吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 作:マスター冬雪(ぬんぬん)※休止中
「康一くんがいなくなった?」
───「そうなんス。今から裕也……噴上裕也に“臭い”を辿ってもらうつもりなンですけど、京一郎さんにも調べて貰いたいんスよ」
……まるっきり便利屋だな。良く言えば気軽に助けを求められる大人とも言うが。
確かに特定の誰かを探すというのは、未成年の彼らからすれば自分の足で行うしかない行為である。命の危険の最中にある彼らが、友人が危機に陥っているかもしれない中で、それに長けた誰かを素直に頼る事は道理で至極真っ当だ。歳を重ねる毎に自分の無知を理解し受け入れ、その上で他人に助けを求め、頭を下げて頼る事は難しくなる。それ故にその青さが、時に大人よりも早く最短を、躊躇いもなく掴み取るのだ。
「いいよ。詳しく教えてくれるかな?康一くんがいなくなった場所、時刻───、?……おや、」
───「ど、どうしたんスか?」
「……今キミは何処にいるの?」
───「ぶどうヶ丘総合病院スけど……」
「そう……そのまま、噴上裕也を連れて康一くんの消えたらしき現場へ向かって。そこで私と落ち合いましょう」
───「! 来てくれるんですか?!」
「勿論。私にとっても康一くんは、なくてはならない大切な友人だからね。……それは勿論、仗助くん。キミもだよ」
外着を引っ掴んで玄関を出る俺に、彼はまたやっているのかと言わんばかりの顔で一連の流れを見ていた。
「また、奴らか」
「そう。助けが欲しいって言われてね」
「は。ご苦労な事だ」
表に車を回させ、直ぐにでも現場へ向かう手筈となっている。
「子供に頼られて無碍にする大人は現代日本では“悪”とされるのよ」
「生温いな……」
「意図が無いわけじゃあないさ。俺は悪い大人だからね」
19世紀の貧民街を実父にも虐げられて生きた彼がそう思ったって仕方が無い。
「愉快でしょう?善人だと見ていた相手が人に巣食うどうしようもない存在だとも知らずに」
彼はふと眦を弛めた。
「……悪趣味め」
「お互い様だろうに」
程近い場所で車から降りて急ぎ足に現場に現れる。
既にその場にいた噴上裕也と仗助くん、そして仗助くんの腕の中で気を失う女性の姿に、遅かったかと目を細めた。
「仗助く───」
「来るな京一郎サンッ!!今此処には敵がいるッ!!」
恐怖の滲んだ声音に足を止める。
……仗助くんの周囲が何者かに付け狙われていたという事は分かっていた。尾行者が仗助くんの傍にいた事も。気付かれる事を危惧して敢えて仗助くんにそれを伝えなかったのだが、様子を見るに間違いでもなかったが正しいとも言えない行動だったのだろうか。
そしてその尾行者だが。此方の動向もこそこそと嗅ぎ回っていた。まア碌な情報は得られていないようだったが。一応悪の本拠地と言えなくもない場所なので。……不用意に屋敷を窺うものだから、屋敷を守る使用人に悪意を察知されて逆に個人情報を根刮ぎ剥ぎ取られていたような。
サテ、十中八九人質を取られているだろうこの状況で、俺は顎を摩る。
魂の捕捉は出来ている。今この瞬間に襲撃者を鹵獲する事は可能だ。けれど、俺はその選択肢を即刻切り捨てた。
今“戦っている”のは仗助くんだ。
「(しめた!水瀬京一郎だッ!奴のスタンド能力は計り知れない……優先順位は低くない。空条承太郎の後はヤツだ。そうすればもうボクを止められる者はいないッ!)」
仗助の恐怖のサインを見逃さないよう目を凝らしながら、少年は紙の内側に潜んでほくそ笑む。
町外れに近い場所にあった屋敷は警備が厳しく、中を窺うどころか近寄る事すら難しかった。顔と特異な能力だけは写真のおやじに教えられていたが、その詳細もあまり詳しくない。
「(その秘密主義は不安要素だが、ヤツも人だ。ボクは恐怖の引き出し方をよく知っている)」
今は無理でも次があるのだから、この時は東方仗助と噴上裕也に集中するべきだ。
そうして、致命的に見誤った少年は、仗助の元に姿を現した。
仗助に決定的な恐怖を与える為に。
