吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
遅くなりましたがクリスマスプレゼントってことで。
第34話
手足は生えた。
そう、生えたのだ。手足は肘膝まで熔けていた。蕩けていた。淫魔に欠損の治癒能力は無い。吸血鬼のエキスによって造られた屍生人と同じように。だが実際に、京一郎は生気をより多く摂取する事で無事に治癒した。それは今、胎の中に吸血鬼の子がいるからだろう。スタンドの現実反映の影響と見ていい。或いは子が母胎を守る、自己本能の類の為か。
さて、だけど未だ安静期間である。時間なら幾らでもある。そろそろ胎の子に意識が宿る頃合いだ。魂が目覚める時だ。そんな訳で、京一郎は早速夢の中へ堕ちた。
落ちて、落ちて、───受け止められた。
鏡のような水面と、それに映る青。太陽の姿はないのに、何故か明るいその場所に。
京一郎を夜とするならば、彼を受け止めた男は月と称するに相応しい。
「よう、久しぶり。3ヶ月ちょっとかな」
逞しい腕の上に臀が乗る。そっと治ったばかりの両手で、彼の顔を包むようにして覗き込む。
「ウン。何処から見ても相変わらずカッコイイね、ディオ♡」
「……ナミセ」
するりと伸びた手足の一部の肌の色が違う。筋肉が剥き出しになった場所もある。未だじくじくと痛みがある。なまじ痛覚が戻ったが故に。
けれど京一郎は笑いかける。無邪気な、無垢な子供のように。
きゃらきゃらと、楽しそうに。身体を前後に動かして、脚をパタパタと動かして。
───ひたりと。止める。奇妙な静寂が空間に沈む。
「……何故、……」
「……何故。何故と言ったか?今、おまえは何故と言ったのかァ?ッ……ふ、ははは!おまえが言ったんだろう?そのようにするから用意しておけと」
揺れる、紅い瞳。首をぐるりと巡る赤い“痣”。肩口の
吸血鬼。かのジョースターの体を自らのものとした姿で、ディオ・ブランドーはそこにいた。その白い部屋にいた。京一郎の
「俺はおまえの言う通りにはしなかったよ。わかるか、ええ?」
「……この身体は……生前と何ひとつ変わっちゃあいない」
「そうだ!おまえが望んだのは数多の魂を蓄えられる器ッ!俺はそれをしなかった!何故だか解るか?」
おまえが勝手に俺を残して死んだからだ。
すとんと声の熱が零下にまで落ちる。
「何故だ?何故おれの代わりに雑魚を片付けておけと言わなかった?何故おれの為に命を投げ出せと言わなかった?おまえはあの時あの場所で死ぬと分かったからだ。おまえは生を諦めたんだ。何故そんな負け犬野郎に褒美を呉れねばならんのだ」
だから俺は目の前で踏み潰して絶望をくれてやる事にした。
だけど。だけどな。京一郎は続ける。
「おまえの終わりを認められなかった。おまえが果てる時は俺も一緒に殺して欲しかった。なのにおまえが死んだから。あの一晩で、おまえは呆気なく死んだから。……俺はおまえを生む事にした。おまえにこの俺の胎を喰らえと言いに来た」
京一郎は清廉に微笑む。淫蕩に微笑む。慈悲深い聖女のように。悪辣な悪女のように。
「これは報復だ。報復だよ、ディオ。これが俺の結論だ」
容赦はしない。これからおまえを阻む。何を以てしても。
「
睦言のように、譫言のように、DIOの顔の皮膚に爪を立てて。
「どうして今になって言った?」
溜息混じりの言葉に京一郎はにっこりと笑う。
「俺だっておまえが死んで砂漠の塵になった時に気付いたんだもの」
ぎゅうとDIOの首に抱き着きながら京一郎は囁くように言う。
「おまえがあんまりにも俺の言葉を信じないから」
「おまえを遺しておくのは予備策からして当然だろうが」
「知った事か!そも、俺を信用してなかった癖に何言ってンだよ?……何を感じ何を考えようと俺の勝手だぜ」
「……」
吹っ切れたような自己中心的な言い分にDIOは頭が痛そうな顔で京一郎の首に顔を埋めた。
「京一郎」
「なァに。何言っても言った事を覆しは、」
「おれもおまえを愛している」
「……!」
「おれはおまえに生かされた。……否、死んだのは確かだ。おれは死んだ。が、おまえが死の暗幕からおれを掬いあげたのだ。それを横に置いて、他を咎めてグチグチと文句を言う程おれは愚かじゃあない」
その割に、愛の言葉には苦味が多く混じっているが。
