだし、あの御方だけは無理」
「よォ寵姫サマよ」
いつもの一歩間違えたら下劣極まりないセクハラを受けながらも京一郎は変わらず、まるで日中散歩途中に道端で知り合いに会って“やあ”と挨拶でもするような朗らかさで、けれど夜の匂いを香らせながらにこりと微笑む。
見れば見る程極上な男だ。どんなに自制のできるいい大人であろうと、酒の席で侍らせて酌をされれば前後不覚になるくらいに呑み過ぎてしまうだろう。夜の灯りに照らされるのが良く似合ういい
「飽きないね、キミも」
「美人は3日経っても飽きる訳ねぇぜ」
「そういうキミも、とてもハンサムだよ」
「だろぉ〜?!」
今日は気が乗ったのか京一郎は腰に回る掌に手を添えてくすくすと淑やかに笑う。
「今日は何の用事で屋敷へ?」
「あー、DIOサマから仕事を任されてね。それの達成報告ってトコ」
「そう……お疲れ様」
「まあ?オレにしてみれば楽勝ってもんだったけどなぁ〜っ!」
そっと京一郎の掌がラバーソールの頬を掠めて首の裏に回る。突然の京一郎からの接触に流石のラバーソールもぎしりと身体を固める。
「キミは逞しくてとても強いから」
ご褒美あげようか。
愉悦に弧を描いた、掠れたような瞳に、まるで吸い込まれるようだった。
映画のワンシーンのように幻想的で、あまりに蠱惑。
「ミナセさ、」
「なんてね。キミのいちばん欲しい報酬は金だろ?」
するりと。風に攫われる花弁のように、京一郎はラバーソールの腕から抜け出る。
ひらひらとドレスのような裾が名残のように掠めていく。
ダンスを踊るようにくるりと回ればふわりと袖が揺れた。
「お話しよう。……おいで、キミの度重なる誘いに免じて、部屋に招いてあげる」
ころころと様相を様々に変えて惑わし、京一郎はいっそ可憐に笑う。
「参った、アンタ……本当に魅力的だな、」
「キミには負けるよ」
そっと差し出された手を取ったラバーソールは感化されたかのようにその甲に唇を落とす。気圧されたのだ。傾国の悪女そのものな彼が触れ難くなるくらいの清廉さを醸し出す事すら出来るなど、ラバーソールは知らなかった。
「そうしている方が、私は好きだよ。いつものように触れられるのも……、……マア、悪くは無いけれど」
偶にはそういう姿を見せてね。そう言う京一郎にラバーソールは熱に浮かされたようにぎこちなく首肯した。ああ、性に合わず流されているななどと思いながら。
調子が、狂う。
時々、本当に稀に。
この御方から齎される気紛れな愛嬌と慈悲に、傅いてしまいたくなる。自分の命に勝るものなどないというのは変わらないはずなのに。
それは恋では無く肉欲に付随する劣情だったが、焦がれるそれによく似ていた。
★
沈潜。
時折、手慰みに猫を撫でるかのような手付きで、俺の身体に触れながら。
床に脚を崩して座り、椅子に腰掛けたDIOの膝に凭れて大人しくその手を受け入れる。
「今度は何が欲しいの」
蛇のようにきょろりとした感情の読めない目でDIOを見上げ、京一郎は口元に笑みを乗せる。
「うふふ……聞いたよ。使っていたスタンド使い、殺しちゃったんだって?どうして?あんなに重用していたのに」
ねっとりと、じっとりと、直接の主であるDIOにも目をくれず。京一郎にそのような目を向けていた事を、強く覚えている。即物的で俗、けれど愛欲じみた感情の産物。
京一郎はDIOの命令であればそれを受け止める肉としてそのようにされるのも構わなかった。何故なら今、京一郎はDIOの所有物だからだ。
手を止めたDIOの手に自ら頭を擦り付けて続きを促しながら、京一郎は与えられる微睡みを甘受する。
「何だっていいだろう、気に食わなかっただけだ」
「そう……?別に俺は良かったのに。その程度で穢される魂は持っちゃあいないよ」
実の所、DIOですら、何が気に食わなかったのか分かっていない。仕事ぶりも、性根も、悪に寄っていて逸材だった。
仕事を十二分に果たして屋敷に戻ってきて、その時は機嫌が良かったのだ。報酬に何だって叶えてやろうと寛大に思うくらいには。
ただ、京一郎が欲しいと言われるまでは。妻に迎えて、けれどそのままDIOの元で、ふたり、共に変わらぬ忠誠を捧げると言われて。
衝動のままに縊り殺していた。
それは愛などという乳臭いものではない。執着などというものではない。けれど、京一郎に別の誰かの手垢が付くのを嫌った。
「例え矜恃が蹂躙されても、俺はそれを為した者の血で穢れを雪ぐよ」
それはおまえも理解っていた事だろう?