「ひょっとしたら康一かもしれないと思ったら……万が一でも!康一だっつー可能性があるのなら!───その“紙”を助けに行かねえ訳にはいかねえだろう……!」
その言葉が、この場にいた男の心を動かした。
まるで絶望に似た感銘、尊敬、そして自己嫌悪。
その薫香にうっとりと頬を染めながらも、それを啜る事はしなかった。だってこれは俺の物では無い。俺が齎した物では無い。
存分に恐怖を煽った少年は広瀬康一と書かれた紙を車道に飛ばし、車に轢かせようとした。それに恐怖のサインを示しながらも仗助は飛び込んでいき……少年によって紙にされたのだ。
“エニグマの少年”は広瀬康一と書かれた缶ジュースを仕舞った紙を躙り潰し、噴上裕也に向き直る。仗助くんに手を貸さなかったのは賢い行いだったとかなんとか……。噴上裕也の恐怖のサインを指摘し、命拾いだと笑った少年は、次にと俺に向き直る。
「さて……次はアンタだ、と行きたいところだが。ボクにも優先順位というものがあってね……」
「フ……なんだ、私の相手はしてくれないの?」
「安心しなよ。空条承太郎の次はアンタだ……だが、アンタに敵対の意思がないなら別だ」
「あら……私の“恐怖のサイン”を探れていない、の間違いではなくて?」
俺と少年の間に風が流れる。態とらしく解れた髪を耳に掛け、リラックスしたように笑みを向ければ、少年はひくりと口端を引き攣らせた。
「キミ……“焦って”いるね?仗助くんに策を見通されていたのだと知って。『クレイジー・ダイヤモンド』の力でキミのスタンドに抗った姿を見て。強がってはいたけれど……とても圧倒されたでしょう?恐怖、とまでは行かなかったね?どうかな……キミが彼のような立場に立ったとして……キミはどんな“恐怖のサイン”を見せるかな……?それには興味があるわ、私」
「……ッ!」
「……ウフフ。行きたいなら行くといいよ。どうぞ」
こちらを警戒しながらポケットから紙を取り出して地面に置くと、忽ちタクシーが姿を現す。
そのまま後退るようにタクシーに乗り込む姿を見送っていると、噴上裕也は俺に詰め寄った。
「アンタッ!仗助の味方じゃあなかったのかッ?!」
「そうだよ(今はね)。それが?」
「ッ、おれは……おれは、アイツを助ける。逃げるなら今の内だ」
「……へえ?キミ、あんなに怖がっていたのに。どういう風の吹き回し?」
「これが……これがもし!“紙”にされたのがもし!おれの女だったら……!」
バカだけど、いつも元気づけてくれる女どもだったらと思うと……あの女どもの誰かだったらと思うと!
噴上裕也はタクシーの方を憎々しげに睨み付けて、まるで仗助くんに宣誓でもするかのように。
「てめー、おれだってそうしたぜ!」
「……ウフ。素敵ね」
タクシーを強襲した噴上裕也の『ハイウェイ・スター』は仗助くんの紙を奪取しかけたが……外に追い出された上で車のスピードが上げられて、追跡は出来るが追い付けていない。
「やつの紙……開けるだけで仗助と康一を元に戻せたのか……」
「……。オーケー、乗りなさいな。噴上裕也」
気絶した女性を横抱きにしながら、乗ってきていた車に噴上裕也を誘導する。
「アンタ……」
「行けばいいとは言ったが、追わないとは言っていない。あの場には人質がいたからね……まア、危険は承知さ。私“も”、仗助くんの味方だからね」
今のキミはとても良い顔をしているから。
車に乗り込んで直ぐ、前方を走っていたタクシーは停車する。
曲がり角手前で車を降りてタクシーを伺う。タクシーはまるでスリップしたように、けれど事故があったようには見えない不自然さで停車している。
「アンタは下がってな!」
俺を庇ってか、それとも信用に置けないとカンが働いたか……覚悟を決めた噴上裕也は臭いを辿りながら車を窺い、勢い良くドアを開く。
ぶわりと広がった炎を冷静にスタンドで断ち切り、座席に無造作に置かれた紙を開こうとして、先ず臭いを嗅ぐ為に紙に顔を寄せ……中から現れた蠍に驚いてスタンドの腕を振り上げ。紙から飛び出た蓋の空いた瓶が紙を焦がす。
「塩酸、苛性ソーダ、硫酸……といったところか……」