今更何の柵もなくその感情を理解しようと出来る筈もあるまい。DIOは今度こそ苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「……うふふ。つまり俺達は似たもの同士だって事だ」
京一郎の愛にも、憎悪と怨嗟が混じってしまった。最早これは死による安寧を迎えるまで解けまい。
「おまえは俺を縛る為にソレを吐いた。ナア?軽率に口に出した言葉は取り消せないぞ?なんて浅はかで可哀想で莫迦な野郎だぜ」
「誰が浅はかで可哀想な莫迦だ、この大マヌケの淫売婦め」
遠慮の無い下品な罵倒が、けれどそれを吐き捨てた互いの顔には安らいだ笑みが浮かんでいる。
「……愛してる」
「ああ、」
深く、深く。結びついている。今、彼らの肉体はひとつにある。
───本来ならばDIOの肉体が、首から下が、自分の知らない他人のものである事すら許し難い。別の物に差し替えてしまおうかと思った。折角断ち切れた血統の因縁を、端と端を摘んで繋げるなんて、と。
けれど、それはしなかった。
その肉体は最早死骸でしかない。それに嫉妬するなどそれこそナンセンスだ。
それに。それに、彼の大事にするものは、自分も大事にするべきだ。それだけは踏み潰して踏み躙ってはならないと、その一線は越えてはならないと本能が云っていた。
ジョジョ。ジョナサン・ジョースター。DIOの唯一無二の一等星。
彼がジョナサンの肉体を手に入れて自らのそれとした。その時点で、彼は本当の意味でジョースター家の者となったのだ。それに彼の意思は関係無い。そして、それは死したとしても変えられぬ事。決定事項。それを運命と呼ぶのなら、なんという事だろう。
薄らと纏われるその気配。それがジョースターの血、或いはその正体を情念、ジョナサン・ジョースターそのものとするならば。
京一郎はそれを憎み怨む。変えられぬと恨めしく、腹の底がジリジリと焦げる心地がする。胸が、心臓が締め付けられる。
所詮は死人だ。死人だからこそ越えようのないとも言うが、敢えて、京一郎は言う。“違う”と。死の喪失は時間と他者によって風化するものだと。後は朽ちるだけの存在に、自分の意識を割く事すら勿体ない。
……DIOとジョナサンは別にそのような関係ではない事だし?京一郎は腕の中にいる存在を見下ろす。
今彼とこうして唇を合わせて呼気を交換し合う者は俺しかいないので、と。
良くはないが、もういいのだ。時には妥協も必要である。
彼にはまだ
彼はまだ、生まれてすらいない赤子なのだ。
可愛い可愛い、俺の子。大切にしなくては。大切に育てなくては。
聖女が望んだのはジョースターの一員として、海底から目覚めた後は善人として生きる事だろう。
だが
京一郎は呪いのように繰り返し自分の声を自分の中で響かせて、今はただ、再会の悦びに身を預けるのである。
★
ディオによって肉の芽を植えられていた信者は軒並み死んでいた。主人がいなくなった事で、子株である肉の芽は歯止めを失い暴走したのだ。
あの一晩で多くの人間が死んだ。あの夜あの街で直接的に彼に害された人間達。世界中にいた肉の芽を植えられていたパトロンであった信者の大多数。それと有用だが反抗心のあるスタンド使いが幾らか。彼1人の命では贖えない程に大量の。
その所為で世の情勢がイマイチ不安定の状態にある。現状もあるが、俺が言っているのは未来の話だ。経済だの政治だの国家間の緊迫だの。そういう話だ。
世界中で突如発生した死傷者は謎の奇病だとかテロリストによるものだとかで収まった。否、これの所為もあって国家間での溝が深まっているので、収まったというのは違う。寧ろこれから起こるのだ。
水面に石を投げ込めば、波が波紋となって向こう岸にまで届くような。波及するのだ。ここ5年は収まるまい。
面倒だなアと思いながら、俺はニュースペーパーを畳んで無造作に放った。
胎を抱えて4ヶ月にもなれば、流石のテレンスも屋敷内を自由に歩く事の許可を出した。
此処はエジプトではない。何しろ過ごしていた屋敷はボロボロの上スピードワゴン財団によって家探しされた後。散り散りになったスタンド使いを探す為に、身を隠す為に様々な場所を飛び回り。けれど何度となく母子共に危篤に陥りもすれば拠点を何処かしらに留めざるを得なかったというか。
という訳で中国である。