淡々と、疑問を呈する。京一郎は初めにその男と会ったきり、顔を見た覚えもなかった。どうでもよかったのだ。ただ、あの男ひとりで京一郎が求める程の生気を賄えるとは到底思えなかったが。
けれど此処であのスタンド使いという“損失”が出てしまった。
「俺に任せれば、あの男程度手玉にとって、指1本触れられる事無く全て絞り尽くす事だって出来た」
「……あのスタンド使いの妻になりたかったのか?」
「あは!俺が?あんな足置きにもならなそうなちっぽけな人間の?冗句にしてはつまらないね」
……マア、だろうなとは思ったが。
吐き捨てた嘲笑すらも何処か高貴で美しい。
「ねえ、少年。……今のおまえは何が欲しい?」
DIOは京一郎を見下ろす。
穢れを纏い、けれど穢れに染まらぬ悪魔のような男。
こうして今のように跪いておきながら、何者にも屈さない黒き高潔なる精神。
無機質にも、無垢のようにも見える瞳の先の、奥底。
夜の魔女と呼称されたこの男は、今は遠き母やエリナ・ペンドルトンと並ぶ聖女になりうるか。……DIOは度々、それを考え耽る。
成り果てる事を望まない、けれどそれを見続けようと自分の存在全てを賭けてこの世界に下った、水瀬京一郎という元人間。
欲に塗れ、けれど堕落はなく。DIOがいるからと自由を手放し、此処に留まり続ける。
与える者、奪う者、受け継ぐ者、……そして、捨てる者。京一郎はどれもに当て嵌り、どれもが的外れだ。
DIOは手元のノートを見遣って、京一郎を見下ろす。
往々にして、DIOの野望を阻んだのはジョースターと彼らに庇護される聖女だ。先のジョナサン・ジョースター、現在のジョセフ・ジョースターと空条承太郎。彼らにもそういった存在があった。
ならば手元に聖女となりうる誰かを置いておくのも悪手ではあるまいと、DIOは考えていた。
理解とまでは言わないが───敬虔で献身ともいうべきその奇妙な性質を。奪われたものをその者なりに取り戻さんとする輝きのようなものを。
「俺を通して、誰かを見ているの」
連れ去った当初京一郎がそのような者だとは考えてはいなかった。今、ただ本当にふと、思いついただけで。
京一郎の纏う服の裾がまるで白蛇のように床に横たわっている。じりじりと蝋燭が焼ける匂いがする。
「今度はそれが欲しい?」
「いや、」
京一郎の瞼がぱちりと瞬きする。
「欲しい訳じゃあない」
癖のある射干玉色の髪に指を絡ませながら、強く否定する。
そう、自分に聖女などという存在は必要ない。寧ろ足枷にすらなるであろう。
「……ふゥん」
つ、と京一郎は目を細める。
「俺はおまえの望むようになれるかしら」
観察する程度の価値が、俺の生き様に表れるだろうか。
などと、まるで不安の欠片も表さずに。
「成ろうとして成れるものでもあるまい」
「……ンふふ、それはそうだ」
演出は出来ても、魂が変わらなければ。それは本物とは呼べない。そんなものに価値は無い。それを京一郎も知っていた。
挑発し、戯れ、試すように。
それは宛ら導き。妨げ。そして、
するりと指が頬を滑り、頸を緩く辿る。
「おまえがそのように望んだから、俺は今こうなっているんだぜ」
「戯言を。おまえは前からこうだった」
「そうだっけ?」
記憶を辿るように目を伏せる。
生まれ。育ち。経歴。それによって破綻した人生。いや、寧ろ自ら道を外れて。そうしてこの世界に堕ち、寿命の無い───正しく言うならば生命体がいる内は寿命が無いに等しい───人外となった。
「素養はあった。けれど、俺を到らせたのは……やっぱりおまえだよ、ディオ」
伏せられた頬に落ちる睫毛の影に、DIOの指が触れる。
「あの時おまえが俺の夢に現れなければ。……俺はあの世界で上手く生きる事も出来ずに朽ち果てていたさ」
添えられた手を握って、その掌を自らの頬に押し当てながら、京一郎はDIOを見上げて目を開く。
「おまえの“想い”通りに、俺は“成った”んだ」
DIOが堕ちてこいと言ったその瞬間から、京一郎は“はじまった”。
「……ふん、思い通りになどならない癖に」
「あは。だってそれじゃあ面白くないもの!」
ニィ、と口端を吊り上げた京一郎を見下ろして、DIOは深く溜息を吐いた。
「おまえはそういう奴だ」
「うふふ……これからも可愛がってね♡」
「調子に乗るな」