「ま、待て、アンタは触るなッ!“鉄”の臭いだッ!機械か、別の何かか……!っ……、ッちくしょう!開けるしかねえぜ!」
開けようとする俺の手を避け、サインを出さぬよう耐えながら、噴上裕也は紙を開いた。
バチィッ!と。噴上裕也の身体に電流が走る。
「で、電流だ……!」
「形を留られないものすら紙に封じ込めるとは、……!」
譫言のような噴上裕也の言葉には隠しきれない恐れがあった。
“機械”の、臭い。
途端、内側から巻き込まれるようにして紙が“裁断”されていく。
ざくざく、ざくざく、と。
「───シュレッダー!」
紙の端を掴んで電源を切ろうとしても、改造でもされているかのようにそれはボタン操作を受け付けない。
「仗助!康一ィィーーー!!」
「あぁ……。……レディ、頼めるかな」
仕方ないと言いたげに、『ホワイト・ポニー』は躊躇いなくシュレッダーの中に手を入れた。
彼女ならシュレッダーを破壊する事はまア、出来なくもないが。直ぐ様稼働を止めるなら、内部の刃を動かなくさせてしまえばいい。
『ホワイト・ポニー』が回転する刃の間に手を差し入れ、握りしめるようにして力を込めた。途端、両手に引き潰れるような痛みが走る。手の骨を、皮膚と肉を、グチャグチャに掻き回し。今も尚食い込む刃の鋭い痛み。幾重にも牙のついたグロテスクな金属のローラーに骨が軋む。
「ッ……ふ、」
“恐怖のサイン”を見せた噴上裕也が紙となった事で、噴上裕也が仗助くんと康一くんの紙を引っ張り出して開いた。
「うふ……やるね、噴上裕也」
「アンタこそ、な……」
俺の引き潰れて切り裂かれ、無惨になった両手を見て、噴上裕也は驚いた顔をして、ふと微笑む。
「おれの負けだ……マジでビビッたよ───」
後はお察しの通り。
仗助くんは宣言した通りに殺す……ではなく、死ぬより屈辱的で凄惨な生を“エニグマの少年”に進呈した。彼はシュレッダーの中にあった紙と同化するように、『クレイジー・ダイヤモンド』の治す力で本と化したのである。
「全く無茶するぜェ〜京一郎サン!」
仗助くんのスタンドで両手を治療されつつ、あんまり役に立たないでごめんねと伝える。
「役に立ってない事ないですよ!」
「……同感だ」
康一くんと噴上裕也にそう言われ肩を竦める。
「おれァ……アンタを誤解してた。傍観してばっかで碌に動きもしねえってな……だが、さっきのアンタの姿見て、痛みも恐怖もなく笑ってたのを見て……それが間違いだったって気が付いた」
悪かった、と噴上裕也に頭を下げられて、俺は困ったように苦笑した。
「事実だよ。あの少年に警戒されて……人質を取られていたとはいえ、もっと早く、スタンド能力を使えば良かったの」
ごめんなさい、と。今度はしっかりと頭を下げる。
「こんな臆病な大人で、恥ずかしい限りだわ」
オロオロと俺たちを窺う仗助くんと康一くんの気配に、俺たちは同時に顔を上げ、苦笑して。
「私は水瀬京一郎よ」
「噴上裕也だ。よろしくな、京一郎サン?」
「ええ、よろしくね。裕也くん」
★
仕方がないから、もう少しやる気を出さなくては。
楽しんでばかりだと怒られてしまうね。
あのいたたまれなさは彼らが純真な学生だからだろう。学生時代の俺にそのような時期があったかはノーコメントであるが。
珍しく疲れたように息を吐いたからか、顔を見合せた子供たちはお茶の準備をし始め、リキエルが肩揉みしてあげると引き摺ってきた椅子の上に立って俺の肩に手を置く。
「あら……まあ。ありがとうみんな」
「いーよ。ママ疲れてるんでしょ?」
「身体は変わりないのだけど……気持ちは少しだけ疲れちゃったのかもね」
「じゃあおれ達がママを癒してあげる〜」
「……ママはパパがいいかもだけどね」
「ウフ。そんな事ないわ?寧ろパパと一緒にいたら、ちょっかい掛けたくなっちゃうから……」
彼らの行動を観察し、その輝きを見つめるのは……薄闇に慣れた目では焼け爛れてしまいそうになる。
まさに黄金。魂の輝き。
……だからか、俺が俺の為に誂えたこの箱庭は落ち着くのだ。
「お茶出来たよ」
「お菓子もバッチリ!」
「ありがとう、ドナテロ、ウンガロ。リキエルも……横においで、お茶にしましょう」
「うん!」
切