本来なら人民の坩堝であるアメリカが候補にあったが、アメリカにはプッチがいるので敢えて真反対にさせた。俺はアレを嫌いでは無いが、膝元にいるのは断固拒否の姿勢を崩さなかった。何故って?何となくだ。何となく座りが悪かったし、子に会いに頻繁に来られるのは割と迷惑なので。実際は常識的な範囲であったが、正気を取り戻す前後は殊更、手足を蕩けさせた事などくどくどと説教(神に仕える神父的な意味で)を受けるのがとっても面倒だった。根を下ろすと聞いていたプッチはアメリカに呼ぼうとしていたらしく、電話でなんで中国なんだと盛大なブーイングを食らったが。理由の八割はアレに対する嫌がらせだ。まアなんだ、諭されてもチョット困る。
人口は多いし紛れ易い。屋敷に仕える人間の人種的に浮いてはいるが影響力の拡大とでも言えば成程と納得された。事実、アジア人の
唯、ディオを殺したジョースターの血統が同じアジアである日本にいるのだけが懸念事項だが。
まア、だが、それも大した問題では無い。侮っているとかそういうのではなく、現状大きく動いてはいないし、そもそも俺は悪い事はなァんにもしていない。まさか殺した筈の仇敵が男の胎の中でスクスク育っているなどと思いもしないだろうし。寧ろ盲点だろう。
“スタンド使いは引力を発している”。
ディオの言葉にもプッチの言い分にも、俺は確かにと得心している。俺の場合は統計に基づいたものだが。
3ヶ月という僅かな期間ながら、俺はこの地球上にいる生命の魂の概ねを観測している。全世界というには俺の許容範囲は広くなかった訳だが。
俺は元々の肉体の器であったユリコ・テイラーと引き合ったし、彼女を媒介としてディオに、そしてディオの配下のスタンド使いに出会った。偶然の連続にしては出来過ぎている。だから彼らはそれを運命と呼称した。
馬鹿馬鹿しい事だが、それがこの世界の摂理なのだろう。林檎が重力に引かれて地に転がるように。雨が海に流れて蒸発し、雲となって地に降り注ぎ、川から海へ流れるように。スタンド使いの魂がそのような性質にあると。出会いは劇的であれと。この世界がそのように望んでいる。
スタンド使いでありより強い引力を持つディオが胎にいる俺もまたスタンド使いで、他者よりも誘引が働いているような。全てががデウス・エクス・マキナに仕立てあげられたかのような、そのような違和感。それは俺が異物であるという事の証明だ。
話を戻そう。俺の周囲の事、現状の事だ。
そのような引力があるのだから、出会うも出会わないもタイミングの問題でしかない、という話だ。それ故にいつかはあのジョースターの系譜と出会わなくてはならないのであれば、この地球上の何処にいようとて同じ事だ。なので、俺は何処に拠点を置こうと同じ事だと、思考する事も警戒する事も無駄な事だと、そのようにした。
中国というのは、居心地という意味に於いては普通である。そもそも正気を取り戻したのは最近で、療養期間に入ってからは未だ屋敷の外へ出掛けた試しがないが。けれどだからといって身体を動かさないままなのは妊夫としてもよろしくない事だ。庭先程度なら歩いて良しと医者の太鼓判もあって、程々に広く作られた西洋寄りの屋敷にて。俺は水底の白い部屋にいた時のように停滞した箱庭で生きている。
屋敷といってもエジプトで過ごしたあの建物程大きなものではない。管理が面倒だし、見栄を張る必要も無い。外敵に害されない環境というのは息がしやすいものだ。刺激に欠けるが。
気分は良い。リハビリがてら生えたばかりの両脚で歩き、庭の薔薇の手入れをする。手慰みのようなものだ。屋敷には庭師もいる。土弄りは彼らの担当である。
彼の肉体が収まっている胎を撫でながら、少し膨れてきたかなと思う。彼の肉体情報を得て造った肉とはいえ、まだ魂との調節が必要だ。なのでなるべく、人間の妊婦と同じように。
パトロンの間では未亡人として扱われる環境は都合が良い。俺を男と知りながらそのように扱ってくる奴らの気が知れない。まア、理解しなくても別にいいだろう。所詮は他人事だ。それで勝手に生気を捧げてくるので、それはそれとしてやはり都合が良いとしか。
ぱちりと、手元で傷んだ花が落ちる。
屋敷の外に留まる気配を感じてそちらを見遣れば、地元の少年だろう姿が見えた。郊外に立つ屋敷の周囲に居住区はない。彼の目的は“以前から”この屋敷の筈だ。
視線が合って近寄って来た俺に身体を硬直させた彼に、そっと微笑んでみせる。
「こんにちは」
「あ、……こ、こんにちは」
「何か御用?珍しいね、ここらには何にもないのに」
「その、いや、別に……」
「花に興味がある?」
「ぼく、花に興味は……あんまり、」
「そう?じゃあ、甘いお菓子は?紅茶は飲めるかな。ちょうど暇していたんだ……、少し話し相手になってくれないかい。中へ入っておいでよ」
「は、はい……」
外の事を教えてちょうだい。対価を渡すように茶菓子を差し出せば、子供は屋敷の外に出られない私を哀れんだか、箱入りの坊ちゃん、という歳でもないが……まア、似たようなものだ。そのような俺に物を教えるかのように、少年は語り出す。
学校を抜け出して街を彷徨いているのだという少年は、口いっぱいに菓子を頬張りながらぽつぽつと語り出す。
少年の住む街の事。いつも行く友人との溜まり場の事。つまらない学校での事。上手くいかない両親との事。少年の中で蟠る不満と、漠然とした不安感。
聞き出す事は難しい事ではなかった。良くも悪くも普通の、思春期に悩む子供。
「あなたは……なんで外に出ないの?ぼくに聞くって事は、出たいんでしょ?」
「ン〜?……フフ、なァに?私の事が知りたいの?」
「そ、そういうのじゃあなくって……!」
「ふ、ふふ。揶揄って悪かったよ。……そうだねえ。私は前に……酷い病に罹ってね。此処で休養していたのだけど」
今もまだ包帯に覆われている腕を撫でて。
「大分、良くなったと医者にも言われたから、庭先程度になら出歩いてもいいと執事に言われたのが最近になっての事、という訳なのよ」
こう言えば生まれつき病弱だと思われると知って、俺は敢えてそう言った。少年の心に寄り添い入り込んだ上での言葉。嘘は言っていないし、そもそも俺は意味の無い嘘を吐かない。この少年に嘘を吐く程の何かしらは無い事だし。
額面通り受け取ったらしく少年は同情を向けてくる。可愛らしいものだ、その程度でムキになる程の事では無い。
「ねぇ、キミ。またおいでよ。それこそアテもなくフラフラしているよりは余程有意義だと思わない?」
皿の上を綺麗に空にした少年は空の模様を見て帰らなければと思ったのだろう、何処か名残惜しいような、寂しげな顔になったので。
「名前は敢えて名乗らないでおこう。私はキミの、秘密の友人さ」
「い、いいの?」
「勿論だとも。……ねぇ、キミ。───私の友人になってくれるだろう?」
「かわいそうに」
テレンスは少年の後ろ姿を見ながらそう言う。
「あの少年に何を見出したんです?」
「なァんにも。見所のない、世間知らずの唯の子供だ」
「……かわいそうに」
空になった皿を片付けるテレンスはひとつ嘆息しながら再びそう呟く。
「何故?今しか見えない彼のちょっとした自尊心を擽ってやっただけじゃあない」
「彼、明らかに貴方に見惚れていたでしょう」
「ああ。確かに……そう見えたかな」
「あの年頃なら初恋もまだでしょうに」
「ンッふふふ!俺が彼の初恋だって?笑っちゃうね」
残っていた紅茶を一口飲んで、テレンスに声を掛ける。
「テレンス、紅茶冷めちゃった」
「今日の散歩はもう終わりです。紅茶は部屋に戻ってから」
「はァい」
「……応接間にホル・ホースが来ています。それと、報告が1件」
DIO様の御子息について。
それに少し動きを止めて、にこりと微笑む。
「続けて」
俺の肩にカーディガンを掛けて、テレンスはワゴンを押しながら粛々と答える。
「DIO様の息子で発見されたのは4人。上から汐華初流乃、リキエル、ウンガロ、ドナテロ」
「よく見つけられたね」
「苦労しましたよ。貴方がご自分で作り上げられたコネクションと、世界中に散った我々……DIO様の配下。それらを使って漸く発見出来た事です」
彼が4児の父か。笑ってしまいそうだ。
「それぞれあまり宜しくない家庭環境のようですね。彼らを育児放棄だの、虐待だの」
「そう」
「生まれながらにスタンド使いである者もいます」
「それは……さぞ生きづらいだろうに」
そっと目を伏せる。
「見付けたという事は、彼らが今何処にいるのかも分かるという事だろう?……フフ……。……ねぇテレンス。お前……私の言いたい事が分かるかい」
「……彼らを此処に呼ぶおつもりで」
「彼らが望まなければそのまま其処に置いておく。チョットだけさ。彼らがひとりで歩けるようになるまでの、ほんの僅かな時間だけ……」
いつか場所も変えよう。もっと住み良い場所、住み慣れた場所がいい。腹の子の為にも、平和ボケした長閑な場所へ。
「私の体調が戻り次第、その子の元へ行こう」
「直接会うつもりなのですか」
……一笑。
「いずれ私は彼らの母になる。直接会わずしてどうするの」
「……やれやれ、何処までも我儘な御方だ」
「それでも付き合ってくれるんだろう?」
「DIO様よりはマシですから」
彼のちょっかいはねぇ……割と反応に困るよね。ブラックジョークと命の危機すらあるやり取り的な意味で。護衛も付けずに国を越えるとかザラだし、穏やかに試してくるし。
「今は見守るだけだけどね。引き取るにはあまりにも幼過ぎる。彼ら自身に、選ばせなければ。……どうせならホル・ホースを連れて行こう。緊急性の高そうな子は誰?」
「緊急性……となると、やはり生まれながらのスタンド使いであるドナテロ・ヴェルサスでしょうか」
「そう。じゃあ、そのように手配しておいて」
「承知致しました」
ああ、早く会いたい。話してみたい。触れて、愛らしければ尚良い。
血筋とは水より濃い。きっと、彼らはスタンド使いの素養があるに違いない。
“エジプトの屋敷から持ち出した”、“スタンド使いを作る石の矢”、その“2本あった内の1本”。それの使い道が来る。そのように、俺は予見している。
★
足首まで水に浸かっている。
足の裏は砂や岩ではなく、水の表面に触れるような張り付く滑らかな感触がする。
其処は何もしなければ太陽の無い蒼穹と見渡すばかりの漣すらない透明な、底の無い海が広がっている。
けれど、風は吹いている。それは鏡のような水面を少しも揺らしはしないけれど。
夜のように絖る黒髪を靡かせて、其処に京一郎は立っていた。
シミもシワのひとつもない艶やかな象牙の肌。青の混じる掠れたような灰の瞳。妖しくも美しい微笑み。男であると理解出来るのに女のようにも見える匂い立つ色香。
正しく夜のような男。月を包み込み、静かなる安寧を齎す魔女。
「代わり映えの無いつまらない場所だ」
「おまえが望めば変わるさ」
ぱしゃりと京一郎は足で水を蹴る。
「母なる海と云うだろう?」
「おまえの精神性を表した場所だな」
呆れたようにDIOは零す。停滞を愛し、ただ微睡みだけが在る。そのような京一郎を示すに相応しい場所だ。
「俺はおまえの息子たちに会うよ」
「……それで?」
「彼らが望むのなら、俺は彼らの母になる。彼らが現状で幸せを感じていないのなら、きっと俺を受け入れてくれるだろう」
聖母のように微笑みながら、どうか彼らが不幸であるようにと望み、蕩けたように指を組む。
「おまえが生まれる頃は……まだいないかもね」
「興味が無い」
「おまえにとって彼らは駒だものね」
ころころと京一郎は笑う。
「顔を見ただけだけれど。写真でね?まだふくふくと幼くて、まだ母親に愛されていると思っているような無垢な顔をしていたの」
「……ふん」
「おまえの子だもの。俺はあの子達を愛せるよ」
そうはにかんだ京一郎の首に、DIOが手を伸ばす。
その赤い眼差しに京一郎はくるると喉を鳴らしてみせた。
「恋しているの」
「子にか」
「おまえが紡いだ血に、ね」
おまえが与えた。宿命、運命とおまえが言うそれ、命、肉体、魂。すべてが愛おしい。奪うばかりだったDIOに、京一郎はそう言う。
「俺はずっと、おまえに恋しているの」
京一郎の母は恋を知らなかった。京一郎の父は愛を奪った。京一郎はそれを、自分自身の手で手に入れた。
きっと京一郎はDIO自身から、その子から、与えられるだろう。
「独善的なものだ」
「そういうものでしょう、この世の人間はそうして恋を知る。愛を得る。それはそういうものなんだよ、ディオ」
うっとりと、乙女のように。
そう言うにはあまりにも、京一郎の目には、沈み込むような憎しみと怒りが蠢いていたけれど。
「馬鹿馬鹿しい……」
「おまえはそれを散々利用してきただろ?今更なァに」
「おまえにそれを向けられるというだけで吐き気がする」
押し倒されて、京一郎の身体をふわふわとしたシーツが受け止める。
「受け入れるしかないんだよ、おまえは」
「……もう黙れ」
そうして、DIOは京一郎の肉に溺れた。
切